殺し三部作 殺しの用心棒

殺し三部作 殺しの用心棒

登場人物 ・安西 百恵・・・荒野をさすらう若き女賞金稼ぎ。 カウボーイハットとポンチョと言った格好で、コンマ一秒の早撃ちの腕の持ち主。 また並みはずれた頭脳の持ち主でもあり、常に冷静。 短い髪を好んでいるらしく、髪型も常に同じである。                       
・井上丈・・・・・・百恵と同じ賞金稼ぎ。 ベージュのカウボーイハットと黒づくめのスーツ、金髪に染めた髪と切りそろえられた髭がフランコ・ネロを思わせる若者。 冷静沈着だが、情に熱い一面もある。
・南健蔵・・・・・・二大勢力の片方、南家の次男。銃器に熟練しており、ライフル銃を愛用している。性格は兄同様冷撤残忍で、奇襲を仕掛けた諸星一家の夫人をも撃ちしたり、自分に逆らった部下を殺し、見世物にする。
・南祐二・・・・・・南家の長男で、健蔵の兄。拳銃の腕を熟練しているが、ライフル、マシンガン系は健蔵に劣る。性格は残忍だが、仲間意識が強い。

荒野の女ガンマン メイン-タイトル

果たしてここは日本だろうか? エネルギー危機に伴う石油の価格沸騰が原因で、各地で人々が石油を求めて暴動がおこり、無法地帯と化していた。
そんな中、砂漠化したこの道を、一人の男が走っている。 相当慌てている様子で、何やら後ろを気にして走っている。 と、それを追いかけるように一人の人物が馬に乗って歩いている。 緑色のポンチョを羽織り、すらりとしたジーパンを履いた足元にはブーツの拍車が光っている。 乗っているのは、茶色いハットをかぶった「クリントイーストウット」のような格好で、短めの髪をハーフアップにした美女だ。 女はゆっくりと近づき男を射程距離に入れると、腰に巻いたガンベルトからコルトシングルアーミーを取り出し、彼に向けて弾丸を発射した。 ズドンと言う鈍い音に続いて、額に穴のあいた男が仰向けに倒れた。 女ガンマンはコルトをくるくるとまわしてしまうと、男の死体を馬に乗せて、また歩き出した。 そんな彼女を見送るように、どこからか風に乗って、エンニオ・モリコーネの「さすらいの口笛」が聞こえてくるのだった。

一章 みらい地区

長い砂漠を越えた女ガンマンは、警察署に居た。 「20万、また金持ちになりますね。安西さん。」 賞金稼ぎ・安西百恵は金を受け取ると、ポケットにしまいこみながら言う。 「ここらで金になる場所はありますか?」 保安官はニヤリと笑って、「もしあなたが男性だったら、みらい地区をお勧めしますよ。」と言う。 「みらい地区?」 百恵がシガレットに火をつけながら言う。 「何かお飲み物は?」と保安官。 「私はお茶で。」 少しして、お茶の入った水差しと葡萄酒、コップを二つ持って保安官が戻って来た。 「みらい地区の大広場に続く道を挟んで、西に懸賞金5000万円の諸星一家が。」 そう言って保安官が右に水差しを置く。 「東には懸賞金5600万円の南一家がそれぞれ分かれて町を支配しています。」 そう言って今度は左に葡萄酒の瓶を置く。 「今までに彼らの首を取りに行った人は?」 「何人もいます。」 「帰って来た人は?」 「まず五体満足で帰って来た方は居ませんね。 私の知る限りでは。」 百恵は一つゆっくりうなずくと、コップを真ん中に一つ置いて、「じゃあ、私は真ん中。」と言った。 「ホントに行くんですか?」 保安官が彼女を一睨みする。 「自分の道を進むだけです。」 そうとだけ言うと百恵は署を後にした。
みらい地区に入った百恵は、その静けさに驚いた。 真昼なのにもかかわらず人の気配はほとんどなく、皆窓から流れ者の顔をいっぺん見てやろうと物々しい雰囲気だ。 と、そこへ男たちが声を掛けて来た。 「おい、お嬢さん、ここによそ者が稼ぐ場所はねぇぜ。」 「その体を売るってんなら別だがな。」 そう言って男達がゲラゲラと笑う。 どうやら諸星一派の人間らしい。 百恵は馬から降りて男達を人睨みする。 全部で五人。 「身体を売るのはあなたたちの方じゃないの? 一人20000だとして、100000・・・」 男達から笑いが消える。 静かな町が、緊張のせいかいっそ静かになる。 「どう、稼ぎにされたくなければ、さっさと失せることね。」 百恵が言う。 野郎・・・ 男の口がそう動いたかと思うと、手が素早く腰から下げた銃に伸びる。 ガーン、ガガガガーン。 静けさを割くように、百恵の銃が火を噴いた。  「コンマ一秒・・・」 酒場の中からその一部始終を見届けていた男がつぶやく。 全身を黒で包んみ、髪は金色に染めて髭を生やし、「ガンマン大連合」のフランコ・ネロを思わせるその男は、主人に代金を払うと、凄みの効いた眼で百恵を睨み、自らの馬に乗った。
百恵は近くのホテルの最上階に部屋を取ると、町を一望した。 確かに、さっき百恵が五人を片づけた場所に続く道路と境に、西と東で二つの建物が建っている。 と、一人の男の姿が百恵の目にとまった。 さっき酒場に居た黒ずくめの男が、馬をホテルの前に置き、百恵のホテルに入って来たのだ。
腰から下げた拳銃と言い、賞金稼ぎに違いない。 男は店に入ると、フロントに居た男に、「さっきここに若い娘が来たろう。 その隣の部屋は空いているかね?」 と聞いた。 「申し訳ありません、今その部屋はお客様がいらっしゃいますので、他のをご用意いたします。」 フロント係はいかにも賞金稼ぎを嫌うような無愛想な声で言った。 「客が居るか・・・」 男は少し考え込むと、顧客欄に「井上丈」と書き、階段を上がって行った。
階段を上がる足音を聞いて、百恵はドアののぞき穴から廊下を覗く。 案の上、丈が部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋のドアを勢いよく開け、中に入って行った。 

