ビックリ!ロボックス

プロローグ

今やロボットは人々の暮らしには欠かせない物となっている。

洗濯物や部屋掃除にお料理等々、毎日苦労してこなしていることを、優秀なロボット達は忠実に人間より遥かに何の無駄なく行っていく。

主婦業なんてロボットが全部やってくれるし、自分のやることと言えば持て余した時間を娯楽に注ぐのみ。そんな人も少なくはないのです。

スポーツの練習にもロボットが、子供に本を読み聞かせるのもロボットが。

様々な種類のロボットが世の中に溢れる中、今度は一体どんなロボットが生まれてくるだろうか?

日夜、世界中の科学者達が思考に思考を重ね、新たなロボット開発に精を出している。

そんな科学者の中で、人々から変わり者と称される一人の男がいた。

名はDr.ホービー。今日のロボット研究の先駆けとなった人物の一人で、世界でも五本の指に入る程の優秀な科学者ではあるのだが、彼の作るロボットは風変わりな物ばかりであった。

例えをいくつか挙げると、まずは、「にらめっこロボ」。全長30cm程の人型で頭の部分がディスプレイになっている。

そのディスプレイから様々な面白い画像が映し出される。これとにらめっこで勝負する。表示された画像に10秒間笑わずに耐えれたら勝ちだ。

ちゃんと戦績も記録してくれるぞ。更に手強いことに、そいつは今までの勝負の内容から、対戦相手の笑いのツボを分析してインターネットから新しい画像を探してくるのだ。

勝負を重ねていく内にどんどんパワーアップしていき、人々を飽きさせないシステムになっている。

が、あまりにもマニアックなので、全然売れなかった。

更には好きな人の声を完璧に真似て朝起こしてくれる「素敵ボイスでお目覚めロボ」やら、カエル形のロボット同士が相撲を取る「ケロケロお相撲さんロボ」等々、個性的なロボットが作られたのだが、売り上げはヒット商品には遠く及ばなかった。

こういった、子供達が手にとって遊べる玩具のようなロボットは旧世代で多く世に出ている。

もちろんホービーのつくったにらめっこロボらの性能は旧世代よりも遥かに向上している。笑いのツボを分析して、画像を探してくるなんてシステム、一昔前の科学者が見ればど肝を抜かれるだろう。

しかし今売れるロボットと言うのは、一体だけで何でも出来る、様々な便利性能を有したロボットだ。

人間のパートナーとして人間の行動を様々な形で支援する、言わば「ファミリーロボ」が流行りなのだ。

ホービーが作るような子供騙しの玩具ロボットは衰退していっている。

しかし、ホービーはそれでも、作るロボットの方向性を変えなかった。

彼がロボットを作る際に最も重きを置くのは、子供心だ。

身の回りの世話をし、生活を便利にするロボットだけでなく、共に遊び、人々を楽しませることの出来るロボット。言わば「フレンドロボ」こそが科学者Dr.ホービーの目指す理想のロボットなのだ。

彼は世間に流されずにただひたすらに子供達を楽しませるロボットを作り続けた。

今では髪の毛もすっかり白くなった老人になった。しかしその間に、作ったロボットがヒットしたのはたった一度だけだった。

その唯一ヒットしたロボットなのだが、これがまた異質な物だった。

その名は「ビックリ!ロボックス」。

このロボットがヒットした最大の要因は、なんと言っても従来のロボットではあり得ないシステムを搭載していたからだ。

そのシステムとはずばり、イタズラである。

ロボットは普通、人間に害を与えないように作られているのだが、このビックリ!ロボックスはそんな道理を無視してイタズラをする為だけに作られた、言わば「イタズラロボット」だ。

さすがに、暴力といった外傷は与えることは出来ず相手にちょっとした恥をかかせる程度のイタズラしか出来ないし、イタズラのターゲットに出来る人間には決められた制限がある。しかし、それでも言ってしまえば人間を襲うロボットなんて物が作られて売り出されるなんて当時の人々は考えもしなかっただろう。

だが、そんなイタズラロボットは子供達の間でブームになり、「ロボックス」と略称で呼ばれるようになった。。

子供達の親はイタズラの為のロボットなんて決して推奨しなかったが、Dr.ホービーの作るロボットはファミリーロボとは違い、一つの性能しかないので比較的に安く、子供のお小遣いでも買えるし、非常にロボットとは分かり難い形をしているので、子供コッソリ買っていたなんてことは良くあった。

買った子供からすればロボックスはとても心強い代物だった。憎たらしい奴にイタズラを仕掛けるのは子供心にとても愉快なものだ。

しかし、当然の如くイタズラの被害にあった大人達からのクレームは止まず、一ヶ月も経たない内に販売中止となった。

このミニブームは今や10年前の出来事。ビックリ!ロボックスなんてロボットがあったことなんて殆どの人間が忘れてしまっただろう。

さて、この物語はとある幼い少年と忘れ去られたビックリ!ロボックスとの出会いから始まる。

1―ロボット達

「起きなさい、フレディちゃん!起きて!も~う、遅刻しちゃうわよバカ!!」

可愛らしい女の子の声で目を開けたフレディだったが、その声の主がベッドの枕の横に置いた時計形のロボットだったということ思い出すとげんなりした。目覚める瞬間は寝ぼけているので実際に女の子が起こしに来ているかのような錯覚に陥るのだが、数秒前のそんな気持ちは何処へやら、思い出した後では空しいだけである。

声の主のロボットは小型で胴体は時計で人間のように手足と頭が付いている。顔はいかにもメカメカしく、鉄のマスクを被っているかのような厳ついデザインだ。とても先ほどの可愛らしい声を出すロボットとは思えない。

このロボット、名前は「素敵ボイスでお目覚めロボ」と言うらしい。誰かの声を聞かせるとその人の声を完璧に真似し、その声で朝起こしてくれるという物である。さらに聞いた声からその人物の性格特徴口癖等々を分析し、その人物に忠実になりきってくれる。

そう、フレディは密かに好意を抱く女の子の声を勝手にこのロボットに聞かせて、その女の子の声で起こしてもらっている。自分でも下らないことをしているとは思うが目覚めるその一瞬だけは本当に気分がいいので止められないでいる。

「おはよう、フレディちゃん。いい夢は見れたかしら?」

フレディが体を起こすと必ず問われるので、いつもと同じ答えを眠い目をこすりながら適当に返す。

「よく覚えてないや」

フレディが言うと、お目覚めロボはそれ以降何も言わなくなる。この程度のコミュニケーションしか取れないらしい。正に朝、起こすだけのロボットと言える。いまどきたったこれだけの機能しか備わっていないロボは珍しい。しかし、フレディの父はこういった変なロボットを多く持っている。この目覚ましロボも、父が持っていた物の一つだ。

ベッドから降りて大きく欠伸をした。まだ眠い。昨日は遅くまで本を読んでいたので、何時もよりは寝不足だ。続きが気になって最後まで読んでしまったのだ。10才のフレディにはどうも区切りを付けるということが苦手らしい。

今日は学校があるので、あまりゆっくりはしていられない。フレディが着ていた青の布地に紫の水玉が描かれたパジャマを脱ぎ始めたところで、フレディの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「フレディ様、お目覚めでしょうか?」

真面目そうな女性の声だが、声の響きが少し機械が発したようである。この声の主もロボットだ。家庭用のお手伝いロボット、ファミリーロボットと言われるロボットの一種でフレディ一家が使用しているのは、人間のメイドを模したアンドロイドである。一家ではこのロボを「アイリン」と名づけている。

「起きてるよ」

フレディがけだるそうに返事をすると、アイリンは用件だけをさらりと述べ始めた。

「おはようございます。朝食の準備が整っておりますので、一階までお越しください」

「わかった、ちょっと待ってて、着替えるから」

「承知しました。一階にてお待ちしております」

アイリンは言い終わると、一階へと降りていった。

今の時代のロボットはとても賢く出来ていて、人間の言動の殆どを理解可能で、的確な人間のサポートが可能だ。

アイリンのような家事を手伝うファミリーロボは現在多く普及している。一家に一機ロボットがあるのが世間一般的に普通な時代なのだ。

フレディは部屋の隅に置いてあるクローゼットを開け、お気に入りの青一色で真ん中にポケットの付いたパーカーと茶色の長ズボンを取り出し、せっせとパジャマを脱いでそれに着替え始めた。

着替え終えてからクローゼットの横に立ててあった姿鏡で全身をチェックした。茶色の髪が寝癖でボサボサだ。直さなくてはと思ったが、朝食を食べた後、歯を磨くついでにすればいいかと考え、取り合えずは部屋を出て階段を下りた。


階段を下りた一階は幾つもの木製のテーブルとイスが並ぶ食堂になっている。フレディの両親はレストランを営んでいる。素朴で派手さの無い内装だが、店は人通りの多い賑やかなストリートの横に建っており、派手さの無い雰囲気のこの店は町行く人々の騒々しさから隔離されたように静かで心を落ち着かせてくれる。開店時にはリッラクスに最適なクラシック音楽も流れる。評判は割りと良い方だとフレディは思っている。

階段を下りた先はキッチン部分になっている。開店前で従業員はまだ誰も来ていない。何時もフレディが出た後で従業員は集まるらしい。

カウンターを越えて一つ目のテーブルでは朝食が用意されており、父のマイクが既に席に着いていた。

「やぁフレディ、おはよう」

マイクはニッコリと笑顔をフレディに投げかけた。フレディと同じ茶色の髪に青い瞳で穏やかな表情を浮かべる初老間近の男性だ。白いワイシャツを着たフォーマルな出で立ちだ。

「おはよう、パパ」

低いトーンで素っ気無く返し、フレディはマイクの向かい側の席に座った。

アイリンはその横で姿勢良く立っている。アイリンはフレディやマイクが命令すれば即座に言うことを聞く。今は何も言われていないのでやることが無く、待機状態のようだ。

アイリンはアンドロイドタイプのロボットで、見た目はとことん人間に似せて作られている。黒髪に緑の輝くような瞳、人間では有り得ない程の白い肌で恐ろしく美しい顔の作りだ。制服のような服装にエプロン姿の彼女は人間だとしたら、正に絶世の美少女と称えられ、多くの男性が魅了されることだろうが、彼女はあくまでロボット、会話をしてみれば、人間との差は必ず出る。感情が存在しないのだから。

そんなアイリンを他所にフレディは食卓に並んだ食事を食べ始めた。

「そうだ、フレディ!、見せたい物があるんだが、ちょっといいか?」

マイクが思い出したように言った。しかし、フレディは特に期待するような物ではないと思っていた。マイクが子供に見せたがる物は一つしかないのだとフレディは承知している。

「今、食べてる途中だよ、学校もあるし、それにまたロボットでしょ?」

マイクの趣味はロボットだ。何処からともなく良く分からないロボットを持ってきてはフレディの目の前でそれを披露するのはもはや日常茶飯事だ。

「バスの時間にはまだ早いし、食べながらでも見れるだろ?それに知っての通り、午後はお店が忙しくてね、終わった頃にはフレディは寝てるだろ?」

このレストランは夜遅くまで営業していて、店長の身であるマイクは最後まで店を監督しなくてはならない。

「お店なんて、アイリンに任せればいいじゃん、僕に出す料理を作るのはロボットがやっても良くて、なんでお客に出すのはロボットが作っちゃダメなの?アイリンが作る方が物凄く手際がいいのに」

フレディは前から思っていた疑問を素直に口に出した。今並んでいる朝食はアイリンが作ったものだ。朝方はマイクが寝ているかロボットに没頭しているかなので、普段の朝食はアイリンに作らせるが、レストランで客用に出される料理にはアイリンは一切関与しない。営業中、アイリンは掃除などの雑用をしている。

マイクは笑いながらフレディに説明した。

「この前教えなかったか?マナー違反なんだよ、レストランでロボットが作った料理を出すのはね」

言いながらマイクは立ち上がった、テーブルの上を見れば、どうやら食べ終わったようだ。マイクは早食いで料理人なのに、あまり味わうということをしない。忙しい身の上で癖になってしまったのかもしれないが。

「どうしてマナー違反なの?どっちが作ったってやり方が同じなら味なんて変わんないでしょ?」

フレディは理解出来ず、問い返した。マイクは説明を続けながら、カウンターへ向かって歩き始めた。

「たしかにそうだが、レストランとはもてなす仕事だ。もてなすとは心を込めてお客様と接することだ。だから料理も心の篭ったものでなくてはならない。しかし、ロボットに作らせてしまえば、全部機械任せということになってしまう。心のないロボットの作る料理は、工場で大量生産される食品と一緒だという見解が人々に広まっているんだよ」

「心がどうとか、そういうの良く分かんないや」

心がないから、それが何だと言うのだ。料理は料理だろう、大人って馬鹿だなとフレディは心の中で毒づいた。

「まぁ、大人になればフレディも分かるようになるさ。で、見せたい物なんだが・・・」

キッチリ話しを元に戻し、マイクはカウンターの下から、何か二つの手のひらサイズのロボットを取り出した。

「なにそれ?」

フレディには見たことのないロボットだった。良く見れば、二つともカエルの姿をしていて、前足が人間の手の形になっており、両手のひらを広げて胸の前で構えている。二体は形は全く同じだが、色は違う。フレディから見て左側が緑色、右側が青色をしている。

「ケロケロお相撲さんロボだ」

「おすもう・・・?」

聞き覚えのない言葉だった。ケロケロはカエルの鳴き声のことだというのは分かるのだが。

「相手と押し合って、場外へ出させた方が勝ちってルールの競技さ、この国じゃ流行ってないけどね」

要するに、力比べのことかとフレディは片付けた。たしかに二体とも凛々しい目付きをしていて、これからいざ戦いに行かんといった風貌だ。

「じゃあこのカエルがそのおすもうをして戦うの?僕らはそれを見てるだけ?」

「そうだ!」

マイクの即答にフレディは呆れるばかりだった。マイクがフレディに見せるロボットはどうも凄みがないと言うか、くだらないと言うか、ワクワクするようなものではないのだ。

「ま、まぁとにかく見てみなよ、見てみればきっと面白い」

フレディが残念そうな顔をしているので、マイクは弁明するようにそう言いながら机に二体のお相撲さんロボを互いに向かい合うように置いた。

「それじゃ、スイッチを入れて起動させるぞ!」

マイクはゆっくりと両手を双方のロボの背中に回し、背中にある上下式のスイッチに親指を乗せて、そして勢い良く、二体同時にスイッチを入れた。

ロボットの中で機械が作動する音が響きはじめ、起動から数秒すると、お相撲さんロボの目が瞬きを始めた。

「ヤヤヤ!!!我が宿敵ヨ!ここで会ったが百年目、我が誇りに懸けて今日こソ貴様を蹴散らしてくれようゾ!!」

緑の方のロボが起動するやいなや相手側を威嚇し始めた。随分張りのある堂々とした声で機械らしくない喋り方だ。

「ムムム?ソナタはもしや私に戦いを挑もうと言うのカ?良いだろう、かかってくるがヨイ」

青い方は余裕と言った調子で負けじと挑発した。双方とも顔の部分は目や口角度が変形することで、人間らしい表情を取れるように設計されているらしく、物凄い形相で睨み合っている。

「パパ・・・また変な改造したでしょ」

「ははは、ついね」

マイクにはロボットを好き勝手改造してしまう癖がある。このお相撲さんロボのようにロボットが特徴的な喋り方をしたら、マイクが何らかの改造を施した証拠だ。普通、ロボットはアイリンのように、感情が感じられないような機械的な喋り方をするが、マイクが改造したロボットはまるで生きているかのような喋り方をするようになる。ロボットがこのような喋り方をするのは、予め登録されたただ繰り返されるだけのセリフか、お目覚めロボのように、誰かの真似をする時だけだ。

この改造技術は中々凄いことらしく、世界の名立たる技術者にも容易に真似出来るものではないらしい。そんな技術を持つマイクが何故レストランなど営んでいるかは謎である。大体の理由はフレディには察しがついているが、マイク本人から直接理由を聞いたことはフレディにはない。その技術を何処で学んだのかも一切教えてくれず謎なのだ。

「言いおったな小童ガ!その舐めた口を二度と聞けぬようししてくれるワ!!」

緑の方のカエルは喧嘩っ早いという印象だ。何時でも戦う準備は万端と言わんばかりにウズウズしている。

「ククク、威勢だけは良いようだナ、しかし、戦いにおいてそんなモノ、ただの戯言ヨ」

青い方のカエルは、緑ガエルと比べて冷静沈着で口ぶりは実に嫌みったらしい。

「おい小僧!!」

緑ガエルの鋭い目がフレディに向けられたので、ギョッとした。

「ぼ、僕?」

「そうダ!試合開始の合図を早くするのダ!!」

「合図って・・・スリー、トゥー、ワン、ゴー・・・とか?」

「なんダそのアホみたいな合図ハ!」

言われてフレディが困り果てた顔をして、救済を求めるようにマイクの方も見のでマイクは笑いながら助け舟を出す。

「相撲では、ハッケヨ~イ、ノコッタって言うんだよ」

「う、うん、わかった」

フレディにはその言葉の意味が良く分からずに曖昧な返事となってしまった。違う国の言葉のようだが、とりあえずはスリー、トゥー、ワン、ゴーと同じ意味だと取っておくことにした。

「ふん、手間のかかる小僧ヨ・・・準備は良いナ」

青ガエルは生意気に毒づくと、膝を深く曲げ、両手の拳を小さなロボット達にとっての地面であるカウンターの上についた。カエル型なので必然的に前のめりになる。緑ガエルも同じように姿勢を取った。そこから、緑ガエルも青ガエルも一切言葉を交わさなくなり、ただ一直線に互いの目と目が激しい火花を散らすように、にらみ合っている。

その真剣な眼差しにフレディ息を呑んだ。カエルの形はしていようと、その鋭い目は獲物を前にした毒蛇だと思った。見入っていて自分の役目を忘れるところだった。フレディは大きく息を吸った。ここまで真剣ならば、合図を出す者でさえいい加減は許されないと無意識に悟ったのだ。そしてお腹が膨らむまで吸った息を声を伴って力強く吐く。

「ハッケヨ~イ、ノコッタ!!!」

フレディの叫ぶような試合開始の合図と共に二体のカエルロボは足に込めた力を一気に放ち、互いに真正面から激しくぶつかった。硬い物同士がぶつかり合って人間には少し耳の痛い音が響く。

「フゥンノオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「ウゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

二体とも凄まじい唸り声を上げて、押し合っている。力と力がぶつかり合い、機械の軋む音が聞こえた。フレディはどちらかが壊れてしまうのではないかと心配したが、真剣勝負に水を指せず、ただ黙って見ていた。

そして次の瞬間を緑ガエルが右手の平が青ガエルの頭部は叩いた。青ガエルは少しバランスを崩し一歩引いたが直ぐに立て直した。

「あんなことしていいの?」

フレディはただ押し合う力比べの競技だと思っていたので、緑ガエルの先程の行動に驚いた。ルール違反ではないのかと疑問が生じたのでマイクに尋ねた。

「張り手と言って、相撲の基本技だよ。他にも投げ技だってあるんだよ」

「投げてもいいんだ?押し合って力比べする競技じゃないの?」

「大まかに言えばそうなんだけど、まぁ投げもその内に入るってことさ。場外に出す以外にも、足裏以外の部分を地面につけさせれば勝ちだしね。いろんな技を使わなくちゃ」

「そうなんだ・・・あれ?この場合、何処からが場外?」

明確な線決めがされていないことにフレディは気が付いた。まさかカウンターから突き落とすまでやるつもりではないだろうなと不安になった。そんなことをすれば幾ら今のロボットは丈夫だからと言っても、可愛そうだ。

