黄金の野獣 

黄金の野獣 

◎人物
・矢内原邦夫(ヤナイハラクニオ)・・・冷徹な頭脳、プロ並みの射撃、そして各国を渡り歩いたときに身につけた数々の格闘術を心得た元戦場カメラマン。 その実態は無情なテロリストで、心の底に隠されていたその非情が戦場での数々の試練で呼び起され、帰国後に「完全」を求めて野獣と化する。
・松間ひかり(マツマヒカリ)・・・矢内原と同じく繊細な頭脳、射撃の腕を心得ている女性。 自分を裏切った男を殺そうとするが決められず、そこを目撃していた矢内原の勧誘で、彼とともに「完全」を求め行動するが、次第に矢内原に惹かれ始め・・・
・今泉拓也(イマイズミタクヤ)・・・矢内原の犯行を追う若手刑事。 矢内原と同じく、繊細な頭脳を持っている。
・富田清(トミタキヨシ)・・・拓也とともに矢内原を追うベテラン刑事。 勘を頼りに拓也を後ろから支えている。
・ジャ・カーリーノ・・・大富豪のジャマイカ人で、宝石には目がない。 また取引相手をも、平気で裏切る悪人。
・田宮(タミヤ)・・・ひかりを裏切った男。 彼女に非情にも射殺される。

不完全

―不完全だ 世の中も 全て不完全だ― ふと矢内原邦夫の頭の片隅に、そんな言葉が浮かんだ。 一体いくら掛けたか自分でも見当がつかないくらい、バカでかいスピーカーから流れて来る、音楽を聞く自分でさえも、不完全ではないか。 この部屋だって、人知れず地下に作ったこの帝国だって、完ぺきではないのではないか。 では、どこに完全があるのか。 どこに完璧があるのか。 矢内原は音楽を止め、ゆっくりと立ちあがった。
―完全がないのなら、完璧がないのなら、自分で作り出せばいい―

下調べ

―完全を作り出すにはまず何が必要だ? 金だ― 矢内原は帝都ホテルの地下バーに居た。 ふと時計を見る。 3時まで後三十分だ。 彼はゆっくりと目を閉じ、昨日の話を思い出した。 
電話の相手は名も知らぬ情報屋だ。 相手はこう言った。 ―明日の午後三時、帝都ホテルの地下三階の38号室が開く。 いわば「開かずの間」だ。 そこへ君の手元にあるゴールデンカードを持って行け。 中へ入れてもらえる。 部屋が閉まるのは午前三時きっかり。 そしたら午前五時まで精算がおこなわれる。―  ―三時から五時だな― ―そうだ。 ボーイは全員拳銃を持っている。 用心しろよ―
三十分とはとても早いもので、そうこうしているうちにもう3時になってしまった。 矢内原はバーテンダーに万札を握らせると、そこを後にした。
「ゴールデンカードを。」 矢内原がボーイの言う通りカードを取り出す。 場所は情報屋から教えてもらった38号室だ。 三階にはこの部屋しかなく、広い廊下を一人のボーイがうろうろして居て、客らしい人物を見つけると声を掛けてカードを提示させるのだ。
中には行った矢内原がまず確認したのは、防犯カメラの有無、そしてボーイの数だ。 38号室で行われていたのは、いわば「裏カジノ」で、ざっと見っところでは、TVでよく目の当たりにする大物政治家や、弁護士、大俳優までそろって賭博に打ち込んでいた。 ボーイは全部で13人、しかし精算の頃には元締めと二人のボーイだけになるはずだ。 
それだけ確認すると、矢内原は部屋を後にした。

カジノ襲撃

午前三時、カジノは元締めを中心に精算が行われていた。 廊下ではボーイの一人がうろうろと歩きまわっていたが、ふと何か物音を聞きつけ、ボーイが拳銃を手にしたその時だった。 どこからともなく現われた矢内原が、後ろからボーイを押さえつけ、あっという間に刺殺してしまった。 ボーイから奪い取った拳銃を手にした矢内原は、ドアを開けてカジノに入って行く。 ドアの近くで精算をしていたボーイが、矢内原を見て拳銃を取り出すが、それよりも早く矢内原の引き金が引かれ、ボーイが後ろに吹っ飛ぶ。 容赦なく拳銃を撃ちまくる矢内原の前に、屈強な元締めも倒れた。 敵が無くなった部屋で、矢内原は自分だけの物になった大金を抱いて、どっぷりと感傷の浸るのだった。
―もう一人、野獣がほしい・・・ 野獣のような、非情な人間が・・・―

