戦国BASARA 7家合議ver. ~始めなくては始まらぬ~
はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。
別物危険信号領域。
かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。
まず、オールキャラ。
カップリングとしては、長曾我部元親×毛利元就。
ジャンルとしてはBLですが、微エロというか、描写は殆どないので、
興味ない人でも読み飛ばせる範囲ではないかな、と思います・・・作者基準では。
あるいは、元就さんを女と思って読んで頂ければ(笑)。
前提としては・・・。
まず、家康さんが元親さんに、こういう提案をしました。『天下人が1人じゃなきゃいけないって縛りが、戦国が終わらない元凶じゃね? 日の本を7つに分割して代表家を決め、その7家の合議で政治をしてけばいんじゃないの?』という提案です。
元親さんが乗り、慶次さんが乗りました。
今は、『次は元就さんに話を通したいね☆』って段階です。
九州→島津家、四国→長曾我部家、中国→毛利家、近畿→豊臣家、中部→前田家、関東→徳川、東北(奥州)→伊達家、という担当になるの前提で、7家同盟が成立『させたい』状態です。
時間軸としては、『こうして同盟は成された』の前です。
まだ全然、7家揃ってない。
そして鶴姫さんが元就さんの事を、まだ『毛利さん』って呼んでる状態です。
彼女の元就さんへの呼び掛けの変遷は『兄様→毛利さん→兄様』なんですよ。
この後、きっと何かきっかけがあって呼び方を戻したんだろうな、と思って頂ければ。
今回投稿したこのお話は、
『兵など所詮は捨て駒よ』、『中国地方は我の物』が口癖だった安芸の腹黒・詭計智将が、
どういう心境の変化で、家康さん発案の『7家合議』に参加する気になったのか。
その辺りのお話です。
『陰陽8家』の設定が、今回は色濃く出て参ります。
ですが安心、それは鶴姫さんがしっかり説明して下さってるので大丈夫です。
流石鶴姫さん、揺るがぬ賢妹クオリティ。
こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。
チキンハートに石を投げないでっ。
それでは。
戦国BASARA 7家合議ver. ~始めなくては始まらぬ~
夢を、見ていた。
寝ている自分の枕元に、元就が座している。
満月なのだろうか。障子の外は真っ白い光で満ちていて、落ちて来る影が妙に鮮やかだ。
『 。』
何か、言っている。
元就が何か、自分に伝えようとしている。なのに、何も聞こえない。
『 。』
座敷の中だけが静かで、此処だけで世界が完結していた。
元就が自分の傍に居る。
それだけで、自分はこんなにも心穏やかなのだ。
「という夢を見たんだが。」
季節は初夏、着流し一枚というラフな格好で胡坐をかきながら、元親は神妙な顔で顎を撫でた。聞いている・・・というか、聞かされる慶次と家康は微妙な表情だ。
「なぁ元親、確認なんだけど・・・。
そいつぁ惚気? 惚気なのかい?」
「あっ、慶次てめ、さては信じてねぇな?!
惚気じゃねぇよ、ホントに見たんだってっ。なんっつーかこう、何か言いたそうな元就が俺の枕元に居たんだってっ!
アレは、ほら、アレだ。元就が何か困ってて、俺に助けを求めてるに違いねぇっ!
そうに決まってらぁっ!!」
「元親、霊感ねぇんだろ?
そうそう予知夢なんて見るかねぇ。」
「予知夢じゃねぇよ、元就の生霊が、こう、瀬戸内の海を越えて俺に会いに来たんだってっ。」
「しっかりしろ元親っ。毛利の兄さんがそんな殊勝な真似、する筈ねぇってっ。」
「何だと慶次ィっ!
てめ、何だったら元就の可愛いトコ、一日中でも語り聞かせてやろうかっ?!」
「要らねぇよっ、お願いだから俺に惚気ないで!! お願いだからっ!!!」
「なろ、てめ、今何で二度言ったぁっ!!」
「大事な事だからだよ、目を覚ませ元親っ!」
「なぁ元親、」
恐る恐る発言した家康は、殺気立った目を両方から向けられて苦笑した。
所は四国、長曾我部家の元親の私室だ。例の如くあっちこっちをフラついて、遊びに来た慶次。明日の政治を語りに来た家康。用件は正反対な2人だが、元親を交えて意気投合した結果、朝っぱらから酒盛りと洒落込んでいる訳だが。
深刻な顔で考え込んでいる元親に、慶次が原因を訊ねたのが間違いだった。
家康は真っ向から否定する事はしないが、やはり今イチ彼の言を信じていないらしい。
「仮に、元親の言う通り毛利殿の霊だったとして・・・。
本当にそれは『生霊』か? 枕元とは守護霊の立つ位置だと聞き及ぶぞ。右側は背後霊の立つ位置だと。守護霊とは、死して後の者がなるモノだろう?」
「あの兄さんの綺麗な顔とはいえ、枕元から覗き込まれるってのもぞっとしねぇ話だよな。顔、逆さまなんだろ。普通に怖ぇよ。」
「いんだよ、逆さまだろうが横向きだろうが元就なんだから。
確かに家康の言はもっともだ・・・。だから俺は考えたっ! 元就の無事を確認しよう、その確認が取れない内は、仕事なんぞ手に付かねぇとっ!!」
「付けてっ、ワシの用件に手を付けて元親っ。」
「今、野郎共を毛利領に斥候にやらせてる。朝イチで叩き出したから、そろそろ戻ってくる頃だろうぜ。」
「野郎共も可哀想に・・・。」
「新手の攪乱作戦じゃないのか?」
「うるせぇ黙れ。俺の中で元就は全てに於いて優先される。」
元親が据わった目で言い切った時、ソレを待っていた訳でもないだろうが、子分達が斥候結果を報告に来た。
3人共、何とも形容しがたい浮かない表情だ。
「アニキ・・・。」
「おぅお前ら、ご苦労だったな。
どうだった? 元就の生存は確認出来たか?」
「落ち着いて聞いて下さいね、アニキ。」
「・・・・・・。」
恐る恐る、口火を切った子分の言葉に元親の表情が消えた。
「俺たち、安芸の毛利家に行ってきました。そこに毛利のご当主が滞在してるって、情報屋に聞いたんで・・・。
先に言っちまうと、毛利元就の姿は見られなかったんです。
本邸の門扉は固く閉ざされ、門番の一人も置かれず・・・外からは誰の姿も見えませんでした。天気はいいのに、こう・・・屋敷全体が黒い靄を纏ってるような感じで。
中にも入ったんですが、家臣も使用人も変な顔してるんですよ。」
「変な顔たぁ、一体どんな顔でぃ。」
「それが、青白い顔に淀んだ眼で・・・まるで死人みてぇな薄っ気味の悪い顔で。1人2人ならともかく、全員がそうなんです。
廊下を歩く奴、立ち働いて仕事する奴、まるで言われたままに行動するカラクリみてぇな有様でした。笑い声なんて聞こえやしねぇ。
そのうち俺たちまで体がだるくなってきて、こいつぁおかしいと思って、屋敷から出たんですがね、片っ端から情報屋あたって金積んでも、毛利元就があの屋敷に居るって事以上の情報は出て来ねぇんで。
念の為、別邸とかも見てみたんですが、確かに毛利元就の姿はありやせんでした。
それで一度アニキの指示を、と思って、帰って来た次第なんですが・・・。」
「よくやった、お前ぇら。大した成果だぜ。」
「アニキ・・・♪」
いつ怒鳴り散らされるかとビクビクしていた子分たちは、主君からの労いの言葉に感涙した。
元親は明るい笑顔で彼らの肩を叩いている。
「まず、やっぱ毛利家に異常が起こってるって事が判った。
そんでもってその異常のただ中に、元就が叩っ込まれてるって事もな。
だから、俺が行かなきゃならねぇ。
留守は頼んだぜ、お前ら。」
「うわ――――んっ、待って、超待って、アニキっ!」
「だから言ったんだ、アニキなら絶対こう言うってっ!」
「アニキ、毛利元就の事になると人格変わり過ぎですってっ!」
『元のアニキに戻って下さい、アニキ―――っ!』
「じゃ、あとは宜しく頼むわ。」
「まぁ待て元親。まさか1人で行くつもりじゃないだろう?」
半ば答えを予想しつつ問いかけた家康に、元親は黙って口の端を上げた。
男泣きに泣く子分たちは放ったらかしで、脇に立てかけておいた錨を取り上げる。白刃を見上げながら嘯いた。
「俺1人で行く。」
「元親。せめてワシと慶次だけでも、」
「1人で行くっつってんだろ、二度も言わせんなよ、家康。
毛利家から依頼はねぇ。だから長曾我部家としては動けねぇ。
これは戦じゃねぇ。だから野郎共は連れて行かねぇ。
これは俺の我が侭。強いて言うなら、俺と元就の間の事だ。だから、お前らの協力は仰げねぇ。心配してくれるのは有難いけどな。
黙って行かせるのも友情の内だぜ、家康、慶次。」
「よぉし判ったぜ元親、好きに死ね。」
「慶次、何を言い出すんだ慶次っ。」
「その前に一応、俺の独り言を聞いて行け。
あぁ、今頃、毛利の兄さんはどうしてんのかな~。富嶽の時みてぇに、悪どい事考えてなきゃ~いいけどな~。ああいうお人程、ホントは誰かが傍に居てやらなきゃいけねぇモンなのにさ。
あぁ、顔を知ってる相手が不幸になるってのは、嫌なモンだよな~。
あぁ、久し振りに、あの氷の鉄面皮が拝みてぇモンだな~。夢吉連れて行こうかなっと。」
芝居がかった口調で片目をつぶった慶次に、家康の唇にも笑みが灯る。
「毛利殿にはワシも目通りしたいと思っておった所よ。
かの御仁こそ中国全てを治める英雄。元親に致した話、毛利殿からも是非賛同を頂きたい。毛利殿がご参加下さるだけで、中国という一大地方から戦が消えるのだ。
これは大きいぞ。この成功例があれば、他の家での話も進め易くなろうというもの。
なぁ慶次。慶次は一度、毛利殿の知見を得ているのだろう?
かの御仁との接見、仲介してはもらえまいか。」
「オッケーだ、家康。任せとけ。
今からすぐ行くか?」
「今からすぐ行こう。」
「・・・好きにしな。」
共犯者の笑みを交わす家康と慶次に、元親は1人で苦笑するしかない。
子分たちの男泣きが、大泣きに変わった。
「野郎共の報告通りだな。」
「ここが・・・こんな場所が、当主の館だって言うのかい?」
毛利家の館に侵入を試みた3人は、易々と入り込めて拍子抜けしていた。
立ち込める黒い靄に、慶次は愕然とした。これは、この雰囲気は、魔王・信長の居た安土城そのままではないか。
慶次の脳裏に、元就の冷酷非情な鉄面皮がよぎる。
確かに、味方の斥候を射殺すような非情さはあった。だが、かの魔王のような禍々しさは感じなかった。あくまで人の内側に留まっていた。
人、だからこそ、だろうか。人は、変わる生き物だ。でも、だからって。
元親は動じていない。真っ直ぐ前を見据えていた。
「此処がこんな場所になってるからこそ、だぜ。慶次。」
「元親。」
「此処には何度も足を運んだ。
こんな場所じゃなかった。元就がちゃんと治めてたこの場所は、こんな反吐が出るような場所じゃぁ、なかったんだ。
何かあったに決まってる。
だから俺が・・・俺たちが来たんだろうが。」
「・・・うん。」
「ワシらはこれからどうする、元親。」
「地下牢に向かう。
例えば元就が謀反を起こされたとして、素直にとっ捕まって座敷に幽閉だの蟄居だの、させられてるようなタマじゃねぇ。
相応に抵抗して、傷でも負って、地下牢に厳重に監禁されてる筈だ。」
「了解した。」
「元就の身柄を手に入れたら、もう此処に用はねぇ。
多勢に無勢なんだ、速攻でズラかるぜ。」
「承知した。
・・・思ったより冷静で安心したぞ、元親。」
「甘いな、家康。
ぶっちゃけ毛利家とかどうでもいい。元就さえ無事なら毛利家とかどうでもいい。」
「・・・大事な事だから二度言ったのか?」
「おぅ。」
『・・・・・・。』
そんな、とっても良い笑顔で頷かれても。
長曾我部家の未来が案じられてならない慶次と家康である。
幼い頃に一度来た事がある、という元親の案内で、地下牢自体には簡単に到着した。が、順調なのはそこまでで。
広大な敷地に沢山の独房。その内、元就が居るのはどれの中やら。
「しくじった・・・忍でも使うべきだったか。」
「まずいぜ、元親。猿の夢吉じゃ、毛利の兄さんの匂いを追う事も出来ねぇ。」
「落ち着け、2人共。
ワシが思うに、虜囚とはいえ毛利殿は超の付く重要人物。簡単に逃げられるような浅い所にはおられまい。それに中国を統一するほどの武の実力。相当広く、また頑丈な独房に収監されていると見るべきだろう。
とすると・・・。
向こうと違ってこっちの独房が頑丈そうだから、こっちの独房の奥に居る可能性が高いんじゃなかろうか?」
「流石っ、流石家康、頭いいっ!」
「持つべき者は友っ!」
家康としては、これだけ騒いでいて牢番の1人も飛んで来ない事の方が心配なのだが。
だが、一番の難関はその奥に待ち構えていた。
「元就っ!」
「も、と・・ちか・・・っ?!」
白い単衣を着て、両の手足、それに折れそうな首許にも、何重にも太い鎖が巻きつけられて血が滲んでいる。白い肌は血と汗と埃に塗れ、何日も櫛を通していない髪は艶を失い、パサついて乱れている。
死人のような有様ではあったが、その男が瞳に宿す光は確かに毛利元就のものだった。
生きた元就の姿に、落涙せんばかりに安堵する元親。元親の来訪があまりに予想外だったらしく、瞳を揺らがせて驚愕する元就。
一番奥の、一番広い、一番冷たい独房で。
2人は檻を挟んで向かい合っていた。
「心配したんだぜ、元就ィ♪」
(うわぁ・・・。)
向かい合うというより、たまたま檻の近くに立っていた元就の細身を、元親は問答無用で抱き竦めた。冷たい鉄の格子ごと。
2人が止める暇もない。家康と慶次は取り敢えず沈黙に徹した。
元就は大分混乱しているようで、手足の枷とも相俟って抵抗する術もない。
「俺の夢枕に立ったりするからよ、生霊か死霊かと慌てちまった。
何か言いてぇ事があるんだろうと、確かめに来てみりゃ案の定よ。大分、痩せたか。そんな辛気くせぇトコからは、今俺が出してやるからよ。」
「ちょっ、ちょっと待て元親っ!
夢枕など、我は知らぬ。何の話を致しておるっ。」
「? 何だよ、お前の仕業じゃねぇのか?
今朝の起き抜けに夢を見たのよ。お前が枕元に座って、物言いたげに俺の顔を、こう、覗き込んでる夢さ。
俺ぁてっきり、お前が何か信号を送って寄越したものとばかり思ってたんだが?」
「?? ・・・・・・・。っ!!」
真っ白だった元就の頬に、サッと朱が昇る。
元々色白ではあるが、今は更に際立った。元親はご機嫌である。
「もしかして無意識ってヤツ?」
「知らぬっ、我は何も知らぬからなっ。
取り敢えず離せっ、これでは説明も侭ならぬわ。」
「嫌だよ、久し振りのお前の体温なのに。
事情の説明ならこのまましろよ。口は自由だろ?」
「そなたという男は・・・。
その、汚いであろう、今の我は。この獄に囚われてより1週間、湯浴みも水浴びも、髪を梳く事さえ許されておらぬ。
判ったらとっとと離せ、そなたが汚れる。」
「嫌だね。船乗りなら1週間風呂入んねぇくらい、よくあるこったぜ。
洗って落ちる程度の汚れに、今更俺がビビる訳ねぇだろ。なぁ、腹黒な安芸の智将よ?」
「この野郎・・・我が腹の内を、落とせぬ汚れとして扱うか。」
青筋を立ててみせた元就は、諦めて体の力を抜いた。
代わりに元親の両腕に力が籠もる。大事な壊れ物を扱うような繊細さに、元就は僅かに瞳を伏せた。
己にそんな価値は無いのにと、自嘲しているように慶次の目には映る。
元親の胸に頬を凭れさせながら、元就はゆっくりと口を開いた。
「1週間前、謀反を起こされた。
相手の名は『杉大方』(すぎのおおかた)。古くから我が毛利家に仕えし、術者集団の長よ。この女、かねてより我と意見が合わぬでな。監視は付けておったのだが・・・当の監視が裏切りおって、この館までの手引きを致した。
使える駒よと、監視を重用し過ぎたのが間違いの元であった。
あとは定石通り。
油断していた我は刃を奪われ、枷を嵌められ、此処に放り込まれた。日に一回、我を尋問しに拷問吏が来る他は訪れる者もない。
この1週間というもの、外の情報には一切接触しておらぬ。」
「拷問、ね・・・。」
「我しか知らぬ秘術は数多い。それが知りたいらしいな。」
「その苦痛と孤独の中で、無意識に助けを求めたのが唯一俺だった、と?」
「うるさい黙れ殺すぞ。」
「はいはい♪ ここから出たら殺してくれよな、布団の中で♪」
「この状況でよく下ネタが吐けるものよな、そなたは・・・。」
元就は怒るのも億劫な様子で呆れている。
元親は最早、その程度では意にも介さない。もう一度彼を抱き締め直すと、ゆっくりと力を抜いた。痩せた頬を名残惜しげに撫でて距離を取り、鉄格子の前で錨を構える。
「離れてな、元就。ちんたら鍵を探してる時間が勿体ねぇ。ぶち破って、そのまま強行突破で四国へ帰るぜ。」
「承知した。」
「そうは参りません、ご当主。
拷問のお時間ですわ。」
元親の言う事に、珍しく素直に頷く元就。
だがそう簡単に事は運べないようで、牢内の闇から巫女装束の女が1人、滲み出て来る。紅白の対比が美しい衣装だが、口元に引いた毒々しい紅がその美を損じていた。
弱った体ながら、元就は眼光鋭く嘲弄を投げつける。
「花也(かや)。
裏切り者めが、旧主と戯れていて良いのか? 新主の足元で機嫌を取っていた方が、易い仕事で良かろうに。」
「・・・そのお口の宜しくない所、如何なモノかとずっと思ってましたのよ?
今日は想い人もご同席ですし、痛みには既にお慣れでございましょう。趣向を変えて、色責めでもして差し上げましょうか。」
「てめぇか、元就に拷問なんぞしやがったのは。」
パキィ・・・ン・・・ッッ!!
錨捌きも鮮やかに、元親が檻を切り刻む。
鈴を思わせる音を響かせて散らばる鉄屑に、花也と呼ばれた女は言葉を失った。
「元就を傷つけやがったのは、てめぇかと訊いてんだ・・・っ!!」
西海の鬼の怒りの全てが、花也ひとりに降り注いだ瞬間だった。
長曾我部領は今日も好天である。
無事に元就を助け出し、四国に戻ってから3日が過ぎようとしていた。帰国の途上から眠りに落ちた元就はそのまま2日間眠り続け、今朝未明、目覚めて湯浴みをした後、再び部屋に戻って体力回復に専念している所である。
その間、元親は付きっ切りで看病していた。
『余人に触られるのは嫌がるから。』と意識のない元就の体を手ずから清拭し、髪を梳かし、粥を作って口から流し込んで食べさせる。
その献身の甲斐あってか、3日目の昼過ぎ現在、既に元就は庭を散歩するまでに回復していた。
「ココに居たのか、元就。」
庭の奥に咲く夏椿の、その曇りのない白を見上げていた元就は元親の声に振り返った。
自然な仕草で、彼は元就の薄い肩に自分の上着を着せ掛ける。
「あんまり体、冷やすモンじゃねぇぜ。
あの牢屋だって寒かったろが。」
「そなたは相変わらず心配性よな。」
温めるように優しく軽く、抱き締める元親の腕に、元就は軽く笑うと血色の戻った頬を擦り付けた。
細い手足と首元には、それぞれ真っ白い包帯が巻かれている。これも元親が施した物だ。鎖に傷つけられた肌は、3日やそこらで治るものではない。
痕は、残るだろう。
「・・・このまま嫁に来る気は、ねぇモンかね。」
「如何した、急に。というかソレは物理的に無理であろうが。」
「ま、嫁にってのは言葉の綾だけどよ。」
元親はひとつ、息をつくと元就を離し、夏椿の根元に腰を下ろした。指先に触れて、彼も座るように促す。
隣り合って座してからも、鬼が手放す気配はない。まるでそうして握っていないと、元就が消え失せてしまうと思っているようだった。
「このまま此処に、この長曾我部家の館に居着く気はねぇのかよ、ってハナシ。」
「・・・・・・・。」
「充分戦ったろ、お前は。
お前がホントは、言う程毛利家を好きじゃねぇのは知ってんだぜ。ただ、親父や兄貴や弟に、どんどん先越されて死なれちまったから。ただ、直系の男が自分以外居なくて、代わりになってくれる奴を見つけられなかったから。
だから家督を継いで、周りの大名連中から攻められりゃ、家名を守る為に頑張って戦ってよ。結果的に中国を統一すれば、今度は家臣に謀反を起こされる。
もう充分、お前は当主としての務めを果たしたろう。
毛利家は一番の混乱期を越えて存続し、安芸は中国一の国力を誇る大国にのし上がった。
家臣どもが『もうお前はお役御免だ。』って言うなら、丁度いいじゃねぇか。
ここらで当主やりたい奴に家督を譲ってよ、お前は此処で・・・俺の傍でゆっくりのんびり、好きな事して過ごす。そういう選択肢はねぇモンなのか?」
「・・・・そう出来たのなら、さぞ心安く、楽しい日々であろうな。」
ややあって紡がれた静かな声音に、元親の表情が動く。
てっきり、また手厳しい物言いで拒絶されると思っていた。そんな逃げ出すような真似が出来るかと。だが今の元就は口許で微笑み、僅かに瞳を伏せて足元の花を見つめている。
それは寂しげで、せつない笑みだった。
「この四国で生き、骨を埋めるのはやぶさかではない。
そなたの傍で、そなたを支えながら生きる。戦になればそなたの為に力を振るい、老後は童どもに手習いでも教えながら過ごすか。
正直、そのような生き方も悪くない。」
「・・・次に反語でも持ってきそうな語り口だな。」
「いかにも。『だがしかし』、出来ぬ相談よな。」
「・・・・・・。」
「そのような生き方も悪くないと、そう思う度に、別の事も思うのだ。
本来なら、最初からその生き方が出来た筈だった。父上が今少し、長生きしておられれば。兄上が、半年で死なずに生き長らえておれば。
次男の我は元服と同時に長曾我部家に仕官して、そなたの傍で、先程申したような生き方を致したであろう。
父も兄も、殺したのは杉大方ぞ。母の病も蓋を開ければ毒殺であった。ついでに異母弟を操り人形にして、我に喧嘩を吹っ掛けさせたのもな。あの乱は、我と弟との共倒れを期待したものだったのだ。」
「憎いのか。復讐心は、捨てられねぇか。」
「・・・憎い、とは、少し違う。
ただ、得心がいかぬのよ。仲の良い家族であったと、自分でも思う。人の家族を滅茶苦茶にしておいて、あの女ばかりが肥えていく。
あやつの思惑ばかりが成就していくのを見るのは・・・見るに堪えぬ。」
「元就・・・。」
「杉大方を排除できるのは、我を於いて他に無し。
済まぬな、元親。毛利家の中の我は、当分、替えのきく捨て駒になる事は出来ぬようだ。」
「なら・・・それなら、だぜ?
杉大方とやらをぶっ殺しゃぁ、お前の心は自由になれるって事か?」
「ん? ん、まぁ・・・それはそうだが・・・。
待て元親、そなたまさか、今から杉大方を殺しに行くつもりか?」
勢いを付けて立ち上がった元親、そのイキイキした表情に元就は、何故か慌てた様子で止めに掛かる。
唐突に立った反動で、未だ病み上がりにも至らない弱った体は体勢を崩してよろめいた。木の根がたわんだ、いびつな地面。その程度の微妙な傾斜にすら、体がついていかなかったのだ。自分で把握するより格段に弱っている事に、元就自身愕然としてしまう。
元親の背中に指が触れる前に、振り向いた彼が、下から掬うように抱き止めてくれる。
一見すると、元親の胸に元就が甘えているように見えた。
「・・・済まぬ。」
「構わねぇよ、俺に出来る事で、お前の為になる事は何だって叶えてやるさ。」
「ならば、杉大方殺しは暫し待ってもらおうか。
此度の謀反について、未だ語り切っていない部分があるのだ。ソレが、我が毛利家に戻らざるを得ない理由でもある。
少し、疲れた。
一度部屋、に、戻っ、」
「よぉ毛利の兄さんっ☆ 恋してるねっ!♪」
一瞬の沈黙。
通りすがりの慶次は、元親の腕の中に居る元就をバッチリ目撃していた。特に、その細腰に添えられた元親の指先を。
白皙の美貌に朱が昇る。
ドガッ ゲシッ!
「ヒデェや、毛利の兄さん・・・。」
「他人の情事を覗き見る輩が、何を申す。
体力が戻っておれば、もう一発は見舞ってやる所ぞ。」
踵落としに回し蹴り。
一瞬で慶次を落とした元就は、使っていない両手を何となくはたくと、何事も無かったかのように元親に向き直った。
「我は疲れた故、一度部屋に戻って休むとする。
元親、後で話がある。そなたと、前田慶次と、徳川家康にだ。夕餉を済ませたら出向く故、そなたの部屋に2人を集めておいてくれ。」
「判った。謀反の詳細と、今後の事だな。」
「左様。」
頷いてから、元就は態度に迷う、という表情で肩を竦めてみせた。
「猿使いはともかく、徳川家康か。
あのような牢獄で、しかも身汚いナリでの初見。どうにも落ち着かぬな。」
「気にすんな、元就。
お前は今この瞬間が美人なんだからよっ☆」
「そなたはそればかりよな。」
のほほんと笑う元親に、つられて苦笑する元就。
両方から忘れ去られた慶次は呆れて笑い、大の字になって青空を見上げた。
さて、予告通りの夕食後。
元親の部屋で対面した元就に、その姿に。家康は思わず赤面して俯いていた。
だって・・・だって、その姿が・・・着衣が・・・!!
「まずは礼を申す。
長曾我部元親殿、徳川家康殿、前田慶次殿。先だっては我が身の牢獄からの救出、大変に助けられた。感謝申し上げる。」
「気にすんなって♪」
「困った時はお互い様ってね。」
「ワ、ワシも大した事はしてない、ぞ? うん、してないしてない。」
「?
徳川殿と我は、此度が初見であるな。牢内からこちら、ロクに挨拶もできず失礼致した。貴公には借りも出来た事なれば、以後、宜しく見知り置き願う。」
「お? おう、こ、こちら、こちらこそ宜しくお願い致すっ、」
「???
咽喉でも痛めているのか? 顔色も過ぎて赤いようだが。」
「いや? いや、その・・・お召し物が大層美しく、よくお似合いだな、と・・・。」
「あぁ、これか?
我も恩ある、しかも初見の相手にコレを着るべきか迷ったのだがな。元親と慶次があまり強く勧めるものだから。
徳川殿は絶対この服の方が喜ぶ、と。恩あればこそ、コレでまみえるべき、と。
小物の見立ては慶次、色の見立ては元親が致したとか。さて、喜んで頂けたか、どうか。」
「・・・・・・。」
「徳川殿?」
「ぶっ、はははははっ、もうダメだ、我慢できねぇっ!!」
「家康っ、家康アンタ意識し過ぎっ!!」
ついに真っ赤になって沈黙してしまった家康に、臨界に達した元親と慶次は笑いが止まらなくなった。
女装。
過去、元就のコレを見て『男の女装』と見破れた者は居ない。事前に男と聞き、男装の彼と会って話していてさえ、女装して前に出直すと女としか見られなくなるのだ。全ての者がそうだった。
過去、全ての者が連なった系譜に、今また家康も連なったという訳だ。
艶を弾く紫茶色の髪に、切れ長の、澄んだ光を宿す鳶色の瞳。薄く控えめに施された化粧の紅は、頬の色と同じ桜色。肌理の細かい白い肌に合うよう、濃淡の緑を基調に選び抜かれた衣が、初夏の季節に涼やかだ。その衣に包まれた肩は繊細で、強く抱き締めたら折れてしまいそうな程に薄く、男の庇護欲を存分にそそる。
これで三つ指ついて微笑まれた日には・・・日にはっ!
そこらの京女より、余程色気がある。武骨者で女の扱いも知らぬ家康などイチコロだ。
笑い話と流されると思いきや、予想と違う展開に、元就の笑顔がサッと引き攣った。
「元親、慶次ィッ!!
貴様ら、我を騙したなっ!!」
「騙したなんて、人聞き悪ぃ事言うなよ、元就♪」
「そーそー、俺らのダチになった奴の通過儀礼みてぇなモンだって。」
「何が通過儀礼かっ! ソレに使われる我の身にもなれ!
これでは我は、ただの女装好きの変態ではないかっ!」
「待ってくれ毛利殿、変態などと、そのような事は決して思っておらぬっ。
物凄い美人だと、驚いておった所よ。綺麗な女子も勇ましい女子も数多見てきたが、斯様に全て兼ね備えた女人は初め、て、」
「いぃえぇやぁすぅぅぅ・・・。」
元就の背後に、黒炎が吹き上がったのを3人は確かに見た。
「戦国武将が、綺麗だ美人だ女にしか見えぬ、そう言われて、喜ぶと思うのか・・・?
そこへ直れっ、他の2人共々、日輪の威光を以って討ち果たしてくれるっ!!」
「わ~い、毛利の兄さんが怒った~♪」
「可愛いなぁも~、落ち着けよ元就♪」
「離せ元親っ、あの猿使いめが一番の重罪人ぞっ!!!」
床の間の刀を抜いて慶次を追い始めた元就を、元親が笑いながら宥めている・・・火に油を注いでいるようにも見えるが。
お蔭で家康はゆっくりじっくり元就の女装姿を堪能し、目に焼き付ける事が出来た訳なのだが・・・きっと次回からは家康も、この『通過儀礼』を新しい友に施す側に回るのだろう。本気の殺気で慶次を追い回し、鞘で防戦させる元就の姿に、家康は間合いだけは充分に取っておこうと心に決めた。
「さて、元親に言って皆を集めたのは、我である訳だが。」
慶次を好きなだけ暴行して気が済んだ元就は、着物の裾を整えると端正な正座姿に戻った。因みに『化粧を落とすのが面倒くさい。』という理由で女装続行である。
家康は『着物なら本格的な格闘技は使えまい、などとはただの思い込みぞ。』という元就の言葉を、きっと生涯忘れないだろうと思った。
「語る事は複数ある。
どれも毛利家が内々で処理すべき事。本来なら、そなたらの手を煩わせるべきではないのだが・・・一度関わらせてしまった以上、説明責任はあろうと思う。
取り敢えず、目の前の問題から話そうか。
1週間以上前、杉大方という女術者が、配下を率いて我に謀反を起こした。
この謀反には前フリがある。杉が行おうとした術に、我がどうしても許可を出さなんだ故の暴挙よ。
その術は大層大掛かりな代物で、仕掛けだけで1か月。掛かりにして300両。人の生贄が500名程といった所か。
その施術の許可証に、我はどんなに嘆願され、謀略を用いられても花押を押さなんだ。」
「どうしてだい?
アンタなら500人の生贄くらい、その日の内に揃えそうだけどな。」
「その捨て駒が、真に我が毛利家を守るに必要なモノならば。500でも1000でもな。
だが、あの術は頂けぬ。
杉はな、『冥帝の門』を開こうとしているのだ。」
「めいていのもん?」
「冥界の帝王。かつて、そう呼ばれた毛利の術者が居た。その冥帝が根の堅州国・・・黄泉の国との直通便として開けた穴があり、それを『冥帝の門』と呼ぶ。
何十代にも亘って、毛利の当主はその門を守ってきた。勿論、開けぬ為にな。
それを開けようというのだ、止めて当然であろう。」
「杉大方は、一体何の為にそんな・・・。」
「なに、単純明快な欲望よ。
アレは日の本の覇権が欲しいのだ。武力ではなく、術の力で以って天下を統一したい。志ではなく、欲望で。
冥帝の門が開かれれば、死界の邪気が日の本を覆う。杉はそれを制御できる心算らしいが、そう上手くゆくものか。安芸だけではない、この列島全てが死に絶える。海に囲まれているからとて安堵は出来ぬ。外つ国にまで被害が及んでも責任は取れまい。
そう説得はしたのだが、謀反など起こす辺り理解はしておらぬようだな。」
「止めなきゃ。」
「我1人で行く。」
「あぁもぅ、元親といいアンタといい、何でそう1人でやりたがるかなっ!
4人で行けばいいじゃねぇか。何故1人になりたがるっ! 此処に皆居るんだぜ?! アンタが死んだら、悲しむ奴が此処に居るんだっ!」
「そう急くな、猿使い。語るべき事の2つめぞ。
我はそなたらを、今の安芸には連れてゆけぬ。そう考えておる。ソレには根拠があるのだ。今からその根拠とやらを見せてやる。」
本気で怒る慶次に、元就は宥めるような静かな微笑みを見せた。
紙燭の明かりに照らされた横顔に、家康の頬が紅潮し、元親が険しい顔で瞑目する。元就は窓際に飾られた花を一輪、取り上げて戻って来た。
「今朝、摘んだばかりの新鮮な花ぞ。
よく見ておけ。生気に満ちているであろう?」
「? あぁ。」
何を当然な、という顔をする慶次の眼前で、元就は花の茎を持ったまま目を凝らす。
他の3人が見守る前で、元就の指先から立ち昇った黒い靄は可憐な花に絡みつき、そして見る間に枯れさせてしまった。
後に残ったのは、床の上に散らばった黒い欠片のみである。
「こいつぁ一体・・・。」
「血なのだ、こういうな。
術者というのは、究極、陽気を以って事を為すか、陰気、つまり邪気を以って事を為すか。この2つに大別される。
我が毛利は、邪気の側。
冥帝の門を開いたかの冥帝も、当時の当主であったとか。その門を閉じ、封印した者が次の当主になったと。我らは代々、血に邪気を宿らせている代わり、体質として邪気に強い。
我が館を取り巻いておった黒い靄、あれが邪気よ。杉が施術するのは一族伝来の聖域であろうが、そこに立ち込める邪気はあの館の比ではない。
我は、問題ない。一族の中でも最高峰の邪気使いである故な。
だが、そなたらは違う。濃い邪気の内に踏み入れば、息をするだけで肺腑が腐って死に至るであろう。
だから、連れて行けぬのだ。」
「・・・・・。」
「慶次。以前、船の上で問答致したな。
そなたは我に『天下が欲しくないのか。』と問うた。」
「・・・あぁ。アンタは要らないって。『天下ではなく日輪を戴くのみ』だって。」
「左様。
あの問答に偽りはない。毛利家は天下に号令してはならぬ一族よ。
仮に武力で天下統一を為したとて、我が一族には邪気の血が流れておる。個人の意思云々の問題ではない。体質として、定めとして、そうなのだ。
毛利の人間は物心つく前に邪気の制御法を仕込まれる。故に、ただ生きるだけなら問題はない。だが、過ぎたる権を持つのは問題よ。
邪気使いの性を持つ将軍。その口から発せられる命令からは、どうあっても邪気を拭い去る事は出来ぬ。
武力で為したとてそうなのだ。
邪気そのもので天下統一など以ての外ぞ。」
「そこは、納得してる。」
「コレは最近手に入れた情報だが・・・織田信長。アレは、織田家の失敗作であった。」
「何・・・?」
「人に非ざる第六天魔王が、自然の理で世に生まれ出でる筈がなかろう。
邪気使いにも複数、家門があってな。中でも織田家は、中の上といった家格よ。
奴らは冥帝の門の代わりに、人の胎と降魔召喚の呪法を組み合わせおった。召喚術で第六天魔王を降ろし、胎内で人の子に依り憑かせた人工の悪魔。
それが織田上総之介信長という男の正体よ。
織田の術者連中は、この駒を制御できるつもりでおったようだ。が、結果はあの様。信長めは暴走、2人目の被験者だった市姫は、逆に自由意志を持たな過ぎるが故の情緒不安定。
日の本各地に災いを撒き散らした上、織田家自体も滅んで終わった。」
「じゃぁ・・・魔王さんも妹さんも、被害者・・・?!」
「同情するには及ばぬぞ、慶次。」
「・・・・・。」
「生まれた場所でどう生きるか、それを決めるのは己自身。奴めの不行状は目にしたであろう? あの男はあの男で、好き勝手に楽しんだのだ。市姫の仕儀も、己なりに生きた結果であろう。同情など過ぎた宝よ。
織田の件は、最近になって我ら毛利の耳に入った事ぞ。
我は一笑に付したものだが、杉は違ったらしいな。邪気使いが表の世に口出しした。織田がやって良い事なら、我ら毛利もやって良い筈。織田は失敗したが、我ら毛利は成功させてみせる。
そう考えて連日のように上奏文を送りつけてきたわ。
あのように大がかりな呪法、どうせ我の許しなくば施せはせぬ。そう高を括っていたら、謀反ときた。まったく、欲に狂った女は手段を選ばぬものよ。」
「・・・・・・。」
「我の単独行。得心致せ、慶次。」
怖い顔のまま沈黙を決め込む慶次に、元就が嘆息する。
元親が表情を動かした。唯我独尊を地で行く彼が、元親以外の人間の心情を汲もうとするなど珍しい。
「二度は言わぬ。腹を割って話すからよく聞け。
牢に囚われたあの時、我は此処が己の死に場所なのだと思った。助けは期待せなんだ。内なる家臣からも、外の人間からもな。
自分の生き方が、誰かの助けをアテに出来るようなモノでない事くらい自覚している。
此処で終わるものなのだと、少なくとも意識の上ではそう納得していた。
それでも元親は来てくれたし、慶次と家康の姿もあった。
素直に驚いたぞ。
面識の無い家康が、わざわざ地下牢まで足労致した事もそうだが・・・、何より慶次の姿があった事が驚きであった。
そなたにはさぞかし嫌われているであろうと思っていた故な。関わり合った様々な事で、怒らせてばかりであった。」
「嫌いな訳じゃ、ないよ。
ただ・・・もどかしい。アンタ程の力が、知性があれば何だって出来る。元親だって居る。笑って暮らせる生き方がきっと出来る・・・俺はアンタに笑ってて欲しいんだ。
でもアンタはそれを選ばない。
何でだろうって、ずっともどかしかった。」
「・・・それも、終わる。我が不幸の8割方の元凶は杉大方。あの女を殺せば、少なくとも区切りをつける事が叶うのだ。
だがな、慶次。よく聞け。
今までの我なら、自分の区切りの捨て駒として、そなたを使ったであろう。杉さえ殺せれば、結果、そなたが死のうが生きようが知った事ではないと。
だがしかし、今の我はそう考えぬ。
一歩でも踏み入れば死ぬと、そうと判っている場所にそなたらを連れては行けぬ。元親は勿論、そなたや家康もな。
これは我の戦。
この件でそなたらを失う事が、我にとってどれ程の痛手か。ソレを察して貰えまいか。」
「痛手と、言うのかい。
俺たちを失うのを、痛いって、思ってくれんのかい?」
「二度は言わぬと申したであろう。
とにかく、そういう事ぞ。ついでに申せば、可能な限りそなたらの理解を得てから安芸へ発ちたい。
そろそろ得心しては貰えぬかな。」
「・・・・・・アンタの言が、判断が、間違ってると思った事は一度も無い。それは今まででさえそうだった。主観が、感情面が抜けてるってだけで、客観的にはアンタが一番正しかったんだ、元就。
今だって、最善は『そう』なんだろうと思う。
それでも俺は、元就。アンタを1人で行かせたくない。」
「・・・そうか。
元親。家康。そなたらはどうだ?」
「俺がお前を1人にすると思うのかよ?」
「毛利殿、否、元就。ワシが貴公との接見を願ったのは、毛利家と同盟を結ぶ為だった。
だがこの数日で決めた。ワシは他の誰でもなく、貴公が当主を務める毛利家と同盟を結びたい。その為にはどんな助力も惜しまぬ所存。杉大方との戦、助太刀致す。」
「そうか・・・。」
小さな呟きと共に、元就が俯く。柔らかい髪が目許を隠したが、その口許は微笑を佩いているように見えた。
「人を説得するとは、斯様に難しいものであったかの。」
「元就。」
「我の話は、これで終いぞ。
また、この話をしに参る。今度はしかと説得してみせる故、そのつもりでおれ。」
病み上がり未満での長話は疲れたのだろう。ユラリと立って、元就は先に退出していった。
残された3人に難問を突き付けて、だ。彼らとしてはヒントも無いまま、眉間に皺の寄った顔を突き合わせて考え込むしかない。
「ちょっと整理しようぜ。
元就の言い分はこうだ。俺たちが乗り込みてぇ敵地には、吸い込んだだけで死んじまうような邪気・・・毒気が充満してやがる。元就自身は耐性があるから大丈夫だが、俺たち3人は戦う前に死んじまう。だから連れては行けねぇ、1人で全てを片付けに行く、と。」
「つまり、ガスマスク的な何かが有れば良いのではないか?」
「ガスマスク的な、何か・・・。」
「具体的にはワシにも判らんが・・・。
何というか、邪気を払う守り袋とか? 身に着けられる結界とか。」
「清めの塩、的な?」
「左様。
邪気の影響を受けずに済む方法があれば、元就もワシらの同道を認めざるを得まい。」
「邪気・・・反対の力は、陽気、だっけ。
元就の言ってた『陽気を以って事を為す術者』ってのに、協力を仰げないかな。ほら、正反対の力なら、守ってくれそうだろ? 家康の言う『身に着けられる結界』についても、何か知っているかも。」
「よぉし、ソレだ慶次ィ♪ 俺に心当たりがある。
伊予水軍が奉じてる『鶴姫』って姫御前が居てな。16歳と歳は若ぇが、気性の明るい、中々に肝の据わった面白ぇお嬢ちゃんよ。
俺はそっち方面ド素人なんで、術者としての能力の高低は知らねぇ。陽なのか陰なのかも。が、聞いてみる価値はあるだろうぜ。
今夜中に一筆、書状を書く。明朝には鶴姫の手許に届くように手配しよう。」
「間に合うかな・・・。」
「元就は、術の仕掛けに1か月は掛かると言っていた。杉大方が謀反を起こしたその日の内に準備を始めたとして、残り3週間弱。
たった3人分だ、そこは鶴姫を拝み倒そうぜ。」
「うっわ、何か俄然楽しくなってきたの俺だけ?」
「同道する方策をワシらだけで準備出来たとしたら、元就はどんな顔をするだろうな。」
「見てろ元就っ♪ 俺らの友情の暑苦しさで、その氷のツラを歪ませてやるぜっ!」
何やら趣旨が変わっている気がするのは、慶次だけだろうか。だが確かに、ず抜けて聡明な『あの』元就が驚嘆するような行動を、1度で良いからしてみたいのも事実である。
テンション高めで家康とハイタッチする元親に、慶次も上機嫌で笑っていた。
眠れずに弦月を見上げていた元就は、慣れ親しんだ男の気配に地上へと目を戻した。
膝立って障子の桟に凭れていたのを、正座に戻す。
「どうした、元親。
先程の話の続きならば、明日にせい。」
「違ぇよ、元就。
今は別の話があるんだって。」
「別の?」
「そ。
エロい話♪」
そう嘯くと、現れた元親は長身を腰で折って、元就の唇に軽い口づけを落とした。
彼の唇の熱に、宿ったその情熱に、察した元就が澄まし顔で笑う。
「西海の鬼の好みは、腹の黒い邪気使いか。
何も死界に列する者に手を出さずとも、他に幾らでも相手が居ように。」
「本物が此処に居るのに、俺にフェイクで我慢しろって?
そっちこそ冗談だろ。」
「そなた・・・今、さりげなく物凄い非道を口にしたぞ?」
呆れて立ち上がった元就に、待ってましたとばかりに吸い付く元親。
細腰をなで回す卑猥な手付きに、乱れた気息のまま、元就は呟きで命じた。
「戸を・・・閉めい。
続きは、中、っ」
服の上から割れ目をなぞられて、ビクンと体が跳ねる。
生理的に滲んだ涙を、元親が舌を伸ばして舐めとっていく。
そうして元就を翻弄しておいて、彼は後ろ手に障子の戸を閉めきった。暗闇が場を支配するが、そこは夜戦にも慣れ親しんだ戦国武将である。2人共視界に不自由はしない。
互いを求め合うにも。
「如何した、元親。急に我が欲しいなどと・・・。」
「・・・明日、客人が1人増える、かも知れねぇ。確実に増える。
中々騒々しい奴でよ。そいつの首根っこ押さえるのに時間取られて、お前に触れる時間が減ると思ったら、急にお前の肌が恋しくなった。
安芸に帰るにも準備が要るだろうし、忙しくなるだろう。
今夜の内に、存分にイチャつこうぜ?」
「痴れ者め・・・。」
「痴れ者はどっちだよ、元就。
ココ・・・すげぇ感じてんじゃねぇか。」
互いに素肌を晒した体で、肌を重ねる。その脇腹を撫で上げると、途端に元就が背筋を跳ね上げた。
その隙に背中に腕を絡ませて、元親の指先が真っ白いうなじを這い回る。
元就の指が、爪先が、元親の肩に食い込んだ。
「ぁあっ、ん・・・そ、やめ、」
「イイ・・・この声、この肌、この匂い。
お前とじゃなきゃ、コの気持ちよさはナイわ、やっぱ。」
唇が肌を下る。胸の飾りに至ると、舌先で思うがままに蹂躙し始めた。その間も両の手先は、肌のそこかしこに触れ回っている。
船乗りの逞しい足が、肌理の細かい白い細足に絡む。太腿を強く擦り付けられて、元就の喉から更なる嬌声が漏れた。
元親の分身が、元就のものに触れている。もどかしい程に軽い接触だ。
知らぬ間に、ねだるように見上げていた元就の表情に。その清純で淫らな表情に、元親の喉が鳴る。
「たまんねぇ・・・暴走していいか?」
「・・・手加減せい。
久方振りな上に、牢内で痛みばかりを与えられていたせいか、・・・その、敏感になっておるのだ。常ならぬ痴態など、見せたくは、っ、ゃ、」
台詞の途中で、手の甲で頬を撫で上げた元親。元就は瞳に力を入れて睨み上げるが、煽るだけの効果しかないらしい。逆に愛おしそうに、優しく軽く口づけられた。
優しいのは一瞬だけ、すぐに激しく、角度を変えて幾度も施される口淫に元就の息が上がっていく。
酸素不足で朦朧とする意識の中、耳許で囁かれた男の声にさえ、元就は思わずゾクゾクッと感じてしまう。
「つまりは、お前も俺に飢えてるって事だろ?
