君影草と魔法の365日-第11話

君影草と魔法の365日-第11話

特別授業

星読みの塔にある一室。

50人程が座れる中規模の講堂に、1つ星の生徒達が100人以上集まっていました。

これから校長先生が直々に特別授業を行うのです。

箱庭魔法学校は自分に必要な授業を選んで受ける事が出来ました。

なのでこの授業も自由参加なのですが、尊敬を集める校長先生自ら教鞭をふるうとあって、ほとんどの1つ星が集まっていました。

その中には当然すずとランカの姿もあります。

「ねぇねぇ、ホムンクルスといったら普段は調べる事も許されない禁書指定の凄い魔法だよ」

「まさかこんなに早く特別授業を受けられるなんてね」

実はこの授業、例年は秋頃に成績の優秀な生徒を集めて行っていました。

基本をしっかりおさえている事だけではなく、センスや魔力も問われるエリートの為の講義なのです。

何故こんなに早く1つ星全員を対象に行うのか不思議ですが、生徒にとっては高度な魔法に触れる千載一遇のチャンス。

二人も授業に大きな期待を寄せていました。

「皆さん集まりましたね」

今までザワザワと騒がしかった講堂が一瞬で静まり返り、生徒全員が校長先生の一挙一動、言葉の一文字まで聞き逃すまいと集中します。

「これからホムンクルスの特別授業を行います」

“ホムンクルス”とは魔法でかりそめの命を与えられた魔法生物の事。

科学の力で造り出す“クローン”との大きな違いは、神に背く行為にあたらないとされている事です。

ここらへんはお偉いさんの理屈な気もするのですが、クローンは魂が宿る様に仕向けるのに対して、ホムンクルスは魂の代わりになる核を一から創造します。

結局は戦争の道具とされ多くのホムンクルス達が使い捨てられていきました。

その後、倫理観の成熟から彼等にも人権に近い権利が与えられ、今に至るのです。

「皆さんに挑戦して頂きたいのは“きのこ型”のホムンクルス。これからお教えする手順と注意をよく守り、創造を成功させて下さい」

授業は休憩を挟み2時間程行われ、身体となるキノコが入れられたフラスコを渡されました。

「ホムンクルスは環境の変化に弱く、特にかりそめの命を宿す前は枯れやすいですぞ。心して育てて下さい」

元はキノコでも、いずれ自我が生まれる1つの命。

「絶対、絶対成功させるからね」

1つ星の生徒達はフラスコを大事そうに抱えると、それぞれの家に帰って行きました。

フラスコの中のキノコ

いつも一緒のランカと別れて、すずは一人で温室の白いベンチに座っています。

「この小さなキノコが意思をもって動く。想像もつかないの」

フラスコに入ったキノコは2㎝くらい。

毒キノコを彷彿とさせる黄色に赤い斑点の配色以外は、どこにでも生えている様な普通のキノコに見えます。

ぼーっと眺めながら、すずは悩んでいました。

(この課題…やりたくないな)

新しい魔法はいつもワクワク。

でも今回は…。

命を創造するのって変な罪悪感がありました。

国や大人達の倫理、周りの友達が正しいと考える事。

それから外れなければ、それでいいのかな?

ホムンクルスって何の為に存在するの?

命は等しく愛される為に生まれてくる。

そんな考えが綺麗事なのは分かっています。

ただ、自然の摂理に反して命を創造する事に、言い知れない恐怖すら感じるのです。

(折角の特別授業だったけど、失敗した事にしちゃおうかな)

そう心に決めようとした時でした。

…うまれたい…

そう聞こえた気がします。

か細く消えてしまいそうな声。

いや、声ではないかもしれません。

しかし、ソレは確かに聞こえたと確信します。

その瞬間、温室の土を素手で掘ると、その土一欠けと緑色の培養液でフラスコを満たします。

(応えなきゃいけない)

ホムンクルスを育てると決断した瞬間でした。

丸いガーデンテーブルの上を乱暴に片付け、羊皮紙を広げて魔方陣を描き上げます。

そっとフラスコを真ん中に置くと、静かに両手をかざし魔法式を唱えます。

【汝に与えるは、我が肉とパン】

軽く薄紫の煙が立ち、沸騰した様にフラスコの底から気泡が発生。

温度は42℃程に上昇。

少し冷ました後にコルクで詮をすると、タオルと毛布で包みます。

(さっきの声は…何?)

落ち着くところまで手際よく作業を進めて、すずはどうしても納得出来ません。

校長先生の話では“最後の魔法式”で完成させるまで、ホムンクルスは自我を持たないと聞いていたんです。

気のせい?

