戦国BASARA 7家合議ver. ~雨降りバレンタイン~
はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。
これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。
別物危険信号領域。
かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。
まず、オールキャラ。
カップリングとしては、片倉小十郎×鶴姫。
続くなら、まだ色々増えるかも知れませんが・・・。
前提としては・・・。
まず、家康さんが元親さんに、こういう提案をしました。『天下人が1人じゃなきゃいけないって縛りが、戦国が終わらない元凶じゃね? 日の本を7つに分割して代表家を決め、その7家の合議で政治をしてけばいんじゃないの?』という提案です。
元親さんが乗り、慶次さんが乗り、『中国地方は我の物』が口癖の元就さんが乗り。
九州→島津家、四国→長曾我部家、中国→毛利家、近畿→豊臣家、中部→前田家、関東→徳川、東北(奥州)→伊達家、という担当になるの前提で、7家同盟が成立している状態です。
代表家になる予定ではないながら、謙信公と信玄公も理想に共鳴し、助力してくれてます。
この先は、合議制なんて反対だっ! って言ってる人たちを武力で纏める段階です。
そして鶴姫さんが元就さんの事を、何故か『兄様』って呼んでスーパーブラコン状態発動です。
元就サンも『明(あかる)』ってオリジナル名前で呼んで、スーパーシスコン状態発動です。
実は2人は『陰陽8家』という、術者を纏める裏組織の西ツートップ。
幼い頃から色々あって、2人で生きてきた的な部分がかなり強く・・・という、設定があります。
えぇ、オリジナルです。
『陰陽8家』の設定は、今回あまり出てきません。スルーしても読めますので、ご安心下さいませ。
今回投稿したこのお話は、7家門の最後の1家だった伊達家が、同盟に合流して間もない頃のお話です。独立独歩が身上の伊達家は、最初は同盟をブチ断っておりました。
それが同盟してくれたのは、詭計智将の腹黒・・・もとい、鋭利な知略の結果と言うべきか。
こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。
チキンハートに石を投げないでっ。
それでは。
雨降りバレンタイン 第一章
バレンタイン・デイ。
ザビー教やら何やら、訳の判らん宗教が横行するこの日の本。南蛮渡来の行事が『ほぼ』正確な形で伝わったのは、ある意味キセキだと思う。
宗教とか全然関係ない次元で、奇跡だと。
小十郎はそう思うのだ。
「ほぅ、では材料は、西海の鬼が。」
「はい♪
長曾我部さんが、外国の船乗りさんから大量のカカオを頂いたそうで。
腐るモノじゃないとはいえ扱いに困って、料理上手で有名な前田のまつ様にご相談したんです。
そしたら『じゃぁ時節も頃合いだし、今流行りの『ばれんたいん』なる行事をしてみましょう。』って、まつ様が。」
「副長、オレ、知ってますよ♪ 筆頭に教えてもらったんス、確か・・・『女から惚れた男に、菓子を贈って愛情表現する日』だって、筆頭が。」
「うふふ♪ 政宗さんらしいなぁ。
より正確には『親しい男女間で、日頃の感謝を込めて手紙やプレゼントの遣り取りをする日』なんですって。別に仲間内でも全然オッケーなんですよ♪」
「へぇ、鶴の姐さん、物知りッスね~♪」
「本の受け売りですけどね~♪」
伊達家側が『賭け』に負ける形で7家同盟に合流してから、2か月も経たないというのにこの馴染み具合。
大量のチョコを片手に突然フラリとやって来て、政宗の子分と微笑み合う鶴姫に、その無邪気さに。『鬼の副長』『竜の右目』と呼ばれて久しい小十郎も苦笑してしまう。
まぁ、ソレを言うなら『賭け』に負けた当の小十郎すら、彼女からの進物を楽しみにしてしまう程なのだから。部下の気の緩みを叱り飛ばす事も出来ないのだが。
無意識のうちに、己が掌中の小箱に目をやった小十郎。その視線を敏感に察した文七がニヤケ笑いを灯す。
「前田の奥方様と、上杉のお人と。3人で沢山作って、同盟軍中の主だった武将方にお配りして回ってるって、そう仰ってましたけど・・・。
でも鶴の姐さん、姐さんから片倉様へのチョコ『だけ』は、特別誂えなんでしょう?
なんたって、ニアミスった仲なんスから♪」
「ニアミス? 上手い事言いますね。」
「おい文七、やめねぇか。」
「またまた、副長ったら照れちゃって♪
あの『賭け』次第じゃ、今頃祝言上げてた姫様からのチョコですよ? ココは素直に口舌のひとつでも、」
「文七っ! バカほざいてねぇで外周行って来いゴルァッ!!!」
「は~い♪」
文七は、自分がチョコをもらったかのような浮足立った様子で駆けていく。
その背中に小十郎は嘆息し、鶴姫は楽しそうに含み笑っていた。
「『賭け戦』以来、私たちすっかり時の人ですね、片倉さん。」
「すまねぇな、鶴姫。
野郎所帯の夢見がちな空想と、広い心で許してくれるとありがたい。」
「私は別に構わないのですけど。」
賭け戦。
それは2か月未満前のあの一戦。
初めは合議制への参加を拒んでいた伊達家に対し、同盟軍を代表して毛利元就が提示した、条件。曰く『竜の右目と毛利家令妹とで戦い、小十郎が勝てば毛利領は伊達のモノ。鶴姫も小十郎のヨメ。鶴姫が勝てば、伊達家は7家同盟に加わる。』。
小十郎と鶴姫の戦いは、そういう『賭け』色の限りなく濃い一戦だったのだ。
7家揃った今でも語り継がれる、軍中一の名勝負。
制したのは鶴姫だった。
だが僅差、その『賭け戦』、もし小十郎が制していれば確かに、鶴姫とは閨を共にする仲になっていた訳だ。
小十郎を『副長』と呼び慕う子分たちが、彼女の事も『鶴の姐さん』と呼んで慕う所以である。
礼儀として朝食の終わった頃を見計らって訪ねてきた鶴姫に、『見くびってもらっちゃぁ困るぜ。』とばかりしっかり朝食を振る舞ってから。
小十郎が鶴姫を連れて来たのは、自分の私邸・・・つまり片倉家の屋敷。更に、その片隅にある古びた蔵だった。
「この蔵だ。」
「おっきいですね。蔵というか、規模だけなら離れみたいです。」
「若干1名、離れとして使ってたヤツも居たらしいな。
俺の曽祖父、4代前の片倉当主が大層な趣味人で、同時に大層な偏屈ジイさんだったらしい。自分の趣味で集めたブツは、全てこの蔵に放り込んでたそうでな。
整理しようって話は何度か出たんだが、なにぶん、コレクションの量も種類も膨大過ぎて誰も手に負えねぇ。
面倒臭くなって、そのうち誰も言わなくなっちまった。
この蔵の存在自体、家のモン皆忘れ去ってたんだが・・・。
伝聞で悪いが、お前さん、大事な弓を壊したんだって?」
「そうなんですよ、ちょっとしくじっちゃって。
今、修理中なんです。」
「それでこの半月というもの、戦どころか外出すら禁止されてるとか。
毛利元就がヤンデレ状態だとか聞いたぞ、猿飛から。」
「ヤンデレ・・・確かにそうかも。
過保護なんですよ、兄様は。壊しちゃった弓、ちょっと特別な弓で・・・でも私、普通の白木の弓で充分戦えるのに。
『使いや遊びに出た先で、あの弓しか通用しない強敵に出会わぬ保証は皆無であろう。』とか何とか。
東日本チョコ配達の旅は、私を案じて下さったまつ様のご配慮でもあるんです。」
「まぁ、毛利元就の言い分も判らねぇではねぇがな。『弓兵が弓を無くしてどうすんだ。』っていう。新品と愛用品じゃ、やっぱりレスポンスが違うだろう。
要するに替えが無ぇのが悪いのさ。
だから、な。同レベルとまでは言わねぇが、毛利元就が納得するレベルの弓を、俺から贈ろうかと。伊達家はまだ、同盟して間がない。近づきの印ってヤツだ。
お前さんも、自由度が上がった方が嬉しいだろう?」
「はい、嬉しいです♪」
「だがしかし、肝心の弓がすぐに出て来ねぇ。
ジイさん本人が書き残した目録が確かなら、この中に出物がある筈なんだが。」
「かしこまりました。整理整頓、お手伝い致します。」
「すまねぇな。
仮にも一家門の長の妹姫、それもこれから物を贈ろうってお人に、片付けから手伝わせる事になろうとは・・・。
全部やってたら日が暮れちまう。武器の類が置いてある、筈の所だけでいいから。」
「いえいえ、お気遣いなく。お掃除、好きですし。
それに当主の妹と言っても、元は親も判らぬ孤児ですから。」
「そういう考え方は、好きじゃねぇんだ。」
「・・・兄様と同じ事言ってる♪」
「うるせぇ、黙って俺に付いて来いっ。」
「は~い♪」
元就の口癖をアレンジする小十郎に、鶴姫も笑って付いていく。本人たちの自覚はともかく、傍目には充分『密室で仲良く共同作業する、睦まじい恋人同士』である。
小さな明かり取りしかない蔵の中は、午前も早くだというのに真の暗闇に近かった。出入り口から入る光など、とても奥まで届かない。
鶴姫が音のない溜め息を吐く。
「見るといつも思うんですけど・・・。
『明かり取り』の小窓って、ホントに小さいですよね。全然明かり、取れてないと思うんですけど。」
「言われてみりゃぁ、まぁな。通風孔のついでなんだろうさ。
少し、意外だな。暗闇は怖ぇか?」
「夜の闇は、怖くないです。生物の気配がしますから。
正直あまり好まないのは、こういう・・・人工物の中の闇です。静かで、気配が無くて。何処かに刺客が潜んでいそうで、無意識に構えてしまう。」
「そうか。
なら、・・・そうだな。手でも繋いでおくか?」
「・・・今、なんか、物凄く話が飛躍した気が・・・。」
「ん?」
「い~え、何でも♪」
鶴姫の弾み声が、紙燭の明かりひとつに照らされた闇の中によく響く。
繋がった掌に、熱が溜まる。2人の袖がこすれ合う。彼女の歩幅に、小十郎が合わせているのが伝わってくる。
それら全てが心地良いと、互いに思っている事までも。
紙燭の明かりが揺れる。
小十郎は口を開かない。
それでも鶴姫の歩調に恐怖はなかった。
武器の類がまとめて放り込まれていると思しき辺りは、特に暗かった。背の高い物ばかり集まっているせいだろう。
「明かり、もう1つか2つ、持って来ましょうか?」
「いや・・・問題ねぇだろう。戻るのも手間だしな。」
「そ・・う、ですか? なら、私も・・・いいですけど。」
微妙な空気。
離れかけた指先が、もう一度絡まる。小十郎の節ばった左手に、明確な意思を持って強く掴まれた鶴姫の指先が、怖じたようにビクリと震える。
何故か、解ってしまう。解ってしまった。
暗闇の中に紙燭はひとつ。どうしたって至近で居るしかない。
至近で『居られる』と・・・互いに、そう思っていると。
