【216】(日刊連作小説No.001)

【216】(日刊連作小説No.001)

 現在自分のブログで毎日更新しているモノをこちらで公開させていただきます。
 まえがき、あとがきについてはすべてが終わって改めて更新するつもりです。
 毎日毎日続きます。お休みや夕食後の時間のあるときにでもお読み下さい。
 現在、文章を改めてチェックしています。誤字脱字等、文法や文章の意味などを直しつつこちらにアップしていくのでなかなか時間がかかりますが、気を長くお待ちください。

第0章「始まりの景色」第1話:硬いシーツと愛し涙

ーー 硬いシーツ ーー
 ダメだ。どうも目覚めが悪い。何も考えることが出来ない。もう何度目の朝だろう。それとも朝なのかな。いや、朝みたいだ。良いことも悪いことも、心に何の感情もなく、ただただ身体がだるい。もともと朝が苦手なタイプではあるけれど、やはりそれが理由じゃないだろうな。おそらくこの入院生活のせいだ。現実味の無いあの事件のショックは、なんとも言いがたい無機質な真っ白さを持つ、硬いヤスリのようなこのベッドシーツの日々が、乗り遅れてしまうほど速く流れる日々をより一層混乱させ、生きている実感を奪い去っていく。そんな朝が毎日続いている。唯一の救いは枕に巻いたおなじみの使い古しのタオル。いつもの匂いと使い慣れた感覚が、こうして横になって動けないでいる事への、せめてもの肯定感を与えてくれる優しさなんだ。
 2014年9月24日水曜日、今日も何も変わらない。同じ病室で、同じ景色で、同じナースコールのリズムで目が覚めた。
 事件が起きたのは3週間ほど前。自分がなんとなく好きな花、ひまわりが代名詞の1つであろうこの季節が終わりを迎える頃の、8月30日土曜日の事件。
 そういえば、今冷静に考えてみたらヒマワリの事を好きだったかどうかわからない。『花を好きだ』と言っていることで、ただ過ぎ去ってしまう季節に、私はまるで時間にしおりを挟むように生きることが出来ていたというのは確かな事だ。
 ただ、今年のヒマワリの季節はどうやらいつもと違い、とてもショッキングな経験で幕を閉めさせたようだ。記憶にはぼんやりでしか残ってないけど。
 
 私は瀕死の重傷を負った。『傷』と言ってしまうとどうも言葉のニュアンスが軽すぎる。実際の傷を見ると血の気が引けてしまうぐらいの、ある種の『ケガ』とはまったく違う恐ろしい縫い跡が残っている。詳しくは覚えていないが、折りたたみナイフで刺された後、どうにかして病院に運ばれたはずなんだ。それからどうやらとてもハードな時間を過ごしたようで、出血多量のショックでなかなか目が覚めず、昏睡状態が続いていたらしい。目を覚ましたのは17日だったか。2週間以上眠っていたって言うんだから結構重体だったんだと思う。実際先生は諦める覚悟を、と言っていたようだ。
 今は傷の痛みは少しだ。だけど、刺された時のショック、と言うよりも後悔の念が強い。
 私を刺したのは自分のお客、まああえて仕事っぽく言うならばクライエントに刺されたわけで、なんとも信じがたい経験。いや、今ではどこかの親も簡単に我が子を殺してしまう時代でどれも信じがたい、そうなるとお客っていう立場に殺られるなんてことはそんな珍しくないとも言える。しかし、相手の気持ちを救う立場の自分。カウンセリングを繰り返していたにもかかわらずまるで救われていない相手に刺されるとは。自分の力量の無さと任務への責任感に傷がズキズキする。
 ……と、こんな感じで毎日色々思い出しているうちに目が覚めるのはここ最近の日課になりつつある。そろそろ動き出さなければ。
 
〜覚醒〜
 一定のリズムが眠気を誘い、時に最高の子守唄を奏でる万能ベッドに早変わりする魔物、電車。その中でうつら、うつらとしていた。車の移動ではなく珍しく電車を使い、3つの市町村を越えた先で仕事をこなし、また3つ越えて帰る移動の中だった。
 この日はとても疲れがたまっている事を感じていたので普段居眠りをしない私は電車のスウィングビートに近いリズムに揺られ気持よく過ごしていた。少なからずも気を張っていて完全に眠りにつけない脳が、その心地よいリズムにのれない人々の声や雑音を敏感に拾っていた。おじさんのいびき、中学生の会話、おばあさんの独り言。リズムと調和が取れない空間がなんとも言えない心地よさで、ここまで疲れきって眠っている私は車の運転をしていたらどうなってたかと思えて恐ろしささえ感じてきた。

