竜太郎伝 第四部 ――敢て汚名を――

第四部とタイトルにはありますが、これはあくまでタイトルであり通し番号ではありません。これ一つで完結です。
また、本作はフィクションであり、実際の人物・団体・出来事とは一切関係を持ちません。
でたらめだと分かった上で読んで頂ければ幸いです。

 覚悟はスイッチを切替えるようにすんなりと決まった。覚悟を決めた男、竜太郎の瞳には深い憂いの色が浮かんでいた。
 覚悟を決めたからには破滅以外に道はなかった。しかし、彼が憂いているのは自身破滅ではない。憂いの源泉はこの決意が覆らないだろうと言う予感にある。
 計画の第一段階で彼は破滅する。これは決定事項であり、変更の余地はない。破滅した後に第二段階に進むべきかどうかを審査する。
 そこで計画を破棄できれば良い。彼は痛切に願う。そうなれば辛いながらも、ただの竜太郎としてこの国の片隅で生きていけるのだから。しかし、淡い願いは一片の雪のように儚く消えさり、後には酷薄な事実が残るだろう。全て承知の上でのことだと頷き、彼は席を立った。
「課長、少しお話が!」
 竜太郎の声に驚いたように課長は顔を上げた。
「何や、手短にな」
 課長の声にはどこか厭わしげな響きが漂っている。
「今年度一杯を以て退職したいのですが、よろしいでしょうか?」
「退職……ほんまか?」
「ええ、市職員として十数年間勤めて気がつきました市職員の立場では何も変えられない変えようと思えば政治家に自らならないと何も変えられないんです少子化問題こう」
「わかったわかった」
 課長は慌てて宥め、竜太郎が落ち着くのを見計らい話を続けた。
「よう決心した。今年度で退職すんねんな。ようわかった。退職の話は通しとくから、もう行き」
 課長は何かを祝福するかのような微笑を浮かべ、竜太郎を見送った。

 それから数ヶ月が過ぎ、竜太郎は予定通りに退職し、政治活動に入った。
 予想に反して政治活動は順調とは言えなかった。その証拠に彼は、三年間で四度の落選を経験している。
「フフフ、なるほどな県民、延いては日本国民もまだまだ捨てたものではないと言うことか」
 竜太郎は薄暗い部屋で一人ブツブツ言いながら微笑んでいた。微笑は時間とともに笑いへと変わり、終には哄笑へと至る。実に愉快そうなようすである。
 一頻り笑うと一変し、深刻そうな表情を浮かべた。
「これが、オレの望んだ破滅……なのか?」
 そう呟き、おもむろに座禅を組む。そのまま時間は流れ、薄暗かった部屋は今や完全なる闇に閉ざされている。
「いや、まだだ。まだ終わらん!」
 彼はカッと目を開くや、立ち上がりベランダに出ると狂ったかのように大声で、しかし、どこか虚ろな笑い声を上げた。
 その晩、笑い声に怯えたのか、近隣の犬、猫、鳥類は言うに及ばず、赤ん坊に幼い子どもたちが、一斉に泣き始めた。そして、泣き声は伝播し市内一円に広がる。さらには岡山との県境でも訳も無く泣き出すものが出た。この瞬間、彼の当選は決まったのかもしれない。
 翌日、彼は『市維新の会』を名乗り、「市を一つに!」と言うスローガンを掲げていた。
 結果は辛勝ながらも当選。晴れて県議となった。
 彼は涙を流した。怒りの涙を。
「やはりか、やはりそうなのか」
 憂いの表情で小さな声で呟いたかと思うと、笑顔で当選の挨拶を述べた。
 次の日から彼は第一段階を完遂するための布石を打ち始めた。