狙撃手

9月の下旬とはいえども、23階建てのビルの屋上に居ると、周りの風を遮るものが何一つないせいか、どこか寒々しい星空が広がっている。 約二週間にわたる悪天候の末、やっと手に入れたチャンスだ。 逃すわけにいかない。
松間ひかりは、あらかじめ用意しておいたVSR-10 Gスペックのスコープから、向こう側に映る標的を見つめた。 うろちょろと動く落ち着きのない行動は、彼の性格によく似ている。 今ひかりが狙いを定めているのは、自分をいいように使って、捨てて行った男だ。 その顔を、額を、ゆっくりと狙いを定めて行く。 引き金を引けば、すべてが片付く。 思い出すのも嫌なくらい苦しかった過去も、サイレンサーを通して発射された弾丸が彼に到達すれば、全て泡のように消え去るのだと思った。 いや、正確にいえば、自分に言い聞かせているのだ。 今だ、引き金を引くのだ。 憎い男を一思いに殺すのだ。 そう思った瞬間、どこからかサアッと風が吹いてきた。 「ああ。」 風に吹かれるままに、ひかりはその場にしゃがみ込んでしまった。 ダメだ。 自分はだめな女なんだ。 男一人殺せないなんて・・・ 意気地のない自分を責め立てる様に、ただただ強い風だけが吹いていた。

死んでいる目の二人

「すみません。 ちょっと、」 敗北感を抱えビルの屋上を後にしたひかりに声を掛けたのは、矢内原だった。 金田一耕介の様な帽子を目深にかぶり、つばの隙間からのぞく二つの目で、じっとひかりを見つめていた。

それから少しして、二人は表通りから少し奥まったところにある、薄暗いバーにいた。 「お酒、全然飲んで無いじゃないの。 もっと飲みなさいよ。」 テーブルのひかりは、向かい側の矢内原に言う。 ひかりの方は少し酔いが回っているようだが、矢内原は相変わらず目深に帽子をかぶったまま、じっと座ったままだ。 「お酒、飲めないんです。」 矢内原がぼそっと呟く。 「え? あなた、お酒飲めないの?」 そう言って、ひかりが手を叩いて笑う。 「そうなの? そんな風に見えないけどね。」 「奥さんも、そんな風に手を叩いて笑うようには見えないですよ。」 「ええ? あなたって面白いのね。」 「奥さんもそうですよ。」 「そう言うところが面白い。 ん? その目、どうしたの? 死んでるわよ。 目の奥が・・・」 「奥さんだって、そうですよ。 死んでますよ、目の奥。」 「ふふ、やっぱり面白い。 ねえ、何でいちいち、あたしのこと『奥さん』って言うの?」 ひかりが不意にそう尋ねた時、心なしか、矢内原の『死んでいる目』に力がこもった。 「トボケないでくださいよ。 ねえ、奥さん。」 矢内原の声は、今までとは少し違った、どこか気味の悪い声に変わった。 「全部知っているんですよ。 奥さん。 あなたが未亡人なのも、その男を殺せなかったことも・・・ね。」 そう言って意地悪そうに笑う矢内原に、ひかりは一種の、野獣のような感覚を覚えたのであった。

計画

ここは茨城県・大子町にある一軒の大きな別荘の一室である。 ベランダに出て、窓の外を見つめるのは松間ひかりだ。 その後ろに座って本を読んでいる矢内原が、口を開く。 「明後日の土曜日の正午きっかり、日本信託銀行の本店に、向かいのデパートの売上金が入る。 ざっと計算しても5億は切るだろう。」 話を聞きながら、ひかりは浮かぬ顔で外を流れる小川を見つめている。 「そのうち俺たちが頂戴するのは約2億。 明日東京に戻って、明後日決行です。」 「ちょっと待って。 簡単に言うけれど、現実はそんな風にはいかないのよ。 所詮は追い詰められて、逮捕されるだけよ。」 ひかりが反論する。 しかし矢内原は表情一つ変えずに、ぼそっと、「まず怪しまれない方法がありますよ。」と言った。 「まずあなたには、射撃の実践訓練をしてもらう必要があります。」 「ちょっと、実践って、一体何を撃たせるつもりなの?」矢内原の言葉に、ひかりがそう聞き返す。 「男です。 例の男にここへきてもらうのです。 今度はスカッと決められるんじゃないですか。」 そう言って魔性の野獣は、また活字に目を移した。