 歳はおそらく大学生くらいの青年、そして高校生くらいの少女だと思う。電車に乗った時に目の前に座っていた2人の男女を覚えている。覚えているというのは、どうしても眠くて目を開けるのが億劫だったから、これは声を頼りにした推測である。電車内は比較的空いていて、それぞれの会話はパーソナルスペースの十分確保された空間ではそこまで邪魔をしない。だから安心して話せるのか、なぜか少女はすすり泣いていた。
 『お父さんに謝れたらいいのに。』
 えっ?と、電車内で聞くような種類の言葉では無いので私の脳は異様な反応を示した。そしてわたしはそのままどこかに投げ出された。

 どちらかと言うと閑静な高級住宅街だろうか、車がすれ違えるぐらいのキレイに整備されたまっすぐの道が伸び、等間隔で横に道が走る。その少し先に行くと大通りが横方向にずどんと突き刺さり、またその先は住宅街の景色が続いているように見える。
 ふと、どこかで先ほどと同じ声がしてくることに気づいた。彼女の声だ。誘われるがまま声のする方に向かってみると、家族が食事をしている姿が見える。陽がまだ高くない、どうも朝食の時間だと言うのは雰囲気で理解できた。なぜならそれは父親のワイシャツがよれていないのと食事がトーストと目玉焼きだったから。楽しそうな団らん、どこか眩しく羨ましい光景でもある。父親らしき人物が娘、先ほどの彼女を茶化すように冗談を言って笑っている。娘はわざとふてくされた顔を見せ半分怒って半分おどけてみせた。母親の「遅刻するよ」という声がなんとも家族らしく素敵で、まるでドラマのようだ。
 食事が終わり家族が全員出発する。兄と妹は徒歩で、両親は父の運転で子供たちと逆方向へ向かう。そこまで広くない住宅街の路地へガレージから出てゆっくりと道を進みだした車に、兄妹は振り返りバイバイと大きく手を振って両親を見送る。父もバックミラー越しに微笑んで手をふっていた。娘は先ほどの仕返しに、分かりやすく舌を出しベーッと出して見せる。それに気づき、父は優しく手を振って笑ってみせた。
 すぐに十字路に差し掛かるところ、大通りからトラックが大きく勢いよく曲がってきた。
 子供たちの目の前で、両親の乗った車は大破した。
 
 ーー!?
 
 おどろいて目を見開いた。息も荒い。じんわりと汗もかいている。
「今の、なに……?」
 あまりにも悲惨な光景に呆気に取られながら小さく言葉が漏れた。周りの人もどうしたんだろうとこちらをチラッと見てきたが、寝ぼけていたんだろうなとすぐに視線を戻した。私は悲惨な気持ちを引きずっていたので、そんな視線を分かってても気にしてなんかいられなかった。
 悪い夢でもみたか、と現実に引き戻されたことに胸をなでおろしたけれど、目の前にいる赤の他人が主人公の悲惨な夢を見るのはどうも気味が悪いし、勝手に申し訳ない気持ちになり落ち込んだ。相手が変に思わないなら一方的に謝りたい気分だ。しかし兎に角夢で良かった。
 そんな自分の様子に気づいてか気づかないままか、目の前の彼女はまだすすり泣いているようだった。先ほどの夢のせいで目の前の子を泣かせてしまったような気さえしてしまう。兄は何も言わず、彼女の手の甲を指先でトントンと軽くたたき慰めた。
 「お父さん・・・」彼女がつぶやく。ずいぶんと深く悲しんでいる事に私は不安を募らせた。すると気づいた時にはまた私の目の前の景色が変わっていた。また夢を見ているのか、と今度はとても冷静に状況が理解が出来たけれど、今度は喪服姿の兄と制服を着た彼女がいてこわばった。先ほどの朝食シーンと同じ家の今度は玄関先で、兄妹横に並び一台の車を見送るところだった。後ろ姿でも分かるぐらいに肩を落としていて、形だけでも車を見送ってはいるものの視線は送っていられないというのがすぐに分かる。先ほどの風景と照らしあわせて察するに、ご両親の葬儀が終わり参列してくれた親戚を見送っているようだった。
 そこで兄が言う。
 「少し休んで着替えたら、お母さんのところに行こう。」
 不幸中の幸いなのか、それを言うならこの夢を見ていることが自体が不幸であり不謹慎なのかまったくワケがわからなくなっているが、どうやら母親は生きているらしい。入院先に行こうという意味だろう。妹が何も発さずにこくりと頷いた。
 あまりに不憫で感情移入しすぎたせいだろうか、夢の中の私は後ろから彼女の肩に手を置き声をかけてしまった。
 『大丈夫?』
 彼女は振り返し、言葉を返してくれた。
 「……ありがとう。……しつれいします。」
 涙顔で私の顔を見つめたあと軽くお辞儀をし、彼女は家に入っていった。そういえば少し不思議そうな顔だったな。こんな夢の中でも発作的な私の行動に対してあんなに冷静に返してくれた彼女に詫びつつ、私は後ろに振り向き歩き始めた。

