幕末異聞録2 ~歴史への挑戦者~ 昇龍編

 敗北した時、あなたならどうしますか?

 これを考えながら読んでいただけたら、作者としては幸いです。

登場人物紹介

                               登場人物紹介

・直江三成
 現代からタイムスリップしてきた高校生。慶喜に魅せられ、その軍師となる。豊富な知識と冷静さを武器として、激動の幕末に同志と共に対峙する。

・一橋(徳川)慶喜
 経世済民の志を持つ伏龍。多芸多才で、幅広い趣味を持つ。非常に開明的な女性で、日本の開国や外国の技術、文化に対しては極めて積極的。三成の秘密を知る唯一の人物。

・平岡円四郎
 三成と並ぶ慶喜の側近。武骨ではあるが姉御肌で明るく、多くの者から愛される。三成とは仲が良く、裏仕事も共にこなした仲間。慶喜と三成の言動を信頼し、真っ先に協力、賛成する。

・松平慶永
 越前福井藩藩主にして慶喜最大の理解者。三成を全面的に信頼し、その行動を影に日向に支援している。穏やかな女性ではあるが、雪国人特有の頑固さと情熱的な面も持ち合わせており、日本の未来を慶喜と三成に賭けている。

・徳川斉昭
 慶喜の母。頑迷固陋を絵に描いた様な攘夷主義者だったが、三成の説得で開国主義者に転向。三成に絶対的な信頼を置き、慶喜と日本の未来を託す。

・松平容保
 会津藩主で生粋の佐幕派。三成に惚れて慶喜の側につき、三成から様々な教えを受けている。三成のあらゆる行動に対して肯定的であり、支援を惜しまない。三成に対して、好意を寄せている。

・土方歳三
 壬生浪士組の副長。剣豪並の腕を持ち、一癖も二癖もある壬生浪士組の隊士たちを実質的にまとめている、凄腕の統率者でもある女傑。俳句を嗜むなど風流な一面もあり、繊細な心の持ち主。

・久坂玄瑞
 徹底した尊皇攘夷思想で知られる長州藩の藩士で、同藩きっての切れ者。藩内の尊皇攘夷派の中でも、かなりの過激派。尊攘派を率い、慶喜・三成と敵対する女性。

雌伏の伏龍

                              雌伏の伏龍


「静かなものだな・・・・・・」
 いつもは笑いが絶えない台所や、賑やかな廊下、家臣たちの部屋からは、笑い声や世間話に興じる声等は一切聞こえない。声どころか、物音さえめったには聞こえはしない。生きるために必要な行動をする時の音、生存のための必要最小限度の音が時たま虚しく聞こえる程度である。
 それ以外に聞こえるのは、雨音だけだ。
(まるで葬儀の席か、墓場の様だな・・・・・・)
 いや、現状の一橋家と墓場を比較すれば、まだ後者の方が活気がある、か。
 かつて、一度でもここを訪れた者がこの光景を見れば、全く別の場所としか思えないだろう。
 それ程までに、一橋家は変わってしまった。
 今の一橋家を仮に何かに譬えるとするならば、抜け殻とでも譬えるべきだろう。


 幕府が、密勅事件に対する一橋派への処罰を決定したのは、一週間程度前の事だった、
 その主だった処罰と言うのが・・・・・・。

・一橋慶喜の一定期間の登城停止。
・徳川斉昭の江戸藩邸での蟄居謹慎。
・松平慶永の登城停止と江戸藩邸での謹慎。
・平岡円四郎の甲州勤番への左遷。
・橋本佐内等の国下での終身蟄居。
 
 他にも多くの大名やその家臣が処罰を受けた。
 しかしそれらも、慶喜たちとほぼ同様の処罰。特別に処罰が重いという事ではない。慶喜たちのいずれも、人と会う事は許されており、今の身分も保証されている。
 今回の事件に対する幕府の処罰は、これまでの武家政権の歴史から見ても特段に厳しい、と言う程のものではない。厳し過ぎず、かと言って軽過ぎるという事でもない。
 非常に穏やかな処罰。
 処罰内容を見れば、ほとんどの者がそう思うだろう。
 少なくとも、事件が起こる以前の政争で表の争いのみに携わってきた者たちの大半には、そう信じ込ませる事ができるだろう。
(さすがは、タヌキの井伊大老だ)
 表面的には、誰にも厳しい処罰がされていない。これなら、並の者なら騙せる。
 しかし、その手が通用するのは、あくまでも並の者だけだ。
 多少なりとも策を心得た者や事件前の政争で裏の争いに携わっていた者たち、暗躍していた者たちに対しては、その手は全くと言っていい程通じない。この処罰の裏の意味、本当の目的は、そう言った者はとうに見抜いている。
(そして俺も、見抜いている側の人間の一人)
 死罪に処す者を出さない代わりに、積極的に関わっていた幕臣は左遷し、大名の手足となっていた家臣は国下で謹慎させ、場合によっては面会すらできないようにする。
 井伊大老の今回の手は、正面から本丸を責めず、搦手から攻める手法そのものだ。言いかえれば、城を囲んだ上で水源を断つ。城攻めの戦略そのものだ。
 敵ながら見事としか言いようがない。


 慶喜たちに対する処罰は、確かに軽い。しかし、その家臣たちに対する処罰は、あまりにも重すぎると言わねばならない。井伊大老の目的が目的だけに、それはある意味当然なのかもしれない。
 だが、そのあまりに重すぎる処罰は、一橋派だけでなく、中立派や南紀派の一部からも非難と反発の声が上がっている。
 慶喜の側近中の側近、円四郎が甲州の山奥に山流しにされた事然り。慶永様の側近橋本佐内が、国下で終身の蟄居近親の命を受けた事もまた然りだ。他にも、数多くの大名の家臣たちが処罰・粛清された。
 これでは、ひなや反発の声が上がらない方がおかしい。
 それは兎も角としても、慶喜たちに手が出せないと知って、標的をその家臣たちに変えるとは・・・・・・。
 これでは、慶喜たちは水を失った魚や翼を奪われた鳥同然だ。
(戦術で勝ち、戦略で負けたな)
 それが、俺たちの工作の結果だった。
 井伊大老との駆け引きには勝ったが、勝負事態では敗北を喫した。
 全くもって笑えない展開だ。
 まさか、こんなところで歴史の大どんでん返しが起こるとは・・・・・・。
 結局、俺は慶喜たちを護れなかった。
 軍師としての務めを、果たす事ができなかった。
 円四郎の協力まであったというのに・・・・・・。
 だが、いつまでも後悔はできない。
 今の俺には、そんな時間すら存在しない。

『三成、姫様を頼む』

 あいつと交わした約束。
 あいつが戻ってくるまで、何があっても俺は慶喜を護らなくてはいけない。
 それが・・・・・・。
「今の俺にできる唯一の事・・・・・・、歴史等に負けてたまるか・・・・・・」
 雨音のみが響く部屋に、俺の声が染み渡る。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  *** 


「・・・・・・・・・・・・」
 静か過ぎる屋敷に、雨音のみが響く。
 まるで、今この屋敷にいるのが私だけのように・・・・・・。
 雨音のみが響く広い屋敷は、私にそうした錯覚を覚えさせる。
 一時はあれだけ人で賑わい、集まった同志たちと朝に夜に日ノ本の未来を語り合う日々を過ごした情熱はもはやない。今のこの屋敷は、そうしたもの全てが消え失せ、絶望と虚しさのみが残っている。
(これが私の運命、か)
 皆の期待に応え、日ノ本の民を救いたいとの志を抱いてはや幾年月。
 自分の志を実現させるため、武芸を学び、学問に取り組んできた。そうすれば必ずや自分の志を実現できる、と一心に信じて努力に努力を重ねてきた。しかし、私のそうした努力も皆の努力も、その全てが水泡に帰した。
 その証が、現在のこの屋敷だ。
 絶望と虚しさのみが残されている。
「・・・・・・私には、他に一体何が残されている」
 あまりにも多くのものを、失い過ぎた。
 円四郎や母上、慶永そして一橋家古参の家臣たち。挙げていけば、切りがない。
 そして今また、志すら失われた。
 今の私には、何も残っていない。
 残っているのは絶望と虚しさ、そして己の無力感。
 これだけだ。
 全てを失った私にはもはや、生きる目的もなければ生きるだけの気力もない。


「切腹でもなさいますか、慶喜様?」
「・・・・・・三成・・・、か・・・・・・」
 視線をやった先には、三成がいた。
 いつの間に、部屋に来たのだろうか?
 もっとも、今となってはどうでもいい事だが・・・・・・。
「それで、いかがいたします。もし切腹なさるなら、私が介錯を務めますが・・・・・・」
 三成は、これまでにない程挑発的な言葉を呟く。
 その言葉には、心に鋭く刺さる棘と心を苦しめる毒があった。
「・・・・・・・・・・・・」
「それとも、まず私が死出の旅の梅雨払いを務めましょうか?」
「・・・・・・黙れ・・・・・・」
 しかし、三成はなおも挑発的な言葉を呟き続ける。私の言葉など、全く耳に届いていないような素振りで、聞くに値しないとでも言うような素振りで、平然と言葉をつぶやく。
「もしかして、切腹のやり方が分か・・・・・・」
「黙れと言っている!」
 静寂を破る怒声が、虚しく響く。
 その虚しさを洗い流すかのように、雨の降りかたは激しさを増す。
 それに伴い、あざ笑うかのように雨音も激しくなる。
 何と不愉快な事か。
(何を怒っているのだ、私は・・・・・・)
 私の体の何処に、これほどの気力が残っていたのか。自分自身でも、驚きを隠せない。
「立ち上がる気力はなくても、吠える気力はありますか・・・・・・。さすがですね」
 吠えるだと?
 私が吠えたというのか!
 主君に対してこのような雑言を吐くとは、許し難い。
「私を斬りますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 完全に心を読まれている。
 三成は、読心術でも心得ていたのか?
「一応、冷静さは残っているようですね」
 三成の言葉は、相変わらず挑発的だった。


(分かり易い性格だ)
 円四郎ほどではないが、慶喜もかなり分かり易い性格をしている。あるいは、円四郎の分かり易さは、主君である慶喜に似たのかもしれない。
 ペットは飼い主に似るとよく言われるが、家臣は仕える主君に似るのかもしれない。
 これら二つの事象は、対象が動物と人間という違いこそあるが、置かれている状況は極めて似通っている。人間も動物の一種である以上、似通った状況では同じような影響を受けるのかもしれない。
 いい経験になった。
 まぁ、今はそれは置いておくとして・・・・・・。
「負け犬にも、その程度の誇りはあるのですね。少々驚きました」
「・・・・・・負け犬だと。言わせておけば、調子に乗って・・・・・・」
「私はただ、事実を述べているだけです」
 今の慶喜からは、かつての覇気は感じられない。少なくとも、今俺の前にいるのは、かつて俺が主君と仰いだ一橋慶喜などではない。姿形こそ同じだが、それだけだ。
 俺の前にいるのは、ただの負け犬だ。
 それも戦う意思を失い、牙を自ら抜いてしまった哀れで愚かな負け犬にすぎない。
 そんな者を主君と仰ぐほど、俺は落ちこぼれてはいない。ましてや、そんな者を支えようと思う程の優しさなど、俺は欠片ほども持ち合わせてなどいない。
「・・・・・・お前に何が分かる。全てを失った私の気持ちなど、お前にわ・・・・・・」
「笑わせるな」
 あまりの愚かしさに、怒気を込める気力さえない。
 俺は負け犬を慰めるためにここに来たわけではない。ましてや、今の様な負け犬の泣き言という全く無意味でくだらない事この上ない事を聞きに来たわけでもない。
 一体、どれ程俺を失望させればすむのだ?
「貴女が、一体何を失ったというのだ。貴女はまだ、何も失ってなどいない!」
「・・・・・・・・・⁉」
「むしろ貴女は、今自らの手で全てを失おうとしている。それにすら気づかないか、この大戯けが!」
 俺がここまで言う必要があるのか?
 つくづく情けない。


 これ程の大喝は、初めてだった。
 三成の大喝に、時間も音もこの世の全てが止まったかの様な、そんな感覚に襲われる。
「斉昭様も慶永様も、そして円四郎も私も貴女の傍にいる。離されてはいても、皆貴女を信じ、再び立ち上がろうとしている!」
「・・・・・・・・・・・・」
「それなのに貴女は、勝手に絶望した挙句に、皆の思いすら裏切ろうとしている。その愚行に、まだ気づかないのか!」
 三成は泣いていた。
 怒っているのに泣いていた。
 その姿は、情けがかった慰みの言葉以上に、私の心に深く届いた。
(なぜ、気付かなかったのだ・・・・・・)
 この七日間。
 三成が私のもとを訪れなかったのは、これを私に悟らせようとしていたのだと・・・・・・。
 三成は無言の内に、私に伝え続けていたのだ。

『私たちは、常に貴女と共にいる』

 そう私に伝え続けていたのだ。
 そして、いまもなお伝え、訴えかけている。
(それなのに私は・・・・・・)
 三成の声に気づかず、ただ絶望していた。
 自分の事しか見えていなかった。
 周囲を見る事をせず、三成の期待を裏切ってしまった。
 私は・・・・・・、なんて愚かな主君なのだろう。
 私は三成の言う通り、本当に全てを失うところだった。いや、私は自ら進んですべてを失おうとしていた。もし、あと少し三成の大喝を受けるのが遅ければ、事実そうなっていたに違いない。


 慶喜の顔に、漸く生気が戻った。
 これならば、滅多な事などしないだろう。
(全く、手間をかけさせる)
 まるで、頭はいいがメンタル、精神面が極めて弱い学生か子供の様だ。そのうえ、危ういと思える事がまだまだ多過ぎる。本当にこの年で教師か保護者にでもさせられた気分だ。
 もっとも、そうした思いがある一方で、いくつもの危うさを持つ慶喜を支えたい、との思いが沸き起こっている事もまた、否定する事のできない紛れもない事実。
 あるいはこれが、父性というものなのかもしれない。
 それ程悪いものではないが・・・・・・、俺らしくもない。
 まぁ、今はそれは置いておくとして。
「慶喜様、理解していただけ・・・・・・」
 俺の言葉が、突然そこで断たれた。
 俺の身に何が起きたのか、理解するのには多少の時間が必要だった。


(心がとても安らかになる)
 三成の胸は、特別柔らかいわけではない。
 特別にいい香りがする、と言うわけでもない。
 だが、なぜだかとても心が安らぐ。
 心についた汚れが落とされるが如く、三成の胸の中にいると心が洗われる。それとともに、心に立っていた波が静まり、鏡のようになる。そして、自分の心が自分でよく分かる。
 それら全ては、三成が与える安心感による。
 それがあるからこそ、このように落ち着く事ができる。


「よ、慶喜⁉」
「頼む三成、暫くの間だけでいい。もう暫くの間だけ、このままでいさせてくれ・・・・・・」
 慶喜は、俺の目だけを見つめている。
 まるで、俺の目以外何も視界に入っていないかの様に、その目は俺だけに向けられていた。
 その姿は、普段の慶喜からは全く想像だにできないものだった。
 今の慶喜を強いて言うならば、雨でずぶ濡れになった子猫、とでも言うべきだろう。それ程までに、慶喜の目は救いを求めていた。そして、慶喜自身あまりに弱々しかった。
 もし、俺が慶喜の求めを拒絶したならば、朝霧の如く消えてしまう。
 今の慶喜は、そんな危うさすら俺に感じさせる。
 「・・・・・・分かった。もう暫くだけ、このままでいよう」
 慶喜を優しく抱き、頭を軽く撫でてやる。
 抱きしめている事もあり、慶喜の気持ちが少しづつ落ち着いていくのが肌で感じられる。あくまでも服越しにではあるが、慶喜の心拍数がユックリとしたものになっていくのが、俺の身体に伝わってくる。
 慶喜の気持ちが落ち着いていくのに反比例して、俺の心拍数は激しくなっていく。
(こんな事、本当なら許されないが・・・・・・)
 臣下が主君を抱きしめるなど、決して許される事ではない。たとえ、主君から求められたとしても、本来なら臣下は拒否しなければならない。それが臣下としての分際。
 ゆえに、本来なら命を賭してでも断らなければならないのだが・・・・・・。
 俺は本当に、美人に対しては弱いらしい。
 それも・・・・・・。
(慶喜には、どうしても甘くなるらしい)
 慶喜と抱き合えるのは、俺個人としては嬉しい。しかし、慶喜の臣下としての俺の立場としては、ひどく複雑な気分だ。
 だが、そうした気持ちも慶喜の顔を見ると、どこかに消えてしまう。
 これは、一体なぜだろう?
 今は敢えて考えまい。
(今だけは許されてもいいだろう)
 これまで慶喜は、休む事無く走り続けてきた。日本のため、そしてその民のために、懸命に走り続けてきた。
 だが俺は今、絶望に打ちひしがれ、疲れ切っている慶喜に喝を入れた。そして再び、慶喜につらく、険しく、厳しく、そして長い道を走らせようとしている。
 それも、以前とは比べ物にならぬほど過酷な修羅の道を・・・・・・。
 だからせめて、今この時だけは慶喜の求めに精一杯応えてやりたい。
 それも、慶喜の求める最高の形で・・・・・・。


 俺たちは雨音の響く中、暫くの間、互いに強く抱きしめ合った。
 そして気がつけば、すでに雨はやみ、雲の切れ間から光が差し込み、俺たちを照らしていた。
 その光は、俺が見てきた光の中でもひときは強く、美しかった。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―江戸城/一橋邸―
「皆、思う存分飲むがよい!」
 その日も、江戸城の一角にある一橋邸では、朝から賑やかな声が絶える事はなかった。その声は江戸城中に響き渡ったが、以前の様に誰かに咎められるという事はもはやなくなった。もっとも、咎められたとしても罰を受けての謹慎ではなく、あくまでも自主的な謹慎であるのだから、誰かに咎められるいわれもなければ、それを聞きいれる義務もない。
 一橋邸での賑やかな声を耳にする者の反応は、十人十色、とでも言うべきものだった。
 城内のある者は、その声に涙を流した。
 また城内のある者は、その声を聞いて笑みを浮かべた。
 そしてある者は・・・・・・。
「南紀派の無能さを嘲笑う、とでも言うところか・・・・・・」
 屋敷の庭から江戸城本丸御殿を見上げつつ、俺は思わず皮肉を口にする。
 だが、これが皮肉を言わずにいられるだろうか?
 江戸城内にいる者全てが、俺たちの表の行動に騙されている。
 これ程痛快な事はない。


 慶喜が屋敷で宴会をするようになってから、早くも数日が過ぎた。
 それまでの不気味なまでの静けさが、まるでウソであったかのように、一橋邸は一変して賑やかになった。いや、賑やかになり過ぎて、江戸城詰める者の一部が顔をしかめるまでになっている。
 一橋派に属す者たちの多くが、幕府からの処罰を受けたにも拘わらず、身を慎むどころか連日連夜の宴会騒ぎ。露程も後悔する素振りもなければ、反省する素振りさえもない。
 南紀派を中心とする多くの者が、慶喜が自暴自棄になったと思い込んでいる。
 その証拠に、処罰後から一橋邸の監視をしていた者たちが大幅に減った。いや、大幅に減ったどころか、僅かに残されていた監視たちすら、監視を怠り、はてはどこかに行ってしまう始末である。
 確実に南紀派は、警戒を緩めている。
(警戒を緩めるどころではないな・・・・・・)
 幕政の実権を掌握した南紀派は、早くも幕府内部での権力争いを始めているという。
 南紀派の各派閥が、幕府の役職を巡り熾烈極まりない争いにその全精力を注いでいる。そのため、南紀派には一橋派を警戒するだけの余裕などまるでない。同じ南紀派である筈の各派閥が、自分の派閥の利益のみを考え、仲間同士で愚かしい事極まりない派閥争いを繰り広げ、無駄に労力を消費している。
 南紀派の数少ない良識派は、井伊大老の下に結集し、各派閥の調停に奔走している。井伊大老とて例外ではなく、各派閥のもとを行き来し、現在は辛うじて南紀派をまとめているという状態だ。
 南紀派の派閥争いの様子は、下手な芝居を見る事よりもはるかに面白い。


(哀れを通り越し、最早滑稽だな・・・・・)
 所詮南紀派は、権力欲に塗れた愚者どもの集まりに過ぎなかった。
 南紀派内部にも、井伊大老ら良識派は存在した。しかし、それらはほんの少数に過ぎない。その少数の良識派たちは今、己の政治理念とはまるでかけ離れた、派閥争いの調停に奔走する事を余儀なくされている。
(彼らも、今は絶望している事だろう)
 そう思うと、政敵の井伊大老らを憎む気にはなれなかった。
 少なくとも、井伊大老ら南紀派の良識派に対しては、憐れみと同情の念を禁じえない。
「・・・・・・先生」
「全員集まった、か・・・・・・」
「はい、先生が選抜した者は、全員集まりました」
「・・・・・・すぐに行く」
 再び江戸城本丸御殿を見上げ、俺は庭を後にした。
 日本晴れの青空に見守られつつ、俺は屋敷へと入っていく。
 その時の俺の足は、これまでにない程重かった。
 そのためか、庭から屋敷に入るまでの距離が、とても長く感じられた。
 とてもとても長く感じられた・・・・・・。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「諸君、よく集まってくれた。改めて礼を言わせてもらう」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 集まった三十五人の男女が、俺に向け一斉に黙礼する。
 彼女らの全員の顔は、光り輝きつつも固くなっていた。
(無理もない、か・・・・・・)
 彼女ら全員が、旗本もしくは御家人だ。
 だが、その大半は次女や次男等の部屋住みといった存在。たとえそうでなくても、日々の生活にも苦しむ貧乏旗本や貧乏御家人。常日頃から、屋敷や職場でも肩身の狭い思いをしている身だ。
 特に御家人の場合、将軍の直臣という立場こそ旗本と同じだが、旗本と異なり将軍に拝謁する権利は与えられていない。そのため、御家人と名誉ある名こそ与えられているが、その地位は極めて低い。その上、部屋住みや貧乏ともなれば、ただでさえ狭い肩身がより一層狭くなる。
 その辛さは想像して余りある。
 そうした立場の者たちが、それこそいきなり、御三卿事実上の筆頭である一橋家に招かれたのだ。誇らしいと思うと同時に、緊張に身を震わすのも当然だろう。
「諸君、楽にしてくれて構わない」
 すると、張りつめた空気が少し和らぎ、彼女ら彼らの顔にも多少のゆとりが出てきた。
「改めて自己紹介をしよう。私は、一橋家側用人直江三成だ。慶喜様直属の家臣だ」
 俺の役職を聞き、部屋に多少のざわめきが起こる。
 まぁ、彼女ら彼らが驚くのも無理ない事だろう。側用人と言えば、幕府の職制にも存在する正式な役職であり、その役目柄絶大な権力を握る事も可能な地位。言わば、側近中の側近の代名詞ともなりうる役職だ。
 その様な役職の者が、自分たちの目の前にいれば俺でも驚く。
 ざわめきが落ち着くのを待ち、話を続ける。
「今回諸君に集まってもらったのは、諸君の力を慶喜様のため、この日ノ本のために貸してもらいたいからだ」
「・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・⁉」
 その瞬間。
 彼女ら彼らの間に、衝撃が走る。
 全員の様々な視線が、俺へと向けられる。


