弁護士に広げたかった大風呂敷

1 その男たとえて言うなら


我が主
名はハン・ミングク

はてさて一体
どんな言葉を
どう尽くしたら

親愛なる
世の皆さまの
偏見を最小に
共感を最大に
主を紹介
出来るものやら

ない知恵しぼって
途方に暮れて
弱り切っての
苦肉の策

ときにこんな
“たとえ話”は
いかがであろう

…………………

とある洋上

ある日突然
「切符は無効!」と
宣告されて

沖にたゆたう
結婚という名の客船の
豪華な一等船室から
問答無用で
放り出された
男がひとり

命からがら
波間に浮かび
茫然自失も
覚めやらぬまま

世にも醜い
財産分捕り合戦の
波荒れ狂う
大海に
その日即刻
小舟で独り
漕ぎ出すことを
余儀なくされた
この男

恥辱と憤怒の
船出を前に
わらをもすがる
思いで雇った
その名も女弁護士という
さても因果な同伴者

腕は二の次
度胸を買って
男が無理やり
道連れにした
因果な水先案内人

男を尻目に
悠々と浮かぶ客船は
小舟を無視し 
怒号を浴びせ
悔い改めて
ひざまずくなら
もう一度
乗せてやらぬでもないと
甘い言葉で
誘惑もした

かどわかされたと
憐れんで
案内人に下船を促す
その見栄えと言い
性能と言い
申し分ない
救助艇さえ現れて
長らくそばで
並走もした

そして何より
口さがないこと
甚だしい
興味本位の
世間の耳目が
嘲笑という黒雲で
二人の視界を
阻んだけれど

進むも退くも
地獄なら
なるようになれ
ケ・セラセラと

片方の手に
羅針盤
もう片手には
女の手首を
わしづかみ

飄々と
小舟に乗り込む 
この男

いざ乗り出すは
裁判という名の
起死回生の
一大航海

しかも
男としての
体面賭けた
その舟旅の
成否のカギは

世の評判も
未知数の
小娘ごとき
案内人の
胸三寸

どう見てもそれは
傍目には 
いかにも笑える
孤軍奮闘

かてて加えて
出帆当初
男の物腰はと言えば 

「漕ぐのはおまえ
俺は客」

ふんぞり返って
指図ざんまい
鼻持ちならない
高飛車な客

「しくじるな
陸地の上で
野垂れ死ぬのも
趣味じゃあないが
嵐の海で
遭難なんか
まっぴらごめん
冗談じゃない」

しかし男は
時おかず
そして潔く

難破も座礁も
来るなら来いと
我と我が身の運命を
躊躇なく
その案内人に
すべて預けて
悔いなかった

皆さま
なぜだとお思いか?

そう
お察しどおり

腕はともかく
度胸に惚れて
無理やり
雇ったのみならず

いつしか
件の案内人は
男にとって
単なる水先案内人の
域など超えて
しまっていたから

いつしか男は
その女を
心底愛して
しまったから

以来男は
夜も日もなく
必死に風を
読んでやった

予期せぬ
激しい大波を
かぶるたんびに
舌打ちしながら

あらん限りの
力を以って
憎っくき水を
小舟の外に
かき出した

空と海と
ありとあらゆる
この世のすべてが
己の敵に回っても

唯一無二の
味方にして
有能な
その案内人を
逆巻く無慈悲な
濁流から
守ってやりたかったから

自分の強引さがゆえに
巨大な嵐の
真っただ中に
否応もなく
引きずり込んで
巻き添えにした
賢く愛しい相棒に

たとえ
ほんの一時であれ
息つく暇を
与えてやりたかったから

航海なんか
ド素人の
俺がなんでと
自嘲しながら

来る日も来る日も
風を読み
男は水を
かき出した

陸地など
望むべくもない
視界不良の
大海原

だがしかし
嵐も波も
小舟の行く手を
阻むには
遠くはるかに
役者不足

悠々たる舟旅に
凪もやがて
訪れよう

…………………

その男
名はハン・ミングク

存在じたいが
「破天荒」だと
歩く「傍若無人」だと
世間は眉を
ひそめるが

身びいきも
甚だしいとの
おとがめ覚悟で
最後に一言

無鉄砲で
見栄っ張りで
情に厚くて
茶目っ気あふれる
一匹狼
不羈奔放の
我が主

男の私が
惚れて悔いない
我が主

微笑ましくも真剣な
その心の譜
皆さまどうか
ご高覧あれ


 生まれ変わっても
 この主に仕えると決めた
 一従者 記す

2 天秤を持った女神の前で


裁判所

何の因果で
こんなところに 
縁なんか

天秤ばかりを
その手にかざして
俺を見下ろす
銅像さんよ

法の番人の
女神とやらは
あんたらしいな

かざした正義の天秤で
人間の正邪を
秤るんだってな?

