丑三つ温泉

怪談、というのは民話の一種であろう。
その喩えるところは様々で、寓話としては大いに意味を持っており、鼻で嗤うのはいささか短絡である。
現在、あらゆる事象のディテールをはっきりさせるのが科学の役割として尊ばれ、説得力には根拠が不可欠になったと言ってもいい。
胎児の表情さえ視覚として受容できるようにはなったが、同時に無意味となり、失われてしまったなにかもあるにちがいない。

人智なんてたいしたものではないのだ。思い上がってはいけない。
自戒としてそう頭に留めている人は少なくないだろう。
しかしいざ、自分が理解できない、咀嚼しきれないものに対峙した時、人は混乱せずにいられない。
俺もそうだった。
もちろん予測された状況でもなく、前触れがあったわけでもない。
それは骨休めの長い休暇中に起こった事だった。

伏線

雨が本降りになってきた。

まずい、この辺りは郊外で、建物も少なければ都市部のような高架もない。
俺はいらいらしながらとにかく雨宿りできる場所を、水が流れ落ち始めたヘルメットのシールド越しに探した。
ラフ&ロードのメッシュグローブと安物ニューバランスがぐしょぐしょになる頃、俺は見慣れたコンビニの看板を見つけ、その浅い軒下にバイクを滑り込ませた。

ここ連日夏の晴天続きで俺の頭からは雨という単語がぽっかり抜け落ちていたし、そもそも日程すらあまり考えずに出てきていたのだが、合羽の用意をせずに出てきたズボラな自分には今更ながら呆れた。


「ツーリングですか?」

コンビニの制服をきた少年が声をかけてきた。
バイトにしては若すぎるようだ。ここは個人のオーナー店舗でそこの息子かなにかかもしれない。

「うん、参ったよ」
「僕ももうすぐ免許取るんですよ」
「ああそう」

こういう子たちは既にバイクに乗っている人間が眩しく見える。
自分も経験してきた事でありよくわかるのだが、俺はその時少しいらいらしながら財布やカメラを防水バッグの中に突っ込んでいた。

少年はゴミ箱の整理を終えると店の中に戻っていった。
煙草の箱から濡れずに吸えそうなのを探して火を点けた俺は、

(ちょっと愛想悪かったかな)

と、僅かに後悔を感じながら煙を吐き出した。

今夜泊まる場所は以前から行きたかった温泉地なのだが、宿をまだ決めていない。
俺はホットのブラックコーヒーを片手に携帯で検索し、安めの宿を確保した。

温泉地まではあと六十キロほどある。
止む気配を見せない雨に観念した俺は、内装まで水を吸ったヘルメットと撥水機能だけのジャケットでバイクに跨った。
クラッチを繋ぎながら店の中を見ると、少年はレジにいた。
こちらに気づいた少年に俺が軽く手を上げると、彼はペコリと頭を下げた。

コンビニにはゴミ袋に毛が生えたようなポンチョ型の合羽しかなかったので、俺はバイク用品店やホームセンターを探しながら走ったが、周りは山ばかりになっていき、店が見つかる可能性はゼロに近づく一方だった。

対向車に路面の水をぶっかけられながらひたすら走った俺は、やがて県道から右にそれ下っていく温泉街の入り口を見つけ、「ようこそ」と書かれたゲートをくぐって雨に煙る街へ沈んでいった。

侵入

温泉街への標識に従って走ると、道は海に出た。
日本海は白い波の縞模様を幾重にも作り、上からは灰色の雲が視界を押し潰している。

漁船が並ぶ湾に沿ってしばらく走ったが、どうやら俺は次の標識を見落としたらしく、温泉街の本通りへ曲がる角を通り過ぎてしまった。
ああ、今のだったかと舌打ちしたものの、ターンも面倒くさい。
俺は本通りの方向へ繋がりそうな道を探し路地を何本かやり過ごした後、町外れまで来て神社の横にやっとそれらしき道を見つけ、バイクの首をそっちへ差し込んだ。
方向の見当をつけながらしばらく走ると予想は当たり、ガス燈のような街灯や、提灯が並べられた本通りへ出た。
頭の中で宿の地図と雨に湿った景色を照らし合わせながら、その本通りが終わろうかという辺りで俺は予約していた宿の看板を見つけた。

玄関に入り声をかけると女将さんらしき人が出てきた。
俺はまずバイクの置ける場所を訊ね、荷物を降ろしながらタオルの用意をお願いして横手の駐車場に回った。

駐車場は車二十台分ほどの広さがあり、共同で使用しているらしく数軒の宿が接している。
雨は小降りになり始めていた。
明日はやむだろう、と俺はまたズボラな予測をし、バイクを置いた。

宿に戻ると女将さんは宿のタオルを十枚ほど用意してくれていた。
部屋を濡らさないよう靴下を脱いで足を拭いていると、

「それ、乾かしておきましょうか?」

と、女将さんがヘルメットを指差し言った。
俺は一旦遠慮したが、スキー宿などで用具を乾かす事はよくあるし実際有り難い。
女将さんの再度の問いかけに、結局俺は甘える事にした。
着ていたものや荷物の水気を十分拭き取ったあと、俺は三和土(たたき)から上がった。

宿は思ったより大きく、増築を繰り返したのか廊下が不自然な角度で繋がっていたり、二、三段だけの階段があったりして、俺はからくり屋敷を連想した。
案内された和室は二階のほぼ一番奥のあたりにあり、俺一人には十分な広さだ。
宿泊客はどうやら俺だけらしい。

食事の時間を訊ねてきた女将さんに、腹が減っていた俺は六時でお願いしますと答えた。
あと一時間半ほどあるから、その前に風呂に入る時間は十分ある。
勿論宿にも風呂はあるのだが、ここの外湯が目当てだった俺がそう話すと、女将さんは簡単な入浴道具を準備しに部屋を出て行った。

俺は濡れた衣類を脱ぎ、ハンガーに吊していったが足りなくなって、部屋にあった小さな衝立にも靴下やジーパンを引っ掛けた。
浴衣に着替えた俺は窓を開け、残り少ない吸える煙草を取り出し一服した。
窓からは駐車場が見渡せ、隣接する宿の背も見える。
本通りの反対側、宿の裏手の方角には川があり、その向こうには低い山が岸からすぐ立ち上がっている。
雨はほとんど止んでいたが、厚い雲が辺りを時刻よりも薄暗くしていた。

(明日は晴れてくれよ)

そう祈って俺は、外湯へ出かける準備を始めた。

端緒

玄関で俺は小さな袋に入った入浴セットと入浴券を二枚渡された。
温泉街の宿ではこういった準備をしてくれる場合がよくある。
女将さんに行ってらっしゃい、と見送られ、俺は宿を出た。

外湯は二軒あった。
俺はまず近い方の共同浴場へ行き、外観を眺めた。
所々修繕の跡などもあり、元が相当古い建物であるのは間違いない。
確かここの写真も見たことがあるな、と思いながら俺は中へ入った。

入り口の番台には老婆が座っていた。
俺が入っても反応がない。
どうやら寝ているらしかったので、俺は入浴券を置き、脱衣場に上がった。

町の銭湯ほどではないが、脱衣場はそこそこの広さだ。
体重計や扇風機、マッサージ椅子など、どれも古い物だが定番の設備が置かれている。
壁にはこの温泉地の由来、温泉の効能、入浴の注意書といったものを筆で書いた紙があちこちに貼られていた。
俺は裸になり、浴室への戸を開けた。

浴室は壁が古くくすんだ上に照明が弱かったため、薄暗く感じた。
浴槽は床面とほぼ同じ低い位置にあり、縁も低い。
こびりついた温泉の成分が長い間に固まり蓄積され、その縁を完全に隠すほど覆っている。
床面のコンクリートも同様で、茶色い膜が張っているようになっていた。
ただ地面に四角い穴を掘っただけのようにも見えるその浴室は、その写真を以前見て以来ここへ来る切っ掛けとなっていた。

先客は地元の人であろう老人が二人いて、時折会話を交わしている。
いかにも外部からの訪問客である俺のような人間は、こういう時に声をかけられる事も少なくない。
しかしこの時はそれもなく、半ば落ち着いてゆっくり、半ば若干場違いな心境を抱きながら俺は赤褐色の湯で満たされた湯船に浸かった。

水とお湯の蛇口のみの洗い場で体を洗い、雨に冷やされた体を再び湯船で十分温めた俺は浴室を出た。

脱衣場の扇風機に当たりながら俺は、あちこちにある貼り紙をぼーっと眺めていて、その中に温泉街の地図を見つけた。

本通りの両側に建ち並ぶ宿や店などが記されており、俺が泊まっている宿の名もある。
地図によるとこの浴場は(さぎ)湯といい、もう一軒の外湯は(こう)の湯という名だった。
温泉地の由来として鷺や鶴の逸話が出てくるのはよくある事で、鴻という字も鳥を表している。
鴻の湯の裏手には橋がかかっていて、それを渡った所にも何かあるようだが、名前が黒く塗り潰されている。
よく見ると「荘」の字が確認できたので、ここもおそらく宿だったのだろう。

浴衣を着て出ようとした時、常連客らしき中年男性が入ってきて、番台の老婆に少し大きな声で言った。

「おばあちゃん、お金ここに置くよ。お釣りちょうだい」

老婆は手探りで自分の目の前から小さな箱を手にとり、客の方に置いた。
客はその中から小銭を選んで取り出し、ありがとー、と言って番台を離れた。
どうやら老婆は耳が遠い上、盲目らしかった。

俺は老婆に、

「ありがとございました。いい湯でした」

とやや大きめに声をかけ、外への戸を開けた。
老婆は小さく二度、頭を下げていた。

時計を見ると夕食までまだ時間があったので、俺は少し先の鴻の湯へ足を向けた。

鴻の湯は大正・昭和のモダン建築といった趣で、鷺湯より随分新しく見えた。
中へ入ると番台もさっきとはうって変わって快活そうな中年女性が座っている。
お姉さんとは呼びにくいが、おばちゃんと言っては怒られる、といったところか。
そのお姉さんはいらっしゃいませ、と俺を明るく迎えた。

ここの浴槽も鷺湯ほどではないが縁が茶色い大理石のようになっており、この写真も見たことがあった。
照明は明るく、壁にも床にもタイルが貼られ、シャワーを備えた洗い場の数も十分あったので、街の銭湯とそう変わらないように見える。

風呂から出た俺は話好きそうな番台のお姉さんに、ずっと来たかったんですよここ、と話しかけ、しばらくこの温泉地についての会話をした。
この鴻の湯は結構古くからあるが、最近内部を改装してキレイにした事、古いと言っても俺が最初に行った鷺湯には全然かなわない、といった事などを聞いた。
途中お姉さんが思い出したように、ここの三階が小さな展望楼になっているから是非見ていって、と言ったので、俺は三階への螺旋階段を上がっていった。

三階に上がると小さな張り出しベランダのような場所に出た。
三階といっても周りの建物はほとんど二階建てだから、結構見渡せる。
街灯が点き始めた本通りとそれに沿って建つ宿の灯り。
持っていたデジカメでその景色を撮ってみたが、辺りは夕景から夜景に変わる暗さでシャッタースピードが思ったより上げられず、満足のいく写真は撮れなかった。

裏の山側の方を見ると、先刻鷺湯の地図で見た宿らしき建物が川を渡ったところにあるのが見えた。
たしかここの裏手にそこへの橋がある筈だ。

その建物も相当古いもののようで、多くの支柱に支えられ斜面に建つその姿は、規模は比較にならないものの京都の清水寺を思い起こさせた。
しばらく見ていたが灯りは全くなく、やはり既に廃業しているらしい。
随分立派な宿だったんだろうなあ、とその黒いシルエットを眺めていると、一部の窓が変なのに気がついた。

周りはもう暗くなり始めていたし、建物内部の灯りもないのだが、一部の窓だけなにか色が違う。
距離もあるためハッキリとはわからないが、ちょうど窓の内側に灰色の人間が立っているようにも見えた。
月の反射かと空を見上げたが、黒い雲が覆いつくしている。
補修跡かな、と思って見ていると、その灰色の鈍い光は人が歩くように横にスライドして窓から消えた。

しばらくその窓を見続けた後、俺は無理を承知でその窓に向けカメラの感度をできるだけ上げてシャッターを切ってみた。
しかし案の定、粗い粒子が黒い背景に浮かんでいるだけだった。

番台のお姉さんは明日も朝からやってるからまた来てね、と言って俺を見送った。
鴻の湯を出たところで俺は裏手の橋に通じる道に寄ってみた。
橋にも、向こう岸の道にも街灯はなく、人が利用している気配が感じられない。

(まさか宿泊客だったとは思えないが…)

夕食の時間に五分ほど遅れていた俺は、あまり深く考えずに踵を返して宿に向かった。

夕食は宿泊料のわりに量もたっぷりあり、味にも満足できた。
ビールを頼むと女将さんが瓶と栓抜きとコップを持ってきてくれた。
女将さんは俺の好みであるタヌキ顔の可愛い人で、おそらく俺と同世代、三十路を少し踏み込んだところだろう。
宿に来た時からよし!ここで正解だった、と思っていた俺は女将さんと世間話を始めた。

女将さんは少し写真の趣味があるようで、俺が料理を撮るために置いていた小さなデジカメに興味を示した。
女将さんに細部を説明していて、俺はさっき鴻の湯の展望楼で写真を撮った事を思い出した。
少し注意をはらいながら、俺は話を切り出した。

「鴻の湯に行ったら展望楼を薦められたんですよ」
「三階ですね。結構周り見えたでしょう」
「そうですね。夜景撮ろうとしたけどダメでした」
「三脚がいるんじゃないですか」
「三脚あるんですけど風呂屋にはちょっとw」
「変ですねw」

「川の向こうになんか大きな建物がありますよね?」
「ああ、昔の湯治宿ですね。あそこにも温泉が出てたんですって」
「今は?」
「もう何十年も前に辞めちゃってますよ。建物もそのままほったらかされてるみたい」
「温泉だけ利用する人がまだいるとか?」
「いえ、それが出なくなって辞めちゃったらしいですよ。地震で枯れちゃったとかで」

