*星空文庫

白昼夢

糸井 望 作

朝、目が覚める。
覚めるといっても、目は開いていないし起き上がってもいない。
意識だけが覚醒し、ごろごろと寝がえりを打つ。
夏にしては、今日は涼やかなようで薄い掛け布団の今の状態では少し肌寒い。
もぞもぞと足まで完全に布団で覆う。こうすれば少しはあったかい。
夢心地のまま、起きたくないなあとぼんやり思う。
眉を寄せて、ううと唸っているとどこからか声が飛んでくる。
母の声だ。
無理やり起こされて眠気眼を擦りながら起き上がって食卓へ向かう。
眠さに耐えながら朝食を食べて、身支度を整える。
忘れ物がないか確認して、家を出る。
玄関で靴を履いていると、後ろから母が聞く。

「今日は仕事だから。帰るの早い?」
「んー…早く帰るつもりだけど分からない」
「分かった。あんまり遅くなりすぎないようにね」
「はーい、いってきまーす」

家を出て徒歩5分ほどの距離にあるバス停に並ぶ。
バス停では先に2人並んでいて、私は3番目に収まる。

(なんか、今日はすごい眠いな…。
 おかしいな。昨日は早く寝たつもりなんだけど……)

赤いよと母に言われた眼をまた擦る。
ちょうどバスが来て、私はいつも通りバスの一番前の運転席の後ろの席に座る。
この席は他の席と比べて少し高いから、ほんの少しだけ偉くなった気分である。
一番前の左右2席だけが少し高い1人席だ。
何故かは分からないけど、この左右の席をキングとクイーンのようだと思った。
となると、後ろの席はポーン?などと思考を巡らしていると、私は眠さに負けてまた眠りの渦に引きずり込まれるように意識が落ちた。


気づけばバスは私の目的地、終点へと辿り着いていた。
私は慌てて、降りる人達の波に乗ってバスを降りた。
そのまま道をまっすぐ進んで、遊歩道を渡って真っ直ぐ真っ直ぐ道沿いに歩いていく。
すれ違う人は大学生らしい人や、主婦、サラリーマン、私と同じ学生などなど、色んな人種の人たちとすれ違う。
スマートフォンを操作していたり、音楽を聴いていたり、歩くだけでもそれぞれに差がある。
ただ一つ共通しているところがあるとすれば、みんな下を向いて鬱蒼(うっそう)とした暗い顔をしているくらいである。
みんな、そんな暗そうな顔をしてどこへ行くのだろう。
私からして見れば、みんなこれからお葬式に行くのではないかと感じる。
だが、子どもたちはみんな元気だ。
幼稚園や小学生らしい子どもたちとすれ違うとみんな元気で明るい顔をしているなと思う。
高校への通学路は近くの小学校の通学路と少し被っているため、小学生をよく見かけるのだ。

ぼんやりとすれ違う人々を眺めながら、住宅街の細い道に入っていく。
この道を突っ切っていくと、バスが通る道よりも学校に着くのが早いのだ。
途中、お花などの植物をたくさん育てているお家の前を曲がる。
私はそのお家の道から見える2階の大きな窓に目を凝らす。
そこにはかごに入ったインコらしい鳥がいる。
私は現在高校3年生だが、高校1年生の登校途中でこのインコに気づいてからほぼ毎日その窓に目をやる。
ストーカー的で、他人の家をじろじろ見ることはよくないよなと思いながらも、
鳥好きの私はどうしてもそのインコの姿をとらえようとしてしまう。
こういうときは目が悪いことは後悔する余りである。
今日もそんな貴重な数秒を終えて、ゆっくりと道を曲がった。


学校の前の坂を、辛さを飲み込みながら登っていく。
今日は周りに同じ高校生は数人しか見ない。

(早く学校の中に入って、教室のクーラーで涼もう…)

それだけのために何とか足を前に踏み出す。
暑さと少ない体力、さらに強烈な眠さに足を引きずられるような思いを抱えながらも、進んでいく。

やっとの思いで学校に入り、階段を上がる。
何で学校というものは階段が多いのだろうか…。腹立たしいばかりである。
自分の教室に入り、一番前の自分の席に荷物を置く。

(まだ、クーラーはついてないか…)

少し落胆しながら窓を2つほど開け、扇風機をつける。
普段は閉めている第2ボタンを開けて、ネクタイを緩める。
ここまでしても暑いものは暑い。
自分の席に座って暑さに唸っていると、スマホが震えた。
続けて青いランプが光る。
メールか?と思って、暗証番号を入力してメールをチェックする。
受信メールに1件。

(こんな時間に誰からだろう? 遊びの誘い?)

