
君影草と魔法の365日-第10話
i'm lovin' it
ちょっとデリカシーの無い丸いヒゲオヤジが作る魅惑の一杯。
“ヒゲマルラーメン”
あっさりしててコクのあるスープ。
モチモチで小麦の香る中太麺。
ガツンとクセもあるのに何回食べても食べ飽きない究極の一杯です。
ランカはここに辿り着くまでたくさんのお店を食べ歩きました。
今流行りのお店はほとんどチェックしましたし、友達の勧めるお店にもたくさん行きました。
でも、初めての一杯目は美味しくても、もう一度食べたいと思わせてくれる一杯にはなかなか出会えなかったんです。
「ねぇねぇ、みんな情報誌は見てるかな? どんな内容をチェックしてる?」
彼女はラーメンを語るとかなり饒舌になります。
ランカにとって『老若男女だれでも~』とか『バランスが絶妙で~』という類いはどーでもいい情報でした。
知りたいのは『どんな強いクセがあるのか?』の1点のみです。
「だってそうよね。知りもしない人の好みなんて、アタシに合うはずがないよ」
バランスが良くて万人に愛されるラーメンは…
言い換えれば当たり障りの無い無難なラーメン。
究極の味は人によって違って当たり前。
「情報誌を嘘つき呼ばわりする人は底の浅さが目立っちゃうよ」
ひとけの無い海岸で屋台を開いていたヒゲマルラーメン。
直ぐ側を通った時、全身に電撃が走り毛が逆立ちました。
ラーメンの香りだけで引き寄せられたのは初めてでした。
その日食べた感動は醒める事を知らず、今でも週一でランカを通わせているのです。
今日、彼女はすずとヒゲマルラーメンを食べに行く約束をしていました。
「よかった。なかなかすずと食べに行けないもんね」
実はお店での食事に誘っても、すずはあまり付き合いがよくありません。
いつも『今月は金欠なの』と断られていたんです。
その理由の一端を最近知る事になりましたが、あえてランカはいつも通りしつこくしない程度に誘い続けました。
変な壁を作りたく無いし、お互いに気兼ねしない関係を築けていると信じていたからです。
誘って欲しくないなら、すずはきっとドライに断る。
それは解り合えた二人の距離感と呼吸。
すずもランカの態度に救われていたんです。
「おばあちゃん、行ってくるよ」
ランカは制服から私服に着替えると、トメさんにバイバイして家を出ました。
ちょっと早いのですがすずを迎えに行きます。
屋台の鉄人
夜の7時前。
すずとランカ、リリーの3人は探していた赤い灯りをようやく見つけました。
「今日はココ…なんだ?」
赤提灯をさげたヒゲマルさんの屋台は気まぐれで場所が変わります。
今日はなんと黄昏の樹海の前。
こんな場所に屋台を構えて商売になるのでしょうか?
お客さんどころか歩行者一人見当たりません。
ランカは慣れた様子でのれんをかき分けると長椅子の客席に座ります。
「おう! ランカちゃん。今日は友達も一緒かい?」
ヒゲマルさんは接客スマイルとは一味違う人の良いオジサン的な笑顔で麺を茹で始めました。
「こんばんは。いつものヤツちょうだい」
“いつもの”なんてすっかり顔馴染みですね。
「私は…」
あまりに早くランカが注文してしまったので、すずは少し戸惑い気味。
メニューを探すと屋台の壁に短冊状の品書きが貼ってありました。
醤油、味噌、塩、豚骨、豚カツ…かまぼこ…?