ではあの人影は一体。

「あの奥にもまだ宿とかあるんですか?」
「たしか焼物をする(かま)があるだけで、宿も家もないはずです。あの橋だってもう通る人ほとんどいないと思いますけど」

俺は鷺湯の地図を思い出した。

「なんとか荘、って名前ですよね?。その湯治宿」
申憩荘(しんけいそう)ですね。申す、憩う、です」

女将さんはテーブルに指で字を書いた。
しんけいそう、か…。

「うちからも見えますよ。建物の半分くらいは」

女将さんはその方角を指差して言った。

可愛い女将さんと怪談話をするのも悪くなかったが、なにしろ何を見たのかも曖昧過ぎる。
それにこういう場合、下手をすると余所者が余計な事に首を突っ込むという可能性もゼロではなかった。

俺は話をカメラや写真の事に戻した。
旨い食事とビールを前に女将さんと趣味の話をするうち、俺の頭からは人影の記憶がだんだん遠くへ消えていった。
しかし、申憩荘という名前だけは、針山の針のように、ぷすっ、と俺の脳に刺さっていた。

そして、一夜目が始まった。

共振

雨中走行の疲れに温泉とビールが重なって、俺は部屋に戻るなり溶けるように寝てしまった。

そして、夜中に目が覚めた。
二時だった。

テーブルに置いていたミネラルウォーターを飲むと、煙草が吸いたくなった。
煙草を探しあてると、雨にやられて吸えるものが残っていない。
朝まで我慢するか、と思ったものの、ないとなると無性に吸いたくなる。
俺は浴衣を直し、財布を手に取った。

玄関には鍵がかかっていた。
引き手には古いサムターン錠、引き違い戸の重なった部分にはネジを差し込み回す懐かしい型の鍵がついている。
煙草を買いに行く間だけごめんなさい、と、俺は音をたてないよう慎重にその二つを開けた。
(こう)の湯の少し先、土産物屋の前に販売機が見えていたのを思いだしながら、俺は宿にある木のサンダルを引っ掛けた。

空にはやっと月が出ていた。
俺は木のサンダルを鳴らさないよう注意してアスファルトを踏んだ。
あたりは静まり返っていたから、それでもその音はくきっ、くきっと聞こえた。

(草木も眠る、なんとやらか)

俺は無事販売機を見つけ、千円札を入れてボタンを押した。
ゴトン、と煙草が落ちる結構大きな音がし、釣り銭がチャラン、チャランと何度か落ちてきた。
今この界隈で一番大きな音を出しているのは間違いなく俺だろう。
俺は煙草を取り出しながら、何気なく宿と反対の方向に目をやった。
すると、十メートルほど離れた街灯の下に、人が立っているのに気がついた。

こんな時間に出歩いてる奴がいたか、と瞬間的に思ったが、どうも様子がおかしい。

それは病院の入院着のようなものを着た男だった。
髪は地肌が見えるほど少なく、頬は陰ができるほどこけ、入院着には胸から腹にかけ大きな茶色い染みがあった。
入院着は一枚もので痩せ細った脚が露出しており、裸足である。
その男は、窪んだ目でこちらをじっと見ていた。

「深夜に散歩する地元民」にはとても見えず、俺の思考は一部分を迂回しながら「近くの病院を抜け出した入院患者」との可能性をほじくり出した。
しかし、俺に向けられた男の目はそれらを頭から否定しているようだ。

これはマズイのかも、と思い足を動かそうとすると、男の口から何かが出てきた。
具が煮崩れたシチューのようなものがゆっくりと男の口から溢れ出し、ぼたっ、と地面に落ちた。

俺の頭の中ではまた、こりゃ救急車呼んでやった方がいいんじゃないの、というカードがほじくり出されていたが、実際にそんな事をする気は毛頭ない。

男はえずくわけでもなく、俺を見ながら淡々と口から黄色い澱のようなものを吐き出し続けた。

ぼたっ
ぼたぼたぼた

音のない夜の温泉街にその音は響き渡った。
吐瀉物は小さな山を作っていたが、それでもまだ男の口からは次々とそれが溢れた。

俺には関係ない、とにかく帰ろうと、宿へ向かって俺は歩き始めた。

もともと俺は所謂心霊現象の類を信じてはいない。
怪談を楽しむ事はあっても、いかにも事実のように扱うのは幼稚過ぎる、と思っていた。
おそらくさっきのも関わらない方がいい存在なのは確信できたが、幽霊だなんだとは思わなかった。まだこの時点では。
しかしもし、男が走って追いかけたりして来たら、全力で逃げる自信はあった。

少し歩いたところで振り返ると、男はまだ同じ位置で口から何かを出していた。
それはもう、男の脛を隠すほど積み重なっていた。

俺は木のサンダルがカラコロ鳴るのも構わず宿の方へ歩いた。
こんな時間に出歩いちゃあやっぱりろくなもんを見ないな、と軽く後悔しながら宿にたどり着いた。
しかし今度は宿の先に、おかしな光景があった。

道の真ん中で、人が四つん這いになっている。
肥満した中年の女が、何かを探すように地面に顔を近づけ、じっと動かなかった。
頭はぼさぼさ、上半身は裸で、股引のようなものを履いている。
女は置物のように動かず、サンダルを鳴らす俺に気づく気配もない。
牛のような乳房と垂れ下がった腹の肉が、街灯に白く照らされていた。

今度も精神疾患や認知症を患った人間に見えなくはなかったが、どちらにせよ俺の手に負える話ではない。
もういいよ、勘弁してよと俺は心の中で呟き、宿の玄関を開けた。

ピシャッ、と悪夢を振り切るように玄関の引き戸を閉めて、俺はしまった、と思った。
こんな時間宿の人も当然寝ている。
起こしちゃ申し訳ない、としばらく耳を済ましたが、宿の中は静かなままだった。
やれやれ、と俺は安堵の溜め息を抑えめに洩らしたあと、鍵をまた慎重に閉めて二階へ上がった。

部屋で煙草に火をつけ煙を吹き出すと、少しずつ落ち着いた。

俺は今までに、夜になると管理者が帰ってしまう山の中の宿や、登山者用の避難小屋などに一人で泊まった事があるが、この手の不気味な出来事に遭遇したのは初めてだった。
写真も銀塩とデジタル合わせて年間数千枚を撮っても、おかしなものが写っていたなんて事は皆無だ。
だから、煙草を三本吸い終わる頃には

(まさか、幽霊といった類ではあるまい)

と、冷静に考えていた。

田舎や僻地といったところには、外部の人間が触れてはいけないダークな部分がある。
これは俺が長年バイクでウロウロして肌で感じた事だった。
今回は、そういった一部分をたまたま目にしてしまっただけだろう。

とりあえずそう判断してしまうと、俺は布団に戻った。
整理がついた事で眠気も普通にやってきて、俺は身を任せた。
意識が眠りの底に吸い込まれそうになった頃、

だだん

という音が聞こえた。
少し離れた部屋で、襖を叩くような音がしている。

だだん
だだだん

音は数十秒おきに鳴っている。
うるせー客だな、寝相が悪いのかと少し苛ついたが、これ以上うるさくなったら文句言いに行こう、とぼんやりした頭で考えてるうちに、俺は眠っていた。

夏虫

朝、目が覚めると窓の外は明るかった。
俺は反射的にがばっと起き上がり、窓を開けてみると外は晴れていた。
青空ではないが、十分な明るさだ。
よし、と俺は満足し、洗面所へ向かった。

蛇口が四つ並ぶ洗面所で歯を磨いていて、俺はふと昨夜の襖を叩く音を思いだした。
歯ブラシを止め、周りを見渡すが俺の他に客がいる気配は感じられない。
俺は歯ブラシをまた動かしながら、自分の部屋の周りを歩いてみた。

俺の部屋から奥にはもうひとつ小さな客室と、布団部屋のような物置があるだけだ。
廊下の突き当たりにあるドアを開けると一階へ降りる屋外の階段だった。
反対側もざっと見てみたが、客が宿泊しているような形跡はない。
二階にいるのは、俺だけだった。

(ということは、一階か)

少し首を傾げながら、俺は口をゆすぎ、顔を洗った。

時計を見ると六時を少し回ったところだった。
朝食は七時からだ。
俺は(こう)の湯のお姉さんの言葉を思い出し、朝風呂に行く事にした。

浴衣のまま部屋を出ようとしたが、昨日の雨のせいか少し涼しい。
俺は丹前を羽織って袖に財布やデジカメを突っ込むと、一階へ降りていった。

女将さんは当然もう起きており、俺は朝風呂へ行くと告げ、木のサンダルを引っ掛けた。
玄関を出る時、脇の通路の奥に俺のヘルメットを持った大柄な男性がいるのが見えた。
男性はヘルメットから新聞紙を出し、丁寧に外側をタオルで拭いてくれている。
おそらく、女将さんの旦那さんだろう、体格のいいスポーツマンといった感じだ。
俺のヘルメットは年季入りで内装もほとんど洗った事がなかったから、雨に濡れた事も加わり相当臭うはずだった。
俺は恥ずかしくて旦那さんに声をかける事ができず、逃げるように玄関を出た。

鴻の湯には昨日のお姉さんはいなかった。
なんだ、来いとか行ってたくせに、と俺は心の中で苦笑した。
温泉で体を十分温めたあと、俺はまた三階へ上がってみた。

昨夜と違って視界は広がり、温泉街が見渡せる。
俺は、軽く意を決して申憩荘(しんけいそう)へ目を向けた。

陽の光に照らされたところを改めて見ると、随分朽ち果てているのがわかる。
昨日連想した清水寺に加え、道後温泉本館の古い建物にもどこか似ていた。
しかし、これでは人が中に入るとは考えにくい。
では、昨夜の影は野犬かなにかか…。

今日の午前中はこの温泉街をぶらついて写真を撮り、昼過ぎにここを出る予定だ。

(寄ってみるか…)

俺はそう考え、螺旋階段を降りた。

朝食は定番メニューが並び、これもまたうまかった。
どうやら朝食も、俺一人のようだ。
今日も可愛い女将さんに、朝風呂どうでした、なんて訊かれ上機嫌だった俺は、はて、ひょっとして昨夜の音は女将さんと旦那さんの…、なんて下衆な想像をした。

朝食を終え部屋で一服し、携帯で天気予報を見た。
降水確率は午前中六十%、午後から八十、九十と上がっている。
俺は眉をひそめながら窓を開け空を見た。
曇ってはいるものの所々白く抜けてきている。
この手の予報は実際晴れているのに八十%、なんて予報されてる事もあるし、週間予報なんかに至っては俺のツーリング時の経験では外れる場合の方が多かった。
しかもここのような山間部の場合、山ひとつ越えるだけで天気がまるで違うなんて事も十分ある。
当てにならんな、と俺はまた高を括り、予定通り昼過ぎまで写真を撮り歩く事にした。
俺は撮影用のバッグと、バイクに積む荷物を整理し始めた。

俺は旧い町並みが大好物で、スナップ用のデジカメとは別にモノクロフィルムを入れた銀塩一眼レフをツーリング時には大抵持ってきている。
道中でも気になる町並みを見つけるとバイクを止め、二、三時間撮影しながら散歩するのが俺のツーリングの大きな楽しみであった。

玄関には旦那さんが乾かしてくれたヘルメットが置かれていた。
宿の料金を清算し、カメラ片手に散歩したいので荷物を玄関に、バイクを駐車場に昼過ぎくらいまで置かせてほしい、と女将さんに頼んだ。
女将さんは快諾し、それなら、と奥から一枚の紙を持ってきた。
それは、この温泉街の地図だった。
観光客用に刷られたものだろう、(さぎ)湯で見た地図より内容が新しそうで、塗り潰されていた申憩荘の名も入っていなかった。

女将さんに礼を言い、出る前に一枚写真を撮らせてもらった。

「雨降るって言ってますけど大丈夫ですか?」

そう言ってエプロン姿でちょこんと正座し、笑顔を少し傾けた女将さんをファインダー越しに見ながら、あまりの可愛さに俺は少し悶絶した。

宿を出た所で、俺は女将さんからもらった地図を広げた。

この温泉街は北に海、東と南は山、西には川を挟んで申憩荘がある低い山があった。
さらにその山を越えた西には鉄道の駅があり、俺が走ってきた県道がある。
県道からは俺が通ったように駅の南側から入り、申憩荘のある山を大きく迂回するように一旦北側の海に出たあと、湾を東に進み、南北に通っている本通りの北側から温泉街に入る形になっていた。

ざっと見ると温泉宿や外湯は街の南側に固まっており、北側は住居や小さな工場、江戸時代の商家跡なんかがあるようだ。
俺が泊まった宿は街のほぼ南の端で、本通りと川に挟まれた一帯にあった。

とりあえず本通りを北へ向かう事にした俺は歩き出そうとして、そうだ、バイクを撮っておこうと思い、駐車場へ向かった。
構図決めのためワイヤーロックとハンドルロックを外し、バイクを移動させようとした際、俺はおかしな事に気がついた。

バイクには車のサイドブレーキに相当するものがないため、駐車の際はギアをローに入れておくのが常識だ。
動かす時はまずローからニュートラルにチェンジペダルを上げるわけだが、いつものように俺がそうすると、ギアは二速に入ってしまった。
あれ?と思ってペダルを踏むと、ギアはニュートラルに戻った。
おかしい、ニュートラルのまま停めたのか、いや今までそんな事をした記憶はない。
傾斜のある場所ではバイクが動いてしまうため、ローに入れる癖は体に染みついている筈だった。

俺はバイクに跨ってみた。
やはりおかしい。
バイクは車と違って乗り手が調節する箇所はミラーくらいしかないのだが、それでもなにか違和感があった。
誰かが跨いだような…。

俺はバイクを降り一回りしてみた。
パンクもしていないしパーツが盗まれた様子もない。

(…気のせい、か?)