(悪い反応ではないか・・・・・・)
 俺に向けられた視線はそれこそ様々だった。
 ある視線は、俺の言葉の真意を知ろうとしている。
 ある視線は、好奇の眼差しそのもので俺を見つめる。
 またある視線は、俺に熱さを感じさせる。
 だが、いずれの視線にも全く暗さは感じられなかった。
 視線事態はそれこそ十人十色だったが、誰の視線にも光があった。どうやら、彼女ら彼らの心は貧しさの中にあっても、何かの役に立ちたいとの熱意までは失ってはいなかったようだ。
「諸君らも知っての通り、今我が国は欧米列強によって、その安全を脅かされている。そして国内では、幕府の力が衰え、政治が乱れている」
 この場にいる全員が、俺の一挙手一投足に注目している。そして誰もが、俺の言葉を一字一句聞き逃すまい、と耳を澄ませている。
(演説など、生徒総会以来だな・・・・・・)
 最初の演説の時の光景が、俺の脳裏に蘇る。
 たしか、俺が最初に演説をしたのは生徒会の役員選挙の時だったな。
(演説は得意ではないのだが・・・・・・・)
 今回ばかりはその様な事を言っている時ではない。
 慶喜のためにも何が何でもやらねばならない。
「まさに、我が国は内憂外患!このままただいたずらに手をこまねいていれば、我が国は隣国の清国等と同様欧米列強の侵略に遭い、国土は戦火に包まれるだろう。そればかりか、国土を蹂躙された挙句、清国同様全てを奪われるだろう」
 人間という生き物は、埃や怒りといったものを燻られる事により、感情が容易に高まる生き物。そう言ったものを燻る言葉を使用しつつ、声色や声調、表情を変化させる事で、より己の話に引き入れる事ができる。
 現に、彼女ら彼らはただひたすら俺の言葉に耳を傾け、視線を送っている。俺の話に引き入れられ、魅入られている証だ。
 熱い視線が向けられる中、俺はゆっくりと息を吸い、彼女ら彼らに訴える。
「清国程の大国が、なぜ欧米列強の侵略を受けたのか?その理由は、ただ一つ!」
 宴会で繰り広げられる音曲は、さらなる高まりを見せる。
 それに合わせるかのように、俺の心までもが高まる。
「時代に目を背け、人が、役人がそして国が変わろうとしなかったからだ!」
 俺の演説は、いよいよ核心に触れた。
 そのためか、部屋全体が異常なまでの高まりを見せている。
 外からの音曲も、その高まりにより完全に遮断される。
「我が国は、変わらねばならない!母なる大地を、我らが家族を護るため。そしてまずは、幕府と武士が変わらねばならない!」
「・・・・・・・・・⁉」
「・・・・・・・・・⁉」
「同志諸君、私は国を変える力を手に入れたい!我らの力で、今一度母なる国を再生させようではないか!」
『『オォォ~~~~~~!』』
 誰もが腕を天に掲げ、凄まじいまでの熱気を放っている。


(我が計、半ば成れり!)
 即興の演説ではあったが、彼女ら彼らの心を揺さぶり、心を掴むには十分過ぎるものだったようだ。
 予想以上の効果に、俺の思い描いていた計画は予定とは異なり一挙に進んだ。いくつかのステップを経てから到達する筈だったが、それらは省略され、今や最終段階を残すのみとなっている。
 まずまずな状況、と言えるだろう。
 それにしても・・・・・・。
(自分で選抜しておいて何だが・・・・・・)
 彼女ら彼らたちが、これ程までに真っ直ぐだったとは、思いもよらなかった。
 選抜の基本には、能力や柔軟的思考、要するに開明性を重視した。その反面、人間的資質はさほど重視していなかった。そのため、彼女ら彼らの人間性には若干の不安があった。
 俺自身が実際に会っている者も何人かはいた。しかし、彼女ら彼らが組織として機能できるかはまた別問題であり、それは俺個人も経験上嫌という程理解している。
 だが、今見た限りではその不安も杞憂で終わりそうだ。
「だが、その前に諸君ら一つだけ言っておく事がある」
 彼女たちは神妙な顔で、俺を見つめる。
(さすが、武家の子女たちだ)
 俺の言葉を聞いた瞬間。
 一瞬で態度が変わった。
 部屋住みの身とは言え、この切り替えの早さは、さすがと言うべきだろう。
「ここでは、能力を第一とする。家格や血統等は一切無視する。ここでの昇進や処罰には、そうした無意味なものと関係なしに行われる」
「・・・・・・・・・・・・」
「徹底した能力、実力主義がここの全てだ」
 彼女たちの間に、多少の動揺が起きる。
 無理もないだろう。
 徳川幕府が開かれて以来、二百六十年余りの長き秩序の中心とされてきたのが、家格や血筋、血統などの無意味極まりない虚礼という言葉で纏められるものだ。それを無視するというのだから、動揺が起きるのも無理ない事だ。
だが、俺は敢えてその動揺を無視して続ける。
「家格や血筋が低くとも、能力次第で、上位に立てる。それがここでの決まりだ。納得できない者は、この場より立ち去れ!」
 しかし、立ち去る者は誰一人いない。
(当然と言えば、当然か・・・・・・)
 ここにいる者の大半は、部屋住みか貧乏暮らしをする身。いわば、既存の秩序の中では、栄達はおろか己の居場所にすら恵まれない。そう言った類の者たちだ。
 そうした立場の彼女ら彼らにとって、己の実力のみで這い上がれる場所は、何にも増して魅力的に見える事だろう。


「三成様、質問してもいいですか?」
「構わない、人見殿」
 人見勝太郎。
 彼女は、京都生まれの幕府御家人。
 幕臣としての身分はかなり低いが、それをさして気にも留めず、自分のできる事を全力でやる女性だ。大らかでありながら能力もあり、その上決断力にも富んでいる。
 選抜したメンバーの中で、最も期待している人材だ。
 おそらく、俺が期待しているもう一人の女性と共に、この組織の中心となるだろう。
「では聞きますが、我々は何の目的のために、一体何をするんですか?」
「いい質問です、人見殿」
 誰もが疑問に思っている事を、疑問のままにせず、積極的に尋ねる。誰もが気後れする状況で、こうした積極的な態度をとる。大きな組織の人間には、必ず求められる姿勢。
 いい質問ができる人間は、必ずや有能な人材となりうる。
 俺の期待は的外れなものではなかったようだ。
(これは、期待以上の人材かもしれんな)
 我ながら、よい人材を選抜したものだ。
 嬉しい誤算に、思はず笑みがこぼれる。
「我々の目的は、慶喜様を中心とした近代国家の樹立だ。そして、我々の為すべき事。それは・・・・・・」
 人見殿をはじめとする全員が、俺の発言を緊張しつつ見守る。
 俺はゆっくりとだが、ハッキリとした声で質問の核心を述べる。
「近代国家樹立における軍事的基盤となる事。それが、我々の務めだ」
 部屋全体が、急に静かになる。
 外からは、先程とは異なった音曲が聞こえてくる。
 音曲のみが静まり返った部屋に流れ、それ以外に聞こえるのは呼吸の音のみ。
 何とも異様な光景だ。
「より具体的に言えば、銃隊を中心とした洋式軍隊を編成する、と言う事です」
 さらなる沈黙がその場を包み込む。
 誰もが肩を震わせている。
 だが、それが怒りや憤りによるものでない事は、彼女たちの顔を見れば分かる。顔に浮かんでいるのは、怒りや憤りの表情ではなく、歓喜の表情だった。
「そ、それは、つまり・・・・・・」
「我々が近代国家建設の一翼を担う。そう言う事ですか?」
「我々の様な者が、そのような大業を担えるとは・・・・・・」
 誰もが、自身の身の上を思い浮かべ、涙を流している。
 何の目的もなく、ただ日々を無駄に過ごしてきた彼女ら彼らにとって、今まさに光を得た思いだろう。
「無論そのためには、為すべき事はそれこそ山のようにある。当然の事ながら、それ相応の苦労もあるだろう。しかし・・・・・・」
 しかし、彼女ら彼らならそれらを見事乗り越える事だろう。別に根拠があるというわけではない。理論的な裏付けも証明もする事ができない、単なる俺の勘だ。
 全くもって抽象的であり、時代遅れの感が無きにしも非ずではあるが、少なくとも俺は自分の勘を信じてみたい。
 彼女ら彼らを選抜した自分の目を、そして俺に選抜させた彼女ら彼らの力を・・・・・・。
「この日本国のため、誰かがやらねばならない。そして私は、諸君なら必ずや成し遂げると信じている!数多の人材の中から私に選抜された諸君なら、と。修羅の道になるかもしれないが、共に進もう。我が同志たちよ!」
 再び、部屋に沈黙が訪れる。
(不味い、失敗だったか・・・・・・)
 突然の沈黙に、俺は平然を装いつつも、内心では不安が隠せない。
 もしここで失敗したならば、それは笑えない冗談だ。



 暫しの沈黙の後、一人の小柄な女性がそれまでの沈黙に終止符を打つ。
「貴方の様な方は、初めてです」
「どういう意味かな、伊庭殿?」
「言葉の通りです」
 この長く美しい黒髪の女性の名は、伊庭八郎。
 “伊庭の小天狗”の二つ名を持つ、凄腕の剣士だ。
 心形刀流の使い手で、剣の腕では江戸でも上位に入るだろう。いや、日本全土を選考範囲にしたとしても、十分に上位に入る事だろう。最低でも、上位十人の中に入るだけの腕は有している筈だ。
 剣の腕だけでなく、蘭学や漢学の素養も持ち合わせており、その周囲には常に涼しさが漂っている。
 おそらく、俺が選抜したメンバーの中でも人見殿と一、二を争う人材だろう。
「一橋卿の懐刀であるのに、全く尊大でない。その上、私たちと同じ立場で話をする」
 伊庭殿の口調は実に淡々としており、今の時点では褒められているのか、貶されているのか、全く判断ができない。
 もっとも、敢えて判断する必要がないのも事実だが・・・・・・。
「しかし、ただのお人好しと言うわけでもない。それでいて、恐ろしい程明確な構想を持っている。それも、聞いている私たちが圧倒される程壮大な構想を、です」
「・・・・・・・・・・・・」
「貴方という人は、全く底が知れない。貴方はまさしく、将の器です」
 第一印象とは異なり、思った以上の饒舌家ぶりが多少の驚きをあたえる。しかし、彼女の評価は、決して悪いものではない。少なくとも、現段階ではそう判断しても間違いではないだろう。
 もっとも、彼女の評価をよい方に変えるか、悪い方に変えるかは、今後の俺の言動次第だろう。
(最終的な評価は、後世の歴史家たちに任せるとしても・・・・・・)
 伊庭殿は、俺の事を認めてくれた。そう受け取ってかまわないのだろうか?
「他の者は知りませんが・・・・・・。伊庭八郎、三成様にどこまでもついて参ります」
「人見勝太郎も、右に同じ」
 二人に続き、他の者も悉く参加を表明していった。
 これにより、今回の俺の計画は、一応の達成を見た。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 予想外の速さで当初の目標が達成された事により、ささやかな宴会が開かれた。
 表で慶喜が開いている宴会に比べれば、ささやかどころか地味そのものだ。しかし、この宴会に参加している者の顔は、表の宴会の誰よりも生き生きとしていた。
 誰もが志を胸に抱き、その実現に向け働ける事を心の底から喜んでいた。
 もっとも、表の偽りの宴会とは根本的に目的が違うのだから、それもある意味当然なのだが・・・・・・。
 この場の雰囲気に水を差すような事は、これ以上考えまい。
(未成年だから、本当は許されないのだが・・・・・・)
 この時代では、俺も一応は大人の部類に入る。ましてや、この時代には未成年の飲酒を取り締まる様な法律など、存在さえしないのだ。俺がここで飲酒をしたとしても、法律が存在しないのだから、法律違反にはあたらない。ゆえに、法律に基づいて罰せられる、という事はない。
 それに、主催者たる者が一滴も酒を飲まないでは、せっかくの雰囲気が白けかねない。
 ここは多少無理をしてでも、酒を飲まねばなるまい。
 そう考え、俺は盃を手に取り、徳利に手を伸ばす。
「お注ぎします」
 すると、伊庭殿が徳利を取り、俺の盃に酒を注ぐ。
「すまない。伊庭殿にこんな事をさせてしまって・・・・・・」
「お気になさらず。私が好きでやっている事です」
 伊庭殿は、涼しげな笑みを見せる。
(円四郎に、爪の垢でも飲ませてやりたいな)
 伊庭殿は剣士ではあるが、武張ったところがまるでない。それどころか、驚く程に礼儀正しい。見ているこちらが、無礼がないか気になってしまう程、伊庭殿の言動は礼儀に適っている。
 円四郎と伊庭殿を比べれば、それこそ月とスッポン。
 全くもって、比較にならない。


「三成様、如何いたしました?」
「遠くにいる友人の事を思い出してな。少し感傷に浸っていただけだ。気にしないでくれ」
 言い終わると同時に、酒を呷る。
 口の中に、ほろ苦さが広がる。その直後、ほろ苦さに代わり、何とも言えない甘さが口中にユックリと広まる。しかしそれは、決して不快なものではなかった。むしろ、何とも言えない心地よさがある。
(これが、青春の味というもの、か)
 再び伊庭殿から酌を受け、酒を呷る。
 すると・・・・・・。
「三成様~~~。伊庭の酌だけでなく、あはひの酌も受けて下らいよ~~~~~~」
 顔を真っ赤にした人見殿が、俺に抱きついてくる。
 かなりの酒を飲んでいるようで、言葉も少しおかしくなっている。しかし、それにもまして、とてつもなく酒臭い。酒を造る酒蔵の中でも、これ程の酒臭さはないだろう。
 抱きつかれるのには慣れているが・・・・・・。
 酒臭い事この上ない酔っ払いに絡まれるのは、さすがに御免こうむる。
(少し手洗いが、かまわんだろう)
 抱きつく人見殿との位置を調整し、周囲からは決して見えない様に、人見殿の腹部に向け拳を放つ。
 拳は俺の狙い通り、見事に人見殿の腹にはいり、人見殿はその場に自然に倒れこむ。
「人見殿、こんなところで眠られては、風邪をひくぞ」
 俺は、形式的な言葉を物言わぬ人見殿へとかける。
 声に応じず眠り(?)続ける人見殿は、一橋家の家臣により、別室へと運ばれた。
 その後も、酔い潰れる者が相次ぎ、起きている者は、俺と伊庭殿だけになっていた。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「残ったのは私たちだけ・・・・・・、になりましたね」
「そのようだな」
 起きている者が俺たち二人のみとなった部屋で、俺と伊庭殿は互いに酌をしあい、酒を呷りあっている。この少しばかり広い部屋に、実質二人だけとは何とも奇妙なものだ。
 そうは思いつつも、俺は今それとは全く別の事を考えていた。
(存外酒に強かったのだな、俺は・・・・・・)
 初めての飲酒だったとは言え、己自身の酒の強さには正直驚いてしまう。
 もうかなり酒を呷っているのだが、いまだに意識はハッキリとしている。むしろ、体がほろ酔い状態で、何とも気分がいい。それに加えて、体中の全神経が研ぎ澄まされた様な感覚があり、心身ともに極めて充実している。
 この様な事は、いまだかつてなかった。
「それで、今後私たちはどのように動くのですか?」
 彼女も、相当酒に強いらしい。
 俺とあれだけ酒を飲みながら、今もこれだけ正常な思考を保っている。正常な思考を保っているどころか、その思考は先程までよりもむしろ鋭くなっているようにさえ思える。それはある意味、自分が酒に強いと知った以上の驚きだ。
「資金については、越前福井藩と水戸藩等が援助する手はずだ。会津藩主松平容保公も、個人的に支援は惜しまない、と言っておられる」
 俺の話を聞き、伊庭殿の顔に少しばかりの驚きが走る。
(まぁ、無理もないだろう・・・・・・)
 これ程までの大事を、平然と言ってのけるのだ。
 驚くなという方が、無理というもの。
 彼女の反応は、至極当然のものだ。

「すでに、越前福井藩や水戸藩から援助を取り付けていたとは・・・・・・。やはり、恐ろしい御方です、三成様は」
「勝ってから戦う。兵法の常識だ」
 あの会合で、あれだけの啖呵を切ったのだ。
 あらかじめ相応の準備と根回しをしておくのは当然だ。
 何の準備も根回しもせずして、あのような演説をする程、俺は無責任でも馬鹿でもなければ、前に進む事しか知らない猪武者でもないでもない。まして、理想一遍倒しの理想主義者やくだらない事この上ない精神論者などでもない。
 俺はあくまでも慶喜の軍師だ。
 慶喜の理想に基づいて戦略を考え、戦略に基づいて戦術を立て、それに基づいた準備と根回しをする。これらの全てが終わった状態で、初めて実際の行動に移る。そして、至極当然の勝利を主君たる慶喜に献上する。
 それが、軍師たる俺の仕事だ。
「当面の間は、その資金をもとに洋式軍事訓練を行います。そして、一通りの訓練が終了した後は、時を待つ」
「時とは?」
「時とは・・・・・・」
「慶喜公が、時代の表舞台に立たれる時でしょ、三成様」
 突如後ろから話しかけられ、俺と伊庭殿は刀を抜き放ち、声の聞こえる方へと刀の切っ先を向ける。しかし、刀を向けた先にいたのは、俺たちがよく知る顔だった。
「三成様も伊庭殿も、いきなり刀を向けないで下さいよ~~~!」
 あまりに暢気な声をかけられたため、俺たちは刀を向ける気力さえ失う。そして、刀を向けた自分にただただ厭きれてしまう。
「人見殿、いつから起きていたのだ?」
「三成様がお話を成される、少しばかり前からです」
「人の話を盗み聞きとは・・・・・・。あまりよろしくない趣味ですね」
 伊庭殿は、少し怖い顔を人見殿に向ける。さすがの人見殿も、この顔には敵わなそうにしている。
「べ、別に盗み聞きしたかったわけじゃないさ。ただ、心なしかどうにもお腹が痛くてね~~~」
「・・・・・・き、気のせいだろう・・・・・・」
 俺は適当に話を終わらせる。
 これ以上この話を掘り下げられては、知られる必要のない事まで知られかねない。
 それはあまり愉快な事ではない。


「人見殿も起きられた事だし・・・・・・。月を肴に三人で飲み直し、とでもいくか」
「さすが、三成様!いいですね~~~」
「月見酒とは、これまた風流ですね」
 そしてその夜、俺たちは一晩中飲み明かした。
 少し騒がしかったが、俺にとっては久々の楽しい一時だった。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―二ヶ月後―
「全隊、前へ進め!」
 俺の号令の下、全部隊が一斉に前進を始める。その動きには全く乱れがなく、その整然さにはただただ息を呑むばかりだ。人数が少ない事が玉に瑕ではあるが、それは時間が解決する事だ。
 一度にあまりに多くの事を求めるのは、愚者の為す事。
 今は足りるを知るべきだろう。
(この成果は、彼女ら彼らの努力と訓練の賜物だな・・・・・・)
 俺は、この二ヶ月間の彼女ら彼らの努力に感嘆しないではいられなかった。


 二ヶ月前のあの日以来、人見殿と伊庭殿の両名を中心とした三十五名は、洋式軍隊の組織のために、それこそ血の滲む様な猛烈な訓練を一心不乱に続けてきた。
 その訓練は、会津藩の名を借り、各藩や共鳴者からの資金援助を受けての訓練だった。
 もっとも、洋式軍制を知る者などそうそういるわけがない。この当時、洋式軍制を知っていた者など江川太郎左衛門や大鳥圭介、山田方谷、佐久間象山等のごく少数のエリート知識人たちのみだ。事実、俺が選抜した者たちの中には、洋式軍制を知る者は皆無だった。そのため、訓練は俺が本から得た知識に基づいて行われた。
 ただ、俺が知る知識も一般常識以上のものではなく、訓練と言ってもほふく前進や部隊ごとの集団行動等の極々基礎的なものに過ぎない。
 また、戦闘訓練にしても、新式銃もなく火薬を使った射撃訓練も、それ程できるわけではなかった。
(まさに、最悪の条件下での訓練だった)
 そうした条件下で、よくこれ程の精鋭部隊ができた、と自分でも感心してしまう。
 それも、たった二ヶ月というあまりに短い時間で・・・・・・。
 才能があり、出身層的に彼女ら彼らが努力する事を考慮に入れても、今回の成果は驚嘆に値する。
 その中でも、人見殿と伊庭殿の指揮官としての能力には改めて驚かされた。
 二人はいずれも、戊辰戦争で活躍した旧幕府軍の代表的人物だ。それを知っていたからこそ、俺も彼女たちを選抜したの。しかし、彼女たちの実際の指揮官としての能力は、俺の予想を遥かに超えていた。それに加えて、補佐の能力も十分にある。今後の部隊運営は、この二人が俺を補佐する形で整えていけば、まず問題は起こらないだろう。


 今俺たちに足りないのは、新式銃と実戦経験だけだ。
 それさえ揃えば、俺たちは名実ともに慶喜の戦力となる。
(慶喜に足りないのは、軍事力のみ・・・・・・)
 これからの時代は、何よりも軍事力が求められる。軍事力なくして、政治や外交は行えない。軍事力がなければ、どれ程素晴らしい理想であろうと絵に描いた餅に過ぎない。
 力なき理想は、単なる幻想に過ぎない。
 理想なき力は、単なる暴力に過ぎない。
 幕末、徳川慶喜は卓越した政治理念を持っていた。それはある意味、長州と薩摩が持っていた政治理念よりも遥かに優れていたものだった。しかし、慶喜には軍事的基盤がなかったがために、それは潰えてしまった。
 だが、今の慶喜は軍事力を持ちつつある。
 軍事力があれば、慶喜は誰にも負けない。
 今後の全てが、強力な軍事力を持つ事ができるか否かにかかっている。
(慶喜が名実共に力を持てば、歴史は大きく変わる)
 日本という国が、根底から異なる国家へと変わる。
 慶喜が作る新たなる日本。
 それがどのような国になるか、今はまだ分からない。
 しかし俺は、慶喜が作る日本を見てみたかった。
 














 
































 

