『掃除機のスウちゃん』

プロローグ

 学年も進級して2年になる。そして高校生活二年目にして、憧れのみかんちゃんの隣の席をゲット!
 ああ、なんて素晴らしい一日。この日は一生忘れられそうになさそうだ。
 ボロボロのアパートの階段を俺は陽気に上っていく。
 無意識に鼻歌が出そうな気分だった。
 それを見るまでは。
 玄関の前には大きな大きな段ボール箱が届いていた。
 その段ボール箱には、大家さんの文字もある。
「あ!」
 おじか。そういえば、おじに古い掃除機を修理するために預けていたっけ。
 あるぇー、こんな大きかったっけ。
 案の上、おじの字で「美野 木機へ」と書いてあった。
 俺はなんだか不安になって、おもむろに段ボール箱を持ち上げようとしてみた。
「重い」
 いくら掃除機だからといって、ここまで重たいか?
 気づいたら頬に冷や汗が流れていた。
 おじの昭三って、自称天才発明家とかだったかな。
 俺は、修理とちょっとグレードアップだけを頼んでおいただけのはず。
 それならこれってどういうことだ。
 とにかくこのままじゃ埒が明かないので、力を入れてそれを家の中へ入れた。
 俺は段ボール箱を、床の開いてるスペースに置いた。
 あの掃除機、大切にしていたのにな。
 なんんだか開けるのが怖くなってきた。
 そうだ! 食事をしよう。
 そのまま俺は夕飯を食べた。
 ……時間はあっという間だった。
 俺はあぐらをかいて、段ボール箱を睨んだ。
 開けるべきだろうか。返却するべきだろうか。
 そ、そうだ! べ、勉強をしよう。
 明日、先生が腕試しのテストをするらしい。
 ハハッ、素晴らしい一日だったのに、それが玉にきずだったな。
 よーし、まずは部屋を綺麗に、
「あれ、中には女の子が……は!?」
 開けてしまったー!?
 段ボール箱には胎児のように足を丸めた少女がいた。しかも、メイド服を着ている。
 って見とれている場合じゃない!
 俺は慌てて箱を閉めようと、
《起動開始します》
 おじめ、あらかじめ予測して段ボールの蓋を起動スイッチにしやがったな!
「ぬおおおおお、……なに!?」
 箱の蓋を片手で押さえてやがるだと!
 起動中なのに……こいつ、できる!
《起動まで、十秒》
 うそこけ、すでに起動しているじゃねーか!
 この女の子、力が強い。
 俺は両手で閉めようと蓋に力を込めてるのに、この女の子は片手だ。
《5》
《4》
《3》
 ああ、厄介ごとが始まってしまう。
《1》
《掃除機、起動しました》
 俺は蓋を力で押し返され、ひっくり返った。
「ききさまー」
 そして、段ボール箱からその女の子が飛び出してきて、俺に飛びついてきた。
 ぐへえ、重い。
「ききさまー、ききさまー」
 内臓が! 肺が! 胸が!
 まるで、万力!
「締め付けるなあああ」
「ききさまーききさまー」
 まるで聞いてない。
「とにかく、離れろおおお」
「? あ」
 その少女は慌てて俺から一歩下がった。
「はー、はー」
 死ぬとこだった。
「ききさまーひどいですぅ」
 目の前には目をうるうるさせた銀色に輝いた白髪のメイドが居る。
 これ、俺の掃除機、だよな?
「てか、お前だれだよ。おじは俺の大事な掃除機をどうしたんだよ」
「大事だなんてそんな」
「おまえが照れてどうする」
「私がその掃除機なのです!」
 立ち上がって胸を張るメイド少女。
「これが博士からの手紙です」
 博士っておじのことか。いったいなんて書いてんだ。

