蒼い青春 九話 「神の与えた運命」
◆登場人物
・長澤博子☞主人公の少女。 過酷な運命にも負けじとまっすぐに生きる17歳。
・河内剛☞博子の恋人で、23歳の若手刑事。 正義感の強い熱血漢。
・園田康雄☞剛の先輩刑事。 「横須賀のハリーキャラハン」との異名をとる非情な刑事だが、心に秘めた優しさを持つ。
前篇
「頼む、あの娘にはその話はしないでやってくれ。」 博子を訪ねてやって来た剛の目的を、五郎とたか子は悟っていた。 蛯原と博子が12年前の事件で因果関係があることを彼女に打ち明けようとする剛を居間に通し、五郎は深々と頭を下げてそう言った。 「じゃあ、お二人はそのことを・・・。」 剛がそうつぶやくと、五郎は頭を上げ、剛に煙草を勧めて自分のにも火をつけると、大きく煙を吐き出し、話を始めた。 「ああ、12年前、その時まだ五歳だった博子が、公園でふと眼を離した隙に連れ去られたんだ。 そこらじゅうを探してももちろん居ない。 それで、警察に被害届を出したら、次の日に電話がかかってきて、娘を預かったから、公園に一千万円持って来いと相手が言うんだ。 警察と相談して、探査機をつけたアタッシュケースで、現金を持って行ったんだ。 そしたらケースだけを取られて、娘は戻ってこなかった。 探査機で逆探査をして、あの男の居場所を突き止め、奴は逮捕されたが、娘は変わった。」 「変わった?」 剛が聞き返す。 「そうだ。 あの娘は、助けに来た捜査員の顔を見て、極度の拒絶反応を示したんだ。 精神科医に調べさせたら、大きなショックによる対人恐怖症だったんだ。」 そう言って、五郎が煙草の火を消した。 「分かりました。 黙っておきます。」 そう言って、剛が大きくうなずいた。
中篇
「じゃあね。」 「バイバイ。」 商店街を数人の友人たちと練り歩いていた博子は、彼女らと別れて一人家路についていた。 夏だとはいえ、あまり遅くなってはいけない、そんな思いから、博子は友人たちの間で「近道」として知られる細い草道を歩いていた。 近道と言うだけあって、もちろん道は整備されていない。 不運にもサンダルばきだった博子は、脚にちくちく触る草に不快感を感じながら、ズンズンと先に進んでいた。 しかし彼女は、一寸先の草の陰の尖った針金に、全く気がついてなかったのだ。 「痛たっ。」 博子は脚に激しい痛みを感じ、ハッとなってそちらを見たが、もう遅かったのだ。 彼女の脚からは真っ赤な血が流れ出し、一向に止まる気配がない。 身の危険を感じた博子は、痛む脚をかばうようにして一気に草道を抜ける。 しかし道を抜けて少し行ったところで、博子は痛みに耐えきれずその場に倒れこんでしまった。 皮肉にも血液は止まる様子を見せず、博子は貧血状態に陥っていた。 目の前がかすんできて、頭の中で色々な記憶が巡るましく回る。 幼いころ、父とよく行った海水浴や、剛との思い出・・・ そんな中、突然博子の脳裏に現れたのは、若き日の蛯原が自分を無言でじっと見つめる光景だった。 はっきりとしていた蛯原の顔は、そのうちぼんやりと遠ざかって行き、やがて博子は気を失ってしまった。
仕事を終えた園田は、愛車で自宅へ戻る最中だった。 署を出た時はまだ明るかった空も、一時間近くも走ればだんだんと夜の色に染まって来る。 そんな空をぼんやりを見つめていた園田は、道路の真ん中で倒れている人影に全く気付いていなかった。 「キキーッ」 空の暗さに応じて車にライトを点けた園田は、目の前に倒れている少女に気付き、あわててブレーキを踏んだのだ。 タイヤは大きく擦れ、車体は少女のほんの数センチ前で停車した。
園田は急いで車を降りると、少女のもとへ駆け寄った。 倒れている少女に、園田は見覚えがあった。 そうだ、剛のガールフレンドだ。 園田は博子の足元の赤い血だまりを見ると、状況を悟り、傷口にハンカチーフを巻くと、彼女を車に担ぎ込み、急発進させた。
後篇
博子が目を覚ましたのは、真っ暗い道路の真ん中ではなく、病院の真っ白いベッドの上だった。 怪我を負った脚には丁寧に包帯が巻かれ、傍らでは血だらけのハンカチーフを一生懸命洗う園田が居る。 「目を、覚ましたようだね。」 博子に気付いて、園田が声を掛ける。 彼はそれ以上何も言わず、黙って小さな丸イスを引っ張り出し、窓の方を見て座った。 「あの、これって・・・」 博子がそこまで言った時、園田が頷いた。 「そうだよ。 俺もボンベイ型の血液なんだ。」 そう言って園田がポケットからお守りを出す。 それは博子が五郎から預かったものだった。 「こいつには大変世話になったよ。」 そう言って園田は小さなお守りの巾着から、丁寧に小さく折りたたまれた紙を取り出した。 「ここに全てが書いてあったんだ。 これがなかったらどうしようもなかったからね。」 そこには、父の小さなきれいな文字で、自宅、血液センターの電話番号、博子の氏名、血液型などが書かれていた。 「これも、神様の与えた運命なんでしょうか?」 ふと、博子がそんなことを口走る。 「えっ?」 その何気ない言葉に、園田が何気なく反応する。 「だって、私も、剛さんも、剛さんの先輩の園田さんも、みんな同じ希少血液だなんて。 運命のいたずらですよ。」 そう言って博子が小さくほほ笑む。 「それは少し違うかな。 俺ら刑事って言う職業は、職業柄いつ多量の出血を起こしてもおかしくない。 そんな時、俺や剛は同じ希少血液同士、コンビを組んでもしもの時に備えているんだ。 でもな、俺は神様なんて信じてちゃいないけど、確かにアンタと剛が結ばれたのは、運命のいたずらかもな。」 そう言って、園田も笑う。 と、その時突然、病室のドアが開いた。 なんと病室に入って来たのは、蛯原だったのだ・・・ つづく
蒼い青春 九話 「神の与えた運命」