魔法使いルーフィ

はじまり

...ないてるの?

かなしくて、泣いてるみたい。


ここは、粗大ごみ置き場。

日曜の朝、雨。

ごみの日じゃないから、がらんとしてて
そこに、大きなわんこのぬいぐるみ。

雨に打たれて、うつむいてる。

よく、お顔を見ると
すこし汚れてて。

どんなにか、可愛がってもらっていたのでしょうに。

でも、どうしてか

今は、ただ雨に打たれて泣いています。


「かわいそうに...」


胸が痛みます。だから
わたしは、おうちに
連れてってあげて。

お風呂に入れてあげて。
とっても重かったけど、でも
ドライヤーをかけてあげたら
ふわふわ、の白いわんこに。

「よしよし、もう大丈夫よ。わたしのお家なら
あなたが好きなだけ居ていいの。」


ぬいぐるみ、お人形。

かわいそうで捨てられなくなってしまうので
作らないようにしているんだけど...でも、この子は。


にっこり。

笑ったみたい。

よかったね。


わたしは、ぎゅ、と抱きしめて。

ほんとは、わたしも淋しかったの。


「僕も」


空耳かしら?



「空耳じゃないよ。」


あなたは?だぁれ....?


「ありがと、優しいね君。僕は、ルーフィ。」


...わんこさん...!?



「僕も」


空耳かしら?



「空耳じゃないよ。」


あなたは?だぁれ....?


「ありがと、優しいね君。僕は、ルーフィ。」


...わんこさん...!?


いろんなものを、とっておくのは
わたしの癖。

思い出があって、手放せなくなってしまって。

旅先で入った、喫茶店のコースターや

すてきなカレンダーも、破くのがかわいそうで
ずっと1月のまま。

お花も、切ってしまうのがかわいそうなので
鉢植えばかり。

「...ふうん、優しいんだね。だから、捨てられてた僕を
拾ってくれたんだ」


「ルーフィは、どうしてそのお名前になったの?」


「屋根の上が好きだったからさ。roofって、屋根って意味だから。」



「お屋根?」


「うん。水平線が見えたり、夜は星がきれいで。
そうだ、夜になったら昇ってみようよ、屋根」


「一緒に?でも、ここのお屋根、急なの。三角お屋根だし」


「だいじょうぶ。僕に任しといて。それからね、人がいるとこでは
僕はただのぬいぐるみだから。」


「わかったわ。」



ルーフィは、楽しそう。
わたしも、夜が来るのが待ち遠しくなった。



「そのコースター、どこかで見たような」



ルーフィは、わたしのコレクション(笑)を見つけて。


「ああ、これ。旅先で入った喫茶店の。」



「ふうん、彼氏と旅した思い出とか?」



「ううん、わたしね、トラベルライターだから」



「火を付けるのかい(笑)」


「そうじゃなくて、かくの」


「背中を?」


「もぉ(笑)」


「ああ、紀行作家ってこと。」


「うん...」



ルーフィは、ユーモアが好きみたい。
イギリス生まれなのかなぁ、なんて

ちょっとわたしは、ルーフィのことが気になった。
「ルーフィは、イギリスから来たの?」


わたしは、ちょっと恥ずかしかったけど。

「うん、そう。なんで?」
ルーフィは、さらっと。
かわいらしいぬいぐるみさんなんだけど、ちょっと
面白い。


「なんとなく、ジョークが洒落てるなって」



「あ、そうかもしれないね。一緒だった人は
アメリカンだったけど...あ、そこのマグカップみたいな柄の」



硝子扉の食器棚に、珈琲のおまけのマグカップ。
アメリカンコーヒー、なんて洒落で
星条旗が印刷されてた。

そそっかしくて、よく食器を割るから
普段は、そんなカップを使ってた。


「でも、ちょっと恥ずかしいな、ルーフィに見られちゃって」


「そう?よくわかんないけど、まあいいや。」
ルーフィは、淡々と語る、そんな感じも
なんとなくイギリス人っぽいな、と

わたしは、なんとなくときめいてた。


「名刺なんて持ってるんだね。」

ルーフィは、テーブルの上にあった
わたしの名刺入れを見た。

フリーだと、結構大事。そこから仕事が
つながったりすることもあるから。

ライティング、好きだけど
でも、いつかはちゃんとした作家になりたい。


そんな夢を持ってた。



「じゃ、行こうか」
ルーフィは、部屋の片隅にあった
アウトドア用のシート、それと紙風船をちら、と見た。

「あれ、持って行こう」


「どこに?」

わたしは、ルーフィの気持ちがわからなくて。

「屋根にいこうよ。もう夜さ。」



気づくと、窓の外はすっかり暮れていた。

丘の稜線に建っているこの家からは
遠い岬と、水平線がぼんやりと見えて

すこし、夢想的。

いいムードね....

わたし、ちょっとふんわり。
さあ、と
ルーフィに促されて。
わたしは、部屋を出る。
屋根裏部屋への階段には、雑多なアイテムが
転がってる。

弟が小さな頃使ってたシルバーのゲームマシン。
父がどこからか貰ってきたゴムの木。
水やりが楽なので、のんびりさんの父にはぴったり。
それから、海外出張の時に父が使ったらしき
アイマスク。

みんな、今は用済み。

でも、やっぱり捨てられなくて
ここに住んでる。


そのことと、でもルーフィに
それを見られる事の恥ずかしさで
ちょっと、わたしは気持ちがふたつに揺れてた。

そのせいかどうか、屋根裏部屋の出窓から
外に出る時にサンダルをはいて。

思えば、それがキッカケ。


急な三角屋根に、ルーフィーを抱えて。
だって、誰か見てたら困るから。

ぬいぐるみが歩いてる、話してる、なんて。
魔法使いの館みたいに思われたりして。


先に、出窓の外にルーフィを置いて。
わたしは、サンダルを履いて
出窓を跨いだ。

そんな事、はじめて。

だから....

頭を外に出した時。

サンダルがつるり。

「いやぁーー!!、助けて、ルーフィー!!」

思わず、ルーフィーの名を呼んだ。




たぶん、これでわたしの人生も終わりだわ...

意外に冷静に、わたしはふんわりと
した気分で。

下には、おばあちゃんのトマト畑がある。


「うん、おちたら100%ジュースになれるな」


意外に近く、ルーフィの声を聞いて
わたしはびっくりした。


ルーフィの声は、わたしを抱きかかえた
イギリス青年のさわやかな口元から発せられていたから。

「....ルーフィ....?」



「うん、見られちゃったな。僕は、ルーフィ。
これが本当の姿なんだ。」

気づくと、ルーフィーは
さっきの、アウトドアシートに立って。

でも、シートはなぜか
魔方陣みたいな(よくしらないけど)光に輝いていて。

わたしの頭の上を良く見ると、さっきの紙風船がふわふわ。

気球みたいにわたしを吊り上げていた。



「....うん、僕のご主人はね、魔法使いだったんだ。
もう200年も前に、眠りについた。その、眠りを覚ます能力のある人を探しに、僕はここに来た。
僕の声が聞こえる、優しい心の持ち主をね。
それで、君に出会った。」


「ルーフィ....」


「うん、でも、見られてはいけない決まりだったんだ。
この姿を。

だから、しばしの別れ。

かならず、夏への扉を開いて
僕は帰ってくるから。それまで....おやすみ。」



「待って、いやよ、ルーフィーー!」

「....あ、あれ?」



わたしは、あたりを見回した。

わたしの部屋。


何も、変わった事はない。



「!」

ルーフィ、ルーフィは?


部屋を見回しても、あのぬいぐるみは無かった。


......どうしちゃったんだろ、わたし.....。



その時、キッチンの方からカレーの匂いがしてきた。



あれ...?



テーブルの上のスマートフォンのカレンダーを見ると



....土曜日。


....わたし、タイムスリップしちゃったのかしら。



.....ルーフィ......。



すてきだったな....。


ぼんやりとした記憶をつないでみた。



でも、夢じゃない。



.....あした、日曜日。



ひょっとしたら、ルーフィに逢えるかな......。



わたしは、そんなことを思いながら。
すてきな出来事を忘れないように。

こうして、ペンを走らせている。


....童話作家になろうかな(^.^)なんて、夢みながら。



-end-




翌朝、日曜日。

やっぱり雨。


傘さして、お散歩のふり....でも

ほんとは、あの、ごみ捨て場が気になって。

「あの」日曜日。きょうの事だけど

どうして、ゴミ捨て場に行ったのかなんて
覚えてない。


..やっぱり、ルーフィが誘ってたのかしら....


わたしは、少し早足で
あの、ごみ捨て場に行ってみた。



でも。

あの、ぬいぐるみは無かった。



....どうして?



考えてみた。



でも、わからない。


ルーフィーは、「夏への扉」を開けて
帰ってくるって行ってた。


夏への扉ってどこだろう。


バーゲンセールのキャッチコピーみたい、って
思ったら
なんとなくおかしくなって、笑顔になった。


「なんとかデパートに、夏への扉が開きます」なんて。



そう。


彼はきっと帰ってくるって言ってたんだから。


魔法使いの主人、その眠りを覚ます
資格を持つ人を探しに来た。

そういって。


わたしに、そんな資格あるのかな.....

でも、ルーフィーはそう言ってた。


彼が現れたら、聞いてみたい。


本当にわたしでいいの?って。



結局、ルーフィーには会えなかった。

それはそうよね、と

回想するとそう思う。
時間旅行した旅人が、その痕跡を残す訳はないし...



でも、なぜわたしの記憶に残っているのだろう。



..わからないな。

雨の中、傘をさして歩いていたら
おなか空いちゃった。


キッチンには、昨日のカレーが残ってたので
ブイヨンでのばして、スープカレーにしてみた。

ひと味足りないな、なんて思いながら食べた。


おなかいっぱいになったら、眠くなっちゃった。


部屋に戻ってお昼寝...なんて思って。

ごろん、としてたら

いつの間にか夜だった。かな.....

でも、ルーフィーはそう言ってた。


彼が現れたら、聞いてみたい。


本当にわたしでいいの?って。



結局、ルーフィーには会えなかった。

それはそうよね、と

回想するとそう思う。
時間旅行した旅人が、その痕跡を残す訳はないし...



