あの子の街まで

今朝、目覚めたらカツラギの山がはっきりと見えるほどの晴天だった

 今朝、目覚めたらカツラギの山がはっきりと見えるほどの晴天だった。ハナちゃんは生まれてから一度も傘を使ったことがない。
 いつもより遅く起きたので、もう眠くはなかったけれど、お母さんたちと一緒にご飯を食べるのが嫌いだからベットの中で日光に照らされた自分の部屋を眺めていた。学校は休み。いつもだったらこの後、家族とはちょっとタイミングをずらした朝ご飯(少し早いお昼ご飯)を食べて、マナコちゃんと遊びに出かけていくのだが、先月マナコちゃんは遠くへ引っ越してしまったのだった。
 ハナちゃんは友達が少なくて、自分でもそれを自覚していた。修学旅行が嫌いで、運動会も嫌いだった。マナコちゃんは唯一といっていい、仲良しの友達だったから、マナコちゃんが引っ越してしまって今日は誰とも遊ぶ予定がない。
 下の階から、子ども向けのテレビ番組の音が聞こえる。「ああいうの見てると気持ちが落ち込むのは自分だけなのかな?」と思う。うんざりするほどいい天気としばらく戦って、ハナちゃんは起床を決意した。そそくさと服を着替えて、階段を下り、テーブルの上に冷めたまま残った目玉焼きを食べた。なるべくテレビの音は聞かないようにしていた。この家にはハナちゃん以外に子どもはいないし、お母さんは庭にいて、お父さんは新聞を読んでいる。きっとテレビのチャンネルを変えたって良いんだと思うのだけど、子どもの自分が子ども向けの番組からチャンネルを変えるのも変な話だからそのままにしておいて、家を出ることにした。
 天気のいい日に散歩をしていると、ときどき思いもよらない発見があったりする。ハナちゃんはその日、おうちのまわりで2つも知らない道を通った。一つは、少し遠回りだけれど犬の家の前を通らなくても学校へ通える道。もう一つの道は、なかなか知っている道へはつながらなかった。「あの角を曲がっても、知らない道だったら、引き返そう」そう思って小さなT字路を曲がると、やはり知らない道だったが、知らない文房具屋さんも見つけた。
 ちいさな折り紙や、いろんな色のペンが並んでいるのを見て、ハナちゃんはマナコちゃんへ手紙を書くことを思いついた。手紙なんて書いたら珍しくてマナコちゃんはきっとおもしろがってくれるだろう、と思った。いくつかペンを選んでいると、「ヨシムラさん」と声を掛けられた。同じクラスの女の子だった。名前は憶えてなかったけれど、あ、あの大きなメガネの子だ、とハナちゃんは思った。
 「ヨシムラさんの家、ここの近くなの?」「うん。だけどここにははじめて来た」「わたしはときどきくるよ。そのペンかわいいねえ」大きなメガネの子は、ハナちゃんが買おうかどうか迷っていた紫のモコモコペンに対してそう言った。「ほんとうはモコモコするやつの水色が欲しかったの」ハナちゃんがそう言うと、「水色のならわたし持ってるよ」とメガネの子は嬉しそうにいった。
 メガネの子と文房具屋さんを出て、おしゃべりをしながらしばらく歩くと、さっきまでの天気が嘘のように変わって、雨が降り出した。「雨だあ」ハナちゃんがすこし困ったように言うと、メガネの子が折り畳み傘を取り出して「一緒に入ろう」と言った。「その傘、かわいいねえ」今度はハナちゃんがいう番だった。生まれてはじめて傘の中を歩きながら、ハナちゃんとメガネの子はおしゃべりをした。少しなつかしい気持ちがして、なんでだろうと思ったら、マナコちゃんとはじめておしゃべりしたときと同じ気持ちだったからだった。「このペンで手紙かくんだ、マナコちゃんに」というと、メガネの子は「いいなあ、わたしもマナコちゃんとお友達になりたかったな」と言った。ハナちゃんは、本当はお手紙を書くまでやめておこうと思ったけれど、マナコちゃんに新しい友達を紹介したくなったので、会いにいくことにした。それから一瞬の後、雨の中の二人と傘が消えた。(了)


++超能力者++
芳村 花恵(よしむら・はなえ)
ESP:雨天時限定のテレポーテーション

あの子の街まで

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あの子の街まで

2分で読めます。「話の中に必ず超能力者がひとりは出てくる」というしばりで掌編の連作を執筆中。 超能力者の名前と能力が必ず最後に記載されてますので、答え合わせ感覚で読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-15

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