「大丈夫さ、ロボットが勝手に計算して、区切りをつけている。二体ともどこまでが場内なのかしっかり理解しているさ。まあカウンターの幅が狭くて少し危なっかしいけどね。場所を移した方が良かったかな」

「それ危ないんじゃ・・・」

「まぁ落ちそうになったら僕が受け止めるさ、ま、今の調子じゃ多分その心配はないと思うけどね」

試合から目を離していたフレディはマイクが目でカエル達を指したので、急いで試合に目を戻すと、緑ガエルも青ガエルも顔の叩き合いになっていた。しばらく張り手合戦が続くき、一度取っ組み合いになってからまた張り手の荒らしが吹き荒れる。互いに前に前に押そうとして横移動を全然しない。プライドなのかなんなのか良く分からないがこれなら確かに落ちる心配はないなと思った。

そして、しばらくの張り手合戦の後、先に相手を追い詰めたのは緑ガエルだった。試合開始時の立ち位置から徐々に徐々に青ガエルを押して、端に寄せていた。取っ組み合いの中、青ガエルが先程よりも粘り強く、足を引かんとしているので、もう場外まであと一歩なのだとフレディにも分かった。

「もらっタァアアアアアアア!!!!」

緑ガエルが最後の力を振り絞り、渾身の一押しを出した所で勝負が決まった。青ガエルは緑ガエルの押しをスルリと受け流し緑ガエルがバランスを崩し、立て直そうとする前に青ガエルの右手が緑ガエルの右のわきの下を押さえ、そのまま斜め下に突き落とした。緑ガエルはその勢いせゴロゴロと転がり場外へと弾き出された。勝ったのは青ガエルだ。

「勝負あり、だね」

マイクは満足そうに微笑んでいた。本当にロボットが好きなのだなとフレディは少し感心した。一方のフレディも最後の方は集中して見入っていた。ただ単純に面白かったのだ。呆れる程に下らないことをするロボットだと試合を見終わった後でも思うが、だからこそ面白いのかもしれない。

「フ、私の勝ちのようだナ」

青ガエルがクールにカウンターの上にうな垂れる緑ガエルを見下ろして勝ち誇った顔をしている。

「一生の不覚・・・!!!」

緑ガエルは相当ショックな様子だ。どこまでもプライドが高かったのか、起動したばかりの第一線目でそこまで落ち込むものかと、フレディは首を傾げた。

「ま、さてさて、今日はこのくらいかな」

そう言ってマイクは二体のカエルロボの背中のスイッチを切り、カウンターの下に片付けた。

「どうだい?このケロケロお相撲さんロボは?面白いだろ?」

ニコやかに感想を尋ねられたのでフレディは素直な感想を口にする。

「下らないけど、面白かったよ、この前のにらめっこロボもそうだけど、こんな変なロボット、どこから持ってきたの?そもそも元は誰が作ったの?」

にらめっこロボはつい二週間程前に今日と同じようにマイクがフレディの前で披露した改造ロボットだ。子人型で頭部がディスプレイになっていて、そこに移る画像を見て10秒以内に笑ったら負けという遊びが出来るロボットだ。因みにフレディは初戦で3秒で吹き出してしまった。このようにマイクが披露するロボットは変なものが多い。マイクの改造は主にコミュニティ機能のみなので、この下らないシステムのロボットを作った元々の人物がいるはずなのだ。

「Dr.ホービーさ」

「どくたーほーびー?」

聞いたことの無い名前だった。フレディはマイクとは違って全くもって全然ロボットに詳しくないが、有名な科学者はテレビ等でよく取り上げられているのので最近の大抵の有名所の科学者の名前は知っているつもりだったが、このホービーという名は聞き覚えがなかった。

「誰それ?」

フレディの感心なさ気な返答にもマイクは機嫌を損なうことなく、穏やかに説明を加える。

「今の子は、知らないか、十数年前、フレディが生まれる前のあたりの時は、それなりに有名なロボット化学者だったんだよ」

「凄い人だったの?」

「そうだよ、今じゃ、ロボットが人の言葉を理解して受け答えするなんて当たり前みたいになってるけど、その頃はまだまだコミュニティ機能が未熟でね、ロボットと言えば喋らないか、決められた言葉を繰り返し喋るだけだったんだよ」

「そうだったんだ。喋らないロボットってなんかちょっと怖いな、アイリンがもし何も喋らなかったら多分僕、家出すると思う」

生まれた時から喋るロボットに囲まれて育ったフレディにとっては、ロボットが喋ることなどさも当たり前のように思っている。それが急に喋らなくなったとしたら、不気味で夜も眠れないだろう。アイリンなんて、無表情で喋ってても最初の頃は少し怖かったのに、さらに黙られてしまうと、恐怖感がより一層増すだろう。

「まぁ、フレディにとってはそうだろうな。まぁ、僕らが子供の頃にはロボットは動くだけで興奮ものだったんだよ」

マイクは当時の心境を表してるように、楽しそうに話している。昔からロボットが好きだったのだなとフレディは思った。そういえばマイクが昔のことを話すのは結構珍しいことかもしれない。マイクは昔のことはあまり話したがらないのだが、今日は貴重な父の昔話が聞けるかもしれないと思ってフレディは真面目に話を聞くことにした。

「そんな時代にDr.ホービーは今のような喋るロボットを一番最初に作ったのさ」

「そうなんだ、じゃあとっても凄い人なんだね」

ロボットでも、算数でも何でも一番最初に何かを生み出した人は凄い人だとフレディは思っている。

「そう、凄い人だよ、初めて喋るロボットと対面した時の感動は今でも忘れられないなぁ・・・」

「でもさ、何でそんな凄い人なのに、今は全然名前を聞かないよ?何で?」

ひょっとしたら何かの教科書に載ってたり、授業で聞いたことがあるかもしれないが、フレディは憶える勉強は苦手で、偉人などの名前などはさらさら頭にないし憶える気もなかった。

「まぁ、そのすぐ後に他の人達がその技術を取り込んでアイリンのような高性能なロボを次々に作ったんだ。で、世間の注目はすぐそっちに流れちゃったのさ」

「なにそれ泥棒みたい」

人の技術をすぐに盗むなんて科学者には恥もプライドもないのかとフレディは少し憤慨しそうになった。

「そうやって科学は進歩していくものだよ。新しく作られた物がまた新たな何かを作る鍵になるんだ」

先程までDr.ホービーのことを褒め称えていたのに、マイクはその彼が注目を浴びなかったという話をしていても、特に残念がることはなかった。フレディにはそれが納得出来なかった。

「パパは悔しくないの?その人のこと、パパは尊敬してないの?」

責めるような口調でフレディは問いただした。もし自分だったら自分の手柄を他人に取られるのは絶対に嫌だし、自分が尊敬する人がそうなっても腹が立つ。よくテレビのヒーロー番組で正義のヒーローはよく「みんなが幸せになってくれればそれでいい」などと口にして、自分の大活躍を誰にも知られず、誰にも褒められないという展開があるが、フレディはそういった展開が嫌いだった。見ていてもやもやした、いたたまれない気持ちになる。

「彼自身がそういうのを気にしない人だからね、それに彼ももっと凄いロボット作ろうと思えば作れたんだけどね」

「?・・・なんで作らなかったの?」

作れるのに作らなかったというのはますます意味が分からない。

「Dr.ホービーは何ていうか、変わり者なんだよ。あえて子供向けのおもちゃのようなロボットばかり作る人なんだよ彼は」

フレディは先程のケロケロお相撲さんロボやにらめっこロボを思い浮かべた。確かになんな変なロボばかり作る人は変わり者に違いないとは思っていたが、それは技術がないから、そんな子供騙しのロボットしか作れないのだろうと思っていた。Dr.ホービーは技術は持て余していたというのか?科学者としてより高いレベルになりたいとは思わなかったのだろうか?

「なんか・・・大人って馬鹿だな」

フレディは小声でボソっと呟いた。

「彼は子供心を大事にする人だったんだよ」

「なんなのさ?子供心って」

「大人になったらほとんどの人が忘れてしまうものさ、フレディが今なお持っているものさ」

「意味が分かんないよ」

マイクは時折、子供には理解出来ないような言い回しをする。分からないことを聞いたのに分からない答えが返ってきた時程、腹の立つことはない。

「ま、とにかく、僕はDr.ホービーのファンだったのさ、ケロケロお相撲さんロボなんかは僕のお気に入りで・・・・と、フレディ、もうバスが来る時間じゃないのか?」

「え!?」

フレディは言われて慌てて、壁に掛けてある時計を見た。通学のバスが来るまで後10分しかなかった。

「もう!パパの話長すぎ!!」

フレディは急いでテーブルの上のほとんど手をつけていなかった朝食にがっつき、最終的にパンを口に挟んだまま、急いで二階の部屋に学校の用意の入ったカバンを取りに戻った。

「あはは、ごめんごめん」

マイクがヘラヘラと笑いながら謝っている内にフレディはカバンを持って一階に戻って来て、そのまま入り口へと駆け出した。

「いってふぃます!!」

パンを口に含んだままそう言って、寝癖で髪がはねたままフレディはドアの鈴を鳴らして、外に出て行った。

2―フレディと子犬

放課後、本日の学業を終わらせたフレディは学校付近の大公園の針葉樹林の木々に囲まれた中央ストリートを一人歩いていた。この公園はいくつもの広場に分かれていて、サッカーグラウンドやマラソンコース等を備えた、付近の人々にとっての憩いの場となっている。休日には様々なストリートパフォーマもこの公園で芸を披露している。

歩いている途中で、ゴミ箱にタイヤと長いホースのような腕を付けたロボットとすれ違った。この公園の管理ロボットだ。主に衛生管理を目的に動いており、公園に散乱するゴミを拾っている。このロボットのお陰で公園は非常に綺麗な状態を保っているが、だからといって軽々しくゴミをポイ捨てして良い筈もなく、このロボットの前でポイ捨て行為をすると、耳を塞ぐほどにうるさい警報を鳴らされて注意を受け、その時顔を記録される。逃げたら地の果てまで追いかけて来るし当然人間よりも遥かに速く動けるので隠れ場所の無いこの公園では確実に捕まる。なので見つかった時は無駄な抵抗はせず素直に注意を受けた方が無難だ。

フレディは最近あることが気になってついついこの管理ロボットを目で追ってしまう。横目で見る管理ロボットはただひたすらにゴミを拾い続けていた。

「あら、フレディちゃん、今日も寄り道かしら?」

後ろから掛けられた声にフレディはドキッとして足が止まり硬直した。その声は朝起こしてくれるお目覚めロボットと同じ声をしていた。恐る恐る振り返ると、色鮮やかセータと青いジーンズを着て、派手な金髪を左右に分け左側に髪留めを付けた、大きくパッチリした青い目の女の子が立っていた。

「なにか用?・・・ラナ」

「何その、うわーまたお前かーって言いたげな顔、まったく失礼ね」

フレディが露骨に嫌な顔をしたので、その女の子、ラナは呆れた顔で非難した。ラナはフレディの数少ない同い年のガールフレンドで、同じ学校に通っている。

「あなた、誰も遊び相手もいないのにこんな公園に来て、いったい、いつも何をしに来ているのよ」

ラナは誰に対しても自分の思ったことをはっきり言うタイプの子で高飛車な性格だ。ラナに話しかけられて黙っていたり、素っ気無い態度ばかり取っているとイライラさせて、仕舞いには頭を叩かれるので、答えないわけにはいかないが、知られたくないことなので、フレディは適当に誤魔化す作戦を取る。

「家に帰っても暇だし、散歩かな」

「宿題が出たのにずいぶんと余裕じゃない、またやり忘れて、廊下に立たされなければいいけど」

「え?今日宿題出たの?」

予定外の事態にフレディは戸惑いを隠せなかった。フレディはボーっとすることが多いのでよく大事な話を聞き流してしまう。

「聞いてなかったの?将来の夢について作文書よ」

しかも苦手分野だった。書こうと思えば作文なんてすぐに終わるのだが、フレディにとっての問題は作文ということよりもその書くべきことだ。つまり、フレディには将来の夢がない。こうなるとつまらない作文しか出来上がらない。ゆえに評価は最悪だろう。

「やだなぁ・・・将来とか、なんにも思いつかないや。ラナは何て書くの?ラナの将来の夢って何?」

ガックリと肩を落として質問するフレディとは対象的にラナは堂々と胸を張って言う。。

「大統領よ」

この一言に一かけらの冗談も感じ取れないのがラナの恐ろしいところだ。ラナは多分本気だ。

「ラナはすごいや、スケールが全然違う」

他の子が聞いたら笑ってしまうかもしれないが、フレディはそんな大きすぎる夢を何の恥ずかしげもなく言えるラナの自尊心の高さにただ憧れるばかりだった。

「あなたの夢が小さすぎるんじゃないの?ってフレディちゃんの夢って何か知らなかったわね、何なの?」

「ないから、今困ってるんだよ」

面白みのなさすぎる返答にラナは唖然とした。そして残念だと言わんばかりに大きく溜息を吐いた。

「それなら、こんなところで油を売ってないで早く帰って、ゆっくり考えてみたらどうなの?」

「それは・・・その・・・」

言うことが思いつかずフレディは戸惑った。今から素直に帰るわけにはいかないし、しかしそうなるとラナに嘘を吐いたことがバレてしまう。どうするべきか。

「怪しい、何か隠してる、絶対」

迷う暇なく答えは絞られたようだ。こうなったらラナは是が非でも引き下がりはしない。フレディは自分の嘘の下手さ加減を心の中で嘆きつつ、白旗を挙げた。

「ついて来てもいいけど、みんなに言いふらしたらダメだよ?」

「やっぱり何か隠してたのね、最近帰りのバスにいないと思ったら・・・ていうか何?恥ずかしいことなの?」

ラナが興味津々といった顔になって、フレディと横に並んで歩く。フレディは少し顔が赤くなりそうになったので、顔を背けた。フレディはラナに好意を抱いているのだ。性格的には怒りっぽかったりすぐに暴力を振ったりして、嫌な部分も多々あるのだが、根は優しい子で困った人は放っておけない性格だ。それは恐らくフレディが一番よく理解しているだろう。フレディはラナとは対照的に気弱な性格なのでなにかとラナのお節介の対象になり易い。

「そんなんじゃないよ、でもあんまりみんなに知られたくないんだ」

赤くなった顔を隠しながら呟くように言った。

「何よそれ?ま、とにかくついて行ったら分かるのよね」

一瞬、ラナは怪しそうにフレディをじっと見つめていたが、諦めて、黙ってついていくことにしたようだ。


「ここらへんだったかな」

フレディは雑木林の間にある公園の中では人気の無い一本道の途中で立ち止まった。周りには木や雑草以外には何も無い。

「何もないじゃない、ここに何があるってのよ?」

不審に思ったラナがすかさず疑問を口にした。フレディは雑木林を覗き込んでいて全く反応がなかった。そしてそのまま林の中へと足を踏み入れた。ラナは慌ててフレディの手を掴んで引き止めた。

「ちょっと、そんな虫がうじゃうじゃいるような所に私を連れて行く気?」

膝程の高さまである雑草の中を潜り抜けるのは女の子にはやはり抵抗があるようだった。虫が嫌いなのは今頃の女の子なら誰にもあり得ることだ。

「嫌なら来なきゃいいじゃない、僕は別にラナについてきて欲しいと言ってないよ、ついて来てもいいと言っただけで」

フレディは怪訝そうな顔でラナを見やった。ラナは非常に腹を立てている様子だった。手は先程よりも強く掴まれていて、離してくれそうにない。

「レディをここまで案内しておいて、そんなこと言うの?デリカシーなさすぎじゃないかしら?」

女の子だからどうとか、デリカシーがどうとか、フレディそういった気遣いと言うものが良く分からない。それをラナが言うなら、女の子が優遇されて、男の子が遠慮しなければならない理由などあるのかとフレディは心の中で文句をたれる。

「悪いのはそっちだよ」

半ば強引に手を引き離し、フレディはそそくさと林の中へと潜っていった。結局の所ラナも愚痴愚痴と文句を言いながらもついてきた。いろいろと口うるさかったが、嫌だ嫌だといいながらも足取りは全く遅くなっていなかったし、虫が飛んで来ても悲鳴を上げると言うよりは、苛立ちを露にするように唸りながら手で追い払っていたので、何だ、全然平気なんじゃないのか、女の子らしく可愛い子ぶりたかったのだなとフレディは結論付けた。

一分程草木を分けて進んだ所でフレディは立ち止まった。目の前には四角くて赤い少し大きめの箱が雑草の中に佇むように置いてあった。

「なによこれ、箱?」

後ろからラナが首を傾げながら尋ねた。目の前の箱は誰か人の手でここれ置かれた物だと明らかに分かる。ゴミにしては、随分と色が綺麗で新品とも言える箱だ。ラナはそれが、ロボット用の箱だということを思い出した。ロボットが入れてある箱は大体表面が分厚くて家庭用に物入れとして応用される場合が多いのでこんな形で捨てられているのは見たことが無かった。

フレディはその箱に手を掛けて、ゆっくりと箱の蓋を開けた。そこから出てきたのはロボットではなかった。フレディが中に両手を入れて取り出したのは茶色い毛むくじゃらの耳の長い四本足の動物だった。

「子犬じゃない、その子どうしたのよ?」

フレディが両手で抱えているのは、まだ生まれたてと思わしき、子犬だった。尻尾を振りながら忙しそうに吐息を吐いている。

「たぶん捨て犬、管理ロボットに見つかる前にここに隠したんだ。見つからないか心配だったけど、あの手のロボットは流石にこんな草だらけのとこには入って来れないみたいだね」

フレディは、箱の中に子犬がいたことに心底安堵したようで、機嫌が良さそうに笑みがこぼれていた。

「ふーん、何でそれを私に隠したがったのよ?」

ラナは納得がいかないという顔でフレディを睨んだ。

「出来るだけ見つからないようにしたかったんだよ、万が一、盗み聞きされて、ここが知られられて、保健所にでも連れて行かれたら・・・」

ラナに睨まれて弱弱しい口調で弁明する。野良犬というのは、フレディがこうやって匿うべき生き物ではなく、本来は保健所に連れて行くべき生き物だ。飼い手のいない動物は町の環境を壊す、それ故に管理ロボットはこういった野良犬を見つけたらゴミと扱うように、拾い上げて捕獲し、保健所に連れて行かれるのだ。保健所に連れて行かれる動物の大体は殺処分されるという話を聞いて、フレディはこの子犬を見捨てることが出来なかった。これはラナも分かってくれると思ったがラナの機嫌をあまり良くないようだ。

