昼休み――お弁当

遠くで、鈴の音がする……いや、何ていったっけ? 坊主が持っている、あの杖の先に輪が付いた杖を、鳴らすような音がする。音は近づいたり、遠くなったりするからやっぱり鈴じゃなくて、杖なのか……うるさい……俺は眠いんだ、寝たいんだ…… リーン、リーン、リーン…… 音は鳴りやまない。それどころか、もっと大きくなって…… リーン、リーン、リーン…… そこまで考えて目が覚めた。夢じゃなく、本当に音がする。鈴でも杖でもなくて、電話だ。リビングに置かれた電話が人を呼んでいるのだ。時計を見れば六時四十三分――電話をするには非常識な時間だから、誰からの電話かは大体予測が、 リーン、リーン、リーン…… 分かっているよ、出るまで鳴りやまないことは。考えても無駄な人からだって。俺は溜息を吐いて、身体を起こす。六時四十五分にセットしておいた目覚まし時計を解除する。自分の部屋のドアを開けると、電話の音はより一層凄まじくなって一層うんざりした。

「はい。倉林――」
「要一?! まだ寝てたの? 夜更かししているんじゃないでしょうね?!」

「鈴」とか「坊主の杖」に多少は似ていた電話の音のほうがまだマシ、と言えるようなけたたましい声がした。マシンガントークだ。まだマシンガンの音を聞いたこと無いけど、多分似たような音だろうな。いや、マシンガントークは「どんどん喋る」の意味だったか?

「全く、貴方はいつもそう!! だらしないんだから! 学校にはちゃんと行っているんでしょうね? 転校するにも進学にも出席日数は大事なんだからね!! 大学受験だってあるし、これ以上母さんの心配を増やさないで!」

マシンガンって一秒間に何発の弾丸を発射するんだか。クラスにミリオタはいたか? 誰だっけ? セーラー服の女子高生が海辺の街で戦車乗り回すアニメのクリアファイル持っているのがバレて笑われた奴。授業中にこっそり戦艦みたいな女が海で怪物と戦うスマホのゲームやっているのを先生に見つけられた奴もいたな。そいつらに聞いたら分かるか?

「ちょっと聞いているの?! 要一!!」

ううん、全然、ちっとも――以上の選択肢から一つ正解を選びなさい。正解は――

「聞いているよ、母さん。学校は行っているし、夜更かしもしてない。食事もちゃんと作ってる。心配いらないよ」

だ。正直な答えは不正解。こうでもしないと終わらない。

「そう? ちゃんとやってよね。まだ離婚の手続きはあるんだから。あの人ったらこの期に及んでまだ仕事仕事って……昨日なんか貴美は熱出しちゃうしお祖母ちゃんはまた腰が痛いって言うから仕事休んで病院連れていくことになるしでもう」

訂正、正解は「解無し」。怒るか泣くかの違いだけで、この人の気が済むまでは終わらない。グスッと鼻をすすり上げる音がする受話器を数ミリ、耳から遠ざける。時計が指す時刻は六時五十五分。不味いな。発熱した妹と、腰痛の祖母の容態はどうってことないんだろう。だって、一日置いての電話だから。それより、今こんなに話していて出勤時刻は大丈夫ですか、あなた。

「とにかく、離婚の手続き終わっても引っ越しとか色々あるからまた連絡するね! あの人と一緒で貴方も大変だろうど、ちゃんとやっていてよね!」

「分かったよ、お母さん」

本当に「離婚の手続き終わったら連絡」にしてくれるとこんなに有り難いことはない、という本音は胸に納める。電話は始まった時みたいに一方的に切れた。いつものこと、あの人らしい――と欠伸と背伸びをする。時刻は六時五十八分。起床予定時刻から考えて十三分のロス――家計の一助に弁当作る計画はもう頓挫だ。仕方ないので、せめて朝食だけは豪勢に行きたい。トースト、サラダにオムレツ、ミルク――と冷蔵庫の中身を確認した。

