君影草と魔法の365日-第1話

君影草と魔法の365日-第1話

実際に覗いた事は無いけれど、誰もが知っている不思議な世界。

夜明けの晩に後ろの正面へ行くとある“始まりと終わりの扉”を通った先。

そこには、コンピューターに代表される科学が発達しながら、その科学では説明出来ない魔法も発達した高度な文明が栄えています。

魔法と言えば全てが思いのままになりそうなイメージですよね。

でも、魔法は何でも出来る万能なチカラではありませんでした。

きちんと勉強して、たくさん練習して、いっぱい失敗して、初めて簡単な魔法が使える様になるのです。

当然、この世界には魔法を勉強する学校がありました。

「どーもー!私は鈴音(すずね)♪“すず”って呼んでほしいの!」

席を立った女の子はとびきり元気な声で自己紹介をしました。

身長は高校生のお姉さんくらいでしょうか。

ピンと伸ばした背筋や猫耳は彼女の背丈をより高く見せます。

白い光沢のある毛並みやしなやかな長い尻尾は上品な印象を与えました。

…っと、ここまで話せば気付いてもらえていますよね?

すずは僕達とは大分違う人間でした。

いや、彼女だけではありません。

その世界に住む人間達のほとんどは皆、動物や植物が立ち上がった様な容姿をしていました。

すずの場合、その姿は白い猫に酷似しています。

彼女が通う“箱庭魔法学校”は由緒正しい魔法教育の名門校。

かつては軍立の士官学校で優秀な魔導師を大勢輩出していました。

…と言っても、平和な今の時代では普通の学校と変わらないのだけど…。

変わっている事と言えば学校敷地内でのみ通用する7段階の“階級制度”がある事くらいです。

すずは入学したばかりの新入生。

制服のとんがり帽子には星形のチャームが1つ誇らしげに輝いていました。

年度末の進級試験に合格するか、階級審査会に認められる程高い評価を獲得すれば、星を1つ増やす事が出来ます。

すずが目指すのは“5つ星の魔法使い”より上の“大魔法使い”