「まさか、私が言いふらすとでも思っていたんじゃないでしょうね」

ラナはフレディに、自分が大人たちに言いふらし子犬を保健所に連れて行かせるような人間だと思われていたのではないかと疑っているようだ。ラナの気迫ある問い掛けにフレディは慌てて首を横にブンブンと振り回した。

「ち、違うよ、ただ・・・」

言いよどんでからフレディは、子犬のもう一度箱の中に戻した。そしてラナの方に箱を持って向き直った。

「場所を変えよう、いつまでもこんなとこにいるのはラナも嫌でしょ」

フレディが珍しく気を使うような発言をしたが、ラナは特に感動するでもなく、「そうね」っと気のない返事が返ってきただけだった。

「もう慣れたから、あまり気にしてなかったわ」

強がりではなく、本当に平気そうだった。なんだよ、本当は最初から全然虫なんてどうでも良かったんじゃないのかよ、とフレディは呆れるばかりだった。余計な気を使って損をした、ラナは本当に絡みにくい女の子だと思い、がっくし肩を落としながら、林から抜けることにした。


フレディがたどり着いたのは、これはまた林に囲まれた場所だったが、雑草は刈り取られていて、茶色土がしっかりに目で捉えることが出来た。
公園と言うよりは空き地に近いが、十分ボール遊びで遊べるだけのスペースではある。

「あら、こんなところにこんなスペースがあるなんて」

ラナは以外そうに声を漏らした。周囲には人の気配はない、それもその筈、ここにたどり着くには先程の雑木林を抜けなければならないし、公園の奥の方にあって、人が気軽に入れる場所ではない。放課後の公園はどの広場も子供達で一杯でなかなか遊ぶ場所を確保出来ないが、この場所はそんな中でも穴場と言えるスポットなのだ。

「ここなら、大丈夫だ」

フレディは持っていた箱を地面に置き、子犬を外に放った。子犬はとても大人しく、やたらに吠えたり、駆け回ったりすることなくその場で尻尾を振りながらちょこんとフレディの顔を見ながら座っている。子犬の目は何かを期待するようにきらきらと輝いていた。

「分かった。ちょっと待ってね」

子犬の目を見て、理解したようにフレディは背負っていたカバンを肩から外し、中から白くて丸い紙皿と大きく太い文字でドッグフードと書かれた袋を取り出した。

「ちょっと、フレディちゃん、餌あげるつもりなの?」

「分かってるよ、本当は野良犬にエサをあげることはあまり良くないことだって・・・」

野良犬にエサを与えれば、その犬の糞尿で町が汚れるし、その犬が繁殖することでまた野良犬が生まれる。悪循環だということは幼いフレディにも承知していることだ。だがこの小さな命を生かすか殺すか問われれば、生かす方が良いことに決まっていると、根拠がなくてもそう思ってしまう。

「そうじゃないわよ、餌をあげるのは別にいいのよ」

「え?」

フレディは的が外れて呆気に取られた。フレディは餌を与えていることに対してラナが怒ると思っていたのだ。ラナは悪さというのが大嫌いだ、学校のいじめっ子を泣かせた人数は数知れず、まさに正義を信じる勇敢な少女だ。彼女は常にこの社会の為になれる大人に成りたいと言っていた。そしてより良い社会を作りたいと。だから、餌付けという街の環境を壊すかもしれない行為をラナは嫌うと予想していた。しかし、違うようだ。ラナは子犬の前でしゃがみ、子犬の頭を優しく撫でた。

「この子、生後何ヶ月くらいか分かる?」

ラナが子犬の頭を撫でながら尋ねた。

「4ヶ月だと思うよ、大きさ的に」

「適当言ってんじゃないわよね?」

ラナはドスの利いた声で促した。フレディの「思う」という発言が曖昧に誤魔化していると思われたようだ。

「ちゃんとネットで調べたよ」

そこらへんはフレディもちゃんとやることはやった。子犬を飼育するときに必要な知識の大体はインターネットのウェブサイトで得ている。

「最近までは、ちゃんと育てられてたんだと思う。健康そうだったし・・・」

フレディは最初に子犬拾ったのはつい一週間前のことだ。街の路地裏に捨てられていた。街にも管理ロボが徘徊していて、子犬が見つかれば処分される。だから一先ず林の中に隠した。それからインターネットや図書館で犬に関することを調べた。健康状態もチェックし、特に以上はないと判断した。捨てられる前まではしっかりと餌も与えられ、良い生活を送っていたはずだ。なのに、それを途中で投げ出すなど、世の中責任がない奴ばかりだとフレディは心の中で社会を批判した。

「ちゃんと子犬ようのフードを買ってきたんでしょうね」

なるほど、ラナはそれを気にしていたのかとフレディは納得した。

「分かってるよ、ほら、ちゃんと子犬用って書いてるだろう」

フレディは言いながら袋の説明部分をラナに見せた。どういう餌を与えるべきなのかも当然調べた。少ない小遣いをすり減らして買って来た子犬ようのドッグフードだ。四ヶ月ともなればどうやら成長期のようなので栄養価の高いものをしっかり選んだ。

「ちゃんと分かってるようね、フレディちゃんはバカだから、牛乳なんかあげて下痢でも起こさせてるんじゃないかと心配したわ」

ちゃんとした筈なのに嫌味を言われた。そんなにバカと思われているのは、すこぶる心外だった。たしかに学校のテストは悪い点ばかりでラナに殆ど負けているが、算数はいつも100点なのに。これは負け惜しみじゃないぞとフレディは心の中で憤慨した。少し不機嫌になりながらもフレディは紙皿にドックフードを盛り、子犬の目の前に置く。子犬は勢い良く餌に食いついた。お腹が空いていたのだろう、良い食いっぷりだ。

「ねぇ、ラナ・・・ラナの家はペット・・・ダメだよね」

フレディは恐る恐る尋ねた。あわよくばラナの家で飼ってくれないだろうかと淡い期待を寄せた。

「ダメね。家には何台もロボットがいるもの、無理よ」

淡い期待は打ち砕かれ、フレディ深い溜息を零した。今の問いを町中の人に聞いても皆同じような答えを返すだろう。ロボットとペット、特に犬は相性が悪いのだ。ロボットの急激な普及で、今までペットにつぎ込んでいた金をロボットに移す人が多くなった。お手伝いロボットは人々にとってとても便利な存在だ。しかしそれを動かすには膨大な電力と契約金が必要だ。故にペットに費やす金が無くなり、捨て犬が大量に発生した。それに犬は決してロボットに懐かない。家にいる犬がロボットを延々と吠え続けることなんてことが良く起こるのだ。故にロボットを置いている家はペットを飼うことが難しいのだ。当然ならがフレディの家も状況は同じだった。メイドロボのアイリンを動かすのに、金を使っていて、ペットを飼う余裕など一かけらもないのだ。

「そっか、そうだよね。やっぱし、ダメなのかな、しょうがないのかな?」

フレディは半分飼い主を見つけることを諦めていた。以前、「飼い主募集」と書かれた張り紙が街の掲示板に張られていたことがあった。フレディは帰り道にいつもその掲示板を通る。フレディは帰りはバスを使わず歩いて帰ることが多い。その日は気分だったが、その張り紙を見てからは、毎日その掲示板を見る為に歩いて帰った。そこに乗っていた犬の写真はつぶらな瞳で、とても可愛いかった。こんなに可愛い動物をみんなは見捨てることが出来ない筈だとフレディはその時、確信を持ってそう思った。きっと大丈夫だと。フレディはいつかその張り紙がはがれるのを期待していた。

一ヶ月程後、フレディがその掲示板の前を通りかかる時、ちょうど知らないおじいさんが飼い主募集の張り紙をはがしている最中だった。フレディは駆け足でそのおじいさんの近くに寄った。良い知らせが聞けると信じて疑わなかった。フレディは期待を込めた瞳で、おじいさんに尋ねた。

「その子の飼い主、見つかったの?」

しばらくおじいさんは何も言わなかった。それから目を閉じて、空を仰いだ。何かを悔いて、懺悔するように。そして、もう一度フレディの顔を見て、重い口は開かれた。

「すまんなぁ・・・結局見つからんくて、保健所に連れてっちまった」

「保健所・・・って?」

当時のフレディには保健所の意味が良く分かっていなかった。飼い主の見つからない犬の末路がどんなものかを理解していなかった。それでもおじいさんの様子を見るに、良くないことだとは思った。フレディの顔が青ざめる。

「・・・捨て犬や野良犬はそこに連れて行かれて、そんで死んじまうのさ」

「何で・・・死ぬの?・・・殺すってこと?何で?」

フレディの目はそのおじいさんを非難する目に変わっていた。どうして?何故そんなことが出来るの?酷いよ、そう訴えるようにじっとそのおじいさんの顔を泣きそうな目で凝視した。

「どうにもならん、仕方のないことだ。野良犬は街の環境を壊すんだ。だから捨てるよりは、殺した方がいいんだ」

おじいさんの声は落ち着いていた。仕方ないと諦めた話し方だった。年を取れば、こういうことは何度か経験しているのだろう。しかし、フレディにはその言葉が身勝手な大人の都合としか思えなかった。

「なんで!?犬はゴキブリみたいに勝手に言えに入っても来ないし、蚊みたいに血を吸うわけでもないのに、人間に迷惑なんか掛けないじゃないか!勝手に自由に生きたって問題ないじゃないか!!」

フレディはだんだんと駄々をこねるかのような口調になる。

「人間がより豊かに快適に生活しようと思えば思う程に、他の動物や自然が犠牲になっていくもんさ。坊主もこの社会で生きるなら、こういうことに割り切らなきゃなるめぇ」

フレディは悔しさと悲しさと怒りの涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。全部全部、人間の都合じゃないかとフレディは歯ぎしりする思いだった。しかし何よりフレディを苦しめたのは自分自身もその勝手な人間の作った社会に守られながら生きているということだった。今更それを捨てるなんて出来ない。人は社会なしでは生きていけない。子供は大人の言うとおりにしないと生きていけない。その時のフレディはそのことを深く思い知った。

「私が大統領になったらきっと変えてみせるわ」

唐突にラナが餌にかぶりつく子犬を見てそう言った。フレディはどういう意味か分からず聞き返す。

「変えるって?」

「捨て犬のことよ。一匹たりとも可愛そうな目には合わせない、絶対にそうしてみせるわ」

胸を張って、堂々と言い切るところがラナの凄いところだ。フレディは改めて感心する。ラナは社会に誠実でありながら、社会の良くない部分をしっかりと見据えている。最初は大人がいけないと言うことには素直に聞く子かと思っていたが、フレディの勘違いだ。ラナはフレディが思っていたよりも遥かにしっかりしている。

「ラナはやっぱ凄いや」

そして、ラナの立派な姿を見るたびに自分と対比してしまい、フレディは気弱な自分を情けなく思うばかりだった。いつもいつもラナに助けられてばかり、自分は何一つ臆病なままだ。

「ねぇ、この子遊びたがってるんじゃない?」

見れば、餌を食べ終わった子犬が軽快に尻尾を左右に振って、フレディの顔をじっと見上げている。フレディはそれをみて、近くに落ちていた木の枝を拾った。

「よし、じゃあ、フィッチだ!」

フレディはそう叫ぶと目一杯、木の枝を遠くへ投げた。枝はクルクルと空中で回転して飛び、子犬はその枝を追ってワンワンと鳴きながら、走り出した。遠くでカラカラと音を立てて、地面に落ち、その枝を子犬が口に掴んでフレディの元へと持ってきた。

「いい子ね、随分とフレディちゃんに懐いているじゃない」

ラナも機嫌良く笑って、その遊びに参加した。フレディとラナと子犬はしばらく、フィッチを繰り返して遊んで、子犬と戯れていた。林の中に無邪気な笑い声が響く。しかし、その最中に、林の中から二人と一匹の楽しげな時間み水を差す声が聞こえてきた。

「おい、何だお前ら、ここは俺たちの場所だぞ」

フレディとラナはいきなり大声で怒鳴られて、驚いた。声のした方を見れば、フレディよりも少し身長の高い、男子三人がフレディ達を睨み付けていた。

「俺たちは今から、ここでサッカーするんだよ、お前らはあっちいけ」

フレディにはその顔に見覚えがあった。自分の通う学校の子供達なら、殆どがその顔を見て、嫌な顔になるだろう。フレディとラナも例外ではなかった。学校一の問題児、ジェイクの顔を見て、最悪だという表情に成らざる得なかった。本当に最悪だ。

3―出会い

ジェイクはフレディとラナの一つ上の学年の生徒だが、その悪名の高さはフレディも知っていた。学校一の問題児ジェイクと周りから密かに呼ばれている。その呼び名から分かるように、非常に横暴で自己中心的な性格だ。他人の物を横取りしたり、他人と意見が合わなければ、直ぐ暴力に走る。しかも、その問題行為を教師達は責め立てることが出来ないのだ。それは、彼がこの街一のロボット会社の社長の愛息子であるがためだ。

ロボット会社「メタルドリーム」、世界有数の大手ロボット会社、警備ロボットや管理ロボット等を国に提供し、国の治安維持や環境保持に大きく貢献した会社だ。この街に徘徊する警備ロボットや管理ロボットは全てメタルドリームが開発したものだ。学校もメタルドリームと契約して何台かロボットを取り入れており、教師達はメトルドリームには頭が上がらないのである。しかも、その社長の奥さん、つまりはジェイクの母は、極度のモンスターペアレントらしく、ジェイクと喧嘩して、例え相手側に非がなかったとしても、彼の母が何かと権力を武器に難癖をつけてきて、結局相手側ばかりが責め立てられるのだ。

そんなエゴイズムの塊のような存在を目の前にして、フレディは慌てふためいた。学校の生徒や、或いは教師でさえも、彼だけには絶対に関わるなと忠告するように口にしていた。

「ここは俺たちの場所だつってんだよ、早くどっか行けよ」

ジェイクは乱暴な口ぶりそう言って威嚇するようにフレディとラナを睨み付けた。ジェイクは子供にしては体格も良い方だし、鋭い目付きをしている。大人になれば物凄い強面になるのではないか?赤く染まった髪の毛も合わさって、彼はまるで恐竜のような存在だ。

ジェイクの後ろにいる取り巻き二人はそんな彼に比べればとても地味に見える。ジェイクに便乗して「邪魔だ」とか「早くしろよ」などと口にしているが、彼らが強がっていられるのは殆どジェイクの存在があるからだろう。

フレディは彼の威圧に押し負け、ここから無言で立ち去ろうとした。頭の中ではジェイクに文句を言いたいことが山ほどあった。第一何が「俺たちの場所」だ、ここは公園だぞ、公共の場所だぞ、しかも僕は一週間前からここで遊んでいたんだ、お前たちはその時はまだ別の場所で遊んでいたじゃないか。最初にここを見つけたのは僕だ。しかしそれを面と向かっていえる強い心は残念ながらフレディには持ち合わせていなかった。

そうしてフレディが立ち去ろうとした時だった。

「ワンワンワン!!グルルルルル・・・・・」

子犬がジェイクに向かって吠え始めた。威嚇している、怒っているのだ。グルルと唸りながらジェイクを牙を見せて睨み付けていた。

「なんだこの犬っころ、首輪がねぇな、野良犬かよ、きったねぇ」

飼い犬には首輪を付けることが義務付けられている。野良犬と区別するためや、迷子になった時に首輪に書かれた住所から飼い主を特定するためだ。

ジェイクの野良犬を差別するような発言にフレディもカチンと頭に来たが、口に出す勇気は出なかった。しかし、フレディの横の彼女は黙っていなかった。

「ちょっと、アンタ、何様のつもり?ここは公園よ、誰だろうとここを占領していい権利は無いわ」

ラナは三歩前へと踏み出し、横で怖気づいているフレディを他所に、ジェイクに反論した。ラナは年上だからといって全く持ってジェイクに恐れをなしていなかった。ラナと子犬はフレディと違って勇敢だった。フレディはますます自分が情けなく思えてくる。フレディは一刻も早くこの場から立ち去りたいと思っていたが、ラナと子犬をほって逃げる訳には行かない。フレディがここに留まる理由はそれだけだった。この場所をそう易々と渡したくないという男らしいプライドは一かけらもない。

「なんだよお前ら、俺様に逆らってどうなるか分かってんのかよ?」

「分からないわ?ていうかあなた誰よ?ケチャップみたいな頭して馬鹿みたいね」

「んだとぉ!!」

ラナの挑発にジェイクがあからさまに怒った顔になる。一方のラナは余裕のすまし顔でジェイクの怒りにびびるどころかハッっと小ばかにするように嘲笑った。勿論ラナもジェイクのことは知っている。今の発言はジェイクを挑発する為の嘘だろう。ジェイクの悪名高さを知っていてこの態度、ラナは女のであるべきじゃないなとフレディは密かに思った。

「この女、調子乗ってじゃねぇぞ!!おい、お前ら、やっちまえ!!」

すかさず取り巻き二人が駆け出して、フレディとラナを囲った。ヘヘヘと不適に笑いながら、ぐるぐると周りに円を描くように歩いて二人を逃げられないようにした。

「どどど、どうしよう・・・」

フレディは内心恐怖で一杯だった。今すぐ逃げ出したいがラナは一向に動こうとしない。子犬も相変わらず吠えている。

「あら、暴力を振るう気?安い男ね」

「減らず口を、せいぜい今のうちにそこの野良犬と仲良く吠えてるんだな」

ジェイクがラナにゆっくりと睨みながら歩み寄ってくる。手をポキポキと鳴らして、殴る気充分だ。ラナは全く動じていない。ジェイクから一切目を逸らしていない。

一方のフレディはいつの間にか鞄を背負い子犬の入っていた箱を抱えていつでも逃げれる体制を取っていた。ジェイク達が近づくにつれて恐怖で視線が下に落ちる。

「俺に逆らったことかうかびぃ・・・」

ゴキィという生々しい音と共にジェイクの言葉を遮ぎられたので下を向いていたフレディは何事かと思った。慌ててジェイクの方を見れば、ラナの右拳がジェイクの左頬に激突していた。ラナの拳はそのまま勢い良く左に突き抜けた。ジェイクは後ろに仰け反りバランスを保てずそのまま尻餅をついた。

「あら、女の子に尻餅をつかされるなんて、情けない男ね」

先制攻撃を仕掛けたのはラナの方だった。ラナはしてやったり顔で殴られた頬を押さえて痛がるジェイクを見下ろしている。

やっちゃったよ。フレディは顔を引きつらせた。なんてことだ、ジェイクに手を出したら、面倒ごとは避けられない。すぐさま親が出てきて、下手したら慰謝料なんて請求されるかもしれない。平手打ちならまだしも、グーパンチで殴るなんて、ラナはとんでもないことをやらかしたぞ。

しばらく、どうしていいか分からず、立ち尽くしていたフレディだが、取り巻き二人も慌てていたのでこれはチャンスと思い、急いで子犬を箱の中に入れて、ナラの手を取って、倒れたジェイクの横をすり抜けて、林の中へと逃げた。これいじょう大事にならない為には撤退しかない。

「待ちやがれ!!、つ、いてて」

立ち上がって追いかけようとしたジェイクだが、相当勢い良く尻餅を付いたらしく、お尻を押さえて立ち止まった。痛くて走れないみたいだ。取り巻き二人はただ慌てふためくだけだった。

