戦国BASARA 7家合議ver. ~鳥の陽だまり 月の塔~
はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。
別物危険信号領域。
かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。
まず、オールキャラ。
カップリングとしては、片倉小十郎×鶴姫。
元・チカナリの、今・秀吉×元就。
なんですが・・・今回エロも小十郎さんも元親さんも出て来ないから、関係ないか・・・。
前提としては・・・。
前作『雨と月夜語り』以前をご参照ください。
流石に、12回も書くのは疲れましたwww。
今回投稿したこのお話は・・・。
豊臣の大阪城を舞台に、鶴姫さんと大谷サンがベッタリ師弟だったり、
謙信公が遊びに来たり、秀吉さん側近3人衆でお酒飲んでたり、
まぁ例によって例の如く、大したまとまりもないお話なのですが。
コレが最後の陽だまりよ、って話です。
次回から、本格的にダークになっていく予定。
こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。
チキンハートに石を投げないでっ。
戦国BASARA 7家合議ver. ~鳥の陽だまり 月の塔~
「会い初めは・・・そう、何と呼んでいたのだったかな。」
「最初の頃ですか?
確か・・・『女巫(めかんなぎ)』とか、『毛利の飼い鳥』とか。ロクな呼び方されてなかった気がしますけど。あとは『先見鳥』、『夢見鳥』?」
腕の中の鶴姫の、不満げな声音に咽を鳴らすようにして笑う。独特な笑い声は、吉継だけに特有のものだ。綺麗に包帯の巻かれた掌に頬を摺り寄せると、彼女は更に慨嘆してみせた。
「大谷さんの中の私のイメージって、やっぱり今でも鳥なんですか?」
「動きし物の中では、最も近かろう。飛んだり跳ねたり、まぁよくよく動きやる事よ。巫のクセに、一秒たりとも社におれぬ。小奇麗な声でよく啼きよる。それに体温の高い事。
げに瓜二つ、瓜二つ。」
褒めているのか、貶しているのか。恐らくはその両方だ。
痩せた指先であやすように肩を叩かれ、鶴姫はうつらうつらと瞼を蕩かせる。
「鳥では不足か、伊予の巫女。」
「鳥は、私も好きですけど。
ただ・・・子供っぽい雛鳥じゃなくて、少しは成長した若鳥、くらいには思われていたいな、と・・・。」
「我が手で高まり、我が手で溶ける。熱を解(ほど)くにも我が掌(たなごころ)が入り用とあらば、雛に至るにもまだまだよ。」
「フフッ、手厳しいお言葉、痛み入ります。」
「今は幼き先見鳥。病んだ腕(かいな)で守ってやろう。
やれ眠りおれ。」
「はーい♪」
「寝る前に説教聞いてけ、このエロ師弟っ。」
術の修業中、操炎能力の使い過ぎでオーバーヒートを起こした鶴姫と、その監督者として彼女に膝枕を提供している吉継。
青筋立った元親の声に、2人は確信犯の笑みを交わし合った。
「大谷さん、大谷さん♪」
「あい、あい。」
「お休み前にご本読んで下さいな。
漢文なんですけど、意味の取れない所があって。」
「ストップ、スト―――――ップッッ!!」
所は大阪、夜半過ぎ、吉継の私室。
三成と吉継、それに左近。男3人、秀吉の側近連中で酒を飲んでいる所に、女1人。のこのこと訪ねてきた鶴姫は、吉継の側近くに座を占めようとするのを真っ青になった左近に止められて、きょとんと目を丸くした。
カルく見えても意外と常識人な凶犬は、わちゃわちゃと大慌てで腕を振り回して彼女を散らそうとする。
「ダメッスよ、鶴姫サマっ。
夜! 男だらけ! 婚約者持ちっ!!! お姫様なんだっていう自覚を持って下さいっ?! しかも何で寝間着っ!」
「え~? 作戦行動中、アレだけ野宿を重ねておきながら、何を今更。
夜着なのは当然、もうすぐ私も寝るからです。寝る前になって、大谷さんにお訊ねしたい事あったの思い出して。」
「野宿は野宿、今は今っ!
ぶっちゃけ2人きりの時とか、ヤバかったんスから、オレっ!」
「ほぅ、左近・・・今の台詞、私の目を見てもう一度囀ってみろ。」
「げっ、三成サマっ?!」
「わ~い、今の内♪
大谷さん、大谷さん♪♪」
石田主従の間にミニマムライトに皹を入れておいて、鶴姫は真っ白い笑顔で吉継の左腕に・・・抱きついた。
左近が陸揚げされて事切れる寸前の魚のように口をパクパクさせ、震える指先で指し示す先から三成は、曰く言い難い表情で明後日の方向へ目を逸らし、現実逃避している。
左腕に鶴姫をくっつけた、胡坐の吉継。
彼女の胸は、何の躊躇もなく吉継の細腕に押し付けられている・・・左近の目には大きい部類に見える、胸が。病んだ腕を守護するクッションか何かのように、柔らかい胸が。包帯越しに温もりを浸透させるかの密着具合で、胸の谷間が。
左近が目を白黒させようが、三成の顔の上半分がベタ塗りになろうが、鶴姫から雨霰とハートマークを飛ばされようが。
やれやれと嘆息しながら、吉継はあくまで落ち着き払っていた。
「それで、伊予巫女。
どの本の、どこが不明とな?」
「この本のココなんですけど。素直に読むと、変な風習だなって。
大谷さん、ご存知ですか? それとも私の読み下し方が間違っているのでしょうか。」
質問があるのは本当らしく、鶴姫は薄いがいやに古めかしい本を『吉継の』膝上に広げて教えを乞うている。
左近にとっては文字にすら見えない『文字らしきモノ』を2人で指差しながら。左近が施されたら『嫌味かぁぁッ!!』と逆ギレしたくなるような、専門用語使いまくりな上に例によって独特な言葉選びをする吉継の説明を、鶴姫は真剣な瞳で頷きながら聞いている・・・吉継の肩に甘えかかり、べったりと側頭を預けながら。
ちゃんと聞いている証拠に問い返す言葉は的確らしく、吉継は時折、満足げなカオで頷き返していたりする。
つまりは・・・2人の世界だ。
「と、左様な理(ことわり)で、この風俗は生まれた訳よ。読み下しは合っていやる。
得心したか、四国の白鳥。」
「はい、大谷さん♪ ご教授ありがとうございました。
流石に説明がお上手です☆」
「褒めようが貶そうが、どちらも同じよ。やれ何も出ぬわ。」
「ところが私からは、こんなモノが出るのです♪
はい、大谷さんに差し上げます。多めに持って来たので、三成さんと左近さんとご一緒に召し上がって下さい。」
「近江屋の和三盆か。珍かな菓子よな。
魔王に火打石にされて以来、ようやっと菓子が作れるまでになりよったか。やれ、遅い、遅い。甘味好きを待たせ殺す気かと思うたわ。」
「お店を閉めてたのは、ご当主のメンタル面のショックからだったそうで。謙信公の仲立ちで京都の老舗と業務提携する事になって、やっとその気になって下さったそうです。お礼として謙信公に献上された物を、お裾分けに頂きました。
大谷さん、お使いのお薬がいくらアルコールに左右されないからって、飲み過ぎは体に毒ですよ? 程々に。あまり過ごされませんように。」
「裾分けというより、駄賃であろ。ぬしの新作菓子実用化の。
伊予巫女は今ぞ帰りか。酒請けを持参した当の本人が飲まぬとは、これもまた珍しい。」
「明日、兄様もこちらにいらっしゃるんです。兄様、前の晩に飲んだお酒まで見破るんですもの。だから今夜は休肝日。
またお誘い下さい、大谷さん♪」
「来たついでに、我の琵琶を持って行け。明晩の舞楽、調弦は明日朝、己で施そうと思っておったが気が変わったわ。
ぬしの伴ぞ。ぬしが施しやれ。」
「は~い♪
フフッ、いつも大谷さんの伴奏で舞ってますけど、ソレを兄様以外の方にご披露するのは初めてじゃないですか? 楽しみにしてますね♪
お休みなさいませ、大谷さん♪」
「あぁ。よく休みおけ。」
『・・・・・・。』
三成と左近にも会釈すると、鶴姫は吉継に教えてもらった本と、彼が大事にしている琵琶とを両方とも抱き締めて、パタパタと可愛らしい足音で退室していった。今度こそ眠るのだろう。吉継に言われた通りに。その背中は、尊敬する先生に優しくしてもらって頬を染めながら職員室を後にする女子高生、以外の何物でもない。
その『尊敬する先生』役に吉継が収まっている点が、彼の真性ドS、いっそ見事なまでのブラック振りを知っている面子には、違和感最高潮なだけで・・・吉継は、他ならぬ彼女の兄と会話が弾む数少ない人間で・・・鶴姫の、兄と・・・アレ? 意外と鶴姫と、相性良い気がしてきたぞ?
何とはなしに、彼女の気配が完全に消えてから。
キュピーンと片目を光らせて、左近は吉継の盃になみなみと酒を注いだ。
「大谷サン・・・今の会話で、2、3、お訊ねしたい事があるんスけど・・・。」
「やれ、犬めの日本語能力の欠如にも困ったモノよ。そのように不可思議な会話をした覚えはないのだがな。」
「そういう意味じゃないッスよっ! つか不可思議感ありまくりでしょうがっ!」
包帯の下で確信犯の笑みを浮かべる吉継に、『羨ましいっ!』と顔に大書きした左近は山ほど訊きまくりたい事があった。『懐き過ぎというだけで、あくまで師弟だろう?』というスタンスの三成は、苦虫を噛み潰した顔で手酌で飲んでいる。
アルコールも手伝ってか左近の頬はバラ色に染まり、その瞳はキラキラと輝いていた。
「鶴姫サマとのサシ飲み、多いんスか?!
て事は、って事はっ!!