二章 売り込み

一階に居るフロント係は、嫌な予感しかしなかった。 あの手の男が部屋に入ると、何をしだすかわからない。 と、その時一人の男が階段を転がるように降りて来た。 「ご主人、領収書だ。 領収書を書いてくれ~!」 男の後ろから、ゆっくりと丈が階段を下りてくる。 「おい、川島っ。」 客の男・川島が「はいっ。」 と返事をする。 「忘れもんだ。 くせえぞ。」 丈は薄汚れたポンチョを川島に投げ渡すと、再び階段を上って行った。
騒動の一部始終を見ていた百恵は、丈が隣の部屋に入るのを見届けると、壁に空いた穴から隣の部屋を覗いた。 彼は帽子と上着を掛けると、イスに腰掛ける。 近くにはチェロでも入るような大きなハードケースのバッグが置いてある。 丈は上着の内側から8本のナイフを取り出すと、木製のテーブルに突き立て、今度はドアに的の描かれた紙を貼る。 そしてナイフを一本取ると、ドアめがけて勢いよく投げつけた。 カーンと音を鳴らし、ナイフは中心より少し右にずれて刺さる。 彼は次から次へとナイフを投げつけ、7本目を構え、投げつけようとした。 その時、ドアが勢いよく開いて、フロント係が顔を見せた。 その顔には怒り、曇っている。 「フロントを呼んだ覚えは無いがね。」 ポケットから出したハンカチでナイフをこすりながら、丈が言う。 その様子を食い入るように見つめる百恵。 「呼んだも何も、旦那、ドアをこんなにされては困ります。 どっかよそで・・・」 そう言いかけた時、フロント係の横をかすめて、丈のナイフが壁に刺さった。 「標的になりたくなきゃ、今すぐ消え失せろ。」 彼は最後のナイフを構えると、フロント係を睨んだ。 恐れをなしてフロントが降りて行くと、丈は突然百恵の方を向き、最後の一本を投げつけた。 ナイフは壁を貫通、百恵の顔すれすれの所に刺さった。 彼は意味ありげに笑うと、部屋を後にした。 
馬にまたがった丈は諸星一家の屋敷に前に来ると、「おい、用心棒を探しているらしいな。 良かったらその仕事引き受けてもいいぞ。 しかし、ちょっと高くつくぜ。」と叫んだ。 「用心棒に着くだと?」 ふと、後ろから声がして、丈がそちらを見る。 そこには良い身なりをした50代の男が立っていた。 「ほう、雇ってくれんのかい?」 黒づくめの丈が初老の男に尋ねる。 「腕を見てから、決めよう。」 初老の男がそう言うか言わないか、丈の右手が動いたかと思うと、銃を引き抜いて初老の男を狙う男を撃ち殺した。 「これでどうだい?」 丈が拳銃をしまい、ニヤリと笑った。
「これでとりあえず50万。 残りはあとだ。」 諸星の屋敷の居間に通された丈は、初老から50万円の札束を渡された。 「俺はここに寝泊まりするのか?」 「そうだな。」 そう聞いて丈が立ち上がる。 「どこへ行く。」 初老に尋ねられ、丈がシガレットに火をつけ言う。 「ホテルを解約するのさ。」
部屋を解約した丈がホテルを出ようとすると、百恵とすれ違った。 お互いに警戒の眼差しを向けるが、決斗に至ることは無く、無事に戻るのだった。

三章 共通の目的

その夜、百恵は男と酒とたばこのにおいが漂う酒場に来ていた。 カウンターに一人座り、ウィスキーのロックを一杯やると、周りを見渡した。 東側にある酒場であるため、南一家の部下が多い。 しかし、よそ者が来ているのを感づいてているらしく、どこか物々しい感じがする。  「おい。」 何者かが百恵を呼んだ。 南一家の長男で、一家のナンバー2の南祐二だ。 「おめえさん、見たことねぇ顔だな。 ん?」 祐二が百恵の顔をジロジロ見る。 「顔は知らなくとも話くらいは聞いてるでしょ?」と百恵。 「ははぁん、おめえが今日の昼間、諸星を四人ばかりやった奴か。 顔に似合わずだな。」 「いや、五人よ。」と百恵。 「こりゃ失礼。」 「アンタの所が用心棒を欲しがってるらしいって話を風の便りで聞いてね。 一つ、その仕事私に任せてみない?」 「ギャランディーは?」 「100万。」 「高いな。」 「それ相応の仕事はするわ。それに・・・」 そう言って百恵は祐二の耳に口を近ずけ、「それに、諸星一派は腕利きの用心棒を雇ったって聞いたけど。」と耳打ちする。 祐二も頷いて「よし、明日の朝、屋敷に来い。」と言う。 「OK。」 祐二と入れ違いに、一人の男が入って来た。 丈だ。 彼は百恵の隣に腰掛けると、テキーラを注文し、ぐいっと飲み干した。 お互いに顔を見合わせる二人。 やがて相手から目を離さないようにしながら、百恵が席を立った。  丈はそれを見送ると、自分も席を立った。 外へ出た丈の帽子が、不意に宙に浮かぶ。 あっけにとられる彼の後ろから、銃を構えた百恵が姿を現わす。 百恵は丈の頭に舞い戻った帽子を撃つと、重力の影響で落ちてくる帽子を撃っては宙に上げ、それを繰り返した。 やがて百恵の銃の弾が尽き、帽子が着地したときには、帽子はヅタボロになり、到底使えない状態になっていた。 百恵は銃をしまうと、黒づくめの丈の足もとに札束を一つ投げつけ、その場を去るように歩きだす。 残された丈は、ガンベルトから拳銃を抜くと、百恵の後姿めがけて引き金を引いた。 彼の放った弾丸はシュンッと音を立てると、百恵のガンホルダーをガンベルトから引き離した。 後ろを向いて丈を人睨みした百恵が銃を拾おうとかがんだとき、彼の弾丸が百恵の銃を弾く。 丈は残りの四発を立て続けに撃ち、百恵の銃をめちゃくちゃにしてしまった。 彼は銃をガンホルダーに収めると、百恵を手招きするのだった。
「好きなのを持っていくといいでしょう。」 ここは丈の持っている小屋の中だ。 百恵は銃を新しいガンベルトに入れると、イスに座って丈に尋ねた。 「なぜここなんですか?」 丈は立ちあがると、カーテンを開け、外を見る。 「ホテルだと誰かに立ち聞きされる危険がありますし、俺のはもう解約しました。 それより、あなたの目的と俺の目的は同じでしょう。」 彼の言葉を聞いたとたん、百恵は銃を引き抜いた。 しかしそれよりも速く丈が銃を抜き、百恵の手から銃を弾き飛ばした。 「変な考え起こすと、今度は命がないですよ。 俺の腕は、あなたがよくご存じでしょ?」 丈が言う。 丈は続ける。 「俺は今朝諸星一家の所へ売り込みに行った。 またあなたも南一家と用心棒の契約を交わした。 俺の名を出して。 ここで俺とあなたは敵同士だ。 しかし俺たちが狙うのは奴らの首に懸った懸賞金。 ところで、俺と手を組むってのはどうです? 俺とあなたがうまく情報を操作して、二派を同士討ちにさせるんです。」 「私も同じことを考えてましたよ。」 すかさず百恵が言う。 「一人より二人です。 どうです。」 丈に押され、とうとう百恵は頷いてしまった。

