戦国BASARA 7家合議ver. ~桜は瀬戸内に舞う~
はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。
別物危険信号領域。
かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。
まず主な登場人物は、チカとナリと慶次。あと、チカの副将。
カップリングとしては、長曾我部元親×毛利元就。
ですが、エロシーンは一切出て参りません。
前提としては・・・。
まず、家康さんが元親さんに、こういう提案をしました。『天下人が1人じゃなきゃいけないって縛りが、戦国が終わらない元凶じゃね? 日の本を7つに分割して代表家を決め、その7家の合議で政治をしてけばいんじゃないの?』という提案です。
九州→島津家、四国→長曾我部家、中国→毛利家、近畿→豊臣家、中部→前田家、関東→徳川、東北(奥州)→伊達家、という担当になるの前提で、7家同盟が成立している状態です。
それが、『本伝の』、前提。
本伝は、その『7家合議』を実現すべく、反対派との戦を頑張ったり、
結束を深める為と称して行事を楽しんだりしてます。
今回投稿したこのお話は、アニメ未放映の13話がベースになっているのですが・・・。
例によって例の如く、オリジナル色が強いので、見てなくてもあんまり関係なく読めるかと。
要するに、織田の魔王さんを倒すべく、瀬戸内の両雄にも起って欲しい慶次さんが、2人を説得に。
元親さんは剛毅に賛成してくれたけれども、元就さんは一筋縄ではいきませんね、って話です。
こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。
チキンハートに石を投げないでっ。
それでは。
戦国BASARA 7家合議ver. ~桜は瀬戸内に舞う~
織田包囲網への、瀬戸内の参戦。その頼みの使者として慶次が訪れ、元親が受け入れてから数日が経っていた。
長曾我部水軍内部は今日も昼間から、慶次をもてなす宴で盛り上がっている。一度懐に入れた相手には何処までも胸襟を開く、元親の気風の良さがよくよく反映された集団だ。それでいてきちんとした統制もある。領民への視線を持っているのがその証拠だ。
慶次の目に長曾我部軍は、『海賊』ではなくやはり『水軍』だった。
(なのに、なぁんで同じ水軍同士で仲良く出来ねぇかなぁ・・・。)
空になった盃を弄びながら、慶次は緩く苦笑した。
中国地方の覇者・毛利元就。
本拠は安芸の国。慶次と親交深い上杉謙信、彼と同様他国を侵略する戦はしない主義だと聞き及ぶが、安芸を欲する・・・否、欲した周辺大名を悉く討伐せしめた結果、中国地方をその掌中に収めた。彼もまた、この戦国に屈指の英雄だろう。
会ったことはない。
が、情報だけなら、それなりに集めた。『他人は捨て駒』が口癖の、冷酷非情な策略家だと聞き及ぶが・・・。
これから、会いに行く。
その為に慶次はこの瀬戸内に来たのだ。元親が参戦してくれるのは心強いが、彼だけでは片手落ちなのだ。両雄が共に揃ってこそ、真の意味がある。
「よぉ、前田の。飲んでるかい?」
子分たちをからかいながら、上機嫌の元親が慶次の許に様子見に来た。片手に酒瓶、片手に盃2枚。
まだまだ飲む気満々な銀髪の偉丈夫に、慶次も喜んで盃を受け取る。
陽光を弾く銀の短髪を逆立て、くっきりした金の独眼は強い光を放つ。奥州の独眼竜とは、また違った光だ。今は濃い紫の一重を纏い、その袷からは引き締まった筋肉が見え隠れしている。
そんな元親に慶次は、かねてからの不安材料を相談してみることにした。
『こんな事』、かの御仁をよく知る者相手でなくては訊きようもない。
「なぁ元親。ひとつ訊きたいンだけどさ・・・。」
「何だい前田の風来坊。手筈に関しちゃ滞りなく進んでるぜ?」
「いや、あんたの采配に不安なんかないさ。
そうじゃなくって・・・。
毛利元就ってお人は、どんな男だい?」
何気なく口にした質問に、元親の眉が動き、金眼が細められる。
慶次は『おや?』と思った。その表情が、あまり良いモノを思い出したようではなかったからだ。宿敵なのだから当然かも知れないが、それでいて、何か・・・刀で切って捨てる訳にはいかない、何か。そんなモノを、己自身の中に見つけたような。
そんな、表情だった。
「・・・怖いのかい、これから奴に会いに行くのが。」
その表情は一瞬の事。直後にあおった盃に遮られてしまった。
からかう声音は平素のそれと変わらない。
慶次も追及はしなかった。
「交渉自体は怖くないさ。怖かどうか以前に、やり切らなきゃならない大仕事だと思ってる。
ただ・・・そこに夢吉を連れてっていいモンかなってさ。
ぶっちゃけ、元就サンは動物は好きかいって話。」
「あ?」
「元親の時は、そこは心配してなかったんだよ、俺。元親もペット飼ってるだろ? 綺麗だよなぁ、あの鳥。色鮮やかでさ。
動物好きに芯から悪いヤツなんて居やしないって、俺は思ってる。考え方の違いでぶつかり合う事があったとしても。
たとえ俺を斬って捨てたとしても、アンタは夢吉にまで酷い事はしないだろう。そう踏んで、俺は夢吉を四国の、この長曾我部家に連れてきたんだ。
でも元就サンは、動物飼ってるって話は聞こえて来ねぇ。
夢吉は猿だから、言葉で助けを求められねぇし、逃げる速度も人より遅い。元就サンにとっ捕まりでもしたら、どうなんのかなって。俺は自分が好きでやってる事だからいいけど、そこに夢吉を巻き込むのは・・・。
なぁ、アンタなら知ってるかい? 俺を斬って捨てたとして、元就サンは夢吉にも酷い事をするお人かな?」
「・・・・・・。」
「元親?」
元親は黙って慶次の盃に酒を注ぐと、自分の盃には注がぬまま胡坐の膝に頬杖をついた。
「まったくアイツぁ、どこまで誤解されりゃ気が済むんだか・・・。」
「誤解なのかい?」
ケロリと邪気もなく聞き返した慶次の・・・というか、やさぐれた雰囲気を醸す元親の傍から、潮が引くように子分たちが離れていく。皆、静かに逃げ出した、と言っても良い。
「よく聞け前田の風来坊。
まずひとつ。毛利領に夢吉を連れてっても問題ねぇ。単品で元就の前に突き出しても、野郎の通る道の上にあのサルがふんぞり返っていたとしても、無い。元就があのサルを斬って捨てるなんて事ぁ、絶対に無い。家臣連中が気ィ利かせたつもりになって夢吉を叩こうとでもしようものなら、それより先に動いて家臣連中の方を足蹴にする。つーか一刀の許に斬り捨てる。
元就はそういう奴だ。動物にはすげぇ優しいんだぜ。」
「へ、へぇ・・・。」
熱弁を振るう元親は、乱暴に盃に注ぐとその酒を一気に飲み干した。
慶次は遅まきながら気が付いた。子分たちが逃げ出した理由に、何となく見当がついた。
(コイツもしかして、話が『元就』単品になると人が変わる・・・?)
