君影草と魔法の365日-第9話

君影草と魔法の365日-第9話

首長竜

トメさんが子供だった頃、箱庭の海で“首長竜”が目撃され話題になった事があります。

首長竜とは大昔に栄えた古代爬虫類の一種。

首がとても長くずんぐりとした体型。

水生で大きなヒレ脚を使い泳いでいたとされています。

因みに恐竜の一種と思われがちですがちょっと違うんですよね。

テレビの取材もたくさん来てかなり盛り上がったのですが、結局カメラに姿を収める事が出来ず、時の流れと共に忘れ去られていました。

でも最近になって、また首長竜の生息が噂されています。

最初はただの見間違いだと思われていたのですが…。

「ねぇねぇ、首長竜って凄い昔に絶滅しちゃったって…読んだ本にはそう書いてあったよ」

「でも見たって人結構いるみたいなの。なんでも水面に大きな影が見えたって…。調べてみる価値あると思うの」

不思議な事件の起こる所にこの2人あり。

当然いつもの流れで海に行く準備を始めたのですが…。

「なぁ、ちょっといいか? 相談があるんだよ」

リリーから待ったがかかります。

「2人は魔法語が得意だろ? 迷子の通訳をしてほしいんだ」

迷子?

通訳?

それなら自警団に連れて行けば済む話だと思うのですが…。

でも放っておく訳にもいかず彼女に付いて行きます。

リリーは町をどんどん離れて、案内するのは黄昏の樹海。

採石所とは違う洞窟の一つでした。

「ねぇねぇ、迷子の子をココに置いてきたの?」

「連れて来たくても出来ないんだよ」

どうやら何か事情がある様です。

洞窟は全く整備されておらずゴツゴツのボコボコで真っ暗。

「光よ!」

魔法で明かりを生み出すと、狭い割れ目の様な隙間を縫って行きます。

そこは100メートル程進んだ先。

照らし出されたのは深く碧い大きな地底湖でした。

「行き止まり?」

無音に近い静かな闇の空間。

時折、雫の落ちた音が辺りにこだまして情景をより神秘的に見せます。

しかし肝心の子供がどこにも見当たりません。

すず達は不安にかられます。

迷子になるくらい小さな子なら、違う場所に迷い込んだか…最悪の場合は地底湖に落ちた可能性も。

でもリリーは慌てた様子もなく“その子”に声をかけました。

「恐がらなくてもイイんだよ。出てきな」

すると突然湖面が盛り上がります。

最初に現れたのは頭と特徴的な長い首。

図鑑のくすんだ色とは違う透き通る様なマリンブルーをしています。

大きな瞳はクルクル動いてとっても可愛らしく見えました。

ずんぐりとした身体にはヒレ脚があって、愛嬌のあるオットセイの様な動きをみせます。

「まさか?」

静寂の地底湖から現れ出たのは小さな首長竜でした。

読心術

ある魔法に使う“不思議な色の花”が咲く場所。

リリーは本に記されていた地底湖を探し求めて洞窟に来ていました。

すると遠くから水しぶきの上がる音が聞こえてきたんです。

向かった先には期待通りの地底湖が広がっていて…

そして首長竜の子供が寂しそうに泣いていたんです。

子供と言ってもすずとランカを背中に乗せる事が簡単に出来そうな大きさ。

「一緒に居ると泣き止むんだよ。でもだんだん元気が無くなってきてサ」

首長竜にとってリリーとの再会の喜びはつかの間。

確かに疲れた様子で元気がありません。

具合でも悪いのでしょうか?

その子は片言で何かを訴えかけてきます。

「何て言ってるのかな?」

雰囲気は確かに魔法語の様ですが…。

でも知らない単語や聞き取れない単語ばかりでちっとも分からないんです。

ランカはどうにかコミュニケーションをとろうと魔法語で話し掛けますが全く会話になりません。

「どうやら魔法語とは違うみたいよ」

「ランカでも駄目なのかい? 畜生、どうしたらいいんだい」

すると、すずは首長竜の直ぐ側まで近づき、その子の頭に手を添えます。

・・・・・・?

「うん。そう…わかったの。この子、多分お腹が空いてるの」

彼女がそう言った途端、その子は大きなお腹の音を洞窟中に響かせたんです。

ランカとリリーはびっくり。

当てずっぽうが偶然当たったわけでもなさそうです。

「なんで分かったんだい?」

「何となくなの。何となく伝わってくるの」

それをすずは最近まで“強い感情を読み取る事が出来る感性”と理解していました。

ただ、人に言葉で説明するのは難しいんですよね。

それに心を読むともとれるこの力は、人の目には気持ちが悪く映ると…。

でもランカは素直な気持ちで受け入れてくれた様子。

「言葉の通じない相手の気持ちが分かるなんて凄いね」

なんか無駄に怖がっていたのがむしろ自分だけだと気付くと、悩んでいたのが馬鹿らしく思えました。

心にしまいたい事も沢山あるけど、ランカには出来るだけ有りのままでいよう。

あの一件以来、すずは前にも増して明るく元気に。

いや、本当の笑顔で笑えている気がしました。

「さあ、ぐずぐずしてられないの。お腹を空かせたお客さんの為に、箱庭の幸をプレゼントよ!」

迷子のハコ

「お腹は…いっぱいに…なったかしら?」

手も足もパンパンのすずとランカは地面にペタンと尻餅をついていました。

ハァハァと息も上がっています。

大きなバケツ山盛りの魚を川から運んで1人2往復もしたのですから。

そりゃ疲れて当然です。

その魚を全て平らげた“ハコ”はすっかり元気を取り戻していました。

あ、ハコはリリーがつけた首長竜の愛称。

彼女はすっかりお母さん気分です。

最初はすずとランカが“ハッシー”と呼び出したのですが、こだわりを見せるリリーにあっさり却下されました。

センスが“ショーワ”並にレトロだからとの事。

満足したらしいハコは首を水面から出したまま地面を枕にするように静かに夢の中へ。

ハコもハコなりに疲れていたんですね。

「ねぇねぇ。ハコはなんでココにいるんだろ? どうやってココに来たのかなぁ?」

そういえば不思議です。

迷子になったとしても洞窟の中へは普通入っていきません。

しかも地底湖まで辿り着くには狭い岩の隙間を縫ってこなければいけないのですから。

ハコの大きさでは考えられないんです。

「なぁ。お母さんに会いたいんだろ? ハコはまだ子供だからサ」

たぶん町で噂の海岸で目撃された首長竜はハコのお母さん。

早く会わせてあげたいのですが…。

お母さんが海にいて…

ハコが地底湖にいて…

考えられる道は1つです。

「きっと地底湖はどこかで海と繋がってるの」

でも自分で帰られるなら、もうとっくに帰ってますよね。

洞窟の入口を掘って大きくする?

いや、落盤を考えると素人には危険過ぎます。

そもそもハコの体力が陸上でどれくらいもつか分かりません。

「必要なのは水に長時間潜れる魔法だね」

そう。

ハコを途中まで送る事が出来れば、きっと海まで脱出出来る!

休んでいる時間はありません。

その時に出来る限りのチカラを尽くす。

これは後で後悔しない為の鉄則です。

二人は魔導書のページをアレコレと開きながら相談を始めました。

「ねぇねぇ、これなら空気は大丈夫よ」

「うん。それならコレも併用出来るの」

潜水術は見付かりませんが、異なる魔法を組み合わせる事で何とかなりそうです。

「準備を整えて湖底探険ツアーに出発なの!」

リリー思う。

オリジナルの潜水魔法はかなり難易度が高いらしいね。

さっき失敗して溺れかけてたよ。

でもすずとランカは諦めず試行錯誤して、また地底湖の底に潜って行った。

ホントいいヤツラだよ。

地底湖は静まり返ってる。

すず達の置いていったカンテラの火だけがチロチロと揺れて影を動かしてる様に見えた。

ハコは今もここで眠りに就いている。

やっぱりカワイイな。

親子は一緒にいるべきだ。

もし放って置いて生き別れになったら、アタイは死ぬ程後悔する。

お節介かも知れないけど、助けられるものは助けたいんだよ。

なぁ皇子。

皇子は寂しくなかったかい?

アタイを創造した偉大な魔術士にして予言者。

世界を統べる力と知恵を兼ね備えた王国の指導者。

でも歳はすず達と変わらない子供。

石になる運命を受け入れて皆と離れ離れになる道を選んだ皇子。

それが犠牲を最小限に食い止める最良の選択肢だった。

800年の月日はどれだけ苛酷だっただろう。

今直ぐに飛んで行って助けたい。

でも叶わない。

今は皇子の命ずるまま仕事をこなすしかない。

皇子の石になった身体を守りながら、追手から逃れる亡命の旅は辛くても短かった。

予言のお陰で近衛騎士は一人も欠ける事なく、この時代に繋がる扉を見付けられた。

きっとアタイがこの時代へ飛んだ後も無事なはずだ。

アタイが鍵の役割を果たせば、必ず皇子を助ける事が出来る。

また皆で笑顔で暮らせる。

どんな犠牲を払っても達成してみせるよ。

・・・・・・。

なぁ皇子。

アタイ達は間違った事してないよな?

