俺をサムシクと呼ぶサムスンへ

俺をサムシクと呼ぶサムスンへ

1 命取られるわけじゃなし


人生なんて
泣けてくるほど短くて
それでなくても 
ままならないのに

誰が頼んだわけじゃなし
自分で好んで落ちた恋

しらばっくれて
ひねくれて
挙げ句の果てに
棒にふる?

運よく
棒にふらないまでも
そんな半端な
へっぴり腰じゃ
所詮
行きつく先だって
山登りなら
2・3合目が関の山

自分で好んで落ちた恋
命取られるわけじゃなし

真っ正面から
ぶつかって
転んで怒って
ベソかいて

深呼吸したら
腹すえて
もういちど素直に 
起き上がればいい
機嫌直して 
手をつなげばいい

潔く堂々と
何度だって
そうすればいい

2人で登れば
きっと怖くない

10合目の頂上で
バンザイ叫ぶ醍醐味を
味わって
みようともしないで
何が恋だ

2 号砲


俺は 
あんたの髪を
ちょん切った

そして
マンゴームースを 
試食した

ちょん切った理由は 
いたって簡単

あんたの自慢の
始末に負えない
ラーメン頭の先っぽが
俺のボタンに 
からまったから

俺はとにかく
急いでて
おまけに虫の居所が
ほとんど最悪だったから

そして何より
運よく近くに 
手ごろなハサミが
あったから

試食の理由も 
いたって単純

突然 
髪の毛ちょん切られ
泣き寝入りして
引き下がるほど
あんたが
ヤワでも
お人好しでも
なかったから

幸か不幸か 
手製のムースを
あんたが
ご持参だったから

逆上しきった
あんたがとっさに
俺の顔めがけて迷わず
ムースを叩きつけたから

ムースだらけで
息もできない口元を
ぬぐったとたん
飛んできた 
あんたの啖呵

「手作りだから
安くはないけど
せっかくだから
タダにしとくわ
せいぜいゆっくり
召し上がれ!」

自尊心と敵愾心の
かたまりが
鉄砲玉みたいに
飛んできた

これが 
“よーいドン!”の
号砲だった

この瞬間から
今に至る
俺たちの
長い長い
戦争と平和

栄えあるその
スタートの
輝かしい号砲

威勢がよくて
挑発的で
受けて立たずには
いられない 
号砲

3 年上のパティシエ


きっかけはともかく
いやというほど味見した
あんたのムース

採用水準は
充分クリア
パティシエとしての
腕は認める

一応これでも
ソウルじゃ名の知れた
レストラン

味にうるさい
オーナーの
俺が言うんだ
自信持っていい

履歴書持って
明日来いとは
言ったけど

あれはご愛敬
いや
ムースの腹いせ
いや
必要不可欠なる
事務手続き

腹の中じゃ
とっくに決めてた

突然欠員になった
うちのパティシエ
あんたが後任だ

言っとくが
ソウルホテルの
跡取りの俺に
マンゴームースなんか
投げつけて 
無事にすむなんて
後にも先にも
あんただけ

告訴したって
当然なのに
寛大な俺は
そんな無粋な
こともせず

それどころか
あんたは
幸運にも
明日から
うちのレストランの
パティシエなんだぜ

感謝したって 
足りないくらいだ

キム・サムスン 30歳

履歴書なんか
正直 何の興味もない

俺より3つ年上か
その程度だ

それより何より 
キム・サムスンさんとやら

あんたと俺
これが初対面じゃ
ないよな?

4 背中合わせの初対面


あんたは
どうだか知らないが
俺は覚えてる
忘れようがない

今どき
拝もうったって拝めない
その
見事に派手な
ラーメン頭と
100メートル先でも
聞こえそうな
よく通るその声

あんたと俺の
初対面は
背中合わせだった

どいつもこいつも
浮き足だった
めでたいイブの
浮かれたホテルで
よりによって
背中合わせの
ロビーのブースで

あんたは
失意の失恋の修羅場
俺は
不承々々の
見合いの修羅場

イブの失恋の
愁嘆場を
あんたは
いとも気前よく
ロビーの客に
披露した

傍目には
大いに笑える
見せ物だったが
ご本人は
真剣そのもの

最大限の
礼を尽くして
2メートル後ろの俺は
振り向くのだけは
遠慮した

気配を察するには
背中でも
充分だった

「1度だって
私をほんとに愛してた?」

それでなくても
よく通る
あんたの声

ロビーの音響と相まって
そこらじゅう
全員の鼓膜に
間違いなく
突き刺さってた

だけど
あいにく
申し訳ないが

相手の男の心にだけは 
その泣き落とし
通じてなかった
賭けたっていい

あのときあんたが
未練たらしく
泣いてすがった
相手の男
誰が見たって
脈はなかった

何であんたは
察しない?

たまたま背中で
聞いてるだけの
見ず知らずの
この俺だって
わかるのに

物好きなのか
鈍いのか
気の毒なほど
いい面の皮
俺は内心
笑ってた

だけどあんたに
負けず劣らず
いい面の皮
だったのが俺

毎度 お袋の差し金で
しぶしぶ出向いた
5度目の見合い

あんたのド派手な
絶叫に
ひとり勝手に
合いの手入れた
そのときだった

怒髪天を突いた
相手の女が
俺に向かって
コップの水を
これまたド派手に
ぶちまけた

もちろん俺は
格好の物笑い

去年のイブに
あんたと俺は
不本意ながら
背中合わせで
思わぬ余興

居合わせた
あの場の客を
えらく盛り上げて
やったんだ

ホテルにギャラを
もらいそこねた

だけどあのあと
あんたはくれた
忘れようったって
忘れられない
クリスマスプレゼント

濡れねずみの俺が
そそくさと
人目を忍んで
駆けこんだ
男子トイレの
個室の奥から

とぎれとぎれに
漏れ聞こえてくる
押し殺した
不気味な泣き声

スーツびしょぬれの
不快感もどこへやら
俺は
誘われるように
ノックした

声に聞き覚えが
あったから

ゆうに7・8回は
気長に叩いたはず

狂ったような
返事と同時に
ドアが開いて
中にいたのは
もちろんあんた

イブのホテルの
男子トイレの
ひっそり奥まった
個室の中で

鬼か蛇かと
見まがうような
ふり乱しきった
ラーメン頭

マスカラ混じりの
真っ黒な涙

あとからあとから
やまない嗚咽
そしてその主が 女

ふつう
想像しないだろ

今思えば
不思議だけど
なんであのとき
俺は
吹き出さなかったろう

120%笑っていい
光景だったはずなのに
なんでだか
とにかく俺は
笑わなかった

笑いもしないで
代わりにひとつ
ためになる教訓を
教えてやった

図らずも
披露してくれた
突拍子もない
プレゼントへの
礼がてら

「男なんて
ゴマンといる
どいつもこいつも
大差ない
もしも今度ふられたら
理由なんか
訊くより先に
黙ってスネでも
蹴とばしな」

キム・サムスンさん
覚えてるか?

5 おわび行脚


ほんのご愛敬だろ

「俺がいながら
見合いだなんて
もうしばらくの
辛抱だってば
お袋だって
じき折れる」

一言
冗談言っただけ
そんなに目くじら
立てるなよ

人生最後の
見合いだっていうなら
いざ知らず

1回ぐらい
ご破算になったところで
そこまで
血相変えなくたって

わかってるってば

ちょっかい出したのは
この俺だ
魔が差したんだ
悪かった

ホテルのロビー
飛び出すなり
むくれて歩く
あんたを追って
俺はひたすら
ソウルの街じゅう
かれこれ半日
おわびの行脚

これっぽっちで
へそ曲げて
この不景気のご時世に
うちやめるって?

馬鹿げてるにも
ほどがある

わかったってば
こうしよう

お詫びを兼ねて
給料アップ
ええい おまけだ
正社員昇格

採用直後に
こんな厚遇
ふつう絶対ありえない
スタッフたちには
内緒だぞ

でもさ
俺が少々
ちょっかい出して
ぶち壊れるような
見合いなら
遅かれ早かれ
ダメになるって

とりあえず
あの手この手で
歓心買おうと
してみたものの

あんたという
パティシエを
失うのが惜しいわりには
なだめてんだか
火に油 注いでんだか

もちろん
俺のおわび行脚は
効果なんか
まったくゼロで
あんたの機嫌は
悪化の一途で

だけど
そんなことは
どうでもよかった

懐かしい
イブのホテルの
あのロビー

目と鼻の先のブースで
8度目の
見合い相手に
内心うんざり
しきってた俺

偶然見かけた
あんたの見合いは
渡りに船
格好の暇つぶし

ついつい図に乗り
調子に乗って
演技に熱も入りすぎ
挙げ句の果てが
このザマだけど

どこぞのアホな令嬢に
顔ひきつって
息が詰まって
死ぬぐらいなら

五月晴れの街ん中
あてなんかない
あんた任せの
おわび行脚

俺は断然
こっちを選ぶね

空は高くて
並木の緑は
まぶしくて
あんたの挙動は
奇想天外
おまけに発言は
愉快痛快

俺が一言
まぜっ返すたんびに
ふり返っては
突っかかる
あんたの仏頂面
拝みながら

俺はすこぶる
ご機嫌だった

ラテ代
俺に払わせといて
当てつけがましく
自分の切符しか
買わずに乗った
ロープウェー

「見合いごときに
何でそこまで
目の色変える?」と
乗るなり俺は
冷やかした

「果てしない
大海原の人生だから
舟だって
1人じゃ心細いけど
2人で行けば怖くない
だから 
どうせなら
2人で行きたい

それに
1人より2人で
漕ぐほうが
どう考えたって
はるかに速い

だから
早く相棒を
見つけたい」

こともなげに
あんたは言った

30そこらの独身女が
悟り開いた
坊さんよろしく

酸いも甘いも
噛み分けた
偉そうな珍説
ぶちあげて

だけど
何でだろう
妙にすとんと
胃の腑に落ちた

珍しく
この俺が
茶々入れもせず
鼻で笑いもしなかった

ロープウェー降りるまで
あんたの珍説
頭の中で
何度も唱えた

ゲームセンターで
分捕った
でっかいでっかい
“ブタぐるみ”