でも、あの声は確かにキノコから伝わってきました。

色々な思いが過りますが、余計な事を考える余裕はありません。

本来はまだ教わらない高等魔法。

気の迷い1つが失敗に繋がります。

すずは包まれたフラスコを抱えると、その手の力を強くしました。

「枯らさない。絶対に私が守ってみせるの」

魔法キノコの温もり

温かい。

それは毛布を抱え込んでいる事とは別の温かさ。

だっこした子供から全幅の信頼を得て、全てを預けられている様な。

そんな感覚を覚えました。

(知ってる。もう大丈夫なの)

少しした後、ゆっくり毛布とタオルを剥がします。

中のキノコはこぶし大に成長して窮屈そう。

すずは素早く魔法式を念じてフラスコに触れます。

するとフラスコは音も無く砂となり、中からキノコがプルンと躍り出ました。

艶やかですがヌメリは無く、子供の肌の様に柔らかく張りがあります。

傷付けない様に両手で、優しく魔方陣の中心に置きました。

「そうだ。貴方の名前はクリス。クリスと呼ぶの」

目は閉じず、微笑みかける様な眼差しで魔法式を唱えます。

【汝に与えるは、我が血とワイン】

今度は薄桃色の煙が立ち、クリスは更に一回り大きくなりました。

今度は赤ちゃんを扱う様に、細心の注意を払って土の上に置きます。

最初に温室の土一欠けを入れたのは、ココの環境に順応させる為。

培養液と温室の土で大きくなったクリスは、ココの土で育つ身体になっているハズ。

成功していれば、見えない菌糸を張り巡らせて、ゆっくり、ゆっくりと成長を始めます。

ここから先はクリスの頑張り。

最後の魔法式を唱える儀式まで、出来る事は殆どありません。

でも、なんとなくそばにいたい気分。

離れる事が出来ないんです。

いつの間にか昔の事を、孤児院の畑を思い出していました。

シスターのお手伝いとは別に、子供達だけで育てたミニトマト。

“トマちゃん”とか名前までつけて可愛がりました。

皆で収穫して、笑顔で食べたミニトマト。

何でもない記憶の断片が鮮明に蘇ります。

何故この思い出なのか。

ホムンクルスが栽培みたいだから?

クリスと子供達を重ね合わせた?

ただ、理屈ではなく純粋にこの子が愛しいのだと理解しました。

「カリン…」

もうキチンと整理したはずの想い。

今日は温かい気持ちで溢れています。

最初はホムンクルスの法を否定して、しかし衝動的にクリスを産み出そうとしている自分。

いい加減。

でも言葉で説明出来る事なんて、数えるくらいしか無いんです。

「声が聞こえた気がしたから…」

真実とは思われない。

レポートに書く経過観察。

ソレに添えて感じたままの気持ちを綴りました。

順調故の危機

次の朝。

すずはガーデンチェアーに座り、テーブルにうつぶせた状態で目が覚めました。

ガチガチに首が痛いです。

あ、レポートにヨダレの地図(笑)

これは書き直しですね。

肩から毛布がかけられているのは、きっとテツさんが様子を見に来てくれたのでしょう。

「身体が重い…」

強い疲労感はベッドで寝なかったせいだけではありません。

慣れない高等魔法を全力でかけるのは、精神力の消耗が半端ないのです。

気付かないうちに底の底まで使い切ったのでしょう。

暫くはホウキで空を飛ぶのも難しそうですが、最後の儀式までは時間があります。

それまでに魔力を温存すれば何とか。

そう思いながらクリスを見て、すずは言葉にならない悲鳴をあげました。

シワシワにしぼんで枯れた…訳ではありません。

軸が立派に太く成長していて、傘は帽子の様に乗っている姿。

ビーチボール程に大きくなった今こそ理想の状態。

良い事に思えますが…。

「早過ぎるの」

本来なら7日間かける生育を一晩で。

どう見たって異常です。

しかも残された時間はあまり無い様子。

何故なら魔法キノコは大きければ良いという訳にいかないんです。

タイミングを外せば、儀式をしても灰になる運命。

ピークを迎えている今、直ぐにでも行わなければなりません。

しかし、すずの精神力は殆ど回復していません。

こんな状態で儀式をしたら、成功するものも失敗してしまいます。

気力?

信じる心?

そんなものが精神力の代わりになったりしません。

命を燃やす?