四章 拳銃とライフル

「先に半分の50万だ。」 翌日、百恵は南の所で祐二に金を渡されていた。 「いや、100万渡してもらうわ。」 「なぜだ。」 「だって、先に50万でもう半分渡される前に裏切られたら、もともこもないもの。」 「用心深いな。」 「でなきゃ用心棒なんて勤まんないわ。」 「よし、あと二日待ってくれ。」 百恵が頷く。 そこへ一人の男が入って来た。 「おい、健蔵が帰って来たぞ。」 男の声に、祐二の顔がぱっとする。  百恵は祐二に連れられ外に出ると、そこには馬にまたがる、色の黒い男が居た。 「紹介しよう、弟の健蔵だ。」 健蔵が馬から降りる。 「話は電報で聞いてるさ。 本当に顔に似合わずだな。」健蔵が百恵を見まわす。 「あそこに鎧があるだろ。 あれを標的にして、腕を見せてくれ。」 健蔵が首のない西洋風の鎧を指差す。 百恵は黙って鎧の方を見ると、さっと銃を抜いて鎧の右肩めがけて連射する。 三発撃ったところで、鎧の腕が外れる。 百恵が銃をしまったところで、今度は健蔵がライフル銃を構える。 彼が引き金を引くと同時に、左肩がガタンと音を立てて落ちる。 「ちょっと、拳銃を見せてくれ。」 健蔵がそう言って百恵の銃を手に取る。 「コルトシングルアーミーだな。 ライフルに勝ちたけりゃ拳銃でもマシンガンでもない、ライフルじゃなきゃだめだ。」 「なぜ?」 百恵が聞く。 「拳銃は射程距離が短いし、マシンガンでは腕がぶれる。 その上、ライフルは破壊能力も良い。」 健蔵がそう言って自慢げにライフルを眺める。 「おい、祐二。」 健蔵が祐二を呼ぶ。 「どうした。」 「この先の川沿いを、金を積んだ輸送車が通るらしい。 そいつを今から襲撃しにいくぞ。」 「よし、馬を出せ。 お前はどうする。」 祐二が百恵に聞く。 百恵は首を横に振って、「私は残るわ。 屋敷を守るからね。」と言った。 祐二は頷いて、馬にまたがる。 「よし、野郎ども、行くぞ!」 祐二の掛け声に、部下が続いて馬を走らせる。 それを見届けると、百恵も馬にまたがり駈け出した。 行先は丈の別荘だった。 ライフルのバレル掃除をしていた丈に、百恵が声を掛ける。 「弟の健蔵が帰ってきて、金を乗せた輸送車を襲いに川沿いに行きました。 情報を諸星派に流して、相討ちにさせるなら今です。」 しかし丈は首を振った。 「今はだめです。 南一家に輸送車の略奪を成功させれば、彼らの首の賞金は二倍に跳ね上がるでしょう。 豚は太らせてから喰うのが一番ですよ。」 そう言って丈がライフルを壁に掛ける。 「どうです、今から川岸の見える丘に行って、奴らの仕事を見に行きませんか?」 丈の提案に、百恵が頷いたのは言うまでもなかった。 
ここは丘の上、丈と百恵は馬から降りると、地面に伏せて輸送車が来るのを待っていた。 川岸の影に、南一家が潜んでいるのが、丘の上からだとよくわかる。 とそこへ輸送車がやって来た。 ここぞとばかりに部下達が飛び出し、銃を構え、輸送車を襲う。 輸送車の警備員も応戦するが、歯が立たず全滅してしまった。 「そろそろ戻った方がよさそうだ。」 丘の上で見物していた丈が言う。 「近道を知っているでしょう。」 「ええ。」 「そこを通って行くんです。 連中よりも速く。」 そう言って二人は別れると、お互いに走り出した。

五章 奴隷嬢

南一家が成功の祝杯を挙げているころ、丈は諸星の屋敷で奇妙な光景を目の当たりにしていた。 屋敷の中を散歩がてら探っていた彼は、大きな怒鳴り声を聞きつけて、声のする台所に向かっていた。 小さな壁の隙間から中を覗くと、諸星一家のボス・泰三の妻の美恵子が、若い女を叱りつけている様子だった。 きちんとした身なりをしている美恵子に比べ、女の方は美人だがみずぼらしい格好で、履物も履いていない。 中の様子を丈が覗いていると、ふとドアが開いて美恵子が出て来た。 「何をなさっているんです!」 叱りつけるような口調で言う美恵子に、丈はニコッと笑うと、帽子を上げて、「やあ、今夜の夕食が気になりましてね。 私、ここで住み込みで用心棒をやらしていただきます、井上と申します。 よろしく。」 と言った。 美恵子は丈が怪しいものではないと分かったらしく、「あら、失礼いたしました。 妻の美恵子です。 お話は主人から聞いております。」 と改まった挨拶をする。 「さっきの女性は?」 廊下を歩きながら、丈が美恵子に尋ねる。 「あれはウチで雇っている使用人ですわ。 全く仕事の覚えが悪くて。」 美恵子の言葉に丈は、一応納得したように頷いた。 
午後になると、丈は人気の少ない街の酒場に来ていた。 「いらっしゃい。」 相当飲んでるように見える赤鼻のオヤジが、奥から姿を見せる。 丈はコークハイを注文すると、オヤジに尋ねた。 「爺さん、諸星ンとこに若い女が居るだろ? ありゃ一体なんなんだい?」 オヤジはため息をひとつついて言う。
「ありゃ奴隷だ。 ポーカーでイカサマつけた亭主から、泰三が奪った女さ。 名は沙羅というんだがね。 全く可哀想な女だよ。」 「亭主はどうしてる?」 「奴は息子と一緒に街の外れに追いやられたよ。 全く情ない男でね。」 話を聞いた丈は残りの酒をグイッと飲み干すと、オヤジに一万円札を握らせ、「釣りはいらねえよ、爺さん。 情報代として受け取っといてくれ。」と言った。 しかしオヤジは丈に釣りを握らせ、「いや若いの、そう金を無駄にしちゃいけない。 年寄りの言うことは聞くもんだぞ。」と言う。 それを聞くと丈は納得したように頷き、「その通りだな。」と言って店を後にした。
その夜、丈は別荘で百恵と落ち合った。 「待たせましたな。」 「いえ、今日はどんな用件で?」 「実は相討ちにさせる絶好のチャンスを見つけましてね。それを伝えようと。」 「チャンス?」 「そう、チャンスです。」 そう言って丈は椅子に腰かけた。 「諸星の所には沙羅と言う若い女が居ます。」 女の話が出たので、百恵は少し面白くない顔をする。 「そこで近いうちに、俺が彼女を逃がすんです。 そして諸星に南の仕業だとウソの情報を流すんです。 そうすると諸星は女を取り戻そうと南の所へ奇襲を仕掛け、お互いに滅するわけです。」 丈の話に、しかめっ面の百恵が頷く。 「面白くないんですか? 女の話が出たから。」 丈がからかうように言う。 「まさか、異性とヨロシクやっているより、銃を撃っていたほうが生きがいが感じられます。」と百恵。 丈も頷きながら、「同感です。」と言った。
次の日の晩、泰三の誕生日を祝い、諸星の屋敷では壮大なパーティーが開かれていた。 舞台の上には今回の主役、大ボスの泰三と一人息子の泰一が、周りのテーブルには部下達が座り、酒を飲み交わしていた。 もちろん丈も出席し、テーブルの端で酒を味わっていた。 そのうち、部下二人に連れられ、沙羅が舞台に出て来た。 「おい、お前。 皆の前でストリップでもやらんか。」 泰三の言葉に、部下達が笑い声を上げる。 その笑い声に沙羅が
思わず赤面し、泰三を睨んだ。 「なんだ、その目つきは!」 酔った泰三は壁に掛っていた鞭を手に取ると、バシッと殴りつけた。 「アァ!」 沙羅の顔が悲痛に歪むが、泰三は手を止めようとはしない。 「それくらいで充分だろ?」 たまらずに口を開いたのは、丈だった。 「私に口答えするのかね、新入り? 君はわかっとらんようだな、鞭の良さが。」 そう言うと泰三は、丈の目の前に鞭を突き出す。 「見ろ、このしなやかさを。 これぞ神聖な武器だよ。こいつで攻撃されることは、洗礼を受けるということなんだ。」 酒の勢いもあってか、泰三はどことなく不気味である。 「本当かい?」 丈がそう聞いたのは、なんと沙羅だった。 「バカ、その女には何もわからんよ。」 泰三が沙羅を睨んで言う。 「ちょっといいかい?」 丈が沙羅の腕をとり、葡萄酒の瓶を片手に部屋へ行こうとする。 「どこへ行く。」 すかさず泰三が止める。 「ちょっと、話し相手がほしくてね。」と丈。 「せいぜい下手な考え起こすな。 そいつは息子の女なんだからな。」 怒鳴る泰三を無視して、丈はとっとと上に上がってしまった。 「おい、奴の部屋の前に見張りをつけておけ。」 泰三が屈強な部下の一人に命じた。

六章 逃亡

泰三に見張りを命じられた二人の部下は、丈の部屋の前でじっと耳を澄ませていた。 しかし部屋の中からは、いやらしい情事の声はおろか、話声さえ聞こえない。 さすがに不審に思った二人は、顔を見合わせお互いにうなづくと、銃を片手に勢いよくドアを蹴破った。 あまりにも急だったためハッと驚いて布団をつかむ裸の沙羅だったが、男たちの目は丈の方に向けられていた。 テーブルの上の空の葡萄酒の瓶と、コップが一つしか置いていないことから、丈は一升瓶の酒を短時間で一人で飲んだらしく、何ともガンマンらしくないだらしのない大いびきをかいて、床に大の字になって寝ているではないか。 男たちは一安心して銃をしまい込むと、丈の頭と足を持って、ベッドの上に放り投げると、沙羅の手を引いて部屋を出る。 完全に二人の姿が見えなくなると、さっきまで大いびきをかいていた丈が、むっくりと起きだした。 部屋の明かりを最小限にとどめると、窓を開け外の音に耳の神経を集中させる。 やがて外の足音が止まり、馬の鳴き声がし始めると、丈は壁にかけておいたナイトスコープ付きのウィンチェスターライフルを取り、窓の外に構える。 ナイトスコープを通して丈の目に馬にまたがった男たちが見えた時、彼は勢いよく引き金を引く。 パパンッと銃声が響いたかと思うと、丈は男二人を早々と片付け、二階の窓から飛び降りて、驚く沙羅の前に姿を現わした。 そして主人を失って取り残された馬の一頭にまたがると、沙羅に、「あなたの家まで案内してください。」と言った。 沙羅は小さくうなづくと、先頭を切って走り出し、丈もそれに続いて行った。 
町のはずれの沙羅の家の前に着くと、馬の蹄の音を聞きつけた亭主の憲一が出てくる。 お互いに顔を合わせた沙羅と憲一は、歩み寄って抱き合った。 そんな様子を見ていた丈に、憲一が言う。 「本当に、何とお礼を言ってよいか。」 丈は首を振り、「礼なんていいさ。 夜が明ける前に、子供を連れて町を出るんだ。 躊躇してると諸星が追っかけてくるからな。 さあ、早く!」と言った。 三人が馬に乗り込み、走ってゆくのを見送った丈は、自分も諸星邸へと馬を急がせた。
次の日の朝、諸星邸の中は大騒ぎだった。 部下が腕利きの殺し屋に殺され、沙羅も姿を消したとなれば、泰三は気が気ではない。 「おい、新人。 お前は泰一たちと一緒に砂漠の方を探せ。」 息子・泰一は顔はいいがどことなく青二才で思い込みの激しい感じで、正直丈は彼が好みではなかった。 だが今はそんなことを言ってはられない。 丈、泰一と部下五人が馬にまたがり、砂漠の方へと捜索へ向かった。 砂漠の中を捜索した一行は、砂漠の真ん中の石と枯れ木の生えた場所に来ると、馬を降りて休憩をとる。 とその時、丈は自分に向けられた怪しい目線を感じ取った。 ゆっくりとして後ろを向くと、そこには泰一達の疑いの目と、いくつもの銃口が丈の背中をピタリと狙っていた。 「おとなしくしろ。 あの女逃がしたのはおめえさんだろ?」 泰一が静かに言った。