後生大事に
小脇に抱えて
日暮れの屋台で
安酒あおって
あんたは延々
説教垂れた

99.9%は
このワンマンショー
見たさが理由で

それでも
0.1%は
オジャンになった
さっきの見合いの
罪滅ぼしに

神妙に
あんたの説教
聞いた俺

変てこりんといえば
実に
変てこりんな図

「見合い
ぶち壊した詫びだ
俺が相手を
探してやるから
理想のタイプ
言ってみな」

酔ったまぎれに
水を向けたら

「キスが上手な男」

そう来たか
うらやましいご身分だ

宵の口から
街の屋台の
焼酎ごときで
クダ巻いて

だけど
意外にもそれは
話の枕

あんたは
うつろに笑んで
つけ足した

「彼です」って
親や姉たちに
堂々と紹介出来る人
「彼女です」って
親兄弟や友達に
堂々と紹介してくれる人

俺はたまらず
「それっぽっち?」

大層な返事を
期待していた
わけでもないが
とにかく内心
ずっこけた

見かけに似合わず
ずいぶんとまた
単純というか
純情というか
あまりに見事な
肩透かし
上げ足とる気も
消えうせた

シラフのときすら
どっから見たって
絵に描いたみたいに
一本気なあんたが

人目も恥じらいも
あればこそ
今にも
酔いつぶれかかってなお
そこまで
力説するからには

世の中
そんな簡単なこと
嫌がる男もいるんだな
まんざら嘘でも
なさそうだ

それにしたって
酒ぐせ悪いにも
ほどがある

足腰立たない
酔っぱらい
おぶってやったのが
運のつき

握ったブタぐるみは
バチと化し
俺の頭は
逃げない木魚

お経よろしく
拍子とりとり
イブの男を
こきおろした

俺は
そいつじゃないってば

言うだけ無駄か
殴りたきゃ殴れ

どっちみち
飲ませた俺が
馬鹿だった

タクシー乗り場が
遠かった

ほんの一瞬
イブの男に
同情も湧いた
これじゃ愛想も
尽き果てる

舌打ちしたって
始まらないけど
相手は女

泥みたいに
眠りこけてちゃ
まさか道ばたに
置いても帰れず

結局 俺は
まるまる一晩
ベッドを
提供させられた

わかってるって
酔っ払いには
罪はない

シラフのうちに
あんたの住所
聞いとかなかった
俺がうかつで
馬鹿だった

弁は立つ
けんかっ早い
酒ぐせは最悪

俺が雇った
パティシエは
ソウルじゅう探したって
お目になんか
かかれないほど

三拍子そろった
逸材だった

6 恋人芝居


「サムスン
恋人芝居しよう」

顔見てりゃ
5分に1度は
カチンと来るし

男と女なんて間柄
太陽が西から
昇ったって
あんたと俺には
縁がない

だけど
角突き合わせる
相手としては
うってつけ

ストレス発散
したくなったら
サンドバッグか
キム・サムスンだ

あんた以上の
相手なんか
男にだって
そうそういない

とはいえ
こんな胸の内
バカ正直に
明かそうもんなら
金輪際
口利かないのは
目に見えてるし

今さら
友達なんて
年じゃなし

お互い大人だ
ここはひとつ
スマートに
行きたいところ

「お袋の
性懲りもない
見合い攻勢に
いいかげん
うんざりの俺

脈もないのに
休日たんびに
見合い三昧で
懲りないあんた

いかにも
ベストコンビだろ?
礼は弾むよ」

大義名分としちゃ
悪くない

だけど
あんたのことだから
二つ返事で
のってくるとも
思えなかった

「それって詐欺でしょ?
私に片棒かつげって?
悪いけど
そんなに暇じゃ
ないのよね」

案の定
にべもなかった
のみならず

「恋人芝居?
世間知らずの
お気楽息子が
思いつきそうな
ちゃちな たわ言

結婚なんか
まだしないって
きっぱり言えば
すむものを

母親ひとり
説得できない
マザコンに
レストラン経営が
聞いて呆れる」

間髪いれずに
非難ごうごう 

しかも100%正論で
第1ラウンドは
即ゴング

でも1週間も
たたないうちに
突然降って湧いた
第2ラウンド

あんたの方から
折れてきた

もじもじするには
及ばない

一方的な
金の無心なら
いざ知らず

取引に
対価の請求は
世の常識

芝居さえ
する気があるなら
気後れ無用

500万?
二言はないな?

あんたにとっちゃ
生きるか死ぬかの
額らしい
ひきつった
その顔見てりゃ
バカでもわかる

今に見てろよ
芝居の契約
あんたに「うん」と
言わせてやるって

気ばかり焦って
思案に暮れてた
次の一手

人の不幸に
つけこむつもりは
さらさらないが
敵の方から
折れてくるなんて幸運は 
そうそう滅多に
あるもんじゃなし

棚から落ちたボタモチに
何で落ちたと
訊いてみるほど
野暮でもないが

勝手に落ちたボタモチを
食べもしないで
放っておくほど
お人好しにも
生まれちゃいない

あんたの不幸の理由にも
500万の使い道にも
興味はない

せっぱつまった
あんたの倫理観が
イカれてくれてるうちが花

きっかり500万
その場で即刻
振り込んだ

無造作に
パソコン叩いて
送金完了

-あんたの気が変わる前に-
それしか
頭になかったから

それからあんたを
引きずって行って
昼メシどきの
スタッフたちに
爆弾発言
予告もなしに
恋人宣言

レストランじゅうが
一瞬で
証人と化した

こうして
500万 用立てた
見返りに

あんたは
俺の彼女になった
そして俺は堂々と
あんたの彼氏に
おさまった

いやちがう
あんたの彼氏という権利を
俺が500万で
買っただけ

俺が失敗したオファー
勝手に
蒸し返して
きたのはあんた
無理強いなんか
しちゃいない

長いこと
この事実だけが
俺にとっては唯一の
免罪符だったはずだけど

どんなへ理屈
こねたところで
俺がしたのは
何のことはない

500万もの
“ヒモつき”の
高飛車で
姑息なナンパ

ご丁寧にも
世にも奇妙な
契約書まで
取り交わして


 <恋愛契約書>

1ヒョン・ジノンと
 キム・サムスンは
 2005年12月31日まで
 恋愛しているふりをする

2ヒョン・ジノンは
 キム・サムスンに
 スキンシップ厳禁
 但し やむをえぬ場合は
 双方合意の上とする

3二股をかけてはならない

4キム・サムスンは
 ヒョン・ジノンが
 嫌がる質問をしない

5ヒョン・ジノンは
 キム・サムスンの人格を
 尊重する

6恋愛のふりはしても
 恋愛はしない 絶対に


     以上

7 かたき討ち


証人だらけで
朝から晩まで 
衆人環視のレストラン

たまの休みに
憂さ晴らしぐらい
大した罰は
当たるまい

“情報収集”なんて
ほんの口実

共犯どうし
息抜きしたくて
あんたを街に
連れ出したのが
運のつき

慣れない男が
ケーキ屋なんかに
入って行って
ロクなことある
はずもなかった

うちのレストランに
ご予約ずみの
来週の婚約パーティー
主役ご両人と
鉢合わせた

おまけに知った
知りたくもなかった
仰天事実

フィアンセの小娘の
尻に敷かれた野郎こそ
去年のイブの
あんたの天敵

案の定あんたは
視線もうつろに
うつむいて
席を立った
見るに見かねた

奴にまみえると
そそくさと
トイレに逃げ込む
あんたの癖
イブからちっとも
変わってないな

だけど
それはそれ
これはこれ
あとでさんざん
とっちめてやる

来週の客が
奴だと知ってて
オーナーの俺に
何で隠した?

この仕事だけは
ごめんだと
嫌なら嫌と
何で言わない?

ひとり黙って
唇かんで
天敵に
塩ならぬケーキでも
贈る気か?

トイレに避難した
あんたの留守中
例のフィアンセの小娘が
俺にしつこく
せっついた

最近うわさの
彼女とやらを教えろと

主役の不在は
惜しかったけど
ここで会ったが100年目

しらじらしく
だんまり決め込む
野郎相手に
俺はとうとうと
まくしたてた

「顔立ちは
ごくごくふつう
お世辞にも
美人じゃない
ぽっちゃりしてて
スレンダーには
ほど遠い」

俺なんかが
しゃしゃり出るのは
馬鹿げてる

そんなの
百も承知のうえで
この際 奴に
どうしても
教えてやりたかった

人に何かを隠すのは
自分に自信が
ないって証拠

それに

人が何かを
隠す理由は
ふたつにひとつ

それを他人に
盗られることが
怖いから
じゃなければそれが
自分のものだと
他人に知れたら
恥ずかしいから

お宅は
どっちだったんだ?