その痴態とやら、拝ませてもらうぜ、元就。」
腰を撫でた手は、そのまま股間に赴いた。
2人で朝湯を使ってからも元親は離れがたいようで、戻ったのは元就の部屋だった。元就の、というか、客間の1つを私物化しているだけなのだが。
今日から病人食を卒業し、普通の食事に戻る。合わせて場所も、自室ではなく居間で摂ると決めていた。
身支度を整えて居間に行けば、じきに慶次や家康も来るだろう。
「髪、伸びたな。」
鏡台に向かって髪をくしけずる元就を、元親は後ろ抱きに胡坐の膝に乗せて眺めている。言われてみればと、元就は髪を一房つまんで鏡の中に映してみた。
一連の騒ぎの前から、切らねばならぬとは思っていたのだ。それが謀反やら逃避行やらが重なって伸び放題、長曾我部家に来てから手入れが出来るようになって、見苦しい状態からは脱したが・・・ちなみに元就の髪は乾燥する質で、きちんと手入れしておかないとすぐ荒れてしまう。美髪に拘りがある訳ではなく、見苦しく荒らさないようにすると美髪になってしまうだけなのだ。
お陰で急な女装にも難なく対応できるのだが・・・。
いつも肩少し下で揃えていた髪は、いつの間にか、背の半ば程度まで伸びている。
「切るか。戦の前に。」
「え~~~?
いいじゃねぇか、このまま伸ばし続ければ。長髪の似合う男なんざ貴重だぜ?」
「黙れ元親っ、そなたは我に女装させたいだけであろうがっ。」
「あぁ。見たい。」
「この、臆面もなく。」
あっさり言い切った元親に、攻め手をなくして歯ぎしりする元就。
実際、彼の女装は中身まで完璧だった。7歳まで本物の姫として育てられたのだ。本人も自分を女と疑わなかった。そのお蔭があって、今でも礼儀作法はじめ、所作に滲み出る品格が安芸の名門・毛利家の『姫』そのものなのだ。
「ハサミを使う。危ないから悪戯するでないぞ、元親。」
「なら、ハサミを持つ前に悪戯するのはアリなんだな?」
立って文机に向かった元就を、追いすがって抱き締める。
耳元で囁くと、元親は元就の右手に自分の左手を重ね、指を絡めて持ち上げた。繊手の甲に口づけた彼に、この館に来て何度目か、白皙の美貌に朱が昇る。
「・・・悪戯なら、昨夜の内に済ませたのではなかったのか?」
「大人の時間に区切りなんて無いんだぜ、元就。」
「最悪だな、そなた。」
至近で呟き合う唇が、更に接近する。
空いていた元親の右手が、元就の細いおとがいに掛かって上向かせる。
元親が、ゆっくりと腰を屈めてくる。
元就の瞳が、その鳶色を閉ざして
「もーうーりーさ~~~~~~んっっっ!!!!!!!」
スパ―――ンッ!
小気味いい音を響かせて障子を開け放つと、その少女は勢い良く元就の胸に飛び込んできた。
呆気にとられる元親の腕から難なく元就をひっ攫い、体勢を崩して言葉もなく転がされた元就を、喜色満面で布団の上に押し倒している。
「嬉しいです、毛利さんっ、とうとう私を使って下さる時が来たんですねっ! 私、頑張りますからっ。必ずご期待に添えるように、テクニックの全てを駆使して頑張りますっ。どうして欲しいか、詳しく全部手取り足取り、教えて下さいね、毛利さんっ!」
「・・・取り敢えず、その微妙にエロの匂いが漂う言葉選びはヤメロ。」
「っ! そうだっ、てめ、よくも元就の上に乗りやがったなっ?!
早くどけ、そいつの上に乗っていいのは俺だけだっ!」
「ヤですよ~っ、だ。
長曾我部さんこそ、早く自分の部屋に帰って着替えてきたらどうですか? あ、毛利さんのお着替えは、私がお手伝いして差し上げますからね、付きっ切りで♪」
「付きっ・・・?! てっめぇ、俺がやりたくてもさせてもらえない事を・・・。
ていうか俺ぁ聞いてねぇぞ、お前と元就がそんな仲なんてっ!」
「そんな・・・? 意味が判りませんけど、言いたい事は判ります。
こっちにも複雑怪奇な事情っていうモノがあるんですっ。でもそれも今日で解禁。ですよね、毛利さん♪」
「なに、そうなのか、元就っ?!」
「いや、我は何も」
「よぅ、毛利の兄さんっ!
朝っぱらからイイ人2人に挟まれて痴話喧嘩たぁ、お盛んだねぇ♪」
「男前の年上の偉丈夫と、清純可憐な年下の巫女娘、か・・・。
元就、その守備範囲の広さ、敬服に値するぞ。」
彼女の声を聞きつけて、近くの客間に部屋を与えられていた慶次と家康までもが出現し、そして何か重大かつ盛大な勘違いをしている。家康など、赤面してどこかあらぬ方を見ながら、自分に言い聞かせているようなセリフではないか。
カオスだ。
傍らに恋人。その恋人と濃密な一夜を過ごした事が丸判りに寝乱れた布団。2人共まだ着替えもせず真っ白い夜着のまま。そこに唐突に現れ、確信犯的にエロい言葉を並べて自分の服を脱がそうとする、妹同然の少女。そこに通りがかり、他の可能性など微塵も考慮に入れずにエロい誤解をする、知人。
もう一度思った。
カオスだ。
元就は目の前が真っ暗になった。
「さて、美味な朝餉を前にして、我はそなたら全員への説教から始めねばならん。
大変に残念だ。」
一瞬、現実逃避しそうになった元就は何とか踏み止まって場を収めた。
収めたというか、『事情の全ては朝餉の席で説明致す故、取り敢えずお前ら全員黙れ。』という、なんとも強引な威圧で黙らせて。
居間には既に、美味しそうな匂いをさせ、作り立ての湯気が立ち昇る料理の数々が並べられている。公式には大層な大物なのだ、今、この長曾我部邸に滞在している『4人』の客人は。料理人も勇んで腕を振るっていると聞くが・・・。
その料理を口にする資格があるのか、コイツらに。
元就は本気で悩んだ。
その『公式には大層な大物』と館の主を揃って整列させ、自分と対面する形で端座させる事が出来るのも、元就だけであろうが・・・。
これ程に嬉しくない特権も珍しいだろう。
「まずは家康、慶次。」
『はい。』
「敬服してもらった所悪いが、ソレと我とは、そのような仲ではない。
守備範囲は大層狭く、西海の鬼めの一択。我ながら悪趣味だと思うがな。」
『はい、すいませんでした。』
「酷ぇよ元就っ。」
「次に元親。
重ねて申すが、ソレと我とは、『そんな仲』ではない。決して成り得ない。我の趣味はそこまで悪くはない。
ソレと我との距離の近さ、黙っておったは、素直に詫びよう。
色々と立て込んだ事情があってな。コレと我との繋がりが広まると、また杉辺りがうるさく策謀をけしかけて参るのよ。
下手をすれば長曾我部家を巻き込む大乱になりかねぬ故、意識して黙っておったし、コレにも黙らせておった。
済まなかったな。」
「いや・・・早とちりして悪かったよ。」
「ついでに2つ、申し添えよう。
ひとつは、『使う』だの『テクニック』だの申すのは『杉大方殺しへの協力を』頑張る、という意思を、確信犯的にエロく言って我らを揶揄っただけぞ。
もうひとつ。
そも、我に黙ってコレを呼び寄せたのはそなたであろうが。昨夜の内に明かされていれば、我にも説明のしようがあったのだがな。」
「ごめっ、マジでごめんなさいスイマセンっしたっ。」
「さて、最後に・・・。」
『??』
最後にユラリと立ち上がった元就は、3人の見ている前で大きく息を吸い込んだ。
3人の端にやはり正座させられているのは・・・伊予の隠し巫女・鶴姫。
「明(あかる)っ!
いつも言っておろうが、若い女が男の閨に、軽々に立ち入るなとッ!! あれ程申し付けたのにまた入り込みおって、貴様それでも処女性を重んじる神道の巫女姫かっ!」
「いいんですっ、私にとっての毛利さんは正真正銘、兄様なんですからっ!!
妹と兄が一緒に寝るなんて、普通でしょうっ?」
「いや、そこはダメであろう、『普通』とか言い切っては・・・むしろ『だからこそ』、16の妹と25の兄が同衾するとか有り得ないからな?
論点をズラすでない。
良いか、明。これは結構な重大事ぞ?
確かに・・・確かに、だ。我がそなたを抱く事は有り得ぬ。我にとって、そなたはあくまで『妹』であって、それ以上でも以下でもない。正真正銘、そなたに手を出す事など、それこそ天地が引っくり返っても有り得ない。逆もまた然り。我らの間に色事など発生しよう筈も無い。
が、しかし、だ。
周囲の男の目というモノを意識せよ。
そなたにその気がなくとも、だ。もし、周囲の三流下衆野郎がそなたを『気軽に男の夜這いを許す尻軽女』などと誤解致したら何とする。
下衆な期待をする者は、大喜びでわざと下衆な誤解をするものぞ。
そなたの射は見事だが、腕力では男に劣る。力に訴えられれば、危険を回避する術は無いと知れ。」
「それなら毛利さんが、例えば師匠になって下さったりすれば解決するのでは?
正当な理由が無いから、下衆な人に誤解されるのでしょう? なら『正当な理由』を作ってしまえばいい訳で。弟子が師のお世話をするのは当然、みたいな?」
「明・・・。」
「はい、毛利さんっ。」
「上手く話を繋げたつもりか、馬鹿者―――――っ!!!
あと袴の裾が短過ぎるっ!」
「ま、まぁまぁ、元就、その辺で・・・な?」
2人の関係性を薄っすら認識しながら、元親は元就を宥めにかかった・・・まぁ、当の鶴姫がのほほんと堪えた様子もないから、気遣う必要は無いのかも知れないが。
取り敢えず、一番基本的な疑問を解いておく。
「なぁ、元就。
コイツの名前は『鶴姫』だろう? 伊予神社の隠し巫女。今は伊予水軍が守ってて、得意技は百発百中を誇る弓と、術を使った治療の技。それに未来を予測する先見の目。今回だって、俺が書状やる前に来ちまった。
お前の呼ぶ『明』(あかる)って名は、一体何なんでぃ。」
「武家で言えば、幼名のようなモノか。」
「私の名前は、鶴姫で合ってます。
でもソレは2つ目の名前。最初の名前は『明暗を分ける』の『明』一字で、『あかる』って読む名前でした。
赤子の頃に神社に拾われて、見習い巫女として修練に励んでいた時代の名前です。力を認められて、8歳で隠し巫女に選ばれて。その時に貰った名前が、『鶴姫』。
だから私にとっては、両方大事な名前なんです。」
「術者としては、既にして一流。超の付く術者になれる素質もある・・・。
だがしかしっ! コレには足りぬモノが多すぎるっ! 例えば一般常識とかなっ!!
故に我は明と呼称させてもらうっ、誰が成人として扱ってなどやるものかっ!」
「いいですよ~? 毛利さん専用の名前って事で。」
「開き直りおって・・・。」
ぐったりと膝をつく元就は、鶴姫から飛ばされるハートマークを振り払う気力も無いらしい。
他の3人は納得して終わりだが、元就の本当の苦難はここからだった。
朝餉ひとつにしても。
「毛利さん、私、毛利さんの隣でご飯食べたいです。」
「ん? まぁ、それしきの事、構わぬが・・・。
明、また人参だけ選り分けたのか。我が食してやる故、代わりに我の漬物を食して栄養を摂るがいい。」
「待て元就、だったら俺の焼き魚も食え。お前のは俺が貰う。」
「断る。同じ主食を取り替えただけではないか。」
「俺の魚が食えねぇってのか?!」
「そなたが焼いた訳ではなかろうがっ、あと座って食せ行儀が悪い!」
((おかず交換が羨ましいんだ・・・絶対そうだ・・・。))
手足と首の怪我についても。
「おいたわしい毛利さん・・・私の術で、すぐに治して差し上げます。」
「ん。頼むとしよう。」
「くっ、朝晩の包帯交換、俺の密かな楽しみを・・・。」
「うるさい黙れ殺すぞ元親。」
((可哀想な元親・・・っ。))
元就の、ではなく元親の苦難、かも知れない。
家康と慶次、傍観者2人としては同じ男同士、元親が哀れでならない。鶴姫と元親の仲が拗れないかも心配だ。だが、それを杞憂にしたのは鶴姫からの提案だった。
元就に向けるのと同じキラキラした瞳で、彼女は鬼を見上げてこう言ったのだ。
「長曾我部さん。
私ずっと前から思ってた事があって。毛利さんと仲良しだって事、長曾我部さんに解禁出来たら、お願いしたい事があったんです。」
「んだよ、言ってみな?」
「同盟組みましょう。」
「伊予水軍と?」
「いえ、私個人と。
名称は『毛利さんを愛でる会』。活動は、ただひたすら毛利さんを愛し、守り、尽くし、大事にする事。この1点のみ。
長曾我部さんにはこの会の名誉会長に就任して頂きたく。ちなみに副会長は私です。」
「ぃよぉし、乗ったぁ!!」
「わーい名誉会長~♪♪」
「そなたら2人、我を何だと思っておる・・・。」
真っ更な紙を眺めながら、元就の目が何処か遠くを見つめている。
長曾我部家にある毛利領の地図は、僅か数枚。そう多くはない。これは別に長曾我部家が備えを怠っていた訳ではなく、作っても意味がないからだ。パワーバランスが目まぐるしく変わる戦国の世、大名ひとり死ぬ度に詳しい地図を作り直していては追いつかない。天災も多く、地形は容易く変わる。
故に、大まかな地図は常に常備するが、細かな地図は必要な時々に斥候などで把握する。ソレが一番、効率的で一般的なやり方だった。
それに今回赴く敵地は、余人に知られていない毛利一族の聖域。
元就自身の手で地図を起こすしかない。
「明。そなた、何処まで事態を把握しておる。」
「はい、毛利さんっ。
こちらに伺ってから、長曾我部さんに詳しく伺いました。杉大方が毛利さんに逆らったから、私たちであの人を倒しに行くんですよね?
冥帝の門を開くなんて、そんな、役目の放棄にも等しい事を・・・。
この1週間程で急に霊障が多くなって、毛利さんどうしたんだろう、何かあったのかな、とか思ってたんですけど。やっぱり杉大方じゃダメですね。毛利当主は、やっぱり毛利さんでないと♪」
「ん、まぁ及第点であろ。」
「何だよ、毛利の兄さん。役目とか霊障とか?」
「・・・猿使い。責任を負った事のないそなたには、判りかねる話であろうな。」
「慶次さん。
術能力者の世界で、毛利家は最高峰の家格を持っています。」
「最高峰・・・織田家よりも上って事かい?」
「織田家? ヤだなぁ、あそこは良く言って中の上ってトコです。毛利家とは比べ物になりません。歴史も、血や能力も、負っている責任も。
逝き迷う死者を安全確実に黄泉送りにしてあげる事。西日本一帯における、その総元締。それが邪気使いの最高峰である毛利家が、代々果たしてきた役割なんです。
邪気だ陰気だとか言うと陽気の使い手は皆、眉を顰めますけど、死者を安らかに導いてあげる事は、陽気の使い手には出来ない事。邪気の使い手にしか出来ない、この戦国の世では特に大事な役割です。
ちなみに、西日本一帯の陽気の総元締はウチ、伊予神社です。
兄は邪気の総元締で、妹は陽気の総元締。そんな兄妹、楽しくありません?」
「明。
無理に話を繋げようとするな。聞く者が混乱するわ。」
「はい、毛利さんっ。
上の乱れは下の乱れ。毛利家内部が混乱して、術者が毎日の黄泉送りの祈りをやめてしまうと、西日本では死霊がウロつくようになります。
ソレだけですぐに日の本が滅ぶとか、どうこうってハナシではないのですけど・・・。
良い状態でないのは、確かです。伊予神社にはそういう時の、毛利家に対する補助組織、という側面もあります。
だから嬉しい。
本来の役目が全う出来て、毛利さんの助けになれて、今の私はとっても嬉しい・・・♪」
「補助組織というか、警告を与える役目、という事よな。
助けになるというよりは、『黄泉送りの儀、果たさねば他の家門にすげ替えるぞ。』と威圧するのが伊予の役目よ。
今代の伊予神社も、我と明の接近を快く思ってはおらぬ。伊予の存在意義としては当然よ。我が道を誤りし時は、明が我を止めねばならぬのだから。
殺してでも、だぞ。明。」
「・・・ご自分でそう言う人に限って、道を誤ったりしないものなんですっ。」
上目遣いで唇を尖らせる明・・・鶴姫の髪を、元就は否定も肯定もせず、黙って撫でていた。その沈黙が、逆に怖い。
元親は渋面で黙っているし、家康と慶次は恐る恐る顔を見合わせた。
もしかして自分たちは今、とってもバッドエンディングな伏線に立ち会っているのではなかろうか。
「仮定の話をしても始まらぬ。
明は事情を承知しているとして、だ。次は場所の確認よ。」
何事も無かったかのように話を変えると、元就は自ら筆に墨を含ませ、サラサラと地図を描き始めた。
「これがかの地の場所で、この地からの行き道がこう。
これが、聖域の外観。
そしてこれが、聖域中央に建てられた、神殿内部の見取り図よ。
元親が明を呼び寄せた理由、察しはついている。明。そなたはこれから3週間かけて、邪気払いの護符を3つ作れ。」
「一緒に行っていいって事だよな? な、毛利の兄さんっ♪」
「何やらもう、説得するのが面倒になったわ。作戦行動中に護符を失えば、その瞬間に臓腑が溶け腐って死ぬと思え。
元親、慶次、家康。
術者は我が殺す故、そなたら3人には、術具を破壊してもらいたい。
明・・・は、本当は邪気のただ中など、連れ歩きたくはないのだが・・・来るなと言っても、詮無いのであろうな。」
「勿論ですっ、兄を守るのは、妹の役目ですから。」
「・・・そなたは生贄を解放せよ。
あの術式はの、500人以上の死を一瞬で起こす事によって、瞬間的に死界を生界に近づける。そうして近づいた所を、膨大な霊力と術具で境目をこじ開ける。
簡単に申せば、そういう術よ。
膨大な霊力を制御するは、杉大方をはじめ、毛利の術者。それは我が全て引き受ける。
術具の数は6。そのうち半数、3つ壊せばバランスを失い、術は停止する。それは元親、家康、慶次。そなたらに任せる。
大量の『死』なくば、術は発動のしようがない。
明。生贄全員、そなたが連れ出せ。勿論、生きた状態でだ。良いな?」
「本当は私、毛利さんのお傍で戦いたいんですけど・・・。
杉大方以外の術者とか、お引き受けしますよ?」
「必要ない。我1人で足りる事に、首を突っ込むな。」
「はい、毛利さんっ。」
「あとは・・・術式開始の、正確な日時が知りたいものよの。
冥帝の門には歴代当主たちが施した封印が、山と掛けられておる。故に本来なら、仕掛けのひと月以前に、封印を解く作業が必要になる。
月数にして、3、否、4か月、あるいはそれ以上は掛かろうか。」
「何だよ、全然余裕じゃねぇか。」
「油断するでない、元親。
許可書に判を捺さないからとて、謀反を起こすような女ぞ、杉は。当主の意向なんぞ、構い立て致す気は元よりあるまい。我に隠れて、先に解ける封印だけでも解いてしまっておる可能性は充分あるのだ。
封印が大半解けたからこそ、仕上げに謀反を起こしたという仕儀かも知れぬ。
故に知っておきたい。封印が今どういう状況で、実際にいつ施術致すつもりなのかを。」
「おやおや~? それってもしかして、俺様に言ってくれちゃってます?」
「あっ、てめ、どっから入り込んだっ。」
「堅いコト言いっこナシッスよ、鬼の旦那♪」
部屋の影から滲み出てきたのは、猿飛佐助。武田の忍だ。
元就は動じる事無く流し見ている。
「大方、毛利家の混乱が既に武田に伝わっているのだろう。甲斐の虎に中国の様相を探って来るよう言われたか。
それで、だ。通りすがりの武田の忍。
そなたにひとつ頼みたい。
猿飛佐助。そなた、杉大方が冥帝の門、いつ開けんとするか。その具体的な日時を探って参れ。封印の状況云々は捨て置いて良い。そなたは門外漢であろう。
最低限、具体的な日時。可能なら、当日の人員配置も。情報を抜いて、我らに耳打ち致せ。」
「ちょっとちょっと、日輪の旦那。
毛利どころか瀬戸内の人間でもない俺に、アンタの為に働けって? 冗談でしょ。」
「安心致せ、流石にタダ働きはさせぬ。
銀370貫。月払いで『長曾我部家から』武田家に支払おう。ちゃんと証文も書いてやる。これで手を打たぬか?」
「おい~? 元就サンよ。
俺の聞き間違いか? 今、『毛利家から』じゃなくて『長曾我部家から』って言わなかったか? まさかな?」
「まさかではない、しかとそう申したぞ。
安心致せ、元親。先日カラクリの製作に必要だとかで貸し与えた、『あの』370貫の事ぞ。そなたからすれば、返済先が毛利家から武田家に変わっただけの事。
今この瞬間の我は実質、毛利家の財政に干渉する術を失っておる。その我が『毛利家から支払ってやる。出世払いの成功報酬で働け♪』などと申すより、余程現実味のある話であろうが。
言うておくが、元親よ。
そなたから我への借財は、累計であと『1000貫以上』残っておる。370貫を抜いてもな。つまり我はこの長曾我部家で、『1000貫以上』は、自由に出来る金があるという訳だ。
家を追われた身で、肩身が狭いどころか自由に息が出来る。まこと、良き事よな。
で? いつ返してくれるのだ?」
「チクショウ・・・資材費やら人件費やらで金掛かんだよっ。」
「こまめに返さないそなたが悪い。」
「長曾我部さん・・・借金まみれの男の人ってカッコ悪いと思います。
恋人に借金癖があるなんて、私、毛利さんの事が心配になります。」
「ちょっ、お前はまたそうやって、人が聞いたら誤解するような言い回しをっ。
別に借金癖なんてねぇよ、金借りんのは元就にだけだっ。」
「余計悪いです長曾我部さんっ。
すごくカッコ悪いですっ。」
「我は別に構い立て致さぬがな。
培った技術力や作ったカラクリは、きっちり毛利家に還元させておる訳だし。」
「甘やかしちゃいけません、毛利さんっ。
ソレとコレとは別問題ですっ。」
「で? 武田の忍よ、どう致す。」
別だ同じだと、水掛け論を始めた元親と鶴姫を放って、元就は淡々と佐助に問いかけた。
当の忍は隠しようのない呆れを滲ませて2人を眺めている。
「冥帝の門が開かれれば結局、そなたの大事な武田信玄と真田幸村は死する事と相成ろう。
ここらで我らに協力し、門を封じて大事な主を守り切り、毛利に貸しを作り、長曾我部よりの資金を得る。悪い一手ではあるまい?」
