
君影草と魔法の365日-第3話
クリスタルの洞窟
魔法学校の北西に広がる大森林“黄昏の樹海”には大小様々な洞窟が点在しています。
そこは色々な鉱石が採れる立派な鉱山でした。
そのいくつかの採石所は生徒が自由に利用出来る様になっています。
魔法の中にはたくさんの鉱石が必要になるものがあるので、魔法学を志す人にはとても大切な場所でした。
「早く終わらせてお茶にするの」
授業を終えたすずとランカは慣れた様子で中に入ってゆきます。
採石所へと続く坑道は背の高い人がジャンプすれば手が届く程の狭い造り。
暗くてひんやりと肌寒く、独特の音の反響が外とは異質な空気を感じさせます。
太陽の光が全く届かない坑内。
でも光を蓄える性質を持つ蓄光石のおかげで歩き回るには困りません。
岩肌が淡い青緑の光を携えています。
二人は採石所で採れる“クリスタル”を探しに来ていました。
“クリスタル”と聞くと水晶を思い浮かべる人が多いと思いますがちょっと違います。
魔法学でクリスタルは“氷の様な鉱物の結晶”を指す総称で、水晶はもちろん赤いルビーも青いサファイアも全てクリスタルと呼ばれていました。
明日の授業ではダイヤモンドを使うので、日直の二人が採りに来たのです。
え?
あぁ、宝石の採れる採石所が開放されているなんて、僕達の世界では考えられませんよね。
何か悪い事を考える人が出てもおかしくありません。
でもすず達の世界では大丈夫なんです。
だってダイヤモンドなんて固くて綺麗なだけの石ころなんですから。
職人が時間をかけて作ったガラス細工の方が何倍も素敵。
ここでの宝石とは“失われた力が込められた石”の事を指します。
だからダイヤモンドの原石をいくら掘り起こしたって大したお金にはなりません。
重要なのは何に使うかなんですよね。
おっと、小話をしているうちに到着した様です。
そこは少しひらけた空間。
流石に蓄光石の光だけでは心許ないのでランタンを用意します。
ランタンとは手に提げて使用できるランプの事。
杖代わりの小枝を構えたすずは集中すると魔法式を唱えました。
「炎よ!」
命じると少々立派過ぎる炎が生まれ、ランタンに火が灯ります。
「ごめん。熱くなかった?」
「大丈夫よ」
火を扱う魔法ってちょっと加減が難しいんですよね。
杖にした小枝が半分燃え尽きています(汗)
少し驚いたランカでしたが、気を取り直してランタンを掲げます。
様々なクリスタルを含む岩盤が光を反射してキラキラと煌めきました。
地底世界の来訪者
採石所にツルハシ等の道具は用意されていません。
予め先生達が掘削してくれているので、生徒は目的のクリスタルが含まれている原石を探して拾うだけです。
「ん…あれ何よ?」
ランタンの光を反射して大きな何かが煌めきました。
「ねぇねぇ、誰かが落としたのかな?」
不自然に置かれていたのは大きく立派なオレンジ色のクリスタル。
すずが恐る恐るソレに触れると…。
「落盤!?」
洞窟全体が突然大きな揺れに襲われました。
2人は手をギュッと繋いで肩を寄せ合います。
「じゃーんっ!」
自ら声で効果音。
「あーはははっ!」
無駄に大きな笑い声。
「本さ書いてあった通りだべ。地上人は石を置いておけば寄ってくるってホントだっただなあ!」
良く解らない台詞。
大きく洞窟を揺らして近づいてきた生き物は勝手に話を続けます。
「おらか? おらは地底人だぁ!」
誰も聞いていないのに“地底人”と名乗るその生き物は岩石で出来た巨大な卵の様な姿をしていました。
その大きさは通ってきた坑道を塞いでしまうくらいです。
小さく細い手が申し訳なさそうに生えていて、同じく折れそうな細く短い足が岩石の身体を支えていました。
目鼻もとても小さく、クチだけが大きく開いて喋り続けています。
「地底人らしいのランカ」
彼が急に現れた時はかなりびっくりしましたが、2人ともその濃いキャラにドン引きしていました。
そもそも本の通りってなんなのでしょう?
「今、地底じゃ地上へ行くのが流行の最先端なんだぁ。でも地上のことはよく知らねえから地上人を捕まえて案内させれって本に書いてあったべ」
…えっと、無茶苦茶な事を言ってませんか?