でも、なぜわたしの記憶に残っているのだろう。



..わからないな。

雨の中、傘をさして歩いていたら
おなか空いちゃった。


キッチンには、昨日のカレーが残ってたので
ブイヨンでのばして、スープカレーにしてみた。

ひと味足りないな、なんて思いながら食べた。


おなかいっぱいになったら、眠くなっちゃった。


部屋に戻ってお昼寝...なんて思って。

ごろん、としてたら

いつの間にか夜だった。
気が付くと、「あの」日曜日と一緒に
星が綺麗で。



なんとなくわたしは、屋根裏部屋へ行ってみる。
出窓を、あの時は乗り越えて....


滑落したんだ。


もしかして....

わたしは、反射的に
出窓を乗り越えた。

でも、何も起こるはずもない。


お屋根の下、父のお部屋からは
ショパンのメロディ。

..あの弾き方は、小山実稚恵さんね。
favorites chopin、という
彼女の好みの選曲で綴られたアルバムだった。

わたしは、でも
あまり、こういうベストものは好きじゃなかった。
今、思うと若さ故の気取り、なのだろう。
作曲者の意図通りに演奏順をするべきだ、なんて
スノッブしていたのだろう。


練習曲10ー3、「別れの曲」が流れた。


...ほら、ね。

なんて、有名すぎるこの曲を喜んで聞いている
父をミーハーだなぁ、なんて

思えば、ほんとに恥ずかしい高慢な気持ち。
でも、それもルーフィとのことで
気持ちがもやもやしてたから、かもしれなかった。




...そうね。


ため息をつくような、そんな気持ちで
わたしは、一階の屋根の稜線に腰掛けて
遠い水平線が暮れていくのをぼんやりと眺めた。


丘の上のこの家からは
岬が、のどかに水平線と戯れているようにも見える。

夕暮れになると、空と海との境が
だんだん、分からなくなってきて。

そんな瞬間が好きだった。



...ルーフィ....


彼は、屋根が好き、って言ってたから
ひょっとして、もう帰ってきてるかも。


...ルーフィ!


彼が、そばにいるような気配を感じて
わたしは、振り向こうとした。



...そうね。


ため息をつくような、そんな気持ちで
わたしは、一階の屋根の稜線に腰掛けて
遠い水平線が暮れていくのをぼんやりと眺めた。


丘の上のこの家からは
岬が、のどかに水平線と戯れているようにも見える。

夕暮れになると、空と海との境が
だんだん、分からなくなってきて。

そんな瞬間が好きだった。



...ルーフィ....


彼は、屋根が好き、って言ってたから
ひょっとして、もう帰ってきてるかも。


...ルーフィ!


彼が、そばにいるような気配を感じて
わたしは、振り向こうとした。
だけど、三角屋根の稜線は足下が怪しい。

小鳥が、風の強い時
小枝でふらふらするように
わたしは、バランスを崩しそうになった。


「あ!....」


後ろに転ぶ!


背中を反らしてみたけれど、でも
ゆっくりと後ろに落ちてゆき...


...わたしって、バカ...


今度こそ人生は終わりだわ....


そう思っているわたしには、ショパンの別れの曲が
この世との別れ、葬送行進曲のように聞こえた(笑)



あれ?


思わぬ感覚に、わたしは気づく。
ふわふわとした、大きなものに支えられている。


..そう、天国ね、天国の雲さんだ。


♪天国良いとこ一度はおいで(笑)

なんて、ショパンが歌う筈もない。



「天使でなくて残念だったね」



透き通ったその声の主は....!



「ルーフィ!」



ほんとに、ほんとに天国がやってきた。
too much heaven!



ショパンのメロディは、英雄ポロネーズに変わっていた。
いままで、
あまり好きじゃなかったけど、この瞬間
わたしは、ショパンも小山さんの演奏も大好きになった(笑)


いままで、
あまり好きじゃなかったけど、この瞬間
わたしは、ショパンも小山さんの演奏も大好きになった(笑)



「無茶するなぁまったく。夏への扉を無理矢理こじ開けようとしたのは君がはじめてさ」



ルーフィーは、ほほえみながらそう言った。

彼の腕の中にいると、しあわせ。
気が遠くなるみたい。



「...なんとなく、ルーフィーがそばに来ているみたいな
気がして」

わたし、素直にそう言った。


「....君は、本物かもしれないな。」

ルーフィーは、真顔でそんな事を言う。


そこに、魔法使いがいる、と言う事が感じ取れるのは
能力がある可能性がある、と。


「...だから、最初から僕に出会えたのかな。」
ルーフィーも、それが偶然かどうかはわからない。

そう言っていた。

「でも、どうして戻ってこれたの」


わたしは、ルーフィに支えられたまま
三角屋根の稜線で、そう尋ねた。

父の部屋から聞こえる音楽は
ポリーニに変わった。
きらびやかなsteinway&sonsの音色、心地よい。


「うん、まあね...君は能力があるみたいだから
まあ、見られてもいいだろう、って言われて」

ルーフィーは、空を仰いで。


「閻魔大王様みたいな人に?」
とっさに、わたしはイメージした。
デーモン小暮みたいな人が、マントを着て
パルテノン神殿みたいなとこでルーフィを見下ろしてる図。


ルーフィは、笑って
「そんなのじゃないけど」と。


軽い笑顔の彼って、とってもさわやか。
かわいいな、なんて
わたしは、ちょっとときめいたりして。


「でもね」ルーフィーは
すこし真顔になって。


ルーフィーのご主人の、眠りを醒ますキッカケを
わたしと探し当てるまで、もとの世界に戻れないんだ。と

そんな風に、さらりと言った。


「ちょっとまって、それじゃ
わたしとずっと一緒にいるってこと?」


それは、ちょっと困る。
だって、それじゃルーフィと同棲してるみたいじゃない。

「大丈夫さ、心配ない。」


もともと、ほかの人に見られちゃいけないんだから
誰か居る時は、ぬいぐるみをかぶってるから、って。
ルーフィーはほほえみながら。


...でもなぁ。部屋に一緒に居るって
ちょっと恥ずかしいな。


ぬいぐるみ着てたって、中身はルーフィなんだし。



「じゃあ」とルーフィは
ぬいぐるみのわんこに戻った。


わたしは、ルーフィーを抱えて
出窓から屋根裏に戻った。

屋根裏部屋、ちいさいころ
子供部屋に使ってたから...


「そうだ!この部屋使ってよ、ルーフィー」



「いいの?」


「うん、わたしも、その方がいいもの。」



「ふぅん、僕はどっちでもいいけどな」

と、飄々とルーフィーは。

でも、ぬいぐるみ着てると
なんか、その台詞がちょっと似合わないみたいで
わたしはくすり、と笑った。

ルーフィーは、わたしを見上げて

にっこり、と笑った。

二回目の日曜日は、なんかラッキー。



日曜の晩ご飯は、天ざるそば、だった。
父がこのところ、そばに凝っていて

とはいっても、そば打ちはできなくて
近所のおそばやさんから、出前を頼むのだけど(笑)

おいしいので、みんな喜んでいる。

更級、と言っても古文の時間に読む日記じゃなくて(笑)


おそばの実の、白い芯のところだけを使ったおそば、の事だと
父は楽しげに言う。


「.....あ....。」

わたしは思う。
ルーフィって、お腹空かないのかな....。


そんな風に思うと、気になっちゃって....


「....だいじょうぶ。」


ルーフィー?

わたしは、思わす声をあげそうになった。けれど
ひとりではなかったから、その声を飲み込んだ。

箸が止まったので、母がどうしたの?と訝しげに
尋ねる。


ううん、なんでもないの。と言うのが精一杯だった。

ルーフィ。そう、魔法使いだから
わたしと、お話ができるの?ロフトのお部屋にいても。


「....そうじゃなくて。」

ルーフィの声が聞こえる。と言うより
頭に直接響い日曜の晩ご飯は、天ざるそば、だった。
父がこのところ、そばに凝っていて

とはいっても、そば打ちはできなくて
近所のおそばやさんから、出前を頼むのだけど(笑)

おいしいので、みんな喜んでいる。

更級、と言っても古文の時間に読む日記じゃなくて(笑)


おそばの実の、白い芯のところだけを使ったおそば、の事だと
父は楽しげに言う。


「.....あ....。」

わたしは思う。
ルーフィって、お腹空かないのかな....。


そんな風に思うと、気になっちゃって....


「....だいじょうぶ。」


ルーフィー?

わたしは、思わす声をあげそうになった。けれど
ひとりではなかったから、その声を飲み込んだ。

箸が止まったので、母がどうしたの?と訝しげに
尋ねる。


ううん、なんでもないの。と言うのが精一杯だった。

ルーフィ。そう、魔法使いだから
わたしと、お話ができるの?ロフトのお部屋にいても。


「....そうじゃなくて。」

ルーフィの声が聞こえる。と言うより
頭に直接響いてくる感じ。


「....君に、力があるから聞き取れるんだ。」


わたしに、力?

かよわきオトメ、ちからなんてない。
命短し儚きおとめ。

「....面白いね君」と、ルーフィは声を上げて笑った。
わたしも、なんとなく笑顔になっちゃう。

「おいしいかい」と、父は
わたしの笑顔を見て、のんびりとそう言った。


はい、と
わたしは、曖昧に頷いた。

そうかそうか、と
父は、満足げな笑顔。
とりあえずルーフィはお腹空いていないみたい。
そのことに安心したのも、あるけれど

わたしは笑顔になれた。

おそばも、美味しく頂けた。





「ねえ、ルーフィってさ」


わたしは、ロフトのルーフィーのお部屋に
フランスパン、バゲットと赤ワインを持って。

お腹空かないって言っても、やっぱり
寂しいんじゃないかな、と思って。

ルーフィは嬉しいね、ってにこにこ。
赤ワインの栓を緩めながら。
「僕がどうかした?」



「ホントの名前ってどんなの?ルーフィって呼ばれてるって言ってたけど」



「ウィルヘルム・ルードヴィヒ13世」


「ホントに?」



「ウ・ソ。」



「もぅ、ルーフィってば」



「わはは」



ルーフィは、ウィットに切り返す。
そういう知的なところ、とってもいいな。
今まで会ったことの無いタイプの彼に、ちょっと
憧れのようなものを抱いた。


「でも、魔法使いってホントの年はいくつなの?
絵本だとみんなおばあさんじゃない」
と、わたしは思ったまま、そう言った。


ルーフィは、ははは、と笑って
「それはお話だけのこと。僕らは、ふつうさ。」


そこまで言って、彼は笑顔を収め

「稀に、200年眠っちゃう人もいるけどね」


ルーフィはそれからこう言った。
そういう能力のある人が、たとえば予言者になったり
信仰を興したりするんだけど。


...そうなんだ。

わたしは、なんとなく連想した。


モーゼや、イエス。
ノストラダムスや、ゴータマ・シッダルダも
そうなのかしら?