伏龍、昇天の時

                             伏龍、昇天の時


「ふ~~~。芝居とは言え、面倒な事この上ないな」
 今日は宴会もなく、屋敷の縁側で手入れの行き届いた庭を眺めている。
 数日に一度は休めるとはいえど、連日連夜の馬鹿騒ぎの宴会は心身ともに疲れる。 たとえ、芝居の馬鹿騒ぎであったとしても・・・・・・だ。そのため、こうした休める日に休んでおかなければ、私の身体が持たない。
 愚者を演じるとは、なんと労多き事か。
「どうだ、多少疲れは取れたか?」
「そう簡単に取れると思うか、三成」
「ふっ・・・・・・。それもそうだな」
 これは絶対、分かっているにも拘らず敢えて聞いている。
 まず間違いないだろう。
「わざわざ、嫌味を言いに来たのか?」
「今のは戯れだ。本題は別にある」
 最近気づいた事ではあるが・・・・・・。
 こうした言い方をする時の三成は、本気で嫌味を言うわけでもなければ、戯れで嫌味を言うわけでもない。ましてや、私を皮肉っているわけでもない。
 私の事を気遣い、わざと嫌味を言うのだ。
(素直になればいいものを・・・・・・)
 だが、それもまた三成らしいところだ。
 だから私は、敢えて何も口にはしない。
「慶喜、何を笑っている?」
「何でもない。それより首尾は?」
「まずは、上々と言ったところだ」
 それから三成は、詳しい報告を始めた。


 三成の報告によると、洋式軍隊の編成は、当初の計画より大幅に進んでいるとの事だ。事実、まだ少数ではあるが、現時点でかなり質の高い精鋭部隊ができたという。
 そして今では、計画をさらに進め、部隊増強のため、新たに候補者を選抜し訓練に入らせているという。ただし、南紀派の監視の目も以前あるため、新たに加えたのはわずか十人であるという。
 だが、今はそれだけでも十分過ぎる成果だろう。
 今の状況下で、これ以上の事を求めるのには、さすがに無理がある。
(それにしても、本当に大したものだ)
 南紀派を欺くための私の芝居。
 それと並行しての洋式軍隊編成と、その支援体制の確立。
 この短期間で、これらの計画を考えなおかつ実現させる。未来から来たとはいえ、その手腕は尋常なものではない。しかも、洋式軍隊編成を会津藩の名を借りて行うなど、かなり老練な策だ。この若さでよくそれだけ老練な策を思いつくものだ、とよくも悪くも感心してしまう。
 これ程の老練な策を立て、それを自ら実行できる者が、この日ノ本に一体何人いるだろうか?
(だが、何よりも驚くべき事は別にある)
 たしかに、三成の策とその手腕は優れてはいる。しかし、ただ単にそれだけではこれ程の結果は出せない。
 これ程の結果を出すには、個人の力以上に多くの者の力が必要となる。そして、他人を協力させる事は、何にも増して難しい。それも無理やり強制的に協力させるのではなく、自ら進んで協力させるとなればなおさらだ。
 だが、三成はそれをいとも容易くやってのけた。
 今の三成を助けても、さしたる利等ない。逆にそれが発覚すれば、命さえ危うい。
 それにも関わらず、多くの者が三成に協力した。それも、何の見返りも求める事もなく。
 これはもはや、異常を超えて奇跡と言える。
(やはり、三成には力がある)
 それも、人を惹きつけ、自然に協力させてしまう力が・・・・・・。


「慶喜、聞いているのか?」
「あ、あぁ、すまない」
「疲れが溜まっているようだな。無理せず休め。別に急ぐ事ではない」
 あの素直でない三成に、ここまでで心配させるとは・・・・・・。
 何とも情けない事だ。
「心配するな、無理などしていない。それより、何の話だ?」
「資金調達についてだ」
「資金調達、か・・・・・・」
 正直言って、頭の痛くなる問題だ。
 無意識のうちに、手が眉間に上がる。


(予想通りの反応だな・・・・・・)
 資金調達くらい、頭が痛くなる事はない。
 それは、徳川将軍家に連なる慶喜とて例外ではない。いや、逆にそうした立場だからこそ、頭が痛くなるのかもしれない。
(為政者が金に悩まされるのは、いつの時代でも同じだな)
 政治と金は切っても切れるものではない。
 政治を行うためには、良くも悪くも金がかかる。よりよい政治を行おうとすればする程、必要となる金もそれに比例して増えていく。しかし、露骨な資金調達をすれば、自身の評判を損なう。かといって、評判を気にして資金調達に力を抜けば、ほどなくして政治は行き詰まってしまう。いずれに偏り過ぎる事もなく、中庸を保たねばならない。
 田沼意次や田中角栄、日野富子は、為政者として類まれなる才能の持ち主だった。しかし、政治と金の中庸を保てなかったがゆえに失脚を余儀なくされた、代表的な人物でもある。政治と金の中庸を保てず身を滅ぼした者は、長い歴史の中に数多い。
 それ程までに、政治と金の問題は扱いが難しい。
(だが、これは避けて通れる問題ではない)
 慶喜の理想実現のためには、いつかは向かい合わなければならない問題だ。古来より、権力者がその権力を確立する最も効果的かつ手早い方法は、強力な軍事力を手にする事。強力な軍事力さえ手にできれば、あとはどうとでもなる。
 だが、強大な軍事力を持ち、それを維持するためには、早晩それを支える経済力、より正確に言えば財政基盤が必要になる。いつまでも、資金援助に頼っているわけにはいかない。
 一刻も早く、資金調達の方法を考え、慶喜の財政基盤を確立しなくてはならない。
「三成、何か策があるのか?」
「策なくして、何の軍師だ?」
「ふっ・・・・・・。それもそうだな。それで、その策とは?」
 顔では笑っているが、慶喜の目は笑っていない。それだけ、事の重要性が分かっているという証だろう。
 もっとも、そうでなければ政治家など務まらない。ましてや、この日本を変える強力な指導力をもった最高権力者にはなれない。
 現状を冷静かつ正確に把握する理解力と、見たくない現実や未来をも見るだけの鋭い洞察力と先見性。これらを十分に持ち合わせている者でなければ、国家を動かす強力な指導力を発揮できないからだ。
 そう考えると、慶喜にはこれらの素質が見事に備わっているように思える。
「金のなる木の下で、風呂敷を広げようと思う」
「横浜か・・・・・・」
「理解が早くて助かる」


 横浜。
 もともとは、日本のどこにでもある様な貧しく地味な漁村の一つに過ぎなかった。しかし、日米修好通商条約の締結後、数多の紆余曲折を経て、開港地の一つとなった。それにより、数多くの外国船が入港し、いくつもの建物が建ち並び商業取引が盛んな貿易都市兼商業都市へと発展していた。
 横浜は、今日本で最も経済発展を続ける都市であり、まさに金のなる木そのものだった。
「しかし、どうやって店を出すのだ?」
「心配は無用だ。すでに手は打ってある」
「相変わらず、手回しの速い奴だ」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
 すると、どちらからともなく、俺たちは笑い出した。しかし、すぐに真顔の戻り、再び話を始める。


「だが、どうして横浜に目を付けた。他にも、資金集めに適した場所はあるだろう?」
「横浜は今後、さらに繁栄するだろう。そうなれば、そこに拠点を持っておく方が、何かと有利だ。例えば・・・・・・」
 三成の目が、怪しく輝く。
 こうした目をする時の三成は、何かしらの布石を考えている。よく言えば、先見の明があると言える。しかし、悪く言えば、策を巡らしているとも言える。いずれに取るかは、人それぞれだろう。
「外国からの新式銃等の取引や、外国公使らとの密会等にはな・・・・・・」
 不敵な笑みを浮かべつつ、低い声で呟く。
 いかにも三成らしい。
 どこまでも抜け目ない。


「分かった。資金調達については、お前に全て任せる。全ての責めは、私が負ってやる。お前は存分に手腕を振るってこい」
「・・・・・・・・・・・・」
 やれやれ、俺に何回惚れ直させる事やら・・・・・・。
 これでは、ますます慶喜に惚れてしまう。
 全くもって、困った御方だ。
「その代り、後悔だけは残すな」
「言われなくとも、その様な事分かっている」
 重要な仕事に赴くというのに、俺の足はいたって軽かった。
 認めたくはないが、これは間違いなく慶喜のお蔭だろう。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「取り敢えず、事情は分かりました。しかし、三成様・・・・・・」
「何だ、伊庭殿?」
「なぜ、私が供に?」
「私の護衛役兼相談役として、だ」
 洋式軍隊の訓練等を人見殿に任せ、俺は伊庭殿を伴って、一路横浜へと向かった。
 横浜までの道すがら、俺は伊庭殿に横浜同行の経緯と目的を一通り説明した。しかし、おおよその理由は理解できても、自分が同行する理由としては、あまり納得がいっていないという顔だ。
(いかにも、伊庭殿らしい反応だ・・・・・・)
 俺が伊庭殿を同道した理由。
 それは、南紀派等の刺客からの俺の身辺警護と資金調達(実質は商取引)、武器購入における相談役。
 これら二つ。
 しかし、これらはあくまで名目。
 俺の剣の腕ならば、大抵の刺客は退ける事ができるから護衛は必要ない。資金調達と武器購入に関しても、俺にはある程度の知識や経験があるので相談役も必要ない。
 俺が伊庭殿を同道した目的は、全く別にある。
「それにしても、人見はしっかり訓練をさせているでしょうか?少し心配です」
「あの人見殿の事だ。精々、息抜きをさせる程度だろう。それよりも・・・・・・」
 伊庭殿の顔を見やり、極力自然に言う。
「せっかく横浜に来たのだ。我々も横浜を楽しむとしよう」


 俺が伊庭殿を同道した本当の理由。
 一つ目は、選抜メンバーに休息を与える事にある。
 選抜メンバーは、訓練が始まってからのこの二ヶ月間、ほとんど休息らしい休息をとっていない。そのため、そろそろ休息を取らさなければ、今後の訓練等に支障をきたす恐れがある
 訓練を任せた人見殿は、そうした機微にその性格柄非常によく通じている。おそらく、選抜メンバーに適当な休息を与えてくれるだろう。
 そして二つ目は、伊庭殿自身に息抜きをさせる事にある。
 伊庭殿は性格柄、とにかく真面目だ。その性格もあり、訓練が始まってから全く休息を取っていない。そのため、選抜メンバー同様に休息を取らせる必要があった。
(性格を考えれば、無理もないが・・・・・・)
 その様な過ごし方では、必ず体を壊す。
 俺としては、有能な人材をその様な事で失うわけにはいかない。
 人こそ組織の財産なり、という言葉もある。有能な人材は得るに難く、失うは易い。たとえ多少の無理をしてでも人材は確保しなければならず、獲得した人材には最大限の注意を払わなければならない。さもなければ、貴重な人材を失い、組織は衰えるしかない。
 それを防ぐ一環として、適当な理由をつけて、伊庭殿を連れ出した。
 仕事と言う名目なら、息抜きもさせ易い。
「それでは、行くとしようか」
「承知しました」
 その後俺たちは横浜の開店していない、一橋派の店-正確に言えば三成の私店-である飛鳥屋で一先ず旅装を解いた。そして、一通りの荷物を預けると、俺たちは店を後にして、横浜の街へと繰り出した。
(さて、どの商人と商談するか・・・・・・)
 店を置く時に送った者の報告書もあり、ある程度は外国人商人等の情報もある。しかし、実際に交易が始まって、まだ一、二ヶ月程度にも拘わらず、あまりにも商人の数が多い。俺のもとに届けられている報告書の記載よりも、横浜にいる商人の数は五倍以上は多い。
 これでは、商談相手を絞り込む事さえ難しい。まして、決定するなど一朝一夕にできる事ではない。
 さて、どうするか・・・・・・。


「綺麗・・・・・・」
「ん・・・・・・?」
 見ると、伊庭殿が一軒の店の前で、並べられている商品に見入っている。
 看板を見ると、英語で“ガラス細工店”と書かれている。伊庭殿が見入っているのは、その店のガラスの花飾りだった。その花飾りは、男の俺が見ても綺麗と思える程のものだった。
「ハウマーッチイズイトュ?」
 俺は、すぐ近くにいた店員に話しかける。
 店員の話では、それ程高い値段ではない。
「伊庭殿、それ程高い値段ではない。一つ買おうか?」
「み、三成様⁉」
 突然話しかけられ、普段は決して見せない狼狽を見せる。
「値段が分かるのですか?」
「あぁ、先程この店の者に聞いた」
 すると、伊庭殿は明らかに驚きの態度を見せている。
「三成様は、店の者と話をする事ができるのですか⁉」
「話す以外にも、文字を読んだり書いたりするくらいならできる。多少ではあるが・・・・・・な」
 俺の発言に、伊庭殿はさらに驚きを示す。
 もっとも、この反応も無理はない。この時代、蘭学を学びオランダ語を話す者や読み書きできる者は多少ならばいる。しかし、英語の読み書きができ、なおかつ話せる者など限りなく皆無に近い。
(これが、現代とこの時代の違いだな)
 俺は、改めて時代の違いというものを実感せずにはいられなかった。
「し、しかし、いいのですか?」
「いいも何も、私がいいと言っている。よいに決まっている」
 俺の話に納得したのか、伊庭殿は首を縦に振る。その仕草には、どこか年頃の女性の可愛さがあった。
 花飾りを受け取った伊庭殿は、丁寧に布で包み、懐にいれた。
 まるで、大切な宝物の様に、丁寧に―。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***


「この店も駄目だな・・・・・・」
 店や商人の名前を連ねたリストに、再び朱線を走らせる。すでにリストには、数多の朱線が引かれ、元々の紙の色すら分からなくなりつつある。このままの調子でいけば、遠からず紙は朱色一色になるだろう。
(できればそうはなってほしくはないが・・・・・・)
 こればかりは仕方がない。
 そうは思いつつも、やはり落胆は隠せない。
(やはり、一筋縄ではいかない・・・・・・か)
 横浜に来てからの数日間。
 俺はそれまでの情報に最新の情報を加えて、商談相手のリストを作り上げた。そのため、リストに名を連ねる商人の数は、当初の予定していた数の数倍になった。俺たちはそのリストをもとに商談相手を探した。しかし、いずれも信用ができない、または取引に不正を働く可能性の極めて高い者が多く、まだ商談にさえ至っていない。
 今回ばかりは、俺の読みが甘かった。
 残念ながら、そう言わざるを得ない。
「三成様、そうお気を落とされないで下さい。最初から上手くいく者など、おりはしません」
「すまないな、伊庭殿・・・・・・」
 伊庭殿の励ましを受け、俺は気を取り直し、再び商談相手を探そうとした。
 だが、それと時を合わせるかのよう・・・・・・。

「キャ~~~!ヘルプミ~~~!」

 突如として、叫び声が響き渡る。
 よりにもよって、俺たちの近くで・・・・・・。
「伊庭殿、行くぞ!」
「承知!」
 先程までの思いも忘れ、俺たちは声のした方向へと向かった。


 声のした場所へと駆けつけると、二人の浪人らしき男が、外国人女性に向かい刀を抜いている。
 どう見ても、穏やかな状況ではない。
「神州を汚す異人に、天の裁きを!」
「攘夷!」
 浪人どもが、刀を振り下ろす。
 しかしその直後、周囲に金属音が響き渡る。
「・・・・・・どうにか、間に合ったようだな」
 二つの刃を鞘越しに辛うじて受けとめ、それらを押し返す。
 心なしか、腕が痺れる。
 力任せに斬りかかっている来る者は、いつの時代にも必ずいる。それは理解はしているが、力任せに斬りかかる者の剣を受けとめる程嫌な事はない。力と勢いのみを頼りに斬りかかるため、剣が全くのデタラメだからだ。
 なまじ技術がないために、相応の技術を有する者と異なり始末におえない。
「異人を庇うとは、どういう了見じゃ!」
「その者を、こちらに渡せ!」
 二人からは、異常なまでの殺気が滲み出ている。本気で、この女性を斬るつもりなのだろう。
 すでに俺も斬る対象に入っているのかもしれない。
「お断りだ。貴様らの様な人殺しの言葉に、聞く耳など持たん」
 俺の言葉は、浪人どもをさらに逆上させたらしい。
 二人の殺意がさらに強まり、それが女性から俺に向けられたのが分かる。
 浪人どもは、問答無用と言わんばかりに、斬りかかって来る。
「・・・・・・遅い」
 二人の刀を躱し、それと同時に峰打ちを食らわせる。すると、二人は人形の様にその場に倒れこむ。
(やはり、速さでは俺の方が上だったようだな)

「隙あり~~~!」

 突如、背後から一人の浪人が斬りかかる。
 おそらく、気を失った二人の仲間だろう。
 しかし・・・・・・。
「・・・・・・伊庭殿」
「承知」
 控えていた伊庭殿の凄まじい突きを受け、彼もまた二人と同様の運命を辿る。
 襲われた女性は、目の前の光景に呆然としている。


「(大丈夫ですか?)」
「(あ、ありがとうございます。お蔭で助かりました)」
 女性は立ち上がろうとするが、足を捻ったのか、上手く立つ事ができないでいた。それに加えて、傷も負っている。これでは、長い距離を移動する事はおろか、歩く事も難しいだろう。
(放っておくわけにはいかないな・・・・・・)
 少し時間がとられるかもしれないが、この状況なら許されよう。
 むしろ、ここで彼女を見捨てれば夢見が悪い事この上ない。
「伊庭殿、この女性を家に送りましょう」
「送るのですか?駕籠を雇えばよくはありませんか?それに・・・・・・」
 伊庭殿は、申し訳なさそうに女性を見つめつつ呟く。
「商談相手も探さねばなりません。あまり時間をとられるわけには・・・・・・」
 伊庭殿の意見は、確かに最もだろう。
 俺たちが横浜に来た目的を純粋に考えれば、全くもってその通りだ。
 それに対して、いかなる反論もしようがない。
 しかし・・・・・・。
「伊庭殿、女性一人助けられない者に、国を変える大望など実現はできない」
「・・・・・・・・・⁉」
 俺たちの間に、暫しの沈黙が訪れる。
 伊庭殿に、俺の考えは伝わったのだろうか?


「・・・・・・三成様の仰られる通りです。私の考えは浅慮でした」
 伊庭殿は、深々と頭を下げる。
 どうやら、俺の考えは伝わったらしい。
「頭を下げる必要はない。それよりも、彼女をさっさと送り届けよう」
 彼女を背負い、彼女の家へと向かった。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 あれから俺たちは、外国人女性の案内により、彼女の家へと向かっていた。
 彼女の言葉は英語であり、当然ながら俺が話を聞くしかなかった。
 俺の英会話能力は、一般高校生より多少上と言うだけで、特別優れている、というわけではない。しかし、通常の会話をこなす程度ならば、俺の能力でも十分に可能だ。そのため、彼女との会話も全く何の支障なくする事ができていた。
 俺は、彼女と普通に会話をしていただけ。
 普通に会話をしていただけ、の筈だったのだが・・・・・・。
「一体、何がどうしてこうなった?」
 そう思わざるを得ない状況に、俺たちは置かれている。
 いくら思い返しても、なぜこの様な状況に至ったのか、理解する事はできなかった。


 俺と伊庭殿は、現在彼女の家―と言うよりも屋敷か邸宅クラスの建物―で盛大な歓迎パーティーを受けた。
 使用人たちから聞いた話によれば、俺たちが助けた女性、アーシアさんは、イギリスでも有数の大商人であったらしく、俺たちを命の恩人として歓迎してくれているのだという。そしてそれは、当の本人だけではなく、使用人たち一同も同じ思いなのだという。事実、使用人たちの俺たちに対する態度は、極めて友好的、フレンドリーだ。
 もっとも、当の俺たちとしては、当然の事をした、との思いしかないのだが・・・・・・。
「(三成さん、楽しんでいますか?)」
 夜空を眺めていると、屋敷の方から優しい声がかけられた。
 アーシアさんの金色の髪が、屋敷の明かりを受けて輝き、得も言われぬ美しさを放っている。
 「(もちろん。これ程楽しい夜は、生まれて初めてです)」
 「(それはよかった。深刻なお顔をしていらしたので、心配していたんですよ)」
 深刻な顔、か。
 イギリス人にも分かる程、感情が顔に出ているとは・・・・・・。
 俺とした事が、何とも情けない。
「(そんな事ありません、今は大丈夫です)」
「(やはり、心配事があったのですね?)」
 俺としては、肩を竦めるしかなかった。
 まったく、言葉にはもう少し気をつけねばならないな。
「(これは、一本取られましたね。まさか、アーシアさんに鎌をかけられるとは・・・・・・)」
「(私も、商人ですから・・・・・・)」
 満面の笑みで、さらりと言ってのけるところが怖い。
(さすが大英帝国の大商人、といったところか)
 大英帝国の様な一大市場で伸しあがる、事業を成功させるには、こうでなければ務まらないのだろう。あるいは、大英帝国という一大市場を舞台とする商人だからこそ、これ程の鋭さを持ち合わせるようになったのかもしれない。
 いずれにせよ、アーシアさんが海千山千の強者商人である事に変わりはない。
「(それで、三成さんの心配事とは?)」
 アーシアさんは人間的に信頼ができる。
 俺は直感的にそう感じとった。
 正直に話してしまった方が、現状の打開につながるだろう。おそらく、こちらの情報を明かしたとしても、アーシアさんならばそれを他者に漏らす事は、大英帝国の商人の誇りにかけてしないだろう。
 俺はそう判断を下した。


「(えぇ、実は・・・・・・)」
 俺はこちらの情報を一部を差し障りのない範囲で明かす事にした。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―アーシア邸の一室―
「(なるほど、そういう事ですか・・・・・・)」
 俺の話を聞き、アーシアさんは微笑みながらひたすら相槌を打つ。さすがに大商人だけあり、人の話を聞くのが上手い。その姿には、まるで芝居っ気がない。これだけでも、アーシアさんが並の商人ではない事が分かる。
(これは気を抜けんな・・・・・・)
 もし気を抜けば、こちらの情報を次々と引き出されてしまうだろう。
 そうなると、俺としては少々都合が悪い。
「(要するに、三成様は新式銃と交易がお望みなのですね?)」
「(単刀直入に言えば、そうです)」
 言葉を濁す事なく、正直に答える。
 アーシアさんは、海千山千の強者商人。
 下手な誤魔化しなどは、一切通用しない。それならば、下手な誤魔化しなどしようとせずに、先手を打ってハッキリと目的を明らかにしておいた方がいい。その方が、会話のイニシアティヴを握られず、一方的な状況にならない。
 俺はそう判断した。