 【美少女にしておいた。すごいだろ! 名前はお前がつけろ。じゃ】

「なんじゃこりゃああああ」
 俺はそれを丸めて、ごみ箱へ投げた。
 すかさずこいつはそれをキャッチして皺を伸ばして懐にしまう。
「ききさまーだめですよー。博士の手紙なんですからあ」
 ぷすっと頬を膨らますのが不覚にも可愛い。
「ききさま! ききさま! 名前を付けてほしいのです」
 おじには付けて貰えなかったのか。まあ、もともとは俺の掃除機だしな。
「はやくはやく」
 ウキウキした様子でこいつは体を近づけてきた。
「その前に、「ききさま」はやめろ!」
「ききさまはききさまです!」
 言うこと聞く気はなさそうだなあ。
「分かったよ分かった。すぐに名前決めるから!」
「さすがですききさまー」
 こら、だから近づくじゃない。
 でも、掃除機に名前付けるなんて言われてもなあ。
 あのゴガーゴガーと必死に悲鳴を上げていた掃除機がまさかこんな美少女になるなんて。
 まだ半分信じられないが。
 こいつは目をキラキラさせていた。
 重圧だ。この期待に添える自信はない。
 もちろん適当に名前を付けることも可能だ。だがもしこいつが人前に出る可能性があるとしたら? 十中八九俺の品性が疑われる。
 女の子を家電扱いしていることに気持ち悪くひかれるかもしれん。
 ここは慎重に名前を決めるべきだ!
「ききさま~♪」
 掃除機ちゃん。……そのまますぎる。
 エリちゃん。……いやだれだよ。
 掃除機はなにかを吸うんだし、スウで良いんじゃね。
「決めた。お前の名前はスウだ」
「スウちゃんですか! 嬉しいですききさま! ありがとうです!」
 ちゃんは付けてねえが、まあいいか。
 って、抱き付くな。
 俺が突き放すと、スウちゃんは、
「スウちゃん! スウちゃん! 私はスウちゃん!」
 スウちゃんは嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。
 これで名実ともに同居生活になった。
 ははっ、クラスメイトに知られたらなんて言おうか。
 ――ドスンドスン
「お、おいやめろ」
 スウちゃんを取り押さえ、耳を澄ます。
 下の階からの声はなにも聞こえてこない。
「どうしたんですかききさま?」
「あー、……なんでもないから」
「ききさま、なにか困ったなら私に任せてください」
 えへん、という感じでスウちゃんは胸を張った。
 スウちゃんが気づいてないなら別に良い。当面は。
 まず俺は今後のことよりも、まずは大家さんの苦情を心配していた。