地底人は1人で話を続けますが黙って聞いてあげる義理もありません。
話す事に夢中な彼を置いて、すず達は少しずつ距離をとります。
「地上人を捕まえる方法もしっかり書いてあって試してみたけどもよ」
地底人の低い声は洞窟内で反響して響き渡っていたので二人の足音は聞こえません。
「あははははっ! 本当に捕まるもんなんだなぁ。さすが地上旅行のベストセラーガイドだべ」
冗談じゃない!
訳の分からない事に巻き込まれて、日直の課題を達成出来ないのは御免です。
二人は全速力で外へ向かって走りました。
強引なのはどっち?
「お、おめぇら話の途中でどこさ行く気だ!?」
そう聞こえた次の瞬間には物凄い地響きをたてて重たい足音が迫って来ました。
洞窟全体が揺らされて逃げるどころか立ってもいられません。
二人はペタンと座り込んでしまいます。
おかしい。
あの体の大きさなら坑道は通れないはずなのに。
そもそもどうやって採石所に入ったの?
だいぶ距離を稼いだつもりでしたが、地底人はその巨体を感じさせない軽快なステップで直ぐに追い付いて…。
「潰される!!」
その瞬間、彼はジャンプすると坑道の天井にぶつかる事なく吸い込まれる様にきえました。
そして二人の行く先の天井から現れ、道を塞ぐ形で着地します。
「なあ頼むだよ。おら、どーしても行きてぇところがあるんだ」
どうやら彼には地中を自由にすり抜ける能力があるみたいです。
「ガイドブックお薦めの超穴場人気スポットだべ。おら、どうしても1回そこさ行ってみてぇだ」
逃げ切れない。
そう悟った二人は彼の話を聞いて、自分達の事情を説明してみる事にしました。
ガイドブックの名所に心当たりが無い事。
ダイヤモンドを探さなければいけない事。
自分達には時間があまり無い事。
さっきの態度から一変し、地底人は黙って話を聞いてくれました。
どうやら悪い人ではないみたいです。
「……だから早くクリスタルを見つけないといけないの」
話し終わるのを待つと彼はおもむろに幾つかのクリスタルを差し出しました。
「これでいいならやるだよ」
渡されたソレはどれも大きく綺麗なものばかり。
明らかに職人の手が加えられていて、美しくカットされ磨き抜かれています。
授業の実験に使うなんてとんでもない。
きちんと魔法式を封じ込めれば、特別な力を持った道具だって作れちゃいます。
正直、学生の二人には高価過ぎる素材でした。
「ねぇねぇ、地底人さんは名所の観光目的だよね? 普通にあたし達の町を案内しちゃ駄目かなぁ?」
本当は無い話ですよ。
物語の主人公が物に釣られるなんて(汗)
「そうなの。ここに立ってても始まらないし大切なのは楽しんでもらう事なの!」
二人はすっかり引き受ける気持ちに変わっていました。
ただ地底人の言う観光スポットが何を指すのか、本当に見当がつきません。
少々強引ですが2人は彼を箱庭にある名所へ連れて行く事にしました。
天国に一番近い場所
黄昏の樹海。
そこは本来すず達の世界にいない魔法学的外来種が多く棲息する場所。
なんでも大昔に開かれた“ゲート”が数百年も閉じられずに放置されているそーです。
今でも“あっちの世界”と繋がってるとか。
そんな事から多種多様で希少な動植物に数多く出会う事が出来ます。
「ここはキノコ狩りの名所“キノコの森”なの!」
すずは最大限の営業スマイルで観光案内。
樹海の一画にあるキノコの森は、名前の通り沢山のキノコが自生していました。
食べられるキノコは勿論、魔法薬の材料になるものや役に立たない毒キノコも。
隣に立つと小人気分を味わえる巨大キノコなんかも有ります。
それなりに楽しい場所なんですが地底人は不服な様子。
「なんだ、ガイドブックお薦めの場所じゃねぇのか?」
彼が行きたかった最初の場所は“天国に一番近い場所”と紹介されている森。
でも“天国”の要素なんて全く見つからず、とりあえず森に来てみました(汗)
「ねぇねぇ、やっぱり駄目だったかなぁ…」
地底人は触手の様に手を伸ばすと、つまらなそうにガイドブックのページをパラパラめくります。
そして表情が変わりました。
「やっぱりそうだべ! なんか見た事あんなって思ったら、ここは本に写真付きで載ってた“天国に一番近い場所”でねぇか!?」
『え?』
すずとランカの疑問符がハモりました。
「こっちじゃ“キノコの森”言うだか? まぁ、そんなことはどうでもいいべ」
彼は楽しそうに景色と写真を見比べながら続けます。
「本によるとここはキノコがいつも生い茂っているらしいべ。“たまに珍しい生き物も訪れるんで見る事が出来たらラッキー”って書いてあるべ」
まあ、大体そんなトコですが…ふと、ランカは不思議に思います。
「ねぇねぇ、なんで“天国に一番近い場所”なの?」
そうなのです。
普通、キャッチコピーは場所に因んだ言葉を選ぶハズ。
まぁ誇大広告で勝手に適当な名前をつける手法は地上でも常套手段ですけど。
「なんだ、おめぇら地上人のくせにそんな事も知らねぇのか?」
彼は得意気にガイドブックのページを指差すと…。
「ここじゃあ毒キノコの犠牲者が急増中っちう話だっぺ!」
『へ?』
また2人がハモります。
「地上はこえぇだな。おめぇらも気をつけねぇと。どんなに腹減ってても毒キノコ食っちまったらなんねぇぞ!」
・・・・・・。
ま、まぁ彼が喜んでくれたなら結果オーライです…か?