「たとえば、ノストラダムス。彼の本名は
ミシェル・ド・ノートルダム。
ノートルダムの天使って意味。」


ほんとに?とわたしが聞くと

うなづきながら、さらにルーフィは

「ビートルズの曲にミシェル、ってあるけど
あれも、天使、を唄ってるみたいだね。
もともと天使って男でも女でもないし
ひょっとしたら、ノストラダムスのことかもしれない」

わたしは、びっくりマーク。
そんなのってあるの?
「うん。ジョン・レノンに能力があったんだろうね。
だから、彼はこの世を去って、別の次元に行ったんだ」


「それって、天国ってこと?」
わたしは、知る限りの知識から類推した。



「うん、イエスがそういう事にしたから天国、って言われてるけど
ホントは別の次元の世界の事さ。」


ルーフィは、事も無げにそう言った。

ミュージシャンにも多い、とも言った。

ショパンやバッハ、マイルスやチャーリー・パーカー。
ジミ・ヘンドリックス、リッチー・ブラックモア。



「よくわからないけど、なんか妖しい人も多いね。」



うん、そういうものなんだ、と
ルーフィは言った。

それが、この世界の本当の姿で

見えているのは、3次元に現れてる部分だけさ、と。


「新しいジャンルを作る人は、たぶん能力者なんだよ。


そして、君も。」



「わたし...?」


「かわいい恋の魔法使いさん。」

ルーフィはにっこり。



わたし、どっきり。

それって、どういう意味。。。?
とっても不思議だった、二度の日曜日が過ぎて
ふつうに、月曜日がやってくる。

きょうは、仕事先の編集部に行く日。

この日ばかりは、ちょっとビジネスマンみたいな
気持ち(なったことないからわからないけど)。


ルーフィ、起きてるかな...
ロフトのお部屋は静かだから、まだ眠ってるのかしら。


ご主人さまは200年眠ってる、って言うから...
魔法使いってよく眠るのかな、なんて

思いながら、わたしはキッチンのとなりの
ダイニングに。


父も母も、のんびりとお茶、を楽しんでいる。
きょうは、インディア・ブレックファースト。

それを、父はレモンで。
母は、ミルクをたっぷりと。


おはようございます、とごあいさつ。

父も母も、にこにことGoodMorning

音楽は、静かに流れている。

ポール・モーリアさんの「恋はみづいろ」。

チェンバリストだったモーリアさんの、さわやかな
ストリングスナンバー。

でも、古い録音のこのナンバーは
リード・ソロを取っているのは、チェンバロ。

なりたかった、のかな。ソリスト。



...音楽家って、いいな。

わたしも、音楽の仕事をしてみたかったな。


そう、思ってると


「あきらめなくてもいいのに。」



...ルーフィ?


彼は、テレパシー?(かな)で、語りかけてきた。


「もっと自由に、イメージしてみようよ。
きっと、だいじょうぶさ。」



.だって、わたしは音楽の才能なんてないもの。

そう、ルーフィに語りかけると


「それは、今までそうだった、ってだけさ。
これからは、そうじゃないかもしれないよ、きっと。
さあ、旅してみよう?」



ルーフィ?だって、きょうは編集部にいかないと...



「だいじょうぶ。だって、僕らは時間旅行ができる」



..ルーフィってば...(^.^)


ちょっと、少年みたいに無鉄砲なルーフィを
わたしはかわいいな、と思った。その時!


SPARK☆

閃光が煌めくと、わたしはどこかへ飛ばされたような
そんな気がした。

ゆらゆらと、飛んでいる。そんな感じ。


「気持ちいい?」

ルーフィの声がする。わたしの近くで
おなじように漂っている。

でも、すごいスピードで飛んでいるような気もする。


..なんか...不思議。



「うん、4次元空間だから。」



...4次元?って、なに?


ルーフィは、にっこりしながら話す。
「たて・よこ・厚みがあるのが3次元。スリーディメンションって言うよね。」



...そういえば、聞いたことがある。立体テレビのCMだったわ。



「うん、それそれ。でもさ、どこまでも縦をながーく延ばしてったら、どこまでいく?と思ったことない?」



..そういえば...お空のずっとずっと向こうに行って...
くらいしか思いつかないけど。



「そう、それが3次元の限界さ。でもそれが、曲線だったり、時間が過ぎると形が変わる線だったら?」



...考えた事無い。思いつかないな。



「うん、ふつうそうさ。それが4次元。今僕らはそこにいる。時間を動かしたり、空間を動かす事もできる。」


...それが、魔法....?


「まあ、そんなとこかな。」



...科学者みたい。



「うん、古代エジプトじゃあね、占星術師や魔法使いは
科学者だったんだよ。」



...ほんとに?



「うん。ナポレオンだって星の動きを見て進軍してた」


...そうなんだー。


わたしは、ルーフィと時空間を旅しながら
不思議な感覚に身を任せていた。

これから、どうなっちゃうんだろう。
怖いような、でも
なにかが待ってるみたいな。

そんな感じ。


空間を旅しながら、わたしは
ルーフィに尋ねた。

「どこへ行くの?」


ルーフィは、不思議そうな笑顔で答える。

「どこ、って...君が行きたい、と思うところさ。
僕はただ、行き先に向かうお手伝いをしてるだけ」


「わたし?...何も思ってないけど。」


ルーフィは、にっこりと。
「そう、想いって言うのはね
自分で気づかない事もあるのさ。
生まれてから、自分を自分、って分かるまでの記憶、
それと、果てしなく遠い過去から、生まれるまでの記憶。」



「よくわからないけど、深層心理と遺伝情報ってこと?」


「まあ、そんなとこ。流石に記者さんだね。言葉を良く知ってる。」
ルーフィーは、遠くを見ているように。
風もないのに、爽やかに髪が揺れているように
感じられる。


「それで、魔法でわたしの行きたいところへ?」



彼は、空間を飛びながら答える。
「うん、それはでも、君の力が芽生えてきたから。
そのうちに、ひとりで飛べる。たぶん。
でも、制御できるようになるまでは
どこか、違うところへ行ってしまうかもね。」

なんて、ルーフィはちょっといたずらっぽく笑った。
そんな表情は、ちょっとかわいい少年みたいで素敵、
なんて?


思っていたら!


急に、空間が揺らいだ。

ルーフィの気配が感じられなくなって。わたしは焦って
何度も名前を呼んだ。

「ルーフィ、ルーフィーー、どこへ行ったの?」

「大丈夫かな、お嬢さん?」


どこか、知らない場所。
マロニエの並木道、すっきりとした青空の
ペイヴメントに、わたしは倒れていた。

優しく、抱き起こしてくれた紳士は
爽やかな銀髪を整えて
口ひげも凛々しく。

...この方...どこかで...お見かけしたような....


わたしはぼんやり考えていたが、紳士がにっこりと
微笑んでいるのに気づき


「あ、あ、済みません。pardon。」


紳士は、柔和にほほえみ

「良かった。それは..。すこし休んでいきなさい。
私はそこの家に住んでいる者でね。...心配は無用、妻も一緒だから」


と、紳士はwink。

ちょっとおしゃれな紳士、爽やかなスーツのセンスは
どこか、アートの香り...
誰だか、思いだせなーい(笑)



招かれるままに、私は紳士について行こうとすると

「その、ぬいぐるみはお嬢さんの?」


..ふと、ふりかえると
ルーフィ(の、ぬいぐるみ)が、マロニエの切り株に
うつ伏せになって転がっていた。(笑)

ああ、ごめんなさいルーフィ、と
わたしはルーフィに駈け寄り、埃をはたいた。


「ルーフィ?そのぬいぐるみを呼んでいたのかい?」
と、紳士は楽しそうに笑った。

おもしろいお嬢さんだね、と手を振りながら
さあ、いらっしゃい、と誘った。


わたしは、少女のようにぬいぐるみを抱えて
紳士の後をついてゆく。

ゆったりとした街路、大きな家がぽつぽつと
建っている。
風通しのよさそうな丘の道は、なんとなく
避暑地のようだ。


♪there's summerplece...と
私は名画座で見た「避暑地の出来事」のテーマソングを
口ずさんだ。


紳士は、振り向いて「いい曲だね、私も大好きさ」と
私のメインメロディの、対旋律をハミングした。

しっかりとした音階、おしゃれなオブリガード。


素敵な一瞬ね、と
わたしは、どこか知らない街に飛ばされてしまったのも忘れ(笑)

旅先の出来事を楽しんでいた。「でもさ」

わたしに抱かれたまま、ぬいぐるみのルーフィは
話しかける。


「なに?」



「危なくないかなぁ。」
と、ルーフィは心配そうに。



そんなこと思いもしなかった。
「うん、あの人なら平気よ」



「そっか。まあ僕もいるけどさ。」
と、ルーフィはちょっとまだ心配そう。



「ありがと、ルーフィ。心配してくれてるのね。」
やさしいんだなぁ...



「うん、まあね。やっぱり君になにかあったら
僕も帰れなくなるしさ」



と、ルーフィはちょっとぎこちなく。


「ありがと」
ほんとにそれだけ?って聞きたかったけど
でも、いまはやめておこう。


「それよりさ。」
ルーフィは、心に囁きかけた。


「なに?」


「ぬいぐるみに話しかけるのって、かわいいけど変かな」

ルーフィはにっこり笑った。



その時、前を歩いていた紳士は振り返り
「お嬢さん、さあ、ここが私の家。どうぞ。」


白い御影石が、ストリートから続いている。
その両側は、綺麗なベント・グリーン。
エントランスはマホガニーのドア。
三角のお屋根。
壁は真っ白。


右手のガレージには、シルヴァー・ブルーの
シトロエンDS21が、おひるね猫みたいに
屈んでいた。


「素敵なお家」

わたしは、思わず感想を。


紳士は、にっこりと笑って
「ありがとう。さあ、どうぞ」


ドアを静かに開き、私を招き入れた。

ぬいぐるみ(のルーフィ)を抱えたまま入るなんて
なんだか、不思議の国に行ってしまったアリスみたいだけど。


すこし、はにかみながら私はエントランス・ホールへ。


「すごい.....」

それも、思わずの感想だった。



お屋根の高さまで吹き抜けていて
窓にはステンド・グラスのような装飾。

クリスタルな輝きの灯り。

重厚な階段が正面に。


その階段の下は、ダンス・ホールになりそうな広さの
セカンド・エントランス。

コンサート・グランド・ピアノはsteinway&sons。
壁際にはチェンバロ。


ピアニストの椅子には、上品なご婦人が
おかえりなさい、と。


わたしは、どぎまぎした。
これも、別世界の出来事みたいに思えて。


「あ、あの、はじめまして。私は、先程...」
なんとか、挨拶をしようと思ったけど
言葉が見つからない。



紳士は、状況を説明した。

並木道でこのお嬢さんが倒れていたのでね、と。



婦人は、どこかお悪いのですか?と
案じてくれる。

柔和で優しいその表情にも、どこかで見覚えがある
..ような気が。


記憶の綾糸を、継穂するようにつないでみる。


ピアノ、チェンバロ。
銀髪の紳士はお髭で、上品な方。

夏の日の恋、をご存じで
綺麗な対旋律を正確に歌えて...


