デウス・エクス・マキナ

デウス・エクス・マキナ

著 優陽 蘭々(yuuhi lara)

 俺の名前は、吉田翔平。大学では心理学を専攻している。
 7年前、この村で相次ぐ失踪と殺人が起こった。俺はその渦中にいて全てを失った。
 俺は知りたい。7年前のあの日、この村で何があったのか。
 神なんて認めない。この世は人の世、全て人の犯行で証明出来るはずなんだ。
 もしも神が居たとして、俺がそいつを暴けたなら、引導をくれてやる。

 しかし、翔平には別の願いがあった。
 それは前意識の中で膨らみ、やがて二つの心を生んだ。
 意識と無意識、自覚と無自覚の狭間で翔平はどちらを選ぶのか。
 そのペルソナは、オニガミの神隠しへと繋がっていく……。

「はぁ……リアルじゃねぇ……」
 こんな事件ありえるわけが無い。毎晩一人ずつ忽然と姿を消し、翌朝死体となって発見される。……いや、これだけならよくある殺人事件と読み解ける。ありえないのはマスコミの報道だ。
“まるで神が突然舞い降りて人をさらった”
“まるで神隠しのように”
 何が神だ。そんなものが存在するわけがない。この世界は人の世だ。この世の犯罪、事件、思惑は全て人間の犯行で説明出来る。
 神だの幽霊だの妖怪だの、そんなものは全てお伽噺さ。
 古来から人は空想することを好む。数多の物語は、ある意味、作者の頭の中の世界と言える。
 それは形の無い空想世界。背筋の凍りそうな怖い話。心が温まる愛のお話。勇敢な猛者たちの武勇伝。そういったものは全て作者の想像世界なわけさ。
 その類の報道、俺は好まない。どんな事件だって、どんな犯行だって、人間が起こしているに違いないんだ。それを、ありもしない空想で、あたかも存在するかのように吹聴し畏怖の象徴として祭り上げる。それがこの世界の虚構だ。
 あぁ、俺はすべからくリアリストだ。全て人が起こしている、その一点を信じて疑わない。
 そんな俺が、望み、調べ、至ろうと思った先が……犯罪心理学者。
 いや、心理学者とは広義過ぎるか。もっともっと端的に、俺は犯罪心理学のみに没頭し、勉強した。
 何故か? 俺は知りたい。7年前、あの村で何があったのかを。
 あの村で7日間の間に毎晩殺人事件が起こった。そして7日目の朝を最後に、パタリと終焉を迎えたのだ。
 しかし、未だ犯人は捕まっていない。狂信者の犯行か、快楽殺人か。本当に神の仕業なのか……。
 神なんて認めない。もしも居たとして、そいつが全ての元凶だったなら、俺が引導をくれてやる。
 俺は一度、調べ上げた研究ファイルをパタンと閉じる。
「……7年振り、か」
 全ての始まったあの村へ向かうため、俺は今電車の中で揺られていた。


 俺の名前は吉田翔平。今年で23歳だ。
 大学では前述したとおり、犯罪心理学を専攻している。
 季節は2月。車窓から眺める景色は、季節に違わず少し雪が降っていた。都会からここまで、新幹線で一本だなんて便利な世の中になったものだ。世間の流行に疎い俺は、そんなことにすら関心を示さずに今日まで生きている。
 どんなに早い速度で走っていても、景色は緩やかに変化している。それは四季のように美しい土地の風光明媚であり、世間の流行のように理路整然とした顔立ちも見せる。都会の中にいては、このようなことにも気づけずに生活しているのだろう。
 長いこと忘れていた旅行という感慨が、幼い頃の記憶と共に蘇ってくる。
 これから向かう村は、街外れの山間部にある。静かな寒村ではあるけれど、展望台からの景色が有名で、観光名所のひとつでもある。冬景色や夏景色、春景色や秋景色というものは、展望台というステージを介して四季のオーケストラを奏でる。
 それはそれは美しいコントラストを飾り、観光客を魅了してやまない。
 ……あんな事件さえなければ、もっと開けていただろうに。
 悪評、風の如く。村のマイナスイメージは報道よりはるか早く、噂という風に弄ばれていた。観光名所として名高いこの地だが、支援が無ければ発展は難しい。地域団体だけでは、この環境を守るだけで精一杯なのだ。
 村の名前は、湯ノ足村(ゆのあしむら)。そう、足湯発祥の地とも言われている。
 足湯目当てに、近隣の街から来る人も結構いるらしい。
 あともう一つ、この村の風物詩があるが、それは後述することにする。

”~まもなく、織水駅に到着します~”

 おっと、下車駅だ。
 俺は置き忘れが無いことを確認してから、扉の前に行く。
 ホームへ降りた時、誰かが声を荒げているのが聞こえ、そちらへ振り返る。
「げ……」
 この季節だというのに、半袖短パンの男性が居た。オマケにアフロにサングラスときた。どこの旅行帰りだっての。
 日系人……には見えないな。30過ぎだと思われる男性は、駅係員に何かを訴えているようだ。
 足湯観光の客だろうか?
「Welcher ist die Prufung der Karten?」
 わ、分からない。何語だ? というか、まず服を着てくれ。
「リアルじゃねぇな……」
「Gibt es wirklich”オニガミ?”」
「え……?」
 今、オニガミって言わなかったか? ……気のせいだろうか。
 しかし、ホームの混雑の中立ち止まることは往来の迷惑だった。後ろから流されるように、波に飲まれてしまう。
 彼を尻目に、俺はホームを後にした。

 駅を出てバス停を探す。
 大体、出口付近にタクシー乗り場とバス停は付きものだ。タクシーは落ち着かないので却下。となると、足はバスしかない。
 徒歩という手もあったが、織水駅から湯ノ足村まではしばらく掛かる。それに、土地勘の無い俺にとっては道に迷う可能性大だった。
 湯ノ足村行きのバスを待つ間、俺は再び研究ファイルを開く。
“神の仕業か、連続失踪殺人事件”
 コラムの記事が目に入る。記事の見出しは殆どこんなような感じだ。
 神の仕業に違いない。人には出来ない犯行だ。そういう決まり文句で塗り固められた報道は、事件の全容を神という存在で肯定しようとしている。
 神、か……。
 神とは何なのか。人間で説明できないものの象徴として神という単語を用いている。神とは一体何者なのか。それは人間と似て非なる存在なのか。
 そもそも神という言葉が用いられた理由の一つは、村の信仰心ゆえである。
 湯ノ足村は古くから、鬼神(おにがみ)を崇め負の象徴としている。何か災いが起これば、オニガミ様がお怒りだと。何か良くないことが起これば、オニガミ様の機嫌を損ねたと。そういうことになってしまうのだ。
 では、オニガミとは何者なのか。鬼なのか、神なのか、それともまったく別のオニガミという未知の生き物なのか。
 ……馬鹿馬鹿しい、未知の生物なんているものか。自分の妄想に呆れる。
 しかし、事件のトリックがどうにも解明出来ない。

 事件の発端はこうだ。
 これは、近くに居た人間からの証言によって構築された説明だ。
 つまり、事実である。
 日が沈み、夜の足湯を楽しんだ後、帰り道での出来事。
 今の今まで隣で話していた相手が、忽然と、何の声も何の音もなく消えてしまった。もちろんのことながら、相方は探す。しかし、どこを探しても見当たらない。交番へ行き捜索を乞うも、夜が明けるまで発見することは出来なかった。
 そして翌朝、朝日が昇る頃、忽然と消えたあの場所に、まるではじめからそこにあったかのように、血まみれの死体が横たわっていた……。
 これは7日間別々の人間に一致する証言だ。
 同時に、死体は全て足首から下が切断されていて、両足首から下が無くなっていたという。
 そう、まるで神隠しにし、両足を切断し、同じ場所に置いたかのように。
 ……神の気まぐれとでもいうかのように。
 神隠しだって? 神が足を切断して元に戻したって? ありえないな。気まぐれで人をさらって殺すなんて正気の沙汰じゃない。
「リアルじゃねぇ……」
 だが、現に犯行は行われている。ありえないと否定しても、7日間の証言が全て酷似してしまっている。
 ありえないと否定することは、思考停止を意味する。犯罪心理学において、タブーだ。
 犯人の心情の理解は困難を極める。ゆえに、私情を挟んではいけない。
 分かってはいても、理解なんて出来ようはずもない。どうして人をさらったり、殺したり出来るんだ。同じ人間なのに、おかしくなっちまったら、そんなことまでするのかよ……。それにどんな意味が、あるんだよ……。
 俺は、頭を抱えるしかなかった。

「オッス! 迎えに来てやったぞっ」
 突然声を掛けられて、声の方へ顔を向ける。
「メス」
「へ?」
「女を見てオスというやつはいないだろう」
「ち、ちっがーう! 挨拶だってばっ! それとも何さ? このあたしが迎えに来たぁげたのに不服なの?」
 やけに元気な女の子がいたもんだ。短い髪がふわふわと踊る。
 確かこの子は……。
「……ええと、どちら様?」
「お、覚えてないの!? ひどい! ひどすぎる! 7年振りなのにー!」
 いちいちオーバーリアクションなこの子は、苦悶の表情からパッと何かを閃いたかのように、動きを止める。
「あ、そっか」
「どうした?」
「そうよねぇ。7年だもんねぇ……。昔のあたしがそのままって訳ないもんね! どう? 美し過ぎて顔も思い出せない?」
 そのポーズはなんだ。彼女なりの自慢のポーズなのだろうか。片目を瞑り、流し目で俺を見ている。
 俺は彼女をつま先から頭の天辺までを、吟味した。
 華奢な体つき。すらっと伸びた背。色白だがスポーツ少女を思わせる。快活さから弾ける笑顔。端整な綺麗さというよりは、まだあどけなさの残るかわいい表情。ショートボブの短い髪は毛先が軽くカールしていて、動くと余計にふわふわしている。
 それにこの香りはオレンジ……じゃないな。これはオレンジカトレア。香水だ。柑橘系のさっぱりした匂いで、快活な子のイメージとぴったりでさわやかな感じになる。この匂いは薄めで、近づかないと分からないが、さり気なく香るので万人にお勧め出来る。
 ……とまぁ、なぜ俺が匂いに敏感になったのかというとあいつの影響なのだが、これは後述することにする。
 そして……。
「少し、胸が大きくなったな」
「どこ見てるのよ!」
「胸」
「はっきり言うなっ! って、少しって何よ少しって!」
「……」
「な、何よ……」
「ごめん、変わってなかったか」
「~~っ!!」
 ポコン。結構痛かった。
「はぁ……相変わらずなんだから。だからあたしは――」
「クスハ」
「え?」
「榎本 玖珠羽。覚えてるよ」
「翔平……」
 少し驚いたかのように、大きな目をパチクリさせる玖珠羽。
「お前みたいな珍しい名前、そうそう居ないからな」
「覚えてて、くれたんだ……」
「ホント、久しぶりだな。メス!」
「メスって言うなっ!」
 ポコン。今度は軽く叩かれた。
 本当に表情がコロコロと変わる、忙しいやつだ。
「それより、どうして俺が着てるって分かったんだ? 誰にも連絡はしてなかったはずなんだけど……」
「う~ん、女のカンってやつ?」
「リアルじゃねぇな」
 7年越しだ。それはそれで、すごいカンではある。
「……憶えて、ない?」
「え? 憶えてって……?」
「……」
 やけに真剣に問いかけてくる。じっと俺の目を見て離さない。
 俺は玖珠羽と、何か約束でもしたのだろうか? あるとしたら7年前、あの事件の前か……。いや、それとも後? 
 約束――。
 ……? ……思い出せない。
 すると、玖珠羽はパッと表情を変えた。
「な~んちゃって! ドッキリ大成功!」
「……へ?」
 目が点になる俺。玖珠羽はしてやったりといった感じでウィンクを返す。
「この玖珠羽さん、やられたらやり返すのだ! あっはっはー!」
「はぁ、やれやれ……」
 自然と笑みがこぼれてしまう。久しく忘れていた。
 そうだ、俺は7年前もこうして玖珠羽と笑い合っていたんだ。
 榎本玖珠羽。俺と同い年の女の子。7年前、この村で縁があった数少ない友人の一人だった。あの頃の快活さそのままに、純粋無垢に育ってくれたみたいだ。お父さんは嬉しいぞー。
 ……まぁ、初見では、分からないか。俺たちにとってこの7年間は青春真っ盛りだ。女の子なら尚のこと、胸をときめかせたことだってあるだろう。思春期の色々な経験は、人生を謳歌しているという意味で必要なものだ。
 でも、それはプライバシーだ。俺が首を突っ込むことじゃない。ただ今、7年経った後でもこうして、俺に話しかけてくれている。それは、俺にとって玖珠羽はあの頃のままで、変わらない良き友人であったということだ。
 今までの沈鬱な思考はいつしか、玖珠羽の小気味良い笑い声に吹き飛ばされていた。


