君影草と魔法の365日-第7話

君影草と魔法の365日-第7話

ライム・ライト

老若男女を問わず誰からも愛されるカフェバー“ライム・ライト”

アンティーク調のお洒落な内装でシックなワインレッドの絨毯が大人の雰囲気を醸し出しています。

蓄音機からはポップスからクラシックまで時間に合わせて幅広いジャンルの音楽が流れていました。

夜は“ショットバー”として大人に上質な時間を。

でも学校が終わって間もない今の時間帯は“オープンカフェ”として学生に豊かな時間を提供しています。

外にはパラソル付きのテーブルが並び、沢山の生徒で大賑わい。

バイトのウェイターは忙しさに追われながらも店のイメージを崩さない様に上品な立ち振舞いをみせていました。

そのスタッフの中にすずの姿があります。

白いブラウスにチョコレート色のネクタイ。

黒いエプロンまでパリッとアイロンが効いています。

「チーズケーキセットお待たせしたの」

バイトを始めたのは入学してすぐの事。

都に比べたら箱庭の町はそれほど大きくありません。

でも田舎暮らしの長かった彼女には新鮮なものばかりで、洗練された都会そのものに映りました。

そんな町でひときわ輝いて見えたのがライム・ライトだったんです。

店のオーナーはバーのママ“メルシィ”さん。

人生経験が豊富で大人の色香を感じる美しいシンガーです。

お店にある小さなスペース。

そこは彼女の気が向いた時だけスポットライトの眩しいステージに変わります。

深く訴えかける様な歌声は、その場にいる全ての人の心を魅了しました。

すずは自分に欠けている何かがココで学べると確信します。

お仕事は多忙を極めました。

接客・調理・掃除等々、要は雑用係な訳ですがメルシィさんの店で働ける事は幸せです。

ただ、彼女にはどうしても苦手な作業がありました。

「鈴音、4番テーブル片付けて」

チーフの指示でお客様の食事後の片付けをします。

そこには食べ残されたパスタやジュース。

集めたら1食分になりそうな量です。

出来るだけ何も考えない様にして食器を重ね、スタッフエリアへ入ると青い大きなバケツの前に来ました。

その中は既に八分目まで溜まっていて、その殆どが食べ残しの残飯です。

「・・・・・・」

すずは込み上げる感情を押し殺すと、食器を洗い場へ運びました。

洋酒漬けのチェリー

学生がいっぱいの店内で浮いてるお兄さんが1人。

カウンター席の端っこに座っているのは黒猫郵便社のタケルさんです。

言葉遣いこそ綺麗ではありませんけど、仕事が出来ると評判で社内の人望も厚いとか。

でも人を子供呼ばわりするので学生達は彼がちょっと苦手でした。

しかし運悪くすずが運ぶ事に…。

『仕事、仕事…』

可笑しい気持ちを抑えながら、出来るだけ自然に振る舞う努力をします。

「チョコレートパフェお待たせしたの」

別に男性が1人でパフェを食べたって何も悪くはありません。

ただ彼女くらいの女の子から見ると、少しカッコ悪いんですよね。

悪態とまでは言いませんが、言葉の端々に毒を感じる普段の彼を知っていれば尚更です。

「・・・・・・」

うつむいた彼は返事一つせず、ため息混じりにパフェをつつき始めました。

少し落ち込んでいるみたいです。

『感じ悪い』と思いつつ少し心配になりました。

元々愛想の良い人ではありませんけど様子が違う様に思ったからです。

立ち去るタイミングを失っていると…。

「ニャっ!?」

次の瞬間、すずは腕を掴まれると強引に隣へ座らされてしまいました。

意味が分かりません。

「うう…俺なんて、俺なんて…」

真っ赤に紅潮した顔。

ブツブツ呟くその様子はまるで酔っ払いのソレ。

実はお酒が弱く全く呑めないタケルさん。

パフェに乗ってる洋酒漬けのチェリーで出来上がってしまったのでした。

…って、どれだけお酒に弱いのでしょう(汗)

メルシィさんが不在の今、チーフの判断ですずが相手をする事になってしまいました。

彼女の前には特別手当代わりのブルーベリージュースが置かれています。

「私がお酒の相手なんかして…これって法令違反にならないの?」

いや、お酒は飲んでませんから…でも酔っ払いの相手を未成年にさせちゃいけないか?

学生ながらにお店の心配をしながらもタケルさんの話を聞いてあげます。

「うう、聞いてくれヨォ。俺…デイジーさんに…か、片思い中なんだ!!」

『ぼふ!?』

すずはクチに含んだジュースを吹いてしまいました。

いきなりそんな話ですか!?

生花店のデイジーさんは美人だし優しい人なので気持ちは分かります。

ただ…。

『私!? 私に言ってしまうの!?』

歳の離れた学生に話してしまうあたり、本格的に酔っ払ってる様子です。

「だ、だけどヨォ。俺なんてこんな見てくれだしヨォ。デイジーさんが相手してくれるわけないぜ。恥ずかしくって目も合わせられないんだ!!」

「いや、私にどうコメントしろと?」

傷付いた花

「この前デートに誘おうとしてフラワー・デイジーを訪ねたんだ」

へ?