織田包囲網について話していた時には、気付かなかった。話があくまで『毛利家』あるいは『毛利家当主』についてだったからだ。
が。
話が『毛利元就』その人についてのそれになった途端、前の2つより格段に饒舌になり、そしてその内容も『いかに元就が可愛い奴か(ツンデレ的な意味で)、もとい、凄い武将か。』という事に終始しているのは気のせいか。
「でよ、アイツの武器、ちょっと特殊な形してんだけどよ、アレの初代は長曾我部の技術者が作ったんだぜ。今より仲良かった時によ。そのうち壊れちまったんだけど、そしたらアイツ、なんと自前で作っちまいやがんの。見様見真似でだぜ? 凄いだろ?
おい慶次よぉ、聞いてるか?」
「あぁ、うん。聞いてる聞いてる。」
嬉々として語るのを邪魔するのも悪い気がして、それに実際こぼれ話というのも後々役に立つかも知れないので、遮らずにそれなりに真面目に聞いておく慶次である。
それに気を良くしたのか元親の話は延々続き、慶次は夕方、副将が仕事で呼びに来るまで途切れる事無く聞かされ続ける羽目に陥ったのだった。
その夜。
慶次は自室で二日酔い防止の薬を飲んでいた。自分も大概イケる口だと思っていたが、元親の酒好きには負ける。あの酒豪っぷりの上に豪放磊落なリーダー気質。荒くれ共が『兄貴』と呼び慕う訳だ。
(よし、これで明日も大丈夫、と。)
客間の窓を開けて、空を見る。安芸の方角だ。
昼間、元親に聞かされ続けた惚気話と。
予め情報収集して組み立てておいた、自前の『毛利元就』像と。
結びつかない。全くもって・・・元親の話は、宿敵の武勲を誇るというより、身内の小さな仕草を愛でる、という趣だ。
彼は何故、『毛利元就』に拘るのだろう。
「夜分、失礼致します。前田殿、起きておられましょうや?」
「あぁ、起きてるぜ。入ってくんな。」
「はっ。」
密やかに訪れたのは、元親の副将。独眼竜にとっての右目のようなポジションだ。元親の信任は厚く、慶次との話の時にも常に彼が同席していた。
個人的に話をした事はあまり無かったが・・・どうしたのだろう。
疑問はすぐに、本人の口から解かれた。
「昼間は元親様が申し訳ありませんでした。織田包囲網に関係ないお話を延々と・・・。
周囲の者たちは既に飽きるほど聞かされております話なれば、知らぬ方にお話しするのがお楽しかったようです。
どうぞ、ご容赦のほどを。」
「いいよ、そんなの。面白かったし。」
この副将、結構な毒舌だ。
「そして、この上更に長話にお付き合い頂くのは恐縮の極みですが。
私の話も、聞いて頂けますか。」
「話?」
「我が主・元親様と・・・前田殿がこれから会いに行かれる御方・元就様との因縁話でございます。前田殿はどうやら、お2人共と深いお付き合いになる。そんな気が致しますもので。毛利領にお発ちになる前に、是非お話ししておきたいのです。」
「俺も聞きたいと思ってたんだ。
元親が話してくれた『元就』と、俺が情報収集した『元就』がどうにも結びつかない。もちろん元親が俺に嘘をつく筈ねぇのは判ってるさ。実際にどんな奴かなんて、会ってみないと判んないって事なんだろう。
ただ・・・元親は、なんだってあんなに楽しそうに『元就』を語るんだ?」
慶次の言葉に、副将は少し辛そうに俯いた。
蝋燭の炎が、元親の乳兄弟だという男の顔に、複雑な陰影を形作る。
「実は、元親様と元就様は・・・ご婚約されていた時期があるのです。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
今度こそ、言いようのない沈黙が下りた。
「・・・って、・・元就って・・・・女ぁ?!」
「違いますっ! 違います、男です! ご立派な男の方ですっ!!