「・・・何ていうか、意外だね。見てると優しいじゃないッスか、伊予姫さんには。
アンタはもっと、・・・それこそ、伊予のお姫さんすら捨て駒にするようなお人だと思ってたんだけどな。」
「明の事は・・・アレは、我が死守した最後の人間性、と言った所か。
もしもそなたが、先々もこの瀬戸内を見続けるようなら。我と明の過去、垣間見る機会も来るかも知れぬ。詳しくはその時までの楽しみと致せ。」
直接は答えない佐助に、元就もまた、直接は答えない。
新たな紙を広げて挑戦的な笑みを佩く。
「武田信玄に伺いを立てる時間は与えぬ。流石にそれ程、いとまのある話ではないのだ。
今、決めよ。証文は今しか書かぬ。この先気が変わっても、タダ働きになるだけぞ。」
「りょーかい♪ 働きましょ。」
即決して消える佐助。
筆に墨を含ませながら、元就は独りごちた。
「門に掛けられし最新の封は、我の物。生存する当主の掛けた封は、当主を殺す事でしか解く事は叶わぬ。
杉からの刺客を以って時計りとしても良いのだが・・・。
判っておる。使える者が居る内は、我の命は最後までエサにすまいよ。だからそのような顔をするな、明。」
「毛利さん・・・悪癖、出さないで下さいね? 杉大方を前にしても、どうか悪癖だけは。
普通に戦う分には、杉大方なんか毛利さんに勝てっこないんですからね?」
「判っておると申した。幾度も同じ事を言わせるでない。
明。そなたは外れて、射の修練でもして参れ。詳しい手筈は後で教えてやろう故。」
「かしこまりました。行って参ります、毛利さん♪」
「ん。」
瞬間、不安な表情を見せた鶴姫だが、最後には素直に退出していった。2人にしか判らない空気感に、他3名は『悪癖』が何なのか聞きそびれてしまう。
ただ、義兄妹とも呼ぶべき絆があるのは、確かな事のように見受けられた。鶴姫は勿論、元就自身すらも四の五の言いつつ認めているような。
黙って視線を交わした3人の間で、家康が僅かに頷いた。
(第二章へ)
戦国BASARA 7家合議ver. ~始めなくては始まらぬ~
数日後。
「まるで明のストーカーの様だぞ、家康。」
「何処がだよっ。」
鶴姫に話しかけるタイミングを見計らっていた家康は、逆に元就から唐突に話しかけられ思わずツッコんでしまった。
時刻は夜。紙燭の灯が頼りない、深更である。元就の部屋の外で彼女が出て来るのを待ち構えていたのに、本気で変態扱いしているに違いない声を聞いて速攻で障子を引き開けてしまう。元就に黙って彼女にだけ聞きたい事があるのに、明けても暮れても鶴姫は、一向に彼の傍を離れる気配がないのだ。この館で合流して以来、2人は殆ど一緒に行動している。自分にまつわりつく彼女を、元就もまた、一度たりとも突き放さないのだ。
今も。
床の上に並べられた色鮮やかな物体に、家康は目を丸くする。
元就は何故か自慢げだ。
「コレか? 我は術の中でも、風操りの技が得意での。良き拵えの扇程、より良き力を引き出すのよ。
我の出陣を察した明が、神社の蔵から持ち出して参ってな。」
「毛利さんに似合うモノばっかり見繕ってきました♪
それで、この中からどれを使いたいか、毛利さんに選んでもらってたんです。家康さんはどれが一番、毛利さんに似合うと思いますか?」
「いや・・・ワシはこの手の見立てにはとんと勘が働かんでな。」
「若い女子の気が惹くのに、小物の見立ては大事な勘所ぞ?」
「だからストーカーじゃないってっ。」
わざと意地の悪い冷笑をくれる元就に、家康は律儀に返して、その場にどっかりと胡坐をかいた。扇の海に目を落とす。
一体どれだけの数、持ち出してきたものか。布団の上まで浸食して所狭しと並べられている、大小の扇の数々。渋い色柄のモノ、気品のある艶を帯びるモノ。華やかな朱に金箔を散らしたモノもある。
その金箔散らしの扇を取って、鶴姫は元就に手渡した。元就は素直に開いて、自身に風を送っている。
「毛利さん、赤も似合いますね~♪ 色負けしてませんもの。
そういえば、長曾我部さんに聞きましたよ? 久し振りに女装なさったって。」
「嫌な記憶を・・・慶次と元親にまんまと謀られたわ。」
「残念だな、見たかったです。お衣装、緑で纏めたって長曾我部さんが。この赤い扇なら、きっとお衣装にも映えたでしょうに。
まだ新しい物です。半年くらい前に、宮大工の棟梁が寄進して下さった物で。
毛利さんもご存じですよね? 宮大工の春吉さん♪」
「あやつか・・・。少しは板に付いてきたのか、立場は。
確か、先代から継いでまだ2年程であった筈だが。」
「流石にまだまだ。腕は良いし優しい人なんですけど、優しすぎて人に命令が出来ない人。
お婆様の前に出ると、とってもビクビクして可哀想なくらい。」
「つまり、婆共に蔑ろにされる巫女姫の、守りに成れる器ではない、と。
恐らく、明の味方にならぬ者を選んで棟梁にしたのだろうな、婆共は。」
「仕方がありません。宮大工ですもの。戦う心は持ち合わせていない人。アテにするのは酷というものです。
こちらの黒漆の扇はどうですか? 戦場に持って行くには、頑丈さも大事でしょう?」
「ほぅ、これは珍しい。紙に直接、漆を塗っているのか。」
「はい。使われているのは、この西の地で採れた漆だそうですよ?」
兄妹の夜話、以外の何物にも見えない。
穏やかに更けゆく夜に、久し振りに会うのであろう2人の口から、話は尽きない。元就が穏やかに頷き、鶴姫が楽しんで笑う。2人の白い夜着を、オレンジの光が優しく照らしだしている。
強い絆を感じさせる、佳い光景だ。
が、家康は何処か、違和感を感じていた。2人が不自然だというのではない。ただ、何か家康自身の目が、2人に関する大事な情報を見落としている気がする。
ふと、元就が顔を上げた。
目顔で問う家康に、僅かに頷いてみせる。
「武田の忍が戻った。
今夜辺り戻るであろうと明が申す故、寝ずに待っておったのだ。」
「おお、流石は伊予の巫女姫だ。ではワシも、」
「いや、そなたは此処で明と共に待っておれ。元々、明に所用あって近くをウロついていたのだろう? 我とてすぐ戻る。
明。家康からそなたに、問いたき儀があるそうな。話の相手になってやれ。」
「はい、毛利さんっ♪」
当然のような呼吸で文箱に先回りし、鶴姫が差し出した証文を手に、元就は淡々と部屋を出ていった。
普通、そういう事は小姓か身内がするものだが・・・。彼は彼で、他人如きが勝手に漁るなとは言わない。余人を用いない元就の気性は、家康も知っている。すると、鶴姫は元就の身内であると、互いに認定し合っている、という事になるのだが。
ちなみに同じ証文を、元親と元就も持っていた。例の370貫の証文だ。
「今更だが、猿飛に邪気払いの守りは要らなかったのか?」
「忍、ですから。あの人たちは、元々が邪気に近い人たち。陽気のお守りは、かえって邪魔になるくらいです。
害になる分の邪気は、毛利さんが禊をして下さる筈ですし。」
「鶴姫殿は・・・随分と元就を信じているのだな。」
「はいっ、毛利さんは私の、大好きな兄様ですっ♪」
「・・・ワシが不思議に思っておったのは、その辺りの事でな。
姫は・・・その、元就を慕うに、男として見ている訳ではない、のだよな・・・?」
「家康さん・・・そういう見方ばっかりしてると、毛利さんに叱られますよ?」
「待て待て待て、本気で待てっ、元就にチクッてくれるなよ?! 本っ気で怖いからっ。
つまりだ、何というか・・・そう、家族っ。姫と元就は、血縁は無いのだろう? しかも元就は、毛利家と伊予神社とは、決して相容れぬ組織だと申すではないか。
方や毛利家当主、方や伊予神社が戴く隠し巫女。
なのに、2人の間には常に家族的な、血の通った温かさが満ちておる。それこそ、兄と妹であるような。
ワシにはそれが不思議でならぬ。ならぬ故、理解したい。
ワシの疑問などその程度の事よ。決してっ、決して姫を邪な目で見ている訳ではないからなっ?!」
「家康さんは毛利さんを怖がり過ぎです。」
「ワシの家臣にも、1人、シスコンが居る。
シスコンという生き物は、余人には度し難いものよ。」
「ブラコンの妹を前に大真面目に言われると、流石に傷つくんですけど。」
呆れたように言ってから、鶴姫は苦笑して扇を片付け始めた。夜も深い。元就が戻れば、眠るか仕事の話になるか、だろう。故に。
その呼吸の読み方がいかにも身内らしく、家康の興味を引く。
「私が8歳の時だから・・・8年前ですね。ちょっとした事件があって。その時私の命を救って下さったのが、毛利さん。
それから色々、気に掛けて頂きました。
文字など知らなくて良いと言うお婆様の反対を押し切って、手習いを教え。
身の回りの事など侍女に任せよと言うお婆様の反対を押し切って、着替えの仕方、お風呂の入り方、その他諸々の日常の世話を教え。
俗世の仕組みなど知らなくて良いと言うお婆様の反対を押し切って、街に連れ出しては買い物の仕方や、経済の仕組みを教え。」
「反対を押し切ってばかりではないか。」
「伊予神社の実権は、今現在、お婆様たち上級巫女が握っています。
本来上級巫女たちは、隠し巫女に仕える立場。ですが彼女たちが巫女を選ぶ立場でもあり、歴代の隠し巫女がずっと消極的に籠もってばかりだったのもあって、実権が隠し巫女から上級巫女に移ってしまいました。
お婆様たち上級巫女は、隠し巫女である私をお雛様にしておきたいんです。
神社の外の事など何も知らず、興味も持たず、意思を表明する手段など、何ひとつ知らない、生きる力を持たない無知な子供。
その方が、都合がいいから。
毛利家という強力な後ろ盾でお婆様たちを黙らせて、私を外の世界に連れ出してくれたのが、毛利さん。
お婆様たちが私と毛利さんの接近を嫌うのは、伊予神社の存在意義云々、というだけではありません。ソレは建前で、ただ、私が知恵を付けるのが嫌なだけ。
私の弓や乗馬だって、最初は毛利さんが教えて下さったんです。
伊予神社には、流鏑馬的に弓を使う神事がありません。だから出来なくて良いのだとお婆様たちは言っていたのですけど、毛利さんは『戦続きのこの世で、弓や馬くらい扱えなくて何とする。生き残れるつもりか。』って。
私は馬も弓も好きだし、楽しかったんですけど。お婆様たちは今でも毛利さんが大嫌いなんです。
優しい人です、毛利さんは。誤解され易い人でもありますけど・・・。
躾という名の体罰を受ける私を見かねて、何かと理由を付けては伊予神社に泊まりに来てくれました。夜泣きする幼い私に、添い寝して一緒に寝て下さったものです。
針の筵と判っている場所に、血の縁も無い子供1人の為に乗り込むなんて。優しくなければ出来ない事でしょう?」
「元就は、何故そこまで姫に拘ったのだ?」
「さて。
私から聞いても、はぐらかされるか、ひねくれられるかです。ちゃんとしたお答えを貰った事は無くて。素直じゃないのが身上みたいな人ですから。
当時の私は幼すぎて、毛利家の内情など知る由もありませんでしたし。
私の口から言えるのは、私にとって毛利さんは、文字通り『家族』だっていう事だけです。添い寝してくれた体温も、髪を整えてくれたハサミの音も、一緒にお買い物した時の声も、牢屋の鍵をこじ開ける為に血が滲んだ指先も、みんな覚えてます。
私にとっては、それで充分。」
「そ、そうか、牢・・・。」
「はい♪」
「『それしきの事』を恩に着て、戦場にまで飛び込んでくるのは如何なものかと思うがの。」
「元就?」
一体どこから聞いていたものか、障子の桟に凭れた元就が、鶴姫の思い出話を一言の許に切って捨てる。
家康と鶴姫に間に端座しながら、切れ長の瞳が呆れの光を宿していた。
「家康よ。
明の奴め、我が中国を統一するまでの戦、結局その殆どに立ち会い切りおった。陽の気の総元締ともあろう者が、従者も付けずに単身我が陣にやって参るのよ。
参るなと何度申し付けても懲りもせぬ。姿を見た家臣の中には、明を我の守護巫女か何かと勘違い致す者も出る始末。
杉めを黙らせるのに苦労致したわ。」
「だって・・・毛利さん、すごく怖い顔ばっかりなんですもの。いつも殺気立ってて、ピリピリしてて。中国を統一するまでの戦中、1回も陣中で笑わなかった。
強そうな大将だと誇る人も居たし、いつ手打ちにされるかも知れないと怖がる人も居ました。でも私には、とても・・・危なっかしく見えて。
まるで、死に場所が見つからなくて苛々してるみたいな顔。
心配だったんです。目を離したら、そこらの雑兵にでも首級をあげてしまいそうな勢いに見えて・・・。
中国統一が成った時には、とても安心しました。これで当分は大丈夫だって。そしたらすぐ、四国を統一した長曾我部さんとの喧嘩が始まっちゃいましたけど。」
「長曾我部家との最も激しい戦の折にも、そなたの姿は我が陣中にあったな。
元親にバレたら、叱られるのではないか?」
「いいですよ~? バレても。私、別に長曾我部さんの部下じゃありませんし。
長曾我部さんは家の中も落ち着いてるし、子分も沢山居ます。毛利さんの方が、比較にならないくらいお世話になり度が高いし。
私の命は、既に毛利さんに懸けちゃってるんですから。」
「8年前、我は命など救っておらぬ。」
「はい、救われてません。
救って下さったのは、心です。そして、おんなじです。心が救われたから、私は私として生きられる。命を生きられる。お婆様の雛人形ではない、『あかる』という人間として。
とても、感謝しています。
大好きです、毛利さん♪」
「・・・ふん。」
めげない。実にめげない。元就の身上が『素直じゃない事』なら、鶴姫の身上は『めげない事』だろう。
物凄いド直球な愛情表現の言葉と、それが本気と判る太陽のように明るい笑顔で締めてから、鶴姫は扇を殆ど片付けた。幾本か残してあるのは、きっと元就が気に入った物なのだろう。
ついでなので、家康は元就にも水を向ける。今ならはぐらかさずに答えてくれるかも知れない。
「元就は何故、姫を守ろうと思ったのだ?」
「おい家康よ・・・前提が間違っておらぬか?
我は別に、明の事など守っておらぬ。コレが勝手に我の後を付いて回り、コレが勝手に様々都合の良いように思い込んでおるだけの事。」
「またまた、毛利さんったら。
覚えてます? 私が隠し巫女に選ばれたばかりの頃、昨日まで同じ見習い巫女だった子たちに、池に突き落とされた事があったでしょう。
動機は嫉妬。ありがちですよね。溺れる私に、悪鬼羅刹の形相で棒を振り下ろす子供たち。観察するばかりで助けないお婆様。
駆けつけて、私を引き上げてくれたのは毛利さんだけでした。」
「覚えておらぬな。あったか? そのような些事。」
「も――――っ!
こういう人ですよ、家康さん。毛利さんて。私にとってはそれが真実なんだから、もっと恩に着せるなり良いように使い倒すなり、すればいいと思うんだけどな~。
ていうか、命を救ったのを些事とか。有難くて涙が出て来るんですけど?」
「明。若い女子が、己を『良いように使え』などと申すものではない。」
「そしてこの生活指導。毛利さんて、戦国武将じゃなかったら師匠に向いてると思います。そして私を弟子に取れば良いと思います。」
「全っ然、上手くないぞ、それ。
家康よ。明の美談口調を信じるでないぞ。実際、そのような良いモノではないのだからな。」
「虚偽申告反対っ、信じて下さい、家康さんっ。」
「うるさい黙れ。
実際な、美談ではないのだ。
明と知り合った当時、我は17であった。10歳時点で、頼れる親兄弟は皆死に絶えた。折り合いの悪かった異母弟も、15歳で滅ぼした。
同じ15の年に元服し、無事に家督相続こそ果たしたが、親兄弟の仇である杉大方に家中の実権を握られ、家畜同然の隷属を強いられる毎日。勿論、我に忠義する家臣など1人もおらぬ。
術の修業に励み、杉大方すら知らぬ秘術を数多く会得した。が、楽しくはなかった。当然だ、楽しい筈は無い。いつか杉を殺してやると、そればかり考えておったのだから。
そういう時に出会ったのが、たまたま明だった。
我と同じように傀儡となり、汚い大人共から弄ばれるが定めの、我より幼い子供。ストレス発散するには丁度良かったのだ。
かくして我は、周囲の大人共から与えられる負の感情を全てエネルギーに変え、明の世話焼きに注ぎ込んだ、と。
杉大方は・・・たった8つの子供など、敵とすら認識せなんだのであろう。特段、指示めいた事は申さなんだ。その事も我には楽であった。我の好きに振る舞える、殆ど唯一の事項であった故な。
別に『明を』思い遣ったのではない。
明を通して、己を守っていたのだ。誰も守ってくれないから、代わりに己で己を甘やかす。明はその道具立てに過ぎぬ。
何とも不毛極まりない。幼稚な雛遊びであった事よ。」
「それでも、です。
ただの道具立てだったとしても、当時の私に必要なモノを、毛利さんが全て与えてくれた事に変わりはありません。
それにお婆様たちと違って、毛利さんが私を支配した事は一度も無いじゃないですか。
コレって地味に凄い事だと思うんですけど?」
「『女を家畜にする趣味が無い男』を、凄いと申すのか?
我が凄いのではない。そなたを支配し利用せんとする、あの婆共が異常なのだ。」
「毛利さん毒舌っ! 自分にすら毒舌すぎっ!」
「うるさい黙れいい加減もう寝ろ。年頃の娘が、いつまで男の部屋で過ごす気だ。
武田の忍からの報告は、明日、慶次と元親を交えた場で申し伝えてやる。」
「気付かれてしまった・・・。
あわよくばこのまま、久し振りに毛利さんの匂いのするお布団で一緒に寝ようという私の計画が、気付かれてしまった♪」
「匂いって・・・ヲイ。
我は最近、そなたの躾を何処で間違ったのかと自問する事が多いぞ?」
「もうりさん♪ おやすみなさい、毛利さん♪」
「はいはい。」
立ち上がり、手ずから障子を開けて出ていくよう促す元就。鶴姫は上機嫌で彼の左腕に両腕を絡ませると、一度ぎゅっと抱きつき、額をグリグリと肩に押し付けた。
そうしてからやっと離れ、手を振って自室に帰っていく。
彼女には元就しか見えていなかったようで、家康は『おやすみ』を言ってもらえなかった。
「いいなぁ、ああいうデレデレの妹。
『義理の』という所が重要だよな。ワシも今から、誰か妹になってくれる女子を探したいものよ。」
「家康よ・・・手遅れにならぬ内に教えておいてやる。
仮に我がシスコン『だとしても』」
「仮定じゃないぞ、元就。お前は真性のシスコンだ。」
「『仮に』そう『だとしても』、だ。
我と明の関係が、兄妹の範囲内として許されるのはな、我らの関係が未熟な童の頃から続いてきたモノだからよ。
いい年をした男が、血の縁のない女子を妻ではなく妹として迎え、『お兄様♪』などと呼ばせてみよ。家臣どもから土下座して隠居を願われるは必定ぞ?
その時くれぐれも、明と我の関係を引き合いに出してくれるなよ。我らの人品まで疑われる故な。」
「耳に痛い・・・。まぁ、ちょっと言ってみただけだよ。ホントに探すつもりは無いさ。
おやすみ、元就。」
「あぁ。おやすみ、家康。」
見送り、戸を閉めてから、元就はふと、己の唇に指先を当てた。
おやすみ、おはよう。
鶴姫と元親以外の人間と、このような挨拶を最後に交わしたのはいつだったろう。この館に来て、慶次と家康と交わすようになったのが実は、父兄を亡くした10歳以降では初めてなのではないだろうか。父兄以外の一族の者とは、このような気さくな挨拶を交わすような関係ではないし、なりたいとも思わないのだ。
悪い気分では、ない。
正直、自分には出来まい、キャラではないと、漠然と思っていた。己のそういう姿が想像出来なかったと言っても良い。が、気付いたら、出来ていた。というのは・・・。
何とも不思議な気分だ。
「寝るか。」
普段考えない事を考えるのは、疲れているせい。
そう結論して、元就は布団に潜り込んだ。
「帰れ。」
「いや~、帰りたくても帰れないんだよね~♪
ホラ、こっちも仕事だから、さ? ね、日輪の旦那?」
帰りたいとは露程も思っていない顔で、佐助はニヤッと笑って味噌汁を啜った。元就は歯噛みしそうな表情で豆腐に箸を入れている。
翌日。
朝食の席に当然の顔をして同席していた猿飛佐助。夜更かしが祟って最も遅く着座した元就は、こちらも当然のように彼を糾弾したが、軽く弾かれてしまった。
佐助曰く、
『ウチの大将がさ~、アンタの事エラい心配のしようで。なんか大将の感覚的に、真田の旦那と大差ない、みたいな?
日輪の旦那が事を収めて、五体満足で毛利の館に戻るまで手助けして来いって。報告書出したら、返書にそう書いてあったんだよね。それに、耳打ち1つで370貫は貰い過ぎだから相応の働きをして来い、とも書いてあったな。
まぁホラ、アレだよ。こっちとしては、報酬は証文の形でもう貰っちゃってるし。あとは日輪の旦那の心ひとつ。タダ働きさせられる捨て駒が1人、増えたと思って貰えれば。』。
と、いう事なのだが。
元就としては、話がどんどん大きくなっていく気がして落ち着かない。元々は独りで行こうとしていたくらいなのだ。
それが元親、家康、慶次の同行を許し、鶴姫が参陣し、更には佐助まで着いて来ると言い出す始末。
コレを己が人望だなどと、思うような元就ではなかった。
「まったく、武田信玄め・・・何を考えておる。
誰あろう我が『耳打ち1つに370貫の価値あり』と申しているのだから、証文を文箱に入れて、あとは黙って見ておれば良かろうに。
より大きな貸しを作りたいのやも知れぬが、過ぎた手出しは我が心証を悪くするだけぞ。」
「毛利さんたら、悪読みし過ぎです。」
なおも機嫌悪げに呟いた元就に、隣で魚の身を解していた鶴姫が仲裁に乗り出した。
「東国武将の方々は、皆さま総じて情の深い方々と聞いてます。武田さんもきっと、単純に毛利さんの身を案じて下さってるだけだと思いますよ?