「!あ。」

わたしは、思わず声をあげて。


「モーリアさん?ポール・モーリアさん?」
と、失礼にもお名前を呼ぶ。友人のように。


紳士は、にっこりと笑って
「はい。」と。



婦人も、にっこりと。



..いままで気づかなかったなんて。わたし、バカバカ。
恥ずかしくて顔が赤くなった。


近所のおじさんみたいに思ってて。


..え?近所って?ここどこ?


それに、シトロエンDSってずいぶん古い車だけど
新車みたいだった。


私は、ポケットのスマート・フォンを取り出してみたけれど
圏外だった。



「どうかなさったのかな」
と、モーリアさんは私の様子を気遣う。


「あの、あの...すみません、カレンダーはありますか?」


モーリアさんは、にこにこと笑いながら
隣室からテーブルカレンダーを。


7月。1976。



...!?1976。


でも、どうして?


「君の心のどこかにあったんだろうな」と、ルーフィ。
心でつぶやく。



そういえば、今朝。リヴィングに
モーリアさんの「恋はみづいろ」が掛かっていて。
私も音楽の仕事をしたかった、って思った。

でも、だからって行きたいなんて思ってないよ...


「そう、君はまだ能力を制御できないんだ。」と
ルーフィは心でつぶやいた。



その時、チェンバロの調べが流れる。

モーリアさんが、「恋はみづいろ」のメロディを
軽快に、ラテンっぽく弾いていた。



...なんて、素敵なんだろう。
私はうっとりと、聞いていた。
でも、突然に。
ダンサブルなオヴリガーダが浮かんだ。


とっさに、ハミングしてみる。

モーリアさんの目が光り、左手でわたしのオヴリガーダ、
右手でオリジナルのメロディ。


とっても素敵な曲みたい。

「よかったら、弾いてごらんなさい」と

モーリアさんは、グランド・ピアノを私に勧めた。

...ちいさな頃、おばあちゃんに習ったことはあったけど
でも、ポール・モーリアさんの前で弾くなんて...



「やってごらん」
ルーフィは、心に語りかけた。
見ると、ぬいぐるみの姿のままで
婦人にブラシを掛けてもらっていたりする(笑)
にっこり笑って、wink☆



....やってみようかな。


ルーフィが、魔法を掛けてくれるのかも...なんて
淡い期待をしながら、わたしはsteinway&sonsの
白い鍵盤に触れた。



隣にモーリアさんが座り、連弾で、と
左手でオリジナル・メロディのベースパート。
モーリアさんの右手は、メイン・メロディ。


わたしは、ただ右手で。
思いついたフレーズを弾いているだけ。

でも、モーリアさんは巧みに、それを音楽にしてゆく。



「すばらしいわ」
チェンバロの椅子に腰掛けた婦人は、それを聞きながら
にこにこと、拍手をした。



.....そんな、素晴らしいなんて...


わたしは、頬が紅潮しているのに気づいたけれど、あ、と思った。



ルーフィ?あなたが魔法を掛けたの?



「いや、僕は聞いてただけさ、それは、君のポテンシャル。
それと、ほら、君が音楽家になりたかったって言ってた、その思いが
そうさせたんだよ、きっと」

と、ルーフィは静かに囁いた。心のなかで。



「いいセッションだったね。若々しくて清らかなあなたのようだ、マドモアゼル」
モーリアさんは、にっこりと爽やかに。


「いつか、きちんとレコーディングしたいと思う。その時はまた、いらしてください。
タイトルはそう..."love is still blue"とでもしようか」



....そんなぁ、モーリアさんとレコーディングなんて....
と、わたしはうっとりとした。けれどもルーフィは....


「忘れてないよね、ここは1976年。」



...そうだった。わたしはつい、思いつきでタイム・スリップしちゃったんだった。

それに、"love is still blue"って、ヒットした[恋はみづいろ'77]のことでしょう。

そのセッションに参加するなんて、時間旅行者としては無理ね....。


そう、残念だけど
1976年のセッションに、未来から来た
わたしは参加できない。

時間の流れは、普通
過去から未来へとゆくものだから。

未来へ戻らなきゃ。

そう思った瞬間!


spark!☆

閃光と共に、わたしは異空間に飛ばされる。

「ルーフィ、ルーフィ!」

藁を掴むように、彼を呼ぶ。


「僕はここにいるよ」

と、深山の泉のように彼は、涼やかな声で答えるので
そのことに、わたしは安心する。



「どうなっちゃったの?」と
空間を漂いながら。

暗黒の空間のようで、でも
ところどころに光が流れる
不思議な感覚のなかで。



「うん、君は未来に戻りたいと思った、だから。」



ルーフィは、ほほえみながらそういう。

「それだけのこと?ルーフィが魔法を掛けたの?」
と、わたしが尋ねると、彼は


「いや、僕はそばにいるだけさ。」
と、平然とそう言うルーフィ。

わたしは、ちょっとびっくり。
自分の力だけで、こんなこと...


魔法って、こんなこと?


「ねぇ、ルーフィ?」


「なに?」



「あなたのご主人様の眠りを醒ます鍵って、なんなのかしら」



つい、聞いてみたくなった。唐突だったけど。


「...そうだなぁ。お伽話ならお姫様のkissとか」
と、ルーフィは楽しそうに答える。


そうだ、君がしてみたら、なんて言うルーフィ。

「怒るわよ」
私は反射的にそう言った。



どうして?とルーフィはちょっと驚いて。


「だって、好きでもない人とそんなこと」
それに、ルーフィ、あなたがそんなこと私に言うなんて。

その言葉は飲み込んだけど。


ルーフィは、ちょっと理解不能、と言う顔で

「pardon,ごめん、そうか。君って可愛いなぁ。」



なんて、言う。
どういう意味かよく解らなかったけど、でも
ルーフィに可愛い、って言われて
なんとなく、嬉しかった。

空間を漂う、不思議な旅だけど
ふたりきりで誰もいない旅。
結構、ロマンティックかな。

なんて、私はにこにこしながら。..そう、わたしの生まれるずっと前にレコーディングされた「恋はみづいろ’77」のアレンジに
わたしが関わっていたなんて。
ちょっと素敵、どきどき!

「あ」


わたしは、あることに気づいた。


「でも、過去を変えたことにならないの?」



ルーフィは、平然と答える。

「ほら、書いたのはモーリアさんだもの。君は
ピアノを弾いただけで。それに、作家はよく言うでしょ?
天からアイデアが降りてくるって。あれは、ひょっとすると
タイム・トラベラーが来たんじゃないかな。
ノストラダムスの時は宇宙人が来るって言われてたね。」



...そっか。わたしって宇宙人?

「ねぇルーフィ」

「なに?」


「あの曲って大ヒットしたのよね、わたしにも印税こないかしら(笑)」


ルーフィは、にっこり笑って
「女の子だなぁ、そういうとこは。どうやって未来に送るのさ、印税。」



..そっか、残念だなぁ。
そう思っているわたしに、ルーフィは


「でも、あのメロディだって君の記憶にあった
誰かのメロディが、君っていうフィルターを通して出来たものさ。ショパンか、シューマンか知らないけど。
ひょっとしたら、モーリアさんの曲かも。
音楽ってそういうものさ。今度は、あの曲を聞いた人が
新しいメロディを思いつくのさ。素晴らしい事だよ、それは。」



ルーフィの言葉に、わたしは清々しい気持ちになった。
そうよ、わたしは音楽をクリエイトしたんだわ...。



flash☆その、空間の旅も
長いようで、一瞬だった。

そう気づいた時のわたしは
普通の月曜日みたいに
坂道を歩いて、路面電車に乗って。

仕事を貰っている雑誌の編集部に行くところだった。


「あ、あれ?」
時計を見ると、月曜の朝9時。

1976年に居た時間も、こちらではほんの一瞬....


「そう。だから時間旅行って4次元なんだ」

ルーフィの声が、リアルに響く。


「4次元って?」
わけわかんないよぉ。


「うん、時間軸が伸び縮みする。まあ、異空間を行き来する間。ほら、2回日曜日が来たみたいに。」


....そんなのってあり?じゃあ、朝ご飯の後の
ほんの一瞬の間にわたしは、1976年に行って来た、ってことなの?