手を取られて走りながらラナは振り返り、そんな三人をみて指で右の目元を下に引いて、「ベーっだ」と言って、相手を馬鹿にする仕草をした。

もう頼むから余計なことしないでくれと、フレディは頭を悩ませるばかりであった。



息が上がり、足がヘトヘトになって、人気の無い一本道で立ち止まった頃にはもう問題児三人組の姿は後ろを振り返っても見えなかった。とは言ってもまだ公園の中だから油断は出来ない。フレディは周りを見渡し、場所を確認した。どうやら先程の場所の反対側に辿り着いたらしい。子犬入りの箱を脇で抱え、鞄を背負ってラナの手を引っ張りながらよくここまで来れたものだとフレディは自分に感心した。

「もう、大丈夫かな・・・」

「別に逃げる必要なんてなかったのに、あいつ口だけよ」

ラナは息が荒れる様子もなく、相変わらず態度がでかく、断固として自分は間違っていないという感じだ。なんと勇ましいことだろう。しかし、このことはきっとラナにとって悪い方向に転ぶことをフレディは案じていた。

「そういう問題じゃないよ、あいつの話はラナも知ってるだろう?」

「ええ、知ってるわ」

「だったらあいつに手を出して、何もない訳ないだろう。あいつの親が出て来て、慰謝料とか請求されたら」

「悪いのはあっちよ、よって集ってレディを囲んで」

「だから・・・」

フレディは段々自分だけが汗を流してうろたえているのが馬鹿らしくなってきた。一方のラナは清々しい程に頑固だ。慌てる気配が一切無い。

フレディは頭の中がぐちゃぐちゃになって破裂しそうな気分だった。ジェイクはムカつくがあそこは無難にやり過すべきだった。ラナがこれから責任を負わされるなんて絶対嫌だった、そんなラナの姿は見たくない。なのにどうして先に手を出してしまったのか。

「なんで先に殴っちゃったのさ・・・相手だけに傷があれば完全に不利じゃないか・・・」

フレディは悲観な目で訴える。

「あなた、目の前にいかにも悪い人がいて、そいつがはい今から暴力しまーすって言ってるのに、黙って殴られるまで綺麗に足そろえて待つの?傷が残っちゃったら一生を棒に振るようなものよ。あたしは絶対嫌、正当防衛よ、原因はあっちにあるもの」

ラナの言い分は尤も。実に正しい正論で秩序とはそうあるべきだ。しかし現実は違う。さっきの状況が周囲の人間に証明されれば、例え裁判になっても、こちらに責任を問われることはない。しかしあの場所には監視カメラも警備ロボットも無かった。ラナの行動が正当防衛だと証明出来る物的証拠が無い。証言だけでは強い権威に押し潰されて無効にされてしまう。世の中そういうものだ。理不尽だ。

「今日はもう帰ろうか・・・」

フレディは不安に押し潰されそうな鬱屈な気分だったが、今はやるべきことはもうそれしかなかった。

「その子、どうするの?」

ラナが指でフレディの抱えていた箱を指さす。中には子犬が入っている。すっかり大人しいので、箱を開けてみれば、眠ってっるようだ。

フレディは少し間考え耽った。いつもの場所に置いておくのが一番安全で良いのだろうが、今あそこに戻るのは危険だろう。町に持っていけば、管理ロボットに見つかる可能性も高くなる。やはり、不安ではあるがこの公園の別の場所に置いておくしかないか。管理ロボットの行動範囲やパターンは熟知している訳ではないので、絶対安全とは言えないが林の中なら取りあえずは大丈夫だろう。

「取りあえず、ここの林の中に隠すよ、出来るだけ置くに」

「それがいいわね」

ラナもあっさり了承してくれたので、フレディは林の中へと踏み入り、奥の方の他と変わらない一本の木の傍に箱を添えた。

「また明日も来るからね」

また明日、箱を開けた時にこの子犬の元気な姿が見れることを信じて、フレディは公園を後にした。



「ただいま」

フレディが帰ってきた時の店は特に賑わっているという訳でもなく、どこかの有名チェーン店なんかと比較してみれば、物静かで寂しい気もするが、それなりに人はいるし、商売上がったりということでは決してない。上々だ、それなりに。

「やぁ、おかえり」 「おかえりー」 「おかえりなさい」

カウンターにいたマイクがそう言うと、次いで店員達が一斉に同じ言葉を繰り返し、その次に何人かの常連客もフレディにその言葉を投げかけた。

「遅かったじゃないか、また遊んでたのか?」

マイクがエプロン姿の給仕担当の店員に出来上がった料理の載った皿を渡しながら、フレディに尋ねてきた。

「仕事に集中」

素っ気なく返してフレディは二階へ続く階段に向かった。今日は疲れたので早くベットに横たわりたかった。

マイクは苦笑いを浮かべながら「はいはい」と言ってキッチンへと戻って行った。マイクの仕事は夜遅くまで続く。



フレディの部屋は二階の廊下の一番奥だが、部屋に向かう途中で、マイクの部屋のドアから何か物音が聞こえてくるのに気が付いた。テレビの点けっぱなしはあまりないことだと思いフレディが中を除くと、テレビよりも先にあるものが目についた。

ケロケロお相撲さんロボの青ガエルがテーブルの上で煙を上げていた。フレディが中に入って青ガエルを手にとってみたが、どうやら壊れたようだ。スイッチを入れてもビクともしなかった。わずか一日、新記録達成だとフレディは呆れるように思った。

そう、マイクが改造したロボットは数日足らずに悉く壊れてしまう。爆発するという大袈裟なことではないが、全て機能停止に陥ってしまう。何故そうなるのか?理由は分からないが何度も壊れるということは、何か原因がある筈だ。

フレディが思考に耽っていると、テレビから歓声が聞こえてきたので、そちらに目が行った。テレビの中はサッカーの試合で大盛り上がりを見せていた。名門チーム同士の試合のようでコートを丸く囲む会場は一番上の端っこまで客席が埋まっていた。歓声が上がったのは、片側の赤のウニフォームのチームのエースが同点ゴールを決めたからだろう。今そのリプレイ映像が流れている。正面に立つディフェンダーを鮮やかにかわして強烈なシュートを放ち、放たれたボールは一直線にゴールの右隅を貫きネットを揺らす。一切反応出来なかったゴールキーパが悔しそうに膝を突いて芝の地面を叩いていた。ゴールを決めた選手は両手を上に掲げてガッツポーズをしながら走り回り、後から仲間のチームメイト達が彼目掛けて跳び込んできて、嬉しそうに背中に飛び乗ったり、ハイタッチしたりとまだ試合は終わっていないというのに大はしゃぎだ。

誰もが憧れそうなスーパーゴールを目にして、フレディは羨んだ。カッコいい、自分もあんな風にカッコいい大人に成れたらなと。そして自分の今の現状に落胆する。相手の陣内を勇猛果敢に切り抜け、シュートを放つ。大勢の応援してくれるファンの期待に答え、その強さを魅せ付けた。今のフレディが彼のような大人に成るイメージはフレディ自身には到底湧いてこなかった。ラナのような強い精神力を持つ人があんな大人になれるんだろうなと思った。逃げることしか出来なかった自分は、何時かこの世界の何もかもに怯え続け、何も出来ない出来損ないに成って、誰からも期待されることなく、この世界から消えていくことになるのではないかとフレディは先の未来が不安で不安で仕方がなかった。

再び、青ガエルの方に目を戻す。良く見れば、背中のスイッチがオンになったままだ。壊れる瞬間まで起動していたという事になる。マイクが部屋にいない時は全てのロボットは機能停止状態にしている筈だ。それが起動状態だったということは、マイクが電源を切り忘れたのだろうか?

そういえば緑ガエルの方は何処にあるのだと気になったフレディは周りを見渡し、部屋の隅の研究用の机に緑ガエルが置いてあるのを見つけた。フレディが手に取って確認してみると、スイッチはしっかりとオフになっていた。何故青ガエルだけ電源がオンになっていたのだろう?有り得そうなことを考えると、何かの拍子に机から落ちて、その時にスイッチが入ったのかとフレディは考えた。多分、アイリンが掃除に来た時に落としたのだろう。ロボット人が気づき難いことには敏感だが、人が気づき易いことに鈍感な場合もある。後ろで何か物音がしてもアイリンは大したことないものと判断して、振り返らずに部屋から出たのだろう。こういうのは思い返せば良くあることだった。

ということはテレビは青ガエル自身が電源を入れたのだろうか?テーブルの方み再びフレディが目を向けると、青ガエルの横にはテレビのチャンネルを変えるリモコンが置いてあった。青ガエルはサッカーに夢中になり過ぎて、ショートを起こしたのか?馬鹿らしい考えだとフレディは自分に呆れた。


自分の部屋でフレディは宿題の作文に頭を悩ませた。子犬のことやラナのことで頭が一杯で珍しく全力で走って体も疲弊しているのに、そんな状態で文章なんて思いつく訳がない。ましてや今の自分の夢なんて、たった一日で思いつくものか。いや、そもそも夢とはポンと自分の頭から浮かんで来るものじゃない。誰かに対する憧れが生み出すものなのではないか?

フレディは仰向けに倒れて、天井を見上げた。自分の憧れの人とは誰だ?フレディが最初に思い浮かべたのは父であるマイクの姿だったが、直ぐに否定した。どうしてもカッコいいというイメージに結びつかなかった。良い父親だとは思う。とても優しく、フレディ自身も大好きだ。けど、彼のように成りたいかと言われれば、それは違うと思った。マイクのやることは大抵失敗に終わる。失敗するというのはカッコいいとは正反対だ。

次に思いついたのは先程テレビに出てたサッカー選手だ。彼は確かにカッコよかった。彼のスーパープレイには心を惹かれた。なら自分の夢はサッカー選手か?フレディは残念なことに運動はからっきしで、サッカーなんてまともに出来たものじゃない。だから、友達が外で元気にボールで遊んでいても足を引っ張るのが怖くて、仲間に入れてもらう勇気が出ないのだ。憧れとやりたいことが一致しないと夢には成らない。

次に思いついたのはラナだった。もう大人ではなくなってしまった。それにラナは職についていない唯の子供だ。憧れたのは彼女の強靭な心であって、やはり、夢には繋がらなかった。

「わっかんないよ」

溜息交じりに呟いて、フレディは暫く仰向けの状態のまま、思い耽っていた。

結局フレディが作文にかいた将来の夢への答えは「考え中」だった。だってしょうがないじゃないか、本当のことなんだから。学校で先生に何か言われたらそう反論することにしよう。そう思いながら、書き終えたフレディはベッドの中へと潜り込んだ。


翌日、予想通りフレディは作文に対して先生から何かと指摘されたが、昨日思いついた反論を口にすると、呆れられてしまった。何時ものことなので、別にどうでも良かった。

心配していたラナに対するジェイクの関係者からの非難も全くないようだった。ラナは何時も通り堂々としていた。フレディが大丈夫だったかと尋ねると「別に、何もなかったわ、あいつも女の子に殴られたなんて恥ずかしくて言えなかったんじゃない?」と全然気にも留めていない様子だった。なるほど羞恥心か、それは大事だなとフレディは納得した。


放課後、その日もフレディは公園へと出掛けた。目的は勿論、あの子犬だ。今までとは違う場所に隠さざるおえなかったので、管理ロボットに見つかっていないか心配で心配で夜もぐっすり眠れなかった。

「ここらへんだ」

昨日、逃げ込んだ辺りに付いた。一刻も早く無事を確認したくて、昨日に引き続き猛ダッシュで来た。ゼェゼェと息が荒れる。そういえば、ラナは昨日あれだけ走っても平気そうにしていた。女の子に体力で負けた、そう考えると、フレディは本当に情けなくなった。女のに負ける羞恥心とは半端なものではないなと痛感した。

息が整ったところで、林の中へと潜り込んだ。草木を分けて真っ直ぐ真っ直ぐ箱を隠した木の根元まで進む。暫く進むと赤い箱が見えた。大急ぎ、箱の前まで行き、箱を開けたその時。

ボヨヨーンと中からシルクハットを被った人形が飛び出してきた。

「うわああぁ!!!」

フレディはビックリして、後ろに仰け反り、昨日のジェイクのように尻餅をついた。フレディには一瞬何が起こったのか理解出来なかった。状況が飲み込めないフレディは唯飛び出してきた人形を凝視した。

×印の目、マジシャンのような服装から伸びるロープのような細い腕、その先には人間よりも一回り大きい手。そして人形と箱の底が太いバネで繋がっている。これは、ビックリ箱?イタズラ等に良く使われる道具だ。しかし何故ビックリ箱に摩り替わっている?子犬は?フレディは状況が飲み込めなかった。

「ハハハハハ、ビビッてやがんの」

林の奥から笑い声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがあった。木の後ろからジェイクと取り巻き二人が現れた。不適な笑みを浮かべて、尻餅を付くフレディを見下ろしている。

「な、なんで・・・」

管理ロボットに見つかることがあったとしても、人間が見つけることは考えていなかった。こんな雑草の生い茂る林を歩き回る奴なんていないと思っていた。フレディは愕然とした。子犬は?子犬は何処に?

「へ、たまたま、ボール蹴りながら帰ってたら、この林に入っちまってよ、んで見つけたんだよ、いや~ラッキーだわ」

こっちからすればアンラッキーなんてものではない、フレディは絶望した。

「子犬は・・・?」

震えた声で、尋ねた。

「子犬?安心しろ、ちゃんと生かしてあるさ」

安心は出来なかった。悪名高いジェイクの言葉には何一つ信憑性がなかった。フレディは顔が強張っている。年上に囲まれ、子犬は取られ、恐怖心がジワジワと体を蝕む。

「子犬を返して欲しかったら、あのクソ女連れて来い」

「クソ女って・・・・?」

「決まってんだろうが!!俺を殴りやがったクソ女だよ!!!」

ジェイクは憤慨して、怒鳴った。その勢いで唾が飛んで、フレディの顔にかかる。大変汚らしい。

ジェイクはラナのことを相当根に持っているようだ。当然と言えば当然だろう。女の子に尻餅をつかされて、彼のプライドはズタズタに傷ついただろう。親に言い出せないからといって安心している場合ではなかったようだ。当然直接の仕返しもある筈だった。油断大敵だ。

「もう帰っちゃったよ」

「だったら明日ここに連れて来い、いいな?」

「・・・・・・」

フレディは何と答えればいいか分からなかった?解決策が何も思いつかない。周りの大人はみんなジェイクの味方だ。相談しても相手にされない。野良犬なんだから放っておけばいい等と言われるかもしれない。理不尽だ、理不尽すぎる。

黙っているフレディを見てジェイクは舌打ちをした。そして、フレディを通り過ぎて歩いていった。

「まぁどっちでもいいけど、連れて来れなきゃ、あの犬は死刑だな」

「し、死刑!?」

なんとも恐ろしい響きの言葉だろう。首切りとか首吊りとか、恐ろしいイメージが次々にフレディの脳裏に溢れ出す。

「あぁ、後、その人形はやるよ、ゴミ捨て場にあった奴だけどなぁ、仲良くしてやってくれよゴミ同士なぁ、ハハハ」

そう言ってジェイクは取り巻きを引き連れて去って行った。

「どうしよう・・・」

フレディは深い絶望の淵へと追いやられた気分だった。どうしてこうなる?どうして?抑えきれず、いっきに涙が溢れ出した。それを目の前の人形がケラケラと嘲笑っているように見えた。

「くそう!!!」

フレディは立ち上がり、その人形を箱ごと思いっきり蹴っ飛ばした。ガンッゴロゴロと鈍い音を立てて一メートル程飛んだ。しかし次の瞬間思わぬことが起こった。

「シ、シシ、システム、キキ、起動」

突然、蹴り飛ばした人形が音声を発したのだ。フレディは驚いてまた尻餅をつきそうになった。

「なんだこいつ・・・?」

フレディは恐る恐るその人形に近づく。人形はまた何か音声を発し始めた。

「全自動イタズラロボット、ビックリ・ロボックス起動シマス」

突如横になっていたロボットが細長い腕を使って起き上がった。フレディはようやく理解した。こいつは人形ではなく、ロボットだ。それに、イタズラロボットって何だ?

4―修理

そのロボットは紳士服のような胴体と頭部のシルクハットはマジシャンを連想させ、胴体より下の部分は足の変わりにバネが伸びていて赤い箱の底に繋がっている。腕はワイヤーのように細く、その先にある手は人間より一回り大きく白い。顔はまるで白いボールに落書きでもされたかのような面持ちで目なんてマジックペンで×印を描いただけの、簡素なデザインだ。

その目の部分が緑に光って、チカチカと点滅している。起動している。フレディが蹴り飛ばした拍子に、何かスイッチのようなものが入ってしまったらしい。

「本体を使用するに当たっテ、初めにユーザー登録を行っクダサイ、アナタのお名前をドウゾ」

ユーザー認証が必要ということは、機能の充実した高性能のロボットである証拠だ。大抵はロボット購入時に契約と同時に行うものだが、今ここで登録を求められるということはサービス提供社との契約は不要ということか?