七章 拷問

丈は両手首を縄でくくられ、石に縛られていた。 目の前には枯れ木にぶら下がった拳銃があるが、縛られているので取ることができない。 そこへ泰一のパンチが丈の顔面に直撃、口から血が滴る。 「どうだ、まだ言わねえか。 あそこであの二人を仕留められたのは、あの部屋に居たお前さんしかいないんだぜ。 あの女どこに隠した?」 泰一の言葉に、丈は口を閉ざしたままだった。 「てめえ口きけねえのか。」 泰一が丈の後頭部をライフルの銃床で思いっきり殴る。 「俺に・・・ かまってる・・・暇あったら・・・早いとこ女を追えよ・・・ もう・・国境を・・・越えてるかもしれ・・・ねえ・・」 丈がとぎれとぎれ言う。 「国境? 隣町へ逃げたか。 それだけ聞けばお前はもう用なしだ。」 そう言って泰一は立ち上がると、仲間に国境へ行くように命じ、自分も馬にまたがった。 「じゃあな腕利き。 出来るならお前が天日干しになるのを見届けてやりたが、あいにく時間がなくてね。 今日の南中は11時ごろらしいぜ。 そいつを乗り切れるかな?」 泰一はそう言って笑うと、馬を走らせた。 丈は小さくなった泰一の後姿を一睨みすると、自由を奪っている縄を石の尖った部分にこすり始める。 30分もすると縄はちぎれ、彼は自由になった。 赤くなった手首をさすると、丈はぶら下がった銃を手に取り、灼熱の砂漠を歩きだした。
砂漠からほど近い所の酒場の主人は、妙な光景を目にしていた。 砂漠の向こうから、黒いスーツを砂で白くし、顔中傷だらけの男が歩いて来て、店の中に入って来たのだ。 その男は言うまでもなく丈だ。 彼はカウンターの席に座ると、主人の顔を見て一言、「水だ。 水をくれ。」と静かに言った。 主人がコップの水を出すと、丈は荒々しくそれをとると、グイッと飲み干し、店を後にするのだった。
その足で丈は、古い中古品買い取り店に居た。 居眠りをしていた主人の親爺を起こすと、丈は尋ねた。 「親爺、ここから馬よりも早く国境を超える方法はあるかね?」 「それならウチのスクーターを持っててくれ。 電気で走るってんで買ったんだが、今じゃ邪魔で邪魔で。 まだ走るがね。」 そう言って親爺が埃の被った電気スクーターを持ってくる。 が、所狭しと積み重なったガラクタはこのスクーターに支えられていたらしく、親爺がスクーターを動かすと同時に、ガーっと音を立ててそれらが崩れて来た。 唖然とする丈と親爺。 しかしこれくらいのことはいつものことらしく、すぐに親爺は丈の方を向き直った。 「じゃあ、親爺さん。 こいつを借りてくぜ。」 そう言って丈は埃を払うと、スクーターにまたがって走り出した。

八章 復讐の銃声

「居ないのか!」 国境周辺を一時間以上捜索している泰一達は、忍耐の限界に達していた。 「クソッ、奴に一杯喰わされたんだ。 痛い目にあわせてやる。」 そう言って周りを見渡した泰一は唖然とした。 さっきまで五人いた部下は四人に減り、一頭の馬だけがポツンと居るのだ。
「おい、誰か成田を知らねえか。」 泰一が聞くが、皆顔を見合わせるばかりである。 「おい、成田を探せっ。」 泰一の声に、部下達が消えた成田を探す。 「お~い、居たぞ。」 5分くらい探した頃、川岸で部下の一人の声がする。 声のする方へ向かった泰一達は、途中で悲鳴と銃声を聞きつけ、馬を急がせた。 「ああっ」 川岸に着いた部下の一人が、声を上げる。 川には背中にナイフが刺さり、顔を突っ込んで死んで居る成田と、額に穴をあけ、苦悶の表情で死んでいる部下がいる。 「あっ、アイツ!」 部下の一人が声を上げ、指をさす。 その先にはなんと、丈が銃を構えて立っているではないか。 「クソっ」 泰一達が銃を抜くのよりも早く、丈の早撃ちが炸裂し、彼らをなぎ倒した。 銃をガンベルトにしまった丈は、馬にまたがり市役所に行くと、役員に「電報を送りたいんだが、宛先はみらい地区の諸星家。 宛名は泰一だ。」と言って電報を送らせた。
一方、電報が送られてきた諸星邸では、小さな騒ぎが起こっていた。 『女ハ南ノモトニアリ 連絡ヲ待ツ 泰一』 と書かれた電報を受け取った諸星達は、今こそ南家を撲滅させるチャンスだと意気込み、今晩奇襲を仕掛ける計画まで立てていた。 やがて、市役所に居る丈の元に電報が届いた。 『今晩奇襲ヲ仕掛カケル 至急帰還スルヨウニ 泰三』 それを読んだ丈はニヤリと笑うと、今度は南家に電報を送る。 
電報を一番に受け取ったのは、百恵だった。 数日前から丈の作戦を聞いていた彼女は、電報を見ると、それをポケットにしまい、居間に居た祐二に、「さっき仕入れた情報なんだけど、どうやら諸星一派が今晩、奇襲を仕掛けるつもりらしいわ。 この機会に、奴らを全滅させるってのはどうかな?」と言った。 祐二は頷いて、「さすがはお前さんだ。 耳が早いな。」と言う。 「情報通なんでね。」 そう言って百恵は居間を後にした。
夜が更けた頃、泰一の帰りを待つ諸星の元に、また電報が届いた。 『今夜中ニハ帰レソウニアラズ 先ニ決行セヨ 泰一』 この知らせを受け取った一行は、武器を揃え、南一派が待ちかまえていることも知らずに、奇襲をかけに行くのだった。

九章 実力の差

奇襲を掛けに言った諸星一行は、南一家がやけに物静かな事を不審に思った。 「今だ! やれっ」 突然に物陰から南達が出てきて、諸星達が罠だと気付いた時にはもう遅かった。 南達は二手に分かれていて、片方は諸星の屋敷に馬で駆けて行った。 残った一行は容赦なく諸星一行に弾丸を浴びせる。 夜の町に銃声が響き、物凄い銃撃戦となった。 諸星一行は出遅れた分を取り戻そうと必死だが、ウィンチェスター銃などと言った強力な銃と、二手に分かれても諸星一家を上回る部下の数と言った南一家の勢力に押されている。
その様子を二階のベランダーから見ているのは、ほかならぬ百恵である。 目を細め、力の強い方を見極めて居ると、ドアが開いて部下の一人である蓼沼が入って来た。  「おい、用心棒。 ちょっと手伝ってくれ、こっちもそろそろヤバいんだ。」  それを聞いた百恵はウィンチェスタ銃を手に取ると、ベランダーに出て諸星一派の応援部隊を狙う。 パンッ ガチャン パンッ ガチャン 一寸の狂いもない連射で、百恵は10人もの応援を片づけてしまった。
一方、健蔵を先頭に第二部隊は諸星邸に向かっていた。 馬の蹄の音を聞きつけ外に出て来た婦人を難なく撃ち殺した健蔵は、部下に屋敷に灯油をまかせ、マッチに火をつけると、煙草をつけ、そのマッチを屋敷に投げつける。 空気が乾燥しているため炎は勢いよく燃え上がり、屋敷を真っ赤な地獄の色で包んでしまった。 煙に巻かれながら出て来た丸腰の召使もいたが、健蔵はかまわず銃を抜いて射殺した。 ついに屋敷の屋根が燃え落ちるのを見届けると、健蔵たちは来た道を馬を走らせて戻って行った。
奇襲を掛けて来た諸星一行の泰三も胸に凶弾を受け倒れ、それと同時に他の部下も衰退していった。 そしてついに最後の部下が倒れると、諸星一家は全滅してしまったのであった。