不覚にも酔っぱらってトロンってなっちゃった姫サマとか、『暑~い♪』とか言って袷を緩めちゃう姫サマとか、更に進んで脱ぎ始めちゃう姫サマとかもご存知だとっ?!」
「ぬしの中で、伊予巫女はどのような酒乱なのか。
あと裏声出すな。怖気が走るわ。」
「ヒドイ・・・。」
「アレは兄と違うて酒には強いでな。太閤程ではないが。酔えば酔うで、兄と同じにコロンと眠り姫よ。余計な乱れが無いのは扱い易いが・・・。
そうよな。犬めが喜びそうなネタと申さば、膝枕はよくしてやるが。」
「ひざっ?! 男のロマン、膝枕と仰いましたかっ?!」
「何を声を引っ繰り返していやる。
一般的に『ロマン』なのは、される方であろ。今のは我が伊予巫女に施すという話ぞ。」
「いやいやいや、俺はするのも好きッスけど。
年下の彼女と酒飲んで、酔って眠っちまった彼女を膝に遊ばせながら、紙燭の灯りで1人酒と洒落込む・・・いーなぁ、オトナの飲み方。渋いなぁ♪」
「まぁ、ぬしの精神年齢が幼き稚児レベルなのは、紛う事なき事実だが。」
「ヒドッ!」
「よもや忘れておるまいな?
我と伊予巫女の仲は、せいぜいが師弟『ごっこ』止まりよ。謀神めに言われて仕方なく、相手をしておるに過ぎぬ。
術能力の中でも、重力操作は特段のレアスキル故な。霊力の多寡は比べるべくもないが、経験値だけなら、まだまだ我の方が格上よ。我のその経験値を、謀神は妹に会得させたいのであろ。」
「つまりは『毛利公が言うから仕方なく』、鶴姫サマ持参のお菓子を間にサシ飲みし、夜中に訪ねて来られても追い返さず質問を受け付け、べったりと張り付かれても張り付かれたまま放置し、頻繁に膝枕とかやっちゃって甘やかし、大事な琵琶の調弦を任せ、2人きりで舞楽に興じちゃったりしちゃってると?!
絶っっっ対、ウソでしょ、ツンデレでしょっ! 大谷サンがそんな風に上司筋の機嫌取る人だったなんて、オレ初耳ッスよっ?!
っていうか、っていうかっ!
鶴姫サマ、何であんなに大谷サンにべったり?! ブラコンで毛利公とベタベタしてるのは解りますけど、何故に大谷サンにまでベッタベタッ?!
絶っ対『対師匠』以上の感情、ありまくりだし。透けて見えるどころの話じゃないし。
オレもあんな風に、鶴姫サマとベタベタしたい―――っ!」
「うるさい犬め、肝要なのは最後の一言か。
ぬしはまこと、煩悩の塊のような男よな。」
早く潰れてしまえという事なのだろうか。左近の盃になみなみとアルコールを注ぎ入れた吉継は、左近に注がれた盃を手の中で回し、弄んでいる。その仕草がまた、左近の目には『男の余裕』に映るのだ。
「ぬしの言葉で言いやる『ベッタベタ』も、道理あっての事。
重力操作はレアスキル。そう申したであろ。地水火風、異能の力は数あれど、重さ操りの技は中々ないのよ。かく言う我も、今の今まで数多の術者と戦ってきて、目にかかったのは伊予巫女が初でな。
ソレは伊予巫女も同じで、そしてアレは『同類項』に飢えておる。
『同じ』重力操作能力者。その上で、重力の指導のついでに炎操りを見、術者の一般教養である歌舞音曲も見る。更についでに、暗号解読やら口誦呪術やらに必要な古語も手遊びに教えてやれば、ホレ、あの通り。
年頃の『ベッタベタ』な女巫(めかんなぎ)が手に入る、という寸法よ。」
「オレも希望っ、オレも今日から『重力操作能力者』ってのになりますっ。
そんでもって鶴姫サマとのベッタベタを・・・!!」
「やれ、修験道にでも入りやれ。その腐った性根を、叩き直してもらうが良かろ。」
「え~っ?」
沈黙を守っていた三成が漸く口を開いたのは、そんな左近が潰れて眠ってしまってからだった。
幸せそうな寝顔を晒す『凶犬』に、溜め息を吐く。
「刑部。」
「あい?」
「私は、まぁ、お前の事も彼女の事もよく知っている。故に、左近のような邪推は無いのだが・・・。」
「ソレは僥倖。助かるわ。
下らぬ邪推は、凶犬1匹で充分よ。」
「―――っ、ええい、直截に言うぞっ?
鶴姫との舞楽の修練、私にも見せろっ!!」
「やれ、凶犬は膝枕を好み、左腕は家庭教師プレイを好むか。さてもさても。
げに興味深い。」
「貴様こそ、下らぬ言を紡ぐな刑部っ!
一度だけ、垣間見た事があるのだ。お前を探して彷徨している時、彼女の舞を一度だけな。」
三成曰く、戦の合間の事だったという。山間の谷間で、予備軍としていつでも出撃できるように待機命令が出ていた。といっても十中十、可能性のない待機。鎧は着ていても、三成にしてみれば殆ど休暇のようなもので・・・新緑の美しい5月、山中の空気まで透明な翠緑に染まっているような、清浄な気配。共に山泉草木を愛で、語り合おうと吉継を探していたのだが。
駐屯地から少し離れた河原に、探し人は居た。
声を掛けるのも忘れて見入っていた。
平岩に座して琵琶を弾き奏でる吉継の前で、清冽に舞う彼女の姿に。
華美な衣をまとっていた訳ではない。仮にも軍中での一幕だ、駐屯直後の事もあり、相応に泥や汗の染み付いた、いつもの巫女服。扇もなく、弓使いである彼女の舞は、刃を使った演武でもなかった。
幼少の頃から半兵衛に、秀吉の側近として育てられた。舞楽も演武も奏演も、一流のモノを叩き込まれたし、見てもきた。
その三成が、引き込まれた。
扇の代わりに水滴を従え、衣の代わりに風を纏う。その彼女の舞に。
吉継を見つけておきながら声も掛けずに戻ったのは、その時が唯一だ。以降、気付けば鶴姫の姿を探すようになっていた。
「ヒィッヒィッヒィ。
堅物の左腕が、伊予巫女にはご執心とはいかなる契機かと不思議に思うておったが。左様か、アレの舞から惚れ込んだか。」
「黙れ刑部っ。
私はお前の弦楽を認めている。だからこそ、お前の琵琶の音で美しく舞う彼女に惹かれたのだ。責任の所在の半分は、お前にあるのだぞ、刑部っ。」
「失恋の責任転嫁の仕方としては、秀逸よな。
ま、いつの事だか、心に当たりはあるわ。
確かに5月の事であった。その以前からアレにせがまれておってな。自分は未だ兄に教えられた舞しか知らぬ、我からも教えを乞いたいと。いやいや、謀神から教えられたならそれで充分であろ、いやいや、今の自分の舞は兄の真似事に過ぎぬ。
そう、軽く押し問答になってな。
では一曲だけ弾いてやろう、何か舞ってみるがいい。ただし今、この場で。身を整える暇も、小道具も与えぬ。兄の威光が通じぬ我の前で、己が身ひとつで舞って気が惹けたなら。さすれば助言のひとつふたつも与えてやろう。
押し問答に倦んだ我から、そう申し付けたのよ。あの場でな。太閤からもらったばかりの琵琶を、使ってみたかったというのもあったが。」
「そして彼女はお前に認められ、継続した稽古に発展した、と。
秀吉様から頂いたばかりの琵琶で、あれだけの音が出せる刑部も流石だが。その刑部に、指導に値すると判断させた鶴姫も流石だ。」
「・・・術者にとって、歌舞音曲とは一般教養よ。
そも『かんなぎ』という呼び名からして、『神を和(な)ぐ者』、荒ぶる神を穏やかに鎮め、歓喜せしめる者、という意味合い故な。
神に捧げる神楽舞だけではない。人の怨霊やら、荒ぶる妖物やらを鎮める為の『神和ぎ舞』。歩法を使った、足運び重視の舞は『歩き舞』。体を酷使する所では、怨霊共の悲嘆を一身に引き受け、成り代わって外に逃がす『鎮め舞』などというモノもありよる。考案したヤツは絶対にドMだと思うがな。
火難や水難を鎮める『火伏せのまじない歌』やら『水伏せのまじない歌』は確実に咽を傷める部類の歌唱術よ。薬焼けした我の咽では、もう歌えぬ。
歌を厭って奏楽に走っても、負担は大して変わらぬしな。手の甲も五指も、ボロボロと骨から崩れ果て、最後は腕が萎えるわ。
それに楽を奏でるには楽器が入り用であろ。鎮める相手、捧げる相手が大きい程、力の器たる楽器は名器でなければならぬ。そうなればソレを奏でる腕前もまた、余計に入り用よな。
さてもさても、げに面倒事の多い事。」
「ならば我ら武人の為すべきは、お前たち術者に、そのような面倒を掛けぬ事。
私の為すべきは、刑部。お前や鶴姫に、武に徹させる事か。」
「・・・・・・・。」
瞠目する吉継の前で、杯を傾ける三成はあくまで淡々として見えた。
彼の中で、この言葉は自然な呼吸から出る確認なのだ。何事も殊更に恩に着せるような所がないのは、紛れもなく三成の美徳だった。
「毛利など知った事か。
だがお前たち2人は、舞楽を荒事の道具立てにしなくていい。秀吉様や半兵衛様、私の前で、気侭に舞い奏でてくれたなら、それで充分だ。」
「・・・さてもさても。
その達者な口が、何故に伊予巫女に通じなかったのか判らぬわ。」
「うるさい黙れ、私は秀吉様の御為だけに生きると決めたのだ!」
「ヒィッヒィッヒィ♪」
失恋の痛手の埋め合わせとしての、忠誠心。秀吉の苦笑が目に浮かぶようだった。
三成の顔がベタ塗りになり、明後日の方向を向きながら吐血している。
左近が滂沱の涙を流して、木張りの床上をゴロゴロと転がっていた・・・両手で顔を隠しながら。
ソレをうるさいと止め立てする事も忘れて、元就が死んだ魚のような目で、湯呑の水面を凝視している。
「大谷さんたら、お酒飲んだままゴロ寝しちゃうだなんて。
もう少しご自愛下さいませんと。」
「あい、あい。」
「内傷に塗った痛み止め、そろそろ効いてきましたか?」
「ゆるりと、ほどけてきおったわ。」
「良かった。
目薬、点しますね?」
「あい。」
パチン、と金具に小気味よい音をさせて、首から下の包帯が固定される。その下の爛れた皮膚に、余す所なく軟膏を塗り込めたのは少女の繊手だ。
余す所なく・・・後ろの穴や、前にまで。
まぁその辺りの下りは、流石に他の3人は締め出されたが。