博識だなんて
お世辞はいらない

うちの弁護士先生から
最近仕入れた
受け売りだ

あんたみたいに
目なんか開けてちゃ
秤りたくても
秤れないとか
秤ったところで
眉つばだとか

最近雇った
うちの弁護士先生は
ひとり何やら
禅問答して

俺の見ている
真ん前で
事あるごとに
ぎゅうっと固く
目をつぶってた

今思えば
秤られてたのは
他ならぬこの
俺自身

はたして俺は
天秤の上で 
正義の分銅を
向こうに回して 
いったい全体
釣り合うんだか
合わないんだか

少なくとも
先生が引き受けて
割が合うほど
俺がまっとうな
客じゃないのは
認めるとして

それ以前にだ

目の前に
大金積んでも
一顧だにせず
動じる気配も
ない先生を

金のほかには
誇れるものもない俺が
どうやって
釣ろうってんだ?
お手上げだ

軽すぎて
釣り合わなくて
天秤皿から
ずっこけ落ちるような
依頼人じゃあ

愛想尽かして
見放されても
文句なんか
言えないか

3 傘と風呂敷


先生を
雇って間もない
ころだった

いつだったか
職業倫理むき出しで
女だてらに 
ヤクザ相手に
楯突いて

案の定
こてんぱんに
逆襲された

その度胸や良しと
褒めてやりたい
ところだが

たまたま俺は
居合わせて
まさか男が
知らんぷりして
「はい さよなら」とも
言いかねて

文字どおり
「風呂敷」よろしく
先生の上から
おっかぶさって

気がつけば
チンピラどもに
ボコボコに
やられる始末

かと思えば
ようやく気心
知れ出したころ

珍しく
意気消沈の先生を
気晴らしに
連れ出したのが
運のつき

し慣れない
親切なんか
するからだと

いまいましい
夕立見上げて
内心舌打ち
する端から

高い背広を
ダメにして
赤信号の交差点で
文字どおり
「風呂敷」よろしく
先生の頭に
おっかぶさった

いまいましいのを
通り越して
自分に呆れた

ああそうだ
夕立と言えば

妻だった女との
初対面こそ
突然の
夏の夕立ち

傘を
3分の1借りた

笑えるだろ

半分も
場所をとっちゃあ
申し訳ないって
この俺が
女物の
折り畳み傘3分の1で
縮こまってた
初対面

そして
6年が過ぎ
俺は目の前に
離婚届を
突きつけられた

言っとくが
先生の「風呂敷」に
なったのは
ほんとに偶然
下心なんて
まるでなかった

何でまた
依頼人の
この俺が

弁護士の窮地なんか
救ってやらなきゃ
ならないんだと
俺の方こそ
報酬もらって
しかるべきだと

ブツクサ言ってた
くらいだから
嘘じゃない

それなのに
重なったその偶然を
先生は
面白がり
有難がってくれたっけ

さはさりながら
礼まで言われちゃ
片腹痛い 

女に借りた
傘3分の1
そんな借りさえ
返せないまま
離婚して

別の女の「風呂敷」に
たまたま
なってやったとて

褒められた義理じゃ
なかろうに

4 なけなしの3文字


風呂敷の
報酬よこせ
1000ウォン分くらい
礼をしろと

からかってみたら
真に受けて

失敬にも
1000ウォン札
きっかり1枚
放ってよこした先生には
不思議と腹が
立たなかった

入院患者と知りながら
病室の外まで俺を
呼び出して

好物のフグ入りだから
人にやらずに
全部食べろと
毒が致死量
入ってると

手土産の
見舞いの粥を
放ってよこした
元悪妻の冗談には
笑いも途中で
引っ込んだのに

医者がこんこんと
諭しても
まったく耳を
貸さない俺に

誰が言ったら
聞くのかと
先生が呆れて
尋ねるから

誰が言っても
聞きたくないと
ぶっきらぼうに
答えたら

思ったとおりだ
予想どおりの返事だと
子どもみたいに
はしゃいでた

これじゃあまるで
モグラ叩きだ

俺がどんなに
どやしつけても
これ見よがしに
鬱陶しがっても

先生は
一瞬立てたその腹を
逆襲用の
ガソリンにして
エンジン全開
俺に向かって
体当たり

叩けど叩けど
別の穴から
しつこく顔出す
モグラ叩きの
モグラそのもの

でもその度に
俺がどれだけ
心地よく
そのモグラどもに
根負けしたか

なあ先生
自己弁護なんか
する気はないし

離婚の数だけ
理由もあろうが

どっちかの是が100%
どっちかの非が100%
そんな離婚って
この世にあるか?
あり得ないだろ?

ところがどっこい 
先生にかかっちゃ
麗しくも冷酷な
そんな男女の
摂理なんぞは
まったくもって
お構いなし

雇われ弁護士の分際で
依頼人の
俺に向かって
さもぬけぬけと
言いやがる

「訴えられて当然よ
いいイメージの
言葉なんか
ただのひとつも
しっくり来ない
人だもん」と

いや正確には

「たった一つだけ
ピンと来た
なけなしの3文字を
除いたら
いいイメージの
言葉なんか
ひとつも
思い浮かばない」と

そこまで言われちゃ
訊くしかないだろ
先生が俺見て
ピンと来た
唯一なけなしの
3文字とやら

もともとが
金のほかには
誇れるものなど
何もない俺

金が惜しくて
離婚も拒む
血も涙もない
元亭主だと
今じゃ顔見りゃ
世間がこぞって
悪党呼ばわりする俺だ

先生の言う
唯一なけなしの
3文字とやらが

こんな俺にも
わずかに残った
存在価値を
もしかして
教えてくれや
しないかと

逃げ回る先生を
何度も何度も
せっついた

どうしても
訊いてみたかった

5 背任の罪


先生の
同居相手が
あの男だと
知った瞬間

死ぬほど
腹が立った
裏切った先生に
腹が立った
裏切られた自分に
腹が立った

同棲?
よりによって
訴訟相手の
弁護士と?