「彼女は 精米店の三女
年は30 専門職
結婚結婚って 焦ってる」

妾や愛人じゃ
あるまいし
自分の彼女を
3年間も ひた隠し?

俺にはとうてい
理解できない

米屋の娘じゃ
聞こえが悪いか?
今いる隣の
フィアンセみたいに
がりがりに痩せて
ないからか?

それとも何か
俺なんかには
想像もつかない
高尚な理由でも
あったのか?

恋人を紹介するって
そんなに
肩ひじ張るほどのこと?

俺はこの女に決めたって
周りに
宣言するだけのこと
怖気づくような
ことじゃない

いとも簡単なこと
照れくさいけど
晴れがましいこと
少なくとも
俺にとっては

好きな男の恋人だって
周りに堂々と
名乗れない
肩身の狭さ

3年も隣に
いたくせに
1度も
想像しなかったのか?
この鈍感

周りに
紹介するしないなんて
男に言わせりゃ
“くだらない”
“たかがそれしき”

だけど
相手はサムスンだ

この女
誓ってもいいけど
1年365日
寝ても覚めても
本音ひとすじ

恋人に いや
恋人芝居の相方に
なって間もない
俺でもわかる
そのくらい

だけどお宅は3年も
“ほんとの”恋人
やってたんだろ?

いつ 何どきでも
大手を振って
歩きたがるような人間が
3年間も 顔伏せて
世間から隠れて歩けって
言われてみろ

他の女ならいざ知らず
この女が
そんな境遇に
好きで進んで
甘んじてると
思ってた?

口に出して 
抗議しないから
何にも感じちゃ
いないだろうって?

鈍感にもほどがある

日暮れの屋台で
うつむいて
ふと独りごちた
あんたの笑みが

奴への無念か
男を見る目が
なかった自嘲か
俺には今でも
わからないけど

「焦らず浮かれず
地に足つけて
努力してる
そこに惹かれる

自立したいっていうのが
彼女の口癖で
韓国一のパティシエに
いつかなるのが
夢らしい

ほら来た あいつだ
キム・サムスン」

痛快だった

ご両人の目は
あんたと俺を
行ったり来たり
度肝を抜かれた
顔してた

ところがどっこい
肝心かなめの
主役のあんたは
場の空気なんか
どこ吹く風で

男気あふれる
俺のスピーチも
見事に全部
聞き逃して
悠々のんびり
ご帰還で

これまた輪をかけて
痛快だった

もう大丈夫か?
しっかり深呼吸
してきたか?

言っとくが
俺はわざわざ
あんたをのろけた
わけじゃない
ちょこっと
かたきを討っただけ

あんたの
長い留守中に
俺は 野郎を睨みつけて
腹わた
煮えくり返ってた

頼んでもないのに
正義のヒーロー
気取りだって?

あんたなら
言いかねないな
声まで聞こえて
きそうだな

でもさ
万一
万々が一

芝居じゃなくて
もしもあんたが
俺のほんとの
恋人だったら

これはあくまで
仮定も仮定の
話だけど

サムスンあんたが
俺のほんとの
恋人だったら

人に紹介しようにも
変わり種すぎて
言葉につまって

どんなに語っても
語った気なんか
たぶんしなくて

しまいにはきっと
こう言うしかない

「とにかく1回
喋ってみろ
そしたらどんだけ
変わり種だか
ものの3分で
身にしみる」

悔しいけど
あんたとなら
何時間いっしょに
いたって飽きない

他愛ない
売り言葉に買い言葉が
楽しすぎて
止められない

大人げないとは
わかっちゃいるけど
負けられるかって
戦闘意欲が
わいてくる

人一倍
弁が立つけど
人一倍
人の話も聞き上手

これぐらいなら
請け合ってやる
ところだが

そもそもが
あんたは俺の
恋人じゃなし

契約書には
ここまで褒めて
ゴマすれなんて
条項もなし

たしかに

頼まれもしないのに
ひとりで腹立てて
あんたの肩持って
かたきまで討ってやって

今日はどうかしてる

8 甘っちょろいかどうか


意地張るなってば
無理して
作らなくたっていい

あんな
婚約パーティーなんて
掃いて捨てるほど
予約は来る

1件ぐらい断ったって
うちは潰れやしないって

よりによって
自分をふった男の
婚約パーティーなんだぜ?

その会場で
いそいそケーキを
作るような女が
どこにいる?

傷口に
自分で塩を
塗りこむような
もんだって

これほど親切な忠告も
あんたは
聞く耳持たなかった

「あんな野郎と3年も?
殊勝なこった
学習効果がなさすぎる

相手の男を
信じりゃいいって
もんじゃない

甘っちょろすぎて
話にならない」

ケーキ屋からの帰り道
俺の皮肉に
あんたは猛然と
噛みついた

地下鉄の通路だった

夕方の
ラッシュどき
肩と肩が
ぶつかるほどの雑踏で
あんたは俺を
睨みつけて
仁王立ちして
動かなかった

速射砲だった

「誰が甘っちょろいって?
1度だって
甘っちょろく
人を好きになんか
なったことない

いつだって
本気だったし
心の底から真剣だった

始まるときも
終わるときも」

じれったすぎる
そういうのを
お人好しって
世間じゃいうんだ

じゃあ訊くけど
サムスン

恋愛って
ボランティアか?
自分さえ真剣なら
絶対 後悔しないのか?

自分だけが
一方的に
義理がたきゃいいって
もんでもないだろ?

こっちがどんなに
誠心誠意 尽くしても
尽くした相手が
卑怯だったら?

こっちがどんなに
恋焦がれても
相手は
痛くもかゆくもなくて
鼻で笑って
バイバイされたら?

そしたら
ふつうの神経なら
自分を責めるし
相手を恨むし

もう二度と
恋だの愛だの
浮かれたりするもんかって
やけにもなるだろ?

ちがうか?
そんなの俺だけか?

そう言いたかったけど
黙ってた

黙ってるのは
負けを認めて
しまうみたいで
嫌だったけど
意地でも何も
言わなかった

今ここで
こんな人混みで
あんたに怒鳴って
反論したって
ただの女々しい
八つ当たり

それぐらい
俺だってわかってた

9 主賓に売ったけんか


今日 朝一番
記録が途切れた

オープンして3年

うちのレストランで
イベントがある日は
誰よりも先に
店に入ると
ずっと決めてた

朝6時
通りぬけようとした
厨房で
パティシエがひとり
もう汗だくで
大量のシューと
格闘してた

人に言うほどの
ことでもないけど
内心誇りに
していた記録

オジャンにしてくれた
張本人は
そんなこと
露も知らずに

“仕事に
私情なんかはさまない”

横顔には
そう書いてあって
話しかける
隙もないほど真剣で

遠くから
眺めて思わず
苦笑した

上等だ
心おきなく作れ

ふられた男の
ケーキぐらい
あんたなら
作りかねない

どうせなら
来た客全員
唸らせろ
それこそ奴への
最高の手切れ金

地下鉄で
思わずこっちが
のけ反るほどの剣幕で
赤裸々な
恋愛論をぶち上げて
俺を見事に
黙らせたのは
1週間前

その返す刀で
奮闘すること
数時間
あんたはとうとう
作り上げた

自分をふった
昔の男の
婚約祝いの
クロカンブッシュ

「祝婚約」の
プレート飾りも
抜かりなく

ゆうに
1メートルは
超えそうな
堂々たる
クロカンブッシュ

掛け値なしに
力作だった

なのに
作った主はと言えば
その力作を
ひっさげて
天敵に
アッカンベーしに
行くでもなく

やおら
厨房の物かげで

悪いことした
子どもみたいに
息をひそめて
ホールの主賓を
見つめてた
涙ぐんでた

-見なかった
ことにしてやれ
知らんぷりして
やるのが親切-

頭の中で
声がした

-そら見たことか
だから言ったろ
やめとけって
プロ根性なんて
きれいごと
この強情っぱりの
お人好し-

そう
言いたくもなった

-地下鉄で
あれほど偉そうに
怒鳴ったくせに
あんな男が
まだ恋しい?-

そう
訊きたくもなった

だけど
それより何より
オーナーの俺の
声がした

-早く泣くのを
やめさせろ
グズグズしてたら
今に誰かの
目にとまる-

たまたま偶然
通りかかったふりをして
どうにかこうにか
口から出たのは
結局たったの
この一言

「ケーキ 上出来だ」

パーティーを断るなり
ケーキだけでも
外注するなり

方法なんか
いくらもあった
無理やりにでも
するべきだった

あんたの向こうっ気に
あっさり負けて
いや甘えて
結局
むごい仕事をさせた

どのみち
こうなることぐらい
はなから
うすうす
判ってたのに

頑固なパティシエ
野放しにした
俺のせい
監督不行き届きの
俺が悪い

いや
俺は何度も
しつこく止めた
聞かないあんたの
自業自得

いくら考えても
堂々巡りで
ただでさえ
後味悪い
宴のあと

いきなり耳に
飛び込んできた
最高に
後味悪い
主賓の声

うちの有能な
パティシエに
いや
俺の大事な芝居相手に
こともあろうに
うちのレストランの
ど真ん中で

盗み聞きなんか
したくもないのに
いやでも耳に
飛び込んできた

今さら惜しくなったって?
今度はよりを
戻したいって?
めでたい婚約
すませた直後に
昔の女に
言い寄ろうって?