とにかく実害は今のところ見当たらない。
俺はバイクを動かし、宿をバックに写真を撮った。

本通りを北に歩き出すとすぐ右手に鷺湯がある。
申憩荘のように朽ちてはいないが、十分年月を感じさせる佇まいだ。
昨日は気づかなかったが、鷺が温泉に脚を浸けた絵が描かれている木の看板もあった。
もう一度入ってもよかったな、と思いながら俺は写真を撮った。

また少し行くと左に鴻の湯がある。
この建物の雰囲気は年代的にも俺の好みだった。
俺は自分をガラスに映し、それを構図に入れて鴻の湯の看板がある入り口の写真を撮った。
時々俺は窓やミラーを使ってこうした撮り方をしていた。

さて、この裏には川を挟んで申憩荘がある。
橋を見ながら少し考えた後、俺はとりあえず街を一回りしてからじっくり見てやろうと決めた。

鴻の湯のすぐ北に、俺が深夜煙草を買った販売機と土産物屋がある。
そしてその十メートルほど先の街灯の下は、例の男が立っていた場所だ。
俺は無意識にごく、と喉を鳴らしてそこへ近づいた。

だが、何もなかった。

あの時間から今まで雨は降っていない筈だ。
しかし、男が吐き出していた山のような吐瀉物は、影も形もなかった。

(誰かが掃除したのか…)

あんなもの、近所の人が朝早くに掃除してしまった可能性も十分あった。

そこから少し歩くと、左手に大きな寺があった。
その門から東に道が延びており、南北の本通りと丁字路を形成している。
門に立ち東側を見ると、参拝路にも見えるその道は真っ直ぐ延びて東の山の中へ飲み込まれていた。
寺はかなり大きく敷地の中には本堂などいくつか建物が見え、門には由緒が長々と書かれた立て札があった。

俺は地図を見直してみた。

寺の位置を改めて見ると、街は門前町の成り立ちも窺えるようだ。
しかし寺自体にはさほど興味を覚えなかった俺は、参拝路の写真を撮っただけでまた本通りを北へ歩き始めた。

少し先に、古い医院があった。
看板の医院の医が、「醫」という旧い字である。
外見では現在も開業しているのか判断がつき難く、昨夜の入院着の男と関連があるのかはわからなかった。

参拝路から北は普通の家が多く、散髪屋や郵便局などがあり、地元民の生活圏といえた。
それでも江戸時代の商家なんかが残されていて、街の起こりが古い事を感じさせる。
道は本通りの延長ではあるものの、路傍に装飾等はなく静かな通りであった。
そして道は、海に出た。

現在は漁船が並ぶ小さな港だが、おそらく昔はここに船がつき本通りを通って温泉街へ向かう人たちがたくさんいたのだろう。
俺はしばらく湾内の景色を眺めた。

西側は低い山の端が見え、その向こう側には駅がある筈だった。
東側は湾が北にせり上がって小さな半島が岬を形づくっていて、街の端からはその半島の崖が立ち上がっていた。

俺はその崖に、奇妙なものを見つけた。

崖の一部、地面から十メートル程の高さの所で洞穴の入り口のように抉れている箇所がある。
俺は興味をそそられ、そっちへ向かった。

歩いて行くと崖の穴の下には小さな神社があった。
琴平神社、というらしい。全国各地でよく見かける名だ。
ここはちょうど俺が昨日この街へ着いた時、本通りを見過ごして街へ入り直した道があるところだ。
その道から一段高くなった神社に入ってみると、社殿の背後に階段が見える。
どうやら右の脇から入っていけるようだ。
おそらく崖の穴に通じているのだろうと踏み、俺はその階段を登っていった。
階段が作られているのはほんの二十段ほどで、あとは本当にただの山道だ。
枯れ枝を拾い、蜘蛛の巣をかき分けながらしばらく登っていくと小さな鳥居があり、それをくぐると展望台のように平坦な場所に出た。
左手は眼下に街が広がり、右手は崖で、そこに穴はあった。
穴の中には小さな祠があり、供え物の形跡もある。
ひょっとしたらここが、神社の本殿にあたるのかもしれない。

そしてさらに崖側を奥に回りこんだもう平地が尽きる場所に、高さ一メートルほどの石像が海の方を向いて立っていた。
てっきりお地蔵様かと思って正面を覗き込むと、それはなにやら座った猿の形をした像だった。

例えば狛犬というのは、拝殿の前で外部からの来訪者を見据えた向きに左右一対で立っている。
しかしこの猿は一体で、祠から離れた位置にあり海の方角、正確にはそのやや右を向き座っていた。

(この地域独特の信仰かも)

こういうのは地元の人に話を聞かない限り、わからない事が多い。
俺は考えるのを諦め、崖下に広がる温泉街を見下ろした。
建物にして三階より少し上くらいの高さだったので、かなり見渡す事ができる。
先刻通った寺の本堂の大きな屋根も見え、ちょうどその延長線上に、谷に隠れた申憩荘がほんの少し見えた。
ここは港町であり、門前町であり、また温泉街でもあった。

俺は数枚写真を撮ったあと、そこから降りた。

本通りから外れた街中の路地で写真を撮りながら南へ下っていくと、やがて街を南北に分ける寺への参拝路へ出た。
そろそろ申憩荘へ行こうか、と思い始めると、辺りでいやな音が鳴り始めた。

ばつ。
ばつばつばつばつ。

大粒の雨だった。
俺は慌てて本通りの方へ戻り、土産物屋へ雨宿りに入った。

やられたか、と俺は苦笑した。
どうも俺は物事をズボラに解釈しすぎる。
この点についてはほとほと学習能力がないようだ。

雨宿りついでに併設の喫茶店で軽食を頼み、食べながら外を見ていたが雨は止む気配がなく、俺を拒絶するかのように激しい音を地面で鳴らしていた。

まさか、俺が申憩荘へ行くのを誰かが邪魔してるのか、なんて妄想を冗談半分で頭に思い浮かべながら、さて、どうするかと俺は呑気に考えた。

同期

俺は土産物屋でこの温泉街共有の貸し傘を借り、宿へ戻った。
気の毒そうな顔で出てきた女将さんに、俺は言った。

「今晩も、泊まれますか?」

女将さんは少し笑顔になって答えた。

「ええ、ちょうどさっき掃除したとこですから同じ部屋に泊まれますよ。それでいいですか?」
「お願いします」
「お昼ご飯がありませんけど…」
「大丈夫です。今食べてきました」

今回俺は八日間休みをとっており、今日は三日めだった。
もともと予定はざっくりだし、この雨の中また合羽なしで走る気もさらさらない。
それに、もう一日女将さんの顔を見られるのも大きな楽しみだった。

玄関に置かせてもらっていた荷物を部屋に上げようとしてバイクの事を思い出した俺は、女将さんに頼んでポリ袋を数枚もらい、バイクに被せに行った。


雨は午後からずっと止まず、俺は暇を持て余した。
外湯に行く気も起きなかったので、俺は早いめに宿の風呂に入った。

風呂は結構大きく、宿泊客は多分また俺だけだったのでくつろいで入る事ができた。
湯船で体を伸ばしながら、さてどうするかなーと俺は考えた。

街は全部回ったわけではないが、枚数は十分撮った。
しかし、写真とは別に申憩荘(しんけいそう)が気になるといえば気になる。
昨夜見たような変なものはもう勘弁してほしかったが、なぜか申憩荘は間近でみておきたかった。
などと湯に浸かりながら目を瞑って考えていると、なにやら赤ん坊のような声がした。

「ぉあー」

猫か。

「ぉあーああ。ああーう」

実際、赤ん坊のような声を猫が出す事もよくある。
でもどうやら、これは人間の子供の声に聞こえた。

(女将さんとこの子かな?)

たしか玄関に小学生の女の子が乗るような自転車があるのは見ていた。
声はどこか壁の向こうで聞こえるようでもあり、またすぐ近くのようにも思えた。
三回聞こえたあと、声は止んだ。

(まさか、この宿にも曰くがあるんじゃないだろうな)

俺は初めてこの宿にも疑念を持った。


とはいうものの、晩酌の相手をしてくれる女将さんは相変わらず可愛く、そんなのはすぐ忘れた。
わざわざ聞き出す事でもないし、女将さんを困らせでもするのは甚だしく心外だ。

「台風が来るんですって」

テレビの方を見て、女将さんが言った。
映しだされた台風の進路予想図を見ると、全然方向違いの進路から台風はぐいっと九十度向きを変えてこちらに向かって来ていた。

「窓だけきちんと閉めて下さいね」

そう言って女将さんは、少し不安げに笑顔を作った。

女将さんを前に俺はまた上機嫌で酔っぱらい、午前中歩いた疲れもあって早くに寝てしまった。
そして夜中、ごうごうという風の音で目が覚めた。
また、二時だった。

(こんなの癖になっちゃマズイな)

そう思いながら、俺は起き上がって煙草に火を点けた。
外は風の音と、ざあっと雨が窓を叩く音が繰り返ししていた。
そういえば、昨日この時間に変な奴らを見た。
あれはこの丑三つ時という時刻に関係があったのだろうか。
しかしさすがに今日は、あんな奴らも外にはいまい。
少し気になった俺は、台風の様子も含めて外を見てみたくなった。
しばらく迷ったあと、俺は立ち上がって窓を開けた。

少し重くなった窓を開けると、がおっ、と風が音をたて、上半身が外に吸い出されそうになった。
雨と風が縦横に暴れ回る中、駐車場越しに本通りの方を見たが、当然人影なんかは見あたらない。
そりゃそうだ、と思い窓を閉めようとして、俺はふと視界に入った光景にギクリとした。

遠くに申憩荘の建物が一部見えるのだが、なんと、申憩荘が「繁盛している」ように見えたのだ。
窓という窓に灰色の人影が映り、それらは生きているように蠢いていた。
当然月明かりなどある筈もないのだが、たしかにうようよと灰色に鈍く光る人影が多数申憩荘の中を歩き回っているのが見えた。

(なんだあれは…)

雨が当たるのも忘れ呆然と申憩荘を見ていると、今度はその下の橋になにかが見えた。

火だるまになった人影が、もがきながら橋を渡っている。
しかしその火は青みがかった灰色に光り、この雨の中でも消える様子がない。
その影はもがいたまま、申憩荘への道がある谷間へ消えていった。

俺は漫画のように目をパチクリしてみたが、申憩荘の様子は変わらない。
しばらく固まっていた俺は、ガバッと振り返りデジカメを手に取った。

しかし、デジカメのモニターには、なにも映らなかった。
別の方向にレンズを向け、見た目に申憩荘の影と同じくらいの光量と思われる場所に向けると、そっちはなんとかモニターに映る。
しかしカメラをどう調整しても、灰色に光る人影は映らなかった。
俺は少し考え、ある事に思い当たって一眼レフを取りに行った。
予想どおり、一眼レフのファインダーには目で見たとおりの人影蠢く申憩荘が映った。

しかし、この一眼レフには日中屋外撮影用の感度を持ったフィルムしか入っていない。
さて、どうするか。
二百ミリのレンズと三脚、レリーズはあるから、ひょっとしたらバルブ撮影で何がしかは写るかもしれない。
しかしこの激しい雨と風の向こうの被写体だ。
うまくいくかどうかは確率の低い賭けだし、シャッター開放中ずっと窓も開けておかなければならない。
現実的に考えて、撮影は断念せざるを得なかった。

申憩荘の光景に変化はなく、条件さえ揃えれば撮り放題にも思えるくらい、多くの人影が動くのがずっと見えていた。

(さすがにこれは、心霊現象ってやつなのか…)

そんな事を考えながらずっと見ていると、突然、廊下の方からだだん、と音がした。
瞬時に昨日の音を思い出した俺は、窓を閉めいくらか外の轟音の音量を下げ聞き耳を立てた。

だだん。

やはり昨日と同じ、襖を叩くような音だ。
俺は朝から他に宿泊客がいるのか注意していたが、少なくとも二階にいるのは俺だけだった。
俺は部屋の入り口まで行き、戸に耳をつけた。

だだだん。

どうやらこの部屋の奥側ではなく、一階へ降りる階段がある方から聞こえる。
そっちに部屋は四、五室あるはずだった。

だだん
だだだん

俺は思いきって、入り口の戸を開け半分体を出し、音がする方をじっと見た。
便所が共同だという事もあり、廊下の明かりは一晩中点いている。

だだん

また音がした。
どうやらここからは見えないごく緩い角度で曲がった廊下の先で、その音はしているようだ。
俺は忍び足で、そっちに歩き始めた。
途中三段だけの階段を降り、廊下を曲がった先が見えるところで音を待っていると、すぐ先の左の部屋の入り口の戸がだだだん、という音とともに揺れた。
誰かが中から叩いているようだ。

心臓は早鐘を打ち始め、喉はごくり、と鳴った。
俺はさらに慎重に歩き、息を殺してその襖の前に立った。
十数秒おきに、だだんという音がして、目の前の襖が揺れる。

(一体誰だ。いや、一体何なのだ)

俺の喉はカラカラに乾き、心臓は激しく鳴っていた。
俺はゆっくり、汗ばんだ手を襖の引き手に持っていった。

しかし、俺は襖を開ける事ができなかった。

開ければもう、確実におかしなものを見る気がした。
寝相の悪い宿泊客のわけがない。
昨日のこの時間に見たものと、同じような種類の出来事が待っているに違いなかった。
さすがにもう、自分からそんなのに首を突っ込むのは馬鹿げている。
そう思い手を下げようとして、俺は音がしばらく鳴っていないのに気がついた。
俺の心臓はまたピッチを上げ始め、両頬を寒気が撫でた。

(向こうも気づいたか)

そう思うと動けなかった。
俺は唾さえも慎重に飲み込み、様子を伺った。
しかし、何も起こらなかった。

もういいや、部屋に戻ろう、と俺はまた忍び足で歩き始めた。
廊下を曲がり、三段だけ階段を上がり、俺の部屋まであと三、四歩というところまで来た時、背後でスーッと襖の開く音がした。

やめとけ、と思いながらも、俺は振り返らずにいられなかった。
しばらく廊下の向こうを凝視したが、変化はない。

襖が敷居の上を滑る音はたしかに聞こえた。
もう、他のどの部屋でもなく、あの部屋にちがいなかった。

俺は、こうなったら見てやろうと、腹を括った。
忍び足をやめ、さっきは履かなかったスリッパをパタ、パタと鳴らしてゆっくりと歩いていった。
階段を三段降り、立ち止まって一瞬迷ったあと、俺は部屋が見える位置まで足を踏み出した。

