左乃助の鬼腕 2章

左乃助の鬼腕 2章

 不思議な雰囲気をもつ少女タネと旅をする僧侶波山(ハザン)

1話 「ザンバライ」

 
 ナムザンバライノカミヨノニシンナリ
  ヒトヨノミニザングレバ   
   バライハラニテヨウミシ・・・・

 二真教の祈り「ザンバライ」の始まりの文句である。

 「ナム」と言うのは仏教の「南無」に由来しているのだろう。
 ザンバライとは「原井(はらい)」という草原に「参上」ザンした二人の神により「世」つまり、この世は生まれたのだ、と詠った仏教でいうお経のようなものである。
 
 寂れた街道沿いに立ちこの経を道行く人に聞かせているのは、長旅の埃や泥にまみれてなのか、灰色ががった黒衣に薄く伸ばした牛革を何重にも張り重ねた袈裟を着た僧である。
 眼孔は鋭く道行く人を睨みつけるようにお経を詠んでいる。
 僧の足下には大きな椀が置かれ、人々はそこに僅かばかりの米や野菜などを入れ僧に合掌する。
「二神の恵みがありますように」
 僧は施しを受けるたび祈りの節回しにあわせるように言うと浅く頭を下げる。


      左乃助の鬼腕・第2章
         一話 「ザンバライ」

  
 一通りお経を唸り終え、椀の中が満たされると僧は深々と頭を下げ、その場を去って行く、これが「二真教」の修行僧の一般的な一日である。
 僧は暫く歩くと細い路地に目をやる。
「タネ、行くぞ・・・今日は雲行きが怪しい・・・はよう寝床を見つけんとな」
 商店と商店の間、人が一人横になって通れるぐらいの路地から赤い着物を着た少女が現れ、ほんの一瞬だけ僧に目をやった。
 少女の年の頃は十一か十二歳か、まるで魂を抜き取られたように無表情で歩き方も空中を移動しているのではないかと疑るほど身体を揺らさず、僧の後を着いて行く。
「タネ、今日は米や野菜が一杯だ、たんと食え」
「私はいらないよ、波山(ハザン)が食べて・・・」
 波山と言うのはこの僧の僧名だろう、少女の声は以外と子供らしく、抑揚はないがしっかりした声である。
「精を付けなければダメだ・・・今日の朝も水粥を少しすすっただけじゃないか」
 波山の表情は街道で経を唸っていたときとは違い、少女をいたわるただの優しい青年のモノになっていた。
「波山・・・」
「なんだ?」
「お坊さんに殺されると天界に行けるってホント?」
「ばかな・・・何処でそのような戯け噺を聞いた・・・」
「さっきお店に来ていたおじさんが波山のお経を聞きながら言ってた」
 波山が経を詠み始めてから終えるまでの一時間強、商店と商店の間でタネはただ道行く人や商店に着た客と店主の会話を聞いていたのだ、その中に「坊さんに殺されるとこの世の悪事は綺麗になり、天界に行けるらしいって話だぜ」「そんな事があるかい!なら坊主はああやって道に立って唸っているより人を殺してやって金を貰うほうが儲かるだろうよ」「まったくだ」・・・そんな雑談をタネは少し本気にした。
 何故ならタネには綺麗に浄化して天界(つまり天国)に送って欲しいほどのモノを背負って生きているのだから。

 波山はタネの言った事に対して明確な答えを出さず、深い溜息を吐き、タネの細く小さな身体を背負うと大股に歩を進めた。
「波山・・・もし私が・・・」
「それ以上言うな!」
 波山はタネの声を遮り天を見上げた。
「これは大雨が来るぞ・・・」