コンビニで昼食を物色していると見知った顔がやってきた。アイツ、今日は弁当じゃないのか――つまり、と朝からちょっと可哀想になる。だって、あんまりじゃあないか、朝っぱらから妹だけ連れて出ていった母親さんの愚痴を聞くなんて。僕は適当に一番近くにあったおにぎりだけ掴むとアイツのほうへ歩き出す。意外に健康志向なんだな、とサラダを選んでいることにちょっと感心する。

「おはよ」
「おう、的場」

何で「おはよう」で返さないかな、とちょっと不思議になる。ちょっと変なのはいつものことだけどさ。それっきり会話が続かない。特に欲しいわけじゃないけど、何となく横に並んでサラダを眺める。普段は菓子パンとかおにぎりばっかりだから、改めて見ると種類の多さに妙に感心する。

「的場、買わないの?」
「何を?」
「や、だから……昼」

アイツ――倉林要一――がかなり怪訝な顔している。見ればその手には大盛りサラダ――三百五十六円だ――が収まっている。何だ、もう決めたのか。

「僕、これでいい」

両手で持っていたおにぎりを見せる。サラダ選んでいたわけじゃないし、というのは言わない。言う必要がない。これで自然な会話になる――と思っていたら、倉林は変な顔をする。何だよ? 

「渋い物、食うな」
「え?」

一番近くにあったのを取っただけだから、具なんか確認していない。改めて見たら、それは――「おかか」と「梅」だった――確かに。

「好きなんだよ!!」

正直に言うのは何だかおかしい気がして、的場康平というキャラの設定を捏造する。梅干しなんて年一回、親戚の小母さんが贈ってくるのを食べるくらいだ。何だ、おかかって。ふりかけと同じじゃないか。でも、上手く言えたかな? 怪しまれてないかな?

「ふーん」

それだけ言って倉林はサンドイッチの棚へ歩いていった。なんだよーキャラ設定捏造してまでの渾身の一言をスルーかよーと、言いたいけど我慢する。仕方ない。さっさと会計を済まして店を出る。倉林は一応待っていてくれた。そこは良い奴だな、と思う。心の底から。 コンビニから高校まで約五百メートル。紺色ブレザーと灰色スラックス、スカートの高校生の集団の中を倉林と並んで歩き出す。

「今朝もバッドモーニングコール?」
「正解」

 やっぱりね。分かりきったことだけど。別居中の倉林母からの、朝の愚痴と怒りの電話を僕はこう命名した。一ヶ月前の命名に、倉林はそれ言えてんなと力無く笑い、以来二人の共通認識になった。

「何があったのさ」
「妹が発熱、祖母ちゃんが腰痛、お陰であの人は会社を欠勤だとさ」
「新しいバージョンだね。この前はどこも家賃が高いから新居決まらないで、その前は会社で笑われている、だったから」
「よく覚えてんな」
 
 記憶力いいから、とちょっと自慢する。実際、世界史の成績は良いんだ、全国偏差値六十五。

「俺はどんどん忘れるよ……付き合いきれない」

 厳しい顔付き。気持ち分かるけど。目下、離婚調停中の倉林夫妻――妻は現在、小学生の娘は『母親が必要だから』と連れて実家に帰省、息子については『進学の為に勉強が大事だから』と自宅待機を命ず。仕事人間の夫は元々不在がちで、妻が出ていってからは現実から目を背けるように仕事にのめり込んだ。うん、家庭崩壊。機能不全家庭ってやつだ。

「あの人さ『手続きが済んだら』なんて言っているけどどうせ明後日にはまた電話してくるって。俺には分かる」
「僕は四日後だと思う」

 今までの傾向だと最長五日、最短翌日。電話を切る時には「手続き終わったら」と言うのに、そんな言葉はどこへやら、たちまち置いていったはずの息子に泣きついてくる。女性って分かんないな、と決まり文句で片づけたくなるけど言わない。多分、誰か異性にすがりつかないとやっていけないタイプの人なんだろう――僕の父みたいに。

