*星空文庫

チェンナイレポート2000

なかやまたけし 作

チェンナイレポート2000
  1. 23/02/2000
  2. 24/02/2000
  3. 25/02/2000
  4. 26/02/2000
  5. 27/02/2000
  6. 28/02/2000
  7. 29/02/2000
  8. 01/03/2000
  9. 02/03/2000
  10. 03/03/2000

当時、ホームページに書いていた日記です(若干、添削しています)。

23/02/2000

 埃まみれのオレンジ色の空の下を、人力車の行き交う砂利道を抜け、突き当たりにそびえる城に着く。

 タージマハールを彷彿とさせるタマネギ型の屋根。ロンシャン競馬場のように手入れの行き届いた芝生の上では象がくつろぎ、カーキ色の軍服を着た警備員たちは白馬に跨って、城の外壁を巡回している。


 ……僕はいったい、どれだけ頭の中でシミュレートしてきただろう?


「日本から来たラジニカーントのファンです。彼に会わせてください!」


 結果はいつも同じだった。

 門の前で野良犬のようにあしらわれ、それでもしつこく食い下がると、容赦なく警備員にライフルで撃ち殺される。

<日本人旅行客、インドの映画俳優宅に忍び込み射殺!>

 新聞の見出しまで浮かんだ。



 ふと我に返って鏡を見ると、髭剃り負けした血だらけの顔で、薄ら笑いを浮かべた僕がいた……。


     ☆


 ラジニカーント様の住む聖地、チェンナイに立つ!

 想像すると、興奮で手の震えが止まらなかった。

 痛みは感じない。それどころか、血に塗れたこの顔でラジニ様の家に行けば、警備員も通してくれるのではないかな?

 ……などと、そんなことを考えている。

 とにかく僕は、ラジニカーントに会いたかったのである。


     ☆


 さて、ラジニカーント様の名を知らない方に軽く説明をさせて頂くと、彼はインド映画の俳優で、南インドの大都市チェンナイを拠点に活躍している「超」がつくほどのスーパースターである。彼が主演した映画は150本を超え、新作の公開日には7、8キロメートルに渡って劇場前に列が伸びる。本編がはじまる前、スクリーンには「SUPER STAR」のロゴが流れ、その瞬間、観客は総立ちになって口笛を吹いたり拍子を送ったりする。アクションシーンでは、興奮した観客が舞台にのぼって銀幕の中の敵をラジニ様扮する主人公と一緒に戦ったり、ダンスシーンになると劇場内には紙吹雪が舞い、席から立ち上がって踊りだしたりする者も珍しくない。

 ラジニ様の映画が初めて日本で配給されたとき(作品名は『ムトゥ踊るマハラジャ』)、彼は「インドのキムタク」として紹介されていた。



 ……僕には最初、吉幾三に見えた。


     ☆


 インドへ行くことを決めて以来、よく聞かれるのだが、僕がラジニ様に会いに行こうと思った理由を説明するのは難しい。一言でいえば、「なぜ僕は彼に惹かれるのかを知りたかったら」ということになるからだ。しかし、それでは答えになっていないような気がした。

 先ほど書いたとおり、僕の彼に対する第一印象は吉幾三だった。スクリーンにラジニカーントの姿がアップになった瞬間、椅子からズリ落ちそうになった。

 しかし、話が進むうちに彼の魅力にハマっていって、翌日にすぐ、同じ映画をワクワクしながら観に行った。


 ……ただ、その後、何十回となくラジニ映画を観ておきながら、なぜ彼に対して僕はこうまで魅力を感じるのかがどうしてもわからなかった。



 おそらくインドへ旅に出る人は、自分の人生を見つめ直してみたいと思ったり、歴史に興味があったりする人たちで、僕とは根本的に違う。

 僕がやろうとしていることは、言わば海を越えた〝追っかけ〟だ。彼のファンであることは間違いないけれど、会社を休んで、貯金を叩いて、そこまでしてやらなければならないのかと聞かれれば、自分でも行き過ぎていると分かる。まして僕は英語が喋れず、独りで海外へ行くのも初めてだった。インド事情に詳しい友人から、現地でのガイドやオススメの宿といったアドバイスはもらったものの、「生きて帰って来いよ!」「インド語が喋れなければ会話にならないよ」といった冷やかしが、いちいち僕を不安にさせた。

 そんなとき、ラジニ様の写真を見ると、どこからともなく不思議な力が湧いてきて、「僕は今、インドに行かなければならないんだ」と本気で思えた。それは、理屈では説明できない奇妙な感覚だった。


     ☆


 期待と不安の入り混じった気持ちを抱いたまま、僕はエアインディアの機内に乗り込んだ。

 最初の試練が訪れる。

 僕の席は、喫煙席だった。

 僕が禁煙を決意したのは10日前。きっかけのひとつは、友人から「飛行機は全部禁煙になった」と聞いたからだ。当時、僕は一日に4箱近く煙草を吸っていたため、目的地までの10時間以上、一本も吸わずに耐えられるワケがない。ならばいっそ、今のうちにやめてしまえば楽になるのではないかと考えたのである。


 両隣を見ると、どちらも禁煙ランプが消えるのを手ぐすね引いて待っている。


 ……と、そのとき。たどたどしい日本語の機内アナウンスが流れた。

「サンソマスクヲシナガラノキツエンハ、オヤメクダシャイ」



 次の瞬間、いきなり飛行機が動き出した。

 シートの上の扉が幾つかパカパカ開いて、荷物が落っこちてきた。


 悪い夢でも見ているような気がした。

24/02/2000

 ボンベイで一泊し、国内線に乗り継いでチェンナイへ渡った。インドはいつだって灼熱の太陽に照らされてギラギラしているイメージを抱いていたが、空港から出ると外は雨。香辛料とガソリンと体臭とが埃に混じり合ってベタベタした空気が、一気に僕の全身に纏わりついてきた。


 ポク……ポク……ポク……


 ゆっくり僕の目の前を、蝿の群れを貼り付けて、一匹の牛が横切っていった。腹はべっこりと凹み、尻のまわりには糞がへばり付いていた。その牛を轢き殺さんばかりのスピードで、黄色いオートリキシャー(動力型人力車)が次々に走り抜けていく。

 空港近辺には売店がひとつあるだけで、日本人の姿などどこにもなかった。

 降り続く雨を見ていたら、チェンナイに到着した喜びまで一緒に流されてしまいそうな気がした。何の策も立てずに勢いだけでここまで来てみたものの、本当にラジニ様になんて会えるのだろうか?


 いま一度、頭の中でシミュレートしてみる。


 ……結果はいつもと同じだった。


     ☆


 空港まで迎えに来てくれるはずのガイドのアショカさんがあらわれたのは、約束から1時間半も過ぎた頃だった。『スターウォーズ』のC3POみたいな挙動で、会うなり彼は、「到着は明日ではなかったでしたっけ?」と、流暢な日本語で言った。しかし、ならばなぜアナタは今ここに迎えに来ているのか?

 聞こうかと思ったけど、やめた。

 彼の軽い笑顔は、質問することが無意味であることを僕に分からせるには十分だった。


     ☆


 僕の宿泊するホテルは大通りに面していて、入口のそばには屋外結婚式場があった。ネオンライトがこれでもかと散りばめられ、まるでディズニーランドのエレクトリカルパレードのようだった。そこを通りすぎてロビーに着くと、等身大と思われるガンジー像が飾られていて、香の匂いが鼻を刺激した。結婚式場と打って変わって薄暗いライトの下には黒ずんだ赤茶色のソファが並び、どれも背もたれが破れてスポンジがポッコリ飛び出していた。

 長旅の疲れも、初めての国に来た喜びも、何もなかった。

 部屋に荷物だけ置いてホテルを出ると、アショカさんの家へ向かった。

 アショカさんの家までは、ホテルから歩いて10分ほどだった。噂どおり、道路のあちこちで牛がゴミを漁っていた。野良犬や人間も一緒になって食べていた。道端に寝転んだ男たちから虚ろな視線を感じた。ようやく、僕はインドに来たことを本能で理解した。


     ☆


 アショカさんの家に着くと、彼はまるで「近所にラーメンでも食べに行こう!」とでも言わんばかりの口調でいきなり言った。

「それじゃ、ラジニさんちに行ってみましょうか?」

 その瞬間、僕の全身を、緊張感が駆け抜けた。


     ☆


 猛スピードでシミュレートを開始する。


 ----こんにちは。僕は日本から来たアナタのファンです。

 ----それはどうもありがとう!
 