フレディは少し考え、物は試しに自分の名前を言ってみることにした。

「フレディ・ロンズデール」

「・・・・・・・・・」

無反応だった。聞こえなかったかと思って、先程より声のボリュームを上げて、繰り返したが、同じだった。どうやら人の言葉に応答するのに必要なコミュニケーションシステムが破損しているらしい。

「壊れてるか、そうだよなぁ」

ジェイクが言うには、ゴミ捨て場にあったロボットらしい。そんなものが正常に作動するわけないか。フレディは残念そうに溜息を吐いた。

しかし、このロボットが言った「イタズラロボット」という言葉がフレディの頭に引っかかった。イタズラ、それはロボットの役目とは大きくかけ離れたものだ。

ロボットとは常に人間の言うことに従順で人の暮らしをより豊かに便利にするのがロボットの役割だが、イタズラというのはそれとは正反対の行いだ、迷惑行為だ。人に迷惑をかけるロボットなんてろくでもないものを作る人がいたものだ。

しかし、フレディはどうしても、このロボットを置いて行くことが出来なかった。ジェイクに追い詰められた今、このロボットが微かな希望に見えた。このロボットが本当にイタズラを仕掛けられるなら、この状況を打開できるかもしれない。

フレディは目の前のビックリ・ロボックスと名乗るロボットをじっと見詰めて、逡巡した。

例えイタズラが出来たとしても子供騙しのようなことしか出来ないかもしれない。むしろ安全性を考えればその可能性の方が大いにある。しかも、壊れている。ユーザー登録も出来ないようじゃ何の意味もない。

嫌、直せるかもしれない。フレディはある人物を思い出した。父、マイクだ。

マイクは年がら年中ロボットをいじり回している。壊してばかりいるが、それは余計な改造を施した時だけで、普通に修理する分には、全く問題なく、元の状態に戻せていた。

マイクなら、もしかしたらこのロボットを修理してくれるかもしれない。そう思い立ったフレディは急いでそのロボットを箱の中に押し込めて蓋を閉じ、それを両手で抱えて、足早に公園を去った。


「パパ!、パパ!!」

玄関のドアを勢い良く開けるや否や、フレディは厨房にいるマイクに飛びついた。

「どうしたんだ、フレディ?そんなに慌てて」

マイクは慌てて、足元のフレディを見やった、そして、フレディの抱える見慣れない赤い箱が真っ先に目に入った。

「なんだい?その箱・・・」

言われて、フレディは黙って箱を開けた。中から、帽子をかぶった人型のロボットがバネの力で飛び出して、マイクは驚き、仰け反った。

「そ、そのロボットは!?」

マイクは目を見開いて、飛び出たロボットを凝視していた。

フレディはマイクが一目で、それがロボットだと見抜いたことに、感心した。伊達にロボットをいじくり回している訳じゃないんだと。

「これ、このロボット、修理して欲しいんだ」

マイクなら、このロボットを修理出来る筈。そう思ってフレディは縋る思いで、マイクに頼み込んだ。

ところが、マイクは急に、おどおどし始めた。口を開けては言葉が出ずに閉じたりを繰り返している。額には汗まで滲んでいた。

「パパ?」

言われて、我に返ったように、マイクはフレディの方を見た。

「フ、フレディ、こ、これは・・・何処で?」

マイクの声は明らかに動揺していた。何をそんなに困ることがあるのだ?大好きなロボットじゃないかとフレディは首を傾げた。

「捨てられてあったんだけど」

「そ、そうか・・・これを使って、何をするつもりだい?」

フレディはマイクの問いに黙ってしまった。出来れば、フレディはマイクには自分の置かれた状況を知って欲しくなかった。心配されるのが嫌なのだ。

しかし、子犬やラナのことを考えるとそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。しかしそれでも言葉が出なかった。

自分の今の状況は言わば、いじめに等しい。フレディの学校生活の中でそのようなことは何度かあった。ジェイク以外にも、人を貶めることを楽しむ奴はいる。フレディの気弱な性格な彼らの標的にされ易かった。

しかし、どんな時もフレディは父を初め、周りの大人には頼ろうとしなかった。情けない子供と思われたくなかったし、そもそも大人に泣き付いたところで、根本的な解決には至らないだろう。

学校の先生達が喧嘩やいじめ制止する為に決まって言う言葉がある。それは「みんな仲良くしましょうね」だ。フレディはその言葉が反吐が出る程に大嫌いだった。自分に嫌がらせした奴のことなど、二度と好きになれるものか。

フレディはそんな決まり文句しか言えない大人が嫌いだった。だから、フレディは沿う言ったいざこざの解決の為に大人を頼らない。例え父であっても。

「別に、ちょっとどんなロボットか気になっただけだよ」

今回も、頼るのはロボットを修理するまでだ。それ以上は頼らない。根本的な解決は自分でする。フレディは父の前では立派な子供でありたいのだ。

だが、マイクの汗はみるみる内に顔全体を覆っていた。

「フレディ、すまないな・・・このロボットは古すぎて・・・ちょっとパパには分からないな」

「え?」

フレディは唖然とした。今のマイクは明らかに嘘を付いた。中身も確認していないのに、マイクが出来ないと明言するなんて有り得ない。そもそも、マイクは旧世代のロボットを幾つも改造したりしていた筈だ。

どうして、そんな嘘を付いたのかフレディにはさっぱり理解出来なかった。その後には裏切られたようなイライラした気分になった。

「なんだよ・・・それ・・・」

フレディの目頭が熱くなっていた。とにかくフレディは父に嘘を吐かれたのがショックだった。

「じゃあ、もういいよ・・・仕事の邪魔してごめん」

フレディはそれ以上、マイクに問い質すことはせず、怒って怒鳴りたい気持ちを抑えて、ロボットを持ったまま階段を上がって行った。


フレディはまたもマイクの部屋の前で立ち止まった。あることを思いついたのだ。

父を頼れないなら、自分でやるしかない。自分で修理するしかない。

もちろんフレディロボットを修理したことなど一度もないが、マイクが修理していたところは何度か横で見ていた。その時にロボットの仕組みに関する知識をマイクから教わったこともある。細かいところまで全部憶えているわけじゃないが、大まかなことは覚えている。

それだけで、修理できる自信はないが、最初から出来ないと決め付けるのは癪だと感じる。やってみて損はない筈だ。そもそも、それ以外のことなんて何も思いつかないのだから、そうするしかないのだ。

フレディはゆっくりと扉を開けて、マイクの部屋に入り、周囲を見渡した。

目の前には丸い、フレディの腰ほどの高さのテーブル、その前には薄型のテレビ、部屋の右隅に研究用の机、部屋の左側にはクローゼットがある。

フレディはまず、抱えていたロボット入りに箱をテーブルの上に置き、そして、クローゼットを開ける。

クローゼットの中は上下の二段構えになっていて、上段は洋服が吊るされて並べてあった。下段はと言うと、工具やロボットの部品の入ったダンボール箱で溢れていた。一つの箱の中は似通ったパーツで固まっているのでどうやら箱ごとに、用途や種類によって分類されているみたいだ。その証拠に良く見れば箱ごとにに黒いマジックペンで「脚部」だとか「メモリ装置」だとか、ちゃんと分類名が書かれている。

どういうパーツがどんな役割を果たすのかは、フレディにはだいたい分かる。しかし問題はどういった風に組み立てればいいかだ。やり方が分からなければ問題は解けない。

考えていると、フレディは、クローゼットの奥に本ばかり入った箱が目に入った。奥まで手を伸ばして取り出してみる。箱はずっしりと重く、フレディの力で持ち上げるのは大変骨が折れたが、なんとかクローゼットの手前まで持ってこれた。

箱の中に積まれた本はどれも、ロボットに関する書籍ばかりだった。「新しいロボットの可能性」だの「ロボット科学最前線」だの、フレディには読み解くのが難しそうなものばかりだったが、一番下にあった本はそういった堅苦しい雰囲気のものとは明らかに違っていた。

「図解、かんたん楽しいロボット科学!!」と見出しにはかわいらしい猫型ロボットの写真と一緒に大きく太文字で書かれていた。フレディは著者の名前に目が行った。「Dr.ホービー」と聞き覚えある名前だ。マイクが昨日の朝話していた、変なロボットばかり作る科学者のことだと、フレディは思い出した。

パラパラとその本をめくった。中身はロボットの構造や仕組みを説明、解説したものだった。難しい言葉は一切使われていないし、図を使って説明しているのでとても分かり易い。フレディには御誂え向きと言えるだろう。

ページをめくっているとフレディはあるページで手と目が止まった。そこに描かれていたのは、箱から飛び出した人型人形のようなロボット、まごうことなく、フレディが拾って来たロボットだ。

そのページにはこう書かれていた。

「それでは、ロボットの基本構造が分かったところで、いよいよロボットの肝となるシステムについて解説しよう。今回はこのビックリ!ロボックスと言うロボットを使って解説していくよ」

ビックリ!ロボックス、拾ったロボが起動した時に名乗った名称と一緒だ。間にエクスクラメーションマークが入っているのは予想外だったが。本に載っているロボットと拾ってきたロボットが同じものであると見て間違いないようだ。

これは、なんて運が良いのだろうとフレディは顔を綻ばせた。出来る、自分にも出来るぞ、と気合が沸いて来た。

フレディは本のページをめくる、次のページにはこう書かれていた。

「それでは、ロボットの頭部を開いて見てみましょう。このロボは非常に頭の良いロボット、その頭脳の全てはこの頭の部分に詰まっています。人間で言うところの脳です」

下にはロボットの頭の中身が映し出されていた。緑の機械の盤の上に細かいパーツがいろいろと付いていた。これだけでは、全くもって何がなんだか分からない。

取り合えずフレディもロボットの頭を開いてみることにした。箱からロボットを取り出し、クローゼットの中にあったドライバーで、後頭部のネジをゆっくりと外す。四角形に並んだ四つのネジを外すと、ポロリと蓋が取れて、中身が丸出しになった。

本に載っていたのと同じ緑の機械の盤だ。本と同じ並びでパーツが付いていたが、ところどころ破損している。

再び本に目を戻す。修理すると言うのであれば、これをこの本の通りに破損した部分のパーツを取り付ければ万事解決だ。一応起動きはしたから、そこまで酷く破損してはいないだろうし、パーツなら、このクローゼットの中に山ほどある。

「やし、やるぞ!!」

フレディはせっせと作業に移った。


1時間後、ほぼ完成と言っても良い程に出来上がってきた。ところどころ分からないところもあったが、本を読めば、解決方法が書かれていた。見本が同じロボットなこともあって、そこまで手詰まることはなかった。

残るは最後の一箇所、本によれば、どうやらそこはコミュニティーシステムのパーツらしい。その部分のパーツは薄いチップのようなものなのだが、見事にひびが入っている。

フレディはそのパーツゆっくりと剥がすように取り外す。これを壊れていないものに取り替えれば修理完了だ。

フレディはクローゼットの中から、「コミュニティーシステム」と書かれた箱を取り出した。中には数十個程のパーツが入っていた。他のと比べれば入っている量が少ない。貴重なパーツなのだろうか?

フレディはその中から一つを取り出した。このパーツは最近ではどのロボットにもあるものらしく、全部同じもので代用出来るらしい。つまりどれをはめても形が合う。

カチリという音と共にパーツが綺麗にはまった。完成だ。やった!フレディは難しいことをやり遂げた達成感にしばらく浸りたくなった。

だがしかし、本当に動くかどうかを試さねばならない。起動させるには、たしか本によれば、箱の底のスイッチをONにしなければならない。

フレディはさっそく、箱の底を確かめた。そこには確かに、小さな円方のスイッチがあった。

ゆっくりとスイッチに手を伸ばし、一指し指でスイッチを押す。少し硬かったので、指に力を込めた。するとカチリという音と共に、スイッチが凹んだ。

騒がしい機械音が部屋中に響き渡る。×マークの目が緑色に光始めた。

起動した!組み立て方は合っていた。フレディはうれしくて飛び上がりそうな気分だった。

これでユーザー登録を行える筈だ。フレディはビックリ!ロボックスが第一声を放つのを胸が躍る気分で待ち望んだ。

ロボットの目がフレディの方へ向けられた。

「ビーーーックリ!ロボックス~起動ーーしまース!!!」

・・・あれ?

おかしい。拾った時とは明らかに違う。こんな喋り方ではなかった筈だ。フレディは唖然とした。

「アレー?どうしたんですカ?そんな訝しい目でワタシを見テ、怖いじゃないッスカー」

一体何故、こんな生意気な喋り方になっている?ロボットは普通、人間にこんな馴れ馴れしくしない物だ。これではまるでマイクが改造したかのようではないか。

やり方は間違っていなかった、何度も本を読み返した。パーツも間違っていない、何度も本と照らし合わせて確認した。なのになんで?

フレディの頭の中では凄まじいパニックが巻き起こっていた。訳が分からなさ過ぎて目が回る気分だ。

「まぁいいですワーアナタがワタシのご主人ということでよろしいッスカー?お名前なんて言うんスカー?」

取り合えずユーザー登録はしてくれるようだ。

「フ、フレディ・ロンズデール」

「フレディ・ロンンズデールですネ!!了解了解~、かしこまりましター」

「本当に、大丈夫・・・?これでいいの?壊れてない?」

不安が声に漏れた。本当にこのロボットを頼っていいのだろうか?フレディは不安で仕方がない。

「あらあら、ワタシが壊れてるト、ご主人は仰るンですカ?ワタシはこの通り、元気元気のマッスルロボですヨー」

ロボットは腕を上げ下げして、力持ちが良くやる筋肉を強調するようなポーズをした。もちろんロボットに筋肉などないし、このロボットの腕は細くてマッスル等という言葉には当てはまらない。

やっぱし、変だこのロボット。修理に失敗したのかだろうか?いや、喋り方はおかしいが、大事な部分が正常に作動していればいい。

フレディは気を取り直して、このロボットと向き合う。

「まぁとにかくだよ、君はイタズラするロボットなんだよね」

「ハイ、ワタシは全自動イタズラロボットのビックリ!ロボックスでス、イタズラのことなラなんでもおまかせアレ~」

自分の役目はちゃんと理解しているようだ。そこさえ壊れていなければいいのだ、ジェイクに仕返しが出来ればそれでいいのだ。

「じゃぁ、僕がイタズラしろって言ったら、僕の変わりに、イタズラしてくれるんだね?」

「マ、そう言うことッスネー。正し、ルールがありまスけどネー」

「ルール?」

それはフレディには初耳だった。拾ったロボットで当然のことだが。面倒なものでなければいいのだが。

「そう、ルールッス。まず第一に、イタズラのターゲットに出来るのは年上だけッス」

「年上だけ?それはなんで?」

「イタズラを弱い者苛めに使われたラこちらとしてモ堪ったモンじゃないッスからネー、ワタシは年下が逆らえない年上に対しテ、仕返シしてやろうッテ目的で作られたモンですカラ」

それは確かにそうだ。フレディは頷く。

自分より年下の弱い者に対して、力を振るうことは人として最低の行為だ。世間の恥だ。だからこそジェイクはもちろん、今の大人達には腹が立つばかりだとフレディは思う。

さて、ジェイクは年上だから、このルールに規制されることはないが、他にもルールがあるようなので聞いてみよう。

「他にルールは?」

「ターゲットを指定するにハ、そのターゲットの本名を知っていル必要がありマス。知らなイ人にいきなりイタズラすル人がいたラ超迷惑ッスからネ」

「名前・・・うんこれも問題ないな」

ジェイクのフルネームは確か、「ジェイク・カーライル」だった筈だ。

「他には?」

「そうッスネ、ワタシが行えるイタズラに関してですガ、人に外傷を与えるようナ行為、即ち暴力に価するイタズラは出来まセン」

「なんだ、それならやっぱり大したイタズラは出来ないんだ」

フレディはガックシと肩を下げた。やっぱり子供騙しのおもちゃロボットかと残念に思った。

「イヤイヤ、ご主人、なめテもらっチャー困りますナー」

ロボットは何か悪巧みをしているかのような、楽しげな話し方になった。何の変化もない×マークの目まで、悪そうな感じに見えるのだから、喋り方とは不思議なものだ。

「暴力は無理ッスけど、一生の恥なラかかせられまスヨ~」

「一生の恥・・・」

背筋が凍てつくかのような響きだった。ロボットが放ったその言葉から確かな自信をフレディは感じた。

しかし、実際見てみないことには何も言えない。本番になって、しょうもないことしか出来なかったならば被害に合うのはフレディだ。

「なんなラ、今、試しテみまショーカ?」

フレディが腕を組んで考えていると、ロボットが突然そんなことを言い出してきたので、慌てた。

「試すって誰にさ?」

父や店員さんやお客さんにイタズラを仕掛ける訳にはいかないし、かと言ってイタズラの実験台になってくれる人なんて、そうそういないだろう。

「いませンカ~?誰か態度だケやたらデカイくテ、鬱陶しイナー、って思う大人の方とカ」

フレディは少しの間、考えた。

フレディにはこの家の周辺でムカつく大人と言えば、一人思い当たる人物がいた。隣に家に住む酒癖の悪いおじさんだ。

おじさんはとにかく酔っ払うとたちが悪い。夜中に奇声を発して、外を徘徊することがしょっちゅうで、フレディは何度あのおじさんの叫び声に起こされたことか。そのくせ、反省するようすが全くないし、たまにマイクの店に来た時には、フレディに対して餓鬼呼ばわりしたり、偉そうな口を利く。

「一人、いるよ」

フレディ知らず知らずの内に、口に出していた。ほとんど無意識だったので、慌てて言い直す。

「あ、で、でも、あの人、怒ると凄く怖いし・・・イタズラなんてしたら・・・」

「その点はご心配なク!、ワタシは優秀ナロボットですカラ、誰がやったかバレるようなヘマはしまセンヨ」

ロボットは大きな手で胸の部分を叩いて、任せろというような仕草をした。

どうしよう。そうは言っても、まだ壊れているという可能性も残っているし、失敗の不安が拭いきれない。

でもこれを失敗すればどうせ、もうラナと子犬を助ける手立ては思いつかない。

フレディは拳を強く握り腹を括った。

「よし、じゃあ頼むよ、ビックリ!ロボックス」

「お任せアレ!ご主人殿!!」

ロボットはお辞儀をして、敬意を示した。

「ところで、ビックリ!ロボックスって長いね、何か他に呼び方ない?」

毎回毎回、その長い名前を呼ぶのは面倒だとフレディは思った。

「そうっすネー・・・ワタシはビックリ!ロボックス、モデル・マッドハッターですかラ・・・」

「じゃあ、ハッターでいいね」

呼び方を深く考えるのは面倒なので、フレディは咄嗟に思いついた名前を提案した。

「おお、超イイっスネー!」

超イイらしいので、これからはこのロボットのことをハッターとフレディは呼ぶことにした。

5―イタズラ開始

ターゲットの飲んだ暮れオヤジは夜7時を回る頃には帰宅していて、大抵は家の中で酒を飲み漁っている。

一度酔っ払ってしまえば、暴れる、はしゃぐの嵐、素行も悪いので余計に性質が悪い。家の中だけらな別に良いのだが、飲んで帰ってきた時なんかは、夜遅くの外でとてもまともに聞けたものじゃない超絶オンチな歌を大声で歌いだす。迷惑極まりない。

結婚はしていたらしいが、酒癖の悪さに耐えかねて、奥さんは家を出て行ったという。

ハッターの初仕事ならぬ、初イタズラはこのオヤジを懲らしめてやることだ。

今ハッターはそのオヤジの部屋にいた。オヤジはボロボロのソファに座ってくつろいでいる。片手には当然の如く酒瓶を手にしている。まだ口にはつけていないようだ。

「こちらハッター、順調ッスネー、酒を飲む一歩手前ッテとこッスネー」

「こちらフレディ、本当に、バレてない?」

「全然気付いてナイっすネー、完全にただのダンボール箱と思ってルみたいッスヨ」

ハッターには無線通話機能を取り付けた。それはハッター自体が行ったものだ。どうやら、相当の知識を持っているロボットらしく、ハッターが通信機を作るのには数分も掛からなかった。パーツは全てマイクの部屋にあったもので十分足りた。

フレディ側は細長く、消しゴムほどの太さの通信機を口元に添えて、ハッターとやり取りをしている。これもハッターが作ったものだ。

フレディは自分の部屋から出ていない。行動に出ているのはハッターだけだ。

それも、こういうイタズラは誰が仕掛けたか知られては意味がないので、単独行動が良いというハッターのお言葉に従ってのことだ。どのみち、人間のフレディが人の家に侵入しようとすれば、セキュリティにすぐさま引っ掛かってしまうだろう。

