君影草と魔法の365日-第2話

君影草と魔法の365日-第2話

町に咲く高嶺の花

魔法学校の敷地内では“リッチ”と呼ばれる専用通貨が使われています。

この制度のお陰で生徒は金銭的格差が少ない自立した生活を送る事が出来ました。

すずとランカも商店街でアルバイトをしながら学校に通っています。

ランカがお世話になっているのは“フラワー・デイジー”

この町で唯一の生花店です。

一番の特徴は切り花が無い所。

魔法の授業や研究では鉢植えの花が使われるので比べて需要がありません。

勿論、注文が有れば花束も作りますけどね。

そんな訳で所狭しと様々な鉢植えが並び、小さな店をより狭くしていました。

それでもセンス良く並べられているので散らかった印象は無く、効率的な採光を計算された天窓と白を基調とした内装のお陰で暗くもありません。

可愛い小人の置物が鉢の陰から顔を覗かせたりと遊び心も忘れないフラワー・デイジーは、行き届いた細やかなサービスが人気のお店です。

ランカがアルバイトで入るまで一人で切り盛りしていたのは一人娘の“デイジーさん”

艶やかな長い髪が魅力的な彼女は元々学生時代からアイドル的な存在でしたが、大人になって更に磨きがかかり、ますます綺麗になってゆきます。

おっとりで控えめ目な性格ですが、社会人としてしっかりしている一面もあり、老若男女全ての人から愛されていました。

5年目にして一人前と認められた彼女は店を任され、両親は隣町の本店へ戻ったのです。

一人になった後も順調に仕事をこなし、大きな問題も無く過ごして来たのですが…。

「ランカちゃん。今日もお疲れ様」

デイジーさんはコーヒーを淹れると座る様に促します。

「ありがとうございます」

今日は予想外に沢山売れて、てんてこ舞いな1日でした。

いつもより早く閉めた店内はがらんどうで、鉢植えどころか花1本ありません。

全て買い上げた人がいるのです。

学校は注文が多い時には必ず予約してくれるので、こんな事は起きません。

「大丈夫ですか?」

ランカの目にはデイジーさんがとても疲れている様に見えました。

「ありがとう。大丈夫よ」

彼女は視線を合わせると笑顔で応えます。

でもアルバイトを募集したのは、ある悩み事がきっかけでした。

デイジーさんは契約時間がまだある事を確認するとケーキを用意します。

「少し付き合ってもらってもいいかしら?」

甘美な夢

一年程前の話です。

まだ両親が一緒に働いていた頃のフラワー・デイジーは8割が女性客。

でもデイジーさん一人に任される様になって、だんだんと男性客が増えていきました。

皆一様に優しく誠実そうで花が大好きだと言ってくれる人ばかりです。

水を汲めば重たいバケツを持ってくれます。

入荷した花を検品していると、駆けつけて全て運んでくれます。

顔を出す度に『何か困ってる事はない?』と声を掛けてくる人もいます。

彼女が何かお返しをしようとしても『いいから、いいから』とみんな首を横に振りました。

自分が好きでやってることだからお礼はいらないと言うのです。

この町の人はとても親切で自分は本当に幸せ者だと思いました。

順風満帆だと信じて疑わなかったある夏の日。

「その人は本当に素敵な人だったのよ」

そう話すデイジーさんは笑顔の中に何か物悲しげな表情を見せました。

それは始めから苦い結末を予感させます。

学生時代だって人並みに男の子とも付き合いました。

でもその時、生まれて初めて身を焦がす様な大人の恋をしたのです。

紳士的で敬愛出来る彼との恋はすぐに実りました。

そして1ヶ月も経たずにソレが幻影であったと思い知らされたのです。

真夏の夜の甘美な夢だけを残し、彼はどんどん冷たく残酷に変わっていきました。

デイジーさんはすっかり参ってしまい、秋の紅葉を待たずして別れを選んだのです。

次の日の朝。

彼女は普通に開店の準備をしていました。

自分自身で驚くほど普段通りに笑顔で接客し、いつも通りに1日が過ぎていました。

いつも通り…?

…違う。

いつの間にか流れ作業になった接客。

いつの間にか離れてしまった常連さん。

残ったのは…何?