 ----えと、その、あの……。


 どんなに想像を膨らませてもその次が浮かばない。考えてみれば、言葉だって通じないのである。



 ……などと考えている間に、ラジニ様の家の前まで来てしまった。


     ☆


 僕の想像どおり、ラジニ様の家は通りの突き当たりに建っていた。しかし、あとは違った。まわりと大差ない、極めて平凡な家という印象を受けた。もちろん、象や馬を飼っている気配はない。

 玄関先には警備員用のテントが張られ、そこからカーキ色の制服を着た門番がふたり、僕を見つけるなり駆け寄ってきた。

「ラジニはいますか?」と尋ねると、「NO!」とふたりは同時に首を横に振った。



 そこへ、桃色の可愛らしいサリーを纏った少女がひょこひょこガードマンの脇を擦り抜けて、門の中へと消えていった。

 直後、玄関を開ける音がして、耳慣れたあの特徴的な低い声がハッキリと聞こえてきた。


「いるじゃねえか!」


 思わず警備員を殴ってやりたい衝動に駆られたが、なんとか堪えて僕はアショカさんを通じて訊いた。


「なんで、あの子は家の中に入っていったのでしょうか?」

「前々からアポイントを取ってたんだよ」
(さっき、てめえ「いない」つったじゃねェか!)

「アポイントを取らせてください」

「マネージャーに言え」

「それでは、マネージャーを紹介してもらえませんか?」

「ヤダね」


 こんなやり取りをしばらく続けていたが、「ラチがあかないので出直しましょう」とアショカさんが言うので、仕方なく僕はいったん引き下がることにした。


 しかし、この瞬間から僕の闘志は完全に火が付いた。

25/02/2000

 ラジニ様と同じ空気を吸っているせいか、先ほどの警備員との腹立たしいやり取りのせいか、はたまた東京から離れた開放感か。その日の夜、僕はまったく眠れなかった。

 目を閉じるたび、家の中から聞こえてきたラジニ様の声が思い出された。


     ☆


 朝。

「今日こそは会うぞ!」と気合を入れて浴衣の帯を締める。

 しかし、アショカさんの家に着くと、彼は僕の格好を見るなり慌てて自分の部屋へ駆け込んで、クルタパジャマを持ってきた。

「そんなカッコで目立ちます。街歩いてたらね。お願いします。これ着てください」

 目立とうが目立たなかろうが僕は構わないのだけど……。


 この日はチェンナイ市内をアショカさんが案内してくれた。カパレーシュワラ寺院、サントメ聖堂、国立公園……。が、心はまるで弾まなかった。僕にとっては観光名所なんて、まるで興味がなかったからだ。


     ☆


 午後……。

 僕らはラジニ様のスケジュールを管理しているという事務局で彼の所在を確認することにした。

「バンガロールへ行っていて、いつチェンナイに戻って来るかわからない」と事務員は答えた。


 嘘だ。


 僕は、昨夜しっかりこの耳でラジニ様の声を聞いている。

「説得して下さい!」

 僕は日本から持って来た一枚のポストカードをアショカさんに渡した。

 これは、『アルナーチャラム踊るスーパースター』という映画を観たときの鑑賞回数を記したカードで、僕のカードには46個のスタンプが押してあった。すなわち、それだけ僕は劇場公開中、映画館まで足を運んだという証明である。もうひとつ、この結果、劇場からもらったラジニカーントの黄金像を撮影した写真も一緒に見せた。

「おおおっ!」

 事務員たちは一斉に声をあげ、僕に握手を求めてきた。その後、それぞれ机の引き出しの中などを漁りはじめ、ラジニ様の写真が載っている雑誌やポスターを僕にくれた。


 しかし、「会わせてやる」とは一切言ってくれなかった。


     ☆


 事務局を出るなり、アショカさんは悪戯っ子みたいに瞳を輝かせて僕のほうを向いた。

「たけしさん、新聞に出てみるつもりはないですか?」

 この人の発言は、いつも唐突である。

「インド人でも、ひとつの映画を46回も観るなんて人はいないし、ラジニさんに会うために日本から来たというネタも面白い。その新聞をラジニさんが読めば、絶対に会ってくれるはずです!」

 了解すると、彼はさっそく新聞社に電話を入れた。


     ☆


 夕方。

『地球に乾杯 歌って踊ればみんなハッピー』というNHKの特番に出演したことがあるダンサー、ラジャくんに会いに行く。僕にとってはあまり興味のある人物ではなかったが、日本のインド関係の友人から、彼宛てのメッセージを預かっていたのである。

 しかし、実際に会ってみると、ラジャくんは気さくでとても感じがよく、一気に高感度がアップした。

 彼は半年後、「日本に来るプランがある」と教えてくれた。その理由というのは、なんとラジニショー! びっくりして詳細を聞くと、ラジニ様本人は来ないとのことだった。その時点で、僕はこの企画が立ち消えになるだろうと予想した。いくら『ムトゥ踊るマハラジャ』が日本でヒットしたからとはいえ、本人の来ないイベントが日本で成功するとは思えない。日本人が皆、僕のようなファンばかりではないのだから……。

 ただ、それをラジャくんに伝えるのは意味がないので、「日本に来たら必ずココへ連絡するように!」と言って、僕は連絡先を書いたメモを彼に渡した。

26/02/2000

 不安定な天気が続く。この日も雨。アショカさんいわく、異常気象らしい。

 朝6時半、ホテル前でアショカさんと待ち合わせ、タクシーに乗って海岸沿いを走る。なぜか降りしきる雨のなか、傘もないのにアショカさんは大通りの途中でタクシーを止め、「散歩でもしましょうか?」と言い出した。


 1キロメートルほど歩いた頃だろうか。

「さて、ぼちぼち行きましょうか?」

 アショカさんは再びまたタクシーを拾った。


 何がしたかったのかはサッパリわからない。


     ☆


 続いて僕らはマリーナビーチへ向かった。5キロメートルほども続く砂浜は、世界で2番目の長さらしい。運良くこのときだけは雨が止み、波しぶきが太陽の光を反射してキラキラ輝いていた。桟橋の上でボーッとしていたら、ふと田舎の淡路島を思い出した。幼い頃、僕はいつもこうして海を眺めながら、一日中でも空想に耽っていたものだ。浜辺は決して美しいとは言い難かったが、これもまた淡路島とよく似ていた。

 30分ほどそうしていただろうか。

「さて……。ラジニさんのマネージャーの家、行ってみましょうか?」と、アショカさんは言った。

 この頃になると、もう彼が何を言い出しても驚かなくなっていた。


     ☆


 ラジニ様のマネージャー、サティヤナラヤナ氏の家のまわりには、ラジニ様の選挙用ポスターみたいな貼り紙が、壁じゅうにビッシリ張り巡らされていた。彼の映画でも上映しているのかと思ったら、結婚式のポスターとのことだった。きのう行った事務局にはホールもあり、誰でも結婚式をあげることができるのだという。ラジニ様は、貧しいカップルのために合同結婚式を主宰することがあり、このポスターはその日時を告知するものなのだとアショカさんが教えてくれた。

