オールドランドのメイド長

 少女らが彼に出会ったのは、薄汚い路地裏。
 彼が少女らに出会ったのは、奴隷売買所。
 それは運命的でもあったし、必然の出会いでもあった。
 果たして歯車は回り始め、物語の幕は開かれる。


 表の通りから威勢のいい声が聞こえる。
 新鮮な野菜がどうとか、それを値引いてくれないかとかそんな感じの、商業街――とりわけ市場特有の内容を含んだ明るい声。
 ただ少女たちの周りにそのような明るい雰囲気はない。
 薄暗く汚れた……というのもあれだが、少なくとも表の通りとは異質な空気を少女たちは、否、その場所は醸し出している。
 表の通りから一歩外れた場所。端に言えば路地裏。さらに分かりやすく言えば暗黒街の入り口。そんな場所に少女たち――奴隷は売られていた。
 陰気そうな男の隣、地べたに座らされてる少女は二人。一人はウェーブのかかった金髪に碧眼、見た目からするに年の瀬は13,4だろうか。とがっている耳から察するにエルフの少女だろう。もう一人は赤みがかった長い髪と大きな目が特徴的な子、こちらも同い年くらいの少女だ。こちらは人だ。
 それぞれ特徴もあり種族から違う二人の少女は一様に裸にされて鉄の首輪と足かせだけの格好であった。
 そんな少女らを値踏みするかのように見る男がいた。恰幅のいい、正に品の無い金持ち然とした男。
 ひとしきり少女らを眺めたり、胸に触ってみたりするが少女らの反応が無いのを確認すると今度は奴隷商の男に話をふった。
「ふぅむ……。見た目はなかなかなんだ、けっこう使われてるんじゃないの?」
「へへぇ。まぁ確かに、もう反応もねぇってんで買い取ったもんでして。でも、まだ若いですし締りもいいですよ。へへっ」
 下卑た笑みを浮かべ少女らを前に出す。
 確かに言われたとおり少女らの瞳には光が無い。なにもかもに絶望している目だ。
「しかしなぁ……」
「それにここだけの話」
 奴隷商が男にだけ聞こえるように手でしきりをつくる。
「実はこの子ら、どこぞのお姫さまとそのメイドらしいんですわ。もっともその国が戦争で滅ぼされてこうなっちまってるようですが」
「ほお」
 男の目に興味の色がわく。それを奴隷商は見逃さずさらに一声いれる。
「どうです? 試しにそこの宿で一回。買われる前に具合も確認したいでしょう?」
「……いいのか?」
 男の喉がゴクリと鳴る。
「なら……」
 男がそこまで言って言葉を止めた。
 声が聞こえたからだ。
「旦那さま! ここは危険でございます!」
「よいよい。余は王であるぞ? 表も裏も、酸いも甘いも、喜びも悲しみもあらゆる全てを把握しておかねばならぬ。危険だからと、覗かぬわけにはいかぬ。というか、危険って面白いだろう。わくわくするだろう?」
「いや私はぜんぜんわくわくしませんから!」
「はっはっは。とかなんとか言って、なんだかんだでいつも付いてくるではないか」
「だーかーらー!」
 聞こえる声は男の声で二人分。そしてその声は“品の無い男”を退却させるには十分すぎる程のものであった。
「この声は……」
 奴隷商が口を開く。
「商人長だ」
 返答したのは男。
「す、すまんが用事を思い出した。今日はこれでな」
 男が逃げるようにして声とは反対の方向に走っていった。
 すると間をほとんどおかずして声の主が現れた。
 一人は銀髪に金の目を持ち、黒のコートを羽織るようにして着ている男。もう一人はその男の後ろに、付き従うような形でいた。
「ふむ。見ろエリック、面白い物を見つけたぞ」
「奴隷商……ですか。珍しいですね」
 エリックと言われた男が少女と、商人を見る。
 眼鏡の奥の赤い瞳が印象的な男だ。燕尾服を着ていることから察するに執事かなにかだろうか。
 となると、と商人は頭を働かせる。商人長がどういったものかはわからないが、銀髪の青年がそれだろう。売り込むならこちらだ。と、
「へへっ。旦那、どうです? まだ若いですから、労働力にもなりますし、夜も楽しめますよ。へっへっへ」
 手を揉みながら、商人は青年に話しかける。
 が、青年に反応が無い。ただこちらと少女を見比べているだけだ。
「だ、旦那?」
「む、おぉ! 余に話しかけていたのか。すまぬすまぬ」
「は、はぁ」
 よくわからない青年だ。執事がいるから金持ちなのだろうが、それでも先ほどの男が逃げる理由がよくわからない。
「旦那様」
「うむ。わかっておるわ」
 執事がなにやら青年に耳打ちをする。
「貴様!」
「は、はい?」
「奴隷を売るな!」
「へ? えぇ!?」
 いきなりの宣告に商人が驚きの声を上げる。少女らも声こそ上げなかったがその虚ろな目のままで青年を見た。
「お、反応した」
「旦那様」
「む、おお。話が逸れたな。いや売るな、とは言わん」
「え?」
 じゃぁなんだ。と商人が首を捻る。
「いいか奴隷商。奴隷とは商品であるな」
「へ、へぇ」
「うむ。そして商品であると同時に人であるな」
「え、ま、まぁ……」
「さらに今回の商品は女ではないか」
「そ、そうですが」
「ならなぜ裸にしておく。汚れたままにしておく。ついでに言えば商品なら値を表示するのが通りではないか」
 言っていることがめちゃくちゃだ。つまり、女性らしく人らしく扱え、そしてちゃんと売れ。ということである。
「し、しかしですね旦那。奴隷は人以下です。それはどこの国行ってもそうです。物を着飾りますか? キャベツや大根を着飾っている店などありませんでしょう? たしかに値を出さなかったのはこちらの失態ですので今後は気をつけますが」
「ふむ。一つ反省したな。だがまだ足りぬな。キャベツや大根を着飾る店などあるまい、が。裸で往来を歩く人などおるまいよ。その少女らがなんであるかなど余はそれほど興味は無い。が、貴様も商人の端くれなら商品は綺麗な物を売れ! 貴様はキャベツや大根を買うとき虫食いだらけの泥だらけな物を買うのか!」
「い、いえ、それは……」
 どうしたもんか、と商人が少女らを見る。相変わらず目に光は灯ってないと思ったが、違った。微かにだが目に力が戻ってきている。
「だいたいだな。商品をこんなところに置くのも余は気が済まぬ。もっと明るい場所で広く提供すべきだ。それがなんであれ」
 青年がそれと言いながら少女らを指差す。
「いいか商人よ。商品に自信があるなら表に出よ」
「い、いやそれは――」
「何を怖がる。そこのそれはキャベツや大根と同じ、人ではあるがただの商品だ。誰も咎めはせんだろう? 違うか」
「い、いや――」
「ち、違います……」
 否定の言葉は予想外のところからあがった。
 声を出したのは赤い髪の少女。
「私たちは……物じゃないです……」
「なに、商品が何を言うか」
 青年が少女に――商品に向かって言う。
 その光景に執事がやれやれと顔を手で覆ったのを商人は見たがそれが何を表すのかはわからない。
 ただ、青年と少女は言葉を交わす。
「私は、私たちは物じゃないです!」
「では、なんだ? そんなところで裸で突っ立って、もはや何人の男共に慰み者にされたかもわからぬその身体を晒し、恥ずかしげも無く、ただ流されるままに生きている貴様は何者だ?」
「わ、私は……」
「姫、さま……」
 口を閉ざしていた金髪のエルフ少女が俯いた赤髪の少女の腕を取る。
「私たちは人です!」
「口だけではな。ならそれをこの場で証明してみせよ」
「そ、それは……」
 無理だ。少女がなんと言おうと今は奴隷であり、自由意思などあって無いようなもの。
「無理であろう」
「く、くぅ……」
 改めて自分の立ち位置を知った。国を滅ぼされて、奴隷に身を落とし、それでも死にたくないと、少しでも苦しまないようにと自ら心を閉ざし、壊し、それがこんなにもあっさりと崩れ、そしてまた絶望を知る。
「ひ、……っく」
 涙が止まらない。
「姫、さまぁ……」
 二人して涙を流す。泣いたからどうというものでもないが、泣かずにはいられなかった。
「ふむ。死んではいないようだな」
「……え?」
「ふむ。エリック」
「はい」
 執事が一歩を前に出る。
「商人よ。この娘らをそれぞれ50万で買おう」
「5、50!?」
 商人の声がひっくり返る。
 一般的な奴隷なら6~7人分だ。
「む、不服か。エリックこういう時に出し惜しみはするなと言ったはずだが?」
「申し訳ありません旦那様。では、さらに」
「い、いえいえ! 十分でごぜぇます!」
 こんな大金をポンと出し、さらに上を出された日には逆に怖くてたまらない。
「あ、貴方……」
 執事が商人に金を受け渡している光景を見ながら、少女は男に声をかける、
「なかなか綺麗な涙であった。ああいったものに価値をつけるのは余の正義とは反するが……今回は特別である。貴様らが人間である事の証、余に見せてみるがよいぞ」
 はっはっは。と青年は笑いながら路地裏を後にする。
「エリック。しっかりとその者達を屋敷に案内せよ。後、服も見繕ってやるがよい。とは言っても裸で店を回るわけにもいくまいし、とりあえずはその辺の布で代用せよ」
「かしこまりました、旦那様」
 そうして青年は日の当たるところに消えていった。


 執事の名前はエリックと言うらしく、それが姓なのか名なのかは教えて貰えなかった。
「どうぞお好きに呼んでください」
 というのでとりあえず少女たちはエリックさん、と呼ぶことにした。
「はい。では貴女方の名前もお聞かせ願いますか」
 名前。そういえば、奴隷に身を落としてからは呼ばれたことが無かった。
「わ、私の名前は……」
 そこで言葉が詰まる。出てこない。
「姫様?」
「どうかしましたか?」
 否、自分の名前どころか、
「貴女は……?」
 自分について来てくれてるエルフの少女の名前も――、
「え……、わ、ワタシは……」
 思い出せない。そして本人も同じく、らしい。
「なる、ほど……旦那様が言ってた事はこれですか。アンジェリカと同じようですね」
「え?」
「いえ、こちらの話です。屋敷に着けば自ずと意味もわかるでしょう。名前の事もその時に」
 とりあえずは、と執事は頷き、
「服を買いに行きましょう。そのままの格好ではあまりにも酷いですので」
 格好とは奴隷商からサービスで貰った布をその場で服に仕立てたものだった。その早業たるや、相当なものだったし、出来も見た目もただの布切れとは思えないものだったが、どうやら製作者は気に入らないらしい。
「すみません。もっと良い布があれば綺麗な服も作れたのですが」
「い、いえ。その私は気に入ってます。ね?」
 エルフの少女に同意を求めると二度三度と頷いてくれた。
「ありがとうございます。でも、まぁ、旦那様の言いつけでもありますから。まずは服飾の店に行きましょう」
 そうして執事は路地裏を一歩出る。
 着いていこうとして身体が動かない。エルフの少女も同じようで動きたいけど動けないと、そんな表情だ。
 どれくらいの時間かはわからないが、それほどまでに長い時間を暗いところで生きてきた。太陽が出ている日もあったがその光が当たらないところで、当たらないように生きてきた。
 身体が竦む。明かりが怖いのだ。
 前を見る。エリックは何も言わずにこちらを見るだけで手を出さない。
 そう。これはあくまで自分が動かなければ意味が無いのだ。物から人にならなければ。
『――貴様らが人間である事の証、余に見せてみるがよいぞ』
 あの声が頭に響く。
 動く、動ける。私は、私の意志を持ってこの闇から出る。光の下に行く。
 足元を見た視線を上げ、隣を見る。エルフの少女と眼が合う。言いたいことと、やりたいことは一緒らしい。なら、
「行きます」
「は、はい」
 一歩を踏み出す。
 たったの一歩で世界は違った。
 果物の香りや、人々の賑わう声、太陽の明かり。違った。今までの世界とはその一歩のずれでこれほどまでに違った。
「おめでとうございます」
 エリックの声で我に返る。
「え、エリックさん。私……」
 また泣きそうになる、
「駄目ですよまだ泣いたら。これからもっと自分を取り戻しに行かないといけないのですからね」
 さぁ! と、エリックが両手を広げる。
 行きかう人々が何事かと見るが、そんな視線を気にもせず彼は声を上げた。
「ようこそお嬢様方! 我らが王達の街“オールドランド”へ!」
 こうして少女らの世界は始まった。

オールドランドのメイド長

ワインのごとくぅぅぅぅ! はい、まぁなんかね、やたら寝かせてある(意味もなく)シナリオがあったのでここに掲載しようかと。
まぁ寝かせてあるだけあって、味は濃いはず。腐りきってるかもしれませんがね。おなか壊したら正○丸でどうぞ。

こういうちょっと中世的な物語ってのは書いてても面白いし、一応ファンタジーとは言え設定作成の資料集めとかも面白いからけっこう筆の乗りがよかったり、よすぎてあらぬ方向に行きます。
これ、考えたら学生時代の作品だよなぁ。とか、黒歴史公開しているみたいでちょっとはぁはぁもします。

そんな作品ですがおいしく召し上がれたら幸いでございます。

オールドランドのメイド長

奴隷に落ちたお姫様とその従者。そしてそれを救った唯我独尊系な商人。そんなありきたりだけど、やっぱり王道っていいんじゃね? と、感じる方にお勧めでございます。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-05

CC BY
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