「通勤時間が増えて夜電話できないからって、朝にするんでなきゃ大分マシなんだけど」

 ストレスフルな電話が来ること自体は諦めている発言――気の毒な倉林。

「何とか策を考えようよ。昼は部室来るだろ」
 
 策なんて思いつく気がしないけどポン、と倉林の背中を叩く。いいね、今この瞬間だけなら学園ドラマみたい。ちょうど校門をくぐったばっかりだし、絵になるね。

「うん……ありがとな」

 『乾いた笑い』と言うのがぴったりな顔で言われても、素直に喜べないな。でも、部室に来てくれるのは嬉しいな。その一点だけを頼みに、じゃあまたなーと手を振って倉林と別れる。僕らは同学年だけど、クラスが違うから使う玄関が違うのだ。

そして、昼休み――自分から「部室来るだろ」と言っておいて遅刻だ。部室棟は教室棟から離れているから移動に時間が掛かるし、僕らが使う弓道部の部室は三階の一番端だ。その上、四限の数学の時間に事故発生――弓とか大砲とか持った女の子が服を破かれながら海で怪物と戦うスマホのゲームをこっそりやっている奴がいたのが先生にバレたのだ。「このクラスでもか!!」と神経質な教師がキレたから、他のクラスにも同じような奴がいたんだろう。八つ当たりのようだけどお説教は過熱、授業は五分も延長――僕は待ち合わせに遅刻している。 怒られた奴が前に「俺の嫁」なるキャラクターをちょっと見せてくれたけど弓の構え方が変、くらいの印象しか残らなかった。あの時、奴のスマホを叩き壊しておけばよかったな。あいつ、「俺の嫁」と一緒に海に沈んじゃえばいいのに。

 内心、恨み辛みを吐きながら部室棟の階段を駆け上がる。やっと到着、とドアノブに手をかけて、止まった。話し声がするのだ。それも、怒った声と宥める声が。おかしいのは怒った声のほうが遠くから聞こえること。宥める声は必死の様子だ。

「だからさ……うん……わかったよ、だから」

 聞き耳を立てても埒が明かない。そっとドアを押して体半分を部屋に入れる。中にいるのは倉林、そして。

「もう切るよ、本当に……困るって」

喚き散らしているスマホだった。いや、スマホからそういう声が聞こえるってだけなんだけど。僕の顔を見た瞬間、倉林の顔がグシャっと歪んだ。そしてたちまちに半泣き顔――まさか。

「昼休みなんだよ……もう……お母さん……もう」

 予測的中。遅刻してよかったのか、悪かったのか……結果的に変わらないか。倉林が切に望む「最長記録更新」どころか最も望まない「最短記録更新」だ。母親さんは我慢ができない人みたいだ――僕の父そっくりに――「したい」と思った時がする時、例えそれが相手を巻き込むことでも――それが倉林の母親さんや僕の父みたいな人の共通項だ。 (付き合いきれない) 朝に見た、倉林の厳しい顔付きが思い出される。うん、僕も同じ気持ち。そういう人には付き合いきれない、付き合いきらない。だからね、倉林――

「すいません。お母さん、僕、倉林の友達の的場康平って言います」

 倉林からスマホを取り上げて、代わりに話をする。向こう側では「はぁ?!」とか何とか金切り声した。うるさいなぁ、もう。そんな声してよく喉が潰れないね。倉林がスマホを奪い返そうと死に物狂いで腕を伸ばしてくるのを上手いこと背中を向けて避ける。まぁ、落ち着けって。この手の人の処分の仕方は僕のほうが知っているんだから。

「いつも倉林にはお世話になっています。とても仲良くしてくれるんで助かっています」

 ハキハキ明るく元気よく――これで大体、大丈夫なんだ。実際、電話の向こうの声は一トーン下がって静かになった。「はあ……」とか何とか言っている。ほらね。それが倉林にも伝わったようで、腕が動かなくなった。僕はちょっとだけ笑って目で言う。「まぁ見てな」ってね。

「突然、電話代わってすいません。僕、どうしても倉林のお母さんと話したかったんです」

 電話の向こうで、明らかに困惑した声が何かもごもご言っている。この期を逃しちゃいけない。困惑から立ち直ると、また怒り出す。僕の父――浮気の果てに妻子を捨てて逃げた男――みたいに異性に依存して生きている人は大抵は感情がジェットコースター仕様だ。