食事の席で

「あ、もしもし。 うん、あたし、ひかり。 ちょっとね、昔の後輩に会ってね。 うん、今大子のその子の別荘に居るんだけどね。 うん、あなたに紹介しようと思って、うん、ああ、そんな話はいいのよ。 もう昔の話だしね。 うん、そう。 よろしくね。」 
そう言って電話を切ったひかりに、矢内原が声を掛ける。 「どうです? 来てくれそうですか?」 矢内原の声に、ひかりが無言でうなずく。 「まだ、心残りがあるようですね。 そうでしょう?」 矢内原は、すっかりひかりの心の中を見抜いている。 「後はあなたの気持ち次第です。 少しそこらを散歩してくるといい。 まずはリラックスすることです。」 そうとだけ言って矢内原は、部屋を後にした。
それから二日後の夜、嵐の中、男・田宮はやって来た。 三人は大部屋で食卓を囲んで、一夜を過ごすことにしたのだ。 
「ふーん。 じゃあ、ひかりの二つ下の後輩なんだ。」 「うん、高校の時のね。 ちょっと町で会ってね。」 二人の会話に、矢内原は耳も貸さずに、ただ黙々と料理を食べていた。 「なに、じゃあ二人はもうやっちゃったの?」 田宮の言葉に、ふと矢内原の手が止まった。 「変なこと言わないでくださいよ。タミヤさん。」 そうとだけ言ってまた黙々と料理を食べ続ける矢内原に、田宮は不思議な感覚を覚えるのだった。

スカッと

矢内原はある一室のドアの前で、静かに中の音を聞いていた。 中に居るのはひかりと田宮だ。 ザアザアと降り続く雨の音とともに伝わって来る二人の声だけで、矢内原の想像力は中で何が行われているのかを、完璧なまでに再現していた。
中ではベッドの上にひかり、その上に田宮が馬乗りになっていた。 田宮の指が触手のように動き、ひかりの服のボタンをはずして行く。 
「だめ、ダメよ。」 ひかりの声にも耳を貸さずに、田宮はすっかりひかりの服を脱がせてしまった。 「さあ、昔みたいにやろう。 思いっきりね。」 田宮の言葉に観念したようにひかりは頷き、二人の体は一体化するのであった。 
それからどれくらいしたころか、田宮は全く気付いていなかったが、ひかりの手がソロリソロリと蛇のように、隣の枕の下へと迫っていたのだ。 田宮はかまわず性交をつづけ、ひかりもそれに応じていたが、彼女の右腕には、枕の下に隠し持っていた黒いグロック拳銃が握られていたのだ。 「はは、君の指は冷たいし、穴もあいているのかい?」 田宮が冗談混じりに言う。「いいえ、穴が開くのはあなたの体の方よ。」 ひかりの声が余りにも低く、冷たかった為、さすがの田宮もぎょっとして、自分に突き付けられた「指」を見た。 
パァンッ 一発の銃声とともに、田宮の右腕と肉体が後ろに吹っ飛ぶ。 「ああっ、くそっ。」 苦痛に叫ぶ田宮の姿を見て、ひかりはベッドから逃げるように降りると、陰に隠れた。 もう後戻りはできない。 ひかりが立て続けに四発、田宮に向かて銃を発砲した。 
パン パン パパァンッ 田宮の体は血しぶきを上げ、まるで一種の軟体生物のように左右に蠢くと、ばったりと倒れて動かなくなった。
我に返ったひかりを襲ったのは、この上ない恐怖と罪悪感だった。 さっきまで身体を重ね合っていた男は、目の前で動かなくなっている。 
そこへ入って来たのは、矢内原だった。 「怯えているようですね。 確かにそうでしょう。 つい数日前まで殺すことができなかった男を殺したんだから。 しかも殺しは初めてでしょう。 初めはそうですよ。 僕もそうでしたからね。」 そう言って矢内原は、ゆっくりと目を閉じた。