「(正直なのですね・・・・・・)」
「(貴女には小細工は通用しないでしょう。それに、こうした話し合いや交渉の類で最も重要なのは、信義です。商人の貴女なら、よく御存知では?)」
 それを聞き、アーシアさんは微笑みを浮かべる。
 だが、彼女の目は笑っていなかった。
「(三成さんには、商人としての才能もあるのですね。驚きました)」
「(世の中で、信義ほど強い武器はない。それが、私の持論なので・・・・・・)」
「(奇遇ですね。私も同じ考えです)」
 いずれからともなく、笑い声が吹き出す。
 立場は違えど、俺とアーシアさんは同じタイプ、いや、極めて近い人間のようだ。
「(それで、貴女が望む新式銃とは?)」
「(スペンサー、スナイドル等の元込め式の銃や連発銃。それとその弾薬)」
 アーシアさんが、少し驚きを見せる。
 おそらく、俺がこれ程までに新式銃の知識を持っている事が驚きなのだろう。
 この時代の日本人は、普通外国の情報には極めて暗い。比較的に情報に明るい知識人階級でも、アヘン戦争を中心とした中国筋の情報には通じてはいても、西洋の情報、とりわけ武器情報に通じている者は皆無に近い。
 そうした事を考慮すれば、アーシアさんのこの表情はある意味当然と言える。
「(分かりました。それで貴方は、私たちと何を取引します?)」
 俺は、商談用に持ってきた小箱から取引の現物をとり出す。
「(私が取引を考えている商品の一つは、これです)」
「(生糸ですか⁉)」
 アーシアさんの目の色が変わる。
(予想以上の好反応だ)
 幸先の良いスタートに、一先ず胸をなでおろす。


 現在ヨーロッパでは、蚕の病気で生糸の供給量がこれまでに例がない程激減している。中国産生糸の輸入により不足生糸を賄おうと図るも、アヘン戦争による戦禍、現在も続く太平天国の乱のため輸入が伸び悩んでいる。それに加え、アメリカで南北戦争が勃発した事により、衣類の原材料である綿糸の輸入も著しく不安定にもなっている。
 そんなヨーロッパで、生糸を売れば巨額の利益になる。
 需要と供給に基づくこの原理に、気づかない商人はいない。
 現に日本の良質な生糸の存在を知り、ヨーロッパの商人が大挙して日本に押し寄せ、金に糸目をつけず日本の生糸を買っている。その中でも、イギリスとフランスの商人たちの活動は特に活発だ。
 イギリスとフランスはライバル関係にあり、あらゆる分野で熾烈な争いを繰り広げている。
 今回も日本産生糸の独占を目指し、両国は積極的に自勢力の商人の後押しをし、ライバルの追い落としを図っている。
(それも考慮して生糸ならばと思ったが、予想通りだ)
 彼女の表情からは、確か過ぎるほどの手ごたえが感じられる。
 大英帝国の商人として、フランスの商人に後れを取りたくない。アーシアさんの中にあるイギリス人としての血が、誇りが海千山千の強者たる彼女をして、この様な表情をさせるのだろう。
 おそらく、この取引については、商談が成立するだろう。
 だが、問題はもう一つの取引の方だ。
(こちらについては、予想が困難だ・・・・・・)
 多少の懸念を抱きつつも、もう一つの現物を出す。
「(・・・・・・なんと美しい・・・・・・)」
 それを見て、アーシアさんは一言そう呟いた。
 先程の生糸とは異なり、ただひたすらそれに目を奪われている。目の前に置かれたそれ以外、何物も視界に入らないといった様子だった。
「(三成さん。これは一体?)」
 そう尋ねる彼女の目は、商人としての目ではなく、一人の芸術愛好家としての目だった。
 どうやら、俺の心配は杞憂で終わりそうだ。
「(これは、錦絵です)」
「(ニシキエ?)」
「(イギリスの言葉で言うならば、絵画とでも言うところでしょう)」
「(絵画・・・・・・)」
 俺の言葉を聞き、彼女は再び錦絵を見つめる。しかし、今の目は先程までの目とは異なり、完全なる商人の目そのものだった。鷹が獲物を見つめるが如き目で、一心に穴が開きそうな程に錦絵を見つめている。錦絵の商品、芸術品としての価値を頭の中の算盤を弾いて計算しているのだろう。
 まずまず、悪くない展開だ。


 日本の幕末から明治にかけての期間、ヨーロッパでは日本趣味、ジャポニズムの風潮が大流行した。
 パリ万博を機にフランスからジャポネズリを経て始まったジャポニズムは、それまでヨーロッパで流行していた中国趣味、シノワズリーを凌ぐ程の大流行を見せ、瞬く間にヨーロッパ全土を席巻した。それにより、日本の芸術品はヨーロッパ諸国で高い評価を受け、こぞって高値で買い求められた。
 近代日本にとって、日本の芸術品は生糸と並び立つ程に重要な輸出品だった。日本の芸術品は、世界に日本という極東の島国を認知させ、日本の近代化を支える柱の一つとなった。
 その代表的な物が、浮世絵等を中心とした錦絵だった。
 錦絵は特に需要が高く、ゴッホをはじめとする印象派の多くの芸術家に影響を与える。
 事実、錦絵の代表的存在である葛飾北斎は、世界に影響を与えた人物として、日本人で唯一ナポレオンやアレキサンダー大王と並ぶ程の知名度を今なお誇っている。
 ヨーロッパのそうした風潮や現代に至る錦絵の評価を思い出し、今回取引の一つとして、錦絵を持ってきた。
 生糸と並び立つ重要な交易品になると考えての事だったのだが・・・・・・。
(どうやら、俺の考えは間違いではなかったらしい)
 アーシアさんのこれまでの言動から、俺はそう判断を下した。
 おそらく、俺のこの判断に間違いはないだろう。
「(三成さん、貴方は何のために武器を求めるのですか?)」
 突然の質問に、俺は少し驚く。
 先程までとは、全く種類の異なる質問だ。
「(何のためですか・・・・・・)」
 これは、少しばかり難しい質問だな。
 俺が新式銃を求める目的は、考えるまでもない程にハッキリとしている。しかし、それはあくまでも目的であって、アーシアさんの質問に対する答えとしては適当なものではない。
 この質問に対する答えは、簡単なように思えてそれ程簡単ではない。
(何のため、か・・・・・・)
 改めて考えてみると、目的についてはいくらでも思いつく事、考えつく事ができる。目的は簡単に思い、考える事はできるが、理由については目的の様に上手くはいかない。
(俺にとって、武器を求める理由とは何なのだろうか?)
 理由が思いつかないわけではない。
 何となくは俺自身にも分かる。
 だが、それを俺なりに言葉に表現しようとすると、上手く口から出てこない。もっともらしい理由にはなるのだが、何かが上手く表現できていないような、そんな不快感があり、口から出すことがなぜか憚れるのだ。
 そうした妙な事この上ない感覚にまとわりつかれていると、俺の脳裏にある光景が浮かんでくる。
 すると、それまでまとわりついていた感覚が、出来物が落ちる様にきれいに消え去った。


「(三成さん?)」
「(私の主君なら、大義のためだ、と答えるでしょう。しかし・・・・・・)」
「(しかし・・・・・・?)」
「(私は、主君の理想と同志のために武器を求めます)」
 予想外の答えだったのか、アーシアさんは怪訝な顔をしている。
「(理想と同志のため・・・・・・?)」
「(私は、私の主君の理想を実現させたいと思っています。ですがそれと同時に、主君の理想を実現させる同志たちを護りたい。破壊のためではなく、護りと創造のために武器を求めるのです)」
 アーシアさんは、ただ静かに俺の話を聞いていた。口を挿む事もせず、静かに聞いていた。
 それだけだった。
「(三成さん。私たち商人が、何で商談を決めるか御存知ですか?)」
「(・・・・・・・・・・・・)」
 今まで以上に唐突な質問に、俺はすぐさま答える事ができなかった。
「(一般の商人なら、信頼と将来性のみで商談を決めます。しかし、一流の商人はこれらに加え、もう一つ絶対の必要事項があります)」
 その堂々たる姿からは、大英帝国の大商人としての威厳と誇りが、嫌という程に伝わってくる。俺が気を少しでも抜けば、すぐさまアーシアさんに圧倒され、呑み込まれてしまうだろう。
 部屋の中にアーシアさんがいるのではなくアーシアさんの中に部屋がある、という表現こそが現在の状況に最も適切だろう。
 それ程までに、アーシアさんの存在感は大きくなっていた。
「(もう一つの必要事項。それは、商談相手の心です)」
「(心・・・・・・?)」
「(一流の商人は、ただ利益だけを求めるものではありません。商談を通し、社会に貢献する事を求める。武器を扱う商人ならば、なおさらです。そしてそれこそが・・・・・・)」
「(商人たる者のあるべき姿、ですか)」
「(その通りです。
 利益を得る私たち商人、商品を得る商談相手、そして私たちが属する社会。この三者が共に利益を共有できるようにする事こそが、私たち一流の商人の証なのです)」
 今のアーシアさんの顔は、商人と言うよりもむしろ哲学者のそれに近かった。
 また、今アーシアさんが語った商業理念は、日本の近江商人の『三方良し』の精神にも通じるものだ。現代の多くの企業経営者のほとんどが忘れている、本来の商業の精神をアーシアさんはこの若さで見事に体得している。
 今ならば、この若さで大英帝国の大商人が務まっているのも、至極当然の事に思える。
「(三成さん、貴方はとてもいい目をしています。私は貴方の目と自分の目を信じます)」
「(それはつまり・・・・・・)」
 俺とアーシアさんの間に、しばらくの沈黙が訪れる。
 そして、満面の笑みがその沈黙に終止符を打つ。
「(大英帝国商人アーシアは、三成さんとの商談のお話を受けさせていただきます)」


 この瞬間。
 俺は、今までの人生で最も苦しい一瞬を乗り越えた。これまでの人生で、これ程の喜びを抑えた事など、ただの一度もなかった。
 おそらく、今後の人生でこれ程までの喜びを味わう事など、まずありはしないだろう。
 そう思える程に、俺の心は喜びに満たされていた。
「(私としましては、生糸と錦絵を是非とも取引させていただきたい)」
「(承知しました。私たちとしては、連発銃等の武器の取引を望みます)」
「(いいでしょう。それで、取引の方法と場所はどうしますか?)」
「(生糸と錦絵についてはそちらで、武器については飛鳥屋という事で。取引は為替に基づいて、という事にしましょう)」
 それからの商談は、信じられない程の速さでスムーズに進んだ。俺たちの間に絶対の信頼関係が成立し、互いに駆け引きをする必要性がなくなった事が極めて大きかった。
 だがそれ以上に、俺とアーシアさんが似たタイプの人間という事も大きかった。そのため、理由を言わずとも、互いに理解し合えたからだ。
 そして・・・・・・。
「(では、これで商談成立と言う事で・・・・・・)」
「(これから、よろしくお願いしますね)」
「(こちらこそよろしくお願いします、アーシアさん)」
 俺とアーシアさんの握手により、俺たちの商談は成立した。
 俺たちは、互いに強く手を握り、商談の成立と信頼を確かめ合った。


 それは小さな一歩であったが、俺たちにとっては大きな一歩だったーー。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「放て!」
 三成の号令の下、一斉に銃口から火が噴いた。
 もっとも、的の中央を見事打ち抜く者はまだまだ少ない。辛うじて、的に当てるのが精一杯という者がいまだに多いのが現状だ。
(だが、質は確実に上がっている)
 数回程度しか訓練を見に来ていない私にも、それだけはよく分かる。


 三成が、エゲレス商人のアーシアなる者と商談を成立させて、数ヶ月余りが過ぎた。
 三成はアーシアとの取引を大幅に拡大し、莫大な利益を上げた。その利益は月を経るごとに増加し、今後益々増加する見通しが立っている。そのため、早くも三成は今後交易をさらい拡大させていく方針を打ち出している。
 交易がさらに軌道に乗れば、洋式軍隊編成の費用とその維持費は、交易の利益で十分賄えると言う。
「それにしても・・・・・・。よく、あれだけの新式銃を揃えられたものだな。さすが、三成だ」
「たった二十挺に過ぎません。部隊分すら揃えられていません」
 他者の目がある事もあり、三成は猫を被って私と話す。
 三成の地を知る私からすれば、その光景に何とも言えない思いが沸き起こる。
「だが、それら全てが新式銃だ。そう悔やむ事はない・・・・・・」
 それでもなお、三成は申し訳ないという顔をしている。三成としては、新式銃の不足は自分の努力不足と感じているのだろう。
(少し、自罰的過ぎるな・・・・・・)
 私としては、そう思わざるを得ない。


 三成が、交易で手に入れたスナイドル銃やスペンサー銃は、いずれも新式銃。三成の話では、メリケンたちの大戦争でも使用されている最新式の銃らしい。
 その中でも、部隊に五挺しかないスペンサー銃は後装式の連発銃であり、今の日本では最も入手が困難な新式銃だという。
 それだけの新式銃を集めた三成の手腕は、称賛に値する。
(よくこれ程の銃を手に入れたものだ)
 二十挺とは言え、これ程の新式銃を手に入れるのは、かなり大変だった筈だ。
 その苦労を言う事もなく自分を責めるとは、三成らしいと言えばいかにも三成らしい。
「三成、焦っても武器は集まらない。時間をかけて集めるしかあるまい」
「私は、少し焦っていたようです。申し訳ありません・・・・・・」
「気にするな。三成が焦るお蔭で、私は焦らずに済む。それに・・・・・・」
 私は天を仰ぐ。
 それにつられ、三成もまた天を仰ぐ。
「時代が動く兆しを見せれば、誰もが焦りを感じるものだ。恥じる事はない」
「・・・・・・・・・・・・」


 空では、風に吹かれた暗雲が激しく蠢いていた。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 南紀派が権力争いに明け暮れる中、京の都では不穏な動きが起きていた。
 井伊大老の幕政運営に批判的な志士たちが集まり、朝廷や一部公家と接触を始めたからだ。その影響は江戸にも及び、尊皇攘夷を主張する者が増加。とりわけ過激な攘夷運動を主張する者が、激増の一途を辿っていた。
 この事態を重く見た井伊大老は、南紀派を再び纏め上げ、尊皇攘夷を主張する志士たちの大弾圧に乗り出した。
 世に言う『安政の大獄』である。
 安政の大獄では、尊皇攘夷を主張する志士たちだけでなく、志士たちと接触した公家や志士たちを援助した商人等の町人たちまでもが捕らえられ、厳罰に処された。
 この大弾圧によって、吉田松陰や頼三樹三郎、梅田雲浜、橋本佐内等の錚々たる人物たちが命を落とした。
 日本の志士たちは、井伊大老の過酷過ぎる大弾圧を恐れ、同時に激しい怒りを覚えた。
 そして、日本中に井伊大老への怨嗟の声が満ち溢れたーー。


―江戸城桜田門外―
「国賊井伊直弼、覚悟~~~!」
 雪が降るその日、桜田門外は金属音と血の匂いに包まれた。
 尊皇攘夷を叫ぶ水戸浪士ら十八人が、井伊大老を国賊と見做して桜田門外にて襲撃したのだ。
 浪士たちと彦根藩士たちとの激しい斬り合いの末、井伊大老は暗殺された。
 世に言う『桜田門外の変』である。
 襲撃した浪士たちは、幕府の威信を賭けた大捜索により次々と捕縛され、死罪となった。
 だが、幕府最高権力者が江戸城の近くで暗殺された事により、幕府の権威は大きく低下。日本全土に、幕府の弱体化が知れ渡り、激震が走った。
 井伊大老という重しが外れた事で、日本の各地で暴走が始まろうとしていた―。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「井伊大老が暗殺されてから、たったの一ヶ月程度でこうも幕府が変わるとは・・・・・・。時代の流れとは、恐ろしいものだ」
「全くだ。だが、だからと言って、時代の流れに乗り遅れるわけにはいかん」
「当然だ。だが、私は心配していない。何せ、私には直江三成がいるからな」
 慶喜は満面の笑みで、さらりと言ってのける。その顔には、有無を言わさぬ自身が溢れていた。
「ふっ・・・・・・。今回は、本気として受け取っておこう」
 どちらからともなく、笑いがこぼれる。
 それも、部屋中が明るくなる程の笑いが・・・・・・。
 しかし、それを敢えて咎める者は誰もいなかった。
「今回の件、お前が手を回したな?」
 私が三成に尋ねると、三成は不敵な笑みを浮かべる。
「さて何の事かな?」
「まぁ、いい。それで、洋式軍の編成はどうなった?」
「幕府の混乱時程とはいかないが・・・・・・。慶喜の忍びの視察時より、五人増やした。部隊総数は六隊と半隊、六十五人だ」
 六隊と半隊、六十五人。
 洋式軍編成当初より、かなり人数が増えている。まずは上々と言うべきだろう。
 それも、数だけではなく質も伴った軍なのだ。なおさらよしとすべきだろう。
「ただ・・・・・・。やはり、新式銃の数が絶対的に不足している。あるのは、たったの二十三挺。必要数の半分もない」
 あの三成が、苦虫を噛み潰した様な顔をする。普段は見せないその顔が、私には堪らなく辛い。
(これは、三成の責任ではない)
 そもそも、三成は交易によって、莫大な利益を上げている。そのため、新式銃の購入に資金では苦労する事はない。
 だが、資金がいくらあっても、肝心の新式銃自体が少ないのだから仕方がない。
「新式銃が不足しているのは、仕方あるまい。無い物ねだりをしても無意味だ」
「分かっている。今は、基礎訓練と交代での射撃訓練で、訓練の質を上げている」
「それでこそ、私が見込んだ軍師だ」
 武器が足りない現状に甘んじず、現状での最善の方策を考え、実施する。
 それこそ、我が軍師直江三成の真骨頂だ。
「取り敢えず、新式銃の不足問題は追々解決するとしよう」
「そうだな。それと慶喜、一つ提案したい事がある」
「提案?」
 先程とは打って変わり、三成の顔からは険しさが消える。
 どうやら、悪い話ではないようだ。
(もっとも、それ程いい話でもないだろうが・・・・・・)


「そろそろ、軍に名をつけたい」
 あまりに普通過ぎる提案に、拍子抜けしてしまう。
 どうやら、私は少し考え過ぎていたようだ。
「軍に名を?」
「軍が発足して、すでに四ヶ月以上が過ぎた。いつまでも、名無しの権兵衛というわけにはいかんだろう」
 たしかに、三成の言う事は正論だ。いつまでも名無し軍のままでは、様々な問題も出てくる。それを考えれば、軍には早く名前をつけた方がいいだろう。
(三成の提案は渡りに船だな)
 これを機に軍の名を考えるとしよう。
 とは言え、三成の顔を見る限り、すでに何らかの腹案はあるようだ。
「それで、一体何と名づけるのだ?」
「それなんだが・・・・・・」
 すると、三成は懐から二枚の紙を取り出す。
 そこには、それぞれ流麗な字で名が書かれていた。
 『葵隊』
 『御剣隊』
 漢籍には見られない言葉だから、おそらく三成が考えたものだろう。
 それにしてもよい名だ。
「軍の副官である人見殿や伊庭殿らとも、検討に検討を重ねたうえでで選んだ名だ。これは俺個人の意見だが、それ程悪い名だとは思わない。むしろ、俺たちに相応しい名だと思っている」
「それは私も同意見だ。しかし、なぜ候補が二つある?」
 私が訪ねると、三成は呆れた様な顔を私に向ける。それはまるで、出来の悪い門人を見る師の様であった。いや、そんな生易しいものではないな。不詳の子を見る親、とでも言うところか。
「この軍は直江三成の軍ではなく、一橋慶喜の軍だ。軍の名をつけられるのは、軍を率いる将のみだ」
「将・・・・・・」
 それは、私が久しく聞く事がなかった言葉だ。
 その言葉はどこか懐かしく、古くからの親友の様な響きすら感じさせる。そしてそれと同時に、私の中にある何かが掻き立てられ、私の血を熱くたぎらせる。
 だが、その熱さとたぎりは決して不愉快なものではない。むしろ、心地よくさえある。
(久しく忘れていた何かを、思い出させる)
 そう私に思わせるに十分な言葉だった。
「我が将よ。貴女の剣たる我らに誇りある名を与えて欲しい」
 三成は己が目で私を見据え、そう言い放つ。目を一瞬たりと放す事無く、ただひたすら私を見つめる。
(眩しい目だ)
 私を見つめる三成の目は、この世の物とは思われない程に美しく輝いていた。
 見ている私を引き込んでしまいそうな程に、三成の目は眩しく美しかった。


「上手く乗せられた気がするな」
「気のせいだろう」
「まぁいい。それで、軍の名だが・・・・・・」
 先程の三成の言葉。
 同じ理想を抱く仲間たち。
 それらを思い浮かべれば、私が下す決断はこれしかない。
 私の軍の名、それは・・・・・・。
「軍の名は・・・・・・、葵隊としよう」
「理由を聞いていいか?」
「徳川の家紋は三つ葉葵。私たちに共通する象徴だ。私たちの軍の名としては申し分がない」
「それだけか?」
 自分には全てお見通しだ、とでもいった表情で三成は私に尋ねる。
 どうやら、私は三成に隠し事はできないらしい。
「三つ葉葵は、葵は一つの葉だけでは成り立たない。いくつもの葉があってこそ、葵ははじめて葵となる」
「なるほど・・・・・・。つまり、今後我々が進むべき姿が、葵の姿そのものである、と」
「その通りだ」
「いいのではないか」
 あの三成が、素直に私の考えを褒めた。
 その反応に、私は驚きの念を隠せない。
(これは夢か、はたまた幻か?)
「何だその顔は?」
「いや、三成が私を褒めるとは、少し意外だったのでな」
「失礼な。俺とて他者を褒める事くらいはする。ただ、その基準が少しばかり厳しいだけだ」
 三成の顔に朱が差す。
 目を私から背け、瞼を閉じる。
 それまでの三成とは、明らかに反応が異なる。
(本当に、素直でないのだから・・・・・・)
 私がこう思うのは、これで一体何度目だろう?
「それよりも、だ」
 それは、今の反応を忘れさせるように、取って着けた様な言い方だった。
「そろそろ、龍も眠りから目覚める頃合いだ。覚悟はいいか?」
 言い方自体には、三成らしくない少し不自然なものがあったものの、その目はいつになく真剣そのものだった。


「三成、私を誰だと思っている?」
 怖くなる程美しい顔を浮かべ、慶喜は尋ねる。
 それと同時に、俺は慶喜の圧倒的なまでの覇気と自信に呑み込まれる。
(この数ヶ月間で、さらに大きくなった)
 どうやら俺は、慶喜を過小評価していたらしい。
「俺が主君と認めた、才色兼備の誇り高き伏龍、一橋慶喜様かな・・・・・・」
 後はもう、互いに笑うだけだった。


 伏龍は目覚めた。
 あとは、天へと雄飛する時を待つのみーー。













































 

別れと出会い

                              別れと出会い


 『桜田門外の変』の後、新たに幕府の指導者となった切れ者と名高い老中安藤信正は、事件の事後処理を迅速かつ粛々と実施。そのため、突如として独裁者井伊直弼を失った幕府の混乱は、比較的短期間の内に収束。
 それによって、一応の平穏が保たれていた。
 しかし・・・・・・。