「変わらないのな。ここも」
「変わらないよ。いつまでも」
 バスに乗り、湯ノ足村を目指す。
 街を眺め、変わらない街並みに嬉しさを覚えつつも、同時に発展し切れなかった街に少しの哀愁を感じた。
 隣には玖珠羽がいる。
「良いのか悪いのか、栄える場所もあれば廃れる場所もある。そんな世の中で変わらない街ってのは希少なのかもな」
「変化とは常に人の心の中に。自分の周りがいくら変わろうと、心の在り方次第で世界は表情を変える。そう思わない?」
「ああ、言いたいことは分かるよ。たとえ一輪の花でも、解釈の違いで幸せになる人もいれば、踏みにじる人もいるってことだろ?」
「そうね。花が咲いていようといなかろうと、あたしには花畑が見える。太陽が雲で陰ろうと、あたしの中で太陽を仰ぐことは出来る」
「空が青く見えるか、海が青く見えるかってやつな」
「ふふ、翔平の言いたいこと、分かるよ。この街並みは変わらない。でも、精彩がなく灰色に見える。でしょ?」
「ああ、上出来だ」
「あはは。あたしね、大学では心理学を専攻してるの。主に臨床心理学かな」
 意外……でもないか。玖珠羽は頭が良い。
 勉強が出来るという意味ではなく、なんていうのか、人の感情の機微を読むのが上手い。7年前初めてあったときの第一印象だった。
 そんな彼女が興味を持つ分野。合点がいく。
「そいえば翔平は、大学行ってるの?」
「ん? あぁ、まぁな」
「専攻は?」
 少し考えてから答える。
「……俺も、心理学だよ」
「へぇ……意外。なら、あたしたち、もっと知的な会話をしましょ?」
 眼鏡を掛けていないのに、眉間に中指を当て、くいっと眼鏡を直すような仕草をする。
「玖珠羽の胸は一体何センチ――」
「こらっ!」
 早かった。想像以上に鋭く決まる。玖珠羽の人差し指が俺の口元に。
 しかし、車内で大声を出すものだから、ひそひそと、ざわざわと広がる。
「馬鹿なことばっかり言わないでよ、もう……」
 少し小声でむくれる玖珠羽。
 いや、別に固執してる訳じゃない。いやらしい目で玖珠羽を見てるわけじゃない。男の性だ。
「……」
 ポコン。無言で叩かれる。
 どうやら胸の内までバレバレらしい。いや、俺が表情に出し過ぎなのか。ポーカーフェイスを身につけなければ。
「読心術って知ってる?」
「……申し訳ありませんでした、玖珠羽さん」
「よろしい」
 澄まし顔で頷く玖珠羽。だが、玖珠羽が小声で呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「……私だって、もう少し大きくなれればって……」
「そんなに気にすることないんじゃないか? BかCくらいが丁度いいんだよ」
「バッ……だから、胸から離れなさ……あ」
 俺は、叩こうとする玖珠羽の手首を掴む。
「分かってる、気に障ったなら謝る。でも後学のために聞いておけ」
「……な、なに?」
「玖珠羽が気にしてるほど、男がみんなそう思ってるわけじゃない。誰かに何を言われたって気にするな。もしも気になるなら、それは恋人に聞くんだ。……それで、彼氏がどう思うかだろ? ちなみに俺は、玖珠羽くらいが丁度いい……とか言ってみる」
 俺が言いたいのは、心無い男の発言が玖珠羽のような女の子に誤解を与えているってことだ。そして時にそれは、傷つけることになる。
 確かに、大きいほうが好きなやつだっている。それは、それぞれの好き好きだ。俺がとやかく言うことじゃない。でもそれがいつしか、誰かが公言したことで、”男はみんなそうなんだ”という認識が蔓延していっちまう。
 俺は高校時代、灰色の風景のような教室でそれを聞いていた。
 思春期の男女にありがちな話題が飛び交う。俺は冷めた目でそれを聞き流していた。あの男が言っていたから、他の男もそうなんだろう。……そうじゃない。それは個々人の好みの問題だ。
 なら、全員がどうかなんて問題じゃない。自分が大切に思う人がどう思うか、それだけでいいんじゃないかと、俺は思う。
「……う、うん。そうだよね。ごめん」
「あ、いや。俺こそごめん」
 俺は掴んでいた手を離す。読心術を披露した玖珠羽だ。俺が口に出さなかったことも分かってくれた気がする。
「あ、あたしね本当は、大きいと肩凝るって聞いてたから、このままでもいいかなって思ってたんだ」
「……そうなのか。でも、玖珠羽はちょっと痩せ気味じゃないか? もっと肉付けろ肉」
「嫌だよー。ちゃんとジム行って運動してるんだから! 翔ちゃん好みのぽっちゃりさんにはなりませんー」
「いや俺はだな、バランスとか形をだな……」
「あはは、なにそれー。手つきが怪しいー」
 つい強く言ってしまったが、俺はちゃんとフォロー出来ただろうか……?
 屈託無く笑っている玖珠羽を見ていると、杞憂のような気もする。
 別に変な意味じゃなく、運動しているので玖珠羽のプロポーションは良いと思う。
 ……なんて、馬鹿なことを考えていると玖珠羽が窓の外を指差した。
「ほら、翔平。見て見てっ」
 外に目をやると、提灯やら屋台やら賑わいを見せる風景に変わっていた。
「あ、もしかして今年もやるのか?」
「そそ。湯雪祭り。冬のお祭りなんて、この辺のでしかやらないからね。あっ、今年も出てる! チョコメロン!」
「げ……あのデンジャラスな組み合わせか。ありえない味だぞ……」
「そんなことないよ! あれこそ至高のデザートだぞっ。 はぁ……チョ・コ・メロ~ン♪」
 恍惚の表情だ。
「あの味は、リアルじゃねぇ……」
 美味いのかどうかはさておき、この街の風物詩である湯雪(ゆゆき)祭り。
 街の出口から湯ノ足村までを繋ぐ通りが賑わいを見せる、この地方ならではの冬のお祭りである。祭りの準備中で人が賑わいを見せていた。提灯を飾る人、屋台の組み立てをする人、看板を立てたり整地をする人、様々だ。
 お祭りは参加こそすれ、裏方の準備まで気に留めたことは無かった。だから、たくさんの人がお祭りを盛り上げようと、頑張っているのが分かる。
 よく知られているのが歩きながら屋台を楽しみ、帰る前に湯ノ足村で足湯を楽しむ。そんなコースが定番だそうだ。
 そして、隠れたスポットが展望台である。屋台などは通りにしかないので、あまり展望台までは上がる人いないが、湯雪祭りの最中、展望台から見下ろすと、それはそれは見事なイルミネーションを飾るそうだ。
 まるでそれは、空を架ける天の川が地上に降りてきたかの様。
 通りから外れた道の先には、小さな広間があって、そこがライトアップされることにより彦星と織姫のようだと言われていた。恋人同士の噂では、彦星の広間には男性の、織姫の広間には女性の想いを綴った手紙が、短冊のように飾られていて、その日展望台からメインストリートを二人で眺めることで、想いが成就すると云われている。
「今夜なのか?」
「今は準備の最中。本番は明日の夜よ」
 明日、か……。まだ時間はあるな。
「一緒にいこーね! 翔平!」
 満面の笑顔で誘う玖珠羽に、俺は頬を緩め頷くのだった。

 街の出口、そして村の入り口へと続く道の前で下車する。
「そろそろ選手交代なんだけど……」
「ん? まだ誰かくるのか?」
 玖珠羽がきょろきょろと目線を泳がせる。
 なかなかどうして、田舎というのは噂が広まりやすい。玖珠羽が呼んだらしいのは想像がつくが、一体誰がくるのやら……。
「お待たせ、お待たせ!」
「ぬおっ!?」
 いきなり後ろから太い腕が後ろ首を襲う。ラリアットをされた気分だ。
 危うくホールドが決まるところだった。咄嗟に踏ん張らなければ、洒落にならない勢いだった。
 厳密に言えば、肩を組もうとして勢い余った感じなのだろうけど。
「いてて……。今度は誰だ?」
「おぉい、忘れちまったのか? 久しぶりじゃんよ~」
 この馴れ馴れしいスキンシップをするやつは、一人しか思いつかない。体格がよく、大柄な男だ。身長180cmを超えるが人柄の所為か、人を見下ろしたり威圧されているような気はしない。
 過ぎた馴れ馴れしさは不快な時があるが、こいつのは、そう思ったことは無い。これが人柄ゆえということかもしれない。
「っと。あたしは男に抱きつかれる趣味は無いの。ね? 当たったっしょ?」
 玖珠羽は、こいつのアタックをひらりとかわしてみせる。ぴょんと1歩離れると、にんまりと得意げに笑うのだった。
「本当に玖珠羽のカンが当たるとはねぇ。玖珠羽サマサマだなぁ」
「女のカンは百年の英知にも勝るのだ! ってことで、和樹。宿まで案内したぁげてね~」
 そういって、玖珠羽は手をひらひらさせて去ろうとする。
「あ、玖珠羽。もう帰るのか?」
「うん。ちょっと他に寄るところもあるからね。じゃね!」
「おう、ありがとな」
 玖珠羽はもう一度手を上げて、その場を離れていった。
「翔平も変わってないな。どうだ、7年振りに帰ってきた感想は?」
 こいつの名前は、上野 和樹。同じく7年前知り合った友人の一人だ。
 馴れ馴れしいと前述したが、実際は人懐っこい性格で誰に対しても気兼ねなく接していけるやつだ。平たく言えば、いい奴の部類に入るだろう。玖珠羽と知り合えたのも和樹のお陰といってもいい。
 和樹の人望は厚く、交友関係が広い。その中にいた女の子が玖珠羽だったというわけだ。玖珠羽もあの性格だ。他所の俺のことを、嫌な顔もせずに歓迎してくれたっけな。
「ああ。変わらないな、この街も、お前たちも」
「変化とは常に人の心の中にあるのだ。by玖珠羽」
「はは、さっきも玖珠羽と同じこと話してたよ」
「7年ぶりだもんなぁ。ずっと同じ所にいるオレたちにしたら、どう変わったんだろうなって、ちょっと興味があるんだ」
「へぇ……。そういうもんか?」
「まぁ、な」
 なんとなく釈然としない語尾。まぁ、住人には住人なりの思うところがあるんだろう。深く気にしないことにした。
「それにしても良いタイミングだったな。明日の夜には湯雪祭りが始まるんだぜ」
「そうらしいな。今年も賑やかじゃないか。今日はその前夜祭ってところか」
「ああ、裏方は朝からてんてこ舞いさ。俺も今日の夜はちょっと手伝いに来なきゃいけないんだよ。……そうだ、時間あったら今夜、この辺まで散歩に来いよ。チョコメロンくらいなら先に食わせてもらえるかもな」
「散歩ならいいが、チョコメロンは勘弁だな。玖珠羽にでもあげたら喜ぶぞ」
「あっはは、まだ慣れないのか? 地元ではみんな小さい頃から食べてるのに」
「玖珠羽は大好きなんだよなぁ、あれ。そろそろ胃袋強化のために、玖珠羽に弟子入りするかな」
「やめとけやめとけ。女の別腹にゃ、男は太刀打ちできないって。腹を下すか、玖珠羽が美味そうに食べるのを眺めるか、どっちがいいよ?」
「はは、だな。後者にしておくよ」
 俺たちは玖珠羽が満面の笑みでチョコメロンを頬張る様子を思い浮かべ、朗らかに笑い合うのだった。
「さ、村の宿に泊まるんだろ? 手配はしてあるから行こうぜ」
 俺たちは歩き出す。祭りの準備中である通りを見ながら。
「それにしても、玖珠羽といい和樹といい手際が良すぎるぞ。誰にも連絡してないのに、俺が来ることを初めから知ってたみたいじゃないか」
「あ~そこはオレもよく分からないが……3日前だったか、玖珠羽から急に電話が掛かってきたんだよ」
「3日前?」
「ああ、3日後翔平が来るから宿泊先決めといてね~って。女のカンがビビっと来たとかなんとか」
「女のカン、ねぇ……」
「まぁスポーツの世界でいう予測能力、動体視力、そんな感じじゃないのか? 身体が勝手に動くみたいな」
 微妙に違うような気もするが……。
「和樹も大学行ってるのか? ひょっとして専攻って……」
「ああ、スポーツ心理学に興味あってな。将来はインストラクターも良いかなって思ってる」
「ほう」
 らしいと言えば、らしいか。その体格を活かして、さぞ部活動に精を出したのだろう。それに、なかなか思慮深いところがあるからな、和樹は。天職かもしれない。
 しかし、よくもまぁ、心理学専攻が3人もいたもんだ。
「お前は……犯罪心理学ってことある?」
「な、なんで分かるんだよ……」
 なかなかどうして。鋭いというかこれはもはや……。
「お前、最初から俺と玖珠羽の話、聞いてただろ?」
「まさか、なんとなくだよ。お前の……ほら、色々考えるとそれもありえるんじゃないかって」
「……?」
「それにあれから丁度7年目だろ? そして今日で三日目、お前が来たってことは、それを調べるために……」
 そういって和樹は俺を盗み見る。
 どこまで和樹は知ってるんだろうか。何か確信めいたものを感じて、俺は和樹から目線を逸らした。何か限りなく俺の目的の確信を射抜いたような、かすったかのような、そんな胸騒ぎ。
 別に知られていたからといっても、何か問題があるわけじゃない。俺の事情を知る人なら、至る想像の中でシンプルなものだろう。ただ少しだけ、玖珠羽にしろ和樹にしろ、俺の行動が筒抜けであったことに、わずかの違和感が拭えない。
「か、考え過ぎだろ。はっ、もしや!」
 俺は体中をまさぐる。
「どうしたんだ?」
「どこかに盗聴器が仕掛けられているに違いない!」
「はは、それこそ考え過ぎだっての。全部オレの妄想だ、忘れてくれ」
「じゃ、じゃあ玖珠羽! あいつが隠し持っていたとか、胸に隠し持っていたとか!――」
 殺気――。背後から俺を刺すような視線。冷たい冷気。
 はっ、まさか――。
「ひぃっ!?」
「……っ」
 振り返り、目が合った。しかし、相手は玖珠羽ではなかった。
「ええと……」
 相手は少し驚いたかのように、2,3度パチパチと目を瞬いた。
「―――。―――?」
「え、何?」
 彼女は何かを口にしている。食べている? 
 いや、小声で何を呟いているような気がする。こちらには聞こえないくらいの、か細い声で。
「あ、茜さーん!」
 和樹が声を掛けると、小さく会釈をする彼女。
「運命は変えられない……か。デウス・エクス・マキナ」
「運命? デウ……、え?」
 意味不明なことを口にする。理解が出来ない。
 でも、覚えていた。髪型が変わっているが、顔立ちは面影を残している。
 たしかこの人は……。
「こんにちは、さようなら」
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて和樹が引き止める。
「何? 私、もう行くのだけれど」
「ほら、こいつ翔平。7年振りだろ?」
「お久しぶりね、翔ちゃん。かっちゃんも」
「オレは昨日振りです……」
「お久しぶりです。霧咲さんも、元気そうで」
 この人は霧咲 茜さん。俺のことをちゃん付けで呼ぶのは彼女だけだ。あ、たまに玖珠羽も言う気がするが。
 湯ノ足村に古くから住まう旧家の娘だ。和樹と比べたら肩くらいまでしかなくて背は低く、藍染めで染めたかのような深く青みがかった髪は背中まで伸びている。そして着物姿なのが特徴である。
 整った顔立ちは精悍で、玖珠羽とは対照的に綺麗といえる。うむ、美人だ。
 若干目つきが鋭く、怒るとかなりこわい……というイメージだった気がする。確か歳は、俺たちより一つ上だ。短い間だったが、よく小突かれたっけな。こう、おでこの辺りをちょこんと。
 それに清楚なイメージにぴったりなこの香りは、石鹸……パーリィミストあたりだろうか。香水をしてないくらい薄いものだが、香水ってのは個人個人で変わるものだ。茜さんから香ると、ドキドキしてしまうのは俺だけだろうか……。
「くす。霧咲さんだなんてよそよそしい。昔みたいに茜って呼んでくれていいよ」
「あ、あぁ……なんか雰囲気変わったみたいだったから。茜さん、髪伸ばしたんですね」
「ええ。この長さまで整えるのは大変だったけれど」
 そして自慢の髪にそっと触れる。こう、片手でうなじの辺りをかき上げるように。そんな仕草すらも、綺麗だった。
 見ているだけでも他の人とは雰囲気が違う。オーラというか貫禄というか。……それもそうだな。あれから7年経ってる。しきたりや厳しい躾とかがあるんだろう。外に出しても恥ずかしくない立ち振る舞いや、言葉遣い。
 いやむしろ、写真に収めて部屋に飾りたいくらいだ。俺の部屋が美術館になるだろう。
「そういえば、くぅちゃんは一緒じゃないの?」
 くぅちゃんとは、……そう、ご名答。玖珠羽のことだ。
「寄る所があるからって、今はオレが選手交代ってわけ」
「そう……。寄る所、ね」
 含みある言い方をする。どこへ行ったかを知っているのか?
「本当は、もう会いたくは無かった」
 しかし次に紡いだ言葉は、突然だった。一瞬、理解に戸惑う。
「……え?」
「今この日、あなたがこの村へ帰ってきたことを、ひどく後悔することになるから」
 な、なんだって……。7年振りに帰ってきたのを、後悔する?
 そりゃ確かに、俺は事件を調べるために戻ってきた。しかし、数少ない友人たちに会うのも少なからず期待していた。
 初めは誰とも会わないつもりで居たが、玖珠羽や和樹と再会して、昔の温かさを思い出していた。
 なのに……。
「湯雪祭りの前に、帰りなさい」
「あ、茜さんそんな言い方しなくても……」
 和樹が割って入る。
「これは警告よ。でないと――」
 しかし茜さんは目を伏せる。
「良い夜を。さようなら」
 そういって背を向け、村の方へ去っていく茜さん。
 一体、なんだっていうんだ? 俺、何か悪いこと言ったのか? 茜さんの気分を損ねるようなこと、言ったのか……?
「気ぃ悪くしたらごめんな。最近、あんな感じなんだ」
「いや、俺こそ何か悪いことしたなら謝るが……」
 昔は俺たちのお姉さん的な立場で、大人しいけども知的で、良くしてもらった気がする。この7年の間に、茜さんは変わってしまったのだろうか。
「いや、いつもはあんな冷たい言い方はしない。どうしてか分からないけど、お前が来るってことを話した時、あまり喜ばなかったんだ。歓迎できない、みたいな感じで」
「そう、だったのか……。はは、嫌われちまったのかな」
「そ、そんなことねぇって。時々お前のことも話してたし、またみんなで遊びたいなって言ってたんだよ。大学も俺たちと一緒でさ、茜さんも心理学なんだぜ。歴史とか宗教とかそっち系で俺や玖珠羽と比べたら、知識の幅は違い過ぎるくらいにな」
 またしても心理学。奇遇なのか何なのか。
 でも、なるほど。玖珠羽と和樹と茜さんは同じ大学なのか。
「ただ、なんでこの時期にって……。もう、3日目だからなのか……」
「3日目? 何が3日目なんだ? そういやさっきもそんなこと言ってた気がするが……」
 和樹は突然、言い過ぎたといった感じでバツの悪そうな顔をする。
「玖珠羽は、何も言ってなかったか?」
「いや、特には……」
 ……? 何の話だろうか。
「そうか、あいつなりに気ぃ使ってたんだな……」
「もったいぶるなよ。一体、なんなんだ?」
「お前が居たのが丁度7年前の湯雪祭り。そして今年が7年後の湯雪祭り。その前後に何があったか、覚えてるだろ?」
「……まさか……」
「ああ、連続失踪殺人事件。通称、オニガミの神隠し」
 そうだ、湯雪祭りを中心に一週間続いた連続失踪殺人事件。それを調べるために俺は来た。今回来訪の最大の目的だ。
「それが、今日で3日目なんだよ……」
「3日目って、え……」
「今年も起きてるんだ。昨日、一昨日と、2つ死体があがってる。今夜も起きるんじゃないかって、思ってる」
 和樹は小声で話す。
「村の人は誰も話さない。街のやつもだ。表沙汰にしたくないんだよ。知ってても、関わったらいけない。だから、湯雪祭りの前後はそれを意識しないようにみんなで賑わせている。裏で何が起こっても、だ」
 有無を言わせない和樹の口調。
 あぁ、そうだった。7年前もこんなに連日続いた事件だってのに、誰も騒ぎ立てなかった。でもなぜか、マスコミには情報が漏れていた。さらに記事にまでなった。
 事件を隠蔽したいのか、見せびらかしたいのかどっちなんだ。
 だからかもしれない。俺が遠くの地で情報収集が出来たのは。この場所に居て聞き込みをしても、きっと小さかった俺には誰も話してくれなかっただろう。
 逆に遠くの地でマスコミの記事を集め、大学のコネクションを使い方々へ探りを入れた。時には警察への接触も試みた。危険な橋をいくつも渡った。
 そうして得た情報は、少なからず俺は吸収出来た。推測を重ね、あらゆる可能性を吟味した。犯罪心理を説き、毎夜の事件を追った。
 でも、そこまでだった。その情報収集にも限界があった。
 そう、核心には迫れないのだ。あくまで遠い異郷での出来事。
 だから俺は来た。核心を貫くために。
 この、全てが始まった……いや、全てを狂わせたこの村で。

