爾今の洋洋この蛍光にあり〜夏、今宵散る蛍の光〜
翼端が海面をなぞる。
白い波濤が風防を濡らす。
すぐ脇を掠めて行く閃光。そのどれかが次の瞬間にでも僕の命を奪うかもしれない。
死ぬことは怖くない。死ぬことに怯えている奴は途中で機体の不調を偽って基地に逃げ帰った。“神風特攻隊”の文字の先に見えるのは純粋な迄の“死”のみであるから。
目の前にアメ公の無駄に巨大な空母の横腹が迫る--
“あの人”は、今此の空の下で唯死だけを見つめ“零”を駆っているのだろう。懐の手紙がかさと音を立てる。“特別攻撃隊に志願し…”癖のある字で書かれた言葉がくるくると頭の中で回っていた。
未練はない。いや、そう言えば嘘になる。もう一度“アイツ”に会いたい…。
視界が霞む。
涙?
僕は泣いているのか?
機体が残酷な刃となりアメ公の空母にぶつかる。胴体の下にぶら下げて来た弾薬が爆発し、燃料に引火した。
炎。
熱い、苦しい。
黒に塗り込められる寸前の視界にふっと映るのは“アイツ”の笑顔。まさか、“アイツ”がこんな所にいる訳がないじゃないか。ねえ…今さらだけど伝えたい。君が好きだって…。
見上げた瞳にふと深緑のプロペラ機が映ったような気がした。思わず伸ばした手を“あの人”の暖かな手が包みこむ。まさか、“あの人”がこんな所にいる訳がないじゃない。ねえ…今さらだけど伝えたい。貴方が好きだって…。
爾今の洋洋この蛍光にあり〜夏、今宵散る蛍の光〜