「そう、だから4次元の旅なのさ。」
ルーフィは、ことも無げに言う。
ぬいぐるみの姿のままだと、ちょっとユーモラスだけど。


「でも、ルーフィ、そんな大きなぬいぐるみ抱えて
編集部に行くのはちょっと...」
と、わたしが言った瞬間

彼はマスコットになって、わたしのかばんに収まった。

「そのくらいのほうがかわいいぞ」って、わたしは
ルーフィのほっぺをふにふに、とつまんだ


やめろって、こら。魔法かけちゃうよ、って
マスコットのルーフィは笑った。


ふつうに見てると、女の子が
お人形で遊んでるみたいにしか見えないと思う。

だけど、彼は魔法使いさん。


よく、女の子がお人形とおはなししてるけど
ひょっとしたら、あの中にも
魔法使いさんがいるのかなぁ、なんて
わたしは思った。

路面電車の停留所に、昇りの電車が来る。
からんからん、と鐘を鳴らしながら。ゆっくりゆっくり。

いつものようだけど、ちょっと違う月曜日がはじまった。



路面電車は、海岸通りをことこと走って。
石畳のペイヴメント、お花屋さんの店先。

からんからん、と鐘を鳴らすと
にゃんこが、のびをしながら歩いて行く。路面電車は、坂道を上って
雑誌の編集部がある街角へ。

石造りの古い建物、ちょっと趣を感じる。
本を書く人が喜びそうな感じかな、なんて。

かばんを下げて、路面電車のステップを降りた。

からんからん、と
鐘が鳴って

路面電車は、走り出す。
石畳の道を。


わたしは、ルーフィと一緒に
編集部への石の階段を昇っていく。
建物の中なのに、石の階段って
最初は変に思ったけど、でも
いろいろ本を見ていくと、ヨーロッパの古いお城みたいで
それは結構貴重なのかな、なんて思った。

「ねえルーフィ、ここって古い建物だけど
なにか気配を感じる?」



ルーフィは、かばんの中で
「うん、でもまあ魔物とかはいないみたいだよ」
と、楽しそうに答えた。
「魔物退治とかしてみたい?」
なんて(笑)


「そういうのって面白そうだけど、物語としては」
と、わたしは答える。でも、現実に
自分が退治するのはちょっと怖いなって思ったりする。

編集部への石段はちょっと薄暗いけど
特に不気味、と言う訳でもない。

魔物はこういうとこにはいないんだろね、と
わたしはルーフィに話しかけた。


そうかもしれないね、とルーフィは静かに答える。

編集部の扉を開き、中に入る。
雑然といろいろな資料が置いてある。
ふつうのオフィスだけど、そういう感じがちょっと違って
綺麗な制服を来たオフィースレディ、はいない。

もちろん、通りに面した受付には居るのだけど
編集部は、人の出入りが激しいし
わたしのような外部の者が入りやすいように
通用口が開けてある。
雑誌社だから、締め切りが近いと
深夜もそうした出入りがあるからなのだけれど。

もちろん、わたしのように
たまに、のんびりと旅行に行って
原稿を書いている者には
無縁な話、なのだけれど。

いつか、作家になったら
そんな風に、忙しく原稿を書く毎日が
来るのだろうか、なんて夢半分に思ったり。


「そう、信じればできるさ」と、ルーフィは話しかける。
そうかしら、とわたしは思う。


「だって、君は音楽家になりたいと思っていて
その気持ちだけで、モーリアさんに認められた。
技術は、学べばいいけど
その気持ちって、勉強したって作れないんだ」



そうかなぁ、と思ったりする。
わたしに、そんな気持ちがあるのかしら。


「あるさ」とルーフィはにっこり。

だって、君は魔法使いにもなれるんだもの、と
ルーフィは、いたずらっぽく言った。その月曜日は、編集企画会議。
といっても、外部のわたしは
アイデア出しとか、そういう事はできるけど
企画の採否、には関われない。
でも、なぜか呼ばれるので行っている。
お仕事が増えるかもしれないし(笑)


編集長さんは、人の良さそうな
おひげのふとっちょさん。


まんまるで。
ちょっとフランス人形さんみたいに
かわいいとこがあったりして。
部員の若いひとにも人気がある
おだやかなひと。



いつものミーティング・ルームで
編集会議が始まる。


一生懸命なフリーライターは、企画書をいっぱい書いて
売り込んでいたりしている。けど
それが仕事につながるとも限らない。

わたしは、もともと
友達の友達がトラベルライターで
その原稿書きを手伝っていて
この雑誌社につてが出来た、と言うわけで

トラベルライター、と言う仕事も
なんとなくしているだけ、だった。


まあ、旅行を経費で出来て
それでアルバイトになるので
それはそれで楽しいかな、とも思う。


企画会議が一段落して、カフェ・ブレイク。
きょうは、お天気なので

みんな、それぞれに。
風にあたりに行くみたい。


わたしは、マロニエ通りのオープン・カフェで
ライム・スカッシュがいいかな。

爽やかな雰囲気が好き。おひるまえ、こもれびの中
ライム・スカッシュはいいかなぁ、なんて思って。

石段を降りていくと、編集長が
のんびりと下っていたので
ごあいさつ。


「ああ、君か。こないだのレポートも良かったなぁ。
なんか、面白い企画ある?」


編集長は、にこにこしていて
でも、いつも楽しい企画を考えているような
そんな人だった。

そばにいると、なんとなく和む感じのおじさん。


「はい、旅の企画と言うか...」


わたしは、タイム・トラベルがもしあったとしたら、と
前置きして

歴史上不思議に思えるような事が
時間旅行者の存在で説明できるのではないでしょうか、と言った。

例として、ノストラダムスや
ショパン&シューマン、それと
経験したポール・モーリアさんの話を
仮定として(笑)


SFかもしれないけれど、旅行だって
鉄道がない時代の人が想像したら
SFっぽいと思うんです、なんて

のどかにお話をした。


「これ、かわいいねぇ。」


気づくと、ルーフィは
かばんから顔を出していた。

編集長は、ルーフィのほっぺを
ふにふに、とつまんで
変形する顔を楽しんでいた(笑)

なんとなく、童心のある...そんな風に言われてるのかな、
編集長はにこにこしながらルーフィで遊んでいた。



「あの、編集長?」



「ああ、SFのおはなしね。うん。面白いね。
旅行雑誌のほうの読者さんコーナーに
エッセイみたいに載せてみたら。」


編集長は、軽快に。


わたしは、ありがとうございます、と言った。

編集長は、まだ楽しそうにルーフィーで遊んでいた。


ルーフィは、早く助けてくれ、と言いたげだった(笑)「これ、面白いねぇ。どこで売ってるの?」

と、編集長はルーフィがお気に入りみたい。

(なかにルーフィがいない、ふつうのぬいぐるみなら)

ターミナルのそばのお店にあると思います、と
わたしは答えた。

編集長は買ってくるのかなぁ(笑)

なんて思いながら、わたしは石段を降りて
マロニエ通りのカフェへ歩いていった。

自動車の通らない煉瓦の鋪道に、並木道。
下り坂の向こうには青空と、水平線。

白い雲が目映く見える午前11時...


カフェは、すぐそこ。

並木のそばに白いテーブルとウッド・チェア。

こもれびがきらきら。


きょうは、ほんとうに爽やかな日なので
ライム・スカッシュのスパークリングな感じがぴったり。

空の彼方まで飛んで行けそう。



「でもさ」
ルーフィは、まわりに誰もいないので
ことばで話しかけた。



「なに?なにか飲む?」
と、わたしが答えると

「うーん、カフェ・オ・レかなぁ、でも
誰かに見られると困るから。」

なんて(笑)

それはそうね。ぬいぐるみがカフェ・オ・レしてたら
変ね、じゃあ元の姿に戻ったら(笑)なんて

わたしも笑った。


non,non, impossibleなんて
ルーフィも笑った。


「そうそう、時間旅行の話を編集長さんにした時は
何を言うのかってどきどきしたよ」って
ルーフィ。



「でも、ホントの話したって誰も信じないだろうけど」
なんて、付け加えながら。風さわやかなオープン・カフェでスパークリング。
ライムの香りがとってもうれしいおひるまえ
わたしは、ルーフィと一緒にのんびりしてた。


「編集部に戻らなくていいの?」なんて
ルーフィはお兄さんみたい。


「うん、わたしはもう..だってフリーだし。」
そのあと、企画会議におつきあいしても
そんなに意味はないし。

わたしは、ふと思った。

「どうして、ルーフィのご主人様は眠っちゃったの?」



ルーフィは、それがわかるといいんだけど。と言って。
でも、わかったとしても目覚めてくれるわけでもないんだけど、と。

「ねぇ」
わたしは、唐突に思った。

「会ったこと無いけど、ご主人様ってどんな感じ?」
イケメンなのかなぁ(笑)なんて。
おとぎ話の魔法使いって、おばあちゃんばっかりだけど。


「見てみる?」
そう言って、ルーフィはなにか指先でふわ、と円を描くと
きらきらした銀幕が空間に浮かんだ。


...cool!

そこには、どことなくルーフィと雰囲気が近い
冷涼な感じのスマートな紳士が
透明な瞳、静寂な面もち。

クール、と言うのが相応しいイメージだった。


「イケメンでしょ」なんて、ルーフィは笑う


「うん。かっこいー。」なんてわたしがつぶやくと

「でも、眠っちゃってるんだ、今は」
と、ルーフィは寂しそうに言った。

眠ったままでずっといられると思ってるのかなぁ、とも。「でも、魔法使いさんならなんでも出来ちゃうんでしょ?
どうして、眠っちゃったりしたのかしら」と
わたしは、なんとなくそう思った。

だって、おいしいものも食べられて、好きなことできて。
それに、時間旅行もできて。


「僕にもよくわからないのさ」と
ルーフィは遠い、白い雲を見上げるように、言った。


「眠る前に何かあったの?」と
わたしは、ライムの香りに包まれながら。


「変わった様子は無かったけれど...」とルーフィは言った。
でも、少し前から
何か考え入っていて。
それは、いつもだから
気にしなかったんだけど、と言った。

「ふうん、魔法使いさんっていつも考えてるの。」
物語や、アニメの魔法使いさんは
呪文とか、カードとか。
簡単そうに使ってるみたい。


「それは、お話の世界だからね。」と
ルーフィは言った。
大抵のお話は、魔法を使ってるひと、のお話で
魔法を作ったり、見いだしたりするお話じゃなくて。

それを作る人は、ちょっと違うみたいだね。
ルーフィは、思い出すようにそう言った。「でも、魔法使いさんならなんでも出来ちゃうんでしょ?
どうして、眠っちゃったりしたのかしら」と
わたしは、なんとなくそう思った。

だって、おいしいものも食べられて、好きなことできて。
それに、時間旅行もできて。


「僕にもよくわからないのさ」と
ルーフィは遠い、白い雲を見上げるように、言った。


「眠る前に何かあったの?」と
わたしは、ライムの香りに包まれながら。


「変わった様子は無かったけれど...」とルーフィは言った。
でも、少し前から
何か考え入っていて。
それは、いつもだから
気にしなかったんだけど、と言った。

「ふうん、魔法使いさんっていつも考えてるの。」
物語や、アニメの魔法使いさんは
呪文とか、カードとか。
簡単そうに使ってるみたい。


「それは、お話の世界だからね。」と
ルーフィは言った。
大抵のお話は、魔法を使ってるひと、のお話で
魔法を作ったり、見いだしたりするお話じゃなくて。

それを作る人は、ちょっと違うみたいだね。
ルーフィは、思い出すようにそう言った。「でも」
ルーフィはつぶやいた。
「魔法使って、何かが出来たしても
限りはあるからね。
例えば、君が書いているトラベル・レポートにしても
未来から、そのレポート自体を転送すれば
持ってくる事はできる。
でも、そのレポートで、たとえば君が
エミー賞みたいな表彰をされて
嬉しいかなぁ?」


..そっか。
わたしは、思った。
たとえば、片思いの彼に
おまじないをして。

魔法があったらいいなぁ、なんて
思ったりしても。

ほんとに魔法で、彼が
振り向いてくれたとしても。


なんか、うれしくない。


「ね。やっぱり魔法って言っても、限界はあるんだよ。」ルーフィはにっこりした。



「じゃあ、眠っちゃった理由って限界のせい?」
と、わたしはルーフィに問いかけた。

マロニエ通りの並木は
さわやかにさらさらと揺れて。

わたしたちとしては、シーリアスな内容の
おはなしをしてるけど

ふつうに、おだやかなお昼さがり....