回想

矢内原がもう少し若かった頃、彼にはサキと言うありがちな名前の彼女が居た。 肌が雪のように白く、常にどこか遠くを見据えているような目つきの彼女が、もしも不意に暴漢に襲われたことによって、心に大きな傷を負って、当分の間都会から離れた郊外の療養所療養することになっていなければ、ここに今の矢内原は居なかったかもしれない。 
矢内原は時間があれば彼女の元へ行き、彼女が退屈しないように、時間の許す限り話し相手をしてやっていたのだ。 矢内原がその日の出来事話してやると、サキはゆっくり目をつぶって来た後、ニコッと笑って、「矢内原君のことだから、どっかの女の子と遊んでいたのかと思ってたよ。」と冗談を言うのだ。 またある日には、彼女の好きだと言う「鉄道員」と言う歌を、矢内原がギターで伴奏を引いて、サキが歌った日もあった。 優しい、静かな彼女の声が、矢内原をどこか懐かしい、子供のころに戻ったような感じにさせるのだった。 やがてサキの様態がよくなってきたことに伴って、彼女は相部屋に移されることになった。 同じ部屋にはヒナコという、サキよりは10も上くらいに見える一人の女性が居た。 彼女も同じように、夫に見放され、自殺未遂をしたところを無事に救出され、ここで療養していたのだ。 しかしヒナコとの相部屋になってから、サキの様態はよくなるどころかだんだんと悪化して行き、やがて矢内原は面会を断られるようになってしまったのだ。 
初めはただショックでいた矢内原だったが、やがてこのことに不信感を覚え、自分の目で確かめなければ居てもたってもいられなくなっていた。 そして雪の積もった冬のある夜、矢内原は護身用に拳銃を持ち、一人で療養所に出向いたのだ。 
夜も12時も回ったころ、彼はそっと一階のサキの部屋に近づいて、窓の外から中の様子を覗いて、思わずハッと声を上げてしまった。
彼の目に飛び込んできたのは、裸のサキの姿と、それを犯す裸のヒナコの姿だった。 その時、矢内原の中で、何かがはじけた。 
彼はいきなり拳銃片手に飛び込むと、唖然とするヒナコを難なく撃ち殺した。 倒れたヒナコと返り血を浴びた矢内原を見て、パニックに陥ったサキは、キャーッと叫び声を上げて、その場から走り去ろうとしていた。 矢内原はゆっくりと銃口をサキの方へ向け・・・
気付いたら矢内原は、飛行機に乗っていた。 どうやってここに来たのか、死体をどう片付けたのか、全く謎だが、彼は今、戦場カメラマンとして、逃げる様に、戦場へむかおうとしていたのだった。

現金輸送車襲撃

「今年も年末年始、休みなしかな?」 「当たり前だろ、俺たちの仕事はアルソックだぜ。 特に忙しい時期さ。」 「うん? なんだありゃ?」 「おい、工事中らしいぞ。」 現金輸送車は、不意に前に現れた『工事中』の看板と、二人の誘導員を見て急停車した。
「どういうことだよ。 ここが工事中なんて、そんな連絡受けていないよ。」 運転手が機嫌悪そうに言う。 しかし彼は気付いていなかったが、その話しかけている誘導員こそ、矢内原だったのだ。 もちろん、もう一人はひかりである。 「どうもすいません。 昨日急に配管の交換が決まりましてね。 ちょっと回り道していただけませんか?」と矢内原。 「困るよ、全く。」 そう言って渋々ハンドルを切ろうとした運転手に、矢内原が冷たい銃口を突き付けた。 
助手席の男にも、ひかりが銃を向けている。 「さあ、降りてもらいますよ。 早く。」 矢内原たちは二人の運転手を降ろすと、銃床で後頭部を殴りつけ失神させ、今度は現金のケースをすべて降ろして、そのまま車でどこかへ走り去ってしまった。

刑事

「現場、ここだよ。」 「あ、はい。」 現金輸送車襲撃から一夜明けて、警察が現場検証を始めていた。 「現金輸送車を襲うなんて、インターネットが主流の世の中で、こんな古い野郎がまだいるなんてな。」 そう言って顔をしかめるのは、捜査一課の刑事、富田清だ。 「いや、富田さん、この事件変ですよ。」 そう言ったのは、富田の後輩の若手刑事、今泉拓也だ。 「何がおかしいんだね?」 富田が問い尋ねる。 「確かにこれは現金輸送車襲撃事件ですが、奪われたのは現金じゃなくて、車の方なんです。」 「確かにそうだが、それがどうかしたのか?」 「輸送車を奪うと言うことは、それに使い道があると言うことかもしれません。 この事件、これだけじゃ終わらないかもしれませんよ。」 「どういうことだね?」 「この輸送車を使って、第二、第三の犯罪が起こるかもしれないということですよ・・・」 そう言って拓也は、何かを確信したように頷いた。

不審な警備員

「この前言っておいたズック靴、用意しておいてくれましたよね。」 「ええ、もちろん。」 矢内原とひかりは、盗んだ警備員の服をきちっと着こんで、盗んだ現金輸送車で信託銀行にむかって走っていた。 
銀行に着くと、矢内原は大きなバッグを二つ取り出して、その片方をひかりに渡した。 矢内原はマスクをつけると、同じようにマスクをつけたひかりに、「計画通り、お願いしますよ。」と言って車を降りた。
トントントン 「はーい」 裏口のノック音を聞きつけ、係員が戸を開ける。 「わあっ。」 小さな係員の叫び声と、一発の銃声、矢内原は表情一つ変えずに係員を撃ち殺すと、首尾よくコントロール室に忍び込み、そこに居た警備員も射殺すると、防犯カメラのスイッチを切り、警報器のスイッチも切り、シャッターを閉める。 このシャッターこそが、彼らの合図なのだ。
その少し前、客と同じように銀行に入り込んだひかりに、一人の男が目をつけていた。 彼が睨んだのは、ひかりの足元だった。 格好こそは女子警備員の格好をしているが、靴は白いズック靴をはいているのだ。 ふつうはパンプスぐらいは居ているのもが、どうにもおかしい。 それに彼女は大きなマスクで顔を隠しているようである。 と、その時まだ早い時間であるはずなのに、シャッターが閉まり始めたのだ。 それを合図にするように、ひかりがバッグからライフル銃を取り出して、例の男を撃ち殺したのだ。

銀行襲撃

銀行内はパニックになった。 ひかりは居たって落ちついたようで、騒ぐ客にむかって、「静かに、みんな後ろを向いて。」と言った。 
そんな時、カウンターの奥で一人の男が、警報器のスイッチをこっそりと入れた。 「はっ。」 男は驚いた顔になった。 それもそのはず、警報器のスイッチは矢内原が首尾よく、大本から切って置いたため、スイッチを押しても何も起こらないなのだ。 男に気付いたひかりは、容赦なく男を撃ち殺す。 「さあ、この袋に現金を入れて。」 そう言ってひかりが大きな黒い袋をカウンターにぶん投げる。 女たちは恐る恐る袋に金を詰めて行く。 それを黙ってじっと見つめるひかりの目は、もう人間の物ではなく、光を失った野獣の目だった。
その頃矢内原は、廊下で会った警備員や職員を容赦なく殺して、途中で一人の男を人質に取ると、彼に案内をさせ、首尾よく金庫までたどり着いていた。 金庫室で唖然とする男の前に、矢内原は人質の男に袋を握られ、顎でその中に金を詰める様に指示する。 「は、はやく、この人の言う通りにしてください!」 人質の男はもう半泣きだ。 しかしまだ唖然としている男たちに、矢内原はじれったくなって、一発銃弾を天井に打ち込んだ。 銃声にスカリ驚いた男たちは、せっせと金を詰め始め、ものの2分で2億の現金を詰め込んだ。 矢内原はそれを人質の男から受け取ると、表情一つ変えずに、男たちを一人残らず射殺してしまった。
一方、ひかりも現金が詰め終わったのを見ると、鞄を受け取って、従業員たちに客と同じように並ぶように指示する。 全員が後ろ向きで並んだのを確認すると、ひかりは呼吸を整え、銃を構えて、並んでいる哀れな目撃者たちに引き金を引いた。
「派手にやりましたね。」 鞄を持って帰って来た矢内原が、死体を見て言う。 「これくらいのことは訳なくできる様になったわ。 早くしないと周りが騒ぎを聞きつけて、警察が来るかも。」 ひかりの言葉に、矢内原が頷いて、二人は銀行を後にした。 
二人は逃走の途中、現場にむかうパトーカーとすれ違ったが、心配には及ばなかった。 なにせ、彼らが乗っているのはナンバーは取り替えてあるものの、れっきとした「現金輸送車」なのだから。

目星は付いている

「ひどい有様だ。」 事件後、信託銀行に到着した富田が、思わずつぶやく。 「皆殺しですよ、一人残らず。 でも何で犯人はこんなことをしたんだろう?」「目撃証言を消すためさ。」 拓也の疑問に、富田が答える。 「現場にいた人間をすべて消してしまえば、犯人に通じる目撃証言は無くなる。 すると捜査の進展は遅れる、これが奴らの狙いなんだ。」 「なんて残酷な奴だ。」 死体を見て、拓也が唇をかむ。 「犯人は人間じゃない。 見かけは人間だが、心の中は野獣になっている。 奴に違いない。」 そう富田がつぶやいた。 「え、じゃあ、犯人を知っているんですか?」 「ああ、目星は付いているさ。」 富田はそう言って、意味ありげに頷いた。