呆れて
言葉も出なかった

でも
はらわた
煮えくり返ってたのは
俺だけで

さっきまで泣いてた
カラスのあんたは
子どもでも
諭すみたいに
穏やかで

奴に渡した引導は
あまりにも
鮮やかで

俺はあやうく
物かげで
拍手喝采しそうになった

「とっくに終わった
ことなのに
あんたには
プライドの
かけらもないの?
立つ鳥は
後を濁さず
去るもんでしょ?

思い出まで
汚さないでよ」

100歩譲って
拍手するのは
我慢した

そしたら無性に
加勢して
やりたくなった

出しゃばって
気を悪くしたなら謝る

奴と俺と
ムードも最悪な 
男2人にはさまれて
あんたがあの場を
逃げ出したのは
無理もない
かえってよかった

教えてやるよ
女のあんたじゃ
できないダメ押し

痴話げんかには
男対男でなくちゃ
効果なんか
全くゼロの
ダメ押しってのが
ひとつあるんだ

「俺の女に 
ちょっかい出すな
この次は 
ただじゃすまない」

気がついたら
口が勝手に
けんか売ってた

胸ぐらまで
つかんでた

いくら何でも
相手はうちの上客で

しかも
タキシード姿の
本日の
主賓なのに

10 ピアノとワインと雨の夜


たどたどしくて
遠慮がちで
途切れとぎれな
ピアノの音

だからって
遠慮がちなら
いいってもんじゃない

耳障りで
聞くに堪えない
あのメロディは
チョップスティックス?

誰だ
こんな時間に
はた迷惑な

それに今どき
バイエル習う前の子だって
もうちょっとは
まともに弾く

宴も果てて
夜も更けて
フロアには
人っ子一人
いるはずないのに
グランドピアノに
ポツンと明かり

迷演奏の犯人は
ワイングラス
片手のあんた

いい年した女が
なんてザマ

家に帰る気
あるのかないのか
厨房のワイン
無断で勝手に
持ち出して
ホロ酔いの域も
とっくに超えて

ひとり
晴れもしない
憂さ晴らしの真っ最中

チョップスティックス
くらいでよけりゃ
教えてやる
クロカンブッシュの
ご褒美だ

意外と器用で
2度目にはもう
伴奏にメロディを
合わせてきた

もちろん指は
右も左も
人さし指
1本ずつでは
あったけど

何気なく訊いた
受け流されると
覚悟はしてた

「何で泣いた?
あんな奴にまだ
未練があった?」

「人も
人の心も
いつか変わる
それがわかって
茫然として
泣けてきた」と

酔っ払いのくせに
はぐらかしもせず
悔しそうな目で
遠くを見た

たかだか30の身空だろ
そこまで悟れば
たいしたもんだ

でも サムスン
俺に言わせりゃ
あんたは充分
恵まれてる

恨めしかろうが
悔しかろうが
自分の恋に
自分できっちり
けりつけて

その目ではっきり
結末だって
見たんだろ

それだけでも
あんたははるかに
幸せ者

ふたりして
3本目のワインを
空けるころ
あんたはポツンと
つぶやいた

サムスンという名は
大嫌い
何が何でも
ヒジンに変えると

指が動くに
まかせて弾いた
親の世代の歌謡曲

知ってるだけでも
驚きなのに
歌詞も完璧に
すらすら歌った

あどけない
声だった

それからまた
夢見心地でのたまった

テーブルの
3つ4つもあればいい
小さくても
おいしい店だと
言われるケーキ屋
開きたいって

あんたなら
じき叶えるさって
俺はあやうく
言いかけて
ワインを口に
慌てて含んで
ごまかした

俺より3つも
年上なのに
酔っぱらうと
子どもみたいで
年上なんだか
年下なんだか

あけっぴろげで
飾り気なくて
話し始めりゃ
可笑しくて

ワインも時間も
いくらあったって
足りそうもなくて

だけど
降り出した雨は
どしゃ降りの一歩手前で

どうひいき目に聞いたって
あんたのロレツは
もう回ってない

誰が見たって
もうお開きだ

おい!

いくら酔ってたって
立つ時ぐらい
足踏ん張って
しゃんと立て!

抱きとめるだろ
誰だって
男も女もあるもんか

目の前の相手が
つんのめって
よろけようかって
いうときに

それを
ありがとぐらい
言うならまだしも
モゾモゾもがいて
ふりほどく?

罰当たりな
俺は痴漢か

カチンときた

俺が支えてなかったら
今ごろ派手に
すっ転んでる分際で

頭に来たから
抱きとめた手を
放すのやめた

恋人芝居のことなんか
きれいさっぱり
忘れてた

あんまりしつこく
もがくから
こっちも妙に
意固地になって
抱きとめたまま
引き寄せた

引き寄せてみれば
意固地が高じて
憂さ晴らしと気晴らしの
おまじないを
してやりたくなった

だけど
これっぽっちの
以心伝心が
これまたえらく
難しくて

「目 閉じないの?」

もどかしくなって
尋ねたら

尋ねてるのは
俺なのに
答えもしないで

-酔ってるでしょ?-

あんたは目で
そう訊いてきた

訊くのと同時に
“攻撃は最大の防御なり”

あんたは
戦いの鉄則で来た

見事な先手で
あっけにとられて
俺は
かかしみたいで

女に不意に
キスされるなんて
1度でじゅうぶん
頭ん中は
真っ白なのに

そしたら
何を思ったか
ゆっくり
しがみついてきて

今度は堂々と
キスされた

よける気も
起こらないほど
実に
正々堂々と

ピアノの礼?
身の上話
聞いてやった礼?
あんた流の
憂さ晴らし?
それとも
ただの気まぐれ?

酔ったはずみだったって
明日になったら
言うつもり?