病のせいで足の骨格が歪み、変わってしまった吉継は正座が出来ない。杜撰な胡坐がせいぜいの彼の傍に寄り添う鶴姫は、両足を揃えて膝立つと、包帯のない吉継の頬にそっと指先を当てて軽く上向かせる。彼が常用する点眼薬を要領よく速やかに点し終えた彼女は、雫の余分を丁寧に拭うと、再度、首から下に塗ったのと同じ軟膏を手に取った。器にはきちんと『顔用』と『鶴姫の字で』書いてあるのが、何とも小慣れている。
盥の水で綺麗に清められた繊手には、体に・・・下に塗った軟膏は付着していない。
手早く、迅速に。しかし丁寧に、優しく。
痩せて骨の浮き出た吉継の顔に、肌に、念入りに軟膏を塗り伸ばしていく鶴姫の彼を見る視線は、ニコニコと嬉しげですらあった。
既にくしけずってあった、傷んだ黒髪に指先を絡ませて、頭にも包帯を巻く。
頭皮の爛れは、かなり前に収まってはいるのだが。傷み易くなっている皮膚は少しの事で切れてしまいがちだ。故にこの包帯の役目は、実質『治療』から『保護』に変わっていた。
「はい、終わりましたよ、大谷さん。」
犬耳センサーをピクリと動かして、左近が己が手で隠していた視界を晴れやかにする。が、しかし。ようやっと直視出来た憧れの鶴姫(と吉継)の姿に、笑顔が凍り付いた。
「あい、あい。
横になるにも一苦労。倒れる事ひとつまともに出来ぬ、げに面妖なこの体よ。」
「傷、背中ですものね。お布団では硬さも温度もお辛いでしょう。
どうぞこのまま、睡眠を摂られて下さい。」
「硬さも温度も、申し分のない座椅子ではあろうがな。
芋虫の如きこの体、かき抱いておっても詰まらなかろ。」
「また、そんな自虐ネタ。
ホントにご自分の事、芋虫だなんて思うなら尚の事。アレみたいにもっと気も体も柔らかにして、リラックスして下さいませんと。
今日使わせて頂く分から、軟膏には香気を練り込んであります。前に、気に入ったと仰っていた香気を使ってみました。ゆっくりお休みになって、蝶に羽化する夢でもご覧下さい、大谷さん。」
「ま・・良き香りでは、あるがな・・・。」
そのまま吉継は、本当に眠りに落ちてしまった。
膝を揃えて座る鶴姫に、背後から抱き締められて。力の入らぬ病んだ身を、いっそ完全に緩め、両のまなこを閉ざし、背中から彼女に凭れかかる。包帯ひとつを身に纏い。
鳩尾の辺りに留め置かれた吉継の頭。軽く一撫でして彼の眠りを見守る鶴姫の瞳に、彼を芋虫だなどと蔑む色は皆無だった。
騒ぐ気力も無く風化している凶犬の姿を、元就は嘆息ひとつで片付ける。
「賢妹よ、兄は茶を所望したいのだが。」
「兄様、たまにはご自分でなさって下さいな。ご自分のお好みの濃さをご自分で把握していない、というのも、なんか違う気がするんですけど。」
「凶犬めが風化しているのだが。」
「うん、次に大谷さん床に転がして寝かせたらコロス♪
ご一緒にお酒飲んでたクセに、上役床に転がして、背中に内出血作らせるとかナイから。こういう心配りは目下の役目ですよ、左近さん♪ お任せした事を『二度と』後悔させないで下さると嬉しいです。」
「・・・左腕の瞳が、血涙の流し過ぎでそろそろ潰れそうなのだが。」
「まぁ大変♪ 目薬を処方して差し上げて下さい。兄様が。」
『・・・・・・・。』
「明っ! そなたいつから大谷の室に入ったっ!」
「事実無根な事を兄様の口から語らないで下さいっ、リアルだからっ!!
あと大谷さんが起きちゃうからお静かに。」
「くっ・・そのような気遣い、竜の右目相手には終ぞ見た事がない気がするぞ。
そうか、我が賢妹は大谷のような、性悪なクセに身体虚弱な男が好みであったか。思わず見落としてフラグを立て損じた兄を許せ、妹よ。」
「『気がする』だけで、片倉さんにもちゃんとお気遣いしておりますっ。
ソレはソレ、コレはコレ。夫との恋愛と、師匠への敬愛を一緒にしないで頂きたいです。実に頂きたいです。
大体、大谷さんに重力操作の使い方を教われと仰ったのは兄様ではありませんか。」
「我が申したのは、重力操作『のみ』ぞ。
他に類を見ない同類項故に、ベッタベタに懐くのだろうなぁとは予想しておったが・・・下の世話まで焼く程とは。」
「シモ言わないっ。お年だって兄様と大して変わらないんですからっ。
兄様が折角良いお薬を処方なさっても、肝心のお体に行き渡らない。その事も、ご病状の回復がゆっくりな一因だと思うんです。侍従は今イチ信用出来ないし、ご自分では手が回り切らないですし・・・背中に軟膏が塗れないとか、お薬飲み忘れとか、お酒の不摂生とか。
大谷さん、ただでさえ自虐の傾向があって、三成さんとはまた別の意味でご自分を疎かにしがちなのに・・・生活のクセやお好みまで覚えて、しっかり見られる人でないと。
三成さんには軍務も内政もありますし、左近さんも、その三成さんのお使いで飛び回っているし。」
「はい、飛び回ってます。」
鶴姫からのダメ出しに、風化から立ち戻った左近が膝を揃えて項垂れる。しょげ返った耳まで見えるようだった。彼が一番に敬愛しているのは三成だが、その無二の友である吉継の事だって思い慕っているのは本当なのだ。
ただ、直属でもないし、飛び回る事こそ本分な部分も実際あって、仕事で顔を見られないのもしょっちゅうな訳で。
事実として左近は、鶴姫が大阪城に滞在中は、侍従ではなく彼女が吉継の朝晩の世話を焼いている事。今朝、彼女が当然の顔で吉継の部屋に来るまで全く知らなかった。
この所忙しくしていた三成ですら、文やら日中の内政やらの会話で『何となく知っていた』程度だ。
ココまでとは、正直思っていなかったが。
「ですから、ね。
他人に過大な期待をするより、取り急ぎ自分で動こうかと。元々、師匠の御身の回りのお世話っていうのは、弟子の領分だとも思いますし。私自身が常に付き従えたら良いのですが、私が居ない時だけの代理なら、頼める相手に心当たりはありますし。
あとは、三成さんと交代でお傍を離れるとか?」
「今の一言で左腕の血涙が増したぞ、賢妹。」
「それは兄様の目薬で治してあげて下さいってば。」
さりげなく、しかしダイレクトに三成より吉継を優先する鶴姫。
身動ぎした彼女の動きに合わせて、意識のない吉継の身が揺らぐ。彼は僅かに息を吐くと、後頭ではなく側頭を預け直す。寝易い所を探して彼女の体に左手を彷徨わせた。
その手は華奢な肩を掠め、腕を撫でて、当の彼女の右手に受け止められ。
安堵したようにズルズルと上体を倒すと、こめかみを太腿に預けて止まった。
右を下にして体を横たえ、左手は彼女と繋ぎ、右手はリラックスの象徴かのように、適当に膝上で遊ばせている。あの、狡猾で性悪な『寥星跋扈』大谷刑部吉継が。
腰から下に掛けられた薄い布団が、また『日常の一幕』感を強めていた。
「バイタル正常、と。
大谷さん、軟膏の香気を気に入って下さって良かった♪」
「言いたい事はそれだけか、賢妹。」
「というか鶴姫サマ・・・その軟膏、一応、市販薬ッスよね? 取り寄せてくれたのは毛利公ですけど。大谷サンお気に入りの香りを移したりとか、もしかしてお手ずからやっちゃったりしてます?」
「?? たまに私、左近さんの反応するポイントが読めないんですけど。
やっちゃってますよ~♪ やっちゃいましたが何か?」
「マジかっ?! 羨まっ! 大谷サンマジ羨ま!! 超リスペクトなんですけどっ。
オレもそんな、献身的に看病してくれる可愛い彼女が欲しいっ!!」
「前に慶次さんも同じような事言ってましたけど・・・流行ってるんですか? それ。
生活の質って大事だと思うんですよね、私。
前に大谷さん、軟膏の匂いが嫌いだって仰ってて。あの匂いを身に纏うのが嫌でたまらぬ、謀神の墨付きであるなら効果はあるのだろうし、賢人からの申し付けなら致し方ない。ないが、使わなくて良いなら本当は使いたくないって。
だから謀神の妹らしく、ちょっと頭使って考えてみました。
大谷さんがお好きな香りを集めて、徹底的に調べ上げたんです。軟膏の薬効を邪魔しない、叶うなら強めるような、荒れた肌にも馴染むような成分がある子はドレかなって。
大谷さんの身近に置いちゃいけない子探しも兼ねてるので、そういうのも含めて徹底的に。もしかしたら思わぬ伏兵が居るかも知れないでしょう?
そうして見つけた中から、大谷さんに気に入ってもらえそうな子の成分を抽出して、香料に仕立てて。
大谷さんの所に届けられたお薬は、どうせ一回、私が検分する事になってますから。検分した後、工程がひとつ増えるだけです。
一度軟膏を全部器から出して、自分で作った香料を混ぜて、また戻すだけ。
簡単でしょう?」
「簡単じゃないッスっ! その香料、どっから持って来たんスかっ?!
香料から手作りとか、一体どんだけの愛が籠もってるんスかっ!! 香炉の上に上着引っ掛けて放置しとくとか、そんなレベルじゃないッスよっ?!」
「上着と言えば、ちゃんと替えも用意してあるんですよ? 大谷さんがこの香りに飽きた時の為に、ちゃんと次の子も、更に次の子も用意してありますから。
私ね、大谷さんには不幸ネタよりもっと、前向きな事で楽しんで欲しいんです。
取り敢えず、その日の気分で軟膏の香りを変えてみようかな、くらい思えるようになってくれたらって。薬効は変わらないんで。
そういう事考えながらだと、香りの成分抽出も楽しくって♪♪」
「可愛い・・・彼氏の為の香料作りを、苦にするどころか楽しんじゃうその笑顔がもう既に可愛い・・・。」
「だから彼氏じゃないですってばっ。私の彼氏は片倉さんですっ。
あと、ただの香料作りじゃないです。欲しいのは『軟膏の薬効を邪魔しない』、大谷さんのお好きな香りなので。着手は軟膏の成分を理解する所から。」
「毛利公っ、毛利公っっ!
