*星空文庫

あたシープと後藤ライオン

玉置こさめ 作

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少し不思議な百合SSです。
一口サイズで召し上がれー!!

秘密があるのと、後藤は言った。

梅雨で、肌に湿気がまとわりつく午後。
中間試験が終った直後で、みんなでどっか行こうかなんて話してた。
けれど、後藤はすぐ前の席のあたしの背をつつくと、お願いあるんだけどと小さな声で告げた。

後藤はひょろ長くて、けれど陸上をやっているせいでやけに筋肉質で、しかも髪を短くしている。
少年のようにも見える。

あたしは背も低いし髪も長いし、部活なんかやっていないしでだらしない。
なるべく部屋にいたいタイプなので、前後する席で二人で話していると、やけにまわりに注目される。たぶん、あまりに共通点が少ないから、何を話しているのか不思議なんだろう。

共通点は、ある。
あたしも後藤も同じソーシャルゲームにはまっている。なんということのないオンラインのカードゲームだ。集めれば集めるほど、主人公の女の子をかわいくドレスアップできる。

なにげなく始めてみたんだけれど、結構はまってしまって、けれど、人に言うのは避けていた。
あまり知られているタイトルでもないし、知られたらからかわれるような気がしていた。

この高校に入学したときから始めていた。
一年の間はずっと誰にも言わなかったし、ばれなかった。

けれど、二年生になって、今のクラスにあがったばかりのことだ。
自習時間で、誰も勉強していなくて、スマホをいじったり、漫画を読んだり、お喋りをしていた。
あまりに和やかな雰囲気だったので、つい、油断した。

いつも話す友達がちょっと遠い席にいるので、そこまで行ってお喋りするのも躊躇された。
だから、そっと、今のステータスだけ確認しようと思ってスマホの画面をひらいてしまった。

そうしたら、後ろから、耳元にそっと届いた。低い声が。
「それ笹崎さんもしてるの?」

世界が。
氷結した、と思った。ひゃっと声が出た。
振り向いたら、後藤が眉間にしわ寄せながらじっとこちらを見てきた。

「大丈夫、あたしもしてるから」

あたしが。
知られたことに焦って、言わないでほしいと願って、ほかの人に言われたらどうしようと疑う。
その瞬間に、そう言われた。

そのときから、あたしと後藤は友達だ。
その秘密の共有はとてもたやすく、とても便利で、とても自由だった。

ゲームでイベントが発生すると必ずユニットを組んで行動できたし、必要なアイテムを分かち合うこともできた。
何より、好きなものを教えあえる居心地のよさがあった。

そんなのがあたしたちの関係だったから、テストのあとに、一緒に帰ろう、お願いがあるから、と言われたときも、そのゲームのことだと思っていた。

後藤の家に行くのは初めてだった。学校から二駅先で、あたしの家とは一駅違いだった。
校門を出るときも、最寄り駅の改札をくぐるときも、後藤の家に向かう道でも、なかなか後藤の側からゲームの話を始めない。

「あたし、このあたりってあんまり来たことない。商店街から遠いよね」
「うん」
「おうち、大丈夫? 急にお邪魔して」
「平気。両親、夜まで帰らないし」
「そっか」
後藤がひとりっこだとは聞いていたから、あたしはかなり楽しい想像をしていた。

思い切り誰の目も耳も気にしないで、普段の喋り方でゲームのことが話せる。
テストも終ったばかりで、しばらくいじっていないから、進行具合を見ながら色色話したい。
テストの間にバージョンアップされた新しいイベントのことも知りたい。

そんな具合にのんきに構えていた。
後藤の口数が少ないのは、きっと楽しみにしているからだと思った。

ジュースとか。
お菓子とか。
コンビニで買おうかと聞いたけれど、家にあるからと言われた。

まるでヨーロッパの古い教会みたいな設えの、その建物の前に後藤は立った。
それが彼女の家なのだと気付くのに、何故か時間がかかった。
あたしに背を向けていたから。

「あ…、ここ?」

尋ねると、睨むようにして後藤はこちらを振り向いた。
「笹崎。今日、お願いがあるって言ったよね。それね、ゲームのことじゃないんだわ」
「え?」
「あのさ」
あのさ。
そう言ったきり、後藤は少し物思いに沈んでいた。

その俯いた顔に陰りが生じて、憂鬱とも諦めともつかないものが読み取られて、思わず腕を伸ばしていた。
彼女の肘のあたりを掴む。
だって。
泣きそうに見えたから。

ゲームのことじゃないっていうのは。
稲妻のようにあたしを打ちのめした。
何か彼女が打ち明けたいことが、あたしたちのこれまでの秘密に関することじゃないっていうのは。