完璧な
背任罪だ

突拍子もない
ことにかけちゃあ
人後に落ちない
つもりだったが

さすがの俺も
飲み込めなくて
絶句した

今すぐにでも
先生の首根っこ
捕まえて

あの
天秤棒かついだ
女神の像の
真ん前にでも
突き出してやりたかった

弁解するなら
してみろと
口をきわめて
罵りながら

それ以上
何もできない
自分が惨めで
発狂しそうで

あのとき吐いた
罵詈雑言も
ろくすっぽ
覚えちゃいない

面従腹背の
下司な輩が
引きも切らない
この世の中で

先生は俺に
首尾一貫して
“面背腹従”

ああ言えば
こうふてくされ
一 言えば
十 突っ返す

でも真っ直ぐな
その心根に
無条件に
賭けてみたくて

女々しい
愚痴から
弱音から

一切合財
余すことなく
ぶちまけた俺が
バカだった

頭の先から
つま先まで
“面背腹従”の
かたまりに
俺には見えてた
先生は
単なる幻想だったのか?

あの晩
ビルの屋上で
ウイスキーを
ラッパ飲みした

手ひどい悪夢を
忘れるには
手っ取り早い
方法だった

この世で頼れる
最後の砦も
奪い取られた
みたいな気がして

シラフですら
俺はほとんど
廃人だった

人影もない
屋上の
ヘリポートの 
Hの文字の
まん真ん中に
ひっくり返って
夜風に吹かれて

飲んでは
酔って
酔っては
また飲んで
ソウルの夜空に
満天の星を見た

天下のソウルの
空にだぜ
傑作だろ?

瓶の中身は
乏しくなって
頭はすばらしく
朦朧として
そしたらなぜか
忽然と
思い当たった

最近 
俺の鼻先で
そういえば
目を閉じなくなった
やっと
笑顔を見せ始めたと
胸なでおろした
そのとたん

先生は
何か言いたげに
もぞもぞ
口ごもり始めたろ

後ろめたそうで
泣き出しそうで

俺に言わせりゃ
とても見られた
もんじゃなかった

訳も判らず
俺はただただ
じれったかった

そして
機は熟し
今日満ち満ちて

3人仲良く
思い出すのも
ヘドが出そうな
鉢合わせ

修羅場を去り際
悔しまぎれに
問いつめたっけ

こんな仕打ちを
食らわされるほど
俺が先生に
何かしたかと

そしたら先生は
言いかけて
途中でやめた

俺を睨んで
言葉を飲んだ
あの切羽詰まった
無言の顔で
先生が
言いたかったこと

それより何より
口から先に
生まれてきたような
先生が

ここしばらく
まったく
人が変わったみたいに
むっつり
黙りこくってたわけ

ウイスキーの
瓶を片手に
合点が行った

全部
見当がついたんだ

6 一人三役


思い返せば
返すほど
俺は敗色濃厚だ

裏切り者の
烙印押して
魔女に唾でも
吐くみたいに

正義をかさに
一方的に
先生の非を
攻め立てた俺が

弁解の
べの字もしない
先生に完敗

俺の捨て鉢な質問に
口をつぐんだ
先生の顔

これっぽっちも
悪びれてなんか
いなかった

自分から先に
言い出せなかった
後悔と

裏切るような
やましいことを
してはいないと
いう自負と

弁解がましい醜態は
見せるもんかという
意地と

あと
もうひとつ

これが
俺の自惚れだったら
笑ってくれ

俺とはもう
終わりだという
無念さと

あのときの
先生の顔に
浮かんでたのは
それだけだった
俺には
そう見えた

見まちがいか?

シラフの廃人が
泥酔して
真人間に戻ったんだ

ソウルの夜空の
満天星に
乾杯だな

自分で始めた
独り相撲の

決着ぐらい潔く
自分でつけろと
観念したら

先生の無実の
証拠なんか
いともわけなく
手に入って

納得して
安堵して
拍子抜けした

先生は
やっぱり
“面背腹従”で

どうひいき目に
見たところで
頑強なとは
言えないが

少なくとも
この俺が
自分を丸ごと
預けるに足る
誠実無私の
砦だった

めでたいもんだ
誰に頼まれた
わけでもないのに
俺はあたふた
一人三役

検事みたいに
告発し
弁護士みたいに
先生の無実を立証し
判事みたいに
無罪を告げて

一人あたふた
忙しいこと
この上ない

先生
完敗だ

7 50秒の罰くらい


先生に完敗だ
いや俺は
先生に惚れてる

それをそうだと
素直に認める
勇気が湧かない
ばっかりに

「罪滅ぼしなら
金で払って
償ってくれ
それから辞めても
遅くない」

心にもない
嫌味を吐いた

「先生みたいな
変わり者
雇ってくれる
物好きなんか
俺のほかには
いやしないから
死ぬまでずっと
こき使ってやる
感謝しろ」

恩着せがましく
追い打ちかけた

要は先生

あんたがもう
俺の心の
まん真ん中に
居座ってて

解雇するだの
手放すだの
頼まれたって
無理ってことだ

それを素直に
そうだと言えりゃ
世話はない

背任の罪だ
裏切り者だと
さんざん拳を
振り上げて

下ろしあぐねて
大人げもなく
ごねてるだけだ
放っといてくれ

ただでさえ
悶々としてる最中に
電話なんか
かけてよこすな

「もう家だ」

携帯だからと
バレないはずの
ホラ吹いて
ドア開けたのが
運のつき

出会いがしらに
息飲んだ

よりにもよって
先生が
豆鉄砲食らった
鳩ぽっぽよろしく
真ん前に
つっ立ってた

ぐうの音も出ない
ばつの悪さを
一瞬で
一生分以上
味わった

自分の嘘の
白々しさに
耐えかねた

それにもまして
気丈に笑んで
即 背を向けた先生が
愛おしくて
痛々しくて

気がついたら
後ろ姿を
追っかけてた

ついた嘘の
報いと言うなら
ついでにもう一度
食らってやる

エレベーターで50秒
ばつの悪さに
耐えてやる

1階に
降りきるまでの50秒
先生にやるから
この俺を
裁いてみろ

こんな男は
もう懲りごりと
顔そむけるなら
そいつも一理

明日から
互いに
赤の他人に戻ろう

それとも万一

先生も俺に
気があるなら

無茶苦茶だらけの
こんな男と
腹くくろうって
度胸があるなら

50秒後に
イエスって
言ってくれないか?