襖は、開いていた。

そしてそこには、すぐには形容できないようなものが見えた。

襖が開いた上部は、部屋の内部の明かりがないため黒い闇だ。
しかし下部には、何かがいた。

とりあえず、それは肌色をした肉の塊だった。
なにかいろいろなものがついてはいるが、人間の形とはいえなかった。
いびつな楕円形の肉の塊に、一本の腕と、二本の脚が生えている。
なんというか、ゆるキャラの着ぐるみのようでもあるが、その姿はあまりにも奇怪だった。

塊の真ん中には口を縦にしたような、または女性器のような亀裂があり、呼吸をしているのかシュー、シューという音と連動して小さく収縮していた。
人間であれば左肩にあたる部分からは斜め上に向かって逞しい腕が生えており、塊の底部から生えた脚は、片方は脛毛が生えゴツゴツと太く、片方はやせ細った子供の脚のようだった。

俺はあまりにも未知の対象に遭遇してしまったため体が動かず、かといって意識は余計なくらいハッキリと冴えていたからそれを観察する事しかできなかった。

右肩には腕がなく、目があった。
人間の目の大きさではなく、眼球を取り出せばメロン大だったろう。
その下の部分にはまたひとつ口が斜めについており、さらにその下には毛が固まって生えていた。

今まで似たものを見た事がないが、強いて喩えるなら人体の各パーツで行った出来損ないの福笑い、といった感じだった 。
俺はもう全く理解ができず、ただそれと向かい会った。

「あしゅー」

右肩の口はそう声とも呼吸ともつかない音を発し、その端からはよだれのような粘液が吹き出た。
ひと呼吸おいたあと今度はその口が、

「えへへへえへ」

と笑ったと同時に、それはこちらに向かってどたどたと走ってきた。

俺はなぜか本当に一瞬、受け止めたい気持ちが掠めたが、やはり全力で逃げ出した。
だだだと廊下を走り、階段を三段一気に跳んだあと自分の部屋に入る前に、さっと振り返ってみた。
それは、俺を追いかけてきていたが、三段の階段が登れないようだった。

「あうー。あああうー」

そう泣いたような声を発しながら、もぞもぞと階段の前で動いていた。

(風呂場の声もこいつか)

少し余裕が出てきた俺は、冷静にそれに思い当たった。
そして、部屋に飛び込みデジカメを手に取った。

(目の前でこんだけはっきり見えてりゃ写るだろう)

瞬時にそう考え、起動時間ももどかしく俺はまた廊下へ戻った。

だがそれは、いなかった。

廊下には俺が脱ぎ飛ばしたスリッパが散らばっているだけで、他にはなにもない。

(どういう事だ。ほんの四、五秒前にそこで動いていたのに)

しばらく俺はポカーンとしたが、やつが出てきた部屋に走った。
襖は閉まっている。
俺はだんだんと足音を立てて近づき、今度は躊躇なく襖を開けた。

廊下の明かりが差し込んだ部屋にはなにもなく、畳のいい匂いと、風が窓を叩く音だけがした。
念のため、俺は部屋の明かりのスイッチを入れてみたが、部屋の隅に畳んだ二組の布団があるだけだ。

(あんなにハッキリ見えたのに…)

なんだこの宿は。
いや、なんなんだこの街は。
俺はなにか怒りにも似たものがこみ上げてくるのを感じたが、ふと、自分の頭がおかしくなったんだろうか、とも考えた。

俺はかぶりを振ると、とりあえず煙草が吸いたくなった。
まさに狐につままれたような思いで部屋に戻ろうした時、階段の方で足音がした。

それは、ピンクのパジャマを着た女将さんだった。

「…大丈夫ですか?」

正直俺は、面食らった。
さっき見た奇怪な生き物と、心配そうに眉を垂らした可愛い女将さんとでは受容するのにギャップがあり過ぎた。

「いや、なんか、酔いが残ってるのと寝ぼけてるのがごっちゃになってw」
「……」

困ったような顔で俺を見つめる女将さんを見て、すうっと俺は息を吸い込み、

「大丈夫です。うるさかったですか?」
「いえ、なにかあったかとちょっと気になって…」
「ごめんなさい。本当大丈夫です。酔いも冷めました」

女将さんの顔には少し笑みが戻り、俺も微笑み返した。

「それじゃあ…」
「おやすみなさい」

俺は下へ降りていく女将さんをしばらく見ていたが、彼女はまた上がってきた。

「お茶、飲みませんか?」

いつも食事をしている部屋の電気をつけ、女将さんは

「ちょっと待ってて下さいね」

と言って、奥へ用意をしに行った。
その時、女将さんのパジャマの尻に下着の線が透けて見え、俺は反射的に鼻の下を伸ばした。

女将さんは湯呑みを二つと急須を持ってきて、まず俺に注いだ。
俺はぺこりと頭を下げ、湯呑みに口をつけた。
番茶だったが、塩味がした。

「塩茶です。酔いざましに旦那にも時々出すんですよ」

たしかに茶の優しさと、塩分が体に沁みわたった。

「旦那さんも起こしちゃいました?」
「いえ、今日は会社に泊まってます。台風で列車が止まっちゃって」
「ああー」
「今晩は娘と義母とあたしだけです」

俺は頷きながら、茶をすすった。
女将さんも、続けてすすった。

「だから、正直ちょっと心細くて寝付けなかったんですw」

そう目を伏せて恥ずかしそうに笑う女将さんを、俺は猛烈に抱き締めたくなったがなんとかこらえた。

ピンクの七部袖パジャマ姿の女将さんと差し向かいで茶を飲んでいると、さっきまでの出来事が全部幻覚のようにも思えた。
そしてやっぱり俺には、下手な詮索はできなかった。

茶を飲み終わり、俺は言った。

「ごちそうさまでした。おかげ様でゆっくり眠れそうです」
「私も、ちょっと落ち着きましたw」

「じゃ、また明日。っていうか今日かw」
「おやすみなさい」

時間は三時を少し、過ぎたところだった。

俺は二階へ上がって、もう一度辺りを見回した。
誰も、なにもなく、外の風の音が聞こえてくるだけだった。
部屋へ戻り、窓を開けてみた。
雨はいくぶん弱くなっていたが、風はまだ唸りをあげている。

そして申憩荘は、闇に埋もれたただの廃墟だった。

疑心

翌朝、風はまだ時折強く吹き抜けていたが、雨は止んでいた。

(朝風呂行くか)

昨夜のおぞましい記憶はまだ生々しく残っていた。
しかし頭の中では女将さんとの距離が少し縮まった印象が多くを占めており、気分は良かった。

階下へ降りると、女将さんに会った。

「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「昨夜はどうも、ごちそうさまでした」
「いいええ」

女将さんの笑顔は今までより、柔らかく感じられた。

(さぎ)湯に行ってきます」
「わかりました。朝食の準備しておきますね」
「お願いします」
「今日は、発たれますか?」

俺は少し考えた。

「ちょっと、考えます。帰ったら返事しますね」
「はい」

女将さんは笑顔で頷いた。

実際、昨夜のような事があれば逃げるように荷物をまとめて出て行くのが普通だろうが、女将さんの存在と、なぜか申憩荘(しんけいそう)の事が気になり、俺はこの街を出て行く気が起きなかった。

鷺湯には、先客の老人が一人いた。

軽く体を洗い、先客が浸かっている湯船に俺も入って

「うええええい」

と声を漏らすと、その老人が話しかけてきた。

「あんた、こないだもいたな」

俺が着いた日、一昨日の晩の事だろう。

「ええ、また来ましたよ」
「ずいぶん遠くから来たな」
「え、ええ」

こういう場合、どこから来たの?、と訊かれるのが定番だった。
しかし老人は、俺が数百キロ離れた場所から来た事を知っているかのように話した。
言葉のイントネーションででも感じたのだろうか。

「もう一軒は行ったんか?」
(こう)の湯ですか。行きましたよ」
「あそこはだめだな。わしには合わん」
「はあ、泉質ですか」
「一番良かったのは川向こうに出てた湯だけどな」

俺の目はキラリと光った。

「申憩荘ですか」

老人は俺の顔を無言で見返してきた。

老人は髪を短く刈り、太ってはいないが顔の肉が目尻から頬にかけ垂れ下がり、下唇も軽く出ていた。
しかし、耄碌した感じは全くなく、曲者を想わせる眼が垂れ下がった瞼の奥で光っていた。

「あんた、ここを出た方がいいな」

なんだいきなり。

「なるべく早く出た方がええ。あんたのためにもだ」

そう言って老人は、風呂から上がり、浴室を出ていった。

なんちゅう事を言うんだこのジジイは。
旅先でこんな事を言われたのは勿論初めてだ。
俺はいくぶん憤慨しながら湯船に浸かり、どういう意味なのか考えた。

あんたのためにも、ということは、それ以外のためにも、という事だ。
それは果たして、人か、それともこの街か。
そういえば、申憩荘の名を出した途端のあの言い草だ。
一体何がある。
この街に。
申憩荘に。

俺が脱衣場に戻ると老人はもう帰ろうとしていた。
老人は番台の老婆に一言も声をかけず、外へ出て行った。


放庵(ほうあん)さんかしら?」

風貌を説明した俺に、女将さんは少し首を傾げながらそう言った。

「でも具合悪くって寝たきりだって聞いてましたけど。よくなったのかしら?」

放庵さんはこの宿からさらに南の街外れに一人で住んでいた。
病気かなにかでほぼ寝たきりになってしまったが、身寄りがないため誰かが世話をするのかどうかで町内が少し揉めたらしい。
もともと偏屈な老人だったため、進んで世話を買って出る人はなく、そのうち山を越えた駅のある側の町から民生委員だかなんだかがやって来て、放庵さんは病院に入れられた、という話だった。

「でも、その感じだと放庵さんっぽいですけどねえ…。鷺湯にもよく行ってたみたいだし」

そこで女将さんは軽く手を叩き、目をくりっと見開いて言った。

「そうそう、あの山にある(かま)が放庵さんのだとかで、自転車で橋を渡ってるとこを私も見た事があります」

申憩荘の奥にあるとかいう窯の事だろう。

俺は煙草の煙を鼻と口から漏らしながら、朝食の後片付けをする女将さんに言った。

「今晩も、いいですか」

女将さんは、少し悪戯っ子のように笑った。

「こんな寂れた町、お気に召しました?w」
「いやいや、お気に召しましたのはここの女将さんですw」
「またまたw」

顔色ひとつ変えずに俺の口説き文句を受け流す女将さんに、俺は煙草をもみ消しながら言った。

「まあ、静かな街だから、性には合いますね」

半分本心ではあったが、残る半分はまるで違った。

探求

(こう)の湯を曲がり、俺は橋に通じる道を歩いた。
路地を少し広げたような道で、小型車ならやっと通れるか、という幅だ。
今時の高級車はまず無理だろう。
少し歩くと、橋に出た。

台風が去った後、速く流れる雲はまだ残っていたが、その間には青空が高く抜けて見えている。
橋の上は葉っぱや小枝が散乱して、低い欄干にはベニヤ板やトタンの切れ端のようなものが引っかかっていた。
顔を上げると橋の終わりの右手に、五十メートルくらいの高さの斜面に建つ申憩荘(しんけいそう)の姿が見えた。

もう、見ておかないと気が済まない。
放庵(ほうあん)のジジイが言った事なんて頭の中でひらひら引っかかってる程度で、いつ飛んでいってもわからないくらいのもんだ。

橋の幅は車が一台通れるくらい。
そのすぐ下で、茶色と灰色と緑色が混ざったような色の川が、所々泡を立てながら激しく流れていた。
今落ちたら死ぬかもしれない。
そういえば、昨夜はここを火だるまの人が渡っていた。
しかしたとえ台風が来ていなかったとしても、その痕跡はなかったにちがいない。
俺は既に、そういうものなのだと薄々感じ始めていた。

橋を渡り切ると、道は急角度で上っていた。
俺はまだ濡れて落ち葉や砂利が浮いている道を注意して登り始めた。
山の緑は瑞々しく光っており、雲の隙間から見える晴れた青空と鮮やかなコントラストを成している。
少し登ると、木々の向こうに申憩荘が姿を現した。

これは、人が足を踏み入れる事はないと言っていい廃れぶりだ。
建物を支える支柱は目を見張るほど見事に組まれていたが、一部腐って崩れている箇所もある。
支柱の前は駐車場だったのだろう。その入り口はオレンジと黒のストライプが入った鉄板と金網で塞がれていた。
金網から覗いてみると、駐車場からも支柱横の岩場に作られた階段を上がり建物に入れた様子だ。

俺は持ってきた銀塩カメラを構えた。

昨夜の経験からデジカメには期待していない。
俺はもうハナから普通に申憩荘を撮る気はなくて、真っ昼間ながらも何かが写るのを期待していた。
だからここへ来る前に土産物屋に寄り、辛うじて売れ残っていた高感度のカラーフィルムをカメラに装填済みだった。

写真を撮りながら駐車場を過ぎてまた登っていくと道が少し広がり、申憩荘の入り口らしきものが現れた。
そこには建物の玄関にかかる板張りの短い橋があった。
ここにも金網と鉄板が何枚にも重ねて置かれ、門柱らしき石の柱から鎖が二重三重にかけられている。
危険につき立ち入り禁止、と書かれた看板があり、そこには温泉街の自治体の名が入っていた。

俺は金網越しに、申憩荘の玄関を見つめた。
ガラスは割れているものが多かったが、残っているものもある。
波が打っている事から、相当古いガラスだと見当がつく。
ガラスの向こうには、破れたソファーや椅子が積み重なっていたり、錆びついた古い車椅子が数台転がっているのが見えた。

俺は視線を引き建物全体に向けた。
昨夜は窓という窓に灰色の人影が動き、まさに繁盛しているように見えた。
あれは今どこにいるのか。
見えないだけで、ひょっとして今も目の前にいるのか。

何枚か写真を撮ったあと、俺は鳥の鳴き声に囲まれながらしばらく考えた。

入り口が封鎖してあるといっても、周りの木々を分け入っていけばいくらでも中に入れそうだ。
うまく迂回するルートを探せば建物の背後にも出られるかもしれない。
しかし。