 しかし俺は、真実に至ったとして、どうしたいのだろう……?

 そんなのは決まってる。俺が7年を費やしてきたのはその為だ。
 俺は――。
「翔平?」
「……んぁ。悪ぃ。考え事してた」
 間の抜けた声を出してしまった。
「そっか。着いたばっかりなのに変な話してごめんな。何か気になることがあったら何でも聞けよ?」
「じゃあ、1個だけ」
「おう、どんとこい」
「茜さん、身長の変わりに胸が成長したよな」
「んなっ!? どこ見てんだお前! ってそれ質問じゃねぇし!」
「いや大事なことだ。玖珠羽なんて――」
 ここで誤解が無いように記述しておこう。俺の胸談義は、決して俺のライフワークだったり、趣味嗜好があるからではない。前述したとおり、女性は男の不用意な一言で誤解、もしくは傷ついたり、思い詰めたりしている傾向がある。だから俺は、そんな不安や男性像の瓦解を払拭するために、話題を振ることがある。
 ……まぁそれも、セクハラではないかと思われないように、細心の注意を払わなければならないが。いかにして……。
 はっ、殺気――。
「またその話かっ!」
 パコン。すでに遅し。振り向きざまに玖珠羽のチョップが入る。
 ……パコン? いや、チョップではなくペットボトルだった。
「男二人で何の話をしてるやら……。はい、差し入れ」
「お、サンキュー」
 俺と和樹は玖珠羽からジュースを受け取る。
 ――開封。
「うおぅ!?」
「あっはは! 君子、危うきに近寄らず。さらばだっ」
「お、おい! 玖珠羽!」
 闇雲に玖珠羽を捕まえようとするが、玖珠羽はひらりとかわし、去っていく。
 本当に、台風みたいなやつだ。
「だ、大丈夫か? 翔平……」
 俺の顔はダイレクト噴射された炭酸が覆い、髪から雫が滴っている。
 あいつ、炭酸を予め振ってもってきやがった。しかも俺の顔に振り下ろすというオマケ付きで……。
 資源を大切にしなさい資源を。食べ物飲み物を大事にしない子は、お父さん許しません!
 ――口の周りを舐めてみる。
「……不味ぃ」
「ペプシ、キュウリ味」
 和樹がラベルを読んだ。
 こんな得体の知れない色の飲み物の正体は、ペプシの……キュウリ味だって?
 緑色がこんなにおぞましく見えたのは初めてだぞ。
「こんな味はリアルじゃねぇ……」
「いや、これは現実だ。公式だ」
 しばらく俺は、キュウリの香りでむせ返るようになってしまった。古くから食卓で愛されているおしんこの中で、俺はきゅうり様に頭を下げて献上することになる。
 はっきり言おう。混ぜるな危険。ペプシとキュウリ。
 宿について、即効シャワーを浴びるのだった……。

「くあぁ……。さて、どうするかな」
 村の宿で夕飯を食べ、部屋に戻ってきた俺は天井を仰ぐ。
 まずいな、これでは牛になってしまう。
「モー食えねぇ! 腹がギュウギュウだ。ウッシ、散歩でも行くか!」
 ……。自分で言ってて悲しくなってきた。
 異郷の地、宿の一室、男が一人。俺の中心で牛を叫んだ瞬間だった。
「何をやってるんだ俺は……」
 首を振り、もうすっかり暗くなった外へ出た。
 時刻は7時過ぎ。
 雪は降っていないが、まだまだ冷える。ぶるっと身震いをして、上着を羽織り直す。
 息が白い。顔に当たる空気が冷たい。空が高い。月が遠い。
「ふぅ……」
 ぼ~っとすることが多くなった。
 必要以上に人と接点を作らなかったこともある。ここに来て、旧友と再会して忘れかけていたが……。
 俺はこの7年間、親しく付き合った友人はいない。地元の友人とは、あの日以来、交流を絶った。理由は……すべてがどうでもよくなったのだ。両親を失い、全てを失った俺は、ただ生きる屍の如く心ここに在らずの抜け殻だった。少なくとも当時は。
 俺を復讐に駆り立てたのは……やっぱり、あいつが忘れられなかったからだろうか。今更復讐を掲げたところで、両親も、あいつも帰ってくるわけじゃない。だが、訳も分からず人生に幕を下ろすのは嫌だったのだ。
 だから、知ろうとしたのだ。……全てを。
 ふと、頭が空っぽになり空を見上げてしまう時がある。
 いや、目的はある。考えることもある。なのに、ぽっかりと穴が空いたように、その虚空を掴もうとしている。もともと空いていたのか、何かが抜け落ちたのか、それとも……。
 俺は一体、何を忘れているんだろう――。
 ……考えても始まらない。俺はまた首を振って歩き出した。

「郷土資料館、か……」
 もう営業時間は過ぎている。夜6時までと書いてあった。
 村の資料館ではあるけれど、そんなに大きい建物ではない。お世辞にも立派とは言えないが、土地特有の趣ある古き良き外観だった。
 すこし奥の間の明かりが付いているのは、きっと職員が残っているのだろう。遅くまで立派なことだ。
 そういえば、ここの館長さんって玖珠羽の親父さんなんだよな。
 ひょっとして、親父さんかな……なんて思っていると、タイミングよく明かりが消えて人影が顔を出した。
「あ……」
「おや、君は……」
 鉢合わせる。白髪交じりの、大きい眼鏡を掛けたいかにも館長な人だ。
「お久しぶりです。榎本さん」
「久しいね、吉田くん」
 この人は榎本誠二さん。誠実を顔に書いたような人だ。
 玖珠羽の親父さんは厳格な人だ。しかし、情の深い人でもある。
 それは、娘に対する接し方を見ていれば分かる。……分かるようになったのは、7年前ここを離れてからだけどな。
「7年くらいになるか。見違えたよ」
 親父さんと少し歩く。残業終わりだというのに、それを表に出さずしっかりとした足取りだ。
「いつ頃戻ってきたんだね?」
「今日の3時過ぎです」
「そうか。戻ってきて、しまったのだね……。なぜ君は―――」
「え?
「いや、愚問だった。申し訳ない」
「いえ……」
 何か言いよどむ。この人にしては珍しい。
「娘とはもう会ったのかね?」
「はい、連絡もなしに着たのに色々とやってくれてたみたいです。ありがとうございます」
 一応、親父さんにも頭を下げた。
 ふと視界に入るのは公民館だった。郷土資料館に比べると外観がコンクリートな分、立派と言える。ここには玖珠羽のお袋さんと、和樹のお袋さんが働いていたはずだ。俺の記憶が正しければ、親同士も仲が良かった気がする。
 電気が消えているところを見ると、すでに就業時間を過ぎているようだ。
「もう家内も家に帰ってるだろう。お役所の仕事と、私の仕事は別だからね」
「大人は大変そうっすね」
「いずれは君も社会人だ。しっかりな」
「はぁ……」
 社会人、嫌な響きだなぁ。
「時に、吉田くん」
 立ち止まり、俺の目を見る。
「玖珠羽は、何か言ってたかね?」
「……いえ、特には?」
「そうか。はは……」
 自嘲気味に笑う。どうしたというのだろうか。
「あの子は……玖珠羽は今日も、笑っていたかね?」
「……ええ。いつもどおり、笑ってました」
「そうか……。もうあの子には、あんな悲しい想いをさせたくはないのだよ。どうか、一緒に笑ってやって欲しい」
「……分かってます」
 親父さんは満足そうに頷くと、角を曲がり家路へと着いた。
 こういうところは家族には見せないんだよなぁ、あの人。
 父親か……。……。