歌も踊りも上手にこなし、凄い魔法も自在に使える大人の女性。

文武両道で才色兼備のスーパーアイドルになるのが彼女の夢でした。

これから僕がマイペースに書き綴るのは魔法学校に通うすずと愉快な仲間達が織り成すちょっとだけ不思議な物語です。

消えた石像の謎

「ランカは気付いた?」

白猫の少女すずは少し興奮した様子で友達の女の子に話し掛けました。

丸みを帯びた大きな耳。

身の丈程もあるフワフワもふもふの尻尾。

ランカと呼ばれた女の子は栗色のリスに似た容姿をしている少し背の低いクラスメイトです。

ランカが言葉を選んでいると、すずは返事を待ちきれずに続けました。

「今朝、学校に来た時に気付いたんだけど、石像の片方が綺麗に無くなってるの」

すず達の通う魔法学校のロビーには、恐い顔をした魔獣の石像が2対飾ってありました。

剥き出しの牙。

鋭い爪。

背中にはコウモリの様な大きい翼まであります。

学校は歴史ある建物でしたので、大人から見れば味のある置物なのかも知れません。

でも生徒にとってはただただ不気味な存在。

生徒の間ではこんな噂話が流れています。

あの石像は生きていて、授業をサボる子供を食べてしまう…と。

まぁ、どんな学校にもある七不思議というヤツです。

つか、そんな物騒な石像が先生の趣味で置いてあったら大問題ですけどね。

実はその石像が1体、忽然と姿を消してしまったのでした。

今日1日、学校はその話題でもちきりです。

でもランカは違っていました。

「ねぇねぇ。石像なんてただの飾りだし、きっと何か事情があって動かしただけだと思うよ?」

大騒ぎし過ぎという否定的なランカの言葉にすずが反論します。

「聞いたんだけど先生達が動かしたわけじゃないみたいなの」

活発で行動的なすず。

冷静で落ち着いているランカ。

一見、正反対な性格の2人は親友と呼べるくらい仲良しでした。

「石像が自分で動くわけないし、つまり誰かが勝手に動かしたって事なの」

なぜなら、抑えきれない好奇心と探求心が2人を不思議な事件へ誘うからです。

石像を動かしたのが先生達ではない事を知ったランカの瞳が輝きだしました。

「ひょっとしたら泥棒の仕業かも…」

完全に憶測の話でしかないのですが…。

「ねぇねぇ。あたし達の学校の物が盗まれるなんて重大事件だよ!」

消えた石像の謎…。

面白くなってきました。

「一緒に確かめるの!」

もう2人を止める事は出来ません。

放課後の約束を交わし、思い思いの準備を始めるのでした。

学生寮の温室

学校から少し離れた丘の上に、古くてボロボロな洋館が建っています。

一見、幽霊屋敷と間違いそうなその建物は、すずがお世話になっている“学生寮”でした。

特別枠で推薦入学をはたしたすずは学生寮を無料で利用しています。

と、言っても寮生はすず1人。

他の生徒達は町のお洒落なアパートか流行りのツリーハウスを借りて生活していました。

実はすずも町に住みたいのですが、高い家賃を支払う事が出来ません。

色々な理由があって彼女にはお金が無いんです。

そんなワケで有り難く学生寮を使わせてもらってるんですが…

カビ臭いし、虫は出てくるしで気が滅入ります。

唯一、屋上にある温室は気に入っているのですがソコに行くには“開かずの扉”の前を通らなければなりません。

ソレは管理人のおじさん“テツ”さんから『絶対に開けるなよ?』と念をおされた扉でした。

もちろん好奇心大勢な彼女はノブに手をかけましたが扉には鍵がかかっています。

『なぁんだ。つまらないの』

そう思った瞬間、コンコンと確かにノックの音がしました。

ドキッとして扉に視線を移すと…

間違いなく扉の向こうに何かと視線が合った…気配を感じたんです。

裂ける様な悲鳴を上げてテツさんの元へ走りました。

結果ゲンコツをもらったというのは寮生活初日の楽しい思い出です。

放課後、すずとランカは温室に集まりました。

いわゆる捜査会議です。

温室は丸いドーム型で体育館程の広さがありました。

壁は総ガラス張りで、一部はステンドグラスとお洒落な造り。

床は煉瓦造りの小道を除いて一面が芝生で敷き詰められています。

真ん中には丸いガーデンテーブルが置かれて、その周囲を囲む様に様々な植物が植えられていました。

こんな豪華な温室があるコトから、昔は特別な建物であった事をうかがわせます。

寮生が1人しか居ない今、温室はすずの貸し切り状態なので、すずとランカはよくココに集まりおしゃべりをしていました。

すずの淹れた紅茶とランカが持ってきたクッキー。

2人は学校で聞き込み…と、言うか噂話で仕入れた情報を交換し始めます。

「ねぇねぇ、昨日の夜に当直の先生が見回りした時はまだ有ったみたいよ」

「異変に最初に気付いたのは三ツ星の先輩らしーの」

雰囲気は捜査会議と言うより、ただのお茶会ですね(汗)

そんな調子で順調に会議が進む中、ランカはちょっとした異変に気が付きました。

騒ぎの張本人

ランカは『シッ!』と口元に指を立てます。

「ねぇねぇ、何か変な音が…少しずつ大きくなってない?」

耳を澄ませると石が擦れる様な音が微かに聞こえてきました。

それはランカが指摘した通り、段々と確実に大きくなってゆきます。

無機質なのに不規則で生物的な音。

「そこの裏…誰かいるの?」

視線の先には赤い薔薇の木の植え込み。

その裏からハッキリとした気配が感じられる様になったのです。

ソレはすずの問いに応えず、更に音を大きくしてゆきました。

2人は恐る恐る植え込みに近づくと、勇気を振り絞って覗き込みます。

「!?」

最初に見えたのはコウモリの様な形をした大きい翼でした。

とても悩ましい表情をした寝顔。

尖った牙は口に収まらず剥き出しになっています。

ゴツゴツした指から伸びた爪は長く鋭くて、ソレが敵対する者を斬り捨てる為だけにある事を想像させました。

「何で学校の石像が温室にあるのよ!?」

そこに有ったのは正に消えた魔獣の石像。

ランカが驚きの声を上げると、ピタリと奇妙な音が止みました。

どうやら彼(?)もこちらに気付いた様です。

察するに石像の正体はガーゴイル。

主人の命を受けて警護の対象を護る、動く魔法の石像です。

ガーゴイルはまぶたを開けると少し驚いた様子を見せ、落胆し深い溜め息をつきました。

すずは思い切って話し掛けてみます。

「先生達、貴方が無くなってとても困ってたの」

その言葉にガーゴイルは申し訳無さそうな顔で話し始めました。

「自分の役目は学校のロビーで昼となく夜となく見張る事。ただその為だけに生まれてきたんであります」

悲しげな表情が更に曇ります。

「なのに自分ときたら最近居眠りばかりしてしまうんであります…」

ロビーにあった時とは大違い。

とっても情けない表情で話しを続けます。

「自分は自身の役目も満足に果たせない駄目なヤツなんであります…」

彼はすっかり自信を無くしている様子でした。

「居眠りせずにすむ方法を見つけない事には帰る事も出来ないんで…あります。いったいどうすれば…。この事は…誰にも内緒に……」

そう言いかけて、静かに黙ってしまったガーゴイル。

やがて、あの石を擦り合わせる様な音を響かせ始めました。

「えーと…」

言葉に詰まるランカ。

すずは確信しました。

「寝てるの…かしら?」

睡魔に打ち克つスパイス

どうしても眠気が覚めず、与えられた役目を全う出来ない。

コレがガーゴイルの悩みでした。

石で出来た魔法生物の彼に、そもそも睡眠が必要なのか?

色々と疑問が湧く話ではありますけどね。

「睡魔に打ち克つには刺激的な食べ物をクチにすると良いと訊いた事があるであります」

彼自身が考案した解決策は刺激的な味の料理を食べるショック療法でした。

効果が一時的でその場しのぎな気がしますけど…。

とにもかくにも、この先もお世話になるみたいなので2人は手伝う事にしました。

刺激的な味と聞いて最初に思い浮かんだのはスパイス。

スパイスといえばカリー。

ピン!と閃いたすずは早速調理に取り掛かりました。

「これがお薦めの刺激的な料理でありますか?」

ガーゴイルの問いにすずは自信満々で答えます。

「そう!鈴音特製の“すぺしゃる地獄カリー”なの!!」

辺りにスパイスの豊かな香りが漂います。

ただ…

そのルーはマグマの様に煮えたぎり、触れたサフランライスが炭化を始めています。

いったい、どんな調理法を用いればこんなルーが完成するのでしょう?

明らかに危険なビジュアルですがランカは止めません。

「頂くであります!」

ガーゴイルは長い舌でカレーを器用にすくい取って、一口で平らげてしまいました。

「ううっ…こ…これは…っ!?」

大丈夫でしょうか?

ガーゴイルの身体が小刻みに震えています。

「うまい!美味すぎるでありますっ!」

ガーゴイルは確かにそう吠えました。

「甘からず辛からず、酸味もほどほどの絶妙なバランスのこの味!正に究極の料理と言えるであります!!」

そう饒舌に語る彼のクチからは、明らかに煙が立ち昇ってます。

「こんな美味しい料理を作って来ていただいてとても恐縮でありますが…。残念ながら少々刺激が足りないようであります」

美味しさの衝撃で少しの間は目が覚めた様ですが…。

どうやら石像の彼にはスパイスの辛味など通用しないみたいです。

「もっと不味くてドギツイ味の方が今の自分にとっては…ありがた…い…でありま…す」

そう言いながら再び睡魔に襲われるガーゴイル。

意識が遠退く夢の狭間で、昔訊いた話の続きを思い出していました。

「魔法…毒…キノコ…?」

どうやらこのキーワードに解決策が隠されている様です。

1品目 失敗

星 ☆★★ 1つ

キノコが特効薬?