―江戸/中ノ橋―
「攘夷‼」
「ギャーー!」
 その日、アメリカ公使館のヒュースケンが、尊攘派志士の襲撃を受け斬殺された。
 そして、まるでこれが導火線になったかの様に、各地で尊攘派志士らによる外国人襲撃事件が相次いで発生。外国人襲撃事件は一向に収まる気配をみせず、日を追うごとに激化の一途を辿っていった。
 日本全土で尊攘過激派の暴走が始まった。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―江戸城/一橋邸―
「最近、外国人襲撃が増えているが・・・・・・。アーシア殿の方は大丈夫なのか、三成?」
「それについては、すでに手を打ってある。アーシア殿の身辺は、信用できる手の者らに護衛させている。それも手練れにな・・・・・・」
 尊攘派の外国人襲撃事件の頻発化に伴い、俺たちも備えを強化していた。
 アーシアさんには護衛をつけ、飛鳥屋にも数十名の家臣たちを常在させた。そして、交易時の護衛の数も十人程度増やしていた。その効果なのか、今のところ俺たちの交易に支障は出ていない。それどころか、交易は順調に軌道に乗っていった。
 現段階では、俺たちの計画に支障はない。
(尊攘派の愚か者どもが・・・・・・)
 貴様らの愚行が、この日本を亡国へと導く行為であるとなぜ分からん。
 貴様らはそうまでして、この日本を滅ぼしたいのか?
 俺としては、尊攘派の愚か者どもにそうした思いのたけをぶつけたかった。
「三成、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「尊攘派の愚かさに頭が痛いだけだ。気にするな」
 今は、体調を崩している時ではない。
 ようやく、天下の秋が俺たちに巡ってきたのだ。
 雌伏の秋は終わり、行動の秋が来た。
 今この秋を、最大限に生かさなくてはならない。
「慶喜、俺はこれより、葵隊の増強と武備の充実を計る。慶喜も、慶永様や容保様との連絡を強化してくれ」
「分かった。三成、お前も身辺には十分気を付けろ」
「安心しろ。慶喜の天下を見ずには、絶対に死なん」
 それから俺は、葵隊の隊士たちの部屋に足を急がせた。


「そ、総督⁉」
「そのままでいい。それより人見、伊庭の両隊長は?」
「隊長たちでしたら、部屋で話しておりましたが・・・・・・」
「ありがとう」
 跪こうとした隊士から話を聞き、二人がいる部屋へと急ぎ向かった。
 いつもは何とも思わない廊下が、この時ばかりはひどく長く感じられる。
「人見殿、伊庭殿いますか?」
「そ、総督⁉」
「総督。お呼び下されば、こちらから参りましたのに・・・・・・」
 二人はそれぞれの反応で、俺を部屋へと迎えた。
 部屋は左右で、全くその様子が違った。左側は書類等が綺麗に整頓され、右側では書類等が散乱していた。この部屋には初めて来た俺だが、一目でどちらが誰のスペースなのか、すぐに理解できた。
 おそらく、俺の理解に間違いはないはずだ。
「人見殿、話の前にすぐそこを綺麗にしなさい」
「やっぱり、分かっちゃいます?」
 むしろ逆に、どうしたら分からないのか、俺に教えてもらいたいものだ。
 普段の人見殿を見ていれば、部屋の状態など大凡は察しが付く。
 と言うより、察しがつかない方がありえない。
 その後、人見殿の居住スペースは一応の整理がなされ、漸く話をする環境が整えられた。


「それで、私たちに何の話です?」
「二人には、葵隊の隊士全員に、改めて我が隊の目的が尊皇攘夷でない事を徹底させてほしい」
「目的の再確認という事ですか?」
「そう言う事です」
 お茶を口に運びつつ、伊庭殿の質問を肯定する。
 だが伊庭殿は、理由を求めはしない。
 軍人らしく、黙って従うという態度だ。
 その姿勢にはとても好感がもてる。
「たしかに、総督の言う通りかもね」
「どういう事だ、人見?」
 お茶を一気に飲み干し、人見殿はゆっくりと口を開く。その様子は、まるでいつぞやの宴席の様だった。さすがに飲んでいるのがただのお茶であるため、酔っ払ってはいない。
「今じゃ世の中、尊皇攘夷一色。手を打たなきゃ、葵隊の連中がバラバラになりかねないわ」
「人見殿の言う通り。ここで目的を再確認しないと、葵隊そのものが混乱し、分裂しかねません」
 俺たちの説明を受け、伊庭殿は深々頷く。
 再確認の重要性はよく理解できた、という事だろう。

(組織に思想的混乱があってはならない)
 これは、組織を動かす者にとって絶対条件だ。
 組織の全員が、組織の目的を、思想を共有している状態。それは組織の活力となり、何よりも強く組織を結束させる。そして、それによって組織には上と下とを結ぶ二本のパイプができる。そのパイプによって、組織の構成員は組織を信頼するようになる。
 その逆に、思想的混乱がある組織は、必ずや分裂もしくは崩壊する。
 それも極めて短い期間に、驚く程の早さで。
 だから、組織を動かす者は思想的混乱が起こらぬように、それらの共有を図らなければならない。
(人見殿には、政治の才能もあるようだ)
 ズボラで暢気な性格をしてはいるが、こうした組織運営的な政治的才能を、彼女は豊かに持っているようだ。政治的才能は、軍事的才能とは異なり、生まれながら持っているという事はまずありえない。
 様々な経験や人付き合い、そして知識を積み重ねる事により、初めて政治的才能は花開く。
 おそらく、人見殿は見かけとは異なり、はるかに苦労を重ねてきたのだろう。


「これ以外にも、二人に幾つか頼みたい事があります」
 すると、今度は伊庭殿が俺の言葉に反応する。
「葵隊の増強と武備の充実ですか?」
 さすがわ、伊庭八郎。
 軍事的才能には、抜群のものがある。
 やはり、彼女には天生の才があるようだ。
 今、葵隊に求められている事が、よく分かっている。
「その通りです」
 湯呑のお茶を全て飲み、それをゆっくりと膝元に置く。
 それに合わせて、二人も湯呑を置き、鋭い視線を向ける。
「井伊大老の暗殺以降、各地で尊攘派の暴走が始まっています。その暴走は止まるどころか、さらに激しさを増しています。私たちは速やかに態勢を整え、来たるべき秋に備える必要があります」
「それで、増強の規模はどれ程?」
 二人は膝を寄せ、さらに視線が鋭くなる。
「隊士を二小隊、二十人。銃を二十五挺から四十挺前後に。そして、値が三十両以内なら、スペンサー銃を最低五挺程度」
 増強規模を聞き、二人は顔を見合わせる。
 これまでにない程の規模に、さすがに驚いているようだ。
「それ程の増強、可能なのですか?」
「隊士増員はともかく、銃をそんな購入したら、幕府が文句を言うんじゃ・・・・・・?」
 たしかに、二人の心配はもっともだ。
 しかし、それはあくまでの今までと同じ状況ならばの話だ。
「心配はいりません。大老暗殺時、混乱に乗じて葵隊をここに移した時、幕府に隊の発足を認めさせました」
 二人の前に、幕府からの隊発足を認める書状を置いて見せる。
 二人は、ただただ唖然としている。
「幕府の許可もある以上、隊の増強が咎められる事はありません。もっとも、手順を踏んでいなかったとしても、今の幕府にその様な余裕はないでしょうが・・・・・・」
 俺が幕府から許可をとったのは、いたずらに火種をつくりたくなかったからに過ぎない。
 それ以上の理由もそれ以下の理由も存在しない。
「そこまで手を打っているなんて・・・・・・」
「私たちの総督ながら、恐ろしいまでの周到さです」


(この程度なら、生徒会で慣れている)
 生徒会では、殺人的な仕事量を回されるのが常だった。そのため、それらをこなす内にこうした下準備にも自然と慣れ親しんだ。
 今にして思えば、生徒会でよくあれだけの仕事量を一人でこなしていたものだ。普通の者なら、過労で倒れるか、とっくに辞表を書いて辞めていただろうに。
(だが、そのお蔭で今の俺がある)
 そう思うと、人生何が吉となるか分からないな。
「総督?」
「あぁ、すみません」
 伊庭殿に促され、俺は話を続ける。
「銃購入の詳しい事は、この書状に書いてあります。人見殿、これを横浜のアーシア殿に届けて下さい。紹介状も認めてあります」
 突然の指名を受け、人見殿の顔に困惑が浮かぶ。暢気でズボラな人見殿でも、さすがに見ず知らずの場所に行く事には気が引けるようだ。
 まぁ、至極当然の反応だから、何も言いはしないが・・・・・・。
「なぜ、あたしが?」
「こうした事は、信頼ができ地位のある者が適任です。それに、人見殿も横浜を見ておいた方がいい」
 困惑に変わり、疑問が顔に浮かぶ。
 どうやら、俺の考えを量りかねているようだ。
「横浜は、未来の日ノ本の縮図です。開国による長所があれば、当然ながら短所もあります。それらを、己が目で確かめるよい機会です」
「けど・・・・・・」
「私も横浜に行き、大いに得る事があった。人見も、ぜひ見てくるといい」
 伊庭殿までが、横浜行きを薦める。俺だけでなく、伊庭殿にまで説得に回られては、人見殿も頷くしかなかった。
 その後、葵隊の増強について、細かな打ち合わせ等を確認をして、俺は二人のもとを後にした。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「ここにて、少しお待ち下さい」
 案内をしてくれた者にそう言われ、俺はこの一室で屋敷の主との対面の時を待った。その待ち時間は、俺にはあまりにも長く感じられた。
(こうして会うのも、久しぶりだな)
 待ち時間が長かったからか、ふとそうした思いが頭をよぎる。
 考えてみれば、病に倒れられたと聞いても、様々な理由により満足に見舞いに行く事はおろか、手紙すら書く事もできずにいた。聞くところによると、今は病状が進み、病床から離れる事もできない状態にあるとか。今さらながら、これまでの自分の行為に腹が立つ。
 もっとも、今さら腹を立てたところで、後の祭りなのだが・・・・・・。
「・・・・・・三成、入るがよい」
 先程の者ではなく、屋敷の主自らが俺にそう呼びかけた。
 その声はか細くはあったが、とても力強い声であり、病人の声とは俄かには信じ難かった。
「では、失礼いたします」
 俺は驚きから立ち直り、極力平静を保った声で部屋の主の言葉に応じる。
 襖をユックリと静かに開け、屋敷の主が待つ部屋へと入る。
 そこでは、布団の上に屋敷の主が横たわっていた。覇気こそ以前とあまり変わらないが、その姿はあまりにも痛々しかった。おそらく、気を緩めでもしたら、頬を涙が流れてしまうだろう。
 俺は感情を辛うじて抑え、傍へと近づく。
「葵隊増強は、着々と進んでおります。新式銃の配備は不十分ですが、隊士の質は問題ありません」
「・・・・・・・・・・・・」
「新式銃の配備も確実に進んでいます。この分なら、十分間に合う事でしょう」
「・・・・・・・・・・・・」
 目を瞑り横たわる屋敷の主は、俺の報告に黙って耳を傾ける。口を挿む事はおろか、質問さえしようとしない。
 ただ黙って、耳を傾けるだけだ。
 以前とはまるで異なるその様子に、俺は戸惑いを隠せなかった。
(何ともやりにくい・・・・・・)
 そうは思いながらも、俺は報告を続けた。
 こうして、ただ淡々と報告をする。
 それが、最近新たに増えた俺の仕事の一つである。定期的に、この屋敷の主に報告をする。
 それも葵隊の状況について、細大漏らさず正確に・・・・・・。
 もっとも、こうして直に報告をするのは今回が初めてだ。
 これまでは、この屋敷の主が俺のもとに家臣を寄越し、その家臣に報告を伝えてもらう。そうした間接的な報告が、これまでの報告だった。そして、その時に俺は、寄越された家臣からこの屋敷の主の病状を伝え聞いていた。伝え聞くたびに、病状は少しづつ悪化していった。
 そんな中、前回の報告の時に寄越された家臣から、次は直接報告をしに来るように、との屋敷の主からの言伝を俺に伝えてきた。
 その結果、俺はこうしてこの屋敷に赴き、報告がてら見舞いに来る事ができた。


「以上が、此度の定期報告です」
「・・・・・・大義じゃったの、三成」
「いえ、当然の事ですので・・・・・・」
 屋敷の主にそう答えるだけで、俺は精一杯だった。
 と言うより、俺には他にかける言葉が見当たらなかった。より正確に言えば、それ以外の事を言えば、これまで何とか堪えていた涙が、双眸から溢れ出てしまいかねなかった。
「三成、お前はこの時代の者ではないな」
「・・・・・・・・・⁉」
 あまりにも突然の言葉に、体中から冷や汗が流れ出す。それと同時に、体中に超高圧電流が走った。そのあまりの衝撃に、俺の思考は一時停止を余儀なくされたばかりか、一瞬意識が遠のいた。
 「儂が論破された時から、何となく感じておった。お前は、この時代の者でない、と」
「・・・・・・・・・・・・」
「儂自身その考えを何度も否定した。しかし、お前を見る度に、その考えは益々強くなっていった・・・・・・」
 屋敷の主は、か細く力強い声で話し続ける。
 その声のみが、部屋に染み渡る。
「お前はこの国を、未来を変えるためにこの時代にやってきた。儂にはそう思えてならんのだ」


(どう答えるべきかな、俺は・・・・・・)
 だが、いくら冷静に考えても、名案は浮かばない。話の内容はともかくとしても、こうも誤魔化しようのない事実を突き付けられては、返す言葉自体がまるで見あたらない。
 だからと言って、その話を肯定する事自体は、憚られる。
(まさか、慶喜意外と共有せざるを得ない状況になるとはな)
 さて、どう答えるのが最善か。
 いくら考えようと、妙案は浮かばなかった。
「三成、もし儂の言っておる事が正しいのなら、黙って儂の手を握ってくれ。真実は、墓場まで、いや、黄泉路まで儂が持ってゆく。安心せい」
 屋敷の主は、力強い視線で俺を見つめる。
 その視線からは、俺を咎める気など微塵も感じられない。
 ただ、真実を知ろうとする老婦人。
 俺がその姿から感じられるのは、それだけだった。
 俺は屋敷の主からの問いに、手を取る事で答えた。


「そうか・・・・・・」
「今まで黙っていて、申し訳ありません」
「よい、気にしてなどはおらぬ。誰にでも話せぬ事はある。それよりも・・・・・・」
 屋敷の主は、布団よりその身を起こす。
 その姿は、医学には全くの素人である俺にですら、無理をしているのだという事が分かる。体にかなりの無理がかかり、体が悲鳴を上げている様にさえ見える。
 一体何が、この方をこうまで駆り立てるのだろうか。
「お体に障ります。ご無理はどう・・・・・・」
「直江三成!」
 部屋に雷が落ち、体全身に異常な緊張が駆け抜ける。
「儂はもう長くはない。どうか、儂の最後の頼みを聞いてはくれまいか」
「・・・・・・・・・・・・」
 緊張のためか、はたまた眼前の人物の覇気のためか、答える事はおろか身動き一つとれない。
(これが、真の英傑の覇気か・・・・・・)
 恐ろしいまでの覇気に、俺は改めてこの人物が英傑だと思い知らされた。


 外では、華麗に咲き誇った桜が、今まさに燃え尽きようとしていた。
 老いた桜に変わり、新たなる命の花をまだ青い百合が咲かせようとしていた―。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 各地で尊攘派の暴走が激化の一途を辿る中、筆頭老中安藤信正を中心とした幕府は、公武合体の方針の名のもと、幕府と朝廷の融和・結合を計った。それにより、低下した幕府の権威を回復させようと考えたのである。
 安藤信正は、皇女和宮と将軍徳川家茂の婚姻を計画。
 孝明天皇の積極的な承認を受け、これを実現させる。
 だが、この婚姻は、燃え盛る業火に油を注ぐ結果となった。
 尊攘派はこの婚姻に激怒し、安藤信正を江戸城坂下門付近で襲撃。安藤信正は軽傷を負ったものの一命は辛うじてとりとめる。しかし、その代償として政治生命は完全に断たれ、失脚した。
 この『坂下門外の変』により、幕府はその権威をさらに低下させた。これに対し、幕閣には迅速かつ適正な幕府の態勢立て直しが求められた。
 その結果、幕府の中立派や親一橋派の松平容保らが中心となり、一橋慶喜の再登用を幕閣に対して強く求めた。幕閣は慶喜登用に乗り気でなく、煮え切らない態度だった。しかし、朝廷の圧力や薩摩が干渉の動きを見せ始めた事により、慶喜の登用に踏み切った。
 それは伏龍が天に上る雲を得た瞬間だった。


 それは、一つの時代の終結を遂げる出来事だった。
 一つの時代が終わり、新しい時代が今まさに始まろうとしていた。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「三成、漸く待ちに待った時が来たな」
「長かったようで、短かったな・・・・・・」
「そうだな・・・・・・」
 闇夜を月が青白く照らす中、私たちはどちらからともなく盃を傾けた。飲んでいる酒は、大宴会の時の酒と比べれば随分と安い酒だったが、味は比べ物にならない程美味かった。
(やはり酒は、こうして飲むにかぎる)
 本当に飲み合いたい者と飲む酒だから、安酒であってもこれ程美味く感じられるのだろう。


「将軍後見職、一橋慶喜か。理想の第一歩に過ぎないが・・・・・・、大したものだ」
「何を他人事の様に言っている」
 俺の盃に酒を注ぎつつ、慶喜が何事か言い出す。
 顔には、怪しい笑みを浮かべている。
 なぜだろう。
 酷く嫌な予感がする。
 俺の気のせいだろうか?

「三成、幕府が新たに歩兵奉行と言う新職を創設したのは知っているな?」
「知っている。それがどうかしたのか?」
 空になった盃に、今度は三成が酒を注ぐ。酒を注ぐ三成の顔は怪訝そのもので、その目には疑惑と警戒が満ち満ちていた。早くも、私の言葉から何かを予知しているようだ。
 私はそれを無視して、酒を一気に飲み干す。
「その歩兵奉行の一人に、将軍後見職の権限でお前を任命する」
「・・・・・・・・・・・・」
 盃を持つ三成の姿は、月明かりに照らされ神秘的で実に美しかった。まるで、どこぞの彫像の様でさえあった。
「・・・・・・それは、初耳なのだが・・・・・・」
「当然だ。言っていなかったからな」
 三成からは、面白い程に何の反応もない。
 おそらく、何事か思案しているのだろう。
「ちなみに、俺に拒否権はあるのか?」
「愚問だな・・・・・・。これは要請ではなく、命令だ。拒否権など存在しない」
 盃を置き、三成は自分で酒を注ぐ。
 三成も、今回ばかりは諦めたようだ。
「三成の言いたい事は分かる。しかし、龍は雲無くして天へは行けぬ。私には、お前と言う雲が必要なのだ」
 三成は、黙って盃を置く。
 その顔からは、全く考えが読み取れない。
「慶喜はズルいな。そうまで言われては、俺が断れるわけがないだろう・・・・・・」
 酒と盃を横にずらし、三成は姿勢を正す。
「直江三成、謹んで幕府歩兵奉行の役職を承ろう。非才の身だが、将軍後見職たる一橋慶喜卿の名に恥じぬよう全力を尽くす」
 最後は苦笑交じりだった。しかし、これで無職の三成も幕府において一定の役職に就く事になる。三成が幕府においてその才を発揮するには、少し役不足の役職ではあるが、それは三成の才がいずれ解決してくれる事だろう。
 それもそう遠くない内に・・・・・・。


「さてと、それでは、私の将軍後見職と三成の幕府歩兵奉行就任を祝うとしよう」
「それはいいが、円四郎も呼び戻してやれよ。あいつは後が怖い」
「分かっている」
 それから私たちは、ささやかな祝い酒を改めて酌み交わした。
 すでに夜は明け、空には日が昇ろうとしていた――。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「三成~~~、いつ頃京の都に着くの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「三成~~~~~~」
「うるさい。これでもう五回目だぞ。少しは黙ったらどうだ?」
「で~~も~~~」
「もう一度、山流しにされてきたらどうだ?平岡近江守円四郎殿」
 俺の言葉に、さしもの円四郎も閉口する他ないようだ。
(山流しが、余程答えたようだな・・・・・・)
 甲斐国甲府城の守備に当たる役職、甲府勤番への転属。
 通称『山流し』
 八代将軍徳川吉宗の時代に始まったこの転属制度は、幕臣に対する実質的な左遷。元々は素行の悪い幕臣や軽微の犯罪を犯した幕臣の更生を図るための制度だったが、時代が経つに伴い左遷制度へと変質。この制度により、幕府内部での政争に敗れた者が数多く江戸から甲斐の甲府へと追放されてきた。
 大都会の江戸から、温泉と山のみの田舎である甲斐への左遷。江戸暮らしに慣れた者にとって、甲斐での無為失意の日々は、地獄そのものだ。いや、野心や志を胸に秘める者にとって、それは地獄以上、まさに生きながらの死。
 俺同様に大志を抱く円四郎にとって、それは主君である慶喜から離された事に勝るとも劣らない苦しみだった筈だ。
(まぁ、円四郎にはいい薬になっただろう)


「も~~。総督も円四郎殿も、喧嘩はやめて下さいよ~~~」
「(コクコク)」
 のんびり声をあげ、二人の女性、渋沢栄一郎と成一郎が馬に駆け寄ってくる。
「仲間同士で喧嘩なんて~~、百害あって一利なしですよ~~~」
「(コクコク)」
 栄一郎が話す中、隣の成一郎は顔を動かすだけで、何も喋らない。
 従妹同士だが、全てが正反対な二人だ。
 見ている者にとっては、ある意味清々しい。
「心配は無用よ。三成が本気で喧嘩していれば、あたしの首はとっくに飛んでるわ」
「二人に妙な事を吹き込むな!」
 眼前で繰り広げられる何ともおかしな会話に、二人は目を丸くしていた。
 その二人の周囲では、俺たちをよく知る一橋家古参の家臣たちが、互いに頷き合っていた。
 俺としては何とも恥ずかしい。