ごめんなさいね、佐助さん。
毛利さん、別に武田さんや東国武将が嫌いな訳じゃないんです。
嫌いなのは東国の術使いたちで、その延長で、東の方角に借りと名の付くモノを作りたくないだけなんです。」
「明。軽々に裏方話を明かすでない。」
「いいじゃないですか、毛利さん。ここまで来たら一緒です。」
「・・・・・・・。」
「伊予の姫様。
西の術使いと東の術使い、何か違いがあるのかい?」
「大アリですとも。
日の本の術者の世界は、大きく4つに区分けされています。東西南北の内、北は蝦夷、東は本州の北端から中央まで、西は本州の中央から南端と四国まで、そして南は九州全土。
その4つの区分に、陰陽2人の総元締、合計8人が居て、それぞれの方角の術者の束ねになっているんです。邪気使いの総元締と、陽気使いの総元締ですね。
例えば西の邪気使いの総元締は、毛利家当主。
西の陽気使いの総元締は、伊予神社の隠し巫女。」
「我はの、猿飛佐助。東の邪気使いの総元締・・・東の陰の気性が好かぬのよ。
一言で申さば『変態』よな。術による殺戮を好み、趣味は拷問という下賤の輩よ。死者を安らかに根の国に送るが、我ら陰の至上の役割。が、奴は祈りを嫌い、死者を増やす事にのみ執心致しておる。
その趣味の悪さ、無責任さが、我が東の陰を嫌う最たる理由よ。
東の陽も東の陽ぞ。陰の支配に諾々と付き従うばかりで、抑止機関としての役割を全く果たしておらぬ。」
「北の陰と北の陽は、閉鎖的過ぎてお互いに背を向け合う冷戦状態。
南の陰と南の陽は、攻撃的過ぎてお互いを潰し合ってる戦争状態。
毛利さん。改めて考えると・・・陰陽が戦するでもなく、対等に話し合いで物を決めて、互いの家に頻繁に遊びに行き来してるのって。
もしかしなくても、西の私たちだけじゃないですか?」
「より正確にはウチの杉は目障り極まりないし、我はそなたの部下たる上級巫女共に頭を悩ませておるがな。」
「ごめんなさい・・・。じきに私も、お婆様から実権を取り戻して毛利さんの後見が必要なくなるようになりますからっ。」
「別に、その事は良い。我がそなた程の年頃には、まだ杉大方めに頭を押さえ付けられておったものよ。
それより我の気にかかるのは、東の陰と南の陽の、その動きの無さよ。
西と境を接する東は、冥帝の門が開けば真っ先に邪気に侵される。力の強い邪気使いならば生き残れようし、東の陽一党が死滅しても、陰は構い立て致さぬ所存なのかも知れぬ。」
「南の陽が動かないのは、西の陽・・・伊予神社に任せているからなのでは。」
「なら、良いがな。
南の陽の頭にあるのは、南の陰を力で降す事だけよ。理由は違えど、本来の『祈り』が頭にない事では、東の陰と何も変わらぬ。
主犯である杉大方と、何やら密約でも結んでおらねば良いがの。」
「南の陰を潰す為に、南の陽が、西の陰と取引したって事ですか? 介入しない代わりに、秘密兵器的な何かを杉大方一派から貰う、とか?
それ、ちょっとした越権行為ですよね。」
「まぁ、仮定の話ぞ。
だがもしその『仮定』が事実であれば・・・悪い意味で行動的な南の陽一派の事。杉一派が冥帝の門を開く聖域に、兵の20や30、潜ませているやも知れぬな。
南の陽には、高濃度の邪気はむしろ力となる故。」
「南の陽には、対陰戦の切り札がありますから・・・アレがあって、何でいつまでも南の陰と戦争してるのか判らないくらい。いっそ東の陰陽の様に支配と被支配の関係になってしまえば、少なくとも戦で人が死ぬ事は無くなるのに。」
「ソレが南の陽の器の限界だからよ。いかに道具立てが良くとも、使い手があのような凡俗ではな。小人閑居して不善を為す、その典型のような小物故。」
「同じ陽気の総元締とはいえ・・・私、あの人の事、好きじゃないです。
ん、」
「ん? あぁ、ほれ。」
「はい♪」
他の4人、家康、慶次、元親、佐助は思わず笑ってしまった。途中から余人の立ち入れない話になり、黙って耳を傾けていたが。
最後、食べ残した人参を頑張って口に入れたものの結局一口しか片付けられなかった鶴姫と。彼女と交換する為に残していた漬物を与え、黙って人参を回収していく元就。
言葉を不要とする2人の空気は、知らぬ者が見たら家族としか思えないモノであろう。同じ時間を過ごした人間特有の気配が漂っている。
笑われた理由を察した元就は、ギロリと睨みつけて箸を置いた。
「猿飛佐助。致し方なき故、そなたの同行を許す。そなたは我が麾下ではないし、許さぬと申しても勝手に付いて参るであろう。
不確定分子は排除したい。」
「直訳しますね。
斥候くらいなら大丈夫ですけど、邪気の中で長時間戦うとなると、邪気使いではない佐助さんにはお守りが必要です。私が作れる陽気のじゃなくて、毛利さんしか作れない邪気のお守りが。
佐助さんを死なせては武田さんに顔向け出来なくなってしまいます。しっかりしたお守りを作りますので安心して下さいね♪」
「明・・・。」
「はい、毛利さん♪
あ、私の進み具合は順調です。今、2つ目を作ってる所ですから。戦いには充分間に合いますね、私たち。」
「日輪の旦那・・・アンタ、伊予の姫様を常時連れ歩いた方がいいんじゃないの?
その方が絶っ対、敵が減るって。いやマジで。」
「そなたら2人、もう黙れ。」
真顔で叩かれた佐助の軽口に、元就は睨みを利かせるのも疲れた様子でこめかみを押さえた。悪戯っぽい笑みを交わす鶴姫と佐助に、溜め息をつく。
「まぁ良い。2人の呼吸の合うは、作戦にも必要な事ぞ。
猿飛佐助。そなたは明に付け。
作戦決行は、そなたの抜いてきた施術の日。今より約半月後、6月15日に乗り込んで術式を妨害致す。
詳しいルートはよくよく練り、後で改めて申し渡す。が、粗筋は先日申し渡した通りぞ。元親、慶次、家康の3人は術具の破壊。明は生贄の救出。我は術者の殺害。そして猿飛佐助。そなたの役回りは、何百人もの生贄にぶっつけ本番で集団行動させねばならぬ、明のサポートぞ。
生贄が手順に則った形で死ぬ事で、術式は完成し、門は開かれる。
多少、怪我をさせる程度は構い立て致さぬ。必ず生きたまま安全圏まで連れ出すのだ。」
「りょーかい♪ いや~、1回で充分だけど、1回だけやってみたかったんだよね~。日輪の旦那の指揮で動くのは、どんな気分なのかなってさ♪」
「武田忍隊の流儀、見せてもらおう。
それと、これなる呪符に血を寄越せ。」
「加減が判んないんだけど・・・どれくらい? 1リットルくらいイッとく?」
「要らぬわ、紙が濡れて使い物にならなくなる。
その血を以って、邪気払いの守りの根幹と為す。1滴、紙の中央に軽く擦り付ける程度で良い。」
手持ちの小刀で躊躇なく指先を傷つけた佐助は、元就に言われた通り、正方形の白紙に血を擦り付けた。鼻歌交じりに武田の家紋・武田菱を描いていく。
何かツッコミを入れて欲しそうな忍だったが、元就は小さく1つ頷いただけで済ませてしまう。代わりに佐助は、興味津々の表情で元就の手許を見つめていた。
女と見紛う、傷痕ひとつない指先が硬質の紙で出来た正方形に、美しい形を与えていく。やがてその形は、折り目も正しい1羽の鶴と成って一同の前に現れた。
「毛利の兄さん・・・アンタってホンット、筋金入りのシスコンなんだな。」
「流石は俺の元就だぜ。そんなお前も俺ぁ大好きだぜ?♪」
「うるさい黙れ殺されたいか猿と鬼っ。
別に明の巫女名と掛けたのではない、毛利家の邪気払いは、元々がこういう形なのだっ! 断じて、我はシスコンなどではない、ないぞっ!
そこは全力で否定させてもらうっ!!!!」
思っても敢えて口に出さずにいた家康と違って、慶次と元親は正直だった。『コイツ、通りすがりの捨て駒にやるお守りにまで妹の影を出しちゃってるよマジ骨の髄まで妹成分で出来た真性のシスコンだなコイツ。』な表情で折鶴と鶴姫を見比べていた。
全力で否定する元就など、どこ吹く風・・・まぁ、こういう事は大抵、本人には自覚が皆無と相場は決まっているけれども。
引き合いに出された当の妹・・・鶴姫は、苦笑しながら説明した。
「実際、毛利家の邪気払いは伝統的に鶴なんですよ?
まぁ、毛利さんがシスコンなのはホントですけど♪」
「明っ、己でソレを言うかっ。」
「いいじゃないですか毛利さんっ、私だって同じ以上のブラコンなんだからっ。ていうか絶っ対に、私のブラコン度数の方が高いんですからねっ、毛利さんのシスコン度数より♪」
「酒のアルコール度数みたいに言う事かっ!
張り合うな、そのような所でっ!」
「とにかくっ!
私の巫女名『鶴姫』の方が、毛利家からの頂き物なんです。
対立組織の体裁を取っているとはいえ、毛利家と伊予神社は繋がり深い組織。伝統的に、伊予神社の隠し巫女は、毛利家にあやかった名前を付けられる仕来りになってるんです。仲が良い時は、毛利家のご当主から直々に決めてもらう事もあったそうですけど。
邪気払いのお守りを作る時、毛利家では紙の折鶴を使います。
それで私の巫女名を決める時、お婆様たちが『心の邪なる者から守られますように』っていう願いを込めて、『鶴』の名を選んだと。
そう聞いています。」
「ふん。当の名付け親が一番の邪心持ちでは、皮肉にしかならぬがな。」
「毛利さんったら・・・。まぁ、そこも否定はしませんけど。」
「名付け親の性格はともかく、中々イイ由来じゃねぇか。
じゃぁよ、鶴姫ちゃん。毛利の兄さんにしか呼ばせねぇ超プレミア名前、『明』ってのには、どんな由来があるんだい?」
「それは・・・。」
慶次の放った何気ない言葉に、途端に鶴姫の表情が困惑交じりのお愛想笑いになり、元就の表情に苦味が走る。
何となく持っているだけだった箸を、鶴姫は静かに箸置きに戻した。
「そう申す、そなたはどうなのだ?」
「毛利さん?」
問いかけに答えようとした鶴姫は、機先を制されて隣に座る兄を見上げた。
佐助たち他の3人も注目する中、元就は折鶴の頭を弄りながら、退屈そうな顔で問いかけ返す。
「前田慶次。
それがそなたの名であろうが・・・諱はどうした? まさか、元服致しておらぬ訳ではあるまいて。」
諱とは、元服した後に名乗る名前である。例えば元就の幼名は『松寿丸』だが、元服して諱を『元就』と名乗った。諱が『元親』でも幼名は『弥三郎』だし、幼名『竹千代』だった男は、今は元服して『家康』という諱で呼ばれている。
慶次の実年齢を元就は知らないが、どう見たって20歳は越えていて、そして通常、元服とは10代半ば、早ければ前半にも執り行われるものである。
ちなみに元就の甥は家督相続の都合上、9歳で元服した・・・させられた。同年、死してしまったが。
元就の問いかけに、慶次は苦笑して頬をかいている。
「それがさ~、笑い話なんだけど。
俺の諱、トシとまつ姉ちゃんが決めてくれてさ。利益(とします)って決まったはいいんだけど、普通に読むと皆、真っ先に『りえき』って思い浮かべるんだよね。」
「益を追い求めて汲々と致すか。全くもってそなたに似合わぬ名よの。」
「だろ、だろ?!
俺、正直この名前が好きじゃなくって。でもトシとまつ姉ちゃんが頑張って考えてくれた名前を、気に入らないからなんて理由で改名も出来ねぇし。
だから間を取って、幼名を通称名に使っちまおう、と。」
「ワシは理由を付けて、適当に変えてしまったがな。
最初の元服時に『元康』だったのを、今川義元公から頂いた『元』の字が嫌で、織田信長公との同盟時に『家康』に変えたのよ。ウチは代々、『康』の字が通字でな。
ついでだからその時一緒に、姓の方も『松平』から『徳川』に変えてしまったのだ。信長公はあの通り押しの強い方だったから、勅許も取り易くて。
昔っから姓名判断で地味に言われていてなぁ。『松平』はやれ『画数が悪い』だの、やれ『領地との相性が悪い』だのと。
別にそれを信じた訳でもないが、面倒で。」
「うっわ羨っ、そのフリーダムさ、マジリスペクトなんだけどっ。
俺も改名してぇっ!」
「叔父夫婦に悪いのではなかったのか?」
元就の呆れ声も何のその、慶次は家康と改名話に夢中になっている。
ちなみに。
『通字』とは、代々その家門の当主に使われてきた漢字一字である。例えば毛利家や長曾我部家では『元』、松平・・・徳川家では『康』、織田家では『信』、前田家では『利』。複数の通字を持っているのが一般的である。
また『勅許』とは、姓を変える時に必要な朝廷からの許しである。軽々に変えられるものではない為、この許しを得るのは中々の重労働だ。莫大な金を積むか、余程の後ろ盾がない限りはそうそう改姓の許しなど得られるものではない。
そういう意味では家康は、『あの』織田信長を要領よく利用し切ったとも言えるのだ。
「そんなに諱を使いたくないのであれば・・・そうよの、在家で有髪のまま、出家でも致してはどうだ? 我の知り合いの禅僧で、その辺りフリーダムな輩を紹介してやろうか。」
「マジっ?! ありがとう毛利の兄さんっ!!」
慶次の食いつきっぷりに、周囲は苦笑するしかない。慶次大事なあの前田夫婦が付けたにしては、また随分と嫌われたものだ。
取り敢えず、作戦決行までに間がある。元就と鶴姫はお守り作り、他はそれぞれ武を磨きながら待機という事で、朝食の席は解散となった。
恙無く過ぎた数日後の、夜。
縁側の先で、元親の頭は元就の膝の上にあった。
「まこと、そなたは膝枕が好きよの。」
揶揄い交じりの甘い苦笑と共に、元親の銀髪に指を通す。元就の正座はいつもの事で、その正座の膝上に、仰向けになった元親が縦に頭を乗せるのも、割といつもの事だった。
満足げに上げた口角に、白い繊手を導いて触れさせた鬼はそのまま唇を押し当てた。
「元親。」
「怖い声出すなって。
お前の膝の上、気持ちいいんだよ。あったかくてさ。安心する。」
「気を抜くのは良いが・・・寒くないのか心配になるわ。
冷えると、痛むであろうに。」
右手を元親の額に置いたまま、元就は左の掌で彼の頬を撫で上げた。その指先はそのまま、眼帯を外した左目に温めるように添わされる。
額から、眼窩の下辺りまで。肌が、ほぼ三角形にケロイドに覆われている。眼球は治療の過程で摘出した。刀傷らしき痕が1本、筋となって、僅かに残っているのが見て取れる。
大きめの眼帯を常に着用している為、この傷を見た者は部下でも殆ど居ない。中には刀傷だとか、獣傷だとか様々に誤解している者も居るようだが・・・。
事実は、刀傷の上からの、火傷。
彼が7歳の時、5歳の元就を暗殺者の凶刃から守って負った傷である。
「今の時期は平気だぜ。そろそろ夜でも蒸し暑くなってきやがった。
なぁ、元就。」
「如何した、元親。」
「鶴姫の・・・『明』の名の由来、お前は知ってんのか?」
「??」
一瞬だけ瞠目した元就は、次の瞬間、クツクツと笑い始めた。指先で口許を押さえて横を向く。冷笑か、せいぜいが微笑どまりの彼にしては随分と珍しい事だ。
その反応に物凄く腹が立った元親は、腹筋だけで身を起こすと、元就の細身を畳の上に押し倒した。人は普通こういう時、本能的な恐怖から多少なりとも慌てるものだが・・・。
元親が見下ろす元就は、優しい笑みで彼の頭を撫でたのだ。
鬼の方が脱力して、精悍な顔を華奢な胸に埋ずめてしまう。
「何だかなぁ・・・この不完全燃焼感。」
「詰まる所、そなたは明に嫉妬しておるのであろう。
我と明の、家族感覚に。」
「・・・家族感覚、か。
でも、嫉妬とは、微妙に違う。近いのは・・・何だろうな。焦燥感というか、罪悪感?」
「どうした、元親。
そなたは我を、あの牢獄から連れ出してくれたではないか。何を罪に思う事がある?」
「うん。まぁ、・・・でもな。」
少しだけ身を起こし、体をズラしてもう一度元就を抱き締める。今度は優しく、強く、包み込むように。紫茶色の髪に愛おしげに頬を擦り付けている。
元就は素直に身を任せ、彼の背中に腕を回して、あやすように軽く叩いた。
「10年だ。
10年以上、お前を1人にしちまった。10の歳から・・・俺たちがもう一度、多少なりとも話すようになったのなんざ、この3年程度の事だろう。
その間、後半8年間は鶴姫が傍に居てくれた。お前の家族になってくれてた。それを恩に着れば着る程、俺自身の不甲斐なさってのをどうしても感じちまう。
鶴姫がお前の傍に居る間、俺は一体何してた?