奥手な事を言ってたタケルさんでしたがきちんとアプローチしてるじゃないですか。

「やるじゃない♪」

すずも感心してます。

「だ、だけどヨォ。アルバイトが出てきて…何も言えなかった。 やっぱりドライフラワー作りなんて、つまんねぇよなぁ…」

うーん…?

どーいう事でしょ?

すずが頭を整理していると彼が待ちきれずに続けます。

「慰めなんていらねぇって。結局、居ても立っても居らんなくなっちまって…俺逃げちまったんだ!」

『ん!?』

彼のダメ男っぷりにガックリ。

「何も伝えずに?」

「あああー!!もう俺なんて、俺なん てヨォ…」

聞けば聞く程ダメな話でした。

彼はデイジーさんと幼馴染みで知らない仲ではないといいます。

子供の頃から花が大好きで昔は一緒に遊んでいたとか。

…この容姿で花が好きとか笑っちゃいけませんよ?

すずも真剣に話を聞いてます。

ある日、河原に捨てられた可哀想な花を見つけた彼は、家でドライフラワー作りをして幼い日を思い出しました。

『あの頃は楽しかったよなぁ…』

それは彼女と普通に遊んでいた遠い日の記憶。

すると違う日、また花が捨てられていました。

彼はひらめきます。

『これ持ってったら、昔みたいに話せるかなぁ…』

それは単純な計画でした。

傷付いた可哀想な花達をフラワー・デイジーに持っていく。

ドライフラワーやポプリ作りを手伝ってもらう。

一緒に作業していたら自然と話せる。

昔みたいに仲良くなる。

…上出来です。

花を出来るだけ丁寧に箱詰めすると、早速店へ向かいました。

しかし、ここにきて誤算が生じます。

ドアから現れたのはデイジーさんではなく、バイトで雇われた学生の女の子。

ドライフラワー作りの誘いしか考えていなかった彼は気が動転しました。

結果…

「…じゃあ何も伝えないで花だけ置いてきたの?」

「そうなんだ」

・・・・・・。

デイジーさんもどうしたら良いかきっと困ってます。

傷付いた花を花屋に置いてくるなんて悪趣味な嫌がらせ。

しかも彼は黒猫郵便社のポストマン。

何も伝えずに荷物を渡したら送り主が不明の不審物ですよ!?

拗ねる幸せ

「そんなの直接会って誤魔化さず話しなきゃだめなの。大丈夫。デイジーさんなら分かってくれるの」

「そ…そうかなぁ?」

すずの言葉にウジウジしながらも希望を持つタケルさん。

「きっとそうなの。一度会ってみたほうがいいの」

「だけど違ったら…いや…だってヨォ…でも…もしかしたら…」

またグチグチしそうになりましたが深い一呼吸をおきます。

「ふぅ…恋愛って難しいな…なんて…子供に愚痴っても仕方ない話だよな」

『ムムム』

せっかくお付き合いしてあげたのに酷い言い草。

でもいつもの彼に戻ってきた気がしました。

「悪かったなここは俺が払っとくぜ」

「いや、私はこの店のウェイトレスだから…」

少しスッキリした顔でライム・ライトを後にしたタケルさん。

フラワー・デイジーに寄るか少し気になりますケド、そこまで踏み込まないのが大人な女です(笑)

不可解な荷物が届いた話。

実は親友のランカから聞いていました。

ええ、学生のアルバイトの女の子ってランカの事です。

自分がでしゃばれば誤解を解くのは簡単です。

でもそれじゃ駄目だと思いました。

本当に想う気持ちが強いなら自分でなんとか出来るはず。

『幸せってね、自分から見つけてあげないとすねちゃって顔も見せてくれないのよ』

初めてカフェに来た時、メルシィさんから聞いた言葉です。

すずはその歳で、まだ初恋というものを知りません。

そりゃ格好いい男の子を見れば素敵だと思うし、恋愛に憧れる事もあります。

ただそれらは、恐らく恋というものとは全く異質なのだと想像出来ました。

何より今の自分は忙しい。

歌も踊りも上手にこなし、凄い魔法も自在に使える大人の女性。

文武両道で才色兼備のスーパーアイドル。

それが何を指すのかさえ、実は自身で分かっていません。

ただ努力を惜しまなければ、必ず自ずと分かってくると信じていました。

夢を実現するには、まだまだ勉強しなくてはいけない事が沢山あるんです。

「すず!」

彼女がバイトを終えて店を出ると丁度ランカがやってきました。

凄く慌てた様子です。

「ねぇねぇ、さっき噂を聞いたんだけど…タケルさんと付き合い始めたって本当!?」

「・・・・・・」

この日からしばらく噂に振り回される事が確定したすずでした。

「ニャーッッッッッ!!!?」

君影草と魔法の365日-第7話

君影草と魔法の365日-第7話

第7話 ポストマンの憂鬱。 動物や植物に酷似した亜人達の住む世界。 科学と魔法が共に栄える文明で紡がれる物語。 稚拙だけど等身大の全力。 君影草と魔法の365日。 愛娘と楽しい時間を過ごしたゲーム『とんがりボウシと魔法の365にち』より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. ライム・ライト
  2. 洋酒漬けのチェリー
  3. 傷付いた花
  4. 拗ねる幸せ