 渋沢栄一郎と渋沢成一郎。
 彼女たちは、武蔵国の豪農の出身で、尊皇攘夷の志を持っていた。二人は自分たちの志を実現するため、六十人の同志を集めた。しかし、優れた指導者がおらず、攘夷の計画は失敗。
 そのため、自分たちの指導者として慶喜の擁立を計画。
 葵隊の訓練に当たっていた俺と見学中の円四郎に接触してきた。
『尊皇攘夷のため~~、一橋卿共々立ち上がって下さい~~~!』
『・・・・・・攘夷のため。協力して』
 二人は必死に(?)、俺たちに懇願した。
 しかし、俺たちは二人に攘夷の無謀さ、開国の必要性を説明。三日間に及んだ説明の末に二人を説得し、考えを開国に転換させた。
 そして、彼女たちと六十人の同志を葵隊に受け入れ、二人を隊の隊長にして、今日に至った。
「二人とも、葵隊には慣れましたか?」
「は~~い。先任の御二方も親切で~~、すっかり慣れました」
「(コクコク)」
 農民の出の彼女らが、武士たち中心の葵隊に慣れるか、少々心配していたが・・・・・・。
 それはどうやら、杞憂だったようだ。
 まぁ、人見殿と伊庭殿の人柄を考えれば当然の事だ。
「総督」
 俺が馬上でそうした事を考えていると、伊庭殿が馬を寄せてきた。
「どうしました、伊庭殿?」
「慶喜様がお呼びです」
「分かりました。すぐに行きます。それと・・・・・・」
「何でしょうか?」
「洋服、よく似合っていますよ」
「・・・・・・失礼します」
 伊庭殿は、顔を真っ赤にしてその場から駆け去った。
 真紅の洋服で騎乗する伊庭殿の姿は、何とも言えない美しさがあった。


 慶喜が、将軍上洛の梅雨払いとして上洛を命ぜられる三ヶ月前、葵隊の兵力は十一隊、百十人となり、新式銃も漸く六十五挺余り揃った。中でも、新式銃の三分の一余りを占めるスペンサー銃二十挺の存在は大きい。これに加えて、渋沢栄一郎・成一郎らが加わり、葵隊の兵力は大幅に増強された。
 それと同時に、俺は葵隊の軍装に洋服を採用した。銃を操作する上で、従来の鎧兜や羽織袴は不適な事この上なく、軍装の洋装化は必須事項だった。
 当初は相当な抵抗を予想していた俺だったが・・・・・・。
 羽織袴で訓練を受け、その不便さを身を持って体験していた葵隊の隊士たちは、さしたる抵抗もせず軍装の洋装化を受け入れた。
 こうして、葵隊の軍装は洋装となった。
(もっとも、俺の服は学生服だが・・・・・・)
 隊士たちの真紅の洋服は、アーシアさんから購入した。しかし、俺は持っていた学生服の上に真紅の陣羽織を羽織り、真紅の手袋を身に着け、それを俺の軍装としていた。
「学生服も、捨てた物ではないな・・・・・・」
 機能性が優れており、その上ある程度の格好もつく。刀やピストルの携帯にもそれ程不自由はせず、携帯性も十分。
 まさに、理想的な軍服そのものだ。


「歩兵奉行直江三成、お召しにより参上しました」
「三成、もう少し馬を寄せろ」
 私の求めに応じ、三成はすぐ傍まで馬を寄せる。
「この距離なら、他の者に話を聞かれはしない。普段通りで構わん」
 それを聞くなり、三成は先程までの仮面を完全に脱ぎ捨てる。
「俺を呼んだ理由は、おおよそ理解できる」
「・・・・・・・・・・・・」
「斉昭様の事だろう?」
 今、この上洛に欠けている者が、三人いる。
 松平慶永に松平容保、そして徳川斉昭。
 前者らは、江戸で己の仕事をしている。
 容保は当面江戸に残り、新式銃受け取りに当たる。そして、その終了後、準備ができ次第、京都守護職として上洛する。
 慶永は私たちと幕府の連絡役を務めつつ、幕閣と私との信頼・友好関係構築に当たり、なおかつ幕府の改革と掌握に努める。それに加え、横浜で購入した武器弾薬を京まで補給する。
 しかし、私の母徳川斉昭は、上洛前に亡くなった。
 南紀派との対立中から、病魔に体を蝕まれていたらしい。母はそれを隠し、病の身を押して、一橋派のため働いていた。
 私がそれを知ったのは、母が亡くなってから暫くしての事だった。


「・・・・・・すまない」
「あの母の事だ。お前に口止めをしていたのだろう。お前に罪はない」
 三成は、なおも何か言おうとするが、私は黙ってそれを制した。
 私たちの周囲には、蹄の音のみが重く響いていた。
(三成は、私の代わりに母といてくれた)
 母と共にいられなかった私の代わりに、三成が母の傍にいた。いや、傍にいたのはなくなる直前からだったのだから、母の心に寄り添ってくれたという方が適切だろう。
 口止めされていた三成にとって、それがせめてもの忠義の形だったのだろう。そうでなければ、多忙極まりない三成が、今まさに黄泉路へと旅立とうとしている母の傍にいてくれる筈がない。
 いかにも、不器用な三成らしい。
「『慶喜と共に歩み、日ノ本を変えてくれ』
 最後に見舞った時、斉昭様はそう言った」
 凍りついたかの様だった三成の口が動き、私のもとにその言葉を送り届けた。
「そして、この刀を俺に渡した」
「その刀は・・・・・・!」
 私の目は、三成が持っている刀にくぎ付けになる。
 三成が持っている刀。
 それは・・・・・・。


「水龍・・・・・・」
 母が常に愛し、常に帯刀していた名刀。
 別名『水切り』。
 水をも切り裂く、と言われる程の無類の切れ味を誇る名刀中の名刀。
 その刀を、母が三成へと託した。
(それ程までに、三成を・・・・・・)
 母が見せたであろう姿が、目に浮かぶ。
「慶喜、俺にこの刀を持つ資格があるか否かは、正直言って分からん」
「・・・・・・・・・・・・」
「だが俺は、斉昭様にはなれない。俺は俺として、慶喜と共に行く。斉昭様の代わりではなく、直江三成として、だ」
 仏頂面で、ただ淡々と三成は話す。
 だが、その横顔は誰よりも頼もしかった。
 その目は、熱く燃え盛り、これまでにない光を宿していた。
(ありがとう、三成)
 今の気持ちを素直に言葉にする事ができない自分を嫌悪しつつ、私は深く頷く。
 それを見た三成は、自分の馬を私の馬の少し後ろへと下げる。
「この位置取りなら、先頭にいる慶喜の顔は、隊士たちから見えん」
「三成・・・・・・」
 私には、三成の心意がすぐに読み取れた。
「声も上手く掻き消す。安心しろ」
「すまない・・・・・・」
 三成の心遣いに甘え、私は自らの堤を断ち切った。堤を断ち切ると、みるみる水が溢れ出す。
 溢れ出す水は、いつとまるとも知れない程に流れ続けた――。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―京/東本願寺―
「一通りのあいさつは終わったな・・・・・・」
「・・・・・・そうだな」
 その日、俺たちは京でのあいさつ回りを漸く終え、宿舎の東本願寺へと戻った。
 三日余りで、百名以上の者を尋ねる強行軍には、さすがの俺も疲労の色が濃い。慶喜に至っては、疲労とストレスのためなのか、服を着替えもせずに脇息に体をあずけ、目を瞑っている。
 もっとも、俺も服は着替えておらず、適当に着崩して休んでいる。
 それ程までに、今日の強行軍は心身ともにくるものがあった。
(今だけは、自分を褒めてよいだろう)
 学園祭の時も、生徒会に属していた俺はかなりの強行軍を繰り返した。しかし、今日の強行軍に比べれば、あの時の強行軍などは全くもって可愛いものだ。比較にさえならない。
 一高校生の身で、俺以上に強行軍している者など絶対にいない。それ以前に、高校生の身で政治や軍事に参画している事自体、現代ならば絶対にいないしありえない。
 その絶対にいないしありえない事を俺はしているのだ。
 少しばかり自画自賛しても、許容の範囲内だろう。
 まぁ、今となってはその様な事どうでもいい。
 それよりも・・・・・・。
「三成、公卿どもの反応どう見る?」
「当然の反応だ。そして俺たちにとっては、悪くない反応とも言える」
「そうか。それはよかった・・・・・・」
 疲労色の濃い顔だが、慶喜の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
 それはまさに、政治家の顔だった。
 そしておそらく、俺も今同じ顔をしているのだろう。


 上洛後の慶喜とその家臣の行動は、その全てが常識破りだった。
 洋装で新式銃を肩に提げた葵隊士らを護衛に、乗り物ではなく騎馬でのあいさつ回り。それも、護衛から供として付き従う幕府役人まで、その全てが騎乗。
 これだけでも、他に例のない異例の事だった。
 それに加えて、家臣の誰一人として、乱暴狼藉どころか礼儀に反する事もしない。それどころか、街の清掃や治安維持に率先して当たり、京の人々の安全を守る。

『一橋卿は、ただの殿様ではない』

 公卿や武士果ては町人に至るまでがそう噂した。
 特に後者に至っては、慶喜を京の守り神と信じて疑わない程だった。
「歩兵奉行!」
 俺たちが休息している中、幕府役人が部屋に入って来る。顔から大粒の汗を流し、息も荒い。
(厄介な事が起こったな、これは・・・・・・)
 俺のカンが、今までの経験からそう訴えかける。
「長州の久坂玄瑞らが、一橋卿に面会を求めております。いかが取り計らいましょうか?」


(久坂玄瑞とは、これはまた大物が来たな)
 すでに、覚悟はしていた。
 しかし、上洛早々に長州の、尊攘派の大物が来ようとは、全くの予想外だった。それも、京の長州勢力の指導者、松陰門下の二虎と謳われる一方の人物が来るとは、まさに寝耳に水だった。
 さてどうしたものか。
「久坂らは、今どうしている」
「一室にて、平岡殿の応対を受けております」
「三成、どうする?」
 久坂玄瑞は、長州きっての切れ者。
 円四郎の応対では、守るだけで精一杯だろう。
 だが、今ここで慶喜が出るのは上策ではない。
 かと言って、このまま無策でいるのは失策も失策、大失策以外の何物でもない。
 となれば、俺が今打つべき手は一つしかない。
「私が久坂らの相手をする。案内せよ」
「三成、大丈夫か?」
「今はまだ、慶喜様が出る時ではありません。ここは、私に御任せを・・・・・・」
 慶喜に見送られ、俺は久坂玄瑞らとまみえるため、戦場へと出向いた。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


(さて、どうしたものか・・・・・・)
 眼前で殺気を漲らせた四人の志士が、俺を睨み付けていた。彼女らの様子からして、この場がいつ血の海となってもおかしくない。むしろ、現状はその一歩手前とさえ言える。
 その様な現状を維持しつつ、俺は久坂らの相手をしなければならない。
 現代の政治家や外交官でも、こんな命の綱渡り的状況に直面した事はまずないだろう。
「一橋卿が、幕府重役らとの会議で出向けないのは理解した」
「当然の事です」
 こちらに伺いも立てず、いきなり訪ねてきたのだ。良識的、常識的に考えるならば、本来はこれ程の非礼を犯している者に会う必要などない。ましてや、わざわざ対応してやる必要などはない。
 面会が叶わない事に対し、文句を言い立てる道理はない。 
「一橋卿に代わり、幕府歩兵奉行である貴方が、私たちに応対する事も理解した」
「それも、至極当然の事です」
 理解されるのは当然の事だ。
 わざわざ言うまでもない。
「しかし、一橋卿に攘夷実行の意思がない事に関しては、納得がいかない」
「・・・・・・・・・・・・」
「いかなる了見か、御説明頂きたい!」


(井の中の蛙共が・・・・・・)
 貴様らの言う攘夷が、どれ程愚か極まりないものかすら分からないのか?
 そうした思いを寸前で呑み込み、怒りを押し殺して言葉を紡ぐ。
「攘夷など、愚か者か臆病者が考える事。長州きっての俊才と言われる、貴公の言葉とも思えませんね」
「貴様・・・・・・、久坂殿に向かって!」
「雑魚は黙っていなさい」
 一睨みすると、久坂の取り巻きたちはたちまち押し黙る。彼らに先程までの殺気など微塵もはなく、顔には明らかに恐怖が浮かんでいる。そればかりか、恐怖のためか震えている者さえいる。
 蛇に睨まれた蛙、とはまさにこの事を言うのだろう。
(虎の威を借る凡愚どもが・・・・・・)
 所詮は、権力に敏感な凡愚どもに過ぎない。彼女の周囲に権力の匂いを嗅ぎつけて集まった、というのがさしずめこの取り巻きどもの本音なのだろう。いつの時代にもこうした輩は必ずいるものであり、仕方がない事ではある。
 だから、こうした輩を見ると吐き気がする。
 あまりいい事ではない、とは自分でも分かってはいる。
 だが、この感情だけはどうしようもなかった。
「部下の無礼は、私が謝る。しかし、一橋卿が攘夷ではなく、開国を決断された事に関しては、御説明願いたい!」
 久坂の言葉からは、一応の敬意というものが感じられる。しかし、それは慇懃無礼の領域を出るものではなかった。
 まぁ、はなから敬意など期待していない。
「慶喜様は、この国の未来を見据えています。もっとも、貴女方の様に、今という一点のみしか見ていない者には理解できない事でしょうが・・・・・・」
 俺の言葉を聞き、久坂の目に怒りが宿り、俺を睨み付ける。
「怖い顔ですね。本当の事を言われ、怒りましたか?」
「歩兵奉行殿、貴方の様な輩を売国奴と言うのです。ご存知ですか?」
 俺の言葉を受け、素早く切り返す。
 さすがわ、切れ者と名高い久坂玄瑞。
 頭の切り替えは早いようだ。
「ならば私は、亡国の徒、という言葉を貴女に贈りましょう」
「・・・・・・・・・⁉」
「・・・・・・・・・・・・」
 久坂も含めた全員が、言葉を失っていた。


 怒りのためか、久坂の額に青筋がたち、体全体が小刻みに揺れている。
 部屋全体が凍り付いた微妙な均衡の下で、静けさがこの場を支配する。
「やめておきなさい。刀を抜けば、貴女方の血がこの部屋を染める事になる」
「くっ・・・・・・!」
 俺の言葉を受け、久坂は渋々といった様子で刀から手を放す。
「それでこそ、俊才久坂玄瑞です」
 屈辱か、はたまた怒りのためか、久坂の顔は大きく歪んでいる。
「歩兵奉行殿、貴殿の名は?」
「直江三成です。久坂玄瑞殿」
 敵意剥き出しの視線と声で、久坂は訊ねる。
 もっとも、久坂の聞き方は訊ねるという優しいものではなく、尋問や恐喝といった物騒な表現の方が適切なものだった。 
「此度は、これで引き上げるとしよう」
「それが、賢明な判断でしょうね」
「だが忘れるな。貴様は、長州を敵に回したのだ!」
「負け犬ほど、よく吠えるものです・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 答えもせず、久坂らは部屋を出て行った。
 その姿は、なぜか最初より小さく見えた。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―数日後―
「三成、円四郎。二人に頼みがある」
「私たちに頼み事?」
「この書状を、京都所司代まで届けてほしい。京都守護職との新しい体制についての詳細を書いてある」
 書状を受け取った三成とは異なり、円四郎は不思議そうな顔をしている。
 三成と異なり、円四郎は私の意図を理解しきれていないようだ。
「姫様、どうしてあたしまで共に?」
「・・・・・・・・・・・・」
 やはり、こうした事の理解力の点では、円四郎は三成には敵わない、か。
 三成と円四郎を比べる事自体が間違いだとは分かってはいるが・・・・・・、いや、そう思うのはやめよう。円四郎には、三成にはない円四郎なりの良さがある。三成と過度に比べるのは愚行であり、無意味な事だ。
「円四郎、慶喜様はこの機会に、私たち側近を紹介しようと考えているのだ」
 少しの間を置き、三成が円四郎に助言する。
 その助言は三成らしく、適切なものだった。
「あたしたちの紹介?」
 なおも円四郎は、不思議そうな顔をする。
「慶喜様は、今後は京を中心に政治活動をする。それならば、その側近が周囲に知られている方が、色々な意味でやり易い」
 三成の説明を受け、円四郎も漸く理解する。
「さすが軍師。鋭い理解力ですな」
「勝手に言っていろ。それよりも、さっさと行くぞ。日が暮れては、面倒な事になる」
「了解~~」
 三成に急かされ、円四郎も部屋を出て行く。
「雨になるな・・・・・・」
 二人を送り出した直後、空を覆いだした分厚い雲を見て、私は何故か胸騒ぎを覚えた。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「では、これにて失礼いたします」
 慶喜からの書状を届け、俺と円四郎は傘をさして京都所司代の役所を後にした。
 まだ昼前ではあったが、空は分厚い雲によって覆われ、雨が降っていて、周囲は少し暗い。
 京の町は細い道が多く、多くの家々が道沿いに建ち並んでいるため、より周囲を暗く感じさせる。ましてや、普段は人で賑わっている町が人もまばらともなれば、その暗さはさらに引き立てられる。
 今の京の町はまさに、不気味という表現が最も相応しい町だった。


「円四郎、気づいているか?」
「えぇ、四人か五人ってところね・・・・・・」
 京都所司代の役所を出てから、何者かにずっと後をつけられていた。最初は気のせいかとも思ったが、こうまで執拗に後をつけられては、そうとは思えない。ましてや、人の気配がだんだんと増えていけばなおさらだ。
(おまけに、こうも殺気を溢れさせていたとあっては、な)
 これだけ十分過ぎる諸条件を揃えられては、冷静に考える事すらせずとも一つの結論にたどり着く。小学生程度の子供でさえ、その結論にたどり着くのは容易だろう。
 俺たちの後をつける何者かは、百パーセント刺客だ。
 この結論はどうあっても否定のしようがない。
「三成、どうする?」
「・・・・・・殺生は慣れていないが、降りかかってくる火の粉は振り払う必要がある」
「決まりだね」
 言い終わるや否や、円四郎は天に向かって傘を投げ放つ。その瞬間、俺たちは身体を返し、真っ直ぐに背後へと走った。
 刺客たちも、それに応じて走り出す。慣れているためか、刺客たちに動揺は微塵も感じられない。おそらく、この京の町で何人、いや、何十人と人を斬ってきたのだろう。
 刺客たちに向けて走りながら、俺はふとそんな事を考えていた。
「獅子身中の虫どもが!」
「天誅!」
 最初に斬りかかってきた二人を、円四郎が刀で勢いよく押し返す。しかし、三人目の斬撃は速く、辛うじて刀の鍔で受けとめるのがやっとの様だった。円四郎は三人目の刺客と必死の鍔迫り合いを演じる。
「平岡、覚悟!」
 四人目が、すかさず背後から斬りかかる。

 ダーン

 だが、轟音と共に刺客が倒れ込む。
「・・・・・・まずは、一人目」
 続けざまに、ピストルの引き金を引く。五人目の刺客は体勢を崩しこそしたものの、とまる事なく俺のもとへと向かってくる。銃弾は当たりはしたものの、刺客に致命傷を与えるまではいかなかったようだ。
 相手も命がけなのだから、それも仕方がない。
「次こそ当てる!」
 すると、円四郎が押し返した刺客たちが標的を俺へと変更し、猟犬の如く駆けてくる。さらに続けざまに引き金を引き、辛うじて一人に当てる。銃弾があたった刺客は前のめりに倒れるが、もう一人はそれに構う事なく賭け続ける。
(実戦では、思ったようにはいかん!)
 練習では、ほぼ全て標的に当てられた。しかし、実戦では全てを当てる事まではできない。意思を持たず動きもしない的相手の訓練と、意思を持ち感じたままに動く人間相手の訓練の違いが、まさに今俺の前で起こっている現実だ。頭では理解してはいたが、身体で理解する事ができたのは、どうやら今この瞬間だったようだ。
 我ながら何とも情けない。
「御命頂戴いたす!」
「・・・・・・・・・・・・」
 その瞬間、ピストルを刺客の足元に向けて投げ、大きく後ろに跳ぶ。刺客の視線が、ピストルに奪われる。
「スキあり!」
 そして、再び前に跳び、刺客の胴を容赦なく、力の限りに薙ぐ。刀を通じて、刺客の身体を断つ感触が刀を通し、腕をつたって、俺の身体全体へと伝わっていく。
 その感触は、包丁で豚肉を切る時よりも重く、ひどく現実的なものだった。

「い、いった・・・・・、いったん退け!」
 胸から血を流す刺客は、息も絶え絶えといった声で叫び、生き残ったもう一人とその場から辛うじてといった様子で駆け出して行く。その刺客は、先程俺に撃たれたあの刺客だった。どうやら撃たれたがために、すぐには動く事ができず、結果的に助かったらしい。
 もっとも、かなりの重傷の様だったが・・・・・・。
「三成追う?」
「やめておこう。深追いは禁物だ」
 それに正直言って、今の俺に刺客たちを追う程の余裕はまるでない。
「それにしても、酷い顔ね」
「・・・・・・お前に言われたくはない」
 円四郎も俺も、全身返り血で血塗れだ。まるで、赤のペンキを缶ごと浴びてしまったかの如く、見事なまでに真っ赤だ。
 それに加えて俺は、返り血が口に入り、血液独特の鉄の味が口中に際限なく広がっていた。何度か唾を吐いてみるも、その味はなかなか消えない。
 それと同時に、今までにない程に喉に渇きを覚えた。
 一刻も早く戻って口をゆすぎ、水を飲み、この渇きを癒したかった。
「一先ず、東本願寺まで帰るとしよう。死体の回収は、仲間がするだろうからな・・・・・・」
「そうね」
 円四郎の同意も取り付け、東本願寺への帰路を急いだ。
 その帰路の途中、俺はなぜか胸に痛みを覚えた。


 雨の日の刺客たちとの斬り合い。
 これが、俺にとって生まれて初めての人殺しだった――。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


(人を殺した・・・・・・)
 雨が降りすさぶ闇夜の中、俺はボンヤリとそんな事を考えていた。
 刺客たちとの戦いの直後は、それ程の実感はなかった。
 いかに平然を装っていても、自分が生き残るので精一杯であり、そんな事を考える余裕が全くなかったからだ。そのため、あの日はこの様な実感に、襲われる事はなかった。しかし、数日が過ぎ、考えるだけの余裕が生まれると、人を殺した、と言う実感が俺を蝕む。その実感は日を追って強くなり、さらに俺の心を蝕んでいく。
(覚悟はしていたのだが、な・・・・・・)
 人を殺した現実と向き合うのが、これ程までに苦しく、過酷なものだとは思いもよらなかった。
 俺の覚悟が甘かった。
 それが今俺が一番強く感じる事だった。
「人を殺す事が当然の様にあるなど・・・・・・、俺の時代では絶対有り得ない事だ」
 人を殺す事が、日常と背中合わせの様にしてすぐそこに存在する。俺にとっての非日常が、自分のすぐ傍に当然の様にある。
(だが、それが幕末だ・・・・・・)
 改めてこの時代が、俺のいた時代と違う事が感じられた。
 雨音が寂しく響き、黒が大部分を占める部屋の中では、この時代の闇に俺自身が呑み込まれていく様な感覚さえ覚える。
 俺は、この時代の闇に呑み込まれるのか?
 真っ黒な天井にそう思いを吐露しても、返事など返ってこない。
 ただ、闇が見えるだけだ。


