蒼い青春 十話 「標的は誰だ?」
前篇
三人に間で、しばらく沈黙が続いていた。 一人は刑事、一人は元誘拐犯、そして一人は誘拐の被害者。 この妙な三角関係の中で、最初に口を開いたのは、博子だった。 「あら、蛯原さん。 わざわざ来て下さって。」 「いやいや、ちょっと怪我をしたって聞いたもんでね。 花なんか買った事ないから、適当に選んできちゃったんだけどさ・・・」 そう言って蛯原が、照れくさそうに花束を渡す。 しかしそう言いながらも、視線は園田の方へ送られていた。 「先客がいたようだね。」 ぼそっと蛯原がつぶやくように言う。 「ええ、横須賀署の園田さん。 道で倒れてたところを助けてくださって・・・」 博子がそう言い終わらないうちに、蛯原が手を振りながら言った。 「そうか、なら私はこれでお暇させていただくよ。」 「いや、ちょっと待ってくれ。」 そう言って蛯原を止めたのは、園田だった。 「ちょっとあんたに話があるんだ。 コーヒーでおおごるよ。」 そう言いながら園田は席を立つと、蛯原とともに部屋を後にした。
「と言うわけなんですよ。 それにしても刑事さんもあの娘とお知り合いなんて、驚きましたね。」 下のロビーに椅子に腰を掛けて、蛯原が博子と知り合った経緯を説明する。 「いいや、こちらこそ驚きましたよ。 何せ、ああいう関係だからね。」 そう言って、意味ありげな目線を送る園田。 「やめてくださいよ、刑事さん。それはもう済んだ話ですよ。 話は変わりますがね、刑事さんのウワサ、最近聞かないですけど、少しは大人しくなられたんですか?」 「ふーん、大人しくなったと言えばうそになるでしょうな。 つい先日も、あの娘の事で、大暴れしましてね。」 「ほう、大暴れと言うと、あの娘が何か・・・」 「いやいや、柄の悪い連中に絡まれてたのを仲裁に入りましてね。」 「あばれはっちゃく、健在ですな。」 そんなことを言いながら二人が笑いあっているその時、上の階からキャーッと言う若い女の悲鳴と、一発の銃声を聞きつけたのだ。
後篇
「なんだ今の音は?」 音を聞きつけた園田は、再び「キャラハン・スイッチ」が入ったのか、テーブルの上の紙カップのコーヒーをぶちまけて走り出すと、病院内に居る患者を押しのける様にして音のした三階へと向かっていた。 「ちょ、ちょっと、刑事さん。」 蛯原は自分の服にもかかったコーヒーを軽くふくと、園田を追いかける。 暴走状態の園田は、階段の踊り場で看護婦を捕まえると、いきなり胸倉を掴んで、「今の音はどこからだ? 銃声だよ!」と怒鳴る。 「さ、三階の706号室です。」 看護婦から聞きたいことだけ聞きだすと、園田は荒々しく彼女を突き放し、階段を駆け上がろうとした。 その時、後ろから大きな足音と怒号が聞こえて、ふと園田が足を止める。 「刑事さん、いい加減にしてください。 ここは病院なんですよ!」 蛯原だった。 「バカヤロウ! そんなこと言ってる場合かっ! もしものことがあったらどうするんだ! 狙われてるのはあの娘なんだぞ!」 園田もすかさず反論する。 「犯人は今にも逃げようとしているんだ! そいつを逃がしたらどうなると思ってんだ!」 園田の話をじっと聞いていた蛯原だったが、ついにぐっと握られた拳が振り上がり、園田の顔面に直撃した。 勢い余って壁に激突する園田。 「どうぞ刑事さん、俺を公務執行妨害でもなんでもしょっ引いてくださいよ。 でもね、俺はこの考えを変えませんよ。 様子を見てきます。 拳銃を貸して下さい。」 そう言って手を差し出す蛯原に、負け犬のように園田は拳銃を差し出すのだった。
「大丈夫か?」 蛯原が部屋に入った時、博子はベッドの上で両耳を押さえて震えていて、彼女の横には粉々になった窓ガラスの破片が、そして窓の向こうには、隣のビルから拳銃片手に黒いローブの怪人が立っている。 「この野郎・・・」 蛯原が怪人に拳銃を向けた時、怪人の銃が火を噴いた。 あわてて身を伏せる蛯原と博子。 やがて音がやみ、蛯原が恐る恐る立った時、彼の胸にある疑惑が浮かんだ。 怪人は弾を撃ち切ったにもかかわらず、まだそこに立ちつくしていたからだ。 やがて蛯原は怪人の正体がわかったらしく、窓枠に近づくと、枠から身体を乗り出し、怪人の方へ飛びかかる。 蛯原と一緒に倒れた怪人の首が、不意にもげたのだ。 「きゃっ」と目をつぶる博子。 しかし蛯原は落ち着き払って、「この野郎、してやられた。 こいつは機械仕掛けのおもちゃだったんだ。」と言った。 その通り、怪人の正体は、タイマーで相手を狙撃するようにセットされたただのロボットに過ぎなかったのだ。 「でもこれで奴への糸口がつかめたぞ。」 蛯原はそう言って、ロボットの頭を睨みつけた。 つづく
蒼い青春 十話 「標的は誰だ?」