 さて、どうするかな。一人になると余計に静かに感じる。
 すると、明かりが点いている建物を発見。集会所だった。
 丁度、話し合いが終わったのか村人の何人かが建物から出てくる。その中に、見知った女性の姿を見つけた。
「茜さん」
「……翔ちゃん? こんばんは」
 昼間、あんな別れ方をしたというのに俺は声を掛けた。
 確かめたかったのだ。本当に茜さんは変わってしまったのかどうかを。
「少し、話せませんか」
「……いいよ」
 俺たちは少し歩き、小さな足湯場へ腰を下ろした。
 この村には何箇所も足湯場がある。それぞれに効能が違うため、一度では飽きさせないのである。
「……昼間は、ごめんなさい」
 意外にも先に切り出したのは茜さんの方からだった。俺の誘いの意図を汲み取っているようだった。
 もしくは、自分でも負い目を感じていたのだろうか。
「いや、俺こそ気に触ることを言ったなら謝るけど……」
「いえ、そうじゃなくて……その……」
「……?」
 目を伏せる。前髪がたれて目元が隠れる。
 心なしか、頬を染めている……?
「あの人がいると、素直になれなくて……」
「え……?」
 ひょっとして、茜さんって……。
「かっちゃんてほら、そういうの鈍感な人だから」
 やっぱりそうか。茜さんは和樹のことが好きなのだ。
 7年前はどうだったか覚えていないが、あの時から意識していたのだろうか。もしくは、この7年の間に何か進展があったのか。
 前者であるなら何か発展もありそうだけれど、付き合っているとかそういう風ではなかった。
 後者なら、まだまだ青い恋ってやつで、和樹が鈍感なせいで茜さんが少しヤキモキしてる感じか。
 なるほど、知的で大人しかった茜さんは、クーデレお姉さまになっていたわけだ。しかし和樹のやつ、こんな美人に好かれるなんて幸せ者だな。
 ……と、そんな妄想をしていると。いつもの口調で茜さんは振り返る。
「でも、警告は本当。翔ちゃんに、こんなことは言いたくないんだけれど……」
「けど茜さん。俺も目的があってここに着たんだ。そして今じゃないとダメなんだ。出来れば、誰にも会わないつもりだった。だから、連絡はしなかったんだ」
 そう、出来ることなら、誰も巻き込まずに一人でケリをつけるはずだった。
「……分かってた。でも、時の廻り合わせは最悪のタイミングなの。特に、くぅちゃんはそういうの敏感だから。見過ごせなかったんだと思う」
「分かってたって、玖珠羽も茜さんも、どうして色々と知ってるんだ? まさか茜さんまで、女のカンなんて言うんですか」
「あの子は特別。私は霧咲家。全ては鬼神様の御許」
「オニ、ガミ……?」
 まただ。オニガミ、鬼神。
 この村に関わることは全てこの言葉で脚色されてしまう。
「詳しくは話せないけれど、もう、決まっていることなの」
「決まってるって……何が……」
「あなたの両親が7年前殺された時に、全て。私は知っている、あなたがここへ来た理由。あなたがしようとしていること。あなたの願い。だから、警告したの。お願い、分かって?」
「わ、わからねぇよ……。何で俺が来ることが筒抜けで、何で俺のしようとしてることも知られてて……リアルじゃねぇことばっかりだ!」
 思わず激昂しそうになり、ぐっと堪える。茜さんと喧嘩したって何にもならないというのに。
 そもそも俺は、茜さん個人に何の恨みも無いじゃないか。むしろ、幼かった俺を色々と面倒を見てくれて、感謝するべきなのに……。
「……すいません。でも、俺はやらなきゃいけないんです」
「ふぅ……」
 茜さんは呆れとも安堵とも取れるため息を吐く。
「分かった。あなたは強情な人だから、こうなることも分かってた。それに、この7年の間であなたが抱えてきた想いも、それで至った今だということも、私は知っているから」
「茜さん……」
「あなたの願いを、叶えてあげる」
 俺の、願い……。
 真っ直ぐに俺を見つめる、俺は安堵しても良いのだろうか。俺の願いをかなえるという申し出は、俺にとって、喜んでいいものなのだろうか。
 ああ、俺自身もまだ揺れている。決心が揺らいでる。みんなと会って、束の間のひと時を楽しいと思ってしまった。

 だから、会いたくなかった――。

 ……会いたくなかった? そういえば、茜さんも俺に会いたくなかったと言っていた。
 俺はあの時、嫌われたのかと思ってと意味を受け取った。でも、そうじゃなく、俺と同じ意味で茜さんが言ったなら、それは……。
 考えすぎか。ただ、茜さんはこんな謎めいた話し方をする人では無かった。少なくとも、7年前は。
 でも俺は、玖珠羽も和樹も茜さんも、良い友人だと思ってる。こんなことで茜さんを嫌いになんてなりたくない。
「あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる」
「……フロイトですか?」
 ふいに茜さんは引用した。
「私はユング派なのだけど、今の翔ちゃんには、こちらの引用の方が分かりやすいと思って」
「……確かに人は学ぶ生き物です。それは決して恵まれた経験だけじゃなく、傷ついたり、後悔したり、自分の無力さを思い知って成長することもある。俺はあの日を克服して、今ここにいます」
「うん、それは疑わない。それが成長するということ。学ぶということ。人は自分の弱さを知って初めて、強さを得る。でも……それは意識の中だけの話。無意識下では、そうであったとは限らない」
「……」
「フロイトは無意識を説いた。でも、すべては説明出来なかった。……さしずめ、心の闇かしら」
「普遍的無意識ですか?」
「いいえ、それとは違うわ。もっと単純。……翔ちゃんは、無意識下では逆を思った」
「……っ」
「それはペルソナ。翔ちゃんはあの日、二つの心を生んだ。それは7年をかけて前意識の中で同じように膨らんでいた。これはもう無意識ではないの。……翔ちゃんの、欺瞞」
 ……茜さんは、全てを見透かしている。俺の目的、俺の心、俺の願い……。
 肯定すべきか、否定すべきか、それすらも選択の余地は無かった。
「人は誰しも心に闇を持つものよ。誰でも……ね」
 そして茜さんは、寂しそうに笑った。
 それは俺を問い詰める風ではなく、否定も肯定もなく、ただ、まるで……。
「……もう今日は宿に戻りなさい。この辺は物騒だから」
「もう、3日目……だそうですね」
「え?」
 茜さんは驚く。
 当然だ。俺が知らないと思っていたのだろう。
「和樹に聞きました。7年前と同じ事件が起きているって」
「そう……。もう、かっちゃんったら……」
 視線を落とし怒っている風だったが、少し頬を赤らめる茜さんは和樹の顔を思い浮かべているようだ。
 やれやれ、クールを装っててもポーカーフェイスまでは身につけていないらしい。
「時に茜さんは、和樹のことお気に入りみたいですね」
「ぇ!? な、何を言っているの。友人として……そう! ゆ、友人として気に掛けてあげているだけ」
 思わず、ぷっと噴出してしまう。平静を装うとしている様が、普段の冷静な茜さんからは想像ができなくて、頬が緩んでしまう。
「すいません、冗談です」
「翔ちゃん、からかわないで」
 人差し指でおでこを、ちょんと小突かれる。小さい頃、短い期間だったが、よく叱られたもんだ。
「茜さん、警告ありがとうございます。いつもそうして俺を叱ってくれる茜さんが、俺も好きです。でも、今回だけはあいつの為にも、俺だけでやらなきゃいけないですから」
「うん、いいよ。それでこそ翔ちゃんだもの。私の方こそ、ごめんなさい」
 ここに来て初めて茜さんは、笑顔を俺に向けてくれた。
「それじゃ、俺帰ります。おやすみなさい」
 俺が去ろうとすると、ふいに茜さんが呼び止める。
「あ、時に、翔ちゃん」
「ん?」
「あの子のアレは、まだ持ってる?」
 茜さんはある物のジェスチャーをしてみせる。
「……ええ。もちろんです」
 そして俺も、首元からそれを持ち上げてみせる。
「そう、良かった。それじゃ、おやすみなさい」
 茜さんは小さく手を振ると、その綺麗な仕草で背を向け去っていった。
 俺も茜さんの後姿を見送って、逆方向へ歩き出す。

 あ、そういえば和樹に誘われてたっけな。まだやっているだろうか? 誘われた手前、顔だけ出してみるか。
 俺は宿へ行く道を折れて、メインストリートの方へ向かった。
「おーい、そろそろ片付けろー」
 近くまで行くと明かりが見えた。しかし、丁度頃合いらしく片付けを始めていた。
 和樹の姿を探すが、片付けを手伝っている人たちの中には見当たらない。 
「あれ……翔平! 来てたの?」
「おう。和樹に誘われたんだが、当の本人が見当たらないときた」
 和樹ではなく、玖珠羽と鉢合わせた。
「和樹なら、ほら……酔い潰れてるよ」
「酔いって……和樹って酒弱いのか?」
「弱いかどうかは分からないけど、かなりの勢いで飲んでたらしいよ」
 和樹……何か良い事でもあったのか? いや逆か、嫌なことでもあったのか? 
 どちらにせよ、この状態では和樹とまともには話せないだろう。
「ねね、ちょっと散歩しない?」
 玖珠羽に誘われて、俺たちは織姫の間へ向かった。
 男はあまり立ち寄らない場所だ。決して男子禁制とかではないのだが、ここには女性が想いを認めたものが多く結ばれている。中央にライトアップされた街頭の足元に。
 彦星の間も然りで、対極した位置にある。
「そういえば、昼間の翔平の顔。傑作だったなぁ」
「見てる方は楽しいだろうが、俺は惨事だったんだぞ? お陰様でしばらくキュウリが食えそうにない」
「え? 翔平キュウリ駄目なの?」
「お前がくれたペプシのせいだペプシの。チョコメロンの次にトラウマ追加だよ」
「あっはは、そういうことか。ごめんごめん」
 昼間とはテンションの差があるんだな。まぁ確かに、一日中あのテンションでは身体がもたないだろう。
 チョコメロンやペプシキュウリは、地域限定なのは分かるが、俺の舌にはこの土地のコラボレーション食品は合わないらしい。
「時に翔平はさ、夢って見る方?」
「……どうだろうな。あんまり憶えてないってのが正直なところだ」
「うん、そうだね。そういうものだよね。でもあたしはさ、なんだか忘れたくないなーって思うことが多くて。ほら、夢って無意識の自分じゃない? たとえ自分で意識出来ない識閾下でも、それを含めてあたしなんだよ。だから、知覚出来ないまでもそれを見せてくれるわけだから、記憶しておきたいって思うんだ」
「人間の行動や思考の8割は無意識下で行われると言われてる。同じ自分なのにな。その意味では玖珠羽の言うのも分かる気がする」
「でしょ? だから夢って、すごく大事なものなんだと思う」
 確かに玖珠羽の言うとおり、どんな夢だって自分が無意識下でイメージしたものだ。ある意味、その夢を憶えているということは、無意識に触れていることになるだろうか。
「たとえば、明日のテスト嫌だなぁって思ってると、翌日のテスト中の時間を夢みることもあるんだ。それでそれで、もしも問題を何個か憶えてて、実際正夢になったりするとラッキー! ってなるよね!」
「はは、でも残念だがそれは、復習した問題のなかで特に印象付けていたものだったりするわけだ。まぁ、考え方次第だな」
「あとは、空から諭吉さんが降って来ないかなぁって思って寝ると、夢の中であたしは諭吉さんの雨に打たれて歓喜するの。翌日あたしは、道端で500円玉を拾ってラッキー!」
「それはすごいな。金額が下がったのは残念だが」
「あとあと、明日はカレーが食べたいなぁと思って寝ると、夕飯でカレーを食べる夢を見て幸せな気分に浸るの! それでそれで、次の日お母さんにカレー作ってって頼むんだ!」
「それは強引に正夢に持って行こうとしてないか?」
「それから! あと3kg減らしたらベスト体重なんだけどなぁって思うと、夢の中で体重計に乗ったらベスト体重でした! 翌日量ってみたら、なんとベスト体重だったの! ……実は前夜メモリを調整していたのでした、てへ」
「もはや確信犯だ」
 実に逞しい想像力だった。そして行動力だ。
「……でも、良い事ばっかりじゃないんだよね。良くないことも、あたし憶えてるんだ」
「玖珠羽……?」
 さっきまでの表情が、スッと消える。思い出したくはないけれど、憶えているから。という感じだった。
「あはは、矛盾だよね。忘れたいから、忘れる。でも忘れたくないから、忘れられないのに。思い出したくない、なんて乱数はずるいよね」
 忘れること。忘れられないこと。憶えていること。思い出したくないこと。
 記憶というものは取捨選択していく。都合の良いものだけを選択する。
 だが、実際はそうではない。良いことも悪いことも、同列で取捨選択しているのだ。
「……夢を見たの、翔平の。もちろん、楽しい夢もあったよ。でも……今回のは――」
「俺の……夢……?」
 玖珠羽の夢。ひょっとして、玖珠羽の言う女のカンというのは、その夢に起因するものなのだろうか。だがそれは、類推の域を出ない。
 茜さんは玖珠羽のことを特別だと言った。それはひょっとして、未来視や予知夢……なんてことは……。
「ううん、ごめんね。せっかく楽しい話をしてたのに、不安にさせちゃったね」
「いや……」
「あたしから今言えるのは一言だけ。……あんまり根詰め過ぎないでね」
 根詰める……何を? 主語をあえて消したのなら、玖珠羽は俺がここに来た目的を知っているのか? 玖珠羽は、どこまで知っているのだろうか。
「帰ろっか」
 そういって玖珠羽は、普段の笑顔に戻って俺を促した。
 喉に小骨が刺さったような感覚。……いや、深く気にしないことにする。俺は俺の目的のためにここに来たんだ。
 茜さんに言ったように、俺のやるべきことは、変わらない。

「ほーら和樹! そろそろ帰るよー」
「……んぁ?」
 和樹を起こす玖珠羽は、もういつも通りだった。
「玖珠羽、家まで送るよ」
「大丈夫、だいじょーぶ。それに、ここからじゃ一番近いのは宿だから。そこまで一緒に行こうよ」
「あ、ああ……」
 夜道を女の子だけにするのは気が引けたが、無理にしつこくするのもよくないか。
 ここは酔っ払いに正気に戻ってもらうしかない。
「……あれ、翔平来てたのか」
「お前に誘われたんだが……。まぁ、玖珠羽を家まで頼むな。しっかりエスコートしてくれよ」
「そうそう、しっかり守ってよね。SP和樹」
「SP吉田は途中までの護衛だ。よろしく頼む」
「……了解。なんだか、お前の顔みたら酔いが冷めたよ」
「ど、どういう意味だよそれ」
「あっはは! 翔平怖い顔してたよー。さ、行こっ!」
 そして俺は宿で別れ、玖珠羽と和樹を見送った。
 