 ガタンゴトン・・・。今度はゆっくりと目が覚めた。なんと不思議な夢だ。おそらく彼女がこぼした言葉からを聞いた私の脳が勝手に物語を描いてそんな夢をみたのだろう、就寝前に見ていたテレビや本の内容が出てくる夢を見てしまうのと同じなのだろうと思う事にした。
 電車の向い席の彼女は今どうだろうと見てみると、なんと彼女は夢で見た表情と同じ表情でこちらを見ていた。なにか言いたそうな顔をしている。いや、まさか相手が私を認識しているわけは無いと思い、変な人だと思われたくないのもあるので視線をそらした。
 そうこうしているうちに私が降りる駅に到着。不思議そうにチラチラとこちらを見ている彼女に、なんだか気まずいので軽く会釈をして電車を降りた。普段冷静でクールと言われるタイプの私がこんなに挙動不審になることがあるのだろうか、と不思議となんだか周りの目線がやたら気になりだしたところで、どうも聞き覚えのある声で後ろから呼ばれた。
 
  ーー 接触 ーー
 「あの!……すみません!」
 やはりだ。やはり私に声をかけているように思える。声のぶつかる先がどう考えても私の背中だ。恐る恐る、ゆっくりと。彼女じゃありませんように。そして、左手に見える階段へ向けて足早に歩く乗客達に飲み込まれてしまわないようにと、ザワザワとした焦り中でも世間に変な気を使い冷静になりながら時計回りに振り返った。
 やはり彼女だ。彼女は私の肩を捕まえようとしたのか、左手を前に差し出している姿だった。あいにく時計回りに回ったので私の左肩に辿り着かず、空を切り崩したバランスをあわててとり直しているように見えた。その後ろに、妹を追いかけて走ってくる困り顔の大学生風の兄が、息を切らしながらようやくたどり着いた。
 何を言われるのだろう。泣いている姿をマジマジと見つめていたから怒っているのか?いや、そんなことで声をかけてくるなんてありえないし、そんなことなら彼女の人間性を疑う。まるで不良が『ガン』の飛ばし合いしていたみたいじゃないか。それが違うなら……何かワスレモノでもしただろうか。携帯と財布……はファスナー付きのバックにしまっていて、そのバッグの取手は、この妙な緊張で汗ばんだ右手で握りしめているからここにある、忘れているはずがない。ではなんで私を呼び止めたのだろう。

 「この前、声をかけてくれた方ですよね?」
 何を言っている?今日初めて会ったんだぞ。というか会話したのはたった今初めてで、何よりもこんなのはまだ会話として成立していない。なにか勘違いでもしているのではないか?と全否定しようとした瞬間、先ほどの夢を思い出した。いや、言い直すのであれば、それを重ねて相手の存在を認めてしまった。
「私に会ったのを覚えているんですか?」
 私が冷静に問いかけてみると彼女は「はい」と短く答え、どこか納得したような顔つきをした。
 こんなところで話していても仕方がない、気の動転した私が行き交う列車で人身事故になる前に、場所を移して話をすることにした。喫茶店かどこかでいいだろう、仕事も終わったしまずはしっかりと話を聞いてみよう。せっかく呼び止めてくれたのだから腹をくくるしかない、そう思うことにした。
 
 事の成り行きを説明してもらった。となりにいるのは兄で、お父さんが亡くなったこと、事故だったこと、私が肩に手を添え慰めたこと。その話はすべて、私が見た夢のままだった。彼女の立場からすると、見知らぬ通りすがりの人に慰めの言葉をもらってとても印象に残っているので顔を見て思い出したというのだ。多分、彼女なりに言葉を選んで話しているだろう、正確に言うなら、知らない人に急に肩を叩かれてびっくりしたという解釈でいいだろう。怪しい人に出会うと結構覚えているものだ。
 とにかく話を聞いてぞっとした。初めて出会った、いや、出会ったんじゃない。ただ電車で視界に入った人が出てくる夢を見て、その夢は過去に起きた現実で、私はタイムトリップして彼女に接触したというのだ。過去に起きたことは事実になるのだから、彼女の言い分上では、彼女が私を認識しているのは順序としてはおかしくはない。しかし、タイムトリップ自体がおかしいのだ。
 先日、光の速さを超える実験に成功などとニュースが上がったが、それは検証が不十分として結論は滞っており、相対性理論はまだ覆されてないはずだ。むしろ今でもその実験結果は否定されていたのかもしれない。いや、そんな難しい話はよく覚えていないし、科学的な話はどうでもいい。とにかく非科学的、私が彼女の過去の記憶に入り込む事などありえないのだ。もしかして実は、そういった事実があったけれど私が単純に覚えてないだけなのか?忘れかけた潜在的な記憶が、あの居眠りに再現されたというのか?いや、それもない。もうわけがわからなくなってしまった。どれもおかしい話。どれも肯定できない話だ。
 しかし、現実として私も彼女も同じ記憶で認識している。これは事実だ。残念ながら、お兄さんの方はあの時先に玄関に向かってしまったので私を認識していないようで、第三者的な証明は出来ない。
 どうして相手の過去に私は現れたのだろう。そして、夢ではなく、実際に触れて話しかけることが出来たのだろう。それはどういうことなんだ。実際に起きたこの現象はもう仕方ない、認めるとしよう。しかし、きっかけは何だったのだ。