あの子がお前の傍に来てくれる前の7年間、俺は一体、お前に何をしてやれた? 本当に何もしてやれる事は無かったのか? お前の置かれた状況を知ろうともしないまま、無為に時を過ごしていただけじゃねぇのか?」
「無為に、という事はあるまい。ちゃんと長曾我部家を継いで、まともに領国経営に励んでおったではないか。」
「それが毛利家と対立する道だったとしても、か?」
「毛利家と対立したのではない。四国を得、そして守ったのだ。」
「国を守っても、お前を守れなけりゃ意味なんざねぇ・・・なかったんだよ。俺にとってはな。そんな大事な事に気付くのに、一体何年費やした事か。」
「そなたの手を、一方的に離したのは我の方ぞ。
自分が男だと判った7つの時・・・何の脈絡もなく、勝手に文通を絶やした上、会う事もなくした。何というか・・・嫁として以外に、そなたの傍に居る己が想像出来なかった。嫁になれないなら、傍に居られないと思っていたのだ。
『嫁ぐ』の意味は理解していた癖に応用が利かないというか、何というか。子供らしいと申せば、らしかったのかの。」
「俺だって同じだ。ダチとして付き合い続けるってぇ選択肢が思い浮かばなかった。
船と歩きで、会いには行けた筈だ。行けば良かった・・・手を離されたなら、こっちから繋ぎ直しに行けば良かったんだ。我ながら情けねぇ。」
「元親。
我がそういう『情けない』所のあるそなたを好いていても、か? 非の打ち所のないそなたと、完璧に少しだけ欠けているそなたと、今のありのままの、そういう情けないそなた。三択で選べたら、我は必ず3番目を選ぶと断言してやろう。
それでもまだ、泣き言を申すか?」
「・・・・・・。」
「おい、元親?」
「いや・・・軽く絶句してた。お前がそんな素直にデレてくれるなんて・・・。
ディープな台詞をサラッと・・・なんて末怖ろしい子っ。」
「うるさい黙れ切り刻むぞ。
そなたは己より明の方が、我との距離が近いと思っているのかも知れないが。」
元就は言葉を切ると、元親の腕からスルリと抜け出し、彼を仰向けに転がすと、上から組み敷く形で見下ろした。月明かりの中、白皙の美貌が挑戦的に微笑む。
「我は明もそなたも、等しく家族と思うておる。
その証として、我の重大事を教えてやろう。」
「重大事?」
「明の名の由来を、知りたがっておったろう。
教えてやる。
伊予神社にはな、常時、『明組』(あかるくみ)と『暗組』(くらぐみ)という2つの組がある。何のと申せば、童どものクラス分けよ。将来的に隠し巫女や上級巫女などにする為に、西の地の方々から素質のある子供を集めて、教育しているのだ。
クラス分けの基準というのが、酷な話でな。
能力が抜きんでていたり、見目が良かったりすれば明組。そうでなければ暗組。隠し巫女は明組からしか選ばれないし、暗組の童は全て捨て駒よ。
組の名自体『明暗を分ける』から来ておるというのだから、徹底したものよ。
明組に振り分けられたからと言って、幸せとは限らぬ。何せ、童たちに固有の名が与えられる事は、終ぞ無いのだからな。
明組に所属する者、全員の名が『明』という訳だ。個別に呼ばれる時には、入った順の番号で呼ばれる。1番、2番、という具合だ。
慶次に訊ねられた時、明が・・・我が妹同然の西の陽が言いづらそうにしておったのはな、そういう裏事情が絡むからよ。」
「ひっでぇ話・・・。」
「と、ここまでが、明が『そう思っている』話。
ここからが、我しか知らぬ『重大事』ぞ。」
「??」
仰向けの元親の胸の上へ、寝そべった元就は体をズラして耳許へ唇を寄せる。
「8年前、色々あってな。
我はアレに、ひとつの呪(しゅ)を掛けた。魂はそのままに、魂の支配コードである真名だけを変えたのよ。
それまでの真名は、婆共が付けた『明』。
我はそれを、『明』に変えた。字も音も同じでも、意味合いが違えばそれは違う真名となる。故に、2つは違う名なのだ。」
「意味合いが違うって、お前の『明』はどういう意味なんだ?」
「・・・術者というのはな、所詮、世界の裏側の生き物よ。陰だけでなく、陽の術者もな。それにアレは部下にも恵まれておらぬ。時代も決して良くはない。
そういう状況下でも、なるべく『明るい』道を歩めるように。日の当たる、空気の綺麗な、『明るい』場所に出られるように。
そういう意味で、『あかる』と付けた。まぁ、違う音にすると婆共にすぐバレるから、他の名に出来なかった、というのも大きいが。我が願う所は、そういう事よ。
何を笑っている?」
「いや、可愛いなぁと思ってよ。
名前の由来もそうだし、ソレを鶴姫に言ってないってトコも。やっぱアレか、いつもみたく派手に感謝されるのが嫌だったのか?」
「それもあるが、それだけではない。
真名というのはな、術者にとって最も大切なモノよ。魂の支配コードと申したであろう? 敵の術者に握られれば、体どころか心の奥底まで自在に操られてしまう。
真名は、己の意思で、己の口から語られる事で相手に捧げられるのだ。往々にして操心の術を用いて、己が意思であるかの如く無理矢理口を割らされるのだが。
己の真名を、知らなければ口の割りようも無かろう? 仮に明が真名の奉呈を強いられ『明』と答えても、アレの魂は支配されぬ。アレの知る『明』は、あくまで上級巫女どもの付けた『明』故な。
我の付けた『明』の名を、アレは知らぬ。
故に、敵術者がどんなに膨大な霊力をつぎ込もうと、無理矢理に奉呈を強要しようと。敵術者がアレの真名を得る事は有り得ない。
明は誰に支配される事もなく、自由でいられる、という訳だ。」
「・・・敵に知られない限りは、か。」
「左様。」
「俺が、漏らさねぇ限りは、か。」
「左様。
何だ、不安なのか? 今からでも記憶を消してやろうか。」
「不安は無い。が、懸念はある。鶴姫じゃなく、俺が操心されて口を割らされねぇかって、懸念がな。
だから守りを寄越せ、元就。他の事ならともかく、鶴姫に関わる事だ。お前が何の保険も無くアイツの秘密を漏らす筈がねぇ。護符か何かあるんだろ?」
「そなたのそういう、何も考えておらぬようでその実狡猾な所。結構好きだぞ。」
「うるせぇ黙れぶっ殺すぞ。」
元就の十八番のセリフと共に、元親の唇が元就のソレを塞ぐ。舌を使って一頻り蹂躙しても、まだ気が済まないらしい。体をひっくり返して、白い細身を組み敷くと荒々しく着流しの袷を割り開いた。
性急に胸の飾りに爪を立てられ、首筋を舐め上げられて、元就の唇から熱い吐息が漏れる。身をよじっても左腕一本で体を押さえつけられ、布地の上から脇腹を撫でられて彼の背筋が跳ね上がる。帯など、すぐに解かれてしまった。
好きにさせながらも元親の帯に指先を絡ませて、元就の唇が笑みを刻む。
「護符は、良いのか?」
「後で、な。
操心術対策は、俺も一通り教わってる。武家の当主の嗜みってヤツだ。一番は『囁きに耳を貸す暇もないくらい、何かに没頭する事』なんだと。
お前の体に欲情して、夢中になって、突っ込みたくて。コレも立派な『対策』だろ?」
「下世話な物言いだが・・・理には適っているな。」
「だろ?♪」
「馬鹿者、褒めてはおらぬ。・・・っ、」
グイっと強めに太腿を絡められて、肌から伝わる刺激の強さに、元就の背筋に電流が走る。既にお互い、着流しには形ばかり袖だけ通した状態だ。元親が半身だけ体を起こすと、互いに力強く反り勃った分身がよく見える。
自分のモノをしっかり見せつけてから、元親はゆっくり腰を落とすと元就のモノと自分のモノを、片手で絡め合わせ始めた。大きな掌を存分に使って2つのモノを包み込むと、捏ねるように動かしていく。
ビクンと反射的に逃げようとする白い足を、元親の足が押さえつける。彼の片手は元就の片手を押さえ、元就の体で唯一当人の自由になるのは利き手ではない左手だけ。
「ぁ、・・・ん、は、・・・・んんっ、・・・ゃ、め、」
その手は今、あられもなく漏れる嬌声を少しでも堪えようと、薄い唇を覆っている。
密着した下半身からは、熱い肌同士の快感が立ち昇り、体の中心では互いの熱が相乗効果で溜まっていく。
そして上半身は隠しようもなく元親の視姦に晒され、感度の違う快感に同時に犯された元就は、拒む間もなく限界近くまで追い詰められてしまう。
一際強くこすり上げると、元親は快楽に揺さぶられる元就の耳元に唇を寄せた。
「辛そうだな、元就。すげぇ可愛い・・・。
俺のが、欲しいかよ?」
「っ、いきなり、何を、ぁ、」
「言ってみろよ。
俺のが欲しいって・・・挿れて、中をぐっちゃぐちゃに掻き回して欲しいってよ。」
「、・・・そう・・したいのは、・・は、ぁ、・・・そなたの方であろ?」
「あぁ・・・。」
唇は耳許を離れ、舌先を立てて鎖骨を舐める。桜色に上気した白い肌から、玉の汗を綺麗に舐め取っていく奉仕の動きは、そのまま新たな快感を生む淫蕩な誘い手でもあった。
わざと乳首は外して、他の部分だけに丹念に舌を這わせていく元親に、焦れた元就は腰をよじらせた。その腰だとて、未だに元親の支配下にあるのだが。
あやすように、促すように。ずっと右手を押さえつけていた元親の左手が、元就の頬を優しく撫でていく。
そんな些細な刺激さえ、今の元就には極度の快感だった。
「な、元就・・・言ってみろよ。いつもの調子で俺に命令しろ。
ここに、俺の本物が欲しいって、さ。」
「ぁあん・・・っ!」
入り口に指を突き立てられた元就は、突然の強過ぎる刺激に腰をのけ反らせた。その動きで、元親の太い指が更に奥まで入っていく。そしてソレの与える快楽をよく知る元就の媚肉は、入ってきたモノに絡みついて容易には手放さない。
元親の精悍な頬に、一筋、汗が落ちる。その口許は凶暴に笑んでいた。
「どうせフェイクじゃ満足出来ねぇだろ? なのにこんなに欲しがって・・・。
もう一本イっとくか、元就ィ。」
「ゃ、もう、ダメ、」
「そうでもねぇだろ? 気持ちイイって、お前のココももっと硬くなったぜ?」
肌を焦がす舌使いに、指を2本に増やされ、更には腰を使って分身を揺らされて、元就はもう何が何だか判らない。前後不覚の状態だ。
彼をそんな酩酊状態にしたのは、他ならぬ元親。
その事に仄暗い支配欲を満たされながら、彼はもう一度問いかけた。
「俺のが、欲しいかよ?」
「欲し、い・・・元親。
そなたで、我の中を満たしてくれ。」
「よく言えました♪」
ご褒美とばかりに、元親の唇がしっとりと汗ばんだ元就の額に落とされる。
優しい感触に、ほっと息をついたのも束の間。すぐに体内に侵入してきた凶暴な質量に、元就の白い咽喉から再び、嬌声が漏れ始める。
「も、とちか、・・・だめ・・・っぁ、・・・やぁ、もっと、おく・・・」
「どっちだ? 奥か? 前か?」
「どっち、も・・・欲しいっ、」
「そういうエロい我が侭なら、いつでも大歓迎なんだぜ?」
入り口も念入りに擦られたければ、最奥までも突っ込まれたい。
元就の要望に応えるべく、元親は本格的に腰を使い始めた。
さて、順調に、何の問題もなく迎えた6月15日。
杉大方が冥帝の門を開かんとする日、そして、元就たちがそれを阻止せんとする日。その日の安芸は、地上のざわめきに天が感化されたかのように風が強い日だった。
元就は門柱の片方に手を付き、無表情に城門を見上げている。
「毛利さん。ここまでは上手く来られましたね。」
「杉にとって、我の死は術式の成功に欠くべからざる重大事。自分の目の届く所で、己の手で殺したいと、アレならばそう考える筈。
来てもらわねば困る、といった所であろうよ。アレからすればな。」
「毛利さん。」
「・・・少し、顔色が優れぬな。明。
高山病か。山を下りても良いのだぞ?」
「い、嫌です嫌ですっ。毛利さん、目を離すとすぐ要らない怪我するんですものっ。
山の空気にならすぐ慣れますからっ、だからお側に置いて下さい!」
「判った。判ったから離れい。」
ココまで来て何を今更、と、鶴姫は大慌てで元就の左腕に抱きついた。10代後半の清純可憐な巫女姫が、20代半ばの端正な美男に腕を絡ませて、潤んだ瞳で至近から見上げる図・・・2人が義兄妹だと知らぬ者が見たら、絶っっ対に、10人中10人が誤解するであろう密着具合である。
「こっちゃ終わったぜぃ♪」
「待たせたな、毛利の兄さん、鶴姫ちゃん。」
城の物見を片付けていた元親、慶次、家康が2人の許に戻って来た。
予定通り安芸に入った元就、鶴姫、元親、慶次、家康、佐助の6人は、元就の案内で毛利家の聖域があるという山城に来ていた。黄泉の門を開くというから地下にでも潜っているのかと思いきや、ぶっちゃけ高さは関係ないらしい。聖域は山岳信仰の名残でもある高山にあり、杉大方はそこで術式を執り行う。
故に、一行は地道に山道を歩き、ココまで辿り着いたという訳だ。
物見も門番も元就が殺そうとしたのだが、それを『自分がやる』と言って制したのは家康だった。
曰く『元就はまたいつ『今ならまだ間に合う、ココで帰れ。』などと言い出すか判らん。出だしから早々に、杉一派相手に引き返せない行動に出ておかなければ。元就と同じ位置に、当事者になっておかなければ。でないとまた不毛な押し問答になりかねん。』と。
その言葉に元親と慶次も1も2もなく賛成し、元就が止める間もなく、3人銘々1人以上殺すべく、物見と門番に向かっていったという次第。
索敵に出ていた佐助の手で、城門が内側から開いていく。突入に問題がなさそうなら開くようにと、元就が指示しておいたのだ。
「見て見て、日輪の旦那~♪」
「要らぬわ、そんな捨て駒の首。」
元就以外の面子は家康のセリフが気に入ったらしく、ノリノリで『引き返せない行動』に出ていった。当の毛利家当主からすれば度し難い事この上ないのだが。
佐助が冗談交じりに掲げてみせた、一応とはいえ自軍の衛兵の首級を。元就は醒めた瞳で邪険に押しやると、とっとと進行方向に視線を切り替えた。
「城内の地図と、己が役割分担は頭に入っておるな?
そなたらは予定通り、神殿に向かえ。護符がある限り、そして明が居る限り、三下術者など問題にはならぬ。役割をこなす事だけを考えておれば良い。
我は杉を殺しに参る。城の天守に、杉の気配がある故な。アレの計算では、我はココには単身で乗り込むと出ている筈。
神殿から離れた場所に我をおびき出して殺し、その間に術式を進行させるつもりなのであろうが・・・。
そなたらは、その存在そのものが杉にとって誤算。神殿の方は任せるぞ。」
「毛利さん。」
「明。
そなたも、そろそろ本当に我から離れよ。ココより先はそなたが皆を導くのだぞ。そなたがそのような顔つきで何とする。」
「・・・お役目の事は、心配してません。
私が心配なのは、毛利さんです。」
「悪癖の事なら、出さぬと申した。
良いから、もう向こうへ参れ。」
鶴姫の両腕から自分の腕を引き抜くと、元就は彼女を元親の方へと押しやった。そのまま『いつまでも付き合ってられるか』とばかり早々に城門に足を踏み入れ、強風が吹いたかと思うともう、彼の姿は掻き消えていた。
『風操りの技が得意』だと、こういう事も出来るらしい。
その姿は鶴姫でなくとも、彼の中に煮立っている苛立ちを感じさせ、そして同時に危うさを内包しているのも感じ取らせる。恐らくもう、心は杉大方憎しで一杯なのだろう。苛々しているのは鶴姫にではない、杉大方へだ。その憎悪で満ちた心が元就の眼を曇らせなければ良いのだが・・・。手を伸ばした先から、指をすり抜けて行ってしまいそうで危うい。
元親は鶴姫の頭を撫でながら、気になっていた事を訊ねた。
「悪癖って?」
「・・・毛利さん、割とすぐに死にたがるから・・・。」
「何?」
「毛利さん、人の事をすぐ捨て駒だ何だって言うけど、本当は自分の命を一番に捨てたがる人だから・・・勿論それが全てじゃないんです。毛利当主として、西の陰として、責任感のとっても強い人。でも・・・多分、だからこそ。
時々、衝動的に自殺行為に走る事があるんです・・・危ない行為だって、判っているからこそ。杉大方との軋轢とか、求めるばかりで支えようとしない家臣たちとか、全部全部、放り出してしまいたくなる時があるって、前に・・・。
術者としては、杉大方は毛利さんの足元にも及びません。知識も力の総量も、勿論戦闘力だって。でもソコを・・・心の闇を突かれたら、いくら毛利さんでも・・・。」
「・・・行こうぜ。その『悪癖』、出やがる前に元就と合流する。」
「っ、はい! 毛利さんのお言い付けをとっとと終わらせちゃえば、毛利さんを迎えに行けますもんね♪」
「よぅし、イイ子だ。」
頭を撫でる元親の手に、鶴姫の表情がパっと華やぐ。落ち込んでいると無条件で励ましてやりたくなる、鶴姫はそんな不思議な娘だった。
侵入に関しては忍の十八番。佐助の巧妙な案内で、神殿への侵入は苦も無く成功した。今は術式が行われている大広間を、その天井の梁から見下ろしている状態である。
「さて皆さん、ちょっと今、下が複雑な事になってます。
手順を変更しますから、よくお聞き下さいね?」
広間と言っても奥行100畳はありそうな、本当の『大』広間である。その梁ともなれば、大の男5人と少女が車座になって座る程度の太さは優にあった。それでも下から、足元が今にも焦げてしまいそうな激しい熱と光を感じる。窓も無い密閉空間で、地下かと思う程に暗く、籠もり易いのを差し引いても凄い熱気だ。床の中心に描かれた16芒星の陣、その中央に設置された巨大な松明の熱気である。
下からはそんな熱気と、素人には訳の判らぬ恐ろしげな呪文の声、1000人近くは立ち働いているであろう気配。そこいらの姫君なら立ち竦むであろう要素にも、鶴姫は心を乱さない。彼女は至って冷静に、年上の戦国武将たちと忍を見渡した。
昔、元就からもらったという毛利の家紋入りの懐剣の切っ先で、梁に直接図を描きながら説明する。
「まず現状。予想との相違点。
私も毛利さんも、杉大方は六芒星を使うだろうと思ってました。だから長曾我部さんたち3人にひとつずつ、計3つ術具を破壊して貰えば術式を停止させられるだろうと。
今、下では16芒星の陣が使われています。
もうひとつは、生贄の人数です。
500人居れば充分なんですけど、見ての通り、下には倍、約1000人の生贄が陣の中に入れられています。恐らく近隣の町や村から、操心術で誘拐してきたものと思われます。毛利さんが居なくなった途端のやりたい放題。しかもこの程度は序の口です。やっぱりあの人に毛利家は任せられません。
はい、質問タイム☆」
「ん、無い☆」
「はい、慶次さんいいお返事です☆
術具の破壊と生贄の救出に関して、事前に設定していた割り振りは頭の中からリセットして下さいね♪」
「ん? うん・・・何か、話の雲行きが怪しいのは気のせいかい鶴姫ちゃん?」
「ヤだなぁ気のせいですよ慶次さん♪
以上の事を踏まえまして、作戦の変更です。生贄は操心術を掛けられて、自由意志が無い状態です。ぶっちゃけ動かせません。
ですから彼らはそのままで行きます。
現状から術式を止めるには、16芒の陣を破壊するしかありません。陣の要点、16箇所への同時攻撃は、私の弓で行います。皆さんには、陣の周りに居る護衛の術者たちを速やかに殺して頂きたく。
先に神殿一帯を封印術式で覆います。封印術式が発動した瞬間から、護衛たちは私たちの存在を察知し、攻撃してきます。
慶次さん達はそれに応戦し、護衛を殺して下さい。
封印中はいかなる術式も発動しませんが、効果はもって30秒。その30秒が過ぎれば、敵は自由に術式を使えるようになります。自由になった護衛たちは真っ先に、生贄を殺すでしょう。
おおざっぱに言って、生贄が1人でも死んだら冥帝の門が開くと思って下さい。
現時点で既に、16芒の陣には霊力が流し込まれているからです。
杉の大方が居ない分、出力は落ちますが・・・霊力の不足は、最低ラインに倍する数の生贄で補完されてしまいます。
私は神殿の封印と陣の破壊で体力を使い、戦闘不能になります。ですから護衛の殺害は、どうか30秒以内に慶次さん達の手で。
護衛が慶次さん達と戦っている間に、別の護衛が生贄を殺す可能性もありますが、それは私が止めます。下に降りると体力面で足手纏いになりますが、全体を見渡して射殺す事なら、疲れ切っているであろう私にも出来ますから。
封印から始まって、使える時間は30秒だと思って下さい。その間に、全て終わらせなければなりません。
はい、質問タイム☆」
「護衛の配置は? 距離があり過ぎて、ワシの目には下の人間の見分けがつかぬのだが・・・生贄と護衛の違いが見えん。」
「じゃ、索敵も私がやります。
それと流石にこの高さから降下したんじゃ投身自殺同然なので、私の力で皆さんを床に空間転移させます。
一瞬で敵前に出ますから、カウンター合わせて下さいね。
他にご質問は?」
「伊予の姫様、俺も下に降りる班かい?
索敵に封印術式、空間転移、陣の破壊、上からの護衛の射殺。姫様に負担が偏り過ぎてる気がするんだけど・・・。
まぁ姫様にしか出来ない部分が多いのは仕方ないとして、俺ひとりくらい残って、姫様の護衛に回った方が良いいんじゃないかい?
日輪の旦那からも、姫様を守るように言われてるんだし。」
「毛利さんが言ったのは『生贄の誘導の補佐』です。深窓の令嬢よろしく、私をいかなる敵からも守れとか、そういう意味じゃありません。
陣は16角。護衛は1角につき1人、計16人。この内皆さんには、1人1殺、4人を殺して頂きます。攻撃に回せる人数が、圧倒的に足らないんです。佐助さんにも降下班に回って頂かないと。」
「待て鶴姫、俺たちの力を低く見積もり過ぎじゃねぇか?
杉大方の飼い犬如き、2人でも3人でも必要なだけぶっ殺したらぁっ。」
「甘いですよ、長曾我部さん。
陣の形は16芒、直径で1km近い。大き過ぎるんです、身ひとつで移動するには。長曾我部さんたちが護衛に負けるなんて思ってる訳じゃありません。単純に、間に合わないだけです。かと言って、私が空間転移を繰り返すのは効率が悪過ぎます。
皆さんが起こした混乱に乗じて、残った12人は私が上から射殺しますから大丈夫。」
「んな事ぁ、」
「人数面の不利を突く事、手を回らせない事も、恐らく杉大方の策の内なんです。あの人の想定では、邪魔者は毛利さんと私の2人だけの筈ですから。
だからあんな、術式の成功率を下げてまで16芒の陣なんて・・・。」
「? 失敗する可能性も高いのか?」
「六分四分、といった所です。
総じて陣というのは、五芒星が一番安定するんです。次が僅差で六芒星。シンプルな術式なら、三芒星でも良いくらい。レアで高度な術式で八芒星。
その八芒星を更に2つ組み合わせたのが、今下で使われている16芒星な訳ですけど。
あんなの、起動させるの自体に力が余計に掛かるし、流れが複雑になるばかりで制御が難しいしで、良い事なんてひとつも無いんですけど。」
専門家の顔でそう呟くと、鶴姫は肩を竦めて眼下の巨大な円陣を見下ろした。
下からの炎の照り返しで、濃くなった陰影は周囲の男たちに、常より彼女の表情を読みにくくさせる。
目の前に居るこの女性は一体、何者なのか。本当に長曾我部家の陽だまりで笑っていた、あの少女と同一人物なのか。
「下に降りる前に、最後に1回だけ確認しますね。コレが最後です。
冥帝の門が開けば、死界と生界の境目がなくなって、地上まで黄泉の国になってしまいます。
私たちは西の陰陽としてソレを止めなければなりません。権利ではなく責任、嫌でもやらねばならぬ事。
ですが皆さんには、その責任がありません。
当事者なのは私と毛利さんだけ。皆さんは、協力者。
本当に術者たちと戦いますか? あるいは生贄の傍に留まって、敵を1人も殺さず防戦に専念する、という道もあります。それでも充分、私と毛利さんは助かります。
術者を1人でも殺せば、その瞬間から術者世界があなた方の敵になり得ます。西の術者は私たちが責任もって止めますが、東と南北の術者に、あなた方と敵対する口実を与える事になります。
それでも、本当に私を・・・毛利さんを助けてくれますか?」
その口調から4人の男たちは、彼女が本当に案じているのが元就だと知る。
覚悟を疑われていると知った元親は、当然面白い筈も無くて眼帯に覆われた左目をガシガシと掻き毟った。が、自分の発言が彼に怒気を孕ませたと、知っている筈の彼女は今、冷静な瞳で4人を見つめている。
必死なのだ、彼女も。誰より何より、元就の為に。元親の機嫌など構っていられない程。
4人を守る為に、他の方角の術者たちと事を構えると。そうなれば、必然、元就がメインで動く事になる。伊予神社の実権を握っていない今の鶴姫では、無理だから。彼女は元就の負担が増える事を懸念していた。
思い至って、逆に元親の口角がつり上がる。
肝の据わった娘だとは、思っていた。ソレは間違っていない。が、そういう漠然としたイメージでしか捉えていなかった事を・・・彼女を年下の女だと、甘く見ていた事を思い知る。少なくとも、元就の対になれる器だと思った事はなかった。
「ンなモン怖がってて海賊が務まるかっつの。
俺の方こそ安心したぜぇ? お前と一緒なら元就は大丈夫そうだ。伊予の鶴姫。」
「前田の男に、二言は無いってね♪ 友達よりも保身を優先したなんて知れたら、トシとまつ姉ちゃんに殺されちまうよ。」
「安心してくれ、鶴姫殿。一度絆を結んだ相手の手を離すような真似はせんっ♪」
「ウチの大将たちが、そんな半端を許す筈ナイっしょ?」
「ありがとうございます・・・皆さん。」
ふわりと、少し申し訳なさそうに微笑む鶴姫。
そうして元親たちが、鶴姫への認識を改めていた頃、元就は―――。
「そなたに一度、問うておきたい事があった。」
醒めた瞳で碁石を弄ぶ。
元就が黒、杉大方が白だ。彼女は黒い邪気を扱う一門の指導者でありながら、昔から白という色を殊の外、好んでいた。元就は黒が好きで、そういう些細な好みすら合わないと。そう、向かい合って碁を打つ度に密かに不快に思っていた。
パチン、と。小気味の良い音と共に、石を置く。
「結局、何だったのだ。そなたの望む所というのは。」
「・・・・・・。」
「毛利宗家の直系を絶やす事に執心しておるかと思えば、わりあい、素直に我が臣のひとりに収まった。本気で我を殺すなら、出来ない事も無かったろうに。
西の陽・・・明を傷つけるかも知れないと警戒した事もあったが、結局、今に至るまで、アレには刃ひとつ向けなかった。
明に対して接する様は邪険にするどころか、目を掛けていたようにすら見受けられた・・・度を越して手厳しい方向に、ではあったし、感謝など死んでもしないが。
伊予神社の上級巫女どもより、遥かに強力な後見であった事よ。口先ばかりで悪し様に物申す事もあったが、終わってみれば、ソレすら他の陰・・・特に東の陰に対するフェイクであったように思う。終わったからこそ言える事だがな。
たまに手酷く、東の陰に我ら兄妹を売り飛ばしたかと思えば、我が失政の贖いに自ら進んで宝を手放しもする。
読めぬ。
実に読めぬ行動ばかりであった。」
「元就様は・・・母方の曾祖母君の事はどのようにご存じであったか。」
「曾祖母? また随分と世代を遡るのだな。
大した事は知らぬ。『晴姫』(はるひめ)という名前と、我と同じように風操りの技が得意であった事。それに、『元晴』とあだ名される程に男勝りな、活発な気性であったと。
その程度よ。」
「では、母方の曾々祖母君の事は?」
「更に遡るか。
殆ど知らぬ。名前もな。
京都に住まいしていた、何処ぞの貧乏没落公家であったとか何とか。その程度よ。本当に幼い頃、一度だけ母上が仰せであった。我は次男故、京都に出向いてその家の名跡を継ぐ、という道もあるのだと。未だ母上がご存命の頃であったから、多く見積もっても5歳辺りの話であろうがな。
そんな歳から将来の話をする辺り、母上はご自分が毒殺される未来を予見しておられたのやも知れぬ。
下手人がそなたである事もな。」
「晴姫様は・・・、」
「恨み言はスルーするか。」
思わずツッコミを入れてしまった元就の、その刺々しい声も目の前の老婆・・・杉大方は意に介さず、しゃがれた声の昔語りは続く。
「ご自身の母上様、元就様の曾々祖母君に虐待を受けておいででした。晴姫様の母上様はお聞き及びの通り、公家の出でしてな。血筋を欲した晴姫様の父上に望まれて、金銭面の援助と引き換えに嫁いで来られたのです。」
「身売り同然、か。
周りから見ればよくある話。だが、当人からすれば屈辱的であろうな。特に、プライドばかり高い温室育ちには。」
「晴姫様の父上は、母上を女性としては愛さなかった。側室を何人もお持ちでした。ただ、正室としては常に立てておいででしたが。」
「ま、戦国の世の習いよな。
そうして何人の子を得たとしても、当主が戦で負ければ男児は全員殺される。女児で見目麗しいのが居れば、まだ何とか・・・という程度だ。正室も側室も、当主からすれば家臣のようなモノ。正室として立てただけ、まだ晴姫の父は良い方であろう。」
「御意。
ですが、そんな状態が晴姫様の母上には耐えられなかった。二男一女をもうけられましたが、結婚5年も経つ頃には、心の均衡を崩しておいででした。
晴姫様のご出産で体に負担がかかり、加速した狂気は全て晴姫様お1人に向かいました。父上様の眼は兄君お2人を教育に向かっておられました故。結局家督を継いだのは、晴姫様の夫君、娘婿だった訳ですが。
そうして、母上様の弱さを受け止め、名門毛利家の姫でありながら体に傷を作り、与えられる暴言に耐える日々を送りながら・・・。
あの方は、いつも笑っておられた。
ちょうど今代の西の陽・・・鶴姫のように。」
「・・・・・・。」
「元就様。
私は羨ましく、そして妬ましかった。あの方の天性の光が。晴姫様がお生まれになった時からお側につきながら・・・晴姫様に忠節を尽くせなかった。
最後には晴姫様を我が手に掛け・・・あの御方の直系を絶やす事に、血道を上げるようになりました。
晴姫様の子を殺し、孫を殺し。」
「曾孫を殺し、更にその子を殺し、か?