十章 祝福の夜に

その日の晩、南一家では大掛かりなパーティーが開かれていた。 もちろん諸星一家の全滅で、町が南一家の物になったということの祝福が趣旨である。 皆、酒を飲み交わし、ワイワイ騒いでいる中に、百恵の姿もあった。 アルコール度数のあまり強くない葡萄酒の入ったコップを片手に座っているところへ、健蔵が呼んだ。 「おい、用心棒。 いい働きだったぞ。 いったいあれだけの数の応援をどうやってやっつけんたんだ?」 健蔵が聞くとすかさず酔った祐二が口を挟む。 「こいつはな、二階のべランダーからウィンチェスタ銃を出してな、こうやって構えて物凄い早撃ちで十人片づけたンだぜ。」 そう言って祐二は百恵と肩を組むが、若干百恵は迷惑そうだ。 「じゃあお前にとって、この町で生きるために必要なのは、情報と銃の腕なんだな。」 健蔵の声に百恵が首を振り、初めて口を開ける。 「この町で生きるためには情報も銃もそう重要じゃないわ。 ここで重要なのはイカれた執念深さとココよ。」そう言って百恵が自分の頭を指差す。 「気に入ったぜ。 アンタはタダ者じゃないと思っていたが、やっぱりそうだったな。 さあ友よ、飲め。」 そう言って百恵のコップに健蔵が葡萄酒を注ぐ。 「相棒よ、みんなにお前の銃の腕を見せてやってくれ。 おいっ、的だっ。」 健蔵が命じると、召使が首と両腕のない、あの鎧を持ってくる。  「いいわ。 あそこの・・・。」 百恵が鎧の股間の鉄板を指差し、言い辛そうに言う。 「ああ、あれだな。」 健蔵が頷いて席に着く。 百恵は壁に掛ったウィンチェスタ銃を取り、標的との距離を合わせると、それをじっと睨みつけた。 ガーン ガチャン、ガーン、ガチャン 百恵の腰もとでウィンチェスタの「ナバホ・ジョー撃ち」が炸裂し、鎧の鉄板がはずれ、ルネサンスの彫刻並みの立派な男性器がさらけ出される。 百恵は弾倉を覗いて弾が残っているのを確認すると、コッキングレバーを上げ、男性器に狙いを定める。 パーンッ 鋭い音とともに飛び出した弾丸は、男性器に命中し、それを落とした。 「去勢手術、成功ね。」 百恵をまた壁に掛ける。 ワッと拍手が上がる。 「ブラボー、さすがだ。」 手を叩きながら近づく祐二に、百恵が言う。 「ちょっと疲れちゃったの。 上で休んでるわ。」 無理もないと言ったように祐二が頷くと、百恵は会場を後にした。  部屋に入った百恵は鍵を閉めると、ポケットから一通の電報を取り出した。 『今晩、会イタイ イノウエ』 そう書かれた電報を机に置くと、百恵は窓を開け、屋根を伝って外に出ると、馬にまたがり丈の元へと急いだ。

十一章 私刑

丈と百恵は小屋の中に居た。 「どうでした、今日の奇襲作戦は?」 「諸星一家が全滅して、みんな浮かれてます。」 「そうか、俺の作戦通りです。」 小さな蝋燭の光にぼんやりと映し出された二人の顔は、どうにも好かない感じであるが、それが一層不気味さを出している。 「嵐が来そうですね。」 百恵が言うが、外は全くそんな感じはしない。 「そうですな。」 丈が意味もなくナイフを取り出す。 蝋燭の光が刃に反射し、銀の光が不気味に放たれる。 しばらく沈黙があって、やっと百恵が口を開く。 「何のために呼んだんですか?」 「結果を聞くために・・・」 「ならもう帰ります。」 そう言って席を立つ百恵に、丈が待ったをかける。 「ちょっと。」 「なんです!」 少々怒り気味の百恵に、丈がじっとナイフを見たまま、尋ねた。 「正直、俺はもうこの町に嫌気がさし始めてるんです。」 「ふんっ、この二年間で、大分変ったようですね。」 「そうですか。」 百恵はそんな丈を一睨みして、小屋を後にした。 丈が一人になった小屋の中には、ぼうっと浮かび上がる彼の悲しげな顔と、それをなでるような冷たい風が吹いていた。
また屋根を伝い窓から部屋に戻った百恵は、一瞬心臓が凍りついていた。 背中に冷たい銃口が押しあてられ、さっと腰に巻いたベルトから銃が抜き取られたからだ。 窓から射す月の光に照らされて見えるのは、健蔵がベッドに横たわっている姿だった。 「飯も食わずに報告とは、熱心だな、相棒。」 健蔵が重い口を開き、かみしめるようにつぶやく。 「イノウエとやらに、何を話したか、俺にも教えてくれよ。」 健蔵が顔をぐっと近かづけて言った。
「オウッ」 地下室に連れてこられた百恵は、丈との会話を白状させるべく、リンチにあっていた。 祐二に殴られふらついている所を、顔に大きな傷のある卓郎が蹴り飛ばす。 バンッと床に倒れた所を、健蔵が髪を無理やり引っ張り顔を上げさせ、酒臭い口で言う。 「おめえさんがスパイだって事は分ってんだ。 とっとと白状しろ。 それともまだ足りないか?」 百恵の顔はだいぶ傷つき、所々擦り切れ、血が出ている。 「くそっ」 健蔵が百恵を殴りつけ、また床に吹っ飛ぶ。 そこへ間髪いれずに部下の五郎の蹴りが入る。 せき込みながら立ち上がる百恵を、祐二が後ろから押さえつけ、思いっきり机に叩きつける。 「女だからって容赦はしないぜ。」 三回も叩きつけられ、百恵は鼻血を垂らし転げ落ちた。 立ち上がろうとしたところを無理やり髪を引っ張られ、立ちあがったところに健蔵の拳が飛ぶ。 小さなうなり声を上げ、また立ちあがろうと段差に右手をついた百恵に、そこへ座って煙草を吸っていた卓郎が気付き、その手に煙草を押しあてる。 ジューっと肉が焼けるような臭いと音がして、あまりの熱さに百恵が煙草を払いのける。 それをあざ笑う悪漢達。 何とか自力で立ち上がった百恵は卓郎に平手をくらわせるが、弱っているせいか力が入らず、卓郎に殴り倒されてしまう。 そこへ巨漢の哲がやってきて、百恵を軽々と持ち上げると、酒樽の乗っている台の上に投げつけた。 ウ~っとうなり声を上げた百恵は、酒樽を転がす坂をゴロリと転がり、床に体を打ちつけられる。 「強情な女には鞭が一番なんだ。」 そう言って卓郎が鞭をとると、百恵に容赦なく打ちつける。 「アアっ」 さすがの早撃ちガンマンも、壮絶なリンチの前にはゴロゴロ転がる芋虫のようになってしまっている。 ビシッ ビシッ ビシンッ 卓郎は不気味に笑いながら、百恵の顔ばかりを狙って鞭を打つ。 「それくらいで止めとけ。 いずれは喋るんだ。」 健蔵が卓郎を止めるが、卓郎は不満げに健蔵を睨みつけ、つばを吐いた。 怒りの頂点に達した健蔵は、手に持っていたライフルの銃床で卓郎を殴りつけ、気を失ったところを哲に運ばせ、自分も部屋を後にした。