 ーーあの時私は居眠りをしそうになり、ウトウトとしていた。レールの繋ぎ目をまたぐ音、おじさんのいびき、中学生達の声、おばさんの独り言。……その中に彼女の声が聞こえたんだ。シチュエーション的に電車であまり聞かない言葉だったのではっとした。そう、全部覚えている。その時、景色が変わったんだ。
 彼女の言葉……強い気持ち……溢れてしまった感情……気になる……意識がそこに向かう……彼女の声しか聞こえなくなる……意識が遠のく……景色が変わる。

 ……感情移入? 彼女に強く感情移入した?
 ーー。
 私の興味は彼女の言葉だけに集中した。眠さのあまりに。無一歩手前の研ぎ澄まされた感覚は一切他のことに興味がなくなっている。彼女も父親を亡くした辛さのあまり言葉が漏れてしまった。つい漏れた言葉は感情も一気に溢れ出させる。彼女の感情に私の感情がリンクしたのか? 読んで字の如し、彼女の感情に移入してしまったということなのか? そんな馬鹿な。
 しかし、実際彼女の過去の話は私の夢と一致。私には透視能力でもあるのだろうか、と少し笑ってしまいそうになった。
 おっと……。彼女たちをほっといたまま頭の中だけで色々考えてしまった。どれだけ沈黙が続いただろう。それとも今の時間は刹那の瞬間だったのか? まあとにかくそれはどうでもよいとして、彼女たちにこちらの勝手な事情を話してみることにした。どうか気味悪く思わないで欲しいと願う。
 
  ーー きっかけ探し ーー
 意外にもすんなりと彼女は受け入れた。隣のお兄さんはもちろん驚いている様子だ。そう、お兄さんの反応が正解。お兄さんは何も心配しなくていいんだ。
 しかし彼女はとても冷静だな。もしかしたら、あの時私が肩を叩いた時も、私の事は現実味の無い不思議な存在だったと感じていたのかもしれない。
 彼女を見ると冷静というよりなにか模索している様な気がする。ひと通り話して、彼女は疑問が浮かんだようだ。
「今、それできるんですか?」
 彼女も私と考えていることは同じだったようで、しかもどうやらそれを『再現可能』という返答を期待している様子。もしやと思い私は聞いてみた。
「過去にさかのぼって、何かをしたいの?」
 息を飲むようにしながら彼女は深く頷いた。
「お父さんが死ぬ前の私に会いたい。」
 彼女の考えはこうだ。私はテレポーテーションやタイムスリップが出来るサイキック。彼女を連れて、お父さんが亡くなる前の自分に会い忠告。しかも父親の死を止めることが出来ればと思っている。
 正直言ってそんなことは笑い話に近いレベルだ。しかし冷静に考えるとどうだろう。先ほどそんな経験はしているんだ。でも今考えると私自身自由にそんなことが出来るかわからないし、あの状況を創ることがもう一度出来るかさえわからない。しかも他の人を連れて行くなんて出来るのだろうか。よくテレビや映画、アニメなどで見るのは、相手の手を握って念じると瞬間的に移動する、というそんなシーンを浮かべる。そして過去を変えてはならないという決まり事もよく見る。歴史が変われば現世の存在が危ぶまれるからだ。しかし、彼女の父親が亡くなることを防ぐことでそこまで世界が変わるだろうかという気持ちも無くはない。
 ……こんな変なことになってるんだ、見よう見まねでやってみるか。
 
 彼女の手をにぎる。目を瞑り深く念じる。と正解が分からないも想像付く格好をしながら気を集中させる。念じる、念じる、念じる……。
 
 ああー! ダメだ! 出来ないのを当たり前だと思いつつやってみたけど……悔しいがやはり出来るわけがない。バカバカしささえ感じてきた。少し鼻で笑って吹き出してしまいそうになるも、彼女の気持ちを踏みにじるわけにいかないのでぐっと堪える。
 彼女に無理だと告げると、残念そうな顔をしながらも「当たり前ですよね」と諦めの言葉を吐きだしてくれた。
 うつむく彼女に何もしてあげられず、さきほどのバカバカしい気持ちを撤回したいと思って声をかけようと思った。その時だ、彼女がまた想い溢れて大きく息を吐くように叫んだ。
「ああ・・・ お父さんに会いたいよぉ!」
 その瞬間、私の目の前はぐにゃっと曲がり白い光につつまれ、それが収まると違う景色に飛ばされていた。
 