前田殿、落ち着いて下さい、前田殿!!」
「うっわ、びっくりした・・・。
まつ姉ちゃんとか上杉のかすがちゃんとか魔王さんトコの濃姫さんとか、戦場に出る女の子を知らない訳じゃないから、一瞬『有り得るかも』とか思っちまったぜ。
でも本人が正式に家督を継ぐとか、出来んのかなって。」
「出来ませんっ。いや、毛利家のご家中の事は判りかねますが、少なくとも女系継承ではなかった筈です。
というか、元就様はれっきとした男性です。
我が長曾我部家と毛利家は、昔から相争うお家柄。ですが、長く休戦期間を取る事も度々ございましたし、ご当主同士が仲良くなられるケースも珍しくはございません。
元親様の父上と、元就様の父上も、そのケースでした。お2人はお若い頃から意気投合され、固い絆で結ばれた親友同士でいらっしゃいました。
争いが常態化していた両家の間を、お2人は血で繋ごうとお考えになったのです。」
「血で・・・政略結婚、って訳かい?」
「・・・酷い事を、と思われるでしょう。
ですが、結局、そのお話は実現致しませんでした。元親様にも元就様にも、女のご兄弟はいらっしゃいません。いくら男が生まれようとも、どちらか一方に姫君が生まれない事には、流石に成り立ちませぬ故。」
「あぁ、そりゃぁ、まぁ・・・。
でも、それで何で元親と元就サンが?」
「お父上方の未練、とでも申しましょうか。
長曾我部当主は、常々嘆いておられました。『毛利生まれの嫁が欲しかった。』と。『自分の娘より余程可愛がるのに。こっちにも居ないけど。居ないけどね・・・!』と。」
「・・・・・。」
「毛利家の元就様は・・・お小さい頃、病弱でいらっしゃいました。喘息を患っていらして、お医者にも『長くない』と。ご両親は長寿を願って、男名の他に女名も与えて、姫君としてお育てになったのです。ほら、他の地方にもありますでしょう。『男の子を女の子として育てると丈夫になる』という類の、よくあるおまじないですよ。
当主と正室の間に生まれた、次子。女装がよく似合う、線の細い美人。それが松寿丸様、つまり元就様。
方や当主と正室の間に生まれた嫡男。それが弥三郎様、つまり我らが元親様。姫若子などと不安がられたのも、跡取り息子と目されればこそ。
松寿丸様はお父上に付いて、幾度かこの長曾我部家にいらした事があります。それはもうお可愛らしい、将来美人確定の姫御で・・・弥三郎様、元親様は『あれが将来、俺の嫁になるのか。』と、それはもう楽しみにされて」
「ちょっちょっちょっ、ちょっと待ってっ。
男なんだろ? 両方ともっ。互いの親はもちろん、家臣たちだって男同士だって判ってたんだろ?!」
「無論です。毛利のご当主が謀っていた訳ではありませんし、書面で何か取り決めがあった訳でもありません。
ですから、未練。
『松寿丸殿が女の子だったらどんなに良かっただろうな~。婚約させちゃうのにな~。』という、周囲の人間皆の空気がお2人に間違って伝わってしまったようで。
御年4つと6つでお顔を合わせて以来、お互いが将来の伴侶なのだと、ずっとそう思っていらしたそうです。
実際、ご気性の方もよく合ったようで。とても仲睦まじいお2人でしたよ。」
「名前はっ? 『しょうじゅまる』って、バリ男名前じゃんっ!」
「健康長寿を願って付けられた、女名の方でお呼び申し上げておりましたもので。
『はるぜ』様。『花は桜木』の桜に、『風が吹く』の風、で、『桜風』姫とお呼びしておりました。
元就様のお生まれは冬で、その時既にお医者から『この子は春の桜の季節まで生きられまい』と言われていたそうです。ですから、せめて桜木の間を吹く風に当たらせてやりたい、という親心からのご命名だったそうでございます。」
「いや、その名前の由来はカッコいいんだけどね・・・。」
「元就様が4つ、元親様が6つでお顔を合わせて以来、たまに会う他は、主に文通でお心を通わせていらっしゃいました。『互いの言った事が文字になって残るから好きだ』と、元親様も元就様も、文通がお気に召しておられたご様子でした。」
「? 4歳6歳じゃ、まだ手習いなんて始めてないだろ。代筆?」
「いえ、お2人ともとても聡明な和子様方でしたので・・・互いに自筆されておられました。流石に子供らしい筆跡ではございましたが、言葉の使い方も大層しっかりしたお手紙でしたよ、特に、年下の筈の元就様のお手紙は。」
「当時から元親より頭良かったのか~・・・って、そうじゃなくっ。」
「ちなみに、松寿丸様は7歳で正式に手習いを始めるまで、ご自分のことを本当に女の子だと思っていたそうです。毛利の父君に相当な剣幕で詰め寄ったそうで、軽く修羅場だったと、元親様宛の文に認められておりました。
『だから結婚とかマジ無理だしお手紙もこれで最後ね☆』という内容で、元親様は元親様で長曾我部の父上に詰め寄ったのですが、相手にされる筈もなく。
お2人が次に会うのは、10数年後、互いの家を敵とした戦場の上。そのまま今に至る、という訳です。」
「元親の中じゃぁ、3年にも亘る初恋が、破れたんだか何だか判んないまま宙ぶらりんになってる訳か・・・。」
「元親様的には、物心ついた時から『そういう雰囲気』を感じながらお育ちになった訳ですから・・・数字でいえば『9年間』かと。
それにあの通りのご気性です。色事に関して、一途で情熱的で、浮気なんか絶対にしない、出来ないタイプ。ついでに申せば、幼い頃に刷り込まれた『桜風姫』の印象が強すぎ、女性に対する理想も高くなってしまっておいでだ。趣味といい、性格といい、才気といい、本当によく元親様を理解して下さいましたから。
これで他の女に気が向く事など、あろう筈もなく。」
「・・・・・これ、言っていいのかな・・・。
元親って、正室、居なかった?」
「・・・・・・・・・・以前、私とのサシ飲みで一言『桜風の代わりだ。』と。」
「・・・・・・・・・・・・・・あぁ、うん。言いたい事は判る。」
「前田殿ォッ!!」
「な、何だよいきなりっ。」
「どうかっ、毛利家の、織田包囲網への参戦を成功させて下さいっ、どうか私からもお願いいたしまするっ!!