こんな可愛い看護婦属性理系彼女、どこに落ちてるんですかっ? 教えて下さいよ!」
「・・・知らぬわ。
適当に引っ掛けて教育した方が早かろう。」
左近の泣き言に横を向いた元就だが、何か思いついたようで、ニヤリと口許を歪めて妹を見遣った。
こういう時の元就は例外なく意地の悪い無茶ぶりを仕掛けてくるので、鶴姫も既にして苦笑しながら兄の言葉を待つ。
「最愛なる賢妹よ。
そなた、我を安芸に1人残して嫁ぐのが心配だとか申しておったな。元親もアテにならず、安定する事など有り得ぬ、忠義の臣ひとりおらぬ家中に、兄を残すのが不安だと。
その件につき、我は秀吉を得て安定した。そなたの憂いは消え去った筈だった。
だが今、そなたは師筋の身を案じておるではないか。
己の口で申したように、大谷が信を置く2人は不在がちぞ。内政が充実するにつけ、これからもっと離れざるを得ない時間は長くなろう。
例えば今、そなたが奥州は片倉の許に嫁いだとして。
大谷の世話は、誰が焼くのだろうな?
無知なる侍従どもは、業病を恐れて大谷に触れようともせぬ。本人の自虐のヘキも、ようよう抜け去るものではあるまい。
そなたも申した通り、師の世話は弟子の領分。だがしかし、幸か不幸かそなたには、大谷の弟子という立場だけに甘んじる事は許されておらぬ。
さてどうする? 大谷の弟子としての領分とやらを、奥州に嫁いでからのそなたは、どのようにして果たすつもりでおるのか。」
「その事なら、私も色々と思う所がありまして。
ねぇ、兄様。ご相談。というか、おねだりさせて下さいな。」
「ほぅ? 大谷絡みで、この兄に薬以外、何を与えよと?」
「あのね兄様、」
鶴姫が会心の笑みを閃かせ、膝枕の吉継の肩を優しく撫でる。
彼女の望み、それは。
「ふふふ、ふふっ、ふふふふふふっ!! 彼女らしい・・・実に彼女らしいっ♪
実現にはぜひ、わたくしも合力させて下さい♪」
「『あのね兄様、鶴、学校が欲しいの♪』って。
鶴姫サマ、どんだけ大谷サン充なんだっつー話ッスよ。大谷サンの為に看護学校欲しがるとか。おねだりのスケールデカ過ぎっ。つかソレもう『おねだり』じゃないし。」
「だが左近、その計画が実現すれば、刑部の養生になる事は疑いようのない事実だぞ。
刑部の刑部による刑部の為の下僕作り・・・悪くない。」
「あぁ、ココにも大谷サン充が1人っ。」
「まぁ左腕の囀りと凶犬の吠え癖はともかく。」
「毛利公、ヒドッ。」
「我が賢妹ながら、発想の根幹自体が悪くないのは確かよな。
専門の学び舎を作り、大谷の世話が出来る捨て駒共を教育致す。まぁ、大谷専用の者自体はどこぞから素質のある者をかっぱらって来て教えを叩き込めば良いだけの話なのだが。
教育制度は、利家が最も気に掛けていた分野ぞ。
一般教養のみを教えるのでも良かろう。ソレすら、今の日の本には無いのだからな。
だがそれ以上の、一般教養以上の専門分野に特化した学舎があっても悪くはない。中でも医療・看護の学舎に重点を置くのは良い案かも知れぬ。習得に時間が掛かるクセに、戦乱が鎮まったばかりの今の日の本には、至急に入り用となる分野。
加えて明日は我が身という点を言に入れて弄すれば、他分野に先んじて一足先に着手しても、蒙昧な捨て駒共の雑音は少なかろう。
特効薬の生成秘話に半兵衛が絡んでいるように、学舎設立秘話に大谷が絡めば後世に名を残せもしよう。まぁ、あの性悪がソレを喜ぶとは思えぬが。
という訳で、軍神。手を貸せ。
利家には改めて、我から話を致す。
そなたに任せたい部分というのは、仏教関係者への協力要請でな。そなたは敬虔な仏教徒、寺社にも知り合いが多いのだろう? 学舎には教師が必要なのだ。」
「寺院内で医療・看護に詳しい人材の、学舎への貸与、ですね?」
「左様。
勿論、タダでとは言わぬ。それに中部以外の地方にも、要領よく学舎を配置するのが良かろうから、そなた1人に任せ切るものでもない。今はまだ我らの内輪の話半分、肝心の学舎も、影も形も建てておらぬしな。
ゆるゆると、それとなく、で良い。今はまだ。
内意に留め置け。」
「わかりました。人材を与えてくれそうな方々には、心当たりがあるのです。
じっくり、考えてみましょう。」
「アレ? 何だろうこの流れ、ホントに学校がひとつ出来ちゃいそうなんですけど?
しかも冠は『日の本初』。」
「妹の戯れ言から実を抜き出すのが、兄の仕事というモノよ。」
『・・・・・・。』
シスコンが日の本の歴史を動かす。
遠い目をして言い切った元就に、聡明な謙信は微笑んで口を閉ざし、直情な三成は舌打ちし、『今ドキの若者』を地で行く左近は尊敬とも恐怖ともつかない感情で目を逸らした。
所は変わらず大阪城、城主が軍師を連れて外出中なので、元就と謙信、三成、左近の4人での昼食をなった訳だ。三成と左近は元々豊臣の臣、大阪城で起居している。元就も、今朝の登城とはいえ行ったり来たり、安芸と往復しながら大阪・・・というか、秀吉の傍に入り浸っているので、文字通り『半分』大阪城に住んでいるようなものだ。
4人の中で、今日の昼前になって、久し振りに大阪城を訪れたのは謙信だけだった。
以前は刃を交えた事もある2人だが、今の謙信と秀吉は、書物について穏やかに語り合う間柄である。
「かすがから聞いております。半兵衛殿は、随分と調子が良くなられたようですね。」
「あぁ。アレは回復ルートに乗ったな。
そうそう油断できるものではないし、死なぬと無責任な放言もせぬが。明が蘆名から分け与えられた薬草も、温室でなら根付いた事だし。
あとは我が、あの草から実際に薬を作れれば、な。」
「難しいのですか? お手伝い致しましょうか。」
「いや、手伝いは要らぬ。明がやりたがる故な。
難しいという類のものではないのだ。草を磨り潰しては汁を採り、濃さを変えて水に溶かし、病んだ、というか病ませた動物に与えて薬効の発現を観察する。アプローチを変えて、乾燥させた葉を粉にしたものを、やはり量を変えて、病ませた動物に与えて観察する。
本には葉の事しか載っておらぬが、根には更に効果が、或いは別の薬効あるかも知れぬ。そう思えば、やはり同じように磨り潰し、乾燥させて観察する。
あるいは実が採れたなら、また同じように致す。枝はどうか? 幹はどうか。他の成分と混ぜ合わせた時の薬効は? 体質によって変わるのか否か。
副作用も含めて、見落とさずに、ありのままを全て記録、比較し、最善を導き出していく。
難しいというより、地味な作業の繰り返しよ。医学や薬学が、宗教的熱意と時間的余裕に恵まれた神社仏閣で発達した理由を、身を以って学んでおるところだ。」
「お、お疲れサマっス毛利公・・・。」
「別に。
未知を知る。己の手で予測を立て、実証して解き明かす。それが楽しいからこそ良いのだ。他人が記した本を読んで『あぁそうか。』と納得して終わるだけでは、味わえぬ楽しさよ。
明の白毒症の薬を開発した時は、もっと手がかりが少なかった。ソレに比べればつまらぬくらいぞ。そういう意味では、我の今、一番の興味は大谷の病状なのだがな。」
「なにっ?! マッドサイエンティストに刑部の身は触れさせんっ。」
「安心致せ、左腕。
我が秀吉の家中の者を、モルモット扱いする筈がなかろうが。それ以前に、明が寄らせてくれぬわ。今この瞬間も、大谷の部屋では、明が手ずから大谷に昼餉を摂らせている程なのだぞ?」
ケケケッと舌を出した元就に、三成の顔がベタ塗りになり、左近がゴフッと吐血する。
昨夜の酒が祟った吉継は、朝になって世話をしに来た鶴姫の前で身を起こす事が出来なかった。
洒落にならない痛みを訴える体から包帯を解けば、木張りの床に接していた右側の背中がどす黒く鬱血し、体全体が微熱を持ち、どう向きを変えても体の凝りが解れない。いつにも増して関節の疼痛が酷く、痛みのせいで指先1つも満足に動かせない。
爪の裏すら痛む気がすると言う吉継に、今日の鶴姫は朝からずっと寄り添っているのだ。彼の傍を離れたのは、登城した謙信の出迎えにほんの僅か、顔を出した時だけである。
今も。
絶っっ対に、やっている。男のロマンのひとつ『あ~ん♪』を、吉継に。
しかも『医食同源』を地で行く彼女は、最近は食事すらも吉継の分は、『ついでに』自分の分も自炊しているというのは、つい昨夜、吉継自身が左近をからかう為に明かした事実である。カノジョ・・・大谷はあくまで『エセ弟子』と言い張るが・・・の手作り料理。今にして思えば、自慢以外の何物でもないのだが。
そうだ、きっと鶴姫は、昼餉を作る為にも彼の傍を一時、離れたのだろう。思えば朝餉も持参していた気がする。『体の隅々まで』軟膏を塗るシーンが強烈過ぎて、あまりよく覚えていないが。きっと夕餉も手作りするのだろう。夕餉を作る時だけ、また離れるのだろう。それまでは朝の調子で、べったりと2人きり。2人の世界を構築しているのだろう。
衣食住を共にし、同じ時間を過ごす。互いの同意の許に。
あれ? コレもう、夫婦の域じゃね?
「左腕よ。そなたの部下は、思考が顔に出過ぎるの。」
「うるさい黙れ、死ね毛利っ。」
私は刑部が生きてくれれば幸せで居てくれればソレで、ソレだけで良いのだ。
そう言う三成も、血涙で首から下を真っ赤に染めている辺り、大概だと元就は思うが。
「まぁ我は『義弟』が誰になろうが構わぬし、ほうぼうから引き受けた責任を、支し障る事無く果たしておるなら。別段、する説教も持ち合わせないのだが。」
「そうそう、毛利殿。今度是非、我が越後にいらして頂きたいのです。
新しい甘味が発売されました故。
その甘味というのが鶴姫殿の所縁なので、彼女の兄君にも、是非当地にて。」
「ほう甘味とな。それは楽しみぞ。是非、招きに与ろう。」
「甘味の事より、妹さんの結婚問題! そっち先に解決して下さいよ、お兄さんっ!!