 移動・・・した? うん、やはり移動している。タイムスリップなのか、夢の世界なのか。よくありがちな頬をつねる仕草をしてみて、当たり前に痛いことはしっかり分かったけれど、実際やってみるとそれはけして大きな確証になんかならない。夢の中でも痛いものは痛いという夢なはずだ。
 景色は彼女の家ではなく、父親と買い物をしている彼女の姿がある、デパートの一角だった。どうやらこの瞬間移動法は場所に関係しないらしい。
 変な影響が出ないようにするため、彼女たちに気づかれないようにしばらく二人に着いて見ていることにした。
 店内には様々な宣伝用POPがついている。季節はバレンタインデー、カップルや親子連れで賑わっている。二人も例外なくその買い物をしているようで、紳士服コーナーでネクタイを選んでいる様だ。バレンタインデーのプレゼントなのか、これはどう?こっちは?と色々な種類を選んであげている娘に父はうれしいながらも照れているようだ。反面、恥ずかしげもなく父にべったりな彼女。娘の行為にまんざらでもない父親をはたから見ていると、そういったイケナイ関係で金銭の授受があるのではないかと疑われてしまうほどの仲の良さだ。関係を知っている自分からしたらたいへん微笑ましい景色であるが。
 
 さて、どうしよう。彼女の希望を叶えるには父親に何かを伝えなければいけない。事故をする日、死に方、タイムトラベルで伝えに来た。しかし、そんなことをいきなり言われたら自分ならどうするだろう。おそらく、変な人に絡まれた、新興宗教か何かの勧誘か?と感じて逃げるだろうな。そしてこの頃の彼女はまだ私を認識していない。性格上しっかり話せば認識してくれるかもしれないが、隣にいる父親がやはり警戒するだろう。
 でも、タイムトラベルが可能なら何度でも試してみればいいか……。そう思った私はいきなり父親に伝えてみることにしようと思い、先ほど彼女が話してた父親の事故の日を確認して、しっかりと一から話そうとした。
『突然失礼します。大事なお話が・・』
 そこで意識が戻ってしまった。彼女たち二人が目の前に座っている。二人は何があったかわからず、私がびっくりしている顔をみて不思議そうにしている。
 話を聞けば、わたしは眠りに落ちて何かが乗り移ったり、この場所から瞬間移動して存在が目の前から消えたり、そんなSF映画の様な事はしていないらしい。時間軸はそのままのようだ。私という個体が直接何かをできているわけではないらしい。
 私が飛んでいる時に見たことを話した。彼女と父親がデートしているところに現れた。ネクタイを選んでいた。どうしていいかわからずとにかく直接話をしてみようと思い話しかけようとした瞬間に帰ってきてしまった。という経緯だ。
 彼女は想い出が黄泉がえり少し涙ぐみながらも嬉しそうに微笑み、兄はそれを慰めるように肩をトントンと軽く叩いた。
 
 一度整理してみようという話になった。私も自分の現状に慣れてきたのか起きている事に向き合う覚悟をした。それに会社からは直帰を許されているので時間も気にせず彼女たちに付き合うことにした。それに、不思議な力を持っている自分にちょっと驚きながらも、ワクワクし始めていた。あくまで、クールさを保ちながら。
 
  ーー 感情トルネード ーー
 現状でどうやってコトが進んでいるのか考えてみる。
 先ほど自分の中で考えたタイミングの確認はかなり参考になった。まず彼女の声がきっかけになっているのは間違いない。そこにはおそらく感情移入が主要素になっているのも分かる。彼女が”思わず”叫んでしまったことが大きな感情の爆発を産み、”ハッ”とした私がその瞬間に過去に飛んでいる。
 そして、これは私という実体がタイムトリップやワープしているわけではないことも分かった。過去に遡って登場するということはその時点で時間的概念は関係がなく、感情に感化された『私の存在』が瞬間的に過去に出現、目的が達成出来た時点で元の時間に帰ってきているのだろう。そして、移動しているのは私の意識レベルのみ。それは魂とかどういったものかはわからないがもしかしたら、過去という概念を私に引きつけていて、私自身はどこにも行ってないのかもしれない。感情と言うものだけの話がーー。
 と、とにかく、こんな科学で解明できそうもない経験と能力、今の妄想レベルの憶測で説明が付くわけがない。まずはこの現状と自分の能力を受け入れることにした。
 では、なぜ戻ってきたのか。先ほどの彼女と父親に話しかけたのをきっかけなぜ現実に引き戻されたのか?それともワープにはタイムリミットが存在していて時間切れで帰ってきたのか? どれも答えにはなっていないが、戻ってしまう何かしらのキッカケは存在するはず。電車内で起きた二回のトリップは、タイミングの問題かもしれないが、ひと通り話が進み区切りのいいところで現実に引き戻された感覚がある。『ミッション達成』ってところだろうか。
 そして、先ほどの父親に接触した時は『無理やり引き戻された』感覚がある。してはいけないことがあるのかもしれない。
 