兄上と幸松丸を殺したのも、元を質せば我が曾祖母への嫉妬が原因だと?」
「御意。」
「ホンットにそなたは、罪悪の欠片もなくシレッと申すのだなっ。」
「言い訳というのでもございませんが、晴姫様をお慕いする気持ちも、偽りではございませなんだ。
西の陽への態度が解せぬと仰せでございましたな。
彼女の気性は、晴姫様、あの御方によく似ている。まこと、あの御方の生まれ変わりではないかと思う程に。
だから邪険にし切れなかったのです。あの娘の前代までの隠し巫女など、皆、雛人形程度にしか思えなかった。顔つきに違いなどない、せいぜいがその身に宿す霊力の多寡くらいであろうと。ましてや性格に違いがあるなどと、思い至りもしませなんだ。
鶴姫というあの娘が、人間に見えた最初の隠し巫女でございます。」
「格好良さげに申しておるが、かなり無体で酷くむごたらしい事を申しておるぞ、そなた。どうせ歴代の伊予巫女の中にも、そなたの気紛れで暗殺された者たちが居るのであろうが。そなたといい、そなたと密約を交わした上級巫女共といい。
そなたらは簡単かつ無意味に人を殺し過ぎる。」
「お言葉ですが、元就様とてそれは同じでは?」
「我も簡単には人を殺す。が、無意味にではない。毛利家を守る為、西の陰としての務めを果たす為。その為の有意義な、必要な捨て駒として、だ。
杉よ。
そなた、冥帝の門を制御出来ると思っておらぬ・・・制御する気が無いであろう。」
「流石、毛利家のご当主はよく判っておいでで。
私が死んだ後、私の文机の一番奥を探ってご覧なされ。高松城の、いつも私が使っている文机です。封印術式が施してあるのが、あなた様ならすぐ判るでしょう。解くのも容易い筈。
元就様。
あなた様は陰陽8家筆頭・名門毛利家の最高傑作。
織田の失敗作の下になど、付く事にならなくてほんに良うございました。」
「・・・・・・気持ち悪い。」
互角だった盤面を薙ぎ払うと、元就は腰の刀を鞘ごと抜き放った。空に水平に寝かせると、ゆっくりと、研ぎ澄ますように抜刀する。
切っ先を向けられた杉大方は、逃げる素振りも、攻撃の素振りすら見せない。
元就の放つ殺気を、真正面から受けながら。不似合いな程に穏やかな陽だまりの許、座布団にちんまりと座して、ただ、彼の顔を見上げていた。元就を通して誰かを・・・恐らくは晴姫を見ている表情で。
元就は氷の美貌に憎悪というより嫌悪を滲ませて、老婆を見下ろしている。
「話をして少しは人間味も感じられようかと思うたが・・・。
やはり駄目だな。そうして生きた人間を己が作品か何かのように語る感性には、ついていけぬわ。我も大概、他人を捨て駒として扱い、利の有無によって付き合う人間を選ぶ方だが・・・相手の人格まで否定した事は一度も無いぞ。
織田信長を創り出した織田家の術者連中の方が、そなたと余程話が弾むであろう。
あの世で存分に語り合うが良い。」
「元就様。
冥帝の門は開かれ、最早制御する者も無く、死界と生界の境界はなくなります。すぐに、お懐かしい方々ともお会いになれましょう。
それまで暫しのお別れでございます。私との再会など、お望みではなかろうとは存知ますが。」
「結局、ソレか。晴姫に会いたいが為に冥帝の門を開かんと欲したか。
そう思うと、こうして殺してやるのも癪に障るな。」
「ご安心を。
誰が誰をどう殺すかに関わらず、じきに全てがひとつになります。イザナギが黄泉平坂を閉じる前に還るのです。我が毛利家の手で。」
「向こうには明が行っている。頭数も揃えた。
そなたと再び会う事も無い。これで仕舞いぞ。」
「再会を、必ず。」
何を言っても通じない。杉大方は自分の思惑通りに事が運ぶと信じ切っている・・・望み通り、制御を失った冥帝の門によって、死者と生者が混在できる、と。昔と変わらぬ日々を望み、晴姫が生きていた頃の全てを、取り戻したい。きっとこの老婆の中にあるのは、その思いだけなのだ。そんな、純粋で、幼稚な思い、それだけ。
いっそ憐れみさえ感じてしまった元就は、そんな己を恥じるように瞑目すると、最早言葉もなく刀を振り下ろした。
夢を、見ていた。
『間に合った・・・よくぞ生きていてくれた。』
あの時。
瓦礫の山をかき分け、塵芥で綺麗な手を汚しながら私を見つけ出してくれた、あの時。
『何も、案ずる事はない。
この後(のち)は、我がそなたを守ろう。我がそなたの傍に居て、悪意からの盾となろう。共に来い。我が対手よ。』
ついしゅ、と、あの人は言った。
たった8歳の、身を守る術も持たない、巫女と言うには余りに幼い女の子を。対の手と・・・術者の用語で『対等な相棒』を意味する言葉で呼んでくれた。
巫女名を授かった時ではない。
あの人の・・・西の陰の手を取った瞬間。あの時から、私は西の陽となったのだ。
「鶴姫ちゃん。」
浮かない声の慶次に起こされて、鶴姫は半覚醒の微睡みから完全に目を覚ました。
彼の表情からすべてを察した彼女は、淡く微笑んで身を起こす。鶴姫自身が彼に頼んでおいたのだ、元就が戻らなかったら、起こしてくれるようにと。
時刻は、午後も8時を回った頃合い。場所は毛利家の聖地である山から、一歩も下山していない。術式の発動阻止、その全てが終わってから1人、合流した元就がそう決めた・・・下ろうと思えば出来ない時間帯ではなかったので、寒い高山から早く下りたい元親や家康はそう提案したのだが。
元就に一蹴された。というか、戻ってからずっと何か考え込んでいる様子の彼の、気を惹けなかったと言った方が正しいか。何処か常ならぬ様子を孕んだ元就に、彼らもそう強くは言えなくて、結局、言う通り山での夜明かしと相なっている。
ちなみに結界から救出した生贄たちは、健康に問題なかったため、自分たちの足で勝手に下山させている。
その後、フラッと何処かへ消えてしまった元就抜きで夕食の準備をし、無数にある豪勢な部屋の一つに人数分の布団を敷き。
『一番働いた伊予の姫様は、しっかり休んでてよ♪ 俺、料理には結構自信あるんだぜ?』と言う佐助の提案で寝る事にした鶴姫は、『お夕食を食べ終わっても毛利さんが戻らなかったら、その時起こして下さい。』と言い置いて眠りについた。
そして、今に至る。
慶次の表情を察する限り、元就は一度も戻っていないし、何がしかの連絡も、彼から入ってはいないらしい。
「何っつーか・・・嫌なフラグ立ちまくりなんだけど。
杉大方って、毛利の兄さんにとっちゃ天敵だったんだろ? 燃え尽き症候群とか、あるいは毒になるような言葉を言われたとか・・・。
よもやまさかと思うけど、よもやまさかな事になってたり・・・、」
「・・・毛利さんは自殺も自傷もしませんよ、こんな無意味な局面で。私が『死にたがり』の悪癖って言ったのは、『目的達成の為なら』常人離れした思い切りの良さでソレを選択する可能性がある、っていうだけです。
杉大方を排除して、やっと毛利家を完全に掌中に収めたっていうこの時に、自殺なんかする筈がありません。」
「俺にはよく判らないよ。
鶴姫ちゃんには何で判るんだい?」
「対手ですから。」
「ついしゅ?」
「対等な相棒っていう意味です。」
「ふ~ん、そういうモンかねぇ。」
「お夕飯は、残しとかなくていいですよ、慶次さん。私もですけど毛利さんも、多分食べないんで・・・佐助さんには悪いんですけど。お腹空いたら保存食ありますし。食べちゃって下さい。」
「あ~・・・うん、判った。」
要領を得ない、という様子の慶次に微笑むと、鶴姫は軽く着衣の埃を払ってから歩き始めた。そう、自分は彼の対手なのだ。この聖域にも何度も入れてもらっている。彼が今どこに居るかも、簡単に予想が付く。
「戦わなかったんですね、杉大方と。」
「・・・・・・最後まで気味の悪い女であった。」
果たして予想通り、元就は天守の最上階、その小部屋に居た。床板と、格子窓の下の壁。そこにL字に体を投げ出している。
今の彼が纏う、その退廃的で荒んだ空気。余裕の無い、未使用の刀のような瞳の光・・・元親も含め、人前では常に端正な正座姿に理性的な無表情しか見せない彼の、鶴姫にしか見せない姿だ。
静かに問いかけた彼女に、返す元就の声は平坦で落ち着いていて、逆に違和感がある。
「最期の言葉は、何と?」
「『再会を、必ず。』。」
「・・・・・。」
元就の右隣に、崩した正座で座る鶴姫。彼の肩口に側頭を預けると、元就は右手の平で包み込むように彼女の左手を握りしめた。爪先が白くなる程強く握られても、鶴姫は黙って握り返すのみ。彼の語る言葉に耳を傾けている。
「結局、あの女には冥帝の門を制御する気などサラサラ無かったのだ。
最初から暴走させる気で・・・イザナギ以前の、まだ生死の境目が無かった頃と同じ状態にしたいのだと。
明。
以前、『晴姫』の話を致したのを、覚えているか?」
「はい。毛利さんの曾祖母様だと。」
「我はお顔も覚えてはおらぬがな。
杉は大元、その姫の側近だったらしい。羨望、嫉妬、思慕。そこら辺が混沌とした、複雑な感情があったそうでな。晴姫自身に手を下したのも、晴姫の血筋を絶やしたかったのも、それが為だと申しておったが。
晴姫に、会いたいのだと申しておった。冥帝の門で死界と生界の境目が無くなれば、自由にかの姫に会えるであろうと・・・。そして、我とももう一度相まみえるであろうとも。故の『再会を必ず』という台詞な訳だ。
くだらぬ。
実にくだらぬ。そんな事の為に我は・・・そんな妄執の為に我が血族は、我が家族は・・・そんな事の為に、我はあの孤独の只中に突き落とされたのか・・・!!」
「・・・・・。」
囁き声とは思えぬくらい鋭いそれは、確かに慟哭だった。
鶴姫は黙って元就の首に腕を回すと膝立ちになり、己の胸に頭を抱き寄せる。
「眠って下さい、毛利さん。
杉大方などお忘れを。今は私がお側に居ます。お1人になど、絶対に致しませんから。」
「側に、な・・・絶対だと、そう言い切れるか?」
「私は西の陽。あなたの対手。他のどの組織にも属さない、伊予神社の意さえ受け付けない。あなたの為だけの対手です。
その事実だけでは、信じるには値しませんか?」
「いや、良い・・・それで、良い。」
小さな部屋に衣擦れの音を響かせて、元就の頭が鶴姫の膝上に乗せられる。
水中にたゆたうように。
全身から疲労を滲ませて五体を投げ出した今の元就は、隙だらけだ。『詭計智将』ではない、ただの『毛利元就』が其処に居た。
紫茶の髪を、鶴姫の指先が柔らかく撫でている。
「明。
何か、歌ってくれないか。」
「はい。何が聴きたいですか?」
「何でも、良い・・・鼻歌でも・・・。そなたの声を、聴いていたいだけぞ・・・。」
「はい、毛利さん。」
眠そうな、それ故に穏やかな、小さな。
元就の声は、鶴姫の歌声を幾らも聴かないうちに寝息へと変わっていく。それでも、彼が完全に眠りに落ちても。
鶴姫はしばらくそうして、彼の為に歌っていた。
(第三章へ)
戦国BASARA 7家合議ver. ~始めなくては始まらぬ~
1週間後、安芸・毛利本邸。
「家康、ソレは無理というものだ。」
「元就、お前のその言葉こそ、人の持つ可能性そのものなんだ☆
以前のお前なら、興味すらなく適当に『あぁ、いいんじゃないか?』とか返してたろう? そして本来とは全然別の計略に使おうとか思ってたろう。
無理かどうか、無意識に判断する時点で良い方に変化してるんだよ。
人間が悪い方だけじゃなく、ちゃんと良い方向にも変わっていける証拠さ☆」
「・・・・・・・。」
我ながら愛想の欠片も無い言下の否定を、肯定感たっぷりのキラキラした瞳で返された元就は思わず沈黙した。
権力者であった杉大方が、当主・元就に誅されてより、1週間。
事後処理やら権力の分散やら家内構造の改造やらの大波が、やっと一段落ついた所である。なまじ杉大方1人に大権が集中していたが為に、空いた穴の大きさも並大抵ではない。悪い意味一辺倒とはいえ、アレだけの大権を1人で担えていたという事は、彼女もまた英傑になり得る器の大きさを備えていたという証左だろうか。己が資質の使い方を誤った好例かも知れない。
そういう荒波がとりあえず収まった、今日。
爽やかな初夏の風が吹き抜ける昼下がり、元就はずっと鶴姫に押し付け・・・もとい、任せっきりにしていた客人たちの様子を見に来ていた。
『客人』=元親、慶次、家康、佐助の4人である。
他の3人はいつでも帰れる中で、1人、家康だけは元就との面会の機会をずっと待ち望んでいたのだ。
理由は―――。
「ワシはこう考える。
この広大な日の本を、たった1つの幕府、たった1つの家門だけでまとめようとするからいつまで経ってもまとまらないのだ。
勿論、支配する者、民の生活を差配する者は必要だ。が、それを1家門だけで行う必要は無いだろう? 故に、な。
広大な日の本を8つに区分し、それぞれの地方で1人、代表となる家門を決める。そして、その8家の当主の合議によって重大事を決め、当主の責任と権で以って担当する地方に令を発し、政治を行う。
要は8人合議よ。
そうすればたとえ戦が起こった所で、ひとつの区分だけの話で収まるだろう? 解決策についてだって、他の7人が出した知恵が役立つかも知れない。
天の災いが起こって1か所の幕府が壊滅しても、他の区分の幕府が健在なら問題なく支援を送れる。食糧、医療、その他諸々、再建の助けとなれる。
勿論、天災だけの話ではない。太平の世が訪れても、国の内外から問題は幾らでも湧き出て来る筈だ。
そういう諸々からワシは、8人の絆の力で、緩やかに日の本を守れたらと思うんだよ。」
「そなたの思い描く所では、8家以外の武家も生き続けるのだろう? 滅ぼさず、領土も大して減らさず、一定の武力も保ったままで。
結局、状況は大して変わらないのではないか?
代表家の座が欲しくて争い、権力を巡って駆け引きを繰り広げ。戦国が8等分されるだけだと思うがな。」
「実はある意味、それを狙ってもいる。」
「というと?」
「権力者が圧政を敷くのは、己以外に並び立つ者が居ないからだ。己以外が皆、力において下位にあるから、己1人が強いから。だから、自分の思うままに振る舞って良いのだと勘違いしてしまう。
本当は、武力だけが力ではないのにな。
一番に権を持つべきは代表家だろう。が、他の家門にもある程度の力がないと、代表家は簡単に道を踏み外してしまうかも知れん。特に、この仕組みが始まったばかりの頃はな。
代表家以外の家門に、いかにバランス良く権力や武力を配し、またそれを運用してもらうか。ワシはそれが、この仕組みが成功するカギだと思っている。」
「・・・全く理の無い話でもない、か・・・・。
では家康よ、コレはどう思う?
日の本に数多ある宗教勢力。一向宗やら比叡山やら山伏やら。素直に修行にだけ励んでおれば良いモノを、アレらは中々言う事を聞かぬ。
ただ聞かぬだけならばまだ良い。問題なのは、アレらのネットワークが日の本全土にまたがっておる点よ。行政区分を8つに分けても、奴らは平気で垣根を飛び越えて乱して回る。織田の叡山焼き討ちは無意味な蛮行と思うが・・・焼き討ち程度では蘇るどころか死にもせぬからな。
あの神狂い共を手懐ける方策はあるのか?」
「手懐けるのは無理だろう。
だから、逆にそのネットワークを利用するのさ。物流の一端を担い、情報の拡散を手伝ってもらう。扱いとしては実質、宗教者ではなくサービス業みたいな感じで。
最初はド甘い莫大な利益が上がるような仕組みにして依存を誘い、そのサービス業と、本来の宗教者としての役割以外にめぼしい収入源が無くなるように仕向けるんだ。」
「つまりアレか、『そんなに飛び回りたければ日の本中、いつまででも飛び続けてろ、但しその頃にはそなたらは、飛ぶのをやめたら死ぬような状態になってるけどなっ。』と?」
「そうそう、そんな感じ。
競合他社も必要だな。それは薬売りのネットワークや、各国の忍たちのネットワークに担ってもらおう。」
「裏社会の住人たる忍も、表に出すつもりか?」
「まぁ、半分くらいは。
各国とも、スパイとしての忍は手放せないだろう。たとえ太平の世になったとしても、軍を解体したとしても、忍の守りが無くなるのは誰だって怖いよな。暗殺任務だって、普通に存在するかも知れない。
だがしかし、だ。
殺しや盗みをするだけしか、彼らには能が無いのか?
ワシは違うと思う。
培った戦闘技術を生かして、軍人ではこなせない特殊な警護を請け負う、とか。
心理戦の巧みさを生かして、交渉事にあたる、とか。
手先の繊細さを生かして、名産品を創り出して販売する、とか。
秘伝の医療を生かして、医者として人命救助する、とか。
なにも殺す事、殺させる事ばかり考えなくて良いと思うんだよ。それに『太平の世になったらお払い箱にされる』なんて、そんな悲しい思い込みをされては、ソレが嫌さにこの仕組みを破綻させる方向に暗躍させる事にもなりかねん。
誰だって、滅びるのは嫌だよな。
一方的に排除するのではなく、積極的に付き合っていくべきだ。社会に取り込んでしまえば、軽々に社会を壊す事も出来まい。
ワシは猿飛や、上杉のかすが殿とも絆を結びたいのだ。」
「フン・・・あながち青臭い理想論ばかりでもないか。
では家康よ、肝心の区分分けと、その代表家はどう決める?
中国地方は、我の物。四国地方は、まぁ、元親が妥当な所であろう。残るは九州、近畿、中部、関東、東北と・・・最後のひとつは何地方を入れる気ぞ?」
「え~っと・・・蝦夷?」
「・・・時間を無駄にしたな。」
「待って、待ってくれ元就っ。
世間で言われておる程、閉鎖的な土地柄ではないぞ、蝦夷は。目に判り易い形での付き合いではないだけだ。東北や堺などとの交易も盛んだし。
地理的にも近い。日の本の行く末は、蝦夷にも無縁ではないのだ。」
「黙れ家康、そのような事、今更言われるまでもなく存知ておるわ。」
「? そうなのか?」
「蝦夷とは我・・・というより西の陰として、深い繋がりがある。まぁ、正直あまり喜ばしい繋がりではないのだが。
蝦夷の地が実際どのような場所であるのかは、家康、そなたより余程現実を見ておる。
結論から申せば、あの場所とは最初の内、距離を取っていた方が得策ぞ。仕組みが軌道に乗るまでは・・・交易を活発にして、繋がりを強化する程度で良かろう。
そなたが蝦夷を見ておるように、蝦夷もまた我ら日の本を眺めておる。日の本の仕組みが変われば、蝦夷の方から何かしら動きがあろう。ソレを見極めてから動いても遅くはない。代表者を合議に加えるなり、外国として改めて条約を取り結ぶなり、な。
まぁ、あの地は『国』という概念が希薄だ。
部族社会の色が濃いからな。初めの内は、他より多少開放的で行動力があって裕福な部族が、好奇心から難破を装って紛れ込んでくる、という程度だろうよ。」
「詳しいな。」
「喜ばしからざる深い繋がりがある、と申した。
蝦夷を気にするのならば、より気に掛けるべきは琉球であろうよ。
蝦夷と違って国土が小さい故、派手さは無いがな。同じように交易が盛んで、蝦夷と違って開放的で外交能力が高い。
先々蝦夷とも付き合いたいと申すなら、先に琉球とよしみを通じて、日の本の外交能力を磨いておくのが得策であろう。我ら日の本は、どうにも外交能力が弱くて困る。戦となれば決して引けを取りはせぬが、その他の交渉事において、決定的に経験値が足りぬのだ。国としての経験値がな。
遥か未来に西欧諸国と付き合いを持つと仮定して、支離滅裂な外交条約を鵜呑みにさせられ、そもそも戦争すらさせてもらえぬのでは話にならぬ。
その点で、琉球は良い。
先方の国としての基盤がしっかりしている上、好戦的でない。
それでいて言葉や文化は固有のモノがあるから、国家間交渉の良い練習になる。
それに地理的に近い故、かの地を西欧諸国に取られるとかなり厄介だ。琉球を中継地点に軍を送り込まれる故な。琉球とは先方が西欧諸国に呑み込まれるより先に同盟を結び、軍人ではなく外交官を送り込んだ方が良い。
独立国の矜持が強い故、日の本の一部として合議には参加するまいよ。
が『近隣の同盟国』として、『親しき相談役』程度であれば、我ら日の本の変化に付き合ってくれなくもなかろう。同じように大陸の趨勢に左右される者同士、その意味でも蝦夷より付き合い易いかも知れぬ。蝦夷はその点、まったく気に掛けぬでな。
あくまで向こうの気分次第、だが。そこは交渉役の腕の見せ所という事で。」
「流石は毛利元就、先々まで見通すその慧眼、その広い視野♪ あの竹中半兵衛殿を置いて、日の本一の智将と呼ばれるだけはある♪」
「うるさい黙れ死ね。
暫定的に、日の本の区分は東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の7つに絞られるとして、だ。
中国と四国の代表家は、我と元親で良かろう。境界も明確である。
他の地方の代表家は? あくまで現時点でだが。何処を考えておる?」
「えぇと、そうだな・・・。
東北は伊達、関東は・・・ウチか武田? 中部は上杉で、近畿は・・・何処だろう。で、九州が島津殿?」
「東北が伊達、関東が徳川、中部が前田。
近畿は豊臣、九州は島津。
中国が毛利、四国が長曾我部。」
「中部は謙信殿ではダメなのか?」
「ダメだな。
アレは確かに人格者ではあろうが、郷土愛が強過ぎる。融通が利かな過ぎるのだ。その点、前田利家は向いている。複数の国をバランス良く見るのにも、他の6人と上手くやっていくにもな。
上杉謙信が清廉で二心無く、気骨のある武人である事には相違あるまい。中部は前田がまとめ、上杉がサポートする、という形が良かろうよ。
関東はそなたが纏めよ。
言い出した家門が参加しないのは良くない事ぞ。そなた自身は納得していても、100年先の子孫の間で確実に軋轢となって表れる。『徳川が武田に座を追われた』、あるいは『武田が徳川から座を奪い取った』とな。『特別な家』がそう幾つも分散するのは良い事ではないのだ。
それに上杉謙信と同じ理由で、武田信玄も向いていまい。同じ軋轢を生まぬ為にも、そなたは武田信玄から与えられる助言をせいぜい生かすのだな。」
「そうか、そうだな。」
「それに、近畿だ。」
「・・・・・。」
「『近畿を纏めるべき家門が判らない』とは、完全にそなた自身の弱さを証明する言葉ぞ。ほんの一瞬、会話をやめようかと本気で思ったわ。
近畿には大阪があろう?