何せ
あんたの酒ぐせは
前科一犯
忘れもしない

弁が立つ
いつものあんたは
どこ行った?
こんなときだけ
黙ってるのは
反則だって
文句のひとつも
出かかったけど

口なんか利けないし
いつのまにか
ごちゃごちゃ御託を
言う気も失せた

あんたの腕と唇は
あんまりにも温かくて
「嘘じゃない」
そう言ってた

疑うにも
茶化すにも
あんたの腕と唇は
あまりに必死で
まっすぐだった

自惚れなら
これ以上ない
マヌケな
お笑い草だけど

嘘じゃないならいい
だまされたつもりで
信じてやる
そう言ってやりたかった

言ってやりたかったけど
口ふさがれて
返事もできず

返事の代わりに
そっと背中を
引き寄せた

求められたものを
求められたときに
返してやれること

それが単純に
うれしかった

女だてらに
キスしてきたのも
あんたが初めてなら

男の沽券も
へったくれもなく
ただ素直に
受け止めてやりたいと
思ったのも初めて

こんなに穏やかに
受け止めてやれるのも
あんたが初めてだ

少々酔っては
いるけど俺は
はずみなんかじゃ
決してない

嘘だと思うなら
思ってていいけど

こんなこと
言ったが最後
鬼の首でも
取ったみたいな
あんたの顔が
目に見えるから

だから
死んでも言わないけど

11 支離滅裂な膝枕


親族の集まりこそ
芝居の真骨頂
あんたがいなくちゃ
話にならない

そう丸めこんで
連れてきたチェジュ

こんな
ド田舎くんだりで
奴と出くわすことじたい
因果なケチのつき始め

あんたと見るや
懲りずに言い寄る
あのしつこさ
相変わらずで
恐れ入る

いいかげん
正気もどっかへ
吹っ飛んで
スーツ着たまま
取っ組みあった

取っ組みあって
おさまる程度の
腹の虫なら
苦労はない

罪もない
板ばさみの
あんた相手に
勢い余って
八つ当たり

「今後いっさい
ほかの男と
目なんか合わすな
話も聞くな
おしゃべりなんか
もってのほか」

越権行為は
百も承知

あんたが
ほかの男としゃべると
腹が立つ
それだけだ
理由もくそも
あるもんか

だけど慌てて
言い足した

「心配するな
天地が
ひっくり返ったって
あんたに惚れるなんて
ありえない

いくら芝居でも
貞操は守れ
それだけのこと
勘違いするな」

身勝手も身勝手

こんな文言
あの契約書の
どこ探したって
あるはずもなく

我ながら
支離滅裂も極まれり

「もう限界だ
何様だ
先にソウルに
帰ってやる」と

案の定
あんたはむくれて
みるみる
瞬間湯沸かし器

無理もない
はるばるチェジュまで
来てみれば
突然 狂った相方が
亭主関白
気どってみせて

あんたにしてみりゃ
堪忍袋が
もう二つ三つは
欲しいよな

だけどあんたの
これっぽっちも
人に媚びない
ただ真っすぐな
喜怒哀楽

今じゃそれこそ
俺の精神安定剤

薬屋なんかじゃ
絶対手には
入らない
俺の笑いの特効薬

他の男に
譲れるもんか

笑いたくても
笑えなかった
この3年

今じゃまるっきり
嘘みたいに
毎日が
抱腹絶倒

俺がちょっかい
出すたびに
間髪いれず
義理がたく
はね返ってくる
あんたの反応

その小気味よさに
クスッとして
その奇想天外さに
呆れて吹き出す

吹き出しながら
何とか一矢
報いてやるって
いつのまにか
躍起になってる

いきり立つ
あんたを無視して
無理やりさせた
膝枕ならぬ「腹枕」

しかも見事な
三段バラだ

寝心地は
天下一品
保証付き

人の体温って
いやらしい意味じゃなく
いいもんだ

あんたのド派手な
オカンムリぐらい
屁でもなかった

膝の上だか
腹の上だか
寝っ転がって
目を閉じたら

3年分の泣き言が
芋づるみたいに
勝手に口から
飛び出した

話すつもりなんか
これっぽっちも
なかったのに

俺の運転で
起こした事故
死んだ兄貴と兄嫁と
片や のうのうと
生き残った俺

その3日後
理由も言わずに
ふっつり消えた
俺の恋人

以来一切
音沙汰なく
その日唐突に
終わった恋

一瞬にして
俺は3人に
置いてきぼり

悔んで
絶望して
自暴自棄に
なって3年

あっという間の
3年

あんたの膝で
泣いた
親にも言わない
繰りごと言って
泣いた

あんたはただ
黙って聞いてた
童話に出てくる
モモみたいに

膝の上の
俺の頭
何度も黙って
なでてくれた
モモみたいに

サムスン

いつかいっしょに
ハルラ山に登ろう
目の前に見えてる
あの山だ

事故のあと
俺がひとりで
登った山

立ち直ってやる
忘れてやる

行きも帰りも
お経みたいに
悲壮な顔して
唱えた山

あのときは
正直ちっとも
楽しくなかった

だけど
あんたとなら
ハルラ山も
まちがいなく遊園地

ふもとから頂上まで
しゃべりどおしで
笑いどおしで
くたびれ果てるに
決まってる
それも口が

まちがいなく
足より先に
口がイカれる
賭けたっていい

そんなズッコケ登山
あんたとしてみたい

サムスン
近いうちに
いっしょに登ろう

12 どろぼうに財布預けて


恋人が
ある日突然
去った理由

間抜けな男が
3年も
惨めな自問自答して
ちんぷんかんぷん
さじ投げ果てた
その理由

当の本人
今ごろひょっこり
現れて
種明かししたく
なったとさ

ありがたすぎて
涙も出ない

恋の末路の惨めさに
3年も
のたうち回った
哀れな男の鼻先に

謎解きしてやる
感謝しろって
当の本人が3年ぶりに
ひょっこり
ぶら下げてきたニンジン

馬じゃなくたって
飛びつきたくも
なるだろう

涙々の嘘八百か
しらじらしい
開き直りか
どっちにしたって
乞うご期待だ

とにかく
真相が聞きたくて
頭は沸騰寸前だった

あんたが俺に
叫んだのは
最高に
気もそぞろで
心ここにあらずの
あのとき

「この
煮え切らない やさ男!
なのに
好きになっちゃった!
行かないでよ
この人でなし!」

ほとばしる
愛の告白か
はたまた
決闘の申込みか
判じかねる
勢いだった

ほんの一瞬
我に返った

海と山しか見えない
チェジュの
あの片田舎の
一本道で

返事しなけりゃ
刺し違えそうな勢いで
あんたは俺に
挑戦状を
突きつけた

俺はといえば
その挑戦状
あっさり無視して
その場で破って
放って捨てた

うんともすんとも
返事もしないで
止めたタクシーに
乗りこんだ

誰が見たって
敵前逃亡

それでもあれが
あのときは
俺が尽くせた
最高の礼儀

あれ以外の反応は
とうてい無理だった

今となっては
言い訳にも
ならないけど

一歩まちがえば
俺は言ってた

「これ以上俺に
どうしろって?
あんたとは
芝居なんだぜ」って

「目の前に
俺一人しか
いないのに
そこまで律儀な
演技はいらない」

「言うに事欠いて
好き?
よりによって
今の今?
嫌がらせにも
ほどがある」って

昔の恋の
謎を知りたい
一心で

あんたの捨て身の
挑戦なんか
とてもじゃないが
まともに受ける
余裕もなくて

その場しのぎに
口元まで
出かかった皮肉

鼻で笑って
言いかけて
それでも
良心の最後のかけらで
どうにかこうにか
飲みこんだ皮肉

今にも
爆発寸前の俺が
よくもまあ
すんでのところで
口をつぐんだ

能面みたいな
うつろな顔で
あんたの前から
消えただけでも
むしろ上出来
褒めてくれって
言いたいぐらいだ

ぶっ壊れた
俺の頭の
やじろべえが
あの場で迷わず
選んだのは

結局
あんたじゃなくて
昔の恋

少々昔の恋ぐらい
頭の記憶で
取り戻せるって
意地と未練が
出しゃばった

良心に照らせば
何よりこれが
最善なんだと
たかをくくって
嘘ぶいた

幼稚といえば
あまりに幼稚
単純といえば
あまりに単純

今ならわかる

あんたが俺に
食ってかかった
あの瞬間より
ずっと前から

もしかしたら
ピアノを弾いた
夜なんかより
ずっと前から

俺はもう
あんたに心を
預けてた

だから昔の
恋人の元に
戻ったつもりに
なってたのは

何のことはない
心なんか
空っぽの
のんきな頭と体だけ

出逢って
たかだか数カ月

腹立たしいけど
とっくの昔に
あんただらけに
なってしまってた
俺の心

どろぼうに
財布でも
預けるみたいに
ご丁寧にも
あんた本人に
あんただらけの
心を預けて

預けたことにも
気がつかないで
昔の恋に
戻って行った

タクシーを
降りるまで俺は
意地でも右を
向かなかった

窓いっぱいの
ハルラ山
とても見る気には
なれなかった

13 幕は下りた


胸に手を当てる
までもない

卑劣も卑劣な
敵前逃亡

チェジュであんたを
ほったらかした

合わせる顔も
ないまんま
後ろめたさか
バツの悪さか
俺は嘘まで
ついたのに

あんたがそれすら
真に受けて
家まで見舞いに
すっ飛んできた
今日という今日

男としてより
人として
なけなしの良心が
悲鳴をあげた

限界だった
白旗上げざるを
得なかった

まさか
こんなふうに
芝居の幕を
下ろそうとは

それも
俺の方から

「弁解はしない
契約破棄だ
責めを負うべきは
俺だから
500万は
返済不要」

いくら俺でも
この期に及んで
こればっかりは
誠心誠意だったけど

食うにも食らった
渾身の
平手打ち

そしてあんたは 
息もつかずに
まくしたてた

「500万ぽっちで
人の心を
買ったつもり?
私の心は500万?

ハルラ山に行こう?

まともな神経で
あれを聞いたら
誰がどう聞いたって
プロポーズ

それを
恋人でもない
女に向かって
いけしゃあしゃあと

そういうのを
世間じゃ
二股って言うの

こんな呆れた
世間知らず
好きになった私が
バカだった

好きだって
口走ったのは
取り消すから」

圧巻だった

顔じゅう
涙まみれのくせに
目をそらそうとも
しなかった

俺は
ひっぱたかれた
ほっぺたの痛さも
忘れてた

サムスン

どうしてそう
堂々と
自分の心を
相手にさらせる?

隠したり
繕ったり
したいと思った
ことはないのか?

本心を
他人になんか
見せたら最後
上げ足とられて
すくわれるって
怖くなったり
しないのか?

あんたの舌鋒は
いつだって
真っすぐすぎて
容赦なさすぎて

聞いてるこっちが
こっ恥ずかしくて
身が持たない

出逢ってこのかた
まともな返事の
ひとつもできた
覚えはないし

できた覚えも
ないまんま
今日を境に
赤の他人に戻るのが
何でだか
いまいましくて
受け入れがたくて

ふり返りもしない
あんたの背中に
これだけは言わずに
いられなかった

どの面下げてと
笑われようが
もう1回
ひっぱたかれようが
かまわなかった

「ハルラ山のことは
嘘じゃない
本気だった」

ひっぱたくどころか
怒鳴りもしないで
憐れむような目で
ふりむいて
あんたは
ポツンと
たった一言

「ハルラ山なら
彼女と行けば?」

もう
ぐうの音も
出なかった

14 ブタぐるみが喋った日


(1)

恋人芝居が
母親にばれた
こっぴどくどやされて
目が覚めたと
あんたは突然
店をやめた

根くらべなら
望むところだ
パティシエさん
受けて立って
やろうじゃないか

今にそっちから
泣きついてくるさと
腹いせに始めた
後任探し

強がってたわりに
ものの2日で
音を上げたのは
俺の方

音沙汰もない
あんたを罵り
3日後には
あんたを呼び出す
口実を探した

夜 思いついて
ひとり浮かれた
後先も考えず
電話した

もう
11時近かった

「自転車
今すぐ取りに来い
さもないと
明日売っ払う」

1か月か
そこら前
ひょんなことから
預かって
そのままうちに
置きっぱなしの
あんたの自転車

目の敵にするのも
大人げないが
使えるものなら
何でもよかった

それから 
“ブタぐるみ”は
のし代わり
もともと
あんたの戦利品

泥酔したあんたが
泊まって以来
未だにのさばる居候

目ざわりで
迷惑千万
この際こいつも
引き取ってくれ

来てくれるなんて
自信のかけらも
なかったから

それにまさか
来ないからって
ほんとに明日
売っ払うわけも
なかったから

半信半疑で聞いた
玄関のベル

入ってきたあんたは
絵に描いたみたいな
仏頂面では
あったけど
俺は内心
小躍りしてた

10分でいい
いや
5分でもよかった

冗談でも
口げんかでも
久々に
あんたと一戦
交えられるなら

救いがたく
独りよがりな
空想だった

自転車の
タイヤの空気
抜いたのはきっと
呆れ果てた
神様だ

一度くらい
懲りるまで
墓穴でも
掘ってみろと


(2)