なんといっても建物の朽ちっぷりがすごかった。
木造だから、いつどこが崩壊してもおかしくないくらいの酷さだ。
玄関前の橋にも実際いくつか大きな穴が見えるし、俺が歩いて持ちこたえるとは到底思えなかった。

俺には、所謂霊感といわれるものが全くない。
そもそもそんなのがあるという人を信じていなかった。
目の前の申憩荘は、俺が小学生なら冒険心に全身を支配されて迷わず侵入を試みただろう。
しかしそういった吸引力は感じられても、それ以外のなんの感情も湧かなかった。
オーイと呼んで、何かが出てくるわけでもない。
写真は何枚か撮ったものの、雨に湿り、腐った木の匂いが漂う目の前の木造建築物は、ただの崩れかけた昔の湯治宿跡でしかなかった。
俺は正直、拍子抜けしていた。

無駄骨感が隠せなくなった俺は、そういえばこの奥に放庵さんの(かま)があるんだったな、と思い出し、寄ってみる事にした。

しばらく登っていくと、舗装が切れたところにそれらしき場所があった。
特に門などはなく、俺は立ち止まって外から人の気配を伺った。
ここも申憩荘ほどではないが、人の手がかけられている様子は見えない。
俺は遠慮せず敷地に入っていった。
小屋がひとつと、これが窯だろうか、ケーブルカーの駅を小ぶりにしたような建物が斜面に建っていた。
上の方には鉄製の煙突が見えるが、錆び付いて今にも崩れそうだ。
小屋も、窯も、放置され久しく使われてないようにしか見えなかった。

俺はまた猛烈な肩透かし感に襲われた。
小屋の扉を調べてみると、ダイヤルの数字が読み取れないくらい錆びた南京錠が掛かっており、収穫はなにもなかった。
自分でも、なにが収穫といえるのかよくわからなかった。

俺はほとんど興味がなくなってしまった申憩荘を横目に山を下りていった。
橋の向こうに温泉街が見えてきた時俺は、

(明日帰ろう)

と消極的に決意した。


土産物屋でいかにもレトルトっぽいカレーを口に運びながら、俺はこの街で遭遇した奇妙な出来事を思い返していた。

まずここに着いた一昨日の夕、鴻の湯の三階から見た申憩荘の人影だ。
後の事に比べればほんの見間違い程度にも思えたが、始まりはこれだった。
そしてその深夜、街灯の下でなにかを吐き出す痩せ細った男。
宿の近くで見た四つん這いの半裸女。
その翌日深夜、灰色の人影で繁盛する申憩荘、橋を渡る青い火だるまの人影。
宿にいた人体パーツの福笑い。

そして、今朝の放庵老人のおかしな忠告だ。

最初の人影と放庵さん以外は、すべて深夜、所謂丑三つ時だった。
まさか、昔の人が言ったように、そういう時間帯があるのか。
現に、真っ昼間に行った申憩荘ではなんにも感じられなかった。

丑三つ時、丑三つ時。

俺はふと、ある事を思い出した。

半年ほど前、俺はある都市でひとりの男と知り合った。
仕事の取引先がその中心部の駅前へ新しく支店を出すという事で、俺は半月の期間限定で準備に駆り出されたのだ。
同じようにその男も、二週間の縛りで応援に来ていた。

男は俺より十近く年下だったがなぜかウマが合い、仕事終わりによく飲みに行った。

ある時怪談系の話になり、俺は持論をその男に語った。
男も俺と全くと言っていいほど同じ考えだったが、それが覆されるほどの体験をしたという。

それは現実にあったある事件と深く関係したもので、その丑三つ時に端を発した不思議な出来事の解明が、事件の解決にも繋がった、という話だった。
そしてそれは、ある人物が大いに協力してくれたおかげだ、とその男は言った。

「もし、万が一、この先どうしようもなく不思議な事に見舞われたら、その人を紹介しますよw。まあ、ないでしょうけどw」
「そうだなw。覚えとくよw」

男はその手の嘘をついて喜ぶようには見えなかった。
俺の持論にも共感を示していたから、やはり、彼自身が受け入れた事実なのだと思われた。

俺は携帯のアドレス帳から、その男の名を探し始めた。


宿の部屋で、俺は両脚を柱に立てかけ寝転がっていた。

だめだ、もともと霊感のない俺が怪しい場所を真っ昼間うろつき回ったところで何も感じないのは道理だろう。
事実、この宿にいてもなにも変わった事はない。
って事は、やはり丑三つ時か。
あの時間には何故かこの俺でもイヤというほど変なのを見ている。

(今夜も、何かあるのか)

俺はしばらく考えて、方針を固めた。
よし、納得いくまで見てやろう。
これまで触れてはいけない、わざわざ首を突っ込む必要はないと思っていたが、最後の晩だし話のネタとして記憶しておいてもいい。
個々の現象は不気味なものではあったが、なんとなく俺は全てがひとつの法則のようなものを持って結びついているような気がした。
そして放庵さんの忠告はなにを意味するのか。
この街と俺はどういう関わりを持ってしまったのか。

子供の頃の冒険心が、今、探究心に形を変えて俺を支配していた。


晩飯前に俺はまた(さぎ)湯に行く事にした。
勿論、目当ては放庵さんだ。
地元の年寄りは日に何度も風呂に入りに来る事がある。
会ったらちょっとキレ気味にでも真意を問いただしてやるつもりだった。

玄関で俺はチェックインに来たらしいカップルが立っているのに会った。
女将さんは奥で食事の支度をしているのだろう。
俺は厨房の近くまで行って声をかけた。

「女将さーん」
「はーい」
「お客さんですよー」
「はーい」

玄関を出る俺にカップルの二人は会釈した。
俺も笑顔で軽く手を上げた。

鷺湯へ向かうと、なにやら線香くさい。
どうやら鷺湯の裏手の方で、通夜だか葬式だかをやっているようだ。

やはり俺が見極めようとしている事は、人の死が関係しているのだろうか。
見てきたものは、幽霊、心霊現象といった類なのか。
俺が今おぼろげに推測しているような超常現象的な生易しいものではなく、もっと危険なものなのか。

俺は腕にほんの僅かに鳥肌が走ったような気がしたが、ふん、上等だよと唇の端を吊り上げた。


放庵さんはいなかった。

鷺湯に客は、俺一人だった。
俺は少し気が抜けて、湯船で体を大の字に伸ばした。
ここにも少し、線香の匂いが窓から入ってきていた。

(まあ、温泉は十分堪能したな)

もともとこの街には温泉が目当てで来たのだ。
結局、今日で三泊目になる。
女将さんに会ったのは俺のツーリング史上でも上位にくる嬉しいイベントだった。

あとは今晩、一体何が起こるのか。

脱衣場で携帯を見ると、メールで連絡を乞うていた男から着信が入っていた。


女将さんの晩酌も、今晩で最後だろう。

「鷺湯の近くで、なんかご不幸があったんですかね?」
「ああ、あの裏のご隠居さんが昨日亡くなったんですって。今ちょうど義母もお葬式に行ってます」

俺はこの際だと、思い切って話を振ってみた。

「女将さん、怖い話とか好きですか」
「なんですかw。嫌いじゃないですよ。怖いけどw」

空気を固くしないよう注意しつつ、白々しく余所者の興味を装ったまま俺は重ねた。

「このあたりどうですか。そんな話あります?」
「うーん…」

斜め上を見上げ首を傾げた女将さんに、俺は先走り気味に突っ込んだ。

「申憩荘とか、いかにもですけど」
「ああー、そうですねえ…」

女将さんには一瞬、逡巡の表情が浮かんだ。
と同時に、俺の脳裏には浮子が沈んだイメージが掠めた。

「お化けとかじゃないんですけどね」

俺は唾を飲み込み、こく、と顎で相槌を打った。

「ちょっと悲惨と言うか、気の毒な話がありますね。あそこには」

少しだけ、翳りを帯びた表情の女将さんから、俺は慎重に糸を手繰り寄せ始めた。

手蔓

もともとこの温泉街で一番古いのは(さぎ)湯で、発見は江戸時代に遡るという。
その後徐々に内湯を持った宿が建ち始め、街の南部、本通りを中心に温泉街が形成された。
しかし申憩荘(しんけいそう)はその流れではなく、百年程前の地震を切っ掛けに川向こうの山に湧いた源泉を引いていた。
泉質も街とは異なっていたから、その効能にも幾分違いがあったようだ。
特に重宝がられたのが、皮膚病や火傷などに対する治癒効果を持っていた点だ。
そのためずいぶん遠方からの湯治客も申憩荘に逗留したらしい。
湯治というのは一般的にある程度の期間を要するものだから、申憩荘に泊まれない客は街の宿を利用しつつその湯に入るためあの橋を渡っていたという。
ところが、三十数年前再び訪れた地震で、その湧出が止まってしまった。
それが、悲劇を呼んだのだった。

湯治宿に温泉が湧かなければ、当然存在理由はなくなる。
源泉の枯渇に気づいた宿側は、それを隠し営業を続けた。
街の温泉も引けず、申憩荘の湯はただの上水道の湯となった。
もともとの湯も無色で匂いも僅かだったから、ごく普通の人間にはその偽装が通じたかも知れない。
しかし、宿は余計な手を加えたのだ。

以前の効能すら再現しようとし、申憩荘はある種の鉱石を温泉に使用した。
しかしそれは付け焼き刃で得た対応策であったため、むしろ有害な性質を持った石を選択していた事に気づかなかった。
湯治客にはそれにより重病を発症する者が続出し、申憩荘の隠蔽、偽装は大きな事件として発覚した。
営業は当然続けられず、申憩荘は廃墟への道を踏み出した。

偽装による被害者もいた一方で、申憩荘の廃業により自らの病を治療する術を失った者も多くいた。
縋っていた希望を絶たれ、自殺した者すらいたという。


それは、俺や女将さんが生まれるか生まれないかの頃の話であった。
ひょっとしたら全国紙に取り上げられた事件なのかも知れないが、俺には記憶がなかった。
他の似たような公害関連の大きな事件の中で埋没してしまったのかも知れない。
語ってくれた女将さんも地元の話だから聞かされていた程度のようで、この街が重い記憶として背負っている、という雰囲気は感じられなかった。
申憩荘の建物と同じように、風化は進んでいるのであろう。

「でも、お化けが出るとかの話は聞きませんねえ。知ってる人には事件としての印象が強いのかも」
「なるほど…」

ひとつ俺は、思い出した。

「そうそう、それとは関係ないと思いますけど、ここの話で訊きたい事があるんですよ」
「なんですか?」
「あの、北にある港の東っかわに神社があるでしょう?」
「ええ、こんぴらさん」
「こんぴらさんって、やっぱりあの香川の?」
「元はあそこでしょうね。分社があちこちにあるでしょう? あそこもそのひとつじゃないかしら」
「ほう」
「行かれたんですか?」
「ええ、それで、その裏の崖を少し登ったところに、祠みたいなのがありますよね?」
「うーん、あったかしら」
「そこに、なんだか変な物があったんですよ」
「変な物?」
「猿の像です」
「猿?」

どうやら女将さんには心当たりがないのだろう。

「猿がね、座ってるんですよ」
「へえ」
「なん...だと思います?」
「さあー???」

女将さんは唇を横に伸ばし、ぱちぱちとまばたきをした。
考えてくれてるのだろう。逆に確認してきた。

「こんぴらさんって、船の守り神ですよね?」
「旅人を見守ると言われますね」
「あそこは港だから、やっぱり航海の安全を祈願して、みたいな事じゃないかしら」

たしかにあの像はほぼ海の方角を向いていたから、辻褄は合う。
だが、なぜ猿なのか。
俺は香川の総本山金刀比羅宮にも行った事があるが、千三百段の石段を登る間にも猿の姿を見た記憶はない。
しかし、目の前の女将さんの考えをむきになって否定する事もまたないだろう。

「やっぱそうなんですかね」
「私は嫁いできたから、旦那なら知ってるかもしれませんね。子供の頃あそこで遊んでたかも知れないし」
「なるほど」
「訊いときますよ。覚えてたらですけどw」
「そうですかw」

気づくと、ずいぶん女将さんを独り占めしてしまっていた。

「じゃ、私仕事してきますね」
「すいません、なんか長々と」
「いいええw」

女将さんは立ち上がって、カップル客が食事する部屋の方へ向かった。
俺は、申憩荘の話が聞けてなんとなくすっきりしながら、あの男に電話しなきゃいけないのを思い出した。

謎はまだ、全く解けていないのだ。

諮問

幸い、男とはすぐに電話が繋がった。

月並みで、砕けた挨拶を交わしたあと少し互いの近況、仕事の話などをし、一段落したところで男の方が俺をおちょくるように切り出してきた。

「で、どうしたんです?w なにかあったんですか?」 
「それなんだけどw」

俺は座り直し、煙草に火を点けた。
そして立ち上がり、部屋の窓を少し開けた。
ちらっと申憩荘(しんけいそう)を見たが、今は黒く打ち捨てられた姿があるだけだ。
男は電話の向こうで、俺が続けるのを待っていた。

「前にさ、見える人?の話をしたろう。覚えてる?」
「……お化けですかw」
「そうなんだよw」
「聞きましょうかw」

俺はこの街で遭遇した不可解な出来事をかいつまんで話した。
男は興味深げに耳を傾けていた。

「で、今日が三日目。現地からの中継だw」
「進行中なわけですね」
「そうだw」
「ふーん。なんでしょうねえ一体」
「さっぱりだな」

男は少し考えているのか、やや間をあけて言った。

「僕の場合とは、なんか様子が違いますね」
「というと?」
「僕が遭ったのは、いわば典型的な幽霊なんですよ。この世の人間が死に、未練が残って現れた、っていう」
「ふむ」
「でもそこに出るのはなんというか、妖怪みたいな感じもしますね」
「妖怪?」
「なんていうかなあ。僕の遭った幽霊は、こっちに干渉を求めてたんです。救ってくれと」