離れればたちまち闇に飲み込まれてしまう今の状況は、まるで2人両方の心理の具象化、そのもののようだった。
真剣な光を灯して彼女を見つめ、沈黙を守る、小十郎の瞳。その瞳から目を逸らせずに、鶴姫は『何か喋らなければ』という衝動のまま、言葉を紡いでいた。
「にい、さま、が・・・。」
「うん?」
「・・・すごく、過保護で。」
「だろうな。お前さん、可愛いから。」
「・・・包丁、握らせてくれないんです。手、怪我するから、って。
料理、上手くならなくて、」
「俺が傍に居れば、教えてやれるんだがな。」
「・・・・・ええと、だから・・・私、そんな不器用に見えるのかなって・・・」
「器用には、見える。が。」
「が?」
「大切に守りたくは、なる。」
「・・・・・・・・口舌は、言わないんじゃなかったんですか?」
「口舌じゃねぇよ、本心だ。」
「・・・・・・。」
「最近、よく考える。あの『賭け戦』、俺が勝ったらどうなっていたのかと。
お前は・・・俺のオンナになってくれたか?」
形式の妻ではなく、情の伴った妻に。自分を、兄の駒ではなく、己自身の夫として愛してくれたかと。
ソレは酷く直截的で、言う者によっては下卑た響きすら帯びてしまう言葉。
だが小十郎のこれまでの生き様と、何より今、この瞬間、瞳に宿す光が一切の揶揄を受け付けない。
この男が望んでいるのは、是か非。中間の存在しようがない、はっきりした答え。
それだけだ。
「・・・っ、」
鶴姫の、サンゴ色の唇が震える。潤んだ目許が、隠すように伏せられる。
小十郎が、聞き取ろうと長身を屈める。
2人の距離が、更に密着する。
「・・・片倉さんなら、すぐに好きになったと思います。」
「そうか。」
小十郎が瞳を和ませる。彼女のこめかみに唇を寄せ、そのまま腕に、柔らかく力を込める。
全ての動作が自然で、さりげなく。鶴姫は彼の腕にすっぽり収まってから、やっと目を瞠って頬を染めた。
自分は今、小十郎に微笑まれて、キスされた上で、抱擁されているのだ。13歳も年上の、硬派な男から。
「少し、安心した。今は、ソレだけ聞ければ充分だ。今は、な。」
「・・・・・。」
言い聞かせるように繰り返し、そして、左手でそっと彼女の髪を撫でる小十郎。
彼女は反射的に思っていた。オちそうだ、と。否、もうオちているのかも知れない。余人に髪など触らせる鶴姫ではないのだから。
だが、だからこそ。
小十郎の腕の中で安心して、ともすれば瞳すら閉ざしてしまいそうになりながら。
鶴姫の中で、ひとつだけ、硬くわだかまっている事があった。
「あの、片倉さん・・・。」
「うん?」
「今なら訊けるというより、今しか訊けない気がする事があるんですけど。
その・・・どうして急に口説いてくれる気になったんですか?」
「・・・・・・。」
小十郎の左手が、止まる。一瞬、突き放されるかと恐れを抱いた鶴姫は、逆に強く抱き締められて目許を染めた。
荒くれ集団の副長が務まる彼の、武者らしい闇が垣間見えるような。そんな、凶暴ですらある抱き締め方だ。が。
執着されるのが嬉しいと思う事は、いけない事だろうか。
「『賭け戦』の後・・・同盟締結のサインの、後。兄様が聞いたでしょう、片倉さんに直接、私を指差して『ところでコレは欲しいか?』って。」
「俺はこう答えたな。『要りませぬ、筋が違います故。』と。
毛利元就は『そうか、ならば二度は訊かぬ。』と言って、本当にそれきりだった。」
「私・・・片倉さんのお答えを伺った時、複雑でした。『あぁ、やっぱり13も年下の子供なんて、眼中に無いんだな。』って。
落ち込む自分に更に落ち込んだ、みたいな悪循環。」
「淡々としてたろう? 締結の儀が済んだら、顔色ひとつ変えずに、真田幸村とバカ言い合いながら客間を出て行きやがった。
俺は俺で『三十路間近の、13も年上の野郎なんてタイプじゃねぇんだろう。』と・・・そう思ってたんだが。」
「淡々となんてしてませんよ、全然っ。
ただ、私は『交渉家(ネゴシエーター)』としての教育を受けているから・・・。交渉の場では、自分の感情は一番の秘匿事項です。感情の揺らぎを見せれば、交渉相手はソコに付け入ってくる。
それに・・・私は弓兵ですから。射撃は、武器の中でも特にメンタルが出やすい得物です。技術をどれだけ身に着けても、恐怖や動揺で射が乱れては意味がない。一発で急所を射抜けなければ、反撃されておしまいです。
だから兄様には、精神統御の訓練を特に念入りに施して頂きました。
その関係で、ああいう改まった場で感情を出さない癖が付いていて・・・。
片倉さんにフラれて、実は結構落ち込んだんですからっ。」
「いや、待て。俺はフッたつもりなんざねぇよ?」
「え?」
「よく思い返してみろ、俺は『筋が違うから』要らねぇって。そう言ったんだ。
賭けの内容は『俺とお前が戦って、俺が勝ったら』。その時は、お前を俺の妻に貰うと。そういう内容だったろう。
そして、俺はお前に負けた。僅差だろうが時の運だろうが、負けは負けだ。
それなのに、あの場で『やっぱりお前を妻に欲しい』は無ぇだろう? 今になって何言ってやがる、負け犬野郎が、ってハナシさ。
勝って同盟せず、お前を妻に貰うか。
負けて同盟して、お前を妻に貰わないか。
選べるのは、どちらかひとつ。
同盟締結の場で『お前が欲しい』なんて言い出すのは、それは筋が違う。訊いてきたのがお前の兄貴であろうと、だ。
筋が違うってのは、そういう意味で言ったんだ。」
「そ・・う、だったんですか・・・。」
「誤解は、解けたかよ?」
「はい♪ 言われてみれば、すごく片倉さんらしいと思います♪」
柔らかく苦笑して、もう一度髪に口づける小十郎。サラサラの感触に、仄かな甘い匂いが彼の鼻先を掠める。
ふと、思う。
この娘は、閨ではどんな香気を放つのだろうと。
自覚は無いのだろうが、鶴姫は今、とんでもなく無防備な表情を小十郎に見せている。例の一件が余程のわだかまりであったらしい。ソレが解けたのは良いが・・・。
彼女の健全な笑顔に、小十郎がどれ程に不健全な欲望を抱いている事か。
今になって『触れ合って許される権利』が欲しいと思うのは、筋違いだろうか。
「微妙に逸れたが、『今になって口説く気になった理由』だったな、最初の問いは。」
「・・・・・・・。」
顔を覗き込んだ小十郎の瞳の先で、鶴姫の頬が、サッと朱に染まる。
質問した数分前には、あの『誤解』のせいで、やはり心の何処かで小十郎の本気を本気と受け取れない部分があったのだろう。
その溝が消失した今は、どんな口説き文句もダイレクトに届く。少し、届き過ぎるかも知れない程に。
多少は手加減してやるかな、と思いながら、しかし手付きに滲む下心まで隠し切れる程、小十郎も余裕がある訳ではない。
彼にとっても、遊びではないのだ。
「同盟後の事務処理で、一時期京の都に常駐してたろう、俺とお前で。」
「? はい。」
7つの家門、その本拠地は当然の如く離れている。かといって、特定の家門の本拠を常に使っても、いずれその家門をリーダーに仰ぐようになるは必定。『7家対等』という、7家同盟の意義に反する。
故に、細かく具体的な調整は、古くより日の本の中心であった京の都で行う事。
それが元就が考え、皆が受け入れた案だった。
所謂『事務官レベルの会議』において、伊達家の実務代表は政宗の腹心・小十郎。
鶴姫は彼のサポートに付いて、一緒に働いていたのだ。毛利家から遣わされた、伊達家が同盟に馴染む為の要員。『伊達側の人間』として。
「驚いたよ、人脈の幅広さというか・・・色んなヤツがお前を訪ねてくるもんだから。皆、仕事も兄貴も抜きで、お前と話したくて来るヤツばっかりだった。」
鶴姫とは、そういう女性だった。
毛利、長曾我部、島津、徳川、豊臣、前田、伊達。それに何やかやで色々首を突っ込んでくる・・・もとい、助力を申し出る、武田、上杉。
共通項など無に等しい9つの家門、全ての当主、全ての側近から一目置かれる存在。
幼い訳でも、世間知らずな訳でも、媚を売る訳でもない。聡明だが小賢しい訳ではなく、情熱的だが無責任ではなく、はっきりした意見は示すが、無神経ではない。
謙信曰く『聖域』。
鶴姫とは、そういう人だった。
本人はその自覚もなく、今は小十郎の腕の中で一途に彼を見上げている。
「俺はと言えば・・・あの『賭け戦』で、お前を意識してる部分もかなりあってな。
全力出し切った上の事だから、後悔というのじゃねぇが・・・。
それとは別に、どうしたって考えちまうのさ。『もし、お前が俺の妻になっていたら』と。奥州の俺の屋敷で、同じように、客の絶えない賑やかな生活をしてたのかも知れねぇと。
そういう生活も、悪くなかったかも、ってな。
ソコへ来て、お前の怪我だ。」
「・・・・・。」
京都での事、狙われたのは島津義弘だった。
狙ったのは、7家同盟の動きに反感を持つ家門の、忍。偶然居合わせた鶴姫が義弘の代わりに毒刃を受けた。
小十郎の腕に、力が籠もる。
「『家族ではないから。他家の臣、ただの仕事仲間に、毒で苦しみのたうち回る姿など、見られて喜ぶ妹と思ってくれるな。』と。
側で見守る事さえ毛利元就に拒絶されて、かなりショックだった。ショックを受けた自分に驚いた。
客観的に考えれば、ショックを受けるような事じゃない。至って正論で、まっとうな理由だ。毛利元就が正しい。
ただ、な。
その一件で、思い知った。お前がのたうち回って苦しんでいる時、介抱してやれる所に居たい。俺はお前の家族に・・・夫に、なりたいんだと。」
「っ、片倉さんっ!
片倉さん、アウトっ、ギリギリアウトですっ、それ、今の台詞、単語・・・わっ、私が、額面通り受け取ったらどうするんですかっ、」
「どうもしねぇよ、額面通りに受け取れ、全部。」
驚き、慌てふためいて、反射的に距離を取ろうとする鶴姫を、小十郎は許さない。
華奢な体を余裕で押さえつけて、指先ひとつを顎に引っ掛けて軽く上向かせる。サンゴ色の唇を、躊躇いもなく一瞬で塞いでしまった。
皮一枚の触れ合いなど生温い、とばかり、彼女の唇を舐めた舌を、そのまま挿し入れる。鶴姫の白い頬に左手を添え、右手を腰に回して、更に深く角度を変えて、互いの舌先を、馴染ませるように絡め合わせる。
彼女の指先が、小さく震える。自分の中を蹂躙する、彼の舌先の動きに合わせて痙攣するように空を掴む。
その指先がやっと小十郎の袖口にかかったのは、彼の舌先が鶴姫の唇から抜かれてからだった。節ばった男の手が、ほっそりした女の手に絡む。白い手の甲に、熱い吐息と共に唇を触れさせる。
力の入らない体を小十郎の胸に凭れさせると、鶴姫は額をグリグリと鳩尾に擦り付けた。
「なんと、言葉を返したらいいのか・・・コメントに迷うんですけど?」
「ならこのまま、黙ってても出来る体の付き合いといくかい?
