法蓮坊の穴

まだ稚児だったころ眠りに付く前に高僧から良く聞かされたが
この大地の下、地下深くには地獄がある
おおよそ三十町も掘れば地獄が口を開けるだろう。
高僧はそんなことを言ってこの法蓮坊をおびえさせたものだ

今は乱世
人が鬼におとらぬ悪逆さでのし歩いている
人の命も草の命も大差がない

おれならば
生きながら地の底にある地獄へ行って
法力をもって地獄の鬼どもの頭になり
地上世界へ打って出てこの乱世を平らげる
まんじゅうをつかむように他愛も無く日の本を取る
だから穴を掘っている
地獄へと通じる縦穴をまっすぐ下に掘り進む

飢民に飯を食わせる事で人足として使った
寺の高僧が銭をいくらでも送ってきた
人を使うのは巧かった
井戸掘り職人だった者を頭にして
朝から夕まで交代で休みなく掘った
雨水が入らないように高く屋根で覆い
出てくる土砂で幾つものボタ山ができた

穴の中の淀む空気と澄んだ空気を替えるために大きなふいごも作らせ
水がでて作業が滞らぬよう付近の水脈を断たせた

人足とてそれなりの知恵はある
深さ十町。
ここまで深く掘ると地獄へあたる深さではないか?
そんな事を言い出す者が出てきた
その場ではその話を興味深げに聞いて、夜中に斬った
飢民などいくらでもいる

穴は深さを増していった

七月のある日
黒い泥水が勢いよく湧き上がってきた
穴の中にいた数人の人足が逃げ遅れて死に
泥水は法蓮坊の穴から這い出るようにして溢れ
異様な臭いがあたりに立ち込めた
「開きやがった」
「地獄っ」
「鬼がでるぞおお」
「ぐあ、食われる」
「逃げろおおおおお」
木っ端のように逃げまどう人足たちを横目に
数珠と刀を持った法蓮坊は少し遠くからそれを見ていた
鬼は出てこないが この臭いは何だ?

しばらく待ち
注意深く黒い泥水を小枝に絡ませた 粘る
休憩するための小屋が燃えていた
泥水が燃えているのか
どうやら炊事の火から引火したらしい
ごおごおと黒い泥水が燃え
見たことも無いほど真っ黒い煙が猛々と立ち上る
地獄の炎?

燃える泥水…
燃ゆる水
くさみず か。
今でいう石油でくさみずは当時の名前である
越の国から出るだけだと聞いていたが面白い
くさみずの炎なら土砂をかぶせれば消せると聞く
法蓮坊は背後のボタ山を見た

この一件からしばらく後、法蓮坊は名を替えて京で油屋を始めた
油は火の付きがよく明るいことで評判となり
京一番の油屋になるのにそれほど時間は掛からなかった


その後、
油屋の豊富な資金力と悪辣な手口で美濃一国の国主に納まった法蓮坊は
名を斎藤利政に変え
さらに後年、斎藤道三と変えた
天下三悪人の一人、美濃の蝮の悪名は後世まで聞こえ
娘が隣国の織田信長に嫁いだ際には閨にて刺せと短刀を与えたのだという
天下を望んだが及ばず最後は息子の義龍に討たれている

下克上の道三が息子の義龍に討たれるのも宿命のようなものだろうか
戦場で追い詰められた道三が自刃した場所で
地の底でゲタゲタ大笑いする何者かの声を多くの足軽が聞いたというが
当時の地底に地獄があったのかどうかは誰もわからない


法蓮坊の穴

法蓮坊の穴

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-11-24

CC BY-SA
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