よく聞く話だ。

「で、信じられないでしょうがほんの少し、意思の疎通のようなものもあったんです」
「ほう…」
「でもそっちのそれは、なんかたまたまばったり出くわしたみたいな感じでしょ?」
「……」
「日常は気づかないものと、たまたま目が合ったというか」
「うーん…。でも、人体福笑いは俺に近づいてきたぞ」
「それもなんだか、干渉を意図したというより、無邪気な子犬が寄ってきたような感じじゃないですか?」
「そういえば…、そうかも」
「ただ、やっぱり時刻は関係ありそうですね。そこは僕の場合と一緒です」
「丑三つ時?」
「丑三つ時です」

俺たちは互いに少し考えたため、会話が止まった。

「まあ、詳しい話は専門家に聞いて下さいw。直接話した方が早いでしょうから、電話するように言っときますよ。番号教えていいですか?」
「頼むよ」
「わかりました。でも、今日話せるかどうかわかりませんよ」
「そりゃ仕方ないさ」
「じゃ、連絡しときます。常田(ときた)、という男です」
「常田さんね」
「僕と同い年で、無礼なくらい気さくな奴ですから、ズバッと本題に入って大丈夫ですよ」
「そうか。助かるねw」
「……二時までに、間に合うといいですけど」
「深夜になっても構わんって言っといてよ」
「わかりました。二時になったらどうすんですか?」
「わからんけど、今夜を最後にするつもりなんだよ。できれば見当がつくくらいまでは見ておきたいね」
「うーん……」
「危ないかな?」
「どうなんでしょう…。でも今のところはっきりした支障は出てないんでしょ?」
「まあな。俺もこんなの初めてだし」
「僕とは状況が違いますからほんと何とも言えませんね。大体止めたってどうせ聞かないんでしょ?」
「こらw。人を馬鹿扱いするなw」
「ま、とにかく段取りしますよ。じゃ」

電話を切って俺は、灰皿の溝に挟んだ煙草がほとんど灰になってるのに気がついた。
あの野郎、俺を分からず屋の天の邪鬼みたいな言い方しやがって。

俺は苦笑で口を歪めながら、新しい煙草に火を点けた。

暗鬼

耳元で携帯が鳴った。
が、それは呼び出し音ではなく、午前一時半にセットしたアラームの音だった。
常田(ときた)という男から、電話はなかったようだ。

俺は煙草に火を点けた。
頭は意外とすっきりしている。
起きたとこだが、早速気分が高揚し始めているのかも知れない。

丑三つ時というのは普通、午前二時から二時半の間を指す。
おそらくあちらさんも時間厳守というわけではないだろうが、まだ少し早いと思われた。
俺は煙草をくわえたまま窓を開けて、巨大な張り手を正面からかまされたような衝撃を受けた。

外はまるで、祭りのようだった。

こんな時間に祭りがあるわけない、という正当な疑問を待たないくらい、それは異様な光景だった。

昨夜見たように申憩荘(しんけいそう)は賑わい、橋には人の往来があり、本通りや窓の下の駐車場にさえ、人影がある。
それらは普通の人間のように見えているのもいたし、灰色に鈍く光っているのもいた。

俺はあまりの驚きで猛烈な吐き気に襲われ、我慢しようと意識する暇もなく下の駐車場へ晩飯をぶちまけた。
口から体が裏返るかと思う程二度三度とえずいた俺は、ぜいぜいと喘ぎながら速くなった自分の心臓の音を聞いた。

(なんだこれは……)

もう三日目だったが、さすがに今夜は平静を取り戻すのに若干時間がかかった。
駐車場で星のように広がった自分のゲロを見ながら、しかし俺は徐々に肝が座って来るのを感じ、むしろ可笑しくなってきた。
もう、今までにないくらい、探究心が縛られた血管のようにむくむくと隆起してきたようだった。

(ようしよし。こりゃもう見逃しようがないだろう。望むところだ)

俺は背筋を伸ばし、外の光景に我ながら不敵な笑みを浮かべたあと窓を閉め、外へ出る準備を始めた。

思い切ってカメラを持っていくのはやめた。
デジカメでも、銀塩一眼でもおそらく上手く写らないだろうと判断したのだ。
もう、この祭りを体験する事に俺は主眼をおいた。

部屋を出ると、まず昨夜の人体福笑いが出るのを覚悟した。
とりあえず廊下にはいなかったが、階段へ向かうと昨日奴がいた部屋の方で笑い声が聞こえた。
確かカップルが、その辺りの部屋に泊まっている筈だ。
廊下の緩やかな曲がり角まで来て、俺はまた奴を見た。
しかも今夜は、二匹いた。

キャッキャと笑う声は、どうやら奴らのようだ。
楽しそうに遊んでいるようにも見え、俺に気づいていない。
色や形が微妙に違ったが、やはりこの世の存在にはとても見えない。
俺はまたじゃれつかれないように、忍び足で階段を降りた。
カップル客は、奴らに気づいていないのだろうか。

宿を出ると、初日の晩に見た四つん這い女もいた。
少し場所は変わっているが、相変わらず何かを探しているようだ。

本通りに目を向けると、ぽつぽつと人影がある。
灰色に光るのも、そうでないのもいるが、生きているようにはやはり見えない。
じっと佇んでいるのが多く、移動している奴は足音を立てず滑るように歩いていた。

(なんだこれは…)

もうこの街で何度目かになる台詞を、俺は頭の中で呟かずにいられなかった。

おかしな言い方だが、賑わっているのはやはり申憩荘の方だろう。
俺はそちらに足を向けようとして、駐車場にも何かがいるのに気がついた。
俺のバイクが停めてあるところだ。

気づくのに少しだけ時間がかかったが、そこに立っているのはたぶん、俺だった。

すぐわからなかったのは、その俺には頭部がなかったからだ。
しかしそのジャケット、ジーパン、スニーカーは間違いなく俺がこのツーリングでも使用しているのと同じ物であり、体格も俺そのものだった。
首の断面からは血が出ていたようで、黄色のジャケットの胸は赤く汚れていた。

正直俺はもう、驚く事に倦んでいた。
さっきゲロを吐きながら腹を括ったからだろう、もう、

(あ、こりゃ俺だ)

としか思わなかった。
いきなりこれを見たら、やはり錯乱していたかもしれない。
かといってこの頭のない俺が一体なんなのかは、今考えてもわかる筈がなかった。
勝手にバイクに跨がってたのはこいつか、と思い出したくらいのものだ。

本通りにはおかしなのが何人もいた。

電柱を抱きかかえごんごんと自分の頭を延々ぶつけている男。
夏の夜だというのに、幾重にも毛布や布団を頭から被って立っている女。
反復横跳びのように一定の間隔で横移動を繰り返す男。
小さな子供を両手で持ち、ウロウロと歩いたり、立ち止まったりしている女。
しかし皆、俺に気づいて反応するといったことががない。

俺は、なにか極度に場違いな場所にいる感覚を覚えた。
あの男の言葉を借りれば、妖怪の世界を見ているようだ。
確かにこれは、うらめしや、といって現れ人を怖がらせる存在とは異質に思われる。
根本的に何故、彼等と俺は今ここで接触してしまっているのか。
彼等がなにか主張する様子もなく、俺が望んだわけでもない。
これもあの男が言ったように、バッタリ目が合った、というのが一番近いのかもしれなかった。

(さぎ)湯を過ぎ、(こう)の湯に近づくにつれ、灰色に光る人影の割合が多くなり、賑わいも増してきた。
そして、申憩荘への橋が見える角まで来ると、さらにそれは顕著になった。
もう、橋を渡っているのはほとんど全部が光る人影だ。

橋の前で俺は、ある実験を思いついた。
橋の幅はそう広くはないが、行き交う人影を躱しながら歩く事はできる。
しかし俺は、ぶつかったらどうなるのか、との疑問が湧いた。
よく聞くこの手の話では、触ろうとする手がすり抜けた、というのが定番だろう。
しかし彼等は、果たして幽霊なのか。
触れるのか。触れないのか。

意を決し、俺は歩き出した。
ちょうど前から来る灰色の人影に、因縁を付けるかのように近づいていった。
それは着物姿で髪を逆立てた痩身の男で、その容姿と色のない姿から、まるで芥川龍之介の写真のようだった。
芥川は下を向き歩いていたが、ぶつかる直前で俺に気づくとさっ、と肩を引いた。

やはり彼等は、俺を認識することはできるようだ。
宿の福笑いも明らかに俺を追ってきたし、この点ははっきりした。
しかし、触れる事はできるのか、これはまだ判明しない。
とにかく手を差し出して触りにいけばいいのかもしれないが、芥川の行動を見るとそれも非常に無礼な事のように思われた。
見ず知らずの他人に、普通そんな事はしない。
芥川は俺の方を向き、じっと睨んでいた。
俺はぺこりと、頭を下げた。

橋を渡りきると、申憩荘への坂には全く街灯の類いがない。
木々が弱い月光を隠し、道は全く視界が利かない筈だった。
しかし、鈍く光るいくつもの人影はまるで歩く誘導灯のように申憩荘まで続いていた。

この先はどうなっているのか。
なにか、この状況の理解に至る、核心のようなものがあるのか。
俺は見えない帯を腹で引き締める気持ちで、坂を上り始めた。

光る影が行き交う中、少し歩いたところで携帯が鳴った。
ビクッとして手に取ると、登録されていない番号だ。
間違いなく常田であろう。
通話ボタンを押し顔を上げた時、俺はギクリとした。
周りの人影が、一斉に俺を見ていたのだ。

「ざ……。ざざ……」
「もしもし?」
「ざ……。……ざざ……」
「もしもし?」

電波が悪いのか雑音が酷い。
俺は視界が開けた橋の方へと坂を降りていった。
影たちは不審そうに俺を見ている。

「もしもーし」
「ざざ……」

だめだ。雑音のずうっと向こうで男の声が聞こえる気もしたが、言葉は到底聞き取れない。
橋まで戻っても、それは同じだった。

「もしもしー!?」
「ざ……」

俺は諦めて、電話を切った。
こっちからかけ直してみたが、結果は同じだった。

俺は小さく溜息をつき、携帯を見つめながら考えた。

(まさか、警告が含まれていたのか…)

少しの間迷ったものの、俺は先へ進む事に決めた。
ここまで来ているし、こんな祭りをこの先も体験する事があるとは思えない。
やはり俺は、馬鹿なのかもしれなかった。

申憩荘が見えるところまで来た。
意外にも、ここではその建物すら灰色にうっすら光っていた。
正確に言えば、そのものが光る、というよりも、全く別の光源を持ってそこに存在しているかのようだ。
輪郭を切り抜いて、黒い背景にぺたりと貼付けたようであった。

駐車場には、なんと車が数台、停まっていた。
それらも白黒写真を貼ったように見え、その印象に合わせたようにどれも相当古い型で、俺が子供の頃に見ていたような車ばかりだった。

興奮か緊張か、俺は少し鼓動を早めながら申憩荘の玄関前まで来た。
最早驚きはしなかったが、申憩荘は完全に営業していた。
昼間見た鉄板や鎖などはなく、玄関へ渡された短い橋も、ほとんど朽ちていないように見える。
客の出入りもあり、建物の中にはたくさんの人影が見えた。
その人影も含め、視界を占めるこの光景が色彩さえ持っていたならば、俺はこれを現実として何の疑問もなく受け入れていたに違いない。

さて、どうする。

見えている限りでは、中に入る事ができそうだ。
温泉の客として、全く問題なく周囲に溶け込んでいけるのではないか。
確かに昼間は完全な廃墟だった。
しかしどうだ。目の前にあるのは色さえついてれば立派な温泉施設だ。
他の客だってたくさんいる。
そういえば、下の本通りで見たようなおかしな行動をとる奴が見当たらない。

抵抗が、薄れていく。

鳥肌が走るような、恐怖が今となってはなかった。
慣れてしまったのかも知れないが、それよりおぞましさ、忌まわしさといったものを感じる事ができない。
頭では冷静なつもりであったが、やはり麻痺してしまった部分があるのだろうか。
好奇心という大きな掌が、俺の頭を上から鷲掴みにして前に行けと指示しているようでもあった。

「申憩荘」と彫られた門柱の間を通り、玄関への橋に一歩を踏み出そうとした、その時。

俺の肩を誰かが強く叩いた。

脱出

それは、放庵(ほうあん)老人だった。

「ほ…」と俺が口に出すのを察したように、放庵さんは俺の鼻先に人差し指を突き出した。
そして顎を斜めに振り上げ、自分について来るよう促した。

問いたい事は当然あったが、有無を言わせず俺を従わせる力を、この老人の眼光は持っていた。
放庵さんは上にある(かま)の方へ登っていく。
周りの人影と違って、その後ろ姿には現実感があった。すなわち、色がついていたのだ。
しかも放庵さんは手にランタンらしき物を持っていた。

頭上の木々が少し途切れ、窯のある場所まで来た。
空には星と上弦の月があり、わずかに辺りを照らしている。
そこで俺は窯の煙突から煙が出ているのに気がついた。
ここも昼間はまるで使われてる気配がなかったのだが。

しかし放庵さんは窯を一瞥もせず通り過ぎ、どんどん奥へ進んでいく。
やがて道は下り始めるとともに、幅が一気に狭くなった。
もう、ただの山道でしかない。

疑いを持ってもおかしくないのだが、なぜかその余地がなかった。
放庵さんはランタンの灯を揺らして淡々と、確実に前へ進んでいく。
(さぎ)湯で見た時はかなり高齢に見えたが、その足取りには全く危なげがない。
その姿は、まさに先導者のそれであった。

前方の木々の隙間からちらちらと明かりが見えてきた。
どうやら、駅周辺の明かりのようだ。
山道が下りきって駅前の道に出ようとする寸前で、放庵さんは端に寄って再び、こちらを見て顎を振った。
前へ行け、という合図だろう。
俺は黙って従い、放庵さんを追い抜いた。もう前の道にある街灯で十分周りは見える。
舗装された道に出たところで、振り返ると放庵さんの姿はなかった。
あれ?と思い山道を覗いたが、ランタンの灯すらも見えない。
闇の中に消えたと、感じざるを得なかった。