確かに魔力の糧になりますが、ソレは死を意味しています。

(冷静になって、すず)

評価を棄ててテツさんに助けを…。

(駄目。私の魔力で育ったクリスに、他人の魔力を注いだら、間違いなく拒否反応を起こしちゃう)

ランカに相談…。

(駄目。そんな時間ないよ。落ち着いて!)

リリーは…。

(昨日から見かけてない)

自分には精神力が残されていない。

誰かの助けも借りられない。

でも、他にも手はあります。

今、現実性のある方法は…?

(温室の皆…温室の植物達の力を借りるの)

それは植物の神秘を魔力に変換する方法。

これなら授業で習いましたし、クリスとの相性も良いハズです。

(大丈夫。私なら出来るの)

すずは心を出来る限り落ち着かせると、成功のイメージを想い描きます。

ホムンクルスの法

白い革紐に四角いエメラルドのペンダント。

それは“緑の煌めき”と呼ばれる植物の神秘の力を効率良く集める為に用いる魔法道具。

以前に授業で自作した魔力変換の要です。

ある魔導師が世界樹から授かった神具の模造品と言われていました。

いわゆるレプリカ。

首から提げてヘッドが胸にくる様に長さを調節して使用します。

手を広げて緑の煌めきを感じるイメージ。

身体中で感じ取って取り入れます。

因みに手を広げるポーズは魔導的に何の意味も無いのですが、精神を集中するには結構有効なんですよね。

人間の心理って便利です。

不便な事も多いですが…。

(大丈夫。向こう見ずの勇気じゃないの)

魔力変換しながらの高位魔法行使は初めて。

失敗すればクリスは灰に。

でも、今のすずには確信がありました。

(授業のままじゃ駄目。クリスに合わせなきゃ)

これは最後の魔法式。

【ここは命の宮】

深遠なる生命の故郷。

【我は生命を司りし祭壇の主】

温かい闇の揺りかごを守る者。

【右手にパン】

私の肉。

【左手にワイン】

私の血。

【心に暖炉】

私の想い。

【時は満ちた】

それは始まり。

【創造するは悠久の魂】

造り上げた仮初めの命。

【我を分かち汝に与えん】

私の分身となって生まれ出る事を命ずる。

現れたのは白い無垢な輝きでした。

それは一瞬でクリスの中に入り込んで見えなくなります。

そして魔法反応で生じる紫の煙。

刹那。

「トゥルルアー!」

幼い子供の様な高い声。

産声を上げた瞬間です。

煙が晴れて現れたのは、すずの膝元くらいしか無い背丈の子供。

複雑な魔法式で成形された姿は、正に人間の子供の様でした。

頭が大きく2頭身で傘の裏からか髪が生えていて…。

キノコからイメージしようとすると難しいですね。

端的に言うと2頭身の子供が大きなベレー帽を被った様な姿をしています。

「か、可愛い~♪」

思わずだっこしたくなって、抱き上げたすずはそのまま芝生にしりもち。

それ以上は力が入らず仰向けに寝転がってしまいました。

(あ…もうホントに精神力を使い果たしたの)

クリスを抱いたまま、まぶたはどんどん重くなります。

「トゥルルラ。トゥルルア」

クリスが覗き込む様に顔を見つめる中、睡魔に抵抗しきれず深い眠りに落ちてしまいました。

校長のサプライズ

すずがホムンクルスを成功させてから10日後。

ここは学校の体育館。

特別授業に参加した100余名の生徒が再び集まっていました。

今回は人数を考慮したんですね。

規則正しく設置されたパイプ椅子に全員座っています。

壇上には校長先生と教頭先生。

何故かたくさんの先生方も、生徒の横に整列しています。

まるで小学校の朝礼みたい。

「驚きを隠せませんぞ」

校長先生の講評は、そんな言葉から始まりました。

ホムンクルスの法。

それは1つ星の生徒にとって必ず失敗する難題だと言います。

この課題の真の目的は、成功させる事ではありません。

高等魔法に挑戦し、失敗から如何に多くを学ぶか?

レポートの評価もソレを基準に行うものでした。

しかし、今年は成功させた者が2名もいるのです。

「鈴音君、ランカ君、前へ」

周りの生徒と共にすずも驚きました。

拍手が巻き起こり、ランカもすずに向かって祝福しています。

何がかって?