 家の前まで行くと、まだ朝の8時半だというのに、サティヤナラヤナ氏が2階のベランダで商談をしていた。ベランダで商談というところが優雅である。

 ちなみに、僕が顔も知らないサティヤナラヤナ氏を見てすぐ、「彼がラジニ様のマネージャーに違いない!」と解かった理由は、彼の放つ強烈なオーラだった。まるでラジニ様自身がそこに立っているかのような存在感を、僕はサティヤナラヤナ氏に感じたのである。

 呼び鈴を鳴らすと、使用人の女性が出てきた。アショカさんがタミル語で2、3言葉を交わすと、彼女はいったん家の奥へ消え、再び戻ってきたときには笑顔で家にあげてくれた。

 ここでようやく、僕は2日後にラジニ様と会わせてもらえる約束を取りつけることができた。

 一瞬、頭が真っ白になって、それからじわじわ鳥肌が立ってきた。サティヤナラヤナ氏と握手をする頃には、全身が緊張して震えていた。


     ☆


 夕方4時。新聞記者とカメラマンがアショカさんの家に来た。知らぬ間に部屋は模様変えされ、アショカさんをはじめ、奥さんや娘さんまでこれからパーティにでも出掛けるかのようなドレスを着ていた。「みなさん、リラックス。リラックスです!」と繰り返すアショカさんは、どたどた家じゅうを駆けまわり、だからといって何をしているわけでもなく、誰がどう見ても一番興奮しているのはアショカさんだった。


 取材は、約2時間半に及んだ。僕なりに一生懸命質問に答えたつもりだが、実際、新聞には次のように掲載された。


     ☆


〝マドラス、ラーガヴェンドラ結婚式場付近を通りかかったとき、ちょっとビックリしたことがあった。ラジニスタイルのサングラスを手でまわしている、なかなか見かけない顔の変わった人物に遭遇したのだ。その人物が振り向いたとき、初めて外国人であることに気がついた。話しかけると日本人だった。ラジニの写真入り腕時計をはめていた。

「ラーガヴェンドラ結婚式場に、なんの用事があるの?」と訊ねると、わざわざ日本からラジニに会いにきたと答えた。私が彼をまじまじと観察していると、ある人物が近づいてきた。

「こんにちは。わたしはアショカです」

「だからどうした?」

「わたしは日本語ができます。一年間、日本にいました。だからどんな日本人が来ても、わたしのところへやって来ない人はいません」

「よおし! これはいいネタをつかんだぞ」

 私はアショカに抱きついた。(新聞記事より一部抜粋)〟


     ☆


 取材が終わって記者たちが帰ったあと、アショカさんは大あくびをしながら言った。

「新聞に掲載されるのは、3月5日だそうです」

 えっ!?

「僕、帰ってるんですけど……」

「せっかくだから、帰国するのを延期したらどうですか? 新聞に載ればラジニさんも絶対会ってくれるし、テレビ局も駆けつけるでしょう。ラジニさんがたけしさんのためにパーティを開いてくれるかもしれません」

「そりゃ、大層な御馳走が期待できますね!」

「払うのはたけしさんです」

 アホな……。

(ラジニ様に会えると言うから取材を受けたんだから、発行日くらい調整しといてくれよ!)

 と、思わず喉まで出掛かったが、無理やり引っ込めた。これでもアショカさんなりの親切心からきていることなのだ。


 それにしても、嬉しかったのは記者が帰り際に言ってくれた一言だった。


「私たちも、あなたにはラジニに会ってほしい。なんだかそう思うんです」

27/02/2000

 朝8時半。ラジャくんがアショカさんの家へ遊びに来た。みんなで『地球に乾杯 歌って踊ればみんなハッピー』のビデオを観て、そのあと一緒に映画館へ行く約束をしていたからだ。映画のタイトルは忘れたが、主人公の奥さんがマフィアに拉致され、手足を次々切り落とされていくという話だった。正直、ちっとも面白くはなかった。

 映画が終わると、ラジャくんは用事があるということで帰っていった。

 別れ際、ラジャくんは言った。

「日本からダンスを習いに来ている女性がいるから会ってみるといい」


 僕はあまり興味を惹かれなかったので、軽く聞き流した。


     ☆


 夕方。あすのラジニ様とのアポイントをアショカさんに確認してもらう。

 オッケー!

 ホッと胸を撫で下ろす。

 アショカさんは、電話でサティヤナラヤナ氏にひとつの提案を持ちかけていた。

「新聞記者を呼んでもいいですか?」

 これについてはノー。事を大きくしたくないというのが理由で、僕も同感だった。カメラを向けられながらの対面では気が散って仕方がない。


     ☆


 夜は孤独を紛らわすため、路地裏の怪しげな屋台でビールを買った。インドに来てはじめての酒。銘柄は『キングフィッシャー』といった。そういえば先日、アショカさんと海沿いを散歩していたとき、この鳥が僕らの目の前を飛んでいった。僕にはまるで、それが幸せの青い鳥のように見えたものだ。

 酔っ払った勢いでベッドに潜り込んだが、眠れる気がしなかった。

 それどころか、涙が溢れてきた。

 ラジニカーントという存在は、いったい僕にとって何なのだろう?

 僕はその答えが知りたくてチェンナイまで来た。

 とにかく、あした。

 あしたになれば、すべての謎が解ける。

 そう思うと、涙が止まらなかった。

28/02/2000

 朝。焼酎2本と浴衣2着を持ってアショカさんの家へ向かう。1着はラジニ様へのプレゼントとして、もう1着は自分が着ていくためだ。

 僕は以前、パリに一ヶ月ほど滞在していて、そのとき、ヨーロッパの人たちと比べてあまりに自分が洋服の似合わない男だと思い知らされたことがある。背が高くて胸板も厚く、顔の彫も深い。こんな人種に囲まれて、僕はすっかり自分の外見に自信をなくしてしまっていた。そんなある日、アラブ人が民族衣装に身を包み、凱旋門通りを散歩している姿を見かけた。その堂々たる姿は、フランス人はおろか、世界中の観光客をも圧倒しているように僕には見えた。「これだ!」と思った。これから海外へ行くときには和服にしよう……。前はアショカさんに反対されたけど、きょうはラジニ様に会いに行くのが目的である。「日本から来た」と彼に印象づけるためにも、ここは浴衣でなければならないと思った。

 構想としてはこうだ。ラジニ様と対面したとき、焼酎1本と浴衣をプレゼントし、あらためて夜に約束を交わす。そのときはラジニ様にも浴衣姿で来てもらい、もう1本の焼酎をふたりで飲む……。

 噂では、ラジニ様は相当に酒が強いらしい。よほどの理由がない限り、僕の申し出を断らないはずだと考えていた。


     ☆


 予定では、ラジニ様の用事が済み次第、サティヤナラヤナ氏からアショカさんの家に電話が入ることになっていた。……が、いつまで待ってもかかってこない。嫌な予感がして、アショカさんに頼んでサティヤナラヤナ氏の携帯に電話をかけてもらう。


 繋がらない。


 予定から2時間が過ぎ、さすがに待ちきれなくなった僕たちは、サティヤナラヤナ氏の家までリキシャーを飛ばした。

 ちょうど彼も、白いアンバサダ(インドでもっともポピュラーな乗用車)に乗って帰ってきたところだった。さっそくアショカさんが事情を聞く。

 何を喋っているかは解からなかったが、顔色でだいたいの見当はついた。

 あとでアショカさんから説明してもらうと、次のような内容だった。

「ラジニさんには話したけど、〝興味がない〟と言ってたよ。彼はとても忙しいんだ。世界中のあちこちからお客さんが来るからね。今日もパリから要人が来てる。わたしはラジニさんのスケジュールを管理してるから、2、3日中にはまた話してみるよ。バーイ!」


 スケジュール管理なんて、まるでしてねえじゃねーか!