本家本元の
裁判なんか
あの50秒に
比べた日にゃ
屁でもなかった

長い長い50秒

先生の審判を
針のむしろで
待つしかなかった50秒

1階で乗りこんできた
男たちには
チンプンカンプン
だったはず

でも
そんなことは
どうでもよくて

最初は
空耳かと思い
次はただ
半信半疑で
最後はどうしても
念を押したくて

傍目には
とんちんかんな
質問を
とんちんかんに
繰り返した

2度も3度も
問う俺に
はにかみながら
それでもイエスと
答え続ける
先生の声

永遠に 
聞いていたかった

8 戦闘開始


蒔くつもりなんて
さらさらなかった
何の種かも
知らなかった

ましてや
こんな化け物に
育つと知ってりゃ
死んでも
蒔いたりしなかった

一ときの
怒りにまかせて
ぶん投げた
離婚とか言う
物騒な種

皮肉だな
俺の庭には
よほど相性が
良かったらしい

今じゃ恐れて
誰ひとり
寄りつきもしない
訴訟という名の
化け物が
生い茂る庭

忌わしくて
おどろおどろしくて
正視すら
したくなかった
その庭に

義侠心が
向こう見ずの
服着たような先生が
やおらずかずか
乗り込んできて

男でも
体よく断る
庭仕事
無理難題の
荒仕事

四の五の言いつつ
引き受けた

今日は初日

俺が蒔いた
種から茂った
えらく不様な化け物を

先生が
勇敢にも
刈り取ってやると
請け合ってくれた
裁判という名の
その刈り取りの
まさに初日

ハンドル握る
俺の隣で
身じろぎ一つ
しない先生

何考えてる?

背負った
事の大きさに
おののいてるのか?

逃げるには
もう遅すぎると
自分に
言い聞かせてるのか?

悪意に満ちた
野次馬の目を
恐れてるのか?

庭の芝生を
元通りに
戻せなかったら
どうしようと
案じてるのか?

誰が見たって
震えてるのに
横顔だけは
梃子でも引かない
意地っ張り

その気丈さが
不憫に思えて
今すぐにでも
Uターンして
やりたくなる

守ってやるべき
男の俺が
守ってやりたい
先生に

かばわれ
守られ
支えられてる
不甲斐なさ

膝に乗せてる
先生のその
苦心の作が

寸暇を惜しんで
作ってくれた
商売道具の
書類の山が

ずり落ちかけても
気づかないほど
心ここにあらずなのか?
怖いのか?

俺は何にも
してやれない

車の揺れで
書類の束が
散らないように
手を添えること

それくらいしか
してやれない

それでもせめて
俺の手ぐらい
添えててやりたい

先生が
人心地なりと
つくまでは

なあ先生

種蒔いたのは
俺自身

芝生なんか
二度と再び
拝めなくても
岩と瓦礫と
ゴミくずだらけの
荒れ地に
たとえなったとしても
俺はいっこうに
へっちゃらだ

先生が
刈り取ってくれるんだろ?

それならたとえ
結果がどうあれ
ずっと変わらず
俺の庭だ

最後の責任は
俺がとるから
心配するな

だから先生

身勝手は
百も承知で
運命を
先生に預ける
預けたいんだ

世間の奴らは
いざ知らず
ことこの俺に
限って言うなら

先生でだめなら
ほかのどんな
弁護士だって
だめなんだ
絶対
だめに決まってる

先生の差配で
玉砕するなら
それも本望

だから任せる
生きるも死ぬも

いいだろ?

先生 着いたぞ
裁判所だ

俺たち
戦闘開始だな

9 極楽トンボにバカがつく


いるはずがない
いてくれるなよ
いたりしてみろ
承知しないぞ

念じて
呪って
一心不乱に
歩き回った漢江の

とっぷり暮れて
それでなくても
えらく侘しい
川っぷち

大きな草むら
ひとつ曲がって
どでかい石に
蹴っつまづいた
その目の前に

何一つ
昼間と変わらず
肩を落として
ぽつねんと立つ
その人影を

突然拝んだ
ショックを先生
多少なりとも
察してくれよ

それでなくても
裁判初日に
帰る道々
内輪もめ

行き当たりばったり
着いた川原で
丁々発止の
度が過ぎて

木の1本も
ベンチ1つも
コンビニも
公衆電話も
ない川べりに

携帯も
財布も持たない
先生を

勢い余って
置き去りにして
ゆうに半日
ほったらかした

さすがの俺も
負い目にかられて

もしや
まさか
万々が一と

気になり出したら
気が気じゃなくて

制限速度も
信号も
記憶にないほど
すっ飛んできた
俺の心臓は
破裂寸前
どうしてくれる?

どうせなら
声を限りに
罵倒してくれ

こきおろすなり
泣きわめくなり
それでも足りなきゃ
引っぱたくなり
したくなるのが
人情だろう?