「かもしれないね。その鍵を探さないと
僕も、もとの世界に戻れない。」



じゃあ、鍵が見つかったら
ルーフィとの楽しい旅も終わっちゃうの?

それもちょっと淋しいな、なんて
わたしは思った。でも
ルーフィはそれを、どう思ってるのかしら...


そういう時、魔法が使えたらいいのにな、と思う(笑)「でも、魔法で200年も眠っていられるなんて...」
わたしは、素朴にそう思った。

朝、起きなくちゃいけないときなんか...
もう5分、寝られたらと思ったりするのに(笑)200年なんて。

ルーフィは「君っておもしろいね」なんて笑った。

「ほら、小さい頃って時間を忘れていたりするし
おじいちゃん、おばあちゃんもそんな感じでしょう、あれと似ててね。
時間量子の動く速度が変わるの。それをね、魔法で大きくすると
傍目に見ていると200年、なんてタイムスケールが
彼の側では一瞬、なのさ。
ほら、僕らが1976年に行っていた間の数時間が、こちらでは一瞬だったように。」


ルーフィはそう言った。


「だとすると、ルーフィのご主人様はただ眠っているように見えて
本当は、どこかに行っているのかもしれない...わ」と
わたしは、ひとりごと。


「うん、ひょっとすると
過去か未来に旅したまま、戻ってこれなくなったのかもしれないね。
あるいは異世界に行ってしまったのか....なら、戻ってこれる理由を
作ってあげないと。」

ルーフィは、すこしまじめな口調になった。
「ねえ、ルーフィ」と、わたしは聞いてみた。
どんなところに普段は住んでるの?と。


ルーフィは答える代わりに、空間に円を描いた
さっきのスクリーンを、すこしワイドにした。


オープンカフェで、お茶を楽しんでるひとたちには
このスクリーンは見えないらしい。

それはそうね。もし見えたら珍しがって
ひとだかりができちゃう。


スクリーンの中、眠っている
ルーフィのご主人様は、王様のベッドのような
吊り天井のある空間に。

でも、壁を見ると洞窟みたい。


どんなとこなんだろう?と
映像をじっと見たわたし。

spark☆


瞬間、わたしは飛ばされた。異空間へ。

こんどはルーフィの存在がしっかり感じられ、不安じゃなかった。



次の瞬間、わたしは絶海の孤島、切り立った崖の上の
草原で潮風に吹かれていた。

「どこ...ここ?」



傍らのルーフィは、ふつうの男の子の感じ。

「やっぱ、その方がいいねルーフィ。かっこいい」


と言うと、ルーフィははにかみ気味にうなづいた。


そういうところもイギリスっぽいなぁ、と思う。


東洋人ならそういうとき、否定っぽく首を横に降ったりするけど

イギリスの人はたいてい、うなづく。

表情に含羞を込めて、ありがとう、の意味で頷くの。


旅してると、いろんなとこで異文化を感じるけど
ルーフィもフォーリナーなんだなぁ、なんて(笑)「すごいとこに住んでるのね...お買い物とかどうしてるの?」

思わずつぶやいたら、ルーフィは、とっても可笑しそうに笑いながら
「君って、可愛いなぁ、ほんと」

って、そういわれると
悪い気はしないけど、でもそんなに可笑しいかしら。

午後の草原、でも不思議な光景。

平らな無人島に、草がいっぱい。

周りは崖。

端っこに、岩山みたいなお城がそびえてる。


こんなところに住んでいて、淋しくないのかしら。
あ、そうだ。テレビ映るのかな...


ルーフィに聞いてみようかな、と思ったけど

気づいた。ここはどこか遠くの時空間。

ひょっとしたら200年前かもしれない。


そう思うと、古城がとても威厳を構えているように見えちゃって。


足を踏み入れるのが少し怖い。でも、

「さあ、行こうね」

と、るーふぃはすたすたと歩いて行く。

後ろ姿もとっても素敵ね、なんて思いながら
でも、魔法の絨毯で行く訳じゃなくて
歩いてる魔法使いって、ちょっと可笑しいな、なんて思ったりもした。


その、お城の中はひんやりとしていて。

どことなく、人のいる気配が感じられない空間だった。

大きな、とてもおおきな
エントランスを歩くと、靴音が響いて、帰ってくる。
跳ね返る音にまた、残響が響く。でも、岩肌をくり抜いたような階段と、壁の雰囲気は
どこか、見覚えがあるような気がする。


どこだったかな...

あ、そうだ。編集部の入り口。

「ねえルーフィ、ここって編集部に似てない?」

と、なんとなく尋ねてみる。

彼は、振り向いて

「うん、そういう事ってあるんだ。全く違う時間、空間に似たような所があったりする。
つながっていたりするんだよ。」


...まさか。あの編集部がお城?

愉快な想像に、わたしは笑顔になった。


じゃあ、編集長は魔法使いさんかしら。

なんとなく、ほんわかしてるところは
魔法使いさん、って言うよりは中華の仙人みたいだけどな。


にこにこしながら、わたしは階段を昇ってゆく。

ごつごつした岩肌は、長い年月に触れて風化している。

階段の途中、大きな扉はくすんでいたけれど
スムーズに開き、その扉の向こうには
スクリーンで見たのと同じ光景。でも、岩肌をくり抜いたような階段と、壁の雰囲気は
どこか、見覚えがあるような気がする。


どこだったかな...

あ、そうだ。編集部の入り口。

「ねえルーフィ、ここって編集部に似てない?」

と、なんとなく尋ねてみる。

彼は、振り向いて

「うん、そういう事ってあるんだ。全く違う時間、空間に似たような所があったりする。
つながっていたりするんだよ。」


...まさか。あの編集部がお城?

愉快な想像に、わたしは笑顔になった。


じゃあ、編集長は魔法使いさんかしら。

なんとなく、ほんわかしてるところは
魔法使いさん、って言うよりは中華の仙人みたいだけどな。


にこにこしながら、わたしは階段を昇ってゆく。

ごつごつした岩肌は、長い年月に触れて風化している。

階段の途中、大きな扉はくすんでいたけれど
スムーズに開き、その扉の向こうには
スクリーンで見たのと同じ光景。そのお部屋は、スクリーンで見たのとそっくり。

「そっくりだわ」と思わずつぶやくと

ルーフィは楽しげに「そうさ、だってそのままだもの」と。
にっこりと笑った。

部屋は、サッパリ、なんにもない。

映像で見たベッドと、ライティングデスクのようなテーブル、書架。

魔術書、呪術書、歴史書、予言書、占星術書。
物理学書。

「いろんな本があるのね」何気なく、読みかけの本を見ると
それは、歴史民族に関わる予言書だった。

時間操作の方法論、かしら。
フランス語で書かれてるから、よく解らない。

「これを読んで、眠りに入ったのかしら」とわたしはひとりごとみたいに言う、彼は「そうかもしれないね。現実に流れている時間から退いた、とすると」



眠っている魔術師は
ルーフィみたいに涼しい雰囲気の美形で
思わず、頬を寄せたくなるような(笑)。

なんとなく、お伽話みたいに
ふらっ、とkissすれば目覚めるかな?

なーんて、ちょっといたずらしたくなりそうな
そんな感じ。


ルーフィは、見透かしたみたいに
「kissしても、起きないよ、たぶん」


なんて言うから、わたしはちょっと戯れに「こないだ、kissしてみたらって言ったじゃない」って
言おうかな、と思って
ルーフィに振り向いた。


でも、言わない方がいいかな。(笑)

ルーフィは、真面目な瞳だった。



「眠る前の時間に旅行して、ご主人様の眠りを止める事ってできないのかしら。」
わたしは、ひとりごとみたいにそう言った。

でも、ルーフィは真面目に「うん、僕もそう考えた。最初にそうしてみたんだけど、彼の意志が固かったし、魔法の力が強すぎて
僕じゃどうしようもなかったんだ。それで、誰かの助けが必要だと思って
さ迷っていたら、君に出逢った、と言う訳。」

ルーフィは、冷静に深刻な話をした。ご主人様の事を彼、と呼ぶあたりは
意外にFriendlyな関係なのかもしれないな、と
わたしは思った。

ふつうの英国的風習なら、古来の階級制的な感覚が残っているから。「いつまで眠っていられるのかしら」ふと、ひとりごとのように私が呟くと
「うん、彼は魔法使いだから...たぶん、代謝を極端に下げてるはず。自分が意図する時まではね。」

「魔法使いって不死身なの?ずいぶん若く見えるけど」

見た感じ、ルーフィより若く見えたりもする。

「うん、ほら、時間旅行をするって事はね、物理時間とは関係なく生きてるんだね。」


そういえば、魔法使いって絵本だとずっとおばあさんだし。生まれた時からおばあさんだったのかなぁ、なんて思った。


「たとえば、夢の中なら時間はないよね?いつまでも眠っていたいって思う事あったりする。それと似てるかな、魔法って。」

ルーフィは、説明しにくそうにそういう。

「じゃあ、彼の夢の中に入れば何か解るかしら」


と、ルーフィに振り向いてわたしは言う。彼は
「夢の中に行く魔法があればね」と
微笑みながら両手を振った。


じゃあ、どうすればいいの?と、わたしはふと閃いた。

flash☆☆見る前に跳べ、って
古い格言みたいに(笑)
とりあえず跳んでみた。

どうしてかわからないけど行ってみたい、そう思ったから。

光が川のように流れ、褶曲している。
煌めいているみたい。

触れてみたい。そう思ったけど
なんとなく、触ってはいけないものみたいに感じた。


「そう、un-touchable」

roofyは、気づくとすぐそばにいた。

緊張していた気持ちが、さらり、と解れ
わたしは、自然に彼にもたれた。


「ここ、どこ?」

さあ、どこかな、と
彼はふつうに答えた。

そのことばより、とても近くにある彼の温もりの温かさで
ここが夢の中じゃない、そう思った。

触れてはいけない、そう彼が言った光の川よりも
わたしは、何か触れてはいけないものに触れてしまったような、そんな気がした。
「この光の川...なんだか」
と、わたしはきらきらしている水面を見て。


「うん、それは時間量子。ひとつひとつがね、時刻なんだ。褶曲してるのは、たぶん時間が歪んでるところ」

と、ルーフィは涼やかに答える。


「じゃあ、時間旅行してる、ってところ?」
と、わたしはルーフィを見上げて。
彼はとっても背が高いな、って
間近で見ると特にそう思う。

最初に、お屋根の上で逢った時も
そうだったけど、あの時は座っていたし。

お屋根から落ちる時だったから
感じてるゆとり、なかった。


ルーフィは、川を見ながらつぶやくように
「そうかもしれないし、夢を見ているのかもしれない。」



「夢?」




「うん、夢を見ている間って、時間も空間もないよね」


わたしは納得。そう、夢って自由きままで
どんなところにもいけちゃうし。いいなって。
でも、ふと気づく。
これが、ルーフィのご主人様の時間に影響している
時間量子の流れで、褶曲しているところ、淀みが「夢」だったら..