 僕以上に腹を立たのはアショカさんだった。

「わたしは大学を出ました。ニッポンに留学もしました。ラジニさんのために、いろいろお手伝いしてきました。恥ずかしいです。ニッポンのファンの気持ちもわたしの気持ちも全然わかっていないのです。これからクリシュナライさんのところへ行きましょう!」

 クリシュナライ氏とは、ラジニ様を無名時代からサポートしてきた事務局で一番偉い人間である。


 しかし、彼は御釈迦様のような慈悲深い笑みを浮かべて話を聞いてくれるものの、肝心要のアポイントだけはどうしても取らせてくれなかった。

「ラジニは次のプロジェクトへ向けて忙しいのです。そしてチェンナイにいられる時間も少ない。家族との大事なひとときを邪魔させるわけにはいきません」


 家族とのひととき……。この言葉は非常に重く僕の心にのしかかってきた。


     ☆


 夕方。リキシャーで街を走っていたら、『アルナーチャラム』のポスターを見つけた。

 アショカさんは興奮した。

「すごい、すごいです! こんな奇跡は見たことがありません。ここ1年以上、どこの映画館でも『アルナーチャラム』の上映はしてなかったハズです。しかも普段こんな道は通りませんから。たけしさん、絶対、絶対ラジニさんに会えますよ!」

 しかし……この作品については、劇場公開中だけで46回、映画祭などを含めると50回を超える回数を観てきている。音が聞こえれば目をつぶっていたって脳裏に映像が浮かぶほどだ。いくらラジニ様が出ているからとはいえ、さすがに見飽きた感があった。

「よくよくこの映画とは縁があるな……」と苦笑いしながら館内に入ると、観客たちの熱気に度肝を抜かれた。噂では聞いていたが、これが現地でのラジニ映画なのだ。クラブかパーティ、はたまた格闘技場か。スクリーンのまわりではネオンライトが点滅し、口笛、手拍子はもちろん、椅子の上にあがって踊り狂っている人たちが何百人もいた。


     ☆


 今回の映画のなかで僕が特に印象に残ったのは、ラスト近く、アルナーチャラム(ラジニ様が演じる役名)がバス停の前で並んでいるとき、「なんでアナタのような金持ちがバスなんかに乗るんですか?」と、彼の隣に並んでいた人に聞かれ、「すべてはここからはじまったからさ」と答えたシーンだった。

 なんてことなさそうなこの会話で、一番の歓声があがったのである。立ち上がってガッツポーズする者までいる。


 なぜ……?


 するとアショカさんが、「タミル映画のセリフには必ず二通りの意味があるのです」と教えてくれた。


〝すべてはここからはじまった〟
〝バス〟


 ……そうだったのか!


 やはりラジニカーントは比類なきスーパースターだったのだ。映画俳優という枠を越えて生き方そのものが。彼はむかし、バスの車掌だった。煙草の投げくわえをしたり人気映画俳優のキメポーズのマネをしたり、とにかく目立つ車掌だったらしい。偶然そこへ当時の映画監督、K.Balachanderが通りかかってスカウトした……。

 一見、このエピソードは典型的なサクセスストーリーに思われがちである。しかし、ここは自由とチャンスの国アメリカではない。生まれながらに「カースト」という呪縛を背負って生きなければならない宿命を持ち、低カーストであるラジニ様が映画の主役を張れるほど、甘い国ではないのである。

 誰かがこんなことを言っていた。「後にも先にも、インドに彼のようなラッキーな男はあらわれないだろう」。そういえば、街中にある宝くじ屋の看板は、ほとんどラジニ様のイラストだった。彼の成功は、すべての庶民に夢と希望を与えているのである。

29/02/2000

 実はラジニ様以外にも、彼の敵役として有名なラグヴァランという俳優に、プレゼントとして日本から預かってきた色紙を渡すべく、チェンナイに着いてから毎日、彼の家に電話をかけていた。しかし、彼の奥さんは「明日にして下さい」の一点張りで、こうなりゃ突撃するしかないと思って住所を突き止めリキシャーを走らせると、ここにもガードマンが待ち構えていた。

 妄想で見てきた光景と同じ。しつこく食い下がるとライフルの餌食にされそうだった。

 連日の交渉で疲れが見えるアショカさんは、色紙をガードマンのひとりに預けて帰ろうとした。

「ちょっと待って!」

 僕は止めた。

「家族はいないか聞いてみて下さい」

 アショカさんとガードマンとの15分にも及ぶやり取りの末、ようやく部屋の中からラグヴァランの奥さんがあらわれた。

 彼女はニッコリ微笑みながらこう言った。

「明朝10時半に来てもらえれば、主人に会わせます」

 この笑顔、見覚えがある。サティヤナラヤナ氏だ。さすがに慣れてきた。チェンナイでは、予定は未定どころか白紙なのだということを……。


 奥さんと別れると、手のひらを返したようにガードマンたちが握手を求めてきた。さっきまでの威圧的な態度は一体なんだったのだろう?


     ☆


「もうダメです。あきらめましょう!」

 アショカさんは、勘弁してくれと言わんばかりに両手を広げた。ラジニ様に会うことである。

「わたしができることは全部しました。クリシュナライさんには2回会いましたね。サティヤナラヤナさんにも2回会いましたね。新聞社のインタビューやりましたね。もう、打つ手がありません。しつこいのは、よくないことです」

 まったくその通りである。


 ……が、しかし。


 頭で分かっていても、どうしても納得できなかった。チェンナイにいられるのは、あと3日。このまま帰ったら悔いだけが残る。

「ショッピングにでも、行きましょうか?」

 と言われたときだ。

 限界がきた。

 堪えきれず、涙がふきだした。

 なんという傲慢な涙だろう。「気合いだ気合い」だなんて言ったって、アショカさんがいなければ現地の人と会話ひとつできやしない。アショカさんは、僕とラジニ様とを繋ぐたった一本の命綱。切りたくなかった。かといって、無理やりアショカさんを連れまわすわけにもいかない。

 矛盾した考えが僕の頭の中で交錯して、完全にショートしてしまったのだ。


「わかりました。これからは、たけしさんの心と同化して行動します」

 そしてアショカさんは、サティヤナラヤナ氏のところへ行こうと言い出した。彼がもっとも行きたくない場所であることは明白だ。

「そこはやめときましょう」

「ダイジョウブダイジョーブ。わたしはもう何を言われても気にしませんから」


 その言葉に甘え、僕らはサティヤナラヤナ氏の家へ向かった。

 が、サティヤナラヤナ氏は不在で、「明朝8時に来て下さい」と、使用人の女性に言われた。


 その足で、僕らはラジニ様の自宅をはじめ、彼に関わる人たちの家をリキシャーで走りまわった。

 途中、アショカさんからインド式の敬意をあらわす挨拶の仕方を教わった。相手の目の前で膝を付いて座り、両手で足を触ってそれから拝む。これを「クリシュナライ氏に対してやりなさい」と言われた。


「たった1分でいいんです。家族との時間まで割いてくれとは言いません。来客の入れ替わり時、玄関先、なんなら帰国するまで門の前で待たせてもらうだけで十分なんです!」

 引き下がれない。ここで弱気になったら何のためにチェンナイまで来たのかわからなくなってしまう。

「あなたの持っているラジニの黄金像の写真は彼の奥さんに渡しています。あなたの噂もニュースで見ました。あとは神が決めてくれるでしょう」

 サティヤナラヤナ氏に電話を入れてくれたあと、クリシュナライ氏はそう言った。なぜこの人は、「任せなさい」と胸のひとつも叩いてはくれないのだろう? 奥さんに話を通してくれたことには素直に感謝しつつ、どうしても疑問を抱かずにはいられなかった。ラジニ様という人は、実はとんでもなく気難しくて、クリシュナライ氏やサティヤナラヤナ氏の力ではどうにもならないのだろうか?