片倉サマのトコ、早く嫁がしちゃってっ!」
「うるさい黙れ、黙って早く世話役を探して来いっ!
十中八九、アレは大谷の侍従が見つからぬ内は奥州には嫁がんぞ? 大谷が心配だとかぬかすに決まっておろう。明が大阪城内をほっつき歩いておるのが目の毒だと申すなら、嘆くより先に、大谷の世話が務まる・・・というか、大谷の世話を務めさせるべくアレが施すであろう、鬼も裸足で逃げ出す洗脳レベルの特訓に耐え得る人間を連れて来いっ!」
「ちょ、待っ、何スかソレっ、高ハードル乙っ!」
『・・・・・・・。』
凶犬と謀神の罵り合いに、最早突っ込む気力も無い左腕と、元より突っ込む気のない軍神。2人は穏やかな表情で昼餉を突っついていた。
未だ青葉の楓の木が、枝葉を擦り合わせる微かな音で、鶴姫は目を覚ました。
吉継の部屋の前庭には、大きな楓の木がある。秋になるとそれはもう見事に色づき、雫のような雨のような透明な赤を降らすのだ。
血のようだと言う兄・元就は、椿の赤と並んで楓の赤も嫌ったが、鶴姫はそのどちらもが好きだった。強いて言うなら楓の方がより、好ましいだろうか。
椿の花が持つ、少し重めの不透明な赤よりも。楓の葉が持つ透明で軽い、それでいて深みを秘めた紅色の方が吉継にはよく似合うのだ。
「やれ、起きたか、伊予巫女よ。
何を為すにも半端な時分。今少し眠っていやるが良い。」
落ち着いた吉継の声音に、あぁ、痛みは大分引いたのだなと安堵する。
大して離れていなかった少女の肩を、彼は軽く自分の胸に押し付けて、あやすように撫でさする。少女の方でも彼の、病んでいるとはいえ大人の男の胸板の、鎖骨の辺りにこめかみをグリグリと押し付けた。
彼の身を守る包帯は、全て彼女が巻き施したモノだ。そう思えば、包帯だらけの体も誇らしくなってくる。特に、おうとつの激しい鎖骨の辺りに、平面である包帯を上手く添わせるにはコツが要る。ソコが上手だと吉継に褒め感心された時は、一日中緩んだ顔で過ごして、兄に呆れられてしまった。吉継は滅多に人を褒めないから、喜びもひとしおだったのだ。
寝起きの未だぼんやりした頭で緩んだ笑顔を浮かべる少女に、何を考えていやる、と吉継の苦笑が降る。
「い~え?♪ 大谷さんに褒められるの、私、大好きだなぁって思って。
お加減は如何ですか? 痛み止め、時間的にはそろそろ切れる頃合いですが・・・今一度、お塗り致しますか?」
「そうよな。大分薄れてきたとはいえ、まだ痛む。
頼むとしようか。」
「はい、かしこまりました♪」
面倒だなどと、とんでもない。むしろ嬉しそうに微笑んで、鶴姫は『吉継の布団から』、スルリと身を起こした。体温が気になるのだろう、包帯越しの痩せ頬をそっと優しく、掌でひと撫でしていく。検温は医療の基本だ。基本が出来ているのは素晴らしい事である。心底、そう思う。
「・・・・・・。」
疼痛は止まないが、痛み止めと軟膏のダブルコンボの効果は絶大で、大分落ち着いてきた。少しだけ軽くなったその身を起こし、吉継は手慣れた仕草で薬箱から必要な物を取り出す鶴姫の背中を見つめている。
障子から午後の陽ざしが差し込むひと時、穏やかな時間だった。
昼餉に彼女の作った粥を、胃の腑に流し込むようにして食した、後・・・やはりというか、元就たちが予想したように、鶴姫手ずから匙に取ってくれたのだが。仕方ないのだと、吉継としては言い訳したい所だ。痛みで指先が震え、動かないのだ。折り曲げるのも一苦労な壊れかけの指先で、どうやって己の口に匙を運べと言うのか。
自前の体温が低いと、布団が温まるにも時が要る。
そのような低温では傷んだ臓器に負担が掛かる、手っ取り早く温めましょうと申し出たのも、彼女の方だった。
有り体に言えば、鶴姫自身が湯たんぽ代わりになると。吉継が止める間もなくスルリと入り込んできた鶴姫の体は確かに柔らかく・・・もとい、温かかった。同じ布団に包まれた彼を純粋な瞳で見上げて無邪気に微笑み、更に、さも大事な壊れ物のように、吉継の身に触れた鶴姫の心中。
その心中は、いくら戦国屈指の知性を誇る軍師でも、彼女自身に見抜かれている通り自虐の傾向がある吉継はきっと、正確には理解していないのだろうと思う。恐らく自分がソレを正確に理解する日は来ないのであろう、とも思う。
吉継が確実に言える事は、ただ一つ。誓って、竜の右目に言えぬような事は何もない、という事だけだ。
疚しい事は何もしていない、という言葉が、吉継の口から出る事自体至極珍しい。疚しい事を平気で重ねてきた、戦国が生んだ邪悪の権化の如き、この性悪軍師が。
「あぁ、大分、内傷の色も薄くなって参りましたよ、大谷さん♪」
「所詮、荒れ寺の庭先にも劣る朽ち肌よ。濃きも薄きも構いやらぬわ。
むしろ濃淡を見分けるぬしの眼(まなこ)が慧眼よ、慧眼。」
「大げさな仰りようですね。
毎日見ているのですもの、微妙な違いに気付くのは当たり前です。お背中が見えない上に、ご自分の肌色など見たくないと思っている大谷さんが気付かないのも当たり前。」
「そうか、当たり前か。」
「はい、当たり前です。」
他愛のない言葉を重ねている内に、背中の痛む部位に、痛み止めが塗られていくのが判る。常用している軟膏はかなり粘り気の強いモノだが、痛み止めの方は、軟膏というより液剤と言った方が正しい・・・一応、軟膏として売られていると元就は言っていたが。
ヒンヤリと心地良い冷たさが、熱を持った肌に染み渡っていく。鶴姫の細い指先が、肌の奥まで浸透せよと、念じるように塗り籠めていく。
弓取りとして、彼女の指の細さは弱点だ。だが、薬を塗るという時に、その弱点は細かい作業の丁寧さという美点に変わる。
再び胴体に巻かれた包帯は、やはり絶妙の心地で吉継の肌によく馴染んだ。
「ぬしはまこと、包帯を巻くのが得手よな。」
褒められるのが好きだというから、褒めてみた。己としては、ただの事実を褒め言葉風に言ってみた、というだけの感覚だったが。
背後の鶴姫が、息を呑んで吃驚したのが判る。
膝立っていた彼女は、吉継の細首に柔らかい両腕を回すと、そのまま身を寄せてギュッと彼を抱き締めた。
「伊予巫女?」
「・・・ご養生下さい、大谷さん。豊臣は、どなたが欠けても成りません。」
「・・・・・・その言葉、そっくりぬしに返し遣るわ。
白毒症患者の平均寿命は、30前後と聞く。そこを過ぎれば、例外なく火気制御に急速な乱れが生じ、肉が燃えて朽ち果てるのだと。
何故皆が皆、ソコを境と火気の制御に支障をきたすのか。どんな因子で『そう』なるのか。
その発見が、術者としての毛利の、最たる望みだそうよな。」
「・・・お詳しいのですね。そのお話、兄様が?」
「他に語る者もおるまいて。時が足りぬと焦っておった。
『知っている事があるなら全て吐け、手掛かりになりそうな事は全て教えよ。』と。地を這うような必死な瞳で睨まれたわ。」
「ホント、社会性皆無の兄で申し訳ありません♪」
「ソレを聞いてな、色々と得心致したわ。ぬしについて漠然と抱いていた疑問が、まとめて色々と氷解した。」
「・・・・・。」
「我が必要なのは、豊臣1家。ぬしが必要なのは、合議9家。
我が養生を説く前に、ぬしの養生を優先せよ。今日の薬はいつ飲みやった? 朝餉の時分以来か。」
そう言うと、吉継は胡坐の体をクルリと反転させて鶴姫に向き直る。軽く手を引き寄せただけで、油断していた彼女の体は簡単に、前のめりに彼の腕の中に落っこちてきた。
片手で彼女の体を腕に閉じ込め、もう片手を傍らの櫃に突っ込んで小瓶を取り出す。ソレは吉継がこれまた珍しく自主的に常備している、彼女の為の薬だった。例の、元就が鶴姫の命惜しさに血眼になって開発に成功した、白毒症の特効薬である。
だがコレは『火気を制御する一助』の薬。対症療法であって、根本治療ではない。
「ホレ、飲みやれ。
それとも口移しが望みか?」
「の、飲みますっ、いえ、自分で飲むっていう意味ですけどっ、」
「あい、あい。
良き子ぞ、良き子ぞ。」
「もぅ、また子供扱いっ。」
吉継の、ぞんざいに引っ掛けているだけの夜着の袷を、その襟を掴んで睨み上げる鶴姫の頭を彼は、2つ3つの子供にするように撫でさする。渡した小瓶の液体に、疑いもせず口をつける彼女の横顔を見つめる瞳は確かに笑っていた。
半兵衛が『回復ルートに乗った』ように、吉継の病も、少しずつだが確実に良くなっている。膿が乾き、聴覚が鮮明になり、熱を出す回数も減り・・・だからこそ昨夜の酒では油断してしまったのだ。
白目と黒目が反転したような瞳でも、視力の衰退は止まっていた。
止めて、見たいモノなど・・・見続けたいモノなど無かった。彼が見守らなくとも豊臣勢は、皆、自分で勝手に歩いていく者たちばかりだったから。三成の軍師役すら、視力がなくとも務まると思っていた。
だが、今は。
今の吉継は、この少女の育ちゆく様を。
「ご馳走様でした♪」
「あい。」
「綺麗なガラス瓶。捨てるのが勿体ないくらい。
大谷さん、この瓶、頂いて行っても宜しいですか?」
「好きにしやれ。
ぬしの好みそうな光り物。ほんにぬしは、鳥の性よな。」
「はい、はい。鶴は鳥です、もう鳥でいいです。」
何かに付けてすぐ『鳥だ』と揶揄う吉継の言葉に、今日の鶴姫は妙に根負けしてしまって、ぞんざいな同意を返した。
新しく近付いてきた足音に、速やかに吉継の膝上からどく。
一応、自分たち師弟の物理的距離が、周囲の誤解を招きかねない程に近しい事は自覚しているらしい。
「大谷君、起きているかい?」
「入るぞ、大谷。」
足音の主は、2人。豊臣の総大将・秀吉と、その無二の友にして副将・半兵衛である。
