どんぐりの一番美味しい食べ方

どんぐりの一番美味しい食べ方

夫が持ち帰った大量のどんぐりを妻は一日目、携帯コンロのガスを使いカレーのルーでコトコト煮込んだ。幼い息子は喜び、どんぐりカレーだ!とはしゃいだ。
二日目はミートソースで和えた。麺がないとさみしいね、と息子が呟いた。
三日目はバターで和えた。ビールに合いそうだな、と夫が喜んだ。
四日目は調味料が底を尽き、塩を振りかけた。これが一番シンプルで一番美味しい、と夫は笑った。

「放射能漏れの恐れがあるので外に出ないように」

一週間前の休日にお昼ご飯を家族三人で食べていると、そんな警報がテレビから流れてきた。夫婦が眉を潜めて窓を見ると、そのニュースを見る前から外にいた人々や、慌てて外に飛び出した人々が苦しみ出し、バタバタと倒れ始めた。夫婦は混乱したが、とりあえずカーテンを閉め、放射能が入ってこないように、ありとあらゆるものを窓やドアの隙間に詰め込んだ。

電気、ガス、水道はその日のうちに止まり、電池式のラジオのスイッチを入れても、ガーガーというノイズ音しか聞こえてこなかった。灯りは懐中電灯。キャンプみたい、と息子は興奮してなかなか眠らなかった。

次の日夫婦が恐る恐るカーテンを開けて外を見ると、空も街も灰色に覆われていた。心配そうに覗き込む息子を、今日はパパお仕事お休みだから、何して遊ぼうか?と夫は優しく抱きしめた。

買い置きの食料品は三日で底をついた。サーバーのミネラルウォーターも残り僅か。政府からの警告は何も発信されていない。夫婦の不安は増すばかりだった。
警報が出て四日目の朝に、食料品を探しに外に出る為に夫は独身の時に趣味だったスキューバダイビングのウェットスーツに着替えた。目にはゴーグル、口にはマスクを何枚もかけたその姿に妻と息子は泥棒みたいだ、と笑った。

夫は三時間程で帰って来た。スーパーやコンビニには食料品は思った通りに何も無くて、近くの公園で拾ってきた、とどんぐりを大量に持って帰って来た。息子は大喜びで、ぼくも行きたい、と駄々をこね、夫は、今度一緒に行こうな、と微笑んだ。

夫が持ち帰ったどんぐりも放射能で汚染されているはずなので、食べる事を躊躇う妻を夫は、これを食べてとにかく生き延びよう、と諭した。


夫が持ち帰ったどんぐりも、もうすぐ底をつく。夫は警報が出た一週間目の朝に再び、食料品を探しに外に出て行った。一度目はすぐに帰って来たのに、その日は夕方になっても夫は帰って来なかった。
夜になり暗くなる前に、と妻は残っているどんぐりの皮を剥き始めた。息子も手伝い、じょうずにむけたよ、ママ見て、とはしゃいでいる。

塩を振りかけた、夫が気に入っていたどんぐりの一番美味しい食べ方。これを食べてとにかく今は生き延びよう。

どんぐりの一番美味しい食べ方

どんぐりの一番美味しい食べ方

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-23

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