 そして、その日は遂に来た。破滅への入り口となる記者会見の日である。
 七月一日――後に『THE DAY OF DIVERGENCE』と呼ばれる日である――空は晴れ渡り夏らしい空気に満ちている。しかし、竜太郎の気分は天気に反比例するように重かった。いかに覚悟の決めたとは言えこれから起こる破滅を思えば震えが止まらない。だが、ここで計画を止めることは叶わない。止めた所で既に始まっている破滅は回避できないし、何よりこの決意を裏切ることはできない。もし裏切れば彼自身が彼を許さないであろうと言う確信がそうさせる。
 彼は会場に入る前に深呼吸を一つ顔を引き締める。その表情は国士然としていた。が、彼は慌てたように表情を緩めニコニコと道化のように笑みを浮かべ会場に入った。
 会見の様子を詳細には敢てここでは述べない。と言うのも賢明な読者諸氏は内容を把握していることであろう。さらに私の筆力では、あの歴史的会見を書ききることはできないからである。また、そのようなことはないであろうが、もし、会見の内容を知らない読者がいるならば、是非、会見の記録映像(併せて文字に起こした物を読むことをお勧めする)を見て頂きたい。
 閑話休題。
 竜太郎は、繊細に会見を進める。マヌケに見えるように愚かに見えるように。そして、複数の布石の一つ不明瞭な交通費支出に話が行く。彼は内心でほくそ笑むと、のらりくらりと回答する。すぐに爆発してはインパクトが弱いからである。まずは十分に内圧を上げなければならない。圧が上がれば、上がるほど爆発は華々しく、馬鹿馬鹿しくなるのだから。
 そして、爆発の時は来た。
 彼はあくまで計算ずくで暴れるつもりであったが、いざ、爆発すると様々な感情が込み上げ、制御不可能なものへとなっていった。自分をこのような状況へと追いやった全てに、怒りと悲しみをぶつけた。その渦中にあっても彼の中の冷静な部分は告げる。この感情もまたこの世の敵であると。だからこそ、ここで全てを吐き出し使命に生きるのだと。
 激情が収まると会場は異様な雰囲気で満たされていた。不測の事態ではあったが、想定以上の効果をもたらしている。自身の破滅は完全になったと会見が終わる時に確信した。

 彼の会見のようすは、すぐに様々なマスメディアを通し日本はおろか、世界中へと配信された。彼自身、何度も何度も、無様な自分を見た。
 見る度に彼の表情は沈んで行く。しかし、それは後悔ではなかった。失望や諦めといった感情によるものであった。彼の危惧は現実の物だと証明された。
 彼の無様を見て、人々は彼を嘲笑し嫌悪した。しかし、お愛想程度にしか、自分たち有権者の責任については語らなかった。当然、主権者であるという自覚を持とうとしたり、意識改革が起こる様子もない。民主主義国家日本国の国民に主権者たる資格なしと彼は断じた。
 彼の儚い望み。即ち、自身の振る舞いにより、日本国民の主権者としての意識を強化し、能力向上の意志を植えつける計画『CALL ME JUDAS』は失敗した。
 第一段階は終わり、結果はネガティブ。ならば、彼には第二段階を開始する以外に道は無かった。
 第二段階『HOMBRE NUEVO』ではより直接的に国民の意識改革を目指す。国民を真の主権者に変える。流行りに流されるように代表を選び、何かあれば、全て選ばれた奴の責任にする無責任をなくすのだ。また、政治活動は私利を排し。公益のために行わねばならない。当然、それは投票行動にも当てはまる。このような風に国民の意識を変えるのが、彼の第二段階の目標である。
 第二段階も失敗ならば、第三段階『OLIGARCHY』に移る。第三段階では、国民主権・民主主義を諦め、第二段階において出るであろう彼の同調者である意志ある人間たちを主権者として君臨させる。ことここに至れば、意志のない人間には主権などない方が幸せだろうと言う考えである。主権がなければ、心置きなくグチグチと無責任に不平不満を述べられるからだ。そしてまた、そのような抑圧状態の中から意志ある人間が生まれるのではないかと彼は考えるからである。
 竜太郎はこの一連の計画を完遂すべく、会見の半年後に姿を隠し地下へと潜った。秘密結社『PROGRESS』の誕生である。
 彼が再び公の場に登場するのは、それから十三年後のことであった。

竜太郎伝 第四部 ――敢て汚名を――

何事も極端なのはよくないと思います。程よくバランスを取り中庸を目指したいものです。

竜太郎伝 第四部 ――敢て汚名を――

本作は架空の伝記小説の第四部として書いてみました。もしかすると、別の世界では四部以外もあるかもしれませんが、この世には四部しかありません。大したものではありませんが、3141文字と短いものなので暇死にしそうな時にでもどうぞ。

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-15

Copyrighted
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