 ここでふたりにある実験を一緒にしてもらうことにした。そして、喫茶店で大きな声を出し続けるわけにもいかないので、周りを気にしないで集中するためにも、音の気にならない場所カラオケ店に移動することにした。あの個室はこんな不可解な状況に最適だ。
 お店の一室に移動した私達は実験の内容を確認する。気になるポイントの整理だ。
 まずは彼女に感情を爆発させる。最適な時期を想像してもらう。それはテキトーに考えるのではなく、あの頃に戻りたいと強く思える時を想像してもらう。時間や場所、一緒にいる人を出来るだけ詳細に強く思う事にした。
 次は”声”のタイミング。強く念じ、泣いてしまいそうなほど気持ちが止められないという状況になったら、想いを『声』に出してもらう。おそらくこれも起こったタイミングを振り返るとトリガーの1つだろう。
 そして過去から帰る時。私が何かミッションを遂行し、成功したら帰れると仮定する。そして最初に考えた”過去を変えることは許されない”というタイムトリップセオリーを思い出し、そのミッション自体を、なにか強烈で歴史が変わりそうなイベントに設定してもらうことにした。私がミッションを成功すると彼女の歴史が変わってしまうような事。この成功と失敗のタイミングで戻ってくるなら、仮説は合っている事になる。
 彼女は必死に昔をの記憶を遡る。遠足の時ケガをしたこと、修学旅行で先生に怒られたこと、受験勉強を頑張ったこと。彼女の人生の分岐点や大きい想い出をしっかりと思い出していく。
 「あ!」と大きな声と共にひらめいた彼女の記憶は、”幼少期、川に流されたこと”だった。川の流れはそこまで激しいものではなく、大人なら股下ぐらいの深さで流れも緩やか。だけど彼女はまだ8歳でそれぐらいの川でも溺れてしまったことがあったそうだ。その時兄が気付き助けてくれなければ妹は今存在しているかわからないほどの恐怖を経験したという。
 ここで、ミッションをまとめる。その溺れた時の「助けて!」という気持ちを高ぶらせ、思い切り叫んでもらう。私も彼女の気持ちに集中しいつでも過去に遡れるように気持ちの準備をする。もし叫んだ時にワープ出来たらそれは計算通り。過去に行けたらミッション実行。彼女を直接死なせることなんて怖い事は出来ないので、兄の気を引いて助けに行けないようにする。もちろんそのまま川を流れてしまったら大変なのでその先で私が助けられるようにする。万が一彼女の存在が消えてしまっては大変だ、もちろんそこは責任をもって受けることにした。しかし、かなりの危険を伴うので彼女にもう一度確認を取ると彼女は父への思いからか、絶対的に実験成功を信じた。兄の了解も得て、さあ、早速実験開始だ。