「そんな所にいては風邪をひくぞ。部屋に入ったらどうだ、慶喜?」
「・・・・・・・・・・・・」
 部屋の襖が静かに開き、慶喜は無言で入って来る。
「こんな時間に、俺に相談か?俺にできる事なら、力になるぞ・・・・・・」
 努めて平静を装い、声をかける。
 だが、慶喜はそれには答えない。


「三成、大丈夫か?」
「何がだ?」
「惚けるな・・・・・・。お前の様子が普段と違う事くらい、私にはすぐに分かった」
「・・・・・・・・・・・・」
 三成は、数日前の刺客たちとの斬り合い以来、様子がおかしかった。仕事量をかなり増やし、自らを仕事漬けにしている。仕事自体は、これまで以上に正確かつ適切そして丁寧であり、全く問題ない。それどころか、三成のそうした仕事ぶりによって仕事が尽く片付き、今まで以上に順調に進んでいる。
 そのため、周囲の者たちは、三成に何の心配も感じていない。古参の者ですらそうなのだから、他の者も同様である。それどころか、三成に倣え、とばかりにこれまで以上に熱心に仕事に取り組んでいる。そして、その影響は一橋家の者たちだけでなく、幕府役人たちにまで及んでいる。
 三成の活躍により、良い流れが形成されつつあった。
(だが、分かる者には分かる)
 私と円四郎は、三成とは公私共に付き合いが深い。そのため、三成の変化は嫌という程に気づくし、その原因もたいていの事ならば察する事ができる。
 今の三成は、明らかにおかしい。
 その姿からは、何かに苦しんでいる様にさえ思える。
 そしてその原因が、数日前の刺客たちとの斬り合いにある事はまず間違いない。
「人を斬り、苦しんでいるのだろう・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前は、優しいからな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 未来から来た三成は、孤独だ。
 一度もその様な素振りは見せないが、孤独に苦しんでいる事は私には分かる。
 人を斬るという行為は、人を殺す事だけを意味するのではない。斬った者の命を奪い、その者の人生を奪い、夢をも奪い去る。斬った者は、斬られた者のそうした全てを背負わなければならない。それがどれ程重く苦しい事か、想像して余りある。ましてや、三成は孤独でその立場上、誰にも苦しみを打ち明けられずにいた。三成が今この瞬間、どの様な思いでどれ程苦しんでいるのか、私には想像すらできない。
 その上、三成は優しい。
 普段の言動で、巧妙に隠してはいる。三成との付き合いが浅い者は、普段のその言動をもって、三成を冷徹あるいは冷酷と評する。しかし、三成との付き合いが深いものは、普段のその言動を持って、三成を慈悲深いあるいは優し過ぎると評する。
 事実、三成は誰に対しても細かな気配りを欠かさない。そればかりか、困窮している者がいれば、その者に何かしらの仕事を与え、自身の禄から褒賞を出し与えている。仕事に慣れていない者や山積みしている者に対しても、注意や苦言こそ言うものの根気よく仕事を教えて助力を惜しまず、自分の存在など露程も出さない。ただ、相手が誰であろうと歯に衣着せぬ直言をし、己の信念を真っ直ぐに貫くため、他人に極めて誤解を与えやすい。
(それにしても、三成は優し過ぎる)
 自らを殺そうとした者のために、ここまで思い悩み、苦しんでいる。そして、自らが殺した者たちから目を背ける事なく、向き合おうとしている。思い悩み、苦しみながらも、ここまで真摯に向き合おうとしている。
 自分が孤独という苦しみを抱えているにも拘らず、殺した者とまで向き合う事までしている。
 これが優し過ぎると言わず、何と言えるだろうか?
(三成を支え、共に苦しみや悩みを背負ってやりたい・・・・・・)
 三成を見ていると、どうしてもそうした思いに駆られる。

「・・・・・・・・・⁉」
「お前の苦しみは、私が共に背負う」
「・・・・・・よ・・・、慶喜⁉」
 三成の身体はとても冷たく、そして危うかった。
 このまま放っておけば、朝露の如く消えてしまいそうだった。
「お前はいつも、私を助けてくれる。だから、今度は私がお前を助ける」
 不意に、頬を温かいものがふれる。
 それが涙だと分かったのは、暫くしてからだった。
「お前が落ち着くまで、私はずっとこうしている。私は、お前の傍にいる」
 それは、主君と軍師としてではなく、主従としてでもなかった。喜びや悲しみ、苦しみ、悩み、心そして温もりすら分かち合える、この世で唯一無二の存在。
 それが、私にとっての直江三成という男だった。
 私自身いつから三成をその様に思うようになっていたのかは分からない。
(いや、そんな事どうでもいいのかもしれない)


「もう暫くだけ、こうしていたい・・・・・・」
「三成ならば、構わない」
 その夜、私たちは二人で過ごした――。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 あの夜以来、三成は変わった。
 素直でない点に関しては相変わらずだが、雰囲気がどこか大きく変わった。
 それまでは、三成を慕う者も嫌う者(主に幕府の上級役人)も、三成から圧倒される様な覇気を感じていた。しかし、今は圧倒的な覇気だけでなく、人を包み込む様な温かさも感じる様になった。
 今では、一橋家家臣や幕府役人はもとより、京の一部公卿や町人たちにまで、三成は信頼され親しまれる様になっていた。 三成は、より大きくなった。
 軍師や私の側近として、そして人として、以前よりはるかに大きくなっていた。
 天下広しとは言え、人徳と才を併せ持った人物は多くはいない。
「母上、三成は母上や私が思っている以上の人物です」
 空から見守っている母に向け、私は一人呟く。
 京の空は、雲一つない日本晴れだった――。






























 









 

和泉守兼定、舞う

                            和泉守兼定、舞う


―京都郊外の荒れ野―
「・・・・・・撃て」
 渋沢成一郎が号令を発すると、大地が轟音と共に大きく揺れる。
 それから程なくして、目標が粉々に砕け散る。
「あれが、榴弾砲の威力だ」
「砲弾があれ程飛ぶとは・・・・・。我が国の大筒とは、比べ物にもならない」
「榴弾砲は、威力や射程、機能性等、全ての点において、我が国の大筒を上回っている。我が国の大筒では太刀打ちする事はおろか、戦いにさえならないだろう」
 葵隊の軍事訓練を見学に来た容保に、新式銃や大砲の性能等について説明する。
 容保は、それらの圧倒的な威力の前に、ただただ感心するのみであった。
 慶喜が上洛してから暫くした後、準備を整えた松平容保は手勢を率い、京都守護職として上洛。
 容保は上洛早々、手練れの会津藩士千八百と壬生浪士組を指揮し、京の治安回復とその維持に当たった。容保の精力的かつ適切な活動により、無政府状態に近かった京の治安は大幅に改善。
 現在、京には一応の平穏が戻っていた。
 その一方で、容保は京都守護職の職務に励みつつ、時間を見つけては俺のもとに通った。江戸にいた時と同様、いや、それ以上に俺を師とも友とも慕い、熱心に知識を吸収している。
 現在の見学はまさに、その一端と言える。


「それにしても、よくこれ程の精兵を育て上げたな。それも、これ程の数を・・・・・・」
「全て、三成の人徳によるものだ」
 私が声をかけると、二人はそれぞれの反応でそれに応える。
「一橋卿⁉」
「慶喜様、どうしてこちらにおられるのです?」
 容保は真昼に勇気でも見たかの様に驚く。
 一方の三成は、至極平然としている。
「二人がこちらにいると聞いてな。葵隊の視察も兼ねて、こちらに来たのだ」
 すると、三成は目を細め、鋭い視線を私へと向ける。
「慶喜様、今日は幕府重臣や公武合体派公卿との会議があったのでは?」
「一応、出席はした。しかし、時間を無駄にしたくないからな。迅速に処理した」
「その他の政務は?」
「私がすべき事は、全て片づけた。それ以外の雑務は、円四郎に任せた」
 すると三成は、見るからに面倒な顔をしつつ、頭を抱える。
 それはまるで、悪夢を眼前に見た様な顔だ。
「円四郎に任せると、後で倍になって、私の所に回される気がするのですが・・・・・・」
 そう言って、三成は盛大な溜息をつく。


(それは、身から出た錆だ)
 そもそも、容保が上洛してから、三成は政務以外で容保にかかりっきりではないか!
 それに最近は、幕府歩兵奉行や私の側近として、容保と仕事をする事も増えている。三成と私との時間は、減る一方であるにも拘らず、だ。こうでもしなければ、二人の仲が親密になり過ぎる。
「・・・・・・私にだって、それくらいの事は許されてよいだろう」
「一橋卿、何か言われましたか?」
「別に何も言っていない」
 容保に尋ねられ、咄嗟に平然を装う。
「葵隊は二十一隊、二百十名から成り立っている。そして、新式銃を九十挺、榴弾砲を四門保有している」
「それ程の軍備、一体どの様にして整えられたのです?」
「先程も言ったが、全て三成の人徳によるものだ」
 容保は、三成の方を見つめる。
 当の本人は、目を逸らしただひたすら顔を朱色に染めている。そして、その表情を誤魔化すかの様に、三成は葵隊の諸隊長たちを呼び集め、何事か指示を出している。
 本当に三成は素直でない。


 上洛直後の行動もあり、京の町人や一部公卿たちは私や葵隊に対し、極めて好意的な態度をとっている。しかし、それはあくまでも好意的な態度であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 京で活動する私たちにとって、その態度は特に影響を与える様なものではなかった。 
 そう、ある時期までは・・・・・・。
 三成が涙を流した夜。
 その夜を境にして、三成が変わり成長してから、京の町民たちの三成に対する態度は大きく変わった。町民たちは、赤子が母を慕うかの如く三成を慕うようになった。
 今では、誰もが三成を家族同然に思い、親しみ、そして愛している。そのため、京で葵隊の隊士を募集した時など、六百以上の応募者があり、その選抜にかなり苦労したらしい。
 それ以外にも、三成宛てに匿名で資金や野菜、米を送る者が後を絶たず、それらはすでにかなりの量にのぼっているという。
(三成は、大きくなった・・・・・・)
 それは、今の私の偽らざる心境だった。三成がこの時代に来て、まだそれ程時間が経っているわけではない。しかし、今ではそれが随分昔の事だったようにさえ思える。それ程までに三成は成長し、私の中で大きな存在となっていた。
 立場が人を変える、とはよく言われる言葉だ。
 しかし、私は敢えてこの言葉を否定する。立場が人を変えるのではなく、人が人を変える事ができるのだ。何らかの役職についただけで変わる事ができるのなら、己を変える事に苦労する者など誰もいない。
 少なくとも、三成を見ているとそう思えてくる。
「これで、今回の訓練は終わりです。各自解散!」
 三成の号令により、長く厳しかった訓練が漸く終了を迎える。三成の訓練は、とにかく厳しい事で定評がある。その甲斐もあり、葵隊は極めて精強な部隊となっている。 
 もっとも、そのせいで新米の隊士などは、息も絶え絶えと言った様子だ。
 それも、見ていて気の毒になるほどに・・・・・・。


(それにしても、相変わらずのキツネぶりだな・・・・・・)
 私の前とはまるで異なり、葵隊の前では総督、幕府歩兵奉行としての仮面を見事に被っている。芝居の役者たちでも、これ程完璧に仮面を被る事はできないだろう。いや、それ以前に、この様に立場を演じきる事さえできないだろう。
 おそらく三成は、役者としても十分に通用するだろう。
 仮面を被っている三成を見ると、ついそう思ってしまう。
「三成、見事な訓練だった」
 解散命令を出したほぼその瞬間、私は三成に近づき、そのすぐ隣を確保した。こうすれすれば、容保が必要以上に、三成と親しくするのを阻止できる。それ以前に、三成に近づく事を阻止できる。
 我ながら、なかなかの策だ。
「訓練直後で悪いが、今後の事を話し合いたい。私の居室まで来てくれるか?」
 すると三成は、大変申し訳なさそうに、私を見つめる。
「すみません。実は、今から容保様を宿所まで送っていくのです・・・・・・」
「容保を送っていく?」
 三成の話を聞いた瞬間、心の奥底からどす黒い何かが込み上げてくる。
(容保、油断ならない女だ・・・・・・)
 容保が、同志だと分かってはいる。
 だが、私の女のカンが、容保に対して激しく警鐘を鳴らしている。容保に対し、一人の女として気を許すな、と。別に、私は容保の事を嫌っているわけではない。むしろ、容保の能力を高く評価もしていれば、その能力をかってもいる。
 しかし、これだけは私でもどうしようもない。


「安心しろ。容保とは何もない。天地神明に誓って、だ」
 私の表情から何を察したのか、耳元で三成はそっと囁く。
「本当だな?信じるぞ」
「・・・・・・俺は、慶喜だけには嘘は言わない」
 ほんの僅かな時間でのやり取りだった。
 しかし、私にはそれだけで十分だった。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「これで・・・・・・、七人目!」
 血と脂に塗れた刀身を乱暴に身体から引き抜く。その一方で、もう片方の手に握りしめる銃で周囲を牽制する事も忘れない。俺は全身、血と汗と硝煙塗れで、それらの匂いが入り混じり、何とも言えない異臭を生み出している。
 現在の状況からすれば、なんとも悠長なものだ。
 状況のわりに余裕がある、という事なのか。
 はたまた、すでに死を覚悟しているため冷静でいられる、という事なのか。
 いずれにせよ、現在の状況下はさすがにその結論が出せる状態ではない。
 なにせ、人生初の生命の危機なのだから・・・・・・。


 容保を宿舎の東山黒谷金戒光明寺まで送った後、俺は東本願寺への帰路についた。
 そのままいけば、何事もなく東本願寺につける予定、だった。
「・・・・・・日中だと思って、油断したな」
 しかし、その帰路に突如として刺客たちに襲われ、俺は帰路から大きく外れてしまった。いや、帰路から大きく外れるように誘導された、と言う方がより正確な物言いだろう。
 なにせ、刺客たちの数は今さらに増え、挙句の果てに尊攘派公卿たちの屋敷が立ち並ぶ地区へと追い詰められてしまったのだから。
 もっとも、今となってはその様な事はどうでもいい。
(残弾も残り僅かで、体力もそう長くは持ちそうにない)
 その上、俺が今いる場所は完全なる敵地。
 刺客たちは多数である上に意気軒昂。
 今さらに何人かは斬り倒したが、刺客の数はいまだに多い。
 現在の状況を聞けば、どんなに賢明な者でも、どんなに愚かな者でも辿り着く結論はただ一つ。
 そう考える内に、俺はとうとう壁際にまで追い詰められる。
「孤軍奮闘もここまでだな!」
「・・・・・・・・・・・・」
「やれ!」
 刺客たちが、一斉に刀を構える。
 逃げ場のないこの状況では、これで完全にチェックメイトだ。
 俺に現在の状況を打開する術は・・・・・・、ない。
(どうやら、俺もここまでのようだな・・・・・・)
 心残りの事は多々あり、志半ばで倒れる事への無念の思いも強くある。しかし今現在、俺の中で最も強い思いは、それらとはまるで異なる思いだった。
(慶喜、すまない)
 慶喜の顔が俺の脳裏に浮かぶ。
 それと同時に、慶喜に対する思いが炎の様に俺の中で燃え上がってくる。
 それは一体なぜなのか?
 知りたいとは思うものの、刀の切っ先が俺の身体を貫くまでの時間を考えれば、それはどう考えても不可能だ。俺の生命が消えるまであと僅かだが、おそらくそれが俺にとって一番の心残りになる。
 もしかしたら、それが原因で俺は地縛霊になるかもしれない。
 思わず苦笑が漏れる。
 気がつくと、刀の切っ先は俺の身体まで拳一つ分程の至近距離にまで近づいていた。

「・・・・・・甘い」

「・・・・・・・・・⁉」
 低い声と同時に、目の前の刺客の胸を、突如として刀が突き破る。
 すると次の瞬間、それが消えて、隣の刺客から首が消える。それとほぼ同時に、赤い雨がその場に降り注ぐ。あまりに突然の出来事に、刺客たちは仲間の身に何が起こったのか理解できずにいた。その混乱により、俺の身体へと向かっていた刀の切っ先が停止する。
 俺にとって、それはまさに青天の霹靂だった。

「遅い!」

 次から次へと、刺客たちが斬られていく。
 いや、その光景は、刺客たちが斬られる場所へと、自ら動いている様にさえ見える。
 それ程までに、刀を振る者の動きが素晴らしかった。
「貴様らの敵は、後ろだけにいるのではないぞ」
 刺客たちが混乱し、なおかつ意識が俺から逸れると同時に、俺も反撃に転じる。予想外の闖入者と俺に挟み撃ちにされ、数が多い刺客たちもさすがに苦戦は免れない。
(戦いの流れはこちらに来た)
 俺がそう思った瞬間、さらに心強い援軍が現れた。

「三成・・・様・・・・・・?三成様!」
「三成様‼」
「おめ~~ら、三成様に何しとる!」
 刺客と斬り結ぶ俺を見て、周囲から次々町民たちが駆け寄ってくる。
 これには、刺客だけでなく闖入者までもが、驚きを隠せずにいる。
「ちっ・・・・・・。退け!」
 刺客の一人が叫び、刺客たちはその場から走り去る。
 大方、尊攘派公卿の屋敷かどこかに逃げ込む算段なのだろう。
 何はともあれ、俺は漸く虎口を脱した。
 その後、俺は町民たちに厚く礼を言って、闖入者と共にその場を後にした。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「大丈夫か?」
 体のそこかしこを、赤く染めた闖入者が声をかける。
「お蔭で助かりました。お礼を申し上げます・・・・・・。ところで貴女は?」
「会津藩お抱え、壬生浪士組副長の土方歳三だ」
「土方歳三・・・・・・」
 彼女の名を聞き、体中の血が滾る。


 土方歳三。
 歴史愛好家、とりわけ幕末史を好む者にとって、その名を知らない者はいない。
 幕末の京都で、その名を馳せた新撰組の副長。そして、最後まで官軍を苦しめた、常勝将軍にして名戦術家。
 日本最後の武士。

(幕末最高の英雄と会えた)
 感動と興奮のあまり、体の震えが止まらない。それどころか、心そのものが鷲掴みにされる。
 常人は、英雄に会う事を至高の喜びとする。
 東洋では、古来よりそう言われている。
 それはまさに、今の俺の心境そのものを現した言葉だった。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
 そう答えるのが、精一杯だった。
 すらりと伸びた黒髪に、人を刺すかの様な鋭い目。身体を包む漆黒の和装。
 それら全てから、英雄独特の気配が満ち溢れる。
「それにしても、なぜ土方殿がここに?」
「会津中将様から、幕府要人の警護を仰せつかったからだ・・・・・・」
 幕府要人の警護。
 なるほど、そういう事か。
 土方殿の話で、全てを察した。
 容保が、帰路に就く俺を心配して、土方殿を護衛につけた、という事だろう。
「土方殿、御迷惑をかけました」
「・・・・・・・・・・・・」
 土方殿は、何も答えない。
 まぁ、あれだけ無様な姿を見せれば、当然の反応だが・・・・・・。


「驚いたな・・・・・・」
 あまりにも意外な発言に、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「貴殿は、その若さで洋学者から幕臣となり、幕府歩兵奉行に取り立てられた稀代の俊才と聞いている」
 稀代の俊才?
 この俺が?
 一体全体、幕府役人や諸大名家家中の間で、どの様な噂が立っているのだ?
 今聞いた事は、全て初耳だぞ。
「だから私は、己が才に溺れる傲岸不遜な者だと、貴殿の事を思っていた」
「ははは・・・・・・、なるほど」
 たしかに、この若さでそれなりの重職に就けば、己が才能に溺れる者も数多くいる。俺自身も、元の世界ではそうした輩を嫌になるほど見ている。そしてこの世界でも、若くこそないが自らの地位や才能に溺れる者を、少なからずこの目で見ている。そうした事を考慮すれば、土方殿が、俺に対してそうした先入観を持つのも無理からぬ事だ。
 どうやら、人間というのはいつの時代でもそれ程変わらないようだ。
「しかし、貴殿は剣の腕といい、その態度といい、全てが違った。それに加えて、先程の町民たちの行動。
 どうやら、貴殿は私が思っていた人物とは、全く違うようだ。
 先程までの非礼、この通りお詫びする」
 すると、彼女は深々と頭を下げる。
(素直な人なのだな・・・・・・)
 自分に間違いがあるならば、素直に頭を下げる。思い立てば、すぐ行動に移す。
 どうやら、彼女には、そうした思い切りの良さと素早い決断力、素直さがあるようだ。
 そうした姿に、俺は好意を抱けた。
「頭をお上げ下さい」
「しかし・・・・・・」
「私は、土方殿が仰った様な人物ではありません。しかし、仰られた様な短所がないとも言えません」
 土方殿が仰られた短所は、多少ではあるが、思い当たる節がない事もない。
 だから、この言葉は諫言として、戒めとして、真摯に受け止めるべきだろう。


「貴殿は、つくづく変わった御仁だ」
「主君や部下からも、よく言われます」
「・・・・・・だろうな」
 どちらからともなく、笑いが零れる。
 先程まで、刺客たちと死闘を繰り広げていた二人とは、まるで思えない様な笑い声だった。
「貴殿とは、腹蔵なく語り合う事ができそうだ」
「奇遇ですね。私も全く同じ事を、考えていました」
「それはまた・・・・・・、本当に奇遇だな」
 それから私たちは、居酒屋に行き、軽く酒を注ぎ合った。
 酒を飲み終えると、土方殿の護衛を受けつつ、ほろ酔い気分で東本願寺へと戻った。
 次回は、仕事抜きで酒を飲もう。
 そう約束して――。


 ちなみに、東本願寺に戻った後、慶喜から軽い(?)お小言と円四郎により倍近くなった仕事に忙殺されたのは、言うまでもない。また、そのため眠れなかった事もまた、言うまでもない。
 だが、俺にとっては予想していた事なので、それ程の事では・・・・・・、なかった。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


―壬生村八木邸―
「と言うわけで、私も苦労が多い・・・・・・」
「歳さん、俺もその苦労はよく分かる。組織を束ねるのは、それ程苦労が多い」
 茶を啜りながら、俺たちは互いの苦労を語り合った。
 似たような立場柄、歳さんも俺も共通の苦労や悩みが多く、互いに頷ける事が多かった。


 俺が歳さんに助けられたあの事件以来、俺たちは親しく付き合うようになっていた。
 互いに敬語を使う事を止め、互いの地位も超え、苦労や悩み、果ては愚痴に至るまで、気がねなく話し合う様になった。そればかりか、今ではこうして互いに屯所や東本願寺を行き来する程、親密になっている。
 俺が屯所を訪れると・・・・・・。
「三成さん、よく来たね」
 と、気軽に声をかけられる程に、隊士たちとも打ち解けた。
 もともと純朴な者が多いだけに、互いの人柄さえ分かれば、打ち解けるのは簡単だった。
(もっとも、隊士は何も知らないが・・・・・・)
 壬生浪士組で、俺の素性を知っている者は、歳さんを除いては局長の近藤勇を含め、ほんの数人に過ぎない。隊士らのほとんどが、俺の事を歳さんの友人か、あるいは情報屋だと思っている。
 少し心が痛まないではないのだが、俺の立場が知られれば色々と面倒な事になる。
 そのため、悪いとは思いつつも誤解を解かないままにしておく事にした。