大局的な意義も、勿論理解しております。
ですがそれと同時に・・・元親様のご様子が見ていられないのですっ。呼び方は『毛利』だの『毛利元就』だの『アイツ』だの言っておられますが、結局アレは『桜風』と仰っているのと同じなのです。
何とか、元親様が元就様と戦わずに済む状態にしたい。それが我らの願い。
具体的に申せば、織田包囲網という同じ枠組みの中に収まり、その流れで『毛利・長曾我部同盟』へと上手い事持っていければ・・・否、持っていきたい。持っていく!!
毛利家を支配したい訳では断じてござらぬ。
共存共栄、ぶっちゃけ、元親様が元就様に、好きな時に好きなように会いに行ける状態にしたい・・・!
それが我ら長曾我部家の、というか、元親様を兄貴と慕う子分たちの偽らざる心情。
我ら長曾我部が直接動いたのでは、まとまる話もまとまるまい事は百も承知。
どうか、第三者の前田殿の手で。
どうか、お願い致しますっっ!!!」
「わかった、お前さんの気持ちはよくわかったから、顔を上げてくれよ、なっ?」
「前田殿ぉっ・・・!」
男泣きに泣き縋る副将を、どうにかこうにか帰らせる。
最後は押し出すようにして廊下へ出した戻り際、木張りの廊下の上に色鮮やかな黄色の羽根が落ちているのを見て、慶次は音のない溜め息をついた。
そして迎えた『毛利元就』との対面の日。
会見の場に夢吉を同席させる事は、驚くほど簡単に叶った。元就の返答は『構い立ては致さぬ故、連れて来るが良い。』と。
これは意外と本題の方もイケる口か・・・? と思いきや。
慶次に一方的に話させるだけ話させて、元就自身は結局、一言も彼に声をかける事さえしなかった。傍にいた家臣に『牢へ入れよ。』と告げたきり、目もくれずに去ってしまう。
流石の慶次も、会話が出来ないのでは手の施しようがない。これであっさり万事休すかと思ったが・・・否、本当の本題はこれからだったのだ。
「あの・・・夢吉、」
ギロリ、と。
切れ長の瞳に、音がしそうな勢いで睨まれて慶次はハハハ、と苦笑して素直に黙った。
所は会見した城の地下牢。窓もない、明かりと言えば2つほどある松明きり。暖の事など思慮の外と言わんばかりのこの肌寒い場所で、慶次と元就は2度目の会談を迎えていた。
間に夢吉を挟んで。というか・・・。
「ほぅれ、南蛮渡来の『バナナ』という水菓子ぞ。
熟れ頃ぞ? 我の甘味を分けて取らす故、食すが良い。」
「キィ・・・?」
「毒でも警戒しているのか? 頭が良いの。
では我が毒見をしてやろう。我も食す故、そなたも食せ。」
「キィ・・・キキ♪」
「そうか、美味いか、気に入ったか。
では明日もまた、持ってきてやろう。」
元就の掌が、夢中でバナナを食べる夢吉の頭を撫でる。その生まれ変わったかのようなフワフワの毛並みは、元就自身の手で櫛を入れられたものだ。
問答無用で牢にぶち込んだ慶次はほったらかしで、元就は単純に夢吉を構いに来ているだけだったりする。
「何だかなぁ・・・夢吉を此処に連れて来てくれた時は、俺の話に乗ってもいいと思ってくれてるからだと思ったんだけどなぁ・・・。」
「馬鹿を申せ。そなたの如き傾奇者の与太話など、聞くに足りぬわ。
この猿だけならこんな場所に閉じ込めておくなど忍びないのだが・・・この者自身が、ここに来たがるのでな。その意思を尊重したまでの事。」
「うん、ありがとう夢吉☆
それでアンタは、俺が此処に居る間中ずっとそうしてるつもりかい?」
つまりは、仕事の合間に肌寒い地下牢まで足を運び、座る場所がないから立ちん坊で腕に夢吉を抱いたまま何十分も、毎日過ごすつもりなのか、と。
まっさかね~、と思いつつ投げ遣りに訊ねた慶次に、しかし元就はコクリと頷いた。
その妙に幼い仕草が、慶次の目に焼き付く。
「別に良かろう? そなたの方が何倍も長く共に在れるのだから。
それとより正確には『此処に居る間中』ではない。『我がそなたを処刑せぬ間中』ぞ。」
「そんなに生き物が好きだってんなら、自分で飼えばいいじゃねぇか。」
「馬鹿を申せ。我が無能なる捨て駒どもに、我が不在中の生き物の世話など務まる筈も無いわ。最初から死なせる算段を付ける位なら、いっそ飼わぬが上策というものよ。」
「・・・元親の言った通りだな。」
冷静だった表情が、やっと動いた。元就の切れ長の瞳が、更に細まる。薄茶色に松明の光が反射して、今は元親の金瞳を連想させた。
「西海の鬼か。奴が我の事を何と申したのか、聞くまでもない。」
「アンタの事を、優しい奴だってさ。誤解され易いけど、生き物にすげぇ優しい奴だって。」
