見舞い

2012/01/20

 白い絹に触れると、指先に伝わる感触が滑らかで、手に汗を握ってしまった。純白の絹に縫い込まれた薔薇の刺繍は、この地域特有の編み目で象られて、職人によるものでなければ、生み出すことのできない代物になっていた。やはり女性はこのような物を好むのだろうか。土産に持ち帰れば喜んでもらえるだろうか。その大きな生地はまとめて買い込んだ。店の者が、手際良く筒のように巻いて、汚れを避けるための紙で包む。
 安く買い上げたらしい果物の篭と、その白い布を抱えると、両手が塞がってしまう。次いで仕入れたケーキは、果物の篭を積み、片手で持てるような箱に包装してくれた。機転が利くものだと、感じ入るものがある。
 両手に抱えた贈り物。誰かの為に何かをするというのは、存外難しいものだ。家従に尋ねたところ、果物だのケーキだのと騒がれたので、結局どちらも手に入れた。
 村の中央には十字路がある。町に近い側には市場があり、奥に突き当たると図書館がある。海に向かうと役場に着き、山へ向かうと神殿に至る。数日で慣れる、とても簡単な村だった。
 十字路の中央を示す噴水が、この村の象徴だ。噴水の縁は、職人の手で薔薇が象られている。刺繍と同様、大きく咲く花弁には蔓と刺が付属していて、美しいだけでいてはくれない。村人が言うところによると、薔薇は薔薇のままが美しいのだという。葉と蔦と刺があってこその薔薇の美しさには、まだ慣れない。
 彼女の部屋には、侍女が控えていた。寝具の上に起き上がっている所を見ると、今日は調子が良いようだ。両手に抱えた荷物を見るなり、侍女たちが慌てたように受け取った。可愛らしく包装された果物の篭を、侍女はそのまま彼女に見せる。顔を見合わせて笑っているようなので、喜んでもらえただろう。ケーキの箱を開けた侍女は、嬉しそうな声をあげる。苺が山のように積んであるものを選んできた。それも切る前に彼女に見せてから、厨房へ運んだ様子だ。
 円柱の袋は、包まれたまま彼女に渡す。不思議そうに包みを解く彼女の目が、ゆっくりと開かれた。
「これは」
 彼女の指が、布の上を滑る。
「布だ」
 分かっていますと返された。何が聞きたかったのだろう。
 見舞いに布を贈るのは変だったのだろうか。しかし彼女の目は輝いているように見えた。なんて高価な生地、と小さなささやき声が耳に飛び込んだ。
「高価なのか」
「金銭を扱うのは、はじめてでしたね」
「そうだ」
 隠しても仕方のないことだと素直に答えるが、侍女たちには、まぁと驚かれてしまった。しかし彼女は楽しそうに笑う。
 はじめて買ったものは、愛しい人への贈り物だった。

見舞い

続きません。

いつか物語になればと思います。

見舞い

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-21

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