 章 白物家電

 白い髪の少女

 雑誌に占領された床であぐらをかくと、ちょうどスウちゃんを見上げる感じになった。
「で?」
 俺がそう問うとスウちゃんは首を傾げた。
「なんですかききさま?」
「そろそろ時間が気になってしかたない。さっさと掃除を終わらせたいんだが」
「掃除!」
 スウちゃんは嬉しそうに俺にぴょんと近づいた。
「掃除なら私に任せてください!」
 スウちゃんは見た目弱弱しい力こぶをつくって見せた。やる気満々みたいだ。
「でも……スウちゃん、ゴミは吸ってくれないと意味ないんだよ」
 メイド服を着た彼女をじろりと眺める。決してセクハラをしようというわけじゃない。
 ただ彼女のどこに吸引する入口があって、どこにゴミを溜めて、どこからそれを取り出すのか皆目見当がつかないのだ。まさかあの口からか。
 いやいやスウちゃんの胃袋そんなに強靭なのかな。でも、おじはそういうところすごいからなあ。
「ききさま、どれを処分したいですか?」
 スウちゃんはそう言って両手を前に突き出した。
 まさか、ビームかなにかで“処分”というわけじゃないよな。
 やめてくれ。このただでさえぼろいアパートが全壊するわ!
「スウちゃん、目からも手からもビームで掃除は無しな」
「ビーム?」
 どうやら杞憂らしい。ま、おじにはそんなもん無理だろ。
 俺はそこかしこにあるアニメ雑誌や週刊マンガ誌、萌え雑誌を指差す。
「ビームじゃないなら、これらをどうするんだ?」
 もしなんとかしてくれるなら、捨てに行く苦労は無しになるぜ。
 スウちゃんの機能のチュートリアルとしても最適だ。一石二鳥。
「この床にたまっている紙の束、処分しても良いんですね?」
 スウちゃんは再度聞いてきた。
 俺はもちろんOK。これでテスト勉強がはかどりそうだな。たぶん。
「ではききさま、いきます!」
 ――ビュッ
「え?」
 手の平に穴が開き、床の雑誌や本が浮きあがっているではないか。
 ちょっとこれ掃除機どころじゃないだろ。どんな科学だ!
 雑誌や本はあっという間に吸い込まれ、スウちゃんの体の中へ消えていった。
「終わったです」
「おまえ、どんな機能だよ!」
「え、なんです?」
「掃除機らしさはどうした!」
 ああ、期待していたんだよ。女の子が這いつくばって、口のなかへゴミを吸引……いややめておこう。
 これはおじに感謝しなくては。もしクラスメイトに見られたら危ない方向に勘違いされていただろうしな。
 もしみかんちゃんにこんな姿を見られたら、軽く死ねる。
「えへへー褒めてください」
 スウちゃんは俺に近づいて、頭を見せた。
 それに俺は手を乗せてナデナデした。
 スウちゃんは気持ちよさそうに目をつぶっている。
 でも、ゴミってどこへ消えたんだ?
 スウちゃんの体を見るに、なんも変化は見えなかった。
「なあスウちゃん、あのゴミどこへ消えたんだ?」
 これはまさかSF的な? それともファンタジー?
「えへへ、私のエネルギーになるんですよ。だから食事はいりませんききさま!」
「でかしたぞスウちゃん!」
 俺はさらになでなでした。
 まるでどこかの猫型ロボットみたいなスウちゃん。これでなにか特殊な道具があればいいがそれはともかく、
「掃除もできて、食費もいらない。文句ないな」
「博士のおかげでこうしてききさまとイチャイチャできてうれしいですう」
 イチャイチャとはちょっと違う気がするけどな。
 俺は子供をあやすように頭をなでなでした。
 さて、懸案のテスト勉強、忘れてたわけじゃないぞ。
「スウちゃん、俺はいまから勉強するけど、スウちゃんはそれでいいか?」
「ききさま、それには及びません。ちゃんと暇つぶしように漫画雑誌はとっといてあります。いつも読んでみたいと思っていました」
 そう言ってスウちゃんは漫画雑誌を手に取って床にごろんと寝そべった。
 ただの純真無垢なロボットってなわけじゃないんだな……。
 俺はスウちゃんや漫画雑誌もろもとも頭の隅に追いやり、勉強に向かうことにした。