とても、重いと予感した。それでも。

「いいよ?」

あたしはそっとその顔を覗き込んだ。

「話していいよ? あたし、平気だよ、多分」

後藤は目をあわせずに、ありがとうと返した。



こんな家があるんだ、と、思った。

小さい頃から、部屋の間取りは四角くて、隣には人が住んでいて、エレベーターで行き来する。そういうマンション暮らしが身にしみついているので、こんなお屋敷に暮らしている人が本当にいるんだ、という感じだった。

そうは言っても天井の電燈はシャンデリアではなくてLEDだし、赤じゅうたんが敷かれているわけでもない。床板はどこかのカフェのように磨かれていて、妙につやつやしている。丸みを帯びた窓の枠の姿の良さや、建具や調度品の隅々までショウルームみたいに統一されていた。

落ち着いて見えるけれども、あれこれお金がかかっていそう。
そういう下世話なことを思ってしまう。

けど、ここで後藤は暮らしているのが普通で、ここは彼女にとって環境にすぎないのだから、あんまり色色聞かないようにした。


一階のキッチンスペースの戸棚にお菓子ボックスらしき籐のかごがあって、後藤がそれを下ろす。
蓋を開くと、駄菓子がたくさん詰めてあって、好きなのを選んでいいと言われた。
あたしは、イトウのバタークッキーと、ポテトチップを選んだ。
後藤はポッキーの箱と、冷蔵庫から麦茶を出して容器ごと抱えた。

かごのなかに水色の使い捨ての紙皿も収まっていて、それはあたしが持った。

二階に向かう。後藤の部屋の前に立つ。
「これ持ってて」
「え? え?」
麦茶の容器やポッキーを渡されて、あたしは慌てる。

「あたし、持てなくなるから」
「え? あ、そっか。部屋入るもんね」
あはは。
あたしが笑うと、後藤は。
刹那、ゆっくりと目を細めて、それは睨むような表情で、けれど、口元は笑っていた。

あ、違うんだ、と、あたしは思った。

あたしの両手は塞がっている。
そうなると、制止をかけることもできないのに、後藤はどんどん服を脱ぎ出した。
「ご、ご、ごっちん?」
あだ名を呼んで、それきりあたしは声も出せなくなった。

見る間に彼女は裸になった。
同い年の女の子の裸を、学校の行事の旅行先の大浴場でしか見たことがなかった。
こんな具合にまっさらな姿を、白昼の屋内で見ることになると思わなかった。

「ああ、ごめん。でも全裸になるのは必要なの」
さらりと真顔でそう言われた。

そのまま彼女はドアノブを回した。
ドアを開いた。
「制服がね、破けちゃう」
床に落とされた衣服から裸足を抜いて、部屋に入った。

丸みを帯びた耳。
太い前足。鋼のような肢体。恐ろしい四足の生き物。

そのときの恐怖をどうあらわそう。
あたしの目の前に一頭の美しく恐ろしい雌のライオンがあらわれた。

「ど」

あたしはその場にへたりこんだ。畏れのうちに。
お菓子も麦茶も余計に強く抱きしめてしまったので落とさずに済んだ。

「ど、ど、どうして…」

泣きそうになる。
怖いというよりも、いやだ。

どうして、先に話してくれなかったの。

けれど。
その大きな瞳には原始的な生き物にはありえない知性が宿っていた。

あ、わかるんだ。
あたしのこと。

固唾を呑んで、脱力したままにも、あたしはそろっと立ち上がる。

ライオンはくるりと回転すると、尾をふった。
まるで害意はないようだ。

それどころか、部屋に入っても大丈夫と言われている気がした。

威厳に圧倒されながらも、その部屋に足を踏み入れる。

後藤であるライオンは嬉しそうに私の腰のあたりに体を押し付けてきた。
こうしてみると、大きな猫のようだ。

とてもあたたかい。
あたしは、部屋にお菓子や麦茶を置くと、しきりに体を押し付けてくるそのライオンの頭に掌を置いてみた。

そうしたら、途端に彼女の変身はとけて後藤に戻った。
それはそれで驚く。
だって、そうだろう。彼女は一糸まとわぬ姿だ。
同い年の全裸の女の子の頭に手をのせてしまった、という状況に陥り、今度は別の理由で動けなくなる。