途中からイミフな事が書いてありますが、とりあえず無難そうな物をチョイス
。
「私は…塩にしようかな」
「あいよ! …で、ちっこい嬢ちゃんは何 にするんだい?」
2人の注文を聞いたヒゲマルさんはリリーに振ります。
でも彼女は困った表情。
実は人間の作る麺料理が大の苦手でした。
人には丁度良い太さの麺も、彼女には茹でた小麦粉の塊です。
スープだってちっとも絡みません。
ラーメンは妖精が食べる事を全く想定していない料理なんです。
「アタイの事は気にしなくていいよ。麺料理は苦手だからね。今日はすず達に付き合っただけなのサ」
すずは不思議に思いました。
屋台のラーメンの話を聞いて飛び付いて来たのはリリーだったのですから。
つかヒゲマルさんに失礼な気が(汗)
「そうかい?」
しかし彼はき気を悪くする素振りも見せず、魔法で炎を起こすと中華鍋に油を放ります。
鮮やかな手さばきで材料を炒める様は、テレビでよく見る中華の鉄人みたい。
「ならコイツを試してみてくれ。サービスにしとくよ」
リリーの前に小皿を出しました。
盛られているのは刻まれたチャーシューが美味しそうな炒飯。
更に二人のラーメンも出来上がっています。
「え、いつの間に?」
「さあさあ冷めないうちに食べてくんな」
何でも屋ケット・シー
今でこそ屋台引いて堅気の商売をしているヒゲマルさん。
でも昔は色々と危ない橋を渡っていました。
スラム街で生まれ育ったヒゲマルさんは、表とは違う世界の住人でした。
混沌とした世の中でその日その日を生き抜くのに必死だったんです。
様々な仕事を転々としているうちに、自然と裏世界の都合と言うものを知る様になりました。
彼は親友の2人とチームを組んで“何でも屋”を始めます。
博識でチームの頭脳を務めた“黒ネコ”
強靭で一番危険な矢面に立ち続けた“白ワニ”
リーダーは器用で様々なツールを作ったヒゲマルさん。
“赤ダルマ”と呼ばれていました。
何でも屋“ケット・シー”
彼らは表向きに出来ない様々な秘密の仕事をこなしました。
他では手に入らない違法スレスレな魔術材料や道具の販売。
ギャングから預かった中身の分からない荷物の運搬。
お金で兵隊に喧嘩を売って死にかけた事もあります。
ちょっとスパイスの利いた危ない香りのする昔話は、テレビドラマよりも心をワクワクさせました。
ヒゲマルさんの武勇伝を一緒に聞きたかったのも、すずを誘った理由の1つです。
「まぁ俺はこの通り引退してっから、もうそんな話とは縁がねぇんだけどな」
そう言いながら顔が誇らしげなのは“過去の自慢”と言うより“仕事に対する自信”なのでしょう。
彼らには貫き通した信念があったんです。
どんなに堕ちても荒んでも人の道は外さない。
だからこそ今でも“裏の仕事”を続ける昔の仲間を陰ながら応援していました。
「もしランカちゃんが必要とすんなら、ヤツを紹介してやるぜ」
黒ネコと呼ばれた仲間は今でも活動を続けているんです。
「世の中は結局カネ次第だけどよ。俺たちは信用でも仕事を請けてるからな」
本気か冗談か、ヒゲマルさんは一枚のカードを差し出します。
そこには時間と場所と…
「…え!?」
内容を確認した瞬間、カードは“熱く感じない炎”に包まれて燃え尽きてしまいました。
すず達の驚いた様子に満足した彼は話を続けます。
「ただし…どんな物を依頼をしても、どうやって手に入れたかは聞かねぇ方が利口だな。それがルールってヤツなんでな」
正直、普通に暮らしていたら何でも屋に依頼しなければならない様な事は何もありません。
「困った時はお願いするの」
でも、そのすずの言葉は近く現実のものとなりました。
酒場の薔薇
ヒゲマルさんって色々と謎が多い人だったりします。
「実は今もどこかで裏世界と繋がってたりしてね…」
ボソッとつぶやいたランカの一言。
「おっとこれ以上は詳しく聞かねぇ方がいいな。後悔する事になっからよ」
ヒゲマルさんは慌てたふりをして話を打ち切ります。
核心に触れる2歩前にとめるのは彼の癖。
すず達も詮索する気は無いのですが、お互いに良い関係を保つ為の距離なんです。
「なんにしてもあの頃は俺も若かったぜ。アイツは今でも変わらねぇけどな」
空気を察したすずは別の話を振りました。
「こんな質問はナンセンスかも知れないけど、なぜ裏世界の仕事から足を洗ったのかしら?」
ああ…確かにソコは気になりますね…って、話を変えるどころか掘り下げてる!?
