戦国BASARA 7家合議ver. ~椿色のカウントダウン~
はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。
別物危険信号領域。
かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。
まず、オールキャラ。
カップリングとしては、石田三成×鶴姫・・・ではなく、片倉小十郎×鶴姫。
前提としては・・・。
まず、家康さんが元親さんに、こういう提案をしました。『天下人が1人じゃなきゃいけないって縛りが、戦国が終わらない元凶じゃね? 日の本を7つに分割して代表家を決め、その7家の合議で政治をしてけばいんじゃないの?』という提案です。
元親さんが乗り、慶次さんが乗り、『中国地方は我の物』が口癖の元就さんが乗り。
九州→島津家、四国→長曾我部家、中国→毛利家、近畿→豊臣家、中部→前田家、関東→徳川、東北(奥州)→伊達家、という担当になるの前提で、7家同盟が成立している状態です。
代表家になる予定ではないながら、謙信公と信玄公も理想に共鳴し、助力してくれてます。
この先は、合議制なんて反対だっ! って言ってる人たちを武力で纏める段階です。
そして鶴姫さんが元就さんの事を、何故か『兄様』って呼んでスーパーブラコン状態発動です。
元就サンも『明(あかる)』ってオリジナル名前で呼んで、スーパーシスコン状態発動です。
実は2人は『陰陽8家』という、術者を纏める裏組織の西ツートップ。
幼い頃から色々あって、2人で生きてきた的な部分がかなり強く・・・という、設定があります。
えぇ、オリジナルです。
『陰陽8家』の設定は、今回はかなり色濃く出てまいります。
説明は作中でしておりますので、大丈夫かと。
今回投稿したこのお話は・・・。
鶴姫が、死なない程度に持病を悪化させて、皆に心配されている話。
彼女に選ばれなかった男性陣も、小十郎に負けず劣らず格好イイ、魅力あふれる殿方ですよ、って話。
小十郎は『まったく』出てきません。
小十郎が居なくても、鶴姫は皆に愛されてますよ、って話。
そして愛される人には人の、相応の苦労があって、愛される人格になっているんだよ、って話です。
こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。
チキンハートに石を投げないでっ。
それでは。
戦国BASARA 7家合議ver. ~椿色のカウントダウン~
『に、さま・・・にい、さま・・・っ、こわ、い、たすけ、・・にいさま・・・っ、』
『大丈夫ぞ、明。我はココにおる。ゆっくり、ゆっくり呼吸おし。』
狂的な発熱と痛苦に、一心にひたすら兄を呼び続ける事で耐える妹。治癒術で治した瞬間から新たな火傷で紙のように燃えていく、最愛の妹の、その焼け爛れ血まみれた体を片時も離さず抱き締め、治し続ける兄。
てっきり、突き放すと思っていた。自力で生きられぬ妹など要らぬと。
謙信たちは他でもない、病の妹を7日間飲まず食わず一心不乱に看病し続ける、兄としての元就の。その姿に、信に値する『男』を見たのだ。
「で、その進捗状況だが・・・、おい、聞いておるのか?」
京の都、近衛前久卿が用意してくれた、7家合議専用の屋敷にて。
月イチで開いている定例会議の真っ最中・・・まぁ実質はもっと頻繁に、半月に一度程度、開かれているのだが・・・正式な、合議制度の浸透具合を報告し合う大事な会議。
その大事な会議の席上、散発的にあがる覇気のない返事に、元就は嘆息して書類を置いた。
「しっかりせい、皆の者。
そなたら6家門、全員が沈む理由など察しはつくが・・・。」
「7家門、だろ? お前も入れて。」
「・・・・・・。」
知らぬ者には些細に聞こえる数字を、律儀に訂正してきた元親に。元就は何か・・・恐らくは嫌味で返しかけて、結局言葉に出来ずに空気を吐いた。
閉じた扇で口許を隠し、庭の椿に目を細める。
和ませるというより、嫌なモノを見た、という顔だ。
椿の花は、冬に咲く。雪の白と椿の紅。その対比は風流の代名詞で、この屋敷に椿の花が多いのも前久卿の好意なのだが・・・元就の隠れた椿嫌いを知っている元親は、植えたと聞いてヒヤッとしたものだ。急いで他の植木『も』増やすよう指示したのは、我ながらヒットだったと思うが。
が・・・冬に咲く花など、多くはない。紅い花はどうしても目立つ。
この冬は、どこの椿も妙に花色が鮮やかだ。
「我は・・・もう、慣れた。
夏より冬の方が、白毒症(はくどくしょう)患者の・・・致死率は高い。」
「おい、元就っ。」
「たわけが、目を逸らすな。
大前提としてこの事実を受け入れないまま、特効薬の開発など出来はせぬ。アレが少し熱を出したくらいで落ち込める辺り、そなたらはまだ幸福なのだと思うがな。」
「・・・・・・・。」
ハッとして口を噤んだ元親だが、さりとて謝罪はしたくない。元就に対して意地になっているのではない。『彼女』の病を受け入れたくないだけなのだ。
微妙な心理を、察している元就は煙るように微笑んで、元親の髪をかき混ぜてやる。
白毒症(はくどくしょう)。
表の世界には、出回っていない病名。術者の世界でのみ、知られている病だ。元親や他の者たちとて、『彼女』が幼い頃から苦しめられてきた持病が『それ』だと知らされなければ、知らずに過ごしていただろう。
病理は至ってシンプル。体内の火の気・・・火行の力が強過ぎて、その火の力によって、己が身を焼かれてしまう、という病である。一種の自己免疫疾患と言って良い。
身の内に、常に巨大な松明を抱え込んでいるようなものだ。人体発火して絶命する者も多い中で、唯一と言って良い利点は、毒が効かない事だった。強過ぎる火気によって浄化されてしまうのだ。
故に、白毒症・・・毒に対して白い病、と称す。
時に差別にも晒されてきた白毒症患者たちに、救いの手を差し伸べ、特効薬を開発したのは誰あろう『西の陰』・・・毛利元就だった。
本人に語らせれば、『有象無象の事など、どうでも良い。我はただ、妹の苦しみを少しでも和らげ、その珠の命を留めんと欲したまで。それを恩義と思うなら、それは我が施した恩ではない。妹が施した恩であろう。』となるのだが。
妹に語らせると『薬の作り方も、薬そのものも。患者たちに無償で提供してるのって私と関係ないですよね?♪』となる。
似た者兄妹である。
黙ってしまった元親の代わりのように、眉根を寄せて声を掛けたのは義弘だった。
「姫の体調は・・・どうなんじゃ、毛利の。
正直ワシは、怖くてとても会いに行けんのじゃが・・・。」
「そう大げさに案ずるな、島津義弘。
40度に足らぬ熱が、2、3日下がらぬだけぞ。皮膚も爛れておらねば、咽が裂けて吐血してもおらぬ。白毒症の発作にしては、軽い方だ。
意識の方もはっきりしていてな。浅い眠りを繰り返しておるが、記憶障害や昏睡、混濁を起こしている訳ではない。
今は前田の妻女の他に軍神、それに甲斐の虎までもが付いているのだ。起きておるなら、料理話でもして笑っているかも知れぬぞ。」
「・・・・・・。」
「元就、お前さぁ・・・。」
「ファックッ!