パンク自転車
トランクに押し込んで
思いもよらない
真夜中のドライブ

家まであんたを
送るなんて
計画には
まるでなかった

ハンドル握って
はたと気づいた

自転車も
ブタぐるみも
もう二度と
手に入らない
貴重な持ち駒

縁が切れたも同然の
あんたをつつく
またとない
切り札なのに

俺は今日
自分から進んで
2つとも
手放しかけてる
悔んでももう
遅かった

おまけに
ブタぐるみ抱えた
助手席のあんたは
よそよそしくて
冗談一つ
乗ってこない

他人行儀で
押し黙ってて
あんたがあんたじゃ
ないみたいで
面くらった
居心地が悪かった

無茶苦茶な
電話一本で
真夜中に
人呼びつける
非常識

罵りも
怒鳴りもしない
あんたが妙に
恨めしかった

きわめつけに
携帯が鳴って
ムシャクシャは
最高潮

ただでさえ
勝手が違って
こんなに
てこずってるってときに
このうえ電話なんか
出られるか

無視する俺に
業を煮やして
ご丁寧にも隣りから
火に油
注いでくれた

「彼女でもない
ただの女を
助手席に乗せて
彼女からの
電話にも出ないで
そういうのをふつう
浮気っていうの」

あんたは心理学者か
偉そうに

限界だった
急ブレーキ踏んだ

あんたの家には
まだほど遠い
坂下で

ハンドル握れる
冷静さなんか
残ってなかった
頭に血が
上りきってた

トランクの自転車
手荒に下ろして
ここからは
押して帰れと
無理難題を
ふっかけた

それでも黙って
車を降りて
呆れながら
手を貸して
一緒に自転車
下ろしたあんた

今日に始まった
ことじゃない

俺の中に
醜い膿が
たまりすぎてた

自分の本心が
自分で怖くて
意地でも
隠したがるという膿

わかってたけど
怖すぎて
とても自分で
切開なんか
する気には
なれなかった


(3)

あの日のあんたの
外科手術は
情け容赦の
かけらもなくて

治療法の選択も
患者の同意も
あったもんじゃなかった

麻酔のマの字も
ないまんま
いきなりメスを
突き刺した

「私を好きだった
ことはある?

ノーならノーで
全くけっこう
正直じゃない
男なんか
私の方から願い下げ

最後だからひとつ
教えてあげる

縁もとっくに
切れた女を
急に夜中に
呼び出して
ひとりイライラ
癇癪起こして

そんなの自分から
“気があります”って
証明してるようなもの

誤解されたくなかったら
慎んだほうが
身のため」と

あんただから
わかってた
膿の状態
取りうる手段

車に乗り込む寸前の
俺の背中に
躊躇なく浴びせた
あの啖呵

あれは
あんたじゃなければ
誰もできない
荒療治

一風変わった
物好きな医者が
バカにつける
薬はないと
さじ投げかけた
土壇場で

慈悲か情けか
ダメもとか
メスの一突き
とどめを刺した

片や
腑抜けなこの患者

とっくの昔に
気づいてながら
「なんで俺が」の
一点張りで
治そうという
意志もなく

片意地はって
目をそらし
末期に近い
この期に及んで
往生際の悪いこと

不意も不意
図星も図星で
メスの一突き
よけきれず
思わずあげた
醜い悲鳴は
埒もない
最後の悪あがき

「俺があんたを
好きかって?
めでたい女もいたもんだ
夜中に電話
かけたぐらいで
大げさな
そりゃ悪かった
誤解させたね」

あんたの鼻
へし折ってやりたい
一念で
急所を突かれた
悔しさの
1%でも仕返ししたい
一念で

苦しまぎれの
捨てゼリフ
精一杯の
虚勢を張った

仕上げは
自転車に八つ当たり
力任せに蹴倒して
車で逃げた

卑怯と幼稚と
傲慢の膿を
まだ傷口から
だらだらさせて

自己嫌悪と
自暴自棄で
頭ん中は
ぐるぐる回って

どうにかこうにか
ハンドル握ってた俺が
ふと
視界の端っこに見た
白い影

助手席に
ポツンと座る
ブタぐるみ

慌てて降りた
あんたの忘れもの

ついさっきまで
手放すのを
悔やんでたのに
皮肉にも
舞い戻ってきた
因果な切り札

奴は助手席に
ふんぞり返って
したり顔で
おまけに俺を
憐れむように
のたまった

「捨てゼリフ?
黙って聞いてりゃ
笑わせる

おまえこそ
彼女にベタ惚れ
あれじゃまるっきり
自分で白状
してるも同然」

そこにいるだけで
こっちの神経
逆なでるのに

もう 顔見るのも
ムシャクシャして

奴の足
ひっつかんで
後ろのシートに
放り投げた

15 最後の膿ぐらい


(1)

俺を尻目に
意気揚々と
エレベーターに乗り込む
あの野郎

あろうことか
横にはあんた

真夜中の
ドライブ以来
ただでさえ不機嫌の
かたまりみたいな
この俺が

行くとロクなことがない 
お袋のホテルで
出っくわした
この世で一番
見たくなかった
二人連れ

あんたこそ
二股じゃないかと
負け惜しみ
丸出しで

突然仕事を
投げ出しといて
それでもプロかと
破れかぶれに
嫌味も言った

唇噛んで
睨んできたけど
あんたはもう
うんもすんも
言わなかった

契約なんて
虫のいい
虎の威借りて
得意になってた
マヌケな狐

あのころの威勢は
どこへやら

奴のとなりで
黙るあんたに
今じゃもう
手も足も出ない

万事休す

ちゃちな芝居の“元”相方は
ひとり惨めに
エレベーター降りた
奴とあんたを
中に残して

わかってる
言いがかりなんか
今さらつける
資格も権利も
俺にはない

それでも
あんたを
放したくない

絶対に
手放したくない

あんたを
他の男になんか
たとえ死んでも
渡したくない

そしたらもう
潔く
降参するしか
ないじゃないか

いいかげん
年貢の納めどき

九分九厘
縁という縁も
切れかけた
この瀬戸際で
張りとおすほどの
意地なんか
俺にはもう
残ってない

見栄と卑怯が
死ぬほど嫌いで
いつだって
本音ひとすじ
真っ向勝負を
地で行くような
豪快なあんたに
今さら意地張って
何になる?

返り血浴びるの
百も承知で
醜い膿を
えぐってくれた
奇特なあんたに
今さら俺が
とりつくろって
何になる?

降参だ
あんたが好きだ
ずっと前から

悔しくて
腹が立つほど

最後の膿ぐらい
自分一人で
始末する
あんたが見てる
目の前で

見届けてくれなんて
今さら言えた
義理じゃないから
下駄はあんたに
預けるけど

白状する
もう
取りつく島も
ないかもしれないけど

潔く
堂々と
降参する


(2)

とにかく2人で
話したかった

人目につかない
場所ならどこでも
構わなかった

取って返した
ホテルの最上階のバー

奴には力づくで
ご遠慮ねがって
血相変える
おまえの手首
有無を言わさず
ひっつかんで

無理やりバーから
引きずり出した

あらん限りの
雄叫び上げて
逃げようともがく
おまえはまるで
突然
生け捕りに
されて暴れる
野生の猛獣

俺がもし
ただの行きずりの
誘拐犯なら
あの場で即
計画は
断念してる

じゃなきゃ
こっちの
身が持たない

おまえを引きずって
どこをどう
歩いたやら

とにかく下まで
下りたこと
じたいが奇跡

俺を罵る
大音量の館内放送
やめそうもない
おまえのその口
一刻も早く
ふさぎたかった

とにかく
まともに
話したかった

下りた1階で
無理やり
そこらの脇道それて
文字どおり
口で口をふさいだ

ほかにおまえを
黙らせる方法なんて
俺は今でも
思いつかない

口げんかじゃ
とても勝ち目のない俺が
気持ちを伝えうる
たった一つの
方法だった

案の定おまえは
びっくり仰天
大暴れ

全身で抗議して
俺を突きのけて

イカれたのか
酒でも飲んだか
得意の浮気かと
まくしたてた

「イカれてない
酔っ払ってない
はずみでもない
おまえが好きだ」

まるっきり
やけのヤンパチで
誰が聞いたって
潔い白状には
ほど遠くて

最後まで
ぶざまこの上ない
膿の後始末

サムスン

おまえが好きだ
正真正銘
本心だ

ひねくれるのも
しらばっくれるのも
もう懲りた

言えと言うなら
何度でも言う
おまえがまだ
聞く耳持ってくれるなら

でもそんな自信
さらさらなかった

何を今さらと
今にもおまえが
ため息ついて
笑い出しそうで
針のむしろも
いいとこだった

「贅沢言いたい
わけじゃないけど
よりによって
なんでここなの?」

とぎれとぎれに
しゃくり上げる
思いがけない
おまえの声

ごもっとも

人目を避けて
それた脇道の
その先は
こともあろうに
去年のイブの
あのトイレ

男が女に
告白しようって
ふつう連れ込む
場所じゃない

わかってたけど
醜い膿を
始末したくて
気がついたときは
もう飛び込んでた
避難場所

トイレだろうと
何だろうと
あっただけでも
御の字だった

ごめん
弁解にもなってない

肝心かなめの
おまえの答えを
見るなり聞くなり
するまでは

空恐ろしくて
いたたまれなくて
これ以上
言葉なんか
思いつかない

力尽きたという顔で
やおらおまえは
つぶやいたっけ

「好きなら好き
嫌いなら嫌い
それだけじゃない
何がそんなに
難しいの?」

あとからあとから
ボロボロあふれて
止まない涙

今日は
いつかのイブみたいに
真っ黒じゃ
ないんだな

おまえのほっぺた
そっとぬぐって
抱きしめた

おまえは
逃げなかった
怒鳴りもせず
俺を突き飛ばしも
しなかった

これが答え?
おまえの答え?