反射的に、わたしは淀みのひとつに近づいて。

思いの外深くて、なにか
吸い込まれるような感じがして

わたしは、ふらり、と
淀みのそばに...




「あぶない!」
ルーフィが大きな声を出して
我に帰ったわたし。
でも、遅かった。


burn!☆
spark☆

すごい閃光と炎が上がった。

わたしを助けようとして、ルーフィが
時間量子の流れに飛び込んで。

それからは、わからない。
煙と炎で、どうなっているのかも。

「ルーフィ、ルーフィいーっ!」わたしは、力の限り叫んだ。

でも、無限大空間の果てに、虚しくその声は消え去った。ゆらり、と
遠くからひと影。

「ルーフィ、ルーフィなの?」

わたしは尋ねる。叫んでいたかな。もう、わかんない。


残念だけど、と静かに告げたその人は...涼やかな瞳、すらりとした長身。

「あ、あなたは!」

眠っていたルーフィのご主人様だった。

ルーフィが御面倒を掛けまして、と
若々しいイケメンに似合わない老練な挨拶をした。
そんな所は、やっぱりイギリス紳士らしい。でも、
どうしていきなり起きたの、と思わずわたしは聴いた。

「ルーフィが無謀にも、時の淀みに飛び込んだから」

と、彼はさっぱりと答えた。


じゃ、ルーフィはどうなったの?と、わたしは反射的に詰問口調で。

「いや、わからない...たぶん、どこか遠い次元に飛ばされた...か。」


「か?」
わたしはすこし、苛立った。
あまりに冷静なので。
だって、自分の召し使いが居なくなった、と言うのに。

すこし怖い顔になったのか、わたしを見る彼の視線が少し、変わった。

「それか、消滅したか」


消滅って...死んじゃったってこと?そんなのないよ、そんなのって。だっって、せっかく仲良しになれたのに....

思わず、涙が零れた。

もう、どうでもよくなった。


「大丈夫、ルーフィは帰ってくる。魔法使いだからたやすく死にはしない筈さ。咄嗟に時間を飛ばしたかもしれない。時間量子の流れの中で。だから、時間エネルギーが反発しあってどこかへ飛ばされたのだろう」

科学的に、ルーフィのご主人様は答えた。でも、優しい声で。
泣いている私を宥めながら。なぜ、眠ったりしたの?とわたしは、尋ねた。


彼は、静かな声で「そう、未来を変えようとしたけれど、私の力不足だった。
時間エネルギーに変化が起き、人々は自然な時の流れを忘れた。
意味なく急ぎ、苛立ち、争い。それは、自然な時間エネルギーの存在を忘れてしまったから....」


わたしは思う。そういえば、ルーフィに出会う前はそんな事もあった。理由なく焦り、苛立ち、誰かに当たり。

都会に住んでると、そんな事もある。いや、それが普通かしら。


だけど、ルーフィに会って、優しい気持ちに戻れた。自然な時間を思い出した。
苛立ったって、焦ったって1分は同じ、そうだもの。


彼は、語る。
「それは、自然エネルギーの存在が弱まって
人々が人工的なものに傾倒していったからなんだ。ノストラダムスは、それを恐怖の大王が空から降る、と言い
ジョン・レノンはそれをイメージしてごらん、愛が必要だ、と歌った」


そうだったんだ、とわたしは思った。

彼らも時間旅行者だったから、それを伝えようとしたんだ....「だけど、眠っちゃったのはどうして?」

わたしは、思わず。

彼は、ちょっと困ったように「うん、なんとか未来を変えようとしてね。その方法論を見つけに。それは簡単だった。」

わたし、ちょっと拍子抜け。「簡単なの?!」


彼、ルーフィのご主人様はちょっと困ったみたいに告げた。「うん、稚な心で生きていけばいいのさ。ほら、幼い頃って自由自在で、時間に囚われないでしょう。」


そういえば、そんな気もする。ちっちゃい頃は時間が早く感じたり、遅く感じたり。でも、大人になってから
何かに追われるようになって....


彼は、唐突に言った。「それは、損得みたいなものだったり、欲だったり。いずれにせよ、自然に崇高なる時間エネルギーを阻害するものさ。気付いた人々は自然に回帰していった...けれど。」

彼は、淋しい表情をして。
「でも、それに囚われる人々ばかりさ。不思議さ。損得、得したらその利益で豊かになれればいいけど。みんな損得だけに囚われてイライラするのさ。短い時間で多く仕事しようとして失敗したり。それを変える魔法は見つからない....」「じゃあ、方法論は簡単でも変えられないってことなの?」わたしは、ちょっと不思議に思って。


彼、roofyのご主人は
ごく普通にそうさ、と言いこの、不思議な無限大空間の果てへと視線を泳がせ「簡単な事なのに、変えられない、なんてよくある事だね。ミヒャエル・エンデがね、時間泥棒、なんて例えたみたいに。」

わたしはちょっと苛立った。だって、roofyがいなくなっちゃったって言うのに。ご主人様は淡々としてて。「あの...Roofy、彼のことが気にならないんですか?」

わたしは、すこしキツイ言い方だったかな、と
言ってしまってから後悔した。


ご主人は、静かな表情のまま、頷いた。
「うん、気になるさ。でも、彼は一人前の魔法使いなんだ。
自分でなんとかするだろうし、そうできるからこそ
身を挺して君を救ったのだ、と思う。
無鉄砲に飛び込んだんじゃないだろう。」





わたしは、恥ずかしくなった。

そう、ルーフィはわたしを助けるために
どこかに行ってしまった。

それなのに、ルーフィのご主人様を
悪く思ったり。

わたしって、嫌な子....


「ごめんなさい、あの、わたし...。」

と、言いかけた時、ルーフィのご主人様は
涼やかに微笑んだ。


「そう、でも、眠ってしまっていた私が一番悪いのさ。
そのせいで、ルーフィが困ったんだから。
やっぱり私の責任だ。」





優しいな、と
わたしは、ルーフィのご主人のことを
そう思った。


どこか冷たい人、って
そんな風に誤解していた。


そんな自分が、また恥ずかしくなって。
「あの、わたし、何かできる事ないでしょうか。
ルーフィを助けに行きたいんです!」「そうだね....どうしたらいい、と思う?」



ご主人は、静かにそう告げた。



そう聞かれて、ちょっと困った。

時間量子の流れ、それに触れてはならないものに
ルーフィは飛び込んで、そして消えた。
強いエネルギーが弾けて,飛んだ。





...時間の流れ、次元。

「ルーフィは、どこか違う次元に行ったのでしょうか。」

と、わたしは呟くように、彼に尋ねた。


「そうだね、君が念じてみれば、答えは見つかる筈。
いつも、そうだったんじゃないかな?」



ルーフィのご主人はにっこり。

その瞬間!


spark☆!






わたしは、思いがけずに
どこかに飛ばされた。

さいしょに、昔のフランスに飛ばされた時みたいに。

でも、こんどはルーフィはいなくて
わたしひとりだったから

ちょっと怖かった。


こころの中で、ルーフィの姿を思い浮かべた。

きっと、会えるでしょう、そう思って。





つよいひかりが歪んでいるような
川の流れを見下ろしながら

暗い空間を飛んでた。

そんな感じ。


よく見ると、その光の川は
ちいさな、つぶつぶだった。





..そう、ルーフィが言ってた。

「時間量子」。

その川なんでしょう。



ぜったいに、触れてはいけないと彼は言ったのに。

わたしの、ぼんやりのせいで。


ルーフィは、どこかに飛んでいってしまった。


かなしくなった。

泣きたいわけじゃないのに、涙が頬を伝った。





恥ずかしくなった。


ちいさな子みたいに、泣いていて。

わたしのせいでルーフィが怖い事にあったのに
ルーフィのご主人様を怒ったり。


わたしって、なんてひどい子なんだろうと

思い起こすと、とても恥ずかしくなった。

顔があかくなった。「そんなことないよ、君はとってもすてきさ、Meg」

びっくりしたわたしを、背中からふわりと抱きとめてくれた

温もりにふりむくと、空間を漂いながらルーフィはWink。



「ルーフィ!無事だったの。」


わたしは、振りかえりながらルーフィを見た。

夢じゃない。幻想でもない。

やさしく抱きとめてくれている彼。

涙がぽろぽろ、とこぼれた。


どうしてかわからなかったけど、泣いてた。






「....初めて。」つぶやいたわたし。


「なに?」と、ルーフィ。


「....だって、わたしの名前、呼んでくれたの。」


「ああ、そうか、ははは。君っていつも、なんか面白いなあ」

って、ルーフィはまるで、いつもの感じでそう言うの。


うれしい、よかった、けど、なんとなく


どこか抜けてるみたいで。





そんなわたしたち。いつでも、ずっと、こうならいいな。

なんて、思った、自然に。


「名前で呼んでくれて。嬉しい。」
わたし、なんとなくどきどきしてる。

どうしてか、ルーフィに名前を呼ばれると

それだけでうれしくなれる。

だって、今までは...





「君」とか「キミ」、「あの」とか

そんな感じだった。



Meg,Mergarett,だから。

ありふれた花の名前だけど、かわいいお花だし
ちょっと気に入っている。

だけど、ルーフィに呼ばれるとなんか、うれしい。どうして?