共に戦場を駆け抜けた者同士、礼儀を云々するような家風でもない。今更、吉継の乱れた夜着を見ても特に不興は感じないが。
彼の枕許に控え目に慎ましやかに座し、何となく服の裾を直す鶴姫には、半兵衛としても何となく察するモノがある。
「やぁ、鶴姫君。ただいま♪」
「お、お帰りなさい半兵衛さん、秀吉公・・・イタイ、ほっぺたイタイです半兵衛さんっ。」
「君の師匠役だとか、毛利君と術で対等に話せる人間だとかが、豊臣から出るのは確かに嬉しいんだけど。妙に隠し事されてる感じがするのもイヤなら、目の前でいちゃつかれるのもイヤっていう、微妙な男心。
察してくれると、ボク更に喜んじゃうかもとか、ね?」
「ごめんなさいっ。」
「初物の桃だ。
出先で貰って来たから、お前にやる。大谷。」
大人げない嫉妬で可愛らしく微笑んで、鶴姫のほっぺたを引っ張る親友には目を瞑って、遠い目をしながら吉継の枕許に座す秀吉。
吉継が病を得たのは、この男の許に出仕が決まってすぐだった。
哀しいかな病名は誤診ではなく、ありのままに伝えて『出仕は出来なくなりました。』と断りの使者すら立てたのだが、その使者が持って帰ってきた返書に書いてあったのは『何月何日にこの場所へ来い。』という、淡々とした事務連絡だった。
病身を願い下げるどころか、労わる言葉も、憐れむ言葉も書いていない。そんな豊臣主従だからこそ、それまで知識以外の一切に構い付けなかった吉継が、初めて自分から興味を持ったのだ。そのままズルズルと、まるで忠義の臣ででもあるかのような勢いで豊臣1家だけに仕え、今に至る。
そんな下らぬ感興を、脇に押しやるかのように。
吉継の大柄な主君は、久しく上げられていない布団の枕許に、大量の桃が入った籐の大籠を置いた。吉継の頭ほどもある籠でも、秀吉の手にかかると飯事の道具のように見えてくるから不思議だ。
秀吉の顔にはあの頃から変わらず、得意げも憐れみも、義務感もない。三成の恩着せがましくない美徳は、この男のこういう所を継いだのかも知れなかった。
「肉でも野菜でも、水菓子でも。何でも初物は体に良いと聞く。
特にお前は、食が細いのだ。桃は嫌いではなかろう? 食べて養生せよ。」
「やれ困った、困った。こんなに沢山は食い切れまいなぁ。
賢人にも差し上げるが宜しかろう。」
「あ、ボクにはもう、初物は要らないんだ☆ だから、ね。大谷君に全部あげる♪」
最近の快調が、よほど嬉しいと見える。鶴姫を構っていた半兵衛は、自慢半分、労い半分の笑顔で、己が手でも、吉継の方へと籠を押しやった。更に近付いてきた大量の桃に、吉継としては苦笑するしかない。この量では絶対に、幾つかは傷めて捨てる事になってしまうだろう。それとも三成辺りが食べてくれるだろうか。彼も大概、食が細いのだが。
『初物が』良いのではない。『わざわざ初物を選んで与えようとする情愛が』体に良いのだと。かつてそんな、吉継の耳にはこの上なく障る言葉を臆面もなく笑って口にしたのは、今は東域の王のひとりとなった太陽のような男であった。
半兵衛の機嫌が良い内に、という事だろうか。鶴姫の手が籠から、特に大きな桃を3つ、取り出した。
「私、剥いて参ります。秀吉公と半兵衛さんも、召し上がって行かれて下さい♪」
「自分の分も剥いて来ると良い、鶴姫。
養生が入り用なのは、お前も同じだろう。」
「? そういえば、これから兄様に酷使されそうな予定が詰まってました。お薬作りに集中するから、そなたも手伝えって。
お言葉に甘えさせて頂きますね♪」
『・・・・・・。』
「あと13有余年・・・というのは、申し上げて良い事かな、太閤よ。」
「下らん。意味のない数字だ、元就が必ず見つけ出す。」
彼女を炎から守る方法を。
鶴姫に桃を渡した掌を、何となく固く握り込むと秀吉は、吉継の言葉をバッサリと斬り捨てた。斬り捨てて貰えた事に、安堵するというのも吉継には珍しい経験だった。
秀吉の持つ情報は、今も昔も、全て半兵衛も共に知っている。
天才軍師は、癖の強い銀髪に指先を絡めながら目を眇めた。
「時々ね、いたたまれなくなる時があるよ。
より良い『明日の日の本』を描いて、片っ端から出来る事を探して。戦に出る事の少なくなった今でも、死に物狂いで自分を磨いて。時間を惜しむように。
まるで自分の未来に関してだけは、奥州は片倉君の許に行けない未来を思い描いているようで。 時々・・・見ているのが辛くなる。」
だからと言って、目を逸らすほど弱くないけどね、ボクも。
そう複雑な息を吐く天才軍師は、更に、顔をしかめるようにして笑った。
「病が快方に向かう前のボクも、今の彼女みたいなカオ、してたのかな。」
「・・・さて、どうであったかな。」
「西に居ればいいのに、って思う。
この際、ボクは譲る相手が大谷君でも構わないんだけど?」
「賢人にしては、笑えぬ冗談よ。
我が大谷家は、術を捨てた術者の家柄。術者に非ざる者の血を、必死で取り込んで、術の血を薄めようとしてきた家柄よ。そういう家門で、生れついてより我が身が帯びた霊力は、正に先祖返り。他の家門でならば珍重もされたかも知れぬが、少なくとも大谷の家に於いては、忘れ去りたい、カビの生えた、望まれぬ、穢れた血であった。
他に候補がおらなんだ故に家督を継がされたが・・・その時の母親の、悔しそうな顔と言ったら。いっそ小気味良い程であったわ。
務めの一環として妻を娶り、子は生し得たが、それきりよ。
それきり・・・ずっと、それで良いと思っておった。
大谷の血を継ぐ者は作った。めでたき事に、霊力など欠片も持たぬ後継よ。ソレ以外に我自身の『何か』を継ぐ者など、居らぬで良いと。
上役の前で言うのもアレだが、仕事は相応に楽しいモノよ。三成の世話を焼き、凶犬めを躾け。謀りを巡らし、軍を進め。たまに機嫌が悪くなる病と折り合いを付け。
太閤が三成を、臣というより息子よ後継よと見込んでおる事は知っておる。そういうモノかと思っても、だからこそ余計に、我が身には息子娘にしたい者などおらなんだ。
おらなんだ、し、ずっと、それで良いと、そう思っていたのだがな。」
「『娘』が欲しくなった?」
「やれ、アレはまだまだ、雛鳥だがな。
あぁも無邪気に懐かれては。
病など得る遥か前から、血族に疎まるる原因はこの霊力であった。その霊力をこそ見込んで懐くのだと言われてはな。まこと、絆され易き人心よ。
己に絆されるだけの感性が残っていたのかと思うと、それはそれで感慨ともなるが。」
「秀吉の志は三成君が継ぎ、大谷君の経験は鶴姫君の中で生きる。
あーもう、ホントに残念だなぁ。保護者目線から言うと、三成君と鶴姫君がくっつくのが一番嬉しいのに。
奥州は寒いよー? 大阪なら京都と違って盆地じゃないし、寒暖の差も激しくないし。
西に居なよ、鶴姫君~♪」
「ヒィッヒィッヒィ。
不幸よ、不幸♪」
「大谷君のソレ、久し振りに聞いた気がする。」
親友と郎党の、親愛の籠もった会話に秀吉が苦笑している。
楓の枝がひと振り、風に揺らされて爽やかな音を立てた。
硬くつっかえる所などまるで無い、柔らかい動きだった。
足の運び、手の動き。袖の返し、裾の揺れ。肩の滑らか、膝の傾き。髪の乱れや、扇、冠の揺れまで。
全てが統一され、しかし打算を感じさせない。日常の延長の如き自然な振る舞いのようであり、それでもやはり、だからこそ。ソレは紛れもなく、神に捧げられるに相応しい、特別な舞楽だった。
鶴姫の指先が、吉継の琵琶に乗って翻る。風のように、水のように。
2人の呼吸は完全に一致していた。
「うつくしい・・・。」
謙信が感嘆の声音で溜め息を吐いたのは、舞い終わった鶴姫が膝を揃え、扇を置いてからだった。表敬の仕草1つでも舞の延長のように美しくて、謙信にも声を出すのが憚られたのだ。迂闊に声を出して、この美しさにひとつの瑕疵も付けたくない、と。
そう思わせるだけの美を、鶴姫の舞は、そして吉継の琵琶の音も十二分に帯びていた。
「お粗末様でございました。」
「いいえ。大谷殿も、鶴姫殿もお見事です。
佳き物を拝見させて頂きました。」
「腕を上げたものよ、鶴姫。」
「師のご指導を賜りましたお蔭でございます。謙信公、秀吉公。
ね、大谷さん♪」
「あい、あい。」
キラキラと上気した瞳で顔を上げると、鶴姫はハイテンションのまま客人である謙信の、そして一門の主たる秀吉の盃を酒で満たしていく。2人からの褒め言葉にご機嫌だが、師を立てる事も忘れていない辺りが、まだまだ冷静だ。既に幾らか飲んでいる筈だが、その程度で潰れたりはしないらしい・・・まぁ、元就に言わせれば『たとえ酔っていようとも、礼節を忘れるような酔い方をする娘に育てた覚えはない。』とか、まんま父親のような台詞が淡々と返ってくるのだが。
その『酒宴の席の礼節』すら、酒宴の席は悉く避けて通ると決めている、当の詭計智将の躾の賜物なのだ。
謙信は見知った相手とはいえ、一応は客人である。その歓迎の宴だというのに、『やはり今回も』元就の姿は宴席に無かった。上座云々以前に、出席そのものをしていないのだ。人数が少ないと1人の欠席が目立つ。当の客人は全く意に介していないようだが。
妙に合理的な元就の中では、昼餉を共にした事で、歓迎の意は先に表した事になっているのだろう。そういう類推が働く程度には、謙信も含めた皆が皆、既に彼の気性について熟知している。
欠席とは全然、全く、別の事で。酒豪で知られる軍神は柔らかく苦笑していた。
「毛利殿も惜しい事をなさいましたね。
飲酒がご無理でも、せめて舞楽だけでもご覧になれば宜しかったものを。」
