第3曲 なぜに ~Warum?~

第3曲 なぜに ~Warum?~

 
 足りない。
 いくら裂いても、破裂させても、吹き飛ばしても
 全然足りない。
 もっと、もっと、もっと、殺さないと私が壊れる。
 私はいつだって足りていない。満たされた事なんて一度もない。
 私は何でこんなに殺したいの? なんで満たされないの?
 なぜ? 
 なぜ?
 なぜ?
 なぜ?
 なぜ?
 なぜ?

 私はなぜ彼を殺せないの?

夜、目が覚めた。よくある事だ。
私は隣で寝ている貴志をみた。彼は良く寝ている。移動中と言う事もあり、山中に車を止めての車中泊だったが、私も彼もすでに慣れっこだったので寝苦しくは無い。
私は彼の頬を手でなぞった。

(殺しちゃいなよ)

頭の中で声が響いた。うるさい。

(もう何日殺していない? 私は殺したくてウズウズしてるの。いつもみたいに派手にやっちゃいなよ)

うるさい……。

(あんた、そいつの事を特別扱いしてるみたいだけど、所詮は人間。いつ裏切るかも分からない。それよりさ、絶対にあなたを裏切らない私の言う事だけ聞いておいた方がいいんじゃないの?)

黙れ。貴志は殺さない。そう決めたんだ。

(私達みたいなバケモノが人間を愛せるわけがないでしょ?)

「うるさい!!」

気が付くと、私の体は汗でグチョグチョに濡れていた。そんな私を貴志は心配そうな顔で見上げている。彼の顔にも大粒の汗が点々と噴き出していた。
「カナミ、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。ごめん、起こしちゃったね」
貴志は訝しげに私の顔をながめると言った。
「何でもないのに、どうしてカナミはそんなに泣いているの?」
「えっ」
私は泣いていた。自分で気が付かなかったのが不思議なくらいに、泣いていた。貴志の顔に浮き出ていた汗に見えていたものは、全部私の涙が流落ちたものだったのだ。私は涙を片手で拭うと、貴志の頭を撫で彼に心配しないでと呟いた。やがて貴志は再び眠りへとついた。彼も相当に疲れているのだ。
私は薄い掛布団を羽織りながら横になり、車の天井をぼんやりと見つめた。