追跡

ひかりは、スーパーひたち23号の中で、矢内原から教えられたことをゆっくりと思いだしていた。 
―ここからは二人分かれて行動します。 スーパーひたち23号のいわき行きに乗って水戸駅まで、そこから今度はJR水郡線 郡山行きに乗り換えて、常陸大子駅で降り、そこからは徒歩です。― 矢内原もこの列車に乗っていると言ったが、どこに居るのだろう? たぶん見えないところでじっとしているんだろうと、ひかりは自分に言い聞かせるように思った。
矢内原は、指定座席に座って、ゆっくりと読書をしていた。 そこへ一人の男が座った。 「やあ、矢内原君だね?」 男・富田はそう言ってポケットラジオを取り出した。 「野獣死すべしを読んでいるようじゃ、今起こっている事件に興味はないようだな。」 そう言って富田がラジオのスイッチを入れる。 流れているのは例の銀行強盗事件のニュースだ。 矢内原は相変わらず、本を読んだままである。 時間も遅く、列車には二人しかいない。 「君はこの事件を知っているかね?」 富田の言葉に、矢内原が顔を上げる。 「ちょうど正午の話だ。 日本信託銀行にデパートの売上金が入る時間を狙って二人組の強盗が入ってね、目撃者を全員射殺して、逃走したんだ。 俺が丁度その事件を受け持っていてね。 犯人は相当な奴だ。 プロだよ。 いや人間じゃない、野獣だよ。 それも頭のいい、完璧を求めた野獣だ。」 矢内原がハッとして富田を睨んだときには、もう彼の手に拳銃が握られていた。 「私はね、8年前の療養所の殺人事件の時から、ずっと君を睨んでいたんだ。 しかしね、君は事件の直後、戦場カメラマンと海外へ渡ってしまったんだ。 そのまま事件はお蔵入りさ。 私はね、矢内原君、この瞬間を待ち続けて居たんだ。 今ここで君を追い詰め、君の口から真相を聞く機会を、じっくりと狙っていたんだ。 さあ、言うんだ矢内原! 全て白状するんだ。」 富田は興奮の絶頂で勝ち誇ったように言ったが、矢内原はじっと富田に冷たい視線を送ったまま、不気味なくらいに動じない。 これはおかしいぞ・・・ 富田がそう思った時にはもう遅かった。 もう一人の相棒、ひかりの拳銃が富田の頭を狙っていたのだ。 動けなくなる富田から、勝ち誇ったように拳銃を取り上げた矢内原は、六発の薬莢を抜きだすと、自分のポケットから一本の薬莢を取り出し、無作為に装填する。 それを富田に向けると、矢内原が言う。 「刑事さん、僕、その事件とよく似た話を知っているんですよ。」 そう言って、矢内原は話を始めた。

殺人鬼ボルダーの話

「そいつは殺人鬼で、名をボルダーと言ったんです。 何しろひどいサイコパスでね、ある日、小学校へ強盗に入る計画を立てたんです。 それはそれは周到な計画でね、決行日の土曜日、拳銃を持ったボルダーは、そこに居た人々を6人全員射殺して、まんまと計画を成し遂げたんです。」 そこまで話すと、矢内原は撃鉄を上げる。 「まず手始めに、立ち向かって来た警備員を撃ち殺したんです。」 そう言って引き金を引く。 「はっ。」 弾は空だった。 また撃鉄を上げる矢内原。 「次に、用務員を、撃ち殺したんです。」 そう言って、また引き金を引く。 「はあっ。」 今度も空だ。 また撃鉄を上げると、話を始める。 「そして、今度は校長先生を。」 また、矢内原が引き金を引く。 「ううっ。」 運よく、三発目も空だった。 「そして、教務主任の先生を、撃ち殺したんです。」 そう言って、また引き金を引く。 今度も空だ。 残るはあと二発。 「そして、たまたま土曜なのに居合わせた小学一年生の女の子も、撃ち殺したんです。」 そう言って、引き金を引く。 カチン 空だった。 富田は恐怖におびえながら、恐る恐る尋ねた。 「そ、それで、さ、最後の一人は、だ、誰なんだね?」 それを聞くと、矢内原は、待ってましたと言わんばかりに撃鉄を上げ、今までとはとって代った不気味な声で、「最後は、お前だ!」と言うと、引き金を引いた。 ズキューンっ 銃声が鳴り響いて、富田がぐったりと動かなくなる。 富田の体から流れ出る血を見た矢内原の脳裏に、戦場での戦慄の光景が蘇った。 
響く処刑人の銃声に、倒れてゆく村人たち、シャッターを切る音と共に、まるでスライドショーのように次々に写真が映し出される。 目隠しをされ、無残にも頭を吹っ飛ばされる青年兵、罪のない子供までもが、処刑部隊によって処刑される。 まるで地獄絵だ。 それを見て、狂ったようにシャッターを切る自分も、その一部だった。
「わあーっ」 そんな叫び声で、矢内原は正気に戻った。 切符を切りに来た駅員が、富田の死体を見て叫び声を上げたのだ。 ズキューン そんな駅員を射殺したのは、ひかりだった。 彼女の、すでに良心を蝕まれ、完全に非情の野獣へと変貌を遂げていたのだった。
二匹の野獣を乗せた列車は、地獄の駅へとその車体を急がせるのだった。