元就、テメェ、島津のジイサンを安心させてやる気あんのかよ?」
「2人して何を申すかっ、我はただ、発作にしては軽い方だと、そう教えてやっただけではないかっ。」
元親と政宗、『東西アニキ』のジト目に流石の元就も分が悪い。秀吉は苦笑して、渋面になった彼の髪を撫でてやった。
島津義弘、策略にも長けた九州一老獪な勇者が、その巨体を白く風化させる程『彼女』の身を案じるのには理由がある。
以前、義弘を刺客が襲った事があった。この京の都で・・・7家合議の動きに反対する家の忍が、彼の身に毒の刃を突き立てんとしたのだ。彼を庇ってその毒刃を受けたのが、偶然彼女だった。
白毒症患者に毒は効かない。それに刃も、重傷ではあったが急所は外れていた。
だが、それでも彼女は7日7夜、苦しんだ。40度を超える高熱を出し続け、脊髄や神経を激痛に苛まれ、痙攣を起こして七転八倒し、咽から血が滲む程に悲鳴を上げ続けた。
体内の火気が暴走したのだ。薬で辛うじてバランスを保っていただけの彼女の火気は、致命の毒を浄化する為に少し強まっただけで、簡単に暴走した。
白毒症の発作が鎮まるまで・・・義弘は7日7夜、耳を塞がずに彼女の悲鳴を聞き続けた。まるでそうする事だけが、彼女に償える唯一の方法だとでも言うように。
以来。
それまでも彼女の才覚を認めていた義弘は、殊更に彼女を気遣うようになった。良く言えば更に優しくなり、悪く言えば、戦闘員である彼女を不必要なまでに安全圏に置こうとする。
つまりは、トラウマになってしまった訳だ。
「なぁ元就。とにもかくにも、姫の体調は一応でも安定しているんだろう?
どうだろう、これから皆で見舞いに行くというのは?」
「ちょっ、待たんかい竹千代っ! ワシのトラウマはガン無視かいのっ?!」
「あはは、竹千代言うなクソジジイ♪
島津公は別に、姫が嫌いな訳ではないでしょう? むしろ大事過ぎて、どう接したら良いか判らなくなっているだけです。
そういう場合は、取り敢えず傍に居ればいいんですよ。傍に居て、お願いを聞いてあげていれば。そうしてる内に自然と、距離の取り方も思い出してくる。」
「・・・そういう、モンかの。」
「そういうモンです。
幸か不幸か、『竜の右目』は今、仕事で奥州を離れられない。ワシらが何人居ようが彼の代わりにはなれまいが・・・裏返せばソレは、ワシらはどれだけ甘やかしてもイイという事な訳で。
ワシも含めて、今日は・・・というか、彼女が回復するまで皆、心配で仕事など手に付かないだろう?
幸い急ぐ案件も無い事だし、たまにはこういう日があってもイイんじゃなかろうか。
と、思うが、皆はどう思う?」
「さっすが家康、イイ事言うぜィ♪
そんじゃ早速行こうぜ? 手土産は椿の花でいいよな、元就?」
「我が妹に奉呈するのだ、最も良き花を選べ。」
「はいはいっと♪」
殊更に許可を求める元親に対し、元就はやっぱり憮然とした顔で、わざと高飛車な言葉で返してやる。
降り積もった雪で真っ白になった庭に、素足のまま身軽く飛び降りた元親。適当に雪玉を作ると、椿目がけて思いっ切り放り投げた。
大樹の天辺に吸い込まれたかと思うと、ややあって、空中に見事な枝ぶりの椿の大枝が投げ出されてくる。その枝が地に落ちる前に、やはり空中でキャッチした元親。
彼が差し出した相手は元就・・・ではなく、義弘だ。
老将は微妙な顔で顎を撫でている。
「・・・ワシでないとダメか? ダメなのか?」
「ったりめぇよ、その為に採ったんだからな。
きっかけぐらいねぇと話し掛けづれぇ状態なんだろ?」
「・・・・・・・・。」
渋面で沈黙した義弘だが、取り敢えず椿の枝は受け取った。それは彼女と向き合う、という意思表示だ。
17歳の少女相手に態度を決めかね、愛するが故に困惑して右往左往する老将を。
日の本という国を共に統治する(予定の)6人の男たちが、ある者は呆れながら少しだけ口角を上げ、ある者は茶化し笑い、またある者は満足の笑みを浮かべながら見つめていた。
慣れ親しんだ気配に、紙燭が揺れる。椿の花びらが1枚、床の間の木板に落ちた。
鶴姫は口許をほころばせて微笑むと、読んでいた本から顔を上げた。
「お帰りなさい、三成さん、幸村さん。」
「今帰った、鶴姫。」
「ただいま帰り申した、鶴姫殿♪」
声を掛ける前に気付かれた三成と幸村は、それを不審に思うでもなく、淡々と彼女の病室に踏み入っていく。鶴姫と行動を共にしていれば、よくある事だ。
時刻は深更。
男2人、今の今までそれぞれの主君から命を帯びて、京都の外、同じ国で任務をこなしていたのだ。そのままそれぞれの領国へ帰っても良かったのだが、その前に、主君への思慕故に京都へと立ち寄った次第。
そして、主君以外に、彼女に会う為にも。
笑顔で膝を揃える幸村と違い、同じように膝を揃えて端座しながら、三成の表情は渋い。
「真田と2人、明日にしようかとも話したのだが・・・お前の部屋に、明かりが点いているのが見えたものでな。
いつまで起きているつもりだ? 早く寝ろ。」
「三成さんたら。久し振りに会ったと思ったら、早速お説教ですか? この3日というもの、ずっと布団の上なんですもの。眠くないんです。」
「体調の方はどうなのだ。刑部からの文には、あまり思わしくないように書かれていたが・・・薬は? ちゃんと飲んでいるのか?」
「飲んでいますよ? ただ、あのお薬は予防薬の意味合いが強いから・・・火行のバランスが一度崩れたら、あの薬で宥めすかしながら、後は待ちの一手。
時間経過で自然に落ち着くのを待つしかありません。」
「・・・つまりその間、私に心配をかけ続け、私の仕事の手を止め続けると?」
「三成さんたら♪」
機嫌良く笑う夜着の鶴姫。
その枕元に座し、彼女に揶揄われて渋面の三成。
彼の隣で、2人の遣り取りを生温かく見守る幸村。
いつの頃からか、この3人で作戦行動を共にする事が多くなっていた。3人共10代後半で年齢が近く、それぞれの主君の副将格という立ち位置が似ていたから、だろう・・・最初は政宗がこのスリーマンセルに入り込もうと四苦八苦していたのだが、彼には伊達一門の当主、という責任がある。行動するとしたら、秀吉や信玄、元就たちと、なのだ。
幸村の情熱が牽引し、理性で勝る三成が道筋をつけ、後方支援は鶴姫が担当する。
特段の指示が、主君格から出ていた訳ではない。が、何か努める必要も無く、このキャラ分けは綺麗にピタリと、3人の間にハマり込んでいた。
「熱の方は大分下がりました。
それより、2人のお土産話を聞かせて下さいな。今まで湖のある国に行っていたのでしょう? 私、かの国にも湖にも、あまり馴染みがなくて。
どのような所でした? 京の都より寒かった?」
「早く寝ろという私の言葉を、お前は聞いていたのか?」
「お土産話、1コ聞かせて下さったら寝ます。」
「よし判った、コレにまつわる話を聞かせてやる。」
速攻で折れた三成に、その鶴姫に対してのみ発揮される押しの弱さに、幸村は笑いをかみ殺す。
秀吉と半兵衛と吉継以外の誰にでも、『呆れる程、均等に』牙を剥く。
かつて謙信からそう評された三成だが、唯一彼女にだけは頭が上がらないのだ。政宗にも、元就にだって対等な口を利くクセに。
懐から貝殻を取り出して、彼女の前に置く。『あの湖の固有種の貝殻が欲しい。』、それが彼に彼女が願ったお土産のリクエストで、コレは三成自らが湖に出向いて、一番美しいと思う柄の貝を選び抜いた代物だった・・・幸村は売っている土産物屋を探してきて紹介したのだが、三成自身が、自らの手で探す事に拘ったのだ。
アレでもない、コレの方がイイ、いやドレだろうかと、仮にも『豊臣秀吉の左腕』『竹中半兵衛の弟子』が、膝まで水に浸かって真剣に選ぶこと、実に数時間。その横顔に、幸村は軽く感銘すら覚えたものだ。
そして、今。
三成が選んでくれた貝殻を、大事そうに両の掌で包み込んだ鶴姫は、決して饒舌ではない彼が話してくれる土産話に、楽しそうに耳を傾けている。
傍目から見れば、充分過ぎる程充分に、恋人同士に見えるのだが・・・。
「という訳だ。この話は、これで終いだぞ。」
「ありがとうございます、三成さん♪」
「約定だ、鶴姫。そろそろ休め。眠れなくとも、横になって目を閉じているだけで休息にはなるだろう。」
「は~い♪」
鶴姫が直前まで読んでいた本を枕元にどけて、身を横たえた彼女の上に、肩までしっかりと掛け布団を掛ける。起きた時用の打ち掛けまで周到に掛け布団に重ねると、三成は仕上げに鶴姫の前髪を軽く撫でて、指先を離していく。
本当に、ココまで甲斐甲斐しく世話を焼いているのを見る限りでは、鶴姫の恋人は三成に見えるのだが・・・。
幸村はふと、枕元の食器に目を留めた。いつでも気が向いた時に食せるように、という事だろう。小さな土鍋には蓋がされていない。
「時に鶴姫殿。枕元にあるのは、夕食でござろう?