箱庭魔法学校に7段階の階級が存在する事は、以前にお話しましたよね。

それと同じ様に、同じ階級でもハッキリとした順位があるのです。

それは成績。

ランカは首席入学を果たした後も一番で在り続けました。

でも、今回の課題で初めてランカより優秀な成績を修めた者が現れたのです。

そう。

この様な時、名前は成績順に呼ばれるのです。

今日、壇上に上がる事は事前に聞いていたすず。

そこまでは教えてもらえてました。

あまりに突然な出来事に、顔が紅潮して涙を浮かべます。

「すず、おめでとう!」

ランカはただただ笑顔で、すずに従い後ろを付いて行きます。

すずにとって、そこは夢の舞台でした。

「二人とも良く頑張りましたね。特に鈴音君。ホムンクルスへの真摯な姿勢と柔軟な機転。普段の努力から培われた実力を遺憾なく発揮出来ましたね」

校長先生が視線で合図をすると、教頭先生は輝くチャームを渡します。

「本当は正装のとんがり帽子に付ける慣わしですが…少し襟元を失礼しますよ」

校長先生から直々に付けて頂くチャーム。

2つ星の証。

2つ目の星のチャームでした。

感極まってすずは大粒の涙。

ランカも涙を堪えながら、胸を張って受け取ります。

「お二人とも私のサプライズは気に入って頂けましたかな? この様な生徒を持てて、校長として誇らしいですぞ」

歓声と祝福の声、拍手がいつまでも鳴り止みません。

「テゥッテゥルー!!」

「スズ、ナイテル。スズ、ナイテル」

袖口から現れたホムンクルス。

2匹は不思議そうに2人を眺めていました。

祝福の裏

星読みの塔の最上階。

落ち着いた雰囲気の室内は少し散らかっていて、恐らく魔法道具であろう様々な雑貨が無造作に置かれていました。

恐らく校長先生の趣味。

少年の心を忘れない。

と、言ったところでしょうか?

天井には動く太陽系の立体模型がキラキラと輝いています。

威厳の塊の様な初老の彼は、生徒を畏縮させない様に、最大限の優しい笑顔を見せていました。

「言葉を選ばずとも良いのですよ。鈴音君の思った事を話して下さい」

促されても、なお躊躇するすず。

こんなことを訊くのは失礼だと、もちろん分かっていました。

ただ、彼女は確認せずにいられなかったのです。

「ホムンクルスの魂の器となった魔法キノコは、本当に自我をもっていなかったんですか?」

それはド直球の質問でした。

すずの聞いた声。

あれは間違いなく魔法キノコから聞こえたと確信しているのです。

特別授業に参加した生徒は100余名。

その殆どが失敗したと言うことは…。

自我のある生き物を実験に使うなんて許される訳ない。

尊敬する校長先生だからこそ、その疑念は色濃く影を落とします。

校長先生はすずのレポートをパラパラとめくると、あるページを見ながら答えました。

「鈴音君は命ある存在を大切に思う気持ちが強いのですね。それは大切な事だと思いますぞ」

校長先生はすずを否定しません。

その上で、長たる自分が生徒に嘘をつく必要も無いと伝えます。

「魔法キノコは私が課題用に造り上げた特別な物ですが、魂を込めた覚えはありません」

少しの沈黙をおいて、すずは非礼を謝ると納得した様子を見せ、部屋を後にしました。

入れ替わりに教頭先生が入ります。

「良かったのですか?」

直ぐにこんな質問が投げ掛けられるのは、すずが立ち去った事を気配で読み取り確認しているから。

「少し予定に狂いが生じましたね。しかし布石は成功した様です」

「まさか、ホムンクルスを成功させる生徒が二人も現れるとは」

「二人とも良い生徒です。昔を思い出しますね」

「悠長な…。」

校長先生は表情を変えず、柔らかい口調で答えます。

しかし、ダグラス教頭には切迫感があり、何かに焦りを感じている様子。

「奴めが動き出したのかも知れません」

その言葉に校長先生は咳払いをします。

「迂闊に動いても事態は好転しません。今は星読みを信じて布石を続ける事としましょう」

ダグラス教頭は冷静さを取り戻すと、深く頭を下げました。

君影草と魔法の365日-第11話

君影草と魔法の365日-第11話

第11話 魔法キノコの温もり。 動物や植物に酷似した亜人達の住む世界。 科学と魔法が共に栄える文明で紡がれる物語。 稚拙だけど等身大の全力。 君影草と魔法の365日。 愛娘と楽しい時間を過ごしたゲーム『とんがりボウシと魔法の365にち』より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-07

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 特別授業
  2. フラスコの中のキノコ
  3. 魔法キノコの温もり
  4. 順調故の危機
  5. ホムンクルスの法
  6. 校長のサプライズ
  7. 祝福の裏