「ふぅ……」
 用意された布団に大の字になる。今日あったことを回想した。
 玖珠羽。変わってなかったな。同い年だけど、妹みたいなもんだ。俺に気使って事件のことは伏せてた。まぁ、女の子がそんな楽しくない話題を振るわけもないか。
 女のカン、未来視、予知夢……。これらから導き出されるキーワードは……。
 和樹。ラリアット痛かったな。ペプシキュウリはありえないよな。……あいつは茜さんのこと、どう思ってるんだろう。明日、直接聞いてみるかな。
 酒が弱いのか聞かなかったが、俺たちもこの歳だ。みんなで杯を交わすのも悪くないな。
 茜さん。クーデレお姉さん。ポーカーフェイスよろしく。……でも、険悪にならなくて良かったな。俺の願いを叶える、か。心を見透かされる感覚って初めてだった。
 あの時はパーリィミストだと思ったが、本当は香水付けてないのかもしれない。
 ……そういえばあいつも、香水が好きでよく連れ回されたが、あいつは香水付けなかったんだよな。私は人が香るのが好きなんだって言って。
 お陰でこの匂いはあれだこれだと、講釈を聞くうちに俺もそれなりに分かるようになった。もちろん俺は香水なんて付けないが、……まぁ人とすれ違った時に香るのは悪い気分じゃない。

 俺は事件の真相を突き止める。上辺ではそう言ってる。
 でも、本当の願いは―――。
 そこで思考は途切れ、眠りの世界へ堕ちた。

……。

「ん……」
 気がつくともう朝だった。夢は、見なかった気がする。
 目覚ましは……忘れた。部屋の時計は……9時か。
 二度寝を決め込みたいところだが、ここで惰眠を貪るわけにはいかない。ぼ~っとする頭を無理やり起こし、着替えをする。
 軽い朝食をとり、宿を出る。出掛けに耳に入った天気予報では、今夜は軽く雪が降るらしい。
 祭りの最中か、大降りにならなければいいけどな。
 空を見ると曇り空だ。でもまだ明るいので、今夜まではずっとこんな感じなのだろう。
 そんなことを思いながら歩き出そうとすると、玖珠羽の姿が見えた。
「おっはよ! 今日も寒いね」
「あぁ、おはよ。どうした? こんな早くに」
「昨日言ったっしょ~? 今日のお祭り一緒に行こうって」
「あぁそうだったな。和樹たちには声掛けたのか?」
「二人で、だよ」
「え?」
 二人きりか。なんかデートっぽな。
 それはそれで良いのだが、あの二人も居たほうが楽しくなりそうではある。
「なにかご不満でも? 女の子が二人きりでって誘ったぁげてるんでしょ~? 素直に喜びなさいよ」
「わ、分かったよ。それで、もう行くのか?」
「昼間はそんなに屋台とか開けてないから、夜がいいな」
「そうだな。俺もちょっと行きたいところがあるから。時間言ってくれれば合わせる」
「ふ~む。5時くらいでどう?」
「了解。場所は?」
「織水のバス停でどう? あっちからメイン通りを歩きたいから。最後に足湯もしたいかな」
 バスで降りたところか。街から戻ってくれば、そのまま足湯して帰れる。定番コースだな。
「それじゃ、5時にそこでね」
 約束が済んで帰ろうとする玖珠羽を呼び止める。
「図書館に行きたいんだけど、どっちだっけ?」
「あぁ。一緒に行ってあげたいんだけど、あたし資料館に行くから逆なんだよねぇ。えっとね、ここを真っ直ぐ行って……」
 玖珠羽から道を聞き、手を振って分かれる。
 朝のせいか静かな会話だった。まぁ、こういうのもいいよな。逆に玖珠羽にしてみれば、珍しいくらい大人しかったくらいだけど。
 なにかいつもよりテンションが低かったように思う。低血圧なのかな。スロースターターな俺にとっては、合わせやすかった。

 さて、和樹は……っと。
 問題なく図書館にたどり着き、和樹を探す。昨日の別れ際、約束しておいたのだ。調べたいことがあるから、付き合って欲しいと。
 そしたら和樹は、図書館を指定してきた。静かな場所で、色々な資料もあるということだった。
 しかし、まだ着てないな。9時半の約束なんだけど、和樹は現れない。
 すると、図書館から出てくる二つの人影が見えた。
「あの二人は……」
 見覚えがあるぞ。ええと、誰だったか……。
 いつも二人で一緒にいる双子姉妹である。片方はお団子、片方は三つ編みだ。当時まだ小学生だったから、今は高校生くらいか。あの頃そのままで、そのまま成長したかのようだ。
 ……あ、思い出したぞ。いつも二人セットの豊坂姉妹だ。
「よう、久しぶり。変態という名の淑女たち」
「「変態ではありませんっ!」」
 おおぅ。衰えていない鋭い突っ込み。朝の眠気を吹き飛ばすにはピッタリな爽快な突っ込みだった。
 自分たちのことだと認めているに他ならないわけだが。
「あら……」
「まぁ……」
 二人して同じ仕草をする。声を掛けてきた俺を見て、驚いている。
 当時まだ11歳だった彼女たちでも、俺のことは覚えているらしい。
「変態ですか?」
「紳士ですか?」
「……変態という名の紳士と言わせたいのか」
 先ほどの俺の言葉からの仕返しときた。頭の回転の速さはさらに磨きをかけ、どんな言い回しにも切り返してきそうだ。
 確か姉の方はパソコン大好きだったな。打ち込みで自分のホームページを作って、公開していた気がする。今もまだあるのだろうか?
 妹の方は絵が大好きで、アナログ絵描きに関しては当時でも舌を巻いたくらいだ。可愛らしいデフォルメから風景画までジャンル問わずだった。
「二人も相変わらずだな。変態の汚名は頑張って挽回してくれ」
「「汚名は返上しますっ!」」
 的確だ。相変わらず気持ち良いくらいそろった声だ。
 正しくは名誉挽回と、汚名返上。よく間違っていた教訓が生かされた瞬間だった。
「それにしても女の子に対して変態とは失礼です、翔平さん」
「変態なのはあなたの頭の中だけで結構です、翔平さん」
 これは……。言ったことに対して2倍返ってくるのは辛いな。
 ここは俺が折れるしかなさそうだ。
「失礼しました。希さん、望さん」
 年下に対してへりくだって言うのも、彼女らに対してだけだ。
「お久しぶりですね、翔平さん」
 お団子の姉、希(めぐみ)が会釈する。俺が普通に対応しだしたことを認めると、二人も個々に話してくれた。
「7年くらい……でしょうか。お元気そうです」
 三つ編みの妹、望(のぞみ)が微笑む。二人ともじっとしてれば、それなりにかわいいのになぁ。
 豊坂希と豊坂望。二人合わせて、希望。二人の父親からそう教えてもらった気がする。
「そういえば、あのホームページはまだ更新中か? 望の絵も久々に見てみたいが」
「”希望の庭”ですか? あれは残念ながら閉鎖しましたよ。でもですね、生まれ変わったのです」
「その名も、エンドレスガーデン~hope~!」
 仰々しくなったな。でも、ホープ……なるほど。
「今も望の絵を公開してるんですよ。望の絵のファンだっているんです」
「お、お姉ちゃんのショートストーリーも私は好きだよ。私は挿絵や表紙を描いてるに過ぎないもの」
「ありがとう。でも私のSSなんて、おまけみたいなものだから。翔平さんも興味があったら、ぜひ遊びに来てくださいね。コメントも残せますから」
「ああ、ぜひ行かせてもらうよ」
「ち、ちなみに私の絵はこんな感じです。……ちょっと、恥ずかしいですけど」
 ノートをいつも持ち歩いているのだろう。見せてもらった絵は、あの頃から相当成長していた。
 当時も上手いと思ったが、7年という歳月は恐ろしい。人を成長させるには十分過ぎる時間だった。
「私はお姉ちゃんの書いたお話に絵を描いて、本を出すのが夢なんです! 今はその下積み時代、修行中です」
「ふふ。私は望のイラスト集でも全然良いと思うけどね。もしも本が出せたら、読者第一号になって下さいね、翔平さん」
「もちろんだ。玖珠羽たちにも勧めておくからな」
「「よろしくお願いしますっ!」」
 もう一度小気味よく揃った声で言った姉妹は、笑顔で、とても素直な子たちだった。
 歳月は人を変えるというが、人の本質は変わらない。いや、変わって欲しくないと思うのは、それが人間の性だからだ。
「それでは翔平さん、私たちはもう行きますので」
「お祭りで会えたらいいですね、ではではっ」
 これまたピッタリと息の合った会釈をして、すすすっと去っていった。
 また懐かしいやつの登場で気を取られていたが、和樹の方は……。
 お、来た来た。
「お待たせ! ちょっと所用を済ませてきた」
「そうか。用があるなら、もう少し時間ずらしても良かったんだぜ?」
「すぐ片付くと思ってたんだよ。けど、なかなか強情な敵だったってわけ」
 和樹の手を手こずらせる敵か。顔を見てみたいものだ。
 ……ひょっとしてそいつは、二日酔いという見えない敵じゃないだろうな?
「さ、中に入ろうぜ。さみぃよ」
「あ、時に、和樹」
「ん?」
「茜さんとはどういう仲なんだ?」
 若干遠まわしに聞いてみる。
「どうって……。幼馴染? 大学の先輩?」
 和樹……。
 どうやら最大の敵は、自分自身のようだった。