たまに不安になるんだよ。

予知した未来を変えるために…運命に逆らう作業は必ず誰かを巻き込む。

結局はあの邪悪な魔導士と変わらないんじゃないかってさ。

・・・・・・。

静かにしているのは良くない。

余計な事を考え過ぎる。

そんな事を考えているとハコが急に鳴き出した。

「起きたのかい? どうしたんだよ」

その鳴き声は悲しそうだけど泣いてる訳じゃない。

…心配してくれているのか?

あぁ、このままじゃいけないな。

アタイは歌い始めた。

初めて会った時、ハコは歌で泣き止んだんだ。

少しでも心が晴れるなら…

ハコの為に…

いや、アタイが自身を誤魔化す為…か?

さよならハコ

すず達4人(?)は蒼い闇に閉ざされた地底湖の底を歩いていました。

ランカが“障壁の魔法”を応用して、水の中に作り出した球…

と言うか、ランカを中心に半径1メートル程の空間だけ水が拒絶されて近づけないでいます。

すずとランカがなんとか収まるソレには空気が有り、リリーも肩をよせあっていました。

酸素はすずが“電気分解の魔法”で周りの水から生産。

火を起こす魔法で使われる“意中の気体を集める魔法”を応用して取り込みます。

溢れた余分な気体は外に排出され、球からは常に気泡が生まれて湖面へ上がっていきました。

魔法とは創意工夫であり発明。

どんな魔法も紐解けば極めて簡単な基礎魔法の複雑な組み合わせで出来ています。

都合の良い魔法が見つからなかった二人は、普段から使い馴れた魔法や授業できちんと教わった魔法を組み合わせました。

オリジナル魔法を編み出したのです。

本当はもっと合理的な魔法があるのでしょうが、探す時間も一から練習する時間も無かったんです。

それにしても二人はセンスが良いですね。

一つ星でここまで出来る学生はなかなかいませんよ。

その球の周りをハコは無邪気に泳ぎ回っています。

リリーが“灯火の魔法”で照らした湖底 はとても綺麗。

だけど照らしきれない闇はとても心細い気持ちにさせます。

4人でいてもね。

お腹を空かせて独りぼっちだったハコはどれだけ寂しかったでしょう。

そんな事を考えているうちに、さっきすず達が見つけた海への出口が見えてきました。

「もうすぐだよハコ。ここを出ればお母さんの待つ海に帰る事が出来るよ」

この先は箱庭の海。

見上げれば遥か上でうっすら蒼い光が揺れています。

本当は最後までお見送りしたいのですが、これ以上は魔法が保ちません。

もう折り返し地点ギリギリなんです。

「ここでお別れだ。もう迷子になるなよな」

するとハコは人の言葉を理解したかの様に3人から離れます。

周りをぐるんと一周すると長い鳴き声と共に闇へ消えていきました。

「じぁあな。ハコ」

その次の日から海に出没していた首長竜はパッタリと姿を見せなくなります。

きっとハコを見つけたお母さんが安全な場所に移動したんですね。

目撃した人も見間違いだと考える様になり、噂は忘れ去られていきました。

でも3人は温室に来る度に思い出します。

「次に会うときはハコがお母さんになっているかも知れないの」

「ハコって女の子?」

「案外また直ぐ会えるかもな」

一角に植えられた青いチューリップの様な花。

リリーが地底湖で見つけた魔法の材料になる花“シーリーン”はハコの様な透き通るマリンブルーの色をしていました。

君影草と魔法の365日-第9話

君影草と魔法の365日-第9話

第9話 迷子のハコ。 動物や植物に酷似した亜人達の住む世界。 科学と魔法が共に栄える文明で紡がれる物語。 稚拙だけど等身大の全力。 君影草と魔法の365日。 愛娘と楽しい時間を過ごしたゲーム『とんがりボウシと魔法の365にち』より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 首長竜
  2. 読心術
  3. 迷子のハコ
  4. リリー思う。
  5. さよならハコ