     ☆

 ホテルへ帰る途中、アショカさんは一軒の時計屋の前で止まった。……とはいってもこの店、文字盤にラジニ様の顔がプリントされた腕時計しか置いてなかった。

 アショカさんがその店のオーナーに僕の話をはじめたところ、どこで聞いていたのかゾロゾロ大勢の人が集まってきた。

「オマエは絶対ラジニに会わなければならない」

「俺たちからも手をまわして、なんとかラジニに会わせてやる!」

「みんなでパレードしようぜ!」

 みんなが温かい言葉をかけてくれた。

 なんでこの人たちは、見ず知らずの僕なんかを応援してくれるのだろう?


 また涙が溢れそうだった。

01/03/2000

 約束通り、朝、サティヤナラヤナ氏の家に向かった。

「おお、きょうは会えるぞ! 12時半に電話をくれ。そのとき正確な時間を決めよう」

 サティヤナラヤナ氏の声も弾んでいた。それはそうだ。彼だって毎日僕に押し掛けられてウンザリしていただろう。

 僕は何度もサティヤナラヤナ氏に手を合わせ、家を後にした。

 次の瞬間、思わず僕はアショカさんに抱きついた。

 今度という今度こそラジニ様と繋がったのだ!


     ☆


 朝食を済ませると、僕らはラグヴァランの家に行った。

 約束通りの10時半。

 ガードマンに「11時半にもう一回来てくれ」と言われる。

 時間潰しを兼ね、僕はショッピングセンターでラジニ様と会うための服を買った。まるでインドの王族が着るかのような、金の刺繍が施された衣装である。
それでも時間が余ったので、アショカさんの薦めもあって僕は床屋で髪を切ることにした。


 これは恐るべき失敗だった。


     ☆


 再び11時半にラグヴァランの家へ行くと、「12時半に来てくれ」と言われる。本当に彼から連絡があってガードマンはそう答えているのだろうか?

 いずれにせよ、その時間はサティヤナラヤナ氏に連絡を入れなければならない。

 僕らは仕方なく引き返すことにした。


     ☆


 12時半。

 サティヤナラヤナ氏へアショカさんから電話をかけてもらう。


 ----まだ準備ができてないから、もう少しだけ待って欲しい。コチラから電話するから。

 ----家の前まで行ってましょうか?

 ----心配しないで大丈夫!


 アショカさんの話によると、サティヤナラヤナ氏の喋り方はいつにも増して説得力があったという。



 30分後……。

 
 ----ラジニは出掛けたよ。


     ☆


 アショカさんは言った。

「わたしは2度と映画俳優とのコンタクトをとる仕事はしません。彼らは分かってくれないのです。ラグヴァランさんのガードマンには、〝日本人相手に金儲けしてるんだろう?〟 と言われました。サティヤナラヤナさんには、〝オマエは何者なんだ?〟 と言われました。わたしは皆さんに喜んでもらいたくて働いているのに誰もちっとも分かってくれないのです。たけしさんも頑張りました。今までの行動は無駄ではありません。この努力は、いつかきっと報われるでしょう」



「……マリーナビーチへの行き方を、教えてください」



 とにかく僕は、ひとりになりたかった。


     ☆


 リキシャーを飛ばしてマリーナビーチへ着くと、砂浜に腰を下ろし、持って来た焼酎の栓を抜いた。

 ラジニ様と酌み交わすために用意した酒。

 グラスにも注がず一気に喉の奥へと流し込む。

 人の姿はほとんどなかった。

 この世にひとり、取り残されたような気がした。



 最後にしよう……と思った。

 バッグからノートを取りだして手紙を書く。

 アショカさんに頼んでタミル語に訳してもらい、ひとりでサティヤナラヤナ氏のところへ持っていこう。

 これが最後だ。


     ☆

〝親愛なるラジニカーントさまへ


 私は日本から来たあなたのファンです。

 自分の進む道を見失って途方に暮れていたとき、あなたの映画に出会いました。

 とても感銘を受け、元気をもらいました。

 言葉にできないほど感謝しています。

 お礼が言いたくて、そして私がなぜ、あなたにこんなにも惹かれるのか知りたくて、勝手ながら何度も家まで足を運ばせてもらいました。

 もしお時間があれば、せめて御挨拶だけでもさせてもらえないでしょうか。

 宜しくお願い致します。


 Takeshi〟


   ☆


 波は満ちては引きを繰り返し、僕に何かを気付かせようとしている。昔からそうだ。淡路島の海も、僕に色々なことを教えてくれようとしていた。そこから唯一僕が学んだことは、分かりそうで何も分からないということだ。

 それなのに、海を見るとまた考えてしまう……。


 流木が何本か波に揺られていた。

 近づいては離れ、離れては近づく。

 いつかぶつかる日が来るのだろうか?

 船でも来たら、潮の流れが変わってそうなるかもしれない。

 逆にもっと離れてしまうかもしれない。


 僕も流木みたいなものだと思った。


 あの木が僕であの木がラジニ様。

 人が世界に浮かぶ流木だとしたら、僕がラジニ様と会えない理由もよくわかる。

 潮の流れ。

 海は、僕の思う通りになんか、なりっこない。


     ☆


 しばらくすると、ひとりの若者が近づいてきて、無言で僕の隣に腰を下ろした。

 じっとコチラを見ているので、焼酎を差し出す。彼は首を横に振った。

 しかし。いつまでも視線を僕から外そうとはしなかった。

 よく見ると、じっと僕の左腕に目を向けていた。


 ラジニ時計……なるほど!

「I veryveryvery rajni-fan!」

 僕がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。


 
 このやり取りを遠巻きに観察していたらしい10人ほどのグループが一斉に集まってきた。

 僕はぐるりと囲まれた。

 馬に跨っている少年もいた。

 ジェスチャーのみで、僕は自分がどれだけラジニファンであるかを彼らに伝えた。

 ラジニが好きというだけで、ここでは誰とでも仲良くなれる気がした。



 次の瞬間。

 彼らは僕に向かって「金をよこせ!」と手を出した。



 僕は、ゆっくり立ち上がった。



 焼酎の瓶を逆さまに持って、振り上げた。


     ☆


 落ち着ける場所が部屋だけなんて、東京と同じだな……。

 何もかもが馬鹿らしく思えてきた僕は、アショカさんに反対されていた浴衣に着替え、夜道を歩いていた。先ほどの怒りがまだ身体の中に残っていた。

 ラジニファンとしてさえ孤立した。

 ひとりになる場所もないくせに、心はどこまでいってもひとり。こんな土地、二度と来るかと思った。


 アショカさんに先ほど書いたノートを見せる。

「……わかりました。たけしさんひとりなら、きっと会えますよ」

 タミル語に翻訳してもらった手紙をバッグにしまうと、僕はすぐにアショカさんの家を後にした。あすは日本からダンスを習いに来ているという女性と会い、あさってはラジャくんと会う。そして次の早朝には帰国。実質、ラジニ様を追いかけるチャンスはもうほとんど残されていなかった。そういえばアショカさん、あれだけ反対していた浴衣姿に、何も言わなかったな……。


 僕が浴衣を着たのには理由があった。この格好に興味を示して人が集まってくるなら、みんな引き連れてラジニ様の家まで行ってやろうと。100 人だろうが1000人だろうが構いはしない。


 しかし。


 実際には、誰ひとり僕に近寄って来る者はいなかった……。


     ☆


 サティヤナラヤナ氏の家に着くと、使用人の女性から「あした7時に来て下さい」と言われた。いつも応対してくれる人だ。

 それにしても、彼女はなんて優しい目をしているのだろう。何度も足を運ぶ僕のことをすっかり覚えてくれ、済まなそうな顔をしていた。もし僕がタミル語を喋れるなら、こう言ってあげたかった。

「しょうがないよ。キミが悪いわけじゃない」


 ……!