すずが呟きます。
「その本、ガイドブックじゃなくてただのゴシップ誌なんじゃ…?」
呪いの断崖
ズンズンと響く足音。
「な、なんだあれ!?」
「怪物だー!」
罵声と怒号、悲鳴がこだまします。
…なんて事が起きても良い情景なんですが。
いま三人は商店街を闊歩していました。
目指すは町の北東にある“恋人岬”
町の人達も地底人の姿に一度は驚くのですが、全く混乱する気配も無く落ち着いたものです。
黄昏の樹海に近いこの地域では、珍しい生き物が迷い込むなんてよくある事なんですよね。
箱庭魔法学校の敷地内は巨大な結界によって護られていました。
邪悪な意志を持った存在を総じて“悪魔”と呼びますが、弱い悪魔なら結界に触れるだけで大火傷を負ってしまいます。
結界が破られる様な事があれば保安官や自警団が黙っていません。
皆、彼が無害だと知っているんです。
ただ、その平和ボケと言われても仕方ない認識の甘さは問題だったりするのですが。
まぁ、そもそも地底人の事を知っていた人もいるかも知れませんね。
「ねぇねぇ着いたよ」
恋人岬は急な階段を頑張って昇るとたどり着く岬の公園でした。
とても高い場所にあるので、水平線の彼方まで続いてる美しい海や箱庭の夜景を一望出来ます。
モニュメントに吊された大きな鐘は愛と友情のシンボルとされていて、その下で結ばれた2人は永遠を手にすると噂されていました。
この町に住んでる人の誰もが心から自慢出来る名所です。
まぁ、地底人が求めてる場所とはかけ離れていますけどね。
「おー、ここが“呪い(のろい)の断崖”かぁ。写真の通り綺麗なトコだべ」
『なんで!?』
またしてもビンゴ!
2人が案内した“岬”こそ彼の行きたかった“断崖”だったんです。
「ここは仲良くなった人と待ち合わせをすることで不思議なパワーを授かる場所…らしいっぺ」
うーん…間違いではない様ですが…。
「で…どこが呪いなのかしら…?」
すずの問いに彼は答えます。
「ここで愛を誓うと女は男へ“永遠に従わせる呪い”をかける…っていうでねーか」
呪いって…(汗)
「ずっと従わねばならねぇなんて地上はこえーとこだぁ。けども地上巡りは楽しいなぁ」
・・・・・・。
「地底人から見た地上の女性像ってどーゆーイメージなわけ!?」
すずの突っ込みが岬にこだましました。
誰も住まない家
「最初からガイドブックを見せてもらえば良かったの」
地底人が赤ペンでチェックしているページの写真は全て、すずとランカがよく知っている場所でした。
「まさか全部学校敷地内とは思わなかったよ」
冷静になって考えたら、彼だって外国まで案内しろなんて言わないでしょう。
ただ“地上の観光スポット”なんてザックリとした表現で聞かれたものですから、二人はつい世界単位で考えちゃったんですよね。
箱庭に観光へ来た人が箱庭の人に道を尋ねるのは至って普通です。
「“誰も住まない家”って、多分ここの事なの」
案内したのは古い洋館。
すずがお世話になっている学生寮です。
外観はお化け屋敷そのものなので“誰も住まない”なんて言われても仕方無いかもしれません。
一応は管理人のテツさんと寮生のすずが生活してるんですけどね。
とりあえず紹介されている写真の場所で間違いない様です。
「おー間違いねぇべ。おめぇ達のお陰で地上の名所を完全制覇だぁ!」
『やったね!』
すずとランカはハイタッチ!
