香匙(杏)

記憶を思い起こさせるものの1つに香りがあります。ふと、漂ってきた香りが懐かしい過去へあなたをいざなってくれることでしょう。

「この香り……」
私は幼い子供だったときのことを思い出していた。まだまだ家は買ったばかりで新しい希望の香りがした。香りに乗って、次々に私の頭のなかに記憶が甦る。いつも母と一緒にいたこと。父とも口喧嘩などせずにいつも仲良かったこと。兄は後から生まれた私を最初は驚いたもののすぐに大事にするようになったこと。胸がきゅっとなって次から次にあふれる記憶と共に私の目からは熱いものが流れた。いつから私はこんなにも両親や兄の愛を素直に受け取ることができなくなったのだろう。母には我が儘を言っては困らせ、父とは顔を会わせれば口喧嘩。兄の気持ちに応えられない。両親の願う通りに生きているか、と聞かれたら多分首を横にふらなければならないだろう。胃がキリキリと痛んだ。それでも私は愛を返すべき帰る場所を知っている。そろそろ夕暮れだ。さぁ、帰ろう、我が家へ。

香匙(杏)

タイトルの香匙というのは、香道の道具で香木をすくうときに使います。心に留めておきたい過去の想い、それをなんらかの香りとして覚えているのなら、香りをすくってあなたに届けるこのストーリーがあなたの香匙になりますように。

香匙(杏)

香りが運んでくる心に留めておくべき記憶が、なにをわたしに伝えるのか。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-04

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