そして大阪は豊臣家の本拠地ぞ。今の近畿に、豊臣を凌駕する家門など存在しない。近畿のまとめ役は、豊臣を措いて他にはあるまい。
結局そなたは、豊臣秀吉と向き合いたくないのだ。
袂を分かった事について、今でも葛藤があるのだろう? だから今一度同じ組織に属し、日常的に顔を合わせる事になるのが恐ろしいのだ。責められそうで・・・行いを責められた時、自信を持って反論出来ない己を見つけてしまいそうで。
竹中半兵衛や石田三成、大谷吉継の目も、真っ直ぐは見られないのであろうな、そなたは。」
「返す言葉も無い・・・。」
「まぁ良い。それは今後の課題とするとしよう。どうせ、今日明日にも完成する、という話ではないのだからな。
先程列挙した家門の名も、別に本人たちの了解を得ている訳でなし・・・今は未だ、我らが勝手に挙げているに過ぎぬ。
これから全ての者どもを説得し、7つの家紋打ち揃えて同盟を結び、当然反対するであろう有象無象の家門を討伐して、同盟者にその地方を安堵させ、境界の線引きを自明にして、仕組みの具体的な段取りを詰めて発効させ、本州・四国・九州で試験運用して試行錯誤しながら国の形として最適化し、軌道に乗ったら、否、早い方が良いな。西欧諸国は既に琉球に目を付けておる。
『軌道に乗りそう』という先行きが見えた段階で、琉球に使者を送って対等な外交条約を結びたい旨、持ち掛けねばならぬからな。
ちなみにココで重要なのは『対等な』という点だ。欲を出して、こちらの天秤が重くなるような条件にはするな。コレは『そういう』練習だ。」
「やる事、多・・・。」
「うるさい黙れ仕事しろ。
そなたの中の豊臣家への葛藤は、6つの家紋が揃うまでにカタを付けよ。向き合うのが嫌さに、他の連中に交渉を任せたりはするな。そんな覚悟でこの大業に従事しては、ロクな死に方はせぬぞ。」
「あぁ・・・判っている。
必ずワシ自身のこの身で、全霊を懸けて秀吉公と向き合うよ。」
「当然だ。
さて・・・これからの流れを確認した所で、家康。我からそなたへ、ひとつ命題をくれてやろうと思う。」
「おぅ、何でも言ってくれ、元就♪」
「我を同盟に参加させてみせよ。」
「え・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
「ちょっ、待っ、はぁっ?!
待って、超待って元就っ! 今の完全に同盟してくれる流れだったよなっ?! ワシの提案に乗り気の口調だったよなっ?????!!!
ナニ、まだ同盟する気、なってくれてなかったの?!
その気も無いのに、色々筋道つけてくれてたの?!」
「うるさい黙れ。
杉に関する此度の一件、家康、そなたには相応に世話になった故な。ココまでの会話は、その礼の一部と心得よ。
だがな家康。我はそなたの話の全てが成就するとは、正直思ってはおらぬ。
何処が成就し、何処が成就しないのか。何が変わり、何が変わらないのか。不確定要素が多すぎるのだ。どう転ぶものやら・・・我が安芸の地に、どのような凶と出るか判ったモノではない。
確かに、成れば成ったで偉業には違いないであろうが・・・いかんせん、な。大業故に、失敗した時の影響も計り知れぬのよ。
そのような不安定な大業に、軽々に賛同し、手を貸して良いモノだろうか?
さてもさても、ココが大事な考え所、勘所よ。
なぁ、家康? 我はどのように処したら良いであろうな?」
「えっと・・・ワシにそれを考えろ、と。」
「否。
我を説得する方法を考えよ、と申しておる。」
「なぁ、鶴姫よ。これって・・・。」
「はい、長曾我部さん。」
同席を許されて興味津々で聞いていた元親と鶴姫は、顔を見合わせて笑いをかみ殺した。同じように横で聞いていた慶次と佐助も、無音のまま腹を抱えて笑い転げている。
十中十、元就は同盟に参加する気でいる。一度そうと決めたからには、たとえ断られたとしても必ず参加するだろう。毛利元就とはそういう男だ。
言い出した当の家康に加え、元親も既に同盟を決めている。そして毛利家。7家中、3つの家紋が既に揃っているという訳だ。
が・・・順調に行き過ぎている。事の大きさに比べて。
そしてまだ若い家康にとって、この順調な滑り出しは必ずしも歓迎出来る事柄ではない。この先、話が進むにつれて道はどんどん困難になっていくだろう。その時になって、突如として現れた絶壁やら崖やらに挫折し、折れてしまわぬ為に。
今の内から『障害』・・・交渉の難しい相手に慣れておくべきなのだ、家康は。
その『相手』に自らなってやろうとは、これもまた『礼の一部』と嘯くのだろうか、元就は。
「・・・というデータがあってだな、もしも安芸に・・・」
「ほうほう、中々興味深いデータだが、土木技術ならば安芸にも・・・」
汗だくになって、同盟がもたらす技術革新の有効性を説く家康。躱す元就は、終始余裕の笑みを浮かべて、右手の扇で自身に風を送っている。
庭木の陰で、蝉が鳴き始めていた。
「つっかれた~・・・・・・。」
「お疲れ様です、家康さん♪」
死体の態で畳の上に『転がり落ちた』家康は、整えられていく膳を食欲のなさそうな目で見上げていた。そんな年上の男を、自分の膳の前に行儀よく座った鶴姫は温かい目で見守っている。
結局あのまま本格的な交渉に雪崩こみ、家康はずっと元就の説得にあたっていたのだ。
概略の説明だけのつもりで、ロクに資料も用意していなかった家康は大慌てで、脳内知識フル動員で必死になって口を動かしていた。
元就から『ま、及第点であろ。』という淡白なお言葉を頂戴した時には、とうの昔に他の面子は夕食に行き、部屋には元就と家康2人だけになっていた。その元就は『夕餉は部屋に運ばせておくぞ。』と言い置いて、労うでもなくサッサと退出してしまうし、念の為居間を覗いても、やはり夕食など疾うの昔に終わっていて、誰の影も見当たらないし。
やっと自室に引き上げてきた家康としては、体力というより精神力が底を尽いた感じである。
「? 姫は夕餉を済ませたのだろう?」
「? あぁ、いいえ? 家康さんと一緒に食べようと思って。
お夕食、1人で食べても更に疲れが増すだけでしょう?」
「・・・なぁ、鶴姫殿。
姫を、公正な目を持った一人前の将と見込んで訊くが・・・ワシは元就に嫌われているのだろうか?」
「家康さん、」
「いや、自分でも被害妄想だとは思うのだ。特に今は精神的に疲れてもいるし、ワシ自身にも『7人合議』という試みに不安や恐れがある。秀吉公の事を突かれた時は、それが真実であるが故にグゥの音も出なかった。
ワシの思いつめ過ぎだと・・・元就はワシより明晰で交渉事の経験も豊富だから、色々と教えてくれようとして、今日の様に色々プレッシャーを掛けてくる、『きてくれる』のだとは思うのだが・・・。」
「家康さん。」
畳の上でぐったりしたまま、動かない家康はかなり深刻に疲れているらしい。元就の説得をきっかけに、溜め込んでいた不安感が表出した、といった所だろうか。
鶴姫は無理矢理に鼓舞するような言葉は言わない。代わりに彼の身、近くに座り直すと、優しく家康の頭を撫でた。
彼の瞳が、驚きに見開かれる。今まで彼にそんな事をしてくれた女性は居なかった。
「鶴姫。」
「2つ。
まず1つは、私個人が『7人合議』に賛成だっていう事。
私も戦国の暗部をそれなりに見てきましたが、家康さんのやろうとしている事は、ただの理想論に終わるような代物ではないと思います。
私にも、理想があります。私個人の未来図が。
そしてソレは、『7人合議』の構想と重なる部分が多いんです。だから私は、家康さんのお考えを支持します。」
「重ならない部分も、あると?」
「違う人間同士のいだく理想が、完全に重なる方がむしろ異常では?」
「うん、まぁ・・・。」
「私のいだく理想については、家康さんがもっと元気な時にお話しますね。
もう1つ。
毛利さんが、家康さんに期待してるって事です。」
「うそうそうそ、絶対に嘘だっ!! ワシが疲れてるからって、そんな嘘で慰める必要は無いぞ、鶴姫っ!」
「うふふふふ♪」
言下に子供じみた否定をした家康の、その両頬を鶴姫は笑顔のままで思いっ切り引っ張り上げた。ご丁寧に爪まで立てて。
こんな事をした女性も、居ない。
「毛利さんは家康さんに期待してますよ、本当です。
家康さん以上にノリノリで、家康さん以上に大喜びで戦や調略にあたり、家康さん以上に合議体制の磐石化に燃える筈です。合議の場所に建てる城とか思いっ切り意匠を凝らすだろうし、細則の文言を、徹夜で何度も推敲する姿が目に浮かびます。」
「ワシが申すのもなんだが・・・。
何故?」
「やり直したい、のだと推察します。」
「やり直す? 以前にも、何処かで誰かが同じ事を?」
家康は余程、不思議そうな顔をしていたのだろう。鶴姫は少しだけ寂しそうに微笑むと、彼に箸を握らせてから自分の膳に戻った。
「お食事しながらお話しましょう。発案者の家康さんには、恐らく話しておいた方が良いと思いますから。
本当にね、一体誰が始めた事なのか・・・。いえ、一体、誰が歪ませてしまったのか、と言うべきかも知れません。始めた人は、家康さんのように清廉な志に燃えていたのかも知れないし、あるいは必要に迫られ、追い詰められて決断したのかも知れないし。
家康さん。
『術者の世界が4つに区分けされていて、陰陽2人、合計8人が日の本の術者の束ねになっている』っていう、あのお話。覚えていますか?」
「あぁ。以前、姫が猿飛に話していたヤツだな。覚えているとも。」
「アレもまた、一種の合議制です。4つの区分それぞれに、2人の束ね。合計8人だから、『陰陽8家』と呼ばれています。
西の陰気使いの束ねが西の陰・毛利家。西の陽気使いの束ねが、西の陽・伊予神社。
東の陰は大東寺(だいとうじ)家、東の陽が六儀(りくぎ)家。
南の陰が紀藤(のりふじ)家、南の陽が高千穂(たかちほ)神社。
北の陰が鉄朔(かねさく)神社、北の陽が梓(あずの)家。
こうやって挙げていくと、銘々、ご立派に役目を果たしているように聞こえますけど・・・現実は、とうの昔に破綻してるんです。
一体誰が、何処でどう間違えたら『ああ』なるのか・・・。
方角が違っても、陰陽それぞれの役目は変わりません。陰は死者を安らかに、速やかに、黄泉路へと導く事。陽は生者の傷を癒やし、生きる苦しみが少しでも減るように労わる事。そして陰陽は互いに補完し合い、互いに諌め合って、バランスよく役目を果たす事。
ソレが本来の姿、なのに・・・。
南は互いに潰し合う事そのものが快楽となり、東は支配する事される事に安住し、北は不干渉を気取って互いを理解する事を怠っている。
3者とも、陰は死者の魂を弄ぶ事を当然とし、陽は生者の苦しみに見向きもしない。
陰陽共に、率いるべき使い手たちを規定で縛る事なく、統率を失った術者たちは好き放題、欲のままに術を振るって生者、時には死者まで引きずり出してきて苦しめ、己を顧みる事をしない。
一体、何代前の当主たちから『こう』なのか。一体原因は、きっかけになった乱とかあったのか。誰もそれを知りません。誰も覚えていない程の昔から『こう』なのでしょう。」
鶴姫は深々と溜め息をついた。
ゆっくりと魚の身をほぐす。
「今の日の本の術者の世界は、荒廃しています。
伊予神社の実権が無い事に、心の何処かで甘えている私。自分を利用するばかりの毛利家にうんざりして、興味を失った毛利さん。2人だけの世界を作ってホントの世界に背を向けている私たちも、無罪は主張出来ませんけど。
でも・・・だからこそ。
合議制と聞いた時、私は見たいと思いました。同じように合議制を敷いていた筈の術者の世界は、運用を間違えたせいで破綻してしまった。でも、今度は、武将の世では違うかも知れないって・・・。
他ならぬ『合議制』によって理性を取り戻した世界を、見てみたいって、そう思ったんです。
逆説もいい所なんですけどね。なまじ術者の世界で合議制が失敗したのを見ているから、武将の世界を合議制にする事を思いつかなかった。でも、誰かが実現可能なプランで示してくれるのなら、急に欲しくなる・・・合議制が成功した世界が。
ですから、ね、家康さん。
私より絶望していた分、毛利さんは、私より更に望みを懸けている・・・見たがっているんです。家康さんの言う、『7人合議』の成功する姿を。」
「鶴姫・・・ワシが短慮であったっ。
元就の熱意を疑うような浅はかな真似は、金輪際二度とせぬと誓うっ!」
「流石です、家康さん♪ 家康さんなら絶対に判って下さるって、信じてました☆」
(より正確には、『やり直したい』より『見返したい』に近いんだと思うけど・・・。)
感涙する家康に笑み返し、夕餉を共にしながら、鶴姫は内心で複雑な息をついた。
家康に対して語った事に、偽りはない。
ないし、今の術者の世界が、荒廃しているのも本当だ。『アイツがやった無体なら、オレもやってイイ筈だ。』、むしろ『アイツが無体をやったなら、オレも同じ無体をしないとナメられる。』の勢いで、加速度的に乱れがエスカレートしている。
元就は誇り高く潔癖で、責任感の強い男だ。
己の責任を棚上げして『制度が悪いのだから仕方ない』と、悪事を為しているのがまるで制度ででもあるかのように嘯いて、無節操な、放縦な力の使い方をする。そんな陰陽8家やその配下を、常日頃から苦々しく思っていた元就の事だ。同じ『合議制』を敷いた上で、運用次第でこうも違いが出るのだと、そう陰陽8家に知らしめ、見せつけたいという思いがあるのは確実だろう。
悪いのは・・・幼い頃から元就と鶴姫を散々に弄び、苦しめ続けてきたのは制度などではなく、もっと純粋に、単純に、お前たちなのだと。
ある意味、復讐に近い。
「でもホント、交渉事に関して毛利さんは日の本屈指だと思いますよ? 妹の欲目じゃないですけど。10歳で独りになってから、自分に殺意しか無い相手から、色々もぎ取ってきた方ですから。家督とか。」
「おぅ、学ばせてもらおう♪」
まぁ、いい。家康はそこまで元就を理解する必要は無い。
復讐だろうが未来への情熱だろうが、結果的に家康の理想の手助けになる事には違いないのだ。
家康のいだく『一抹の不安』や『被害妄想』が、先々、取り返しのつかない猜疑心に変質して元就に向かうような事にならなければ、それで。戦う相手が誰だろうと鶴姫は元就の傍を離れないつもりだが、彼女だって好んで家康と戦いたい訳ではない。鶴姫は、大勢の人に囲まれている元就を見るのが大好きなのだ。
翌日。
「緊張する・・・。
秀吉公に目通りするのは、麾下から離れて独立して以来だ・・・。」
「家康め、何を甘い事を。
何ならもう2、3日、我が屋敷に逗留を許すぞ?」
「元就・・・そっちこそ、心にも無い甘い事を。
どうせその言葉に甘えた途端に同盟破棄を言い出して、『置く理由がなくなった。』とか申してワシを屋敷から叩き出すのだろうが。」
「おお、その洞察力! 観察力っ! それでこそ我が同胞と認めた男である。
とっとと近畿と話を付けて来い、この発案者。」
「この・・・。」
毛利家を宿としたこの2週間足らずで、家康は相当に元就に感化された・・・もとい、彼への理解が深まったらしい。口が悪くなったというか、少しだけ、精神的に逞しくなったというか。
毛利家の正門にて、一同は暫しの別れを言い交している最中である。
「だったら先に、俺と九州へ行くかい? 島津のジイサンと3人で、薩摩焼酎で派手に飲み比べといこうや♪」
「甘やかすな元親っ。」
「薩摩焼酎かい? いいねぇ、前田領にも送ってくれよ。俺もソレ飲みながらトシとまつ姉ちゃんを説得するからさ♪
遠く離れた違う場所で、違う相手と、同じ酒を飲み交わしながら未来への話を熱く語る。いいねぇ、青春だねぇ♪」
「俺様も欲しいなぁ。ウチの分と、あと竜の旦那のトコにも多分、ウチが話、持ってく事になると思うから。武田と伊達、2家分ね♪」
「よしよし、お前ら皆、ここに欲しい酒を書いときな。港に着いたら真っ先に買い占めて、1家分でも2家分でも送り届けたらぁ♪」
「1家分の目安が判らんわ・・・。」
酒の話になると途端に瞳を輝かせる『同盟者』たちに、下戸の元就は呆れて嘆息している。鶴姫はそれを微笑ましく見守っていた。
これから5人・・・否、4者はバラバラに動く事になる。
家康は早速、豊臣家の説得にあたる為、近畿は大阪、秀吉の居城に行く。
元親は島津家を同盟に誘う為、九州の義弘に会いに行く。
慶次は前田家の叔父夫婦と話をする為、中部は前田領内へ帰省する。
佐助は一連の出来事の報告もあり、甲斐は武田へ帰還せねばならない。
そして元就は、当面は家内の整理・・・杉大方不在の空白を埋め、今度こそ、家内を元就1人の許に、完全に集約させる。それに、琉球の動向もそれとなく探っておかねばならない。それは現状把握の意味もあり、それ以上に、日の本を変動させる元就たちの動きが琉球側に不穏と映らないように、繊細な配慮をしなければならない。『合議制』という政体への勅許を得る為、朝廷への根回しも必要だ。
鶴姫は、そんな元就を助けて当分、毛利家で暮らす予定だった。
武田信玄、つまり真田幸村の許に話が行けば、それはつまり、東北・奥州の伊達家へも連絡が行く、という事だ。
これによって、家康と元就が相談した『7家』全てに情報が行き渡る事になる。
さて、一体誰に何処まで本気にされ、誰が誰とどう動くものやら。
「まぁ実際、ありがたいと思ってるよ、元就。
ワシ自身、自分の仁が過ぎるかも知れぬと思う時がある。だが己自身では御し難い、譲り難い時もある。そういう時に辛口で現実を示してくれるお前が傍に居てくれたら、ワシは、ワシらは正しい道を通って『合議制』を作り上げていけると思うんだ。」
「・・・ふん。逃げずに真っ先に豊臣家を選んだ事は、褒めてやらぬでもない。結果が残せなければ評価には値せぬがな。」
「おぅ、結果を報告しに、また会いに来るよ。それまで息災でな、元就、鶴姫。」
「行ってらっしゃい、家康さん、長曾我部さん、慶次さん、佐助さん。
絶対、また来て下さいね。あんまり遅いと、私たちの方から会いに行きますからね?」
別離の言葉を交わして、歩き出す元親たち。
鶴姫はそっと両の掌で、諦めたように軽く握られた、その元就の右の拳を包み込んだ。
己はいつでも『見送る側』なのだと。
きっと、最期の時までに全ての人間を失って、失った事すら忘れ去って死ぬのが定めなのだろうと、鶴姫の前で以前、元就は自嘲していた。最期を看取ってくれるのは、きっと野に懸かる月なのだろうと。
そんな事はない、と否定するのが精一杯な、その時の己の無力が恨めしかったものだった。
家康たちには、是非とも長生きしてもらわねば・・・元就の為に。
鶴姫は、その為ならばどんな手段でも使う覚悟だった。
(終幕)
戦国BASARA 7家合議ver. ~始めなくては始まらぬ~
こうして元就さんは、7家合議に賛同したのでした。
チカナリという背景自体、書き換えようかとも思ったんですが・・・。
ストーリーに割と入り込んでいる為、思い切って『コレでいいやっ。』とそのままにする事にしました。
家名を守らなくては、部下を、家臣を率いなくてはと気を張って生きてきた元就さんでしたが、
一生懸命だからこそ、糸が切れてしまったのでしょう。
裏切られて、牢屋にぶち込まれて、痛みばかりを与えられて。
こんなにまでして生きる意味はあるのか、と、虚脱してしまった。
そこへ、頼んでもいないのに、何の見返りもないのに、サインすら、意識しては出してないのに。
元親さん達が来てくれた。抱き締めて、生を喜んでくれた。
何を飾りようもない極限状態で義を示されたからこそ、
変われたのではないかな、と。
ちなみに鶴姫さんは、この時、伊予神社に居ました。
サイン出せば飛んできてくれる事は明白でしたが、大切だからこそ、乱れた毛利家に呼び寄せたくなかった、というシスコン心理。
自分の力で守ってやれない危険区域に、大事な妹を招き入れてもし何かあったら・・・!
死ぬ以上の後悔が待っている、というシスコン心理です。
自分が死んでも、もう彼女は独りで戦えるし。この先は彼女の戦いだし、という。
「愛情深過ぎるんです、兄様は。」
と、鶴姫さんならそう言って苦笑するでしょう。寂しげに。
まぁ、飛んできたのが彼女だったら、元就さんは変われなかったと思いますけどね。
それでは、また次作で。