「油断はしちゃダメだよ、慎重にね」

「もうやることハやりましタよ、後は奴の悲鳴ヲ、この音声でお届けするだけデスヨ」、

「ところで、君の声は外に漏れてないの?」

フレディは素朴な疑問を聞いてみた。

「アァ、大丈夫ッスヨ、実際人間みたいニ声出してル訳ジャないンで、音が聞こえてくルのハそっちの通信機カラだけッスヨ」

「君は本当に便利だね、イタズラロボなんて止めて、別のことすればいいのに」

ハッターの機能はもはや、イタズラをするだけに留まるものではないのではないかとフレディは思う。これだけの機能があれば何でも出来る筈だ。

「ワタシにはイタズラ以外考えられないンッスヨネー」

「考えられないって?お皿洗ったり、料理したりとかそういうお手伝いとかが解らないの?」

「いヤー、言ってる意味は解るンスけどネー、やるべきことジャないッテ思うンスヨネー」

フレディにはハッターの言ってることが良く分からなかった。

意味が解っていて出来ないなんて可笑しいことだ。やる術がないなら納得はいくが、ハッターにはどんなことも可能にする多種多様な機能が備わっている筈だ。

「ロボットって考えることが難しいんだね」

「イヤイヤ、チョー単純ッスヨ、役目を果たシ、それ以外のことハしなイ。それだけの単純明快ナ、プログラムなんスヨ」

プログラムという言葉でフレディは以前マイクが人間の脳とロボットのプログラムの違いについて教えてくれたことを思い出した。

今のロボットは人間のようにコミュニケーションが出来る程、高性能なものだ。しかし、プログラムと人間の脳は根本的に違う。ロボットが人間のように振舞っていてもそれは人間の振りをしているに過ぎない。人間は他の生き物の振りで生きている訳じゃない、自らの内にある本能と意思と成長によって生き方を得る。ロボットにはそういうものがないのだ、とマイクは言っていた。

しかし、ハッターの愉快な調子の話し方を聞いていると、どうも人間臭く感じてしまう。ハッターのこの喋り方も、プログラムっということなのだろう。

「そんなことよりモ、ソロソロ、酒を飲む頃ですゼー」

「そうだったね、上手くいくかな?」

ハッターのオヤジの家への侵入は、30分前、オヤジが帰宅する前に既に成功していた。侵入経路は至って簡単。二階の窓からだ。

実はハッターの箱の部分は取り外せる。箱を取り外すと平らで丸いコースターのような土台に箱の底がくっついていたのだと分かった。

その土台は色んな壁や物にくっつけるらしく、その機能を利用してハッターはオヤジの家の壁を登り、二階の窓から入った。因みに窓の鍵を閉まっていなかった。

ハッターは閉まっていなかったら別の作戦を使って侵入したとフレディに話していた。

そこから、オヤジが家に戻ってくるまでに、仕込みは全部済ませた。

仕掛けたイタズラは至ってシンプル、部屋の中に保管されていた酒の中にあるものを混ぜた。

それがどんなものかは今に分かる。

そして今はオヤジの部屋にあった箱の中に身を潜めているという訳だ。

「オ、奴が便を蓋を開けましたヨー、キマスヨキマスヨー!」

ハッターが楽しそうな声の後、耳を劈くような凄まじい爆音がフレディの耳に届いた。

「ぎゃやあああああああああ!!!辛い、からーーーい!!!」

バタバタとのた打ち回っている様子が目に浮かぶ。

ハッターが酒の中に混ぜたもの、それは「超絶激辛エキス」と呼ばれる代物だ。つまりは辛味の増す調味料という訳だ。

その効果は絶大で、水に一滴垂らすだけでも、一日中舌のヒリヒリが治らなかった程だ。心臓の悪い方はご遠慮くださいとの注意書きもある。

そんなものを何処から持ってきたのかと言うと、ハッターが調合して作ったのだ。材料はレストランを経営しているフレディの家にはいくらでもあった。

ハッターがそれを作り出すのには数分も掛からなかった。とても手際が良く、ささっと作ってしまった。

速すぎてフレディにはハッターがどういう手順でそれを作り出したのかがさっぱり理解出来なかった。ただ辛子を混ぜただけではなかったようだったが。

しかし、その効果は確かなものだ。水に一滴垂らすだけで、今まで味わったことのない喉の燃え上がるような感覚と大量の汗に見舞われることになる。それはフレディが実証済みだ。先程から、何度も氷の入った水を飲んでいるのだが、一向に舌のヒリヒリが治まらない。

酒の中には3、4、滴垂らした。恐らく、数時間は火を吹き続けることになるだろう。

「うわぁ、すっごい暴れてるみたいだね」

「蛇みたいニ舌が捻ジ曲がットリまッセ」

「愉快だね」

「痛快ッスネ」

フレディの顔が綻ぶ。今まであの飲んだ暮れ親父がして来た迷惑行為を考えれば、この程度の報いは受けて当然だと心底思う。

しかし、大の大人があれ程までに取り乱すとは、これほど面白いことがあろうか。フレディは大人を嘲笑える満足感に満たされようとしていた。

しかし、勝手に家に侵入したり、酒をいじったりと少々悪いことをしたという罪悪感もあったが、そんなことはどうでもいいと思える程にフレディの気分は晴れ晴れとしていた。

「サテ、ワタシはそろそろ撤退ッスかネ?」

「気をつけてね、バレないように」

フレディはそう伝え、冷たい水を飲みながら、ハッターの帰りを持った。舌のヒリヒリは未だ治まらない。


「すごいよハッター!、これならジェイクの奴にも一泡吹かせられるよ!」

フレディは無事帰ってきたハッターの大きな手を取ってブンブンと上下に揺すった。

「ハハハ、そんな大層ナことジャないッスヨ、あんなモン朝飯前ッスヨ」

ハッターはロボットなので表情はなんの変化もないが、声が浮かれた感じだ。

「デ、次のそのジェイクとヤラをとっちめれバいいンスネ?」

「うん、そう」

そうだ、本題はここからなのだ。

「けど、今回は唯イタズラをするだけじゃダメなんだ」

「ト言いますト?」

フレディは今回、ハッターに頼りことになった諸々の事情をハッターに説明した。

子犬がジェイクに捕らわれていることと、ラナの身の安全も大事だ。下手なことをして、子犬とラナが嫌な思いをしないようにも、今回のイタズラは上手くやらなくてはならない。

「出来るかい?」

「当然ッスヨ!!」

自信満々というような返事にフレディは胸を撫で下ろした。頼りに出来るのはこのハッターしかいない。元々壊れていたものだし、ちゃんと修理出来たかも定かではないので安心は出来ないが、先程の手際の良いイタズラの仕込みを見れば、期待が膨らむ。

「つまリハその子犬ヲ取り返しテ、尚且ツ、バレないようニ、ジェイクに恥をかかせればイインスネ」

「外に出るのが嫌になるくらい強烈なのをね」

「了解、了解」

こういう話をしていると、悪者を懲らしめる為の正義の会議をしているのではなく、唯の悪巧みのようではないかとフレディは思う。

フレディの知っている正義のヒーローはイタズラなんて姑息なことをせず、面と向かって相手に勝負を挑む、そんな勇敢の人ばかり思い浮かぶ。

ジェイクは疑いようもない悪だと思うが、悪を懲らしめるだけでは正義とは言えないかもしれないとフレディは思った。

まぁ別に、ヒーローになりたいなんてことはないのだけれど。


決戦の日が来た。

ジェイクがちゃんと子犬を連れてくるのか、イタズラは成功するのか、いろいろな不安が頭を過ぎる中、フレディはその日の授業を受けていた。公園に行くのは放課後だ。

ハッターは先に公園で待機している。ロボットだけで外を出歩かせるのは本来良くないことだ。野良犬同様に見つかれば処分されかねないのだが、ハッターには身を隠す術があるので大丈夫だろう。実際ハッターがそう言っていたのだ。

しかし、イタズラロボットなんて、良く世に出れたものだ。

フレディはハッターのことが気になって昨夜、パソコンのインターネットを使って調べてみた。

その結果、ビックリ!ロボックスは十年前に発売されていたものだと分かった。しかしクレームが殺到して一ヶ月も経たずに販売中止になったらしい。そりゃそうだろうとフレディはそれを読んだ時に思わず呟いた。

Dr.ホービーという人は本当に可笑しな人だ。変なロボットばかり作って。父はどうしてあの人のファンなんかになったのだろうとフレディはつくづく疑問に思う。

そんなことを考えていると席の横に誰かが立っていることに気が付いた。

「なにをボーっと考えいるのかしら?フレディちゃん」

ラナが立っていた。

「あ、あれ?今授業中じゃ・・・」

「とっくに終わって、もうみんな帰ってるわよ」

全然気が付かなかった。というかフレディは全く授業を聞いていなかった。周りを見ればみんな荷物をまとめてゾロゾロと教室から出て行ってる。

フレディは、自分がボーットしている場合ではないことに気が付いた。今すぐ公園に向かわねばならない。

「ごめん、また明日!!」

フレディは慌てて、椅子から立ち上がり、鞄を背負って立ち去ろうとした。

「ちょっと待ちなさいよ!」

ラナに腕を引っ張られて、抑えられてしまった。

「な、なに?」

「あの子犬ちゃんの様子見に行くんでしょ?私も行くわ」

これはまずいことになってしまった。

ラナは今子犬がジェイクに捕らえられていることを知らない。もし、そのことをラナが知ったらジェイクをたこ殴りにするかもしれない。そうなるとまた面倒事は避けられない。

ジェイクにはラナを連れて来いと言われているが、絶対に連れて行きたくはない。これはフレディの意地だ。女の子を危険な目には合わせたくない。

「今日は公園には行かない……隠し場所を変えたんだ」

「え?そうなの?なんで?」

「あそこよりも、もっと良い場所を見つけたんだ、この前の場所は誰かが来る可能性があるって分かっちゃったからね」

人に嘘を吐く時は本当に緊張する。フレディの額に汗が滲む。

「あら、じゃ何処に移したの?」

どうやらラナは一切怪しんでいないようだ。フレディは必死に言葉を搾り出す。その必死差も顔に出ないようにする。

「シルバー通りのえっと……古着屋のあたりだよ」

「古着屋?そんな場所に隠せそうな所があるかしら?」

「でしょ?誰も分からないような場所なんだ?あそこなら誰にもバレないよ」

「ふーん、なら早く行きましょうよ」

「あ、え~っとその前に忘れ物したんだ、すぐ戻るから、ラナは先に行っててよ」

「忘れ物?何を?」

「後で分かるよ、じゃあ後でね」

「あ、ちょっと」

フレディはそのまま駆け足で教室を立ち去った。

危なかった。ここまで徹底して嘘を突き通したのはフレディには初めてのことだった。

作文が苦手で、しかも態度が顔に出やすいフレディにとっては、嘘を突き通すことは至難の業であったが、今回はなんとかやり過ごすことが出来た。

とは言っても、この嘘は直ぐにバレてしまうだろう。実際、シルバー通りに隠れ場所なんてないし、第一あそこは街一番人通りが盛んな場所だ。咄嗟に思いついた場所がそこだったのでつい口にしてしまった。感の良い人は嘘だと真っ先に気付いただろう。

この一件が終わったら、全力でラナに謝らないといけないな。フレディの苦難は増えるばかりである。


公園に辿り着いた。

約束の地点にはまだ距離があるが、そこへ向かう前に確認することがある。

フレディは鞄から、通信機を取り出し、それを使ってハッターに呼びかける。

「ハッター、聞こえる?準備はどう?」

「完璧ッスネ、何の問題モないッスヨ」

通信機からハッターが応答し、フレディは一先ず安堵の溜息を吐いた。

ハッターには予め、ジェイクの情報と公園の全体図を提示しておいた。公園の全体図はインターネットで見れたので、それをハッターがインプットした筈だ。

その地図を使って待機場所を指示したので、フレディが機能、ジェイクと遭遇した場所にハッターは隠れているだろう。

ジェイクに関しては詳細な情報は知らなかったが、ターゲットに指定するのに必要なのは、年齢と本名と顔だけなので、それだけ知っていれば十分だった。顔に関してはその場で確認すれば良いとハッターは言ったので、条件は全てクリアだ。

「僕は、そこに行けばいいんだね」

「ハイハイ、どうかワワシを信じテ、安心しテ来てくだサイ」

「分かったよ」

フレディは通信機をズボンのポケットに入れて、一度大きく深呼吸をしてから、約束の場所へと駆け足で向かった。


草が生い茂っていて体中が痒くなりそうだった。約束の場所は林の奥の誰の一目にも付かない場所だ。

フレディが来た時点では、まだジェイクの姿は見当たらなかった。そしてハッターの姿もない。

どこに隠れているんだ、とフレディは不安で、辺りを見て回ったが、見つけることが出来なかった。

木の陰にも、生い茂る草の中にも、木の上にもそれらしき姿はなかった。

まさか、指定場所を間違えたのではないか、そんな恐ろしい考えが脳裏を過ぎる。

そして、フレディが慌てて、通信機で確認を取ろうとしたその時、誰かが草を分ける音が聞こえた。

振り返れば、三人の人影が、林の中へ向かって歩いてきた。ジェイクだとフレディは瞬時に悟った。

やがて、人影は大きくなり、そしてはっきりと赤い髪の少年が先導して、こちらへ向かってくるのが分かった。

「おう、約束通り来たみてぇじゃねぇか、け、ひ弱そうな顔しやがって」

ジェイクはフレディを見るや否や、鋭い目付きで睨み付けた。

後ろの二人の内一人は籠のようなものを抱えているのにフレディは気付いた。良く見れば中に子犬が入っているのが柵の隙間から見えた。相当元気がない、とても大人しく伏せている。

「安心しろ、子犬は連れてきてやったからよ……って、女はどうした?」

ジェイクが辺りを見回すが、ラナの姿はない。再びフレディを怒りの形相で睨む。

「女はどうしたんだよ、おい、お前、裏切ったのかよおい!」

裏切るって、自分が勝手に決めたことじゃないかとフレディは突っ込みたくなったが、そんなことをしてはジェイクの怒りを逆撫ですることになる。

「あ~えっと、後から来るって、た、多分、もうすぐ来るよ」

フレディは明らかに焦っているのがジャイク達の目から見ても明らかだった。

「ジェイク、コイツ絶対嘘吐いてるよ」

「この犬、処刑しちゃう?」

取り巻きがそんなことを言い始めた。このままでは子犬が危ない、しかしどうすることも出来ない。フレディの焦りは頂点に達しようとしていた。

「まぁ、まず先に約束破った罰で、こいつをボコボコにしてやらなくちゃな」

ジェイクが拳を握り、指をポキポキと鳴らしながら、フレディに近づく。

もうダメだ、そう思ってフレディは咄嗟に目を閉じた。

「おわぁっと」

ジェイクがちょっと驚いたようた声を上げたので、フレディは恐る恐る目を開けた。

見るとジェイクがキョロキョロと自分の周りの地面を見渡していた。

「どうしたんだよ?、ジェイク」

気になった取り巻きがジェイクに呼びかけた。

「い、いや、なんか靴が脱げたみたいで、なんかに引っ掛かったのか?てか、靴、靴…」

「はぁ?何やってんだよ、しまらねぇなぁ」

どうやら、ジェイクの靴が脱げたみたいだが、こんな所で靴が脱げるだろうかとフレディは疑問に思った。

「おぉっと、あった、あった」

ジェイクは落ちていた靴に足を入れ、フレディの方に振り返った。

「さて、こんどこ……そ・・・ん?」

ジェイクの顔が青ざめる。先程履いた靴を見て、硬直している。

「今度はどうしたんだよ!ジェイク」

「い、いや…その、なんか変な感触がして……あと、臭い…」

臭いっと聞いてフレディも鼻を嗅いでみた、すると、ジェイクの方から悪臭が漂っていた。汚いトイレで良くある臭いだった。

ジェイクは恐る恐る、靴を脱ぎ、足裏を確認した。すると、そこにはべったりと茶色い汚物がくっ付いていた。臭いの正体だ。

「うわぁああああああ!!!」

ジェイクは驚いて、後ろに仰け反りそのまま尻餅を付いた。ジェイクは痛そうな顔はせず、一瞬不思議そうな顔をした後にさらに青ざめた。

「え、え、え、え、」

ジェイクが尻の辺りに手を伸ばして確認した。そして手を戻して確認してみると、指先にも汚物が付いていた。尻餅を付いた時に汚物を踏んづけたということだ。

「お、おいジェイク」

取り巻きが心配そうに、ジェイクに近づいたが、ジェイクから漂う悪臭に鼻を摘んだ。

「おい、お前、臭いぞ……その、手に付いてんの、何だ?」

ジェイクの状況に気付くと、取り巻き達は一歩一歩後退りし始めた。

「お、おい、お前らなんか拭くモン持ってねぇのかよ?」

「く、来るなよ、臭いだろ!!」

ジェイクが片足靴が脱げた状態で取り巻きに近づくが、取り巻きは拒否してジェイクを避ける。

「おい、なんだよお前ら!!待てよ!!」

「来るなってんだよぉーー!!!」

ジェイクが涙声で取り巻きに必死に近づこうとしたが、取り巻き達は大慌てで逃げていってしまった。それを追ってジェイクも去って行った。

取り巻きは逃げる際に子犬の入った籠を落としていった。

「これは、まさしく……一生の恥だね」

フレディはその場で立ち尽くして、その光景をただ見ていた。

「フフフ、どうッスカ?ワタシのイタズラは?」

その声と共に爆発するかのように土煙が上がり、その中からハッターが姿を現した。

「まさか、地面の中に隠れてるなんて思わなかったよ」

ジェイクが尻餅を付く瞬間、フレディは微かにジェイクの足元で何かが蠢いているのを見た。草に隠れて全容は分からなかったがフレディはそれがハッターを手だと確信した。

恐らくハッターは地面に身を潜め、ジェイクが上を通りかかる瞬間を狙い、瞬時に靴を脱がし、その中に汚物を入れたのだ。

そしてそれに同様して倒れる瞬間に尻が落ちてくる場所にまたも汚物を設置したのだ。

長い草が生い茂っていなければ、直ぐにバレただろう。

「ていうか、ハッターも臭いよ、手、ついてるじゃん。そもそも何処から持ってきたの?」

見れば、ハッターの手は茶色の汚れが至る所にこびり付いていた。

「街を移動してたラ、所々に落ちテたんデ、これハ使えルと思っテ、保管したッス」

「人間なら、絶対に出来なかっただろうね」

普通の人間は汚い物には触れたくないものだ。しかしハッターは何の躊躇もなくそれを掴むことが出来た。ロボットならではのイタズラと言えるだろう。

しかし、あのジェイクにはフレディも少し同情してしまった。

体中を汚物だらけにされたのだ、しかも人前で。プライドの高いジェイクには相当な仕打ちだ。この出来事はジェイクにとっては文字通り人生の汚点と言えるだろう。

ま、自業自得かっとフレディは思うことにしておいた。

「そうだ!子犬!!」

フレディは慌てて、子犬の籠を手に取り、子犬を外へだした。

子犬は、吠えたりせず、ただぐったりと萎れていた。明らかに、弱っていた。

フレディは鞄の中からドックフードを取り出し子犬に食べさせようとしたが、子犬は一切口にしようとしなかった。

「病院、病院に連れて行かなきゃ!」

フレディは子犬を抱えて走り出した。

6―飼い主を探して

フレディがハッターと共にジェイクにイタズラを仕掛け、一矢報いた日から三日経った。

あの後フレディは弱った子犬を動物病院へと連れて行った。

その際、料金等諸々の問題から父であるマイクの協力が必要になり、ハッターのことも含めて一連の出来事をマイクに話せざるを得なかった。

ハッターを自身で修理したと言ったらマイクは大変驚いた様子だった。

「そうか、お前ももうそういうことが出来る年なのか」

マイクはフレディが修理したハッターをまじまじと見てそう言っていた。

ハッターでイタズラを行った件については、それは相手が悪かったということで、マイクは特に責めるようなことはしなかった。それどころか「スッキリしたろ?」とか言って清々しく笑い飛ばしていた。フレディにはそれが意外だった。