今日来店したお客さんは本当に花を大切にしてくれる人?

その日を境に彼女は変わりました。

手伝いの申し出があっても仕事だからと断ります。

優しい言葉にも気の無い笑顔で返せる様になりました。

そうして半年が経ち、ようやくかつての常連さんが顔を覗かせてくれる様になったのですが…。

最近になってまた男性の出入りが多くなってきた気がします。

彼らは事あるごとに話しかけ、贈り物を渡そうとするのですが彼女は取り合いません。

すると、アプローチが出来ない彼らは競って花を買うようになりました。

お店は繁盛します。

お店は繁盛するのですが…。

デイジーさんは分からなくなってしまいました。

整理出来ない悩み事

優しそうな人。

親切そうな人。

誠実そうな人。

今日も沢山のお客さんがフラワー・デイジーに来てくれました。

その中の殆どの人は純粋に花が好きで、花が欲しくて買いに来てくれていると信じています。

ただ…。

「この前、町外れの橋を通りかかった時に見てしまったの」

河原にあった不自然な盛り土の様なもの。

散乱するポットや土…そして花。

それは無造作に捨てられたフラワー・デイジーの花でした。

恐らく買いすぎて手に余ったのでしょう。

「沢山買ってもらったって、私は何も出来ないのに…」

それにお店のお花を全て買い占められたら、本当に必要としてくれている人が困ってしまいますよね。

こんな話をすると語弊があるかも知れませんが、自分が沢山の男性から好意を寄せられている現状を彼女は自覚しています。

一部の人が歪んだ表現でアプローチしている事も。

これから先も同じ事を繰り返して花屋を続ける事に意味があるのか。

そもそも自分が何をしたいのか。

「・・・・・・」

そこまで話して、デイジーさんは酷く後悔しました。

こんなの論点が定まらず相談にならないただの愚痴です。

以前、ショップのカリスマ店長をやっている親友に同じ話を漏らした時、バッサリ切り捨てられて注意されました。

それって0からお店始めた私にしてみたら、超羨ましい話なんですけど~!

綺麗なデイジーにそんな事言われても、自慢話にしか聞こえないみたいな~。

つか私だから分かってあげられるけど、他の人に話したらめっさボコられるの必至な感じだし、マジほんと気を付けたほーがいーゾ。

…あ、すいません(汗)