16 サムスン嫌いのサムスン


改名
本気だったのか

なあ サムスン
「サムスン」て名前の
いったい何が
気に入らない?

音の響き?
それとも漢字?

次々生まれた
孫3人が
立てつづけに
揃いもそろって
女だったと聞かされて
おじいさんが
腹立ちまぎれに
つけたって?

おまえの삼순(サムスン)は
「三珣」だろ?
銀の器を
3つも持った
娘なんだろ?

この世にそうそう
転がっちゃいない
素敵なものを
3つも手に入れて
生きていく
幸せな娘なんだろ?

腹立ちまぎれに
つけてくれるような
名前じゃないよ
罰あたりな

お袋さんが
OKだって?

芝居の真相
知ったその日に
よくも娘を
コケにしたなと
店こわす勢いで
ねじ込んできた

あの豪快な
お袋さんが
改名許してくれたって?

冗談にも
ほどがある

人のお節介
焼く暇あったら
二股の清算の方が先って
おまえは眉を
つり上げるけど

こればっかりは
「はい そうですか」なんて
引きさがれるか

それまで
遠慮しててみろ
おまえはさっさと
「サムスン」やめて
「ヒジン」になるのが
目に見えてる

だからこれだけは
言わせてもらう

なあ サムスン
この名前
俺は大好きだ

陳腐でも
野暮でもない
何よりおまえに
似合ってる

おまえが
なりたがってる
「ヒジン」って
たしか憧れの
ピアノの先生の
名前だろ

ヒジン先生を
悪く言う気は
さらさらないし
もう一人のヒジンが
目にちらつくから
嫌がってるわけでも
決してない

忘れもしない
記念すべき
ムースの味見の
次の日だ

事務所で初めて
履歴書眺めた
あの日から
俺にとって
おまえは「サムスン」

だからこれからも
「サムスン」でしか
ありえない

それはそうと
おまえは相当
むくれてた
出逢ったころから

「サムスン」の名の
惨めさが
他人にわかって
たまるかと
むくれついでに
俺つかまえて
とばっちり

陳腐な名前の
代表みたいに
「サムシク」と当てつけて
溜飲下げた

以来おまえは
笑っても怒っても
人の顔見りゃ
サムシク サムシク

いいかげん
自分の本名
忘れちまう

でも
それが不思議と
これっぽっちも
嫌じゃない
何でだかわかるか?

そう呼ぶのが
他でもない
おまえだから
おまえの声だから
ただそれだけ

笑えるくらい
単純だろ?

女に「好きだ」の一言も
言えないような
呆れた男の
言うことなんか
気にするなって

改名でも何でも
したけりゃひと思いに
してしまえって

天国のおまえの
親父さん
言うだろうか?

いや
万一親父さんが
許したって
俺は絶対
許さない

俺が好きなのは
「サムスン」と
言う名のおまえ

それ以外は
死んだってお断りだ

17 俺が連れて下りる


おまえが
ハルラ山に
行ったって聞いた

よりによって
誕生日に
たったひとりで
登るって

聞くなり即
車と飛行機
乗り継いだ

3年ぶりの
ハルラ山
でも
素人の女の足だ
追いついてみせる

おまえはまるで
3年前の
俺そのもの

ヒジンへの
怒りと恨みで
夢中で登った
俺そのもの

だから
手に取るようにわかる

ふんぎりつけに
行ったんだろ?

もう限界だ
いいかげん見切りを
つけてやるって

それも一理

「改名なんか言語道断
サムスンがいい」の
一点張りで

いっぱしの
彼氏気取りで
偉そうに
人の悲願に
首つっこんで

そのわりに
会わせちゃいけない
女2人を
バッタリ会わせる
無神経

自業自得で
しどろもどろの本人は
それでも懲りずに
二股清算
日一日と
ぐずぐず延ばして

惚れた女の
堪忍袋が
たったひとつの
頼みの綱で

俺が女でも
愛想尽かすよ
まちがいなく

でも サムスン

この俺が
身勝手なのは
今に始まった
ことじゃなし

もう少しだけ
俺に時間を
くれないか

他でもない
おまえだから頼む

おまえに
降参したあの日
俺は決めた

もう
逃げも隠れもしない
真っすぐ受け止めて
応えると

堂々とおまえを
受け止めて
これからいっしょに
歩いていくと

だからその前に
誠心誠意
彼女の心と
向き合ってくる
とことん
許しを乞うてくる

彼女には
一生恨まれても
しかたない
憎まれて当然

じゃなきゃ
これっぽっちも悪くない
彼女の立つ瀬が
ないもんな

誰かさんを見習って
真っ正面から正々堂々
恥をさらして
詫びてくる

だからもう少し
ほんとに
あと少しだけ
俺に時間をくれないか

岩陰に
白い小さな
花が揺れてる
こんな雨でも
笑って咲いてる

サムスンを
見かけなかったか?
この道
通って登ったろ?

サムスン
今 どこ歩いてる?
無事なおまえの
顔が見たい

俺の二の舞だけは
させない
おまえは俺が
連れて下りる

3年前の
俺みたいに
ひとりで山を
下りるなんて
泣きたくなるような
心細さ
おまえに
味わわせたくない

容赦なく
腹の底から
俺に小言をぶちまける
この世で2人と
探せっこない
おまえを俺は
絶対 連れて下りてやる

もう頂上に
着いたのか
それともどこかで
追い越したのか

道中最後の
休憩所なんか
とっくの昔に
過ぎたのに
未だにおまえに
出くわさない

登る道々
雨はひどくなる一方で
イライラしながら
毒づいた

ド素人が!
天気予報ぐらい
見て登れ!

人っ子一人いない
頂上で
待つにも待った
ごたいそうな
天気だった

辺り一面ガスの海
視界は10メートル
あるかないか
男でも
吹っ飛びそうな
暴風雨

おまえを連れに
来たんじゃなかったら
頼まれたって
登るもんか

それより何より
登頂する気が
あるのかないのか
それとも途中で
行き倒れたか

いやな予感が
首もたげたころ
聞き覚えのある
悪態聞いた

遠くかすかに
暴風混じりに

目をこらした先
ガスでかすんだ
声の主は

お世辞にも
登ってるなんて
図じゃなくて
登山路わきの
柵にすがって
どうにかこうにか
這いつくばってた

やおらめでたく
登頂するなり
見えないふもとに
雄叫び上げた

サムスンやめて
ヒジンになるだの
俺とは金輪際
おしまいだの

人に
死ぬほど心配させて
よくもまあ
ぬけぬけと

おまえとわかった瞬間は 
足も萎えそうなほど
ホッとして
2時間待ったことぐらい
水に流してやるはずだった

だけど
そこまで言われて
黙ってられるか

誰がキム・ヒジンだって?
誰がお払い箱?
そんなの誰が決めた?

ガスの中から
怒鳴ってやった

18 されどハルラ山


いいかげん下りよう
日が暮れる

天下のハルラ山の
てっぺんで
こんなボロっちい
物見やぐらの
下にもぐって
夜を明かすなんて
まっぴらごめん

良かれと急かすと
やおら一発
あらよと受けたら
もう一発

雨ならぬ
ゲンコツの雨
右に左に降ってきた

ご立腹には
同情するけど
相手が悪い

昨日今日のつきあいじゃ
あるまいし
よりによって
俺に向かって
同じ手が
そうそう何度も
通用するか

問答無用
これ以上食らっちゃ
こっちがもたない
このゲンコツは
しばらく預かる

だいたい
迎えに来たのに
ふてくされるなんて
お門違いも
甚だしい

そんなら
最初っから
一緒に登れ
俺は前から
誘ってるのに

抗議の急襲
かわされて
両手の自由も
奪われて
おまえの機嫌は
台風寸前

そのわりに
俺のチョコパイ
見るなり
4つも平らげた

目の前に
何も言わずに差し出した
水筒のふた

わかめスープと
一目で察した
おまえの目元が
少しうるんで見えたのは
気のせいだったか
どうだったか

俺の顔と
わかめスープと
かわりばんこに見比べて
ぎこちなく
顔を隠して
飲んだっけ

帰りの荷物を
軽くするとかしないとか
あいかわらず
恩着せがましく
つぶやきながら

戻る道々
おまえの足に
直立二足歩行だなんて
もう どだい
無理な注文

はなっから
狂気の沙汰なんだ
山に無縁の
パティシエ女が
こんな嵐に
登ろうなんて

ふもとのホテルの
入り口に
倒れこんだ
だけでも上出来

部屋のベッドに
つき転がして
無理やり 足腰
マッサージした

痛いの痛くないの
すっとん狂に
わめき散らす
おまえの声

隣の部屋の客たちが
あらぬ誤解を
したかしないか
神のみぞ知る
ご愛敬だ

いじらしかった

いつだったか
俺が聞かせた
打ち明け話
忘れもしないで
たったひとりで
慣れない山道
登ったおまえ

一途なところは
子どもみたいで
あんまりにも
いじらしくて
追いかけずには
いられなかった

山のヤの字も
知らないおまえを
いつ来るともしれない
頂上で待った
あの2時間

手をこまねいて
安否を案じる
地獄の責め苦だったから

瀕死の
筋肉痛患者だろうが
疲労困憊
恥じらいもなく
ベッドに
ぶっ倒れてようが

とにかく無事で
今 目の前に
いることが
ただうれしくて

おまえさえあのまま
神妙だったら

少なくとも
俺の鼻先で
あの紙切れさえ
見せびらかしたり
しなかったら

俺はあの晩
あのままずっと
おまえの足を
さすってた

少しでも
痛みがまぎれて
眠るまで
さすってて
やりたかった

でも
ハルラ山の夜が
穏やかに更けるなんて
はずもなく

大変!
びしょぬれ!
一大事!と

突然リュックに
駆けよって
おまえがあたふた
取り出したもの

こともあろうに
改名認める
役所の許可書

開いた口が
ふさがらなかった

その許可書とやらは
お守りか?
山登るのに
ご利益あるのか?