 その瞬間、ハッとした。

 彼女はサティヤナラヤナ氏に忠言する権限など持ち合わせてはいないのだ。ラグヴァランのガードマンもそうだ。僕が奥さんに会えたとき、手放しで彼らが喜んでくれたのは、純粋な気持ちから来たものではなかったのだろうか? 彼らの立場では、ラグヴァランの奥さんに向かって、「日本からはるばるファンが来てるんだから会ってやれ」などとは言えるはずないのである。

 ラジニ様に至ってはもっと大変だ。以前受けた取材の際、新聞記者が「この国のすべての人はラジニファンだ」と言っていた。その話が多少大袈裟であるにせよ、映画のチケットは7ルピー(約20円)、日本では1800円、90倍も違う。金にモノを言わせて「ファンだから海を越えて会いに来ました」、会えないから泣くとは何たる身勝手な話。アショカさんはたまたまイイ人だった。日本に留学できる身分だった。だから僕は勘違いしていたが、大半のインド人にとって、海外に行くなんてことは夢また夢。僕は現地のファンをないがしろにした最低な行動をとっていたのではないだろうか?


 サティヤナラヤナ氏の家からの帰り道。僕はすっかり打ちのめされていた。

 明日の朝7時にも行くのをやめようかと思った。答えは出たのである。

02/03/2000

 朝まで悩んだあげく、「淡路島ロイヤルホテル」の浴衣を着て、僕はサティヤナラヤナ氏の家まで歩いた。無駄と知りながら、挫折して帰国というパターンだけは避けたかったからである。墓参りへ行ったときにホテルでもらってきた浴衣。御先祖様にすがるような気持ちで着たのだが、ラジニ様とのアポイントを取れる願いをこめて……というよりは、今さらサティヤナラヤナ氏に会う気恥ずかしさを克服する勇気が欲しかった。

 まだ7時前だというのに、4、5人のインド人が門の前に並んでいた。すべてラジニ様関連の話であることは間違いない。サティヤナラヤナ氏もまた、多忙な生活を送っているのである。

 サティヤナラヤナ氏は、僕に気付くと2階のベランダから手を振ってくれた。

 僕は軽く会釈をした。

 10分ほど待って僕の順番がきた。

 手紙を渡すと、サティヤナラヤナ氏の顔から笑みが消えた。

 僕が英語を喋れないことを彼は重々承知していたため、紙に〝12:00〟と書いて僕にくれた。そして指を自分の胸に当て、それからクルリとまわして僕の胸に向けた。「12時に私からあなたに連絡する」という意味だ。

 帰り際、玄関先で、いつもの使用人の女性が微笑んでくれたような気がした。


     ☆


 昨日までとは何かが違う。吹っ切れた。これでラジニ様に会えなくてもあきらめられる。いや、会えなくていいのかも知れない。


     ☆


 朝食後、アショカさんの家に行って事情を伝えた。

 すると、「ひょっとしたら、わたしはその時間には家にいないかもしれません」と言われた。

 ひとりでアショカさんの家で待つ。


 12時。


 電話はかかってこなかった。


     ☆


 午後2時。日本からダンスを習いにチェンナイへ来たという女性と会うため、僕はひとりで彼女の家までリキシャーを飛ばした。ラジニ様の件はこれで終わり。残りの時間はチェンナイの街並みをしっかり頭に焼きつけておこうと決めた。なにせ今まで、ほとんどの時間をラジニ様に会うことだけに費やしてきたため、まともにに景色さえ見ていなかったのである。

 部屋にあげてもらうと、突然ひとりのインド人男性が、「ヘーイ!」と言って握手を求めてきた。

 彼は、名をラジヴィーといった。

 彼女の話を聞くと、ダンスなんて習ってないとのことだった。

 あるインド映画を観て、その生活に憧れ留学しに来たのだという。

 しかし、彼女の学園生活は、決してその映画のように楽しいものではなかったという。言葉の弊害で仲間外れにされたり陰口を叩かれたり。男性でも危険といわれるこの国で、女性ひとり。僕が想像するよりよほど大変な思いをしてきているのだろう。

 それでも彼女の瞳は活き活きしていた。先ほどのラジヴィーとラジャくんを主演にしてみずからメガホンをとってテレビドラマの撮影をしていたり、日本にインド映画を広めるべくフィルムを買ったり。ストーカーのようにひとりの俳優を追いまわす僕と違って、なんと夢のある話だろうと思った。


     ☆


 彼女たちと話していくにつれ、僕のなかで魚の小骨のように引っ掛かったままでいた異物が完全に取り除かれた。昨夜、僕は「現地のファンをないがしろにした最低な行動を取っていたのではないか?」と考えたが、どこかスッキリしない部分もあったのだ。

 映画のチケットは1回1800円。この金額は僕にとって決して安くはなかったし、3時間という上映時間、劇場と家との往復を加えれば4時間×46回。まわりの人間からどんなに冷たい眼で見られても僕は通い続けた。それで他人に迷惑をかけたというならゴメンナサイと頭を下げるが、映画館通いについても今回のラジニ様を追いかける旅についても果たしてそうだったのだろうか? 半分呆れながら、中には心から、僕のことを応援してくれる人もいた。

 どんなにファンでも日本から来てはいけないのか?

 それは最低な行為なのか?

 結局、僕はラジニ様には会えなかったわけだが、自分のとった行動を否定せずに帰国できる意味は大きい。最後にそう思えたのは、まさに彼女のおかげだった。


     ☆


 僕は、『アルナーチャラム踊るスーパースター』を観るために映画館に通い詰めた頃から、自分のホームページの日記に記録を残し続けていた。仕事で進むべき道に迷い、人生になんの目的も持てないでいた時期に、『深夜特急』の沢木耕太郎ではないが、誰もやらない、それこそ本当に馬鹿げたことに本気でチャレンジしてみたくなったのだ。正直なところ、僕は確かにラジニファンではあるけれど、どうしてもこの映画でなければならないという明確な理由はなかった。『タイタニック』でも良かったし、それどころか映画鑑賞でなくても構わなかった。とにかく何でもいから自分で決めた目標を達成したかったのである。

『アルナーチャラム踊るスーパースター』を選んだきっかけは、たまたま初日にこの映画を観に行って、「劇場公開中もっとも多く観に来てくれた人にはラジニカーント黄金像を差し上げます」という、おかしな企画を知ったからだった。

 こんなの一体だれがチャレンジするというのだろう? と思ったからこそ、 「これならできる!」と思った。


 しかし、結論としては、物凄く大変だった……。


 初日から快調に回数を重ねていた僕に、宣戦布告してきた人物があらわれたのである。

 その人物は、僕のホームページの掲示板に自分の鑑賞回数を書き込んだ。

 数字は僕を上回っていた。

 掲示板にはこうも書かれていた。


 ----そんなに黄金像が欲しかったら、マジックで「たけし」とでも書いておくといい。


 所詮はインターネットの中での話である。その人物が書いた回数がでたらめで、単に僕を煽っているだけの可能性も十分に考えられる。僕の場合はホームページに記録を残すことがテーマであるから別として、もしその人物が本気で優勝を狙っているなら、鑑賞回数など公表しないほうが有利に決まっている。しかも、その人物は御丁寧に今後のスケジュールまで書き込んでいた。

 その日から、掲示板は異様な盛り上がりを見せはじめた。

 僕も、顔も名前も知らない相手に対し、その数を信じて映画館に通った。



 最終的に、彼は43回。3回違いで僕が黄金像を手に入れた……。


     ☆


 その後も僕は日記を書き続けた。今回の追っかけ旅行についてもそうだ。

 多くの読者が僕にエールを送ってくれた。

 本気で僕がラジニ様に会えると信じ込んでくれている人もいた。

 彼もそのひとり。


 ……そんな人たちの期待を裏切りたくないという気持ちは確かに残っていた。しかし、相手のいること。一方の気合いだけではどうにもならない。たかが同じ映画を数多く観るというだけで死に物狂いになるほど大変な世の中で、異国の地で見ず知らずの英雄に会うなど星をつかむような話だったのだ。