「これが例のキノコを使った刺激的な料理でありますか?」

ガーゴイルは期待を込めた眼差しで料理を見つめています。

「本当にコレで良かったのかな?」

出来上がったグラタンは焦げたチーズが香ばしい、実に美味しそうな一品でした。

しかし調理した本人のランカは、とても心配そうな顔をしています。

「大丈夫! 心配いらないであります」

「でもアタシ達は味見すらしていない…」

本当は、2人は味見“できない”なのですが…ガーゴイルは話し終わるまで待たず、またペロリと料理を平らげてしまいました。

「おおっ!? これはっ…たっ…確かにすっごく刺激的であります!」

彼は確かな手応えを感じている様です。

「なんだか身体の奥からカーッと熱くなってきて、気持ちもウキウキするであります!」

興奮気味で気持ちがハイになったガーゴイル。

力一杯羽ばたくと、物凄い勢いで飛び回ります。

「こんなに素早く飛んだのは初めてであります! ウ…ウワハハハハッ!」

少しハシャギ過ぎな気もしますが…。

料理に使用した純白の美しいキノコの名前はドクツルタケ。

別名“殺しの天使”(汗)

人が食べれば細胞を破壊して内臓に致命的な障害を与えます。

こんな恐ろしいキノコを“目覚しの薬”だと言われたって素直に用意出来ません。

依頼を引き受けた2人は図書室で調べたのですが…

ガーゴイルに効く薬の記述なんて、どんな本を調べても載っていなかったのです。

結局は彼の記憶を信じてこのキノコを料理したのでした。

でも、これで一件落着…と、そう思ったのですが…。

「ねぇねぇ、ちょっと様子がおかしいよ?」

「え!?」

大笑いしながら飛び回るガーゴイルはフラフラしだして次第に失速し、2人の前に落ちて来ました。

土埃が舞う中、まだ高笑いがこだまします。

「ウヒョ…笑いが…止ま…ヒョッー!?」

・・・・・・(汗)

ガーゴイルは呼吸困難になりながら、数十分も笑い転げていました。

どうやらガーゴイルにとってドクツルタケは、一時的に運動能力を高める効果がある様です。

しかし副作用で発作を起こしてしまうなら、問題の解決にはなりません。

ガーゴイルは明らかにグッタリしています。

「確かにこれを食べれば少しは目が覚めそうではありますが…。見張り役の自分がこんな風に笑ってるわけにはいかないんであります」

いや、そーゆー問題では…。

2品目 失敗

星 ☆☆★ 2つ

河豚の毒は有名ですが…

「おまたせ!」

2人はさっそく次の料理を作ってきました。

やっぱり普通な見た目でとても美味しそうな…これは雑炊でしょうか?

やっぱり危険な食材が入っている様です。

「ねぇねぇ、本当はアタシ達が料理しちゃ駄目なんだよ?」

「おおおっ? これは確かに刺激的な味でありますよっ!! 口の中がズッキリして気分ぞうがいでありますよ!!」

今度もばっちり刺激的な味に仕上がっているみたいです。

つか、またガーゴイルは話の途中で食べちゃってますね…。

キノコの次に思い出した食材。

それは毒が有る事で有名な魚“河豚”でした。

この魚は種類や漁場で毒の量や部位が変わり、東の国では危険を承知で食べる文化があったりもします。

勿論、国家資格を持つプロが調理して初めて食べられる代物。

その中でも特に毒性が強い事で有名…と言うか可食部の無い全身猛毒のドクサバフグが今回の食材でした。
毒の無いサバフグと間違えて食べてしまい、集団食中毒に発展した事件はまだ記憶に新しい話です。

「あで…?」

あ…。

「でもなんだかジダがビリビリじびれずぎでうま…じゃべれな…あり…まず…」
“今度こそ”とか言う間も無く副作用が(汗)