しかしヒゲマルさんは嫌な顔一つせずに照れ笑いで話を始めました。
どうやら“地雷”は踏まなかった様です。
それは“ケット・シー”として裏の仕事で稼いでいた頃の昔話でした。
仕事で立ち寄った小さな酒場。
ステージで歌う薔薇の様な女性に一目惚れをしたんです。
ヒゲマルさんは猛アタックの末に見事彼女のハートを射止めました。
2人は町外れのボロアパート借りて一緒に暮らしてたんです。
彼は思いました。
このままじゃいけない。
彼女の為にまっとうな仕事への転職を考えたんです。
苦楽を共にした仲間の2人も彼を理解し応援してくれました。
世の中もすっかり平和になり、裏の世界の仕事もそろそろ潮時。
何でも屋は解散し、3人は別々の道を歩み始めたのです。
そこまでは良かったのですが…。
表の世界ではどの仕事もちっとも続かなかったんですよね。
無理も無いかも知れません。
彼は裏世界の生活が長過ぎました。
そしてあんまりにも働かないせいで彼女を怒らせてしまったんです。
すったもんだの大喧嘩したあげく…
『こんりんざい てめぇの世話になんざならねぇ!』
なんてタンカ切って飛び出して、はいそれっきりです。
「今思えば あいつにゃ迷惑かけた。今でも怒ってるんだろうなぁ。まぁあいつには俺みたいなハンパもんより、真面目なヤツが似合ってんのさ 」
まぁ確かに悪い印象が強いですね。
でも頑張ろうとして裏世界から抜けた事はちゃんと見てくれていそうですけど。
ボーっとしてると時々彼女の事を思い出します。
「今考えてもよぉ、あんないい女と少しでも一緒に居られたのはすげぇ幸せな事だったんだって思うぜ」
つか、いつの間にか昔の彼女の失恋話になっちゃってますね。
でも裏世界の話からはすっかり離れました。
コレも話術のひとつでしょうか?
「ランカちゃん達も男選びは慎重にした方がいいぜ。俺みたいのに捕まっちゃいけねぇな」
使い魔
ラーメン一杯で随分と長居しちゃいました。
もう8時半。
2時間近く話し込んでいます。
あれ?
そう言えばリリーの姿が見えません。
またお仕事でしょうか?
一言いってくれればいいんですが…。
「とっても美味しかったの」
「ヒゲマルさんご馳走さま」
味も量も大満足。
すずとランカは『また来たいね』と次回の約束をし席を立ちました。
「おぅ。また宜しくな」
帰る2人のガールズトークは段々と遠くなり、やがて樹海のざわめきとお湯の沸く音のみの静けさが辺りを包み込みます。
静寂の中、ヒゲマルさんは“賄い飯”の準備を始めました。
賄い飯とは食材の端っこ等を寄せ集めて作る身内用の料理の事。
グズチャーシューを刻むと御飯に乗せます。
「いつまで隠れてる気だい?」
突然、声を上げたのはヒゲマルさん。
すると屋台の屋根からリリーが顔を覗かせました。
「気付いてたのかい」
リリーはクルリと1回転すると、破いた本のページを差し出しました。
…って彼女には大きいA4版のソレをどこに持ってたのでしょう?