俺はそれでも構わねぇが。」
「それは・・・。」
「うん?」
背後の棚に、鶴姫の背が当たる。知らぬ間に小十郎が追い詰めたのだ。
だが、彼の策謀はそこまでだ。彼女の体を、その自由を奪ってもいなければ、外に出られない程に着衣を乱すような事もしていない。
暗に、同意を求めている。
大切にされている、と、思わざるを得ない。
どうしたって、嫌える筈がない。
さりとて、今ココで決定的な仕儀に及ぶのは、急展開過ぎる気が・・・。
「可愛いな、お前は。本当に。」
「片倉さん?」
思い迷い、素直に頷けない鶴姫に、小十郎が微笑む。
自力で立つ彼女の体を抱き締め直した。下心抜きの、親愛を伝える抱き締め方だ。
「チョコレート。特別誂えにした『野郎』は居るのかい?」
「い、居ませんっ、そんな人・・・でも・・・。」
「でも?」
「・・・強いて言うなら、片倉さんのだけは、カカオ95%にしました。実は甘いお菓子は苦手らしいって、政宗さんに伺ったので・・・。
それに、その・・・目立つかなって。甘い物だらけの配達物の中で、1個だけ苦いのがあったら・・・片倉さんの記憶に残るかな、とか。」
「お前がくれる物なら、何でも記憶に残るがな、俺は。
それと、甘い菓子も苦手じゃない。俺自身、どっちかっつーと甘党な方だと思う。」
「え、でも政宗さんは『チョコはやめとけ』って・・・でもどうしても贈りたかったから、折衷案として苦いチョコを作ったんですけど。」
「今日のお前は俺の喜ぶ事ばっかり言いやがるな、ホントに。
政宗様のは、・・・こういうのは、黙ってるのも後の障りになるから言っちまうが。あの御方も、お前を妻に欲しておられる。
気付いていたか?」
「・・・いえ、そういう意味だとは・・・。」
「そうか。」
「好意を・・・持って下さってる事には、気付いてました。でも・・・その分類は・・・『お友達』にしてもらえたのだとばかり・・・思ってました。友情だと。
歳が近い者同士、幸村さんと3人で、無茶が出来る関係に、なれたら良いと・・・。」
「政宗様も本気なんだ。本気で、お前に惚れておられる・・・女としてな。
右目として、最も近くであの御方を見てきた臣下として。政宗様を選べば・・・選んでも、お前は幸せになれるんだろうと思う。
だからこそ、コレを訊くのは怖ぇんだが・・・。
今しか、訊く気になれねぇだろうから訊いておく。」
「・・・・・。」
「あくまで現時点で、でいい。
お前は、俺と政宗様。どっちに惚れてる? 嫁ぐならどっちがいい?」
「それ、を・・・言わせますか、今、この場で。」
「あぁ。是非。訊いておきてぇな。」
「・・・不特定多数にバラまく贈り物に、特別性を持たせようと思った御方。
これ以上は申しませんよ、私は。何せ『あの』兄の妹ですから。ひねくれてるんです。」
「今は、それでいい。
近いうちに言わせてみせるさ、大声で、個人名をな。」
「お、大声でってっ。人前では何も言いませんからねっ。」
思わず声を上擦らせてしまう鶴姫。やはり口説き文句では、小十郎に軍配が上がるらしい。経験値の差は如何ともし難い分野だ。
鶴姫と、小十郎。
どちらからともなく、笑みが零れる。
「えっと・・・弓探し、しましょうか。」
「あぁ、それなら必要ねぇんだ。」
「え?」
「目的の弓は、もう見つけてある。
当然だろう? 弓が壊れたと情報を得たのが、半月前。蔵の鍵も、目録も手元にある。引っ張り出すのには3日程かかっちまったがな。
馴染みの武器商に修理に出して、弓身を整えたり、弦を張り直したりして手入れしてもらって、帰ってきたのがつい昨日だ。
お前にはいつ会いに行こうかと、思案してたんだが・・・今朝方、お前が姿を現した瞬間に今しか無いと思った。今日を逃したら、他の奴らに持ってかれちまう、それは・・・どうしても、イヤだと。
前田の奥方に感謝しないといけねぇ。」
「あの、じゃぁ、私をこの蔵に連れて来たのって・・・『連れ込んだ』のって、」
「口説く為。
それ以上でも以下でもねぇよ。」
「――――――っ、馬鹿ですか、あなたはっ。
『奥州双竜』の片割れともあろう御方が・・・そんな事に頭使ってっ。私が他の人を想うような女だったら、どうしてたんです!?」
「脈が無いなら無いで、探すフリだけして『目録が間違ってました。』で終わりだろ。
俺はお前と同じ空間に居られるだけでも、結構楽しいんだ。どう転んでも損はしねぇ。」
「っ、・・・あの、今の、結構な殺し文句・・・。」
頬を真っ赤に染めて涙目になった鶴姫は、それでも、挑発的な仕草で髪を弄ぶ小十郎の指先を咎めはしない。
彼女の額に口づけを落とした小十郎は、そのまま耳許に唇を寄せる。
「愛している。鶴姫。主君に先んじてお前を手に入れたいと思う程に。
今夜、部屋まで弓を届けに行く。意味は・・・解るな?」
「はい・・・身を清めて待っています。」
「イイ子だ。」
夜這い宣言をされた鶴姫は、両腕を伸ばして、彼の腰から背中を抱き締める。彼の身の丈は知っているが、思う以上に身長差がある気がする。この男に、今夜自分は抱かれるのだ。
小十郎の胸に顔を埋めると、鶴姫は瞳を閉ざして身を預ける。
闇の中、紙燭の明かりが尽きる寸前まで。
小十郎の両腕はずっと、穏やかに鶴姫を包み込んでいた。
と、しっとりした雰囲気のまま、夜まで行ければ良かったのだが。
この男はどうしてこう、タイミングが悪いのかと思う。
「某にとって、なんとタイミングの良いっ♪ 鶴姫殿に会いたいと思った矢先に、何の因果か政宗殿のお屋敷で会えるとは♪」
「あははは・・・。」
ご機嫌で盃を空ける幸村に、鶴姫としては苦笑するしかない。
タイミングが良いのはお前にだけなっ、何の因果のせいなのか、察する努力をしてみせろ、この彼女ナシ野郎っ。
というのは、小十郎の心の声である。全てを察している佐助は、幸村の傍で苦笑していた。
夕方、夕食前。
佐助を供に、幸村が遊びに来たのだ。特に用事がある訳ではなく、普通に遊びに来たものらい。2人とも既に、鶴姫からチョコは貰っていた。伊達領には武田領に寄ってから来ていたのだ、彼女は。
幸村が会いに来たのは政宗にだったので、小十郎と鶴姫は他人のフリで、2人きりで睦言が交わせるかと思っていたのだが。
考えが甘かった。
「お館様から鶴姫殿への進物を、色々お預かりしているのだ。」
「こんなに沢山?」
「最近のお館様は、小間物に凝ってらしてな。
鶴姫殿に似合いそうと思うと、つい手が伸びるらしい。」
「お気に掛けて頂くのは嬉しいのですが、物を頂くのは少々障りが・・・。
頂く理由が無い物を頂くと、私が兄様に叱られます。」
「そうでござったか、毛利殿のご機嫌が・・・これは済まぬ。
戦場にて鶴姫殿にお命を救われて以来、お館様は、姫を娘御のように大切に思われているご様子。構いたくて仕方がないのだ。
毛利殿には大目に見て頂けるよう、某からご説明に参ろう。」
「そうお気遣いなく。
兄様のはただの独占欲ですから。アレはアレで、あまり甘やかすと付け上がりますし。」
「『あの』毛利殿を『アレ』呼ばわり出来るのは、鶴姫殿くらいでござろうな。」
呵々大笑する幸村に、鶴姫も小十郎もため息交じりに笑ってしまう。逢瀬を邪魔されても怒れないのは、この男の人徳だろう。
目下、2人双方からその手の『人徳』を絶賛失い中なのは政宗である。
「オーケイ、だったら今夜は一晩中、カードゲームで賭け事と洒落こもうぜ♪
賭け金は1両からな。払いは今じゃなくていいからよ。」
「おお、流石は政宗殿、剛毅でござるなっ♪」
「政宗様っ、そろそろお休み下さいっ。」
「そうですよ、政宗さんっ。明日も朝早くからお仕事でしょうっ?!」
「お、おぉ、う・・?」
無邪気に食いついた幸村を脇に打ちやって、政宗に詰め寄る小十郎と鶴姫。確信犯の政宗が思わず押される勢いだった。
実は幸村(と、心配した佐助)を鶴姫の寝所に連れて来たのは、政宗なのだ。かねてから小十郎の、彼女への視線を意識していた政宗の一手である。
袋に入れた弓を携え、夜着のまま鶴姫の部屋を訪れた小十郎。
対して平服とはいえ、きちんと袴に着流しを着用した政宗、と幸村と忍服の佐助。
客人の気配を察し、妙に緊張した、それでいて浮足立った可愛らしい様子で障子を開けて迎えた、夜着の鶴姫。
彼女の部屋の前で、瞬間的に凍り付いた空気を認識しなかったのは幸村ただ1人である。
『ヘイ小十郎、ソレとコレとは別問題、系か?』
『御意にございます、政宗様。』
『男』2人の間で散る火花。認識しなかったのも、幸村だけであろう。
ちなみに。
伊達主従語で『ソレとコレとは別問題系』とは、『忠誠心と○○とは別だよね』問題、という意味である。忠誠や敬愛、信頼がいくら本物でも、揺らがなくても。だからといって、ソレだけでは譲れないモノもある、と。
例えば今なら、鶴姫の事。
彼女の心を、小十郎と政宗。どちらが射止めるか。小十郎としては、敬愛する主君だからといって『はいそうですか。』と譲れはしないし、政宗としても、腹心の望みだからといって、あっさり諦め切れるものでもない。
そういう意味でも、2人とも、遊びで鶴姫には手出し出来ないのだ。
「まぁまぁ、竜の旦那、真田の旦那♪
2人ともまだ未成年っしょ~? ちゃんと眠って体作んないと。強くなれないよ?」
「うむ、佐助の申す事に一理ござる。
女人の部屋にあまり長居するなと、お館様も仰っていた。政宗殿、片倉殿。我らはお暇しましょうぞ。」
「ちょ、待て猿飛、テメェ俺と小十郎どっちの味方だゴルァッ!」
「俺様はいつだって女の子の味方ですよ?
伊予姫様の顔、見てたら判るっしょ? イイ男ってのは退き際が肝心なんだから。竜が馬に蹴られて死んじゃうとか、笑えないっての。」
「? 佐助、片倉殿は?」
「あぁ、真田の旦那。右目の旦那はイイの。新しい弓の事で伊予姫様とお話があるんだってさ。邪魔しない、邪魔しない。
じゃお2人さん、ごゆっくり~♪」
退き際も鮮やかに2人を(主に政宗を)引き摺っていく佐助。
嵐のように去っていった一団に、小十郎と鶴姫は顔を見合わせてからクスクスと笑いだした。紙燭の明かりの下で、鶴姫の繊手が小十郎の手に触れる。小十郎の武骨な手が、強く握り返す。
「ごゆっくりって、言われちゃいました。」
「確かに、コレでゆっくりお前を構えるな。」
胡坐の膝に、鶴姫の柔らかい体を抱き寄せた小十郎。そのまま彼女の唇を塞ぎ、舌を滑り込ませる。
蔵の時以上に大胆な舌遣いで翻弄するのは、邪魔者は退散し、蔵のような不衛生な場でもない、彼女の同意すらも得られている、という得難い解放感のせいだろう。
布団の上に押し倒し、何をしても許される、という、解放感の。
「ん、っ、・・・っ、はぁ、・・ぁ、っ、」
初めて聞く、彼女の甘い喘ぎ声。それもまた、小十郎の獣性をたまらなく煽り立てる。
鶴姫の夜着の紐を、片手で難なくほどいてしまうと、そのまま指先を滑り込ませる。腰を強めに撫で回すと、無垢な躰はビクンと震えて刺激に応えてくれる。
その初々しい反応が、経験豊富な男の分身に熱を与える。
ようやっと舌を解くと、首筋に口づける。耳許で情熱的に囁いた。
「お前も俺を脱がせてみな?」
「んっ、」
彼女の穢れなく柔らかな手を、その指先を。小十郎自身の夜着の紐に導いて、自らの意思でほどかせる。
綺麗なモノ程、己が手で堕としたくなる。穢れた己自身で満たしたくなる。
男とはそういう生き物なのかもしれない。
「か、たくら、さん・・・。」
小十郎が鶴姫の夜着を、彼女の肩を撫で様、肌から滑り落とす。上気した目許を潤ませて、彼女は恨めし気に彼の胸に身を添わせた。
腰元に出来た布溜まりを、彼女の内腿に掌を押し当て、這わせて、太腿を割り開くようにして取り除いていく。
彼の指の感触、熱の溜まった掌、快感をじらし、肌を掠めるその動き。
その躰から夜着が完全に離れる頃には、鶴姫のソコは潤みきって、初夜の布団にイケないシミを形作っていた。
小十郎の唇が黒い笑みを刻んで耳朶を噛み、指先が割れ目をなぞる。
初めて男の蹂躙を許すソコは、未だ綺麗なつぼみを保っていた。
「かたくら、さん・・・ぁっ、・・わた、・・わたし、ばっかり、ずる・・い・・・。」
「うん? 俺を、どうしたいって? 言ってみな?」
低い声を滑り込ませ、耳朶の後ろ、躰で一番柔らかい場所を舐め、しゃぶりつく。鶴姫の背筋が跳ね上がるが、難なく押さえつけて、逆に極上の手触りを持つ乳房を揉みしだいた。少し強めにイジるくらいが気持ちイイらしい事は、ダイレクトな反応ですぐ判る。
快楽に力の入らない鶴姫の細指では、欲情に衝き動かされた小十郎の指は止まらない。
それでも彼の指に細指を重ね合わせた鶴姫は、しなやかな躰をひねって小十郎の胡坐に膝立ちになると、自分から彼に口づけた。
小十郎が瞠目する。
軽く舌を絡めただけで離れていく彼女の小さな唇は、そのまま首筋を舐め下り、彼の鎖骨に辿り着く。息が乱れるまま、額を預けるようにして、いとけない舌遣いで奉仕している。
「ずるいってのは、こういう事か・・・たまらねぇな。」
「ぁっ、」
乱れ髪をかき上げ、顔を上げさせると、小十郎の唇は彼女のこめかみに口づける。労わるように、甘やかすように。
初めての行為の真っ最中に、男まで気持ち良くしてやろうとする女は、そうは居まい。
少女の身でこの大胆さ、情の細やかさ。そういう所が、たまらないのだ。
躰の熱の求めるまま、小十郎は自分の夜着を振り落とすと、鶴姫を布団の上に押し倒した。衝動的に、強引に。恋人と過ごす夜など、それくらいでいい。
優しい手付きで彼女の髪を撫でつけると、潤んだ瞳で甘えるように見上げてくる鶴姫の色気に咽喉を鳴らす。
「奉仕されるのも悪くねぇが、今はお前の体を一方的に奪いたい気分でな。
そういうのは、イヤか?」
「いいえ・・・思うままに、奪って下さい。
私、片倉さんのオンナになりたい。」
「可愛い事を言いやがる。
初めての夜くらい手加減してやりたかったが・・・悪く思うなよ、鶴。」
後々どう泣かれようとも。思う様、欲望をぶち撒けたい時というのが、男にはあるのだ。たとえ相手が処女だろうが、手練手管を尽くして喘がせたい夜がある。
後先考える事は、敢えてせず。
小十郎は鶴姫の乳首を含んで舐めねぶり、猛る分身を可憐な叢に押し当てた。
強い雨音で、彼女は目を覚ました。
温もりを与えてくれる隣を見上げれば、つい先程まで情熱的に彼女を組み敷いていた男が、笑みかけてくれる。
それだけでも結構、幸せな気分になれるものだ。
鶴姫は未だ夢うつつのまま淡く微笑み、小十郎の腕枕に額を擦り付けた。
「鶴というより、猫だな。」
ショートの髪の乱れは、彼が撫でつけてくれたなら簡単に直ってしまう。
丁寧に、優しく。
仕上げに顎に指を引っ掛けて上向かせると、彼は彼女に、軽く口づけた。
「体、平気か? ・・・なワケはないか・・・アレだけの事をしちまっちゃぁ、な。」
小十郎の大きな手を導いて、鶴姫は自分の咽喉に触れさせる。
感触を確かめるように掌を押し当てられると、未だ余韻の残る体は快楽に震えた。
「声、イカレちまったか? 大分、啼かせたからな。
元通りになるまで、俺の傍から離れるなよ、鶴。」
小十郎が何気なく呼ぶ名前に、鶴姫が目を輝かせる。
目顔で問う彼に、彼女は掠れた声で嬉しそうに話した。
「私、好きです。片倉さんに『鶴』って呼ばれるの。
何だか、とっても近くに居られる気がする。」
「そうか・・・実は俺も結構、気に入ってるんだ。
つる。響きがイイ。それに綺麗な鳥だしな。お前に相応しい鳥だ。」
「また、口舌?」
「本心だ。」
睦言を交わして、微笑み合う。彼の左手と彼女の右手、その指先を絡め合わせて触れ合った。2月半ばの寒気から守るように、小十郎が彼女の肌に掛け布団を引き寄せる。
彼の体温に、鶴姫は再び微睡み始める。
穏やかな寝顔を、小十郎もまた穏やかな表情で見守っていた。
「副長。副長ッッ!」
「殺すぞ、今その障子を開けやがったら。」
「・・・・・・。」
本気でドスの利いた声を出す小十郎を、鶴姫が何とも言い難い表情で見上げる。
雨音の強い障子の向こうで、文七が震え上がったのが影で判った。そう、影が出来てしまっているのだ。部屋の内側で、紙燭を使っているが故に。
上半身を起こした2人が、衣をまとっていない事があからさまになってしまう。
彼女を気遣った小十郎が、自分の体で鶴姫の体を隠す。そんな細やかな優しさに改めて惹かれながら、彼女は大急ぎで夜着に袖を通す。
恋敵を出し抜いてようやっと結ばれたばかりの、年若い恋人との逢瀬を邪魔されたのだ。
当然ながら、小十郎の声はすこぶる機嫌の悪いものだった。
「こんな夜更けにどうした、文七。
こちらは毛利の姫がいらっしゃる寝所だぞ。控えねぇか。」
「すいやせん副長っ。
筆頭が真田のニイさんと酒盛りして、酔っぱらって寝ちまってるんで・・・その上、副長もお部屋にいらっしゃらなかったモンだから、もしかしたらと思って・・・。」
「・・・実際に居た俺が、言えた義理でもねぇんだが・・・。
それで?」
「吉備川の堤が、切れやした。
村中総出で収拾に当たってますが、水の流れが何かおかしいんで・・・有り得ねぇ方向にばっかり流れやがるんです。
それで村長が、筆頭か副長にお知らせしろと。」
「吉備川か。
まずは現場に行くぞ。着替えたらすぐ出る。お前は俺の馬を牽いておけ、文七。」
「へいっ。」
「私もお連れ下さい、片倉さん。」
「鶴。」
伊達政宗の腹心と、毛利元就の妹。
にしては親し過ぎる呼び方に、文七の影が驚きに揺れたのが判る。
「水流が不自然なのでしょう?