その親友ってこんな語り口なんです。

デイジーさんは恋愛と仕事が微妙に絡み合った悩み事を抱えていて、自身でも整理できていない様子でした。

さっき指摘された通り疲れていたのかもしれません。

歳が離れた学生相手にこんな話をするなんて…。

するとランカは決して察した様子を見せず、あえてこんな質問をしてみました。

「他のお客さんの中に素敵な人いないんですか?」

そこには『仕事の相談は力になれないけど、恋愛話なら付き合いますよ』というメッセージも込められています。

デイジーさんはランカが賢く気遣いが出来る子だと改めて気付き、だからつい話をしてしまったんだと思い出しました。

傷付いた花

本当に優しい人は誰にでも優しいしですし、裏も表も無い人ですよね。

デイジーさんは自分にだけ特別扱いされる事なんかに優越感を感じたりしません。

むしろなんだか嘘をつかれてるみたいで悲しくなるのです。

別に前の恋を引きずっているわけではないのですが、どうも男性の優しさを素直に受け入れられない自分がここにいました。

「今は…うん、そうね…。彼氏とかあんまり考えられないかな…」

それは“男性恐怖症”と言っても良いのかも知れません。

言葉や動作のひとつひとつに裏が有るように感じてしまい、いつの間にか触れる事すら出来なくなってしまったんです。

ランカはアルバイトに来て早々レジでお会計を任されたり、必ず受け渡しを担当していた理由をここで知りました。

お釣りの受け渡しがぎこちなかったり、商品をカウンターに置いて渡したりしたら、やっぱりお客さんに失礼ですもんね。

『ちょと重症かも…』

そんな話をしているとドアがノックされました。

「はい?」

ランカは察して対応に出ます。

透明なガラスのドアの前に立っていたのは、両手で段ボールを抱えた黒猫急便のオジサンでした。

「デ、デイジーさんは?」

彼はたどたどしく訪ねると、重そうな荷物を床に置きます。

「今は手が離せないのでアタシが代わりに…」

…と、それは一瞬の出来事でした。

「ランカちゃん。荷物かしら?」

後ろからデイジーさんが近づく気配がして、ランカの意識もそちらに注がれた瞬間。

「え…!?」

黒猫急便のオジサンは何も言わず走り去ってしまったんです。

呆気にとられたランカの前に残されたのは荷物らしき段ボールの箱。

「いったい何なのよ?」

仕方なく中へ運び入れます。

その箱は使い回した感があり、テープもされず交互に組んだ状態で閉められていました。

しかも荷札らしい物が貼られていません。

はっきり言って不審物です。

「開けてみましょ」

デイジーさんは意外と大胆に、全く躊躇せず箱を開きました。

「何コレ?」

中には沢山の傷付いた花が入っていました。

花びらが数枚散ってしまっている物。

葉がちぎれてしまっている物や、茎が折れてしまっている物ばかりです。

「いったい何のつもり? イタズラにしても酷すぎるよ!」

ランカは固定電話の受話器を手に取りました。

しかし直ぐデイジーさんに止められます。

「ランカちゃんありがとう。今日はもう上がって…」

彼女は最後まで言い終わらずに、ホウキを持って外へ飛び出しました。

心を映す空

デイジーさんはホウキに股がると素早く“魔法式”を唱え風をまといました。

あ、魔法式はいわゆる呪文の事です。

厳密に言うと少し違うのですがウンチクはまた後日。

「飛んで…」

軽く地面を蹴ると体は重力から解き放たれたかの様に浮き上がりました。

10メートル程の高さで一度止まると、ある一点を目掛けて進み始めます。

空は心の内を映す鏡の様に黒い雲で覆われていて、今にも雨が降りだしそう。

『やっぱり軽蔑されたよね…』

いま考えているのは黒猫急便のオジサンの事。

いえ、オジサンなんかじゃありません。

彼女の幼なじみでクラスメイトだった人なんですから。

ちょっとポッチャリなタケル君。

口が悪くてヤンチャで一時期ガキ大将だったけど、お花が好きな為に失脚した過去をもつ、ちょっと変わった男の子です。

子供の頃から実家の花屋に遊びに来て、一緒に育てかたの勉強をしたり、ドライフラワーの魔法の練習をしていました。

あの頃は呼び捨てで呼び合っていたな。

成長するに従って段々と疎遠になって…。

でも箱庭魔法学校までずっと同じ学校を通い続けました。

卒業後に彼が黒猫郵便社に就職して、この町に配属された時はとても嬉しかったのを覚えています。

自分が店を任された時はお祝いもしてくれました。

彼は大人になった今でもお花が大好きで、ちょくちょくお店に来てくれました。

来てくれていたんです。

私は“花が好きな自分”に酔ってただけかも知れない。

グッと力を込めた分だけグングン加速してゆきます。

いつの間にか常識の範疇を超えたスピードでホウキを飛ばしていました。

着いたのは町外れの橋。

花が捨てられていた河原です。

この前に見た盛り土は見当たりません。

でも、新しく別のソレが積み上がっていました。

また誰かが捨てたのでしょう。

ただ…。

一緒にあるはずの花は1本も見当たりません。

きっと彼は悲しんでいる。

見つけて心を痛めて拾い集めたんだ。

きっと彼は怒っている。

だから最近ちっとも店に来てくれないんだ。

きっと彼は呆れている。

さっきも私に会いたくないから去ってしまったんだ。

彼女にとってその思いは、失恋なんかよりずっと重く辛い事でした。

雫が落ちてきて頬を濡らします。

雨が降り始めました。

君影草と魔法の365日-第2話

君影草と魔法の365日-第2話

第2話 町に咲く高嶺の花。 動物や植物に酷似した亜人達の住む世界。 科学と魔法が共に栄える文明で紡がれる物語。 稚拙だけど等身大の全力。 君影草と魔法の365日。 愛娘と楽しい時間を過ごしたゲーム『とんがりボウシと魔法の365にち』より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-29

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 町に咲く高嶺の花
  2. 甘美な夢
  3. 整理出来ない悩み事
  4. 傷付いた花
  5. 心を映す空