遠くて近い

遠くて近い

夜明け前のベランダで一人釣り用の椅子に腰かけて煙草を吸う。
目の前に広がるのは毎度お決まりのいつもの世界。
そのことがすごく私を安心させる。
今まで生きてきた人生に特に後悔はない。

今の仕事が好きだし愛する家族も持てた。
ダイエットも5年前に成功してずっとそれをキープできてる。
友人も多い方だ。
旦那の稼ぎもこのご時世にしてはいい方だし
息子の洸は来年から小学生だ。

でもどうしてだろう。
なぜか漠然とした不安に最近襲われる。
襲われるのはたいていこうした朝、ぼんやりしている時だ。

去年神奈川に住んでいる母の姉が亡くなった。
62歳だった。
私からすれば伯母にあたるわけだが、
彼女には今まで数える程度しか出会ったことがない。
伯母が亡くなったという事実にというよりも、
伯母を亡くしてしまった母の悲しみが心と重なって泣けた。

「おばあちゃんになったら2人でいっぱい旅行して、
歌舞伎とかも見に行こうって言ってるの」

その台詞が私を泣かせた。

人はいつか死ぬということはだいたい皆わかっているけど
でもそのことを四六時中考えている人はあまりいない。
近しい人の病気や死に触れた時、
ぱちんとなにかが弾けたように私はそれを思い出す。

無くしたくないものがたくさんある。
ローンを組んで買ったこの家だってそうだし、
言うまでもなく家族にしたってそう。
友達もそう。

でもこの幸せな生活もいつかなんらかのことをきっかけに
終わってしまう。
誰かが死んで終わるかもしれないし、
もっと別のなにかが起こるかもしれない。
些細なことかもしれないけどそういったことを忘れないでおくと、
日々の生活をより大切に送ろうと思えてくるから不思議だ。

いつか終わってしまうもの。
いつか無くなってしまうもの。
私もこの世界から消えていく。
こんなに色々な想いを抱えていても、
それが全部私という身体ごと、
無くなってしまう。

隣の家で犬がきゃんきゃんと吠えている。
小型犬だろうか。
洸がねだるからうちもそろそろ犬を飼おうか。
太陽が昇ってきた。
今日も1日が始まる。
色々な人の想いを飲みこんで、今日も世界は回る。


遠くて近い

遠くて近い

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-13

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND