かくれんぼう

「倫ちゃん、これね、何があっても手放さない様に」と、おばさんが手渡したのは

「倫ちゃん、これね、何があっても手放さない様に」と、おばさんが手渡したのは赤い巾着だった。倫太郎が巾着の中を開けようとすると、「開けてはいけないよ」と強く止められた。「中に入っているのは、お守りなんだ。イザという時に倫ちゃんのことを守ってくれるものだから、その時までは決して開けてはいけないよ」そういっておばさんは力強く倫太郎の手を握った。
倫太郎の家族は彼が幼い頃に事故で亡くなり、遠縁の親戚であるおばさんの家に引き取られた。それから今度で3度目の夏。猛暑がたたって、おばさんの母親が亡くなり、その通夜の手配で家のものは皆出払ってしまい、今夜は倫太郎がひとりで留守番をすることとなったのだ。
小学校の高学年に上がったばかりの倫太郎は、夜ひとりで留守番をすることなどなんとも思っていなかったが、おばさんがここまでするのには理由があった。ちょうど一年前の今頃、おばさんの娘の七重が失踪したのだ。おばさんがふいと家を空け、しばらく倫太郎と七重だけで留守番をした。半日ほどだ。その半日の間に七重はいなくなった。倫太郎も七重がいなくなった瞬間に気がつかなかった。
村を総出で行方を捜したが、とうとう七重が姿を表すことはなかった。実の娘を失い、おばさんは倫太郎だけは決して七重のようにすまいと心に誓った様だった。いま、おばさんは倫太郎に七重を重ねている。倫太郎は心配そうに見つめるおばさんに向かってウン、と力強く頷くと懐に巾着をしまいこんだ。

その夜、倫太郎が広い仏間でひとり眠っていると、玄関からチリーンという鈴の音が聞こえた。なんだろう? と耳をそばだてていると、玄関の外から「倫ちゃーん」と呼ばれた気がした。こんな夜中に誰が自分のことを呼んでいるのだろうか。すると今度は廊下でチリーンと鈴が鳴った。倫太郎はなんだか怖くなった。玄関の戸を開けた音がしないのはおかしいじゃないか、あの戸は建て付けが悪くてどんなにそぅっと引いても耳障りな音をたてる。チリーンと音がして、隣の部屋を誰かが歩いている音がする。押入れを開けて中を物色する音。ゆっくりと落ち着いた所作を感じさせるそれは、泥棒とは違う。気づくと真夏だというのに、部屋の中は異常に寒くなっていた。チリーン、再び鈴の音。仏間の襖の向こう側、倫太郎は恐怖から布団を頭までかぶって震えた。何ものかが仏間へ入って来たようだった。「倫ちゃァーん」近くにいるのに遠くから呼んでいるようなその声には聞き覚えがあった。一年前に失踪した七重の声だった。チリーンと鈴が鳴る。七重はまだ倫太郎の存在には気づかずあたりを物色している。ぷんと排水溝のような臭いがしはじめ、思わず倫太郎は「ウッ」とうめいた。七重の動きが止まった。しまった、と倫太郎は思い、潜り込んだ布団の隙間から七重の様子を探ろうとした。七重の足が見える。爪が伸び、血色の悪い足。そのとき突然、七重が体を屈めた。ミミズのように太く固まった髪の毛の隙間から覗く目、それはもはや七重ではなく、七重の姿を真似た出来損ないの何かだった。「倫ちゃん、あんたあれどこやった?」なんのことだかわからず、倫太郎は硬く目を閉じた。七重が布団の周りを歩き回っている。異様な速さで周りながら、「あれがないといけないんだよ」「倫ちゃん」「あれ」「どこやった」と繰り返す。震える倫太郎の寝間着の懐から巾着がこぼれ落ちた。倫太郎が藁にもすがる気持ちで巾着を開けると中から櫛が出てきた。梅の柄があしらわれた、かわいらしい櫛。七重の櫛だ。倫太郎は七重が探しているものを理解した。
この地域では、神隠しに遭った子供のいる家は、その子の櫛を隠す風習がある。神隠しの子は、神様に会う前に必ず自分の櫛を取りにかえってくるのだ。もしも櫛を持っていかれたら、そのまま神様のもとへ行ったきり、二度とその子は帰ってはこない。だから、おばさんは倫太郎にこの櫛を託したのだ。
倫太郎は強く目をつぶると、数を数えはじめた。

ーひとつ、ふたつ。
「倫ちゃん、あんた」
ーみっつ、よっつ。
「あんた、また…」
ーいつつ、むっつ、ななつ。
倫太郎は、七重がいなくなったときのことを思い出していた。あの日、ふたりは誰もいないこの屋敷でかくれんぼをはじめたのだ。そのときも倫太郎は目を閉じていた。倫太郎が鬼だったのだ。
ーやっつ、ここのつ。
そして、今日と同じように数を数えて…。
ーとお。
「もーぅ、いいかい?」
倫太郎の呼びかけに応えるものは、いなかった。

(了)


++超能力者++
馬淵 倫太郎(まぶち・りんたろう)
ESP:目を閉じて10数えることで対象を消し去る

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2分で読めます。「話の中に必ず超能力者がひとりは出てくる」というしばりで掌編の連作を執筆中。 超能力者の名前と能力が必ず最後に記載されてますので、答え合わせ感覚で読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-16

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