 波山がこの不思議な少女と出会ったのは4月ほど前になるか、今日のように街角に立ち経を唸って托鉢をしていた時のことである。
 痩せ細った老人が波山の椀に僅かばかりの野菜を入れると、礼をした波山に対し突然話しかけて来た。
「旅のお坊様。僅かばかりの施しで心苦しいのですが、この年寄りの願いを聞いてはもらえまいか・・・」
 疫病や事故による死に旅の僧を呼んで弔ってもらう。そのような事は珍しい事ではない。波山は急ぐ旅でもないので断る理由もない。
「どちら様の弔いでしょうか」
「いえ・・・そのような願いではないのです・・・」
 老人がゆっくり後ろを振り返ると、物陰から大きな影を背負ったような小さな少女が現れた。
 波山が初めて見たタネは死人のようで、この世に存在しているモノなのかと疑りたくなるほどの薄暗い空気をまとっていた。
「この子をどうか旅のお供なにしてはいただけまいか」
「この子を・・・」
 波山の頭の中にはこの時代ならではのイヤな予感が渦巻いた。
 少女を僧に「施し」として渡し、身の回りの世話をさせ、自分たちの「徳」を得ようと考える者が居ても不思議ではない。
 世は戦国なのだ、自分の田畑を管理する領主がすげ変われば、地獄が耐え難い地獄に変わる。
 人は不安な時代になればなるほど盲目的に宗教に縋るものだ、少女を施しとして渡そうという発想が出るのかもしれない、いや、そのような施しを要求した僧が依然この辺りに居て、その僧は我が身の倒錯した欲求を少女で満たし、近隣の人々には御利益を詠っていたのかもしれないし、そのようなよからぬ僧が居るという噂も耳にすることがある。
 発想がそこまで至った時、波山の目は怒りで血走り悲しみで潤んでいた。
「わたしはそのような施しは受けませぬ!失礼」
 まだ見ぬ「妄想の中の堕落した僧」に怒りをかかえつつ、波山は大股にその場を立ち去ろうとした。
「お坊さま!お待ちを・・・何か勘違いさせてしまったのいなら誤りまする、どうか!お坊さま」
 縋るように追ってくる老人を無碍に振り払うことも出来ず、波山は思わぬ本音を口に出してしまった。
「私はニセ僧です・・・食うに困って僧衣を着て托鉢しているだけのことですからこの野菜はありがたく頂きますが、私から何一つ神の恵みは受ける事はできませぬので・・・失礼」
「お坊様!」
 老人はそれでも波山の袖を掴んで離さない。痩せ細った老人にしては力強い。
「ですから、私は坊主ではない!」
「ではニセ僧様!」
 だからといって「ニセ僧様」と大声で呼ばわる事はないじゃないか、と苦々しい表情で波山は老人の目を見た。
 老人の目は以外にも生き生きと黒く、何か真実を語ろうとしている。

 その後老人の語った「真実」で波山はタネを旅の道連れにする事になってしまった。
 老人からの約束は、「オオガキ」の国主の子、高転寺孫兵衛に娘を引き合わせ、出来れば高転寺孫兵衛と共に二真教の総本山である天界山にタネを連れて行って欲しい。
 その願いは「ニセ僧」である波山にとって難しい願いであったが、波山はそれを受けた。
 しかし、老人は波山がニセ僧と見込んでタネを預けて来たのだ、本当の僧ならそのような無茶な相談をはなから受け付けないか、欲にかまけて金品を要求してくる。
 波山は老人にとって丁度いい人物であった。
 

 小高い丘を越えると突風の中に小さな雨粒が混ざるようになってきた。
 道沿いの竹林が風を受けザカザカとさざめいている。
「これは大雨になるぞ」
 波山は背負っているタネに言うでもなく呟くと、大木の影にタネをおろした。
「波山・・・あそこ」
 タネが木の根に座ると何かを指さした。
 波山がその方向を見ると、周りの崖と同化したような朽ち果てた寺がある。
 二真教が席巻したヤマタイでは仏教の寺は珍しいが、辺境の村などでは仏教を信仰する人も居ると聞く。
 だが、この寺は信仰者を失ったのか、はたまた新しく進行してきた領主によりとり潰されたのか、いずれにしても惨憺たるたたずまいの寺である。が、一晩雨をしのぐには十分そうだ。
 半分ほど開いている木戸を無理矢理こじ開けると、カビ臭く薄暗い板間の奥に意外にも立派な祭壇があり、腕の取れた仏像がこちらを見ているのが何となく見ることが出来た。
 波山はその 仏像に合掌すると小さく頭を下げた。
「一夜だけ背中を預ける宿をお借りする・・・」
 波山が仏像からタネの方に視線を移すと、タネはその場に崩れ落ちた。
「タネ!」
 波山は急いでタネの元へ駆け寄ると、タネは肩であえぐように息をするだけで、瞳は死人のように灰色で宙を泳いでいる。
「タネ!タネ!どうしたんだ!タネ!」

 その時である。祭壇の後ろから物音がした。
「なんだぁウルセェなぁ・・・」
 波山は咄嗟に声のする祭壇を見た。
 すると寝ぼけたようにフラフラと立ち上がった小さな人影がおぼつかない脚で仏像にもたれかかると、仏像は乾いた音をたてて倒れ、いままで仏像がいた場所に小さな少年が立っている。
 外の突風が一瞬止み、一時的に指した夕暮れの日差しが少年を照らした。
 少年はボロ布をまとい、眼差しは獣のように鋭く、右腕が無く、そのかわり右腕の付け根のあたりに拳ほどのドス黒いコブが脈打っている。
「人の寝床で騒いでいるのはそこのクソ坊主か!」

 波山がこの悪魔の化身のような少年の名を知るのは翌日の朝になる。

 左乃助。それが少年の語った名だ。


              二章1話   
 
 

左乃助の鬼腕 2章

左乃助の鬼腕 2章

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-12

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