石像のガーゴイルから物凄い汗が吹き出しています。

「ぞれ…どご…が、デもアジも、じびれ…じびびびびびびびびびびびっ!?」

どうやら“ドクサバフグ”はガーゴイルにとって倦怠感や疲労感を払拭する効果がある様子。

でも同時に全身を硬直させ、身動きを止めてしまう副作用もある様です。

そのまま彼はしばらく瞬きさえ出来なくなってしまいました。

「ううう…や、やっどおざまっでぎだでありまず。確かにこれは自分の注文通りシビレル味でありますが…」

ガーゴイルは溜め息を1つ。

「何かあった時に身体が動かないんではお役に立てないんであります」

『確かに…』

すずとランカの声がハモリました。

・・・・・・。

3品目 失敗

星 ☆☆★ 2つ

ガーゴイルが記憶の片隅から思い出す材料はどうも副作用が強い物ばかりで、ちっとも役立ちそうにありません。

すずは呟きます。

「やっぱり毒は毒なの」

その言葉にランカは薬剤師をしているおばあちゃんの話を思い出しました。

「毒…。薬と毒は紙一重…?」

そうしている間にガーゴイルは次の材料を思い出した様です。

駄菓子と魔法の亀谷商店

箱庭魔法学校の敷地内には生徒や教員の為に存在する小さな商店街があります。

様々な店が軒を連ねていて、見つからない物はほとんどありません。

今すずとランカはその一角にある駄菓子屋“亀谷商店”へ向かっていました。

店主の“トメ”さんはランカの祖母。

そしてすずや他の学生達にとってもおばあちゃん的な存在でした。

良い事をすれば褒められ、悪い事をすれば怒られ、悲しい事があれば慰めてくれます。

トメさんは厳しくも優しいおばあちゃんでした。

皆さんは魔法学校の生徒が駄菓子屋へ通う事を疑問に思うかも知れませんが…

実はこの店、表からは見えない別の顔があるんです。

「おばあちゃん。“籠の鳥が欲しい”んだけど…」

ランカが秘密の合言葉を伝えると、お店の奥に手招きされました。

表向きはレトロでショーワな駄菓子屋さん。

でも秘密の隠し部屋に入ると空気が一変します。

薬棚には瓶詰めにされた奇妙な動物の姿干しやキノコ、液体が並び…

木の床には五芒星の魔方陣が描かれていて、魔法語とも違う難解な文字が記されています。

火にかけられた大きな魔術釜の中は不気味な紫色の液体がクツクツと煮立っていました。

照明は暗く抑えられていてロウソクの火が妖しく揺れています。

ソコは朱色に染められた異国の薫りがする魔法屋なのでした。

トメさんは箱庭魔法学校の卒業生で魔法薬に精通する薬剤師だったんです。

あ、因みに物凄く怪しくて違法な雰囲気満点のかめやですが営業許可を貰ってる正規のお店ですよ。

なにしろ魔法学校の先生達もお世話になってるくらいですから。

何事も雰囲気作りって大切なんです。

「で、何が欲しぃんだい?」

トメさんは怪しく問い掛けました。

「おばあちゃん実は…」

ランカはこれまでの経緯をちょっと緊張しながら説明します。

…と、あー痛そう(汗)