 僕はそんなことを考えながら、バイクの後ろに乗っていた。ヘルメットを被っていないため、容赦なく風が顔を叩きつけ、それまでの疲れを全部吹き飛ばしてくれているようだった。

 チェンナイへ来て、これほどの開放感を味わったのは初めてである。ようやく僕は、「旅をしているのだ」ということを実感した。



 もう十分じゃないか……。


 
 しかし、僕をバイクに乗せて走っている女性とラジヴィーは、そう思ってはいなかった。


     ☆


 少し話を遡る……。


 僕はチェンナイへ来た理由と今までの行動を、ラジヴィーたちに話していた。 

 あまりに多くの人たちに見せすぎてボロボロになった『アルナーチャラム踊るスーパースター』のポストカードを見せたとき、楽しそうに話を聞いていたラジヴィーの顔が突然変わった。

「この世にどれだけラジニファンがいるか知らないけれど、たけしは特別だ。たけしはラジニに会って帰らなければならない男だ!」

 そしてふたりは何やらタミル語で会話をはじめ、直後ラジヴィーは部屋を出ていった。続いて彼女は僕を連れ、外に止めてあるバイクの後部座席に座るよう勧めると、行き先も告げずに走り出した……。

 着いた先は映画の製作会社だった。業界を通じてラジニ様に会えるように手をまわしてもらおうというのだ。僕が申し訳なさそうな顔をしていると、彼女は、「ラジヴィーもわたしも、なぜかあなたを見てると応援したくなるの。感謝してくれなくてもいいからあきらめないで」と笑った。

 映画会社の人たちは、今まで会ったどの関係者よりも親身に対応してくれた。5人いる社員全員がそれぞれのアドレス帳をひっくり返し、心当たりのあるところに片っ端から電話をかけてくれた。少しでも「チェンナイなんて二度と来るものか!」と思った自分が恥ずかしかった。

 思い返せばこの一週間、アショカさんをはじめ、延べ100人以上の人が僕をラジニカーントに会わせようと力を貸してくれていた。「僕は孤独だ」なんて、なんと自分勝手な考え方だろう。

 結局、その映画会社の社長がラジニ様と近しい人と知り合いなので、彼を通じて紹介してもらうという話になった。社長はきょう休みのため、あとはあしたである。


     ☆


 僕らはその後、マリーナビーチへ向かった。砂浜を海辺に向かって数百メートルにも渡り屋台が連なっていて、魚のフライやアクセサリー、ボールペンやポストカードなどが売られていた。アショカさんと訪れたときは、こんな場所があることなど気付きもしなかった。

 ダウンタウンへも足を踏み入れた。道路は人で埋め尽くされ、その中を、空気を読まない牛がのんびり歩いていた。ある者は頭上に自分の身体よりも大きな籠を乗せ、ある者は歩道にうずくまり、ある者はボロボロの布一枚を身体に巻きつけて、いつまでもお経を唱えていた。

 ほとんどみんな裸足だった。

 夕陽が彼らを照らし、肌が黄金に輝いていた。

 飛び散った汗は虹色に反射していた。

 これこそ、僕が写真で見たインドである。熱気と喧騒。誰も守ってくれはしない。人も牛も犬も猫もそれぞれ勝手に生きるだけ。見栄もプライドも束縛もない。この光景を目の当たりに瞬間、僕は今まで、なんて肩に力を入れて生きてきたのだろうと思った。

 これらの場所を、アショカさんは決して僕に見せようとはしなかった。もちろん、危険だからである。しかし僕にとっては観光名所など、その土地の表面をなぞったような感覚でしかなく、「ラジニ様に会いたい」という気持ちも相まって、まるで興味をそそられなかった。今は違う。ラジニ様に会う目的に縛られなくなったことで精神的に楽になり、素直に景色を満喫できた。


     ☆


 夜7時半。

 ホテルの前で再び僕らはラジヴィーと会った。彼は友人をひとり連れていた。YAMAHAのバイクに乗っており、僕にその後部座席に座るよう勧めた。

 あとから知った話だが、ラジヴィーは僕が快適に乗れるようなバイクを今まで探してくれていたのである。

「ラジニの家に行こう!」

 ラジヴィーは、今まで僕が乗っていた女性のバイクに跨りながら言った。今度は彼女が後部座席に腰を下ろしてラジヴィーの胸に手をまわす。

 まるで映画のワンシーンでも観ているかのような気がした。


 ラジニ様の家に行くことよりも、彼らと会っているこの瞬間のほうが大切に思えた。


     ☆


 ラジニ様の家から少し離れた場所にバイクを止めた。

「俺たちがいるとガードマンは相手にしてくれない。日本人だけで会うんだ。ちゃんと俺は見守ってるから……」

 ラジヴィーはそう言って、右親指をピンと立てた。

 こんな気障なポーズがやたらとラジヴィーはよく似合う。


 何度目かもわからない警備員との交渉。

「ラジニカーントのファンで、プレゼントを持ってきました。取り次いでもらえないでしょうか?」

「ラジニはバンガロールだ」

「いえ、いるはずです。朝、サティヤナラヤナさんに会って、昼に連絡すると言われました。しかし僕は外出していたため行き違いになった可能性があるのです。ひょっとしたら、アポイントを取ってくれているかも知れません。確認をお願いします」

「クリシュナライかサティヤナラヤナ、いずれかのサインがなければ通すわけにはいかない。ビジターカードを持ってあした9時半に来い」


 やっぱりラチがあかない。

 しかし、今までのような腹立たしさは感じなかった。


 そこへ、ラジヴィーがあらわれた。

 タミル語でガードマンに食い下がる。

 物凄いまくし立て方だった。

 言葉は解からなくても内容は理解できた。

 僕が今までとってきた行動を全部話しているのだろう。



そのときである!


内側から門が開いた。



「Get Out!」



あまりの怒声に圧倒されて、仕方なく引き下がろうとした瞬間、一台の白い車とすれ違った。


「……!」


ラジヴィーはきびすを返すと、血相を変えて車を追った。

彼がそうする理由なんてひとつしか考えられない。

僕も慌ててあとに続く。


しかし。


車は止まることなくガレージの中へと吸い込まれていった……。


     ☆


 ホテルまで送ってもらい、みんなにお礼を言う。晩飯でも御馳走しようかと思ったが、あっさり断られた。こんなとき、金でしか感謝をあらわせない自分が無性に情けなかった。

 別れ際、ラジヴィーから手紙をもらった。手に持った感触で、封筒の中身が手紙だけではないことが解かる。あまりに不意を突かれ、思わず胸が熱くなった。


 彼は言った。

「ラジニには必ず会えるさ。インドは夢が叶う国だからね」

 みんなを見送ると、全速で部屋まで走った。

 泣いているところを見られなくなかった。

 興奮して、悔しくて、チェンナイに来て僕は何度も泣いた。しかし、これほど嬉しい涙はなかった。


     ☆


〝Hi Takeshi,

 I am really glad to have men a person like you maybe nobody understands your feeling about Mr Rajni and Tamil films. Your wish will came true definitely.

  All the best, Keep the faith. Rajvee〟


     ☆


 封筒の中には、手紙の他にラジニ様のブロマイド3枚と金色のラジニ様の写真つきボールペンが入っていた。


 どうすればいい?

 どうすれば、ラジヴィーの気持ちに応えられる?