 初登校

 スウちゃん、ごはんは食べるんだ。
 食事は別腹って、機能のことはなんだったのかと。
 エネルギーはないよりはたくさんあった方が良いとまで言うし。
 おじは味覚機能まで付けたようだ。
 俺のつくる朝食を美味そうに食べていた。
 ためしに料理を頼んでみたが、スウちゃんいわく、料理作成機能はないとのこと。
 内部に炉を作っておいて、料理作成機能はないなんてそりゃないよおじさん。
「ききさま、私も学校へ一緒に行きたいです」
 朝食を食べ終えて着替えているところに、スウちゃんはそう言った。
 スウちゃんはどこから用意したのか、俺の高校の制服に着替えていた。
 え、なんで持ってるの。
 おじだ。絶対おじが原因だ。くそ、奴のほくそえんでいる顔が浮かんで仕方ない。
「いやスウちゃんは留守番だ」
「ききさま、ひどいですよ」
 スウちゃんは手をパタパタさせた。手にはなにかもっているみたいだ。
 予想できた。
 暴れるスウちゃんの手から紙を奪い取ってみると、そこには編入の許可証が入っていた。
 やられた。
 おじの手は早いな。
 みかんちゃんに会ったら、スウちゃんをなんて説明しよう。
「ききさまー、早く行きましょうよー」
「ちゃんと付いてこいよ。あと、お前が機械であることは秘密な」
「もちろんです」
 スウちゃんっは自信満々に胸張った。
 俺たち二人で歩いていると、前方に見知った顔がいた。みかんちゃんだ。
 甘皮みかん。同級生で同じクラスの女の子。
高校の一年生になって一目ぼれし、たまたま隣り合わせの席になって仲良くなり、いざ告白ってところで席替えで遠くに行ってしまった。
 そして二年生。また同じクラスになり、また隣り合わせになった。それが今日だ。
 緑色のポニーテールをゆらゆらと揺らして歩いている。
「あ、あの人ですねー」
「あ、こら」
 みかんちゃんの体が声に反応して振り返った。
「みかんさまー」
 そして、スウちゃんはみかんちゃんが振り返ったところに抱き着いた。
 みかんちゃんは勢いにおされて尻もちをついた。
「な、なにこの子」
 俺はあわてて二人にかけよった。
「みかん、すまん」
「ききさまー、みかんさまのお胸おっきいですねー」
 それは知ってた。
 そうじゃなくて、
 みかんは俺の顔とスウちゃんの顔を見比べてる。頭の上にクエスチョンマークが見えた。
「あ、えっとだな」
 なんて説明しようか。
 スウちゃんは俺を見て頷いた。
「私はききさまのペットですー」
「「なあ!?」」
 俺とみかんちゃんの声がはもった。
「違う、違うんだみかん。て、適当に言うなスウちゃん」
「えーでもー」
 俺はスウちゃんの腰を手で持ってみかんちゃんから引き離す。
 みかんちゃんはそれを見て、ますます俺を不審な目で見た。
「きき、この女の子どうしたの?」
「そ、それはだなあ」
 掃除機がロボットになって帰ってきたなんて言えない。言えない。
「それはですねえ」
 スウちゃんが胸を張る。
「この娘は俺の従妹なんだ! そして天才で飛び級してきたんだ!」
 もうこれでいくしかねえ!
 みかんは疑い深そうに俺を見ている。
 スウちゃんは首をひねっている。
 頼むから言うことをきけえ!
「……そうなのですー。ききさまの従妹なのですー」
「ききって従妹いたっけ?」
 そういえばそうだったー。みかんちゃんとは家族のこといろいろ話していた。
 昔の俺、どあほお。
「ええと」
「遠い遠い親戚がいたのです!」
 余計なこと言うなあ!
「ふーん、そうなんだ」
 え、それでいいのか?
 みかんは立ち上がって、腰をパンパンと打った。
「さっさといこう。時間がないし」
「そうだな」
「はやくいくです」
 スウちゃんのせいだろ! とは言わないことにした。
 たしかに時間がやばい。
 周りで歩いていた生徒たちもほぼいない。
 急ごう。今日はテストだ。

 純白のテスト

 おじの強引な介入によって俺とスウちゃんとみかんちゃんの席順になってしまった。
 その席のまま、俺たちのクラスはテストへ突入。
 俺はテストにおいてこれはダメだと抗議の声をあげたが、スウちゃんはペット扱いでスルーされてしまった。
 それでいいのかよ、先生。いいんですか、学校。
 真っ白な解答欄に文字を書き込んでいく。
 隣をチラッと見る。
 見えるのはスウちゃんだけで、みかんちゃんが遠くに感じられた。
 テストに集中するふりでみかんちゃんに視線を投げかけるつもりだったのに。
 くそ、テストに集中するしかないのか!
 俺はがむしゃらに解こうと次の問題に目を向けた。
――こんな問題知らねえよ。
なんでこんなテストに満点を取らせない問題があるんだよ。
いったいどうすればいい。
不安で、横を見た。
スウちゃんは俺の視線に気づき、頷いた。
え、俺が困ってるのがわかったのか。
頼むぞスウちゃん。みかんちゃんにいいとこ見せたいんだ。
すると、スウちゃんは俺に頭の後ろの白い髪を見せた。
「?」
 そこに色が浮かび上がって、次第に文字に見えていく。
 もしかして、これは……
 ――アニメーションだ!
《テスト問題・回答》
 と書かれている。
 お、お、お。
 俺は少し身を乗り出して、回答を待つ。
 なんで髪にそんな機能が、とは突っ込まない。今大切なのはテストの回答なのだから。
《それでは教えますね》
 ――うんうん。
 スウちゃんは、頼むぜ。
《ヒント・その1》
 ヒントじゃねえええ。そうじゃねええええ。
《え、違うんですか?》
 俺はそうだと頷く。
《ききさまには困りましたねえ》
 え、俺が悪いの?
《ききさまは学校でいつもこんなことしてたのですか? がっかりです》
 いや、してねえよ。
 俺は首を横に振った。
《怪しいです》
 それより教えろ。
《えー》
 えーだけで表示するな。
《でもー》
「でもーではない」
「お前らふたりともなにやってんだ?」
「あ」
 テストに集中していたみかんちゃんが振り向き、俺も振り向くと先生が怖い顔をして立っていた。
「今はテスト中だ」
「はい」
「ききさまー」
 スウちゃんがなにかを言いたげに俺を見る。
 だが先生はそれを無視して言った。
「テストをしろ」
「「はい」」
 それ以後、授業が終わるまで先生は後ろに立っていた。
 みかんちゃんの冷たい視線が痛い。
 みかんちゃん、ごめん。

