飼い慣らされた子供(津田葵)

ここから逃げ出す力がほしい

生きたくない生きたくない生きたくない。
でも逝きたくもない。
そうして何度もやってくる朝と彼女は闘う。
体を蝕む見えない敵と常に痛む重い頭を振り切ることも出来ずに。
「いつだって笑っていなくちゃいけない。いつだって強くなければいけないの」
そう言って笑った彼女の目から涙がつたって落ちていく。
今日も空は青くて泣くのにはふさわしくなかった。
だから代わりに自分を傷つける。
彼女のブラウスの袖には赤い染みが広がっていく。
きっと何度も同じ悪夢を見てきた。
「さようなら」
そう笑って消えてゆく彼女はもう永遠にさようならなんじゃないかと毎日僕を心配させた。
でも彼女は次の日もまた次の日もこの残酷な夢の世界で笑っている。
次の日もまた次の日も空は青くて、次の日もまた次の日も腕は赤く染まって。
逝きたかったら切ったりしない。
切るのは生きたいからだ、と不安な僕を説得し切り続ける。
心でなんか感じたくない。
この痛みを体に写してしまうことができるでしょう、と。
大人という生き物が生み出した闇に抗うことのできない無力な子供。
でも彼女は必死に生きようとしていた。
傷つけながらでも、生きたくなくとも。
「腕の切れ目から赤が滲めば、その濃い色に悪夢は溶けてしまうの。
その鋭い痛みに現実の痛みなんか忘れてしまえるの」
そう言って笑った彼女の顔を僕は降り注ぐ血の中に見た。

飼い慣らされた子供(津田葵)

そんな力、僕にはない

飼い慣らされた子供(津田葵)

抗うことのできない苦しみで必死に生きようとする彼女を僕の視点から書きました。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-18

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