「喜んでもらえて私達も嬉しいの!」
思い起こせばかなり適当な案内をした2人ですが、バッチリ期待に応える事が出来ました。
「ねぇねぇ、ガイドブックにはなんて紹介されているのかなぁ?」
「あ、私もそれ気になるの!」
色々と素敵な案内がされているガイドブック。
学生寮について何と書いてあるのでしょう?
「なんだ? 結局おめぇ達よりおらの方が地上に詳しいんでねぇか」
そう言いながらも嬉しそうにページをめくります。
「まずは中さはいらねえとな」
え?
いや無理無理無理無理!!
自分どれだけデカイと思ってるんですか?
そんな表情を浮かべる二人を尻目に彼は魔法式を唱えます。
恐らく地底文明のソレは、人間には発音する事が不可能な詠唱。
「アッカル!」
すると彼の体が音も無くみるみる小さくなり、あっと言う間に手のひらサイズに。
ピョンと物凄い跳躍力を見せるとすずの肩に乗りました。
魔法のお陰かちっとも重くありません。
「これで大丈夫だべ」
小さくなったせいでメッチャ声が高くなってます(笑)
「出来るなら最初から小さくなってて欲しかったの」
「馬鹿言うでねぇ。こったら小さくなっちまったら名所の景色が変わっちまうでねぇか」
まぁ確かにそうなんですが、今は良いのでしょうか?
そんな疑問を尋ねる間も無く、三人はあの開かずの扉の前に来ていました。
「まさか…なの」
嫌な予感。
すずは悪寒が走ります。
開かずの扉
「ここだここだ。ここに来ねぇと意味がねぇだ」
「やっぱりなの」
学生寮の二階。
温室に行く途中の廊下。
引っ越して来た日の楽しい思い出がある場所。
その扉だけ他とは違う雰囲気です。
黄金色の細工にはめ込まれたクリスタル。
上には図形を指す針のレリーフ。
でもソレらは長い間磨かれた様子が無く、曇った鈍い光を反射しています。
しかも誰かさんのせいで“触れるな!!”の張り紙が…。
とても立派な装飾が施された扉なんですが、色々と台無しで残念な感じになっていました。
不思議なのは鍵穴が無い事。
鍵自体は魔法でかける事も可能ですが、大事な部屋なら物理的な施錠と合わせた方が安全です。
「・・・・・・」
彼女にとって開かずの扉の前は鬼門なんですよね。
通らなければならない時は必ず足早になります。
ただ、自身でも何故こんなに意識してしまうのか分からないでいました。
そんな彼女を気に留める事もなく、地底人はガイドブックを読み始めます。
「この扉は色々な場所に繋がる魔法の扉です…って書いてあるべ」
それは聞いた事も無い話でした。
特別な鍵を使わないと開かず、使う鍵によって行ける場所が変わるそうです。
それは現実の世界を渡るだけでは無く、時空を越えたり心の中にも入れるとか。
しかも一本の鍵では行ったっきりで戻って来れなくなってしまうらしいんです。
…て、あのガイドブックに書いてある話ですけどね。
「イタズラで黄泉への扉を開けちまって、住人全員連れてかれちまったって言うでねぇか。」
「ナルホド。だから誰も住まない家なんだね」
「またどーせガセネタなの」
そんな危険な場所が学生寮になるわけないし。
それに扉からは魔法的な“力”を感じません。
いくら雰囲気満点な扉でも、魔法学を志す彼女達にしてみたらリアリティーが足りないんです。
ただ…。
この記事にも元になった出来事があるのでしょうか?
「黄泉…死後の世界に繋がる…の?」
すずは言い知れない不安感や恐怖の正体が分かった気がしました。
「こんな恐ぇー扉作っちまうなんて地上人は変わってんな。しかし地上はおもしれーなぁ」
ワザワザ地底から観光に来て、張り紙のされた古い扉を眺めただけで満足してる貴方の方が変わってるよ。
ランカは心の中で突っ込みました。
憧れの地底旅行
外に出ると既に辺りは暗くなり始めていました。
地底人はすずの肩から降りると、また魔法式を唱えます。
さらっとやってのけますが、体のサイズを変えてしまう魔法って、人間には未知の領域なんですよね。
小さく見せたりするのは簡単なんですが、実際の質量を変えてしまうなんて、いったいどんな原理なんだろう?
