アルコール(迷燕)
死にたくて、死にたくて、と口ずさみながら、月乃は、iPhoneの画面を、何度もスライドさせる。何をしてるのか。「死にたい」と歌いながら、通知のバーが現れるのを待っている。しつこく「死にたくて」を繰り返しているが、「本当に死にたい」はずもなく、よくある「死にたいと言いたい」気分なのだ。こないだ、おじいちゃんに、「最近の若者はすぐ死ぬ死ぬと言う、なるほど、それで何度も「一生のお願い」が使えるのか」と嫌味っぽく言われて、イラッとしながらも月乃はうまいこと言い返せなかった。
でも、いつもの「死にたい」より、今日の「死にたい」は少し重い。
二日前、好きな男の子にLINEで告白したのだが、未だ返事がないのだ。簡単に言うと、告白を無視されて三日目の月乃だ。
朝はもちろん学校に行かなければならないので、「どうか無事に過ごせますように!」と、お天道様に一生懸命願をかけ。帰ってきたらきたで、何もなかったことにめそめそした。
そんなこんなで大分自棄になってきている月乃は、iPhoneを「こんにゃろっ」とベッドの上に叩きつけた。そして、ローテーブルに置いてあった二缶目のチューハイをひっつかんで、自分もベッドにボスッと座る。カシャン、プシュ、と音を立てて、冷たくて重いプルタブを持ち上げると、指に食い込む鈍い痛みに、なんだか月乃は寂しくなった。鼻を、アルコールの香が掠める。
目線は向かい側の窓を見上げていた。黒い空白に、ぽっかりとレモン色の月。何月なのかはわからないが、大分欠けている。じっと空白を睨みつけて、月乃はチューハイに口をつけた。
一昨日も、昨日も、月乃はチューハイの缶をきっかり二缶空けた。普段の月乃なら、二缶飲めばヘロヘロになるのだが、「死にたい」と本気で嘯いている時に限って、肝臓は仕事を完璧にこなした。本当はぐでんぐでんに酔っぱらってしまいたいのだ。そうすれば立ち上がれないくらいの二日酔いになって、堂々と学校を休む。
この二日間は、アイツに遭遇することなく、過ぎていった。もちろん、自分が教室に籠ったのだが、クラスが違えば、会わなくても支障はないんだな、と悲しくなったのも事実だ。
既読無視をされて、学校でも会わなくて、きっと私は、アイツの中からどんどんいなってしまう。そう思うと、何とも言えない、そしてどうしようもない、苦しみの波が、月乃の心の中で、じたばたした。今だって荒れ狂っていて、その反動に、頭が持っていかれそうになっている。
学校で、「月乃が未成年飲酒で倒れた」という噂が流れれば、きっとアイツの耳にも届く。また月乃の事を思い出してくれるだろう。悲しくなるくらい好きなのに、月乃は、月乃自身の手で、彼を引き留めることができない。
だから、何でもいい。何でもいいから、どうか追いやらないで。少しでいいから、その心にいさせて。
苦しみの波が、ぐわんと大きくなって、月乃の中のどこかの壁に、勢いよく当たって砕けた。
忘れないで、忘れないで。
頭が、ガンガンする。
どんな形でもいい、そこにいさせて。
顔が熱い、喉が痛い、頭も痛い。
目が、熱く滲んで、よく見えない。
あらっ、酔ってきたかしら。と月乃は呟やこうとした、のに、喉がすぼまって、苦しかった。
すると、両目から勢いよく何かが飛び出して、視界が少しクリアになった。そして、飛び出した二つの何かは、むき出しの白い太ももの上で砕けて、肌を伝って、シーツに吸い込まれていった。グッと、お腹のあたりが重くうずいて、口が「ひゃっく」と音を立てて、空気を吸い込む。
ああ、やっと来たねアルコール。ずっと呼んでたのに、今まで何してたの。
「うっ、ひゃっ、く」
あんたに手伝ってもらおうと思ってたんだよ、それなのに、もう涙が止まらない。
「うえ、あ、ひっく」
ほんとはね、軽蔑されたくない。どんな形でもいいなんて、嘘。そんな形でしか、の、間違い。
熱い水の塊が、次から次から目から逃げ出す。こんな風に、アイツの心から、月乃は忘れられていく。最初からいなかったんじゃないの? いや、そんなことない、そんなことないもん。どんな形でも、そこにいさせてよ。ねえ、月乃を追い出さないで。
握りしめられた缶はぬるく温まり、少しだけへこんでいた。月乃は、ぎゅうとすぼまった喉を押し広げるように、滲む視界のまま、グッと中身を飲み干した。
アルコール(迷燕)
こんにちは。少女漫画やドラマを見て育った乙女たちは、中学・高校入学に心を躍らせるものです。と、いっても、実際は、思ったより辛い出来事が多かったりしますね。辛いこと・嫌なこと続きになると、「空気に溶けてしまいたい」とか本気で思ったりもします。現実の青春って、結構孤独で傷つくことの多い時期です。そんな一時の「どうしようもない」って第三者から見ると、とっても魅力的なんです。