ドライバーは右利き

先生が取材をしたい、というので少ない経費をやりくりして1泊2日の取材旅行へ行ったことがある

先生のことについて語ろう。偏食家であり、引っ越し魔であり、風呂に入ったら二時間は出てこない。加えて先生は右利きであった。
一般的な利き腕の話ではない。先生に言わせると、この世の森羅万象は右が優位であるらしい。「優秀な部下のことを右腕という。逆に悪いところへとばされることを左遷と言うし、時計の針は右回り。常に未来は右へと開いている。だからわたしはどんな時でも右を選ぶことにしているのだ」という口上をわたしは幾度となく聞かされた。


先生が取材をしたい、というので少ない経費をやりくりして1泊2日の取材旅行へ行ったことがある。交通費について精査をした結果、我々が目指す取材先へはレンタルカーを手配して行くのが金銭的には得策であると判明した。いちおう相手は先生であるので、わたしが運転をするのが筋であろう、面倒であるが仕方なしと思っていたが意外な返事が返って来た。先生が運転をするというのだ。
その理屈はこうである。先生は森羅万象、右を愛して止まないかたであるので、まず右ハンドルの車以外に選択肢はない。これは金銭面的にも選択肢がなかった。そして、座る座席についても右側に座る以外に選択肢がない。右ハンドルの車で右側の座席。結論として先生が運転席に座るというのだ。
後部座席の存在についてはわたしは言及せずにいた。先生ほどの聡明なかたがそこに気づかぬはずがないので、後部座席の右側には座れぬ何かしらの事情がおありなのだろう。察して黙す、というのがわたしに唯一できる心遣いであった。というか運転手をするのは面倒であった。


以上に述べた判断が誤りであったと気づいたときには遅かった。先生の運転する自動車は常に右車線を選び、右折を繰り返した。右に道あればそこへ進む。直進することすらままならず、左折などもってのほかだった。レンタルカーを手配する際に断腸の思いで追加料金を支払い、オプションとして取り付けたカーナビゲーションシステムは完全に無視をされ、虚しくルートの変更を繰り返した。わたしも虚しかった。


結局、旅館へ到着したのは夕暮れ過ぎであった。到着した頃わたしの心は虚無と化しており、人生の様々なことが無駄に思えていた。しかしながら宿自体は経費のやりくりの上で選んだ安旅館とは思えない絢爛なつくりであり、先生は料理を堪能し、温泉に浸かって、酔っぱらい、いい気持ちで寝てしまった。先生は温泉が貸し切りのように無人であることにご満悦の様子であった。そういえば他の客というものに全く遭遇しなかった気もするが、わたしは本来のわたしを取り戻すため、人生の様々なことに再び意味を見いだしていく作業に忙しかった。そして取材とはいったいなんだったのか。
翌日の早朝、先生がまだ寝ぼけているうちに後部座席右側に座らせ、運転権を獲得したわたしは高速道をとばした。先生の制止も聞かず、ガンガン左折を行使してスピーディに帰った。カーナビゲーションシステムも報われたことであろう。

ところでこれは余談なのだが、後日になってふと気づくことがあり、右折だけをしながら自動車を走らせてみた。何度試してみても同じ道を回るだけでいっこうに先に進むことはなかった。


++超能力者++
先生
ESP:「右」を選ぶことで物事がうまくいくようになる

ドライバーは右利き

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ドライバーは右利き

3分で読めます。「話の中に必ず超能力者がひとりは出てくる」というしばりで掌編の連作を執筆中。 超能力者の名前と能力が必ず最後に記載されてますので、答え合わせ感覚で読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-22

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