どうして、いままでは呼んでくれなかったの?って
聞いてみたい、けど

聞かないほうがいいような...気もする。「そっか、君はお花の名前だったんだね」と
ルーフィはわたしのそばで、ささやく。


急に、なんとなく恥ずかしくなって

わたしは、ちょっとルーフィから離れた。


ごめんなさい...って言った、けど

聞こえたかな、ちいさな声で。


頬が熱い。


どうしてだろ、それまで平気でルーフィのそばに居たのに

急に。

なんか、恥ずかしい。


わたしって...変な子だ。


そう思うと、もっと恥ずかしくなってくる。


ルーフィは、にこにこ。

どうしたの、Meg?って。


ほほえみ。

うれしい。

ずっと、こうしていたい。



時間を忘れてしまいそう。


....そうなんだ。



時間って、忘れること、できるんだもの....


ゆったりとした気持ちでいる、って

こういうことなんだ。


わたしは、ルーフィのご主人さまの言ったことが
わかったような気がした。


時間どろぼう、って喩えられたような
そういう人たちって。


わたしは思った。



なにかに夢中になったり、ひとを好きになったり。


そういう事にめぐりあえば.....。


イメージしてごらん、とジョン・レノンは言った。

はっきりとは分からないけど、愛をイメージして
彼は、ふんわりとした時間を思い出して、と言ったのかもしれない。


そんなふうに思った。



「あのね、ルーフィ」


彼は、微笑みながら、どうしたの?と答える。


視線を交わす、それだけでしあわせ。

逃げ出したくなっちゃう。

相反、アン・ヴィヴァレント。なんて
学校で習ったような心理用語を

こころの中で反芻しているわたし。

彼は、ただ微笑むだけ。


「そう!」

唐突に閃いたわたしを、ルーフィは予想していたように

にこにこと笑いながら。


「こんな気持ち、それが魔法なんだわ、それを忘れたくなくて、
みんな、絵や小説や音楽...そういう形で伝えるの。


それも、魔法なのね。」


ルーフィは、やさしくうなづく。


だから、みんな。

それを大切にするひとたちって、そういう時間を大切にするんだ。


時間どろぼうさんに盗まれるないように。そんな気持ちを。




「そう、みんな、そうして
自然な時間を思い出してもらおうとして、作品に願いを込めたり」

ルーフィは、ささやくように。



....いつも、そう。恋していたい。


でも、いつかは忘れちゃう時がくるのかしら。


想像すると、ちょっと怖いような。
そんな日が来てほしくないって思う。



でも、わたしもルーフィに会う前は
やっぱり時々は時間に追われたような気になったりして

早足になったり、早口になったり。



そんな時、ちょっとしたきっかけで
ゆったりとした時間を取り戻せたとき、ああ、わたしって
愚かだったのね....


そう思うときもあった。


そんなきっかけが、みんなにあるといいなって思う。
ジョン・レノンも、ミシェル・ポルナレフも。

そんなふうに思ったのかなって、ちょっと思った。
ルーフィは、囁く。

「ここは、異世界。そう、ご主人様の夢が存在する、4次元の世界に僕らは居るんだ」


そう、わたしは忘れていた。

闇の中に、時間量子、と言う粒々が流れていて。

光る、粒々で。

時折、スピードが早い粒々があったり。
流れに淀みがあったり。


「それが、4次元の証。時間量子の早いものは、それだけ時間を逆転して進んでる事になるんだ。ニュートリノが光の速度を超えた、と3次元の世界で話題になったように」
ルーフィは、科学的に答える。


そうなんだ、と
わたしは思う。

ここへ来て解った事は、ご主人様は未来を悲観して眠りに入った、と言う事。

眠りを解く鍵は、人々が
自然な時間の流れを思い出してくれること。

今までのタイム・トラベラーたちは音楽や映画、小説でそれを形にしたんでしょう。

優しい気持ちを思い出せば、いつか、自然な時間を思い出すでしょう、と。


ルーフィは、真っすぐな瞳で「僕らは、それを過去や未来へ飛んで。みんなに優しい気持ちを思い出してもらえば、それでいいのさ」

それが、鍵?になるのでしょうか。

今はわからないけど、そうしてみよう。

わたしは、ルーフィの言葉に深く頷いた。時間旅行、長かったようでこちらの世界では夢の一瞬。

気づくと、いつもの月曜。企画会議に出席するため、お家から坂を降りて。
路面電車に乗って、編集部のある古いビルに、わたしは向かっている。

滞りなく企画会議は進み、わたしは、こないだみたいにカフェに。

と、編集長さんにまた、出会う。

「やあ、Meg,ごきげんよう」と、編集長さんは、にこにこ。

よく見ると、Roofyそっくりのぬいぐるみ(と言うか、中にRoofyがいない、ふつうの)を持って、にこにこしている。
ほっぺをふにふに、とつまんで
喜んでたり。

Roofyは、ささやく「なんとなく気分わるいなぁ、僕じゃないって分かってても」

わたしは、なんだか可笑しくなって。
笑ってしまった。

きょうも、いいお天気。


「それでねぇ、キミの企画」

編集長さんは、おどけているのか
ふつうなのかわからない表情で、お仕事の話をする。


ちょっと気づかなかったけど、
こないだ話した、SF、って事にした時間旅行のお話コラムのこと、と分かって
「はい、あの企画ですね」


編集長は、にこにこしながら
「早速、飛んで見てね」


「は?」
わたしは、あまりに突飛な
編集長の言葉に戸惑った。


編集長は、ふつうに「うん、時間旅行記者、としてライティングしてね。旅費、経費かかんなくていいでしょう」

なんて、ヘンな理解の仕方をされてしまった。

ので、時間旅行は仕事(?)に
なってしまう事になるけど....

経費どうやって落ちる?(笑)「でも、現地までの旅費は落としてくださいね」
と、わたしはにっこり。

編集長さんは、わかったわかった、と
ニコニコ。

それなら、どこだって行く!

「でもさぁ」ぬいぐるみのルーフィは呟く。

「過去や未来に行ってお金、使えないでしょ」

現実的に、それは無理(笑)
魔法でなんとかならないの?(笑)

彼は、女の子だなぁ、と
ため息(笑)。

「時間を飛び越えちゃったら、通貨だって変わってるかもしれないし。そもそもお金使う必要あるのかなぁ」って。

そっか。
お買い物したって、持って帰れないな(笑)。
でも、美味しいもの食べたりしたいし...(笑)

ぬいぐるみの格好で、ルーフィは、やれやれ。と腕組みをしてた。


不思議な縁で、こういう事になって。

時間を旅する事になった。
とりあえず過去の人々が、時間旅行をしてた、って事が分かれば。
わたしたちの仲間かもしれないし。

どこへ

でも、どこに行ったらいいんだろ、って
わたしは思う。


ルーフィは、うんうん、と頷く、でも
ぬいぐるみの格好のままなので、なんとなく滑稽で
わたしは微笑んでしまう。
魔法を解くと、あのカッコイイ彼になるんだけどなぁ。
「どうして、見られたら困るの?」


それは、お約束だからさ、と(笑)ルーフィは笑う。

お約束、まあ、プロトコールなんて言葉だと馴染めるかな、と付け加えて。



コンピューターの世界の人にお話を伺ったりすると、そういう言葉を口にしたりする。

コンピューター同士は約束事で動いている。



そういう事なのだそうだ。

機械の、未来的な通信なのに
意外と、昔ながらの約束事、なんて言葉が出て来るのは
ちょっとおもしろい。


人間同士はけっこういいかげんで
約束事を守ると言うよりは、約束事を上手く応用している、そんな感じになっていると思う。

わたしだって、取材費用を編集長さんに、さっき言ったみたいに
余計に貰ったりする。
それが当たり前だし、人間同士の約束ってそんなものだと思う。

魔法使いさんそうなのかなぁ。


ルーフィに、聞いて見ようとすると
彼は、それに答えようとする。

「魔法使い同士は、掟、って言うのかな。自然に守るね。元々魔法って微妙なものだから、心に乱れがあると使えなくなったりするんだ。だから掟破り、なんて事すると魔法に歪みが出たりするんだ。」



ふうん、と わたしは
解ったような、そうでないような気持ちで。

「恋すると、勉強が出来なくなったりするみたいな感じかなぁ」なんて、ふと思って。


ルーフィは、楽しそうに笑顔で「そうかもしれないね」と言い
ショパンが仔犬のワルツを書いた時、隣に恋の存在があって。だから軽快で嬉しそうに聞こえるね、と話を継いだ。


わたしは思う。そういえば、ショパンのお友達のシューマン、クララを奥様になさって。
いい曲を書くんだけど。

でも、ブラームスさんはクララに恋していて。
その気持ちが、曲に現れてるみたいな、そんな気がする。

約束事を守らないと、すっきりしないから
魔法使いさんは、魔法が乱れたりする。
音楽家さんは、心の動きが曲に現れる。

すっきりしないと、ダメかなやっぱり(笑)なんて。


「ねぇ、ルーフィ」
声に出して言ってみたくて。

周りに誰もいないのをたしかめてから。

何?と
彼は、爽やかな声で。
でも、見た目がぬいぐるみのままなので
ちょっと、そのギャップで
笑ってしまう。


何を笑ってるのさ、って
彼はちょっと不満げに(笑)。


早く旅に出ようよ、このスタイルは疲れるのさ、なんて。

「どこに行くの?」と
わたしは、ルーフィに尋ねる。


うんうん、と
彼は頷く。
ぬいぐるみのまんまなので
可笑しくって笑っちゃう。


あんまり笑ってると、不審人物って思われるよ、って彼は言う。


でも、可笑しいんだもの。

ちっちゃな子が、おままごとしてて
お人形さんに話かけて、笑ってたりするけど
あんな感じに見えるんじゃないかしら。


「それは可愛い子供だからで、大人の君がそうしてたら変だよ」と
彼は言う。



わたしは大人だったのね(笑)。


そんな事、思った事もなかった。

ハイスクールくらいから
ずっと、気持ちは変わってない。


でも、周りから見るとそうなのね。


「うん」と
彼は、さっきみたいに空間に円を描いた。
半透明のスクリーンみたいに、どこかからの視点のわたしが映る。

真後ろとか、斜めからとか。

カメラみたいに。


彼が、ひょい、と
それをスライドさせると
同じアングルで、ハイスクールの頃のわたしが映る。

「すごーい、どうなってるの」と、思わず声にしちゃった。

彼は、静かに静かに、と言った。


魔法だもの。


見比べると、やっぱり違ってる。


大人っぽくなってるのかな、淋しいような、怖いような...

魔法使いルーフィ

魔法使いルーフィ

  • 小説
  • 中編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. はじまり
  2. どこへ