人外の獣の気配が致します。術者として、私もお連れ下さい。」
「・・・ダメだ。下がっていろ。」
「何故? 私が客人だからですか?」
「本調子じゃねぇからだ。実際、今の体じゃ馬に乗るのも辛い筈だぞ。自覚は無いかも知れねぇが。
堤が切れたと言っても、吉備川周辺はとんでもねぇ荒れ地でな。田畑や人家も無い。最悪、放置して雨が上がってから修理しても充分に間に合う。
本調子じゃないお前を、わざわざ連れ出す程の事態じゃねぇんだよ。」
詳しく説明してから、小十郎は背後に隠していた鶴姫に、改めて向き直った。
彼の瞳の強さに、鶴姫はそれ以上言えなくなってしまう。
代わりに、その胸に軽く額を預けた。
「・・・一夜妻とか、怒りますからね?」
「当たり前だ、一夜じゃ足りねぇよ。
戻ったらまた名前を呼んでやる。だから大人しく待ってろ、鶴。」
「はい。行ってらっしゃい。」
安心させるように微笑み、軽く彼女の額に口づけて、小十郎はきびすを返す。
緩んだ夜着すら男の色気に変え、部下を引き連れ、打って出て行く後ろ姿。コレで魅力を感じない女は珍しいだろう。
ましてや当人に愛を囁かれては。
頼もしさと、一抹の不安。それらが綯い交ぜとなった複雑な気分で見送ると、鶴姫は雨の降り止まぬ夜空を見上げた。
(第二章へ)
雨降りバレンタイン 第二章
何がどうしてこうなった。
「ぁ、ぁっ、や、ダメェッ、も、うごいちゃダメ、っ、」
「鶴。お前から、たまらなくイイ匂いがする。」
「ひゃ、んっ、か、かたくら、さんっ、」
闇に浮かび上がった白い躰が、背後から小十郎の雄刀に突き上げられてビクン、ドクンと背筋を反り返らせる。
根元まで繋がったまま前傾し、唇をすぼめて背筋に浮かんだ玉の汗を吸い上げると、彼女の細い咽から更に、高く甘い嬌声が漏れた。
鶴姫の叢を前から支える小十郎の右手は、とうの昔にビチャビチャだ。
同じように彼女の愛液に濡れた左手は、岩壁に縋る彼女の両手を、楔を打ち込むかのように強く押さえつけている。
「鶴・・・お前を政宗様には譲らねぇ。豊臣にも、前田にも渡さねぇ。
お前は俺のモノ、俺だけのオンナだ、鶴。」
「はい、片倉さん・・・ぁ、んっ、」
岩屋に籠もった色付きの空気が、2人の熱を容易には冷まさない。
小十郎も鶴姫も全裸で立ったまま、彼女は岩壁に両手をついて、ほぼ90度に腰を折り、ソレを後ろから彼がどっぷり根元まで自身を挿入し、攻め立てている。
絵的には結構な構図だ。
しかも外は大雨と増水した川、嬌声も聞かれなければ、邪魔者も入らない。
「っ、はぁ、・・はっ、・・ぁ、う、ぁ、・・そ、こ、弱、い・・・んんっ、」
「知ってるぜ。気持ちイイだろ?」
小十郎の甘い声音が、狭い岩屋によく響く。彼の唇は彼女の薄い背中に舌を這わせ、キスマークを施していく。
両の手は、柔らかい脇腹をこすり上げるように撫で回していた。
新たな愛液の雫が、彼女の内股を伝い落ちていく。その感触すら、今の鶴姫には彼からの愛撫だった。
薄っすらと開いた茶色の瞳は、色欲に煙っている。
「お、ねが・・・も、イかせ、て・・・・っ、」
「まだだ・・・まだ、楽しもうぜ・・・」
熱に浮かされた小十郎の声が、鶴姫の鼓膜を否が応にも揺すり立てる。
右の乳首を捏ね回され、左の乳房を掌に包まれて念入りに揉み込まれる。敢えてリズムを違わせるという手管に翻弄され、彼女の意識は快楽の海に呑み込まれていった。
『何しに来やがった、鶴。』
来るなと言った小十郎の言を、先に破ったのは鶴姫の方だった。
身を案ずるが故にギロリと睨みつけた『竜の右目』に、『詭計智将の妹』は臆する事なく言い返したものだ。
『安芸に居る兄から、伝令がありました。』
『管狐か。』
『はい。『奥州の荒れ川に水妖あり。修祓せよ。』と。
ご同行させて頂きます。』
『・・・毛利元就が言うんじゃ、仕方ねぇ。
一緒に来い、鶴。』
『はいっ♪』
強まる一方の雨の中、馬の腹を蹴って小十郎の隣に寄せる鶴姫。言わずとも滲み出る『雰囲気』というモノに、文七がさりげなく馬を下げる。
『管狐』とは、日の本中を飛び回っている毛利兄妹が、連携の為に使っている妖物である。妹曰く『ペット』、兄曰く『生きたリアルタイムレコーダー』。白くて小さい、狐というよりテンのような姿をしていて、必要に応じて本人たちと繋がり、本人たちの意思を言葉にして伝える事が出来る。
吉備川へ疾走する小十郎に、鶴姫はもうひとつ、遠慮がちに言葉を添える。
「それと・・・兄様から片倉さん向けに、伝言が。
『優先順位から主観を排せ。』と。」
「相も変わらず、傍で見ていたような口を利きやがるな、お前の兄貴は。」
「ごめんなさい、社交性皆無の兄で、ホントごめんなさいっ。」
「いや、的を射過ぎてて耳に痛ぇってだけなんだが・・・。
判ってんだよ、テメェ自身でも。お前を安全圏に置いときてぇなんて、自分のエゴだってな。その点いくらシスコンでも、お前を最前線で使う辺り、毛利元就は流石に一軍の将だと敬服するぜ。」
「というよーな反省の弁を口にしたら、『我の場合は経験則と、使うに足る手駒が不足していた故。敬うには及ばない。』だそうです。」
「・・・気を付けといてやんな。お前の兄貴、いつか刺されるぞ。」
「刺されてあげる可愛げすら無いのが、兄様です。」
「・・・・・・・。」
「吉備川、着きましたね♪」
「あぁ。」
前々からチョイチョイ思っていた事を、小十郎は今こそ確信した。
とんでもない女に、惚れた弱味を握られたモンだ。
政宗が握られるのと自分が握られるの、一体どちらが苦労が少なかったかと、今から過去形で自問してしまう。
そう。過去形、なのだ。彼はもう、彼女に決めてしまったのだから。
吉備川の堤は確かに切れていた。高台から見下ろす小十郎、鶴姫、文七の目に、堤の一部と思しき土崩れが映っている。
だが、だからこそ、おかしい。
堤防の切れ目から、低地へ。流れ出て土地を覆う筈の水流が、一滴たりとも流れていない。まるで玻璃の板でも嵌め込まれているかのように、川の水は全て『正常』に、川下へ向かって流れているのだ。
激流に引き潰された流木の破片が、砂礫に引っ掛かって水底で揺れているのが、堤の外側からよく見える。水槽の底に配したインテリアのように。
黙考する小十郎と鶴姫に、村長らしき老人が近づいてきた。
「片倉さま、そちらの女性は、巫女様で・・・?」
「客人だ。
安芸は毛利家秘蔵の巫女姫で、ご当主の妹姫でもいらっしゃる。今は俺の屋敷でお預かりしてるんだが、異変を察して奥州の為にご尽力下さるとの事。
失礼のねぇように。」
「鶴と申します。片倉殿には、いつも兄がお世話に。」
「それはそれは、遠路はるばる、よくぞ嫁いで来られましたなぁ。」
「え?」
「どうか片倉さまの事、宜しくお願いします。」
「ボケてんのかクソジジイッ!!」
思わず素でドスを利かせた小十郎に、鶴姫の頬は真紅に染まり、文七以下、恐怖と疲労の色が濃かった周囲の面子は一気に笑い出した。
村長が何を見てそう言ったのか、大体想像は付く。
下馬の際の、2人の様子。
やはり小十郎にモノにされたばかりの体で、軍馬での全力疾走はキツかったのだろう。馬の背から、安堵の息を吐いてゆっくり下りる鶴姫に、気遣った小十郎が手を貸したのだ。
彼に向って躊躇いなく預けられた繊手。彼女の細い肩に回された、大きな手。
当人同士は普通にしているつもりでも、どうしたって滲み出るモノはある。
「ったく、客人だっつってんだろうが、このエセボケジジイ。」
「フォッフォッフォ。
『ただの客人』に手を出したのなら、それはそれで問題ですがな。若気の至りで済ますには、ちとギリですぞ?」
「下ネタは後にしろ。
被害状況は?」
「ございませぬ。
あの通り、そもそも水滴1つ漏れ出ておりませんでな。」
「不幸中の幸いか・・・。
鶴、」
「はい?」
馴れたが故に無造作に呼びそうになって、小十郎は、ココが屋敷ではない事に今更ながらに思い至った。不特定多数が居る場。その上、どうせバレているであろうとはいえ、彼女の保護者・元就にまともな挨拶も済ませていない。
政宗以外にも恋敵は多い。
ココで下手に噂になると、彼らにどんな横槍を入れられるか知れたものではないのだ。
「・・・姫、殿、の瞳には、何が見え、ますか?」
「片倉さん。無理しなくていいですから、片倉さん。」
小十郎の台詞が途端にぎこちなくなった理由を、すぐに察した鶴姫は『懐かしいなぁ。』と思う。ほんの2か月足らず前、京都で事務仕事をしていた頃。
その頃はまだ、小十郎からの彼女の呼び名は『鶴姫殿』だったのだ。更に前、同盟前の書状の遣り取りや、あの『賭け戦』時の呼びかけでは、揶揄すら込められた『姫様』だった。それが今や、深い情を伴う『鶴』一文字とは。
鶴姫としては、むしろ積極的に『俺のモノ』行動をしてくれた方が、周囲への宣言になると思うのだが。
「まず間違いなく水妖の仕業です。そう悪いモノではないようですが。
御老、この2、3日以内に、水源近くで崖崩れや岩崩れが起きませんでしたか?」
「それでしたら、つい昨日の事でございます。夕方5時頃でしたか。
『お岩さん』と村人に親しまれている、古い大岩がございましてな。古過ぎて、急に割れよりましたわい。特に実害もないので、そのまま放っておいたのですが・・・。
何ぞ、供養が必要でしたかの?」
「いいえ。
ただ、古い石が壊れると、稀に『あちら』と繋がってしまう事があるんです。人間の世と妖物の世が、石の断面で。断面の大きさは、そのまま出入り口の大きさです。
今回の変事は、その断面から迷い出て来た水妖が起こしたモノです。
出入り口に関しては、半日以上経っているなら既に閉じているでしょう。後で確認に参ります。閉じていないなら封印致しますので、ご心配には及びません。
今は水妖を一匹、修祓・・・倒せば問題ありません。」
「ではその討伐を、片倉さまが。」
「いいえ、それには及びません。
私が戦えば済む事ですから。」
「は・・姫様が、戦われるんで?」