「ヒドイんですよ、謙信公♪
兄様ったら『そなたの稚児舞など見慣れておるわ。』とか言っちゃって・・・。まぁ正直、見られてるとやりにくいっていうのは、ありますけど。」
「最初に扇を与えた師を相手には、コレだけ舞えるようになってもやはり緊張致しますか。
大谷殿は宜しいので?」
「勿論♪ 兄様は兄様、大谷さんは大谷さんですもの♪
それに私、兄様の横笛で舞うより、大谷さんの琵琶で舞う方が好きなんです。ね♪ 大谷さん♪♪」
「あい、あい。」
見知った顔の気安さで、鶴姫はやっぱりベタ~~~ッッと隣席の吉継の左腕に、両手を添えてくっついていた。吉継はもう諦めているようで、説教もせずに放置している。
その姿には媚びも下心もない。むしろ、子供が大人にじゃれついているような可愛らしさすら漂っていた。謙信は不興どころか楽しそうに瞳を細めて微笑み、秀吉が穏やかに和み、半兵衛が苦笑して、三成と左近の酒は半ばヤケ酒と化している。
かつて相争い、互いの魂を覗き込んだ経験は今、秀吉と謙信の中に互いへの理解という種を残していた。美酒を酌み交わしながら、その種を実に育てていく。
秀吉は謙信の語る仏説に耳を傾ける。謙信は秀吉の思い出した詩吟に同調し、また、互いの国許での生活を語り合う。日常の茶話、仲の宜しくない家臣同士の仲裁、今年の名産品の出来、踏み込んだ政務の相談。
元就本人の不在を良い事に、謙信の許に毎日のように送り付けられてくる、彼の部下・・・有り体に言えば、慶次からの泣き言も肴に上がる。
前田家から毛利家への人材貸与とはいえ、実質、今の慶次は元就の郎党である。
それも最初から『側近中の側近』として一目置かれての登用。『あの』人非人な主君自らスカウトしてきた逸材らしい、とか何とか、古参の家臣たちからは噂になっているとか・・・『あの経緯』を『自らスカウト』の内に入れるべきか、実際の事次第を知る仲間たちは苦笑せざるを得ない所だが。
嫁に貰った近衛前久卿の娘とは、元就に与えられた屋敷で、それなりに上手くやっているようだが・・・。
一体どれ程に扱き使われている事やら、放浪癖の強い風来坊の来訪は、上杉領に絶えて久しい。だが代わりのように、謙信の許には慶次から、毎日のように文が届いていた。
短文から長文まで様々だが、まぁ文面は大して変わらない。元就への愚痴・・・もとい、毛利領での近況報告だ。
だから謙信は、実は元就本人と話さなくても、彼の安芸での日常は大体把握していた。
把握してしまう程、慶次の愚痴は詳細で具体的で・・・元就への親愛に満ちていたのだ。
「上手くいった今だからこそ、申せる事ではありますが・・・。
わたくしは慶次に言い含めていたのです。不慣れの連続で、適応できぬ事もあるでしょう、どうしても辛ければ、越後に逃げてくれば良い、と。前田殿の許には戻りづらいでしょう、越後に逃げておいでなさいと。
毛利殿を否定する気はありませんが、あの御方と慶次とでは、流儀が違いすぎると思っていたのです。慶次にあの御方のご家来衆、それも側近など務まるまいと。
有り体に申せば、すぐに音を上げると思っておりました。
その時の為に、ちゃんと部屋も整えてあったのですよ?」
「いやいやいや、上杉公、ぶっちゃけ過ぎ、手回し良過ぎッスから。」
「フフフっ、ですが結局、その部屋は使わず終いでした。」
「っ、」
「この先も使わないまま、終わるのでしょう。
掃除のみであのまま何十年も置いておいて、慶次が年老いてからの思い出話の肴にするのも面白いかもなどと。空き部屋を眺めながら、そんな事を考えている所です。」
「お前の明晰さは時々、物凄く壮大で下らぬ悪戯を考えつく。」
「おやおや、豊臣殿。ではあの部屋、潰してしまいましょうか。」
「いや、面白そうだ。そのまま残しておいてくれると嬉しい。」
「かしこまりました。そのように致しましょう。」
「秀吉様と上杉公のご相談て、イタズラの時でも何か・・・事務連絡みたいッスよね。」
「そういうお前は、未だに賭博の癖が治らぬそうだな、左近。せめて悪戯感覚が残っていれば救いようもあるが、最近、スタートダッシュを早くする作戦に切り替えおったと。
三成が嘆いていたぞ?」
「げっ、三成サマッ?!」
「流石我が神、秀吉様っ! もっと言ってやって下さいっ!!
鉄火場通いなどという愚劣な性癖、我ら豊臣には不要の代物! 金銭で運を購うなどと申しておりますが、不合理ですっ。下劣な遊興と弁えて、もっと意義有る、豊臣の礎となれるような事に遊戯を見出すべきですっ!」
「あぁ、うん、まぁ、・・・な。」
「おやおや、慶次からは、豊臣殿も昔は相当にお強かったと、」
「ま、待て軍神っ! 昔は昔、今は今、そうだろうっ?!
そうだ、慶次の話であったな。
アイツはお前に、何か言っていたか? 正直、俺も最初は『3か月も保つまい。』とか思っていたのだが・・・元就があまり扱き使うようなら、慶次の方の味方になってやらねばと。
だが存外続いて、しかもどうやら苦行という訳でもなく楽しんでいるらしい。俺にもソレが意外だったのだ。」
「豊臣殿もそうお考えでしたか。
仕事の話と日常の話が、半々程ですね。仕官してすぐ、評定の場で家臣を手打ちになさる毛利殿を止めるのは、慶次の役回りになったとか。毛利軍の戦は8割方が情報の戦、机上で決まる。その分、事前の紙仕事が膨大で辟易している、白い紙が嫌いになった、とか。」
『・・・・・・。』
有り得る。豊臣勢の脳裏に、リアルに思い浮かぶ。
評定の場で元就の輪刀の前に立ちはだかる慶次。『この猿使いめが。』という冷たい瞳で、輪刀越しに足許の慶次を見下ろす元就と、怯え跪く家臣を背後に庇って輪刀を白刃取り、常のあの『芯の通った愛想笑い』で元就を宥める慶次の図。
そういう男だ、慶次も、元就も・・・2人共、形ばかり主従になったからといって、信念を曲げるような男たちではない。
「古参からの定型の嫌がらせに、毛利殿が目を光らせてくれているのが判る、とか。聞こえよがしに嫌味を言う家臣の頭を物理的に押さえつけ、目を合わせて、『今の台詞、この場で我に上奏してから慶次の前で復唱せよ。出来ないなら二度と申すな。耳障りだ。』と。常のあの、乾き切った瞳と口調で。
そう言われて、申せる者などおりますまい? それ以来、誰も何も申さなくなったと。
小早川家の秀秋殿には、毛利殿から直々に、話相手になるようにとお達しがあったとか。彼は穏やか過ぎて人を威嚇する事の出来ない人ですが、その穏やかさは、人を癒やす。ソレを見越した人選かと。
秀秋殿と慶次、それに毛利殿も加えた3人で鍋をする事もあると書いてありました。
長曾我部殿に自慢したら『俺ですらやった事ないのにっ!』と地団太踏んでおられたそうです。城内での事なので、割り込むに込めないと文句を言われたという後日談も、文にしたためられておりました。
他者に侮られぬようにとのご配慮なのでしょう、第三者の居る前で殴られた事は一度も無いとも、書いてありました。相も変わらずの物言いではあられるようですし、人の居ない所では遠慮ないツッコミが待っているそうですが。
事前には『殴るぞ、蹴るぞ』と、あんなに脅かしていらっしゃった方ですのにね。
仕事は丁寧に教えて下さったそうです。懇切丁寧な『毛利殿お手製の』マニュアルが用意されていて驚いたと。ソレを示しながら、基本から教えて下さったそうで。
どうも、実は結構、お世話焼きな方のようですね。」
『・・・・・・・。』
「いつもね、文の最後は希望で締めくくられているのですよ。『次の鍋の具に、越後産の米で作った餅を入れたい、元就の好物なんだ。』とか、『今度この仕事任せてくれるって元就が。』とか。『次の花見に、元就に団子作ってやる約束したんだ。』とか。
『逃げたい。』どころか『越後に行きたい。』とすら書いてなくて、友としては、誇らしいやら寂しいやら。複雑な所なのです。」
「・・・秀吉様。
とりあえずオレらも明日、鍋、やりましょっか。」
「うむ。朝からな。」
「朝からっ?! ソコは晩メシだけでイイじゃないッスかっ!
ただでさえあのヒト、あんま食わねぇんだからっ。」
「明日は3食、鍋をする・・・左近っ!
明日のお前は早朝から市場で食材調達係だ!」
「1人でっ?! せめて大谷サン、ご一緒して下さいよぉっ!
大谷サンのあの輿、大量の荷物乗せるのに打ってつけなんスからっ!」
「ヒィッヒィッヒィ♪
言われてノコノコと、付いて行きやる愚か者はおらぬわな。やれ、1人で参りやれ。荷物持ちは御免被るわ。」
「三成様ぁっ!」
「左近・・・秀吉様から勅命を賜れるようになったとは、私も嬉しいぞ。」
「いや、コレ普通にパシリでしょ。」
「フフフ、我が越後で育んだ米や餅を、毛利殿が好んで下さっていると聞いて私も嬉しい。
此度、沢山持参致しました故、明日は餅祭りですね♪」
「上杉公っ、あのヒト食細いんですってばっ。
残しちまいますよっ。」
「大丈夫、餅は元々、保存食ですから。
カビが生えても削ぎ落とせば良いのですよ。大抵のモノは火を通せば食べられます。」
「ほぅ、意外だな。
俺も餅はカビていても食べてしまう方だが、越後の軍神もとは。その辺りは潔癖な部類と思っていた。」
「おや、私にも『適当』な部分はございますよ? 餅はカビが生えても平気で食べますし、書物を読みながらの飲酒飲食も致します。
ただ、かすがは私の『カビ餅食べ』を良しとしないようで、彼女が焼いてくれるお餅には生えていない、というだけの事。」
「奇遇だな、ウチの三成もだ。」
「ねぇ秀吉、ボクもカビ餅食べ」
「半兵衛さぶぁぁあぁぁぁっっっ!!