「いつも倉林が僕にお弁当を作ってくれるんです。僕のお母さん、今入院していてお弁当を作れないからとても助かっています」

 嘘だ。そんなことより、次のほうが重要な一言。

「お母さんの教育がすごく良いんですね。とても美味しくてお母さんはすごく立派だなって思います」

 どうだ。ほら、やっぱり、予想通り。 「あら、まぁ……そんな……」 脂下がったようなべとついた声がへらへらと聞こえてくる。誉めたら喜ぶ。実に単純で子どもっぽい。言葉はそうでなくとも、声は更なる言葉を求めているのが分かる。べたべたと粘りながらスマホから溢れてくる声に僕は心の中でペロッと下を出した。もうここまで来たら後はもう簡単だ。

「でも、今日は残念でした。朝、お母さんからの電話でお弁当を作れなかったみたいで」

 チクン、と一刺し。誉めた相手から出てきたのは責める言葉、という落差に電話の向こう側の声は急にしどろもどろになる。誤魔化すような笑い声がわざとらしく、アメリカンコメディの副音声みたいに聞こえてくる。本当に分かりやすいな、この人。僕の父もそうだったっけ――都合が悪くなれば大仰にふざけて、自分から勝手に笑いだして――悪者になることを引き受けられないのだ。

「僕のお母さん、もう暫く入院しなきゃなんで倉林のお弁当がどうしても必要なんです。僕は料理が下手で何にも作れなくて……だから、お母さん」

下手に出る僕。助けてください、と哀れみたっぷりに。貴女がはい、と言わなきゃ僕は傷つくぞ、と思い知らせて。

「倉林にはメールにしてください。お母さんが忙しいから朝しか電話できないのも、倉林が心配なのも分かります。だけど」

 もう暫くの間でいいから――と湿っぽく言い終わる前に、電話の向こうから甲高い笑い声が聞こえた。いいのよ、いいのよ、とか何とか。ほらね、成功。僕はもうこの人が何を言おうが興味無い。勝手に言ってね。何から何まで本当に僕の父そっくり――好き勝手に行動しているのに、迷惑をかけている自覚が無くて、悪者になれずに逃げ回り、そのくせ誉められることにだけは貪欲な――狡いだけの、醜い人間。

「倉林に代わります。本当に、本当に、ありがとうございます!!」

 感謝感激、というトーンで相手の話を止める。とにかくお礼と誉め言葉さえ絶やさなければ簡単なのだ。その中身まで、この手の人は吟味しない。ニヤッと笑って倉林にスマホを返す。さあ、最後の一仕事だ。

「あ、うん……そういうことなんだ、うん……」

 事前の打ち合わせが無いから、倉林は目を白黒させている。彼が口を滑らす前に電話を切らないと、僕の芝居が無駄になる。カンペの用意――机の上のメモ帳に走り書き。 「お母さんを心配させたくなくて」 「気になっていたし」 「ごめんなさい」 「頑張って」 読め、と目で合図する。倉林も察しはいいほうだ。僕の指示に従って読み始めた――棒読みはご愛敬だ。仕方ない。

「うん……分かった……うん……じゃあね」

 スマホって味気ないな。大団円なのに「ピ」とも言わない。

「お疲れ様」
「ああ……お前、すごいな……」

 あの人を黙らせるなんて、と呆然としている倉林に僕は「まあね」とだけ笑った。経験者ですから、とは言わない。言ったら気にしちゃうよね、倉林。まだ当分は知らなくていい。少なくとも、君の両親の離婚が成立するまでは。

「でも、これで君はもうバッドモーニングコールされないでしょ?」
「まぁ……多分……」

 おめでとう、と笑ってみせる。そこで初めて倉林は安心したように長く息を吐いた。顔がテスト明けの放課後みたいになった。

「意外に簡単だったな……あの人が他人のお願いを聞くなんて」

 そして、また息を吐く。喘息の発作が治まった人みたいだ、と思った。呼吸が自然にできることを確かめるみたいに何度も、何度も深呼吸する――それから、やっと僕に向き直って言った。