ところがどっこい
先生は

何がそんなに
楽しいんだか
イエスか仏の
再来よろしく
えらくのん気に
笑ってた

「悪口だったら
とっくの昔に
言い飽きちゃった

仕返しの策も
バッチリ練ったし

大通りまで
行きさえすれば
わけなく
帰れただろうけど

でも
誰かさんが
もうすぐ必ず
迎えに来るのに

理由はないけど
必ず来るって
判ってたから

迎えに来たとき
ここにいないと
淋しい思いを
させそうで
ひとりで帰る
気がしなかった」

道中の
ぬかるみという
ぬかるみの
泥をしこたま
はねあげた
無残な車の
トランクに

俺と並んで
ちょこなんと
腰を下ろして先生は

何を言うかと思いきや
淡々と
ひとごとみたいに
そうのたまった

「極楽トンボに
バカがつく」

聞けば聞くほど
腹の底から
つくづく力が
抜け果てた

「来るつもりなんか
なかったんだぞ

たまたま来たから
いいようなもの

来なけりゃこのまま
どうなってたか」

強がったとて
お里は知れてる

俺を尻目に
先生は
やっぱりのん気に
笑ってた

先生
お人好しにも
ほどがある

ほどがあるけど
今日のところは
見逃してやる

俺だけになら
この先ずっと
お人好しのまま
いてくれていい

いや いてほしい
なお 有難い

昼間初めて
めくらめっぽう
やって来て

正真正銘
これが
生まれて2回目なのに

気も狂いそうな
上の空で
迷いもしないで
よくぞ見事に
辿りついたと
自分で自分を
褒めたいくらい

何の変哲も
目印もない
草ぼうぼうの
川べりだけど

この先2度と
縁もなかろう
えらく侘しい
川べりだけど

澄んだまあるい
お月さんが
あつらえ向きの
街灯で

先生を
隣に乗せて
帰る道々
また泥はねて

俺はすこぶる
機嫌がよかった

10 待つという拷問


先生
梧柳洞(オリュドン)に
住む気はないか

無理強いなんか
する権利もない
してみたところで
うんと言わせる
自信もないが

弁護士と
その依頼人以外の顔で 
ただの
男と女として
俺に
会ってくれようという
気はないか

昨日は屋上で
野宿した

先生を待ってたはずが
待ってもいない
朝が来た

誰かさんの
安請け合いを
真に受けて

ボロアパートの
屋上で
星を仰いで
ひとり悶々
俺が一夜を
明かしたなんて

誰かさんは
知りもしないのにだ
笑えるだろ?

待つってことは
褒美がもらえる
楽しい作業と
思ってたけど
ときには
むごい拷問にさえ
なるんだな

今の俺には
拷問だ
歯ぎしりするほど
耐えがたい

なあ先生

酒の肴に
あることないこと
噂したがる
世間の奴らに
あとどのくらい
義理立てしたら
俺の腕に
飛び込んで
来てくれるんだ?

そんなこと
死ぬまで
ありはしないのか?

俺は
風呂敷には
分不相応か?

俺の風呂敷は
小さすぎるか?

俺なんかの風呂敷じゃあ
包まれ心地が
良くないか?

女だてらに
家出だなんて
息巻いて
スーツケース2つも
転がして

昨日の夜は
どこ さ迷った?
安全な場所で
寝て起きたのか?

先生
あんたは
影みたいだ

そこにあるのに
手を伸ばすと
同じだけ
遠ざかる影

俺の風呂敷じゃあ
包みきれない 
遠い影

11 腕枕


手練手管も
正面突破も
拒まれたら

普通それを
“脈がない”って
言うんだろ先生?

そうだろ先生?

じゃあ
このしびれは
いったい何だ?

望みも捨てた
この期に及んで

肩から手先に
至るまで 
俺の左の
腕全体が

しびれきってて
壊死寸前だ

涙のあとも
乾ききらない
誰かさんの
寝顔がのってて
感覚もない

待ってたことすら
忘れちまうほど
人を待たせた
挙げ句の果てに

しびれて痛けりゃ
目を覚ませ か?

先生得意の
冗談か?

物好きにも
ほどがある

今にも沈む泥船に
何が未練で
乗りに来た?

しぶしぶとは言え
務めた弁護
下った裁きが
哀れすぎると
同情したか?

湿っぽい
慰めだったら
御免こうむる
性に合わん

そんなことより
先生が今
腕枕させてる
男の境遇

あんたが誰より
詳しいはずだろ

裁判に負けた
一文無しだ

金と見れば
放っておかない
債権者やら
投資家どもが
連日連夜
押し寄せるんだ
我れ先に

あんたが今
のん気に頭を
のせてる男は
金と言う金に
がんじがらめに
縛られてるんだ

俺にはもう
先生を引き留める
金はない

金の切れ目が
何とやら
あんたを手放す
いい潮時かも
しれないな

先生まで
俺と一緒に
縛られちまう
筋合いなんか 
これっぽっちも
ないんだからな

あんたを
思い切らなくちゃと
これでも頭は
もがいてるんだが

あんたのその
素っ頓狂さが
頼みもしない
元気をくれる

あんたのその
頑固で一途な
義理堅さに
励まされては
力が湧く

先生
俺はあんたに
がんじがらめだ

しびれた淡い感覚を
腕が未だに覚えてる
そのことだけでも
腹立たしいのに

「もうおしまいだ
これ以上引きずり込むな」
と諌める声と

「いや諦めない
地獄にだって
連れて行くんだ」
と言い張る声と

ここ何日
寝ても覚めても
真反対の
2つの声が
頭ん中で
怒鳴り合ってる

このままじゃ
気が狂っちまう

そう思った
瞬間だった

目の前に
先生
あんたが現れた

そしたら俺は
どうすればいい?

ただ黙って
見つめてるしか
ないじゃないか

12 凹みに凹んで


なあ先生
とにかくどうにか
ならないか

毎度毎度
罪もなければ
屈託もない
その笑顔

脅しもすかしも
はったりも
意味が判って
ないんじゃないかと
疑いたくなる
天真爛漫

当の本人
知ってか知らずか
まったくもって
調子が狂う

仏頂面する
意気込みは失せ
肩落とす
力も萎える

喉元まで来た
揶揄悪態は
出鼻くじかれ
すごすご引っ込み
口ん中で
ブツブツ言うのが
関の山

そんなのは
まだましな方

金を愛し
金儲けに
これ邁進し
金となら
心中も厭わなかった
この俺が

近ごろじゃ
金と聞くだに
頭痛を催す
体たらく

始業前に
先生の顔を
拝んだ日にゃ 
仕事にならん
お手上げだ

釈迦に説法は
承知の上だが

そもそもが
世に損害賠償なるものこそ
まさにこういう
ドツボの弱者の
救済のために
あるんじゃないのか?
なあ先生?

被害はこんなに
甚大なのに
先生を恨む
気力すら
みじんも湧かない
ところを見ると

どうやら俺も 
誰かさんの
国宝級の脳天気に
相当感染してると見える
まちがいない

さはさりながら
どう転んでも
この先険しい
いばら道

先生を俺の
道連れにして
神様が
許してなんか
くれるだろうか

まったく
自信のジの字もない

なあ先生

自慢じゃないが
正直言って

今日 今現在
この俺が
人生最大に
凹んでるって
想像してみて
くれたりするか?

にっちもさっちも
行かなくなった
袋小路の
どん詰まりで
恥もプライドも
かなぐり捨てて

今さら
よりを戻したのかと
先生に
勘ぐられたって
文句も言えない
危険を承知で 

金を貸して
もらえるならと
別れた妻に
頭を下げた
俺の気持ちを
これっぽっちくらい
察してみては
くれないか

それはそうと
何のつもりか
朝 置いてった
先生の弁当

できることなら
いっしょに食べて

ショボイの
下手だの
不味いだの

いつもみたいに
からかって

いつもみたいに
ふてくされる顔
見たかった

だけど
どうにも
ふた開けてみる
気力さえ
ないままとっくに
日も暮れた 

すまん 先生 
到底いつもの
俺じゃない

13 弁当箱


八方塞がりの
どん底でも
人間
腹は減るらしい

何の気なしに
ひょいと開いた
ふたの中

先生作の弁当は
開けてびっくり
玉手箱

入ってたのは
先生手製の
札束なんだか
証文なんだか

1枚そして
また1枚と
めくるたんびに
視界が霞んで
目がしばたいた

よく手の込んだ
いたずらに
次から次へと
悪態ばかり
口ついた

いまどき
おもちゃの札束だって
これよりはるかに
よく出来てる

先生
今 何歳だ?

ずいぶんとまた
子どもじみた
小細工を

小学生の
甥っ子かなんかに
やろうとしたのを
間違えて
俺にくれたんじゃ
なかろうな?

それとも本気で
たかだかこんな
マジック書きの
ラブレターもどきの
紙切れで
俺を釣ろうって
魂胆なのか?

『一文無しの
あなたを見てると
助けてあげたい
そう思うけど
お金がないから
引け目に感じる』

『全財産と言ったって
スカンピンだし
何もないから
お金の代わりに
心を全部
あなたにあげる
私の大事な
風呂敷さん』

この期に及んで
自慢じゃないが
この世界じゃあ
少しは
名前の知れた俺

その俺が
持て余してる
負債の額を
如何ほどと
見積もったのかは
知らないが

俺の借金は
先生の心で
全部穴埋めできるって
踏んだ上での
オファーなんだな?

だとしたら
先生もまた
えらく大きく
出たもんだ

先生がくれる
心には
それだけの
価値があるって
言いたいんだな?

そこまで言うなら
もらってやる

後悔しないって
誓えるか?

返せったって
二度と
返してやらないぞ

悪態つくのは
十八番の中の
十八番のはずが
限界だ

俺はほんとに
イカれちまった

肩で風切って
歩いてた
怖いものなしの
守銭奴が
女ひとりに
こうも参るか

独りごちたら
眉間が痺れた
ついでに視界が
歪んで揺れた

世の半分は
男だろうが
これほどチャチで
子供だましの
弁当もらって
胸を突かれて
泡食う男も 
そうそういまい

先生の心
という札束
残らず全部
俺にくれるという証文

そんなら俺は
億万長者だ

どこのどいつも
かなわない
世界一の
大富豪だ

俺が手にする
ことなんか
この世では
許されないと
諦めかけてた
先生の心

ほんとにいいのか?
もらっちまうぞ
もう返さんぞ

何てったって
この証文は
先生直筆なんだから

14 今夜だけは


どうしてそんなに
無邪気に
むくれる?

寝たふり
したから?

それとも
先生の弁当箱
1日開けずに
放っといたから?

俺が悪かった
赦してくれ

なあ先生

拗ねたあんたの
ふくれっ面が
愛らしすぎて
俺はまともに
正視もできない

座って見上げる
あんたのその
ピンクの清楚な
ドレス姿は
そこいらの花嫁たちが
逆立ちしたって
かないっこない
保証する

おかげで
こっちは
しどろもどろだ

今だから
白状する

先生の弁当を
開けたあのとき

天にも昇ると
思うほど
幸せだった
分不相応に
幸せだった

降参するから
勘弁してくれ

頼むから
機嫌直して
笑ってくれよ

俺にはもう
お手上げだ

でもそれ以上に

先生
あんたの人生を
この先
俺の風呂敷で
ほんとにずっと
包んでいいのか
許されるのか
自信がない

若くて有能な
あの男と
競り合う資格が
果たして俺に
あるのかないのか

輪をかけて
自信がない

この幸せが
続くだろうか?
続くとしたら
いったいいつまで?