そもそも
改名なんて
まだほざいてる?

俺がこれほど
反対してるのに
このわからずや!

堪忍袋も
緒が切れた

いや
やすやすと
緒なんか切らして
いるようじゃ
俺はまだまだ
修行が足りない

紙切れ
手荒にひったくるなり
びりびりに
引き裂いてやった
次の瞬間

名前に賭ける
おまえの執念
甘く見すぎた
自分の甘さを
俺は呪った

頂上の嵐なんか
かわいいもんだった

今の今まで
立って歩けも
しなかったのは
どこのどいつだ

俺の背中に
飛び乗るや
殴るわ蹴るわ
突き飛ばすわの
大盤振る舞い

もちろん豪華な
罵詈雑言の
伴奏つきで

下手するとあの晩
俺の肋骨は
1本ぐらい
折れてたのかも
しれないけど

だけど不思議と
腹も立たずに
俺は 嵐のなすがまま

たかがハルラ山
されどハルラ山

おまえにも俺にも
とげみたいに
ずっと心に
ささった山で

でも
心の底から
おまえといっしょに
登りたかった山だから

その記念すべき
一夜なら
少々ボコボコに
なるくらい
お安い御用

気がすむまで
とことん殴れ
蹴っ飛ばせ

改名も
スキンシップも
前途は
多難も多難だけど
俄然やる気が
わいてきた

あれが
キングサイズだったなんて
俺は今でも
信じてない

気がついたら
男の俺が
ベッドから
突き落とされてた

それにもちろん
あのすさまじい
乱闘以上の
スキンシップを

おまえは
あの晩
受け入れては
くれなかった

19 再会


ソウルに着いた
その足で
オープンしたての
おまえの店で
おまえのケーキを
味見するって

甘党でもない俺が
一大決心

ニューヨークからの
機内食
出てくるたんびに
断った

この2カ月
異国の街から
飽きもせず

恋しい
会いたい
顔が見たいと

女々しく毎日
書いて送った

おまえが毎日
ポストの前で
呆れた顔で
笑おうが

のっぴきならない
証拠物件
何十枚も
送りつづけて
この先
自分の首絞めようが

そんなこと
気にもならなかった

この2カ月
夜ごと
はがきを書く楽しみで
どうにかこうにか
昼間を耐えた

笑いたきゃ笑え

潔く
人を愛する
覚悟ができたら
弱みが弱みじゃ
なくなる不思議

身をもって
俺に教えたのは
おまえ

だけど
おまえとの再会が
めでたくすんなり
運ぼうなんて
逆立ちしたって
あり得ない相談

17番地の住人に
送ったはずの53枚
郵便屋だって
赤面しそうな53枚

ご丁寧にも
1枚残らず
27番地と
書いて送った差出人は

言うまでもなく
「宛先不明保管預かり」の
はがきの束を
追い越して

“音信不通の”
2か月ぶりに
飛んで火に入る夏の虫

久々の再会は
世にも笑える
悲喜劇だった

おまえの開口一番は
けんもほろろに
「お宅 どちら様?」

2か月ぶりの
ソウルの街で
逃げ回るおまえと
追っかけっこ

言われるままに
土下座もした

車で先回り
してみたものの
予想どおりの
門前払い

おまえの家の
塀の前
待てど暮らせど
なしのつぶてで

ゆうに半日
シート倒して
待ちぼうけにも
甘んじた

でもこれが
53回書きなぐった
夢を叶える代償なら
俺にとっては
どれもこれも
楽しいレクリエーション

それだけじゃない
音信不通の罪人は
半日
耳をすましてたけど

お袋さんや姉さんが
おまえをヒジンと
呼ぶ声を
一度も
耳にしなかった

発つ前
俺は言ったはず
おまえがそれほど
望むなら

もうこれ以上
反対しない
ヒジンになれと

何をトチ狂ったか
改名もせず
おまえは未だに
サムスンだった

だから俺は
大好きな子の
引っ越しが
取り消しだって
聞かされた
子どもみたいに
ただわけもなく
うれしくて

時差ボケで眠いのも
目が回りそうなほど
腹ペコなのも
ころっと忘れてた

おまえと歩く
これから先が
とてつもなく
にぎやかで
楽しくて
退屈なんか
したくたって
出来ないのは
目に見えてる

それなら
久々の再会から
とことん
もつれてくれていい
望むところだ
そうこなくっちゃ

それこそ
幸先のいい
滑り出しってもんだ

な?
ヒジンになり損ないの
“サムスン”?

倒したシートで
天井仰いで
目を閉じた

あと1日ぐらい
許してもらえなくても
俺は いっこうに
平気だった

20 手をつないで歩こう


「いいもの
見せてあげようか」

やぶから棒に
急かされて
向かった先は
大通り

バス停わきの
詩の看板

おまえはおどけて
指さした

買い物帰りに
ひょいと見かけた
足が向いては
読みに来たと

大して長い
わけでもない
3度も読めば
覚えてしまう
なのに なぜだか
足が向いたと

 ………

《愛せよ
 傷ついたことなど
 ないかのように》


 踊れ
 誰も見てなど
 いないかのように

 愛せよ
 傷ついたことなど
 ないかのように

 歌え
 誰も聞いてなど
 いないかのように

 働け
 金など
 必要ないかのように

 生きよ
 今日が最後の日で
 あるかのように

      スーザ

 ………

異議なし

一言一句
異議なしだ
スーザ氏に同感

そして
恩に着る

こいつがここに
立つ度に
あんたの詩が
叱咤したのか
鼓舞してくれたか
俺は知らない

こいつがここで
読む度に
あんたの詩に
うなづいたのか
ケチつけたのか
知る由もない

だけど
他でもない
あんたのこの詩が

俺のマヌケな
留守中の
こいつの支えで
いてくれたこと

心の底から
恩に着る

なあサムスン

一言言わせて
もらえれば

俺だったら
偉大なあの詩に
無礼を承知で
最後に一節
つけ加えるね

宣誓のつもりで

おまえと
俺とが
この先ずっと
こうありたいって

“歩け
 怖いものなど
 何もないかのように”

人間は
いつか死ぬって
わかっていても
生きるだろ?

それだったら
勇ましく
大手を振って
堂々と 
歩いたもん勝ち

だろ?

今日もいい天気

サムスン 歩こう
手をつないで 歩こう

俺たちのことだ
これからだって
飽きずに
しょっちゅう
けんかもするさ

腹が立って
どっちかが
いやどっちもが
手をはなすことだって
しょっちゅうあるに
決まってる

だけど
これだけは言っとく

いつだって俺は
いっしょに歩く

知らんぷりして
先に行ったり
行きたきゃひとりで
勝手に行けって
しらばっくれたりなんか 
二度としない

胸がすくほど
真っすぐな
おまえの隣に
潔く
堂々と
俺も立っててやる

そして
いつだって隣で
いっしょに歩く

すねようが
ぐずろうが
むくれようが
駄々こねようが
そんなこと
知ったことか

そのときは無理やり
手を引っぱってでも
どこまでもおまえと
いっしょに歩く

階段も
山道も
どこまでも

だから
覚悟しとけ


     <完>

俺をサムシクと呼ぶサムスンへ

俺をサムシクと呼ぶサムスンへ

人生なんて 泣けてくるほど短くて / それでなくても ままならないのに / 誰が頼んだわけじゃなし / 自分で好んで落ちた恋 / しらばっくれて ひねくれて / 挙げ句の果てに 棒にふる?

  • 韻文詩
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-27

Copyrighted
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  1. 1 命取られるわけじゃなし
  2. 2 号砲
  3. 3 年上のパティシエ
  4. 4 背中合わせの初対面
  5. 5 おわび行脚
  6. 6 恋人芝居
  7. 7 かたき討ち
  8. 8 甘っちょろいかどうか
  9. 9 主賓に売ったけんか
  10. 10 ピアノとワインと雨の夜
  11. 11 支離滅裂な膝枕
  12. 12 どろぼうに財布預けて
  13. 13 幕は下りた
  14. 14 ブタぐるみが喋った日
  15. 15 最後の膿ぐらい
  16. 16 サムスン嫌いのサムスン
  17. 17 俺が連れて下りる
  18. 18 されどハルラ山
  19. 19 再会
  20. 20 手をつないで歩こう