妙に嬉しそうな表情で、華奢な肩から弓を降ろす鶴姫。あの、小十郎が夜這いの手土産に持ってきた弓だ。
彼女の肩は本当に華奢で、とてもじゃないが剛弓を射れるようには見えない。
それでも小十郎は止めず、彼女に任せ、村長にはむしろ我が事のように自慢げな声音で話を通した。
「言ったろ、毛利家秘蔵の巫女姫だと。
姫はただの術者じゃない。毛利当主の信任厚い、弓の名手でもいらっしゃる。戦場で本気出した俺を、降しちまった事もある程のな。」
「嬉しそうですね片倉さま。自慢げですね片倉さま。いいんですよ、『いつもの呼び方』で。いつもなんてお呼びしてるんです? 片倉さま。」
「孫のカノジョ詮索するエロジジイか、お前は。
『鶴』って呼ぶ許可は貰ってんだよ、悪いかっ。」
「これはまた、可愛らしい呼び方で。
お年はお幾つで?」
「もういい、鶴の邪魔になるから下がってろお前ら。」
閉口した様子で片手を振ると、お前対応しとけと、文七に仕草で示す。
領民たちからの愛が重い。
小十郎は『大人の対応』でニコニコと見守る鶴姫の、その肩を引き寄せると、会話の届かない離れた場所へと連れ出した。
戦ってもいない内から疲れた顔で、ガシガシと前髪を乱す小十郎。
鶴姫は楽しそうに笑っている。
「許せ、鶴。
アイツら俺の女連れが珍しいのさ。付き合った女はお前が初めてだとか、見え透いた口舌を吐く気はねぇが・・・『仕事場』に連れて来た女は、お前が初めてなんだ。」
「それだけご信頼頂いている証左だと、思っていて良いのですよね?」
「当然だ。戦力としてもアテにしている。
『仲間として』愛しているとは言えないが?」
「それはお互い様です♪」
「アイツらが浮かれるのも、少し判るのさ。災害っつっても人死には出なさそうだし、そうなると非日常なんてのは祭りに早変わりだからな。」
「油断なさってはいけませんよ、片倉さんらしくもない。
堤が切れているのは事実。激流は水妖の霊力で、その流れを保っています。私が倒せば、水は一気に堤から流れ出る。あとは通常の決壊と同じです。
今の内に民には避難してもらいましょう。
災害予測は立っていますか?」
「あぁ、問題ない。コレがハザードマップだ。
今から移動させて、女子供や老人の足を計算に入れても。10分後から水妖にかかり始めれば充分だろう。その頃には皆、安全圏に着いている筈だ。」
「10分後ですね。承知しました。
念の為、しんがりに一番弱い人を置いて、その人に管狐を持たせましょう。私の目が見守っておきますから。
その方が安全圏まで離脱したら、修祓開始、という手筈で。」
「判った。
しんがりには、あの村長を置く。ああ見えて足腰が弱っててな。あのジイさんが離脱できたのなら、他の奴らも離脱できたって事だろう。」
「はい。では、この地図のココまで来たら離脱完了と見なし、修祓開始。管狐も回収します。」
「あぁ。頼む。」
真剣な瞳で頷いてから、小十郎はニヤリ、と、口元に挑戦的な笑みを浮かべた。
「こういう時に、こういう話をお前と出来るのが嬉しいと。
そう思っちまう俺は不謹慎だな。」
「あら、私も楽しいですよ、片倉さんと話せるの♪」
「そうか、」
「帰ったら、ハザードマップ最新にしましょうね、片倉さん♪
今のコレ、ココが間違ってますもの♪♪」
「・・・あぁ、うん。そうだな。」
キラキラした瞳で現実的な指摘をする想い人に、小十郎がちょっとだけ悲しい気分になったのは贅沢というモノなのだろう、多分。
嫉妬を背負った竹中半兵衛の、真っ黒い笑顔が脳裏に浮かぶ。
豊臣の軍師、彼もまた、彼女を狙う『男』のひとりなのだ。例の『賭け戦』に彼女を使う事も、元就に最後まで大反対したと聞く。
建前上、鶴姫は毛利家の軍属なので(実際は7家の何処にも属さない『究極の遊軍』なのだが。)、半兵衛の反対を押し切り、元就の命に鶴姫自ら服す形で小十郎と戦ったのだ。
そして、あの『賭け戦』で戦い、赤裸々な心底(しんてい)を見せ合ったからこそ、今の関係がある。あの時戦っていたのが他の女だったら、小十郎はこんなに早く鶴姫に惹かれなかっただろう。
天才軍師の懸念は、奇しくも大当たりしてしまった訳だ。
「この雨自体は、水妖のせいではなかったようですね。」
「そのようだな。」
修祓が終わって、後。
戦いでズブ濡れになった鶴姫と、サポートした小十郎。2人は地理に詳しい小十郎の案内で、手近な洞窟で雨宿りしていた。
今から移動しても、どうせ村人たちに合流は出来ないし、する必要もない。そちらは文七に任せている。雨足は未だ強く、夜明けには遠い。無理に移動して迷うよりも、一晩を安全な場所で明かすのが得策と。そう小十郎が判断した結果だった。文七にも事前にそう伝えてあるので、心配はすまい。
鶴姫の首筋を伝う雫が、袷の隙間に入り込む。
それを小十郎の瞳は、はっきりと捉えていた。
「もう少し奥に入りましょう、片倉さん。
ここでは飛沫で、やっぱり濡れてしまいます。」
「そうだな。」
天を見上げて雲の流れを追っていた鶴姫の瞳が、地上の小十郎の許に戻ってくる。彼女から向けられた微笑に、少しだけ安堵しながら、彼は彼女に触れぬまま背を向けた。
後を付いて歩く鶴姫は、不思議そうに首を傾げて、小走りに歩調を合わせる。
途端に足を滑らせた。
「っ、」
「足元が悪い。気を付けな。」
「は、い・・・。」
瓦礫に傾いた細身を、男の手が支えてくれる。だがそれきり、腕を掴んで立たせたきりで、小十郎はすぐに鶴姫から手を離してしまう。
修祓の間はあんなに気に掛けてくれた彼なのに、2人きりになった途端に言葉少なくなったのは何故なのか。
雨音が大きい。増水した川の音が、奥の闇まで聞こえてくる。
手持ちの燃料で火を熾すと、彼女はわざと炎だけを見つめている小十郎を見上げた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・あの、片倉さん?」
「うん? っ、おい、鶴っ!」
今度こそ小十郎は慌てた。
これが慌てずにおれようか、少し離れた場所で膝を抱えていた鶴姫が、彼女から目を逸らし、そっぽを向いて胡坐をかく彼の腰にスルリと両腕を回して抱きついたのだ。
互いの濡れた衣服越しに、彼女の白肌が冷えているのが判る。その奥の、熾火のような体温までもが感じられる。
手甲を外して鶴姫の髪に触れると、芯まで濡れた数房が、柔らかく彼の指先に絡んだ。
温かな彼女の吐息が、今は彼の下腹辺りにかかっている。
ドクン、と、分身が脈打つのが判った。
「どうしたってんだ、鶴・・・。」
「『どうした』は、片倉さんです。
全然構ってくれない・・・私、何かしましたか? さっきの修祓で、何かお気に障るような事を・・・気付かずにしてしまっているなら、教えて下さい。
私、片倉さんに嫌われたくない・・・。」
「そうそう嫌いになんてなるモンか。いいから取り敢えず、離れろ、鶴。」
「・・・嫌です。今、離れたら・・・もう構って貰えなくなる気がします。」
「・・・・・構ってやる。だから・・・それには、少し、近過ぎる。」
しなやかな体を、起こした鶴姫はそれでも不安なのだろう。小十郎の膝からまでは退かず、緋袴の両足をきちんと揃え、鼓動に耳を澄ませるように、側頭を鎧の胸に押し当てた。
小十郎の右腕が、ゆっくりと、だがきつく。鶴姫の肩を抱き締める。
左手は・・・膝頭に触れそうになって、しかし怖じたように指先を彼女の頬に触れさせた。
「片倉さ、んっ、」
「嫌われたくねぇのは、俺の方だ。」
「片倉さん・・・。」
頬のラインをなぞり、唇を触る小十郎の左手を、鶴姫が両手で包み込み、口づける。
温めるかのように、彼女の舌は少しずつ、指先を口に含んでいく。
最初は中指の爪の先、第一関節。次第に他の指、じきに第二関節へ。だんだん広い範囲を小十郎から強いられ、彼女の瞳に生理的な涙が浮かぶ。
それでも健気に行為を続ける彼女のいじらしさに、欲望を刺激されるまま、小十郎は熱い吐息を耳許に吹き込んだ。
「っ、」
「さっきの修祓から此処に来るまで。つれなくしたのは・・・悪かったよ、お前がミスった訳じゃない。俺が・・・な。
お前、水妖に頭から水をぶっかけられたろう? それで今のお前は、服が、その・・・肌に張り付いて・・・ぶっちゃけ、エロいんだよ、今のお前はっ。」
「え・・・? ・・・っ、」
「今頃気付くとか、鈍いから。
冬用の小袖とはいえ、着衣から透けて見える肌とか。しかもこんな岩屋、人目を憚る必要がねぇ場所で・・・全裸よりそそる。迂闊に触れると・・・今の俺は、お前に何、しちまうか。自分でも判らねぇんだ。
だから、敢えて、指一本たりとも触らないようにしてたんだが・・・。」
「でも、私たち、その・・・片倉さん、夜這いに来てくれました、よね?
一夜妻にはしないって・・・。」
「確かに言ったし、今この瞬間もそのつもりだ。
が、モノには順序ってモンがあってだな、」
彼女の肩を支えていた右手が、いつの間にか下って、袴の裾に掛かっている。
膝頭を愛撫されて、鶴姫の腰がビクン、と跳ねた。
「片倉さんっ、」
「何というか・・・いきなりディープなプレイに付き合わせて、お前に引かれたくねぇんだよ、俺は。
初めての夜も明け切らねぇ内から、戦闘後の野外で濡れた着衣プレイが2回目とか。有り得ねぇだろ、普通。お前の体の為にも、こういうのはノーマルから馴らしてくモンだ。
閨事で引かれて『付き合い切れませんっ。』とか言ってフラれるのは・・・俺にとって、ダメージがデカすぎる。」
小十郎の右の指先が、鶴姫の太腿を掠める。袴の中まで入り込んで、温度を確かめるかのように、中指の爪先で輪郭をなぞる。
それだけの触れ方で、彼女の頬に朱が佩かれ、気息に熱が灯る。
知ってか知らずか、彼は彼女の耳許で囁き続けた。
「恋敵はまだまだ多い。
一歩リードしたとはいえ、政宗様もまだ諦めちゃいねぇだろうし、前田の風来坊もお前に気があるのを隠しもしねぇ。
それに、気付いてるか? お前、豊臣に凄い人気なんだぜ?