「確かに、人以外の全ての生き物が好ましい。二心の無い故にな。
人間はダメだ。媚びへつらってはすぐに裏切り、偽り、殺そうとする。」
「・・・それも、元親に聞いたよ。
子供の頃、元親がアンタに贈った鳥が居たんだって? 大事にしてたのに、10歳の時の政変でアンタが殺されそうになった時、代わりに殺されちまったって。
守り役がアンタを連れ出すまでの時間稼ぎに、」
ガッ
「その話、鬼めが口にしたのではあるまい。
どうせ何処ぞの情報屋からでも仕入れたのであろう。」
「・・・当たり。」
慶次は内心冷や汗をかいた。
今、元就は腰の刀を抜き、牢の檻の隙間を突いて、慶次が凭れていた壁に皹を入れてまた腰に戻した。それを一挙動で、しかも夢吉を片腕に抱いた不安定な体勢からこなしてみせたのだ。
凡百の武将に出来る芸当ではない。
試したつもりはなかったのだが・・・昔は姫で通ったという端正な女顔に、鎧の上からでも細さが判る肩や腰。それらの何処にそんな膂力が隠れているものか。
ただ・・・。
人より外れて体格の良い元親と並ぶと、さぞや絵になる2人だろうな、と思う。
(元親が忘れられない訳だ。)
こうして相対していても、何か引力のようなものを感じるのは確かだ。
色白の肌、張りのある唇、長い指先。それに。
「何を見ている、下衆が。」
「下衆って・・・いや、なに、綺麗な髪色だなって思ってさ。
紫っぽい茶色って、髪の色にしちゃ珍しいだろ? 綺麗だな。アンタによく似合ってる。」
「・・・・・・。」
「何だい?」
慶次としては何の気なしに言った言葉なのだが、元就は微妙な表情だ。『元就とはどんな男だ。』と訊いた時の、元親の表情に似ている。
唇を歪め、目を眇めて吐いた元就の声は、明らかに機嫌を損じていた。
「西海の鬼以外の輩に髪を褒められるのは、正直申して疎ましい。
この髪色は毛利宗家に特有の色でな。我の父や兄もこの色であった。側室腹の異母弟は黒髪だったが、髪色の事では随分と義母に嫉妬され、要らぬ嫌がらせをされたものよ。
宗家の権力にへつらう者どもは皆、一度はこの髪色を褒めそやす。
今のそなたの言葉が、そういった類でない事は我にも察せられる。それ故許すが・・・。もし、生きて此処から出られたのなら以後は心するが良い。あまり、安易に人の容姿を褒めそやすものではないぞ。」
「元親に褒められるのは、嬉しいんだ?」
「あの鬼めに、人に媚びへつらう能があると思うか?」
変わらず冷え切った声音で返すと、元就はずっと抱き抱えていた夢吉を足元に下ろした。
察して今度は、慶次が夢吉を懐に入れる。この牢屋は寒いのだ。
「そういやアンタ、喘息持ちなんだっけ。あんまり寒いトコに居ねぇ方がいいよ。
なんだったら毎日決まった時間に、夢吉をアンタの部屋に行かせるからさ、」
「うるさい、黙れ。処刑するぞ。」
今度こそ、怒らせてしまったらしい。
慶次を今すぐ斬り殺してしまいそうな勢いで睨めつけた元就だが、彼の腕の中で夢吉が怖がっているのを見ると、フッとその殺気を消した。
代わりに冷たい背を見せる。
見せられた方は反省の色も大してなく、むしろ困り顔だ。
「悪かったよ。じゃぁさ、紙と筆を貸してくれよ。ココで俺が説得の手紙を書いて、それを夢吉がアンタの部屋に運び込む。これでどうだい。
文通、好きなんだろ?」
「・・・ふん。喘息の件も文通の件も、情報源は鬼ではあるまい。
大方、アレの副将あたりがそなたに要らぬ知恵を授けたのであろうが。」
「おお、また当たり♪ よく当たるねぇ、兄さん。」
「西海の鬼が、我の弱味を語る筈が無かろう。
次に会う時も再び余人に授けられた知恵を語るような事あらば、斬って捨てるからそのつもりでおるが良い。」
遠ざかっていく足音を、慶次は夢吉と大真面目な顔を見合わせながら聞いていた。
「他の奴の話なんかいいから、元親の話が聞きたいんだってさ。」
「キィ・・・。」
「しかも『元親が自分の悪口言う筈ない』とか・・・。毛利の兄さんだって、やっぱり元親を想ってんじゃねぇか。元親の奴、諦めなくて正解だぜ。
大丈夫、きっと上手くいく。今は家の事とか戦とか、不幸な偶然が重なっちまってるだけなんだ、きっと。」
「キキッ♪」
本気で思っていた。
慶次はこの時、本当にそう思っていたのだ。
「年貢の納め時だぜ、毛利よぉ。厳島に祭ってやる。邪神としてなぁっ!」
「この瀬戸海は我が手に在り。故に守るは我なりっ・・・!」
(何だってそんなんなっちまうんだ、2人共っ・・・!)