「さて、早速本題に入りたい」
 和樹は何冊かの郷土史と文献を持ってくる。
 俺はここ2,3日分の新聞と、研究ファイルを机に置いた。図書館には何日か前までの新聞が置いてあったので、拝借したのだ。
「まず、俺が調べたことの確認がしたい」
 何しろマスコミの情報だ。多少の憶測や風評も乗っかってるだろう。何しろ遠い異郷の地での出来事だ。新聞沙汰になったとはいえ、その細部は隠蔽されている可能性がある。
 まずは、地固めからだった。
「事件初日。まだこの日はマスコミも囃していない。だからコラムの記事も小さいものだった。足湯で有名な○○県某所の寒村で、男性が死亡。被害者は28歳の会社員。死体は両足首から下が切断されており、事件現場に足首は残っていなかった。死因はナイフなどの鋭利な刃物での心臓を一突き。足首の切断は殺害後と見られる。犯行現場には謎の文字。“Helfen Sie mir”と書かれていた。……と、ここまでだ」
「ああ、相違ない。続けてくれ」
 ここからは俺の調べと推測を含む。
 個人情報は基本的には開示されない。当時どのような状況だったかまでは分からないが、彼の素性のある程度は特定出来た。
 彼には恋人がいた。彼の提案か彼女の提案か、足湯で有名な湯ノ足村への旅行を決めた。
 そして事件時刻。帰り道、今まで寄り添って歩いていた彼が突然姿を消した。ほんの一瞬の出来事だった。彼から視線を外したその一瞬だけ。
 彼女は彼の名を呼ぶが、闇に吸い込まれるばかり。ちょっとした冗談だと思い、辺りを探すが彼の姿は見つからなかった。初めは冗談だと思っていた彼女も、次第に薄気味悪くなり、近くの交番へ行き捜索願を出した。
 しかし、警察の捜査で村中を探すも彼は発見出来なかった。何しろ、彼が失踪して警察が捜索を始めるまで、わずか30分しか経っていない。そう遠くへは行けないはずなのだが、彼は闇に吸い込まれてしまったかの如く、姿を消したのだ。
 翌朝早朝。警官の付き添いのもと、彼女を送っている時だった。彼が姿を消したその場所に、まるで初めからそこにあったかのように彼の遺体が横たわっていた……。
 第一発見者は彼女と、その警官。事件発覚となる。
「俺の見地から言わせて貰うと、犯人はこの村でいうオニガミじゃない。おかしな人間の犯行だ。突然姿を消したってのも、神の仕業とやらじゃない。彼女の証言も俺は疑ってる。そして残されていた文字。これはダイイングメッセージとは違うような気がする。ヒルフェ・ジ・ミア。これはドイツ語だと突き止めた。意味は”私を助けて”。被害者は日本人だ。死に際にわざわざドイツ語なんかに直すとは考えにくい。他の何者かが残した可能性がある。しかし腑に落ちないのは、この言葉は被害者側から沸く感情だ。なのに、被害者ではない何者かの可能性。ここで矛盾が生じる。……とまぁ、推理は置いておくが、どうだ?」
「……なるほど。よく調べたもんだ」
 和樹は、ふむ……と、どう答えたものかと思案している。
「オレは村の人間だから、お前の推理に異論を挟めない。大人連中はみんな鬼神様の仕業だーって言うけどな。ただ、証言の真偽。良い着眼点だと思う。それに信憑性が増すのはこれから続く事件によってだからな。オレから言えるのはそれだけだ」
 OK、それでいい。あってるかどうかなんて誰にも分からない。
 和樹は表情を変えず、次を促す。
「事件二日目。さすがに二日も同じような事件が続けば、すこしは騒ぐ。コラムはこうだ。“突然の失踪、そして両足首の切断。鬼神の仕業か”っと、早くも鬼神の名前を出しやがった。被害者は工事現場作業員の男性33歳。遅くまで作業してた男性二人は、帰りの際、足湯をして疲れを癒していた。そして、相方の男性がふと声を掛けると、隣の男性が居なくなっていることに気付く。腑に落ちなかっただろうが先に帰ったのかと思い、男性も帰宅。翌朝早朝。巡回中の警官2名が、両足首を切断された男性の遺体を発見。さらには心臓をナイフなどの鋭利なもので、一突きにされた後があった。そして事件が発覚。発見された場所は、足湯場の目の前でヒルフェの文字が血塗られていた」
 と、ここまでが新聞の記事である。初日と比べると共通点は4つ。
 一つは、忽然と失踪。二つ目は、失踪現場と同じ場所に死体遺棄。三つ目は、両足の切断遺体。4つめは、謎のドイツ語。
 さらに上げるとしたら、二人組みで片方が証言をするってところか。
 突然に姿を消したのが人間には出来ない犯行だって? さらう方法ならいくらでもある。犯人が自分の姿を見られるのを嫌うなら、……色々とな。
 翌朝、最後の目撃者である相方の男性の証言を聞き、前日と酷似する事件に警察も驚いただろう。共通の殺害方法、特性に同一人物の犯行だと推測する。
「ここも相違ない。次は、3日目……だな」
「ああ、俺のお袋だ」
 3日目、俺たち家族はここへ旅行に来ていた。
 旅行3日目で、玖珠羽や和樹たちとも知り合い、楽しい日々を送っていた。
 もちろんのことながら、俺たちはこの村でそんな事件が起こっていることなんて知るはずもなかった。
 俺たちが寝静まった頃、両親は夜の散歩がてら足湯へ出掛けた。
 そして……。俺が目覚めた時、親父は泣き崩れていた。母さんの顔には白い布が被せられていた。……両足首が、無かった。
 事件は、前2件とほぼ同じ。突然の失踪、翌朝の発見、両足の切断。ヒルフェの文字。……同じ犯行だった。
「……お前、泣いてなかったよな」
「当たり前だろ。目が覚めて、お袋が死んでて、訳が分からなくて、でも親父が怒ったような泣いたような顔をしてて、何がなんだか分からなかったんだ」
 そこで俺たちは、旅行を中止して帰るべきだった。
 でも親父は、使命感の強い人だった。自分が仇を打つと言って聞かなかった。
「そして4日目、親父も消えた」
「……」
 死んだなんて言いたくなかった。
 親父の事件もまったく同じ。付き添ってくれた警官は、まだまだ経験不足だった。親父の護衛のつもりだったが、失踪するのを防げなかった。
 訳が分からず、つい昨日まで居た人が突然死んでしまうなんて、どうして受け入れられる?
 俺たちは、たまたま旅行に着ただけだぞ? 俺たちが何をした? なんでこんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ! でも当時の俺は、悲しさや怒りより、恐怖の方が強かった。
 涙は出ない、訳が分からないから。憤りを感じない、信じられないから。
 怖い、怖い怖い。俺も外に出たら殺されるかもしれないって。
 でもそんなとき、俺の隣に、彼女が居てくれた。
「広海……」
 俺に好意を寄せてくれていた、広海。織部広海。
 家族旅行に、あいつも一緒に来てくれたんだ。不安で押し潰れそうな俺に、力をくれた。
 でも彼女は泣くことを許さなかった。
 悔しくないの? 憎くないの? 犯人が! 
 ああ、悔しい。殺したいほど犯人が憎い。俺から両親を奪った奴らが。そんな声で、俺の中に芽生えた小さな使命感。
 犯人を捕まえて、一発殴ってやるまでは、帰れない。
 それに親父は言っていた気がする。犯人らしき姿を見たって。
「翔平、それ、本当か……?」
「ああ、俺も良く覚えてないんだけどな。あの時は殆ど、頭が真っ白だったから」
 次の日の夜。俺は恐怖を捻じ込み、村を闊歩した。
 でも、今にして思えばそんな蛮勇も浅はかだった。あいつを危険な目に晒してまで、正義感なんて振りかざさなきゃ良かった。
「5日目、俺は……広海の失踪を許した」
 そう、俺が広海を失踪させたも同然なんだ。
 手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか広海は俺の手から離れていた。姿すら追えなかった。闇雲に走った。名前を叫んだ。吼えた。
 そこで始めて俺は、涙を流していることに気付いた。人の姿は無い。いくら叫んでも、誰の耳にも届かないような異世界に迷い込み。ただ闇が口を開け、俺をあざ笑うかのように、迷走させた。
 全てを俺から奪い去ったこの村を、心から憎んだ。
 気付かぬうちに引き裂かれた顛末と。目の前で無力さを貫かれた後悔と。
 俺は、独りになった。
「はは、やっぱり俺には、海は青く見えねぇよ。広海……」
「翔平……」
 和樹は何も言えず、目を伏せる。
 いいんだ。誰にも俺は癒せない。いや、癒しを求めてここに来たわけじゃないんだ。俺にはやるべきことがある。
 そして、最後の願いを叶えるために。
「悪い、感傷に浸るの後だ」
「いや……」
 俺は灰色のままだったが、都会に住む祖母の家に引き取られた。
 だから、その後に続く事件があったことは、後になって知ったことだった。
 事件は、まだ終わらなかった。
「まだ二日残ってる。行くぜ……」
「あ、あぁ……」
 6日目。被害者は榎本 緒瑠羽(おるは)。そう、玖珠羽の姉だ。
 当時、まだ17歳だった。
 今までは村人以外の人であったけど、今回だけは村人である。犯行の手口は同じ。特性も、遺体状況も酷似していた。
 玖珠羽は、7年経った今ああして笑顔で接してくれるが、昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと口癖のように言っていて、泣き虫なやつだった。
 強く、なったんだよな……。
 あの笑顔の裏には、今にも泣き出しそうなほど不安を抱えているに違いない。
 親父さんの言葉が思い起こされる。
 あの子には、もうあんな悲しい想いはさせたくないのだよ……。
 榎本さん自身も辛いだろうに、娘のことを一番に考えていた。玖珠羽に笑顔が戻ったのはきっと、残った家族のお陰だろう。
 そして、緒瑠羽さんは茜さんと同級生である。親友の仲で、並んで歩けば10人が10人振り返るほどの美人二人組みだった。当時の俺も、大人っぽい二人にドギマギしたのを覚えている。
 茜さんも、きっと泣いていた。
 茜さんの親友だった彼女が失踪した。その胸の内を察することすらおこがましい。あの寂しそうな横顔は、昔には無かったものだ。昨夜、最後に笑った茜さんは、心の闇は誰にだってあると言っていた。それはきっと、自分もということだ。
「色々と、大変だったんだぜ。みんな辛くても、変わろうと必死だった」
「そう、だよな……」
 和樹の表情が陰る。
 あまり深くは追求しないことにする。和樹の表情から、相違ないことをうかがい知ったから。
「そして最後の日。ここまで来ると新聞記事どころじゃないな。雑誌でも取り上げられてる。毎晩繰り返される失踪と殺人。両足首切断という奇行は人ならざる者の犯行か。この村に古くから眠る鬼神が目を覚ます。神の仕業か、鬼の犯行か。これはもはや血肉の宴。オニガミの恐怖はいつまで続くのか。……だとよ。風評にも程がある。面白がってるとしか思えないぜ」
 和樹は茶化さない。そうだな、と薄く笑ってみせる。
「被害者は、豊坂保奈美32歳。自営業。これまた犯行は同じ。奇しくも、7日間全てに共通する犯行だった。そしてこの日を最後に、ぴたりと終わりを告げた。後にこれを、湯ノ足村連続失踪殺人事件。通称、オニガミの神隠しと呼ばれるようになった」
「……相違ない。一人でよくこれだけ調べられたな」
「事件の全容だけは、な。資料さえ集まれば、このくらいは簡単だった。ちなみに聞きたいんだが、この豊坂は、あの豊坂であってるよな?」
「ご名答。豊坂希望姉妹の母親さ。今は父子家庭で自営業だから、結構大変だと思うぞ」
「やっぱりそうか。今日、和樹と会う前に見かけたんだよ。相変わらずだったけどな」
「ほう。あ、1個補足だ。この豊坂家の生まれはこの村じゃない」
「そうなのか?」
「ああ、もとは都会に住んでたらしい。子供が出来たら、静かな村で過ごそうと話していたんだそうだ。悲しくも、犠牲者になってしまったけどな……」
 あの姉妹も、変わろうとしてたんだよな。いつもの調子、っていうのは些か失礼だったかもしれない。母親を失った悲しみ。二人はそれを胸に抱いて7年を過ごしてきたんだ。
 みんな、俺みたいに泣き寝入りしなかったのに、それに俺が何かを言うのはおこがましいことだ。
「把握した。俺の調べたことは無駄じゃなかったことが証明出来て良かった」
「……そうか」
「俺からも1個補足がある。当時、広海の失踪を許した夜。俺はあの時、何かを嗅いだ気がするんだ」
「匂い?」
「ああ。でも、嗅いだことの無い匂いだった。だから東京で警察関連の資料を調べている時に、元鑑識だったじいさんと話をすることが出来たんだ。守秘義務はあったが、色々話してくれたよ」
 世の中には未知の薬物なんてのはたくさんある。それは自分が知らないだけで、存在しない理由にはならない。
 その薬物の中で、毒物劇物ではないが、即効性でほんの数秒だけ意識をぼーっとさせる薬物があるらしいんだ。それは本来は無臭だが、分かる人には分かる匂いらしい。
 もしもそれがあったとして、それを嗅がせることが出来たなら……。本人は一瞬の出来事だから、さも気にも留めないくらいの時間に感じるだろう。ましてや気づかずに、何かぼーっとしてしまったのだと思う程度かもしれない。それを使えば、この失踪のトリックは崩せる……。
 まぁ、犯人がそうさせる心理としては、人には出来ない犯行としてオニガミの仕業だとしたいんだろう。
 それから一息ついて、2,3質問をぶつける。
「ここ2,3日の事件もまったく同じなのか? ええと、新聞は……」
「ああ、7年前とまったく同じ手口。同じ遺体状況。鬼神様の再来なんて言われてる」
「……遺体は両足首を切断。死因は刃物による心臓一突き。切断は殺害後と見られる。7年前と酷似した犯行に、地元のメディアは鬼神様の再来だと主張。……なるほどな。なんでもオニガミ様になっちまうわけだ」
「昨夜の犠牲者は織水市の人だった」
「どうしてこう、犯人は村人以外のやつばかり狙うんだ? 唯一村人なのは、玖珠羽の姉ちゃんだけだ。……俺の見地から言わせてもらえば、オニガミとやらを知らしめたい犯行、と読み解ける」
「……オレは村の人間だから、それについて言及出来ないな」
「俺はそういうスキーマが嫌いなんだよ」
「スキーマ……自分の過去や経験から連想される、関連付けられたその対象。確かにそうかもな」
「A型なら几帳面、B型なら天然、O型なら大雑把。そういう概念と同じだ。不吉な事件が起きればオニガミ様、人に出来ないことならオニガミ様。誰もがそう言うから蔓延しちまう」
 俺は一つ、ため息を吐く。それを見た和樹は、諦めとも肯定とも取れる表情をした。
「集団心理効果」
「え?」
「この村の土着神だってのもある。小さい頃から俺たちはそう教えられてきた。だから鬼神様を信じて疑わない。ある日事件が起こる。それが人には出来ないような理解不能な犯行だったとする。すると誰かが鬼神様と囁く。それが次第に広がって、あの人が言っていたからきっとそうなんだと思う。いつしか、鬼神様に違いないと10人が10人同じことを口にする」
 ……なるほど。俺が思っているより、オニガミってのはここの人たちにとっては根強いらしい。
 じゃあ、そもそもオニガミって何なのだろう。神様なのか、鬼なのか。それとももっと違う何者なのか。
「この村に古くから云われるオニガミって何なんだ? 実在したのか?」
「ああ、こいつを見てくれ。文献がある」
 和樹は適当な絵つきのページを開いた。
「古くからここは、あちこちに源泉が沸いてたんだ。村の人たちはそれを温泉から、気軽に使える足湯へと変化させた。足は第2の心臓とも言われてて、足ツボなんか押すところによって、身体のどこが悪いかまで判断できるらしい」
 ああ、それはよく聞いたことがある。マッサージではよくあるよな。
「余談だったな、話を戻そう。でだ、その源泉の名前は鬼仙の湯っていうらしい。この鬼仙の湯の効能は、所々違うが筋肉疲労、関節痛、皮膚病、冷え性などなど、さまざまなものがあったんだ」
 鬼仙(きせん)の湯。それが名前の由来。
 昔から人は、何かをあやかるという意味において神からの賜りしものと捉えることが多い。ここの人たちも、その足湯からの効能をあやかり感謝したという。いつしかその神は、鬼仙の名から頭文字を取り、鬼神となったそうだ。
 その文献の絵には、足湯に浸かる人々の上に、美しい女神が見下ろしながら見守っているような、そんな図が載っていた。
「なるほどなぁ……足湯の神様か。でも、それが今の畏怖の象徴みたいになるなんて、ちょっと信じられないぞ」
「……だろうな。だから、違う文献も用意した。見てくれ」
 そういって広げたもう一つの文献は、まるで正反対の絵だった。
 まさに地獄絵図。形容しがたいその惨状は、鬼が人を襲い足をはね、食べているところだった。
 桃太郎のように、鬼を退治するというお話があるように。鬼に食われてしまうというお話も諸説ある。それはインパクトとして、後者を用いたものが多い。村の信仰だったり、掟だったり、悪い子はいねぇがーだったり。
 前者であれば、ファンタジーとして万人受けするお話が点在する。
「そう、人食い鬼だったという説がある。逃げられないように足を削ぎ落とし、食す。そんな人食いの宴があったらしい」
「なるほど……これはヘヴィだな。つまりこっちが、今の村人にはインパクトがあって根強いってことなのか」
「そうだな。ただ、ある意味ここが面白いところでもある」
「面白い?」
 和樹は鼻を鳴らす。
「宗教や信仰、歴史の過去を紐解くと一つの世界に二つの解釈が同時に存在することが出来る。……まぁ、これは茜さんの受け売りだけどな」
 少し照れるように頭をかく和樹。
「シュレディンガーの猫箱、か」
 興味深い。今ではそれが畏怖の象徴として受け継がれ、村人を恐怖支配している存在、か……。
 足首を切るなんて逃げ道を立たれるどころか、人にとって歩けないことは健常者からは想像もできない絶望だろう。
 人食い鬼の宴。それに似せた犯行の手口。本当に、鬼神とやらが起こしているのか……。馬鹿な、リアルじゃないぜ。きっと、それに似せた狂信者が起こしているに違いないんだ。
「この辺は茜さんの分野だからな。茜さんの方がもっと詳しいと思うぞ」
「分かった。興味深い考察だった。ありがとうな」
「村の人間である俺でも、こんなことくらいしか分からない。少しでも役に立てたなら良かったよ」
 気付けば、結構な時間が経過していた。もう昼過ぎだ。
「腹が減ったと思ったらこんな時間か。翔平、昼どうするよ?」
「あぁ、ちょっと考えたいこともあるから適当に宿で済ますよ」
「そっか、あまり根詰め過ぎるなよー」
 席を立ち、ふと思い立って和樹に提案してみた。
「なぁ、和樹。今日の祭り、行くのか?」
「あぁ~どうすっかなぁ。男二人ってのもなぁ」
 残念だったな。俺は先客ありだ。
「俺も男二人できゃっきゃうふふする趣味はない。……茜さん、誘ってみたらどうだ?」
「ぁ、茜さん!? あんな美人はもう先客ありだろ~。オレなんか相手にされないって」
「ダメもとでさ、当たって砕けてみろよ」
「砕けたくねぇよ! こんな寒い中で傷心男が一人、祭りをぶらり~なんて勘弁してくれ……」
 むむ……どうしたものか。
 余計なお世話かもしれないが、二人には恩もある。俺としても恩を売っておきたい……なんて打算的に考えていると、神風が吹く。
「あ……、茜さん」
 図書館に顔を出した茜さんは、いつもどおり綺麗な着物姿だった。
「……こんにちは、翔ちゃん。かっちゃんも」
「やっぱりオレっていつも、ついで~な感じ……」
 和樹は早くも負け越しだ。仕方なく俺から、話を振ることにする。
「茜さん、昼は食べました?」
「いいえ、まだだけれど。早く用事を済ませて帰るつもり」
 和樹の背中を押す。
「え、ええと……茜さん。良かったら昼一緒に行きません?」
「かっちゃんと……? どうしようかな」
 頑張れよ、和樹。きっとうまくいくから。
 俺は和樹の肩をポンと叩くと、その場を後にする。
「あ、無理だったらいいんです。その、もし良かったら今日の祭りの方、一緒にどうかな~なんて」
「……ど、どうしてもというのなら。私は構わないけれど」
「え? どっちですか?」
「お昼を食べるのでしょう? そのままお祭りに行けばいいじゃないの」
「そ、そうですね! はは、行きましょう!」
 はは……、茜さんも少しは素直になれたみたいだな。
 仲立人ってのも疲れるなぁ。でも、待てよ……。
 謎のブローカー吉田の正体は23歳。職業、犯罪心理学者。ってのも、かっこいい響きかも……? ふっ、なんてな。言ってみただけだ。
 それにしても……。
 和樹は言わなかったが、もう1冊文献を持ってきていた。
 その題名は、全ての人は鬼神様の子孫というものだった。つまり、人の先祖ということだろうか。まるでそれは、アダムとイブが実は鬼だったと言ってるようなものだ。
 もしくはただの民謡なのか、童話なのか、定かではない。
 ひょっとしたら、また別の解釈が存在しているのかもしれないと、漠然と思っていた。
 あとこれは和樹たちには話せないが、俺は村ぐるみを疑ってる。意図していたとしても、逆だとしても消極的にそれに手を貸している可能性は否めない。
 だが、みんなは被害者側の人間だ。間違ってもそんなことは無いと思いたい。
 もう一度和樹の肩を叩くと、俺は図書館を後にした。