ヒゲマルさんは一瞥すると表情一つ変えずに、先ほどの御飯にラーメンスープをかけます。
「リリーちゃんは訳ありかい。ランカちゃん達にも内緒ってワケだ」
彼女はその言葉には答えません。
「さっきも言ったが俺は足を洗っちまったからな。捜し物なら黒ネコに頼むんだな。会える方法はランカちゃん達に教えたよ」
彼は出来上がった賄い飯を掻き込むと、グラスの焼酎をお湯割りにして美味しそうに飲み下します。
更に焼酎を注ぎ足すと、今度はお猪口にも注いでリリーの前に差し出しました。
「にしても…俺の作ったラーメンが食えねぇなんて人生の半分損してるぜ」
「アタイは主の淹れてくれる紅茶が飲めれば満足なんだよ」
彼女は抱える程大きなお猪口に注がれた焼酎を一気に飲み干します。
ガンと音が鳴ったのはその器を落としたから。
漫画の様に一気に酔っ払ってしまいました。
こんな乱暴にお酒を飲んだのは初めてです。
「おいおい…」
「このくらいしないと信じちゃくれないだろ?」
最初は困った様子だったヒゲマルさん。
でも自然と笑いが込み上げてきました。
「いいね。気に入った!だがよ、俺は意地悪言ったわけじゃないんだぜ? 黒ネコは“使い魔”相手に商売しねぇんだ。どうあってもランカちゃん達に手伝ってもらわねぇとな」
リリーの花壇
「…そうね、ユリには黒い品種の物も確かにあるわ」
デイジーさんは一輪の赤いユリを手に取ると言葉を続けます。
「でも、私の知っているユリは正しく言うと黒ではないの」
「どういう事ですか?」
「お花には“黒”という色が存在しないのよ。黒く見えても赤や青が色濃く発色しているだけで、光を通して見れば必ずそれが分かるわ」
捜し物“漆黒のユリ”は艶やかな深い黒色をした珍しいユリ。
でもデイジーさんの言葉が意味しているのは、それが現実に存在しているかさえ分からないという事。
植物に詳しい彼女に訊けば何か分かるかと思ったのですが。
ランカは収穫の無いまま温室へ戻りました。
「お帰りランカ。何か分かったかしら?」
すずとリリーは調べていた辞典を開いたままテーブルに置くと彼女に駆け寄っていきます。
「ダメ。それどころか自然には存在しない花だって…」
「そう。タケルさんも同じ事を言ってたの」
“リリーの花壇”と札の立てられた温室の一画には、彼女がアチコチから集めてきた様々な花が植えられていました。
話によると皇子様を助ける魔法の材料になるのだとか。
その中にあるマーガレットの様な花。
名前も知らないこの花も黒い色をしていますが、よく見ると凄く濃い紫色だと分かります。
リリーが捜しているのは、漆塗りの様に艶のある真っ黒なユリの花。
いえ、正しく言えばユリの様な形をしているという情報だけで、それが本当にユリかどうかさえ分かっていないんです。
ここまで一人で集めていた彼女でしたが、あまりにも手がかりが少な過ぎたので2人に手伝ってもらっていました。
魔法に使うなら先生やトメさんに訊いた方が早い気もするのですが、リリーはソレを良しとしません。
「なぁ、この前にラーメン屋のオヤジが言ってた何でも屋に頼めないかい?」
「ヒゲマルさんの友達の?」
確かに何でも屋なら、秘密裏な依頼をするにも都合が良さそうです。
ただ、学生だけで裏の世界の人に接触しても良いのかランカは悩みました。
「いいかも知れないの。私も会ってみたいし」
でも、すずはランカの心配をよそに会う気満々です。
まぁ本当に危険ならヒゲマルさんも学生なんかに紹介したりしませんよね。
そんな考えがよぎったランカはあっさり警戒心を解いてしまいます。
それは平和な国で当たり前な権利を守られて育った彼女なら、仕方のない判断だったのかも知れません。
「何でも屋に会えるなんて楽しみだよね」
好奇心が勝った彼女達は黒ネコに会う事を決めました。
黒ネコの館
町を流れる川の畔に、誰も住んでいない古い屋敷がありました。
二階建ての立派な洋館でしたが、すっかり荒れてしまい老朽化が進んでいます。
そのお陰で不吉な気配の噂が絶えず、お化け屋敷として有名になっていました。
今は深夜の3時過ぎ。
昼間でも薄気味悪いこの中に、カンテラの明かり2つで入ろうとする女子3人組がいます。
「ランカ、やっぱり行くわよね?」
「も、勿論よ…」
幽霊が大の苦手なすずは足がガクガク。
普段は冷静なランカも、流石に冷や汗を流しています。
照らされた外壁には苔がびっしりと生えていて、更に蔦が覆うように這っていました。
窓ガラスは殆ど割れていて、遮光カーテンが風も無いのに揺れています。
もっと近付けば部屋の様子も分かりそうですが、あまり無駄にアチコチ照らしたくありません。
至極単純に怖いんです。
だって変なの見つけちゃったら…ねぇ?