どうか、どうかそれだけはっ! 御身大事になされませ、もしも万が一、そのカビがお体に障ったら何となさいますっ!! そのカビの胞子が突然変異を起こし、肺腑に入り込んで増殖するような事がございましたらこの三成、一生の不覚っ! 半兵衛様のお体は今が一番大事な時だと、毛利めも申しておりましたっ! 完治に向かう寸前が、実は最も不安定なのだとっ! どうか、どうかお留まりを!!
代わりにこの三成めの首を炙りますれば、」
「やめてっ、三成君やめてってばっ!
ごめん、ボクが悪かったからっ! お願いだから首なんて炙らないでっ!」
「半兵衛様っ、半兵衛様ぁっ!!!」
「あぁ、もう、しょうのない子だね、君は。明日はカビの生えてないお餅を焼いてくれたらいいから・・・大谷君、キミも止めてよっ。」
「やれ、玉体に頓着せぬ賢人が悪い。」
「大谷さんたら、鶴センサーにピピッと来ましたよ? 今ちょっと自虐癖を出したでしょう? 玉体に頓着しないといけないのは大谷さんも、なんですから。
先日長曾我部さんがいらした時、『メイプルシロップ』を頂いたんです。例の如くお友達の、外国の船乗りさんからの貰い物。西洋カエデの汁を甘く整えた調味料だそうで。
成分的にお薬の邪魔しないって、兄様からのお許しが出ましたから、明日お餅に付けて食べてみましょう? メグスリノキとは少し違うらしいんですが、とりあえず美味しい事は確実なので。」
「鶴姫サマ♪ じゃ明日の鍋、肉多くしましょうよ。
そんで鍋にもブチ込みましょう♪ こないだ焼き肉のタレに混ぜた時、すげぇ旨かったッスもんね♪ きっと鍋の肉とも相性バッチリッスよ♪」
「へぇ・・・左近君、鶴姫君と焼き肉したんだぁ・・・。」
「えっ?! ええと、毒見がてらお味をちょっと・・・み、三成サマっ! 三成サマも一緒でしたよっ?!」
「なっ、コラ左近っ、私を巻き込むヤツがあるか!」
「へぇぇぇぇ・・・毒見するのに、なんでわざわざ、楽しく焼き肉パーティーなのかなぁ・・・? しかも鶴姫君と。しかも鶴姫君と・・・。
ボクと大谷君が、毎回ポツンとどんな気分でいる事か・・・ボクら2人、その手の新しいモノは、毛利君が成分鑑定してからじゃないと口に出来ないのに・・・食べられないのに・・・いいなぁ・・・羨ましいなぁ・・・。」
「半兵衛サマ酔ってますっ?! 絶対酔ってますよね?!
ちょ、マジでやめて、絡み酒やめてっ、パワハラもアルハラも反対ッスよっ?!」
『・・・・・・。』
どうやら今回の半兵衛の標的は、左近一択らしい。被害を免れた三成たちは、何とも言い難い表情で目を逸らした。
酔っぱらって据わった目の副将と、その絡み酒の犠牲になりつつも健気に応戦する陪臣(家臣の家臣)の図。秀吉崇拝一択かと思いきや上下の別が薄い豊臣勢の雰囲気を、謙信は楽しそうに微笑みながら見守っていた。
総大将たる秀吉も苦笑している。
「気にしないでくれ、軍神。
どういう訳か半兵衛の中で『カビ餅』が健康の象徴になっていてな。『何も頓着せずカビ餅を食べられる』のが『健康で体が強い証明』という。」
「いえ・・・楽しいです。」
謙信は切れ長の瞳を細め、煙るように笑う。
「斬り合っていたら、判らなかった。斬り合う前に、知れて良かった。」
「あぁ。」
謙信が穏やかに笑う。秀吉も穏やかに笑う。ソコに矛盾は無い。
ちなみに『メグスリノキ』とは、カエデ科カエデ目の落葉高木である。漢方の世界では、この樹皮を煎じて汁を煮出し、点眼薬として用いるのだ。ちなみに元就は経口薬という服用方法も提示したのだが、独特の臭みが邪魔をして吉継には無理だった。
割と初歩の有名処、古典的な薬だ。
元就から『メグスリノキ』を処方された時、正直、吉継は不満だった。そんな基本的な薬、とうの昔に試しとるわい、と。目薬にも様々な種類がある。片っ端から試して、だがドレも甲斐は無く、視力は日々衰えていった。ソレがどれ程の恐怖であった事か。
そなたは焦り過ぎる、結果が出る前にクルクルと薬を変えるからダメなのだ、と。
カルテを見ながら言い切った詭計智将が、悪巧みの蔭もなくあんまり客観的に『普通』に診察してきたものだから。つい、文句を飲み込んで従ってしまった。
真剣なのに生気の宿った、前向きな瞳。妙に忘れられない横顔だった。
「大谷サン、助けて下さいよ~♪」
「あっ、左近さんっ! これ以上大谷さんにお酒差し上げたらダメですからね?
禁止令発令~♪」
左腕に鶴姫が寄り添い、右腕に左近の背中が寄りかかっている。吉継は鶴姫優先で、凶犬の頭を押しのけるようにしてぞんざいに撫でた。
そんな左近を不憫に思った訳でもないだろうが・・・何せ『あの兄』の妹である。当の鶴姫は、空になったまま転がっていた銚子を一本、取り上げると、軽く振りながら立ち上がった。
「お台所で新しいの、頂いてきます♪」
「あぁ、頼む。」
着慣れてなどいない筈の打ち掛けを、慣れた裾捌きで払い、宴会の熱に背を向ける鶴姫。
こういう内輪の宴では、侍女侍従は下がらせるのが仲間内の常なのだ。放っておいては、すぐに酒も肴も尽きてしまう。華奢な後ろ姿を、秀吉と吉継は黙って見送っていた。
「宴の開きには、未だ早かろう。」
大阪城・天守。
そこで1人、月を眺めていた元就は、不意に形に良い眉を顰めると振り返った。若草色の平服が、闇の中で月光を受けている今は、神秘的な翡翠色を湛えている。
最高位が過ぎて、いっそ天井裏の如き最上階。そこに至る跳ね上げ式の扉から頭を覗かせていた鶴姫は、静謐すぎて凄みすら漂わせる兄の美貌に怖じる風もなく、そのまま上がって元就に近づいた。
常の巫女服ではなく、華やかな打ち掛けを纏った『お姫様』の出で立ちで。
元が紅白を基調にしたシンプルなカラーリングなので、余計に華やいで見える。
「何をしに参った、明。
そなたには我ら安芸毛利の代表として、宴の接遇を一任していた筈だが?」
「お務めはちゃんと果たしてから参りました。
謙信公も秀吉公も『美しい』って、私の舞を褒めて下さったんですから♪ 全然褒めて下さらない兄様とは大違いです。」
「あの程度の稚児舞で、我から褒め言葉を引き出そうと?」
「あっ、また『稚児舞』ってゆったっ。」
素直過ぎるほど素直に頬を膨らませて、自然な呼吸で歩み寄る。格子窓からの月光に照らし出される、兄の細腰に腕を回した。
当の元就は何を考えているものか、立ち尽くしたまま。鶴姫の好きにさせている。
「酒は良いのか?」
「??」
「どうせ、酒でも取って来るとか申して中座したのであろうが。」
「大丈夫。待ち切れなくなったのなら、左近さん辺りが取りにいかれるだけですから。」
「そうか。」
「はい。」
元就を正面から抱き締める鶴姫の、その、美しい西陣織に包まれた腕に力が籠もる。
確かにこの手の中に居る。兄の温もりが肌身に伝わってくる。息遣いも、心臓の音さえ。それなのに、気配だけが無い。目の前に、鶴姫の腕の中に居るのに。
『居る気配』だけが、無いのだ。
鶴姫の腕に、力が籠もる。だが幾ら力を込めても同じであるのは、彼女が最もよく判っていた。コレは兄の・・・『彼』の悪癖のひとつだ。
妹は、兄の胸に額を擦り付けた。
「見よ、明。」
「・・・・・・。」
「何とも皓々と照り輝く、鮮やかな月ではないか。」
「月・・・誰、を・・・思い出しておいで、ですか?」
「・・・・・。」
漠然とした問いかけは、日輪好きの元就が唐突に月の話などするならば、きっとまた、誰かを嵌める為の、何かの暗喩だと思ったのだ。
あどけない瞳で見上げる妹の視線の先で、兄が笑う。
それはそれは美しく・・・鮮やかな。優しく儚げな、天女もかくやという微笑だった。
魅入られるより先に、何故だか、泣きたくなる種類の微笑だ。
「なに、大した事ではない。
この美月を、砂塵越しにのみ仰ぐ事を自ら選んだ。哀れな男の事をな。」
「さ、じん・・・??」
やっぱり判らない、というカオをする、聡明な妹の身を抱き締める。
夜の静謐から守るように、右腕を左側の腰に、左手を後頭に添えて、柔らかく力を込める。それはまるで、祈るような抱擁だった。
「兄様・・・本当に、どうなさったの?」
「・・・別に。
近く、一度安芸に戻る。申し送りあらば、まとめておけ。」
「あ、なら尼子さんに♪
見せたい物や差し上げたい物が沢山あるんですよ? 兄様が持ち切れないくらい沢山、ホントに沢山あるから、持ち易いようにまとめときますね♪」
「あぁ。そうしてやってくれ。」
途端に瞳を輝かせた鶴姫に、元就が優しく微笑む。秀吉という例外は出来ても、妹専用に等しいその微笑を向けられるのが、鶴姫は大好きなのだ。
風ひとつ吹かない、月の綺麗な静かな夜だった。
~終幕~
戦国BASARA 7家合議ver. ~鳥の陽だまり 月の塔~
はい、あとがき。
キャッキャウフフしているだけの日常風景に見えますが・・・
毛利家の兄妹にとっては、この日常は結構な奇跡な訳で。
どれ程のドロドロを乗り越えて今の『奇跡』があるかは、次作以降のドロリーに期待。
この日常の輝きは、そのドロリーがあって初めて意味を持つかと存知ます。
文中で出てきた『メグスリノキ』は実在します。
資料には『洗眼薬』とあって、軽く点すというより、強くこすって洗う、というニュアンスに書かれておりました。
それでは、また次作で。