花舞祭

2012/01/17

 とんでもない人出だ。間を縫って歩こうにも、人々は同じ方向に向かっていて、気休めでしかない。それでも、左右に並ぶ屋台に目を向けていたり、菓子を食べながら歩く人たちよりは、前に行ける。
 広場の舞台まであとどれくらいでつけるだろうか。彼の出番までには到着しなければ。祭の出し物も、珍しい食べ物の香りも、今は気にかけていられなかった。毎日通う道はいつにも増した喧噪で、歌が聞こえてしまわないかと、不安に駆られるばかりだ。
 大きな建物に囲まれた大通りは、広場にぶつかると大きく開ける。壇に飾られた屏風が見えたが、踊り子も楽隊もまだ所定の位置ではない。間に合った。
 人をかき分けて、広場の手前の建物に飛び込む。警備に主催者の通行証を見せると、階段を駆け上がった。踊り子に用意された広場前の待機棟からは、舞台が一望できる。階級によって分けられた部屋の中でも、上層の個室に飛び込むと、昨日の舞台道具が散乱していた。片付けておけば良かったという後悔は先に立たず、窓際の椅子に置かれた荷物を掃くように除けて、ひとり分の隙間に体を滑り込ませ、窓から顔を出した。
 色とりどりの模様がひしめき合った広場は、春の祭の最終日らしい賑わいだった。島中の人が集まっているのではないかと思う。国外から訪れた人も多いだろう。祭の主役は楽隊と踊り子だ。祭が最終日に向かうにつれて、楽隊と踊り子の階級は上がる。これから始まるのは、国が定めた最上級の舞台だ。
 用意ができた楽隊が、ばらばらと舞台に出始めると、歓声が辺りを包む。華やかな伝統衣装は、昨日までの舞台と比べると、立つ瀬がなかった。
 取り分け大きな歓声が聞こえると、現れたのは豪奢な衣装に身を包んだ青年。彼が歌い手だ。中性的な容貌と実力で、世間の期待を一身に背負っていた。黄色い声に耳が痛くなる。舞台の周りで声を上げる女たちよりも、彼に近い立場にいるのが、少し誇らしかった。
 彼は全く表情を変えない。いつもそうだ。どんな舞台でも、噂に聞く限りでも、喜怒哀楽を大きく表すことがないようだった。それでも歌う声は甘く、伸びやかで、深い感情を全て歌に捧げてしまったように、聞く人を魅了する。
 その声を聞いたのは、何年も前だ。師の屋敷で行われていた歌い手の会で、庭から聞こえた恋歌に魅せられて以来、彼の様々な舞台を探しまわった。体の芯に響くような声で、丁寧に音程をなぞり、聴く者の心を揺さぶる。心を鷲掴みされてしまった。そんな女性は他にもたくさんいた。皇子の侍従という立場で、容姿に恵まれ、芸事にも長けているのだ。誰の目から見ても完璧だった。
 一方彼は、誰のことも気に止めない様子で、泣かされた女性も多いと聞く。そもそも彼が何かに執着するという噂など聞いたこともないし、想像もできなかった。
 彼が節を口ずさむと、辺りの騒々しさは鐘を打ったように引いてゆく。島歌の音階で紡がれる舞台の口上は、彼ともうひとりの歌い手の間を漂い、重なりあって舞台に響いた。ふたりの口上が終わると、爆発するような喝采が送られた。歓声もなかばで、楽団の演奏が始まり、踊り子が舞う。
 踊り子は、花だ。冬を越えた命に感謝し、春を祝い、豊作を願う祭。いつか彼の声で踊りたいと思う。美しい人。

花舞祭

続きません

いつか物語になればと思います

花舞祭

物語

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-18

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