竹中半兵衛に、ワーカホリックを絵に描いたような石田の野郎。それにカルさの極み、島左近。普段『我が望むのは平等なる不幸』とか呟いてる『あの』大谷吉継でさえ、お前には普通に優しいだろ。
俺をフッても、お前にはまだまだ、他の男とのチャンスがある。奴らの男振りを、なまじ認めてるだけにリアルな恐怖だ。結婚しないって選択肢も忘れちゃいけねぇ。『初めての男』になったからって、油断は出来ねぇ。
俺はお前を失うのが、怖い。怖いんだよ、鶴。」
「何というか・・・前からチョイチョイ思ってたんですけど。
片倉さんて、妙に兄様に似てますよね。」
「毛利元就か? まぁ、な・・・お前ナシじゃ居られねぇトコとか。」
「い、居られますっ。29年間居たじゃないですかっ。」
「居られない。もう、居たくねぇ。」
悪童のように嘯いて、小十郎は鶴姫の唇を強引に奪い取った。
既に彼から与えられる快楽を知っているサンゴの唇は、その快楽を追いかけずには居られない。調教するかのように、彼の舌は彼女のソレを自分の中に引き入れる。小十郎に絡められるまま、互いの粘膜を馴染ませる。
ややあって解放された鶴姫の口の端から、一筋、淫らな体液が零れ落ちた。
鶴姫の息は乱れているが、まだ、理性は保っている。今は、まだ。
「っ、・・は、ぁっ。
策士な、片倉さんらしくもなく・・・その懸念には、織り込んでいない情報があります。」
「ほう、ソレは?」
毛利側近も同然な彼女と、伊達腹心である彼。
睦言が策略を練るような口調になるのは、『らしい』と言えば『らしい』のか。
小十郎の舌が鶴姫の咽元を舐め、鼻先を擦り付けるようにして、袷をこじ開ける。小袖の上から乳を揉まれて、鶴姫の細首が熱い吐息と共にのけ反った。
「私の・・・好きなタイプ。男の人の趣味って、言った方がいいのかな。」
「確かに、未確認情報だな。
教えてくれ、鶴。お前はどんな野郎に惚れる?」
鶴姫の白い手が、小十郎の肩を撫でていく。彼にも脱いで欲しい、とねだるように。
だが小十郎が着衣を乱す気配は無く、逆に鶴姫の袴の紐が解かれてしまった。
脱がされ、犯されながら、他の男の話をさせられる。
コレはコレで、中々にコアなプレイだ。
「ぁっ、・・、まず最低限、何処かに仕官している事・・・ニートは論外です。」
「あぁ、まぁ、前田慶次は、な。ソレが野郎のキャラではあるんだが。」
「あと、精神年齢高めの、落ち着いた年上の人。だから、左近さんも除外です。
いくら肉体年齢が上でも、彼氏として、あのカルさは無い・・・。」
「博打の腕も、剣の腕も立つ野郎なんだが・・・遊びたい盛りなんだろうな。」
「それに私、意外と『守られたい願望の強い構ってちゃん』なので、ワーカホリックの人とも多分、長続きしないと思います。」
「大丈夫だ、ソコは別に意外じゃねぇよ?」
「酷いなぁ、片倉さん。
兄様を裏切ってばかりの毛利家を、ずっと見てきたから・・・三成さんの、秀吉さんへの鮮やかな忠誠心がキラキラして見えるんです。私の目には。
でもお付き合いする相手としては・・・。
何て言うんだろう、こういうの・・・歩調を合わせてくれるタイプの人ではないから、追いかけるのが大変で息切れしてしまいそう、かな?」
「確かに女を、傍でずっと守ってやるタイプじゃぁ、ねぇな。
同じ速度で歩ける女ならイイんだろうが。」
「ソレって『仲間』とどう違うんだろう、って思ってしまう訳ですよ。私は手を引かれたいタイプだから。」
「愛情表現が武骨過ぎて伝わらないタイプだよな。冷たい訳じゃなさそうだが。」
「大谷さんは・・・あの方は、ちょっとだけ特別です。
別に、恋愛感情がある訳じゃないんですよ、お互いに。ただ、主要メンバー内で、兄様を入れても3人きりの術者仲間だから。それに・・・術者の世界で、陰陽8家内で『西の陰陽』がどれだけ冷遇されてきたか・・・リアルに知って下さってる、唯一の人だから。
片倉さんの言う『普通に優しい』のは、その為です。」
「ストレートに、大谷に聞いた事がある。鶴の不幸は願わねぇのかと。
『西の陽は既に不幸故、我が手を下すまでもない。』と答えやがった。その時は、なんて口の悪い野郎だと思ったが。」
「ふふふ。大谷さんの口の悪さは、本物ですよ。そういう所は兄様とよく似てる。ひねくれてるんです。
でも、あの人は私を幸福にはしなくても、不幸にしようとはしません。良い意味で『関心が無い』んです。
例えば100人に囲まれていたとして、98人が石を投げつけてきたとするでしょう? 2人だけ投石しない人が居たら、目立つじゃないですか。
その残りの2人が、兄様と、大谷さん。
兄様は、私の家族。だから投石しないのは判ります。でも大谷さんには、理由がありません。投石しない理由が。でも投げない。そう信じられる。
味方なんて1人も居ない術者の世界で、完全な他人として唯一、私に意地悪しない人。
だから、特別。
だから・・・『ただの仲間の為に此処までするか?』みたいな状況になっても、勘繰ったり不安になったりしないで下さいね?
私がお慕いしているのは、片倉さんお1人なのですから。」
「承知した。
自分のオンナが恩義を受けてるんだ、俺も少しは奴に優しくしてやるかな。」
「是非、そうして差し上げて下さい。
ふふふ、大谷さんの困り顔が目に浮かびます♪ 『竜の右目が、何故我を気に掛ける?』とかすっごい戸惑って、困惑してそう。
『ぬしが何か言ったのか』とか訊かれても、私はすっとぼけますので悪しからず♪」
「楽しそうで何よりだな、鶴。
竹中半兵衛は? 白状しちまうと、俺は奴が一番の恋敵だと認識してるんだが。」
「半兵衛さんが? 何故?」
「お前がソコを訊き返したのが知れたら、あの野郎、再起不能になるぞ・・・。今の話を聞いたらますます、俺以上にお前の好みっぽい気がしてきたってのに。
仕官した先で、ナンバー2として抜きん出た采配をふるい。
病を得てなお、主君の為に出来る事を探す。それ程に精神年齢の高い、落ち着いた年上で。
女の扱いが上手く、傍で上手にリードしてくれそうで。
更に俺と同じ策士タイプで、俺と違って、毛利元就と同じ『綺麗系の美人』タイプ。」
「私、人の容姿には関心が薄いんです。人並以上の美人で、人並外れた醜悪な外道っていう人種をたくさん見て来ましたから。
強いて言うなら、顔の造作というより『顔つき』かな。どんな人生を、どんな覚悟や信念で歩いてきたのか。そういうのはやっぱり顔に表れると思うから。外道の顔つきは、どんなに造作が良くてもやっぱり外道です。
そういう意味で、同盟軍主要メンバーの男性陣、全員のお顔が好きですけど。
その前提に立った上で、敢えて容姿に言及するなら・・・。
私、『ヤクザな男前』タイプの片倉さん、好きですよ?」
「『綺麗系の美人』タイプよりも?」
「よりも。
確かに半兵衛さんは、兄様と同じタイプの美人さんだし、私がブラコンなのもホントですけど・・・私、別にパートナーとして兄様が理想って訳じゃありませんし。
『私は』、片倉さんのお姿の方が好きです。」
「安心した・・・今、自分で予想していたより更に、物凄く安心した。」
「片倉さんたら、気にし過ぎです。
今でも充分、カッコいいのに。」
「言ってくれるな、鶴。俺はお前を、繋ぎ止めておきたくて必死なんだからよ。」
「そんなに必死にならなくても、私はもう、片倉さんに決めちゃったから大丈夫です。
それに・・・少なくとも私、半兵衛さんだけは選びませんから。こういう表現は、半兵衛さんには申し訳ないんですけど。」
「気遣いの細かいお前が、そうはっきり言葉にするなんてな。安心する半面、心配にもなる。お前の事も、野郎の事も。
理由を教えてくれ、鶴。」
「・・・置いて行かれるのが、私、嫌いなんです。物凄く・・・もしかしたら『病的に』と言った方が適切かも知れないくらいに。」
「竹中の野郎の、病の事か。」
「はい・・・。
あ、片倉さんがご病気になっても、私がしっかり看病して差し上げますからね? でも、ただ・・・なんというか。
私は・・・置いて行かれる恐怖というものを、知り過ぎているんです。知らなくても良い程に。だから・・・近い将来、確実にその恐怖が待ち構えていると知っていて、最初からご病気の方をお慕いする程には・・・強くなれません。」
「毛利元就に、置いて行かれた事が?」
「あの人が私を置いて行くのは、いつもの事です。」
「どういう意味だ? 下手すりゃヤンデレ化して閉じ込めかねねぇ程なのに。」
「安全圏に置いて守ってはくれます。
でも、その『安全圏』に、一緒に居てはくれない。敵を駆逐する為、私の安全を保ち続ける為に、戦いに行ってしまう。
たった1人で・・・1人きりで。
私も一緒に戦いたくても、連れて行っては下さらない。帰って来てはくれるけど、その度に傷付いて、血を流して・・・私に出来るのは治す事だけで、治す前に敵刃を遮る事が出来ない。
兄様の言う事を全部素直に聞いていたら、いつかきっと、戦から帰って来て下さらない日が絶対に来る。
そう思ったから、私は弓を取ったんです。
兄様が私に弓を教えたのは、あくまで防御の為でした。自分が戦や謀略で死ぬ事があっても、自衛出来るようにと。
私は、ソレが怖かった。
兄様が死んだと、ある日突然、知らせを受け取る日が来る事が。
そうやって置いて行かれる事が、文字通り、自分が死ぬより怖かったから。だから、私は戦に出る事を選んだんです。
命じてもいないのに毛利陣中に居る私に、兄様は当然、イヤな顔をしました。でも、それでも私は自分勝手に我を通して、あの人に付いて行った。
置いて行かれるくらいなら、私が先に死んでやる。それくらいの覚悟で。
兵法、用兵術、情報収集、交渉術。兵器の使い方、傭兵の雇い方や、防御ではなく攻撃用の弓術も。必要な事は、全て基礎から独学しました。最後は兄様も、溜め息を吐きながら教えて下さいましたけど・・・兄様からはチート技しか学んでいません。基礎から応用まで、全部独学してしまっていたから。
兄様は・・・毛利元就という人は、三成さん以上に歩くのが速い人です。
繋いでいた筈の手でも、気付くといつの間にか離れてしまっている。頑張って頑張って、勉強して、訓練して、必要な知識も実技も身に着けて。一生懸命努力して、死に物狂いで、追い抜くくらいのつもりで追い掛けて。
そうしてやっと、手を繋ぎ続けられる人。
だから・・・。
私はずっと、兄様に置いて行かれるのが嫌で、あの人を守りたいと、守れる自分になりたいと、ずっと思っていて・・・。
だから・・・兄様だけで手一杯だから。
伴侶になる人にまで、置いて行かれる恐怖は感じたくないんです。『歩く』のが速い人も苦手。手を、簡単に離す人は・・・イヤです。」
「俺は、離さねぇ。」
「はい。」
「頼まれたって、もう離しちゃやれねぇ。
だから安心して、俺と来い。鶴。」
「はい。嬉しいです、片倉さん。」
寂しそうな瞳で微笑む鶴姫の、その後頭を。
右手の平を押し付けるようにして、小十郎は黙って抱き寄せる。己が肩口に額を押し付けさせた彼は、左手は彼女の背中から肩に回し、ギュゥッと抱き締めた。ゆっくりと、力強く。圧を掛ける。離れない、離さない、という、宣言のように。
真剣な瞳で、彼女の耳許に囁いた。
「愛してるぜ、鶴。
だから、俺の事は下の名前で呼べ。」
「下、の・・・?」
「気になってたんだ、お前に惚れ始めた辺りから、ずっと。
竹中半兵衛の事は、『半兵衛さん』呼びだろう? なのに何で俺の事ぁ『片倉さん』呼びなんだろうってな。」
「他意がある訳では・・・。
私の場合、どちらかというと親しい人をこそ、名字で呼ぶ傾向があるようで。
兄様の事も、一時期『毛利さん』て呼んでましたし。私は伊予神社の頭目ですけど・・・お飾りだし、ロクに帰ってないとはいえ。伊予・・・四国の国主である長曾我部さんの事も、未だに名字呼びですし。
呼び方で言うなら、『半兵衛さん』よりも『片倉さん』の方が、精神的に近い呼び方なのですが。」
「・・・今、とんでもねぇ惚気を口にされた気が、するんだが・・・。」
「してませんっ、の、惚気、なんて、」
微妙に目許を赤くして、口元を押さえて彼女から目を逸らす小十郎。彼の珍しく照れた顔色に、鶴姫の方が何倍も照れて真っ赤になってしまう。
距離を取って熱を冷まそうとする、彼女の動きを彼は逆手に取る。背中を向ける所までは許しても、そのまま鶴姫の腰に腕を回して抱き締め直したのだ。
紐の解けた袴で辛うじて隠されている叢に、小十郎の左の指先が忍び込む。
右手は下腹からこすり上げるように強く触ると、胸の谷間から鎖骨に至る。ソコを淫らな動きでなぞり、弄り回されるのがイイ事は、屋敷の閨で確認済みなのだ。
右手の動きに、鶴姫が思わず太腿をすり合わせる。小十郎の左手を、自らの奥に誘い込むかのように。
「っや、片倉、さん・・っ、」
「手、止めて欲しいなら・・・俺の名前を呼んでみな?」
「じゃ・・・絶対呼んであげません、んっ、」
「この状況で・・・俺をあんまり煽るなよ、鶴。
ナニ、されちまっても知らねぇぞ、おい。」
熱で潤み切った瞳で、真上を見上げるようにして彼を睨み上げる鶴姫。色気のダダ漏れたその瞳に、ゴクリと咽喉を鳴らした小十郎は躊躇なくズボンの前を緩めた。
2人の唇が重なる。
幾度目かの濃厚な口づけに、鶴姫の舌は彼の中で自然に動き、自ら絡め合っていた。
「これからの為に、念の為、言っとくが・・・。
抱かれたくねぇ時には、拒む自由だってあるんだからな、お前には。」
「ホント、こういう体勢の時に言いますか、あなたは・・・。」
「こういう体勢だから、だろ?