 いきなりライバル登場!?

 放課後
 先生にいのこり掃除を命じられ、俺とスウちゃんは黙々とそうじをしていた。
 さすがに学校でスウちゃんの能力を使うわけにはいかず、箒と塵取りで埃集め、教室全体を整理していく。
 そんなこんなで掃除をしていた時、
「わーん」
 スウちゃんが俺の後ろに隠れた。
 なぜに?
 教室を見回しても、どこにも異常はないが。
「どうしたんだスウちゃん?」
「あ、あいつがわたしにひどいことを言ってきたのです」
 スウちゃんが指差した先には、小さな円柱のような取っ手がついたものがあった。
 あれは、いわゆる昔の掃除機か?
 でも、俺は耳を澄ましても、なにも聞こえてこない。
「あいつって、あの骨董の掃除機のことか?」
「そうです! あいつひどいです」
 俺が近づこうとすると、スウちゃんが袖を引っ張って先に進めない。
「だめです。近づいてはいけませんですー」
「じゃあどうしろと」
「私の掃除機パワーをあいつにみせつけてやるです!」
 ああ、そうか。あの古い掃除機がなにを言っているかは分からないが、たぶんそれが良いだろう。
 すると、スウちゃんはおもむろに床で四つん這いになった。
「さあ、さっさとやるです!」
「はあ?」
 いやいや待て待て。スウちゃんがやってほしいことは分かった。
 でも、これを学校でやるのはまずい。超まずい。
 つまり、俺はスウちゃんの足を持って、掃除機みたいに動かすんだろ。運動会かなんかでやってるやつみたいな。
 そんなことできるか!
 もしこんなことをやってるのがクラスのみんなに知られたら、俺は確実に変態呼ばわりされてしまう。
 そしたらおしまいだ!
「だめだ! そんなこと絶対できん!」
 すると、スウちゃんは俺の脚に縋り付いた。
「ききさまー。お願いですう。あいつに見せつけたいのですー」
「だめだだめだ。俺の人生がやばい」
 俺は足を動かすが、スウちゃんは頑として手放さなかった。
「今、あいつがドアの鍵を閉めればいいじゃないかと言いましたです」
 たしかに閉めればなんとかなりそうだが、
「それでもだめだ」
 掃除機とはいえ女の子相手にそんなことできるわけないだろ。
「ききさまー」
 上目使いはやめてくれえ。お前元は掃除機のくせに、なんでそんな機能あるんだよ。
「ききさま、今あいつは「根性なし、童貞」って言っています」
「はあ?」
 俺はスウちゃんに縋り付かれたまま、その古い掃除機を見る。もちろんなにを言っているのかは分からなかった。
 でも、むかついたのは確かだ。
 もはや骨董品のような掃除機にそんなこと言われる筋合いはない。
「今あいつが、「告白できない童貞やーい」とか言ってます」
「…………」
「ききさまー」
 俺はドアを閉め、鍵をかけた。
「スウちゃん、やつに実力を見せてやれ、やるぞ!」
「さすがききさまです」
 俺はスウちゃんの足を抱え。
 ――ってスウちゃんは今制服だった。
 これ、みるからに危ない状況だ。
 パンツが見えそうで見えない。緑色のスカートと不釣りあいなピンクはたぶん気のせいだ。
 鍵は……ちゃんと閉めたよな?
 ドアの曇りガラスにはだれも影が映ってない。
 耳を澄ませるが、足音も喧騒も聞こえてこない。
よし、これならいけるかな。
「スウちゃん」
「はい」
 ――ビュオオオオオオオ
 スカートの下から風が吹いているだと!?
 前の様子は分からないが、スウちゃんの顔の元に埃やゴミが集まっている!?
「ぐ」
 風の勢いに顔を押され、息が苦しくて仕方がない。ピンク色も気になるが、それどころではない。