次の瞬間、2人は堅い樫の杖でゴツンとお仕置きされました。

そりゃそーです。

いくらガーゴイルから口止めされていたからと言って、詳しくも無い毒物を勝手に料理して食べさせたりすれば当然叱られるでしょう。

でも、それは承知の上での相談でした。

2人とも成り行きで此処まで来ましたが、今はガーゴイルを助けてあげたい気持ちでいっぱいだったのです。

「それでガーゴイルは“ヤドクガエル”と言っていたんだね?」

2人が頭を押さえながらうなずくと、トメさんは大釜に杖をかざし、楕円を描く様にして呪文を唱え始めました。

滝の様に流れる涙

モチモチしたクレープに特製クリームを塗って、ソレを何層にも重ねたケーキ。

ソレはすずとランカ渾身の一皿。

ヤドクガエルのミルクレープがガーゴイルの前に置かれています。

一見フルーツの酸味を想像させる鮮やかな赤紫色は、恐らく毒の成分そのもの。

勿論2人は味見無しで作っています。

「お二人のご協力で色々な料理を試したでありますな」

ガーゴイルはジッとお皿の上のケーキを見つめながら言いました。

コレまでの様に話も聞かずペロリとはいきません。

彼からは明らかな疲れと焦りの色が見てとれます。

ずっと見張りの仕事を放り出しておくわけにもいきません。

記憶に間違いが無ければ、コレが最後の材料。

もし効果が無ければ…。

「これならばいけそうな気がするであります! それでは早速いただいてみるであります!」

悪い予感を拭う様に、気丈に振る舞うガーゴイル。

長い舌でケーキを掴むとやはり一口で、しかし頬張ってゆっくり味わいます。

「ねぇねぇ、ガーゴイルさん?」

少し長い沈黙の後、彼は笑顔でこう言いました。

「お二人の気持ちが詰まったこのケーキ。とっても美味しいであります」

ラズベリーとブルーベリーの酸味を生かした爽やかなクリーム。

程よい弾力のあるクレープは全体の食感を損なわない程度に噛み心地を主張します。

ソレはどこにヤドクガエルを使ったのか分からない程美味しいミルクレープでした。

そして頭もまぶたも重いまま。

残念ですが最後の料理には全く効果が見られません。

ガーゴイルは大きく落胆しました。

恐らく彼はお役御免。

物言わず動かない普通の石像に戻されてしまうかも知れないのですから。

でもソレとは別に2人への申し訳ない気持ちと感謝が溢れてきます。

「少しでも眠気が覚める様にと、脳天を突き抜ける刺激的な味を期待していたでありますが…」

瞳からは大粒の涙。

「最後にこんな美味しい料理を食べられて幸せでありました」

そもそも生徒と接する事を禁じられていたガーゴイル。

護っていた相手がこんなにも優しく素直で、しかも自分の為に懸命に動いてくれた事が嬉しかったのです。

彼は音も無く泣き始めました。

ソレを見ていたすずとランカは…

「やったネ!」

お互いの右手をパチンと叩いて喜びを分かち合います。

「…な、なんでありますか?」

意味が分からず疑問符を浮かべます。

「あれ…何かおかしいでありますよ?」

ただ涙は枯れる事を知らず、むしろ滝の様に流れ続けました。

おばあちゃん

涙を流し続けて数十分。

ガーゴイルの表情はとても晴れやかでやる気に満ちています。

「こんなに頭の中がスッキリ爽快になったのは久しぶりでありますよ!!」

実は滝の様に流れる涙こそあの料理…いや、薬の効果なのです。

彼の記憶にあった3つの刺激的な食材は魔法薬の材料。

トメさんに手伝ってもらい完成したそれは、石から生まれた魔法生物の体調不良を涙と共に洗い流す“秘薬”だったんです。

「これならもう居眠りなんてしなくて済みそうであります」

4品目 成功!!

星 ☆☆☆ 3つ♪

「アナタ達のお陰で自分もやっと元の役目に戻る事が出来るであります! このご恩は一生忘れないであります!」

ガーゴイルは2人にお礼を言うと早速学校へ帰ろうと翼を羽ばたかせるのですが…。

「ちょっと待つの!」

すずに尻尾を掴まれます。

彼のチカラを持ってすれば振り払ったり、彼女をぶら下げたまま飛び立つなんて造作も無い事。

しかし、お世話になったすずにそんな乱暴な事できません。

結果、見た目はすずが強引に引っ張ったカタチで、受け身もとれず地面に墜落しました(汗)

流石に顔からダイレクトに床へ落ちれば彼も痛そーです。

「いったいどうしたのでありますか?」

「あたしが頼んだのさ。このまま帰したらまた同じ事を繰り返しかねないからねぇ」

強打した鼻を押さえつつ問い掛けるガーゴイルに答えたのはすずではありません。

温室の入り口から現れたのはトメさん。

その姿に“すずと蘭香以外の人に見つかった事”とは異なる緊張が走ります。

「ご…ご主人様!?」

そう、トメさんこそガーゴイルの生みの親だったんです。

なんとも言い難いプレッシャーで彼は石の様に動けません。

(…っと、彼は石でしたw)