俺は正直呆然としたが、安堵感があるのも事実だった。
旅先とはいえ駅や自動販売機、街灯に照らされたアスファルトの道路などには懐かしさを感じたほどだ。

とりあえず俺は、自動販売機でコーヒーを買い、明るい駅舎の前でプルタブを開けた。
都会の夏と違って夜はそれなりに気温が低い。
俺はコーヒーを飲みながら自分が温泉街から越えてきた山を見た。
やはりランタンの灯が流れる事もなく、それは夜空の星を遮る真っ黒な塊だった。

(さっきまで、俺が見ていたのはなんだったのか。まさか、夢や幻覚なのか)

確実に目にし、認識してきたはずだが、その疑問は捨てきれなかった。
ぼーっと考えていると、携帯が鳴った。
かかってきていた番号だ。

「もしもし」
「無事ですか?」
「え」
「大丈夫ですか?」
「ええと、常田(ときた)さんかな?」
「そうです。今、どこにいます?」
「ええっと、鉄道の駅だけど」
「まわりなにかおかしなとこあります?」
「うーん、今はないな」

電話の向こうでは、ほっとした様子が感じられた。
彼と俺は、互いに顔も知らず言葉を交わすのも初めてなのだが。

「なにかこう、体に不調はありますか?」
「いや、ないよ」
「そうですか。ひとまず大丈夫そうですね。よかった」
「あの、常田くん」
「はい?」
「ありがとう。連絡してくれて。心配してくれて」
「はっはっは。いやあ、ちょっと、焦りましたw」

詳しく話を聞きたいのは勿論だったが、とりあえず俺は名を名乗り、お互い改めて挨拶した。

「それでどうです?。話せますか?」
「うーん、そうだな。今外だし、宿からだいぶ離れてるんだよ」
「結構話す事はありますよw」
「そうだろうねえw。俺もよく聞きたいが…」

時計を見ると、三時になろうかというところだ。
ここは初日に県道からそれて入った道だったが、宿まで歩くとなると三十分はかかるだろう。
駅前とはいえ、タクシーのタの字もない。
辺りを見渡していると、お巡りさんが俺の方に近づいて来るのが見えた。

「ごめん常田くん。かけなおしていい?」
「いいですよ。朝になりますか?」
「いや、一時間以内にはできると思う。大丈夫かな?」
「たぶん、大丈夫です。待ってますよ。あと」
「うん?」
「怪しい物には近づかないで下さい。おかしな感じで見える人とか」

俺はぎくっとした。

「わかった。じゃ、またあとでかけるよ」
「はーいでは」

電話を切ると同時に、目の前まで来ていた巡査が俺に声をかけた。

「こんばんは」
「こんばんは」
「えー、県外の人?」
「そうです」
「どうかしました?。夜遅いけど」
「いえ別に。ちょっと散歩を」
「あそう。ちょっっと話聞いてもいい?」
「いいですよ」

住居を兼ねたような交番がすぐ近くにあり、俺はそこで型通りの質問を受けた。
免許証などで身分を確認され、温泉街に泊まっているのも信用された。
さすがに山を越えてきたというのは不自然だったから、涼みに歩いてたらここまで来てしまった、と話した。
俺はすぐ解放され、お巡りさんは逆に宿まで送ろうか、と言ってくれた。
俺は甘える事にし、パトカーに乗った。
都会にはない緩さなのかもしれない。

パトカーの中で、俺は駅の近くで老人を見なかったかと訊いてみたが、答えは否であった。

解答

あっという間に宿に着いた俺は、お巡りさんに礼を言い、車を降りた。
本通りを通ってここに来るまで俺は外の様子を注意して見ていたが、何の変哲もない夜更けの街だった。

部屋に戻り俺は、窓を開けた。
申憩荘(しんけいそう)も、橋も、黒く塗り潰されていた。
街は深い夜に眠っていた。

俺は常田(ときた)に電話をかけながら、煙草に火を点けた。
三回の呼び出し音の後、常田が出た。

「なにか変わった事ありました?」
「いや、あれからはなにもないよ」

俺は煙を吐き出した。

「で、どうしよう?。最初から話そうか?」
「そうですねえ。イベントの内容は軽く聞いてたんですけど、詳しくわかった方がぼくもなんというか、答えを近づけやすくなると思いますね」

俺は初日に(こう)の湯の三階で見た申憩荘の影から、駅前で常田と電話が通じたところまでをできるだけ正確に話した。
常田はふんふんと相槌を打ちながら、時折俺にはさほど重要と思えない事にも細かく説明を求めた。

「なるほどー。こーれはなかなか、面白い話ですねえ」
「そうなんだw」
「なんか、面白がっちゃ申し訳ないですけどw」
「いや構わないよw」
「それでまず、今周りに変な事はないんですよね?」
「うん、ない」

帰ってからは人体福笑いの気配もない。

「じゃひとまず安心していいでしょう。おおよその事はわかりました」
「すごいなw、わかるのw」
「その、種類と言うか、分別と言うか、ざっとですよ」
「俺全然そんな感覚ないんだ。わかりやすく教えてくれる?」
「そうですねえ……。地図ってありますか?。その街の地図。話に出てきたとこが全てわかるような」
「地図?。ああ、ちょっ、ちょっと待ってよ」

女将さんにもらった温泉街の地図があったが、街の南側が主で、地形も多少デフォルメされている。
ツーリングで使っている地図には別図として街全体が載っており、地形も正確だ。
二枚を併用すれば、事は足りるだろう。

「はいよ。どうぞ」
「まず、最初に話を聞いた時に思ったんですけど幽霊とは少し違いますね」
「やっぱりそうなんだ」
「ちょっといくつか、角度の違う話をしますよ」
「うん」

面白い話になりそうな予感がする。

「ええっとまず構造ですけど、パラレルワールドって、わかりますか?」
「並行世界、多重世界とか言うやつか。SFで読んだな」
「あれはほぼ同じ世界が、少しづつ相違点を持って存在するという感じですけど、もっと、違いがハッキリしてるのを想像して下さい」
「ふむ」
「たくさんの具を持った、分厚いサンドイッチのイメージですかね」
「サンドイッチ?」
「具の種類は全て異なっていて、具と具の間にはその都度パンが挟まれている。だから違う具材同士が混じる事は基本的にない、と」
「なるほど」
「ぼくらのいる世界は、その具のひとつです」
「幽霊なんかは、隣の世界のものだということ?」
「いや、ちょっと待って下さい。もう少し、込入ってます」
「ごめんごめん、続けてくれる?」
「とにかく、サンドイッチを覚えておいて下さい」
「わかった」
「話は変わって、そうだな、寝言ってあるでしょ」
「寝言?」

話が読めなくなってきた。

「寝言って、意識して出すもんじゃないですよね?」
「そうだな」
「夢の中の事、寝てる間に思ってる事が、声として出てしまってるわけです」
「うん」
「その声は、まあ、明瞭ではないかもしれませんが、横にいる奥さんなんかには聞こえますよね」
「聞こえるね」
「順序としては、寝てる旦那の頭で生まれた事が、声帯を通って空気を振動させる音となり、奥さんの聴覚がそれを受容する、となります」
「ふむ」
「次に、粘土細工ってした事あるでしょう」
「小学校の時とかね」
「あれはまず、頭の中にこういう物を作ろう、というビジョンがあって、手を使ってそれに近づけるわけです」
「そうだ」
「勿論、上手い奴と下手な奴の差はあります。才能がある奴なら、頭の中のイメージにかなり近い物が作れますね」
「うん」
「じゃあ、この寝言と粘土細工を組み合わせてみます」
「ん?」

どういうことか。

「無意識に頭の中にある物が、何らかの手段を経て、形を持って現れる」
「……」
「誰かの頭にあるものを、第三者が視覚で捉える事が可能になる、ということです」
「なるほど…」
「今回遭遇したのは、その手のものだと思います」
「思念が実像化した、って事?」
「そんな感じです」

フィクションの題材としては古典的だが、常田の噛み砕いた説明には説得力があった。
しかし。

「しかし、勿論僕たちの世界では、そんなことは起こりません」
「まあ、せいぜい映画や小説の中でだけかな」
「これは知人の専門家から聞いた話なんですが」
「うん」
「ある脳の障害によって、非常に現実感のある幻を知覚してしまう病気があるそうです」
「ほう」
「人間ならそこにいるとしか思えない描写を、その罹患者たちはするらしい」
「ふむ…」
「これは特定の物質による脳細胞内の異常が原因らしいんですが、見方によっては意識の底にある何らかの要素が、本人の目の前に形を持って現れている、とも言えます」
「なるほど」
「現在それは認知症の一種とされていますが」

常田は一呼吸置き、続けた。

「そういう論理構造が普遍的な現象として成り立つ世界が、存在し得たとしてもおかしくはない」
「……否定はできないね」
「つまりそれが、今回サンドイッチでぼくらの隣にあった具です」
「ふむ……」

恐ろしい疑問が一瞬、俺の頭を覆った。

「まさか全部、俺自身が生み出した幻覚だったと?」
「いや、そうじゃないでしょう。正常な人間が一人で作り上げた世界には思えません。やはりそういったものが共有される、別の世界があったと考えた方がおそらく適ってます」
「……ちょっと安心したw」
「じゃあ、何故この数日間、それがこの世界と混じりあってしまったのか」
「そこだ」
「まず言えるのは、時間ですね。丑三つ時です」
「やっぱり」
「ほとんどの出来事はその時間に起こってますよね。昔から言われるように丑三つ時というのは、魑魅魍魎が闊歩する時間帯です」
「うん」
「これをサンドイッチで言うなら、具と具の間のパンに非常に薄い箇所があるとか、穴が開いているという事でじゃないでしょうか」
「混じってしまう」
「そうです。で、さっきちょっと言いましたが、幽霊というのは少し違うと思うんです。僕の考えでは」
「というと」
「幽霊がいるのは我々と同じ世界です。同じ具の中の端と端みたいなもので、通常混じる事はない筈だが、絶対ないとは言えない。近ければ見えるし、離れていては見えない」
「ふうむ」
「今回の話からは外れますが、ぼくは感覚の問題だと思っています。また別の機会があれば話しましょう」
「そうだね」

俺は新しい煙草に火を点け、深く吸い込んだあと、煙を吐き出した。

「とにかく俺がここで見たのは、誰かの頭の中から出てきたものだと」
「聞いた感じではそうですね。不安とか、後悔、執着といった種の思念、感情っぽいです」

そういえば、バイクに乗っている俺は、やはりどこかに事故の不安というのを持っている。
現場はいくつも見ているし、実際に顔が潰れて死んだ奴も知っている。
頭のない俺は、俺自身が生んだものだったということか。

「申憩荘にたくさんの人が集まっていたというのは、そこが執着の対象に多くなっているからでしょう。曰くがあるわけですし」
「あそこで見たのは灰色に光ったのばかりだったけど、宿の近くにはそうでないのもいたんだ。あれはどういうことかな?」
「たぶん、思念の持ち主が死んでるかどうかです。死んでりゃ白黒、生きてりゃカラー、みたいな」

俺のそれは色付きのジャケットを着ていたし、首からは赤い血の跡があった。
申憩荘に集まっていたのは、皆死んだ人間だったという事か。
俺は、あのとき見かけた連中を思い出してみた。
見た目普通の人間に見える奴は、だいたいおかしな行動をとっていた。
どこか、精神を病んだような印象だ。
灰色の影の行動は落ち着きを持ったもので、漂っているような感じがあった。
生者の不安と、死者の執着、と言うふうに考える事もできる。

「となると、その思念はこちらの世界から出たものじゃないの?。それが別世界に影響していると?」
「全く無関係ではないでしょう。少なくとも、同じサンドイッチで隣に挟まれている、という事なのかもしれません」

これはもう、想像するしかないだろう。ひょっとしたら我々の理解が及ばない繋がりがあるのかもしれない。

「あと、一番最初に見たっていう申憩荘の影ですけど」
「うん」
「変なのを見た中ではそれだけ丑三つ時じゃないですよね」
「そうなんだよ」
「丑三つ時みたいな言い方が、まだあるのをご存知ですか」
「……いや、なんだろう」
「おおまがとき、ってやつです」
「おおまがとき……」
「大きな、禍々(まがまが)しい、時と書きます」

聞いた事があるような気はした。

「時間にして、午後六時頃だと言われてますね」

夕食前の、確かにその時間だった。

探偵のように答えを並べていくこの常田という男を、俺はもう信頼し始めていた。
しかしまだ、疑問はある。

「でもその、丑三つ時や大禍時というだけで、なぜ俺の目に触れる事になったんだろう。こんな事は初めてだが」
「そこですね。じゃ、地図を見て下さい」

俺は二つの地図を目の前に並べた。

符合

「ここからは推理というより、まだ見当の段階なんすけど」
「うん」

ちょっとどきどきする。

「まず、地図上で方角がわかるようにしてください」
「OKいいよ」
「街にお寺とか神社とかありますか?」
「両方あるよ。神社はさっき話した猿の像があるとこだな」
「寺は街のどの辺りですか?」
「まあ、真ん中辺りだな。大きな寺だったよ」
「じゃいいでしょう。本堂がわかれば、そこを中心地として下さい」

俺はぐりぐりと、地図に印を付けた。

「初日の行動から振り返ってみましょう。まず街に入ったところからです」

街の西側から北の湾に沿い、本通りに線を引こうとして、俺は道を間違えたのを思い出した。
本通りへの角を行き過ぎ、神社前の道から鋭角に曲がったのだ。
道は斜めに南下していき、本通りへ突き当たる。
本通りは僅かに曲がっているところや多少のズレはあるものの、中心である寺の横をほぼ南北に真っ直ぐ通っていると言っていい。
それを南下し、南側の宿に着いた。

「次に、(さぎ)湯と(こう)の湯は飛ばしていいです。初日からなにかと問題の申憩荘(しんけいそう)に印を付けて下さい」

言われた通り、俺は星印を書いた。

「で、翌日行った件の神社ですね。これはできるだけ像があった位置を記して下さい」

たぶん、この辺りだろうと俺はまた印を付けた。

「で、今晩申憩荘から放庵(ほうあん)さんが先導した、(かま)と山道ですね」

窯の辺りまでは地図に細く記されていたが、山道がない。
駅前に出た場所から見当をつけ、だいたいの線を繋げた。

「さて、ここから検証です」

さっきよりまた少し、どきどきした。

「神社のある場所、つまり街へ入ったところですが、これは寺から見てどの方角にあたりますか」
「北東だな」
「じゃ、次に申憩荘と、山から抜けた方角は」
「南西だ。抜けたのもほぼその延長だな」