 彼女が目を瞑る。あの日を思い出す。幼少期の家族で出かけた夏の日、田舎町の渓谷を降り川の近くのスペースに車を停める。簡易テントを張りバーベキューの用意をした。子供たちは川で水遊びをしている。お母さんに呼ばれ、兄がバケツを取りに戻る。待ってた彼女は足を滑らせて水の中に。いきなりの水中でパニックになり溺れてしまう。緩やかながら8歳の子供を流すのはたやすいことだった。そこにバケツを持った兄が帰ってきて溺れてバタバタしている妹の手に気づく。早く助けなければ彼女は流れてしまう。イメージは完璧で想いは最高潮に達した。
 「おにいちゃん!たすけて!」
 彼女はカラオケ店の一室で思う存分叫んだ。スイッチの入ったままだったマイクは彼女の声を拾いエコーをかけた。まるで夢に飛ばされる時の様な。
 その時私の目の前は光で満ち溢れ、それが落ち着くと見慣れない川のほとりに辿り着いた。成功だ!計算通りにことが進んだ!
 私はすぐにミッションを開始することにした。200メートルほど先に彼女たち一家が見える。近づいて行くと、先ほど話していた彼女の面影を持つ小さい女の子と小学高学年ぐらいの兄らしき男の子が見える。両親も亡くなる日のあの風景より若々しく、自分とあまり変わらないぐらいの歳の雰囲気だ。
 兄を惑わす為にほんの少し細工をして彼女たちの行動を監視する。さていよいよスタートだ。
 子供たちが川遊びをし始めた。いよいよだ。これを失敗したらワープの仕組みがわからなくなってしまう。チャンスは1回だと思うことにした。少しでも影響があれば多少の歴史は変わるのだから。
 母親に呼ばれて兄が車に戻る。そこでしばらくして彼女が足を滑らせた。聞いていたより激しく暴れている。相当な恐怖だろう。そんな光景をただ見ているだけなのが心を痛ませる。
 私の立つ位置は川下なので、彼女が流れてきたらすぐに助けられるよう川幅が狭くなっているところで待機する。
 兄の戻った先にキャンプがある。父の車とバーベキューのセットが準備されている。そのすぐ手前に彼が欲しがっていたサッカーボールを転がしておいた。小学生なら転がっているボールをほっとくわけがない。次の誕生日で貰う予定のサッカーボールを早めにプレゼントにしたことで彼はがっつりと食い付き、サッカーボールを蹴りながら母のもとに駆け寄った。
 ミッション成功。バケツを渡された兄はしばらくサッカーボールと無邪気にその場で戯れ、すぐ川辺に向かうはずのタイムラグが出来た。その隙に妹はというとずいぶん流され始めた。このままではおそらく兄が走ってもなかなか追いつけない距離になるだろう。彼女がかわいそうなので走って助けに行こうとしたその時、兄が妹のいる方向とは逆にサッカーボールを蹴ろうとした。その瞬間、私は現実世界に戻された。
 
 予想通りにコトが進んだ。まず、感情と声のトリガーは確認成功。前の実験で私が念じた時に彼女も念じていたが、その時には移動しなかったので念じるだけでは不可能だ。声と感情がセットになることで過去に飛ぶことが可能なのだろう。そして、向こうでのミッションで起きたことを整理して1つの事実がわかった。
 兄を誘導したことで、妹は川を溺れたまま流れてしまった。兄が気づかないなら確実に危険な状況だった。おそらく助からないだろう。私がいたなら助かるからいいじゃないかとも思ったが、あくまで私の存在は過去にねじ込んだモノなので、必然ではない。いうならば創られた偶然な存在になる。私は向こうの人と関わることはできる。しかし、【人の生死や歴史の変化が激しいもの】に関しては私の存在は関われないことになっているようだ。兄を誘導したせいで妹は死んでしまう、こんなふうに歴史を変え存在を消し去るような事は許されることではない。だから兄がサッカーボールを思い切り蹴って逆方向に走ってしまう前に私は引き戻された。兄が逆方向に走ったら完全に妹を助けられないからだ。そして、誕生日プレゼントが早まるぐらいの影響はさして問題無いのか、兄がボールに出会った瞬間で引き戻されることは無いと言うこともわかった。それは私と彼女が夢で出会って認識し合ったことでもすでに実証されているだろう。
 この能力の存在と発生方法は分かった。しかしもう一つ問題がある。
 
 私の能力なのか、彼女の能力なのか。
 
  ーー 独立 ーー
 結論から言うと、これは二人の能力だった。
 兄がいるので同じまったく同じ実験をした。私と兄、妹と兄。どちらもワープすら起こらない。多少兄は残念そうな顔をしながらもどこかほっとしている様子。確かにこんな異様な状況にどまんなかで巻き込まれるのは恐ろしさを覚える。兄のリアクションはいつでも正しい。一般的な極普通の反応だから、あんしんしてねと言ってあげたい。
 それにしても妹は肝が座っているな。

 話を戻すが、残念ながらもう一つハッキリしたことがある。
『今は父親を生かす事は出来ない』ということ。
 確実に死から生に変えるので、人の生死と歴史を変えてしまう。変えてしまったならば彼女たちに何か強い影響も出るだろう。それに先ほど試した様に、現実に引き戻されてしまうはずだ。
 あくまで現時点の話ではあるが、それがハッキリした以上、これから先彼女たちに何もしてあげることは出来ない。こんなにも素晴らしい能力に気づき、何かの為になりそうな力なのに。これを何かに、誰かに使ってあげることは出来ないだろうか。
 
 そこでひとつ閃いた。
 第三者の記憶を辿ることは出来ないのだろうか。
 私と彼女の二人で可能なこの能力は、誰かの記憶を辿り、その人の過去に入り込む事は出来ないのだろうか。もちろん傲慢だとは認識している。しかしちょっとした後悔や、謝りたい人がいる。もう逢えないかもしれなかった人に会う方法や自分の出生の秘密を探る。そんな風に使えないのだろうか。それぐらいは許されてもいいはずだ。
 よくよく考えると、もちろん、そんな実験は簡単に可能だ。
 正直者の兄がそこにいる。
 