ココ、こういう状態にしてからじゃねぇと、な。」
「ぁ、んっ、・・・ダメ、そこ、ばか、り、・・っっ、」
尖りきった胸の飾りを、両方一度に、硬く引き締まった男の手で捏ね回される。
迂闊に動く事もかなわずに、足の指先に力を入れて快楽に耐える鶴姫。俯き、両腕を交差させている為、どんな表情なのか伺い知る事は出来ない。
濡れたショートの髪を割って、うなじが露出している。小十郎の舌がひと舐めすると、鶴姫の躰、全体がビクンと跳ねた。
後ろから左腕を回して、細い顎に指を引っ掛ける。
顔を上げさせ様、はだけていた小袖が肩から滑り、腕にまつわって落ちた。
「イイ顔だ・・・そそるぜ、鶴。」
「嫉妬と、いう訳ではないのですが・・・。」
「うん?」
「・・・今まで、片倉さんの腕の中で、こういうカオをしたヒトって、・・・その、どのくらい居たのかな、って。」
「鶴、ソイツは立派に嫉妬だぞ?」
「っ、ごめんなさい・・・。」
「謝るなよ、鶴。お前にされんの、俺はむしろ嬉しいんだからな。執着されてるんだと実感できる。
とか言っといて悪ぃが、人数とか、別れた具体的な理由とか? 覚えてねぇんだ。
別れた女の事は、意識的に忘れる主義でな。その方がお互いの為だし。」
「私も、根掘り葉掘り知りたい訳ではありません。
ただ、素朴な疑問があって・・・『賭け戦』の前に、兄様から知らされてたんです、情報として。ご正室がいらっしゃらない・・・結婚してないんだって。
私、ソレを訊いてとても驚きました。
一般的に、片倉さんみたいな立場の人が独身って有り得ないでしょう? 10代で周囲から縁談持ち込まれて、元服と同時に結婚、なんてパターンもザラですし。
戦いにも事務仕事にも必要ないから、訊く機会もなかったんですけど・・・。」
「そうだな、お前にばっかり語らせてないで、俺の趣味も語らないとな。」
「趣味?」
「俺がお前に惚れた理由。」
「っ、」
耳元で囁かれ、耳朶を甘噛みされて鶴姫の背が反り返る。汗が雫となって、乱れた小袖に染み込んでいく。
焔の灯った躰から、小十郎の手が引かれていく。小袖を肩に掛けられ、その上から抱き締められて、鶴姫の瞳がねだるように細められる。
この状態での会話は・・・放置プレイと同じだ。
「まず、俺に奥が居ない理由だがな。
昔っから漠然と、恋愛結婚に憧れてたんだよ。周りが選んだ、周りにとって都合のいい女。そういう女と結婚してから、少しずつ情を交わして『俺の妻』にする。
それでいいじゃねぇか、そう考えろと、親父には言われたんだが・・・。
嫌だったんだ、俺は、やっぱりそういうのは。だから親戚連中から持ち込まれた縁談、なんてのは全てぶち断ってた。
政宗様やあの方のお父上、輝宗様も、それでいいと言って無理に結婚させようとはしないでいてくれたし。
妻を迎えた所で、子が出来るとは限らない。その子が優秀だとも。
片倉家は親戚が多い。俺が嫡子を得られなくても、跡を継ぎたいヤツ、任せられるヤツは五万と居るのさ。」
「そうだったんですか。」
「『あの縁談を正式に断るまでは、家に帰らねぇからそのつもりで居ろ、クソ親父っ!』なんつって家出してるうちに、気付いたら叔父貴が戦死してた事もあったな。」
「えっ?」
「戦自体は勝ったらしいが。
戦後処理に忙しい親父に代わって、家臣が迎えに来た。家出っつっても失踪してた訳じゃないんだ。
帰ったら鉄拳制裁でも待ってるに違ぇねぇ、受けて立つぜゴルァッ、とか思って構えてたら、一回り小さくなった親父が居た。『もう嫁取りの話はしないから、家を空けるな』と。説教というより、懇願されちまった。
それ以来、ホントに一切、その手の話はしやがらねぇ。」
「片倉さんというより、とっても『伊達一門』らしいお話。」
「ははは、違いない。
そんな俺だが、だからこそ、かな。色恋沙汰に発展した女は、少なくはねぇ。が、長続きした女も、多くない・・・ぶっちゃけ、居ない。
何でだと思う?」
「? 私に振っていい質問ではないですね、色んな意味で。」
「確かに今、腕に居る女に訊く事じゃなかったな。
周り曰く、俺は理想が高過ぎるらしい。所謂『三拍子揃ったイイ女』って意味じゃねぇんだ。俺はむしろ、そういう女には他を当たって欲しいと思う。
俺の好みを一言で言うなら・・・『世界中から憎まれてる女』か。」
鶴姫の瞳が、驚きに見開かれる。自分が今この瞬間、直感した事が信じられなくて。
『信じられない』という表情で見上げられた小十郎は、微かに頷いて鶴姫の髪を撫でた。
「別に、相手の不幸を願ってる訳じゃないんだぜ?
俺以外の奴のせいで辛い目に遭ってる女を、敵の魔手から、俺の持つ全身全霊を懸けて守ってやりてぇ。
敵の姿が、規模が、大きければ大きい程、燃える。
一生モノの、長期的、計画的な視野が必要な方が、テンションが上がるし、持続する。
『そういうの疲れないか?』とか訊かれても、なんだってそんなコトを訊かれるのかが判らねぇ。疲れる疲れないの問題じゃねぇから。
さっきの話、お前にとって、大谷が特別な理由。
なんか、判るんだ。感覚で理解できる。俺の『女の好み』と通じるモノがあるから。
敵が居て、ソイツが攻撃してくる。その攻撃を俺が跳ね返す。どんなデカい武力でぶつかられても、どんな精神攻撃を仕掛けられても。揺らがず、屈さず。背中に守った女が、不安になるような姿は、チラリとも見せない。
そういう守り方を、愛情表現をしたいし、させてくれる女がイイ。
イイんだが・・・。
現実問題、そんな女、そうそう居ねぇから。」
「敵が居ないと成立しないお話ですしね。
それに片倉さん、元のスペックが高いから。文武共に、片倉さんの実力で本気で掛かって、倒せない敵なんてそうは居ないと思います。」
「それも良し悪しだ。
俺が自分磨きに精を出したのは、政宗様の背中を守る為。それに『そういう女』に出会った時、きっちり自分の言葉を通して、最後まで守り切る為・・・だったんだが。
ダメ女に引っ掛かる気は元より無いにせよ・・・理不尽に敵に晒されてる女が居たとしても、問題ひとつの解決で、結構平和になっちまうモンだから、な・・・。
それでテンションが下がるというか・・・長続きしないってのは、そういう理由が半分くらいだった、かな。
まぁ、色恋沙汰は2人の共同作業だから。別れた理由なんてのは2人の真ん中にあるモンで、どっちか片方が全面的に悪いなんてのは、滅多に無いんだけどな。」
「女性の性格によっては・・・片倉さんみたいなカッコいい人が、どうして自分の為に血を流してまで戦ってくれるのか。不安になる人も居ると思います。
自分に、ソコまでの価値があるのかなって。」
「実際、そう言われて泣かれた事もあるぜ。俺にとっては、大事な女を大事にしてるだけなんだが・・・伝わらなかったんだな。
俺のアピールが足りなかったのか、相手の女に自信が足りなかったのか。或いはその両方だったのか。
俺はお前に惚れてんだ、俺にとってのお前の価値は、一生懸けて戦い続けるに値するモンなんだと。ちゃんと、信じてもらうには。どうしたらイイんだろうな。」
「・・・女性が自分に、自信を持つというより・・・女性に、片倉さんの言葉を、額面通り受け取る・・・信じる器があれば良かったのでは、ないかな、と・・・。」
「そうか・・・なら、鶴。お前は?
お前は、俺の言葉を信じてくれるか?」
「・・・私は、敵の多い女です。
伊予神社は、傀儡の幼主を欲して8歳の私を巫女に選びました。もう長い事帰っていませんが・・・今帰れば、私は確実に殺されるでしょう。
毛利家の中にも『邪気使いの家門の中に、何故陽気使いの巫女が居るのか。』、『邪気も扱えないクセに、当主の妹を気取りやがって。』という空気があります。
術者の世界を統べているのは陰陽8家で、君臨しているのは『東の陰』という男ですが・・・邪悪な人です。兄様を虜囚にしようとし、それを遮る私の存在を、目障りに思っている。
元々は孤児の身です。武家の世界に兄様以外に後見は無く、術者の世界に、兄様以外に私が生きる事を望んでいる人はおりません。
それでも・・・。
そんな私でも、愛して、守って下さいますか?」
「あぁ、鶴。愛している。必ず守る。
合議成就の為、もうしばらく戦は続くだろう。その戦火からも、『東の陰』とやらの陰謀からも。お前も、お前の大事に思ってるヤツも、全部まとめて俺が守るさ。」
「信じます。そのお言葉、全てを・・・。
大好きです、片倉さん。あなただけを、お慕いしています。」
「俺も信じるぜ、お前のその言葉を。」
囁き交わした小十郎の唇が、そのまま鶴姫の耳朶を含む。熱い吐息がサンゴ色の唇から零れ落ち、彼の昂ぶりを感じて、彼女の叢が再び潤みだす。
互いの服は未だ水を含んだままで、互いの体液をどんな風に混ぜ合わせようとも、イケないシミとなって残り、後で言い訳に困る事もない。
ただ、やっぱり彼は、彼女の体が心配なので。
「このまま最後まで、ってのは、ちと、障りがあるな。」
「片倉さん?」
「ここまで来ちまったら、プレイにコアもディープも関係ねぇか・・・。
鶴、こっち、来れるか?」
「は、い・・・。」
小十郎は鶴に起立を促し、腰を抱いて、岩壁に向けて立たせる。
彼女とて、こちら方面に無知な箱入りではない。彼がどんな体位を望んでいるか悟って、朱に染まって恥じらって、純白の小袖の前をかき抱いた。緋袴は、立った時点で滑り落ち、細い足首で布溜まりとなっている。
慣れた手付きで自分の服も剥ぎ取ると、小十郎は改めて彼女の体を抱き締めた。
背後から、小袖の中に手を差し入れる。
「ぁ、ん・・・、片倉さん・・・。」
「どうした、鶴。やっぱり怖いか?」
「いいえ、むしろ・・・着ながらするの、私、結構好きかもって。
それだけ・・・。」
「・・・たっぷり啼かせてやるよ、鶴。」
彼女の手を導いて、岩屋の壁に押し付ける。早くも先走りの涙を流す小十郎の分身は、鶴姫の媚肉を恋しがって猛り、その硬さを更に増していく。
高まった熱に、吸い寄せられるように。
小十郎は小袖越しに、彼女の背中に口づけを落とした。
『喜ぶが良い、賢妹よ。そなたの結婚が決まったぞ。』
『どちらの殿方です? 兄様の、次なる謀略の犠牲者は。』
ソレが一番最初、元就から『賭け戦』について口火を切られた時の、鶴姫の反応だった。
10代女子からの温度の低い反応に、周囲の男たちは絶句する。
京の都は同盟軍・共用の屋敷。
毛利、徳川、長曾我部。この3家が揃った段階で元就が提案した『具体的な事務や協議は、何処か1家の本拠ではなく、京都で行う事。』。それを受けて、朝廷内での協力者・近衛前久卿が、広大な屋敷を気前よく用意してくれたのだ。今は伊達家以外の6家と、上杉・武田両主従が使っている。
『7家合議』を形と為す為、残る家門は、伊達家のみ。
伊達家を同盟の一角に迎え、そこで初めて、元就たちは次の段階に移れるのだ。
日の本を、かつてない『合議制』という政体にする事。その事に反対する家門は、各地に多い。伊達家を迎えた後、次の段階は『各地方に散在する、反対勢力の掃討』。
これからが、長い筈。
だがそれにはまず、伊達家と同盟して、7家を揃えなければ始まらない。今日は元就始め、家康、秀吉や謙信たちも交えて、その為の方策を相談していたのだが。
鶴姫や慶次、かすがたち副官格が控える間に、出て来た元就の第一声が妹への縁談・・・見合い? 報告である。
鶴姫の醒めた反応に、周囲が絶句している間。
毛利兄妹の会話だけが場に響いていた。元就の楽しげな声と、鶴姫の、無関心故に穏やかな声が交差する。
『兄は悲しいぞ、賢妹よ。
そなたも年頃の娘なら、色恋沙汰の気配に顔色のひとつも変えてみせよ。』
『そうは仰いましても、兄様。
私の結婚は過去2度も、婚約の段階でお相手が服毒死しております。更に申せば2回とも、お相手とはロクにお話もしないままで終わりました。
私にとって3度目の結婚話、ときめけと仰るのは無理難題と申すモノ。
どうせ此の度も、お相手は兄様の政敵で、兄様に毒を盛られてお終いでございましょう?』
『その件については、我を悪者にするのは止してもらおうか、最愛なる賢妹よ。
2回とも、勝手に話を持ってきて、勝手に話を進めたのは杉大方。我が仇敵ぞ。それに毒を盛ったのはそなた自身ではないか。
よりによって、婚約披露の場で祝い膳に盛りおって・・・。
杉めの青い顔は見ものであったがな。』
『その場で手を叩いて高笑いした賢兄に言われたくありません。大喜びした時点で兄様も同罪です。
過去はともかく、お可哀想な此度のお相手は?