だけど今夜は
考えない

今夜だけは
考えたくない

先生を
一晩じゅう
抱きしめたいから

抱きしめて
口づけたいから

先生を目に
焼きつけたいから

いいだろ?

15 まな板の鯉


ほんとに
昨日の夜なのか?

屋上の
ボロい縁台に
大の字になって
寝ころんで

先生といっしょに
星を見たのが
ほんとにほんの
昨日の夜か?

縁台に
ひっくり返って
思わず俺は
つぶやいた

「幸せで怖い」と

「幸せすぎて
申し訳ない」

先生はそう
言ったっけな

俺は心底
怖かった

ただまっすぐに
過去を詫びる
奴の伝言

携帯の
その赤裸々な
録音を
聞いてもなお

先生は
俺のそばに
居てくれると
奴の元には
戻らないと

胸を張れる
自信はなかった

奴は
若くて有能で
何より
先生を愛してる
今もなお

しかも俺より
ずっと前から

先生が
俺を選ぶか
奴と去るか

こればっかりは
無理強いできる
ことじゃない

俺はただ
まな板の鯉

本当に
怖かった

あの男の
録音という
宝の入った
先生の携帯

返すべきか
返さざるべきか
丸一日
拷問だった

奴はいい男だ

宝と一緒に
奴の元に
戻りたいなら
それはそれで
ひとつの選択
先生に
罪はない

潔く見送るほかに
道はあるまい

今その宝を
隠したところで
いつかは必ず
知るべき話

俺はそこまで
卑怯じゃないよ

先生
宝はちゃんと
見つけたか?

俺は確かに
返したぞ

そして案の定

敵に塩まで
送るとは
人が善すぎた
魔がさしたと
今ごろ自分に
呆れてる

先生
何でだ?

昨日ほど
今夜は星が
きれいに見えない

ああそうか
先生が隣に
いないからだな

16 最愛の女の即答


注文5つ
今からするから
つべこべ言わずに
「はい」と言え

先生をとなりに
座らせて
一方的に
切り出した

1 これ以上客を減らすな
2 金をたんまり用立てろ 

もちろん
これはご愛嬌だ
男がいきなり 
本心なんか
明かせるか

なのに先生は
唐変木で

「相も変わらず
金 金 金だ」と 
とたんに隣で
目をむくから

引っ込みも何も
つかなくなって
ええい ままよと
腹をくくった

3 信じてくれ
4 逃げ出すな
5 ずっと俺のそばにいろ
  俺に 力と元気が湧くように  

後にも先にも
あのときだけは
先生の目を
見られなかった
照れと捨て鉢
半々で

痛快だった
即答だった

「3・4・5番は簡単ね」

いくら何でも
間髪の
あまりのなさに
拍子抜けして

食堂の注文じゃ
ないんだぞと
嫌味のひとつも
出かかった

先生のあの声を
俺は墓まで
持っていく

たとえ先生が
どう選択し
どんな答えを
出そうとも

あの声だけは
俺は生涯
忘れない

最愛の女の即答だ

あの即答を
聞けたのが

携帯の録音の存在を
先生が知る前
だったからという
野暮な理由で
ないことを

俺はただ
神に祈る

先生 
宝物はもう
探し当てたか?

17 受けるべき罰


罰を受けろと
神様が言ってる

もうすでに
女をひとり
充分不幸にした男が

人並みに
幸せな目を
見ようだなんて
ゆめ思うなと

蒔いた種なら
しらばっくれずに
自分で刈れと

だから先生
時間をくれ

勘違いして
「5日」と聞こえた
ふりをしたけど
俺もそこまで
バカじゃない

「1年」と
言ったんだよな
先生は

でも敢えて
「5日」と聞こえた
ふりをした

そして勝手に
それでも長いと
時間切れだと
打ち切った

身から出た錆
清算は
いつかしなくちゃ

だから1年
国を離れる

先生自慢の天秤に
堂々と
乗っかるために

いつ何どきでも 
天下一品の
風呂敷で
いられるように

俺は先生に
1年もらう

死んだ気で
けりつけて来る 

男ってのは 
いつだって
晴れがましい顔
したいんだ

少なくとも
自分が惚れた
女の前では

わかってくれって
言ったところで
無理だろな

先生は
女だもんな

だから先生は
俺を憎んで
恨み倒して
奴の所へ
行ってもいい
当然だ

逃げるなと言う
張本人が
夜逃げ同然
雲隠れ

こんな卑怯で
勝手な仕打ち

先生が
愛想尽かすなら
それこそ俺が
受けるべき
最大の
罰なんだろうと
覚悟はしてる

その昔
一人の女を
幸せに
してやれなかった
そもそもの罰

仕事を愛し
会社を信じた
罪のかけらもない
部下たちを
崖っ淵まで
追い込んだ罰

依頼人という
立場を盾に
雇ってこのかた
徹頭徹尾
先生を
振り回した罰

俺が
受けなきゃならない罰は
あまりにも
多いな

18 断言


それでも
耐える

1年間
死にもの狂いで
耐えてやる

犯した罪が
赦されるのか
償い得るのか
俺は知らない
自信もない

でも
少なくとも
今まで周りに
飲ませた煮え湯

一度くらい
自分で飲まなきゃ
湯の熱さだって
身に沁むまい

だから1年
せめて1年
死にもの狂いで
耐えてやる

そして 
先生の選択を
確かめるために
帰ってくる

たとえ先生が
金輪際
赤の他人と
俺を見ようと

ましてや
奴を選んでいようと

恨んだり
責めたりなんか
これっぽっちも
する気はないが

不思議だな
断言できる

先生は100%
俺を待ってて
くれるって

どうしてかって?