十二章 脱出

数時間後、哲と五郎は百恵を閉じ込めてある地下室の前に来ていた。 「あの美人用心棒、俺がしっかり可愛がってやるぜ。」 巨漢の哲がうすら笑いを浮かべ、指を鳴らす。 「余り手荒なマネはするなよ。」 五郎がカギを取り出し、戸をあけた。 「あれ、あの野郎、居ねえぜ。」 部屋の中はガランとした空気と酒樽が積み重ねてあるだけで、百恵の姿はどこにもない。 「あの野郎、叩き起こしてやるぜ。」 そう言って二人が部屋の奥へと入って来た時、ドアの陰から傷だらけの百恵が出てきて、ブーツの中に隠し持っていたナイフを取り出し、紐を切った。 紐は酒樽を支えていたものであり、紐が切れたことでこれまで支えられていた重たい酒樽がすべて男たちの頭上に降って来たのだ。 百恵はナイフをブーツに隠すと、芋虫のように這って廊下に出て、息を整えると胸のポケットからマッチを一本取り出し、擦って部屋の中に投げ込んだ。 火は樽からこぼれ出る酒に引火し、地獄の炎のように燃え上がる。 それを見届けると、百恵はまた這うようにして窓まで行くと、窓にかろうじてよじ登り外へ出た。 
ちょうどそれと入れ違いに、音を聞きつけた健蔵達が地下室に駆けつける。 「何があった? ああっ。」 燃え上がる炎を見て、一行は絶句する。 「とりあえず火を消せ。 あいつはまだ遠くには言ってないはずだ。」 祐二が命じ、部下達が消火活動に入る。
その頃、傷ついた身体で百恵は一人民家の影まで逃げのびていた。 壁にもたれかかって一息ついたところで、後ろに気配を感じ、次の瞬間拳銃を背中に突き付けられた。 「シーッ こんな所で会うとは、何とも運がいい。」 声の主は丈だった。 「馬車と、バリゲードを用意してあります。 そこに入って、とにかくこの町を出ましょう。」 そう言って丈は馬車から大きな棺を降ろすと、蓋を開け、マットレスのひかれた棺に百恵を入れ、また蓋を閉めると、馬車に乗せて走りだした。

十三章 作戦

瀕死の逃走劇から3日、百恵は驚くべき回復力で傷はまだ残っているものの、銃を撃てるまでに回復したのだ。 百恵は丈の別荘の一室にこもり、厚い鉄板と向き合い、卓郎に煙草を押しつけられ使えなくなった右手を補うため、左撃ちの練習に専念していたのだ。 慣れない左手で立て続けに三発撃つと、百恵は這うように鉄板に近づき、厚い鉄板に穴が開いていないことを手触りで確かめ、今度は鉄板に銃口を押しあて、残りの三発を撃ち、また手触りで貫通していないことを確かめる。
そんな風な生活が続き5日目、ついに自力で立てるまでに回復した百恵は、大きなの鋸を片手に的にしていた厚い鉄板を四角く切ってゆく。 鉄板を四角く切ると、今度は鋸を鑢に持ち替え、とがった角を丸くするようにこすって行く。 十分に角が丸くなったのを確認すると、今度は鉄板の真ん中を熱し、クルンと真ん中が盛り上がり曲がるように、鍛冶職人のような手つきで叩いていく。 その目は、百恵の言っていた「イカレた執念深さ」のこもった、燃え上がるような目だった。 小さな小屋の中に、カーン、カーンと金槌の音が響いていた。
次の日の朝、丈は食料の調達のため町に出た。 町の入口に来ると、丈は思わず目を覆うような光景に出くわした。 町の入り口の看板の所には、体中の蜂の巣のような穴をつくり、苦悶の表情で死んでいる一人の男が、Xの字型の拘束台にくくりつけられているのだ。 丈は町に入ると、あの酒屋の親爺の元を尋ねた。 「爺さん、あの入口の死体は何だね?」 丈が聞くと、親爺が重い口を開く。 「ありゃ南家の部下の卓郎だ。 健蔵か祐二に逆らったんだろ、気の毒な奴だ。 ありゃはんだごてで、じっくりやられた後だろう。 お前さんもああならないように、気をつけることだな。」 話を聞いた丈は、納得したように頷き、店を後にした。
その日の晩、またあの日のように蝋燭の光に照らされ、百恵と丈の顔が見える。 「明日、奴らと決着をつけるつもりです。」 「そうですか、じゃあ俺は、今晩この町を出ます。」 「えっ?」 丈の言葉に、百恵は唖然とした。 そんな彼女に構わず、丈は続ける。 「今回の奇襲作戦で、俺の目的は果たされたんです。 その後もここに残っていたのは、銀行の口座に金が入るのを待っていたからですよ。 俺は金さえ入れば、とっととこんな町出ていくつもりだったんです。 まだ他にも、金になる仕事は幾らでもありますからね。」 彼の言葉を聞いて、百恵は怒りで拳が震えるのが分かった。 「やっぱり、あなたはこの二年で、すっかり別人になってしまったんですね。」 「そうかもしれませんね。」 そう言い残してその場を去ろうとする丈の背中にに、百恵はついに銃を抜いた。 カーン しかし弾は横道をそれ、丈には当たらなかった。 「冷静じゃないな。 それではあいつには勝てないでしょう。」 そう言って去る丈の背中を、百恵は悔しいながらもじっと見送ることしかできなかった。