第二の計画

スーパーひたち23号には、現場検証のため連日警察が立ち入っていて、その中に拓也の姿もあった。 犯人にまんまと逃げられたうえ、尊敬していた先輩の富田まで無残に殺されてしまったのだ。 気づけば、拓也は自分の拳をぐっと握っていた。 個人的な感情が表に出ている証拠だ。 配属されてから少し経った頃の初めての現場での話、無残に殺された女児の死体を見て、拓也が思わず拳を握りしめた時、その拳の上にゆっくりと富田が手を置き、こう言った。 ―個人的な感情が表に出ている証拠だな。 いかんね、これは。 あくまでも個人的な感情は抜きで、真実だけと向き合うんだ。 そうしなければ、また冤罪と言う、大きな罪が生み出される。― あくまでも真実と向き合う、そのようなしなければ富田さんも浮かばれない・・・ 絶対に証拠を見つけ出し、必ず犯人を見つけ出す。 そう拓也は心に刻むのだった。
その頃、大子の別荘に戻った矢内原とひかりは、第二の計画を立てていた。 
「盗んだ金は全部で2億4000万、このうち、2億3000万は国内で宝石類に変えます。 そして宝石と残りの1000万を持って、明後日の正午、成田から国外へ飛びます。 まあ、どこか治安の悪い国がいいでしょうね。 宝石はそこで金に変えます。 後はそんな国を転々として、ほとぼりが冷める頃に帰国します。」 矢内原がざっくりと説明する。 ひかりもその計画に賛成するように、一つ相槌を打った。

野獣の旅立ち

それから三日後、矢内原とひかりは、成田空港に居た。 しかしそこには、生前富田が残した覚書から、矢内原の存在を割り出した拓也の姿もあった。 拓也は矢内原の姿をじっと見ていたが、少し離れたところに居たひかりには、全く気付いていなかった。 矢内原は腕時計で時間をしきりに確認している。 今のところ、彼に怪しい動きは無い。 矢内原の手荷物からして、どこかで協力者から金を受け取り、そのまま国外に逃亡するつもりだろう、そう拓也は推理して、矢内原をじっと見張っていたのだ。 しかし出発の時間を近づいても、矢内原の前に協力者らしき者は現れず、ついに彼は出国手続きまでしてしまい、今まさに飛行機に乗ろうと言うところまで行ってしまったのだ。 飛行機に乗る直前、矢内原は不意に拓也の方を向いて、にっこりとほほ笑んで、手を振ったのだ。 そう、この冷徹な野獣は、拓也が自分を狙ってついて来ていることも、全て見通していたのだ。 そうしてまんまと拓也を出し抜いて、彼をあざ笑っているのだ。 拓也は相手がまるで自分一人では太刀打ちできないことを、痛いくらいに実感させられたのだった。

罠、罠、罠!