「時間になっちまうよ。もたもたしないで早く行くよ」
そんな2人にハッパをかけるリリーは恐れというものを知らない様子。
少しだけ開いている玄関から我先にと中に入っていきました。
「リリー!? ちょっと待ってよ」
すず達も意を決してついて行きます。
屋敷の中はホコリっぽく、蜘蛛の巣も張っていていかにもって感じ。
歩いて軋む足音が更に恐怖を掻き立てました。
「何も出やしないよ」
リリーは気丈な振る舞いで勇気づけてくれます。
こーゆーのって理屈じゃないんですよね。
なんとなく気持ちを鼓舞された2人は、次第に落ち着きを取り戻しました。
心さえ乗ればこちらのもの。
まだ恐怖心は残るものの、自然な足取りで長い廊下を進んでいきます。
やがて突き当たったのは大きな扉。
悪戯の様に“Cait Sith”(ケット・シー)と赤いペンキで殴り書きされていました。
「ここがそうなの?」
試しにノックしますが応答無し。
恐る恐る開けてみますが中は真っ暗。
全く人の気配がしません。
広い室内の真ん中にとても長いテーブルが置かれていて、周りには何十もの椅子が並べられてありました。
どうやらここは大広間の様です。
すずは思いきって声を出してみました。
「すいません! ヒゲマルさんの紹介で来たんですけど…」
すると壁やテーブルに配された燭台が、手前から順に灯されてゆきます。
勝手に。
そして奥からは冷たく鋭い声。
「赤ダルマが? 随分とかわいいお客さんだ」
まるで景色を脱ぎ捨てる様に、彼は姿を現しました。
商談
黒尽くめのスーツにトレンチコートを羽織る姿は、目立たない為の黒装束を意識しているのでしょうか?
シルクハットを深く被り、額と目・頬を隠す黒い仮面が冷たい印象。
下から覗く口元はポーカーフェイスで、表情を読み取る事は出来ません。
つか物凄く目立つし、街中なら問答無用で職務質問されそーです。
まさかのコスプレ好き?
…いや、冗談ですよ。
まぁ服装のセンスはともかく…。
長身の渋いオジサマ(憶測)が黒ネコである事は、その抜き身のナイフの様なオーラで直ぐに分かりました。
冗談抜きでヤバい雰囲気です。
ちょっと色々と間違えたかも…。
物凄く場違いな自分達。
でも今更、冷やかしの様に何もせず帰る訳にはいきません。
「これを探しているの」
すずは思いきって、リリーから預かっていた魔導書のスクラップを差し出しました。
黒ネコは見るなり直ぐに口を開きます。
「学生のお客さんがいったい何をする気だ?」
え?
そんな事を聞かれても…。
そー言えば具体的にどんな魔法の材料か知りません。
そんな反応されちゃう魔法なのでしょうか?
するとリリーは少し強引に話を戻します。
「用意出来るのかい? 出来ないのかい?」
「おっと失礼。依頼に詮索は禁物だな。花の入手は困難だが“種”なら容易に手に入る」
花は無理でも種は大丈夫?