伊達一門を如何にして、同盟にお誘いするか。そのご相談だったのでしょう? 伊達家に所縁の御方ですか?』
『所縁というか、中枢よな。
片倉小十郎景綱。それが、そなたの夫となる男の名だ。』
『片倉公・・・。伊達政宗公の腹心と聞き及んでおります。お会いした事はありませんが、幸村さんや佐助さん、慶次さんともご親交の深い好人物とか。
そのような御方を、兄様は殺せと仰せですか?』
『誰が殺せと申したか、愚妹。
よく聞け、賢妹よ。これは『賭け戦』なのだ。』
『賭け?』
『伊達家に書状を送り付ける。
『伊達家副長に、毛利家令妹との決闘を申し込む。副長・片倉が勝てば、毛利の所領全てを伊達家に。我が妹・明を片倉のヨメにくれてやろう。我が妹が勝った暁には、伊達一門は7家同盟の一角に参画せよ。』と。
伊達政宗は派手好きで異国かぶれの傾奇者、賭け事を好むと聞く。
これくらい現実味のない派手な賭けなら、まず間違いなく興が乗るであろうよ。』
『現実味ないとか自分で言っちゃいますか、兄様。
あまりに現実味がなさ過ぎても、信を失います。
仮に片倉公が勝利を収めたとして、本当に毛利家の所領全てを明け渡すご用意はお有りですか? 『毛利家令妹』を嫁に出すご準備は?
お忘れのようですが、私の名前、毛利家の系図には載ってないのですけど。存在すら架空の人間を、嫁になどと無理な話。
片倉公が勝者の場合は勿論、私が勝者の場合でも。
後から『与えられもしない景品を、さも与えられるかのように嘘を吐きやがった。』なんて。そんな確執が残っては、合議そのものに皹が入ってしまいますよ?』
『我が調略に穴アリと申すか、賢妹よ。
その点は問題ない。
我が毛利の所領は、実際にくれてやろう。安芸だけなく、中国全ては伊達のモノぞ。裏切り、謀略、何でもアリ。あのように治めるのに苦労する国なぞ家ごとくれてやるわ。
武と忠節を重んじる伊達の家風に、むしろ影響されて欲しいモノ。
我が身ひとりくらい、長曾我部家にでも転がり込むわ。何百万貫も溜まっておる借金を帳消しにする代わりと申せば、長曾我部の家臣団も文句は言うまい。』
『待て元就、それじゃ俺がお前を借金のカタにしたみてぇじゃねぇかっ。
面倒見るからっ、衣食住の面倒くらい、タダで見るからっ。』
『確かに私も、その点は伊達家に影響されて欲しいです。毛利家には、もう少し忠誠というモノを兄様に示してもらわないと。
では、毛利領を取り戻す方策は?
今後の戦いで削り取るか、伊達家を同盟にお迎えしてからお返し頂く算段ですか?』
『是である。
どうせ奥州と中国では距離があり過ぎる。伊達家が南下するまで、どうにでも出来よう。毛利家臣団が伊達家に影響されてくれるか、それすらも怪しいものだ。』
『『毛利家令妹』の件は?
実際の風紀は酷いモノですが、建前上、伊予巫女は婚姻禁止を掲げております。だいぶ帰っていない問題児とはいえ、伊予神社が、頭目の私の婚姻を許すとは思えませんが。』
『伊予神社の許しなど、必要ない。
そなたの名は我が亡父の養女として、実際に系図に刻む故な。その一事を以って、そなたは名実共に『毛利家令妹』となる。
今までそうしなかったのは、ひとえに杉大方が生きておったが故。あの女狸めの存命中に、迂闊に正式に組み込んでみよ。次の日にでも平服のまま輿に乗せられて、脂ぎった中年変態親父への歳暮にされてしまっておったわ。
ようやく、そなたを正式に我が妹とする事が出来る・・・。
これは書状を送る前に済ます処理である。伊達家へ示す文書には、1つたりとも虚偽記載は致さぬ故、安心致すが良い。』
『はい、安心致しました。』
『うむ。それで、我が賢妹の返答や如何に。』
『かしこまりました。
『賭け戦』、全てご指示に従います。』
『ちょぉっと待ったぁぁぁっ!!』
可愛らしく三つ指ついた、鶴姫の姿を元就から隠すように。
前田の風来坊が『詭計智将』の視界を遮る。パッと見、端座する元就に、膝立った慶次が抱きついているように見えた。
邪険に払いのけながら、元就は機嫌悪く盟友を見上げた。
『何だ、猿使い。』
『何だじゃねぇよ、元就っ。
結婚てのはさぁ、もっと、こう、楽しいモンだろう?! 恋をして、好き合って、その上で手に手を取って盃を交わすモンだろう!
アンタの計略の犠牲になるんじゃ、鶴姫ちゃんが可哀想だっ!』
『ボクも反対させてもらうよ、毛利君。
慶次君の台詞は甘すぎると思うし、策としては悪くない。だが・・・ソレに鶴姫君を使う必然性は皆無じゃないのかな?』
『必然性ならあるであろう? 豊臣の軍師。
女、主要メンバーの近縁、『竜の右目』の向こうを張れる武力。要件を揃えている唯一の娘は、誰であろうな?』
『挑戦者が女性である必要は無いだろう?
片倉君に添わせる姫君は別に選んでおいて、その代理として、男が片倉君に挑めばいいのだから。男が挑んでいいというだけで、此処に居る全員が挑戦可能になる。』
『伊達家が興味を示す条件でなくては、賭けとして提示する意味がない。
女なら誰でも良いという訳でもないのだ。見目が良かろうが、教養に優れようが、深窓の姫君ではな。女の代理で男が戦うのでは、ありきたりであろう。
何処ぞの魔王の妹と違って、コレの武名は轟いていない。
我に妹が居る、という情報からして、向こうは未確認の筈。何せ、最も近くで競ってきた元親も、つい最近紹介するまで気付かなんだ。その上、最も分析に優れた豊臣の情報網にも引っ掛からなかったくらいだからな。
『どんな能力か、気性か、容姿か。全てが謎の『あの』兄の妹が、自ら挑んで来る。』。
それでこそ、伊達家の興味を引けるというもの。』
『・・・・・・。』
『ワシは・・・本人の意向が気になる。』
険しい渋面で黙ってしまった半兵衛の代わりに、家康が恐る恐る、手を挙げた。2人の方は敢えて見ずに、というか、半兵衛が怖くて直視できずに、鶴姫に振る。
家康にとって、半兵衛は今でも『師』なのだ。一度袂を分かったとはいえ、再び同じ組織に属せる事になって、涙を流して喜ぶほどに。
『師』の怒りほど、『生徒』にとって怖いモノはない。
『男女の出会いは人それぞれ、本人が良いなら、良いのではないかと思うが・・・。
鶴姫はそれでいいのか? 負ければ、顔も知らない男と実際に添わねばならぬ訳だが・・・武人として一角なのは疑いようがなくても、男として魅力を感じるか、夫婦として相性が良いかは確かめようがないだろう? 向こうが情を向けてくれるか、どうかも。
本当に片倉殿と添っても良いと。そう思っているのか?』
『別に・・・誰でも同じですから。』
『え・・・?』
誰でも、同じ。
今、彼女はそう言った。特段の悲壮感もなく、殊更にそっけない訳でもなく、何か我慢している風でもない。素で淡々と口にしたのが伝わってくる、いつもと同じ平静な表情。
彼女は本当に、何も感じていないのだ。己に『夫』が出来る(かも知れない)事について、あくまで1つの『情報』として捉えている。
『情報』としてしか、捉えていない。
静まり返ってしまった男たちに、鶴姫の方が戸惑ったようだった。
『ええと・・・ごめんなさい、言葉足らずでした。
恋愛結婚だろうが政略結婚だろうが、どんな家庭、どんな関係を作るかなんて、結局本人たち次第でしょう?
今、先方に憎まれていても、私次第で明日には仲良くなれるかも知れませんし。
出会ってからでなくては、関係も何も始まりませんし・・・。今の私に言える事なんて、何も無いですよ。
兄様が戦えと言うなら、戦うだけです。
お相手は、この戦国の世で名の通った武人。勝利は易き事ではないと思いますが・・・武を通して心胆を晒すからこそ、負けても気心の通じた仲になれるかも知れませんし。
というか、負ける気、ありませんし。
要するに、勝てば良いのでしょう?』
『お前さん、むしろ1回、結婚した方が良いのかも知れんの。』
『島津さん? えと・・・負ければ、素直にしますけど・・・。』
義弘が呟いた一言の意味が、取れなかった鶴姫は困惑している。
家康が案じたのは『そういう事』ではないし、慶次が騒いだのも『そういう事』ではない。もっと、感情的な部分だ。
身を焦がす焔も、ただ1人を望む執着も、秘め事を持つ楽しさも。
彼女はまだ、何も知らない。
『竜の右目』片倉小十郎。いっそ彼に負けて、そして彼に恋をした方が良いのではないか、人間的に成長する為に、と。義弘の言葉は、そういう意味だったのだが。
それもまた、今の鶴姫には理解出来まい。
『明・・・我が賢妹よ。』
『はい、兄様。』
『段取りは全て、我が付ける。伊達家への書状から、場所取りから、全てな。そなたはただ、戦って、勝てば良い。
何の謀略も用いず、小細工もせず、無論、術理も使わずに。
純粋に武芸だけを用いて『竜の右目』に勝て。
我が命はそれだけぞ。』
『はい、お任せ下さい、兄様。
兄様の為に、勝利を得て参ります。』
16歳の少女の目に、映っているのは兄への敬愛。それだけだ。この娘はきっと、同じ瞳で『竜の右目』の前に立つのだろう。
今の彼女にとって『彼』は『竜の右目』であって『片倉小十郎』では、ない。
『毛利。』
『案ずるな、豊臣秀吉。
そなたの大事な参謀は、別件で我が賢妹と繋がっている。真に縁があるなら、そちらから発展するであろうさ。』
『・・・・・。』
意味深な笑みを口元に佩いた元就は、裏腹に穏やかな目で『前田の妻女』や『上杉の忍』に心配される『賢妹』を見守っている。
明らかに、何か他の事も企図している顔だ。
鶴姫と小十郎が婚約するのは、それから3か月後の事である。
(終幕)
戦国BASARA 7家合議ver. ~雨降りバレンタイン~
はい、あとがき。
如何でしたでしょうか・・・。
こんなの戦国BASARAじゃないやっ! っていう声が色々聞こえてきそうな・・・。
すいません、マジスイマセン。
目指したのはズバリ、エロ。
本当は別カップリングでお話を考えていたのですが、投稿する直前になって「あ、やばい、小十郎さん相手の方がエロく出来るっ!」と思って、カップリングから全面改修した、という前フリがあります。
ゴメンね、豊臣の軍師・・・!
なんか、鶴姫さん総受けみたいになってますが・・・。
女性メンバーで相手が固まってないのって、彼女くらいかな、と。
まぁ、宵闇の羽の方は常に側に居る訳じゃないし・・・。
まつ様にもかすがさんにも、動かしがたいはっきりした相手が居ちゃってるし。
男だらけの中に、フリーの若い女の子が1人。そりゃ集中しますって。
これからしばらく、色々、この設定でちまちま書いていこうと思っております。
どうぞ広い御心で、(本家と別物と割り切って)読んで頂ければと・・・!
それでは、次作にて。