ひどい男

 初投稿です。よろしくお願いします。

 結構昔、学生の頃に書いた話にちょっぴり手を加えています。どこかで読んだことがあるという人は……無視して下さい。
 意外な結末というのがテーマです。

 オンライン初出は4月28日のpixiv掲載ですが、原型の話は約十年前の文芸サークルの部誌に、別のペンネームで載せていました。
 「作家でごはん」で批評いただいたので、これは改訂した決定稿です。

 遠ざかれば遠ざかるほど、過去は輝いて見える。

 でも、もう俺は忘れてしまった、あいつのフルネームなんて。わざわざ覚えておいてやる義理などないのだ。
 あだ名なら刻銘に覚えている。俺はかつて、あいつのことを「ルゥト」と呼んで、朝も昼も夜も一緒に過ごしていた。虫取りで競争して双方で自慢し、畑仕事があれば鍬を持って駆けつけ、片方が叱られて落ち込んでいたら追いかけて相談に乗る。綺麗な巻き毛の茶髪に琥珀色の目をした、隣りの家の幼馴染だ。
 町から外れた山の先、渓谷や岸壁を超え、道なき道を歩いた先に村はある。昼間でもほの暗く、知る人でなければ恐らくここまで辿り着けないだろう。ここで俺たちは生まれ育った。
 村の奥、葉が生い茂る木の枝の上には、二人だけの隠れ家もあった。普段は大人しいやつだったが、俺といるときだけは少年らしく、年相応に表情豊かだった。恐らくやつは、俺以外の人と喧嘩なんてしたこと無いんじゃないだろうか。家族よりも深く分かり合えていたと今だって思っている。
 やつは近所の他の子どもから、男らしくないとよくからかわれて泣いていた。俺が毎回かばった後には、少年にも少女にも傾かないその顔に、物憂げで艶やかな表情を浮かべていたのが、今も強く心に残っている。
 平和な毎日だった。ここに生まれた瞬間から、村人らと共に一歩たりとも山から外へは出ずに過ごした。ゆくゆくは、この地に骨を埋めて母なる土くれになり果てるのだろうと、おぼろげながら感じていた。
 そう思うと同時に、俺もルゥトもいずれは嫁を娶り、所帯を持つことになるのだろうかとも思った。俺は別に婚儀には何も関心がなかったが、少なくとも家族はそれを望んでいたはずだ。
 俺はそれも悪くないと思った。しかしルゥトがどう感じていたのかは今となっては分からずじまいだ。本人は行方をくらませてしまい、もうその心境を聞くことすらできない。長年一緒にいたが、あんな薄情な男だとは思わなかった。
 あの野郎は、家族も友情も思い出も全てを置き去りにして出て行ったのである。一番身近にいた俺にすら何も言わずに消えてしまった。親友を捨てたことに怒っているんじゃない。俺は相談もされないまま勝手に思いつめ、出て行かれたことがただ哀しくてたまらなかった。それが十五歳の時だ。
 長男を失ったルゥトの家族は絶望に暮れる日々を送り、やがて彼を探すために総出で旅に出てしまった。以来、彼の家族とも会っていないが、果たしてルゥトは見つかったのだろうか。
 寂しい日々を送っていたが、それでも否応なしに未来は迫ってくる。次男の俺には家督など関係なかったが、農家を営む家では働き手が必要だった。二十歳の頃、親が他所の町から連れてきた女と夫婦になったが、ぞっとするほど色っぽい美人だった。
 彼女曰く、踊り小屋で働いていた時にたまたま出稼ぎに来ていた俺の父と偶然知り合い、息子の嫁を探しているという話を聞いて渡りに船だったとのことだ。
 長い巻き毛の女で、イラと名乗った。俺を見るなり顔を赤くして微笑んできたが、とても自分が釣り合うとは思えない。なぜこんな田舎に嫁いできたのだろう。
 俺の実家の隣りがルゥトの家だが、その更に隣りに新居を構えた。あの時まっさらだった天井も、今では毎日のかまどの炎で煤くれて真っ黒になっていた。妻はいつも一生懸命で、とても自分にはもったいない伴侶だと、今もつくづく感じている。
 だが俺は、いい大人になったというのに今でも時折、二人の隠れ家だった場所に向かってしまう。その度、イラは琥珀色の目を物言いたげに細め、このようなことを聞いてくる。
「また行くの。隠れ家に」
 俺は振り向きもせず、このように呟きかける。
「ああ。誰が忘れてもずっと待っててやるんだ、俺だけは」
 やつの家族はもうこの村にはいない。だからこそ、そう強く思っていた。半ば意地だった。
 あれから俺も妻も、随分と年を取ってしまった。
「もう帰ってこないんでしょう。どうしてなの」
 妻は納得いかない様子で寂しげに問いかけてくる。それを振り切って俺はそのまま、隠れ家だった場所へと、今日も足繁く向かっていく。
 結局何年経っても子どもは生まれなかったが幸せだった。毎日つづがなく平穏に過ごしている。きっとこれからもそうだろう。
 それでも俺は二度と帰ってこない親友を、この村のこの家で一生待ち続ける。妻がそれを望まないとしても。



ひどい男

ひどい男

意外な結末がテーマです。友情と恋愛が複雑に絡み合った過去を、とある男が回想しています。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-09

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