「アクサー!」
今度も音は無くあっと言う間に元の大きさへ戻りました。
「あー楽しかっただ。回りたいとこは回ったから、おらぼちぼち帰ぇるとするだ」
彼は満足げな表情を浮かべてニンマリ笑っています。
“旅は帰るまで”なんて言葉もありますから、すずとランカは彼を始まりの場所まで送る事にしました。
「ねぇねぇ、地面の下にある地底世界ってどんな所?」
「きっと綺麗な地底湖が広がってるの」
二人は地底世界に興味津々。
「地底は暖けぇし飯も旨い楽園みたいなトコだべ。温泉も入り放題だしな」
彼は饒舌になって話してくれます。
地面の下に広がる階層都市や自然豊かな大空洞。
地上に負けない高度な文明が発達し、極みと言える芸術が脈々と受け継がれる暮らし。
通貨という価値の考え方が存在せず、感謝や労り・喧嘩等の精神の繋がりや衝突で成り立つ社会。
所々、文化の違いからか理解出来ない事も有りましたが、調和のとれた平和な世界だと分かりました。
「一度でいいからそんな所を2人で旅してみたいよね」
「未知の芸術と世界を尋ねる旅なんてロマンチックなの。何故、地底旅行ツアーとかやってるお店ないのかしら?」
そんな素敵な所なら、地上ともっと交流があっても良い気がします。
何故、今の今まで知らなかったんだろう?
二人は不思議に思いました。
「地上は寒いし眩し過ぎるからでねぇか?」
「え?」
寒い?
眩しい?
それは地底に住む彼の素直な感想の様でした。
逆に地上での生活に適応したすず達が地底世界に行ったらどうなるでしょう。
「ねぇねぇ、そもそもお日様がささないよ。日向ぼっこも出来ないね」
よく考えてみると地面の下はジメジメして変な虫とかいっぱいいそうです。
地底人の美味しいモノっていったいなんでしょう?
キノコはまだですけど他は虫とかかもしれません。
「あんまりロマンチックじゃないの」
すず達は地底世界への憧れを封印しました。
五つのクリスタル
ここは最初に出会った採石所。
カンテラの灯りが揺れています。
地底人はお礼にとダイヤモンド探しを手伝ってくれました。
彼はまるで銅貨の中から金貨を拾い上げるかの様に淡々と鉱石を渡してきます。
本来、持って見るだけで目的のクリスタルが含まれた石を探すのは不可能です。
鑑定士はクリスタルに数種類の魔力を通し、その屈折率や反射・吸収率を調べて、その差で判断していました。
学生は未熟なので更に“測定器”と呼ばれる小さな筒にレンズがはめ込まれた道具を覗きこんで調べます。
すずとランカは半信半疑で彼から渡された石を鑑定してみました。
「凄い! 間違いなくダイヤなの」
「これも…これもよ」
瞬く間に持ちきれない程の鉱石が集まりました。
「ありがとう。これだけ有れば十分なの」
それを聞いた彼はクルッと体をねじると、ジャンプして採石所の真ん中に立ちます。
お別れの時。
「お土産まで貰っちまってすまねぇな」
地底人は手に地上の週刊ファッション雑誌“ベリーズ”を携えています。
ランカの提案でガイドブックと物々交換したのでした。
「案内ありがとな。おらの名はサファル」
このタイミングで名乗るんですか(汗)
「世話になったら本当の名前さ教えるのが地底人の習わしだ」
彼は地面に向かって飛び込むと岩盤は拒むコト無く受け入れて、まるで水面の様に波紋が広がっていきました。
しかしそれは一瞬の出来事で静かな冷たい洞窟の地面がいつも通りそこにあります。
「ちょっとズレてたけど地上に悪意があるわけじゃなかったみたいなの」
手を振ったらバイバイって振り返してくれました。
でも次から大勢で押し寄せて来たら、ちょっと恐いかもしれませんね(笑)
すずは鉱石を運ぶ為に持ってきた麻布の袋を広げて…。
「そういえば、最初はコレに釣られて案内を引き受けたの」
お礼に貰ったクリスタルを手に取りました。
黒い血の様な赤。
黄昏の様に深いオレンジ。
太陽の様に白い黄。
深海の様に暗い青。
無に等しい透明。
大小様々な五つの石。
美しく磨きあげられたソレ等は魅惑的に煌めいています。
「何を貰ったのか確かめてみようよ」
「OK」
二人は早速鑑定を試みました。
クリスタルをランタンに掲げて測定器で覗きこみ、力を抑えて魔力を送ります。
しかし…。
「ランカ分かった?」
「駄目。鑑定表に載ってる石のどれとも違うよ」
どんなに確かめても石の種類が分かりません。
「ねぇねぇ…」
ソレが何を指すのか。
考えられる理由は一つ。
「既に魔法が封じ込められているの?」
君影草と魔法の365日-第3話