「ありがとう、笹崎。部屋に入ってきてくれて…」

ライオンの唸るような低い声で彼女はそう言って笑った。

「あ、手は離さないでね」

後藤はあたしの手首を握りしめると、さっと立ち上がって部屋のドアのあたりまであたしを引っ張っていって、脱ぎ捨てた制服をかき集めた。

そのまま片方の手はつないだままに、タンスの前に移動する。

「簡単に言うとね。あたし、部屋にいる間はライオンになっちゃうの」

それは見たからわかる。

彼女は片手だけでタンスの引き出しを開いて下着を引っ張り出す。

片方はあたしと手をつないだまま、器用に空いた手だけでそれを身につけた。

「けれど、部屋のなかにいる誰かが…誰か、好きな人が、ふれている間はヒトに戻れるの」

「そ、それって」

ちょっと待って。

今。

突っ込みどころがたくさんあったような…

「あ、あたし」

「うん。好きなの。あなたが」

そう告げて、後藤は振り向いた。

あたしの唇に、ちゅっと何かが触れて離れた。

後藤の唇だった。

そんな。

そんなことって。

「だから、ヒトでいるためには、この部屋にいる間、ずっと笹崎とふれあっていないとならない…」

「そ…そ…」

それって、本当なら。

「そんなら、お菓子持ってきた意味ないじゃんか…」

どうしてそんな返事をしたのか、わからない。

言ったそばから、あたしは赤面した。

笹崎のえっち。

そう告げると、後藤の顔に喜色が溢れた。

しまった、と、思った。

けれど、それよりも、嬉しさのほうが。

そのあとのことは、あんまり覚えていない。

ぼんやりとしたまま自宅への道を歩いていた。

全身に残る気だるさは、独特で。

生々しくて。

マンションへ戻る。
小さい頃から、部屋の間取りは四角くて、隣には人が住んでいて、エレベーターで行き来する。そういうマンション暮らしが身にしみついている。

「ただいまあ」

「お帰り。遅かったね」

母がキッチンから声をかけてくる。

「うん…友達の家にいたの」

「あら。珍しい。お友達できたの?」

「うん」

友達だ…。

そうだよね?

それでいいんだよね?

あれ、でも。

友達同士って、あんなこと、するっけ?

今更のように、あたしの体は火照ってくる。

そう言えば、手をつないでいるだけでもよかったんじゃないかな?

あれ?

わけがわからないけれども、でも。

少なくとも、後藤はあたしの友達だ。

だって、あたしの悩みをひとつ、解消してくれた。

あたしは、部屋の前で制服を脱いだ。下着も脱ぎ捨てた。

だって、そうしないと、服が毛で膨れて苦しいから。

部屋に戻ると、あたしはそこにいる間だけの姿になる。

腕も足もとても短くて不便で、全身は毛に覆われる。

あたしは、部屋にいる間、羊になる。

中学生のとき、ある男の子に告白されたとき、お断りした。

その夜から、あたしは部屋に戻るとこの姿になってしまう。

後藤も。

同じようなきっかけだったのかな?

怖くて聞けなかった。

というよりも、そんな暇がなかった。

気持ちよくて、せわしなくて。

あんなのは初めてだった。

けれど、おかげで。

部屋にいる間の無様な気持ちを、今日の午後の後藤とのことのおかげで。

ふっきることができた。

知らなかった。

好きなひとと、ふれあっていれば、いいのか。

そうか、そうだったのか…。

あたしは役立たずの蹄を引き出しの取っ手の隙間に入れて、引っ張った。

このとき、いつも、この体としては無理な動作をしているらしくて前足が痛くなるのが少し切ない。

開いた引き出しから、口で部屋着を探って咥えて引っ張り出す。

両親はもうこのことを知っている。

そのときの愕きは名状しがたいほどの騒ぎだったけれど、警察にも病院にも知らせないでいてくれた。

そのまま大切にしてくれている。

最初は着替えも何もかも手伝ってもらっていたけれど、時間が経つにつれて、着替えを出すことくらいは自分でできるようになった。

けれど、ひとりで、この部屋で羊の姿で服を引っ張り出しているとき、言いようのない心細さを感じる。

それが昨日までのあたしだったのに、今は違った。

今は。

ひとりじゃない。

友達ができたんだ。

そう思ったら目の端に潤みを覚えて、この姿でも涙のでることを初めて知った。

今日はあんまり驚いて言えなかったな、後藤をいつあたしの部屋に招こうか、なんて考えながら。

『あたシープと後藤ライオン』

おそまつさまでした。

『あたシープと後藤ライオン』 玉置こさめ 作

少し不思議な百合SSです。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2014-06-27
CC BY

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