咲かせるのが難しいのでしょうか。
それともあまり保たない?
でもリリーは彼の言葉に安堵の息。
目的は果たせそうです。
ランカは打ち合わせ通りに報酬の話を始めました。
「報酬はこれを20枚まで出せます。足りますか?」
「その金貨は…そうか。ブツは1週間以内に用意する」
それはリリーから預かった異国の金貨。
一振りの剣に二匹の蛇が絡む見た事の無いデザイン。
多分、皇子様の祖国のものです。
「前金として1枚頂く」
黒ネコは言うなり指を鳴らすと、彼の目の前に金貨が出現。
落ちるソレをパシッと掴みます。
ランカは渡そうとした手のひらから、いつ金貨が消えたのかさえ分かりません。
地味ですが高度な魔術。
やはり実力は本物の様です。
「契約は成った。こちらから連絡する」
彼は手をかざすと景色を羽織る様に姿を消しました。
…いや、違う?
気付けば3人が館の外に立っています。
緊張が解けたすずとランカは、その場にペタリと座り込んでしまいました。
亡国の紋章
今日の屋台は淋しい海岸にありました。
ヒゲマルさんは本当に商売をする気がなさそうです。
ほら、お客さんは1人も来て…あ、1人いますね。
背の高い黒いトレンチコートの男。
マスクもシルクハットもしていませんが、彼は間違いなく黒ネコさんです。
仮装…もとい変装の意味ゼロですよ。
一度会った事があれば、その圧倒的なプレッシャーを忘れる事など出来ません。
これって裏の世界で暗躍する彼にとって致命的な欠点なんじゃ…。
「何故、あんな小娘達に紹介した?」
「まぁ話を急がねぇで飯でも食って落ち着きなよ」
何か込み入った話をしているみたいです。
ヒゲマルさんは手早く賄い料理を作り彼の前に出しました。
ご飯に刻みチャーシューを乗せ、ラーメンスープをかけるアレです。
黒ネコさんはどんぶりを受け取ると流し込む様に掻き込んで、あっという間に完食してしまいました。
しかも空になった器を差し出して、おかわりの催促までしています。
この前のヒゲマルさんより行儀の悪い食べ方。
なんかイメージが崩れますねぇ。
こう気取ってスマートなトコしか見せない、キザでいけ好かない印象だったんですが。
もしかしたらこっちが素顔なのかも知れません。
顔は笑っていませんが(汗)
逆にヒゲマルさんはいつもの笑顔でもう一杯作るとこう切り出しました。
「白ワニが変な事を言ってたのを思い出したんだよ」
“白ワニ”はケット・シーの仲間の1人ですね。
黒ネコさんは2杯目も一気に完食すると、黙ってヒゲマルさんを直視します。
「覚えているだろ? アイツが滅ぼされた国の近衛騎士だったって話。あの時は2人で笑い飛ばしちまったが。実は…アレには続きがあるんだよ」
ヒゲマルさんは羊皮紙に書かれた1枚の手紙を渡します。
「ほう…」
黒ネコは納得した素振りを見せると、宙から同じ様な羊皮紙を取り出しました。
「奇遇だ。俺も話の続きを知っている。お前とは違うが…」
黒ネコはランカから受け取った金貨と一緒にソレを渡します。
「他の仕事は全て片付けた。何でも屋は廃業する」
「漆黒のユリを探しに行くのかい? アレの入手は簡単じゃないよ」
「承知している」
ヒゲマルさんは彼の覚悟を知ると、グラスに焼酎を注いで渡します。
「今日は俺がおごるよ。潰れるまで飲んでいきなよ」
「いつだってお前が勝手に潰れていた。だが今回は…後の事は任せる」
2人はグラスを重ね乾杯します。
『滅び行く存在の為に!』
屋台のカウンターには2枚の手紙と1枚の金貨。
どちらの手紙にも烙印が捺されていました。
2匹の蛇が絡む一振りの剣が。
君影草と魔法の365日-第10話