元就について語る元親の眼差し。元親の話を聞きたがった元就の言葉。
それらを間近で見聞きしている慶次には判らなかった。何故、互いにそれ程までに思っていて何故、顔を合わせた途端に剣を交える事になるのか。
自軍の斥候を矢で射た元就、その行動が全ての発端ではあるのだが・・・元親も元親だ。もう少し、切っ先ではなく言葉で伝えるべき部分があるのではないだろうか。
対魔王戦列に加わる船中で、甲板に仁王立って風を読み、子分たちに矢継ぎ早に指示を出す元親の背中を、慶次は掛けるべき言葉を探しあぐねて見つめていた。
その心中を察したのか、元親の方から口火を切ってくれる。
「済まなかったな、慶次。」
「元親?」
「色々段取ってくれたのによ、結局ぶち壊しになっちまった。まぁ、毛利の野郎は陸路から追っかけて来てるみてぇだし、包囲網に関しちゃ結果オーライって事で。」
「俺は、殆ど何も・・・俺がこの瀬戸内に来る所から、元就サンの掌中だったって・・・。軽く落ち込むぜ。」
「なぁに言ってやがる、風来坊らしくもねぇ。
俺と毛利の喧嘩の間に、入ってくるなんてのぁ慶次、アンタでなくちゃ出来ない行動だぜ。今まで野郎の部下はもちろん俺の子分連中にも、俺たちのガチバトルの仲裁に入れた奴は居やしねぇ。」
「元親・・・。」
「感謝する。お蔭で俺ぁ、元就を斬らずに済んだんだ。」
「・・・・・。」
振り返った元親は笑っていた。家も因縁も、部下も誇りも、ままならない現状全てを飲み込んで、豪快に笑っていた。
慶次は友のその笑みに、何故だか泣きたい気分に襲われる。
まだ、間に合う。
もう一度・・・何度だって、解り合えるチャンスは来る。
この2人は・・・元親も元就も、生きているのだから。
「魔王さんとの最後の大喧嘩、この俺も混ぜてもらうよ。
前田慶次・・・罷り通るっ・・・!!」
その時こそ自分は、もう一度力になろう。元親と元就、2人が自然に隣合えるように。
などと、慶次はそう、しんみり思っていたのだが。
「おおよしよし、愛い奴よ。」
「クゥ・・・。」
「眠いのか? 構わぬ、我が腕の上で眠るが良い♪」
「そいつホントにお前の事好きな。機嫌悪いと俺にも噛みつくクセに、お前にはいつでも頭撫でさせやがる。」
「ピィ・・・?」
「我の慈愛を、本能で感じ取っているのであろうよ。そなたと違って聡い子ぞ。
腹が空いたら申すが良いぞ、そなたの好きな水菓子ならたんと持参致した故な。」
「餌付けかよ。」
「食の保証をするのも飼い主の務めぞ。」
「あの、そいつの飼い主俺なんですけど? 俺なんですけど元就サンよ?」
長曾我部家は元親の執務室。
織田が滅んで後、一時の平和な時間。加賀から四国を訪れた慶次は、当然元親に会いに来た訳だが。
文机に向かって書類仕事に励む元親と、その元親のペットの大型インコ、そしてそのインコを左腕に止まらせ、右掌で包み込むように小さな頭を撫でている、『毛利元就』。
例の織田包囲網の一件ですっかり顔なじみになった慶次は、顔パス同然でこの執務室まで通された。それは判る。判らないのは何故、元就が居るか、だ。あの一件で当主たる元親と、あれだけのガチバトルを繰り広げておきながら、何故。
何故、普通の顔をして、居る。
敵将だった男が、機密の宝庫ともいうべき執務室に、武装すらせず。
元親のペットを、元親と共に愛でて、居る。
「あの~・・・、お2人さん?」
「ぃよぅ前田の。久しいな♪」
「ふん、生きておったか猿使いめ。
猿めを置いて、脇に控えているが良い。」
「うわ~、その物言い、ホントに毛利の兄さんだ。」
夢吉は夢吉で、淡々と自分を手招いた元就の膝の上目指して一直線である。左腕に大型インコを留まらせたまま器用にバナナを剥いた元就は、夢吉を膝上に乗せると手ずから口元に持っていってやった。
その溺愛具合も、間違いなく本物の元就だ。
鳥と猿しか目に入らない様子の彼を横目に、慶次は元親の耳元に口を寄せた。
「どういう事だよ元親っ。アンタら、あんなに派手に喧嘩してたじゃねぇかっ。」
「どうって言われてもなぁ・・・。
昔っからの習慣というか、なんというか。戦が無い時、内政が落ち着いてる時なんかは、結構頻繁に会いに来るんだぜ? 果物持参でな。」
「アンタに?」
「いや、俺のペット、桜丸に。果物やりに。」
「執務室だろ? 入れていいのかよっ。」
「大丈夫。アイツ、桜丸しか見てねぇから。機密は忍に探らせるから要らないってさ。」
「部下はっ? 子分たちは何も言わないのかよっ。」
「大丈夫。アイツが桜丸しか見てねぇのは皆知ってるから。
何やかや言って、親父たちの代から遊びに来てて、アイツの姿は溶け込んでんのよ。」
「信念の違い過ぎるアンタらが、2人一緒にいて喧嘩にならねぇのかい?」
「大丈夫。アイツ、桜丸ばっか見やがって俺とはロクに口も利かねぇから。
口を開けば桜丸の様子を訊くばかりで、俺の様子なんか欠片も興味持ちやがらねぇ。」
「・・・・・。」
「大丈夫。アイツ、俺の事はアウトオブ眼中だから。」
「・・・・・なんて可哀想な元親・・・!!」
「言うな友よ、涙が出て来るじゃねぇか・・・!!」
「そなたら2人、何をしている? 我の存在が気散じだと言うなら、この部屋から退室してやろうぞ。
さぁ夢吉、桜丸。外に日輪の加護を受けに参ろうぞ♪」
「ピィ。」
「キキっ。」
「待て元就、それは俺が可哀想過ぎるっ! 此処に居ろっ。」
「夢吉、餌付けされないでくれ、夢吉ィ!」
同時に叫んだ眼下の男たちに、既に立ち上がって部屋の襖に手を掛けていた元就は本気で哀れになったようだ。呆れの視線を隠そうともせずに座に戻る。先程より少しだけ元親に近い場所なのは、彼なりに慰めのつもりなのだろうか。
「まったく、揃いも揃って情けない男共よの。」
「誰のせいだ、誰の・・・。」
「誰のせいだと?」
にっこりと黒い笑みで可愛らしく小首を傾げ、座っていてさえ視線の高い元親を見上げる元就。初めて見るにしては随分と黒い元就の笑顔に、慶次はげんなりした。
ちなみに元就は端正な正座姿、元親は豪快な胡坐姿である。こんな所すら好対照な2人だった。
見上げられた当の元親は、言葉に詰まって溜め息をついた。元就の腕の中の桜丸、その翼を指先で撫でる。
「お前の気を惹きたくて南蛮渡来の珍しい鳥まで飼っちまう俺の、そんでもって、お前が此処に居る理由を作りたくて、敢えて桜丸を此処に置いてる俺のせいだよ、ド畜生め。」
「存知ておるなら、それで良い。」
満足げな澄まし顔を見せる、そんな表情すら可愛く思えてしまうのは何故なのか。富嶽を巡る交渉事で、あんな非道を見せられたばかりなのに。
慶次は真剣に思い悩んだ。
別に自分が気負わなくても、友は想い人と自然に隣合えるらしい。それは良い。その部分は。だがしかし、ソレでいいのか長曾我部元親。
彼女の尻に・・・尻に敷かれてる西海の鬼・・・!
