テニスコートの夜

テニスコートの夜

夜のとばりを見ておもったことを綴ります。2チャンネル的なストーリー展開です。

夜には夜の顔が

 夜には夜の顔がある。そんなことは大きくならないと分からないことだろうか。

 ここに、一人の青年が戻ってきた。名を知るものはこの街にいないかもしれない。だが、青年は、少年時代を過ごしたこの街に戻ってきた。親が住んでいたのは確かだ。いま、その親は信州の病院で療養している。つい先頃も名古屋から見舞いに行った。しかし、母方の弟夫婦が面倒をみるようになり、青年の役目は終わった。
 思えば、親の介護に時間をとられ、会社も退職し、アルバイトも途切れ切れに働いてはやめる生活が続いた。
 病気の母は、弱々しい声で青年に囁いた。
「いいから、お前は故郷にでも戻りな。昔の仲間にでもあって、元気をもらえばいいさ」
「そうかい、母ちゃん。ホントに大丈夫なんだな」
「私は大丈夫。弟たちが来てくれて、身の回りは随分らくになったよ。さ、お前の人生を再出発しなさい」
 うん、という代わりに、青年は母のやせた手を握り締めて答えた。

 その約束と母への抱擁をかわした一週間後、名古屋の弓ぞり浜に戻った青年は、地元のサーフショップに寄ってみた。
「こんにちは、ここで働いていた長島はいますか」
「長島なら5年前に、店をやめて、東京にいったらしいよ」
「東京ですか。ありがとう」
 有り金もなくて、長島の家に転がり込もうと思った青年はあてがはずれ、肩を落とした。
 その晩は、インターネットカフェで一夜を明かした。
 朝になり、求人誌を買った青年は、すぐさま筆記用具を取り出し、履歴書を書き上げた。
 運良く、面接にこぎつけ、母の介護ぶりを懸命にアピールすると、採用の内定をもらえることになった。スマートフォンのアプリでコンビニのビールを買い、その夜は、ひとり祝杯をあげた。

 採用日まで日にちがあったので、長島の元カノに会ってみようと家を訪ねた。呼び鈴押すと老婆が出てきて、娘は金がないのでホテルで働いていると言った。
 青年は単純に、ホテルの受け付けでもしているのだろうと、ホテル名を聞きだし、職場を訪ねたら、そこはいかがわしいホテルだった。出てきたのは、ひどい厚化粧をし、年令を誤魔化していた元カノ大島かおりだった。
「かおり。どうしたんだ、その顔」
 わけをきき、青年は昼間に起床するかおりをスポーツに誘った。
「体がなまると健康によくないぞ」
 かおりは頷いて、太陽の眩しい夏のコートにやって来た。
【弓ぞりテニスコート】
「さあ。若者らしく、テニスを打ち合うぞ」
 ポーン、ポーン。パン。パン。パン。バシッ!
 二人の男女はテニスコートでひとときの心地よい運動で汗を流した。

 夜になった。
人気もなくなった頃、テニスコートはネットをおろした。そこに蛍光ラインが光っている。なんだろうか、と通りがけのひとなら首を捻るだろう。その答えは、道路から現れた代物にあった。
 車がやってきた。おもむろにテニスコートの光るラインに沿って駐車する。その数は次第に増え、テニスコートの半分は車で簡単に埋まった。
 ここは夜の駐車場に早変わりした。役所へ届けたのだろうか。いや、その必要すらない。
 きょうの催しに集まった有名人らは、高級車からテニスコートの地面に降り立った。
「今夜のパーティー、楽しみだわ」
モデル風の出で立ちの女が言う。
「楽しみですね、遠山代議士の政治資金パーティー。心ゆくまで寛ぎましょう」
ブランドもののスーツを着た会社員に見える男も相好を崩した。
 やがて、テニスコートのネット付近が真っ二つに割れ、車のない片面が地面の中へ吸い込まれたかと思うと、エスカレーターが現れた。その巨大なエスカレーターは、来る者を地下へといざなっている。地下のがらんどうは、東京ドームが5つ、6つ入るほどだ。それはそうだろう。もともと、ここはそのための施設だ。巨大地震などの天災や事故から要人や有識者、著名人を守る地下シェルター。表向きには、防災地下施設とか避難設備として登録しつつ、その実態は施設点検と称して、毎週、様々なイベントやパーティーが開かれていた。
 まさに、これこそ、「夜のテニスコート」の実態だった。
 そこに、無許可の駐車場を指揮する警察のトップ、警察庁の片岡長官が姿をみせた。片岡が乗る黒塗りの外車が到着するや、交通整理と身辺警護の警官たちは足を揃えて最敬礼した。
「やあ、ご苦労。もうさがっていいから」
 片岡は太い声で警備の人払いをし、肩をいからせて、悠々とエスカレータで地下へと消えていった。
今宵は遠山先生の激励パーティーか。また大物が勢揃いするわけだ。いまのうちに、処分保留の重大案件を先生方に頼んでみるとするか。警察人事の方も、調整できる状況にある。官僚OBの先生方もいつでも警察庁や関係機関に来れる受け皿はできている。オレも、まだまだこの地位で仕事をしたいわいーー。
「あら、片岡長官。お久しぶりです」
「おお、みどりさん」
 片岡は大物女優の霧山みどりに片手を上げた。女優の仕事も大変だ。映画ドラマでいい役をもらえるには、地道に、各界の名士と顔を合わさねばならない。公式にも、このような非公式の場でも。
派手な音楽がかかり、七色の照明に照らされて、舞台の上ではマジシャンが手品を披露していた。それを見ているもの、酒を飲みながら女をはべらすもの、名刺を交換しお辞儀しているもの。みな、それぞれの目的を持ち、宴に興じていた。
そこへ、昼間の青年が忘れ物をとりにやってきた。
たしかにテニスコートのはずが、警備の厳重ななにかの会場に早変わりしている。
どうなってるんだ? 怪しいぞ。

テニスコートの夜

テニスコートの夜

光と影の物語。よくある話をオーバーにハチャメチャにしてみました。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-13

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