「お前、お袋さん」
「嘘だよ」

シレッと答える。え、と眉を寄せた彼に「嘘も方便」とだけ言っておく。それで彼はまたゆっくり深呼吸に戻った。 自然の呼吸に身を任せる倉林に「さぁ昼を食べよう」と言おうとして――僕は、その時やっと気づいた。昼休みは後五分しか残っていないことに。最低のクソババアめ。

 昨日は結局、昼休みには何も食べられなかった。クラスメイトから変な目で見られながら、五限後に教室でおにぎりをかじった。美味しくとも何ともなかった。十分間の休み時間では結局、食べきるなんて不可能で、六限は空腹のまま始まった。本当に最低のクソババア。 今日はちゃんと食べるぞ、とコンビニへ向かおうとした背中を誰かに叩かれた。

「おい」
「おはよ、倉林」

何か機嫌悪いね。もしかして、クソババアが何かやらかした? 僕の読みは外れかな?

「コンビニ、行かなくていいぞ」
「何でよ?」

 僕にお昼を食べさせない気? と言ったら彼氏、ちげーよ、と言ってぐいと背中を押す。学校へ行こう、ということだ。

「部室行くぞ」
「いいけど何でよ?」

  いいから来いよ、と言って倉林は歩き出す。仕方ないのでついて行く。周りにはいつもと同じ、制服の群。コンビニを目指す奴も、学校に向かう奴もそれぞれだ。その中を僕らはいつもと違って黙って歩く。 何か、起こってしまったんだろうか。僕の読みが外れてしまったのだろうか。あの手の人間の扱いは慣れているつもりだったのに、やっぱり「つもり」は「つもり」なんだろうか。 僕の父――仕事もしていた母に家庭を任せっきりにして、母が過剰な仕事に振り回されれば「愛情が無くなった」「寂しくなった」と勝手に絶望して、愛人に逃げてしまった男――それの扱いと倉林母は同じではいけなかったのか――倉林―― ギシギシ軋む部室棟の階段を三階まで上る。部室に入る時に心臓がキリと痛んだ。

「倉林――」

 謝らないといけないんだろうか。あの人は何か逆上して倉林に何かしたんだろうか、どんなことを? 何を言おうか悩んでいるうちに、倉林が鞄から布包みを取り出した。え?

「昨日は、ありがとうな」

 青いハンカチに包まれたそれを突き出されて、僕は一瞬戸惑って、受け取った。ずっしりと重い。

「お袋さん、別に入院とかしてないのに、嘘言ってくれて」

 だから、と続きを言われる前に分かった。包みをそっと解くと、中にはプラスチックの容器――まだ、ちょっとだけ温かい。

「倉林……」
「しばらく作るよ。助けてくれたから。離婚が成立するくらいまでは」

  お前のお陰だからな。と言われて顔が崩れた。自分でも気持ち悪いくらい変な顔だと分かるけど止められない。だってこれって……

「手作り、なんだあ」

 うへへ、とか、むふふ、みたいな変な声がだらしなくこぼれるのも止められない。そうやってしばらくデレデレしていたら、呆れたような声が聞こえた。

「おい、遅刻するぞ」
「あ、うん。ごめん」

 慌てて包みを直して鞄にしまう。それでも顔の崩れは戻らない。どうしたって戻らない。だって、手作りですよ、手作り。その顔のまま、倉林の後ろに付いて階段を降りる。そうだ、こういう時にこそ大事なんだ。

「倉林、ありがとうね」

 妙にへにゃへにゃした声しか出ないけど、言わないよりずうっとマシ。倉林はチラッとだけ振り向いて、一言言った。

「おう・・・・・・顔を戻せよ」
「うん」

 君にそう言われたら頑張るしかないじゃない、倉林。少しでも長く君のお弁当を食べる為にはさ。 さて、倉林……君は昨日の話を覚えていたみたいだけど、僕はおかかより鮭、梅干しより卵のふりかけが好きなんだ。さっきのお弁当のご飯にはおかかと梅干しはのっかていたみたいだけど、それを一体、いつどうやって君に伝えよう……

昼休み――お弁当

昼休み――お弁当

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-22

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