「全くあたしゃ情けないよ。生徒を護らなけりゃいけない立場のお前さんが、生徒に危ない料理を作らせて迷惑かけるなんて」

「申し訳ないであります」

「大体なぜ校長先生やバディに相談しなかったんだい? 無駄に事を大きくするなんてガーディアン失格だよ」

「スミマセンであります」

それからトメさんのお説教は延々と2時間続きました(汗)

勿論すず達は巻き込まれない様に音もたてず退散してます。

因みに監督責任を追及された校長先生が、更に長く3時間叱られた事は皆に内緒のお話ですよ。

無事に返された石像の謎

無事に返された石像の謎。

学校は今日1日、その話題でもちきりです。

ガーゴイルは昨晩、トメさんに健康診断を受けて万全の状態で学校に戻りました。

校長先生への謝罪も済ませ、今朝には何事も無かったかの様に復帰し石像として鎮座しています。

今から何十年も昔の話。

トメさんと同級生が卒業製作で寄贈した石像こそ、あの2対のガーゴイルでした。

当時の先生達には彼らの健康管理やメンテナンスを伝えてあったのですが、長い時の流れで忘れられてしまった様です。

…校長先生…可哀想(笑)

放課後、すずとランカは彼のいるロビーに来ていました。

話題の石像を一目見ようと人だかりが出来ていたのも朝だけの事。

いつもと変わらない風景は皆の興味を削ぎます。

話のネタには上がっても、わざわざ立ち止まってまで時間を潰す人はいません。

そこはいつものロビーの階段前に戻っていました。

でもすず達は感じています。

前と少し雰囲気が違うみたい。

彼は少し優しくも頼もしい顔つきになった気がしました。

ガーゴイルは喋りません。

彼の仕事は様々な脅威から学校やみんなを護る事。

そして本来は生徒と話すどころか動ける事も知られてはいけないのです。

『言葉は交わさなくても自分とアナタ達はずっと友達であります!』

別れ際にガーゴイルが2人へ伝えてくれた言葉でした。

「ねぇねぇ。アタシ学校で勉強して、パパやママの知らない事もたくさん習って、すっかり一人前な気がしてたよ」

ランカは石像に視線を移すと言葉を続けます。

「でも、きっとアタシ達にはガーゴイルさんみたいに影で支えてくれる人がいて、初めて当たり前な生活がおくれているんだね」

うなづいたすずはガーゴイルにウインクをしました。

やっぱり彼は沈黙を守り動きません。

実はすず、あの顔がちょっと恐くて少し石像が苦手でした。

でも今は少し寂しい気持ちもあります。

知られない所からずっと見守ってくれている存在。

無性に手紙を書きたくなったすずは部屋に戻るとペンをとりました。

魔法学校のある箱庭の地から遠く離れた故郷。

「・・・・・・」

何か気持ちのこもった手紙を書こうとすると、幼い日の記憶が彼女を邪魔します。

すずは書きかけの便箋を破き捨てると、いつも通りの綺麗な文章を書き綴り、仕送りのお金を添えて手紙を送りました。

君影草と魔法の365日-第1話

君影草と魔法の365日-第1話

第1話 消えた石像の謎。 動物や植物に酷似した亜人達の住む世界。 科学と魔法が共に栄える文明で紡がれる物語。 稚拙だけど等身大の全力。 君影草と魔法の365日。 愛娘と楽しい時間を過ごしたゲーム『とんがりボウシと魔法の365にち』より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-29

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 消えた石像の謎
  2. 学生寮の温室
  3. 騒ぎの張本人
  4. 睡魔に打ち克つスパイス
  5. キノコが特効薬?
  6. 河豚の毒は有名ですが…
  7. 駄菓子と魔法の亀谷商店
  8. 滝の様に流れる涙
  9. おばあちゃん
  10. 無事に返された石像の謎