訪れる明日は絶望(津田葵)
あなたにとって朝の光は明るいですか? それとも暗いですか?
「自分を虐げられるだけ虐げて、引き裂いて、もがき苦しんで、ここからいなくなりたい。溶けてしまいたい」
それが彼女の願いだった。
彼女の心には砂嵐が舞い、確かなものなど何も見えない。心でなんか感じたくない、この痛みを。心に負った傷は体に移す。自分を虐げることは、自分の心を守るため。いつだって彼女の心には視界を遮る砂、金属の不愉快な音だけがあった。心の傷は理解し難いが、自分を虐げることで理解しやすくしていた。彼女の心はそうでもしなければ埋めることは出来なかった。
生と死、正気と狂気、黒と白の間で彼女は揺れた。
「この目さえなければ汚れた世界など見なくてすむ。この耳さえなければ積み木が崩れ落ちていく音など聞かなくてすむ」
常に彼女はそう感じていた。彼女には居心地の良い場所なんて無かった。自分が何故ここにいるのかも分からなかった。彼女は多くをもう知っていた。この世界には信じることが出来るものは存在しないこと、楽になる方法なんかないこと、全てのものが朽ち果てたときに残る物は狂気だけだということ、全てのことには実は正しい答えなどないことも分かっている。分かっている。それでも何も出来ない酷く無力な自分がいる。
窓から差し込む柔らかな光は彼女をそっと包む。時計の針は几帳面に自分の仕事をしている。本棚の本たちは緊張した面持ちで整然と並んでいる。この四角い箱、彼女の部屋は強く、優しく、愛に満ち溢れている気さえした。ここに居れば汚い物など見なくてすむ。狂気、矛盾、愚かさ、嘘、儚さなんてここには無い。誰も認めはしなかった彼女をこの部屋は認めてくれるのだ。自分自身でさえも認められないけれど、この部屋は認めてくれるのだ。
「ここにいていいのよ」と。
彼女は窓を開ける。
「あの空になりたい」
何度も思った。
「あの空になれない」
何度も泣いた。広く深く、何でも包める、あの空をつかもうとした。どんなに努力してもつかめたことはなかった。どんな時も見てきた。いつも見てきた。愛しい声でささやく鳥は、もういない。
時間が通り過ぎ、寂しさが募る時間、彼女はベランダに出た。太陽が昇るのを躊躇って、暗闇が続いていた。星たちは彼女を見た。彼女も星たちを見た。まるで会話をするように。まるで心の傷を癒すように。星たちは迷った足元を照らし、希望を集め、魔法をかけた。夜空の吐息が彼女を宇宙に連れて行く。絡まった日々、涙を流す朝、怯えた時間を忘れさせ、明日に導く。
夜空の漆黒は朝の光と溶け合い、すでに柔らかい色になっていた。彼女を取り巻く世の中は変わらない。彼女の望みも変わらない。けれどもすべてを許す太陽に背を押され、明日へ歩く。
訪れる明日は絶望(津田葵)
あなたにとって朝の光が明るいものでありますように。