アンハッピー・バースデー
三月も昨日で終わり、今日は彼女の誕生日だ。
今夜こそは、私の秘密を彼女に打ち明けよう。秘密を抱えたまま、彼女と向き合っていくのはこれ以上耐えられない。もし、打ち明けて解りあえたなら、そのときは――。
ずっと心に秘めてきた、プロポーズの言葉を口にしよう。
「……秘密諜報員?」
薄闇のなか、ケーキに立てられた二十数本のローソクの炎が、静かに揺れた。
「ああ。いまは、ある女性を追っている。ある国にとって脅威となる存在の諜報員だ。捜し出して……消すことが私に課せられた任務なんだ」
懺悔をしているような気持ちだった。
「うそ……なんでしょう。今年は騙されないんだから」
ローソクの炎に照らされて、彼女はあでやかに微笑んだ。
沈黙が続き、それを振り払うように私はゆっくり首を振った。
彼女は私の顔を真摯な目で見つめていたが、小さな吐息をつくと、柔らかな表情になって私に言った。
「そう。だったらあたし達、本当に運命的な出会いだったのね」
言っている意味がわからず、私は伏せかけていた顔を上げた。
彼女は口元に笑みを浮かべている。その微笑の理由もわからず、私は無言のまま彼女を見つめていた。
「あなたが捜しているヒトは、あたしよ」
――嘘だ!
声にはならなかった。
「あなたに見せたいものがあるの」
彼女はそう言って、テーブルの下に右手を伸ばした。
――やめろ、動くな!
窓の隙間から吹き込んだ風が、ローソクの炎を消し去り、部屋は暗闇に包まれた。
私の放った銃弾は彼女の胸を黒く染め、彼女は椅子から崩れ落ちて床に倒れた。
私は言葉もなく彼女に駆け寄り、抱き起こした。
「まさか、まさか、キミが――」
あとは言葉にならなかった。
彼女は苦しそうな息づかいで言った。
「ごめんなさい……あたし……」
息を引き取った彼女の右手には、拳銃などではなく、私宛のメッセージカードが握られていた。
『大事な話って何かしら?
でもね。それがどんな話でも、あたしの答えは決まっているわ。
いつもありがとう。
そして、いつまでもありがとう』
私は彼女に泣きすがりながら、そのメッセージカードを握りつぶした。
そして、私は彼女のあの笑みの意味に気づいた。
思い出したのだ。
彼女の誕生「日」を――。
〈了〉
アンハッピー・バースデー