 彼らだけではない。アショカさん、ラジニ事務局や映画会社の人たち、ホテルの従業員、新聞記者、街で出会った人々……。


 僕はどこまでも甘い人間だった。他人に何とかしてもらうことばかり考えていた。唯一ひとりで取った行動なんて、今朝、サティヤナラヤナ氏の元へ行ったくらいではないか。それすらアショカさんに翻訳してもらった手紙をマネージャーに渡したにすぎない。


 このまま終わらせるわけにはいかなかった。


     ☆


 部屋のハンガーには、浴衣とインド服が掛かっていた。

 インド服はラジニ様と会うために新調したものだ。

 僕は迷わずインド服をとった。

 今までの僕なら浴衣を選んでいただろう。

 郷に入れば郷に従え。

 僕は、帰国するまでこの格好で過ごそうと決めた。

 頭の中で予定を立てる。

 夜明けと共にサティヤナラヤナ氏の家へ行き、あとは映画会社の社長からの連絡を待つ。あしたはラジャくんやアショカさんとの約束もあるし、おそらくこれが最後のチャンスだろう。

「あすでは駄目だ」と思った。僕が動かなければ駄目なのだ。

 幸い今夜は時間があった。残り一本になった焼酎をビニール袋に入れ、ひとつ大きく深呼吸してから外へ出た。

 涙で目が充血しているのを隠すため、サングラスをかけた。



 しかし……。



 決意も新たに部屋を出たものの、行くアテなどどこにもなかった。ラジニ様の家は追い返されたばかりだし、サティヤナラヤナ氏の家も明朝に行くわけだから、いま行っても意味がない。事務局もとっくに終わっている。「何かやらなければ……」とは思っても八方塞がりだった。


     ☆


 生温い夜風に打たれながらブラブラ道を歩いていると、一軒のバーを見つけた。酒でも飲みながら考えるのも悪くないと思い、店に入る。

 カウンターに座り、キングフィッシャーを頼んだ。インドでビールといえばこれしか知らなかった。

 一気に飲んだ。

 連日の寝不足から、すぐに頭がボーッとしはじめた。マスターがいろいろ話し掛けてくれるのだが、いかんせん僕は英語が理解できない。

 酔っ払ってきた僕は、マスターに向かって、

「From JAPAN……。I veryveryveryveryveryveryveryveryvery rajni fan!!!!」

 と言った。

「ラジニ様に会いたくてチェンナイへ来た」すら言えないのである。



 しかしマスターは、「オーケー、オーケー」と頷いて聞いてくれた。



 マスターの低くて優しい声を聞いていたら、ラジヴィーからもらった手紙を見せたくなった。

「This day first contact. Bud letter for me. Happy……happy……my good friend!」

 焼酎もカウンターに乗せた。

「ラジニ様へのプレゼントです。できれば渡したかった。できれば一緒に飲みたかった……みんなが応援してくれているんです」


 やっぱりこれも、伝えることができなかった。


     ☆


 言葉は通じないから、デジタルカメラで撮った日本の写真や、『アルナーチャラム踊るスーパースター』のポストカードを見せているうちに、あっという間に時間が過ぎた。何本のキングフィッシャーを空けたかも覚えてはいない。とにかくマスターの笑顔と声が心地よかった。


 ふと、どうしても煙草が吸いたくなった。


 あたりを見渡す。

 マスターはすぐに察し、銘柄はわからないが、一箱、目の前に置いてくれた。



 ……駄目だ!!!!



「No thank you」


 カウンターの上を滑らせるように、僕は煙草を返した。僕が禁煙している一番の目的は、ラジニ様に会うための願掛けだったからである。


     ☆


 バーテンたちが店の片付けをはじめだした頃……。

 マスターは、僕の肩をポンと叩いた。

「カモン!」


 言われるままに席を立つ。

 細い廊下の突き当たりに、巨大な扉が待ち構えていた。

 泥酔した意識のなか、どこかで見た光景だと思う。

『アルナーチャラム踊るスーパースター』のラストシーン。扉を開けると花嫁が待っている……。


 3メートルを超す大きくて重そうなドアを、マスターはゆっくり押し開いた。

 宮殿のような店内に、一組だけ客の姿があった。


 夢にまで見た顔。

 見間違えようがない。

 ラジニカーントと、その家族だった。


     ☆


 僕は我も忘れてラジニの胸に飛び込んだ。

 海をも包み込んでしまいそうな包容力に守られて、僕は泣き続けた。

 なんでこんな場所にラジニ様がいるのかなんて、考える余裕はなかった。



 一体どれだけの時間そうしていただろう?

 僕が少し落ち着いてきた頃を見計らってラジニカーントは言った。

「ウェルカム」

「わ、わわわわわわなっきゃむ!」

 彼が英語で挨拶してくれているのに、僕のほうがタミル語で返事をしていた。

「おおおおお、ええと、うぇ~る……あ、あいむべりべりべりべりりとるすぴきんイングリッシュ……そーりー」


 ラジニカーントは僕の胸に右手を当て、そのあと自分の胸に置いた。

「ハートトゥハート……オーケー」


     ☆


 その後、僕は『アルナーチャラム踊るスーパースター』を46回観たことや黄金像の話はしたけれど、「ファン」という言葉は決して使わなかった。使うべきではないと思った。

 それは正しい判断だったのかもしれない。

 あとでマスターから聞いた話によると、彼は僕のことを「He is my brother」と言ってくれたそうだからである。

03/03/2000

 僕はラジニ様に代わってチェンナイのスーパースターにでもなったかのように、あらゆる人から祝福された。アショカさんが、まるで自分のことのようにアチコチ言いまわったせいである。


     ☆


 夜。僕はラジヴィーを昨夜のバーに誘った。

 彼は店には付き合ってくれたものの、酒は一滴も飲まなかった。テレビドラマの成功を願って禁酒しているというのだ。

「願掛けは叶うよ。インドではね」

 僕がそう言うと、ラジヴィーは笑った。

「それにしても……、僕はこんなに英語が喋れないことを悔しいと思ったことはない。次に来るときは、少しは勉強してくる。ホント……お礼も言えないってのは問題だよね」


 すると、ラジヴィーは僕の肩をポンと叩いた。

「ハートトゥハート……オーケー!」

「……!」


 僕の中で、何かが繋がったような気がした。


「スーパースターは世の中にそれこそ星の数ほどいるけれど、そんな人たちよりも俺はたけしの方が凄いと思うよ。お前みたいなイノセントな男は見たことがない。ラジニは今までに、そしてこれからも、何千何万てファンと写真を撮るだろう。マネージャーを通してね。だけどたけしは違った。100年に一度の奇跡を起こしたんだよ。だけどなぜか、会ったときからお前はラジニに会えるような気がしたよ。珍しい男だ。俺はたけしと知り合えて本当によかった」

 僕は、こんな嬉しい言葉をかけられたことはなかった。



 閉店時間が過ぎてもなお、マスターは「もう少し飲め!」と言ってキングフィッシャーを注いでくれた。

 別れ際、マスターが言った。

「ユウ。カムバックジャパン。バッド、カムバックチェンナイ!」

「オーケー、ベリーオーケー!」

 僕はそう言って握手を求めた。


     ☆


 結局僕は、旅の目的であった「僕にとってラジニカーントとは一体どんな存在なのか?」という疑問を解決することはできなかった。しかし、僕が求めていた答えとは違うかもしれないけれど、ひとつ分かったことがある。今回、僕はかけがえのない経験と友人を手に入れることができた。それがすべてではないだろうかと思う。


 ……とにかく、終わった。

 僕はパソコンを立ち上げ、自分のホームページを開いた。

 そして『深夜特急』の真似をして、掲示板に一言だけ書き込んだ。



 Were tassei seri.

『チェンナイレポート2000』

『チェンナイレポート2000』 なかやまたけし 作

初めてインドへ旅行へいったときの日記です。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2014-09-23
Copyrighted

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