あまり減っておるようには見えぬが・・・殆ど食べておらぬのではないか?」
「幸村さんまで過保護発動ですか?
だって、食欲が無いんですもの。この部屋から一歩も出ない程度の運動量です。お腹もすかないし、お薬、液剤だから、それを飲むだけでお腹がいっぱいになってしまって。」
「それは良くないでござるよ、姫。
薬はあくまで薬、栄養は全く含んでいないと、毛利殿からは聞いてござる。ちゃんと食べて、体力を付けなければ・・・。
そうだ、石田殿っ、貴公が鶴姫殿に食べさせて差し上げてはどうかっ?」
「っっっ、ッ貴っ様ぁっ! 何を突然言い出すのだっ!」
「幸村さんっ? ていうか、ソコは別に破廉恥だとか言わないんですね。」
「何を申される鶴姫殿っ!
未だ病み上がりにも遠い御身、一度横たわったものを再度起き上がるは体力の無駄遣いと申すモノ。さりとて横たわったままご自身で食すのも骨でござろう?
完食すべしとは申しませぬ。眠る前に、一口、二口でも胃の腑に入れてお休みになられた方が宜しかろうと申しておるまで。
結局、姫には横になって頂いたまま、誰かがお口許までお運び致すが、最も諸々の効率が良いと存ずるが、石田殿のお考えは如何に?!」
「・・・いや、如何にと言われてもな・・・。
そこまで言うなら、お前がやれば良いだろうっ。」
「某がやっても意味が半減するのでござるっ。
『惚れた女子に『あ~ん』したりされたりするのは男のロマン』なのだと、佐助が」
「だから貴様は大声でそういう事を言うなぁぁぁぁっっっ!!!」
鳩尾に叩き込まれ、真っ赤になった三成から足蹴にされても、幸村は呵々大笑して破顔している。鶴姫も布団の中で苦笑していた。
三成の初恋が鶴姫である事。
幸村と並ぶ、彼女の無二の友でありたいと、三成自らが選んだ事。
しかし生来が不器用で純粋・正直な三成の事、鶴姫が小十郎を得たからと言って、奥底の恋愛感情を隠し切れない・・・隠せるものではない事。
全てが自然の成り行き。なんかもう、周囲にはバレバレなのだ。最近では三成自身、開き直った感がある。
先に開き直った師・半兵衛曰く『片想いなんてのはね、押し殺さない方がいいんだよ。欲望系は抑圧すると、淀んで、歪んでしまうからね。思い切りオープンにして、片倉君が焦るくらいアプローチすればいい。彼女さえ傷つけなければ、片倉君は幾ら焦らせてもいいから。ホント、いいから。』という事らしいが。
故にこうして幸村も、友の片想いが淀まないよう、折に触れて揶揄いのタネにする、と。
「幸村さん、いくら弱ってると言っても、私、お粥くらい自分で食べられますよ?」
「お待ちあれ、鶴姫殿っ。片倉殿のおられぬ今こそ、石田殿が羽を伸ばす好機なのでござる。たまには石田殿を甘やかしてあげて下されっ。」
「うるさい黙れ愚か者っ! バカ虎っ!」
「幸村さんっ、いいからお粥をこっちに渡して下さいっ。」
ひとしきり騒いで、どつき合って転げた後、結局お粥は鶴姫自身の手で彼女の胃袋に流し込まれた。何とか頑張って、3分の1程食べた彼女は、3分の2粥の残った皿を枕元に戻して横になる。
「もったいのうござる・・・石田殿。折角の『男のロマン』が・・・。」
「何が『男のロマン』かっ。真田幸村、私はお前の忍の教育方針について、断固として抗議したい気分だぞ?」
「何を申される石田殿っ、この場に片倉殿がおられたら、絶対やっておられた筈っ。鶴姫殿に好印象間違いなしっ。
いかがだろう、鶴姫殿?」
「私に同意を求めないで下さいっ。
まったくもう・・・。」
幸村があまりに煽るものだから、妙に意識してしまって、三成だけでなく鶴姫の頬も少し赤い。彼女としても、別に三成に魅力を感じない訳でもないのだ。格好イイ人だとは思う。友として誇らしいとも。ただ、小十郎への愛が別格であるというだけで。
口許まで掛け布団を引き上げた鶴姫は、右腕を下に体を横向きにすると、三成と幸村、2人の友にゆっくりと、その白い指先を伸ばした。右手は三成の左手と。左手は幸村の右手と繋いで、彼らの手の甲を己が額に押し当てる。
「鶴姫殿?」
「食べたら、眠くなりました。
眠るまでこうしていて下さい、幸村さん、三成さん。」
「かしこまり申したっ。」
「・・・承知した。」
3日、戦線からも修練からも離れただけで、弓兵である彼女の指先からは険が取れ、柔らかくなっている。
三成はやるせなさを感じた。彼女の掌の柔らかさが、この温もりが、戦士としては弱さに繋がる現実に。本来は草木を愛で、風と語らう優しい人であるというのに。
「石田殿?」
「いや・・・日の本の戦火が、早く鎮まれば良いと思っただけだ。
そうすれば鶴姫の中の炎も、もっと大人しくなる気がする。」
「そうでござるな。」
三成が鶴姫を見る、色恋よりもっと深い、欲望よりもっと高尚な視線に。幸村の口許にも自然と優しい笑みが浮かぶ。
鶴姫が完全に寝入ってからも、2人は黙って彼女と手を繋ぎ続けていた。
2日後。
「兄様っ、お帰りなさい、兄様、大谷さん♪」
出先から戻って渡り廊下を歩いていた元就と吉継は、中庭から掛けられたハイテンションな弾み声に足を止めた。
見れば鶴姫の他、幸村と信玄、佐助。それに秀吉と三成が平服で木刀を手にして打ち合っている。喧嘩ではない、軽い修練だ。
その豪華な顔ぶれに、元就と吉継は苦笑した。彼女は何事においても、スケールが大きいのだ。時に目先の計略に囚われそうになる男たちの、遥か先を行く。
妹を手招いて、元就はどうせ聞かないであろう説教をした。
「武田と豊臣に遊んでもらっておったのか?
熱が下がったとはいえ、この寒空の下、よくやるものよ。程々に致せ。」
「兄様は寒がりでいらっしゃるから。
本を読むのにはもう飽きました。兄様もたまには妹と遊んで下さいませ♪」
「後でな。」
腰を屈め、欄干越しに妹の頭を撫でる兄の図。至って平和な構図だ。肩を竦め、声を上げて笑う彼女の陽気さに惹かれて、信玄もその大きな掌で鶴姫の髪をかき混ぜる。小十郎から貰ったペリドットの髪飾りが、シャラリと軽い音を立てた。
皆が笑顔のそのノリのまま、元就は軽く半歩、身をズラす。
「時に賢妹よ、そなたに客だ。」
「私個人に、ですか? まぁ、このような身なりで失礼致しました。
先に客間の方でお待ち頂いた方、が、っ、」
ドクン、と、音が聞こえてきそうな劇的な変化。
瞠目したまま固まった鶴姫は、『その家紋』に釘付けられたまま目が離せなかった。兄が連れて来たその『客人』とやら、ソレが上着の襟に染め付けていたのは、堂々と、誇らしげに、この『西』の地で、隠しもせずに誇示していたのは。
『あの家』の家紋だったのだ。
「にいさま・・・。」
黒い瘴気が湯気のように、陽炎のように滲み、立っているような。
そんな声に、その声が他ならぬ『彼女』から発せられた事に、見守っていた信玄たちの方が愕然としてしまう。
「『天涼司(あまりょうじ)』の家の者が、何故、西域に足を踏み入れているのです?」
「わ、私がお連れ下さいとっ、西の陽にお願いごとがあると、だから、」
「不調法な子ね。目上の会話に勝手に入り込むなんて。
私は今、兄様とお話しているの・・・!」
メシャッ バキャ・・・ッッ
渡り廊下の床板がめくれ、柱が折れ、『天涼司家』の体が反対の手摺りに叩き付けられる。
この事態を見越していたのか、元就と吉継は脇に避けていて平気だった。
荒み、据わって、淀みを湛えた、鶴姫のその瞳。先程まで、あんなにもキラキラと輝いていた、光の綺麗な瞳であったのに。
その唇は今、虚ろな笑みを刻んで敵を嘲笑っている。
「天涼司なんて、東の陰のオモチャに成り下がって命を繋いでるような家畜の家柄でしょ。諌めるどころか、同族をあの男の乱行の餌食に差し出してる血族殺しの家柄。
家畜化された人間。
『人畜無害』という言葉があるけど、アレは不正確ね。『人畜』は有害だわ。
だってこんなに醜くて、見ているだけで不愉快になるんだもの。」
「・・・西の、陽に・・・お願い、が・・・、」
鶴姫が一言、言葉を発する度に『天涼司家』の体が跳ねる。壊れた手摺りから、反対側の中庭に落ちた彼の体はもうボロボロだ。あちこち骨折して、腕も足も変な方向に曲がり放題。切り傷は無いので皮膚下の出血状態は判らないが、打撲だらけの体がいっそ哀れだった。
だがそれでも、鶴姫自身の醒めた瞳には、憐憫の情は灯らない。
「これだけ『言って』、まだ息があるのね。
普段から、東の陰に痛めつけられ慣れてるってトコかしら?」
中庭に転がる、ボロ雑巾のような『天涼司家』。
その体が見えない力に持ち上げられ、空中に張り付けられる。いかなる力によるものか判らぬが、明らかに鶴姫の所業だ。
「天涼司の事は知ってるわ。
最近代替わりしたのでしょう? 先代が身内向けに残した遺言がバレて、東の陰の不興を買ったと。内容なんか察しが付くけど。
あの男は大激怒。今代の天涼司に無理難題を言い放題だとか。
今代の天涼司は点数稼ぎに死に物狂い。だから、西の陽に会いに来たのでしょう?
東の陰が手懐けられない、制圧にも手こずってる、東の言う事をまるで聞かない女。ソレに言う事を聞かせられば、東の陰はきっと喜ぶ。もしかしたら、一目置いてくれさえ、するかも知れない。」
鶴姫は、殺す事より痛めつける事を選んだらしい。
彼女が言葉を発する度に、『天涼司』の体に切り傷が増えていく。浅く、長く。紅い線が、彼の体に刻まれていく。服など疾うの昔に細切れだ。
「人畜如きが、西の陰を使い走らせ、西の陽の上官気取りか。
私とロクに言葉も交わせないような輩が、願い事など身の程知らずも良い所。ましてや、東の陰相手のご機嫌取りに私を使おうなどと。
ねぇ、坊や。神社の外をほっつき歩いて帰りもしない頭目を、伊予神社が何故、連れ戻しもせずに放置してるか。考えた事ある?」
「そこまでだ、明。」
「・・・・・。」
「よく見よ。もう死んでおる。」
「・・・・・。」
「徒に死体を辱める事を、我は教えたかな? 妹よ。」
「・・・ごめんなさい、兄様・・・。」
兄に諭された妹から、フッと、攻撃的な気配が消える。代わりに浮かんだのは辛そうな、申し訳なさそうな表情だった。
鶴姫はその表情を、秀吉にも向ける。
「申し訳ありません、秀吉さん。お屋敷を壊して、お庭を汚してしまいました。
天涼司家を前にした途端、頭が真っ白になってしまって・・・すぐ片付けますから。」
「荒事など茶飯事だし、元より武門が使う屋敷。壊れるのも汚れるのも構い立てはせん。
俺の方で手配しておく。」
京都もまた、近畿の内。形式上、近畿を領する(予定の)豊臣の支配下だ。
帝への表敬の一環として、京都所司代を置いて独立した区分とする予定だが、それもまた、豊臣の人間になる予定だった。そして現在、7つの、否、武田・上杉を含めて9つの家門が集うこの屋敷の管理も、豊臣家が一手に引き受けている。
表情には戸惑いが見える秀吉だが、鶴姫に触れる掌には、微塵たりとも迷いも恐れもありはしない。
温かくて大きな掌に優しく頭を撫でられて、鶴姫が瞳を揺らす。
「それよりお前は大丈夫なのか、鶴姫。
顔色が悪いし、感情も不安定に見える。今眠っても、悪夢を見るのかも知れないが・・・少し横になって、休んできた方が良いのではないか?」
「はい・・少し、寝てきます・・・。」
「それが良かろう。
三成。お前が傍についていてやれ。」
「はっ。・・さ、行こう、鶴姫。」
「・・・そなたは、妹を恐れないのだな。」
面妖な術理を用い、アレだけの心の闇を覗かせた鶴姫を遠ざけるどころか、髪に触れ、身を案じて腹心まで傍に付ける。
賞賛とも取れる元就の言葉に、秀吉当人は、精悍な顔にむしろ渋面を張り付けた。
「何が言いたいのかは、判るがな。毛利。
見くびってもらっては困る。あんな辛そうな顔で、普段言わない言葉を使って。そのような姫、恐れより心配が先に立つ。」
「某は怖いでござるよっ、毛利殿。
そも、鶴姫殿にあのようなお顔、させないのが友の務めと心得まする。あるいは姫にやらせるより、いっそこの手で姫の敵を誅するが友の務めと。
だというのにこの現状。
良き機会故、進言致します。もっと、鶴姫殿の守り方を公表して頂きたいっ。合議同盟の敵が、姫の敵。それは判り申すが、それ以外にも敵が多うござるのは、今のを見ていれば、策士に遠い某にも判る事。
本当に倒すべき敵が鶴姫殿の前に現れた時、ソレと判断する事が出来ず、槍も構えられず鶴姫殿のお命を奪われてしまいそうで・・・。
この現状、鶴姫殿の友として、ものすっごく恐ろしゅうござるっ。」
「よくぞ申した幸村ぁぁぁぁっっっ!!」
「ぅお館様ぁぁぁぁっっっ!!」
「ゆぅきむらぁぁぁぁっっっ!!」
「おおやかたさむぁっっっ!!」
「ま、真田の旦那にしちゃ、感覚だけじゃなく理屈も通った考えだと思うけど?
ね、日輪の旦那。」
「そなたらへの説明責任の為に、目の前で天涼司と会わせた訳ではないのだが・・・。」
「え~? 聞こえないなぁ。
ていうか、俺様が何か言うまでもなく、止まんないっしょ、ウチの旦那方。」
「面倒な・・・。
理解できない事など、理解できないままにしておけば良いものを。」
「それが出来ない、したくない人間だから、同盟に参加したのだろう?
俺も、お前も。」
「・・・聞きたい者にだけ、話す。居間にでも集めておけ。」
秀吉の言葉に、とうとう元就が折れる。
吉継と佐助が、顔を見合わせて笑み交わした。
「あのように申したのは、早計であったかも知れぬな・・・。」
元就は切れ長の瞳を、渋い半眼にしていた。確かに、あの台詞を裏返すと『聞きたい者には誰にでも話す』という事に、なりはするのだが。
毛利以外の8家門、全主従が打ち揃うとは、正直思っていなかった。最初から仕事で奥州に居る小十郎が、同席していないのは当たり前としても・・・。
他に三成だけが居ないのは、眠る鶴姫の枕元から離れたがならなかった為だ。
呼びに来た吉継に言ったらしい。『今の鶴姫を独りにするのは心配だ。『あの』毛利元就が、上手に口で説明し切れるとも思えない。刑部、お前が補足説明してやれ。私は後でお前から聞けるだけで充分だ。要するに、姫を害する者は全て斬滅すれば良いのだろう?』と。
妹を害する者、妹に憂いを齎す者。須らく排除すべし。
ソレが行動指針のひとつとなっている元就としては、特に最後の一言は、修正する部分の無い完璧な理論ではあるのだが。
何となく面白くないのは何故だろう。
「能書きは良い故、はやに話せ。」
「大谷。」
「これから長話しようというのに、そろそろ日が陰ってきた。
夕餉に間に合わぬのは御免だぞ。」
「・・・この局面で夕餉の心配をするのも、なにか妙な気分だがな。」
妙な所で、日常生活が入り込んで来る。まぁ、それを言えば、この面子で一緒に夕飯を食べる図すら、少し前まで想像もしていなかったのだが。
気を取り直した元就は、盟友たちに語り始めた。
「明の敵やその心の闇を語るには、陰陽8家は外せない。
一部の者たちには、折節、断片的に語った事はあったが・・・取り敢えず『陰陽8家』の何たるか、そこから軽くさらっておくか。」
陰陽8家。
それは遥か昔から、日の本の裏側、術者の世界を統括してきた組織。陰陽合わせて8つの家門から構成される為、そう呼ばれる。
術者とは、大別して陽気と陰気に分けられる。故に、陽気の総元締と、陰気の総元締。2つがセットで必要とされた。
術者の間の土地区分では、蝦夷も内側だ。先人たちは土地を4つに分けた。蝦夷、本州の東端からその半ば、本州の半ばから南端と四国、そして九州。
その4つの地域に、陰陽2人。それで8家。
そして、その8家の間で結ばれた対等な同盟が『陰陽8家』という合議システム。
北の陰『鉄朔(かねさく)神社』、北の陽『梓(あずの)家』。
東の陰『大東寺(だいとうじ)家』、東の陽『六儀(りくぎ)家』。
西の陰『毛利家』、西の陽『伊予神社』。
南の陰『紀藤(のりふじ)家』、南の陽『高千穂(たかちほ)神社』。
この8家だ。伊予神社以外は、鉄朔家も高千穂家も血で継いできた。レアな特異体質を持ち、遺伝的に高い霊力の発現が約束された、特別な7家族が。
元就の声音は誇りとは程遠く、物憂げだ。
「陰陽8家という制度を、いつ、誰が始めたのかは誰も知らぬ。その歴史は数千年とも言われているが、誰も具体的な年数は知らん。陰陽寮より古いとも聞くが・・・まぁ、確かにどうでも良い事ではある。
大事なのは、今、この時。
問題なのは、東の陰よ。」
武家の世界と違って、陰陽8家の頭目は基本的に、男女共に継承が認められている。
東の陰・大東寺家でも女の当主が立つのは普通の事であった。ただ、この数代は男が続き、そして困った事に、この男共は大層、権力欲が強く、そして邪悪な男たちであった。
本来は対等である筈の陰陽8家の間に序列を定め、当然、自分たちに権力が集中するような仕組みを作り上げた。
元々規律が乱れていた術者の世界の混沌は、大東寺家の狂気を吸い取るかのようにその度合いを増していった。
今では大東寺家がこの日の本の王であるかのように振る舞い、下の者はその機嫌を伺い、追従に余念がない。東の術者のみならず、北や南までも邪悪に染まり切っている。
東の陰の支配に、頭を垂れていないのは西の陰陽。それも、毛利家の当主である元就と、伊予神社の頭目である鶴姫。この兄妹、ただ2人だけ、だ。
「なんと。毛利殿の配下まで・・・?」
「いかにも。こんな身内の恥、冗談で言えるものか。
武将としての我にも、金貸し商人としての我にも従っている。我の知略と商才を、利用せんと欲してな。
ただ、西の陰として発した令にはまるで従わぬ。政治の家令は小早川家、術の家令は吉川家に任せてきたが・・・吉川家は、な。表向き、我の命令に頭は下げる。が、いっかな仕事をせぬ。才が無いのではない。要するに、東の陰に睨まれている我に従って、あの男の不興を買うのが怖ろしいのよ。
一族郎党、いつ皆殺しにしてやろうかと思案している所だが、我の殺気を感じてか最近は少し大人しいな。」
「・・・・・。」
「それより今は、陰陽8家それぞれが持つ特異体質についても、話しておかねばなるまい。」
伝承によれば、陰陽8家とは数千年の昔、世の乱れを憂えた8人の特異体質者たちが平安を志し、決起したのが始まりとか・・・誰が創作したのやら、いかにもヒーローショーの前フリ的な作り話のようで、元就はこの話が大嫌いなのだが。
ともあれ、現実に8家は銘々に特異体質を持っている。他の家門には持ち得ない、特徴的な能力を。
「対のような力である辺り、あの縁起話も満更、ウソ偽りばかりではないのかも知れぬ。
それはそれでムカつくがな。」
北の陰は操鉄能力。『鉄朔』の名の通り、鉄だけでなく金属全般を意のままに操り、自在に武具と化すという。
北の陽は破邪能力。どのような武具にも、その身に宿る霊力を流し、通すだけで、邪なる者を打ち払う破邪の刃と化せるという。
東の陰は不明。能力は秘匿されている。公表して、対抗策を講じられたくないのだろう。情報操作は軍事政権の常套手段だ。
東の陽も不明。大東寺家のソレと連動した能力であるが故に、六儀家ではなく大東寺家を守る手段の一手として、隠されているのだと思われる。
南の陰は、肉体活性能力。通常、他者の結界に取り込まれた者は、たとえ味方であっても一定の制限を受ける。だが、紀藤の者はむしろ他者の結界の中でこそ、その武の力を最大限に発揮するという。
南の陽は結界適性。他者が作り出した、他者の内面世界。それが結界だ。それを自己の物として乗っ取り、また、自己が作り出した結界内では、他者に自由に力を分け与えられるのだという。
「そして西の陰、我が毛利家の力は、自然操作能力。
通常、術者が自然物に干渉するには、護符の力が入り用となる。が、我が毛利に限っては、護符を必要とせぬ。
例えばこのようにな。」
言うなり、元就は鋭い音をさせて、持っていた扇を閉じた。
木製の扇を、もう一度開くと、見る間に樹木が成長していく。サクラ材だったその扇、板の1枚から小枝が伸び、その小枝は瞬間的に幹となり、枝葉を伸ばし、終いには花まで付けて満開にしてしまう。
樹高にして2、3m程か。冬の室内で舞い散る桜花に、元親はじめ一同は息を呑む。
「大地操りの技自体は、安芸毛利の血さえ引いておれば、必ず発現する代物ぞ。具体的に何が得意か、どんな能力となるか。そういう細かい所は、本人の性格や経験、心の在りようによって変わってくるがな。
我が父の場合は、金属加工が得意であられた。兄は水脈や失せ物探しが。」
「毛利君は?」
「植物操作。花を咲かせると、妹が喜ぶものでな。
その木に虫や鳥が寄ってくると、更に喜んだ。喜ばせたくて色々扱っているうちに、いつの間にか上達してしまった。」
「あぁ、シスコンだ。」
「うるさい黙れ。
この力は攻撃にも使えるぞ。ただ、我が力は、西域の土にしか及ばぬのだ。東の陰の支配圏内では発動しない、という致命的なリスクがある。まぁ、西域の土を持ち出して使うだの、西域の土で育てた植物の苗を常に携行するだの、チート技があるにはあるがな。
たった一握の土、手持ち出来るだけの量の苗でどこまで戦えるかは限りなく疑問だ。
戦力としては、風操りの力をアテにしている。コレは日の本全てで扱える故な。」
ブルリとひとつ震えると、見事に育った桜の樹が、育った時と同じ速さで縮小していく。元通りの扇に戻った木の板で、元就は残された花びらを軽く扇いだ。
傷ひとつない桜の花びらを巻き上げた旋風は、文字通り桜色の風となって、利家の隣に座していたまつの掌を訪れる。
濃い桜色は、彼女の白い肌を美しく引き立てた。
「やる。桜の花は好みであったろう。」
「・・・ええと、ありがとうございます。」
「まつっ?!」
利家が慌てる筈だ、無造作に言ってのけた元就に、何故かまつの頬にほんのり赤みが差している。まぁ、余程具体的な理由が無い限り、不意打ちで花を貰って喜ばない女は居ないと思うが。
豊臣の天才軍師が、端正な正座姿に腕組みして、しみじみと呟いている。
「毛利君て、意外と女の子の扱いが上手だよね~。」
「ええい、妙な目で見るでないわっ。そんなモン、ゴミだからなっ?! 後は捨てるだけのゴミを、押し付けただけなんだからなっ?!」
「ほらまた、そうやってツンデレ要素すら追加するっ! このツンデレラっ!
それと褒めてないからねっ?! そうやって上手にエスコートする君に育てられたせいで、鶴姫君の攻略難易度が跳ね上がったようなモンなんだからっ。」
「フラれ男の恨み節なら慶次にでも聞いてもらえっ!
次は最も大事な、我らが明の伊予神社の事ぞ。」
「あぁ、うん。大事。それは超大事。」
「・・・・・・。」
シュバッと格好良く顔を引き締めた半兵衛の変わり身の早さに、周囲にはフローラルに和んだ雰囲気が漂い、上司にして親友である秀吉は、何となく居たたまれなくて視線を泳がせた。
シスコンから来る元就のキャラ崩壊ぶりも大概だが、鶴姫に惚れてからの半兵衛のキャラ崩壊も大概だ。大物2人に愛される鶴姫が凄いのか、キャラ崩壊した2人が、それまで、余程気を張って『作って』いたのか。
一体どちらやら。
「先程も申したが、8家の内、伊予神社だけは血縁継承ではない。」
伊予神社は、西域中から霊的素質のある女子を集め、教育を施し、その中から一定の条件を満たした者を上級巫女が選定して、『伊予巫女』として祀り上げるシステムである。
伊予巫女に選ばれた少女たちは一生を神社の内側で過ごし、戦国始まって以来、何十代にも亘って1歩たりとも表に出て来なかった。あらゆる意味で・・・歴史の表舞台にも、陰陽8家内の集まりにも。斎庭(いつきにわ)の玉砂利にすら、踏み出さなかった巫女も多いと聞く。毛利家と協調した時代もあったと言うが、その時ですら、会いに行くのは常に毛利家の方であったと。
故の、『隠し巫女』という通称なのだと。
このように、ひとつの血族による血縁継承、という形を取らない伊予神社だが、では遺伝的継承がまるでないかというと、そうでもない。
伊予神社に連れて来られた子供たちは、門をくぐる前に皆、必ず、とある洗礼を受ける。
手術、という、洗礼を。
具体的な理屈も手順も、元就は知らない。
確かなのは、咽喉に皮膚片を埋め込む、という事。伝承が正しければ、その皮膚片は伊予神社を開いた初代伊予巫女の聖骸、の、一部なのだそうだ。
その聖骸に霊的に適応出来た女子だけが、伊予神社の鳥居をくぐる事を許される。
「適応、出来なかった子は・・・?」
「・・・言わせるな、そのような事。」
「・・・・・・。」
利家は唇をかんでいた。7人の内で唯一、師というよりは人の親、という色の濃い男だ。選ばれなかった子供たちの事を思って、胸を痛めているのだろう。
伊予巫女の本来の通称は、『言(げん)の巫女』というモノであった。
聖骸を『咽喉に』。この咽喉という場所が重要なのだ。聖骸が定着し、初代の遺伝的素養を受け継いだ子供は、その声に力を持つようになる。
毛利家の『大地操り』の力同様、発現の仕方は様々だ。
操作能力となって現れ、言葉で命じた通りの行動を相手に取らせる巫女も居た。歌に長けた巫女は、歌唱によって天候を自在に操ったという。あるいは患部に息を吹きかけるだけで、傷を癒やす巫女も居たと。
鶴姫の場合、もっと直接的で、物理的・・・有り体に言えば、攻撃に特化した力。
重力の波が、カマイタチや圧となって対象に襲いかかる力。
「明が生来持つ力というのがな、元々、重力操作と炎操りなのだ。
先天的に持つ重力操作能力と、後天的に植え付けられた言霊使いの能力が、明の中で合成された結果だと我は考えている。」
罵倒の単語である必要は無い。悪意を込める必要すら、ない。
彼女が存在を認識し、その存在に向かって語りかける。発動条件は、ただそれだけ。その言葉に込められた感情が、愛情、友情、尊敬、知識欲、好奇心。何であろうと、関係は無い。放たれた言葉は、無条件で相手を切り裂き、痛めつける。
例えば小十郎に愛を囁いても。
幸村と世間話に花を咲かせても。
まつに料理を教わっても。
謙信と禅問答を遊んでも。
彼女の咽喉は、全ての言葉を攻撃にしてしまう。
「えっ、でも日輪の旦那、伊予の姫様は俺ら忍にも優しいけどさ、俺やかすがと話してても、攻撃っぽい事は何も起こらないぜ?」
「死に物狂いで制御したからだ。
発現したのは、明が10の時であった。以来、他の事は全て後回しにして、言葉から霊力を抜く事、理性で判断して必要だと思う時だけ、言葉に霊力を通す事。
それだけを集中して鍛え上げた。
今ではもう、無意識に切り換えが出来る。
我や大谷も含め、全ての者と話す時、明の言葉からは霊力が抜かれておる。故に、明と話をしても、喧嘩して怒りに支配されている時も、戦の最中で敵将と斬り結んでいる時ですら、『言の力』が相手を襲う事はない。
元々『言の力』は明にとって、恐怖の記憶と深く結びついた代物でな。明はこの力を嫌っておる。
言葉から霊力を抜く事自体は、そう難しくないのだ。通す時の匙加減には、多少骨が折れたがな。」
「恐怖の、記憶。どのようなものか、訊いても?」
「・・・ついでだから、全て話そう。
東の陰の腰巾着・・・もとい、第一の側近に、天涼司というのが居る。そう、昼間、明が『言の力』で嬲り殺した、使者の家だ。
あの家は、医療を・・・いや、違うな。もっと正確に申そう。
天涼司家の先代は、人体実験にハマり込んだ快楽殺人者であった。医療の為と称して人間を好きに切り刻んでおったし、また、東の陰もそれを黙認していた。」
鶴姫は西の陽。伊予神社の頭目。本来、東の陰と同格の人間。本来・・・天涼司家の実験材料になど、なり得べくもない立場の人間。
だが、より『高価』な遊び道具を欲した天涼司家は鶴姫の身柄を望み、東の陰はお気に入りの望みを叶えるべく伊予神社と交渉し・・・。
伊予神社は、守るべき巫女姫をあっさりと手放した。莫大な金銭と引き換えにして・・・文字通り『売り飛ばした』のだ。
『売り飛ばされた』先の天涼司家で、何をされたか。そんな事は容易に察しが付く。
両の腕からもぎ取られていった妹の身を、祈る思いで案じていた元就が、天涼司家から直に呼び出されたのは、それからいくらも経たないうちだった。
たかが側近家如きが無礼なと、言える状況ではなかった。イチもニもなく飛んできた兄が目にしたのは、変わり果てた妹の姿だった。
冷たい手術室の真ん中で膝を抱え、拒絶の怒気を撒き散らしながら、重力で作り出した殻に閉じこもる。着物一枚与えられず剥き出しになった肌からは、乱暴に点滴を刺された痕や、無軌道にメスで刻まれた痕が塞がれもせず血を滴らせていた。恐怖に満たされ、狂気に足を踏み入れた瞳は他者を判別出来る状態ではなく、近付く者、自分に向けて一歩でも足を踏み出そうとする者が居れば、片っ端から、獣のような叫び声で圧殺する。
手に負えなくなった天涼司家が、兄に妹を引き取らせようと元就を呼び出した訳だ。
「明がまだ10歳の時の事であった。」
「・・・・・・。」
「西域に帰っても、明には話したい相手が居なかった。我以外にはな。
可愛いであろう? 兄と口で会話したい一心で、明はしなくて良い修行を死に物狂いでこなして、見事『言の力』を制御してみせたのだ。」
「しなくて良い修行って・・・ソコはしなくちゃダメなんじゃ・・・。」
「自分を金で売り払い、戻れば戻るでイヤな顔しか見せぬ上級巫女。陰湿にイジメて暴力を振るってくる北や南、東の陰陽ども。実験動物としか見ない、その部下ども。
そのような輩と、口で平和的に会話する為に、要らぬ苦労をせよと? 何の為にだ。
意思疎通というだけなら、咽喉を使わずとも良い。筆談、手話、いくらでも方法はあろう。だが明は、制御する事を選んだ。我と会話したいが為に。
正気を取り戻すだけでも一苦労であったろうに、まこと、愛い子よ。」
「・・・・・・。」
「今の話が、そのまま、明が天涼司を憎む理由ぞ。
まぁ天涼司に限らず、東の陰麾下は全て我ら兄妹の敵だがな。敵意に憎悪が上乗せされている理由、とでも申そうか。
霊力が通ったままの明の声と、対等に言葉が交わせるのは明の霊力を上回る者のみよ。
今の日の本には1人もおらぬし、この先も、そのような者は生まれ出ないであろう。」
「1人も? 毛利殿や大谷殿、その・・・東の陰、とやらは?」
「我も大谷も、明の声を避ける術がないのは天涼司と同じだぞ。東の陰なんぞ、思う存分殴り倒されるであろうな。ソレが判っておるからあの男は、この数年、明に直接会っていないのだ。伊予神社も明を支配する事を諦めて、もう連れ戻そうともせぬ。
陰陽8家の間に、本来、家門の序列は無い。
が、霊力の総量というのは、正確に測る術があってな。昔から戯れに、当主が変わる度に測るのが通例であった。定期テストの順位を競うとか、そのレベルの遊戯事だ。平和的な競い合いであった筈のソレも、いつしか仮想敵を値踏みする一手に変質してしまったが。
陰陽8家、第1位のパワーホルダーは伊予神社の言の巫女・明。
第2位は東の陰。3位は我。『突出』の言に値するのは、ここまでだな。
4位が東の陽。5位が北の陽。6位が南の陽。7位が南の陰。8位が北の陰。
4位以下は、有象無象。どんぐりの背比べだ。大した違いはない。霊力の量も、人としての器も。東の陰の機嫌を伺っては西の陽たる明をイジめる、自ら思考する事を放棄した愚者共よ。
明の力は、陰陽8家第一位。別格だ。理論上有り得ない、本来は人ひとりの身の内に収まり切らぬ筈の、膨大な量の霊力が明ひとりの手に委ねられている。
力で勝るからと申して、権力者たる東の陰をあっさり殺せるほど、単純な話ではないのが口惜しいが・・・少なくとも、これから起こす東の陰との戦において、霊力不足を嘆かずに済むのは僥倖だな。」
陰陽8家の何たるか。
鶴姫の・・・『言の巫女』の何たるか。
彼女が『天涼司家』相手にキレた理由。
それらは、まぁ、そんな所だ。最初の幸村の『もっと鶴姫の守り方を公表して欲しい。』という希望。答えは故に『元就以外の術者は皆、彼女の敵。生かしておいても東の陰の犬にしかならないので、速やかに須らく斬滅して良し。』という事になる。
吉継は術者の世界に『入り得る』が『入って』はいない。彼の大谷家は、他ならぬ東の陰の狂気を嫌って数代前から術者の世界から身を引いている。霊力を持つ家門には違いないし、技術も知識も繋いではいるが、今の大谷家は豊臣の軍属、武門として立派に名を通しているのだ。『西の陰陽』毛利兄妹に、戦力欲しさに大谷家を術者の世界に引き戻す気は欠片も無かった。
ソレは、2人共の矜持が許さない。ソレをしたら、東の陰と同じになってしまう。
いずれ必ず引き起こす東の陰相手の戦は、具体的な勝敗以上に、どこまで流儀を貫けるか、そういう観念的な戦でもあるのだ。
「大義なら、いくらでも掲げられる。
『術者世界の浄化』、『東の陰に過ちの責任を取らせる』、『西の陰として術者世界を統一し、乱れを整える』。かねてより陰陽寮が支配権を欲しがっておる故、『陰陽寮の意に従って東と南北の陰陽を討ち滅ぼし、我ら兄妹自らの陰陽の座も天皇に献上し奉る。』。そんなのでも、まぁ、大義名分としては充分であろう。
ただ、我が戦を起こす真の理由は、そんな御大層な代物ではない。
現実問題、術者世界が現行の体制である内は、妹が幸福になる目は皆無である。たとえ今の東の陰が死んだとしても、新しい東の陰が立ち、その者はまた西の陽をイジめるだろう。
ゆくゆくはアレ自身の選んだ男の許へ嫁がせたいが、奥州は東の陰の支配圏内。大東寺家が支配権を持ったままの奥州に送り出す訳には、断じていかぬ。
ならば排そう、この日の本から、奥州から、東の陰を。大東寺家を。選択を譲るべきは、片倉家でも伊達家でも毛利家でもなく、大東寺家である。」
「毛利君・・・君は妹ひとりの為に、術者世界そのものを変革するつもりかい?
やっぱりシスコンだ。」
「うるさい、黙れ。
婚約者の許に嫁ぐ事を良しとせぬような世界なら、それは世界の方が間違っているのだ。間違った世界は正さねばならぬ。西の陰としてな。
それだけの事よ。」
「そう・・・。」
「話は以上ぞ。また何か、疑問点が出たなら訊きに参れ。答えてやる。
で・・・竹中半兵衛。そなた先程から何を書いておる?」
「はい、毛利君。コレあげる。」
「・・・・・・。」
いつも覚え書用に持ち歩いている、紙を。半兵衛は取り出して床に広げ、何事か箇条書きにして書き付けると元就の方へスライドさせた。
墨跡も鮮やかに、造園業者の店名とその連絡先が書かれている。ざっと4、5箇所程か。
書いた当人はケロリとした顔だ。
「知り合いの造園業者の名前。ドコも西域中心に扱ってる。
西域以外で『大地操りの力』が使えない事を警戒しているんだろう? つまりは、戦場は西域以外を想定していると。
具体的にどこが戦場になるかは絞り切れないだろうけど、東に一握の土、1本の木もないよりは、ずっとマシだろう。
理由はいくらでも付けられる。例えば伊達家や片倉家が、鶴姫君の為に庭園を作ると仮定して。そこに使う樹木を毛利家が提供しても、全く違和感はないと思うんだけどね。」
「・・・竹中半兵衛。そなたの言いたい事は判る。豊臣の一元支配に拘っていたそなたが、そう申す程に胸襟を開いてくれたは、感謝すべき所であろう。
だが、それでも、だ。」
覚え書を静かに取り上げた元就の手は、迷いなく、その紙を4つに破り捨てた。
「コレが我の答えだ、半兵衛。
そなたらを、術者同士の争い事に巻き込む気は無い。」
周囲には緊張が走るが、当の半兵衛はむしろ笑みを深くする。
「ボクはね、毛利君。この合議同盟の中で、日の本の術者の束ねを担うのは、君の毛利家だと思ってる。君がメインで統括し、君の采配に応じて、豊臣を含めた他の家門が武力や物資、必要な物を提供するのが合理的だと。
だから今の話を聞いてて『毛利家として』大東寺家と戦う、と言ったのなら、心置きなく、戦力でも何でも提供しようと思ったんだけど。
君は『西の陰として』戦うと言った。合議同盟の一角としてではなく、あくまで、壊れかけた陰陽8家の一角として。
正直、面白くない・・・嫉妬めいた感情が無い訳ではない。そんな壊れかけの組織、放り出してしまえばいい。
ボクらと作る新しい日の本の一員として行動すればいいのに、とは思う。
だが、その誇り高さ、責任感の強さも君の一部だ。ボクはそういう君に胸襟を開いたし、そういう君に育てられた鶴姫君を愛してるんだ。
その選択は受け入れよう。
で、その選択を受け入れた上で、さ。」
半兵衛はニッコリと笑みを保ったまま、4つに引き裂かれた紙を取り上げる。
自分の言葉に静かに耳を傾けていた盟友たちに顔を向けると、その紙を高く掲げてヒラヒラと揺らした。
「コレ、欲しい人、居る?」
「今寄越せすぐ寄越せ絶対オレに寄越せッ。」
「ハイハイ、言うと思った。
いくらでも書き増しするから大丈夫だよ、政宗君。」
食らいつかんばかりの勢いで挙手したのは誰あろう、独眼竜である。
とどめようと口を開きかけた元就を、制した政宗の目が据わっている。
「うるせぇ黙れ皆まで言うな。
テメェの言い分は充分理解した。でもな、こっちも必死なんだよ。
フラれんのまでは仕方がねぇ。だが幸いな事に、鶴の嫁ぎ先は片倉家、小十郎のトコだ。オレの視界からは消えやしねぇし、ダチ兼主君って立ち位置も悪くはねぇ。そう思って納得してたのに、世界が変革出来ない内は嫁には出せねぇだ?
ふざっけんな、死ね東の陰っ。今すぐ死んで世界よ変われっ。
まぁテメェより性悪な人間は知らねぇし? 詭計智将が負けるとは思わねぇけどよ。
オレとしては、一刻も早くケリを付けて欲しい訳よ。そんでもって、一刻も早く鶴を奥州に寄越せっ。その為に出来る事があるなら、庭園でも何でも作ってやらぁっ!」
「そなた・・・申しておる事がメチャクチャだぞ?
自分が何を申しておるのか、本当に判っておるのか? 庭園と申しても、東域の土で育った植物では意味がない。西域の土で育った植物でなくば、我は操れぬ。
広大な庭園ひとつ、まるまる土を総入れ替えするつもりか? 容易い事ではないぞ?」
「無謀上等っ。こっちは麻酔ナシで右目刳り貫いた時から、無謀の連続だっつの。
スペースは、むしろ敢えて広く取った方がイイかもだぜ?
人材交流、技術交流。雇用創出、インフラ整備に、地形把握、人心掌握。庭園ひとつ作るだけで、多方面にイイ影響出まくりだろうが。因みにソレを、複数箇所で同時進行。
ついでにソレを鶴のお蔭って宣伝すりゃぁ、アイツが嫁いで来た時の余禄の元になる。嘘じゃねぇんだから別にイイだろ?
戦の開始予定日を教えろよ。ソレに合わせて、植物が根付くようにしといてやるから。」
「ワシも乗りたいな。
日の本そのものを使ったその計略、面白そうだ。それに独眼竜の言う通り、現実的に民を安んじる良い方策でもある。関東でも庭園を造ろう。信玄公、どうでしょう?」
「善哉、善哉。
たくさん造ったら良いわ。家康よ、姫の好きな花で庭中を埋め尽くそうぞ。」
「はいっ。」
「前田殿・・・わたくしも同感です。」
「そうですね、謙信公。中部は西域の内だが、東域ばかりに庭園が出来ては、東の陰とやらが計略に気付くかもしれない。
何より俺も姫を喜ばせたい。まつや慶次も世話になっているし、俺にとっても娘のような子なんです。薔薇の美しい、佳き庭に致しましょう。」
「さっすが慶次の叔父貴だ、イイ事言うねぇ♪
俺の四国でも作らせてもらうぜ? 一国につきひとつ、合計4つ、ドデカいのをよ♪」
「そいならワシの九州は5つじゃ。どれも劣らん、立派な庭にするけんね。」
「そなたら、こぞって急に何を言い出すのか・・・。
で、庭に使う土を何処から持って来ると?」
『西っ!♪♪』
「・・・・・・。」
西域中の土が根こそぎ奪われる幻覚が、元就には一瞬本気で見えた気がした。まぁ、掘り起こした東の土を西に補填するのだろうから、問題は無いのだろうが。
喜ぶどころか渋い顔を隠そうともしない元就に、秀吉がヤレヤレと苦笑している。
「そんな顔をするな、毛利。」
「秀吉。」
「我らの助力を断った時点で、お前は我らの行動を采配する権を失った。
あくまでこの件に関してのみ、だが。お前が我らの介入を不要だと、それが最善だと判断したように。我らもまた、己が最善だと思う選択をするだけの事。
今は鶴姫の為、日の本の為に、土木事業を為すのが最善と判断したまで。
あぁ、我が豊臣でも造るぞ、庭園を。鶴姫が一番気に入って、入り浸ってくれるような庭をな。」
「あっ、秀吉、てめズリィぞっ?! 鶴は奥州のなんだからなっ?!」
「あはは、政宗君、鶴姫君の人格が疑われかねない発言は慎みたまえ♪
まったく、スケールの大きな人だよ、鶴姫君は。8家門全てから愛されて、無数の庭園を捧げられる女性など、この日の本で彼女くらいのものだろう。
ホント、社交性皆無の兄に育てられたとは思えない愛されぶりだよね~。」
「別に日の本中に西の土が散らばった所で、東の陰に勝てる保証はないのだぞ?」
「あぁ、ソコは判ってるし、どうでもいいのさ。
ボクらが庭を造るのは、毛利君じゃなくて鶴姫君の為なんだからねっ☆」
「・・・楽しそうだな、天才軍師。」
「うん。彼女の為になる行動はいつだって楽しいさ。秀吉の為と同じくらいかな?」
「・・・・・・絶っっっ対、我が造る庭が一番に決まっておるっ!
明の好みなら、我が一番把握しているのだからなっ!!」
「お~、よくぞ吠えたっ!」
「よっ、日の本一のお兄ちゃんっ!」
暗い話だった筈が、最後は一転して未来への展望に変わっていた。
その後、元親の『全ての庭に最低1本、椿の巨木を植える事』という、元就への嫌味としか思えない案が満場一致で可決され、その場は解散となった。
元就が椿を嫌う理由を、今はもう、皆知っているのだ。真っ白な雪に滲む紅い色が、彼の目にはまるで血のように見えるのだという。毎年冬に酷くなる白毒症の、妹が吐いた血の色のようだと・・・彼女自身が、綺麗な花だと静かに笑っているとしても。
鶴姫への、皆の愛情の結晶のような庭園で。
美しく元気に咲く椿なら、元就はきっと気に入ってくれる筈だ。
~終幕~
戦国BASARA 7家合議ver. ~椿色のカウントダウン~
はい、あとがき。
200年後くらい未来の日の本の、歴史の教科書に載るんだろうなぁ、
『各地に散在する庭園の数々、その多くはこの時代に作られた物で、
その全てが1人の女性を喜ばせる為だけに造園された代物です。』って。
もういっそ、椿の花を同盟軍共通の旗印にしちゃえばいいと思うよ、うん。
全体的に、対『東の陰』戦の前フリ的な感じですね。
あと、整理してみると・・・。
鶴姫に恋愛感情を抱いているのは、以下の人たちになります。
筆頭は小十郎にしても、半兵衛さん、三成さん、政宗さん。
あれ、思ったより少ないぞ?
幸村さんは友愛、元就さんのは家族愛。
慶次さんもね、気はあるんだけどね、タイミングが悪いというか、何というか。
『ねね』さんで失敗した経験があるから、手を出しかねてる、ってのはあると思いますが。
ちなみにその件について、秀吉さんと慶次さんは既に、無事に和解しておられます。
ついでに。
作者は悪役スキーな上、お気に入り『だからこそ』苦しめる傾向があります。
とてもあります。
苦しんでいるお気に入りキャラが、周囲の仲間に守られ、慈しまれ、優しくされている。
そういう状況が好きなのさ。
そんなに鶴姫が好きかと訊かれると、単品では普通だったりする珍しい状況なんだが。
鶴姫というより、元就さん。
それ以上に元就さんとセットの『毛利兄妹』がイイ。
作者にはリアルに愚兄がおりますが、ぶっちゃけ、そっちは要らない。
そっちが失望レベルの『要らない愚兄』だからこそ、
自分の理想の『賢兄』が書きたくなる、と。
そういう訳なので・・・。
鶴姫には、もう少し苦しんでもらう事になるかな☆
それでは、また次作で。