「それにしても、芹沢局長にもつくづく困ったものだ・・・・・・」
 歳さんが、お茶を一気に飲み干し、苦渋に満ちた顔で大きな溜息をつく。
「芹沢局長が、また何か?」
「酒を飲むばかりか、遊郭にも入り浸るようになった・・・・・・」
「それはまた・・・・・・」
 仮にも京の治安維持に当たる浪士組局長の一人が、酒浸りになるというだけでも大問題だ。それにも拘らず、遊郭に入り浸り女色にまで耽る様になるとは、一体何を考えているのか理解ができない。
 俺はただ、呆れるしかなかった。
「それだけではない。商人たちから、無理やり金を提供させてもいる。そのため、一部の商人から、会津藩や私のもとに苦情がきている」
 普段は涼しげな歳さんが、苦りきった顔で話す。
 壬生浪士組の副長としては、頭の痛くなる問題だろう。町民から恨みを買えば、仕事がしづらくなる。しかも、その元凶は局長の芹沢鴨だ。副長である歳さんの立場では、思い切った諫言はできないのだろう。
(本末転倒とは、まさにこの事だな・・・・・・)
 俺はそう思わずにはいられなかった。


「会津藩に、芹沢局長を訓告させる事はできないのか?」
「それは難しいだろう・・・・・・」
 歳さんは周囲を見渡し、誰もいない事を確かめると、俺の耳元でそっと囁く。
「大きな声では言えないが・・・・・・。芹沢局長が商人に提供させた金の一部は、会津藩に渡っている」
 その事実を聞き驚くも、やっとの事で声を押し殺す。
 それと同時に、何となくその理由を察した。
「会津藩も京都守護職を拝命して、台所が苦しいらしい。そのため、資金調達が目下の急務であるらしい・・・・・・」
「なるほど・・・・・・。それで、資金を提供する芹沢局長に訓告できない、か・・・・・・」
 おそらく、容保はその事実を知るまい。
 容保の側近か会津藩の家老が独自の裁量で行っている、というのが実情だろう。
(会津藩を責める事はできない)
 幕府からも多少の資金は出ているだろうが、それだけでは京滞在の費用や業務執行の費用としては、とても足りないのだろう。その資金難が原因で、こうした泥水も啜らなくてはならない、いや、啜らざるを得なかった。
 会津藩の苦衷は察して余りある。


 江戸時代は、幕府の要職に就き、仕事をしていても、それ程の経費は出ない。いや、それどころか経費が出るなどという事自体が、極めて稀だ。そもそも政務や調査等の経費は基本的に自弁、というのが幕府要職に就く大前提だ。
 幕府の要職に就くなら、それに見合う経済力を持つ。それが、江戸時代全体を通しての決まりだ。幕末には例外も多いが、その例外といってもそれ程の経費が出るわけではない。
 慶喜の様に、自領からの収入、横浜の貿易での莫大な収入からなる強力な経済力。
 この時代に、それ程の経済力を持つ藩など、そう多くはない。むしろ、ほとんどの藩が例外なく財政難に苦しんでいる、というのが実情だ。そして当然、会津藩もそうした藩の一つだ。
 ましてや、会津藩は東北から京都まで来ているのだ。
 それで、藩の台所が苦しくない方が異常だ。
「・・・・・・分かった。それらについては、俺が手を打とう」
「三成、できるのか?」
 歳さんが、心配そうな顔をする。
 おそらく、彼女は俺の才ならできると信じている。しかし、それをして俺の立場が危なくならないか、心配しているのだろう。歳さんには優しいところがあるから、そう思っても不思議ではない。
 だが、目の前で困っている女性も助けられぬようでは、漢ではあるまい。
「歳さん、権力とはこうした時に活用するものだ」
「ふっ・・・・・・。まったく、お前はつくづく変わった奴だ」
「土方歳三に褒められるとは、光栄だ」
 微笑みながら、俺はその場を後にした。


―数日後―
「すまない。土方だが、幕府歩兵奉行直江三成殿にお会いしたい・・・・・・」
「総督より承っております」
 守衛の葵隊士に案内され、歳さんは東本願寺の俺の居室へと入った。
「待っていたぞ、歳さん」
 目を通していた書類を文机に置き、着座を勧める。それと同時に、女性隊士の一人が、お茶を運んでくる。
「歳さん、あの件だが・・・・・・。何とか上手くいった」
「本当か!」
 歳さんが、思わず膝を寄せてくる。
 俄かに信じられないのも無理はない。しかし、金は天下の回り物、という言葉もある。金が世の中を回る循環物である以上、金に関する問題には、必ずそれに応じた解決策があるものだ。
 そしてそれは、味方を変えれば自然と見つかるものだ。
「あぁ、会津藩には、我々からそれ相応の資金を援助する事にした。これで、芹沢局長に資金調達を期待する必要性がなくなった」
「しかし、それ程の資金を、一体どのようにして、調達したのだ?」
 歳さんの顔に、驚きの色が出る。
 実際、それ程大きな資金が、短期間に調達されたのだ。驚くなと言う方に、無理がある。
「・・・・・・この話は、是非とも内密に頼みたいのだが・・・・・・」
「分かった。決して他言はしない・・・・・・」
 歳さんとの距離を詰め、居室の周囲に葵隊の隊士ら以外いない事を確かめ、資金調達の絡繰を話した。


 葵隊の武器弾薬の調達、その維持費用と政治工作費の調達のため、慶喜と俺は横浜で貿易をしている。
 横浜の飛鳥屋を通し、英国商人アーシアさんを主な相手として貿易を行い、大きな利益を上げていた。しかし最近では、その利益が以前の倍以上に増え、莫大なものとなっている。
 理由はいくつかあるが、最大の理由は、渋沢栄一郎の存在にあるといって過言ではない。
 渋沢栄一郎には、のんびりとした性格からは想像できない程の、すばらしい商才があった。
 慶喜の上洛後、栄一郎は葵隊の日常品の調達を、与えられた予算で最大限にこなした。それも、誰もが想像できない程の質や量の物を見事に調達してきた。そのため、この方面に向ける予算を大幅に抑制する事ができ、その分の浮いた予算を葵隊の増強に向ける事ができた。お蔭で、新式銃や弾薬を、かなりの量揃える事ができた。特に弾薬に至っては、潤沢といって過言ではない程の量にまでなっている。
 この実績をもとに、慶喜と俺は栄一郎を横浜の飛鳥屋へと送り込んだ。最初の頃は、アーシアさんらとの会話に困った様子だったらしい。しかし、今ではそれも何とか克服し、貿易をさらに拡大。慶永様を経由して、大量の武器弾薬や資金を届けてくれていた。
 それによって、慶喜と俺がどれ程助けられたかは、筆舌に尽くし難い。

「まぁ、そういう事だ」
「それ程大規模に、資金調達をしていたのか・・・・・・」
 あまりのスケールの大きさに、さすがの歳さんも、ただただ唖然とするばかりだ。これまで、芹沢がおこなってきた商人へのカツアゲとは、次元が全く異なる。
 そのため、こうした反応もある意味では当然だろう。
「それから、これを・・・・・・」
 小箱から紫色の小さな包みを取り出し、歳さんの前へと置く。
「これは一体?」
 歳さんは、この状況を十分に理解していない様子だ。
 もっとも、土方歳三がこうした状況に慣れていたら、多くの歴史愛好家がショックを受けるだろうが・・・・・・。
 それはそれだ。
 今はこれを何としても受け取ってもらわなければならない。今後の歳さんのために、浪士組のために、そして何より慶喜のためにこれを受け取り、しっかりと生かしてもらわねば、俺自身も困る。
(大業のために為す事、神や仏も許してくれる事だろう)


「この百両を受け取ってほしい。そして、浪士組のため、歳さんのために存分に使ってほしい」
「三成、私は・・・・・・」
 何か言わんとする歳さんを、俺は片手で黙って制す。
「歳さん。貴女の気持ちは、俺にもよく分かる。しかし、これは黙って受け取ってもらいたい」
「・・・・・・・・・・・・」
「歳さん。古来より、組織の実権を掌握する方法が、何か分かるか?
 それは、組織の資金源を掌握する事だ。
 組織において、最終的に力を持つ者というのは、組織の資金源を掌握した者だ。たとえ優れた指導者であっても、資金源を掌握しなければ、十分な力を発揮できない」
 歳さんは、石像の様に固まり、黙って俺の話に耳を傾けている。
 そのためか、普段は何とも思わぬ静けさが、今は異様に重く感じる。
「今のままでは、壬生浪士組の資金源は、芹沢鴨が掌握しかねない。そうなれば、芹沢の傍若無人さは、ますます酷いものになる」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうなれば、いずれ浪士組内部で大きな争いが起こる。それで得をするのは、他でもない長州らの尊攘派だ」
 歳さんの顔が、少し動いた。
 どうやら、俺の殺し文句がかなり効いたらしい。
(相手の脅威を利用するのも、交渉のイニシアティブを握る手段の一つ)
 歳さんも俺と同様に、尊攘派が得をする事だけは阻止したいようだ。
「そうならないためにも、芹沢はいかなる手段をもってしても抑え込まなくてはいかん。そのための一番の方策が、歳さんが浪士組を掌握する事だ。これに勝る方策は、他にはない。俺も引き続き資金援助をする。これはその最初だ」
「・・・・・・・・・・・・」
 相変わらず、歳さんは目を閉じ、石造の様に固まっている。
 静かな部屋に沈黙が加わり、信じられない程に空気が重い。それと同時に、部屋全体の空気が張り詰め、何とも息苦しい。


「俺は壬生浪士組を、土方歳三を頼りにしている・・・・・・」
「・・・・・・・・・⁉」
 それは最後の殺し文句だった。
「俺には分かる。歳さん、貴女は誰よりも武士たろうとしている。
 だからこそ俺は、歳さんに浪士組を掌握してほしい・・・・・・」
「・・・・・・相分かった」
 部屋全体を覆う沈黙と張り詰めの空気が、砕け散った。そして、砕け散った空気が溶け、部屋全体を異様なまでの熱気が包み込む。
「友が、三成が、そこまで信じてくれるならば、私も答えぬわけにはいくまい」
 歳さんは、笑っていた。
 その笑顔は、あまりにも美しかった。


 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


 俺との密会後、歳さんは早速浪士組の掌握に乗り出した。
 歳さんは、俺からの資金援助を背景に、浪士組の活動資金を調達。浪士組の財政面を完全に掌握した。それにより、浪士組内での歳さんを中心とした一派の発言力が、大幅に強まった。
 また、歳さんは資金の一部を会津藩にも渡し、好意的に評価された。会津藩は、俺―表向きは慶喜―からの資金援助を受けている事もあり、歳さんを支援する姿勢を強めた。俺自身も容保に対して協力を依頼し、会津藩が歳さんを支持する約束を取り付けた。
 こうした事もあり、浪士組内での芹沢の発言力と存在感は、大幅に後退した。今では、近藤に次ぐ局長と言う立場から、多少発言ができる程度であった。 壬生浪士組の実権は、歳さんらがほぼ完全に掌握し、その体制を不動なものとした。
 それに反し、芹沢とその一派は浪士組内だけでなく、佐幕勢力内部でも孤立を深めていた。

―東山黒谷金戒光明寺―
「面を上げよ」
 それを受け、歳さんは顔を上げる。
 寺の一室に俺と歳さん、会津藩の重役の一人が、丸を描く様にして座っていた。
「壬生浪士組副長の其方を読んだのは、他でもない。芹沢鴨についてだ・・・・・・」
 初老と言った印象の会津藩重役が、重苦しい声を上げる。しかし、温和そうな顔のせいで、それ程の威圧感は感じられない。いや、威圧感を与える気など最初からないのかもしれない。そう考えれば、この座り方も納得がいく。
 おそらく、歳さんも俺と同様の事を思っている事だろう。
「数日前、芹沢からの金策を断った大和屋庄兵衛の店が、芹沢の一派により焼打ちにされた」
 歳さんの顔が、苦渋に満ちたものに変わった。
 浪士組を実質的に束ねる身としては、この知らせは、忌々しきものだろう。
(歳さんの苦衷は、察して余りある)
 隊規を制定し、浪士組を厳格に統制している。そして、隊規を乱す者は、誰であろうと容赦なく厳罰に処してきた。
 隊規を共に作り、共に過ごす事も多い俺には、歳さんの苦しい胸の内がよく分かる。優しいが故に、浪士組を束ねるため、率先して自らの手を汚し、鬼を演じる。
 その心中が、どれ程のものか、実際に手を汚している俺にはよく分かる。
「・・・・・・これ以外にも、町民に乱暴狼藉を働き、他藩や我が藩の者と争い事を起こしている。その悪行は、枚挙に暇がない」
 これは、紛れもない事実だ。
 事実、俺の下にも親しい町民から、苦情が多数届いている。そのため、葵隊の小隊を数隊動員して、芹沢一派の乱暴狼藉を取り締まりをしている始末。芹沢派の浪士を捕らえた事も、五回や六回と言った回数どころではなく、三十回以上にものぼる。
 しかも、質の悪い事にその乱暴狼藉は捕らえる度にエスカレートしている。
 もはや、芹沢とその一派は俺たちにとって疫病神でしかない。


 会津藩の重役は、芹沢とその一派の所業を言い終わると、きまりの悪い顔をしいて、何事か言いにくそうにしている。一方の歳さんも、目が泳いでいて、少し落ち着きがない。
 二人が言おうとして言えない事を察し、俺が口を開く。
「土方殿、我が主君や会津中将様と協議した結果・・・・・・」
 俺は今、歳さんや会津藩重臣が言おうとして言えない事を、言おうとしている。
 それは、歳さんにとって極めて残酷な宣告だ。
「・・・・・・芹沢鴨及びその側近を、粛清する事を決定しました」
「・・・・・・・・・・・・」
 部屋の温度が一気に下がり、氷点下にまで下がる。
 誰もが凍りついたかの様に、ピクリとも動かない。
「・・・・・・なお、芹沢らの粛清には、私と葵隊が当たります」
「・・・・・・・・・⁉」
 

(それが、せめてもの情けだろう・・・・・・)
 いかに悪逆非道極まりない芹沢鴨と言えど、一応は壬生浪士組の仲間だ。短い間だったとはいえ、同じ釜の飯を食ったかけがえのない同志だった者たちだ。
 身内の手で粛清させるのはいくらなんでもコク、と言うものだ。
 さすがの俺も、そこまで鬼ではない。
「明後日、会津藩と一橋家合同の、壬生浪士組との懇親の宴を行います。それには、近藤局長ら主要幹部に参加してもらいます。宴の半ばで一橋家と会津藩に別れて、宴の場所を移します。それに伴い、芹沢一派とそれ以外を引き離します。
 そして・・・・・・、芹沢一派には大量の酒を飲ませ、その上で帰します」
「そして、その帰路で襲う、と」
 辛そうな面持ちで、歳さんが口を動かす。
「・・・・・・その通りです。そして、その襲撃を尊攘派によるものに、偽装します」
 俺は、極力感情を抑え、辛うじて説明を終える。
「・・・・・・相分かりました」
 歳さんは、虚ろな目でそう答える。
 歳さんも、何とか感情を押し殺している様だった。


 明後日、念入りな打ち合わせのもと、計画は実行された。
 円四郎らに大量の酒を飲まされ、完全に酔っ払った芹沢らは、俺と人見、伊庭両隊長率いる葵隊の最精鋭二隊により、殲滅された。
 そして、この粛清は、尊攘派による襲撃として、粛々として処理された。
 その後、壬生浪士組はその体制を改めた。
 浪士組の局長は、芹沢と局長をしていた近藤勇一人が、就任する事になった。そして、局長を補佐し、浪士組の人事や財政、諜報等全般に当たる副長には、土方歳三が同じく一人で就任した。
 ここに、近藤・土方を指導者とする新しい体制が始まった。

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  


「・・・・・・・・・・・・」
 芹沢元局長らが粛清されて、半月余りが経とうとしている。芹沢派の残党も、さしたる抵抗をする事もなく新体制を受け入れた。そのため、浪士組内では、目立った争いもなく、平和な日々が過ぎている。浪士組の隊士たちは、今日も剣の稽古に励み、汗を流している。
 そんな隊士たちとは反対に、私の心は晴れなかった。
(私は、結局何もできなかった)
 最近では、その思いに心に苛まれている。
 新体制が漸く定着し、全てが順調に進んではいる。浪士組内の混乱も、芹沢派残党の抵抗がなかった事もあり、極めて小さいものだった。そのため、今では完全に静まっている。
 全てが一段落すると、自分の無力感が改めて、嫌という程に感じられた。かえって余裕ができてしまったが故に、考えなくていい様な事まで、ついつい考えてしてしまう。
 今では、暇があれば剣の稽古をするか、空を流れ行く雲を眺める毎日だ。
 現に今、私はただひたすら空の雲を眺めている。空の雲を眺め、ただひたすら自分の無力さを呪っている。
 そうして、日々を過ごしている。


「・・・・・・・・・⁉」
 何かが来る。
 そう思った瞬間、私は無意識の内に刀を抜き、宙を薙いでいた。
 それと共に、周囲に小さな風が立つ。
 それとほぼ同時に、私に向かって飛んできた何かが、真っ二つに割れる。
 二つに割れた何か、に目を落とすと、それは無地の扇だった。
「相変わらず、見事な腕だな・・・・・・」
 すると、声と共に木の陰から三成が姿を現す。
 その洋装の姿から察するに、どうやら洋式軍隊の訓練終了直後、着の身着のままでこの屯所に来たようだ。セッカチと言うべきなのか、それとも単なるもの好きと言うべきなのか、判断に迷う。
「隊士の者たちに、身分を隠すのは苦労させられる」
 この暑い中、涼しげな顔でそう答える。
 すると、なぜか笑いが込み上げてくる。
 三成も、それに合わせる様に、笑みを見せる。涼しげな顔を、崩す事もなく。
「・・・・・・漸く笑ったな・・・・・・」
「なに・・・・・・?」
「あの事件以来、歳さんが笑う顔を、始めて見た」
 三成の顔が、涼しいものから、暖かなものへと変わる。
 その三成を見ると、なぜか私までが温かくなる。これだけ暑いにも拘らず、その温かさは全く不快にはならなかった。それどころか、心地よいまでの温かさを感じる。
 これは、三成の人徳によるものなのだろう。


「今まで苦労したのだぞ。笑わせようと、あの手この手を使ったが、歳さんは全く笑わなかったからな」
「・・・・・・・・・!」
「人を笑わせるのは苦手でな・・・・・・。正直言って、今回の手でダメなら、とさえ思っていた」
「三成・・・・・・、お前・・・・・・」
 私を笑わせようと、今まで努力したのか?
 素直ではないお前が?
 よく見ると、三成の顔は先程までとは異なり、少し朱色になっている。
 日頃素直ではない三成が、珍しく少し素直になったその結果、という事なのだろう。
「三成・・・・・・」
「何だ?」
「心配をかけたな・・・・・・」
 私も三成の素直さに免じて、満面の笑みを見せる。
 すると、三成の顔の朱色が先程よりさらに濃いものとなる。
「・・・・・・勘違いするな。私はただ、歳さんの笑う顔も、たまには見たいと思った。それだけだ。他に他意はない」
 普段は冷静な三成にも拘わらず、先程自分が言った事と、全く辻褄が合っていない。
 そればかりか、顔は相変わらず涼しげだが、その面には玉の様な汗がいくつも浮かんでいた。
(やはり、三成は素直でないな・・・・・・)
 しかし、その素直でない三成が、私には私が知る戦国のどの英傑よりも、頼もしくも魅力的な英傑に見えた。
 初めて出会ったあの時、三成の最後まで戦い抜こうとする姿に、私は『武士』としてのあるべき姿を見た。しかし、それは『武士』としてのほんの一面に過ぎなかった。
 今の三成の様に、苦しんでいる者を受けとめ、その者を救おうとする。
 それこそが、真の『武士』の姿だった。
「・・・・・・今になって、漸く気づく事になるとはな」
「歳さん、何か言ったか?」
「・・・・・・何でもない」
 もう、空の雲を眺める日々は終わりだ。
 これからは、『武士』たるために、三成と共に歩むために、この浪士組を大きくする。
 それが、今の私がなすべき事だ。

 私は、三成の下へと駆け寄っていった。
 しかし、私が駆け寄ったのは、目の前にいる三成に対してだけではない。
 私の遥か先を歩く、『武士』の三成へと、そして私が目指す『武士』たる三成へと、私は駆けていったのだ。
 この男と歩みたい、との思いだけで――。


















 


























 










 




 

幕末異聞録2 ~歴史への挑戦者~ 昇龍編

 敗北した時、あなたならどうしますか?

 今回の小説は、この言葉を思い浮かべながら書きました。
 私自身、まだそれ程長くない人生で、すでに何十回も敗北や挫折を繰り返しています。何とも情けない話です。そして、さらに情けない事に、私はその全てで立ち直る事ができたわけではありません。立ち直る勇気がなくて、そのまま諦めて負け犬に甘んじた事が何度もあります。本当に情けない事、この上ない限りです。
 この小説には、その時の私の無念や悔しさも込められています。

 主人公が立ち直る勇気を持って、仲間と共に再び夢のため、理想のため、歴史に対して挑戦していく。
 読者のあなたは、呼んでいて主人公のそうした姿を、青臭い事この上ない、と思われるかもしれません。しかし、その青臭い事この上ない事をする勇気がある人が、今世の中にどれ程いるでしょうか?そんな勇気のある大人が、どれ程いるでしょうか?
 私は、綺麗事を言う人よりも、勇気ある青臭い人の方が好きです。 

幕末異聞録2 ~歴史への挑戦者~ 昇龍編

一橋派、敗北せり。 朝廷が下した勅諚により、圧倒的優勢だった一橋派は敗北を余儀なくされる。敗北により、一橋派の仲間たちは、バラバラになってしまう。そして、慶喜もまた、深い絶望の中にあった。 だが、三成だけはまだ諦めていなかった。 絶望的な状況の中で、三成は一人希望を捨てず、逆転のための策を深く静かに実行していく。そして、逆転の鍵を握る都市『横浜』へと、三成は向かう。『横浜』で三成を待つのは希望か、はたまたさらなる絶望か? その一方で、一人の英雄の命が燃え尽きようとしていた。 命の尽きかけた英雄は、未来を三成に託す。 軍師三成の真骨頂が、今発揮される。

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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-14

CC BY-NC-ND
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  1. 登場人物紹介
  2. 雌伏の伏龍
  3. 伏龍、昇天の時
  4. 別れと出会い
  5. 和泉守兼定、舞う