そういって俺は、神社、寺、申憩荘がほぼ一直線に結べるのに気がついた。
そういえば、神社の上の崖からもそう見えていたのだ。

「十二支で方角を表すのは知ってますか」
「ええと、北が()でいいのかな」
「そうです」

俺は北から時計回りに、()(うし)(とら)()と指を回していった。
そして、(さる)まできて、指が止まった。

「なにか気づきましたか」
「申憩荘というのは…」
「申が憩う宿ですね」

これは、今までに気づいてもおかしくなかった。

「その反対側、神社の方はどうなりますか」
(うし)(とら)の間だな」
(うしとら)ですね。これはなにかわかりますか」
「……?」
「鬼門です」

俺は恐怖とはまた違う鳥肌が、こめかみを這うのを感じた。

「鬼門というのは、文字通り鬼が入る場所です。風水でも災いをもたらす方角として忌み嫌われますね」

俺は驚きで、相槌を打つのも忘れていた。

「一般に、鬼門の水回りと言って、風呂場や流しを置くのは禁とされます」
「聞いた事があるな」
「バイクで街に入ってきたのはこの方角ですね。しかも雨でびしょ濡れだった」

今度は明らかに恐怖から来る鳥肌が、俺の顔や腕を通り抜けた。
鬼門は災いを呼ぶと言われるが、この街にとって、災いは俺自身だったのか。

俺はしばらく言葉が出てこず、あれこれと記憶を巡らせた。
台風が極端に進路を変えこの街を襲った事、鷺湯での放庵さんの忠告。

常田(ときた)は淡々と続けた。

「猿の像は鬼門封じでしょう。木彫りの猿を北東の角に備えている建築物もあります。(さる)(うしとら)のほぼ反対に位置するとこからきてますね。ただそこの場合は海運の無事を祈る神社にある事から、海からの災いを封じるためのものだと思われます」

俺は軽い衝撃を受けていた。
不可解だったなにもかもが、理由を持って結びついていたのだ。

「鬼門にしろ丑三つ時、大禍時にしろ、根拠は科学的に説明がつくんです。でも、本当にそれで済む話なのか。ぼくにはそうは思えませんね」

返事をするのを、俺は忘れていた。

「鬼門という入り口から災いとなってこの街に入り、大禍時、丑三つ時を迎え別の世界に踏み込む。そして、思念の密度が高い申憩荘に誘われる。方角、時間、場所。役満みたいなもんですかね」

言葉を失っている俺に、常田が気づいた。

「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし驚いたな」
「まあ、安心していいですよ。問題はもうなくなってる筈です」
「というと」

常田は電話の向こうで、軽く息を吸い込んだ。

「たしかに一時は危なかったんじゃないすかね。ぼくはこの話をあいつから聞いて、重なった別の世界に足を踏み入れてるような気がしたんです。だから電話が通じなかった時、もうそっちに行ってしまったんじゃないかと気をもみました」
「そんなまずかったの?」
「さっき申憩荘自体が灰色に光ってたと言ったでしょう。車すらも」
「ああ、そうだった」
「重なりは日を追うにしたがって濃くなってました。例えば時間の幅も広がったりとか」
「うん、そうだな」
「もう思念を持たないものまで見えていたという事は、その世界に溶け込み始めていたということです」

ごくり、と俺は喉を鳴らした。

「で、そこを間一髪で引き戻してくれたのが放庵さんです」
「やっぱり……」
「山を抜けた方角は南西ですよね」
「そうだな」
「南西は(ひつじさる)、裏鬼門です」
「裏?」
「鬼門と同様に避けられる方角で、鬼の通り道とも言われます」
「ふむ」
「鬼門から侵入し、裏鬼門から脱出したという形になりますね」
「ということは……」
「放庵さんは知っていたのでしょう。そうすれば救えるという事を」
「そうだったのか…」
「ちなみに裏鬼門と火回りを結びつける説もあります」
「……窯か」
「放庵さんがそれを知っていたのか、それによりなにか影響があったのか、そこまではわかりませんが……」

あのじいさんには感謝してもしきれないようだ。

「仮にさ」
「はい」
「俺があのまま、申憩荘に足を踏み入れていたら、どうなったんだろう?」
「うーん、腐った橋を踏み抜いて落ちていたか、そのままあっちの住人になっていたか、中途半端に境目に引っ掛かって、こちらで言う幽霊や妖怪のようになっていたか、ですかね」
「俺自身が怪談になってたかもしれない、ってことか…」

また、寒気が走った。


「まだ、わからないことがあるんですよ」
「なに?」
「さっき、役満と言いましたが」
「ああ」
「実は、もっとおおもとというか、切っ掛けというか、それが足りないように思います。雀卓についた理由ですかね」
「というと?」
「この世界との関わりが不安定になるような、なにかこう、隙といいますか。普段から霊感があったり、でなければ無意識にもそういう状況ができていたとか」
「うーん……」
「今回図らずもこういう体験をするに至ってしまった、切符のようなものを持っていなかったか、ということです」
「そうだなあ…。俺は霊感もないし、ただツーリングしてただけだけど」
「最近身内の方とか、親しかった人とか亡くなりませんでした?」

親父は三年前に死んだが特におかしな事はなかったし、お袋、妹は健在だ。
友人知人にもこのところ死んだ奴はいない。

「心当たりはないけどなあ」
「そうですか…。」

俺は突然、全身から血の気が引くのを感じた。

「まさか俺……、死んでるんじゃないだろうな」
「………」

周囲の世界が上へ流れていき、深い穴の底へ落ちていくような感覚が俺を襲った。
俺は思わず、自分の手を表、裏とひっくり返しながら注視した。

「ぶははははは!」

常田の笑い声が左の耳を突き破ってきて、それを止めた。

「だいじょうぶですよ。ブルース・ウィリスじゃありませんw」
「なんだ、脅かすなよ。マジでビビったわw」
「ただ、それとですね」
「まだあるのかw」
「その逆というか、話の感じではそれだけ役が揃ってりゃもう少し早くに別の世界に取り込まれてもおかしくなかった気がするんです」
「というと」
「この場合精神的な不安とか、疑念とかを増幅させるとドツボに嵌っていきます。自分の思念とあっちの世界の性質が共鳴しあって、ずるずると引き摺られていく」
「こわいな」
「でもなにか、それを引き留めていたような、我に返らせてくれてたような存在があったような気がしますが」
「うーん、なんだろう。ずっと冷静なつもりではいたが、事実自分の状況には気づいてなかったしなあ」
「思い当たりませんか」
「もともとこういう現象には懐疑的だったからね、それが命綱になってたのかも」
「まあ、それもあり得ますが」

隅から隅まで解明はできないだろう。
常田は電話だけでここまで話してくれたのだ。


夜が、明けていた。
俺は常田に礼を言い、いずれ三人で飲みに行く約束をした。

「それでどうするんです?。このあと」
「そうだなあ。少しは寝たんだけど、帰るのにバイクを運転しなきゃいけないからね」
「今晩はもう、何も出ない筈ですよ。たぶん」
「ま、考えるよ。じゃまた、電話する」
「わかりました。いつでもどうぞ」
「ありがとな、常田くん」
「今度おごって下さいねw」


朝食の時、女将さんが配膳する姿を見ながら、俺は思い当たった。
ひょっとすると、この可愛いタヌキ顔の人妻が俺の命綱だったんじゃないだろうか。
奇妙な出来事を深刻に受け止めずにいられたのは、この世界で俺にとって非常に魅力的な存在であった彼女のおかげかも知れなかった。

「いってきまーす!」
「いってらっしゃい。こら!。走って出ちゃだめでしょ!。ちゃんと周り見なさい!」

娘さんを見送る女将さんにも、やはり不安や心配はあるのだろう。
あの人体福笑いは、ひょっとしたらそれが複雑に入り組んで出てきたものかもしれない。

女将さんが一段落したところで、俺は言った。

「今日、帰ります」
「そうですか。長らくありがとうございました」

女将さんは大袈裟に、膝と手をつき頭を下げた。

「それと、放庵さんの家はわかりますか?」

あの老人には、是非礼を言っておかなければならない。
ところが女将さんの表情が、さっと変わった。

「放庵さん、昨日亡くなったそうです。病院で」
「え」

馬鹿な、俺は深夜申憩荘で会っているのだが。

「おととい鷺湯の裏で亡くなったご隠居がいたでしょう?。その方に連れられたみたいだって近所の人は言ってますね」

狐につままれたような俺に、女将さんは続けた。

「あの二人仲が良かったんですよ。よく二人で鷺湯に行ってたみたいですね」

組み上がった筈のパズルには、ピースがまだ残っていた。

回収

荷物を降ろして料金を精算したあと、俺は女将さんに礼を言った。
ただの客以上の感情の込めかたに、女将さんは軽く戸惑いながら笑っていた。

「そうそう、猿の像ですけど」
「ああ、旦那さんに訊いてもらえたんですかw。すいませんw」
「なんなのかは知らないけど、とにかく子供の頃から絶対あれの向きを変えるな、と言われてたらしいですよ」
「なるほどね」

もう一度女将さんに礼を言い、俺は宿を後にした。


訝る女将さんから俺は、放庵(ほうあん)さんの家を聞き出していた。
そこは街の外れで、小さな平屋は蔦が這い、周りは雑草が生い茂っていた。

最初に放庵さんと連れのご隠居を(さぎ)湯で見かけた時から、二人が生きていたのか死んでいたのか、もう俺にはわからなかった。


休暇はまだ残っていたが、俺は家に帰る事にした。
走りながら俺はこのツーリングを振り返り、さすがにあれが夢幻(ゆめまぼろし)だったとは思わないが、現実味が薄れてきたのは否定できなかった。
途中で俺はある事を思い出し、郊外の書店に立ち寄った。

コンビニに少年の姿はなかった。
俺はひょっとしたら父親かもしれない中年の店員に、三日前ここにいたバイトの少年の事を尋ねた。
しかし、どうも話が噛み合ない。
バイトはいるが女の子で、そんな少年はいないという。
俺は缶コーヒーをとりあえず買い、店の外で煙草に火を点けた。

場所はここで間違いない筈だ。
少年も確かに制服を着ていたし、業務だってしていた。
どこをどう記憶違いをしたのだろう、と思って煙を吐き出していると、さっきの中年店員が私服で出てきた。

「あの、失礼ですが」
「はあ」
「なにかの冗談ですか」
「いや、真面目に言ってますけど」

店員は張りつめた顔で、すこし間をあけた後、言った。

「それはたぶん、私の息子です」

なんだ、やっぱりそうじゃないか。始めからそう言え。

「ああよかった。こないだバイクに乗ると聞いたんで、これを持ってきたんですよ」

そう言って俺は、書店で買ったツーリング用の地図を差し出した。

「息子は死にました」
「えっ」
「一年前、そこの道路で、大型車に撥ねられたんです」

俺は絶句した。


すぐそこだからと父親に連れられ、俺はその家へ行った。
仏間に通される頃には、俺はもう落ち着いていた。
仏壇の写真は、確かにあの少年だった。

「十キロ離れたバイクの用品店へ自転車で行って、その帰りだったんです。撥ね飛ばされ自転車ごと側溝に落ち、ほとんど即死でした」

父親はさっきの張りつめた表情が消えていて、穏やかに話した。

「その時買ってきたのが、これだったんです」

仏壇に供えられていたそれを、父親は俺に見せた。
アルパインスターズというブランドの、革のグローブだった。
アルファベットのaと星が一体化したエンブレムがついた、このブランドのブーツを俺も持っているが、初心者には少し、背伸びした選択かもしれない。
その分少年の気持ちが、俺の胸を刺した。

俺はツーリングマップルを供え、手を合わせた。
顔を上げた俺に、父親が言った。

「そのグローブ、もらってやってくれませんか」
「え、でも」
「息子にはもう使えないし、一緒にツーリングに連れて行ってもらった方が本望かもしれません」

俺は少年の顔を見て、いいのかと問うた。
彼はただ、笑っていた。

帰って数日後、写真が出来上がってきた。
申憩荘(しんけいそう)で昼間撮ったものにはなにもおかしなものはなく、街や神社で撮った写真も同様だった。
しかしたった一枚、最後のピースとでもいうべき、写真があった。
それは、(こう)の湯の前で、自分をガラスに映して撮った一枚だった。

そこにはカメラを構えた俺の後ろに、うっすらとしているが、かろうじて容姿が判別できる影が写っていた。
間違いなくそれは、あの少年だった。

彼こそが、あの三日間への切符だったのだ。



それから一年が経ち、俺はまた休暇を取った。
女将さんに予約の電話を入れた時、俺は放庵(ほうあん)さんの墓について訊ねた。
死後しばらくして、近所の有志により身寄りのない放庵さんの墓が建ったそうだ。

去年のあの時、怪談は確かに俺とともに在った。
寓意の存在については、この話を聞いた人が好きに判断すればいいだろう。
今度の旅は、できればそんなの抜きで楽しみたいものだが。

そう半ば真剣に祈って俺は、ヘルメットのシールドを下げ、星のエンブレムがついたグローブでアクセルを捻った。

丑三つ温泉

この作品は以前某所で、「同期」の章まで発表していたものです。星空文庫に載せるにあたって完成させました。
作中、主人公に常田を紹介する男の話が、私の処女作になるのですが、事情があってここでは載せる事ができません。
何らかの手段が見つかった際は、是非皆さんのお目にかけたいと思っています。

丑三つ温泉

長めの休暇を取り、俺は以前から行きたかった温泉地へツーリングに出た。しかしその街は徐々に、俺を混乱させていった。

  • 小説
  • 中編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-04-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 伏線
  2. 侵入
  3. 端緒
  4. 共振
  5. 夏虫
  6. 同期
  7. 疑心
  8. 探求
  9. 手蔓
  10. 諮問
  11. 暗鬼
  12. 脱出
  13. 解答
  14. 符合
  15. 回収