<人間は好き? 嫌い?>
  
「大嫌いだ」

私は彼女ではなく自らに尋ねる。

<人間を殺したい?>

「殺したい。私の周りから消し去りたい」

それは素直な感情。他でもなく、私自身が心から望んでることだ。

<じゃあなぜ、貴志は殺さないの?>

そう、それも私の素直な感情。私が彼を手にかけることが出来ないのはひどく単純な理由からだった。

「彼を愛してしまったから」

かつて、私は研究所に収容されるまでの間に多くの人間を殺してきた。
最初に殺したのは両親だった。
私の両親は共働きで、幼い私に接する事があまり無かったので、私の異常性に気が付くことはそれまでなかったが、小学校に私が入った頃、ようやくその事に気が付いた。
きっかけは入学後、初めて行われた三者面談だった。小学校入学後すぐのものだったので、三者面談と言っても担任と保護者の顔合わせの意味が強く、子供たちは皆、落ち着きなくしていた。私はそんな彼らの行動をまねていた方が良いとは思いつつも、バカらしかったので母の隣でおとなしく順番を待っていた。
「あら、やっぱり女の子はこの年でも落ち着いてるのね。私の息子なんてすぐに外へ遊びに行っちゃったわよ」
「いやいや、女の子でもうちのはダメよ、眼を少しでも離すとどっか行っちゃうんだから。カナミちゃんは特別にいい子ね。お母さんの教育の賜物じゃない?」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
母はクラスメイトの母親に私を褒められ、嬉しそうにしていた。いや、実のところは少し戸惑っている様子でもあった。当然か、教育の賜物も何も家では私はほぼ放置されているのだから。
母も父も典型的な仕事人間だった。二人にとって、私はただ世間体と言う物をつくろう存在に過ぎず、愛情と言うものを熱心に注がれた記憶もない。ただ、だからと言って虐待のようなひどい扱いを受けたりはしていない。私は二人にとって都合のよい娘であった。
そして、面談は私たち親子の番になり担任に呼ばれた。
担任の先生は若く、美しい女性の先生で一生懸命に子供たちに接する姿から非常に人気のある人だった。先生は私たち親子に微笑むと、席をすすめ着席させた。
「どうも、ご多忙の中お越しいただき有り難うございます」
「いえいえ、娘がいつもお世話になっております」
それから、二人はしばらくどうでもよい世間話をしていた。母と担任は歳が近く、気も合ったように見えた。
「さて、本題のカナミちゃんの学校での生活ですが、担任としてお母様にお話するような事は何もありません。カナミちゃんは非情に真面目でお勉強も良くできるお子さんです。ただ、少し私個人的には気になる点がありまして……」
「気になる点ですか?」
「はい、カナミちゃんはどこか特別な塾のような場所に通われていますか?」
「いいえ、まだ塾に通わす年齢ではないだろうと入学前に主人と話し、通わせてはいません」
「そうですか……。実はですね、カナミちゃん勉強が出来過ぎるんです」
「出来過ぎる?」
母は困惑していた。先生は続ける。
「ええ、多少みんなよりも理解が早い位であれば、私もお母様にこんな話をしようとは思わないのですが、カナミちゃんは明らかに小学1年生の学力を逸脱しているのです。あらゆる面で」
「……私も仕事が忙しく、正直この子をあまり見てはやれていませんので、普段この子が放課後にどんな事をしているのかは分かりません。カナミ、一人でいるときにすごくお勉強しているの?」
母は私に諭すように言った。私はめんどくさかったので、ただ頷いて答える。その様子を見て母は安堵した表情を見せたが、先生は違った。私の事を得体のしれないものを見るかのような表情で見つめている。母からは見えないだろうが、それは担任が自分の教え子に見せる表情では無かった。私の内面に気が付きつつある先生は、私を恐れているのだ。
「そうですか、分かりました。ただ、もしご両親やカナミちゃん自身に意志があれば、カナミちゃんは相当上の教育機関に移る事の出来る学力を持っています。もちろん、それにはお金もかかるでしょうし、無理に移る必要もないと思います。またこの件で何かあればご相談ください、いつでもお力になります」
「はぁ、色々と有り難うございます」
三者面談はそうして終わった。その数日後、私は両親に県内の国立大学へと連れていかれた。そこの先生が父のもと恩師であり、子供の教育や能力開発の研究を行っていたからだ。
私はそこでその日の内に幾つかのテストを受けさせられた。テストの結果は教えられなかったが、帰りの車の中で嫌に興奮している父と何か考え込んでいる母の様子を見れば、それは明らかだった。
そして、その日の夜。私は両親を殺した。力はすでに目覚めていて、力の原理も何となく理解していたので簡単に殺せた。先に父を殺し、怯えて部屋の隅に追い込まれた母に近寄っていく。
「カナミ、どうして? どうして?」
父の返り血を全身に浴び、私は血の足跡を作りながら母に近寄る。母は壊れた機械人形のようにどうして? どうして? と呟くだけだ。
「だって、もう隠す必要ないもの」
「……隠す?」
「そう、お母さんとお父さんは私が異常だて知っちゃったんでしょ? じゃあ、もう隠す必要は無い。人間らしく生きる意味もない。今日まで私を育ててくれて有り難う。お母さん」
「カナミ、あなたは……ぐぁ」
母を殺すのにもはや力は必要なかった。私は台所から持ってきた包丁で母の喉を裂いた。
母はしばらく、もがきながら喉から抜けるために声にならない叫び声をあげていたが、やがて動かなくなった。
(ようやく殺したね。今まで退屈だったのよ?)
「もう少し、大きくなるまでは我慢しようと思ってたけど無理だった」
(フフ、もう十分大きいわよ。さあ、早く逃げましょ。そして、殺し続けましょう!! この世界から人間が居なくなるまでね)
そうして、私は13歳で捕まるまでの間に数えきれないほどの人間を殺してきた。でも、不思議なことにその殺し一つひとつを思い出すことが出来ない。私の脳であればどんな些細なことも記憶できるはずなのに、研究所に入る以前の殺しの記憶をたどることが出来ない。最初の両親の殺しを除いては……。

朝が来た。小鳥の囀りに目を覚まし、私は上半身を起こした。隣に寝ているはずの貴志は居なかった。
私は着替えを済ませると、車を降りた。と、その時、ちょうど貴志が車に戻ってきた。
「おはよう。どこに行っていたの?」
「ちょっとトイレに行ってた」
「そう」
私は安堵した。彼が逃げないことは分かっている。でも、目覚めたとき、彼が隣に居なくて無性に不安になった。そんな私の心情を知ってか知らずか、貴志は言った。
「大丈夫。最後までずっと一緒だから」
「……うん。約束よ」



なぜだろう。なぜ私は人間を殺したいのだろう?
なぜだろう。なぜ私は泣いたのだろう?
なぜだろう。なぜ私は彼が好きになったのだろう?
なぜ…



第3曲 なぜに ~Warum?~

第3曲 なぜに ~Warum?~

読んで頂きありがとうございます<(_ _)>
最近色々と忙しく更新の間隔が空いてきています。次はもう少し早くできればと思います。

第3曲 なぜに ~Warum?~

人間を殺すことを本能として生きる新人類の少女と、人を殺し生きる場所を亡くした少年。彼らの二人の逃避行の話です。 全8篇構成でのんびり書いていきます。この話は第3編です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-09-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted