早稲田大学百号館-1

早稲田大学百号館-1

 さて、お盆も近づいたので、少し怖い話もしましょう。
友達から聞いた話などをもとにしてありますので、エピソードなど、オリジナルじゃないものもあります。
表題は早稲田大学となっていますが実在の大学とはなんの関係もありません。
音の響きが気に入って使わせていただきました。
早稲田の関係者様が気を悪くなさらないように、また、何かの法律に抵触しないように祈るばかりです。
 五話完結です。

第一話

第一話

 こんばんわ、遅くなりました。済みません。やあ、もう皆さんおそろいですね。
 わあ・・・青い行灯ですか・・・凝った演出ですね。すてきだ。
 えっ? 自己紹介ですか?みなさんは? ああ、もうみんな済んで僕だけですか。
 ・・・そうですね。僕は山本耕一と言います。今日は文系の学生さんの集まりとかで・・・ええと、ゼミの名前は・・・日本民族学でしたか。
 江戸時代に流行した「百物語」を、この百号館で実験的にやってみるんだけど、人数が一人足りないって言うんで呼ばれました。実際に呼ばれたのは免疫学の斉藤由香利講師だったんですが、彼女はこういう話は苦手だとかで、友人の僕におはちが回ってきた、というわけです。
 え? ははは、ええ、ええ、僕、学生じゃありませんよ。そんなに若く見えますか? うれしいなあ。
 僕が大学生だったのはもう十年も前の事ですよ。おや、どうしました? 急にかしこまっちゃって。理系の僕が文系の皆さんに講義するなんて事はありませんから、そんな先生と生徒みたいな顔はやめて、今夜は友達感覚で話しましょうよ。
 あれでしょ?「百物語」って、百話目の話が終わったら、何か不思議な事が起こるんですよね。怖いなあ。僕、気が弱くって・・・僕って、怖い怖いと思っているとほんとに怖い目に会っちゃうたちなんですよね。
 え? 僕から話すんですか? 年の順てわけ? ずるいなあ。それじゃあ・・・

 第一話

 僕の行っていた大学は仙台市のはずれの静かなところで、学校のそばの通りには、アパートやら下宿屋が並んでいて、小さなカフェが二軒、レストランが三軒、文具屋、不動産屋、それとガソリンスタンドが一軒ありました。
 そのガソリンスタンドのそばのアパートには僕の友人である佐々木君が住んでいまして、車を持っていました。
 その佐々木君がこのお話の主人公です。

 学校の前は大通りと言ってもそれほど交通量もなく、ガソリンスタンドの客はもっぱら学生か職員だったので、夜九時には店を閉めてまったくの無人になってしまうのです。
 僕らが入学する前から、そのガソリンスタンドのトイレに幽霊が出るという噂が時々あったらしく、まあ、トイレの花子さんの大学版ですかね。だいたい、大学生にもなれば、さすがに幽霊なんて、本気で信じてる奴なんか誰もいなかったんだけど、退屈なときにはある事ない事いろいろな話を創って噂しあっていたわけです。一種の遊びですよね。ガキっぽいけど・・・
 ある夜、佐々木は遅くまで本を読んでいて、ふと、顔を上げると、窓のカーテンの隙間からガソリンスタンドが見えた。夜中の二時頃でした。
 その時、誰もいないはずのガソリンスタンドのトイレの窓から不意に光がもれてきたのです。佐々木はおや? っと思いました。店員が鍵をかけ忘れたところへ偶然トイレを探している人が通りかかったのでしょうか。それとも、もともと、鍵なんかかけていなかったのでしょうか。佐々木がちょっぴりドキドキしながら見ていますと、ちょうど用を足したくらいの時間に、灯りはふっと消えました。やっぱり誰かがトイレを使っただけのようでした。
 翌日、佐々木はガールフレンドに早速この話をしました。もちろん、話をおもしろくするために、多少色をつけて話したのです。灯りを見たのは昨夜の一回だけだったのに、毎晩二時になると電気が点くんだと言う事にしました。

 君たち、噂ってどのくらい速く伝わるか知っていますか。科学的、数学的に誰か研究してみたら、きっとおもしろいですよ。
 とにかく、噂はその週末には学内中の知るところとなりました。しかも、僕の所へ伝わったときには、佐々木君があそこのトイレで小便をしていたら、隣に若い女が立っていて、佐々木君のイチブツをじっと眺めていた、となっていたのです。また、違う友人に聞いた話は、手を洗っていたら長い白髪のばあさんが後ろからそっとハンカチを差し出した、とか、手洗いの鏡ににんまり笑ったじいさんが映っていた、というものでした。
 そうやってしばらくは、尾ひれの付いた話が学内のあちこちで、まことしやかにひそひそと語られていたのです。
 でもまあ、うまくしたもので、広がるのが速かった分、消えるのもあっと言う間で、ニ三か月もすると、そんな話はみんな忘れてしまいました。

 ちょっとした試験が終わって、僕らは気晴らしにドライブを計画しました。佐々木の車で行くことになりました。車を持っているのが佐々木と、加藤という奴でしたが、佐々木の部屋が学校の近くで、集まるには便利でした。今では高校生だって車に乗ってますけど、僕らの頃は仲間に一人か二人・・・まあそんなもんでした。
 約束の日、佐々木は車を出そうとして、ガソリンが空なのに気づきました。例のガソリンスタンドで油を入れていると、急にトイレへ行きたくなってきました。家でしてくるのを忘れちゃったんですね。
 スタンドのトイレへ入ろうとすると、後ろから従業員が、
「事務所の中にもトイレがありますよ」と、呼び止める。
「え? ここ使えないの? 壊れてるの?」と聞くと、
「壊れているわけじゃないんですけど・・・変な噂が・・・」ときまり悪そうにいいます。
「噂?・・・ああ、幽霊の?」
「やっぱり、あなたも聞いてます?」従業員の顔は真剣です。
 実はその噂を流したのは自分ですとも言えず、遊び半分に軽く言ったことが、こんな所にまで迷惑をかけてしまっていると思うと、佐々木は申し訳なくて、大いに後悔したそうです。
「ああ~、あんなのはうそですよ。いまどき、幽霊なんて出るわけないじゃありませんか。大丈夫、大丈夫、僕は平気ですから」
 と、元気にトイレへ入って行ったわけです。従業員は心配そうに佐々木の後ろ姿を見ていました。
 トイレに入った佐々木は、なんだ、普通のトイレじゃないか、と思いました。緊張して少し体を硬くしていたのがバカみたいです。ドアを入ったすぐ横に手洗いがあって、その向かいに小便器が二つ、個室が一つ並んでいました。
 佐々木は用を足しながら、個室の方を気にしていました。急にドアが開いて、中から誰か出てきたらびっくりするだろうな。ぎゃあ!なんて叫んでしまうかもしれない。
 そんな事を考えていたら、自分で流した噂に自分がおびえているのがおかしくなってしまったんですね。つい、鼻でフンと笑ってしまいました。
 ところが、このフンがいけませんでした。
 彼がフンとやったと同時に彼の耳元でフフッと含み笑いが聞こえたのです。確かにフフッと耳に息がかかったと佐々木は後で言いました。ギクッとして横を見ると、もちろん誰もいません。
 佐々木は、そのまま首をゆっくりと回して後ろを見ました。すると、白いTシャツを着た男が後ろ向きに立っていたのです。首をこううなだれてさびしそうな背中だったそうです。
 佐々木はもう生きた心地がしなかったんですが、とにかく「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせ、もう一度振り返って見てみると、なんと、その男は手洗いの鏡に映った自分の姿だってわかったんです。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。佐々木は安心して向き直り、苦笑いしながら用を済ませると、急いでチャックを上げました。早くトイレを出たいと思ったんです。
 しかし、チャックを上げたところで、佐々木の手は止まってしまいました。彼は気が付いたんです。振り向いた時、鏡に映った自分は何故、振り向いていなかったのだ? あれは完全に後ろ向きだった。うなだれた後頭部をはっきりと覚えている。
 佐々木は手も洗わずトイレを飛び出しました。心配げな従業員はまだそこで佐々木を待っていました。
「大丈夫ですか、顔色が悪いですよ」
「出、出たよ。やっぱり出た・・・手洗いの鏡に、後ろ向きの男が、おれじゃない男が映っていたんだ!」
「待ってください。どこの鏡ですか」
「手洗いの水道の上の鏡だよ! あそこに映っていたんだ! はっきり見たんだ!」
 それを聞いた従業員はみるみる青ざめて、
「手洗いの上の鏡は・・・噂が起きてから外したので、今はありません・・・」
 
 
 

早稲田大学百号館-1

早稲田大学百号館-1

ちょとした怖いオムニバス

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-25

CC BY-ND
原著作者の表示・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-ND