「スウちゃんくるしぃ」
「も、もうすこしなんです。もう少しで」
 ――ガンガン
 ドアを叩く音が……。
 曇りガラスの向こうには三人。
 声は掃除機の音で聞き取りづらいが、女の子一人に男の子一人。
「きき、なにやってるの! 開けなさい!」
 って、みかんちゃんだと!!
 やばい。
 こんな姿をみかんちゃんに見られたら、俺のバラ色(予定)の生活があ。
「スウちゃん、止めろ、止めるんだ! 手を離すぞ、ってわあああ」
 スウちゃんの足首に金属が出てきて俺の両手を拘束していた。
「離せ! 今すぐ離せええ」
「あとすこしなんです!」
 ドアが閉まる音。
「きき、どうかしたの! 大丈夫なの?」
 もうだめだ。終わった。
 俺の高校生活終わった。
「あとすこし……あと少し!」
 スウちゃんが吸い込んでいるのは電話帳だった。
 電話帳はスウちゃんの口に吸いこまれていく。
 一方、ドアからはガチャガチャと鍵が差し込まれる音が聞こえてきた。
 ああ、終った。
 俺は負けを悟り、目をつむった。
 ――きゅぃぃぃん
 スウちゃんの体全体から発せられていた音は次第に静まっていった。
 スウちゃん?
「「な」」
 スウちゃんは満足そうにピースをしていた。
 一方みかんちゃんは後ろ手でドアを閉めて、呆然とした表情のまま鍵をかけている。
「やったです、私の勝ちです」
 スウちゃんの勝利か、良かったなあ。
 よくねえよ!
「あ、あのだなみかん。これは」
 傍目には変態行為だ。
「スウちゃん、今なにか食べてなかった?」
 そっちか!
 だがそっちも答えられねえ。
「みかんさま……」
「なーんて」
「「え?」」
 みかんちゃんは溜息をついた。
「きき、困っているなら言ってよ。変なおじさんからあんたをよろしくって聞いてるよ」
「ええええええ」
 おじは知らずに手を回していたらしい。
 それを先に言ってくれ。
「あ、忘れてたです」
 それを先に言ってくれ。
「でも、ね」
 え、なんでみかんちゃんは拳をポキリポキリ鳴らしてるんですか、怖いんですけど。
 え、なんでそれを俺の頭に?
 え、スウちゃんも一緒?
「学校で使うなああああああ」
「「ぎゃあああああああああああ」」
 その時の絶叫は、学校の怪談のもとになったかもしれない、たぶん。
 こうして、俺とスウちゃんとみかんちゃんは、仲良くなったのである。END

『掃除機のスウちゃん』

一万字を切ってしまうほど短かったですけど、楽しんでくれたら嬉しいです。

まあなんとも煮え切らない終わり方になってますが……。まだまだ書けそうであるが、書けないってところです。
時間とかかかった割に、短くなってしまった。

ほんと日常ものってどうすればいいんだ?
次はバトル有りです。もしよかったら、次の作品も読んでやってください。ありがとうございます。では

『掃除機のスウちゃん』

おじに頼んでいた愛用の古い掃除機が帰ってきた。でも、見るからに怪しげな大きな箱。 しかし、試験勉強前の掃除、という名の現実逃避をしようと開けてしまい美少女になった掃除機が起動してしまう。 それからオレの、トラブルまみれの生活が始まった――。 掃除機のスウちゃんに巻き込まれる主人公のお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-31

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