父マイクはそういう喧嘩だの揉め事だのそういったことに関しては、もっとキッチリした人間だと思っていた。喧嘩両成敗の如くどんな理由であれ、こっちも手を出したのなら謝るべきだ、と言うとフレディ思っていたのだが、予想外である。

さらに、マイクはハッターに関してやけに理解が早かった。まるで元々ハッターのことを知っているかのようにフレディは感じた。

フレディはその時、ハッターの修理を拒んだ理由を聞こうかとも思ったが止めた。あの時ハッターを見たマイクの汗だくの表情を思い出すと言い出せなかった。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

しかし、今回は別段、ハッターを見てマイクが冷や汗を掻くこともなかった。

修理して正常に作動する物を持ってきたので、もっと嫌そうな顔をするかとも思ったのだが。フレディは父のことが少し良く分からなくなって来た。

しかしそれよりも重要なことがある。子犬のことだ。

フレディは診察料をマイクに払ってもらった変わりに、ちゃんと飼い主を見つけることを約束させられた。

今ペットの飼い主が中々見つからないという現状はマイクもフレディは重々承知ではあるが、このまま放置していたのなら、また今回のように面倒事になりかねない。

「一度決めたのなら、自分の我がままではなく、その子の為に全力を尽くしなさい」とマイクは言った。

フレディは首を縦に振るしかなかった。

今、この子犬に辛い思いをさせたのは、自分が我がままだったからだと暗にそう言われたようなものだ。

自分が勝手に飼い主なんて見つからないと決めつけて、ろくに飼い主も探さず、自分勝手な我がままだけでこの子犬と接してきたのだろうと。

否定出来ない、現にこの子犬を辛い目に遭わせた。

全部自分の我がまま……。



「それ、私も我がままだったって言いたいわけ?」

「え?いや、そんなことないけど……」

ラナが不機嫌に突っ込んだのでフレディは大慌てで手と首をブンブンと横に振った。

フレディとラナは大通りの人通りの中に紛れて、歩きながら話をしていた。横にはハッターもピョンピョンと飛び跳ねながら付いて来ている。

この時代でロボットを連れ歩くこと等、誰もがしていることだ。例えそれが一見珍しいロボットであっても、町行く人々は特に気に留めはしない。

「動物を身勝手な事情で捨てたり、挙句の果てに殺したりする大人は我がままじゃないっていうのかしらね」

それはフレディにとって同感ではあるのだが、信頼する父の言葉に恐らくフレディにとって一番近しい女の子であるラナが真っ向から反論するので、なんとも言えない居心地の悪い気分に見舞われた。ここにマイクがいなくて良かったとフレディ思う。いたら多分逃げ出していたろう。

「で、フレディちゃんはどう思うわけ?」

「え?何が?」

「フレディちゃんはこの子犬の飼い主が見つからない踏んで、隠れて世話してたんでしょう。それって我がまま?自分でそう納得したの?」

ラナに迫られ、フレディは俯いて黙ってしまった。答えが出て来ないのだ。

「はっきりしなよ。全部大人の言うことが正しいなんて、そんなわけないんだから。馬鹿みたいな大人なんていっぱいいるのよ」

ラナは口を尖らせて、むっとした表情で、フレディが答えを出すのを急かした。

「それは、分かってるよ……でもパパは馬鹿じゃないよ」

フレディが真っ先に出た言葉は父、マイクの名誉を庇うものであった。

マイクはフレディが今生きている大人の中で唯一信頼する人物だ。父がいかに心の広い人か、それをラナにも分かって欲しい。

「僕は、パパの言うことも正しいと思うんだ。僕が勝手に高を括って諦めていたのは事実だし、だかれってラナが間違ってるわけじゃないんだけど……」

フレディは覚束ない口調で恐る恐る言葉を口から出していくが、結論が見えていない。

なので、それ以上の言葉が見つからず「えっと……」っと三回続けた後にラナが遂に痺れを切らして怒鳴った。

「あっきれた!フレディちゃんってこんなところでも逃げてばっかなのね」

その言葉がフレディの胸に突き刺さる。フレディはまた俯いた。

「私はどっちが正しいなんて訊いてないのよ。フレディちゃんがどう思っているのか聞いているのよ。二択じゃないんだから、馬鹿みたい」

プイっとラナはそう言ってそっぽ向いてしまった。

そうは言ったって、自分の考えなんて分からないよとフレディは心の中で嘆いた。

どうしてラナはこんなスラスラとハキハキと自分の意見を言えるのだろうか?例え正論でも反論すれば、突っかかって来る人だっているのに、怖くはないのだろうか?

ラナのそんなところにフレディは憧れているのであるが、彼女と対等になるにはまだまだ時間が掛かるように思えた。

「あらラ、ご主人、完全にノックダウンッスカー?もっとガツンと言っちゃっテくださイヨー」

ハッターが煽るように言ってきたのでフレディは余計なこと言うなとハッターを睨んだ。

当然ラナにも聞こえていたようで、ラナもハッターの方を睨んだ。

「そのロボットの人を舐めたような態度、なんとかならないの?」

どうやらハッターの喋り方に相当イラついているようだ。

「まぁ、イタズラロボットだからね。そりゃ、人を嘗めてかからなきゃ、イタズラなんて出来ないよ」

そういうロボットだからそういう性格にもなるよ、とフレディは笑って続けた。

「ソウ言うことッスー」とハッターは調子に乗った口調で言った。

「ロボットに性格って変な話ね」とラナは呆れながらも、不思議そうにハッターを見た。


フレディ達は暫く歩き通し、大通りを抜けて、人通りの少ない住宅地へと入った。その道の脇に設置された掲示板を見つけると立ち止まった。

「ここだよ、僕が知る限り張り紙式の掲示板はこの町じゃここだけだよ」

フレディが子犬の飼い主を見つける為に講じた案はまずオーソドックスに張り紙作戦だ。

しかしながら、あらゆる物が電子化するこの時代で、掲示板なんてものは電光掲示板しか見かけないものだ。

フレディは最初は掲示板でなくとも、町の塀や壁にでも貼り付ければ良いではないかと思っていたのだが、ラナ曰くそれをしてしまうと罰金らしい。つまり軽犯罪ということだ。

最近は法律が多すぎて、面倒だなとつくづく思う。自分達のような子供が何も知らずにうっかり法律を犯してしまうなんてことが有り得る世の中だ。

もしそうなった場合、その責任は全て親に圧し掛かるので、気をつけねばならない。

では、電光掲示板に子犬の広告を載せてもらえないのかとフレディは提案した。

ラナは顔を顰めて「出来るには出来るけど、お金いるわよ?」と無知なフレディに説明した。

お金に関して、これ以上マイクに迷惑を掛けられないフレディは泣く泣く断念した。

そして、最終的にこの茶色く錆びたレトロな雰囲気を醸し出すこのたった一つの掲示板に頼る他なかった。

掲示板に既に張られている張り紙は一枚、「車に気をつけよう」という内容の張り紙だけだ。

そのたった一枚の張り紙でさえボロボロで、長らく、この掲示板は使われていないことが分かる。

「ここらへん、本当に人住んでるの?」

ラナは怪訝そうな面持ちで周りを見渡した。

一軒家は辺りに点々と建っているのだが、周囲に人の姿は見当たらない。草だけ生い茂る空き地や明らかに人の住む気配のない家もある。

「まぁ、ここらへん、年々人が居なくなってるみたいでさ、今住んでるのは、おじいちゃんおばあちゃんが大半だね」

そう言ってフレディが苦笑いを浮かべるとラナも続いて苦笑いして、その後二人同時に肩を落として溜息を吐いた。

「なぁハッター、お前の力でなんとか出来ないのか?」

フレディは微かな希望を求めて、ハッターに訊いてみた。

「ハァ、飼い主ノ探し方なんテ、私ニハ思いつきそうニモないッスネー」

いつもの調子であっけらかんと答えた。

「イタズラは、あんなにポンポン思いつくのに、何でこういう時はダメなんだよ」

「サァ?システムがそうなってルンじゃないッスカー?」

「ロボットなのにはっきりしない奴だなぁ」

やっぱり修理の仕方間違えたかとフレディは疑った。

「ロボットは与えられた役割しかこなせないのよ。そのハッターってロボがイタズラロボなら、イタズラしか出来ないんでしょ」

ラナはキッパリ言った。

「そんなもんなのか……」

「そうよ」

「そうなんッスカー?」

「自分のことでしょ、何で分からないのよ」

ラナが片眉を上げて呆れるように言うと、ハッターはただ首を傾げるだけだった。

「私ハただご主人の為ニ、イタズラをすル。その為ニ作られタってのハ理解してルんスけど、それ以外ガ出来なイってのハ、考えたコトないっスネー。そもそも私ガ起動しタのハついこの間のコトなんッスヨー?」

「随分と適当に作られたロボットなのね、開発者の顔が見てみたいわ。一体誰なのかしら、こんな変チクリンなロボットを作ったのは」

それはDr.ホービーという人らしいと喉まで出かけたが、その変チクリンな理由がフレディの修理に問題があるかもしれないという疑惑がある以上、迂闊に名前を出して、その人が笑い者にされては迷惑だろうと思い、フレディは黙っておくことにした。

ハッターも「誰なんッスカネー?」と両手の平を上に向けて、さっぱりといった態度だ。

取り敢えず、フレディは鞄から一枚の「子犬の飼い主探してます」と書かれた張り紙を取り出し、それを掲示板に貼り付けた。

どうもインパクトのない張り紙だなと、フレディは自分で書いておいて、そう思った。

「さて、それよりもフレディちゃん、次の作戦は考えてあるのかしら?」

予期せぬ質問にフレディは「え?」っと間抜けな声を漏らした。

「まさか、こんな寂れた場所に張り紙一つ張ったくらいで、飼い主が見つかるとでも思ってるわけ?」

ラナが目を吊り上げて、フレディを指で差して、問題を起こした生徒を叱る教師のように詰め寄った。フレディはその勢いにおじけて、一歩下がった。

「そんなこと言ったって、これの他に掲示板なんて無いし、他の方法なんて分かんないし……」

弱弱しい声で必死に言い訳を探して、口にしようとするフレディだが、ラナの顔色は一向に怒りを表したままだった。

目が合わせられず、自然と下を向く。すると言い訳も尽きて「えっと……」やら「その……」といった言葉した出てこなくなった。

「しゃきっとしなさい!!」

大声でしかも目の前で叱責されて、フレディはビクっと飛び上がった。知らず知らず涙目になる。

同い年の女の子にこれほど責められるなんて、なんと情けないことか。

それを見ると、ラナは額に手を当てて、首を左右に振って残念そうな顔した。

「どうして、男の子なのに、こんなに気が小さいのかしらね」

「うるさいな……」とフレディは小声で言い返した。ラナは全くに気に留めていないご様子だ。

「もぉいいわ、フレディちゃんに任せたままじゃ、いつまで経っても進まないわ」

「ラナは、何か考えがあるの?」

「当然よ、フレディちゃんとは違って、私成績優秀だもの。将来の大統領だもの」

ラナは自信たっぷりににそう言った。

「さぁ、フレディちゃん。学校に行くわよ」

「え?なんで?放課後なのに学校なんて」

まさか、馬鹿な自分に無理やり勉強をさせようとかいう魂胆ではないだろうなとフレディは冷や汗を流した。

無理やり勉強なんて、絶対嫌だぞ。

「馬鹿ね、掲示板以外で、張り紙の許可が下りそうな場所って考えたら一つしかないじゃない」

「あ」とフレディは納得の声を出した。

そうだ、張り紙と言えば掲示板としか思い浮かばなかったが、なるほど、掲示板以外で張り紙が出来る場所を考えていなかった。フレディは感心した。

学校なら自分にはそこの生徒という関係性があるから、ある程度融通が利くだろう。

それに、学校なら、人も多い。これは盲点だった。

「さぁ、行くわよ、お馬鹿なフレディちゃん」ラナは茶化すように言いながら、踵を返し、歩き出した。

馬鹿馬鹿煩いなと心の中で苦情を言いながらも、ラナがいて良かったとも思ってしまうフレディであった。

でもいつまでもラナに頼ってばかりじゃ、いつか、そっぽを向かれてしまうと焦る気持ちも湧き出てきた。

そんな複雑な気持ちは全部溜息に入れて吐き出し、フレディはラナの後に付いて行った。

今はまだ、大丈夫だよねと、心に念を押して。

7―懲りない奴

フレディとラナは二人が通う小学校の玄関前までやって来た。

校舎は周辺地区の中でも随一の規模で、オレンジのレンガがベース五階建てで頂上部にはこの学校のトレードマークとなる鳩時計がある。

今日は休日の為スクールバスは運行していなかったので歩いてやって来た。

バスを使わなければ結構な距離を歩かされる為、ラナはもうヘトヘトの様子だった。

一方のフレディは帰りは大体歩きで帰っているので、長い距離を歩くことに慣れている。

「足疲れた~、もう歩きたくない~」と悲鳴を上げるラナの横でフレディはラナより上回っている部分があることにほんの少し優越感に浸った。

男の子だから体力的に上なのは当たり前ではあるが、ラナには散々「だらしない」と罵られ続けているので、見返してやった気分だ。

フレディは鼻で「ふふん」と言ってやった。

当然ラナに睨まれたので即座に謝った。

「アララご主人、気持ちガ弱イっすネー」

ハッターがおちょくって来るので、フレディは「うるさいな」と口を尖らせた。

「でさ、今日休日だけど、先生って誰か学校にいるのかな」

本日は休日で学校はないが、学校のグラウンドが開放されているので、休日でも学校を訪れる生徒はいるが、職員が来ているかどうかはフレディには分からなかった。

フレディは休日に学校に来たことがない。これはラナも同じだ。

「そりゃあ、誰か怪我したりしたらいけないから一人ぐらいはいるでしょ」

ラナも実際休日に会ったことがないので確証は持てない様子だ。

「取り敢えずさ、入ろうか」

フレディの言葉にラナは頷き、二人は自動ドアを潜って校舎の中へと入った。ハッターは二人に続いた。

校舎の中は見慣れたものだが、人気のない廊下というのは寂しいものだ。

窓から見える教室のは、生徒が丹精こめて作成した絵や文章が壁一面にギッシリ貼り付けられている。

フレディは芸術性というものが一切ないので自分の作品が張り出され、人に見られると、自分の作品を笑われているようで恥ずかしい気持ちになる。特に作文。

前回の自分の夢についても適当に、幸せな生活を送るといったようなことをつらつらと書いた。

フレディは自分でも内容をあまり覚えていない。

夢なんて、今考えるべきことなのかな? まだ十歳なのに。もっと大人になってからでもいいじゃないか。フレディはそう心の中でぼやいた。

そんなことを考えながら、廊下を歩いていると職員室に辿り着いた。

フレディは職員室を訪れることなどあまりなく、緊張して扉を開けることを少し躊躇ったが、ラナはそんなフレディなど放って置いてそそくさと中に入っていった。

フレディも慌てて後から続いた。ハッターには扉の前で待つよう指示を出した。

「了解ッスー」とハッターは素直に従った。

職員室に入ると既に見知らぬ三人の生徒が先生と話していた。見たところ下級生のようだ。

職員室にいるのはその先生一人だけで、その先生もフレディのあまり知らない女性の中年ぐらいの先生だった。

フレディとラナは先に入った三人の生徒の話が終わるまで、後ろで待つことにした。

「そういう訳だから、ね? みんなで仲良く使いましょうよ。先生が三人も入れてあげるように言ってあげるから」

先生が三人の生徒に向かって言った。

「だから、僕らは僕らで遊びたいんだって」と三人の内の一人が反論した。

「何の話かな? 揉めてるみたいだけど」

後ろで順番を待つフレディは前の生徒達の話が気になった。

「多分、ジェイクよ」とラナが怪訝そうに言った。

「ジェイク? 何であいつが出て来るのさ」

嫌な名前を思い出して、フレディも苦い顔になった。

「あいつが、いつも学校のグラウンド占領してるの知ってるでしょ?」

「あぁ、そういうことか」

ジェイクは親の立場を利用してはあれやこれやと他の生徒の楽しみを奪うような輩である。

その悪行の中で一番有名なのが、開放されたグラウンドの占領である。

フレディが子犬と遊んでいるときに公園に現れたのは、その日は芝生の整備で使えなかったからだろう。

普段は一味を連れて、先に遊ぶ生徒達を退かして、広いグラウンドを占領して遊ぶのだ。

グラウンドで遊びたければ、ジェイクの仲間になるしかないが、悪名高きジェイクの仲間になどなりたくないという生徒が殆どだろう。もちろんフレディもジェイクの仲間になるのは御免だ。

おそらく、この三人の生徒はジェイクにグラウンドを追い払われて、先生に相談しに来たという訳なのだろう。

あいつ、全然懲りてないな。フレディはそう思った。

「ここから、グラウンド見えるんじゃない?」

ラナは先生が話しているデスクよりも奥の窓に向かって歩き出した。

先生の許可なしに職員室をウロウロして良いのかとフレディは心配したが、先生は特に気にしていなかったので、ラナに続いて窓に向かった。

「やっぱり、あいつだわ」

窓の外を覗き、ラナは呆れたように言った。

フレディも確認した。職員室は二階にあってそこからでもジェイクの赤い髪が目立つので容易に視認することが出来た。

「フレディちゃん、確かあのロボットであいつに大恥掻かせたのよね?」

「うん、もうちょっとショック受けてるかと思ったんだけどね……」

グラウンドから見たジェイクはいつも通りリーダー気取りで楽しんでいるご様子だ。

フレディは糞塗れジェイクみたいな通り名が流行して、ジェイクが他人から避けられ孤立していくような展開を期待していたのだが、仲間達との関係に変化は見られない。

フレディは深く溜め息を吐いた。

後ろの話し合いに目をやると、先生の意見は変わらず、ジェイクの仲間に入れてもらえばいいじゃないかというものだった。

「みんなで仲良くしましょ、ね?」と先生はしきりに繰り返した。

「あぁ言う分からず屋の人ってムカつくわよね」

ラナが先生に聞こえないように小声で言った。

「これから相談しようって相手に向かって……」

フレディは顔を引きつらせた。

「フレディちゃんだってそう思うでしょ? 何であんな鶏頭の性悪ボンボンなんかと一緒に遊ばなきゃならないのよって」

「僕だってそりゃ嫌だよ。でも、相手はメタルドリームカンパニーの社長の息子なんだよ。下手なこと出来ないって」

今、社会に出回っているロボットの殆どはロボット会社、メタルドリームが販売元になっている。

ロボットに頼りきりの現代人にとってメタルドリームを敵に回すということはとてつもないリスクになるのだ。

「だから、そんなものに怖気づいてる大人がムカつくのよ」

ラナは不機嫌になるばかりだ。

「…………」

フレディは何も言えなかった。

そうこう話している内に三人の生徒は諦めて、帰って行った。

三人共に納得できないといった表情だった。

「お待たせして御免なさい、君達はなにか用かしら?」

先生がこちらを振り向いて、二人に訊いた。

「ちょっとご相談があって、学校の廊下に張り紙を張りたいのですが」

ラナがぶっきらぼうに告げた。さっきのことでちょっと怒っているご様子だ。

「何の張り紙かしら?」

先生はラナの態度を特に気にする様子はなく笑顔だ。

「えっと……子犬の飼い主を探してて……」

フレディはラナに比べて弱々しい口調だ。

「あぁ、そういうことね。そんなことなら簡単に許可がおりるでしょうから、私が校長に言っておいてあげるわね」

あっさり話がついてフレディは胸を撫で下ろした。

張り紙は先生が貼ってくれるということで、飼い主募集の張り紙の何枚かを先生に手渡した。

「先生、どうして嫌いな奴と仲良くしなきゃダメなんですか?」

紙を渡すときに突然ラナが告げた。

「ちょっとラナ……!」

フレディが止めようとしたが、素直に止めるラナではない。

「嫌いな奴が一緒にいたら楽しくなくなるに決まってるのに、どうしてそんなことを強要するんですか」

ラナの口調は更に強くなる。

先生は言われてキョトンとした。ラナが何に怒っているのか分からない様子だ。

「えっと何の話かしら?」

「さっき、私達の前に話してた子達の話です。ジェイクが他の子達は追い払ってグラウンド占領してるの知ってるでしょ」

「あぁ……でもグラウンドはみんなで使うものだから、ジェイク君達と一緒に遊べば……」

「それが嫌だから相談しに来たのに、先生は酷いと思います」

フレディはあわわと手で口を押さえて、冷や汗をかいた。気弱なフレディにはもうスイッチの入ったラナを止めるのは不可能だ。

「あのねぇ、そうやっていつまでも相容れないままじゃ先生良くないと思うの」

先生はあくまでも笑顔で言った。

「何故ですか?」

「お互いの顔を見てムカツクー! なんてことが学校で何度もあったら学校生活楽しくないくなっちゃうでしょ? だからそうならないように早めに仲良くなって学校生活を楽しくしようじゃないの」