俺は宿で考察を続けながら、玖珠羽との約束の時間を待っていた。
「……さて、ぼちぼち行くかな」
 上着を羽織り外へ出る。夕方とあり、気温は下がってきていた。
 心なしか湿度も高くなったような気がして、そろそろ雪が降るかもな……と思った。
「おっ。さっすが時間通り」
「メッス!」
「そんな挨拶は無い!」
 今度はチョップだった。
「白羽取り! ふっふ、そう何度もやられると思うなよ?」
「綺麗に決まってるけどねん。うりうり」
 見事にスカった俺の合掌は、頭の上で虚空を掴む。その間に入った玖珠羽の手が俺のおでこで暴れる。
 擦れると少し痛い……。ハゲそうだ。
「今度から、フライングクロス玖珠羽と呼んでやろう」
「何その長い名前」
「じゃあ、フライング玖珠羽」
「いつも失敗してるみたいで嫌」
「分かった。特別だぞ? くぅちゃん」
「変な声出すなっ!」
 ペシン。乾いた音と共に出会い頭の挨拶は終わる。
「その呼び方は茜さんだけに許したものなの! 翔平には、ちゃんと玖珠羽って呼んでほしいから……」
「え?」
「な、なんでもないっ。ほら、行くよ!」
「おぉい。何プリプリしてるんだよー」
「プリプリなんてしてない! 今日は翔平のオゴリだかんね!」
 やっぱりなんか怒ってるよ……。
 うぅ、懐はいつも寒いんだけどなぁ。隙間風ばっかり入る。
「あったあった。最初はこれよね~。チョ・コ・メロ~ン。翔平、早く早くっ」
 玖珠羽が表情を変え、手招きして俺を急かす。
 まぁ、いいか。玖珠羽が笑ってくれるなら。
 俺たちはしばらく屋台を見回った。
 温かいものから冷たいものまで色々食べた。意外にも玖珠羽は好き嫌いがが無く、食欲旺盛なやつだった。
 手始めにチョコメロンから入り、俺の胃袋を粉砕。続けてジュースあみだクジで金字塔を打ち立てた。絶対引きたくないと思っていたペプシキュウリを見事釣り上げる。店主の手前、いらないとは言えず俺はチョコメロンにペプシキュウリというクロスコンボにより、胃袋は死滅した。口直しとばかりに、たこ焼きを頼んだ。たこ焼きなら細工も何も無いだろうと思っていたが……。タコが入っていないとはどういうことだ! この土地では当たり外れがスタンダードなのか!? 全てが拷問だった。
 腹を満たした俺たちは、色々なゲームを楽しんだ。射的ゲームでは二人とも撃沈。スーパーボールすくいでも撃沈。お互いのダメさ加減に笑いあった。
 しかし、景品くじで俺は大きなスヌーピーのぬいぐるみをゲット。それを玖珠羽にあげると、あたしも! とばかりに挑戦するが、あえなく飴玉1箱と撃沈した。それを二人で口に放り込んで良しとした。
 珍妙なお面を発見して買わされる。玖珠羽が笑い転げるので外そうとしたが、ダメだと言われたので、後ろに回す。結局、翔平2面相が完成した。
 しばらく歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「おや、玖珠羽ちゃん。こんばんは」
「あ、豊坂さんばわっス!」
「ええと、そちらの方は……」
 その時俺は後頭部向いていたので、お面が相手と対峙する。
「「玖珠羽さん、離れてください危険ですっ」」
「え? え?」
「妖怪ですか?」
「変人ですか?」
 かろうじて人の形は留めていたるようだった。
「妖怪でも変人でもない」
「変態さんでしたか、失礼しました」
「変態でもない!」
 どちらかというと、妹の望の方が毒舌だった。
「会うのは久しぶりかな。翔平君」
「あ、どうもです。豊坂さん」
 彼は豊坂昇さん。彼女らの父親だ。
 相変わらずの優男だが、眼鏡を掛けているせいか表情はキリっとしている。
「娘たちから聞いていたよ。7年振りだそうだね」
「ええ。二人にはさっきもお世話してます」
「それは逆です。お世話しているのは私たちです」
「いつまでも子ども扱いしないでください、翔平さん」
 うぅ……。ダブルパンチはジャブでもじわじわ来るな。
「ん? あ、あっはは。娘たちも喜んでるみたいだね。ありがとう、翔平くん」
「喜んでいいのかこれは……」
「素直に喜んどきなって。希ちゃんに望ちゃん、はい景品の飴あげる」
「ありがとうです、玖珠羽さん」
「変態さんとは大違いです、玖珠羽さん」
 現金な子供だった。
「お父さん、そろそろ行きましょう。お二人の邪魔しちゃ悪いですから」
「そうだね。それじゃあまたね。翔平君、玖珠羽ちゃん」
「……あげます! ではではっ」
 去り際に望が俺の胸に何かを押し付けて、去っていった。
「キャラメルの箱……? なるほど、あいつらも撃沈したんだな」
「ふふ~ん。気に入られてるんじゃないの~?」
「ば、馬鹿言え。玖珠羽にやる」
「あは。素直じゃないんだから。ありがとっ」
 そんなやりとりをしていると、前方に見知った二人を見つけた。
「よう、うまくやったみたいだな。和樹」
「くっそおおぉぅ。またダメだ~……」
 なにやら悶えている和樹。
「茜さん、こんばんは~」
「……くぅちゃん。翔ちゃんも。こんばんは」
「和樹は何を悶えてるんだ? って、茜さんキャラメル好きだったんですね」
「甘いものはそんなに好きではないんだけれど。かっちゃんが、ほら、あのぬいぐるみをプレゼントしてくれるっていうから。でも、これでもう5回目なの」
「5回目……撃沈して大破したか和樹」
「わぁ! おっきいティディベア! あたしのスヌーピーとどっちが大きいかな!」
 俺があげたスヌーピーを腕に抱きながら、はしゃぐ玖珠羽。
 なるほど、あのデカイぬいぐるみをなぁ……。あれだけ大きければ重さで分かりそうな気もするが、それは反則か。何十本も束ねてある紐の中から、直感で引き当てなければいけない。
「私はそんなに欲しいとは思わないけれど。部屋に飾るには大きすぎるから」
 やっぱりまだ素直になりきれないか、茜さんも。顔には和樹が挑戦と失敗する度に、期待と失望が見えるのに。
 突然、玖珠羽が俺の裾を引っ張り小声で告げる。
「茜さんあんなこと言ってるけど、女の子はいくつになっても、みんなぬいぐるみが好きだよ。プレゼントされたら嬉しくないわけないもん」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの」
「ぃよっしゃあ! ゲットだぜ!」
 そして、大破した船から生還した和樹が歓声を上げる。
 茜さんはというと……ほら、待ってましたという表情だ。目を輝かせている。
 でも、和樹がぬいぐるみを受け取り戻ってくると、その表情を悟られまいといつもの涼しい顔に戻った。
 当の和樹は気づいていないからいいが、傍から見ている俺たちは一喜一憂する茜さんの表情をバッチリ堪能させてもらった。
「今度はもう少し勝率の高い勝負をするべきね。お金が勿体無いから。はい、キャラメルは上げる」
 そそくさと背を向け、ぬいぐるみを抱きしめる茜さん。……嬉しそうだな。
 今夜は絶対添い寝するだろう。おやすみのキスもする。賭けてもいいぞ。
 俺たちはそんな二人を邪魔しないように、そのまま分かれることにした。二人はこの後、展望台に行くらしい。……うまくいくといいよな、あの二人。
 それから俺たちは、しずかに屋台を眺めながら歩いた。
 気がつけば、陽も落ちていた。屋台の光、街頭の灯り、ライトアップされた道はそれだけで温かみを帯びていた。
 今度は、彦星の間へと足を運ぶ。特に用は無かったのだが、一つだけ確認したいことがあったのだ。
「……お。まだ残ってたのか」
「基本的には、これを外すのは本人だからね。願いが成就された時に」
 短冊のように色々な紙が結ばれている。それは男女変わらない。恋文であったり、夢であったり、ささやかな願いであったり。
 俺の不恰好な結び方は7年経っても変わらず、残っていた。
「広海ちゃん可愛いかったもんね~。ニクいね、このこの!」
 玖珠羽は肘で小突く。広海はもう居ないが、玖珠羽に茶化されても悪い気はしない。
 努めて明るく振舞ってくれる玖珠羽には、俺は感謝すべきなのだ。
「広海ちゃんのも、あっちにあるんだよね。あの歳で両想いなんて、羨ましかったなー」
「玖珠羽にはそういう相手はいないのか? 玖珠羽なら十分モテそうだけど」
「マジ!? それ本気で言ってくれてるの!? あはは、嬉しいー」
 玖珠羽は、まんざらでも無さそうに笑う。でも居たら、俺と二人でなんて誘わないよな。
「でも残念ながら、特定の人は居ないんだよね。今まで一度も。それに、彼氏が居たら二人っきりでなんて翔平を誘えないよ」
「まぁ、そりゃそうだよな……」
「でもちゃ~んと、あたしも向こうに結んであるんだよ」
「へぇ、じゃあ想い人はいるわけか」
「それはナイショ。結ぶのが全て色恋とは限らないよ?」
 まぁ、玖珠羽のことだ。その気になれば恋人も出来るだろう。
「変化とは常にあたしの心の中に。あたしの心は普遍。どれだけ歳を重ねようともね」
「それ口癖なのな。良い言葉だと思う」
「あはは、あたし発祥だぞっ! 著作権を守ってくれるなら引用可!」
「ああ。ぜひ今度許可願い出しとくよ」
「翔平だって、いつも”リアルじゃねぇ”って言ってるじゃん」
「あぁ……そういやそうだな。玖珠羽と違って意識はしてないんだが」
「まぁ本来は口癖ってそういうものだよね。だからあたしの口癖は”リアルじゃねぇ”」
「おいおい、強引にねじ込めばいいってもんじゃないぞ」
「あっはは! うふふ、ははははっ!」
 さわかやかに笑う玖珠羽の声は、祭りの賑やかさに負けないくらいに心地よいものだった。
 変化とは常に人の心の中に、か。裏を返せば、それだけずっと玖珠羽は誰かのことを想っているのだろうか。一途っていうのかもな。案外、ずっと慕っていた姉のことを想った文なのかもしれない。
 まぁ、全ては人の心の中に。織姫の間に限らず、それを結んだ本人にしか中身は分からないのだから。