というか今のはデレ? ツンな彼女の、遠回しなデレなのか?
というか彼女は、彼の愛を受け入れていると思っていいのか? 生き物大好きな自分を部屋に呼ぶ為に飼っていると、知った上で鳥を構いに部屋に来るという事は、それに付随する諸々の事を、暗にOKしているという事に他ならないのではないだろうか。
「心の声がダダ漏れておるぞ、猿使いっ!
誰が『ツンな彼女』かっ。諸々の事など全然OKしておらぬわ、使えぬ愚か者め!」
「だよな、酒の相手も全然してくれねぇし。
あ、でもよ元就、俺が重病に倒れた時にゃ、見舞いに駆けつけてくれたよな? 内政が立て込んでて手が放せねぇってぇのによ、夜中の瀬戸海に船ぇ漕ぎ出して、」
「あ、あれはっ!
そなたの子分どもに拝み倒されたまでの事ぞ。そなたが高熱に侵されて、うわ言で我の名前ばかりを呼ぶものだから、子分どもが要らぬ気を利かせ、大挙して我の館に押しかけおったのだ。
しまいには我の家臣どもまで『行ってやれ』というものだから、我の方が根負けしてやったわ。流石に『女装しろ』というリクエストは蹴り倒したがなっ。
あと、我は元から下戸ぞ。飲めぬものは飲めぬのだから致し方あるまい。
そなたの一人飲みに、つまみを齧りながら付き合ってやっているのだ。それで良しと致せ。」
「それに桜丸が俺の名前覚えたのは、お前が俺を名前で呼ぶからだよな♪ 『元親』ってさ。」
「それはっ。
そなたがそう呼べと言ったのであろう。『四国のこの館に居る時には、周りは殆ど長曾我部家の人間だ。だから俺の事も『長曾我部』じゃなくて、個人名の『元親』と呼べ。』と。理の通った事を採用しない程、我は愚かではないぞ。」
「そういや慶次、こいつ意外と料理上手なんだけどよ、最初に覚えた料理、何だと思う? 俺の好物、シイタケの肉詰めっ! 特にコイツの作るのが絶品でよ、」
「それもっ!
そなたが飲んでいる間、飲めぬ我は暇なのだ。それに主につまみを食すのは我なのだから、どうせなら美味な物を食したい。そう考えるのは、人として至って自然な感情であろう。
己の味覚に合うものは、己自身で作り出すのが最も効率的。そう思って料理に手を出したまで。初期の習得に肉詰めを選んだのは、毎回そなたの食膳に供されていて簡単そうに見えたからぞ。
覚えたというより、巧妙に覚えさせられたと言った方が正確な表現なのだ。そこを間違うでない。」
「またまた、策略で俺がお前に及ばねぇのは知ってんだろ?」
「うぬぅ、こんな時ばかり無能を装いおって・・・。」
「そうだ慶次、今日は泊まってくだろ? コイツの料理を食ってけよ。前田の奥方に負けず劣らず、元就の飯は美味いんだぜぇ?♪」
「待て元親、ソレはそなた、我も泊まるのが前提という事か?
勝手に我の予定を定めるでないっ。」
「あ、飯のおかず、一品はシイタケの肉詰めで決定な。ちょうど季節も頃合いだ、食材係に良いの仕入れとくように言っとくからよ。」
「2人で勝手に、酒盛りでも何でもしておれば良かろう。
我は帰るっ。」
「いいじゃねぇか、固い事言うなよ。内政の方も落ち着いてんだろ?
久しぶりにお前の料理が食いたいんだって。」
「・・・急に言われても、大したものは期待するなよ、鬼。」
「やり♪」
(ナニこの普通の夫婦みたいな会話・・・!!)
結局の所、四国VS中国とは信念だけが違って他は全て相愛な彼氏彼女の、壮大なる痴話喧嘩なのではなかろうか。
「まぁ良い。久しぶりに作ってみるか。作る相手も、そなたくらいのものだからの。
時に猿使い。そなたは何か、好き嫌いはあるのか? あるいは食したい物は?」
「いや、ない。任せるよ、毛利の兄さん。」
今何か、サラッと凄い事を聞いた気がする。元就は元親の為にしか料理しないのか?