国外へ旅立った矢内原とひかりは、現地に着くやいな、宝石に目のない大富豪・ジャ・カーリーノの元を訪れていた。 
「よし、これで取引成立だな。」 カーリーノが宝石を受け取り、矢内原に現金の入ったアッタシュケースを渡す。 「じゃあ、これで。」 そう言って矢内原たちは彼のもとを去る。 それをじっと見送ったカーリーノは、部下に合図を送って、二人を尾行させるのだった。
帰る途中、矢内原が途中でピタッと足を止める。 「どうしたの?」 ひかりが矢内原の異変に気づいて、声を掛ける。 「いや、ちょっと急用を思い出しましてね・・・」 そう言って矢内原が、いきなりひかりの手を引いて走り出した。 矢内原は建物の陰に入ると、ひかりの手を離した。 
バコッ ボカッ 矢内原の拳が、建物の陰から飛ぶ。 拳を受けたのは、二人を尾行していた黒人二人だ。 「見て下さい。 カーリーノの部下の男たちです。 もしかしたら、このままホテルの戻るのも、ヤバいかもしれませんね。」 倒れた男を見て、矢内原がつぶやくように言った。
矢内原たちは、ホテルの窓から、そっと自分たちの部屋の中を覗き込んだ。 案の定、部屋の中では、どう忍び込んだのか、カーリーノの部下のジャマイカ人4~5人が、せっせと部屋をあさって、金目の物を探している。 矢内原はひかりに銃を渡し、突撃の合図を送る。 合図を受けたひかりが、ばっと勢いよく窓を開け、あっけに取られているジャマイカ人たちに銃弾を浴びせた。 「ここにはもう入れませんな。」 矢内原が残念そうにつぶやく。 「アンタがカメラマンだったころに行った、いい隠れ場所は無いの?」 ひかりの言葉で、矢内原の頭の中にある場所が浮かんだ。 

最期の愛

夜も更ける頃、矢内原たちは都市から大分離れた所にある、洞窟の身を潜めていた。 この洞窟は、矢内原が戦場カメラマンだったころにも、身を潜めていたところでもあった。 ひかりの松明を頼りに、ズンズン奥へと進んでいくうちに、矢内原の頭の中で、ある記憶が呼び起されていた。
戦場で兵士と間違われた彼は、命からがらこの洞窟に逃げのびて来た。 暗い洞窟を奥へと進むうちに、矢内原は大きな岩があることに気がついた。 しかしそれは、岩などではなかった。 矢内原の何倍もあるような黒人兵が、敵の白人兵の肉を喰らっている光景だったのだ。 矢内原は瞬時にその様子をカメラに収めた。 しかし相手は、シャッター音とフラッシュに気付いて、立ちあがると、爛々と光る眼で矢内原を睨み、血で真っ赤になった口を開いて、彼の方へ近づいてきたのだ。 矢内原はとっさに近くにあったライフル銃を取ると、相手の向かって銃を向けた。 それでも黒人兵は、まるで死と言うものを理解できていない幼子のように、足を休めることは無かった。 
ただ一つ、当時と違いがあったのは、その顔は黒人ではなく、れっきとした日本人の、矢内原のよく知る女の顔だったことだ。
バンっと言う銃声で、矢内原は我に返った。 前には撃たれたひかりが倒れている。 銃を握っているのは、なんと自分だった。 銃口からは煙が立ち込めている。 矢内原はひかりに近づくと、ハンカチで傷口を押さえ、声を掛ける。 「大丈夫か? しっかりしろ。」 しかし返ってきた答えは、思いもよらぬものだった。 「いいの、これで。」 「えっ?」 思わず矢内原が聞き返す。 「私、だんだんあなたが好きになってっちゃって、もしかしたら、計画が終わったら別ればなれになって、もう会えないんじゃないかって。 でもここに来れば、あなたが私を殺して、このまま静かに終わらせてくれるんじゃないかって・・・」 「わかった、だからもうしゃべるんじゃない。」と矢内原。 「私の手を、握って。 ギュッと、強く・・・」 矢内原が彼女の言う通りにしてやる。 「あったかい・・・」 ひかりはそうとだけ言って、目をつぶり、ゆっくりと、眠る少女のように息を引き取った。 

自決

矢内原は一人、地下帝国に居た。 大きなスピーカーから聞こえてくる音楽に耳を傾けながら、ふと彼はこめかみに銃を当る。 
全てを完璧なまま、終わらせよう・・・ 
矢内原の亡骸の横には、誰が書いたか血の文字で、たった二文字、「自決」と書かれていた。
                                                                             黄金の野獣 完

黄金の野獣 

黄金の野獣 

― 目的なんかいらない・・・ 完璧・完全であればそれでいいのだ ―

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-10-08

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 不完全
  2. 下調べ
  3. カジノ襲撃
  4. 狙撃手
  5. 死んでいる目の二人
  6. 計画
  7. 食事の席で
  8. スカッと
  9. 回想
  10. 現金輸送車襲撃
  11. 刑事
  12. 不審な警備員
  13. 銀行襲撃
  14. 目星は付いている
  15. 追跡
  16. 殺人鬼ボルダーの話
  17. 第二の計画
  18. 野獣の旅立ち
  19. 罠、罠、罠!
  20. 最期の愛
  21. 自決