「3・4・5番は簡単ね」

先生が
そう即答して
くれたから

他ならぬ
先生あんたが

自信過剰?
そうだとしても
俺らしいだろ?

19 3回は訊け?


耐えて忍んで
1年たって

図々しく
予定通り
帰ってきた

先生が
何と言おうと
言うまいと

いや
いるはずの場所が
もぬけの殻なら
地球の裏まで
追いかけてでも
捕まえてやると
この1年
呪文みたいに
唱えつづけて
帰ってみれば

どうやら呪文が
効きすぎて

エレベーターを
待ってたホールで
あっけなく
感動きわまる
ご対面

地球の裏まで
捕まえに行く
手間は省けて
ありがたかったが
心臓は口から
飛び出しかけた

もう前みたいに
俺を秤ると
息巻いて
両目をぎゅうっと
つぶったりなんか
しそうもないな

一瞥たりとも
くれないで
意地でもそっぽを
睨みつけてる
悔しげな
赤いその目に

俺が先生に
無理やり強いた
1年を見た

「さすがに愛想も
尽き果てた?」

聞かなくたって
返事はわかる
半分自分に
言ったんだ

生まれて初めて
自分で自分の
得手勝手ぶりに
愛想が尽きて

しおれにしおれて
心の中で
先生に
ひたすら詫びた

だからって
このままあっさり
引き下がるほど
謙虚じゃないんだ
あきらめてくれ

この分じゃ
俺とまともに
口をきくまで
最低10日

あの懐かしい
笑顔を見るには
半月か
下手すりゃひと月

長期戦だと
深呼吸して
覚悟を決めて
半日後

何思ったか
先生が
はにかみながら
ふくれっ面で
つぶやいた
器用なもんだ

「愛想が尽きたか
尽きないか
3回くらいは
訊いてくれても
罰当たらないと
思うけど」

たった3度で
気がすむのかと

5日のはずが
丸々1年
なしのつぶてで
待たされて

積もり積もった
怨みつらみが
たった3度で
収まるのかと

からかって
やりたかった

20 達者な弁護


ここだけの話だが

男も恐れる
あの女丈夫の
お袋が

娘ほども
年の離れた
若い女の
言い分を

ああも素直に
黙って聞くのを
この年に
なるまで俺は
見たことがない

稀にみる
珍事だった

客観性も
証拠も皆無で
公の法廷なんかじゃ
まずまちがいなく
用をなさない
代物だけど

お袋の前で
先生が見せた
あの懐かしい
達者な弁護

言葉もないほど
面映ゆかった

俺のために
一言ひとこと
先生が
言葉を選んで
紡いでくれた

唐突で
素朴で雄弁
まるで
詩だった

荒唐無稽で
買いかぶってて
ああも堂々と
のろけた弁護

さすがにそこまで
期待するほど
俺もめでたい
男じゃないから

聞きながら
総身が縮んで
武者震いした

出逢ってこのかた
先生は
なんせ毎日
てんてこ舞いで

そりゃそうだろう

世間を敵に
回す覚悟で
因果な弁護を
背負った上に

その依頼人が
金の亡者で
癇癪持ちで
素行不良の
変人とくりゃ

どう転んでも
朝から晩まで
てんてこ舞いは
保証されてる

それでも毎日
飽きもせず

諭すはしから
慰めて
呆れるかたわら
励まして

むくれついでに
涙ぐみ
同情しながら
一喝し

あの忙しい
百面相の傍らで
いつ俺を
そんなふうに
眺めてたやら

望外の
被告人冥利に尽きた

抱いて墓まで
持っていきたい
先生の言葉が
また増えた


 

21 最後のときまで


イギョン

初めてだな
先生を
名前で呼ぶのは

泣いても笑っても
これが最後の
3回目

イギョン 

結婚するだろ?
この俺と

最後のときまで
いてくれるだろ?
俺のそばに

俺に
力と元気が
湧くように

最後のときが
いつかって?

そんなこと
今から知ってちゃ
面白くない

いつか
いやでもやって来る
最後の最後の
そのときまで

イギョン 

俺たち
恋をしよう

秤っても
秤っても
天秤じゃ
秤れないような恋を


        <完>



 …良し悪しはうしろの岸の人に問へ 
    われは颶風にのりて遊べり…

                <晶子>

弁護士に広げたかった大風呂敷

最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。

11月17日(月)より
『風と共に去るも悔いなし』(全10章)を
アップする予定です。
またお読みいただけたら幸いです。   懐拳

弁護士に広げたかった大風呂敷

その男、名はハン・ミングク。 我が主(あるじ)にして、いわく言い難い“変わり種”。 しばしお時間いただけるなら、みなさまに我が主、お目にかけたし。

  • 韻文詩
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1 その男たとえて言うなら
  2. 2 天秤を持った女神の前で
  3. 3 傘と風呂敷
  4. 4 なけなしの3文字
  5. 5 背任の罪
  6. 6 一人三役
  7. 7 50秒の罰くらい
  8. 8 戦闘開始
  9. 9 極楽トンボにバカがつく
  10. 10 待つという拷問
  11. 11 腕枕
  12. 12 凹みに凹んで
  13. 13 弁当箱
  14. 14 今夜だけは
  15. 15 まな板の鯉
  16. 16 最愛の女の即答
  17. 17 受けるべき罰
  18. 18 断言
  19. 19 3回は訊け?
  20. 20 達者な弁護
  21. 21 最後のときまで