「あんなの同じになれって言うんですか?」

「あんなのって……」

先生が言葉に詰まると暫く無言の間が続いた。

「ラ、ラ、ラナ……」

フレディは怖くてはっきりと声が出ない。

「……いえ、すいませんでした」

ラナにしては珍しく先に謝った。

「張り紙の件、お願い出来ますか?」

「えぇ、いいのよいいのよ、任せなさい」

先生は機嫌を損ねることなく、優しい笑顔で言った。

「では、失礼しました」

そう言ってラナは職員室を後にした。フレディも慌てて後に続いた。

職員室の扉を閉めた途端、フレディは深く息を吐いた。職員室にいる間は心臓を爆発しそうな思いだった。

しかし、これで一先ずは一件落着だ。フレディがそう安心しかけていたが。

「ハッター」

その名を呼んだのはフレディではなくラナだった。

「ハイ?」

扉の前で待っていたハッターが返事をした。

「お仕事、やってもらうわよ。あの先生、痛い目に合わせてやる」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってよ」

フレディが慌てて言った。

「なんで先生!? 悪いのは全部ジェイクじゃないか!」

「ああいう大人がいるからあいつは付け上がってくるのよ。ちょっと痛い目に合わせないと気が済まないわ」

ラナにハッターのこと言うんじゃなかった。頭を抱えてフレディは後悔した。

「まァ、イタズラと言うなラ、私ハいつでモオッケースけド。どうしまスカご主人?」

ハッターはやる気のようだが、ご主人であるフレディの許可がないとイタズラは実行出来ない。

「そんなのダメに決まっ」

「フレディちゃん」

背筋の凍るような笑顔でラナは言った。「分かってるわよね」と。

「……はい」

気弱なフレディにはそう言うしか選択肢はなかった。

8―友達

「ワタシがチャチャっとヤッテきまスからご主人は外デお待チくださイまセ」

ハッターがそう言うので、フレディとラナはハッターを残して校舎の外で待つことにした。

「あの子ってイタズラロボットって言うけど、優秀なの?」

ラナはフレディが実際にイタズラをしたところを見たことがない。指示もなしにハッターだけでイタズラ出来るのか疑問に思っている様子である。

「うん、普段は何か変な奴だけど、イタズラに関してはズバ抜けてるって言うか容赦がないって言うか」

「ジェイクにはどんなイタズラをしたのか聞いてなかったわね、そう言えば」

フレディはラナにはジェイクを懲らしめてやったとしか話しておらず、イタズラの内容は教えていない。何せ汚い内容なもので女の子には話しにくい。

「あぁ……うん……えっと」

フレディは言葉を濁す。

「何よ、ハッキリ言いなさいよ」

モジモジとして話そうとしないフレディを見かねてラナが痺れを切らした。

「ええっと……糞塗れにしてやったんだ」

「……………………」

ラナは黙ってしまった。ラナは言ううこと厳しいし、男勝りなところがあるが、根は上品な女の子だ。そんな子の前で糞だの何だの汚いことを言えば黙ってしまうのも当然である。

だから言わなかったのにとフレディは思った。

暫く無言の間が続いたが、校舎の玄関扉が開く音がその間を切り裂いた。

「イヤー、なかなカの傑作が出来上がッタスヨー」

玄関から出て来たのはハッターだった。特に変わった様子はなくいつも通り。イタズラには成功したようだが。

「傑作って?」

ハッターのその言葉にフレディーは引っ掛かった。「傑作」なんて、まるで美術作品を作ってきたみたいな言い方だったからだ。

「いやいヤ、我ながラワタシの美的センスにハ脱帽っすヨ」

「ちょっとあんた、真面目にイタズラして来たわけ?」

ラナも疑いの目でハッターを見る。ラナはハッターのことをあまり信用していない。

「当然ッスヨー。ワタシはそれだけしカ出来ませんカラネ。多分もう少シで出て来ますヨ、チョット隠れテましょうヨ」

ハッターが自信満々に言うので、フレディとラナとハッターは玄関横の木の陰に隠れることにした。

「一体何をしたんだよハッター」とフレディが尋ねた。

「それハ見てからノお楽しミっスヨー」とハッターは楽しそうに返す。

暫くして、玄関扉が再び開いた。中から出て来たのは職員室にいた先生だが、フレディもラナも彼女の姿を見て目を丸くした。

なんじゃありゃ、とフレディは心の中でリアクションした。

先生の髪型が今まで見たことのないような奇抜なことになっているではないか。髪色は真っ青に染まっていて、その髪の毛をグルグル巻きにしたドリルのような角のような、まるで街の中心とかにある、現代アートとか言ってよく分からない形をしているオブジェみたいだとフレディは思った。

職員室で見たときは普通の髪型だったのに、外に出ている間に何があったのだとフレディは思った。

しかも、あの先生、気付いていない。何食わぬ顔で歩いていく。

あの髪型は決して先生自身がしたことではないだろう。ハッターの仕業だ。

先生はその現代アート風なヘアスタイルのまま歩いていき、見えなくなってしまった。恐らくこの後数々の待ち行く人の目を奪うことになるだろう。

フレディ達は木の陰から出て来て、先生が歩いていった道をじっと眺めた。

「あれ、この子がやったの?」

ラナは半笑いだった。信じられないといった表情でもあるようだ。

「そうッスヨー。まさにアートじゃナいッスカー?」

傑作とはこういうことだったのかとフレディは納得した。

「あれ、どうやったのさ? 先生は気付いてなかったみたいだけど」

「簡単っスヨー。あの人の後ろニ周り込んデ、スパパパパっとヘアチェンジしタだけっスヨ」

スパパパパとは多分素早く、一瞬でってことだろうとフレディは自己解釈する。

「それで気付かれないものなの?」とラナ。

「イタズラとハ、自分がやっタってバレないことに意味ガありまスからネー。その変、ワタシはプロフェッショナルでスかラ。あの人モ眠そうでしたシ」

ハッターは軽い調子で簡単そうに言うが、バレないで人の髪型をあんな大胆に変えるなんてのは決して簡単なことじゃない。少なくても人間業では無理だろうし、そんじょそこらのロボットでも恐らく無理だ。

ハッターはイタズラに関しては恐ろしく優秀なロボットだとフレディは改めて関心した。

そしてラナも今回の件でハッターを認めざる得ないだろう。

「あんたやるわね。ただの変チクリンなロボットだとしか思ってなかったけど、凄い」

ラナも素直に感心しているし、気に食わない教師があんなことになってご満悦のようである。

フレディはこれで良かったのかなぁとちょっと不安だった。

「あれって、元に戻るんだよね……」

フレディが恐る恐る尋ねる。戻らなかったらさすがにちょっと可哀想だ。

「大丈夫ッスヨ。シャワーでも浴びれバ色も形も元通りッスヨ」

「なら安心だ」

フレディは胸を撫で下ろす。

「あの先生には今日一日中、笑いの的になってもらおうかしら」

ラナは楽しそうに笑う。

ラナが大統領になったら、どんな社会になってしまうのだろうかとフレディは今から心配になった。



その日は張り紙を張る場所もこれ以上思いつかず、フレディ達は引き上げることとなった。

フレディは自分の部屋のベットで寝ようと思ったが、これから先のことを考えてなかなか眠れずにいた。

子犬の飼い主がもし見つからなかったら、どうなるんだろう。あの子犬は処分されてしまうのだろうか。

こういうことを考え出すと、フレディはなかなか眠れない。

大抵答えが出ないまま悶々として落ち着かないのが原因だ。フレディはこういうときは楽しいことを考えて気を紛らわすことにしている。

「ねぇハッター」

「あれマ、起きてたンスカー?」

幸いにも今日は眠れるまでの話し相手がいる。

「うん、眠れないんだ」

「それハそれハ。デ、何の御用デ?」

「いや、君って凄いよなーって話をしたかったんだ。何でも出来るよね? イタズラとかじゃなくても役に立てそうなのにね」

「いやはヤ、それガ、イタズラするときジャないとポンコツも同然ッスヨ」

「それは、そうプログラムされてるから?」

「そうなンじゃないッスカ? ワタシはなんとなク自分はイタズラしカ出来なイロボットなんダ~って認識していまスけド」

相変わらず、ロボットの癖に適当な奴だとフレディは呆れる。普通ロボットというものはきっちりとしたものだ。

でもそれが、人間と話しているみたいで、フレディにとっては安心するのだ。

「子守唄とか歌えないの?」

「ご主人ガ寝てるときニ、大音量で歌っテ脅かすイタズラなラ出来まスヨ」

「大音量は近所迷惑だからやめてほしいな……」

ハッターのスペックなら子守唄を歌うことなんて造作もないのに、本当にイタズラだと思わないと何も出来ないようだ。

ロボットって面倒だとフレディは思う。

「じゃあさ、僕の友達になることは出来る?」

突然フレディはそんなことを言い出した。

「友達?」とハッターは首を傾げる。

「うん、実は僕って友達少ないんだ。だからハッターがなってくれたら僕は嬉しい」

フレディは気弱な性格の為に、なかなか人の輪に自分から入っていくことが出来ない。人間相手だったなら、友達になろうなんて恥ずかしくて言えないのだ。しかしロボット相手だとすんなりと言えた。

実際のところ、ロボットに友達になろうなんて言う方が恥ずかしいことだ。ロボットは人間のような心は持ち合わせていない。友達とはなんなのかを言葉の意味では理解出来ても、それを行動に表すと、何処か変になる。

だから、ロボット相手にこんなことを言うのは可笑しいことなのだとフレディも理解しているが、どうしても言いたくなったのだ。

ハッターはロボットの癖に適当で、だからこそ人間みたいで面白いと思ったから。こんな友達がほしいなと思ったから。

「友達っテ何するんスカ?」

「何もしなくていいよ。ただ毎日僕の話を聞いてくれるだけでいい。それなら簡単だろ?」

「それは余裕ッスネ」

「じゃあ決まりだね」

それから暫くフレディとハッターは他愛もないことを話し合った。

そうしている内にフレディは眠りについていた。

9―やっぱり気弱なフレディ

今朝、学校に到着するとフレディはさっそく会ってはいけない人と出くわしてしまった。

「うげ……」

「あら……あなた昨日の……おはようございます」

「お、おはようございます」

昨日、ハッターにイタズラで凄まじい髪型に変えられた先生だ。今はもう元の髪型にもどっているがどことなく顔色が悪い。

フレディは先生のげんなりした顔を見て謝るべきかと悩んだが、そんなことをすればラナが「何勝手なことしてんのよ」と怒りそうなので、ここは控えておくことにした。

幸いにも、先生はそんなフレディのオドオドした様子にも気付かずに、フレディの横を通り抜けて廊下を歩いていった。

「ふぅ……ビックリしたぁ」とフレディは胸を撫で下ろす。

前回のイタズラはフレディの意志ではなくラナの意思なので、フレディにはかなりの罪悪感があるのだ。ジェイクのときには物凄くスッキリした気分だったのに。複雑な気持ちだ。

とかなんとか考えてたら、またしても顔を合わせたくない人物と出くわすこととなった。

前方から、廊下の真ん中をさもワタシはこの学校で一番偉いですよす言いたげに、堂々と歩いて威張る赤い髪の上級生の姿が、フレディの前に立ちはだかった。

ジェイクだ。

険悪な顔で背の低いフレディを見下ろしてくる。

「な……なんだよ」フレディはあくまで攻撃的姿勢で言った。

こいつ、この前糞塗れにされたのに、よくも辱めもなく僕の前に現れたな、とフレディは心の中でジェイクをあざ笑う。

「お前、ちょっとこっちきやがれ」

ジェイクはフレディの胸ぐらを掴んで無理やり引っ張った。

「な、なんだよ」

「来いっつってんだよ!!」

ジェイクはフレディの額めがけて頭突きを放つ。その頭突をまともに受けてフレディは抵抗する気がなくなってしまった。

今はラナもハッターもいない。今この状況はフレディ一人で乗り切らなくてはならない。

(こいつ……糞塗れにしてやったのに……)

あくまで糞塗れにしたのはハッター。しかもその首謀者がフレディだということをジェイクは知らない。知らないからこそのイタズラなのだ。

面と向かってジェイクに立ち向かう勇気などフレディにはありはしない。

フレディはジェイクに引っ張られて、無理やり歩かされた。


ジェイクに連れて行かれたのは、校舎の裏口付近の茂みだ。人の目に付かない場所にフレディは連れてこられたのだ。

ジェイクは掴んでいたフレディの服をフレディごと放り投げるようにして手放した。フレディはその勢いでバランスを崩し、地べたに尻を付いた。

「おい、お前、この前のこと誰にも言ってねぇだろうな」

この前のこととは、恐らく、ハッターが仕掛けたイタズラにジェイクが恥を掻いた事件のことだろう。本人は何が何だか分からなかった様子だったが。

「言ってないけど……」

フレディの声には覇気がない。弱気なフレディは今確かにジェイクの弱みを握っているはずなのだが、それでも強気に出ることが出来ない。

「だったら、分かってるよな。それを言いふらしたときにはお前の人生がどうなるか」

「人生って、どういうことだよ……」

「分かってんのか? 俺が本気になればお前をこの学校から追い出すことだって出来るんだぜ」

ジェイクは完全に脅しにきている。フレディにも対抗する脅し文句は持っているはずだが、気弱なフレディは、それ以上の脅しをけしかけられると、あっというまに優位を取られてしまう。

相手がフレディではなくラナだったなら、「あら、私は別に構わないわ。汚物塗れのジェイクってみんなから密かにクスクス笑われるのに比べたらね」と強気の姿勢を崩さないだろう。しかしフレディにそんな度胸はありはしない。

「分かった……言わないよ」

フレディは渋々了承した。ジェイクに痛い思いをさせられないのは残念だが、こちらも弱みを握っているから、これ以上関わってこないだろうとフレディは安心し切っていたのだが、それは実に甘い考えだった。

「だったら今日からお前は俺の奴隷だ」

「えぇ!?」

自分の弱みを握られていると理解していながら、この強気な姿勢。フレディは全く予想していなかった。

ジェイクは見抜いているのだ。フレディは自分を犠牲にしてまで嫌がらせが出来る人物ではないことに。

これを見極められてはフレディはもうお手上げ。

「そんな……そんなの」

「あぁ!? なんか文句あんのか? はっきり言え!!」

ジェイクの態度が怖い、暴力が怖い、学校から追い出されるのも嫌だ。フレディは完全にジェイクに呑まれてしまった。

「ない……です」

なんとも情けない。ラナが見たら怒ってフレディの頭にタンコブができるだろう。

「だったら最初の命令だ。あの女の鞄でも何処でもこいつを忍ばせて来い」

あの女とはラナのことだろう。ジェイクはポッケットからケースを取り出して、フレディに投げた。

「なにこれ?」

フレディは投げつけられたケースの中身を恐る恐る開いて確認する。

「うわぁ!?」

フレディは中身を見て思わず、ケースを手放した。地面に投げ出されたケースの中から黒いものが飛び出した。

「ゴキブリ!?」

そう、中から出てきたのはゴキブリだ。ケースから飛び出したゴキブリは動こうとはしないが、何度も羽を羽ばたかせている。

「そうびびんなよ、ただのロボットだ。特別に作ってもらった。」

どうみても本物と見分けがつかない。精巧に作られたロボットだ。

「こ、これをラナに?」

「あぁ、こいつは一度ターゲットした相手をエネルギーが切れるまで追い回すんだ。こいつであの女を追い回して恥かかせてやる」

ジェイクはどうしてもラナに仕返しがしたいらしい。

「で、でも……」

ラナにそんなことをすればフレディがボコボコにされるであろう。容易に首を縦にふる訳にはいかない。

「んだよ、ビビッてんのか? バレないようにやればいいだろう?」

ビビッてるのはお前だろ、なんてフレディには言えない。

「いいか? 分かったな? やれ」

一方的に言い放って、ジェイクは去っていった。ジェイクの中では今のでフレディが了承したものだと思っているのだ。

当然、フレディはそれに逆らうことなど出来ない。

ビックリ!ロボックス

ビックリ!ロボックス

年上だからって無駄に偉そうな奴、あなたの周りにいませんか? そういう奴ってちょっと、おちょくってやりたくなりますよね? そんな時にはこのロボット、「ビックリ!ロボックス」がオススメ! 様々なイタズラの知識を持ち、その時、その場の状況に適したイタズラを、命令するだけで気軽にやっちゃいます。 もちろん、やり過ぎないよう安全面にも配慮してありますとも。 どうです、イタズラのお供にこのビックリ!ロボックスは? 様々なロボットが世の中に溢れ、人々にとって欠かせない存在となった時代。 少年フレディはある奇妙なロボットと出会う。 以前まで小説家になろうで更新していましたが、ここで更新するようにしました。

  • 小説
  • 中編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-06

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. プロローグ
  2. 1―ロボット達
  3. 2―フレディと子犬
  4. 3―出会い
  5. 4―修理
  6. 5―イタズラ開始
  7. 6―飼い主を探して
  8. 7―懲りない奴
  9. 8―友達
  10. 9―やっぱり気弱なフレディ