その自覚もないまま元就は、不思議そうに小さく首をかしげた。紫がかった茶色の髪が緩やかに流れる。本当にサラサラで艶のある、綺麗な髪だ。
「そう言われると調子が狂う。元親めは毎回、アレがいいコレを作れと注文が多い故。
構い立て致さぬから申してみよ。どうせ食費を出すのは長曾我部家ぞ。この際、高価すぎて前田家では食せなんだ食材でも何でも使ってやろう。」
「や、ウチもそれ程貧乏って訳じゃないんだけどね・・・。
強いて言うなら・・・体のあったまるスープが飲みたいな、と。味噌汁じゃない汁物ね。」
「ほう、敢えて具体的な料理名は出さず、我の腕前を試そうという心算か。
良かろう、その腕試し、受けて立ってやろうではないか。」
「えぇっ?! いや、そんなつもりじゃ、」
「いいっていいって、慶次。放っておけ。
難しい方が燃えるタチなんだ。楽しんでんだからよ。」
「うむ、楽しい♪ それでは我は食材係に話を付けて来る故、元親は仕事をしておれ。先程から全く筆が進んでおらぬ。
猿使いは雑用でも手伝ってやるが良かろう。」
「ちょっ、待っ、此処に居ろっつったろ?! 結局消えんのかよっ、元就っ!」
「夢吉と桜丸は置いてゆく。厨房に入れるのはこの子らの為にならぬ故。
元親よ。」
「あン?」
「今日の仕事全てと、明日に回せる仕事の半分。この量を夕餉までに仕上げておけ。チェックはそなたの副将にさせる。夕餉までに仕上がらなかったらそなたは飯抜きぞ。
我は無能な男は好かぬ。」
「・・・は~い。」
慶次の目に、黒い笑みを伴った元就の最後の一言が、グッサリと元親の厚い胸板を貫通しているのがリアルに視覚化されている。
ご機嫌で襖を閉め、去っていく元就の足音を慶次は苦笑しながら聞いていた。
「なぁ、元親・・・。」
「ンだよ、慶次。オンナの趣味が悪ぃって話なら聞かないぜ?」
「・・・・・・・・。」
「ちょっ、そこで黙るなよっ! 元就の性格が悪いみたいだろ?!
アレでも可愛いトコ、沢山あるんだからなっ!!」
「性格悪いのはホントだろっ!
いいから仕事しろ!」
あの勢いだと、下手すると慶次まで飯抜きにされかねない。
慶次は自分に手伝える部分は手伝おうと、予備の文机を持ち出し、紙と筆に手を伸ばした。
皓々と、一際輝く弦月が中天に懸かっていた。
縁側に置かれたのは幾つもの酒瓶と、2枚の盃と、3組の小皿と箸。他に、盛られていたであろう料理、その全てが綺麗に平らげられた幾枚もの大皿の数々。
強い月の光を受けて、加賀は前田の風来坊、西海の鬼、中国の覇者の影が座敷の中まで伸びている。
「おっ、何だい、元就サンは寝ちまったのかい?」
元親との話に夢中になっていた慶次は、ふと、元就を見て苦笑した。
西海の鬼の身に凭れ、中国の覇者が眠っている。その、凭れ方に。
元親の胡坐の右膝に側頭を預け、単衣に包んだ細身を板敷きの廊下に直接横たえている。自他ともに動物好きを認める本人こそ、猫のような丸まり方だった。たおやかで、女のソレにしか見えない腕は両方とも鬼の、鍛えられ引き締まったふくらはぎの辺りに無造作に置かれている。
元親のごつい掌が、結い跡もなく滑らかな髪を一筋、掬い取った。
「ホント、とことん酒に弱ぇヤツ。
雰囲気や匂いで酔って寝ちまいやがる。」
「匂いでっ? そりゃ宴会とか大変そうだ。
武将同士の付き合いとか部下との戦勝の宴とか、避けて通れない宴席もあるだろうに。」
「まぁ、そこら辺は気ぃ張って凌いでるようだけどな。
今日は特別気が緩んでたんだろ。この所忙しかったし・・・。それに慶次、お前さんにも、元就は随分気ぃ許してるように見えるぜ。」
「アレで? 気遣いなら無用だぜ、元親。」
「コレ。この状態がイイ証拠だ。
元就が俺以外の奴が居る前で、こんな無防備に眠るなんざ今まで見た事ねぇ。
だからよ、あんまりコイツを嫌わないでやってくれると嬉しいね。」
「・・・料理、美味かったよ。
味も美味しかったけど、食材の選び方がさ。元親が疲れてるだろうってんで、眼精疲労に効くのとか、スタミナが付くのとか。そういう事まで考えて選ばれてた。
あぁ、やっぱり元就サンは、元親が大事なんだなって。」
「ツンツン野郎が、たまに自分だけに見せる判りにくいデレ。
たまんねぇだろ?♪」
「まぁな~、そこは判りにく過ぎる気がするけど。
『人は、ほんの少しでも相手の事を知っちまえば、もうその相手を憎み続ける事は出来ない』って。俺自身のその考えを、実感してる所さ。
色々思う所はあるけどさ、俺、元親を大事にしてる元就サンは、好きだよ。」
「そうか。」
「あぁ。」
元親の掌に撫でられて、元就の髪が流れる。年若い覇者の薄い唇から、穏やかな寝息が聞こえて来る。
慶次は素直に、その寝息が今、ここに在る事を嬉しいと思えていた。
じきに月が沈み、新しい太陽が昇る。
元就はまた食事を作ってくれるだろうか。慶次はそれを食べてみたいと思った。
(終幕)
戦国BASARA 7家合議ver. ~桜は瀬戸内に舞う~
はい、如何でしたでしょうか。
ある意味、作者の究極の自己満足というか、何というか。
元就さんがいかに繊細で女性と見紛う美貌を持ち、女装が似合い、
それでいて、一本筋の通った気骨も持ち合わせている凄い御方か。
結局、自分がそれを言いたかっただけ、みたいになってしまいましたが。
そして元親さん報われない・・・(笑)。
うん、桜風(はるぜ)っていう、元就さんの女名前を出したかっただけです、はい。
それでは、また次作で。