 少し歩き疲れたので、村へ戻り近場の足湯へ行くことにする。
「はぁ~っと。楽しかった~」
 椅子に腰掛けて、両手両足を伸ばす玖珠羽。
 俺も隣に座った。一緒にスヌーピーもちょこん座らせる。
「あっ……。見て……」
 空を見上げると、ちらほらと、静々と小雪が舞ってきた。
 このくらいでは積もるほどではないかもしれない。でも、小雪の落ちる様は俺にとって幻想だった。
 雨でもなく、ヒョウでもなく、重力に逆らいながら静々と舞う小雪はまるで、その空間だけ時間が止まったかのように、目を釘付けにする。
 それが一つ、二つ、と数が増えるごとにその幻想世界へと足を踏み入れていく。触れてみたい衝動に駆られるが、触れれば手の平の温度で溶けてしまうような儚いもの。
 だから触れられない。目に焼き付けるしかない。
 この漆黒の世界に彩る白銀の結晶を。
 空から降ってきたのは目の前を過ぎては落ち、地に還る。
 まるで、誰かの願い、誰かの希望、誰かの想いが、一つずつ消えていくように。
 そんな悲しさも含んでいた……。
「ねぇ翔平」
 突然ふわりと立ち上がる玖珠羽。
 両手を広げ、くるりと1回転。短い髪がふわりと踊る。そして、さわやかに鼻をくすぐるオレンジカトレアの香り。改めて玖珠羽にピッタリだと思った。
「知ってる? 雪の落ちる速さ……」
「え……」
 雪の落ちる速さ……。考えたことも無かった。
「秒速10センチメートル」
「……結構、ゆっくりなんだな」
 なんて、ゆっくりなのだろう……。
 この世界には重力があり、物質の重さがある。その法則を感じさせない緩やかさ。
 その小雪舞う中に、踊るように舞う玖珠羽が一人。これを幻想と呼ばずになんと言おう。オレンジカトレアの香りは玖珠羽の世界を広げ、今やこの空間と一体となり、俺を釘付けにする。
 俺は玖珠羽のそんな儚さに、見惚れてしまっていた。
「翔平、一つだけ約束して」
「……なんだ?」
 その余韻も束の間、玖珠羽はピタリと立ち止まり告げる。
「この村の過去に、もう深く関わらないで」
「え……」
 村の過去。俺が来た理由。
 玖珠羽はどこまで知っているのだろう……?
 これは警告なのか。それとも、忠告なのだろうか。
「でないと、きっと翔平は後悔することになるから」
 茜さんと再会したときも言われたことだった。
 この村の過去、あの事件に関わると、後悔することになる?
 俺はすでに後悔した。涙は枯れ果てた。もう何も、臆することなんか無いはずだ。
「お願い……」
 なぜ玖珠羽が懇願する? 玖珠羽自身、被害者の一人だというのに。
 無念を晴らしたい一人じゃないのか? 村の人間だからか?
 俺はこの村に全てを奪われた。だから、全てを知りたかった。
 そして、同時に――。
「翔ちゃんとは、お別れしたくないよぉ……。もう誰とも、離れたくないよぉ……。どうしてみんな、あたしの前から居なくなっちゃうの……? 私はそんなこと望んでないのに……」
 なぜ、どうして……。玖珠羽が泣いている……。
 笑ってくれ、玖珠羽。でないと、俺は……。
 玖珠羽は手で顔を覆い、指の隙間から悲しみを零す。
 それは雪であり、涙であり、想いであり、願いであり、悲しみであり……。
「……」
 しばらく玖珠羽は嗚咽をもらし続けた。俺は声をかけることすら出来ずにいる。
「……あ」
 玖珠羽はごしごしと目元をぬぐうと、取り繕うように笑った。
「あ、あはは。ごめんね、取り乱しちゃって。どうしたんだろ、あたし……」
「い、いや……」
「の、喉渇いたね。ちょとジュース買ってくる! 待ってて!」
「うそ、だろ……」
 走り出してしまった。
「たのむから、……」
 嘘のわけが無い。茜さんだって言ってたじゃないか。
 改めて玖珠羽に言われただけだ。この村に関わると後悔するって。
「玖珠羽……」
 仕方なく、俺は待つことにした。
 目の前に足湯があるんだ。浸かっておくか。
 ズボンを膝丈までまくり、足首をつけてみる。当たり前だけど、温かい。
 足湯の神様、か。もしもそんな神様がいるなら、人を襲うような神様でないなら、信じてもいいか……。

 ぼ~っと空を見上げる。静かに雪が降っている。
 でも、先ほど感じた幻想的なものは感じられなかった。心境が違うから、だろうか。
 ……そうだな、玖珠羽の、そして広海の言うとおりだ。
 俺の空は初めから青かったんだ。それを俺が、灰色に変えちまったんだ……。
 俺の海はずっと、”ここ”にあった――。

 
 7年前、広海の失踪を許した。
 無力さと後悔で、自分を引き裂いてやりたかった。でも、幼い俺には何をどうすることも出来なかったんだ。
 両親を失い、広海を失い、俺の心は壊れてしまった。広海の両親へなんと謝ればいいのか。謝罪をいくらしたところで、広海を連れ戻すことは出来ない。
 広海の両親からは、もう二度と来ないでくれと言われた。殺されても仕方が無いと思っていたが、……俺を殺しても広海は帰ってこないのだから。
 そして俺は、祖母の家に預けられた。
 それからの俺は、無気力に日々を過ごした。世界が変わり、環境が変わり、日常は風景へと化した。
 見える世界は色彩を失い、同時に、聞こえる音は無関心な雑音になった。
 僅かほど残っていたかもしれない心を、俺は自ら壊した。
 俺の腹部には未だその痕跡が残っている。だが、俺は死ねなかったのだ。
 祖母が早く気づき病院に搬送されたお陰か、俺の中でまだ死ねない理由があったのか。
 病院の上で目覚めた俺は、後者を取った。
 もう一度、あの村へ行こう。全てを解き明かそう。俺から全てを奪った奴、もしくは奴らを暴いてやる。
 そして……もしも真相に至ったなら……。
 そのときは――。
 一体どこまで突き止めれば、あの日の真実へ辿り着けるのだろう。
 犯人を突き止めたら、俺は報われるのだろうか。真実を知ったら、俺はまた広海に会えるのだろうか。
 広海……。
 俺を好きだと言ってくれた、広海……。
 彼女はもう、居ない――。俺が、殺してしまったのだから――。
 
 どれだけの時間を、彼女と過ごしただろう。
 俺は忘れない、二度と。
 空が青いことを教えてくれた広海を。
 海はいつも心の中にあることを教えてくれた広海を。
 だから、探さなきゃいけない。
 俺がこの村に置いてきてしまった、壊してしまった俺の心のカケラを――。


「遅いな……」
 10分は経っただろうか。いや、まだ5分くらいなのか。それとも30分は経過しているのか。
 音も無く、誰も居ない一人はそれだけで時間の感覚を鈍らせる。
 俺は時計はしない主義だから、腹時計に任せている。しかし、今俺の腹時計は狂っていた。何時くらいなのか分からない。
 いつしか、雪は止んでいた。
「……約束……。玖珠羽の……」
 どうしても、これだけが思い出せない。玖珠羽との約束。
 7年前俺は一体、彼女と何を約束していたのか。漠然と、そこに俺の心があるような気がしてならない。
 約束――。7年前の、最後の約束……。

 ふと足音がして、やっと玖珠羽が戻ってきたと思った。
 しかし、誰も来る様子が無い。
「あれ、今確かに……」
 すると、後ろから物音がした。
「玖珠……え……」
 どう形容したらいいか分からない。
「だ、誰だよ……お前……」
 そいつは喋らない。ただじっとこちらを見据えている。
 誰、だって……? 違う、こいつは人なんかじゃない……。
 馬鹿言え、人外な生き物なんていないって俺自身言ってたことじゃないか。
 じゃ、じゃあ今目の前にいる、こいつはナンナンダヨ……。
 まるでこれは、デウス・エクス・マキナ。神が突然降りてきたかのよう。
 機械仕掛けでシナリオを細工して、人ならざるモノの介在を仕組んだかのようで。
 赤い、眼が赤い。角が生えている。身体も赤いが……足が、ない、だと……?
 そいつが握っている刃渡り30センチはあろうかという小刀は禍々しく、刺せば人の身体など貫通させてしまうだろう。
「り、リアルじゃねぇよ……」
 殺される、そう思った。
 過去の事件を思い出してみろ。ナイフのような鋭利な刃物で心臓を一突き。あんなので刺されたら心臓どころか、貫通しちまう……!
 まさか、こいつが、鬼……? オニガミ……?
 ふざけんな、認めてたまるかよ!
 逃げようと思った。しかし、足首に違和感。
「……っ!」
 俺の足首から下が……ない!?
 なんだよこれ、いつの間にこんなことになってんだよ!
 今更ながら激痛に襲われた。浸かっていたお湯は今や血の海。俺の足首を飲み込んで、俺の血を吸い上げていた。
「な、なんだよ! 一体なんなんだよ!」
 逃げるってのは足があって初めて逃げれるんだ。
 いや、もっと以前に人には足があるから、歩ける、走れる。でもそれを奪われたら人は、どうやって“逃げる”?
 這うしかない、這って逃れるしかない!
 その間、そいつは言葉一つ発しない。呼吸すらしているか怪しい。ただ眼を赤く光らせ、鈍く光る小刀を握り締めるだけ。
「そ、そうか……お前……なんだな。はぁ……はぁ、俺から全てを奪ったのは……、答えろ!」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら叫ぶ。もう、起き上がる気力もない。
 地に這いながら、そいつを睨み付ける。
「へへっ……こ、こいつは驚いた……ぁっ。足の切断が先だったとは、な……ぅッ!」
 こいつが全ての元凶。こいつが俺の仇。両親の、広海の仇!
 一度でも顔を拝めたら、殴ってやろうと思ってたんだ。俺の怒りが治まるまでなッ!!
 ……でも、もう立ち上がれねぇ。俺は真実を突き止め、元凶を殺してやるつもりだった。それがこんなザマだ。
 笑ってやる、こんなのはリアルじゃねぇ。
 オニガミが現に現れて、俺の脚を切断し、今まさに俺の心臓を貫こうとしているなんて……誰が信じるんだよ……。

 もう、いいんじゃないか?
 俺の本心が囁く。もう楽になっても、いいんじゃないか?
 ああ、そうさ。俺はもう生きる気力を喪っていた。死に場所を探していた。
 俺だけ生き残り、俺の全てを奪い去り、そんな世界に興味が失せていた。
 それでも自分を誤魔化し、復讐を掲げ、7年間真実を追った。
 もしも、真実に至れたなら、俺はどうするべきか……。
 相手を殺すか? ……いや、俺を殺して欲しいと願った。
 こんな世界に興味は無い。早く、広海のところへ連れて行ってくれって。
 だから、あいつらには会いたくなかった。
 挫けてしまいそうだったから。
 復讐という名で塗りつぶした欺瞞を、ひと時の温かさで挫けさせたくなかったんだ。
 首に下げてあった広海とお揃いのネックレスを握る。両手で掴み、おでこに押し付ける。

 玖珠羽……ごめんな、最後に泣かせちまって。約束思い出せなくてごめんな。
 和樹……茜さんの気持ちに気付いてやれよ。大丈夫。きっと、うまくいくから。
 茜さん……和樹のやつをよろしくな。いつまでも綺麗な茜さんで居てください。
 希、望……俺の馬鹿話に付き合ってくれてありがとう。良い本を出してくれよな。

 広海――。

 みんな、ありがとう。
 こんな俺と出会ってくれて、ありがとう。
 最後まで、情けねぇ男で、ごめんな。
「さぁ……殺してくれ」
 仰向けになって両手を広げた、俺は動かない。
 やつは振り上げる。両手で柄を持ち、まっすぐに振り下ろす。
「さよなら世界……」
 広海のやつ、怒るだろうな。なんで諦めたんだって。
 あぁ、怒ってくれ。こんな甘ったれ野郎を引っ叩いてくれ。
 そして、抱きしめてくれ……。
 刺さる――。俺の心臓を貫く。あふれ出した鮮血は、伝い、投げ出されたぬいぐるみを染めた。
 玖珠羽にあげた、スヌーピーが……。
「……ごめんなさい」
 オニガミは泣いていた。
 俺の頬に温かい涙が零れていた。

 ……この匂い。

 そうか……お前は―――。

 俺の意識は、そこで途絶えた。



 昭和53年2月某日。某県某所の寒村で7日間に相次ぐ失踪と殺人が起こった。
 忽然と姿を消し、翌朝、両足首を切断された遺体が発見された。死因はナイフなどの鋭利な刃物による心臓一突き。
 足首の切断は殺害後と見られている。
 7日間続いた事件は同じ手口、同じ犯行、同じ遺体状況から、同一犯の犯行とみられ、警察は連続失踪殺人事件として特捜部を立ち上げた。
 しかし、しばらくして捜査は打ち止めとなった。
 地元メディアでは、鬼神の神隠しと称され人ならざる者の犯行として、恐怖を駆り立てた。

 7年後、昭和60年2月某日。某県某所の寒村で殺人事件が起こった。
 7年前と同じ手口、同じ犯行、同じ遺体状況から、過去の事件が懸念された。
 地元では鬼神様の再来と囁かれたが、恐怖からか表立って騒ぐものはいなかった。
 事件は4日間続き、4日目。被害者は吉田翔平さん23歳男性。大学生。
 当時の状況を説明する友人の証言は、過去の事件とまったく同じものだった。
 現場には、ダイイングメッセージと見られるものが血塗られていた。

 “Helfen Sie mir” ドイツ語で「私を助けて」

 真意は不明。
 地元では、記事になりこそすれ囁かれることは無かった。警察でも特捜部は立ち上げられず、捜査は地元団体の強い要望により中止となった。

 事件から1週間が経った今、誰も口にする者はいない。
 鬼神とはなんなのか? 鬼なのか、神なのか? 
 それともオニガミと呼ばれる別の生き物なのか?
 鬼神の存在すらも、闇の中に消えたままであった
 湯ノ足村連続失踪殺人事件。通称、鬼神の神隠し。

 このお話は、事件の真相も明かされず、歴史に記されることも無かった。



 Ende.

デウス・エクス・マキナ

あとがき。


今回のお話「デウス・エクス・マキナ」を読んでくださりありがとうございました。
長さ的には中編に位置するくらいでしょうか。お疲れ様でしたー。

さて、今回のお話はいわゆる伝奇モノですが、皆さんすでにお気づきのとおり、おや? くすくす。と思われる表記がございます。
それは間違ってはおりません。色々なキーワードをお借りしてそれを含めた上で、優陽テイストを加えて世界観を構築しています。
初回公開時(半年前?)よりも、さらに13000字ほど加筆修正されています。
一度読んでくださった方も、補足的な意味でお楽しみ頂けていたら幸いです。
初回時は、思いつくままに書いたものを、入れたかった描写や設定、背景などを今回は惜しみなく入れていますので、より深く世界観に浸って頂けたのではないでしょうか。

このお話で描きたかったものは色々ありますが、死に対してどう向き合っていくか。ということだと思います。
その過程で、心理学を用いたり色んな違う立場の人の考え方を示すことで、自分の価値観の変化が生まれるかどうか。
そんなところを、ご自身の解釈と照らし合わせて頂けたら幸いです。

それでは、今回も優陽蘭々のお話「デウス・エクス・マキナ」 略してDEMをお読みいただきまして、ありがとうございました!


PS. このお話は「デンキノベル」様にて完全版を公開しています。

    加筆修正をしてサウンドノベル風に仕上げてあります。

    こちらからどうぞ↓

    http://denkinovel.com/stories/333/pages/1

デウス・エクス・マキナ

皆様、ご機嫌麗しゅう。優陽蘭々です。 今回のお話は、伝奇モノの王道といったところでしょうか。 所々に、おや?と思わせる仕掛け、キーワードがございます。それが見えたときは、どうぞニヤニヤしてくださいw ※作中に登場する心理学、香水、温泉などは現実とは異なる場合があります。あらかじめご了承くださいorz 重ねて、作中のドイツ語はネット翻訳サイト様にて変換しています。 このお話はデンキノベル様で加筆修正版がアップされています。 http://denkinovel.com/stories/333/pages/1

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-16

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著作権法内での利用のみを許可します。

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