十四章 いざ、決戦の時

翌日、南一家は逃げ出した百恵をあぶりだすべく、恐ろしい計画を実行していた。 部下が何軒かの民家に手分けし侵入し、百恵を探し出すという計画だ。 しかし百恵は見つかるはずもなく、南一家は最後の手段に出た。 民家からさらってきた何の罪もない少女に銃を向け、大広場に立つと、健蔵が大声で叫んだ。 「お前達、匿った女用心棒を出さねえと、こいつの頭が吹っ飛ぶぜ。」 少女は恐怖のあまり泣いている。 
と、そこへ一人の女が近づいてきた。 言うまでもない、百恵だ。 緑色のポンチョに身を包み、風にめくれるところからはガンベルトとコルトが覗く。 健蔵は用なしになった少女を乱暴に突き放すと、ライフルを片手に百恵をじっと睨む。 お互いに睨みあいが続き、ついに百恵が歩きだした。 それに合わせて健蔵も相手との距離をとる。 彼の後ろには祐二以下、五人の部下の姿が見える。 「おい、用心棒。 よく来たな。 お前の最期だ。」 そう言って健蔵が狙いを定め、引き金を引いた。 キューンと鋭い音がして、まっすぐに飛んで行った弾丸が百恵の心臓に命中する。 どさっと地面に倒れた百恵を見て、祐二がにやける。 がしかし、次の瞬間にはもう彼の顔から笑みは消えていた。 心臓を撃たれ死んだはずの百恵が、ヌクッと何食わぬ顔で起き上がったからだ。 「狙いがはずれたようね。 冷静になるの。」 百恵の声に、健蔵が焦って引き金を引く。 今度こそ命中して、百恵はついに倒れたかのように見えたが、また立ちあがり、フラリと歩き出した。 顔中に冷や汗を浮かべた健蔵は、妬けになって残りの弾丸をすべて百恵にぶち込んだ。 しかし百恵は倒れず、健蔵の前までくると、種明かしをするようにポンチョをまくりあげた。 そこにあったのは、百恵の胴にへばりつくようにくくりつけられた、あの鉄板だった。 心臓の位置に残った弾痕が、健蔵の銃の腕が正確だったことを物語っている。 百恵はその重い鉄板をズルリと降ろすと、健蔵達を睨みつけた。 と、さっと百恵の左手が動き、銃をとると、包帯を巻いた右の拳で撃鉄を叩いた。 真昼の広場に銃声が響き、健蔵を残して五人の部下を皆殺しにしてしまった。 弾の無くなった銃を落とした健蔵は、荒く肩で息をしている。 ふと、百恵が横を見た時だった。 健蔵は待っていたように二ヤリと笑うと、ポケットから金色のデリンジャーガンを取り出し、百恵の手から銃を弾き飛ばしてしまった。 「へへへ、いつだったか言ってたな、この町でいきるために必要なのは、ここだってな。 どっちが利口か、よく考えるんだったな。 さあ、神に祈りでも捧げろ。」 健蔵が勝ち誇ったようにそう言った時、どこからか飛んできた弾丸が、彼の手からデリンジャーを離した。 銃声のした方を二人が見る。 なんとそこに居たのは、昨日町を出たはずの丈だった。 「フェアじゃないな。」 彼は一言そう言うと、自分の持っていたウィンチェスタ・ライフルの弾を一発だけ残し百恵に、同じように一発だけ弾を残したライフルを健蔵に渡した。 「いいか、銃声が三回聞こえたら、向き合って相手を打つんだ。 後ろを向け。」 丈の声に二人が後ろを向き、緊張と沈黙が走る。 バーン 一発、 パーン 二発、 銃声が聞こえるごとに、周りの空気は固くなっていく。 丈は両者をじろりと睨むと、ついに三発目の銃声を鳴らした。
勝負はついた。 コンマ一秒の差、百恵の勝利だった。 健蔵は心臓に弾丸を受け、眼を見開いたまま地面に倒れ、動かなくなった。

これから行く先 エンディング

百恵は丈に銃を返し、一言と聞いた。 「なぜ、戻って来たんです?」 「さあ、分かりませんな。」 丈が笑って言う。 「これからどこへ向かいますか?」 「俺は北へ行きます。」 「私は南。」 長き戦いを終えた二人は、またさすらいの旅を続けるため、それぞれの道を歩みだした。
                                                                殺し三部作 殺しの用心棒  終

殺し三部作 殺しの用心棒

アイ・ラブ・マカロニウェスタン!
・マカロニウェスタン、スパゲッティは細くて弱そうだから、もうチョイ太いマカロニにしよう。 嘘かほんとかそう名付けられた最大の娯楽映画の一つ、マカロニウェスタン。 そんなマカロニの巨匠が残した作品群から、失礼千万にもアマの私がチョコっとずつアイディアを分けてもらって完成したのが、この「殺しの用心棒」。 一章の百恵と保安官の会話は、「荒野の用心棒」のジョーとカルロスの会話からとっているし、二人の賞金稼ぎが顔を合わせるシーンは、「夕陽のガンマン」のワンシーンから、二人が意気投合するシーンもまた同じ作品を参考にしている。 全体に流れるのは「荒野の用心棒」だか所々に別のウェスタンが顔を出している。 丈と言う名前は荒野の用心棒のイーストウッドと同名。 そんな彼が砂漠を横断する場面は、「キル・ビル2」のユマサーマンだ。 また丈が一人づつ泰一の部下を消してゆく描写は、「さいはての用心棒」で盲目にされたジュリアーノジェンマが、敵をだまし討ちにするシーンそのものだ。 見世物にされた卓郎は、まさに「真昼の用心棒」で殺された無口のインディアンだし、金が手に入ったら百恵を裏切る丈は、「スターウォーズⅣ」のルークを裏切るハン・ソロのようだ。 ラストシーンは一見「荒野の用心棒」の通りかと思えば、最終的な決着の決まり方は、「豹/ジャガー」のラストだ。 「冷静じゃないな、フェアじゃない。」 これは「夕陽のガンマン」のモンコがぼそりとつぶやくセリフである。 
こんな具合で、オマージュにまみれた本作から、じっくりと原作を紐解いてみては、いかがでしょう?

殺し三部作 殺しの用心棒

これぞ日本版「荒野の用心棒」 コンマ一秒・早撃ち女ガンマンと謎の流れ者ガンマンコンビが、無法地帯を舞台に銃声を轟かす! あらすじ・・・エネルギー危機によるガソリンの価格沸騰に伴い、日本は無法地帯化としていた。 そんな中、大広場に続く街道を挟んで、西と東に分かれ、懸賞金付きの二大勢力が市民を脅かす町に女ガンマン・安西 百恵が流れ着く。 頭の回転の効く百恵は、二大勢力を利用し金を稼いだ後、相討ちにさせ、懸賞金を手にしようと思いつく。 しかしこの町には、もう一人同じ考えを持つ流れ者ガンマン・井上 丈が居たのだ。 やがて偶然にもめぐり合い、お互いの目的が同じであることを知った二人は、互いに西と東に分かれ、協力して二大勢力の滅亡にかかるが・・・ マカロニウェスタン三部作・「殺し三部作」の第一作を飾るのは、名作「荒野の用心棒」を大胆にリメイクした血みどろのこの作品!

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 荒野の女ガンマン メイン-タイトル
  2. 一章 みらい地区
  3. 二章 売り込み
  4. 三章 共通の目的
  5. 四章 拳銃とライフル
  6. 五章 奴隷嬢
  7. 六章 逃亡
  8. 七章 拷問
  9. 八章 復讐の銃声
  10. 九章 実力の差
  11. 十章 祝福の夜に
  12. 十一章 私刑
  13. 十二章 脱出
  14. 十三章 作戦
  15. 十四章 いざ、決戦の時
  16. これから行く先 エンディング