不思議に思いながらメール開いてみると、そこには衝撃の事実が書かれていた。

『今日、雨降るけど、傘☂持って行きましたか?』

母からだった。
雨が降る…。そういえば、朝食を食べているときに言っていたような……。

(失敗したな…。
 まあ少しくらい濡れてもいいか)

そう思いながら、ありがとう、大丈夫ですとメールを返して机に突っ伏す。
いまだにクーラーは入る気配がない。

(……暇だし、散歩にでも行ってみようかな)

そう思い立って、私はすぐに教室から出た。


今日は最近の暑さに比べれば涼しいほうなので、校内を歩くのには丁度いい。
自動販売機のあるほうのげた箱へと降りる。
自動販売機を眺める。
新しく炭酸系の飲み物が入ってきているが、残念ながら私は炭酸系を飲めない。
炭酸系の飲み物を飲むと、喉を焼かれた感じがして苦手なのだ。
ピリピリとして喉が熱くなるあの感覚が焼けるのと似ているような気がする。
でも、今日は何故か久し振りに飲んでみようかなと思った。
食わず嫌いや子供の頃は駄目でも大きくなって克服したものは往々にしてよくあるし、試してみる価値はあると思ったのだ。

贅沢パインという缶の飲み物を100円玉を代償にボタンを押す。
下からゴトンという音がした。取り出し口から目的の缶を取り出す。
……そういえば、普段は炭酸系は飲まないからわからないけど、落ちてきたので中身が降られて、今開けたら中身が噴き出してくるんじゃないだろうか…。

(今開けるか…時間を置くか……。
 でも、ぬるくなってもおいしくないだろうしなぁ……)

「開けないの?」

突然声を掛けられて、缶を落としそうになる。

「あっごめん、大丈夫?」

何とか落とさずに缶をキャッチして、声の主を見る。
そこにいたのは、私と同じこの高校の制服を着た女子生徒だった。
もちろん、彼女のことは知っている。

「あ、大丈夫大丈夫ー。落とさなかったし」

ぐっと親指を突き出して笑うと、彼女は少し笑った。

「ならよかった。炭酸、駄目じゃなかったっけ?」
「うん、炭酸駄目だよ」
「どうして、買ったの? 誰かのおつかい?」
「試しに飲んでみようと思って」
「駄目なのに?」
「うん」

私がきっぱりと断言すると彼女は不思議そうな顔をしてから、変なのと笑った。

「試しにって、何の試しに?」
「もしかしたら、飲めるようになってるかもしれないなーって思って」
「勇気あるなー」

話しながら、缶の口を開けてみる。
プシッと炭酸特有の音がするけど、思ったほど噴き出すことはなかった。
そして、そのまま缶の口を口へと運ぶ。
グイっと一口飲み、衝撃が走る。
パインの味とともに、喉に熱くピリピリと内部を焼くような感触。
一口だけで、私は炭酸に敗北した。

「…どう?」

横から見ていた彼女が私を見る。
私がゆっくりと首を横に振る。

「これ、いる?」
「じゃあ、もらおうかな」
「どうぞどうぞ、喜んで」

彼女に缶を渡すと、彼女は嬉しそうに受け取ってジュースを飲んだ。
ついさっき味わったあの飲み物をあんなに嬉しそうに飲んでいる目の前の彼女が信じられなかった。
炭酸は劇物、という私の勝手な自己理論は変わらなかった。

「そういえば、どうして突然試してみようと思ったの?」

半分まで飲んだ彼女が私に問いかける。

「んー……大きくなったし、最近飲んでなかったから飲めるようになったかもしれないなって」
「大きくなってから好きになるものとかあるもんねー」

一口飲みながら、うんうんとうなずく。

「それと」
「それと?」
「みんな美味しそうに飲んでるから、美味しいのかもなって思って」

私は自分でも思っていたのかよく分からない、私の思いを言っていた。
私は…そんなことを思っていたのだろうか。
彼女が少し笑いながら、私に尋ねる。

「それで、どうだった? 炭酸美味しかった?」
「……やっぱり、私は駄目だった。でも、飲めなくはないなって思った。
 まったく、飲めないわけじゃないんだなって思った。
 ただ、私が苦手なだけで、完璧に嫌いじゃないんだなって…思った」
「そっか」

彼女が少し笑う。
この笑顔を見たのは一体いつぶりだろう。

彼女が飲み干した空き缶を、缶ごみの入れ物に入れた。


朝、目が覚める。
覚めるといっても、目は開いていないし起き上がってもいない。
意識だけが覚醒し、ごろごろと寝がえりを打つ。
夏にしては、今日は涼やかなようで薄い掛け布団の今の状態では少し肌寒い。
もぞもぞと足まで完全に布団で覆う。こうすれば少しはあったかい。
夢心地のまま、起きたくないなあとぼんやり思う。
こう思うのは実に2度目である。

(さっきのは夢か……)

そう思いながら、ほんの少しだけ目を開ける。
いつも通りの私の部屋が見える。

(久し振りに見たな…)

夢から覚めると、夢の中で気付かないおかしさによく気づく。
夢の中の彼女は、中学の時の友達である。
高校では別々、同じ学校に生徒としているわけがないのだ。

(悪夢なんて小学校以来な気がする)

彼女とは中学卒業前に少しギクシャクしてしまった。
だから、あんなに普通に話せるわけがないのだ。
うまく話せないのだ。

頭まで掛け布団で覆う。
眉を寄せて、ううと唸っているとどこからか声が飛んでくる。
母の声だ。

今度こそは夢でないことを祈りながら、四つん這いになって立ち上がって、食卓へ向かう。
眠さに耐えながら朝食を食べて、身支度を整える。
私が身に纏う制服が、私を見て意地悪に笑っているように思えた。

『白昼夢』

初投稿、緊張しております…。
女子高生らしい思春期に青春をしているようなお話になりました。
友人関係は難しいものです。
ここまで読んでくださっ方は、感想を頂けると嬉しいです。

『白昼夢』 糸井 望 作

至って平凡で、とても短い日常のおはなしです。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2014-10-12
CC BY-NC-ND

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