 兄に、強い想いを抱いてもらう。思う度に言葉に出してもらい、感情を分かりやすく表現してもらう。妹はしっかりと兄の言葉を聞き兄の感情をストックする。トリガーになる言葉は予め決めておいて、妹が兄に感情移入出来たら同じ言葉を発する。考え方としては【イタコの口寄せ】の様なもの。感情を妹に移してそれを機に私が過去に飛ぶ。
 
 もちろん、実験は大成功だった。
 分かりやすい兄の感情は付き合いの少ない私でも手に取るように分かりやすく、妹であれば尚更容易い事。妹に移った感情はお大きく膨れ上がり、妹の一滴の涙と共に兄弟で叫ばれた言葉は・・・

 「告白してくれたヒロコちゃんに逃げずに応えたい!」

 ……先ほどの父と娘のやりとりはなんだったんだ、とほんわかした話に拍子抜けした。しかし、兄にとってはとても大事なことなのだろう。そんなことで構わないし、そのレベルぐらいでしか過去を変える事はできないだろうから、考え方によってはいいのだけれど・・・。
 
 私が行ったミッション。
 兄の小学3年生の時代に飛び、臨時の教師のふりをして兄少年に接触。
『これからヒロコちゃんが告白しに来るから逃げずに答えなさい。逃げたら夏休みの宿題を倍にします。』
 こんな唐突でおかしな脅しによくまあ言うことを聞くもんだと感心したけれど、そこは正直者の兄。
 ヒロコちゃんの愛の告白は見事に大成功。小学3年生にして恋人がいるというマセた展開だ。それから夏休みまでの2週間、二人は仲良く過ごしたけど、夏休みに入る寸前に急遽ヒロコちゃんの親が転勤で引っ越すことになってしまった。挨拶する間もなくヒロコちゃんは転校していってしまいましたとさ。
 帰ってきたあと、兄にヒロコちゃんの事を聞くと悲しそうな顔をしたので、そのままにしてあげた。本当に素直なやつだ。

 私達はいきなりこんなとんでもない展開になってしまったのでお互い名前すら名乗っていなかった。それぞれ自己紹介でもしようと言うことになった。
 「わたしは只野エイル。18歳の高校3年生。」
 「僕は只野アスカ。22歳大学生です。」
 『私は咲坂葵。26歳の・・・あなた達から見たらまあ、おばさんね。』
 若さに嫉妬したつもりは無いが、謙遜と嫌味を込めてそう言うと、二人は「え!?」と顔を見合わせた。生意気に年齢でびっくりしたのか、憎たらしいと少し苛立ちを隠せずにいると、
 「お姉さん!?お兄さんかと思ってました!」
 クールで、パンツスーツで、ショートカットで、低い声に言葉がきつい。そうか、悪意はなさそうだ、何も言い返せない……。
 
 ーー。
 
 そんな出会いがあって、今でも関係は続いている。
 
 私はその後会社を辞め、独立することにしたのは、この兄妹と出会った時、今から2年前。エイルとしか使いこなせないこの能力を誰かの為に使おうという決意と共に、二人の父親が死ななくていい方法を模索して行くことに決めた。
 今日もエイルがお見舞いにやってきた。彼女は私が眠っているあいだ、ずっと泣いて瞼を腫らしていたらしい。今ではすごく生意気に仕事の事で意見してくるこの子が、やっぱり出会った頃の泣き虫な女の子のままなんだなと再認識したのは、皮肉にも私の重症のおかげだった。
 出来る限り、私が守っていかなければと思っている。

 目が冷めてきたな。身体も動きそうだ。
 そろそろ起きて、仕事をしようか。
 
 あの悲劇を変えなければならない使命が私にはある。私以外の犠牲者は、本当は死ななくていい。

【216】(日刊連作小説No.001)

【216】(日刊連作小説No.001)

まるで干したての布団のように暖かい夕陽の差す時間帯。 仕事から帰る電車の中で主人公、咲坂葵(さきざかあおい)は疲れ果てて眠りに落ちるところだった。ひょんなことから現実と夢の間で不思議な力に目覚めた。そこにいたのは壊れてしまいそうに哀しみ泣き続ける兄妹。妹の少女の名はエイル。葵はエイルと不思議な体験をする。新しい自分たちとの出会いと共に彼女たちは運命に覚醒する。悲劇の事件を解決する為に、二人は未来から来た自分に指令を受ける。 ーー『彼らを死なせないで』ーー 大きく膨れ上がる運命と共に、彼女たちは未来と、死と、自分自身との戦いを選ぶ事になる。 2014年8月を舞台に、過去とリンクしながら物語を進めていく。物語は毎日更新され、現実世界と同じ時間軸で進む。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-08-08

CC BY-SA
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